2018年10月26日

No 4835   【20%の才能と、30%の努力と、50%の運】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【20%の才能と、30%の努力と、50%の運】

さいとう・たかを氏の心に響く言葉より…



私は仕事についてすべて計算ずくで行うが、ヒット作品というものはだいたい苦労に比例しない。
悩んで、悩んで、悩み抜いて考えてつくった作品があまり売れなかったり、ふとした瞬間に閃(ひらめ)いたキャラクターがヒットしたりする。
この仕事についていえば、私は20%の才能と、30%の努力と、50%の運だと思っている。
運とは、その人の行動について回ったり、離れたりするもの。
その運が見えた人、運をつかめる体制になれる人が幸せになる。

この業界は、天才ばかり集められるが、その多くが消えていく。
いくら才能があっても運が50%を占めているのだから、成功する人間は一握りだ。
才能があってもプロ意識を持たずに努力をしなければやはり運をつかむことはできない。
才能もあって、努力をして、それでも運をつかめなければ成功できないのだ。

私自身でいえば、非常に幸運な人間だ。
まず、この仕事に気がついたこと、つまり絵で大好きな映画と同じようなことができる、と気がついたことがそもそもの運だ。
これはものすごい強運だと思っている。

私はこの仕事の可能性について、気づくことができた。
そしてそれに気がついたからこそ、運を引き寄せるようになった。
しかし、考えて、考えて、考えても気づけない場合もあるだろう。
そのような人は結局運がなかったということになる。

ただ何もしていなくても運を呼ぶことはできない。
30%の努力が土台となって、さらに20%の才能があって、50%の運を呼ぶことができるのだ。

運が50%を占めることを述べたが、だからといって運のせいにしたり、悪運を嘆いたりすることに意味はない。
しかも運というのは、運をつかんでいることに気がつかない場合が多い。
私のこれまでの人生の中でも、振り返ってみて、あの時はこういう運だったと、歳を重ねてからわかることが実に多い。
人との出会いなど運ばかりだ。
私の場合はあれも運だった、これも運だったと、運がついて回っていた。
なにせ半分が運なのだからそれも当たり前といえば、当たり前だ。

しかし、私は運が悪かったと思っても仕方ない、と考えている。
自分を幸せにしてやれるのは自分しかいない。
だから自分の考え方次第で、幸せが決まる。
そもそも五体満足に生まれてきたことが大きな幸運だ。
私は過去に、網膜剥離の手術を行い、糖尿病を患った。
だから、毎日を元気に過ごせること自体が奇跡だと私は思っている。

私は良いことも悪いことも正面から受け止めるようにしている。
そして幸運には感謝し、悪運を忘れるようにしている。
悪い運だけではない。
私は描いたものもすべて忘れるようにしている。
そうしなければ、新しいものが出てこないし、新しいものを描く意欲がそがれてしまうからだ。

自分の置かれた境遇、直面した運、出会った人、これらのせいにして自分の不幸の原因のあら探しをするのではなく、自分の価値観を持って幸福を感じ取ることを考えたほうがいいに決まっている。
仕事での苦しみや悩みは尽きることがないし、時として運が悪いことに出くわすことがある。
それでも私は、苦境もまたエネルギー源として捉えて、苦境に立つ自分を楽しみさえした。
不運を不幸だと考える必要などないのだ。
だから私はそもそも不幸だと思ったことは一度もない。

『鬼平流』宝島

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運を大事にするものは、運からも大事にされる。
これは、幸田露伴の言う「惜福(せきふく)」と同じだ。
惜福とは、福を惜(お)しむことだが、福を使い尽くさないこと。
つまり、福を大事にすることであり、福に感謝することでもある。

「福」を「運」という言葉に置き換えても、まったく同じことが言える。
たまたま巡ってきた運に感謝する。
逆に言うなら、感謝多き人に運がやってくる。

そして、「運がいい」と言う人は謙虚な人。
自分の力ではなく、何か大きな力が働いているという「おかげさま」の心がある。
謙虚な人、おかげさまの心のある人は、神さまから好かれる。

自分の才能をフルに生かし、精いっぱいの努力をして、謙虚な心で、運を引き寄せたい
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2018年10月25日

No 4834   【なりたい自分になれる時代】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【なりたい自分になれる時代】

コンサルタント、椎原崇氏の心に響く言葉より…



あなたが、自分らしくガンガンに活躍していくと、必ず、あなたのことを大好きになって称賛する人が増えて、必ず、あなたのことを批判したり、小バカにしたりする人が増えます。

これ、おもしろいように両方とも増えるのです。
つまり、これもまた、一種のアクセルとブレーキです。
つまり、あなたが、自分らしくあればあるほど、リーダーシップを発揮すればするほど、輝けば輝くほど、より多くの人たちに影響を与えるということです。

そうなれば、そうなるほど、
あなたはたくさんの人に称賛や応援されて
あなたはたくさんの人に批判されて、バカにされるのです。

称賛や応援をもらうと、なんか、期待に応えないといけない感じがして窮屈に感じたり、ひとりよがりになって大切な友達を失ったり、人の意見をきかなくなって視野が狭くなったり、称賛や応援に執着が生まれて、自分らしくいられなくなるって側面もあるかもしれません。
批判されたりバカにされることで「やってやろうじゃないの!」とスイッチが入ってエネルギーが湧いてきたり、「今が幸せだったんだ」って気がつけたり、自分にはない視点が入ってきて、視野が広がったり、「自分の器」が大きくなるキッカケになったりする側面もあるのかもしれません。
ほら、そうすると、称賛と批判が逆の効能をもたらしているでしょう?

だから、批判も称賛もどちらもあまり変わらないのです。
大切なのは、影響力が大きくなればなるほど「自分の感覚を中心に生きる」という意識なのです。

今、時代も、考え方も、国も、情報も、「なりたい自分になっていいんだよ!」
ってどんどん後押ししてくれているような感じがするのです。
人生というのは、自分と環境とで、一緒に創造していくものです。
「理想の自分」というのは「自分」と「環境」2つの要素で構成されていて、自分自身で自分に変化をもたらし、環境を変えながら、創っていくものだということなのです。

今の日本、今の時代は、
ほしいものを手に入れていける時代
好きな場所に住める時代
海外に安く簡単に行ける時代
すぐに世界中を相手に商売ができる時代
自分が好きなことをしている動画をアップしてお金が稼げる時代
いろいろな人の考え方を簡単に学べる時代

もう、とんでもなく自由がきく時代なのです。
この時代に、日本という国に暮らす僕ら。
今置かれているこの環境こそが、「なりたい自分になっていいんだよ」という僕たちへの愛のこもったメッセージのように思えませんか?

それができる時代にいるんだから。
それができる環境にいるんだから。
なりたい自分になっていい。

『うまくいったやり方から捨てなさい』サンマーク出版

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すべての人から好かれることなどできないのに、多くの人はそれを求めてしまう。
大好になってくれる人がいれば、それと同じくらい大嫌いになってしまう人もいる。
嫌われることを極端に恐れてしまう。
だから、多くの人は、ブログやSNSで発信することをためらう。

一度きりの人生、花は花として目立ったほうがいい。
引っ込んでいてどうする、と。
今やらずしてしていつやる。
やらずにできるわけがない。

今は、「なりたい自分になれる時代」
いままでの規制やワクを取り払い…
なりたい自分をめざしたい
posted by Dr.モーリィー at 08:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月24日

No 4833  無料公開 イルカショー

先日 所用で 鹿児島水族館の近くに行きました

するとアナウンスが 水路で 無料のイルカショー、 調教をしますと

なかなかの ポジションから イルカショー 堪能させていただきました

「ついてるついてる!、感謝・大感謝」でした

毎日 やっているのか 土日だけなのかは不明でしたが おすすめです!

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2018年10月23日

No 4832   【上機嫌は人のためならず】

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【上機嫌は人のためならず】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



現代は、インターネットという、誰でもいつでも不機嫌をまきちらせてしまえるツールが誕生し、「他人の不機嫌には傷つきやすいのに、自分の不機嫌は無意識に発散させてしまう」人が増えている時代です。
不機嫌を人にさらしている状態は、いわば「裸の王様」です。
荒波のように波立った不機嫌を鎮め、オブラートに包んだ言動ができれば、自分も周囲も安心して社会生活が送れるようになります。
マナーは自衛手段でもあるのです。

周囲の空気が硬く委縮していても、他者へのサービス精神にあふれ、生きることのエネルギーにあふれた人が一人でもいれば、場の調子は必ず良い方向へと転じていきます。
上機嫌であるというのは、人に対してオープンであるということです。
その時々の気分で揺れることなく、つねに安定した上機嫌の心持ちを維持継続して物事に対応できる「オープンマインド・オープンバディ」な人は、円滑にコミュニケーションができます。
コミュニケーションを通じて周囲にも良い効果を及ぼすことができ、結果的に自分の気持ちもさらに向上します。

「上機嫌は人のためならず」。
周囲の不機嫌に悩んでいる人、コミュニケーションの取り方に悩んでいる人こそ、上機嫌の効能に助けられるはずです。

たとえば急ぎの用事があって電車に乗ろうとしたところ、前にいるお母さんとベビーカーの動きがおそく、自分が乗る前に電車のドアが閉まってしまったとしましょう。
「子連れで出かけるのは本当に大変だろうなあ」といたわりの心が持てる人もいるでしょうが、一瞬「やっぱりベビーカーは邪魔だな」「あの母子がいなかったらなあ」とイラッとしてしまう人もいることでしょう。
「不機嫌の芽」が出る瞬間です。
私は「不機嫌の芽」自体が必ずしも悪いものだとは思っていません。
心のなかに不快な気持ちが生まれること自体は生理反応であり、人間としての性(さが)であるからです。

以前、「機嫌とは、人の表情や態度に表れる快・不快の状態」だと述べました。
感情の変化をその時点で確認し、抑えて、人前で見せなければいいのです。
万一その場で舌打ちをしてしまっても、「あ、今のは良くなかったな」と自分を立て直すことができれば、上機嫌に一歩近づけます。

あるいは、家族や友人に「今日ベビーカーが邪魔で電車に乗れなくてさ―」とグチを言ってしまうことはあるでしょう。
それでもまだ大丈夫。
彼らはあなたの元々の性格や普段の行動を知っています。
「まあまあ、そんなにイライラしなくても」「あなたらしくないんじゃない」と諫(いさ)めてくれ、「あ、今のは良くなかったな」とすぐに反省することができるはずです。

しかしこのところの日本では、自分が思ったことをすぐにSNSに書いてしまう人が後を絶ちません。
「今日電車に乗ろうとしたらベビーカーが邪魔で乗れなくて、用事に遅れちゃった。最悪」
すると、どうでしょうか?
あなたの不機嫌…他者に対する不寛容さを露(あら)わにした不用意な発言が、いきなり全世界に発信され、拡散し、多くの人に「未熟な人」という印象を与えてしまいます。
これは非常に危険な状態だということが、おわかりでしょうか。

「陰口」とされるものが、「陰」ではなくなり、公にさらされています。
SNSは、こうして不用意に発せられた不機嫌な言葉であふれています。
家でくつろぎながら何気なしにつぶやいたことが世界に伝播(でんぱ)することで、あなたの評判が下がったり、人間関係が破壊されたり、最悪職を失ったりすることもありえます。

現代人は他者の不機嫌に傷つきやすくなっている一方で、24時間攻撃性を発揮できるようにもなりました。
その主戦場はあなたも毎日ふれているであろうインターネット。
もっと言えばツイッター、フェイスブック、LINEなどといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)です。
情報テクノロジーの発達とともに、インターネットは、個人が自由に発言しコミュニケーションできる場所を数々生み出してきました。

発信とコミュニケーションの機会が生まれたことで、人類社会に数々のメリットがもたらされたことは疑いようのない事実です。
しかしその一方で、個人が自由に発信しコミュニケーションできるというインターネットの利点は、不機嫌を増大、蔓延させ、遠くまで広げてしまうという弊害ももたらしてしまったように思います。

自動車の免許をとるときは、誰でも必ず自動車教習所に通って講習を受け、実技・筆記の双方で試験を受けて、合格する必要があります。
もちろん免許を持っていても事故を起こす可能性はありますが、教習を受けているからこそ、人々は「いつ何かの拍子に加害者になるかもしれない」ということを頭の片隅に置きながら、身を引き締めて運転を行えるわけです。
それに対してSNSはどうでしょう。
免許どころか運転講習すらないのに、誰もが無責任に自分の気分を発信できてしまう。
私はこれは非常におそろしいことだと思っています。
みんながみんな、知らず知らずのうちに複雑な首都高速に乗っかってしまっている。
SNSでの発言が原因で職を失った人や、他人の発言に傷ついて自殺した人もいるような状況なのに「いつか何かの拍子に加害者/被害者になるかもしれない」と言う発想が希薄な人が多いように見受けられます。

インターネットには、自分も無免許運転であるにもかかわらず、他人を取り締まろうという不機嫌で傷つきやすい運転者があふれています。

『不機嫌は罪である (角川新書)』


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「上機嫌は人のためならず」とは、「情けは人のためならず」からきたもの。
人に親切にすれば(情けをかければ)、相手のためになるだけでなく、やがては自分によいことがかえってくるということ。
上機嫌も同じで、自分が上機嫌でいれば、それはやがて、上機嫌がかえってくるということ。

齋藤孝氏は、周囲が不機嫌なときは、日本の神話「天の岩戸」を思い出すといいと言う。
天の岩戸とは、言うまでもなく、アマテラス大御神が弟スサノオノミコトの乱暴な言動にほとほと耐えかねて、岩戸の中にこもってしまったという話だ。
アマテラス大御神は、太陽の神様なので、世の中は真っ暗になってしまった。
そこで他の神々が相談して出した結論が、岩戸の前で宴会をするということ。
みんなで岩戸の前で、酒を飲み、歌って踊って、大笑いをした。
すると、アマテラス大御神は、私がこもっているのに、「何でみんなでそんなに楽しそうにしているの」と気になって、岩戸を少し開けたときに、力持ちの神様がその岩戸を目一杯開いたという物語だ。

つまり、こうした笑いや、踊り、歌などで、場を楽しくして、不機嫌な人を上機嫌にするということ。
だから、上機嫌こそが問題を解決する、という教えだと斎藤氏は言う。

「上機嫌は人のためならず」
いつも上機嫌な人でありたい
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No 4831  冠婚葬祭!

おいちゃんも 54歳

この年になると 冠婚葬祭に出席することも多い 今日この頃

特に今年は 回数が多いような感じがする

お祝い事が 7:3で 多いです

特に結婚式関連は 親戚の一つ下の世代が 結婚ブーム まだまだ続きそうです!

結婚式以外にも 合格・昇格?・昇任・妊娠・出産などなど

おめでとうございます 

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2018年10月22日

No 4830   【ついてると言うトレーニング】

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【ついてると言うトレーニング】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



《人は波動を感知しながら生きている。言葉の波動を口に出して伝達する》
人はそれぞれ波動を出しています。
そして、たがいにその波動をそれとなく感知しながら生きています。
波動には二種類あります。
一つは、考え方から出るムードやふんい気の波動。
同じような思い、考えを持っている人同士が、その波動を好んで集まるんですね。
二つ目は、言葉の波動です。
言葉を口に出して伝達すると、同じ波動を持った人同士が吸い寄せられて集まってきます。
波動が同じ人とは、波長が合うとも言いますが、一緒にいても居心地よく過ごせるし、仕事などもうまくいきますよ。

《「言霊」のエネルギーをフル活用すれば、運に勢いがつく》
言葉は「言霊」というエネルギーを持っています。
そのエネルギーは、波動となって伝達されます。
そのエネルギーを使うか使わないかによって、人生に大きな違いが出てきます。
幸せになりたいと誰もが願っているでしょう。
どんなときでも、「ついてる」という言葉を言いましょう。
それが運に勢いをつける一番いい方法です。
「ついてる」と言うだけですから、簡単でしょう。

《「ついてる」と言うだけで、幸運波動がやってくるから、自然にハッピーになる》
「ついてる。ついてる」と言っていると、実際に「ついてる」ことがどんどん起きてきます。
なぜなら、「ついてる」と言えば、幸運の波動がやってくるから、あなたの周りは「ついてる」ことでいっぱい。
いつも「ついてる」という言葉を口にしていると、知らない間にとてもハッピーになっているから不思議。
だって、本当に「ついてる」ことばかりに包まれるから、自然にハッピーになるんです。
ただ、「ついてる」と言っているだけ。

《まず、人が喜ぶことを言葉に出す。心はあとからついてくるもの》
心にもないことを言うのはダメという人もいるけれど、そうじゃないんです。
心のなかで思っていても、考えていても、行動に出さなければなんにもなりません。
あなたはいつまで経っても変わらないでしょ。
だから、先に言葉に出せばいいんです。
心はあとからついてきますよ。

《スリに遭って今月の食費がなくなっても、「想像できないくらい、ついてる」と言うんです》
買物をしに行って、お金を支払おうと思ったら、財布がない。
さっき買物袋のなかを確かめたばかりだから、きっと、スリに遭ったに違いない。
そんなとき、
「ああ、今月の食費がなくなっちゃった。どうしよう。ついてないなあ」
と言う代わりに、ついてる言葉を言うんです。
「命までなくさなくてよかった。ついてる。ついてる」
本当に困ったときこそ、言うんです。
「私ってついてる。想像できないくらいついてる」
これが「ついてる」のトレーニング法。

《「ついてる」は感謝の言葉。それが言えないのは、感謝の気持ちが足りないから》
「ついてる」と言うのは、幸せに生きるための第一歩。
「ついてる」とは感謝の言葉。
それが言えないのは、どんなことに対しても感謝の気持ちが足りないから。
今日、生きていられることが感謝だし、「よかった!よかった!」なんです。
感謝の言葉をつづけると、天の声が聞こえてきます。
その声こそ、あなたを幸せに導いてくれる最高の声です。

《ついてないときでも、ついてると言うトレーニング》
あなたが自転車で道路を走っているとき、石ころにつまずいて転んで路肩に投げ出されてしまった。
脚は痛いし、ヒザがすりむけて血が出ている。
そんなときは、「痛いなあ。ついてないなあ」とつい、口から出てしまいますよね。
でも、ついてる人ならこう言っちゃいます。
「骨が折れなくてよかった。ついてる。ついてる」
心のなかでついてないと思ってもいいんです。
ついてないときでも、ついてると言うトレーニング。

『最新版 斎藤一人 ツキを呼ぶセラピー (ロング新書)』KKロングセラーズ

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斉藤一人さんは、本書の中でこう語る。
『いつも感謝を忘れないことです。
感謝を口に出して言うと、また感謝したくなるようなことがつづけて起こるの。
それで、また感謝する。
だから、感謝している人には、いいことばかり起きます。
グチや不平不満ばかり言っている人は、感謝の心のない人。
そういうのを「魔寄せ」と言います。
魔を寄せつける人には、つきがありません』

「ついてる」とは感謝の言葉。
感謝のない人は、うまくいったことを、自分の力だと思い込んだり、まわりにいばったりする。
「ついている」と言う人は、「私の力ではありません」まわりの人や神さまのおかげですという、「おかげさま」の心を持っている。
「おかげさま」とは、「今回はたまたまうまく行っただけで、私の力ではありません。何か目に見えない大きな力が助けてくれたんです。ありがたい」、という謙虚な心であり、感謝の心がある。
感謝すれば感謝したくなるようなことばかりが起き、「ついてる」といえば「ついてる」ことがばかり起こる。

嫌なことが起きたら、それは天から試されていると思って…
どんなときも、「ついている」を口ぐせにしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:50| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月20日

No 4829    【大人の道徳】

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【大人の道徳】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



私は道徳の第一原理は、「己の欲せざる所、人に施すこと勿(なか)れ」だと思います。
「自分がやられて嫌なことは人にするな」、これが道徳の基本です。

この言葉について、『論語』では先生である孔子と弟子との間の次のようなやり取りが紹介されています。
弟子が孔子に質問しました。
「先生が一生を懸けて行うこと、目標としていることを、一言でいうと何になりますか?」
そうすると孔子は答えました。
「恕(じょ)かね」
「恕」というのは、「寛容さ」とか「許す」とか「心の広さ」といった意味の言葉です。
孔子は続けて言いました。

「つまりは己の欲せざる所、人に施すこと勿れだね」
それを聞いた弟子は、
「ああ、そういうことですか」
と言いました。しかし孔子は答えたのです。
「いや、でもね、おまえなどには一生かけても、なかなかできることではないよ」

この「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」という言葉は、小学一年生でも分かるようです。
この言葉を拙著『声に出して読みたい日本語』に入れたところ、この本を授業で使ってくれている小学校の先生が教えてくれたのですが、子どもたちはこの言葉が一番好きだと言ったということです。
小学1年生でも、「自分がやられて嫌なことは、人にしてはいけないよ」というのはすぐに分かる。
これが道徳の基本なのです。

人間が社会生活を営んでいく上で、時には意見や利害の対立が起きることがあります。
そのような時に、最低限、人々の生命や財産、人権などが侵された場合のことを想定して、法というものが定められています。
ですが、法を侵さなければ自由に振る舞っていいのかというと、そういうわけにはいきません。
人々の権利同士がぶるかり合う状態になってしまうと、人間関係がギシギシしてしまう。
でも、法の外側にクッションがあれば、権利同士がぶつからない、あるいはぶつかっても衝撃を吸収できるのです。
そのクッションの役目を果たしているのが、道徳なわけです。

例えば、人から何か嫌なことを言われた。
じゃあ、その相手を訴えるか。
それはできない。
だけど、自分がされて嫌なことは、人に言うのはやめよう。

そういうふうにして、みんなが「自分にされて嫌なことは、人にするのをよそう」と思えば、人間関係に道徳のクッションができます。
そういうクッションがたっぷりある社会は、個々人の権利と権利がぶつからず、人間関係がギスギスしない。
それが暮らしやすい社会ということになるのです。

『大人の道徳 (扶桑社新書)』

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自分がされて嫌なことを平気でする人がいる。
「自己中心的」だったり、「自分の非を認めない」、「共感しない」、「良心が欠如している」、「人と親しい関係を築けない」、「無表情」、「冷淡」、「反社会的」、「嘘をつくことに抵抗がない」、「周りをコントロールしようとする」等々。
昨今は、これらを総称して「サイコパス」(反社会性パーソナリティー障害)などという。

「恕」とは思いやりのこと。
思いやりがある人は、他人の立場に立つことができる。
他人の痛みや苦しみ、喜びを、自分のことのように感じることができる。

「冷たい言葉」、「冷たい表情」、「不機嫌」、「無視」…
自分がされて嫌なことは、他人にもしない人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

No 4828   【百歳人生を生きるヒント】

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【百歳人生を生きるヒント】

五木寛之氏の心に響く言葉より…



日本人は、明治維新以後、和魂洋才を旨として、西洋の哲学や思想を、近代化の規範としてきました。
その結果、日本は科学・技術大国として成長をとげました。
しかしいま、これまでの洋才主義に翳(かげ)りが出てきています。
いや翳りどころか、もうこれまでの価値観だけではやっていけない所まで来ているのかもしれません。

私はいま、明治維新以来の脱亜入欧の国のあり方、西洋一辺倒あるいはアメリカ一辺倒のあり方を、見直すことが求められているような気がしてなりません。

たとえばキリストは、30代で亡くなりました。
若くして死んだキリストの宗教観は、いわば青春の熱情が横溢(おういつ)しています。
キリスト教は、青春の宗教と言っていいかもしれません。

西洋の文化に、一種の青春主義の匂いがまとわりつくのは、このキリストの青春期の死と、大いに関係があると、私は考えています。
それに対し、ブッダは長生きをしました。
旅先で80歳で亡くなりました。
30代の宗教家と、80代の宗教家では、神の観念や人間観が違って当然です。

すでに日本という国は、戦後の青春期、繁栄期を終え、下山の道を歩みはじめました。
これまでの青春主義では、下山の道のりは通用しません。
しかも高齢化社会を迎え、国民も下山の道を歩みはじめています。
いま私が、ブッダの思想の可能性に思いをめぐらすのも、そのためです。

医学や科学の進歩の恩恵で、人の寿命は100歳まで伸びるという。
そういう大転換の時代を迎えているいま、人間という生き物への価値観が追いついていない。
人生の生き方や、死生観が「人生50年」と考えられていたモノサシのままです。
そこに、漠(ばく)とした不安が蔓延しているのではないでしょうか。

100歳人生を生きるには、そもそも、これまで信じてきた人生観や死生観の転換が求められます。
「人生100年」時代にふさわしい生き方や、人間性についての考え方を、あらためて再構築し、新しい生き方、新しい哲学を打ち立てることが必要ではないか。
私はそんなふうに考えるのです。

世界に先駆けて、日本人は、100歳人生を生きなければならない入り口に立っています。
日本人は、あとにつづく国々に、どうすればいいかを、指し示す役割があるのではないかとも考えます。
そのためには、私も、いくつか覚悟をしなければならないと感じています。

『百歳人生を生きるヒント (日経プレミアシリーズ)』

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五木氏は、本書の中でこう書いている。

『2017年の初めに、世界的ベストセラーとなった2冊の本があります。
1冊が「サピエンス全史」で、もう1冊が「ライフシフト―100年時代の人生戦略」という本です。
「サピエンス全史」ですが、7万年前、アフリカの片隅でとるに足りない動物だった人類が、西暦2017年の現在、いまや神になる寸前まで進化して、永遠の若さだけでなく、神の役割をも手に入れようとしていると、歴史学者の著者は述べています。
この歴史学者の説を、現在進行形の社会に照合するとどうなるのかという本が「ライフシフト」ではないかという感想を持ちました。
国連の推計によると、2007年に日本で生まれた子供の半分は、107歳以上生きることが予想されているというのです。
著者はこう書いています。
「私たちはいま途方もない変化のただなかにいるが、それに対して準備ができている人はほとんどいない。その変化は、正しく理解した人には大きな恩恵をもたらす半面、目を背けて準備を怠った人には不幸の糧(かて)になる」』

もし仮に定年を60歳だとしたら、100歳までには40年もある。
人生の半分近くを余生として生きるにはあまりにも長すぎる。
年金の支給の支給開始年齢は毎年遅くなっているし、医学の進歩により未来は長寿が約束されている。
そこで必要となってくるのが、「生涯現役」の考え方。
金銭的にも健康的にも精神的にも、現役で長く働けることが、長寿社会には必須だ。

そして精神面では、ある程度の年齢になって必要となってくるのが、仏教的な考え方。
仏教には「生老病死」という逃れられない苦しみがあると教えている。
これを「四苦」というが、この四苦を逃れる方法が「悟り」を得ること。

百歳人生を生きる覚悟を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 06:12| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月18日

No 4827   【大死(だいし)一番】

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【大死(だいし)一番】

茂原機能クリニック医長、伊藤豊氏の心に響く言葉より…



人間が死にもの狂いになったとき、常識を超えたすさまじい力を発揮できることは、日常よく耳にしたり、実際に経験することです。
極限の状態における人間の力は想像以上に強烈です。
こんな力が、日常生活や仕事の上で、ここ一番というときに発揮できれば、人生はすばらしいでしょう。
天風先生は、「人間は本来そういう力を持っている。それに気づかないでいるだけだ」と言っています。

禅に、「大死底人(だいしていのひと)」という言葉があります。
これは、趙州(じょうしゅう)和尚と投子大同(とうすだいどう)禅師との間で交わされた会話に由来しています。
「趙州、投子に問う。大死底の人、却って活するときいかん。投子いわく、夜行を許さず、明に投じて、須らく到るべし」

つまり、「心身ともにこだわりを超越でき、煩悩、妄想、欲を払い尽くした人(大死底人)が新しい生を得るにはどうしたらいいのかね」
「夜歩きせず、明るい朝を待ってから行けば、どこにでもたどりつけるさ。大死に徹することができれば、新しいエネルギーが必ず満ちてくるものだ。死ぬ気になれば死にはせぬ」と。
お釈迦さまでさえ、四苦八苦で悩まれたのです。
「大死」に瀕することは、人生最大のチャンスである場合も多いのです。
もちろん、そのまま、暗黒を見たまま、死んでしまう人もいます。

これをチャンスだと思うか、不幸と思うかです。
大死に瀕したとき、徹底的に死んだ気になるかどうかにかかっているのです。

「もう一度自分の人生を考え直さなければいけない。自分にとって本当に大切なものは何か。自分は今、何をすべきか、そして何ができるか」と天風先生は言います。
自分で理想を掲げ、目的を持ち、計画を立てて、自分自身が仕事を通して成長するような生き方をしていたのだろうか?
人に喜ばれるように、世の中の役に立っていただろうか?
と悩んでみても、アメリカン・グローバリゼーションがはびこり、成果主義がはびこり、成果主義が大手を振り、人間性だとか、個性が軽視され、すべてに「結果」だけが求められる現在になってしまったのです。
これからすすんでいくであろうコンピュータ化、AI化で、人間としての仕事はどんどんなくなってしまうでしょう。

どんな時代になろうと、天風先生の言われるように「どこまでも人間をつくれ。それから後が仕事だよ」ということです。
文明・文化がすすめばすすむほど、増えるのがストレスです。
誰が何と言おうが、ストレスだけは増えることはたしかです。

「人生にはね。自分が知っている以上の大きな消息や事実があるのだよ。自分が何のために生きているのか。何が幸せで、何が不幸せか。そこのところを、落ち着いてよく考えてみることだ」と天風先生は言われました。
「消息」とは、事情、様子という意味である。
人が生きていたり(息)、死んだり(消)することでもある。
つまり世の中には、あらゆるものが生きたり死んでいったりする大きなうねりのようなものがあって、すべてがその波の中で営まれているのです。

『現役医師が教える 中村天風哲学 最強のマインド・フルネス』KKロングセラーズ

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「大死一番(だいしいちばん)」という禅語がある。
そのあとに「絶後再蘇(ぜつご再びよみがえる)」という言葉が続く。
死んだ気になって全力でやってみること、死にもの狂いで何かをすること、そうすれば、本来の自分を見つけることができ、再びよみがえる、ということ。
まさに、「大死底人」だ。

死んだ気になるとは、覚悟を決めることだ。
覚悟を決め、肚を決めれば、勇気がわいてくる。

絶体絶命の危機に瀕したとき…
「大死一番」と、ピンチをチャンスに変えられる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:35| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月17日

No 4826   【最初の「オヤ?」が大切】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【最初の「オヤ?」が大切】

西田文朗氏の心に響く言葉より…



消費者がモノやサービスを購入するときの脳の働きに着目した心理プロセスが「オヤ? ふむふむ なるほど! の法則」です。
この法則を活用すると、お客さまの心の扉が自然と開き、脳が「快」になり、「ふむふむ」と検討して「なるほど!」と納得したら、買ってくれます。
商品説明は、大脳皮質、つまり「理屈の脳」に訴えかけるものです。
この大脳皮質は本質的に自己防衛的です。
「売りつけられるんじゃないか」「損するんじゃないか」「もっといいものがあるんじゃないか」と疑ってかかります。
これではお客さまの心もお金も動きません。

ですからまず最初に、感情の脳に訴えるのです。
これが売れる「脳の法則」です。
そのためには、なんといっても最初の「オヤ?」が大切です。
「オヤ?」とは気分です。
つまり驚きです。
好奇心をくすぐられた時に起こる認知行動で、世の中の多くの人たちは気分で動いています。

「オヤ?」が起きたとき、脳は集中しています。
そして脳は「快」になり、心の扉が開きます。
商品の説明を「ふむふむ」と聞いて脳が分析してくれます。
そして、「なるほど!」と納得したら買う決断をしてくれます。
つまり営業用語で説明すれば、「オヤ?」がアプローチで、「ふむふむ」が説明で、「なるほど!」はクロージングということです。

ちなみに商品や宣伝を見て「オヤ?」と思った場合、イメージはわずか0.1秒、遅くとも0.2秒で感情の脳に届きます。
「ふむふむ」という理屈の脳に届くのは0.4秒で、そこから思考が働きます。
このステップをお客さんの脳に起こすためには、なんといっても最初の0.1秒の「オヤ?」が大事ということです。
「オヤ?」がなければ、「ふむふむ」「なるほど!」は起こりません。

『消費は0.2秒で起こる! 人を動かす「脳の法則」』現代書林


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西田文朗氏は、これからの時代に「オヤ?」と思われるアイデアを生み出すためには、「信長の脳になれ」という。
『織田信長はあらゆる面で、誰も思いつかないようなとてつもないことを掲げ、次々と実行した戦国時代の武将です。
これからの時代に圧倒的な勝者になろうと思ったら、現状を安定させる徳川家康のような脳ではなく、現状を壊して変える織田信長のような脳になる必要があります。
1800年代半ばに産業革命が起こり、エジソンが実用的な電球を発明したのをきっかけに電気革命が起こり、地球上の人口が一気に増えて行きました。
スティーブ・ジョブズは革新的なアイデアで、世の中のライフスタイルを一変させました。
そのような現状打破的な脳を開発する方法が、前提条件を疑ってみるという思考法なのです。
今うまくいっていても、同じことばかりを継続していると、衰退していきます』(同書より)

現状打破の反対は、現状維持。
現状を変えようとせず、現状に甘んじている人だ。
現代は、現状維持の姿勢の人は必ず敗者になってしまう。
世の中の変化のスピードがかつてないほど速いからだ。

最初の「オヤ?」を生み出すために…
現状打破の姿勢で変化を味方につけたい
posted by Dr.モーリィー at 16:32| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする