2019年04月03日

No 5072   救国論!

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おいちゃんの 仏道の師匠

高野山別格本山清浄心院住職
百万枚護摩行者 大僧正
 池口 惠觀

平川最福寺開山 高野山清浄心院住職
高野山真言宗大僧正・伝灯大阿闍梨

池口恵観開山から ありがたい メールをいただきましたので
シェアいたします

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件名: 日本救国論 201

 謹啓 桜花爛漫の候、皆さま方にはますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
 私、真言密教の行者として日本再生に少しでも力になれればと思い、平成十四年七月以来、毎月一回、支持方々に「池口惠觀の日本救国論」と題して、その時々の出来事を含めて、日本の政治・経済・社会のあり方などについて、短いお話をさせていただいてまいりました。今回はその二百一回ですが、以下のような事情で、これで一応、最終回とさせていただきます。
 来たる五月十五日に、私が住職を務めております、高野山別格本山清浄心院に建設を進めてまいりました護摩堂「鳳凰奏殿」、永代供養堂「永山帰堂」が、落慶法要を迎えますのを機に、私は本拠地を高野山に移し、真言密教の総本山・高野山で、日々、大きな火を焚く護摩行を勤め、衆生救済・国家安泰・世界平和を祈念する、密教行者としての祈りに邁進する覚悟でございます。
 高野山は四年前に、弘法大師空海、お大師さまが開創されてから千二百年を記念する大法会を執り行いましたが、私は今回の新たな護摩堂と永代供養堂の創建には、今から千年の後までも、高野山の祈りが人々を救い、国家を安定させ、世界の平和に貢献できるようにという誓願を込めています。
 私は、以前から、現在の日本の国難状況を乗り切るためには、思想・信条の枠を乗り越えて政界の叡智を結集し、強いリーダーシップを持つ内閣のもとで、経済再生と東日本大震災からの復興、そして日本社会の精神的復興が、同時並行的に推進されなければならない、と力説してまいりました。その状況認識は現在も基本的に変わりません。
 この五月には皇位継承が行われ、元号も令和と変わって、新しい時代の幕開けとなります。しかし、日本の前途には、経済再生、財政再建、地方創生、少子高齢化・人口減少への対応、震災復興・原発事故処理、沖縄基地問題、日米・日ロ関係、中国・韓国との関係改善、拉致問題、核問題を含めた朝鮮半島情勢への対応等々、多くの難題が山積しています。
 記録的な長期政権を継続中の安倍総理には、引き続き内政・外交の難局打開に全身全霊で立ち向かい、次世代が大いなる勇気と希望を持てるよう、確たる道筋をつけて、歴史的な長期政権の掉尾を飾っていただきたいと祈っています。
 今回の「救国論」最終回は、私が折に触れ力説してまいりました、日本本来のリーダーシップの在り方について、今一度、再確認させていただきました。長い間、ご高覧を賜りまして、誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。 
  合掌


高野山別格本山清浄心院住職
百万枚護摩行者 大僧正
 池口 惠觀


「日本救国論 201」


 桜前線が北上しています。この一カ月間は、桜前線が九州から北海道まで、日本列島を縦断する季節であり、日本は華やいだ雰囲気に包まれます。特に今年は、そこに約二百年ぶりの生前退位による皇位継承と新元号への移行という、日本独自の歴史的な行事が重なってきますから、例年になく晴れやかな春になることでしょう。
 私自身にとりましても、この春は特別な春でございます。私は平成二十六年に高野山奥之院に隣接する高野山別格本山清浄心院の住職に就いて以来、真言密教の祖師・弘法大師空海、お大師さまが入定直前に創建された名刹、清浄心院の立て直しに取り組んでまいりました。
 私が清浄心院の住職に就任致しました翌年、高野山は開創千二百年の記念大法会に沸き立ち、多くの参拝客で賑わいました。私はこの記念すべき時に清浄心院の住職に就任させていただいたことに感謝し、千二百年前にお大師さまが嵯峨天皇から高野山の土地を下賜され、そこに「高野山」を開創されたのは、霊気に満ち満ちた高野の地に、密教修行の根本道場を創るためであったことを想起し、密教行者としてこれからの千年に思いを馳せながら、日々、護摩行一筋の道を歩むことを、改めて誓ったのでした。
 ただ、残念ながら清浄心院には池口惠観流の大きな護摩行ができる護摩堂はありませんでした。そこで私は、開創千二百年祭が終わると同時に、一念発起して、清浄心院の境内に大きな護摩堂と永代供養堂を創建する決断をしたのであります。
 その護摩堂「鳳凰奏殿」と永代供養堂「永山帰堂」の落慶法要が、期せずして新天皇のもとで新しい元号が始まる時期と重なったことに、私は、清浄心院のお隣の奥之院で、今も日々、衆生救済・国家鎮護の祈りを続けておられる、お大師さまのお導きを意識せずにはいられないのであります。
 そして、私は、高野山で日々、大きな火を焚く護摩行を勤め、衆生救済・国家安泰・世界平和を祈念する祈りに邁進していけば、高野山は今後、千年の後まで永続し、衆生は救われ、国家は安定し、世界平和に貢献できるに違いない、と考えたのであります。
 それに昨今は、訪日外国人旅行者、いわゆるインバウンドが急増し、高野山への参拝客が増えています。そういう海外からの参拝客に、日々大きな火を焚きながら、衆生救済・国家安泰・世界平和を祈念する護摩行の祈りを目の当たりに見ていただくことにより、日本および日本人が本来持っている、生命を尊重し、平和を希求し、他者を受容する心を、世界中にアピールできるはずです。
 また、お大師さまは遣唐使船で東シナ海を越え、唐の都・長安で密教のすべてを伝授されて、日本に真言密教を持ち帰られたわけですが、唐の時代に隆盛していた密教は、現在の中国にはほとんど見る影もないのが実情です。しかし、昨今の中国は急速な経済成長の陰で、多くの人民が経済成長の恩恵を受けることなく、四苦八苦の生活を余儀なくされており、改めて仏教に救いを求める人民が少なくないと言われます。
 私は、平成時代に入ってから、何回も中国の西安(旧長安)を訪れ、お大師さまゆかりの青龍寺、大興善寺などで護摩行を勤めたり、中国仏教界の重鎮たちとの交流を図ってきましたが、中国には仏教の基盤は厳然として残っていますし、僧侶や信者さんもたくさんいます。
 私は、千二百年前にお大師さまが唐から密教のすべてを持ち帰られ、その後、現在に至るまで、高野山の真言密教によって救われてきた多くの日本の民衆のことを考えたとき、現代中国の人民を救うために、真言密教を中国に里帰りさせ、中国の寺院で日々、護摩行が行われ、衆生救済・国家安泰・世界平和を招来する祈りが捧げられるようにしたい、という「大欲」を抱くに至ったのです。
 そのためには中国から密教行者を目指す若い僧侶を、留学生として高野山大学に招き、清浄心院の護摩堂「鳳凰奏殿」での日々の護摩行に参加し、護摩行を身口意をフル回転して体得してもらい、中国に再び密教の灯を点してもらいたいと、密教の里帰りに関していろいろ考えているところです。
 もう一つ、清浄心院の活動として考えていることがあります。それは戦没者の慰霊ということです。私は昭和の終わり頃から、戦没者の慰霊をきちんと行わないと、真の日本再生は難しいし、世界平和も訪れないと考え、世界各地のかつて激戦が行われた戦場などを訪問し、そこで仏教の「怨親平等」思想に基づき、敵・味方の区別なく戦没者の慰霊を行うと同時に、世界平和を祈願する式典を行ってまいりました。その怨親平等思想に基づく戦没者慰霊と、世界平和祈念の活動を、「鳳凰奏殿」「永山帰堂」が落慶したのを機に、清浄心院にの活動の一つの柱にしたいと思うのです。
 清浄心院の隣の奥之院の墓所には、数多くの戦国武将や江戸時代の藩主の墓所が築かれています。その中に薩摩島津家の墓所がありますが、そこに「高麗陣敵味方戦死者供養碑」という大きな石碑が建てられています。
 豊臣秀吉は「天下人」になったあと、文禄の役、慶長の役と、二度にわたって朝鮮出兵を行い、島津・薩摩藩も大軍を送り込みました。薩摩軍の勇猛さは朝鮮中に恐れられ、朝鮮の民衆は子供が泣き止まないとき、「シーマンズ(島津)が来るぞ」と言って、泣き止ませたという逸話が残っています。
 秀吉の死によって、日本軍は朝鮮半島から撤退しますが、そのとき最後尾を勤めたのが島津軍でした。薩摩へ帰還した藩主・島津義弘、忠恒親子は、朝鮮出兵により、日本、朝鮮両軍におびただしい戦死者が出たことを悼み、怨親平等思想に基づいて、両国の戦没者を供養する大きな慰霊碑を造り、高野山の島津家の墓所に建てたのであります。
 つまり、日本には昔から、敵・味方の区別なく戦没者を慰霊する作法が当たり前になっているのです。さらに、高野山には戦国武将や有名な殿様の墓所があり、日本が近代国家になってからは、著名な企業が高野山に創業者の供養碑や、社業の発展に尽くした物故者の慰霊碑を建造しています。これは昔から、霊気に満ち満ちた高野山は先人を祀り、慰霊するのにふさわしい場所だと評価されていたからです。
 私は、奥之院の隣接地に位置する、お大師さまゆかりの清浄心院を、戦没者慰霊の一つの聖地にしたいと思っています。明治維新の頃に、国家のために殉じた戦没者の慰霊は、招魂社の時代を経て、新たに創建された靖国神社で行うことになっていました。
 しかし、戊辰戦争で亡くなった非官軍の戦没者や、明治初期に新政府の在り方に叛旗をひるがえし、各地の乱で非業の死を遂げた人たちも、西郷さんを含めて、靖国神社に祀られていないのです。さらに、先の大戦で国に殉じた人たちの中にも、無名戦士の方々や、いまだ遺骨収集も行われず、海外の戦地に彷徨っておられる方々は、慰められていないのが現状です。
 私は、「ご先祖さまはその家の根っこ」であり、「戦没者はその国の根っこ」だと考えており、ご先祖さまや戦没者を手厚く慰霊できない家や国家は、決して幸せになれないと考えております。したがって、戦没者慰霊から疎外されている戦没者の霊を、清浄心院でお引き受けし、日々の護摩行の中で手厚く供養させていただくつもりです。そのためには境内に近代日本のさまざまな戦いで非業の死を遂げた内外の戦没者を祀る慰霊碑の建造も必要になりましょう。
 いずれに致しましても、私は「鳳凰奏殿」と「永山帰堂」の落慶を機に、衆生救済・国家安泰・世界平和の祈りを深めると同時に、密教本来のダイナミズムを内外にアピールし、高野山の次なる千年を展望できるように努めたいと、気持ちを新たにしているのです。
 私は、平成元年に前人未到の百萬枚護摩行を成満して以来、バブル崩壊による「第二の敗戦」状況の中で、モラルハザードが起き、日本社会が亡国現象にさいなまれている頃から、日本がこの危機を乗り切るためには、政財官の指導的立場にある人たちが、日本の伝統的な精神や心を再認識し、それを体現することが欠かせないと考え、機会があるごとにそのことを訴えてまいりました。
 しかし、その後、バブル崩壊後の経済低迷という長いトンネルを抜け出ようとしたときに、リーマンショックに直撃され、さらには東日本大震災、原発事故によって、日本は「未曽有の国難状況」を余儀なくされたのでした。そういう意味では、平成の三十年間は、日本国民にとって必ずしも幸福な時代ではなく、むしろ隠忍自重の時代だったと言えると思います。
 私は長年、「現在の日本の国難状況を乗り切るためには、思想・信条の枠を乗り越えて政界の叡智を結集し、強いリーダーシップを持つ内閣のもとで、経済再生と東日本大震災からの復興、そして日本社会の精神的復興が、同時並行的に推進されなければならない」と力説してまいりました。
 しかし、現在の状況は、安倍総理が記録的な長期政権を持続されているものの、国会は相変わらず不毛な論戦に終始し、経済界も戦後の経済発展を支えてきた大企業が、信じられないような不祥事で信用を落とし、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われたのは「今は昔」の話になりつつあります。また、霞が関の官僚の質の低下は目を覆うばかりです。
 天皇陛下の生前譲位が滞りなく終わり、新しい元号のもとに新たな船出をする日本の近未来は、決して楽観は許されない状況です。少子高齢社会の波はいよいよ本格化し、それに続いて多死社会が訪れ、急速な人口減少社会となることが目に見えています。
 そういう決して明るくはない将来展望のもとで、日本および日本人が活力を保持し、国際社会で重責を担っていくためには、私はやはり、日本の伝統精神、日本の心、日本人ならではの美徳を再確認し、改めてそうしたお国柄をバックボーンにした新しい国づくりに励んでいくしかないと考えています。
 そのためには、やはり、政財官のリーダーはもちろん、各界のリーダー的な立場にある人たちが率先して、日本の伝統精神、心、美徳を体現していただきたいと思うのです。そこで、これまで十六年余り、二百回にわたり続けてまいりました「池口惠観の日本救国論」の最終回に、改めて日本のリーダーが体現すべき姿、理念といったものを、いくつか挙げておきたいと思います。
まず第一に、リーダーは自ら人格を磨き、心身からにじみ出るオーラをもって民をリードしなければならない、ということです。中国戦国時代の代表的な儒者、孟子は「賢者はその昭昭たるをもって人をして昭昭たらしむ。今はその昏昏たるをもって人をして昭昭たらしめんとす」と言っています。
「昭昭」は明るい、「昏昏」は暗いという意味で、孟子は「賢いリーダーは自分の人格を磨き、輝きを発することによって、民を引きつけ輝かせるが、今どきの愚かなリーダーは人格を磨こうとせず、その心身から輝きを発することができないので、民を引きつけることも、輝かせることもできないのだ」と言っているのです。
 真言密教の教えを一言で表す言葉は、「即身成仏」であります。即身成仏とは、簡単に言えば、「生きた身のまま仏さまに成ることができる」ということです。というのも、密教では「人間も動植物も、山や川も、石も岩も、すべての生命は大宇宙大生命体とも言うべき大きな仏さま、大日如来から生み出され、やがて大日如来の元に帰っていく」と説いており、もともとすべての生命には、生まれながらに「仏性」が備わっているとされています。
 その仏性は四苦八苦のこの世の中では、なかなか表に出てきませんが、四苦八苦の苦しみ、百八つの煩悩に悩まされる現世にあっても、世のため人のために全身全霊で生きている人には、内なる仏性が身体からにじみ出てきて、他人から見ると、その人が輝いて見えるようになるのです。
 その内なる仏性の輝きとは、西洋の言葉で言えば、「オーラ」です。孟子が「昭昭たる」と言っているのは、自分の人格を磨き、人民のために尽力しているリーダーが発しているオーラのことです。どの分野のリーダーであろうと、内なる仏さまの光を表に出し、人々から輝いて見られるようにならないと、本物のリーダーになることはなかなかできないのです。
 先日、大リーグ・マリナーズのイチロー選手が、東京ドームでの開幕二戦を終えた後、深夜、引退の記者会見を行いました。あの席のイチロー選手は、引退の記者会見だったにもかかわらず、悲壮感がなく、終始、仏さまのような静かな笑顔で輝いて、まさにオーラに包まれた感じでした。
 延長十一回で試合が決着し、時間がかなり遅かったにもかかわらず、試合途中にスマホなどによってイチロー選手の引退を知らされたファンは、試合終了後も球場に残り、イチロー選手が現れるのを待っていました。三十分ほど経ったときだったでしょうか、ユニフォーム姿のイチロー選手が現れて、満員の大観衆の声援の中、グランドを一周して、ファンに別れを告げました。
 しばらくして、日付が変わろうとしている頃、イチロー選手の記者会見が始まりました。イチロー選手は大観衆が試合後、自分を長い時間、待ち続けていてくれたことに、心の底から感激したことを目を輝かせながら吐露しました。実際、私は、イチロー選手を感動させた場面をテレビで見ていて、イチロー選手のオーラが大観衆を包み込み、それに触発されて大観衆も内なる仏さまの光を発して、ドーム全体にオーラが満ち満ちたような感じを受けました。
 政財官のリーダーたちは、スポーツ選手ではありませんから、イチロー選手のように国民の内なる仏さまを引き出すことは難しいかもしれません。しかし、国家・国民のために全身全霊で仕事に邁進していれば、それは必ず国民の内なる仏さまに伝わるはずだと、私は確信していますし、政財官のリーダーにはそれくらいの気持ちで日々の仕事に取り組んでほしいと思うのです。
 平成時代は、雲仙普賢岳の噴火、阪神淡路大震災、三宅島噴火、新潟県中越地震、東日本大震災、御嶽山噴火、広島市土砂災害、熊本地震、北海道胆振東部地震、西日本豪雨等々、大きな自然災害が頻発した時代でした。災害が起きるたびに、天皇皇后両陛下がご高齢を押して被災地を見舞われ、国民の慈父・慈母としての役割を果たされたことは、とても印象深いことでした。
 現在の天皇皇后両陛下は「国民統合の象徴」であり、政治的なお立場はありませんが、日本には昔から、「為政者は民の父母である」という考え方があります。江戸時代中期に財政危機に陥った米沢藩を立て直し、名君の一人に挙げられているのが、上杉鷹山であります。米沢藩の藩政改革を断行した鷹山は、藩主に就任した際、「受け継ぎて国のつかさの身となれば忘るまじきは民の父母」という歌を詠んでいます。鷹山は、「藩主は民の父母であり、民の幸せを第一に考えねばならぬ」という藩主の心構えを、若くして藩主に就いたときから、しっかりわきまえていたのです。
 上杉鷹山はもともとは日向高鍋藩の藩主の次男に生まれ、若くして米沢上杉藩の養子となり、藩政改革の切り札として藩主に就いた時は十七歳の若さでした。その若き藩主・上杉鷹山が、領地を幕府に返還するかどうかの瀬戸際にあった米沢藩の藩政改革を、見事に成し遂げることができたのは、「藩主は民の父母」という為政者に求められる理念をきちんと身に付け、その一挙一動が多くの領民の心に響いたからです。まさに鷹山の内なる仏さまが、領民の内なる仏さまを呼び覚まし、藩主と領民が一つになって藩政改革をやり遂げたのです。
 上杉鷹山は藩主に就任した際、春日神社の神前に、@学問、武術を怠らぬこと、A藩主は人民の父母であるという心構えを第一とすべきこと、B質素倹約を忘れぬこと、C言行の不一致、賞罰の不正、無礼な行為をせぬこと││という四点の決意を誓ったと言われています。
 また、鷹山は藩政改革のメドをつけ、養嫡子の上杉治広に家督を譲る際、「伝国の詞」という訓戒を与えていますが、そこには以下のような藩主の心構え三カ条が記されています。
一、国家は、先祖から子孫に伝える国家であって、自分のものにするものではない。
一、民衆は、国家に所属している民衆であって、自分のものにするものではない。
一、国家や民衆のための君主なのであって、君主のための国家や民衆ではない。
 この「伝国の詞」は孟子に代表される儒教の民本思想を取り入れたもので、ヨーロッパの近代民主主義の思想を先取りしていると、高く評価されていますが、政治に携わる人が忘れてはならない視点だと思います。
 日本の伝統精神を語るとき、忘れてならないのは、聖徳太子の「十七条憲法」です。第一条の「和を以て貴しと為す」はあまりにも有名ですが、その後に続く「上和らぎ下睦びて事を論ふに諧ふときは、則ち事理自づから通ふ。何事か成らざらむ」という一節も忘れてはならないことです。つまり、聖徳太子は、「上に立つ者が柔和な心を持ち、下の者が調和して議論すれば、物事の道理は自然と通じるもので、成し遂げられないことはない」と説いておられるのです。現代の国会の論戦をご覧になったら、聖徳太子は眉をひそめられるのではないでしょうか。
 聖徳太子はまた、第四条で「群卿百寮、礼を以て本と為よ」と説いておられます。「群卿百寮」とは「すべての官僚」という意味です。要するに、太子は「すべての官僚は礼節を基本にせよ」と言われるのです。つまり、「上の者に礼がなければ、下の者もまとまらない。下の者に礼がなければ、必ず犯罪が起きる。すべての官僚に礼があれば、階級の序列が乱れることはなく、人民に礼があれば、国家も自然に治まるものである」と、聖徳太子は礼節の実践こそが国の安定に欠かせないと力説されているのです、
 昨今、霞が関の官僚のパワーダウンが指摘されています。それは政界と官界の力関係が人事権の問題などで「政高官低」になっているからだ、とも言われていますが、政界も官界も、そして財界も、「礼節」の実践という面が衰退してきていることも一因ではないかと、私には思われます。
 戦後日本の高度経済成長は、政財官のトライアングルによって成し遂げられたと言われます。その背後には「和」や「礼」といった日本の伝統精神を背負ったリーダーたちの、国家再建の先頭に立つ大きな志がありました。私は、新しい時代のテイク・オフにあたり、お大師さまの言われる「大欲」を持ったリーダーの登場に期待したいと思います。
 最後にもう一つ、仏教者としての立場から、「布施の精神」を取り上げておきます。仏教で布施と言えば、葬儀や法事の際に僧侶に渡す「お布施」が想起されますが、それは布施のごくごく一部に過ぎません。仏教が説く布施には大きく分けて、恵まれない人にお金や物資を与える「財施」、教えを説き智恵を授ける「法施」、恐れを取り除いてあげる「無畏施」の三つがあります。
 人間は布施の心を忘れると、我欲に固まったエゴイストとなり、カネやモノしか目に入らなくなって、結局、人として間違った行動に走り、社会の調和を乱すことになりかねません。それは、何も個人に限ったことではなく、国の経済活動にしても、企業の活動にしても、布施の心が求められています。国や企業が布施の心を忘れ、経済的利益に走りすぎると、国も企業も乱れ、世界の平和、国家の安定を危うくするのです。
 世界の企業では、国連本部ビルを寄贈したロックフェラー財団、カーネギーホールや全米各地の大学図書館などを寄贈したカーネギー財団をはじめ、フォード財団、ブルッキングス研究所等々のメセナ活動がよく知られていますが、日本でも「論語とソロバン」のバランスを取りながら、日本型資本主義の父として幅広く活躍した渋沢栄一や、横浜の「三溪園」を築造し、多くの日本画家を支えた生糸商人の原三渓などが、積極的に社会貢献を行った人として有名です。
 これらの企業側からの社会貢献も、仏教的な立場から見れば、一種のお布施と言うことができます。巨額のお金がアッと言う間に地球上を行き来する、生き馬の目を抜くような時代ですから、企業経営も大変です。しかし、ただ単に企業が巨額の利益を挙げ、ごく一部の企業家が世界のお金を独占するような状況は、やはり異常と言うほかありません。世界を目まぐるしく飛び交う資金を、恵まれない国々や人々の救済に向けるよう、人類は智恵を絞る必要があります。
 私は、間もなく始まる日本の新たな時代に、日本および日本企業が「布施の心」をもって、その国際的な格差是正の取り組みにリーダーシップを発揮していただきたい、と祈っているところです。
 合掌

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posted by Dr.モーリィー at 05:48| 最福寺・仏教 関連 | 更新情報をチェックする

No 5071   【「気前よく」の奇跡】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「気前よく」の奇跡】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



《運勢をよくしたい、かわりたい、心がワクワク、感じてみたい。
だとしたら、ちょっと試してみてください。
あなたの日常を変えようとしないでね。
何かする前に、「気前よく」と言うだけでいい。

「気前よく」は、魔法の言葉。
口にしたとたん、心の奥にある「気前がいい」スイッチがカチッと入る。
「気前のいい人生」がはじまりますよ。》
        
「気前がいい」って、昔からある言葉だけど、「ふだん、あまり使ったことがない」という人がほとんどです。
「あの人は気前がいい人だ」とか、「あの人が気前よく〇〇してくれた」とか、他人の行動に対して「気前がいい」ということはあっても、自分の行動に「気前がいい」という人はめったにいない。
ところが、私はなぜか昔から、この「気前がいい」という言葉を、なぜか、日ごろから口にしてきました。
理由は、自分でもよくわからない。
でも、「気前がいい」という言葉が口をつく。

「今日の夕飯は気前よくコンビニ弁当にしよう」とか(笑)。
「いつもはラーメンライスだけど、今日は気前よくケチって、ラーメンだけにしておこう」とか(笑)。

日常のいろんなことに、「気前よく」とか、「気前がいい」という言葉を、プラスするクセがあってね。
それが、子どもの頃からずっと続いているんです。
そんな私には、「ありがたいなあ」と思わず手を合わせたくなるような幸せなことが毎日のように起きてくる。

神さまが気前よく、幸せな奇跡を起こしてくれるんです。
神さまってね、実は、ものすごく気前がいいんですよ。
学校の勉強に向かない、中学もマトモに通ってない、従業員5名の小さな会社やっている、と言いながら、めったに会社には顔を出さないし、会社の帳簿に一本の線も引いたことがない。

そんな私を、神さまは気前よく、納税日本一にしてくれました。
神さまってね、際限なく気前がいいの。
どこまでも気前がいい。
誰に対しても気前がいい。

そのことがわかるのが、「気前よく」「気前がいい」という言葉の魔法です。

【「気前よく」の奇跡】PHP研究所

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『気前よく』には、「度量が広い」、「器が大きい」、「心が広い」、「きっぷがいい」、「羽振りがいい」、「景気がいい」、「金離れがいい」、「出し惜しみしない」等々の意味がある。
つまり、「気前よく」とは、気が前に出ること。
気が後ろにあるときは、「気後れ」、「心がひるむ」、「ものおじ」、「及び腰」、「おじけずく」、「しりごみ」してしまったりする。

だから、「気前よく」という言葉を使うようになると、明るく、積極的になるし、気も大きくなって、嫌なことも許すことができる。
自分がみじめだと思ったようなことでも、「気前よく」を先に言うと、気にならなくなる。
「気前よく」の反対は「ケチくさい」。

「気前よく」は魔法の言葉。
「気前よく」をどんどん気前よく使っていきたい
posted by Dr.モーリィー at 05:43| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月02日

No 5070  新元号 新時代:令和元年

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善き時代と なって欲しいものですね
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5069   【人間はあぶないと思うと卑しくなる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人間はあぶないと思うと卑しくなる】

山崎拓巳氏の心に響く言葉より…



お墓参り、あなたは欠かさず行っていますか?
日々の忙しさのせいで、なかなか行けてない人もいるかもしれません。
お墓が遠くて行けなくて、心の中で手を合わせているって人も多いかもしれません。

定期的に訪れるご先祖様の墓。
人生のチェックポイントとでもいうのでしょうか?
僕にとって、お墓参りは重要な行事の1つでもあります。

お願いごとのために行っているのではありません。
自分の心のリセットだったり、目標の確認のためにお墓参りをしています。
ご先祖様の命のバトンリレーの結果、この世に存在している自分。
その奇跡に手を合わせます。
このとき、「必要なときに必要なことを起こしてください。僕は学ぶべきことをちゃんと学びます」と手を合わせています。

ご先祖様に「力を貸してください」とか「助けてください」ってお願いするのは良くないよと聞いたことがあります。
手を合わせ、自分の気持ちを固めるほうがどうも正しいようです。

いずれ僕もこのお墓に入るときが来る。
「死」を意識すると「生きる」が浮き彫りになるような気がします。
僕たちは、毎日確実に死に向かって進んでいるのです。
生物としてこの世に生まれたからには致死率は100%です。

そう考えてみると、死に向かって生きていくときに思う、「正しいこと」と、死から見た今の自分に望む「正しいこと」は若干違っているような気がします。
「今は大切な時期。歯を食いしばってこの仕事を頑張るのだ」と今、思う。
しかし、死から見た今は少し違っているのではないでしょうか。
「どんなに仕事が大切なときも、他にもっと大切なことがいっぱいあるはず。それを忘れない」と感じたりするように思います。

生きるから見た「生きる」と、死から見た「生きる」の違いは、常に心の中で“つっかえ棒”として存在している。
僕の場合はそれを、お墓参りによって溶かしたり、外したりしているんじゃないのかなって感じています。

「死を意識する」って言葉にすると、何を辛気くさいこと言っているんだと思う人もいるかもしれません。
しかし、僕は逆の発想です。
死を意識することで明るくなれる気がします。
私たちはどうせいつか死ぬのですから。

上手にやろう。
下手をしないようにしよう。
無理をしないでおこう。
前例がないことはやめよう…などなど、知らない間に「今」にしがみついてしまっている自分の手をスッと解き放ってくれるのは死を意識したときです。

たった一度の人生です。
小さくまとまらず、爽やかに面白体験をしていきましょう!
そんな心持にこそ幸運が宿るような気がしています。

『運の強化書』SBクリエイティブ

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輪廻という生まれ変わりがあるとするなら、我々は今世で死んでも、またいつの日か生まれ変わる。
そうであるなら、この世には、自分の魂を高め磨くために、修行にきているようなものだともいえる。
前の生(前世)よりも、少しでもましな人間になってあの世(来世)に往くこと。

だからこそ、死を意識することは、自分がこの世に何をしにきたのかを確かめることにもなる。
何のために生まれてきたのか。
何の役割(使命)があってこの世に生を受けたのか。

生まれ変わりがあるとしても、今の時代に、この地球に、この日本に生まれるのはたった一度だけ。
森信三先生のいう「人生二度なし」だ。

アメリカのジャーナリストのミッチ・アルボムが書いた、「モリー先生との火曜日」という小説がある。
死を前にした「最後の授業」を記録したノンフィクション小説だ。
その中にある、心に残る言葉…
■いかに死ぬべきかを学べば、いかに生きるかも学べる。
■人生に意味を与えられる道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創り出すこと。
■人間はあぶないと思うと卑(いや)しくなる。危険を感じれば、自分のことしか考えなくなる。

たった一度の人生…
卑しくない人生を歩みたい
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2019年04月01日

No 5068   2019年新年度スタート!   25周年記念事業!

2019年度が 始まりました

今年度も 更に より善いクリニック創りを

より善いグループ創りを 目指して スタッフ一同 頑張ります

おいちゃんも こころを 魂を磨いて 精進いたします

新年度を 迎えて 毛利歯科公式HPの スタッフ紹介も
2019年バージョンに 更新されております

http://www.mouri-dc.com/staff.html

スタッフの人となりもわかるコーナーです

スタッフ全員で 地域医療に貢献 社会文化活動に貢献いたします

今後とも よろしくお願い申し上げます

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No 5067   【コミュニティマーケティング】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【コミュニティマーケティング】

パラレルマーケター、小島英揮氏の心に響く言葉より…



AWS(Amazon Web Services=アマゾン ウェブ サービス)に私が入社したのは、2009年12月のこと。
日本法人の第一号社員というだけでなく、AWS全体でも米国外で初のマーケティング担当者でした。
Amazonというと、世界最大のeコマースをまず思い浮かべる人が多いと思いますが、AWSは、そのAmazonがつくったクラウドサービスの会社です。
当時、Amazonがこの事業を始めていたことを知っていた日本人は、まだ少ない状況でした。

なぜ、そんなアーリーステージのAWSに入ったのかというと、私には一つの確信があったからです。
次は、クラウドの時代がやってくる、と。
そのきっかけは、ニコラス・G・カーの著書『クラウド化する世界』を読んだことでした。
その頃、クラウドはすでに話題のキーワードになっていましたし、注目すべきテクノロジーの一つだという程度の認識は、私も持っていました。
しかし、その本に書かれていたことを読んで、強い衝撃を受けることになります。
その本は、象徴的な歴史の事実の引用から、クラウドが「技術の転換点」ではなく、「ビジネスの転換点」であることを示唆していたからです。

現代のように、送電網が一般に普及する前のこと。
世界の工場では、各工場に備え付けられた発電機が電気をつくり、それが工場の生産能力と直結していました。
その発電機をつくっていたのが、エジソンを創業者に持つGE(ゼネラル・エレクトリック)です。
ところがあるとき、中央発電所というものが誕生します。
そこから電線という送電網を引けば、発電機がなくても、工場で電気が使えるようになったのです。
それも必要なときに必要なだけ使えるように。
それがもたらしたものが、発電機を売るビジネスモデルの崩壊でした。

『クラウド化する世界』の著者は、最新のクラウドセンターを見学に行き、「これこそ現代の発電所だ」と気づいたといいます。
線がつながった先に、それぞれのコンピューターリソースがある。
それも電気と同じように必要なときに必要なだけ使える。
これこそがクラウドの本質ではないか、と。
つまり、電気を使うエコシステムの中心点が変わったのです。

それまで私は、クラウドとは分散処理や仮想化のテクノロジーの話だと理解していましたが、どうやらその認識は違っていたようです。
これは、ビジネスのルールが変わることを意味している。
そのことに気づいてからは、クラウドという新しいルールの下で、キャリアを積まなければ!と強く思うようになりました。
そして縁あって入社したのが、日本でサービスを本格的に立ち上げようとしていたAWSだったのです。

私は日本でのマーケティングの責任者というポジションに就きましたが、当時は、クラウドの価値がまだそれほど理解されていない時代。
当初は予算どころか、社員もほとんどいません。
しかも、Amazonに対するイメージは「世界最大のeコマース」であり、そのブランド力は、IT事業であるAWSではまったく効きません。
そもそも顧客が違う。

しかし、ここから日本のAWSは、アメリカ本社も驚くほど大きくグロース(成長)します。
クラウドというと、Googleやマイクロソフトを思い浮かべる人も多いかもしれませんが、AWSは(事業ドメインであるiaas/paasの領域で)その2社よりもはるかに早く、日本のマーケットを切り拓くことに成功するのです。
いったいなぜ、そんなことができたのか。
そのことを解くカギが、本書のテーマである「コミュニティマーケティング」にあります。

『ビジネスも人生もグロースさせる コミュニティマーケティング』日本実業出版社

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小島氏は本書の中で「コミュニティマーケティング」についてこう語っている。
『コミュニティマーケティングとは、端的に言えば、AWSを知っていて、AWSを気に入っていて、AWSを他の人にも広めたいと思っている、AWSの「ファン」と言える人たちをコミュニティ化することによって、新たな顧客を獲得していく、という戦略です。
ベンダーであるAWSが自ら「AWSはいいですよ」というメッセージを発信するのではなく、コミュニティに集まってくるユーザーの方々にAWSの良さ、価値を語ってもらい、それを外部に発信してもらうのです。
最近話題のインフルエンサーマーケティングなどと異なり、そこには金銭的な対価や報酬のやりとりはありません。
それゆえ、発信内容はリアルで、よりターゲットに響くようになります。
これが大きな効果を生み、コミュニティの拡大とともにAWSのユーザーも急激に拡大していきました。
みなさんも、こんな経験があるのではないでしょうか。
CMや営業マンのセールストークにはまるで関心がわかないけれど、その領域に詳しい友人の「あれ、使ってみたほうがいいよ」という一言で、強く興味を持つようになる…。
製品を売る人が、自らをレコメンドするのは、もはや全然響かないのです。
そのことに、多くの人が気付き始めています。
一方で、その分野に詳しい人や実際に商品を買った人、使った人によるレコメンドは大いに効果を発揮します。
Amazonのeコマースサイトでも、レコメンドが強い影響力を持っています』

コミュニティマーケティングという言葉は使っていないが、アプローチが同じマーケティングしている企業に「ヤッホーブルーイング」があるという。
ヤッホーブルーイングは、「クラフトビールを通じて日本のビール文化を変えたい」というミッションを持ったとてもユニークなビール会社だ。
年に1回行われるファンのイベント「よなよなエールの超宴」は、全国からなんと1000名が集まるファンイベントだ。
あっというまに定員が一杯になってしまう。
有名なタレントやアーティストが出演するわけではないのに、熱量のあるファンがファンに会うために遠くからやってくる。
これをすべてファンがやってくれるのだ。

商売とは、儲けるのではなく、儲かるようにすることだという。
儲かるという字は、「信」と「者」に分かれる。
だから、儲かるようにするには、その会社や商品の信者、すなわち「ファン」をつくること。

今まさに、コミュニティマーケティングの考え方はとても大事だ
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2019年03月31日

No 5066   年度末  感謝・大感謝!

2018年度も 終わります

スタッフに 患者様に 業者様に 親族・家族に

本当に ありがとうございましたと 伝えたいです


まだまだ、改革・改善が必要な 毛利歯科グループですが

今後とも より善いクリニック創りを通じて

地域医療に貢献できますよう スタッフ一同 精進いたします

今後ともよろしくお願い申し上げます

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No 5065   【今すぐ自分を売り出す1行を作れ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【今すぐ自分を売り出す1行を作れ】

さわらぎ寛子氏の心に響く言葉より…



今は2人に1人が転職をする時代です。
新卒の学生は、60%近くがセカンドキャリアを意識して就活をするそうです。
終身雇用という神話は崩壊。

働き方改革が叫ばれ、副業が注目され、定年退職後や役職定年後のキャリア支援も広がっています。
先日、ある高校生からキャリアについて相談を受けました。
大学の入試試験の小論文に「卒業後のビジョンを書け」という項目があったのですが、「大学を卒業する4年後には、今ある仕事がなくなっているかもしれない。卒業後の夢を語れと言われてもムリ」と言っていました。

また、取材でお会いした某メーカーの経営者は、「社員を雇用するのは、その人が生み出す収益と契約すること。個人事業主として業務委託をするのと変わらない」とおっしゃっていました。
つまり会社が個人を育て、守ってくれるのではなく、会社の中にいても「稼げる個人」が求められているということでしょう。
今すぐ会社を辞めるとか、転職するとか、起業するとか、そういうことではなくとも、「今の会社や仕事がなくなったら、自分に何ができるか」という意識は、すべての人に求められているのです。
会社員を続けるにしても、「〇〇社の営業さん」ではなく「あなたと仕事がしたい」と言われる存在になれるでしょうか。

一番強いのは、会社や肩書きなんてなくても、「自分の名前が仕事になる」人でしょう。
たとえば、堀江貴文さんとかキングコングの西野亮廣さんなど、名前を言えば誰もが知っている人なら、「職業は自分の名前」で通用するでしょう。
でも、もし私が「仕事は、さわらぎ寛子です」と言ったって「は?」「誰やねん」です。

だからこそ、「自分を売り出す1行」が必要なのです。
会社名や肩書がなくても、あなたがあなたであるための、あなたを必要としている人が、あなたを見つけてくれるための「自分を売り出す1行」を作りましょう。

人が知りたいのは、その人が何をしているかではなく「自分にとってどういいか」「それが自分にどう役立つか」です。
人は、「同業他社と違う」から、その商品が欲しくなるわけではないのです。
「自分に役立つ」「これを使えば、自分にとっていいことがある」と思うから。

そして、それを使ったりやったり、その人に会ったりした後の「自分の変化」が想像できるから、それが欲しくなるのです。
私はこれができる!これが私の強みです!と叫んだところで、誰も興味はありません。
自分のできることや、自分の強みを「相手目線に変換」することが必要なのです。

まず、自分のこれからの生き方の軸を決める。
それをしっかり言語化する。
それから、それを達成するために足りないことがあるなら、できる方法を身につけたり、できる人の手を借りたりという方法を考える。
まずは今の自分、今ある自分の資源に目を向けること。
それを棚卸しして、しっかり言語化すること。
今の自分に足りない何かを足していくのは、その後です。

『今すぐ自分を売り出す1行を作れ』大和書房

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さわらぎ寛子氏は本書の中でこう語る。
『私の講座やセミナーでは、初めに自己紹介をしてもらいます。
ひとり1分で、自己紹介とセミナーに参加した理由を語ってもらうのです。
自己紹介をたくさん聞いてきて、印象に残る自己紹介と何も印象に残らない自己紹介には、それぞれ共通点があることがわかりました。

《印象に残る自己紹介の特徴》
■つかみの一言がある
■誰かの役にたつか、どんな人のために活動しているかが明確
■自分だけのオリジナリティや人とは違う切り口(視点)がある
■その場にいる人に合わせて、内容を変えている

《印象に残らない自己紹介の共通点》
■会社名・部署名・仕事内容の3点セットを語る人が9割
■それに加えて、最近のマイブームや趣味などで笑いを誘うのがパターン
■「私は」が主語になっている
■こんな仕事をしている(してきた)、こんな業績を上げた、またはこんなことをしたい、こうしたいという願望を語っている

初対面の人に「私の仕事は」「わが社の強みは」と話しても聞いてもらえません。
「知らんがな」と思われて終わりです。
そうではなくて、「あ!この人は自分に関係ある人だ」「この人の話を聞いたら面白そう」と思われる必要があるのです。
これは広告のキャッチコピーと全く同じだと気づきました』

この「自分を売り出す1行を作る」というのは、なにも副業や起業だけに必要なことではない。
いまある既存の会社が自分の強みやウリを発見し、それを1行にすることにより、これからの方向性がより鮮明になる。
そのポイントは、自分(会社)は、「誰の役にたっているか」「どんな人のために活動しているのか」「人の役に立つ自分(会社)のオリジナルな資源、価値は何か」。

自分目線ではなく、相手目線。
あくまでも、「相手にとってどんなメリットがあるのか」が大事。
自己中心的でひとりよがりの「マイブーム」や、「売上目標〇〇億円」とか「店舗目標〇〇店達成」などは、他人にとって何の関心ごとではなく、スルーされる。

今すぐ自分を売り出す1行を作るには…
どんな人の役に立ちたいか、がとても大事
posted by Dr.モーリィー at 06:11| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

No 5064   【「昭和と平成の常識」をぶち壊し、生き延びる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「昭和と平成の常識」をぶち壊し、生き延びる】

橘玲氏の心に響く言葉より…


最初に、「働き方」を定義しておきましょう。
働き方1.0  年功序列・終身雇用の日本的慣行
働き方2.0  成果主義に基づいたグローバルスタンダード
働き方3.0  プロジェクト単位でスペシャリストが離合集散するシリコンバレー型
働き方4.0  フリーエージェント(ギグエコノミー)
働き方5.0  機械がすべての仕事を行うユートピア/ディストピア

安倍政権が進める「働き方改革」とは、働き方1.0を強引に2.0にヴァージョンアップしようとするものです。
これまでの日本の「知識人」は、日本型雇用こそが日本人を幸福にしてきたとして、「働き方改革」を推進する「ネオリベ(新自由主義者)」に呪詛の言葉を投げつけてきました。

グローバル化、知識社会化・リベラル化する世界のなかで、働き方1.0は目を覆わんばかりの機能不全を起こしています。
政権が保守であれリベラルであれ、官民挙げて「改革」しなければどうにもならなくなっているのです。
しかし問題は、働き方2.0を実現したとしても、それではぜんぜん世界の潮流に追いつけないことです。
最先端の働き方は、3.0から4.0に向けて大きく変わりつつあるからです。

その背景にあるのは、中国やインドなど新興国を中心とする急速な経済発展(グローバル化)と、テクノロジーの驚異的な性能向上です。
私たち日本人が抱える困難は、働き方が「未来世界」へと向かうなかで、いまだに「前近代世界」のタコツボに押し込められていることにあるのです。
もちろん、いきなりこんな話をしても「そんなわけない」と反発されるだけでしょう。
そこで最初に、いくつか事実(ファクト)を示しておきます。

NTTの澤田純社長によると、「(NTT持ち株会社の研究開発の人材は)35歳になるまでに3割がGAFAなどに引き抜かれてしまう」とのことです。
GAFAとは、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の頭文字で、「プラットフォーマー」と呼ばれています。
検索、スマートフォン、SNS、EC(電子商取引)で圧倒的なシェアを持ち、市場の土台(プラットフォーム)を支配しているグローバルIT企業が、日本企業から若くて優秀な人材を次々と引き抜いているのです。

記事によると、NTTの研究開発の初任給は大卒が21万5060円、修士課程が23万7870円ですが、世界的に人材の獲得競争が激しくなっており、GAFAなどは新卒でも優秀なら年収数千万円で採用するとのことです。
日本企業から人材が流出する先はシリコンバレーのIT企業だけではありません。
中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)が2017年に、日本国内の新卒採用で初任給40万円を提示したことが報じられて衝撃がひろがりました。
ソニーなど日本の電機大手の2倍ちかい水準ですが、経済誌の取材に対してファーウェイの日本法人は「世界的には珍しくはない。優秀な人を採るためのグローバルスタンダード」と答えています。

エンゲージメント指数は、会社への関与の度合いや仕事との感情的なつながりを評価する基準です。
エンゲージメントの強い社員は仕事に対してポジティブで、会社に忠誠心を持っています。
エンゲージメントが低いと、仕事にネガティブで会社を憎んでいるということになります。
当然、社員のエンゲージメントが高い会社ほど生産性は高くなります。

近年になってエンゲージメントの重要性が認識されるようになって、コンサルタント会社を中心にさまざまな機関による国際比較が公表されるようになりました。
ロッシェル・カップさんはシリコンバレー在住の経営コンサルタントで、「職場における異文化コミュニケーションと人事管理」を専門とし、トヨタや東レなど多くの日本企業にもコンサルティングを行っています。
そのカップさんが、以下のような驚くべきデータを紹介しています。

エーオンヒューイットによる「2014年アジア太平洋地域の社員エンゲージメントの動向」では、日本でエンゲージメントレベルが非常に高い社員は8%(22%)、ある程度高い社員は26%(39%)、低い社員は32%(23%)、非常に低い社員は34%(16%)となっています。
ちなみにカッコ内は世界平均で、日本のエンゲージメントレベルの高い社員がものすごく少なく、低い社員がものすごく多いことがわかります。
エクスペディアジャパンが24ヵ国の社員を対象に実施した2013年の調査では、雇用状況に満足している日本の社員は60%にとどまり、調査対象国中最低を記録しました。
トップは90%のノルウェー、インドが2位、マレーシアが3位です。

「日本型雇用が日本人を幸福にした」というのは幻想であり、真っ赤なウソだったのです。
また、日本経済のいちばんの問題は労働生産性が低いことで、OECD36ヵ国中21位、先進7ヵ国のなかではずっと最下位です。
日本の労働者が生み出す1人当たりの利益(付加価値)は8万4027ドル(約924万円)で、アメリカの労働者(12万7075ドル)の66%しかないのです。

『働き方2.0vs4.0 不条理な会社人生から自由になれる』ダイヤモンド社

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橘玲氏は本書の中でこう語る。
『テクノロジーが人間の能力を超えつつある時代には、私たちの働き方も大きく変わらざるを得ません。
そのことを「働き方改革」の最先端であるシリコンバレーでなにが起きているかを教えてくれる本で見ておきましょう。
まずは映像配信会社ネットフリックス。
「カルチャーデック」はネットフリックスの人事方針を説明した社内資料で、経営陣が創業当初から学んできたことを若い起業家に向けて公開したものです。
フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグが「シリコンバレーで書かれたなかでもっとも重要な文書」と称賛したことで一躍注目を集め、爆発的に拡散しました。
そこには「すべてのポストにもっとも優秀な人材をあてる」「業界最高水準の報酬を支払う」「将来の業務に適さない人にはお金を払って辞めてもらう」「有給休暇を廃止する(従業員の裁量で休む)」「人事考課制度は時間と労力のムダ」など、シリコンバレーの企業ですら腰が引けるような言葉が並んでいました。
DVDのレンタルを郵送で行う事業でスタートしたネットフリックスは、2001年にドットコム・バブルがはじけると業績が悪化し、全従業員の約3分の1を解雇する倒産寸前まで追い込まれました。
ところがここで、彼らに神風が吹きます。
DVDプレーヤーの価格が下がり、その年のクリスマスプレゼントとして大人気になると、誰もがプレーヤーで再生するDVDを借りようとしはじめたのです。
こうして事業はふたたび軌道に乗ったのですが、こんどは3分の2の人員で2倍の仕事量をこなさなければならなくなりました。
しかしここで、マッコードは奇妙なことに気づきます。
仕事はものすごく大変だったのですが、みんな前よりずっとハッピーだったのです。
その頃マッコードは、経費節約のためCEOのヘイスティングスと車を相乗りして職場に通っていました。
その車の中で、彼女はヘイスティングスに訊きます。
「どうしてこんなに楽しいの?毎朝職場に行くのが待ちきれないくらいよ。夜になっても家に帰りたくない。みんなあんなに大変そうなのに楽しそう。いったいなにが起こっているのかしら?」
「よし考えてみよう」と、ヘイスティングスは答えました。
彼らが発見したのは、とびきり優秀なエンジニアだけをそろえた小さなチームの方が、仕事熱心なエンジニアの大きなチームよりもよい仕事をしていたことでした。
大規模な人員整理で中間管理職をごっそり解雇して以来、いちいち意見を聞いたり承認を得ずにすんでいるせいで、全員が前よりずっと早く行動していました。
リストラによって、「最高の結果を出せる人だけが会社に残っていた」のです』

日本人にとって、終身雇用という言葉には否定しがたい大きな価値を感じる。
それは、そのことにより日本の企業が伸びて来たという従来からの強い思い込みがあるからだ。

平成元年の世界時価総額ランキングがあるが、そのときの1位から5位は上から順に、NTT、日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行で、やっと6位にアメリカのIBMが入ってくるという日本の総勝ち状態だった。
しかし30年後の、平成30年のランキングでは、1位から6位までがアメリカ企業となり、上から順に、アップル、アマゾン、アルファベット、マイクロソフト、フェイスブック、バークシャー・ハサウェイ。
しかも、その時価総額は30年前の日本の企業の10倍以上になっていて、35位にようやくトヨタが入ってくるが、中国企業や台湾やスイスの企業にも抜かれている。
失われた20年と言われるゆえんだ。

日本の企業は総崩れ状態になっているという事実を我々はもっと知らなければならない。
従来からの価値観を大きく変えていかなければ、日本はこれから、もっともっと沈んでしまう。

本書の巻頭の言葉には、『「昭和と平成の常識」をぶち壊し、生き延びる』と、ある。
今一度、一人一人が、仕事の仕方や働き方を見直し、もう一度、世界に伍して戦っていけるような国にしていきたい
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2019年03月29日

No 5063   【他人にどう映るかを意識して発信する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【他人にどう映るかを意識して発信する】

成毛眞氏の心に響く言葉より…



「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」

これは稀代(きだい)の美食家ブリア・サヴァランの言葉だが、遊びについても同じことが言える。
どんなことが好きか、また、どんなことを好きと口にするかでその人の人となりがよくわかる。

どんなことが好きかと、どんなことを好きだと人に伝えるかは、違う。
それが他人にどう聞かれるか、どう映るかを意識しているか、いないかの大きな差がある。

読書が好きという経営者の中に「司馬遼太郎が好き」という人は少なからずいる。
愛読書に『坂の上の雲』を挙げる人も、二十一世紀となって久しい現代日本にも多数存在する。
何が好きかを表明すること、何をキュレーションするかは、その人のイメージ形成に大いなる影響を与える。
また、同じ司馬遼太郎好きでも、大学生と経営者とでは、やはりそこに生まれるイメージは異なる。

私は『イノベーションのジレンマ』や『ザ・ゴール』といった、ベストセラーのビジネス書のことも、愛読書として挙げることはない。
こういった本は私にとって読んで面白い本というよりは、押さえておくべき本であって、これらを読むことは毎朝ひげを剃る行為に似ている。
仕事の相手との会話を最低限成立させるためのマナーとして、読んでいるのである。
だから、こういった本を力強くすすめる人に遭遇すると、なぜひげ剃りをそんなにすすめるのだろうと戸惑ってしまう。

SNSでも、芸能ニュースやオカルトの話題にばかり飛びつく人や、国際社会や技術に関する話題に積極的な人とでは、やはり見え方が異なる。
何が好きかを表明するということは、自分がどんな人間かを白日の下にさらしてしまう。
サヴァランが言っていることは、じつに正しい。

なお、私がHONZでキュレーションするのは、あまり人に知られていない、でも読むと知的好奇心を強く刺激される本ばかりだ。
みんなが読んでいるものより誰も読んでいないもの、「へえ、そんなに面白い本があるんですか」と言われるような魅力のあるものが好きなのだ。
これは私の性格そのものだし、できれば親しい人にはそういう本を見つけ出してくれる人だと思ってもらいたいと考えている。

『大人はもっと遊びなさい (PHPビジネス新書)』PHPビジネス新書

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これからの時代は特に「人とどう違うか」「どれだけ希少であるか」が問われる時代となる。
「どれだけユニークであるか」「どれだけ他の人と違うものをもっているか」によって、その人の評価が変わってくる。
つまり、「稼ぎ」が変わる。

今までは、テレビCMなどで巨額のお金を払って、その商品や会社のイメージやブランドをつくってきた。
だが現代は、誰もがSNSで自分を発信できる時代だ。
大金をかけなくても自分をブランド化できる。

そうであるにも関わらず、残念ながら、自分の価値をおとしめるような発信を繰り返している人は多い。
「他人にどう映るか」を意識することはとても大事。

どんなときも、自分の価値を高める発信をしていきたい
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