2018年12月24日

No  4922   【批判を恐れないこと】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【批判を恐れないこと】

ジェフ・ケラー氏の心に響く言葉より…



多くの人が成功への道の途中で挫折してしまう主な原因は、他人の意見に惑わされることです。
他人の意見に耳を傾けることは大切ですが、批判や拒絶を恐れているかぎり、大きな業績をあげることはできません。
人はみな、批判されると心が傷つきます。

しかし、何をしても批判される可能性は常にあります。
すべての人があなたの選択に賛成してくれるとはかぎらないからです。
どんなことをしても批判される可能性はあるのですから、批判への最善の対処法について考えたほうが得策です。

多くの場合、批判は個人的な好みを反映したものにすぎないということを覚えておきましょう。
実際、人々は「そういうやり方が気に入らない」という言い方をします。

以前、企業の社員研修プログラムを担当していたとき、一部の参加者から「講義ばかりで質疑応答の時間が少ない」という指摘がありました。
しかしその一方で、「質疑応答の時間を減らして講義の時間を増やしてほしい」という要望もありました。

要するに、人々はさまざまな好みと興味とニーズを持っていますから、すべての人を満足させることはできないということです。
どの選択肢を選ぼうと、誰かがなんらかの不満を抱くものなのです。

『夢をつかむ方法』ディスカヴァー

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ジェフ・ケラー氏は「批判」について本書の中でこう語る。
『批判を自分への個人攻撃と解釈してはいけません。
人々は相手を批判するとき、相手の人格を否定しているのではなく、相手の意見や仕事ぶりが気に入らないことを指摘しているにすぎないからです。
誰が何を言おうと自信を失う必要はありません。
最終的に、他人の発言を気にするかどうかを決めるのは自分自身です。
「批判は学習のための貴重な教材である」という格言があります。
まったくそのとおりです。
批判されたときは、相手の発言の中から的確な指摘を探しましょう。
批判には有益な情報が含まれていることがよくあります。
あなたの課題は、それを見つけて有効に利用することです。
また、一般に、辛辣な批判をする人は、精神的に不安定である場合が多いのです。
そういう人は、他人を侮辱するような意地悪な発言を平気でする傾向があります。
ターゲットを選んで、日ごろの欲求不満をぶちまけるのです。
そういう人の言うことを真に受けて失望する必要はありません』

昨今は、SNS上で匿名性をいいことに、辛辣で無責任な批判が横行している。
しかし、書かれた本人だけでなく、それを見た人は誰もが嫌な気分になる。

それを斎藤一人さんはこんなふうに言っている。

『人間が一つ上のステージ上がろうとすると邪魔が入る。
でも、それは邪魔しているのではなく「あなたの人生を盛り上げようとしてくれている」ってこと。
そのとき「ありがとね」って、ニコって笑っていったら、その人の器量に相手が心服するから』

批判や誹謗中傷は、「あなたの人生を盛り上げようとしてくれている」こと。
人生というドラマには、ハラハラドキドキするような、盛り上がりが必要だからだ。
何もなかったら、つまらない三流のドラマになってしまう。

どんな批判も恐れない人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 11:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

No 4921   【人に喜ばれることをしてみましょう】


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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人に喜ばれることをしてみましょう】

小林正観さんの心に響く言葉より…



《まわりに喜ばれる喜びは、自分が喜ぶのとは比べられない大きさです》

人は、人の間に生きていることから「人間」と言います。
人間として生きるということは、自分のためではなく、他に存在するもののために生きるということです。

体の中に目を向けてみても、肺や心臓、肝臓、腸など自分のために存在する臓器は何ひとつありません。
みな、体内の他の臓器や細胞を生かすために働いているのです。
ひとつの宇宙が人間の体にまとまっている、ともいえるかもしれません。

ですから、人は、この世に生れたからには自分がいかに目標に向かって歩み、達成するかということではなく、いかにまわりに喜ばれる存在になるか、ということに尽きます。
たとえば頼まれごとをやってあげて、相手がにっこり笑って「ありがとう」と言ってくれたとき、本当の「存在の喜び」が湧いてきます。
喜ばれることが、人間の最も根源的な幸せなのです。

人に喜ばれることをしてみましょう。
いちばん楽しくて、幸せなのは実は私なのではないか、と思えるに違いありません。

『感謝ではじまる幸せの習慣』宝島社

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小林正観さんは、「たのまれごと」について本書の中でこう書いている。
『自分にできないことは頼まれません。
頼みやすい人は喜ばれる存在です。
頼まれごとは、自分が汗をかいてその人の要望に応えることを言います。
頼まれたらどんどん引き受けていきましょう。
なぜなら、私たちが生まれてきた目的は「いかに喜ばれる存在になるか」ということだからです。
それはつまり、「いかに頼まれやすい人になるか」ということです』

頼まれやすい人は、頼まれやすい顔をしている。
いつも笑顔で機嫌よく、愛のある言葉を言い、相手をほめ、ほっこりさせる。
反対に頼まれにくい人は、いつも不機嫌で、不平不満をいい、色々なことのあらさがしばかりしている。

頼まれごとを気持ちよく引き受け…
いつも、人に喜ばれることをする人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:02| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月22日

No 4920   年間アワード


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毛利歯科の 外部保証会社 ガイドデント社から
一年間の 契約数や 保険利用率の低さ(再治療が少ないということ)
等を 表彰しますとのこと

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外部契約費は 必要なのですが 患者様の満足度・安心感向上のために
この制度を活用いたします!  頑張ります!


posted by Dr.モーリィー at 21:46| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4919   【お互いが相手を選べない】

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【お互いが相手を選べない】

本田健氏の心に響く言葉より…



「人間関係」と言ったとき、多くの人はおそらく、家族・友人・仕事(学校)関係の三つくらいのカテゴリーを思い浮かべると思います。
実際、住所録をつくるときも、「家族・親戚」「友人」「仕事(学校)関係」と三つのファイルに分けている人が多いのではないでしょうか。

人間関係には、「自分で決められる」関係と、「決められない」関係があります。
「自分の好きな人とだけ、つきあっていればいい」のであれば、世界はシンプルでストレスもなく、うまく回っていたかもしれませんが、現実はそうではありません。
まず、家族・親戚は、自分で決められません。
パートナーは別としても、自分の親や生まれてくる子どもは、自分の意思では選べません。
仕事(学校)についても、勤め先(クラス)の人間関係は、基本的に押しつけられるものです。

「この人と働きたい(一緒のクラスになりたい)」と願っても、思い通りにはならず、変な人・ウマが合わない人が、たいてい一人くらいは混ざってしまいます。
そう考えると、自分で決められる人間関係は、友人・知人くらいしかありません。

このように、私たちはきわめて選択肢が少ない中で、人間関係をつくっています。
だから、ウマの合わない人と「うまくいかないこと」があるのは、当然なのです。
トランプで言うと、「最高のカード」がそろっていない状態でプレーをさせられているわけです。
そして、手持ちのカードを捨てる機会もなかなかありません。

たとえば、親のことを心から尊敬できる人は実は少数派で、極端なケースでは「親とは二度と会いたくない」というくらい、親と合わない人もいます。
ある意味で、正反対とも言える性格の人が、親子になってしまったケースもたまにあります。
親子らしい会話がまったくできないぐらい、相手が“天敵”のようになってしまうと、大変です。
そうなると、壮絶な戦いが起きます。

「お互いが相手を選べない」ところに悲劇があるわけです。
職場でも、基本的に価値観が自分と違う人たちと折り合っていく必要があります。
ですから、「人間関係で悩む」のは当然ですし、とても自然なことなのです。

普通の生活をしていると、自分の人生の中に、たいてい一人や二人は、よく理解できない人が混じってきます。
それは、人生の“辛口のスパイス”みたいなものです。
人生は“甘口のスィーツ”だけだと、ちょっとつまらないものです。
ときには、唐辛子のような人と出会って、「ヒーヒー」と言うぐらいが、おもしろくなってくると考えてみましょう。
自分の不運をただ呪うのか、「人を理解するチャンスをもらった」ととらえるかで、あなたの今後も変わってくるでしょう。

考えてみれば、地球上には70億人もの人がいるにもかかわらず、私たちが個人的につきあっている人は、ほんのわずかです。
ほとんどの人が、たった30人程度の人間関係の中で動いています。
知り会いを含めても、つきあいがあるのがせいぜい百人くらいのものでしょう。
こうした“スモール・ワールド”が、この地球上には同時に無数に、存在しているわけです。

実際に、携帯電話の履歴を一週間分調べてみたら、緊密に連絡を取り合っている相手は、せいぜい30人ぐらいという人がほとんどでしょう。
仕事関連の人たちを含めて、その30人くらいの人たちが、“あなたの世界”なのです。
彼らをどれだけ理解して、彼らにどれだけ理解されているのか…「人間関係の質」は、そこで決まります。
驚くべきことに、実は私たちは、この30人のことすら、ろくに知らないのです。
“自分の世界”を形成している人たちが、人生で何を考え、何を感じているのかも、ほとんど理解していないし、あなた自身もまわりの人から理解されていません。

『なぜ、あの人はいつも好かれるのか (単行本)』三笠書房

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本田健氏は本書の中でこう語る。
『「決められてしまった人間関係」の中で、どうやって幸せを見出すのかを考える、ことです。
「どうして私の家族はこうなんだ」とイライラし、悩みながら生きるのか。
あるいは、その中で幸せを見つけていくのか。
家族関係で苦労が多かった人、悩まされた人は、「出口の見えない混沌とした状況から、どう幸せを見つけていくか」という、人生で一番必要なトレーニングを、ごく幼い頃から受けていた、と考えてください。
生きていく上で、「自分の好きな人ばかりの班」に属せることは、ほとんどないと考えたほうが現実的です。
そして、家族関係で幸せな人は、「この世界は楽しいところなんだ」と素直に感じながら人生を生きるでしょう。
そういう人は、ぜひその幸せをかみしめましょう』

「お互いが相手を選べない」というのが世の中の常(つね)。
それを、「置かれた場所で咲きなさい」と渡辺和子さんは言った。
渡辺さんが自身を失い、修道院を出ようとまで思い詰めたとき、ある宣教師の方が短い英語の詩を渡してくれたという。
そこにはこんな言葉があった。
『いただいた詩は、「置かれたところで咲きなさい」の後に続けて、こう書かれていました。
「咲くということは、仕方ないと諦めることではありません。
それは自分が笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることによって、神が、あなたをここにお植えになったのは間違いでなかったと、証明することなのです」』

どうにもならないことに文句を言ったり、愚痴や泣き言を言っても、事態は何も変わらない。
そんなことより、どういう状況に置かれても、その中に、楽しさや喜びや幸せを見つけること。

「置かれたところで咲きなさい」という言葉をかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 07:16| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月21日

No 4918   【「すごく元気です」と答える】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「すごく元気です」と答える】

ジム・ドノヴァン氏の心に響く言葉より…



私たちが自分自身や外界とコミュニケーションをとる際の主な手段は、言葉だ。
他人との交わりにおいてもそうだが、私たちは心の中で自分に話しかけるときも言葉を使っている。
実際、私たちが生活している世界はすべて、言葉で定義されている。

それなら、なぜ私たちは言葉の使い方にもっと注意を払わないのだろうか?
二、三年前、言葉がどのように経験の作用を強めたり弱めたりするのかという記事を目にした。
そこで説明されていた素晴らしい方法を使えば、ある状況を定義するために使う言葉を変えることによって、その状況が生活におよぼす作用を変えることができるのだ。

この方法の威力を体験してみたいなら、誰かに「元気ですか?」と聞かれたとき、ごく普通に「元気です」と答えるかわりに「すごく元気です」と答えて自分が実際にどういう気分になるかを確かめるといい。
気持ちを込めて情熱的にそう言ってみよう。
この方法を使うことによって、よい感情を高めると同時に、あまりよくない感情を抑えるような言葉に変えることができる。
たとえば、「彼(彼女)には本当に腹が立つ」と言うかわりに「彼(彼女)にはちょっととまどっている」という言い方に変えてみよう。
同じ状況であっても気分的に違ってくるはずだ。

日常生活の中で「それほど素晴らしくない」環境の影響を抑えることが、いい気分を高めることにつながる。
言葉は私たちが思うとおりに使うことのできる最も威力のある資源のひとつなのだ。

これによってもたらされる恩恵がもうひとつある。
それは「暗示効果」と呼ばれる。
私は自分の経験から言うのだが、「元気ですか?」と聞かれて「すごく元気です」と答えると本当に気分がよくなるのだ。
「元気です」と比べて「すごく元気です」という言葉の響きには、なぜか私の気分をよくしてくれるものが含まれている。

逆もまた真なり、だ。
ネガティブな感情を表現する際にトーンダウンした言葉を使えば、そのインパクトは弱まる。
これから二、三週間、この方法を使ってみて、何が起こるかを自分で確かめてみよう。

『何をしてもうまくいく人のシンプルな習慣 (ディスカヴァー携書)』ディスカヴァー携書

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たとえば、自分の好きな映画を友人にすすめたあと、何日かたって「どうでしたか?」と尋ねることがある。
一番がっかりするのは「まだ行ってない」。
次にシュンとしてしまうのは、「まあまあだった」。
逆に、最高に嬉しい言葉は、こちらが聞く前に「とっても素敵だった」「すごく感動した」「すぐに他の人にもすすめました」と相手から先に報告してくれること。

言葉一つで、「もう、この人には二度と教えない」か、「素敵な情報を見つけたら真っ先に教えよう」か、に分かれる。
言葉の頭につける感嘆詞や形容詞には…
「すごく」、「とっても」、「メチャクチャ」、「本当に」、「超〇〇」、「サイコー」、「激しく」、「しびれるくらい」、「思いっきり」、「いいね!」、「やった!」、「なんと!」、「おみごと!」、「バンザイ!」等々がある。
「ああ!」とか「うわぁ!」とか「ひゃー!」でもいい。

中村天風師は、「元気ですか?」と聞かれたとき、もし体調が悪かったとしても、「すごく元気です」と答えなさい、という。
なぜなら、身体は病気でも、心は病気ではないからだ。
そして、「元気です」と言っているうちに不思議に病気は治ってしまう。

「すごく元気です」と答えられる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:04| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月20日

No 4917   【不愉快な人に出会ったとき】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【不愉快な人に出会ったとき】

精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…



誰にでも嫌いな人はいる。
私にも「いっしょにいると不愉快だ」と思う人はいる。
しかし、そういう人でもうまく利用することはできる。

私は、嫌な人物に出会うと「他山(たざん)の石」と思うことにしている。
「他山の石」とは、どんなものでも自分を磨く助けになるという意味だ。
他の山でとれた粗悪な石でも、自分が玉(宝石)を磨くときの砥石(といし)に使える、ということである。
自分のやっていることには、なかなか気がつかないものだ。
だが、相手の言動で不愉快な思いをすると「自分も気をつけよう」と思う。
「あれはやっちゃいけない」「ああならいほうがいい」と気がつく。
これはありがたい。
この、嫌な人のおかげで、またひとつ、やってはいけないことがわかった。
そう思うと、少しは口惜(くや)しさが晴れる。

また、その場では負けたような気がして嫌な気分でも、内心、「なんとかあいつをやっつけてやろう」「追い越してやろう」と自分が努力するエネルギーの源泉になる。
まわりがあまりにいい人ばかりでは、幸せかもしれないが、満足してしまい、それ以上に発奮しない、ということにもなり得る。
しかし、ありがたいことに、世の中は嫌な人間にことかかない。
だから、しょっちゅう発奮することができる。
人間観察の力も養われる。

電車に乗っていても、周囲を観察していると楽しいものだ。
なかにはデーンと足を開いて二人分の座席を独占している人もいる。
「他人様(ひとさま)への思いやりが全然ないなあ。あれはよくない」と思う。
ちょっと他人に気を配る気持ちがあれば、あんなことはできない。
こういう人は自分のことしか頭にないのだろう。

反対に、私の家内などは電車の中で、重そうな荷物を抱えた20代の若奥さんに「どうぞお座りください」と席をゆずったりしている。
自分の年を忘れている。
これには相手も困ってしまう。
私も以前は席をゆずると、自分がまだ若いという気持ちになって、気分がよかったが、相手への思いやりもその年齢なりに変わってくるものだと気づいた。

あなたの周囲にも、きっと「感じの悪い人」がいるだろう。
その人は、実は、神様がおつかわしになった悪い見本例である。
毛嫌いせずに「いい人間関係をつくるのに役立った。ありがたや、ありがたや」とつぶやいてみるといいのである。

『ほがらかに品よく生きる--モタさんの言葉』新講社

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小林正観さんは、「イライラさせる人」はいないという。
いるのは、イライラする人がいるだけ。
ある人をみて、Aさんはイライラし、別のBさんは何も気にならない。

これは、幸不幸の現象と同じ。
幸福という現象や、不幸という現象があるわけではなく、幸福と感じる人と、不幸と感じる人がいるだけだ。

たとえば、道で転んで足を骨折してしまったとき…
ある人は、この程度ですんでよかった、ラッキーだった、ツイてる、と感謝する。
別のある人は、ホントにツイてない、まったく嫌になる、なんでこんなことばかり起こるんだろう、と悲観する。

いつの時代にも、どんな世界にも、嫌な奴(やつ)は必ずいる。
だが、それを「その人がいるから自分も有頂天にならずにすんでいる」とか「“人の振り見て我が振り直せ”という神様からのメッセージなんだな」と思うなら、その人は幸せな人生を送れる。
反対に、「いつか仕返ししてやる」「今度会ったら怒鳴り返してやる」と思うなら、その人は不幸の道をまっしぐらだ。

不愉快な人に会った時…
「いい人間関係をつくるのに役立った。ありがたや、ありがたや」とつぶやける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月19日

No 4916     X'masツリー  

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毛利歯科クリニック 本院の入っている 鴨池南国ビル
1Fの ロビーに 大きな X'masツリーが 鎮座しております

なんだか 癒されます

posted by Dr.モーリィー at 23:20| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4915   【10年後の仕事図鑑】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【10年後の仕事図鑑】

落合陽一氏の心に響く言葉より…



英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が発表した論文『雇用の未来―コンピューター化によって仕事は失われるのか』をご存じだろうか。
同リストによれば、ディープラーニングの発達により、レジ打ちや事務作業などの単純労働はおろか、頭脳を働かせる知的労働でさえ、その多くがAIとロボットに置き換わると予測されている。
批評的に考えれば、正しさも、誤読もあるだろうが、長期的にはこの視座は意味があると考えている。

これを見ると「ロボットやAIのほうが、人間よりもはるかに精度の高い作業や思考ができる」未来において、私たちはどう働き、どのように生きていけばいいのだろうか?と嘆く人もいるかもしれない。
答えは1つ、存在自体にヒトに対する訴求力がある人になればいいだけだ。
これからの未来においては、“何物でもない人間”“貢献度の低い人間”の価値はどんどん下がっていく。

だから自分自身に価値をつける、すなわちより多くのフォロワーを獲得しなければ、市場価値のない人間になってしまうだろう。
これからは「他人と違うことをやっていくことを基本にする」ブルー・オーシャン的な思考と戦略を持って、画一化されていない個人の訴求力と相互的なフォロー・フォロワーシップによる共依存関係を持つべきだ。

自分しかそれをやっていないけれど、それが正しいと信じ、競争することをやめる。
もし、誰かが自分と同じようなことをしていたって、気にする必要はない。
「先を越されたから」とか、「先を越されそうだ」ということを考えるクセは、根本からなくしたほうがいい。

ただ愚直に、そこから先に自分がどういう価値を足せるのかを考えるマインドセットでいけばいいだけだ。
オズボーンのリストなどは、いわば今後金をとって行動するわけではなく、多くの人が楽しんだり相補的に受け持つ「趣味リスト」のようなものなので、気にすることはまったくない。

ただ、オズボーンのリストから1つ学べるのは、このリストに挙げられている職業を少しでも広く、なるべき多く分散してやっておいたほうがいいということ。
たとえば僕がこのリストにあるほとんどの仕事を0.3%ずつくらいやっているとする。
そして、この中の1つの仕事を「そこそこのプロ」としてやっている人と、その長期的な生存率を比べると、多分僕のほうが勝る可能性が高いだろう。
理由は今後テクノロジーが入ってくることで、0.3%の僕と、100%のプロの間のクオリティの差が少なくなるからだ。
だとすれば、リスクヘッジをしているほうが有利ともいえるし、先入観なんく多くのことに挑戦したほうが広い視点を持てるので、大きな絵を描きやすい。
そして、それは希少価値につながりやすい。

1つの仕事の専門性を高めるだけでは、つぶしが効きづらくなるともいえる。
好きでやっているのならまだしも、やらされてやっているような職業である場合、その時間の浪費は人生の損失である、好きなことや楽しいことを突き詰めてニッチトップを目指したほうが人生が楽しくなるのではないかと思う。
ぜひ自分の好きなことを探して、今までにはない組み合わせと掛け合わせて、自分なりの新しい分野を作っていってほしい。

『10年後の仕事図鑑』SBクリエイティブ

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本書の中で堀江貴文氏はこう書いている。
『これからは、自分で生き方をデザインしなければならない時代になっている。
「こんな人生が幸せである」といった理想の人生モデルが崩れかけているのだ。
大学を出て、結婚して、会社に就職して、子供ができて、家や車を買って、引退して、年金で悠々自適に生活して…といった生活を送ることは、もうほとんどの人にとって無理な話だろう。
インターネットが世界を狭め、グローバルにつながった現代に、“画一的な幸せのロールモデル”は存在しない。
これを悲壮なことだととらえるのか、素晴らしいことだととらえるのかはあなた次第だ。
あなたの心の持ちよう次第で、未来なんていかようにも変えていける』

堀江氏は、ロボットが手の機能を持ったとき、飛躍的に進化するという。
今のロボットはほぼ目と耳だけだが、人間と同様に5本の指を器用に使いこなせるようなると、知能は急速に向上し、ほとんどの作業を機械が代替えする時代が到来するからだ。

来るべきITやAIの新時代を歓迎するか、あるいは否定するかで、これかの生き方は決まってしまう。
否定した時点で、ITやAIを使う側にはなれない。

時代の変化に対し…
自ら変化し続けられる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 23:06| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4914    デンタルショー A

鹿児島を7時前に出て 一日中 会場を歩き回ったスタッフへ

感謝と 人気店の おもてなしや 発想から学ぶために

おいちゃんお気に入りの 「俺のフレンチ」へ

福岡店は かなりゴージャスで ジャズライブもあり

常に満席状態

初体験のスタッフも多かったのですが
みんな大満足でした 特に おいちゃんが  ははは 
雰囲気をどうぞ  ここではみんなデジカメ写メ撮り放題 ははは

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その後 博多駅のイルミネーションを満喫して 帰路へ
帰り着いたのは夜の10時ごろ

参加したスタッフに大感謝です

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posted by Dr.モーリィー at 22:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月18日

No 4913   【一笑百福】

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【一笑百福】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



いつも笑顔でいる。
人のいいところがあったら、褒めてあげる。
みんな、なかなかそういうことしないから自分もしないって言うけど、みんながやらないから価値があるんだよ。

本当のことを言うとね、私は一笑百福どころか、千福か万福だと思っています。
それくらい、みんな笑顔が足りないし、人のことも褒めないんです。
日本人って笑顔が足りないよね。
愛のある顔をしてないの。
愛のある言葉を使ってない。
だから、そういう中で自分が笑顔で愛のある表情や言葉を出していると、人のぶんまで自分にいいことが起きるんです。

満員電車なんかに乗ってごらん。
みんな無表情で、本当にいづらいよね。
だけど、その中で自分だけは機嫌よくしてるんです。
そうすると、そこの座席にいる人たちの幸せが、全部自分に来ちゃうよ。
笑顔って、それくらいすごいことです。

1回笑うと、ごほうびがたくさんくるよ。
だから笑いな。
本当だよ。
だって、私の人生はね、私が笑ってるだけで周りの人も幸せなんです。
で、たくさんいいことが起きる。
私の人生は、一笑いするだけで百くらい福が来る。
だから、私は「一笑百福」が正しいと思っているんです。

この日本っていう国はね、いいことは昔から山ほど言葉に残っているけど、それをやる人が少ない国なの。
なぜかって言うとね、みんな、苦労しなきゃいけないと思ってるの。
幸せっていうのは、苦労して苦労して手に入れるものだと思っているんです。
で、苦労するとどうなるかって言うと、苦労が寄ってくるんだよ。
だから、不幸になっちゃうの。
苦労って、いらないものなんだよ。

『斎藤一人 俺の人生 (すべてが成功する絶対法則)』マキノ出版

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斎藤一人さんは本書の中でこう語る。
『みんなはね、人生のごほうびが少なすぎるんです。
何が言いたいかっていうと、普通の人は「笑う門には福来る」って言うんだよね。
だけど、笑って福が来るって、一回の当たりじゃないんだよ。
私の場合はね、1回笑うと100くらい福が来る「一笑百福(いっしょう ひゃくふく)」なんです。
ものすごい大当たりだから、俄然やる気になる(笑)。

私はね、ちょっといいことすると、うんとごほうびがもらえるって信じてるんです。
なぜかって言うとね、それくらい、世の中にはいいことをしている人が少ないからです。
人のいいところを見たら褒めるとか。
たったそれだけのことですかっていえば、たったそれだけをやっている人が少ないんだよ。
だから、みんなハズレなの。
ちょっといいことをすると、みんなの当たりの運が全部私のところにくる(笑)。
だって、ほかのみんなはハズレなんだもの』

「一笑一若 一怒一老」という言葉がある。
ひとつ笑えば一つ若くなり、ひとつ怒れば一つ年をとる。

『「商」は「笑」なり「勝」なり』とも言う。
笑顔は最大の集客能力であり、人の魅力もまた笑顔で決まる。

いつも笑顔でいる人でありたい
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