2018年12月30日

No 4933   【人をやる気にさせるには】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人をやる気にさせるには】

小林正観さんの心に響く言葉より…



あるところで話をしていたときに、32人の参加者のうち、8人が、中学か高校の先生だったことがあります。
話の本題が終わって雑談になったとき、私はその先生方に、こんなことを言いました。
「自分が中学生や高校生だったときに思ったことですが、方程式や単語を、生徒に教えることももちろん大切だったのでしょうが、先生からは、『なぜ数学という学問はおもしろいのか』『どうして英語というものに興味を持ったのか』『なぜ美術に惚(ほ)れたのか』という話を本当は聞きたかったのです。『この学問は、こんなにおもしろいところがある』『こんなに学問というものはおもしろい』という話をしてほしかったのです」と言いました。

フランス語にモチーフという言葉があります。
これは日本語で「動機」と訳します。
モチベートは「動機づけする」「やる気にさせる」という意味です。

このモチベートを名詞にするとモチベーション、motivation(動機づけること、やる気にさせること)になります。
私は、その先生方に「教育を考えるときに、このモチベーションということを、大きく取り入れていただきたい」とお願いしました。

例えば、数学の先生や英語の先生をしている人、あるいは美術の先生をしている人、というのは、その学問が嫌いであったはずはありません。
それが好きであったからこそ、その教師になったはずなのです。
そうであるならば、「なぜその学問が好きになったのか」「どんなおもしろさや深さがあるのか」を話すことによって、生徒にモチベート(動機づけ)できるかもしれません。

生徒に向かって、「なぜ勉強しないのだ」「なぜわからないのだ」というような、鋭い言葉を浴びせるよりも、その生徒をやる気にさせる、「なぜその学問が楽しいのか」ということを伝えていくことが、教育の大事な側面であるように思います。
人間の教育の中で、先生が与えるモチベート(やる気にさせる、動機づけすること)というのは、私たちが考えている以上に、大きな問題なのかもしれません。

『こころの遊歩道 「1日5分」で幸せを感じる方法論』イースト・プレス

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この人を「やる気にさせる、動機づけする」ということは、何も学校教育だけのテーマではない。
企業においても、これは同じだ。
特に、中小企業や商店において、この「楽しさ」を伝えることは大事だ。
自分の子息がいるにも関わらず、多くは都会に行ったり、役所や大企業に勤めてしまい、帰ってこない、継がない、というケースは多い。
もちろん、給料の問題はあるが(中小企業より大企業の方が総じて高い)、その根本には親が仕事の楽しさを伝えてこなかった、ということが多い。

また後継者問題だけでなく、親や大人の世代が、楽しそうに、面白がって、カッコよく仕事をしたり、勉強したりする姿を見せるのは大事だ。
子どもは、そんな大人を見てあこがれる。
つまり、理屈ではなく、行動で示すということ。

人をやる気にさせるには…
「楽しさ」を伝えることはとても大事だ
posted by Dr.モーリィー at 07:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月29日

No  4932  2018大忘年会

大掃除の後は 場所を ぎゃらりー七福庵に移して 恒例の大忘年会

徳子ばあさんの(母さんの)手作りオードブルと
牛一 特選の お肉による すき焼きとしゃぶしゃぶ
ビール、特選大吟醸「獺祭」や原酒「三岳」ワイン などなど

楽しい、大満足の、大満腹の 大忘年会でした

来年も 善き一年となり スタッフ全員で
また」 大忘年会を開催したいです

今年の雰囲気をどうぞ

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No 4931   【われただ足るを知る】

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【われただ足るを知る】

樺旦純氏の心に響く言葉より…



「世の中は不平等である」こう書いてしまうと身もふたもないが、おそらく、多くの人がそう思っているのではないだろうか。
家が裕福なら、金の苦労をしなくても済む。
親がよいコネを持っていれば、就職にも困らない。
要領が良い性格なら、出世も早い…。

それは現実かもしれないが、いくら嘆いたところで、世の中が変わるわけではない。
それよりも、勤勉、努力、体力、勇気、何でもいい、今自分が持っているものを数え、それを生かす方法を考えるほうがはるかに建設的だ。

幸福そうに見える人でも、必ず悩みを抱えている。
自分の思い通りに生きている人など、一人もいない。
「親にカネがない、コネもない」と不平等に文句を言い、「目が可愛くない!」として嫉妬心を強くしたり、世間を恨む前に、「持たないがために、現在の自分がどれほど恵まれているか」に目を向けるべきである。

健康で、仕事もあり、帰る家がある。
どんなにお金があっても、病気だったり、家庭が不仲で会話がなかったり、友人が一人もいない…。
そんな辛く孤独な生活を送っている金持ちや美人をたくさん知っている。

自分をとりまく環境や持っているものに不満を持つどころか、わりと恵まれている方ではないかと思えるはずである。
フランスの哲学者デカルトの幸福論には、「人が支配できるのは世の中でも他人でもなく、自分自身の思想だけである。ベストをつくしても、それ以外のものを変えることができないとわかれば、手の届かないものを得ようとする欲求を起こすことはない」と書かれている。
デカルトは運命に逆らうよりも、自分の欲求を変えようと努めた方がよいと主張しているのだろう。

京都、石庭で有名な竜安寺には「足る(満足)を知れ」と書かれた蹲(つくばい)がある。
真ん中に「口」という字を共有したデザインで書かれているた、「吾れ、唯、足るを、知る」と読む。

『運のいい人の習慣 (幸運を引き寄せる80のつぶやき)』kkロングセラーズ

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「ないことを嘆くのではなく、あるものを数えて喜んで生きる」という言葉がある。
あるものとは、今与えられているものだ。
与えられているものに、感謝をして生きることこそが、幸せに生きる道。

どこに視点を向けるのか。
不平不満を増幅させるようなものばかりを見ているのか。
不平不満は、また新たな不平不満を呼ぶ。

反対に、「ありがたい」、「おかげさま」と感謝する対象を見つけ続けるのか。
感謝の習慣のある人は、感謝したくなるようなできごとがまた起こる。

「われただ足るを知る」
今あるものに感謝できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 09:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No  4930 大掃除

今年の診療は 12月28日の午前中まで
軽く昼食を食べて スタッフ全員で 大掃除

本院編

写真待ち・準備中







別院編

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ラボ・技工所編

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どこにこんなに ものがあったのかというくらい
ゴミが不要なものが

掃除の後は 場が見違えるほど綺麗に
善き場に善き空間になりました

スタッフ全員に 大感謝です
posted by Dr.モーリィー at 09:33| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

2018年12月28日

No 4929   【「楽しい」が求められている】

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【「楽しい」が求められている】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



世間の人は、「仕事は難しい、難しい」っていいます。
でも、一人さんは「そうでもないよ」って。
「仕事はそんなに難しくないよ」って。
だって、仕事は当たり前をやってれば、当たり前にうまく行くんだよ。
「じゃあ、当たり前って、なんですか?」っていったとき、人のお役に立つこと。

仕事って、どのぐらい、人さまのお役に立っているか、なんです。
そうすると、私なんかの場合だと、お客さんのお役に立つ商品を作る。
それと、私は社長だから、お給料出したり、やりがいのある仕事を作ったりするんですけど。
ウチの仕事をしている人たちやお客さんのお役に立つことをする。

サラリーマンだったら、会社の役に立つことはなんだろう、って一生懸命考えて、会社の役に立つことをする。
職場の仲間に仕事のやり方を教えたりして仲間のお役に立つ。
お店をやっている人は、たとえば焼き肉屋だったら、おいしい焼き肉を食べさす他に、最高の笑顔で、最高に感じがいいおもてなしをするにはどうしたらいいか、お客さんのお役に立つことを真剣に考えてやる。
これって、当たり前ですよね、ふつうでしょう?

ただ、今は、ふつうにお役に立つだけでは、うまくいかない。
今は、お役に立つことに「楽しい」を加味しないといけない時代なんです。
「楽しい」が求められている。

だから、会社で、暗いムードをかもし出しながら、一生懸命、仕事をして、「私、会社のお役に立つことしてます」といってても、なかなか、会社に認めてもらえないんです。
同じ一生懸命働くのでも、明るい笑顔で、元気はつらつと楽しげに働いてなきゃいけない。
お店だったら、そこのお店の人が出てくるとお客さんの気分も明るくなるとか、「そこへ行くと楽しくなっちゃう」というのもなきゃいけない。
だから、仕事のコツなんて、勤め人だろうが、商人だろうが、全部同じ。
お役に立ったうえに、その人がいると場が明るくなっちゃうとか、そういうことが大切なんです。

「楽しい」が求められている今の時代、そんなのは、もう当たり前。
そんな、感心したり、ビックリするようなことじゃないんです。
もう、サッサと、「楽しい」を加味してお役に立つことをやっていかなきゃなんない。
それを当然のこととして、生きるしかない。

『斎藤一人 愛される人生 [音声特典付] (ロング新書)』KKロングセラーズ

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その人が入ってくると、一瞬で、場がパーッと明るくなる人がいる。
ワーッと歓声があがったり、笑い声がたえなくなるような人だ。
反対に、その人が入ってくると、サーっと静かになり、みんな押し黙ってしまうような人がいる。
場の空気を冷たくさせる人だ。

いつも上機嫌の人は、まわりを上機嫌にさせる力を持っている。
その人がいると楽しいからだ。
そして、まわりには楽しい人たちが集まる。

反対に不機嫌の人は、不機嫌をまき散らし、まわりを不機嫌にさせる。
だから、人が寄りつかない。

楽しさや上機嫌は伝染する。
同様に、不愉快や不機嫌も伝染する。

仕事のコツは…
「人さまのお役に立つこと」に加えて「楽しい」こと。
「楽しい」を加味してお役に立つことをやっていきたい
posted by Dr.モーリィー at 06:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月27日

No 4928   【自分の行動が多くの人の人生を変える】

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【自分の行動が多くの人の人生を変える】

ジェリー・ミンチントン氏の心に響く言葉より…



あなたが選択をするたびに何が起こるだろうか?
あなたは変化をつくり出し、そうすることによって自分の人生経験を変える。
だが、それで終わりではない。

「小さなどんぐりが生長して大きな樫(かし)の木になる」という格言のとおり、最初はささいなことでも、やがて大きくなる可能性がある。
あなたの選択は自分の人生経験に影響を与えるだけでなく、多くの人の人生を変える可能性があるということだ。

たとえば、ある人が誰かに腹を立てると、二人とも気分を害する。
そしてその二人は別れたあとで出会う人たちに自分の怒りをぶちまける。
幸せな感情も同様だ。
楽しそうに話をしている人たちは、その幸せを他の人にも伝える。
このように、どんな感情も次々と周囲に広がっていく。

ドミノ倒しを想像しよう。
ひとつのドミノを倒すと、次々とドミノが倒れる。
私たちの行動が周囲の人に影響を与えるのもそれと同じ原理だ。

世の中に影響を与えるのは、私たちの感情だけではない。
私たちの行動もまた、地球上の人びとに影響を与える。

あなたがどんな感情を表現し、どんな行動をとるかは、あなたしだいだ。
しかし、それはネガティブであるよりポジティブであるほうがずっといい。
それはまさに、自分が世の中にとって有益な存在となるか有害な存在となるか、どちらを選ぶかという問題だ。
今後、自分がなんらかの選択をするとき、それが世の中に好影響か悪影響のどちらを与えるかを必ず自問しよう。

《自分の行動が多くの人の人生を変える可能性があると考慮して最善の選択をしよう》

『自分の価値に気づくヒント (ディスカヴァー携書)』ディスカヴァー携帯


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多くの人は、自分の行動など世間に影響を及ぼさないと思っている。
影響を及ぼすことができるのは、ひと握りの有名な、政治家や、経営者、人気ブロガー、テレビタレント、スポーツの選手たちだろう、と。
しかしながら、本当は、誰もが、毎日、他人に大なり小なり影響を与えている。

それは例えば、家庭や仕事のできごとや、あるいは毎日見るFacebookやlineやメール、また他には、いつも行くコンビニやレストランや、車や電車で移動中に感じたこと。
その中で、ちょっとほっこりしたり、感動したり、嫌な気持ちになったり、喜んだり、腹が立ったり、嬉しくなったり、気分が悪くなったり、と色々な気分になる。
これが他人に影響を与えているということ。
積もり積もれば、人は人に大きな影響を与えている。

それは例えば…
毎日、怒ってばかりいる人。
毎日、不機嫌な人。
毎日、イライラしている人。
毎日、愚痴や泣き言ばかり言っている人。
毎日、人の批判や悪口ばかり言っている人。
こんな人が、まわりにいい影響を与えられるわけがない。

そうではなくて…
毎日を、笑顔で、明るく、上機嫌で、感謝の言葉を口にし、うれしい、楽しいと言っている人に。
多くの人にいい影響を与えられる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:52| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月26日

No 4926    年末恒例の 大掃除WAX掛け  年賀状

毛利歯科クリニックでは
本院で6月と12月に  別院で4月と10月に
WAX掛けを実施しております

ピッカピカで気持ちの良い診療ができますし
患者様に、スタッフにとても喜ばれております

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年賀状も ラストスパートです ははは
posted by Dr.モーリィー at 06:40| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 4925   【長い尺度で自分の人生を見る】

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【長い尺度で自分の人生を見る】

臨済宗円覚寺派管長、横田南嶺氏の心に響く言葉より…



なぜ若くして亡くなってしまう人がいるのでしょうか。
良い行いをしたのに、あるいは何の穢(けが)れも知らない子どもであっても、なぜわずかしか生きられずに、死んでしまう人がいるのでしょうか。
その疑問に答えるのはひじょうに難しいのですが、仏教では人間のいのちを「一代限り」とは見ていません。
なぜ若くして亡くなってしまうのかという疑問を持つのは、自分の一生を自分一代と見てしまうからではないでしょうか。

仏教では、いのちはずっと流れていくものという、大きな流れで見ています。
一部分だけ区切ってみると、あんなにいい人なのに、こんな目にあってということがあるかもしれません。
でも長い目で見れば、早く亡くなろうと、長生きしようと、みんな同じではないかと思います。

そして自分が良いことをすれば、その良い種は必ず先に行って芽を出すだろうと思います。
たとえば幼い子を残して、がんで亡くなった30代の女性にしても、その30数年だけを見れば、気の毒に思うかもしれません。
でももっと大きな目で見れば、その方がいたことが残された人たちの中にきっと素晴らしい種を残したのではないでしょうか。

松原泰道先生も、実のお母さまを3歳の時に亡くされています。
きっとお母さまはまだ30代そこそこだったのでしょう。
その30年だけを見れば、なんとかわいそうな人だと思うでしょう。
でももう少し長い尺度で見ると、松原先生はお母さまの思いを受け継いで、102歳まで長生きされましたから、お母さまの思いは松原先生の中にずっと生き続けたといえるのです。

尺度を変えて、もう少し長い尺度で見れば、30歳で亡くなったお母さんの人生も決して無駄なものでも、短いものでもなかったことがわかります。
今の人たちは物事を「短くしか見ない」ことが私は問題だと思います。
自分のいのちを自分一代のものと区切って見てしまうので、「自分のいのちだから好き勝手に生きればいい」という自分勝手な発想も生まれてしまいます。

でもそれはきわめて部分的な見方であって、いのちというものは自分が生まれる前から続いていて、死んだあともずーっと流れていくものなのです。
だとすれば、今良いことをやっておけば、すぐには芽が出ないかもしれませんが、次の世代、またその次の世代で実を結ぶかもしれません。

昔は年齢を数え年で数えたので、「生まれる前からいのちは宿っていた」という発想がごく自然にでてきました。
今はそれがなくなったので、よけいに自分のいのちは一代限りという思いが強くなってしまうのでしょう。
でも自分一代だと、結局、自分が死んだらそれで終わりです。
それではあまりに寂しいではありませんか。
ずっと流れていくもの、受け継がれていくものがあると見たほうが、今の一生をより意義深く生きられるのではないでしょうか。

落語に『松山鏡』という面白い話があります。
昔、鏡がない村に親孝行の息子が住んでいました。
父親は亡くなりますが、孝行を尽くしたことがお殿さまの耳に入り、褒美をもらえることになりました。

「何を望むか」とお殿さまから聞かれた孝行息子は「死んだ親に会わせてほしい」と言うのです。
お殿さまは徳のある賢い方でしたから、桐箱に入れた鏡をあげました。
すると鏡がない村に住んでいた息子は鏡を見て、「おやじがいる」と喜ぶのです。
親の面影を鏡に映った自分に見たのでしょう。

これは大変深い話です。
鏡を見ている「私」がいるということは、親のいのちがここに生きているという何よりの証です。

「無常」というと私たちは形があるものが滅びていくもの寂しいことととらえがちですが、それだけではありません。
常に生じては滅していく、そのくり返しが、「無常」です。

『二度とない人生だから、今日一日は笑顔でいよう 生きるための禅の心』PHP研究所

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数え年とは、生まれたときがすでに1歳であるという、年の数え方。
母親の胎内にいた「十月十日(とつきとうか)」も勘定に入れるからだと言われている。
普通は満年齢を使うが、亡くなったときは、享年(きょうねん)あるいは行年(ぎょうねん)で数えるので、数え年を使う。
享年とはこの世に生存した年齢のことを言う。

「生前(せいぜん)」というお葬式などで使う言葉がある。
「生前はお世話になりました」などと言う。
生きる前という意味だが、本当は「死前はお世話に生りました」と言った方が正しいのではないかと思ってしまう。
「大往生(だいおうじょう)」も同じで、生の世界に往(ゆ)くのではなく、本当は「大往死」ではないか、と。
小林正観さんはこの言葉を解説し、昔の人は、「あの世」の世界を信じていてたのではないか、と言っていた。

生まれ変わりを信じるなら、多くの疑問が解決する。
それは、例えば人の一生を百年と思うのではなく、たとえば「千年」、「二千年」であると思うこと。
そう思うなら、様々な困難に出会ったことも、大失敗したことも、不遇だったことも、いい学校や会社に行けなかったことも、結婚しなかったことも、長い尺度で見たらほんの一瞬のできごと。
長い尺度で自分の人生を見ることができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:55| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年12月25日

No 4924   【少年老い易く学成り難し】

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【少年老い易く学成り難し】

致知出版社、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…



『少年老い易(やす)く学成(な)り難(がた)し
一寸(いっすん)の光陰(こういん)軽んずべからず
未(いま)だ覚(さ)めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前(かいぜん)の梧葉已(ごようすで)に秋声』

南宋の大儒者(じゅしゃ)、朱熹(しゅき)の有名な詩である。
題は「偶成(ぐうせい)」。

越智直正氏はその著『男子志を立つ』の中で、この詩をこう解釈されている。
「年をとるのは早いが、理想を成就するのは難しい。
わずかな時も無駄にしてはならない。
石段の脇に繁るアオギリの葉が秋の訪れでいつしか色づいているように、自分自身が人生の秋ともいうべき初老の時期にさしかかってしまった。
少年時代を楽しむうち、早くも老境は迫ってくる」

「学」を単なる勉学ではなく「理想」と捉えているところに、古典を生きる糧とされてきた人ならではの独自性がある。

歴史を辿ると、一寸の光陰を惜しんで学んだ多くの先達に出会う。
『福翁自伝(ふくおうじでん)』によると、福沢諭吉は緒方洪庵(おがたこうあん)の適塾での修業で、布団を敷き夜具をかけ枕をして寝たことがなかった。
寝るのは机によりかかるか床の間を枕にするぐらい。
それほどに勉強したのだ。

勝海舟もまた、「貧・骨に到り」と表現するような極貧の中で勉強した。
「夏夜蚊帳(かや)無く、冬たるきを破り、ただ日夜机に依(よ)って眠る」という毎日。
飯を炊くにも薪がなく「自らたるきを破り、柱を割(さ)いて」飯を炊いた。
「困難ここに至ってまた感激を生じ」と日記に記している。
そういう生活の中で海舟はオランダ語の習得に励んだ。
辞書は高価で手が出ないので、借料を払って借り受け、それを一年かけて二部写し取り、一部は自分用。
もう一部は売って金に換えた。
学ぶべきは、この精神のタフさである。

ここで忘れてならないのは、先達の先達たる所以(ゆえん)は、若年期だけでなく、生涯学ばんとする姿勢を貫いた、ということである。
「業(ぎょう)高くして廃せず等身の書」という古言がある。
いかに学業を積んでも、地位や身分がいくら高くなっても、その時の自分にふさわしい書を持ち、学び続けよ、ということである。

晩年の安岡正篤師もこんな一言を残している。
「老年廃せず少年の学」。
老年になっても若き頃に聖賢の人たらんと燃えた情熱を失ってはならない、ということである。

人生は生涯をかけて自分を完成させていく修養の道程…朱熹の詩が教えているのも、畢竟(ひっきょう)そのことである。

『小さな修養論2』致知出版社

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佐藤一斎の『言志四録』の中にこんな言葉がある。
「少にして学べば壮にして為すことあり
壮にして学べば老いて衰えず
老にして学べば死して朽ちず」

青少年(子ども)の頃から学べば、壮年(大人)になってから重要な仕事をなすことができる。
壮年になってからも更に学び続ければ、老年になってからもその力は衰えることはない。
老年になってからも尚(なお)学ぶことをやめなければ、死んでからもその業績は語り継がれ、次の世代に引き継がれていく。

うかうかしている暇(ひま)はない。
このあっという間の人生、一瞬たりとも無駄にはできない。
いくつになっても、どんなときも、学び続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:11| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4923    コツコツ、継続 薄紙を重ねると!

日々のブログに書いている 気になる言葉

コツコツ、継続、A4コピー用紙:薄紙も重ねると

こんなんなりました!

いつか 365日 日めくりカレンダーでも作ろうかな ははは

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posted by Dr.モーリィー at 07:02| ライフワーク | 更新情報をチェックする