2018年07月01日

No 4678

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【今あるハッピーを感じるセンサー】

本田晃一氏の心に響く言葉より…



リアルタイムでハッピーを味わいつくす達人に、書道家の武田双雲くんがいます。
双雲くんは感謝とリアクションの天才です。
彼の様子を見ていると、周りの人も何だかうれしくなってしまいます。

たとえば一緒にごはんを食べに行ったりすると、双雲くんは、料理を食べた瞬間「う…うまい!」とか言って、箸を落とすんです。
周りに人がいっぱいいるお店で、このオーバーリアクション!
ごはんの時だけじゃありません、雨が降ってくると、「この水の感触…最高!」とか、いきなり言います。
僕はいつも、ちょっとびっくりしてしまうんですけど、そんな時の双雲くんは、とっても幸せそう。
そして、そんな彼を見て、僕も何だか楽しい気持ちになってきます。

こう話すと、皆さんは少し驚いてしまうかもしれません。
でも、僕たちはみんな、子どもの頃は双雲くんみたいに「今、目の前にあるラッキー」をキャッチする達人でした。
滑り台を発見すると、「滑り台滑りたい!」って思った瞬間、駆け出して、僕たちは全力で「今ここにあるハッピー」を味わいつくしていたと思います。

好きなことって、いつも理屈では決まらないものです。
でも、子どもから大人になるにつれて、「好き」という感情を正当化するために、いろいろな理屈をこねるようになっていきます。
テストでいい点数を取るとか、知識を身につけるとか、偏差値の高い大学に入るとか、高い収入を得るとか、そういう「定量化・数値化できる幸せ」の総量を増やすことが正義、という価値観がインストールされていくからです。

すると、かつてあった「今あるハッピーを感じるセンサー」が鈍くなっていきます。
実はこれって、運気を下げるもとなんです。
なぜなら僕たちは、心が目の前に運ばれてきた「運」を気持ちよく受け取る状態に切り替わっていないと、ご機嫌に受け取れないからです。
楽しく受け取れなければ、ハッピーもラッキーも、やってきません。

子どもの頃は「行動すること自体」が目的でした。
はしゃいだ瞬間、うれしいことや楽しいことがどんどんやってきていました。
だから、僕たちって本当は生まれながらに「超強運」なんです。
でも、成長するにつれて「行動すること」ではなくて、「知識を身につけること・頭で考えること」を目的にするようになります。
知識や思考って、目的じゃなくて、行動した時にスムーズにいろいろなことを進めていくための、「手段」だったのに、不思議ですよね。
幼い頃のように「なんか知らないけど、目の前にあるハッピー」を味わう、ニュートラルな自分に戻ると、「運」が舞いこんできます。

『なんか知らないけど、強運が舞いこむすごい習慣』SB Creative 

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大人になると、たいていの人は「驚く力」を失ってしまう。
「驚く力」は、感動する力でもあり、共感する力でもあるし、ワクワクする力でもある。
子どもは、無邪気で、天真爛漫(らんまん)、好奇心いっぱいで、目をキラキラさせて毎日を感性豊かに生きている。

「遊びをせむとや生まれけむ
戯(たはぶ)れせむとや生まれけむ
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるれ」
『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)の中の言葉だ。

子どもたちは、遊びをしようとして生まれて来たのであろうか。
面白がったり、ふざけたりしようとして生まれてきたのか。
無邪気に遊んでいる子どもたちの声を聞くと、自分までワクワクして、心や体が動きそうになってしまう。

大人になっても…
今あるハッピーを感じるセンサーを研ぎ澄ませておきたい
posted by Dr.モーリィー at 06:23| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月30日

No 4677     【人の悪口を言わないための修業】

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【人の悪口を言わないための修業】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



不安な人って結局ね、神様を信じてないんです。
神様がいるんだってことを信じてない。
でも、この宇宙には歴然たる法則というのがあって、人の悪口を言いながら幸せになるとか、不安なことを考えながら幸せになるとか、そんなことはできないようになってるんだよ。

一人さんってね、下心なく人のことを褒めるんです。
それに、お弟子さんが困ってたり、お手伝いが必要だなって人がいたりすると、私は飛んで行って手伝います。
それで一人さんに何かいいことあるんですかっていうと、どういうことが起きるかまではわからないけど、必ずいいことがあるんです。
そういうものなんだよ。

ただ、もしごほうびがなかったとしても、お手伝いをした人から喜ばれるだけでいいことだよね。
周りの人に喜ばれるだけで、私も幸せな気持ちになれるんです。
この世の中っていうのはね、まずは自分の周囲、簡単に言えば周り近所の人に喜ばれることしかない。

私はいつも「自分も人もゆるそうね」って言うんだけど、人をゆるしましょうって言ったって、それはあなたの周り近所にいる人に対してだけなんです。
別に、ヒットラーをゆるせとか、そういう話じゃないよ。
だって、ヒットラーはあなたの側にいないでしょ。
あなたの側にいるのは、口うるさいお姑(しゅうとめ)さんだとか、近所のおじさんくらいだよね(笑)。

もし会社が嫌なんだとしたら、会社を辞めちゃえばいいし、嫌な人とは付き合わなきゃいいんだよね。
で、どうしてもその相手と付き合わなきゃならないんだとしたら、それは文句や愚痴を言わない修行なんです。
相手がいくら悪口を言っても、自分は言わない。
あのね、嫌なことが起きるということは、ちょっと嫌なことあると人の悪口を言ったりするからなの。
自分がそういう性格だから、嫌なことを引き寄せてくるんです。
人の悪口とか、愚痴やなんかを言わなくなると、人生は必ず変わるよ。
自分が変われば、すべて変わるようになってるんです。

どうしてですかっていうと、神様がそういう仕組みを作ったんだよね。
あぁ、これは人の悪口を言わないための修業だなってわかれば、人生はパッといい方向へその瞬間に変わります。

この世の中は、人を変えようとするからおかしくなっちゃうんです。
私なんて、もし週刊誌で自分の悪口を書かれたとしても、「この週刊誌、売れるといいね」って言います(笑)。
あのね、悪口を言うってことは、自分の畑に唐辛子(とうがらし)の種をまいてるのと同じなんです。
人から悪口を言われて、こっちも言い返しちゃうと、言ったぶんだけ自分の畑に唐辛子の種をまくようなものだから、それを刈り取らなきゃいけなくなる。

ピリッと辛くて目にしみるような出来事が嫌なんだったら、最初から唐辛子の種をまかなきゃいいんです。
念のために言っておくけど、唐辛子がいけないってわけじゃないよ。
これはたとえ話だからね(笑)。

『斎藤一人 俺の人生 (すべてが成功する絶対法則)』マキノ出版

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斎藤一人さんはこう語ります(本書より)。
『普通、「これはさすがに黙っていられないな」ってくらい嫌なことをされると、つい文句を言っちゃう。
でもね、それでも言わないでいると、神様のごほうびがもっともっと多くなります。
ものって考えようなんだよ。
こんなに嫌なことされたんだから、堪忍袋の緒が切れてもしょうがないって。
そんなふうに判断して、つい文句を言っちゃう。
つい堪忍袋の緒が切れるような難しい問題を神様から出されると、みんなすぐひっかかっちゃうんです。
だけど、そこでひっかからない。
そうすると、得点が高いんだよ。
難しい問題でも、サラっと答えに愛が出せると、すごいごほうびがもらえる』

世の中にはひっかけ問題が本当に多い。
ここまでひどいのだから、文句を言ってもいいだろう、と思わせる出来事などだ。
言うにしても、愛ある言葉で、愛ある態度で、愛ある表情で、言うならいい。
しかし、鬼のような形相で怒鳴ったり、相手を傷付けるようなひどいことを言ったら、ひっかけ問題にひっかかってしまったということだ。

人の悪口を言わないための修業を、日々実践をしたい
posted by Dr.モーリィー at 23:46| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4676 盛和塾 6月例会

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盛和塾鹿児島 6月例会の 特別例会に
スタッフ10名と参加してきました

学び多き時間に 感謝でした
posted by Dr.モーリィー at 23:43| 講演会・イベント情報 | 更新情報をチェックする

2018年06月29日

No 4675    【世界最高齢首相からのメッセージ】

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【世界最高齢首相からのメッセージ】

世界最高齢首相、マハティール・モハマド氏の心に響く言葉より…


発展途上国であるマレーシアは、日本から多くのことを学びました。
首相に就任した1981年、私は「ルック・イースト政策(東方政策)」を国策として採用しました。
これは第二次世界大戦で焼け野原となった日本が、たちまちのうちに復興する様から学ぼうとした政策です。

かつて読んだソニーの盛田昭夫元会長の本に描かれた、日本国民の強い愛国心と犠牲を払っても復興にかける献身的な姿は、私に深い感銘を与えました。
労働者は支給される米と醤油だけで一生懸命働き、近代的な産業を育てるため寝る暇を惜しんで技術を磨いていったのです。
日本人の中でも私がとりわけ尊敬するのは、戦後の日本を築いた盛田昭夫氏と松下幸之助氏です。
いずれも先見性を持ち、パイオニア精神と失敗を恐れずに挑むチャレンジ精神、そして独自の考えとやり方で技術革新を生みました。
さらには日本の経済成長を助けるマネージメント能力を兼ね備えていたのが、彼らのすばらしいところです。

日本が明治維新後に近代化の道をたどりはじめたころ、西側諸国は単にアジア諸国の産品ほしさのために植民地を企て、次々と成功を収めていったのです。
19世紀半ばにアジアで独立国として残ったのは日本とタイだけというありさまでした。
そんななかで日本は欧米の覇権主義をかわし、新たな行政システムを導入し、経済を近代化していきました。
江戸から明治へ。
歴史的にみて、明治維新は日本にとって大きな転換点でした。
明治天皇の時代に下された決断の数々は、多くのことを教えてくれました。
そしてその決断を実行した明治の先人を、私は心から尊敬しています。
多くの日本人が当時、産業技術を習得するため欧州に送り込まれました。
日本は瞬く間に欧州と同じレベルの産業の技術と、商いの方法を身につけました。
さらには日本を統治しようとする欧州人の試みすら、1905年、近代化された海軍によってロシア軍を決定的に打ち負かすことで見事に粉砕してしまったのです。

その時、日本は東アジアで尊敬される存在となりました。

マレーシアは、日本が成功した要因をひとつひとつ発見していきました。
それは愛国心、規律正しさ、勤勉さであり、能力管理のシステムでした。
政府と民間企業の密接な協力も見逃せません。
私たちはこれらのやり方をまね、文化をも吸収しようとしたのです。
そして自他共に求めるように、マレーシアは他のどの発展途上国より大きく発展しました。
2300万人余りの人口しか持たない小国が世界第18位の貿易国に成長したことは、マレーシア人にとって大変な誇りです。

『立ち上がれ日本人 (新潮新書)』新潮新書

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マハティール氏は、現在92歳。
今年、5月10日に15年ぶりに首相として再登板した。
その前は22年間、首相としてマレーシアを高成長に導いた。
そして、初の外遊先は、他のどの国でもなく、日本を選んだ。

マハティール氏はこう述べた(本書より抜粋)。

『中国におびえるな、米国に盲従するな、日本人よ、誇りを持て!』

『日本はなぜ欧米の価値観に振り回され、古きよき心と習慣を捨ててしまうのか。
一体、いつまで謝罪外交を続けるのか。
そして、若者は何を目指せばいいのか…。
日本人には勤勉な血が流れている。
自信を取り戻し、アジアのため世界のためにリーダーシップを発揮してほしい』

そして、2002年11月、マレーシアを訪れた東京都立国際高校の修学旅行生に対して、
『あなたたちには日本人の勤勉な血が流れているのだから、誇りに思いなさい』と、上記のようなスピーチをした。
茶髪の高校生たちは、マハティール氏の言葉に「感動した。こんなことを言ってくれる日本の政治家はいない」と感激し、握手をして泣く子どもたちもいたという。

今、マハティール氏が思ってくれているような、勤勉でよき習慣を持つ日本人がどれだけいるか、はなはだ心もとないが、現代に生きる我々の目を覚まさせてくれる言葉の数々だ。
「立ち上がれ日本人」
「日本人よ、誇りを持て!」という言葉をかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 06:38| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月28日

No 4674    【さらば、GG資本主義】

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【さらば、GG資本主義】

藤野英人氏の心に響く言葉より…


高齢化社会と成長との関係性について考えるうえで、非常に示唆的だなと思ったエピソードがあります。
私のベンチャーファイナンスの先生である、斉藤惇(あつし)さんとお話ししたときに、聞いた話です。
斉藤さんは野村證券の副社長、東京証券取引所の社長などを歴任された辣腕の実業家で、年齢は70代後半。
彼は、こんなふうに言っていました。

「私は40代のころ、自分が前に出ようとしたら先輩たちから止められた。
『君はまだ若いから、年長者を立てなさい。
そのうち順番が回ってきたら、主導権を握れるから』
というのが、先輩たちの言い分でした。
そういうものかと思って順番を譲り、待っていてどうなったか。
いま私は70代ですが、まだ80代のみなさんがお元気で現役として残っています(笑)。
藤野君、これが高齢化社会というものですよ。
待っていても順番は回ってこない。
だから、チャンスがあれば主導権を奪取しなさい」

70代になってなお先輩が君臨する社会。
考えただけでぞっとしますね。
言ってみれば体育会系の部活で先輩にしごかれて、「1年ガマンすれば3年生が出て行く」と思ってがんばったのに、何年経っても先輩たちは出て行かない…そんな状況です。

このような現象は、一部の特殊な業界だけで起きていることではありません。
多くの身近な場所…例えば会社で、似たような風景が繰り広げられています。
最近でいうと、住宅大手の積水ハウスのトップ交代で、ドタバタ騒ぎがありました。
また、少し古い例ですが、ダントツに象徴的だったのが、セブン・イレブンの持ち株会社であるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文氏(現・名誉顧問)が、会長から退くことを表明した記者会見です。
一部始終を見ていて、私は何度ものけぞりそうになりました。
「日本を代表する小売業のトップ交代の場だというのに、こんなにも幼稚な会話が交わされるなんて…」驚きながらも、日本の大企業の現場で起きている高齢化の闇がいかに深いか、その片鱗(へんりん)を見た気がしました。
この会見時点で、鈴木氏は83歳でした。
稀代の経営者に対して、あまりにステレオタイプな表現で気が引けますが、私の頭には「老害」という言葉しか浮かびませんでした。

やはり私が懸念している通り、日本の高齢化問題は「みんなの成長」を邪魔しているみたいです。
上の世代がいつまで経っても重要ポストに居座り、企業をはじめあらゆる場所で新陳代謝が起きにくくなっている。
その結果、若い人たちが力を発揮する場所が一向に増えず、社会に新しい価値観が根付かない。
時代が変化しつつあるのに、旧来型の発想から抜け出せず、成長の芽が摘まれてしまう…。

私はこの社会現象を「GG資本主義」と名付けました。
GGが、何かって…?
もうおわかりでしょう(笑)。

私は何も、高齢者の方々を悪く言うつもりはありません。
問題は、GG資本主義という「構造」なのです。
GG資本主義によって成長が阻害されているという現状に不安を抱いているのであり、誰が経済を握ろうとしても、みんなちゃんと成長できれば、それでいい。
しかし、そうなっていないからこそ、あえて言いづらいことを言い、警鐘を鳴らそうとしているのです。

『さらば、GG資本主義 投資家が日本の未来を信じている理由 (光文社新書)』

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ジャーナリストの藤代裕之氏のこんな文章があった。
『記者にセクハラ発言を行い辞任した財務次官や司会にもかかわらず記者に向かって指図し笑いものになった「(日大ブランド)落ちませんおじさん」、選手へのパワハラで対戦相手に怪我をさせた日大アメフト部前監督に、くだらない質問を浴びせるワイドショーの記者たち…。
聞こえてくるのは「昔はあれで良かったのだが…」という声です。
今の時代こんなこと言ったら、やったら問題になるのになぜ分からないのか、と呆れている人も多いでしょう。
しかし、これら時代錯誤おじさんは、OS(昭和)をアップデートしなかった組織の被害者かもしれません。
時代錯誤おじさんは、セクハラやパワハラといったハラスメント、ダイバシティ(多様性)に対する意識が欠如し、ソーシャルメディアでの拡散や生中継によるメディア環境の変化にも疎いように見えるのは、OSが変化したのに、アプリケーションがそのままだからです』

今や、昭和はとうの昔に過ぎ、平成も最後の年となりかかっているのに、頭の中は、いまだ昭和のOSのままの人は多い。
また、大企業でも老害による業績悪化や内部抗争が続出している。
かつては名経営者と呼ばれていたが、時代の変化に対応できていない人たちだ。

時代の「新しい」に好奇心や興味があるのかが、時代錯誤おじさんかどうかの分かれ目だ。
例えばそれは、SNS、スマホ、AIスマートスピーカー、スマートウオッチ、VR等々を使っているのか、持っているのかということ。

「さらば、GG資本主義」
若者の足を引っ張るのではなく、若者を全面的に応援するGGでありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

No  4673   【「ミッション」は武器になる】

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【「ミッション」は武器になる】

田中道昭氏の心に響く言葉より…



私は長年にわたって、企業のミッションをいっしょに練り直すことや、社員個人のミッションを見出せるようにサポートする仕事をしてきました。
長年の経験で気づいたのは、実はミッションはその人の中にすでに内在しているものを見つけ出す作業にすぎないということです。

ミッションは、言ってみればビジョンよりもより上位の概念です。
未来の中にあるものではなく「今ここ」という現在にあるもの、つまり自分の中に潜在的にあって「見つけ出すもの」です。
これまでの自分や現在の自分をきちんと「整理整頓」していけば必ず自分の中から見つけ出すことができます。

いちばん大事なのは、自分の中にあるはずのミッションを「言葉にする」ことで意識へと変えていくことです。
言葉にしたミッション、つまり「ミッションステートメント」は、あなたが長期間にわたって働くことが求められる「人生100年」時代をこれから迎えるにあたり、きっとあなたを駆動し続けるエンジンとなるでしょう。

私は2017年3月に、ユダヤ人国家でもあり「スタートアップ大国」とも呼ばれるようになったイスラエルに渡航し、多くの若い起業家たちとディスカッションを行いました。
そこで出会った人がみな熱く語っていた人生観が、「人は誰でも何かを創造するために生まれてきた」ということでした。
ユダヤ人の離散と迫害の歴史の中で建国されたイスラエルにおいては、人々が独特の人生観や死生観を持っています。
政府高官から科学者、起業家に至るまで、「世界をよりよい場所にする」という表現を多くの機会で耳にすることができたのも印象的でした。

彼らが語っていた「何かを創造するため」の「何か」とは、決して最先端テクノロジーから生み出される最先端製品のことばかりを指しているわけではありません。
文章を書くこと、絵を描くこと、料理を作ること、歌を歌うこと、工作をすること、そして仕事で誰かに何かを提供すること。
これらのすべてが「何かを創造すること」にあたるという彼らの言葉に、深い感銘を受けました。
自分が強みを持ち、自分がするのが好きなことの延長線上で何かを生み出すことこそがミッションであるとあらためてそこで学んだのです。

ミッションとは何でしょうか?
ビジョンが将来の夢や生きる目標を意味する言葉であるのに対し、ミッションとは、存在意義や使命、自分が生まれてきた意味や生きる目的を意味する言葉です。
つまりは、ミッションとは、未来の中にあるものではなく、「今ここ」という現在にあります。
ミッションは、だからこそ自分のワークスタイルやライフスタイルを表象します。
他人に与えらえたシナリオで他人のような人生を送るのではなく、自分が主人公であり自分の人生を主体的に過ごしていくための指針となるものです。

自分が仕事を通じてどのような人たちと関わり合い、どのような人たちのどのような問題を解決していきたいのか。
自分が仕事を通じてどのような人たちに、どのような価値を提供していきたいのか。
これらの具体性こそが重要です。
ただ漠然と抽象的に「社会貢献したい」と思っているだけでは、それはミッションと呼ぶことができません。
自分の仕事を通じて顧客や社会の問題を解決して、自分の仕事を通じて価値を提供していくことが大切です。

「自分の目の前にある仕事の中にすでに存在しているもの」こそがミッションなのです。

『「ミッション」は武器になる―あなたの働き方を変える5つのレッスン (NHK出版新書 553)』

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田中道昭氏 は本書の中でこう語る。

『「ヒーローズ・ジャーニー」という言葉があります。
英雄たちの旅路という意味です。
世界中の神話や民話などの研究から導き出された「英雄物語に共通したパターン」を普遍化したものです。
その展開は、次のようにまとめることができます。
1. 天命…使命が降りてくる、見つかる
2. 旅の始まり…使命を果たす旅に出る
3. 境界線…障害や困難にぶちあたる
4. メンター…障害や困難の解決を導く師匠(メンター)に出会う
5. デーモン…成功の兆しが見えてくるが失敗し、再び障害や困難に陥る
6. 変容…失敗や障害、困難を通じて自己成長する
7. 課題完了…障害・困難を乗り越えて使命を果たす
8. 故郷へ帰る…成長して英雄となる。新たな使命を見つけ、旅に出る準備をする

世の中の多くの人は、自分の学歴や肩書き、あるいは知識、スキル、資格などが「武器」だと思っていることでしょう。
何か勉強しないと不安だ、目的は旅行ぐらいしかないけど、とりあえず語学学校に通おう、自分を磨こうという方も多いのではないでしょうか。
しかし、世の中には、旅先で何げなく知り合ってたわいもない会話をするだけで、その人の魅力が伝わってくる人もいます。
肩書どころか、名前さえ知らないし、仕事の話はもちろん、自身のことさえ聞いていないのに「すてきな人だな」と感じる。
これは潜在意志からの反応で、いわゆる直感です。
そういう人こそ、本当の強さを持っているといえるのではないでしょうか。
つまり、ヒーローズ・ジャーニーに置き換えて言い直せば、「デーモン」を打ち破る唯一の秘訣は、「武器の強さではなく、何も持たないときの強さが、本当の自分の強さなのだ」ということに気づくことなのです。
その人に本当に人としての魅力があり、しっかりとしたミッションを持っていることを感じさせてくれるなら、あなたはその人が何者であるかをまったく知らなかったとしても、その人の魅力を感じることができるのではないでしょうか。
そのようなときに、ありのままのその人と、使命感だけからにじみ出てくるような謙虚であることの真の価値を感じることができるのではないでしょうか』

安岡正篤師は、こう語る(一日一言より)
『自分がどういう素質能力を天から与えられておるか、それを称して「命」と言う。
それを知るのが命を知る、知命である。
知ってそれを完全に発揮してゆく、すなわ即ち自分を尽くすのが立命である』 
また、『人生航路において辱めを受けたり、運命に恵まれなかったり、因果に支配されても、すべて天命と受け止めよ』

自分の使命を知り、天命を知る者には、強さがある。
どんな大きな障害も困難も乗り越える強さだ。

自分のミッションを持つ人には限りない魅力がある
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2018年06月26日

No 4672    【ハーフタイム力】

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【ハーフタイム力】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



100歳まで生きることが、夢物語ではなくなってきました。
厚生労働省が発表した2017年の調査では、日本において100歳以上の方はいまや6万人強。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年には100歳以上の方が53万2000人に上ると予測されています。

「人生100年時代」という言葉が広まるきっかけにもなった『ライフ・シフト100年時代の人生戦略』によれば、「今20歳の人は100歳以上、40歳以上の人は95歳以上、60歳の人は90歳以上生きる確率が半分以上ある」といいます。
人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来…。
なかでも日本はその先頭を走っています。
お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。

働き方にもパラダイム変化が生じています。
60〜65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30〜40年ほどもあります。
「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。
60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」と言うには長すぎます。
本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマということを考え直さざるを得なくなったのです。

スポーツ好きな私は、サッカーの試合は欧州リーグもチェックしています。
強豪チームの強さの秘訣、いい監督の力量がどこで出るかというと、ハーフタイムでの戦略の立て直し方です。
前半の戦いぶりを見て、いいところ、よくないところを冷静に分析し、後半の戦い方を考え直す。
調整力に長けた監督は、ハーフタイムに選手に的確な指示を与え、効果的な選手交代を行います。
前半が絶好調だったからといって、後半もそのままの勢いでいけるかというと、なかなかそうはいきません。
ちょっとしたことで一気に流れが変わることもあります。
前半とは打って変わった健闘ぶりを見せて、大逆転が起こることもあります。

最後に笑顔になれるのは、「ハーフタイム力」のしっかりしているチームです。
50歳という人生の折り返し地点で自分を見つめ直し、軌道修正することは、ハーフタイムで戦略の立て直しをすることと似ています。
ここまでの人生が、けっこう順風満帆に推移してきたという人も、うまくいかないことばかりだったという人も、終わった前半戦にこだわるのではなく、これから立ち向かう後半戦に向けて、気持ちを切り替える。
人生のハーフタイムでリセットしましょう。

リセットといっても、すべてを一新してゼロから新たな生き方を始めるわけではなく、これまでの自分の経験、実績、志向性などの蓄積のもとに、今後をどう生きるかを考え直すのです。
若いころに比べると、エネルギー値も若干落ちてきて、減速期に入っていることは否めないでしょうが、その分、この年齢になったからこその柔軟な対応力や深い思考力が備わっています。

『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す (光文社新書)』

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齋藤孝氏は、本書の中でこう語る。
『エネルギーを注ぐ対象を見つけ、心の張りを得るために、「趣味を持とう」「好きなことをやろう」とよくいわれます。
もちろん好きなこと、趣味があることは熱心にできますが、ものすごく好きなことでなくても、自分がそれをやることに「意義」が見出せて、心が動けばいいのではないでしょうか。
仕事というのはだいたいそういうものです。
やりたかったこと、好きなことを仕事にしていなくても、結果を出したいと思って全力で打ち込んでいると、それが張り合いとなり、内側からの充実感につながっていきます。
「好きなことかどうか」よりも、それをやることに「自分の心が動くかどうか」「積極的に関わっていけるかどうか」のほうが大きなポイントではないかと私は思います。
何かに対して、「やらなければいけないからやる」というしぶしぶのスタンスではなく、「自分がやらなきゃ、誰がやる」くらいの気持ちで主体的になる。
それが、内側から湧き出るエネルギーを枯渇させない秘訣といえましょう』

「好きなことを仕事にしなさい」、とはよく言われることだ。
だが、「そんなに好きでもないけど一所懸命やっている」という人も多くいる。
仕事も趣味もそうだが、好きか嫌いかということも大事だが、「長く続くかどうか」という基準も大切だ。

教育者の東井義雄先生に、「ほんものは続く、続けるとほんものになる」という言葉がある。
嫌いじゃないからこそ、長く続けられるし、長く続くということが、好きなことであり、また、 本物であるということの証明になる。

ハーフタイム力を身につけ、しっかりと人生の後半戦に備えたい
posted by Dr.モーリィー at 06:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月25日

No 4671   【青い鳥はここにおる】

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【青い鳥はここにおる】

第68代内閣総理大臣、大平正芳氏の心に響く言葉より…



大平総理の誕生以前、総理候補として、山口淑子さんがインタビューした記事が残っている。
そのなかで、自身の考え方について、こう述べている。

「考え方としては、“現在を大切にしよう”ということですね。
永遠の現在というか、エターナル・ナウというのか。
つまり青い鳥が山の彼方におるなんていうのは幻想だと思うんですよ。
青い鳥はここにおる。
いい政治はここにある、今ある。
今以外は、われわれの世界にはないんだから、今日一日を大切にする。
アンドレ・モーロアの晩年の随筆に『あなたの天国』というものがあるけど、その中でモーロアは、
『自分が天国へチケットを持って入ったら、何をするだろうか。やっぱり自分は妻に会いたい、子どもに会いたい、友達に会いたい。話をしたい、原稿が書きたい。そう考えてみると、全部、現在自分がやっていることじゃないか。今やっていることが天国であり、今が天国だ』
こういうことなんですよ」

『君に100の成功を贈る』経済界


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禅では、「今ここ」という。
英語では「Here and Now(ヒヤ&ナウ)」だ。

中村天風師はそれを、「さしあたる事柄のみをただ思え、過去は及ばず、未来は知られず」と言った。
過ぎ去った過去を悔んでも変えられないし、未来のことを憂いたり心配しても誰も先のことはわからない。
即今という、今ここしかないのだから、と。

多くの人は、どこかに青い鳥がいるだろうと、探し回ってしまう。
そして、一攫(いっかく)千金を狙ったり、努力せずして運をつかむような僥倖(ぎょうこう)を望む。
今の人間関係の中に、今の仕事の中に、そして今の生活の中に、幸せが隠れているのに気づかない。

「青い鳥はここにおる」という言葉をかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 06:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月24日

No  4670   【礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ】

レス・ギブリン氏の心に響く言葉より…



相手が成功者や有名人だからといって、その人の重要感を満たす必要はないと思ってはいけない。
はっきり言って、それは大間違いだ。

礼儀やマナーは、人々が自分の価値を感じ取りたいという普遍的な欲求にもとづいている。
つまり、礼儀やマナーは相手の重要性を認めていることを示す方法なのだ。

ある国の首相が訪米中に一閣僚との面会に訪れ、予定時刻から5分ほど待たされたとき、「彼とは別の機会に会えばいい」と言い残して立ち去り、外交面で大騒ぎになったことがある。
この首相はたった5分も待てないほど急いでいたのだろうか?
そんなことはあるまい。
その国と良好な関係を築くために数ヵ月にわたって外交努力を続けてきたのに、こんな「ささいなこと」で台無しになるということがありえるだろうか?
しかし、事態の収拾に莫大な労力を要したことから、それは十分にありえることだ。

もちろん、人はみな違う。
ライフスタイルや食生活、服装、趣味など、人によってすべて異なる。
しかし、すべての人に共通する願望がある。
すべての人は自分が重要な存在だと感じたがっているだけでなく、自分の重要性を他人に認めてほしいと思っているのだ。

私たちが求めているのは、自分の重要感を他人に満たしてもらうことである。
言い換えると、すべての人は自分の価値を確認するのを他人に手伝ってほしいのだ。
もし誰からもつまらない人物のように扱われたら、自分の価値を確認できなくなってしまう。
これこそが、「ささいなこと」が人間関係で非常に大きな意味を持つ理由である。

あなたは「たった5分待たされただけじゃないか」と反論するかもしれない。
しかし、たった5分、されど5分だ。
要は、その5分の待ち時間が何を意味していたかである。
待たされる側にしてみれば、相手が「この面会は形式的な行事だし、この人にはそんな価値がない」と考えていた証しなのだ。

ちなみに、人々が離婚理由に挙げていることを知れば、滑稽(こっけい)に思えるものがよくある。
「夫は一緒に外出すると、かわいい女性を目で追っている」
「夫は人前で私をからかって楽しんでいる」
「妻は私へのいやがらせとしてトーストをよくこがす」
「妻は私の食事より猫の餌を優先している」

どれもささいなことのように見えるが、「私はあなたを重要な存在だと思っていない」というメッセージを相手に送っていることになる。
その結果、ささいなように見えることが結婚生活の破綻につながるのだ。

「大爆発のきっかけは小さな花火」という格言を肝に銘じよう。
つまり、相手を軽んじるような言動が積もり積もって、とんでもない悲劇を招くおそれがあるということだ。

『人望が集まる人の考え方』ディスカヴァー


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「挨拶をされなかった」、「返事をしなかった」、など、自分がないがしろにされたとか、無視されたと感じた時、人はプライドがひどく傷つけられ、そののち怒りが爆発したりする。
挨拶や返事など、普通に考えれば、ささいなことなのに…

かつて、日本の大臣が、東北の知事を訪問した際、「知事が先に部屋に居て、出迎えるのが筋だ」とひどく立腹して大きな問題となり、結局は、上から目線の言い方を世間から叩かれ、辞任せざるをえなくなったことがあった。
これも、大臣である自分の方が上なのに、なぜ、俺を待たせるのだ、大事にしないのだ、という偏狭(へんきょう)な怒りの爆発だ。
この日本の大臣の話はあまりに幼稚すぎて論外だが、誰であっても自己重要感を満たされたいと思っている。

「礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ」
礼儀やマナーを大切にすれば、多くの人間関係は解決する
posted by Dr.モーリィー at 07:15| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月23日

No  4669   憩酒家たっちゃん

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おいちゃんの 同級生で 友人でもある Mちゃんが経営する

憩酒家たっちゃん

所在地: 〒892-0846 鹿児島県鹿児島市加治屋町14−1
電話: 099-224-8620

先日、所用があり ランチタイムに お邪魔しました

鹿児島のサッカーファンの間では 超有名店です

鹿児島ユナイテッドFC は、日本の鹿児島県鹿児島市をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグに加盟するサッカークラブ

その選手たちの お母さん的役目もしている Mちゃんなのです

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posted by Dr.モーリィー at 07:51| ライフワーク | 更新情報をチェックする