2018年10月16日

No 4825   【運勢を好転させる方法】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【運勢を好転させる方法】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



運勢を好転させる方法は、たった一つなんだよ。
人の幸せに協力すること、これしかないの。
人の幸せに協力すると、運勢って好転してくるんだよ。

人の幸せに協力するって、いろんなことができるよね。
たとえば、自分が誰かの講演を聞きに行ったとする。
講演会に参加して楽しかったとか、こんなためになることを教わったとか、何か“いいこと”があったとする。
そうすると、自分の周りにいる人たちに、「この講演会、すごい良かったよ」とか、「今度、一緒に行かない?」とか、その講演を勧めたりね。
聞いたことを他人に教えることもできるじゃない?

映画だって、本だって、そうだよ。
要するに、自分が幸せになったら、その幸せのなり方を、周りの人にお知らせすればいいんだよ。
わかるかい?
「幸せのなり方」というものを教えようと思ったら、まず自分が幸せになってからじゃないと、教えようがないんだよ。
だから、あなたは「自分の使命」に従って、楽しく幸せにならなきゃね。

「自分はこれをしたら幸せになったよ」とか。
「これをしたら、笑顔でいる時間が長くなったよ」とか。
そういうものがあったら、周りの人にお知らせするの。

それが、人の幸せに協力する、ということなの。
そうすると、運勢が好転するようになっているんだよ。
一人さんがものすごく運勢がいいのは、こういう本を書いたり、お弟子さんの本を手伝ったり、何をしようが、人の幸せに協力しているからなの。
人の幸せに協力する人は、幸せになるようになっているんだよ。

『使命 いますぐ楽しくなる、一生楽しくなる』KADOKAWA

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人の幸せに協力するには、まず自分が幸せでなければならない。
それを斎藤一人さんは、自分の「使命」に気づくとワクワクして幸せになる、という。
すると、いつも大笑いして、上機嫌で、楽しく暮らすようになる。

一人さんの考える「使命」とは、およそ世間一般に言われているものとはかけ離れているユニークな考え方。
仕事が終わってから一杯やるのが一番の生きがいで、それが何よりの楽しみなら、それが「使命」だという。
人に迷惑をかけず、法律を破らず、自分が幸せになり、ワクワクすることなら何でもいい。
「世のため人のために生きる」というような、高尚なものでなくてもゼンゼンかまわない。
大事なことは、その「使命」を実現するためには、一所懸命働き、お金を稼がなければいけないということ。

そして、自分が幸せになったら、人の幸せに協力する。
人に幸せになってもらうためのお手伝いをする。
それは、自分の感動した本や映画をブログで紹介したり、美味しいお店を紹介したりする。
そして、人と会ったら、人の気持ちをあたたかくしたり元気づけたりするような、愛ある言葉を使い、笑いあり、いつも上機嫌でいる。
つまりそれは、人を喜ばせること。

人の幸せに協力する人でありたい
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2018年10月15日

No 4824   【人生は壮大な実験】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生は壮大な実験】

本田直之氏の心に響く言葉より…



わたしは「人生は壮大な実験だ」と思っています。
特に今のような価値観の変化している時代には、他人との比較ではなく、自分で試すことがなによりも価値のある経験となります。
一昔前までは何歳で部長になり、年収はこのくらいで退職したら退職金と年金でこんな暮らしをしていこう…というプランが描きやすい連続性のある社会でした。
その時代は実験よりも、前例に沿った生き方をする方が賢かったのかもしれません。

しかし、今は良い意味でも、悪い意味でも何が起きるかわからない非連続の社会です。
連続していないということは社会にも個人にもどんなことが起こるかわからないということです。
決めつけた生き方では可能性を狭めるだけでなく、変化に弱いライフスタイルになってしまいます。

決まりきった正解はなく、典型的な人生もどんどんなくなってきている時代には、常に実験を繰り返し、前例のない道を歩んでいかなければいけません。
期待していた結果が出た時も、出なかった時も、実験したことでチャンスが広がっていくことはたしかです。
また、テクノロジーの進化によって今後はますますおもしろいやり方、思いがけないチャンスが広がっていくかもしれません。
やってみなければ、良し悪しは誰にもわからない。
シンプルな教訓を大切にしていきましょう。

日々を見直していくことの重要性。
時には強制的に飛び降りることの大切さ。
わたしは自戒も込めて、日産自動車のテレビCMで使われた矢沢永吉さんの、この言葉をよく思い出しています。

2種類の人間がいる。
やりたいことやっちゃう人とやらない人。
やりたいことやってきたこの人生。
おかげで痛い目にもあってきた。
散々恥もかいてきた。
誰かの言うことを素直に聞いてりゃ、
今よりずっと楽だったかもしれない。

でもね、これだけは言える。
やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなくおもしろい。
俺はこれからもやっちゃうよ。
あんたはどうする?

生活の中に小さな変化をつけていくことは、年齢や家庭環境に関係なく試すことができます。
配偶者がいて、子どもがいて、家庭があり、守るべき物が多くなっていたとしても365日のうちほんの1週間だけでも実験に時間を割くこと。
自分のためだけに使える時間を作ること。
その試みが、あなたの次の5年、10年を大きく変えていくキッカケになります。

大事なのは、本気で自分で考えを突き詰め、小さなことから試していくこと。
すると、必ず本人にとって財産になる視点が得られます。
あなたは、忙しさをやらないための言い訳に使ってはいないでしょうか?

『何を捨て何を残すかで人生は決まる (青春新書インテリジェンス)』青春新書

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行徳哲男師の「変化」についての言葉がある。

『変化は断続する。
切断されているから至るとこに崖がある。
だから、いつでも身軽に翔べることが大事である。
このような時代に重い荷物を持っていては翔べはしない。
ゆえに、いろいろな持ち物を捨てたり忘れたりすることが必要である。
これからは「忘」と「捨」の時代である。

変化は波及する。
波及の時代にあって経営者は経営学の勉強をしすぎてはいけない。
むしろ経営学以外の勉強をし、裾野を広げることによって波及する変化をつかまえ、味方にすることができる。
文学や芸術や歴史、そして趣味の世界である。

変化を味方にできる人間こそ、二十一世紀に生き残る人間である』(感奮語録)より

先の見えない変化の時代にあっては、「何事もやってみなければわからない」。
理論や理屈をいくら言ったところで、未来を正確に見通せる人など誰もいないからだ。
だからこそ、「やってみること」「試してみること」が必要だ。

「人生は壮大な実験」
変化を味方にできる人間でありたい
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2018年10月14日

No 4823  【未来は、自分が属していない分野の知見も必要になってくる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【未来は、自分が属していない分野の知見も必要になってくる】

坂口孝則氏の心に響く言葉より…



私はこれからの時代の特徴を次のようなフレーズで考えている。
そして、これが、自分が属していない分野の知見も必要になってくる理由でもある。

《人生100年、会社10年》
ひとびとはこれから100歳まで生きるようになる。
しかし、会社というプロジェクトの寿命は10年と短くなっている。
一つの職業の寿命がひとびとの寿命よりも短くなったとき、ビジネスパーソンは複数のスキルを身につけなければならなくなる。
さらに、一つの会社ではなく、複数のコミュニティに属し、異なる発想を摂取しなければならない時代に私たちはいる。
いま属する業界だけではなく、積極的に他業界の情報収集が必要だ。

《つまらないβ主義》
かつて、「リーンスタートアップ」が流行した。
これは単純にいえば、商品を未完成の段階で市場に出し、顧客からのフィードバックを受けながら改善していくものだ。
これはβ(テスト・サイトやテスト・バージョン)主義ともいうべき態度だ。
しかし、これだけ市場に参入する企業が多くなってくると、むやみやたらに商品を発売してもうまくいかない。
顧客の声を得るにいたらない。
もちろん撤退すらその速度で繰り返していって、いつかは当てる多動力、出たとこ勝負力は重要だ。
ただせっかく多動力を発揮するなら、同時に、勝負する領域についてデータを徹底的に調べ、仮説に基づいた未来予想をもって進むにこしたことはない。
すくなくとも時代の流れに反していなければ、反応はある。
努力は比較的に報われる。

新規事業への参入時に、「既存の技術を応用したもの」「新規の技術を開発するもの」という軸と、「これまでの業界を攻める」「新たな業界を攻める」という軸がある。
もっとも良いのは、「既存の技術を応用したもの」で、「新たな業界を攻める」ものだろう。
成熟産業であればあるほど、イノベーションが進んでいないから、新たな技術でそれまでの常識を覆せる可能性が高い。
その意味でも、他業界の動向は、ビジネスチャンス発想のきっかけになるだろう。

《目指すは「何屋さんかわからない」仕事》
業界横断知識をもつことは、金儲けだけにはとどまらない。
これからの価値創造は、そういった立脚点のふらふらした個人から生じるのではないだろうか。
かつて、コンサルタントを名乗る私に、「カタカナ職業のひとは信用しないようにしている」とあからさまにいうひとに出会った。
ぱっと何をしているひとかわからなければ、“うさん臭い”そうだ。

知が多様に広がっていく世界…違う言葉で「複雑系」といってもいい…においては、ジャンルの横断、越境、溶解が必要だ。
まわりを見てみればいい。
現在、社会を切り取っているひとはどんな職業に当てはまるだろうか。
一つだけに当てはめられはしない。

科学者で、経営者で、アーティスト。
写真家で、コンサルタントで、大道芸人。
会社員でありながら、マンガを販売し、社会についてリアルな経済状況を旅しながら語ったりする。
そんなハイブリットな知が求められている。

それは世界がもはや、一つの知からの堅苦しい会社を忌避しているように私には思われる。
新商品創造にも、事業開発にも、異質なる観点が必要なのだ。
目指すは「何屋さんかわからない」仕事といってもいいすぎではない、と私は思う。

『未来の稼ぎ方 ビジネス年表2019-2038 (幻冬舎新書)』幻冬舎新書

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東京都で民間初の中学校校長になった藤原和博氏の「仕事の広げ方」の話がある。
これからの稼ぎ方としては、1つの分野でプロになる(例えば、美容師や調理師)だけでなく、もう1つの分野でプロになる(例えば、講演家や小説家)。
さらに、3つ目の分野でプロになる(例えば、芸術家や漫画家)と、それはさらに希少価値が高まる、ということ。
そして、その3つの分野は離れていればいるほど(関連しなければしないほど)良い、という。

未来は予想もつかない速度で進化し続けている。
時代に遅れないためには、新しいことやモノに興味関心を持ち、変化することを恐れないこと。
そして、何事にも好奇心を持って当たること。

これからは、自分が属していない分野の知見を広げ、ジャンルの横断、越境、溶解を進化させ、「何屋さんかわからない」仕事を目指すこと。
そして、すべてにおいて、異質で創造的な観点を持つ。
さまざまな分野において、好奇心旺盛(おうせい)でありたい
posted by Dr.モーリィー at 21:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

No 4822   【魂が喜ぶ生き方】

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【魂が喜ぶ生き方】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来…。
なかでも日本はその先頭を走っています。
お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。

働き方にもパラダイム変化が生じています。
60〜65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30〜40年ほどもあります。
「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。
60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」というには長すぎます。

人生が100年近くも続くということを前提にして生きていなかった時代から、明らかにそれを意識しなければいけない時代へと変わりました。
本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマとする問いでしたが、成熟した大人たちの間であらためて「人生をどう生きるか」ということを考え直さざるを得なくなったのです。

私はこんな提案をしたいと思います。
●定年前、定年後という発想から脱却する。
●50歳からが第3期のスタート、75歳まであるのだと意識する。
●この時期を「人生の黄金期(ゴールデンデイジ)」として、どれだけ充実させられるか、どれだけイキイキ過ごせるかを考え、実践する時期にしていく。

では人生の黄金期とは何なのか。
その定義をこう考えます。
「人生を豊かなものにするため、自分の衰えと上手に付き合いながら、自分の価値感に即した生き方、魂が喜ぶ生き方を目指す…」

これは、75歳までリタイアしない生き方のススメです。
何からリタイアしないかというと、「人生を前向きに生きる意志」を捨てない、「心の現役感」を失わないということです。
人生100年時代においては、「老後」とか「余生」というものは75歳を過ぎてからだと考える。
65歳になると介護保険被保険者証が届き、前期高齢者などといわれるようになりますが、自分自身の意識として、「まだ老境にあらず」という意志を持ちつづける。
そういう気概を持ちたいですね。

この時期に自分の価値感に即した生き方、魂が喜ぶ生き方を見出した人は、75歳以降も、生きるエネルギーを上手に燃やして、イキイキと過ごすことができるのではないでしょうか。
105歳で亡くなった日野原重明先生は、生涯現役を貫かれました。
100歳を過ぎてからも、「2年後、3年後までスケジュールが入っています」とにこやかにおっしゃっていました。
バイタリティにあふれ、次は何をしようかということをつねに考えておられたのですね。
魂が喜ぶ生き方を見出し、それを実践し続けられた方だと思います。

『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す (光文社新書)』光文社新書

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「逆順入仙」(ぎゃくじゅんにゅうせん)という教えがある。

「逆順入仙」は幸田露伴の言葉だ。
逆順とは、道理や自然の摂理にさからうこと。
入仙とは、仙人の域に達することができるの意。
つまり、自然にまかせて年をとるのではなく、年齢に逆らって生きれば、精神的にも肉体的にもいつまでも若々しく生きられるということ。

これを斎藤一人さんは、こう語る。
『花は花として、目立たなければいけない。
そして、花として生きる。
「目立ってはいけない」という人もいるけど、社会に出たら目立たないとね。
花は花として、目立たなければいけないんです。
人の人生は一回きりです。
それは、神さまがパーティーにご招待してくれたようなもの。
「素敵だね」といわれるような姿でパーティーに出て、どこが悪いんですか?
自分はどんどん素敵になるんだ、と。
一度きりのパーティーにご招待を受けたのだから引っ込んでいられるか、そう思ってください。
そして、花として生きるんです。』

この人生は、神さまから招待をうけた、たった一度きりのパーティーのようなもの。
だから、「隅っこで小さくなって、引っ込んでいられるか!」と。

花として生きる…
魂が喜ぶ、「逆順入仙」の生き方をしたい
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2018年10月12日

No 4821   【当たり前が輝いてみえる】

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【当たり前が輝いてみえる】

渡辺和子氏の心に響く言葉より



今日は、今から数年前、同じこの日、同じこの記念館を巣立っていった一人の卒業生の言葉を皆さんへのはなむけの言葉にしたいと思います。
その人は、在学中、健康そのものの人でした。
それが卒業後まもなく、病気になって入院し、非常に苦しみ悩んだのですけれども、やがて快方に向かった折に、一通の手紙を書いてくれました。
その中に、こう書いてあったのです。

「ようやく外出許可がいただけました。久しぶりに地面を踏んだ時は、感激でした。今の私には、当たり前が輝いてみえます」
この手紙を読んで、私は、病気がよくなったことが嬉しかったとともに、病気という十字架が、この人を、ここまで成長させて、この言葉を書かせたことを、たいへん嬉しく思いました。
「当たり前が輝いてみえる」。
そして、この人から、幸せの秘訣を教えてもらったように思ったのです。

私たち一人ひとりは、幸せになりたいと願っています。
今日、ここに集まっていらっしゃる方たちは、あなた方一人ひとりが、一生の間、幸せに生きてほしいと、願っていてくださいます。
幸せの条件には、いろいろあって、人それぞれに違うかも知れません。
ですけれども、共通して言えることは、自分が愛するもの、価値あるものに取り囲まれて、心が満たされている状態といっていいでしょう。
ですから、幸せを願う人たちは、たやすく愛せる人を探し、やりがいのある仕事を求め、そして、すてきなもの、すばらしいもので、自分のまわりを囲みたいと願っています。

今日の日本は、この種の幸せをあおるかのように、そして、それを満たすに十分な、物質的な豊かさと、過激といっていいほどの刺激と情報に溢れています。
お金さえ出せば、ほしいものがほとんどすべて手に入る世の中です。
では、それらを手に入れた人たちがみんな幸せなのかというと、必ずしもそうではありません。
なぜでしょう。

星の王子さまが答えを出しています。
「地球上のみんなは、特急列車に乗り込むけど、いまではもう、なにをさがしているのか、わからなくなっている。だからみんなはそわそわしたり、どうどうめぐりなんかしてるんだよ…」
「おなじ一つの庭で、バラの花を五千もつくっているけど、…自分たちがなにがほしいのか、わらからずにいるんだ」。
そして続けていうんです。
「だけど、さがしているものは、たった一つのバラの花のなかにだって、すこしの水にだって、あるんだがなあ…」
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

今から約千三百年まえにつくられた日本の一番古い歌集『万葉集』の中に、一つの歌が収められています。

信濃(しなの)なる千曲(ちくま)の川のさざれ石も
君し踏みてば玉と拾はむ

たぶん、うら若い一人の乙女が、自分の愛する人、夫、恋人を送り出した後、“その人が踏んだ石だと思えば、私には玉と思えるのです”とうたった一首です。
なにが、この当たり前の、どこにでもある石を、輝く玉に変えたのか、それはこの乙女の心に宿る愛する心、いとおしむ気持ちだったろうと思います。
この人は何カラットかするダイヤモンドでなくても、愛する人が踏みしめたその石を、玉と抱いて幸せな人です。
そして、私たちは、幸せの原点というものを、ここに見ることができます。

(ノートルダム清心女子大学・昭和五十八年度卒業式答辞)より
《ものごとがうまくいくから、ほほえむのではなくて、ほほえむから、ものごとがうまくいくのです》

『あなただけの人生をどう生きるか (ちくまプリマー新書)』ちくまプリマ―新書

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《幸も不幸もない。 要は心の持ち方一つなのだ。》(シェークスピア)
ほんとうは、幸せという現象も、不幸せという現象もない。
あるのは、その現象を見て、幸せと思えるか、不幸せと感じるかの違いだけ。
見方や考え方がその人の人生を決める。

「かんじんなことは、目に見えないんだよ」
ほんとうの幸せは日常の中にある。
当たり前の幸せに気づける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:20| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月11日

No 4820   デジタルデンティストリー  最新矯正セミナー  スタッフ研修

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歯科医療もデジタル化を受けて 凄まじい進歩が進んでおります

スタッフ全員で学び より善いクリニック創りを目指します



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No 4819   【どんな悩みも消し去る「3秒」の方法】

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【どんな悩みも消し去る「3秒」の方法】

小林正観さんの心に響く言葉より…




私は、30歳のときに結婚しました。
子どもを授かったのは、33歳のとき。
ようやく授かった子どもに「よろこび」を表す「慶(けい)」のつく名前を用意して、待っていました。
生まれてきた子どもは、「知的障害児」でした。

医師から、「手術をしても、薬を飲んでも、リハビリをしても治りません」と宣言をされたあと、私の視力から、「色」が奪われました。
その医師を含む部屋中の風景が、モノクロになっていたのです。
白黒だけの世界です。

それから半年間は、視力がモノクロのため、季節感もなくなり、花の色、緑の色、木の肌の色、人の顔色もまったくわかりません。
窓の外を眺めても、晴れているのか、曇りなのか、雨なのか、見ただけではわからないのです。
当時の私は、苦しみの中にいました。
悩んでいました。
なぜなら、子どもに障害があるという事実を「受け入れることができなかった」からです。

「慶子」が生まれて半年ほどたったある日、私が目にした新聞記事のひとつに、次のようなことが書いてありました。
「新生児の600人に1人は、障害を持って生まれる。ということは、将来、自分の子どもが障害児として生まれてくる可能性がある。そのときのための心構えを持っていたほうがよい」
私は、この短いコラムを読み終えたあと、こう思いました。

「慶子ちゃん、うちに生まれてきてよかったね。600人に1人、障害児として生まれてくるのであれば、慶子ちゃんは、どこかの家を選んで必ず生まれなければならなかった。
そのときに、小林家の両親を選んだというのは、ものすごくよい選択をしたと思う。
私は障害がある子をいじめたりしないし、私の妻もやさしい人だから、差別をしたりはしない。
慶子ちゃんは、そういう両親を選んで生まれてきたんだね」

そう思った瞬間、失っていた視力の「色」が戻りました。
風景に色が付いたのです。
私自身が「障害」や「障壁」だと思っていた大きな悩みは、「私の認識だけの問題」でした。
「慶子ちゃん、よかったね」と受け入れた瞬間に、その問題は消滅したのです。

生まれてからわずか半年後に、慶子は私に大きなことを教えてくれました。
「悩み・苦しみは、目の前の現象を否定し、受け入れないところから生じている」

私たちが、目の前に起きている現象を受け入れれば、悩みも、苦しみも、存在しません。
私自身が慶子に対して、「この子はこれでいい。この子はこれで十分に幸せではないか」と受け入れた(感謝した)瞬間、私の悩みはなくなりました。

どんな悩みも消し去る「3秒」の方法があります。その方法とは、
● 1秒目…過去のすべてを受け入れること
● 2秒目…現在のすべてを受け入れること
● 3秒目…未来のすべてを受け入れること

これで終わりです。
自分に起きたことやこれから起きることは、すべて自分が成長するために必要だと思うこと。
目の前の状況を受け入れれば(感謝できれば)、悩みも苦しみもなくなって、ラクに生きることができるでしょう。

『ありがとうの神様』ダイヤモンド社

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舩井幸雄氏はこう語る。
『人生の悲喜こもごもさまざまな出来事は、実はすべて必要で必然です。
ですから目先の出来事の一つひとつについて、安易に正誤や善悪、幸不幸などの二元的な判断を下さないほうがいいようです。
楽しいこと、喜ばしいことはともかくとして、悲しいことやつらいことを必要、必然とはなかなか思いにくいものです。
しかし、生起した時点ではその意味がよくわからなくても、まず素直に受け入れ、じっくりと考えて、その後の事態の進展を注意深く観察すれば、それがいかに必要だったか、ベストだったかが必ずわかるはずです』(未来を変えるクセづけ―舩井幸雄の金言集)より

目の前に起きている現象がすべて、必要であり、必然だと思えたら、悩みや苦しみから遠ざかることができる。
そして、それが感謝できるレベルにまでなれば、人生はもっとラクに生きられる。

生まれ変わり(輪廻)の考えでいくと、この世に生まれるとき、自分の人生は自分で決めるという。
自分で両親を選び、自分で人生の脚本を書き、自分でそれを演じる。
だから、目の前に起こる困難も、嫌なことも、全部自分が設定したもの。

目の前に起きている現象を、淡々とすべて受け入れる人間でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

No  4817   【逆境を利用して上に伸びる】

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【逆境を利用して上に伸びる】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



ともかく、逆境をうらんだりしちゃいけない。
そして、逆境というのは、上にいる、絶対なる人が自分を試そうとしているんだ、と。
そしたら、オレなんかの場合、「神さま、あなたは、オレが泣き言をいうと思ってるかもしれないけど、その手は食いませんよ」って、それで、「こういう答えを出しますけど、神さま、どうでしょう」って、対話するんだよ。

なんか、あやしい話になってきたんだけど(笑)
でも、代々続いているような家ってね、家訓のなかに必ず「神仏を敬え」っていうのが入っているんだよね。
神仏を敬うって、神にすがって生きろ、ということじゃないんだよ。

どんなに成功しても、この世の中には、絶対、おまえなんかに勝てないものがあるんだ、といってるんだよ。
そうやっていわないと、人間って傲慢になってダメなんだよ。
傲慢にならないために、「絶対なる神」というものがいて、それを「敬え」っていう、ね。
その絶対なる神に「一人ちゃん、今の答えよかったよ」って、いってもらえるような生き方を見せたいと思って、やってるんだよね、オレは。
だから、神さまにお願いするんじゃなくて、神さまが「一人ちゃん、よくやったね」って喜んでくれるような生き方、だな。

そうすると、よく「客観的に自分を見る」っていうよな。
「外から自分を見る」っていういい方があるけど、それって人間目線なんだよ。
だけど、天の神様が喜ぶことって何だろう、っていったとき、人は天の目線でものを見て考えるんだよ。

これが、実にいいんだよ。
いろんな“気づき”をもらえて、おもしろいぐらいに、商売でも何でも、うまくいくの。
不況がこようが、どんな問題が出てこようが、飛行機が空気抵抗で上に上がっていくように、逆境を利用して伸びていけるんだよ。
これが、災い転じて福となす、なんだよ。

いいかい、もう一度いうよ。
天がくれた試練に対して、嘆いたりしちゃダメ。
天をうらまなくても、自分の運命をうらんだりしてもダメ。
天をうらんでるのと同じことだよ。

だから、天をうらむ人は逆境から抜け出せないんだよ。
逆境でつぶれる人の特徴なんだよ。
つぶれない人は、逆境のときに天をうらまない、時をうらまない。
逆境を利用して上に伸びるんだよ。

『斎藤一人 商人道』PHP

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斎藤一人さんは、「抵抗(逆境)」についてこう語る。
『飛行機が離陸するときも、必ず空気抵抗を受けます。
ではこのとき、飛行機は抵抗を受けて、失速するでしょうか?違いますよね。
受けた空気抵抗を逆に利用して離陸します。
飛行機は空気抵抗があるからこそ、大空を飛べるのです。
もし、パイロットが空気抵抗が怖いからといって速力を落としてしまったら、飛行機はそのまま真っ逆さまに落ちてしまいます。
これと同じことが、私たちにも起きるんです。
何か新しいことにチャレンジしようとしたときに、必ずといっていいほど、周りから「失敗したらどうするの?」とか、「無理だよ」といった抵抗にあいます。
周りに言われなくても、自ら抵抗を避けようとしたり、周囲から批判されないようにしたりと自分のエンジンのパワーを緩めてしまうと、失速してしまいます。
ではどうすればいいか。
その抵抗を利用すればいいんです。
あなたがこれから上昇するためには、その抵抗が必要なんです。
だから、抵抗があっても速力を落とさず、そのままの力で、またはそれ以上の力を出すと、その抵抗があなたを上へと持ち上げてくれるのです。
あなたが行動して出てきた抵抗は、あなたがあなた自身のエネルギーに変えることができます。
では、どうすれば自分のエネルギーに変えられるかというと、あなた自身が失速しないこと、そして抵抗を恐れないことです。』(大商人の教え)より

「苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、 助け合って生きていく事が、これからのわたくしたちの使命です。」
この言葉は、東日本大震災から1年8ヶ月経ったときの、気仙沼市立階上中学校 梶原祐太さんの卒業式答辞だ。

天災や逆境にあったとき、年齢を重ね、経験を積んだ年配者だから、天をうらまないわけではない。
若くても、経験がなくても、人やまわりのせいにしない人もいる。

「逆境を利用して上に伸びる」
抵抗や逆境をエネルギーに変えられる人でありたい
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2018年10月09日

No 4816   【すべてを受け入れ、全部に感謝する】

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【すべてを受け入れ、全部に感謝する】

人生相談家、気楽(きらく)氏の心に響く言葉より…



神社にお参りに行った際に、おみくじを引かれる方は多いと思います。
特に初詣のときには、今年一年を占う気持ちで引かれるのではないでしょうか。
全国、どこの神社に行ってもおみくじはたいていありますが、実は、伊勢神宮にはこのおみくじがありません。
それがなぜだかわかりますか?

理由は、「伊勢神宮を参拝できた人はみな、大吉」だからです。
“伊勢神宮に参拝できた人”とは、“伊勢神宮に呼ばれた人”です。
呼ばれないと伊勢神宮には参拝できないのです。
私の知り合いにも「伊勢神宮に行きたいんだけど…」と言いながら、予定していた日に急な仕事が入っていけなくなったりと、機会に恵まれない人が多くいます。
だから、伊勢神宮に呼ばれ、お参りできただけでも、その方は“大吉”なのです。

おみくじは、楽しんで引く分にはいいのですが、その結果に一喜一憂したり、悪い結果が出たからといって落ち込むのは考えものです。
おみくじで自分の運を“ためす”よりも、運は自分で“開き”いくらでも、“良くする”ことができます。

たとえば、朝、家を出るときに靴のひもが切れました。
「ツイてない」とか、「不吉だ」と思うと、朝から一日、憂鬱な気分になります。
それよりも、「出るときでよかった。これが外出先だったら大変だった。ツイてる」と思えば、気分を害することもありません。

また、駅に行く途中で頭に鳥のフンがポタリ!
「汚いなぁ、なんてツイてないんだ」と思うところを、「落ちてきたのが石だったら大ケガしているところだ。ツイてる」と言って、これで“運”がついたと思うことができれば、なにかいいことが起こりそうな気もしてきます。

さらに、途中で財布を落としたとします。
「最悪だ!なんてツイてないんだ!」と思ったところで財布は返ってきません。
それよりも、「命まで落とさなくてよかった。ツイてる!」と思って警察に届けを出し、カード会社にも連絡するなど、まずは対策ありきで、やるべきことをやります。
財布を落としてお金もなくなったうえに、気持ちまで落ち込んでしまったら、なにもいいことはありません。
対策をとれば被害を最小限にとどめることができますし、財布が見つかって戻ってくるかもしれません。
だからとにかく、気持ちだけでも落とさずにいたほうが絶対にいいことがあります。

結局、「運がいい」とか、「ツイてる」というのは、考え方次第なのです。
起きる現象は同じでも、「ツイてない」と思う心は、また「ツイてない」という現象を呼び寄せます。
反対に、「ツイてる」と言っていると、また「ツイてる」と言いたくなるような現象を呼び寄せます。
これがまさに、「引き寄せの法則」なのです。
物事には、必ず良い面と悪い面があります。
片方だけで判断するのはよくありません。

大切なのは全体をとらえること。
そして、全体に感謝することです。

「大好きな人にフラれた」という悲しい事実の裏側には、「もっとステキな人と出会えるかもしれない」という楽しい事実があります。
「大好きな人と出会い、結ばれた」というしあわせな事実の裏側には、「いつの日か、死か別れのときがくる」というつらい事実があるのです。
だから、その片面だけを見て喜んだり悲しんだりするのではなく、そのことすべてに感謝する。
そして喜ぶべきことも、悲しむべきことも、すべて受け入れるという心のあり方が大事なのだと私は思うのです。

『全感謝する練習』サンマーク出版


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「不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しない。
あるのは、目の前の現象を、幸せと思う心で見るか、不幸や悲劇と思う心で見るか、だけです」
と小林正観さんは言う。

病気になったり、ケガをしてしまったとき、「なんで自分ばかりこうなるのか、なんて不運なんだ」、と思う人と、「この程度で済んでよかった、ラッキーだ」、と思う人がいる。
病気やケガという状況は変わらないのに、人によって見方や考え方、捉え方がまるで違う。
病気も、困難も、失敗も、災難も、見方によって180度変わってくる。

松下幸之助さんが若いころ、船から海に落ちてしまったことがあった。
後年それについて、「わしは運が強かった。もし冬の寒いときであったらたぶん助からなかった。夏の日に落ちて幸運だった。わしは運が強かった。さらに船長がすぐに気がついて引き返してくれたので助かった。わしは運が強い」と言ったそうだ。
「運が強い」というのは、「ありがたい」と感謝するのと同じ。
だから、いいことも、悪い(と思われる)ことにも、感謝する。
不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しないのだから。

すべてを受け入れ、全部に感謝する人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

No 4815   【化ける可能性を見抜く眼力】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【化ける可能性を見抜く眼力】

齋藤孝氏の心に響く言葉より…



化ける可能性を見抜くのは、眼力(がんりき)の中でもっともハイレベルである。
それには少しコツがある。
何より、欠点と長所は紙一重という考え方がわかっていないといけない。

いまや超一流のアスリートとなった高橋尚子も、フォームが変わっていて、それが欠点だと言われていたそうだ。
増島みどり著『冷めない夢 アスリート70人が語った魔法の言葉』の中の高橋のエピソードを見てみよう。
長距離の同級生たちにはいろいろな勧誘が来るのに、高橋にはなかなか声がかからない。

「フォームのせいだったと思います。
腕振りのせいで上体のバランスが悪く脚が前に出ない。
フォームを変えないと一流にはなれないという指摘をいろいろな方からされていました。
あのフォームじゃねぇ、という声も何度か耳にしていましたから」

と高橋も気にしているのだが、実際は、思うように修正できない。

腕を振る動作では一般的にひじを後方に引く。
この引きによって上体に推進力をつけることができ、腕の振りの正確さ、力強さが走りの鉄則とされる。
しかし高橋はひじを引かない。
ひじの位置はほとんど動かさずに手首から胸に抱え込むようにしてピッチを取る。
これが高橋のフォームだ。
「これが最大の『欠点』とされたが直せなかった」と高橋は言う。

だが、小出監督だけは、「いいフォームだなあ、変えることはないよ」と断じる。
欠点は長所でもあるという眼力を見せている。

「フォームはな、その子の個性なんだ。だからめったやたらにいじくっちゃいけない」と、それを生かす形を考えていく。
つまり、欠点を長所に変えていく指導をする。
それに応えて高橋は、「ランナーとしてこれでもやれるかもしれないという小さな自信を始めて持たせてくれたのが監督です。ほんの小さな自信が私のスタートになった」と、見事にシドニーオリンピックの「金」につなげた。

これは、「欠点も長所と見る」眼力の例である。
フォームが個性的である理由は必ずその人の身体の中にある。
それを崩してしまうと、いいものも失ってしまうことがあるというのが小出監督のスタンスだ。
悪いクセとして排除してしまうのではなく、クセから技に変えてしまう。
“クセの技化”を勧めている眼力だ。

誰もがふつう短所やクセを抱えている。
それをうまくコントロールしながら日々を過ごしている。
それが日常に何の影響ももたらさないわけはない。
しかし、欠点もアドバイスによって角度が変われば、欠点ではなくなることもある。
根本は変わらなくても、少しずらすだけでいい結果を生むようにできる。
それが小出監督のやり方なのである。

一般に、長所は伸ばす、短所は直すのがいいと思われているが、短所に見えるものと長所は、実は背中合わせのものだ。
常にそうした見方に立って見えるようにすると、見抜く力が変わってくる。
眼力においては、長所と短所は切り離して考えないことを心がけるといい。
ひいては、それが思考の習慣として定着することが望ましい。

『眼力』三笠書房

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ネガポ辞典という高校生が発案した辞典がある。
ネガティブな言葉をポジティブな言葉に変換する辞典だ。

たとえば…
青二才→フレッシュ、若い、発展途上
飽きっぽい→気持ちの切り換えが早い、好奇心旺盛、行動力がある
悪趣味→自分の世界を持っている、個性がある
浅はか→行動を起こすのが早い、独創的思考
頭が固い→自分をしっかり持っている、芯が強い、肝が据わっている
意気地なし→慎重、他人に流されない

長所は短所の裏返しだ。
すべての物事は、視点を変え、立場や見方を変えると、まるっきり違ったものとなる。

スティーブ・ジョブズは、自分が養子であったこと、貧乏であった境遇が「本当に幸運だった」と言っている。
同様に、松下幸之助翁も、「貧乏、病弱、無学歴」のお陰で成功した、と言う。

化ける可能性を見抜く眼力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 09:34| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする