2018年10月31日

No 4845   【目を合わせて笑顔であいさつする】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【目を合わせて笑顔であいさつする】

慶応大学名誉教授、ボブ・トビン氏の心に響く言葉より…



南アフリカの北ナタール族の人々は、毎日「私はあなたを見ています」と言ってあいさつします。
相手は「私はここにいます」と応じます。
こうした人々の間では、人は誰かが見るまで存在しません。
あなたが相手を見ることで、相手を存在させるのです。

まさに「あなたが私を見るから、私は存在するようになり、私はここにいる」というあいさつのとおりです。
この部族の人々は、出会う人全員から直接自分の存在を確認してもらいながら、日々生活しています。
人に見られることで自分が存在しているのです。

ある日、いつも通っているスポーツクラブでチェックアウトを済ませた私を、受付スタッフの一人が追いかけてきました。
私は少し驚いて、何か忘れ物でもしたのかと思いました。
ところが、彼は私に追いつくと、近々転職するのでお別れのあいさつをしたかったのだと言います。
私は驚きました。
彼が受付で働いていた1年間、彼とは一度も会話したことがありません。

入っていくときに笑顔で「こんにちは」とあいさつし、出ていくときに「ありがとう」と言う以外、私は何もしていません。
それにもかかわらず、「いつも親切に接してくださったので、お礼が言いたかったんです。あなたがクラブに来られるたびに、僕は幸せな気持ちになりました」と彼は言うのです。
特別なことは何もしていないのに、とそのときは思いました。

しかし、その翌週、他の会員がチェックインやチェックアウトのときにどうしているのかを注目してみると、受付スタッフがそこにいないかのように振る舞う人がほとんどであることがわかりました。
ボソボソとつぶやくだけの人もいれば、何も言わず、目も合わせずにメンバーカードとロッカーの鍵を放り投げる人もいます。
どうりで彼が私の後を追ってくるわけです。

『ポジティブ・インパクト まわりにいい影響をあたえる人がうまくいく』ディスカヴァー

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トビン氏は、「目をまっすぐ見て心を通わせる」ことが大事だという。
人と会うときや話をきくとき、相手の目をまっすぐ見て応えると、人間関係が必ずよくなるからだ。

人間関係の中で最悪な状態は、「存在の否定」だ。
相手の存在を無視したり、「出ていけ」とか「死ね」、「バカ」とかの相手を否定する言葉を言ったり、相手に暴力を振るうことだ。
その反対の「存在の肯定」は、相手の「目をまっすぐ見て心を通わせる」ことであり、「笑顔」や、愛ある優しい言葉、和ませる言葉、元気づける言葉をかけることだ。

人は誰でも、自分の存在を認めてもらいたくて仕方がない。
ほめられたり、感謝されたり、愛されたり、頼りにされたり、「かっこいい」とか「素敵だね」と言われたり。
そして、「人から必要とされている」とか「役に立っている」と感じることで、また頑張れる。

「目を合わせて笑顔であいさつする」ことはとても大事だ
posted by Dr.モーリィー at 06:47| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月30日

No 4844   【自分基準と他者基準】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自分基準と他者基準】

メンタルトレーナー、梯谷幸司氏の心に響く言葉より…


がんになって休業している整体師さんとお話ししていたときのことです。
「そもそもどうして整体師を仕事に選んだんですか」と聞いたら、「お客さんの喜ぶ顔が見たくて」というのです。
そこで私はこう続けて言いました。

「私が最近よく言う『喜びのずれ』がまさにそれです」
「お客さんが喜ばないと、あなたの喜びにはならないのですか?」
「自分の喜びは他人次第なんですか?」
「もしそれが病気の原因だとしたらどう思いますか?」

すると彼は何かに気づき、頭を抱えてうわ〜っと叫び始めました。
「俺は40年間、何やってたんだ!」
1ヵ月後、その人から連絡がありました。

「今日病院に行ってきたのですが、がんが消えていました」
驚いたわたしは、「何をやりました?」と尋ねました。

「自分は確かに、喜びの持ち方がずれていました。何ができれば自分は喜ぶのか、この1ヵ月間、自分基準で徹底的に取り組んだのです。他人がどうこうではなく、これができたら自分は素晴らしいと言える。それをどんどん考えました」
「とにかく休養中で時間があったので考えて、実際に自分が価値あると思うことをやり続けました。そして病院に行ったら、がんはきれいに跡形もなく消えていたのです。病院の先生にも、経過観察も通院もいらないと言われました」

たとえば飲食店であれば、自分の料理をおいしいと言う人もいればおいしくないと言う人もいる。
それは当然のことです。
でも、お客様がおいしいと言ってくれなければおいしくないんだ、という考え方になると、一体あなたは何をしたいのでしょうか。
すべてがお客様次第では、自分の価値観を放棄することに等しいのです。
普通の人はこの基準が葛藤しているから、「何をしたらいいかわからない、じっとしていよう」とブレーキがかかるのです。
あるいは、他者基準で動いているうちに、だんだん他者に振り回されることに疲れ、「うまくいかないし、なんか違う気がする」と思い始めて途中でやめてしまう。
これが、起業しても3年で撤退してしまう要因のひとつです。

また、誰かから批判されたり、バカにされるような発言を受けた時、他者基準の人は、それらの情報を自分自身の人格と重ね合わせてしまい、「自分が批判や否定をされた」と認識してしまう特徴があり、様々なダメージを感じやすくなり、ビジネスがうまくいかない、対人関係がうまくいかない、病気が治らないなど、様々な不都合な現実の温床になりやすくなります。
それに対して、自分基準の人は、それらの情報を自分自身の人格と重ね合わせず、単なる情報として認識するので、さほどダメージを受けません。
この他者基準を使うか、自分基準を使うかは、人生の中の現実を大きく左右してきます。

『なぜかうまくいく人のすごい無意識』フォレスト出版

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小林正観さんは、商店街の活性化策としては、「一人勝ち」する人が出てくればいいという。
一人勝ちというと、いかにも自分のことしか考えていない身勝手な人のようだが、たった一軒でも、流行る店が出てくれば、その店を目指して商店街に人の流れができる。
すると、流行っている店の近くの店にも人が来るようになる。
最初から商店街全体をよくしようと考えると、全員の利害が反するので、その話し合いだけで何年もかかり、結局は何も手が打てなくなる。

小林正観さんは、全国で町おこし、村おこしが成功した例を見てきて、そこには共通点があったという。
それは…

1. その町や村で育った人が一度都会に出て生活し、戻ってきて何かを始めた。
2. 都会に住んでいた人が仕事を辞め、その町や村に移り住んで何かを始めた。
3. その町や村の外に多くの友人・知人を持っている人が何かを始めた。

「商店街を活性化しよう」というかけ声のもと、自分の店はそっちのけで、その活性化のために奔走(ほんそう)する人がいる。
自分の店はボロボロで、閑古鳥が鳴いているというのに…。
言い方は悪いが、この手のタイプの人は、「人の幸せこそが私の幸せ」というある種のボランティア好きの人に多い。
人が幸せになったときだけ、自分も幸せになれる。

商店街の活性化とは、「他者基準」。
自分の店の活性化は、「自分基準」。

自分基準を大切にできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 22:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4843    夜間当番

10月29日は だいたい半年に一回、回ってくる
夜間当番でした

診療終了後 18:30から23:00まで
鹿児島市内で一軒だけ 急患対応いたします

スタッフも 歯科衛生士1名 受付1名

楽しみは  夕食 今回は スタッフの希望で「銀のさら」

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頑張りました!  他の仕事もはかどりました!
posted by Dr.モーリィー at 07:33| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 4842   【感情の流れをいったん遮断するテクニック】

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【感情の流れをいったん遮断するテクニック】

福井県霊泉寺住職、南直哉氏の心に響く言葉より…



人は、「他人の海」で生きなければならないのですから、ストレスや葛藤がないわけがありません。
感情に左右されないほうがいいと思っている人は多いかもしれませんが、感情が揺れたり乱れたりするのは当然です。
大事なのは、その波に巻き込まれたり、流されたりしないようにすることです。
つまり、感情が「心」という器からこぼれさえしなければいいのです。

「不動心」という言葉があります。
これは私に言わせれば、何があっても岩のように動かない心のことでも、まったく波立たない水面のように静かな心のことでもありません。
生きているうちは、そんな心を持つのは無理な話です。
喜怒哀楽がなければ、死んでいるのと同じですから。

私が考える不動心とは、揺れてもいいがこぼれない心のこと。
ヤジロベエのようにゆらゆら動いたとしても、軸は一点に定まっている心のことです。
ヤジロベエはどんなに大きく揺れても、決して台から落ちません。
見事なものです。

不測の事態に動揺したり、理不尽な目に遭って怒りがこみ上げたりしても、しなやかに揺れて、またスッと元に戻る。
言い換えればそれは、平均台の上をバランスをとりながら歩くような感覚に近いかもしれません。
自分が決めた道から外れなければいいのですから、その間でなら、揺れてもまったくかまわないわけです。

なぜ人が、感情に翻弄(ほんろう)されるかといえば、根本的に認識を誤っているからです。
感情の問題の十中八九は、ものの考え方と見方の問題です。
事態を正しく認識していれば、いったん感情が乱れてもそれに翻弄されることはありません。
感情の波に飲み込まれているときは、自分の中の何かが判断を誤らせています。
認識を誤らせるのは、自分の立場やプライドを守りたいという気持ちかもしれません。
あるいは、ひとつの観念に執着しているからかもしれません。
それをあらわにするには、いったんテクニカルに感情を止めればいいのです。
感情の流れをいったん遮断(しゃだん)するテクニックを知っていれば、ヤジロベエのように揺れても戻る不動心を培うことが可能なのです。

『禅僧が教える 心がラクになる生き方』アスコム

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南氏は、本書の中で「感情の流れをいったん遮断するテクニック」についてこう書いてある。
『頭で渦巻いている感情や思考は、自分の意思で止めようと思って止まるものではありません。
感情や思考の動きを鎮静化させ、意識の方向を切り換えるためには、体のほうから感情をコントロールするテクニックが必要なのです。
僧侶としては、まず座禅をおすすめします。
ただ、日常生活の中で思考や感情をいったん遮断して、クールダウンする気軽なやり方もあります。
感情からいったん降りて、「平場(ひらば)」に戻す方法です。
たとえば、散歩する、昔の愛読書を読む、お茶をじっくり味わう。
食事をひとりで味わって食べる、肌の感覚に意識を向けながらお風呂に入る。
そういったことを行うと、思考や感情の揺れが静まります。
意外かもしれませんが、草むしりや雪かきなどの単純労働も役立ちます。
単純な肉体労働を繰り返すと感情の起伏が収まり、クールダウンしやすいのです』

『陽明学の教えの中に「天下のこと万変といえども、吾がこれに応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず」とある。
どんなに世の中が激しく移り変わろうとも、喜怒哀楽の四者を大事にしておけば生きていけるということである。
陽明学は学問、政治すら喜怒哀楽が要(かなめ)であると言っている』(行徳哲男)

喜怒哀楽を表に出さないのが出来た人間であり、悟った人間だと思う人がいるが、それではただのロボットと変わない。
蘇東坡(そとうば)が言ったように、「仏もまた一個有血的男児」だからだ。
仏には、ふつふつとたぎるような熱情がある。
逆に言うなら、冷めている人間はサタンだからだ、と行徳師は言う。

感情の流れをいったん遮断(しゃだん)するテクニックを身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 07:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月29日

No 4841     第5回 七福杯

10月28日 快晴・絶好のゴルフ日和の中
第5回 毛利歯科クリニック主催
ご縁に感謝の 七福杯 ゴルフコンペを開催いたしました

直前にキャンセルの方もいらっしゃた為
8組28名で ワイワイ・ドキドキ・ニコニコ
ゴルフを楽しんできました

今回は 鹿児島の名門コース 知覧カントリークラブ 難コースでもありますが
素晴らしいコースです

雰囲気をどうぞ

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嬉し恥ずかし 表彰式

優勝
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準優勝
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皆さんに景品が当たりました
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ちなみに月一ゴルファーのおいちゃんは いつものごとく 100オーバー、ははは

でも今回は ニアピン1回と バーディー2回(自慢です:ははは)大満足の一日でした
なのに 100おーばー  さすがやなあ!

 
次回:第6回は 来年4月か5月を予定しております! お楽しみに!
posted by Dr.モーリィー at 22:01| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 4840    【ドラッカー全教え】

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【ドラッカー全教え】

ウィリアム・A・コーエン氏の心に響く言葉より…



ピーター・ドラッカーは現代経営学の父というだけの人物ではない。
彼は、現代的マーケティングの分野を切り拓いたひとりでもある。
40年以上にわたり、「企業が中心とすべきは顧客である」と経営者に説きつづけたのだ。

企業活動はすべて、顧客のニーズに対応し、それを満たすものでなければならない。
そして、顧客価値を生み出すのがマーケティングの目的である、と。
私は、ピーターが企業に問いかける4つの質問がすごいと思った。

● 自社の中核をなす事業はなにか。
● 顧客はだれか。
● 顧客はなにに価値を見いだすのか。
● 中核事業でどういう成果をあげるのか。

質問は、もちろん、のちにもうひとつ増えて5つとなる。
追加の質問は、当初、「それについてなにをするのか」だったが、最終的には「どう実現していくのか」に落ち着いた。

ピーターは、P&Gやインテルといった企業のCEOと会うたび、この問いを投げかけていた。
そして、この質問に答えようとすると、多くの発見が得られると彼らは口をそろえたように言う。
私も、コンサルティングをする際、同じような質問をしている。

ピーターの本や言葉は、マーケティングや顧客についての金言にあふれている。
その一部を紹介し、若干の解説をしたいと思う。

「企業の目的は顧客の創造である」と彼は語っている。
「企業の目的とは利益の創造であり」という当時の常識と真っ向からぶつかる見解だ。
当時の経営者が常識としていた考えは、利益をどう生み出すのかという大事な部分が抜け落ちた空論だとピーターは見ていたのだ。
大事なのは顧客を生みだすこと。
そのために、企業は、競合他社より高い価値(=便益から費用を引いたもの)を提供できなければならない。
利益をもたらしてくれるのは顧客のみなのだから。

「企業の基本的機能はイノベーションとマーケティングのふたつだけで、ほかはすべてコストだ」とも語っている。
もちろん、その他の機能もなければ企業が回らないし、そのような機能による貢献があるのもわかた上で、彼は、このふたつを特に取りあげたのだ。
イノベーションとは、消費者の好みや技術が変化していくなかで企業が立ち止まるわけにいかないことを意味している。

マーケティングがしっかりしていなければ、製品について顧客に学んでもらうことができない。
つまり、その機能や価格や存在場所などを知ってもらえない。
イノベーションだけでもマーケティングだけでも企業が成功することはなく、成功には両者を兼ね備えている必要がある。

マーケティングと営業の違いも彼は明確にした。
「マーケティングの目的は営業を不要にすることだ」という彼の言葉は、経営者にとって驚きだった。
顧客の欲求を深く理解し、販売促進などしなくても顧客が列をなして買うほどの製品を作るのが大事だというのが彼の考えである。
車などの製品をまず設計し、そのあと、だれにどう売り込むのかを考えるようではだめだ、まずターゲットする顧客と製品の目的をしっかり把握し、その顧客が満足する車を設計するほうが合理的というわけだ。

『ドラッカー全教え ~自分の頭で考える技術~』大和書房

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本書の中でこんな逸話が紹介されていた。
『ゼネラル・エレクトリック(GE)「伝説の経営者」と呼ばれるジャック・ウエルチが経営コンサルタントのドラッカーと対面したのは、CEO就任直後、1981年のことである。
そのときドラッカーはふたつの問いを発しただけだったが、その結果、GEの未来が大きく変わった。
たった2つの問いが、ウエルチのCEO在任中に数千億ドル規模の違いを生み出したのだ。
ちなみに質問は次の2つである。
●GEという会社をこれから作るのだとしたら、いまのような事業としますか。
●ひとつめの問いに対する答えがノーの場合、どうされますか。
この問いに対するウエルチの回答は、市場で1位か2位になれないのであれば、その事業は立て直すか売却するか整理するしかない、だった。
その結果、株式価値が4000%も上昇するなど、GEの経営であれほどの成功を収められた主因はこの経営戦略にあった』

核心をつく質問は、会社を変え、人の生き方さえ変える力がある。
その質問により、自分の脳の検索エンジンがフル稼働し、その答えを自ら探しはじめるからだ。
そして、自分の頭で考える技術が身につく。

自ら考え続ければ、オリジナルな新しい発想が生まれ、そこにイノベーションが生まれる。
自分の頭で考える技術を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 19:10| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4839   【「近代西洋思想」から「東洋思想」へ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「近代西洋思想」から「東洋思想」へ】

東洋思想研究家、田口佳史氏の心に響く言葉より…



これまで私たちが生きてきた時代、社会というのは、原則として「近代西洋思想」をベースとして形作られていました。
私たちのライフスタイルはもちろん、働き方も、会社のあり方も、法律、政治、経済の様式まで、あらゆるものが近代西洋思想、近代西洋文明に則って作られてきました。
たとえば「企業は利益を追求する存在であり、自由な市場が保証されることによって、経済は健全に機能する」という考え方があるでしょう。
そうした考え方の下、世界中の企業が活動し、その一員として私たちは働き、そういった経済環境のなかでモノを買い、日々の生活を成り立たせてきました。

ごく当たり前の感覚として、商品を買うときは「少しでも安い方」を選びますし、企業はそんな消費者のニーズに応えるために「少しでも安く、効率よく生産しよう」と躍起になります。
すると当然、効率よく生産することに長けた人材、そういうことを実現してくれる優秀者を採用しようとします。

れらはすべて、私たちにとって当たり前のことばかりです。

しかし、そんなパラダイムが古今東西ずっと続いてきたかと言えば、そんなことはありません。
実際には150年から200年ほど前に、中世ヨーロッパ社会が終焉を迎え、産業革命が起こり、近代という時代が始まりました。
そんな近代西洋文明をベースとしたパラダイムが、今現在、広く世界を覆っています。
私たちの「当たり前」の根源はそこにあるのです。
しかし今、時代は再び大きな転換期を迎えています。
言い換えるなら、近代西洋文明をベースとしたパラダイムが、あちらこちらで破綻し始めているのです。
これもまた、今起こっている「変化の正体」の一つです。

これまで全地球規模で世界をリードしてきた近代西洋文明をベースとしたパラダイム。
そんなパラダイムが揺らぎ始めた今日、揺り戻しのように世界中で見直されているのが東洋思想です。
今、世の中では「近代西洋思想的な発想」から「東洋思想的な発想」へとさまざまな側面で転換が起こっています。
行きすぎた資本主義が格差社会を増長し、世界中で問題になっているのもその一つの表れです。

物質的充足より、心の充足を求める人が増え、その延長でマインドフルネスや禅仏教が世界的に流行しているのもその一つ。
あるいは「所有よりもシェア」という意識が広がり、シェアビジネスが増えているのも、東洋思想的アプローチの一側面と捉えられます。
このように今さまざまな側面で東洋思想への揺り戻しが起こっているのです。
もちろん近代西洋文明のすべてが悪いというわけではなく、あくまでも「西洋と東洋の知の融合」が求められ、そうした動きが世界中で起こっているということです。

ここで「東洋思想とはどのようなものか」をきちんと定義し、解説しておきましょう。

私の言う東洋思想とは「儒教、仏教、道教、禅仏教、神道」の五つの思想を指しています。
日本に八世紀以上存在し、精神性や風土に根づき、息づくことで、私たち日本人の暮らしの根源となっている「知的資源」と呼べるものです。
これら東洋思想に共通する特性を、近代西洋思想と対比すると、両者がいかに「相補い合う関係」にあるのかがはっきりと見えてきます。

西洋は「外側にある(すなわち、誰もが見ることができる)真理に迫っていく」という真理探究方式を採る一方、東洋では「自分の中にある仏性、神的性に迫っていく」という真理探究の方式を採ります。
西洋思想では、どちらかと言えば「外側」に関心の中心が置かれ、「誰でも理解できること」「普遍性」を重視し、モジュール化に適しています。
反対に、東洋思想では「自分の心の中」に関心が向けられます。
自己の内なる仏や神に気づくこと、自己の仏性、神的に目覚めることを重視します。
それだけ精神性に富んでいるということです。

西洋…外側にある対象に向かう
東洋…内側にある対象に向かう

このように、まさに正反対だからこそ相補の関係に成り得るのです。
180年前の幕末の思想家佐久間象山は「東洋道徳、西洋芸(技術)」という言葉で、両者を対比し、その特性の違いを見事に表現しました。
東洋は『精神』領域に長けているので、そこに資する知見を提供すべきであり、西洋は『技術』において一日の長がある。
佐久間象山は「両者の得意分野を融合して使うべきだ」と言っているのです。
まさに「西洋と東洋の知の融合」です。

『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか 史上最高のビジネス教養「老子」「論語」「禅」で激変する時代を生き残れ』文響社

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田口氏は本書の中でこう語る。
『今、世の中では盛んに「イノベーションが必要だ」と叫ばれています。
では、どんな人からイノベーティブなアイデアは生まれてくるのでしょうか。
誤解を恐れずに言えば、それは「楽しんでいる人」であり、「遊び半分の人」であり、「無駄なことをしている人」です。』

それを表す言葉が老子にあるという。
『《有を以て利を為すは、無を以て用を為せばなり》
目先の利益で有用・無用を決めつけてはいけない。
今は無用に思えても、先々で必要になることもある。
何の役にも立っていないようでも、見えないところで大事な役割を果たしているものもある。
「無用の用」ということをよく考えなければいけない』

「遊戯三昧(ゆげざんまい)」という禅語が、「無門関」の第一則にある。
山田無文老師は真の「遊戯三昧」の境地をこう教えている。
「働くことがそのまま遊びなんです。人のためにすることがそのまま遊びなんです。苦しい目に逢うこともまたそのまま遊びなんです」

『人生最大の幸福は「職業の道楽化」にある』と言ったのは本田静六氏。
職業の芸術化であり、趣味化であり、ゲーム化であり、スポーツ化である。

東洋思想を更に深く学びたい
posted by Dr.モーリィー at 19:04| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No  4838  大阿闍梨・大弁財天招福大護摩祈願祭

久しぶりの最福寺情報です

恵観開山も 10月25日の 第21回フィリピン世界平和記念祈願祭をはじめ
日本中・世界中を 祈りの行脚をしていらっしゃいますが

おいちゃんの 小・中・高の幼なじみ 豪泉貫主も
この度 高野山真言宗の 最高行位
伝燈大阿闍梨位に 昇供されたそうです

10年に一回の行事で 今回は 全国で60名とか!
とても狭き門ですね!


場所は 高野山:金剛峯寺!

情報をいただきましたので 皆様にも シェア致します

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伝授大阿闍梨様と
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着替えを手伝ったりしてくれるお付きの従僧
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満月と 根本大塔
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お堂に入るときの儀礼

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11月1・2・3日  鹿児島市平川 最福寺大仏殿にて 11時から

大弁財天招福大護摩祈願祭が 執り行われます

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家門繁栄・商売繁昌のほか 願意のいろいろ

必勝合格・学業成就

身体健康・技芸上達

夫婦円満・病気全快

家庭円満・世界平和

航海安全・五穀豊穣

大漁満足・恋愛成就

良縁成就・安産成就

如意吉祥・開運招福

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おいちゃんも 3日に 久しぶりに参座予定です💡😃✌  チェスト!

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posted by Dr.モーリィー at 07:16| 最福寺・仏教 関連 | 更新情報をチェックする

2018年10月28日

No 4837   【とにかく「与える」ことが大事】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【とにかく「与える」ことが大事】

内藤誼人氏の心に響く言葉より…



アドラーによると、人に好かれる人には、共通してみられる特徴がある。
それは、相手から何かを「とろう」とするのではなく、むしろ自分から相手に何かを「与えよう」とするのである。

知り合いの誕生日には贈り物をし、お中元、お歳暮も欠かさない人がいるとしよう。
旅行に出かければ、必ず、お土産を忘れない人がいるとしよう。
自分がアイスを食べたくなったときには、ついでに他の人のぶんまで買ってきてくれるような人がいるとしよう。
そういう人が、周囲の人たちに嫌われるということは、あまり想像できない。
なぜなら、彼は「与える」人だからだ。
私たちは「与えてくれる人」が大好きなのであって、そういう人とつきあいたいと思うものなのである。

ケチな人は、人とうまく交わることができない。
ケチな人は、自分から何かを与えようとはしない。
そんなことをすると、自分がソンをしてしまうことになり、ソンをすることは彼にとっては許せないことだからである。

オランダにあるユトレヒト大学のアーク・コンターは、相手に贈り物をする行為は、相手との感情的な結びつきを強める、と述べている。
コンターによると、特に「見返りのない贈物」が重要であって、そういう贈物をする人は、だれにでも好かれるらしい。

世界でナンバーワンの営業成績を出すような、伝説的な人たちの本を読むと、とても興味深い。
彼らは、他の営業マンに比べて、話術が巧みであるとか、説明上手であるとか、そういうことはない。
彼らは、ただ、他の人がやらないようなこと、たとえば、お客さまの誕生日に、必ずバースデーカードを出す、といった「与える」行為をしているのである。
たったハガキ一枚で、差をつけているだけなのだ。

田中角栄さんといえば、「人たらし」で有名であったが、特に難しいことをしたわけではない。
角栄さんは、結婚する人がいると聞けば、だれよりも早くご祝儀を出すとか、家族に亡くなった人がいると聞けば、律儀に花輪を出す、ということをしていただけである。

「私は、お金持ちではないので、そんなに贈物ができません」という人もいるだろうが、それは言い訳にすぎない。
別に高価なモノを贈りなさい、などといっているのではない。
ハガキでも手紙でもいい。
とにかく「与える」ことが重要なのであって、その金額は関係がないのだ。

『アドラー心理学 あなたが愛される5つの理由』ぱる出版

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「与える人」の反対は、「奪う人」。
奪う人は、ちょうだい、ちょうだいと何でも欲しがる人であり、人から、物だけでなく、時間や、情報や、エネルギーを奪う。
そして、もらってばかりいて、与えることをしない。
人にストレスを与え、不平不満を口にし、相手の気持ちを冷やし、がっかりさせる人。

与えるとは、物やお金だけでなく、「ほめること」「喜ばすこと」「元気」「夢」「癒(いや)し」「愛のある優しい言葉」「笑顔」等々。
人を喜ばせ、幸せにする人だ。
だから、まわりにどんどん人が集まる。

しかし、奪う人からは、仲間は逃げていく。
一緒にいても何のメリットもないからだ。

ケチくさいことをせず、惜しみなく「与える人」でありたい
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2018年10月27日

No 4836   【楽しい気分でいたら楽しいことは勝手に起こる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【楽しい気分でいたら楽しいことは勝手に起こる】

ナリ心理学代表、ナリ氏の心に響く言葉より…



引き寄せのブログを書いていて、実際に引き寄せまくって幸せな人は、もちろん、そのまま幸せを引き寄せ続けていくのが最高だと思います。
でも、もしも「引き寄せブログをやっているのに、なかなか引き寄せられない」とか、「引き寄せブログをやっているのだから、引き寄せないと」と、引き寄せたことにしてしまっている人は、たぶん、引き寄せには向いていない。

だって、それって、
「引き寄せじゃなくて、自分への嫌がらせ」でしょう?
というのも、結果が欲しい人は、結果が向こうから歩いてやってくるのを待つのではなく、すでに行動しています。
しかも、迷わずまっすぐに。

だから、あなたが行動せずに「引き寄せたい」のに「引き寄せられない」と思っているものは、じつは、本当に欲しいものではなかったり、今の現状から逃げたいだけなのかもしれません。
僕は、基本的には「引き寄せの法則」とは、「引き寄せなくても最高に楽しい」の法則だと思っています。
恋愛を楽しみたい」というときに、素敵な出会いがあるでしょうし、「仕事を楽しみたい」というときに成果が出る。
お金を使うことを楽しんでいれば、お金が入ってきたり、人生を楽しみたい人のところには素敵なできごとが起きる…。

今をとことん楽しんでいれば、結果がどうであれ、すべてが楽しい。
これは、引き寄せといえば引き寄せですが、引き寄せではないといえば引き寄せではありません。
なぜなら、
結果の価値を決めるのは、今を楽しんでいるかどうかだから。

楽しく過ごし、すべての結果を楽しんでいれば、それは結果的に「引き寄せの法則」を使い、引き寄せたことになります。
でも、「今は楽しめていなんだけど、結果は欲しい」となると、苦しみが生まれます。
そういう人には、引き寄せは向いていない。
僕のところにも、そういった相談がたくさんあります。

「引き寄せられていない」と悩んだり、嫌なことが起きているのに「これも、最善なんだ!」と無理やりポジティブに引き寄せているかのようにブログを更新するくらいなら、いっそのこと「引き寄せなくても、私は最高に幸せ」になることのほうが大事だと思います。
おすすめしたいのは、
「引き寄せても、引き寄せなくても、毎日が楽しい。どちらにしても、私は最高に素敵。は〜。幸せ。さて、しゃぶしゃぶ食べに行こっと」
そのくらいラクな心持です。

楽しい気分でいたら楽しいことは勝手に起こります。
不安も恐れも減りますし、行動する勇気も湧くでしょう。
楽しそうな人のところには楽しみたい人が集まり、仲間も生まれます。
そうやって、自分が欲しいものや、やりたいことへの最短ルートを自然と選んで進んでいくことでしょう。
一番大切なのは、今、幸せな気分でいること。
今、楽しむこと。

引き寄せるから幸せになるのではなく、幸せな人がただ引き寄せてるだけなのね。笑。

「私なんて石ころだから」から生まれる苦しみの中で必死になって結果を引き寄せようとすれば、結局は苦しみが引き寄せられます。
人生は証拠集めの旅という話をしましたが「私は石ころだから」という前提を抱きつづける限り、その証拠が集まってくるんです。

ときおり僕のところにこんな質問が来ます。
「やりたいことをやれたら幸せになれますか?」
これも、引き寄せの原理とまったく同じこと。超逆です。
やりたいことをやっていてもやっていなくても、幸せな人は幸せだし、結婚してようがしてなかろうが、幸せな人は幸せだし毎日を楽しんでるよ。

結果に執着してしまうのは、自分を否定しているから。
自分を肯定すると、結果への執着から解放されます。
解放され、のびのびやっている人に、結果はやってくる。
ものごとがうまくいくしくみって、こうなっているんだと思います。

『あなた何様?』サンマーク出版


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この本の題名は、「あなた何様?」というインパクトのあるもの。
この題名だけを見て、「なんだよおまえこそ何様だよ、若造のくせに!」と思ったり、イラッとしたり、ムッとしたとしたら、そこに「自己否定の強さ」があらわれている。
自分を認めて自己肯定ができている人は、「何様?」と聞かれても別になんとも思わないし、自分への批判や否定とも思わない。
自己肯定感の低い人は、自分のことを攻撃されていると思ったり、見下げられていると思ってしまうから。
言われて腹が立つことは、じつは当たっているし、隠していたことがバレたことに腹が立つ。
的外れなことって、あまり腹が立たないからなのだと、ナリ氏は本書の中で言う。

いつも幸せな人は、どんなときも、どんな状態になっても幸せ。
いつも楽しい人は、誰と会っても、どんなに失敗しようが楽しい。
いつも面白がっている人は、嫌なことがあっても、面倒なことがあっても、それを面白がってしまう。

幸せなことがあるのではなく、楽しいことがあるわけでもなく、面白いことがあるわけでもない。
幸せだと思う人、楽しいと思う人、面白いと思う人がいるだけ。
そしてそう思える人にはすべて、自己肯定感がある。

「楽しい気分でいたら楽しいことは勝手に起こる」
どんなことも、楽しめる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:10| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする