2018年06月23日

No  4668   【どうすれば人は動くのか】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【どうすれば人は動くのか】

樺旦純氏の心に響く言葉より…



運は誰のもとにも訪れる。
しかし、どんな人にも、同じだけの運がめぐってくるわけではない。
その人の素養、能力、人柄によって、訪れる運も違う。
大きな運をつかむには、それをつかむだけのものを身につけていなければならないのである。

一つの目標を達成するためには、他人の協力も必要になってくる。
その場合、相手にも何かメリットがあれば、協力を得やすい。
具体的に、どうすれば人は動くのか。
一般に、人が持つ影響力は、次の6つのパワーに分類される。
このうち、どれか一つでも持っていれば、相手が自分のために動いてくれる可能性は高い。

1. 正当性パワー
相手を従わせる役割や地位、権限などを持つ。父母と子供、教師と生徒、上司と部下といった関係。部下が従うのは、相手が自分の上司で、命令を与える権限を持っているからである。

2. 情報性パワー
相手の求める情報を持っている。いわゆる情報通の人は、あちこちで重宝がられる。人々にとっての価値のある情報を入手できる能力を持つ人は、それだけでも一つの影響力となる。

3. 報酬性パワー
一方が他方に、報酬(金銭的・心理的)を与える権限を持つ。経営者と社員の関係など。報酬には賞与、高い評価、ほめることなども含まれる。

4.懲罰性パワー
相手が指示や命令に従わない時は叱責したり、懲罰を与える権限を持つ。軍隊でいう教官(教師)と隊員(生徒)の関係など。

5.専門性パワー
専門的な知識や技能、経験を持つ。

6.準拠性パワー
人間的魅力、人柄のいい人や周囲から好かれている人は、いざという時、人々の協力を得られる。

急速に変化する時代では、やはり新しい情報に詳しい人は何かと便利だ。
また、専門的な知識や技能、経験を持っていれば、周囲から一目置かれる存在となり、尊敬・信頼を寄せられる。
人柄については言うまでもないだろう。

人を動かすには、相手に対して何らかの影響力を持つこと。
すなわち、相手にとっても、協力することで何かプラスになるようなものを身につけていることが必要なのだ。

『運のいい人の習慣 (幸運を引き寄せる80のつぶやき)』KKロングセラーズ


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稲盛和夫氏はこう語る。
『企業経営において、長く繁栄を続ける企業をつくりあげていこうとするなら、「徳」で治めていくしか道はないと私は考えています。
欧米の多くの企業では一般に、覇道つまり「力」による企業統治を進めています。
例えば、資本の論理をもって人事権や任命権をふりかざしたり、または金銭的なインセンティブ(誘因)をもって、従業員をコントロールしようとしたりするのです。
しかし、権力によって人間を管理し、または金銭によって人間の欲望をそそるような経営が、長続きするはずはありません。
一時的に成功を収めることができたとしても、いつか人心の離反を招き、必ず破滅に至るはずです』 (「成功」と「失敗」の法則)より

つまり、会社のトップや上司、親や教師ならみな持っている、「正当性パワー」や「報酬性パワー」や「懲罰性パワー」には封印をして、「準拠性パワー」で勝負した方がいいというのだ。
準拠性パワーは「徳」という東洋学的にいう、人間的魅力。
パワーがありながらも、それを使わずに治めていく何らかの影響力のことだ。

徳とは、相対したとき、自然と頭が下がるような人のことをいう。
利他の心を持ち、けっして偉ぶらず、謙虚で、明るくて、人から好かれる人のことだ。
昨今では、その「徳」に「情報性パワー」や「専門性パワー」があると、さらに影響力が増す。

それが…
他人の協力を結集できる人であり、影響力のある人。

人間的魅力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 06:46| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月22日

No 4667  【よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか】

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【よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか】

松下幸之助氏の心に響く言葉より…



自信というのは、生きる上で非常に大切なものですな。
第一そうしたものがなければ、生きていてもこんなに頼りないことはない。
もっとも、自信を持ちすぎるのも困りものですがね…。

ぼくも、自信をなくすという経験は何度となくしてますわ。
悲観して、どうにも困りはて、夜も眠れんというようなこともありましたよ、実際は。
しかしね、その翌朝になると、もうすっかり考え方というか発想が変わってましたな。
昨夜悲観した材料をもとに、これはこう考えよう、あれはああしようというように、建設的な考え方が心に浮かんでくる。
禍(わざわい)転じて福となすというか、いわばそういう発想ですね。

それが自然にできたのですよ。
だから、自信をなくしたとはいうものの、そのつぎの瞬間には、どうすればそれを解決できるか、そのことをもう懸命に考えていたということですな。
幸いそういうことができたので、今日までやってこれたのではないでしょうか。

それができたのは、ぼくが持って生まれた性格というのもあるでしょうが、やはり体験の中から自然に身についたものでしょうね。
百の事を行って、一つだけ成ったとしたら、たいていの人は事の成らない九十九に自信をなくし、もう再びその事を試みなくなるでしょうな。
そうなれば、まさに失敗ですわ。

しかし、よく考えれば百が百とも失敗したわけではない。
たとえ一つでも事が成っているということは、他の九十九にも成る可能性があるということですね。
そう考えれば勇気が出てきましょう。

そして、事の成った一つをなおざりにしないで、それを貴重な足がかりに、自信を持って九十九にいどむことができる。
そうなれば、もはや成功したのと同然ですよ。
よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか、それによって人生は大きく変わってくるのではないでしょうか。

『すべてがうまくいく』PHP研究所


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トーマス・エジソンの有名な言葉がある。
「私は失敗したことがない。 ただ、1万通りの、 うまく行かない方法を 見つけただけだ」
「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ」

100の中の99の失敗を見て嘆くのか、1つの成功を見て勇気を奮い起こすのか。
人生は、見方一つ、考え方一つ、言葉の使い方一つ、で変わってしまう。

言葉の使い方とは…
「失敗ではなく、勉強させてもらった」のだと思えば、お金を払ってもおかしくはない。
そして、「失敗ではなく、うまく行かない方法を見つけただけ」。

よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか、はとても大事なこと
posted by Dr.モーリィー at 06:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月21日

No   4666   【為合(しあ)わせること】

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【為合(しあ)わせること】

福聚寺住職、玄侑宗久氏の心に響く言葉より…



私が好きな中国の詩人で、陶淵明(とうえんめい)という人がいます。
その陶淵明に「帰去来辞(ききょらいじ)」という詩があります。
彼は41歳で、いまでいう郡の役所の長くらいにまでなりましたが、公務員に嫌気がさし、自分の故郷に帰っていく途中で「帰去来辞」を詠むのです。
その詩の最後に書きつけた言葉が、私は好きです。

「いささか化(け)に乗じて以て尽くるに帰し
かの天命を楽しんでまたなんぞ疑わん」

どんな変化が来てもそれに乗っかり、その変化が尽きるにまかせよう。
そして、これが天命なんだと信じて疑わない。
陶淵明はそう決意を述べるのです。

災害に続けて遭った時などもそうですが、「なんで私らばっかり」と思うものです。
しかし、「なんで私らばっかり」と漠然と感じているときには、どこかでまだ「天命なのではないか」と思っているでしょう。
まだ誰をも恨んでもいない。
誰を恨んでもいない状態はむしろ幸せなのです。
しかし、「仮設トイレはまだできないのか」「役場は何をしているんだ」というように、「災害は誰のせいでもないけれど、いまのこの状況は誰かのせいだ」という主張になってくると、一気に不幸になります。
「事故」というのは、誰のせいで起こったものでもない。
でもそれは、すぐに「事件」になります。
事件というのは、誰かのせいです。
誰かのせいだと思った途端に、人は不幸になるのです。
これは大いなる法則です。
ですから、「天命」という言葉であらかたの変化を受け容れたときに、今を生きる幸せというものは得られると思うのです。

宿命とか運命という云い方があります。
もともと定まっているものとして考えられたのが、「宿命」です。
「宿」というのは「宿場」と使われるように、「とまる」という意味があります。
「運命」の「運」は「うごく」と訓(よ)みます。
これは天と人との関わりが予定もなく変化し続けるという見方です。

同じ境遇に生まれ育ち、似たような人々の間に暮らしたとしても、人はそれぞれじつにさまざまな人生を生きる。
この認識から、おそらく「運命」という言葉が生まれたのでしょう。
皆さんには、是非とも運命のほうの考え方をしていただきたいのです。
その得体のしれない運命の波に、陶淵明は乗るのだと決意しています。
これとほぼ同じことを、孟子は「立命」という言葉で表現したのです。

それと似た態度なのですが、奈良時代には、運命の流れに「為合(しあ)わせる」意味から、「しあわせ(為合)」という和語が生まれました。
運命の流れにうまく為合(しあ)わせることがしあわせであるということです。
室町時代になると、この「しあわせ」に「仕合」の文字が当てられ、相手も天ではなく人を想定するようになりました。
人が刀をもって向き合うことを「仕合」(今は「試合」ですが)と表記したことからもわかるように、「しあわせ」とは相手の出方に対してどう対応するか、というかなり技術的な問題です。

そもそも、運命の波には善意も悪意もなく、要はその波に乗るなり、立つなりできるかどうか、つまりうまく「仕合わせ」られるかどうか。
本人の心構えや技術によるところが極めて大きいはずです。

結局、どっちにでもできるわけです。
最初についていると思ったか、ついていないと思ったか、ただそれだけです。

『流れにまかせて生きる 変化に応じる「観音力」の磨き方』PHP


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「流れにまかせる」について玄侑氏はこう語る。(本書より)
『なりゆきという言葉は、普通は良い意味では使われないですけれども、仏教的な世界の認識の仕方は諸行無常です。
つねに変わり続けている。
これを和語で言うとすれば、「なりゆき」という言葉になるのではないでしょうか。
なりゆきに任せられたら、一番いいと思います。
どこに行き着くのかということもわからない。
わからないのですが、わからないところに向かって生きていくのが人生だと思います』

小林正観さんは、「流れにまかせる」ことをこう表現している。
『頼まれごとがきたら、基本的には全部引き受けます。
頼まれごとは「適当」にやることをお勧めします。
「適当に」というのは、「適度に」ということです。
「引き受けたからには、いい仕事をしなくてはいけない」と気負わずに、そのときの加減で「良い加減」でニコニコと取り組んでいけばいいのです。
頼まれごとを引き受けて行くと、三年くらい経ち、ある方向性でこき使われていることに気がつきます。
「どうもこういうことをするために、この世に生まれてきたみたいだ」というように、自分の“使命”がわかる瞬間があります。
それを「立命」の瞬間といいます。』

頼まれごとを好き嫌いを言わず、ニコニコしながら引き受ける。
そして、運命の波に為合(しあ)わせる。
それが、流れにまかせて生きること。

為合(しあ)わせることは、幸せに通じる
posted by Dr.モーリィー at 07:25| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月20日

No 4665    大迫  半端ないって!

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おいちゃん そんなに サッカーは詳しくはありませんが
やはり ワールドカップに関しては
国際的なイベントですので 興味があります

鹿児島のぼっけもん 大迫選手が 半端ない活躍でしたね

第2戦以降も楽しみです

以前勤務していたスタッフの息子さんと
大迫選手が 城西高校のサッカー部の仲間ということで
高校時代の 大迫選手に 色紙を書いていただいたことを
思い出し パチリ  家宝になりそうです

posted by Dr.モーリィー at 23:28| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No  4664   【仕返しをしないこと】

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【仕返しをしないこと】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



私たちはさまざまな出来事を通して学びを得ます。
その中でもっとも大きいのは“お金”と“人間関係”からの学びです。
人間関係とは、親子や夫婦、会社の上司や部下、同僚とさまざまですが、さらに言えば「自分自身との関係」も含みます。

神は“自己犠牲”を嫌います。
「私はいいから、あなたが幸せになって」じゃなくて、まずは自分が幸せになって、その幸せをできる範囲で周りに配っていけばいいんだよね。
それが神の望みでもあるの。

それと、「自分さえ良ければ」というのも自分を大切にしていないことだよね。
人によっては「自分さえ良ければ、他人に迷惑をかけても関係ない」と思うかもしれないけれど、他人に迷惑をかければ必ずその報いは自分が受けます。
だから結局、それも自分を大切にしていないのと同じことなんです。

また、相手に悪口を言われたり、イヤなことをされたりしたら、その人に「仕返しをしよう」としますが、これもいけません。
誰かがあなたの悪口を言ったら、その報いを受けるのはその言った人なんです。
“報い”とはいいことをすればいいことで報われて、悪いことをすれば悪いことで報われることを言います。
「復讐するのは神の仕事」といって、その報いは神様がちゃんとやってくれることだから、あなたが勝手にその人に報いを与えちゃダメなの。
だいたい、人の悪口って言ったほうが負けだからね。
言い続けている人は大負けなの。
それをあなたまでその人につられて相手の悪口を言ったら、自分の運勢まで悪くなっちゃうんだよ。

だから、私たちができることっていうのはね、「相手を黙らせる」ことではありません。
「相手が悪口を言っても、自分は言わないようにする」ことがほんとうの真理なんだよね。

私たち人間は完璧じゃないから間違えることだってあります。
そこで成長できる人が、「間違ったときに謝れる人」なんだよ。
「謝るとかっこ悪い」と思うかもしれないけれど、謝らない人、または謝れない人のほうが、よっぽどかっこ悪いよね。

謝れない人って我が強いんです。
我が強いっていうことは、それだけ魂に汚れがついてるってことなの。
それで私たちはみんな、その汚れを落とすために生まれてきているからね。

『お金の真理』サンマーク出版

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「復讐するのは神の仕事」というのは、聖書の中の言葉で、「復讐は私の仕事、私が報復する、と主は言われた」からきている。
そして、人間による「目には目を、歯には歯を」という報復を戒めている。
報復は報復の連鎖が続く。
いつまでたっても終わりのない無限ループに陥ってしまう。

他人の悪口を言ったら、その報いは言った人が受ける。
同様に、お金の悪口を言ったら、その報いは自分が受ける。
お金持ちの人をうらやんだり、思わぬお金が入った人の悪口を言うようなことだ。

どんなひどい仕打ちを受けても…
仕返しをしようとしてはいけない
posted by Dr.モーリィー at 05:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

No  4663    【仕事も人生も娯楽でいい】

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【仕事も人生も娯楽でいい】

堀江貴文氏の心に響く言葉より…



《行動しないことが一番のリスク》
「失敗のリスクを考えると新しいことに挑戦できない」という人がいる。
しかし、恐れていても何もメリットはない。
自分で勝手に「できない理由」を考えているにすぎないのではないだろうか。
よく考えてみてほしい。
行動しなければ、成功のチャンスすら掴めない。
仮にビジネスで失敗したとしても、命まで落とすわけではない。
実際、起業家のなかには、何度も失敗を積み重ねたが、最後には成功したというケースも多いのだ。
むしろ、現代のような変化の大きい社会では、行動しないことが一番のリスクだ。
AIの発達で、今ある仕事が10年後には機械に代行されているかもしれない。
現状に甘んじて何もしないのか。
それとも、変化を見据えて新しいことにチャレンジするのか。
どちらを選ぶかはあなた次第だ。

《誰でもできる仕事だからです》
2017年10月、僕はツイッターでこう発言して炎上した。
きっかけは朝日新聞のネット記事。
「『なんで保育士の給料は低いと思う?』低賃金で負の循環」にリアクションするかたちでつぶやいたのだ。
「保育士を見下している」「尊い仕事なのに」…。
とにかく叩かれまくった。
誤解を招く表現だったかもしれないが、僕の真意はまったく別のところにあった。
働きに見合わない報酬しかもらえないなら、そんな仕事はやめてしまえばいいのだ。
我慢して働き続ける人がいる限り、労働環境や待遇は改善されない。
需要と供給のバランスの話で、必要な人員が集まらなければ状況は変わる。
人生を変えるのは簡単だ。
現状に縛られず、初めの一歩を踏み出せばいい。
前進を妨げているのは、「リスク」ではない。
「能力」でも「経験」でもない。
そのように言い訳して行動しない自分自身だ。
僕は嫌なことは我慢しないし、自分が面白いと思うことしかしない。
「仕事も人生も娯楽でいい」。
その程度に考えていればちょうどいいのではないだろうか。

『仕事も人生も娯楽でいい (宝島社新書)』宝島社新書

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現在、多くの企業で人手不足がますます深刻になってきている。
そして、今後ますます少子化は進み、さらに人は足りなくなる。
その対策はただ一つ、そこで働く人の待遇をよくするしかない。
厳しい現実だが、待遇をよくできない企業は存続できなくなる、ということだ。

アメリカのサウスウエスト航空の企業ポリシーは、「従業員第一主義、お客様第二主義」。
従業員の待遇をよくし、みんなが幸せに働けるようになれば、顧客も、地域社会も、取引先も自然と幸せになっていくという考え方だ。
基本理念には、「ざっくばらんに」「ありのままの自分で」「仕事を楽しもう」といったキーワードがある。
また、従業員第一主義に関しては、サウスウエスト航空のCEOであるハーバート・ケレハー氏は、「従業員を侮辱するようなお客様は自社の飛行機には乗せない」と公言するほど徹底している。
この理念を実行することにより、サウスウエスト航空は、40年もの間、黒字経営を継続している。
まさに、こういう会社なら入りたいと思わせる素晴らしい経営理念だ。

面白がってワクワクして仕事をする。
仕事も人生も娯楽でいい
posted by Dr.モーリィー at 06:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

No  4662   【エクスポネンシャル思考】

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【エクスポネンシャル思考】

エクスポネンシャルジャパン共同代表、齋藤和紀氏の心に響く言葉より…


歴史を見れば明らかなように、いかなるテクノロジーも代替テクノロジーによって置き換えられていきます。
材料が置き換えられるのか、それとも、システム全体として違う形になるのか、未来は誰にもわかりません。
私たちが手にするテクノロジー、とくに情報テクノロジーは今この瞬間も大きな進化を続けています。
この連綿と続く一連の進化が人類の生活も大きく変えてきました。

進化のスピードがこれほどわかりやすく顕在化する産業革命の前まで、人間の寿命は40歳そこそこでした。
ほんの250年前のことでそれほど昔の話ではありません。
しかし、18世紀後半にイギリスから始まった産業革命によって一部の国が一気に先進化し、そこから200年弱で人類の寿命は2倍近くに延びました。
テクノロジーがもたらしたのは寿命の延長だけではありません。
手のひらに収まるデバイスから、地球の裏側の情報にも簡単にアクセスできるようになりました。
そして、私たちは今、テクノロジーの進化が「さらに加速している」のを感じているのです。

今後、多くの仕事が人工知能やロボットに置き換えられていくのは、まず間違いないでしょう。
テクノロジーが私たちの仕事を大きく変えてきたのは今に始まったことではありません。
かつて、テクノロジーは電話交換手という職業を生み、そして廃業に追いやりました。
同じ職場のなかでも、そろばんを持ち歩いて伝票の合計チェックにいそしんだ昔の公認会計士と、海外のデータセンターを活用し人工知能をフル活用して企業データを分析する今の公認会計士はもはや同じ職場ということはできないでしょう。
これから先の短期間で、電話交換手に起きた変化、公認会計士に起きた変化と同じことがいくつも起きることは予測に難(かた)くありません。

これから起きる人間の仕事の置き換えは、私たちの全く予想もしなかった形で表れる可能性があります。
人工知能が直接人間の仕事に置き替わってしまうというよりも、テクノロジー進化の複合的な帰結として、今ある仕事は間接的に「蒸発していく」という表現が、より正確に状況を表すと思われます。

『エクスポネンシャル思考』大和書房

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エクスポネンシャルとは、直訳すると「指数関数的」と言う意味。
「ムーアの法則」という経験則で定義された進化速度を、はるかに上回る幾何級数的変化のことを指す。

齋藤和紀氏 は、「エクスポネンシャル思考」とは、世界をひっくり返すような、ぶっ飛んだアイデアを出すことだという。
そして、「世界を変えるようなイノベーティブなアイデアは、テクノロジーとテクノロジーの交差点で生まれる」、と語る。

レイ・カーツワイル博士は、少なくとも2045年までには、人間と人工知能の能力が逆転するシンギュラリティ(技術特異点)に到達すると言っている。
それが起こるかどうかは別にして、それほどテクノロジーの進化のスピードは、我々の想像をはるかに超えて速いのだということ。

大変化の時代を生き残るため…
エクスポネンシャル思考を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

No 4660   鹿児島 久しぶりの どか灰  4700m

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気象庁によりますと、桜島の南岳山頂火口で16日午前7時19分に爆発があり、多量の噴煙が火口から4700m上空まで上がりました。
また、火砕流が南西側に約1000m流れました。
桜島上空は東よりの風が吹いていて、鹿児島市街地は久しぶりのドカ灰に見舞われました。

なお16日は、午後11時半までに桜島で計4回の爆発が観測されました。
いずれも、南岳山頂火口での爆発で、今年に入って爆発は132回を数えています。

でも 通勤したスタッフには 悲壮感はなく
なぜだか 笑い声が もう笑うしかないです  ははは

でも みんな 桜島が大好きです


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知人のFacebookから 雰囲気をどうぞ

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No   4659   【ホワイト企業とは】

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【ホワイト企業とは】

元ソニー上席常務、ホワイト企業大賞企画委員長、天外伺朗氏の心に響く言葉より…



「どうせ働くなら“いい会社”で…」というのは、世界中のサラリーマン共通の願望でしょう。
また、できることなら自分の会社が「いい会社」に育って欲しい、と願わない経営者はいません。
仕事があればいい、儲かっていればいい、という時代は過ぎ去り、「いい会社」というのは、いまや産業界全体が追求すべき大きな課題のひとつになっています。

私たちは、「いい会社」の表現のひとつに、「ホワイト企業」という言葉を使うことを提案しています。
この言葉のいいところは、よく知られている「社員に過酷なブラック企業」の反対なので、誰でも直観的に「社員を大切にしている」という印象が浮かぶことです。
少なくとも、漠然としたイメージは共有できます。

私たちはあえて、その漠然としたイメージだけを大切にして、「ホワイト企業というのはこういう企業ですよ」という定義をしないことにしました。
定義をしてしまうとそれが目標になります。
もちろん目標が明確になり、それに向かって努力をする企業が増えるというメリットはありますが、目標以外の方向性が無視されるので多様性が乏しくなり、また「達成したか/しないか」という結果にとらわれてプロセスがおそろかになり、達成したら終わりという刹那性をはらむ、などの問題点が出てきます。
それよりも、漠然たる方向性だけを示して、「永遠に歩き続ける道」として「ホワイト企業」という表現を使っていこうと考えています。

よく考えると、仕事を通じての幸福は「働きがい」だし、「社会貢献」も幸福に通じる活動です。
つまり、この方向性は「社員の幸福の追求」という一点に向かっています。
「幸福は伝染する」という特性があるので、社員が幸福なら、お客様を含めて、その会社に関係するすべての人たちを幸福へ誘うでしょう。
また、社員が幸福なら創造性が高まり、会社の業績がよくなることも述べたとおりです。

いままでの経営学は、ひと言でいえば会社の業績向上を合理的に追求してきました。
ところが、社員の幸福を無視して直線的に合理性を追求すると「ブラック企業」が生まれます。
社員は疲弊して、結局は業績も落ちるでしょう。
合理性の追求には落とし穴があるのです。
業績を追うより、むしろ「社員の幸福」を追求すると、時間はかかるかもしれませんが、結果として会社の業績も向上します。
「ホワイト企業への道」というのは、そういう方向性を示唆しています。

このことは、100年もの間「業績向上」を旗印に掲げて発展してきた経営学の前提を、ここで抜本的に見直さなければいけない、ということを意味しています。
また、「幸福」というのも漠然とした概念なので、もう少し、しっかりと学問的に追究する必要があります。
かくして「“幸福学”と“経営学”の融合」という、大テーマが浮かびあがってきました。

『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』内外出版社


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伊那食品工業代表取締役会長、塚越寛氏は「いい会社」についてこう語っている。
「『いい会社』とは、単に経営上の数字が良いというだけでなく、会社を取り巻くすべての人々が、日常会話の中で『あの会社は、いい会社だね』と言ってくれるような会社です。
社員はもちろんのこと、仕入先からも、売り先からも、一般の消費者の方からも、そして地域の人たちからも『いい会社だね』と言ってもらえるように心がけています」
そして、「会社は社員を幸せにするためにある」、「会社は永続することに価値がある」とも言っている。

どんなに「いい会社」であっても、長く続かなければその存在意義はない。
逆に言うなら、本当に「いい会社」なら、消費者からも、そこに働く人からも、取り引き先からも、地域からも、誰からも支持されるので、長く続くに決まっている。
時代を超えていい会社であり続ける…それがホワイト企業。

ホワイト企業を目指したい
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2018年06月15日

No 4658   【読書は運を呼ぶ】

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【読書は運を呼ぶ】

堀紘一氏の心に響く言葉より…



企業経営にとっては、運がなにより大切…このことを私に教えてくれた人物は、故ブルース・ヘンダーソンである。
彼はボストンコンサルティンググループ(BCG)の創業者であり、「戦略コンサルティング」という概念を初めて提唱。
経営コンサルタントの世界に一種の革命を起こした風雲児であり、私の人生の師のひとりである。

その偉大なるブルース・ヘンダーソンは、経営戦略の重要性について私が問うと密かにこう教えてくれた。
「もちろん企業経営にとって戦略は極めて重要なものである。しかし最重要ではない。最も大切なのは運である。しかし、これは人に教えるな」

運が大事だといっているのはブルースだけではない。
かつて「経営の神様」と崇(あが)められた松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助さんも「成功の条件は運と愛嬌」とおっしゃっている。
運があれば大概のことはうまくいくが、運がないと相当努力しても大概のことはあえなく失敗に終わる。
ところが困ったことに、この運ばかりは100%確実につかむ方法がない。

何事にも重要な運をキャッチする確かな方法がないと聞いたら「努力なんて金輪際やめた!」と無為無策で世の中に流される生き方を選ぶ人が大半だろう。
でも、運をつかみとる方法がないとしたら、次善の策としてせめて自分にやれることを地道にコツコツ努力するタイプもいる。
その姿を見た人は「頑張っているあいつにチャンスをやろう」と思ってくれる。
それが思わぬ運につながるのだ。

野球の選手でいえば、誰より遅くまでグラウンドで素振りを繰り返していたら、それを密かに見ていた2軍の監督は、1軍で想定外の故障をした選手が出たときなどに、その選手の1軍昇格を推薦しようとするだろう。
真面目に努力していれば、誰でも4番バッターになれるわけではない。
世の中はそんなに甘くないが、少なくとも努力をしていればチャンスが訪れる確率は高まる。
それをモノにできるかどうかもまた運である。

運をつかみとるための日常的努力が野球選手にとっての素振りだとするならば、ビジネスパーソンにとっての素振りは読書に他ならないのだ。
読書を通じて教養を磨いて自分なりの哲学を養っておくと、年上の人が可愛がってくれる。
するとプロ野球の2軍の監督に目をかけられた野球選手が思わぬ出場機会を得るように、ビジネス上のチャンスをつかめる日もやってくるだろう。

『自分を変える読書術 学歴は学<習>歴で超えられる (SB新書)』


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『仕事でも結婚のようなプライベートでも、一大決心をするときには判断材料がなく、限られた情報だけで乾坤一擲(けんこんいってき)、運を天に任せた勝負に出ないといけないシーンは結構ある。
そこで頼りになるのは第六感しかないのだが、その勘の背景にあるのも、読書を通じて長い時間をかけて養ってきたその人の教養だと私は思っている。
背後に豊かな教養がある勘は第六感だが、後ろ盾も根拠もなにもない勘は単なる山勘で失敗するリスクも高い』(本書より)

読書をするということは、言葉を身につけることだ。
言葉が身につくと、気の利いたことが言えるようになる。
そして、相手を不快にせず、機嫌よくさせる言葉のセンスも身につけることができる。
それが、「愛語」。

その反対に、言葉のセンスがないと、相手を不快にする。
相手を傷つけたり、二度と会いたくないと思わせてしまう。
相手を不快にする人に、運やチャンスはやってこない。

「読書は運を呼ぶ」
読書で運を呼び寄せたい
posted by Dr.モーリィー at 07:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする