2019年09月06日

No 5297   【ネットゲリラ戦術】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ネットゲリラ戦術】

えらいてんちょう氏の心に響く言葉より…


インターネットの普及やSNSの登場はメディアをめぐる環境を大きく変えました。
個人が直接、情報を発信できるようになりましたし、買い物もスマートフォンひとつで済ませられます。
どの会社も、こぞってネット広告に力を入れるようになりました。

今や、世間の話題はオンラインで作られています。
しかし、変化があまりに急なので、企業はなにをどうすればいいかわからず、混乱しているのです。
そのスキを突いて台頭してきているのが、新しいタイプの個人です。
これまでのビジネスの主役は、企業などの大きな組織でした。
しかしSNSなどによりメディアの主導権が個人に移ってきているため、組織に属さない個人が、いわばゲリラとして活躍するようになったのです。

そう、今はゲリラ戦の時代です。
企業などの大きな「正規軍」ではなく、個人単位で戦うゲリラが有利な時代が今なのです。

ところが、ビジネスのルールが変わったというのに、ルールブックはいまだに更新されていません。
古いルールブックに従って戦っている人たちは、冒頭でお伝えしたように、炎上などに苦しむしかないでしょう。
その一方で、すばやく新しいルールを飲み込んでゲリラ戦を有利に展開している人たちもいます。
「新しいルール」の下では、ビジネスのスピードはより増しているようです。
つまり、ゲリラ戦はスピードが命です。

現代のビジネス界では、正式な軍隊(企業)同士が戦う「正規戦」の時代は終わり、私たちはしょぼい個人でも主役になれる、ゲリラ戦の時代がはじまっているからです。
ルールは変わりました。

強大な戦力を誇る正規軍たちを、私たちしょぼいビジネスゲリラが倒すことが可能になったのです。
今の時代はゲリラにとって有利になっているのです。
インターネットの普及は正規軍よりもゲリラを利する結果になっています。
今は有名なYouTuberやブロガーがたくさんいますが、インターネットがない時代だったら、彼らは戦えなかったでしょう。
要するに、ネットはゲリラ向きの武器なのです。

『ビジネスで勝つネットゲリラ戦術【詳説】 (ワニの本)』KKベストセラーズ

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本書の著者(えらいてんちょう)は、ゲリラの戦い方の基本について本書の中でこう語る。
『ゲリラとしての戦い方の基本はただひとつだけ。
正規軍と同じルールで戦わないことです。
圧倒的な戦力を誇る正規軍とまともにぶつかったら、負けるに決まっているからです。
戦力が違います。
しかし「戦場」である社会をよーく見ると、部分的にルールが狂ってる場所や狂う瞬間があるはずです。
そういうところを突くのが、ゲリラ戦の基本です。
ズルと言われようと、気にしてはいけません。
ゲリラなんですから。
それから先に答えを書いておくと、ゲリラにとっての最大の武器は「贈与」、つまり何かを相手に与えることです。
私は贈与の定義を広くとらえています。
お金を渡すのも贈与ですが、しょぼいわれわれにはあまりお金はありません。
でも、ちょっとしたプレゼントや気遣いを与えることはできますよね。
それもまた、贈与なんです。
昔、フランスの社会学者であるマルセル・モースは、贈与という行為を切り口にさまざまな社会を分析する『贈与論』という本を書きました。
モースは、贈与は単なる人や物のやりとりに留まらず、人の心理を含めた社会全体を構成する基本的な原理であると説いています。
それは現代でも変わりません。
贈与はビジネスをする上での重要な武器になります。』

弱者が強者に勝つ戦略の一つに「ランチェスター戦略」がある。
大企業がとる戦略とは真逆の戦略だ。
弱者は、差別化をして、ナンバーワンを目指す。
それは、局地戦つまり、狭い範囲(地域や商品)で一位になること。
そして、一点を深く掘り、一点集中で、それを極める。
そのためには、勇気を持つこと、人と違うことをやることを恐れない、等々だ。

弱者の戦略を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 07:26| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月05日

No 5296   【たくさんの優しさに出会えたから】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【たくさんの優しさに出会えたから】

医師、鎌田實氏の心に響く言葉より…


苦悩し張り裂けそうな悲しみを乗り越えるには、自らへの視点を少しずらして、大切な誰かを思いやることが、一番いいのです。
人生は思い通りにならない時があります。
そんな時は、勝てなくても、負けなければいい。
負けない生き方があるのです。
悲しみは相手の身になることで癒されます。
大切にされるのを待ちわびていてはダメ。
自分から、人を大切にしてください。
「あなたが大切です」「あなたに感謝している」と誰かに言ってもらえると、人は生きていけるのです。
だから、自分の悲しみは横に置いて、誰かのために何かをしてあげると、新しい展開が始まるのです。
人はみな、愛に飢えています。
必ず、時間はかかってもあなたのところに、優しさやあたたかさが戻ってきます。
人生はうまくできています。

福島県の会津若松に講演に行ってきました。
講演が終わり、講演会場で僕の本にサインをしていると、ある中年の女性から声をかけられました。
「古い本ですけど、サインをしてくださいますか。娘の本棚にあった『がんばらない』です」
「いいですよ。喜んで」

「娘はリンパ性白血病で亡くなりました。娘は病気と戦いながら、先生の本を読んでいたようです。サインをしていただいて、娘の仏壇に手向けたいと思います」
白血病の治療を受けながら、苦しみを僕の本で耐えていたのだ。
ありがたいことです。
光栄なことです。

合唱部で活躍していた女の子。
高校2年の時に急性リンパ性白血病と診断されました。
よく勉強し、友達思いでみんなから好かれていました。
病気との闘いは1年半続きました。
途中、大腿骨骨頭壊死が起き、病気との闘いは熾烈を極めました。

高校3年の卒業式を前にした1月1日、娘さんは17歳と10ヵ月の短い命を終えました。
亡くなった後、ご両親が放心状態でいる時、なんと友達が娘さんの手紙を届けてくれました。
亡くなっているはずの娘さんから自筆の手紙が届いたのです。
亡くなる9ヵ月ほど前に、もしものことがあった時に両親に渡してほしいと、大親友に手紙を預けていたのです。
すごい子だな、と思いました。

「お父さん、お母さん、今まで大切に育ててくれてありがとう。
今は、お父さんとお母さんがこの手紙を、読まなくていいようにと願いながら書いています。
でも、この手紙を読んでいるということは残念な結果だったんだね。
でも、ここまで自分なりに努力してきたんだから、もう休んだっていいよね。
私は後悔してないよ。
こんな病気になって不幸だって思ったこともあった。
だけど今は全然不幸なんかじゃない。
幸せだよ。
だって、たくさんの優しさに出会えたから…。

お父さんとお母さんに愛してもらい続けた娘より」

『1%の力』河出書房新社

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《あなたに出会った人がみな、 最高の気分になれるように、 親切と慈しみを込めて人に接しなさい。 あなたの愛が 表情や眼差し、微笑み、言葉に あらわれるようにするのです。》 (マザー・テレサ)

自分がとてつもなく辛い時でも、他の誰かを思いやることができる人がいる。
マザーテレサのごとき人だ。

多くの人は、自分が苦しい時や、疲れているとき、不安に思っているときは、自分のことしか考えられない。
他の人を思いやれる余裕がないのだ。

我々は時々、グチや、不平不満、泣き言や文句を言ってしまうことがある。
しかし、自分がいかに恵まれているかと気がついたとき、自分の「あまりの小ささに」、「あまりの甘ったれぶりに」恥ずかしさで身もだえしたくなる。
今、「生かされている」、ただそのことだけでもありがたいのに…。

「たくさんの優しさに出会えたから」
日々感謝の気持ちを持ち、人を思いやることのできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:32| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月04日

No 5295   【人間には二つの脳がある】

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【人間には二つの脳がある】

リン・A・ロビンソン氏の心に響く言葉より…



ある起業家がこんな話をしてくれた。

新規のクライアントと仕事を始めようとしていたときのことです。
条件は申し分なかったのですが、先方に承諾の電話を入れようとするたびに、なぜか胃が重いような違和感が私を襲いました。
結局その仕事は辞退することにしました。
その後、仕事仲間からそのクライアントは筋金入りのクレーマーで、ものすごく難しいお客さんだという話を聞きました。
頭では引き受けようと思ったのですが、身体のほうが正しい判断をしたということですね。

あなたも、胃に違和感を覚えたことはないだろうか。
これは「何かが間違っている」ことを示す一般的なサインである。
もしかしたら、不適切な人を雇おうとしているのかもしれない。
チームが危険なプロジェクトに手をだそうとしているのかもしれない。
胃が緊張するときは、「危険!軌道修正せよ」というメッセージを、直観が肉体を通じて送ろうとしているのだ。

人間には二つの脳があるという考え方がある。
一つは二つの耳の間にある脳。
もう一つは、あまり知られていないが、内臓にある脳である。
この二つは互いに連絡を取り合っていて、頭が混乱すると胃に影響するし、その反対の場合もある。

今度、何かを決断するときには、自分の内臓の感覚に注意してみてほしい。
あなたの胃はその決断をよくないと感じているか、正しいと感じているか。
面接をした相手に採用決定を知らせようと考えたとき、胃がキュッとなるか、それともリラックスするか。

そのとき、次のような自問をしてみるといい。
●もっと気持ちが楽になる選択肢はないか
●いま決定をくだしてしまっていいのか。もう数時間(数日、数週間、数ヵ月)待ったほうがいいのではないか
●この決定をくだす前に、もっと情報が必要なのではないか
●全体的にピンとこないのか。それともどこか一部だけがおかしいのか
●どうすれば、この決断が正しいと思えるようになるか

虫の知らせとか、胸騒ぎという言葉があるか、「これから何かが起きる」と感じるときには、肉体感覚として表れることがある。
詳しく説明しようとすればキリがないが、いくつか具体例を挙げてみよう。
◆身体中が暖かく、心地よい
◆エネルギーがみなぎり、疲れをまったく感じない
◆背筋がゾクゾクする、鳥肌が立つ
◆胃がゴロゴロする、消化不良を起こす
◆急に身体全体がこわばる

他にもいろいろあるが、何らかの身体的な感覚を、本人が自覚できることはたしかである。
問題は、それを無視してしまうか、あるいは直感からのメッセージとして真摯に受け止めるかだ。

『人生のすべてを決める鋭い「直感力」―問題解決の“最強のツール”が身につく本!』三笠書房

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食物科学者ヘリベルト・ワツケ氏によると、人間の腸は脳のような働きをしているそうだ。
実際、人の腸には猫の脳と同じ1億もの神経細胞が存在しているとのこと。
味覚を感じ、人間の体に必要なエネルギー源を取り込む繊細で正確なシステム。
驚かれるかもしれないが、腸には成熟した脳がある。
管理職についている方はこう言われるだろう。
「別に新しいことではないですよ、知っています。『直観』のことを内臓感覚と言っていますし、判断が必要なときは使っていますよ」
みなさんは直観(内臓感覚)を実際に使っているし、役に立つものだ。
それは、内臓が大脳辺縁系と繋がっていて、互いに連絡し合って意思決定をしている。
腸は気分や感情、免疫系、さらには長期的な健康に関する化学的作用に影響を与える。
研究によれば、状況から新しい技を”学ぶ”ことすらできるそうだ。
こうした事実は、腸と脳の関連性を研究する神経消化器学という新しい分野からもたらされた知見だ。
下層部にある腸の脳は消化と防衛という独自の目的を持っており、上層部にある腸の脳は行動の統合と発生という目的を持っている。
以上(TEDGlobal 2010より)

大人でも子どもでも、ストレスによって胃が痛くなることはある。
失敗したときや、怒られそうなとき、大きなトラブルが発生したときなどだ。
そして、同時に、これはこのままでは「続けられない」、「うまくいきそうにない」と胃が重苦しくなったりすることがある。

日本には「腹」に関するいろいろな言葉がある。
「太っ腹」「腹に収める」「腹心の部下」「私腹を肥やす」「むかっ腹」「腹立ちまぎれ」「腹を抱えて笑う」「腹落ちする」等々だ。
これらの言葉も、腹(腸)が第二の脳だと知ればわかる。

虫の知らせとか、胸騒ぎという心のメッセージ…
なんとなく感じる「身体の言葉」に耳を傾けたい
posted by Dr.モーリィー at 06:04| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月03日

No 5294   【それで良かった】

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【それで良かった】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


私のところに相談に来て、その後、出世したり成功したりする人には、ある“共通すること”があります。
それは、過去に起こったイヤな出来事や失敗を「それで良かったんだ」と認めることができたことです。

逆に変われない人というのは、「あのとき、こうしなければ…」とか「…が許せない」と、過ぎ去ったことにいつまでもしがみついています。
「過去は変えられないけど、未来は変えられる」って言う人が多いけれど、まず、過去の出来事を許したり、認めて手放したりしないと、いつまでも前に進めませんし、未来を変えることもできないんだよ。
それで、良くなった人は「一人さんと出会えて良かった」って言ってくれるんだけど、大切なのは最後に「良かった」と思えることなんだよね。

どんなことがあっても、何が起こっても、最後に「これで良かったんだ」と思えれば、それは“いいこと”になります。
最後に“良かった”で締めれば、その人の人生は“良かった人生”になるんです。

今までのことはどうでもいいの。
今までのことは終わったことなんだよ。
そして、これからのことは“想像”なんだけど、自分にとっていいように“創造”するんだよ。
創り上げていくんだよ。

ただ、すぐには変わらないかもしれません。
だって、勢いっていうのがあるから。
たとえば、時速100キロメートルで走っているときに急ブレーキをかけてもすぐには止まらないけど、何十メートルかスピードを落としながら走って、それでブレーキを踏むと止まることができるんです。
走っている途中で急ハンドルを切ると横転しちゃうから、十分にスピードを落とすとか、止まるかしてから、ハンドルを切ればいいんです。

『お金の真理』サンマーク出版

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舩井幸雄氏は、「起こることはすべて必然、必要」だという。
『マクロに見ると、この世の中はよくなる方向に進化してしています。
一見、不運に思えることもすべては必然、必要であり、振り返ればベストのタイミングで起こっているものです。
幸運も不運もすべてを受け入れられるようになると、ツキを呼び込むことができるようです。』(すべては「必要、必然、最善」/舩井幸雄)

過去のことを「それで良かった」と思える人は、「起こることはすべて必然、必要」だと思っている。
そして、すべての出来事は、「一瞬遅からず、一瞬早からず」起こる。
その人にとって、ベストタイミングで。

過去に起こったどんな出来事も…
「それで良かったんだ」と認めることのできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月02日

No 5293   【神様が人生を変えるために送り込んでくれた人】

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【神様が人生を変えるために送り込んでくれた人】

山崎拓巳氏の心に響く言葉より…


僕は友人から、よく、こんなことを言われます。
「拓巳さんて、ホントに就職したばかりの女の子とか、誰からでも学ぼうとしていますよね?あれ、なんでなんですか?」

たしかに、言われるとおりです。
僕は、たとえ、相手が社会に出たばかりだろうが、大学生だろうが、そんなことはまったく気にしません。
話を聞くときはMAXの状態で聞いているし、心が動いたら、その場でメモも取ります。
その子が、僕の人生を変えるような「すごい学び」のメッセンジャーかもしれないと思っています。

自分よりも立場がしたの人とか、若い人の言葉には学ぶものはないと思って、耳を傾けない人がいます。
相手が話しているときに「次は何を話そうか?」と思案し、うつろなモードで流して聞いている人もいます。
「アドバイスしてあげよう」なんておも上がった気持ちでいる人も。

僕は、社会的な上下関係とか、年齢なんて、「学び」には、いっさい関係ないと思っています。
真剣に生きている人は、みんな、何かしらのメッセージを持ってきてくれます。
時には、自分よりもぜんぜん若い人が、ポツンと言った一言が人生を変えてくれることもあるのです。

「自分は、いつの間にか『守り』に入っていないか?まだまだ新しいことにチャレンジしなくてはいけないのではないか!」
と、反省させてくれたり、大いに心を揺さぶってくれることがあるのです。
相手がどんな人であろうと、「もしかしたら、この人は、神様が僕の人生を変えるために送り込んでくれたのかもしれない」って、そんなふうに考えて、話を聞いて欲しいです。

『最高のアウトプットができる スゴイ! 学び方』かんき出版

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神様からメッセージがくるのは、「学びを教えてくれる人」だけではない。
「頼みごとをしてくる人」、「会社の上司や同僚や部下」、「友人」、そして「家族」など、ご縁のある人たちからのメッセージもある。
あるいは人ではなく、病気だったり、事故だったり、トラブルなどのこともみな、神様からのメッセージかもしれない。

神様からのメッセージは、目の前にいる人や出来事を通して、絶妙のタイミングで伝えられる。
ただ、それに気づく人と、気づかない人がいるだけだ。

「人は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早過ぎず一瞬遅すぎない時に」
という、実践の哲学者、森信三先生の言葉がある。

今目の前にいる人は、「神様が人生を変えるために送り込んでくれた人」なのかもしれない。
一瞬一瞬の出会いを大切にしたい
posted by Dr.モーリィー at 07:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月01日

No 5291   【「分かる」と「変わる」】

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【「分かる」と「変わる」】

戸田智弘氏の心に響く言葉より…



《私の場合、「よく分かんないからこの件で本を書こう」というのがとっても多い。分かって書くんじゃない。分かんないから書く。体が分かることを欲していて、その体がメンドくさがりの脳に命令する…「分かれ」と。》(作家、橋本治)

ブログを書く、レポートを書く、論文を書く。
人間は文章を書きたがる生き物である。
文章を書くなんてことは、たいへん面倒な重労働である。
であるにもかかわらず、多くの人が文章を書く。
なぜ人間は文章を書くのか?

私の話をする。
私だって文章を書くことは面倒くさい。
だけど、30代の後半ぐらいから1年に1冊くらいのペースで本を書いている。
「面倒くさいと思うのなら、やらなければいいのに…」と人は言う。

だけど、どういうわけか続けている。
なぜか?
生活のため…それもないわけではない。
だけど、それは理由としては小さい。
大きいのは、分かっていないことを分かりたいからだ。

橋本の言うこと…分かっているから書くのではなくて、分からないから書くのであり、それがそのまま考えることになる。
書くことを通じて私は、自分の考えを広げたり、深めたり、進めたりしていく。
本を一冊書くと、自分にとっての足場がひとつ増える。
その足場は、次に本を書く時の“陣地”になる。
陣地から下の方を見ると、今までわかっていなかったことが一望できて気持ちいい。
陣地から上の方を見ると、次に書くべきことが見えてくる。

『学び続ける理由 99の金言と考えるベンガク論。』ディスカヴァー

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戸田智弘氏は、「分かる」について本書の中でこう書いている。
『「わかる」の「わ」と「か」を入れ替えると不思議なことに「かわる」になる。
これが意味するところは案外と深い。
「分かる」と「変わる」のである。
何か変わるのかといえば、世界の捉え方や世界の見方が変わり、それによって自分が変わるのである。』

「教えることは二度学ぶことである」(ジョセフ・ジューベル)
という言葉がある。
これは、「分からないから本を書く」ということとよく似ている。

スピーチでもプレゼンでも、人の前で発表するためには、事前にしっかりと調べたり、考えを整理し、まとめたりしなければならない。
そうすることによって、自分の理解はより深まる。
つまり、アウトプットすることが前提にあるからこそ、インプットする意味がでてくる。

すると、「教える」ことも「本を書く」ことも、今まではとても手の届かないことのように思えていたのが、少し気が楽になる。
「分かる」と「変わる」…
自分の一冊を出すことができたら素敵だ
posted by Dr.モーリィー at 19:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月31日

No 5289   【自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残される】

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【自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残される】

ストライプインターナショナル社長、石川康晴氏の心に響く言葉より…



私は会社経営のかたわら、岡山大学経済学部に5年間通い、卒業。
2018年には京都大学経営管理大学院でMBA(経営学修士)を取得しました。
それと並行して、現代アートの収集・鑑賞をライフワークとして楽しんでいます。

「ビジネスフレームワークとアート」「理論と教養」のバランスを意識していると、「大局観」が鍛えられます。
大局観をもてれば、物事を深く考えることができ、多角的な視点で社会との関係性などを見極めながら、状況に応じて適切なジャッジを下すことができるようになります。

先の見えない時代を勝ち抜くために、組織に属する一人ひとりが個性を磨き続けること、広い視野をもつことは、これまで以上に大事になってきています。
また、社会がダイバーシティに向かい、急速に価値観が多様化する一方で、AI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション。機械学習や人工知能などのルールエンジンを活用した、業務の効率化・自動化の取り組み)が導入され、今後ビジネスパーソンに求められるものも変わっていくでしょう。
さらに、2020年以降は義務教育の内容も変わり、プログラミング教育や現代的諸課題への対応などの授業が必須となります。
そういった教育を受けた人たちが、いずれは新入社員として入社し、あなたの部下や取引相手になるのです。

令和の時代では、多様性や創造性を受け入れる方向に起業はシフトし、自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残されていくでしょう。
つまり、フレームワークなどを駆使する「左脳的」な知識と、アートをはじめとする「右脳的」な教養を、自らバランスよく学ぶことが、これからのビジネスパーソンに求められているといえます。

『学びなおす力 新時代を勝ち抜く「理論とアート」 (PHPビジネス新書)』PHPビジネス新書

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石川氏はポジティブ思考について本書の中でこう語る。

『働くうえでも、生きていくうえでも、最も大事なのは「思考性」だと考えています。
そして、思考性のセンスがいい人と良くない人、2つのタイプが世の中にはいます。
前者は「ポジティブ思考」、後者は「ネガティブ思考」の人です。
その人の思考性は、会って1時間も話せばわかります。
たとえば、「大企業の業績指数が数年ぶりに低下」という報道を耳にして、ネガティブ思考の人は「だから、国の政策が間違っている!」と決め付けます。
あるいは会食の席で、会社や上司の愚痴ばかり言う。
でも、人の悪口や会社の批判を口にしてみたところで、何も解決しません。
個人的な感覚ですが、こうしたネガティブ思考の人は、社会全体の8割以上を占めているようです。
一方、ポジティブ思考の人は、どんなことも前向きな言葉に変換します。
先ほどの例なら、「たしかに、大企業全体で見れば業績指数は下がっていますが、この業種は伸びています」とポジティブな面に目を向けます。
ポジティブかネガティブか、どちらの思考性を取るかで、人生のベクトルが決定づけられると思います。
ネガティブ思考の人は、キャリアも上がらず、起業しても倒産を繰り返し、勉強してもうまくいかないケースが多いでしょう。
成功は自分の手柄として捉え、失敗は何かと言い訳をしたり、他人に押し付けようとします。
当然ながら人から好かれず、人望もありません。』

社会人になっても学びなおすことを「リカレント教育」という。
新時代を生き抜くために、自分を常にアップデートさせることだ。
アップデートすることにより、最新の知識や技術を身につけ、自分のブランドを高める。

そのために必要なのが、ポジティブ思考。
「学びなおす力」を持っている人は、いつもポジティブだ。
なぜなら、未来を信じているから。

ネガティブな人は、否定から入る。
そして、未来も否定する。

「自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残される」
いくつになっても学び続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月30日

No 5288   【味方になってくれるような自分の人格をつくる】

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【味方になってくれるような自分の人格をつくる】

小林正観さんの心に響く言葉より…



釈迦や玄奘や空海や龍馬ならずとも、出会う人みんなを味方につけていくような人間はたくさんいます。
この四十年間、私はそういう人たちにずいぶん会ってきました。

著名な、何か事をなしたというような人ではありません。
お目にかかってすぐに、おお、これは…というすばらしい人物がゴロゴロいることに気がつきました。
この人の敵側には回りたくない、この人の味方でいたいという人です。
初対面でも、それがわかります。

すると大事なことは、出会う人に向かって、説得するのではなく、ただ味方にすること。
そのために味方になってくれるような自分の人格をつくることです。

ニコッと笑って、目の前の人が味方になってくれそうな笑顔をつくる。
そういう内容の人間になる。
出会う人出会う人を味方につけていくと、ものすごく楽しい人生になります。

『淡々と生きる』風雲舎

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笑顔が似合う人は、機嫌のよい人だ。
反対に、笑顔が似合わない人は、不機嫌な人。

「人間の最大の罪は不機嫌である」
と言ったのはドイツの詩人であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。

いつも不機嫌だったら、出会う人出会う人はみんなどんどん離れていく。
味方になることは絶対にない。

また、「魅(み)は与(よ)によって生(しょう)じ 求(ぐ)によって滅(めっ)す」
という無能唱元氏の言葉がある。
魅力というのは、与えることで生まれ、求めることによって無くなってしまう、ということ。
つまり、ギブの人。

「味方になってくれるような自分の人格をつくること」
いつも上機嫌で、ギブの精神あふれる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:19| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月28日

No 5284   【群れから飛び出す】

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【群れから飛び出す】

北野武氏の心に響く言葉より…


これまでの人生でいくつもの決断をしてきたけれど、いちばん大きかったのは、やっぱり大学を中退するという決断だった。
大学を辞めて、俺は芸人の世界に飛び込んだ。
それは、俺にとっては、群れから飛び出すということで、自殺するにも等しい決断だった。

それまでの俺は、いろいろありはしたけれど、結局のところは母親のいうことに従って、自分はこの社会という群れの中で生きていくものだとばかり思っていた。
道徳の話に引き寄せていえば、それまでの俺は母親の道徳観の中で生きていた。
大学を辞めることを自分で決めたとき、俺はその母親の道徳観から飛び出したのだ。

自殺するにも等しいと書いたけれど、ほんとうにあのときはそれくらいの覚悟が必要だった。
浅草でのたれ死にしてもいいと、本気で思っていた。
芸人ならのたれ死にしても恰好いいやなんてうそぶいていたけれど、内心はそんな恰好いいものではなかった。
ただ、今でも忘れられないのは、そうすると心に決めたとき、見上げた空がほんとうに高くて広かったってことだ。
ああ俺は、こんなに自由だったんだなあって思った。

子どもはなんだかんだいって、親や学校に教わった道徳観の下で生きている。
大人になるということは、その誰か他の人が作ってくれた道徳の傘の下から出て、自分なりの価値観で生きる決断をするということだと思う。
のたれ死にする覚悟をしたくらいだから、成功する保証なんてどこにもない。
いや、成功するなんて思ってもいなかった。
死ぬ気で飛び出したら、なんとか生きのびたというだけの話だ。

だから、読者も群れから飛び出してみたらいい、とはいわない。
どう考えても、失敗する可能性の方がずっと大きいわけだから。
のたれ死にしなかったのは、ほんとうに奇跡みたいなものだ。
それは俺が時代と幸運に恵まれたというだけのことだ。
他の人に真似してみろとはとてもいえない。

ただ、群れから飛び出したおかげで、群れの中にいるよりはいろいろなことが見えるようになった。
そんなに遠くに飛び出したわけじゃない。

まあ、とにかくそういうわけで、俺が偉そうにいろんなことをいえるのも、群れを飛び出したからではある。
のたれ死にするほんとうの覚悟のある奴が、群れを飛び出すのを邪魔するつもりはない。
何度でもいうけれど、成功する保証はまったくない。
はっきりいえば、ほとんど成功しないだろう。
そんなことは当たり前だ。
芸人は何千人もいるのに、まともに喰える奴はほんの一握りなんだから。

ただ、成功はしなくても、自分の頭上の、何もない、高くて広い空を見上げることはできる。
もう一回この世に生まれたら、のたれ死にすることになっても、あの空を見上げるためだけに、やっぱり俺は群れを飛び出すと思う。
恰好つけているのではなく、のたれ死にしてもいいやと思えるなら、なんでもやれるというだけのことなんだけれど。

『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか (幻冬舎文庫)』幻冬舎文庫

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同調圧力の高いこの日本において、群れから飛び出すことは本当に勇気がいる。
同調圧力とは、集団の中で、皆と違った意見を持っていたとしても、暗黙のうちに、大多数の意見に合わせるよう強制される雰囲気のこと。

Appleは1997年に「Think different(シンクデファレント)」という広告を打った。
モノの見方を変えるとか、新たな発想をするということで、キャンペーンの中では、「世界を変えようとした人たち」としてアインシュタインや、ピカソ、ガンジーなどが出てくる。
それは、「現状維持圧力に対する挑戦」ということで、同調圧力に対する挑戦ということでもある。

人は、安定を好む。
しかし、あえて自ら不安定で不確実なところに身をおく。
それが、群れから飛び出すこと。

挑戦するということは、もし失敗して無一文になっても仕方ない、と覚悟を決めること。
時に、群れから飛び出す覚悟を持ちたい
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2019年08月27日

No 5283   【失敗ノート】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【失敗ノート】

メンタリストDaiGo氏の心に響く言葉より…



ある意味、世界で最も運がいい人物と言える投資家のウォーレン・バフェット。
そのバフェットが会長を務める投資特殊会社バークシャー・ハサウェイの副会長で、ずっと右腕として頼られてきた人物が、チャーリー・マンガーです。
自身も投資家として莫大な富を築き上げてきたマンガーには、不安に強くなるために実践している1つの習慣がありました。
それは「チャーリー・マンガーの失敗ノート」と呼ばれるノートを作ることです。

ノートに書き留められているのは、その名のとおり、マンガーが見聞きしてきた数々の失敗です。
投資家、政治家、企業家、スポーツ選手、歴史上の人物、あるいは新聞記事となった一般の人々。
ポイントは、客観的に見ることのできる他人の失敗やしくじったニュースを書き留めることです。

マンガーは、新たな投資を行うときには必ず「失敗ノート」を見返していました。
そして、自分の現在の行動と見比べ、何か思いもよらぬ失敗をしていないかをチェックしていたのです。

成功法則ではなく、失敗ばかりを集めている理由を問われると、マンガーは「成功の要因はいくつもあり、複雑で、何が寄与しているのかわからない。しかし、失敗の要因は明らかだ」と答えています。
失敗ノートは、他人の不運を調べてためておくノートです。
自分のミスは書き残さなくても、痛みとともに記憶に残っています。
あえて他人のミスを省みることで、自分に舞い込むであろう不運を未然に防ぐことができるのです。

たとえば、企業が倒産するときには必ず資金がショートします。
このキャッシュフローが足りなくなるという失敗の背景にありがちなのが、1つのジャンルで成功してビジネスを拡大しようと異なる分野に投資をするという行動です。
自分の専門外のことを調子に乗って始めるパターンで、数えきれないほどの企業が倒産という不運に見舞われてきました。
この失敗パターンははっきりと認識しておくと、同じ轍(てつ)を踏むことがありません。
つまり、不安を遠ざけることができるのです。

たとえば、「ソニーはなぜ、iPhoneを作れなかったのか」という記事があります。
そこに書かれているのは、「ケータイにカメラをつけるとデジカメが売れなくなる」と主張するデジカメ部門を説得することができず、開発が頓挫。
組織内の対立から、革新的な商品を開発できなくなっていくソニーの失敗がつづられています。

またポラロイド社に関する失敗の逸話もメモしてあります。
「写真を撮ったら、すぐに見られる方法がないか?」と考え、試行錯誤の末にポラロイドカメラの開発に成功。
一世を風靡(ふうび)したイノベーティブな創業者が会社から去った後、ポラロイド社は硬直していきます。
そして、デジタルカメラが市場に登場し始めた頃、「撮ったらすぐに見られる」という創業の理念と同じ商品にも関わらず、「自社のポラロイドカメラが売れなくなるから」と参入を断念。
時代に逆行した施策を打ち、市場を失っていきます。

こうした事例を読み返すことで、私は自分が守りに入ろうとしたとき、「それは無意味な自己保身ではないか?」と問い直すのです。
その失敗ノートですが、私は紙のノートではなく、エバーノートに保存するようにしています。
気になった失敗のニュースを次々と放り込み、確認したいときにはキーワード検索をかけ、見返すことができます。
また、一覧性も高く、ストレスがありません。

すると、たしかに「あ、これは同じだ!」と自分が失敗しやすい行動を起こしかけていることに気付く機会が増えました。
気づけば当然、軌道修正します。
その繰り返しが、不運を遠ざけ、幸運に近づくトレーニングとなっていくのです。

『運は操れる (望みどおりの人生を実現する最強の法則)』マキノ出版

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トルストイの『アンナ・カレーニナ』の中に次のような有名な言葉がある。
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」
つまり、幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違うということ。

また、プロ野球元監督の野村克也氏はそれをこう言っている。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」 

失敗したときの原因はたいてい分かる。
だからこそ、失敗のパターンを知ることは必要だ。
それが禍(わざわい)から身を守る方法。

失敗ノートをつけ…
不運を遠ざけ、幸運に近づくトレーニングができる人でありたい
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2019年08月26日

No 5282   【たまには強く出た方がいいときもある】

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【たまには強く出た方がいいときもある】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



世の中の女性の中には、ちょっと外出するのでも、いちいち旦那の許可を取らなきゃいけない人が結構いるんです。
旦那を立てなきゃいけないっていう、間違った思い込みが捨てられないんだよね。
観念に縛られている。
で、旦那に許可を取ろうとすると「ダメ」って言われるから、自由に出かけれないって。

あのね、なぜそういう現象が起きるのかというと、あなたが「この日、出かけてもいい?」っていう聞き方をするからだよ。
そんなの聞かなくていいの。
「この日、出かけるからね」
それで終わり。
もし旦那の都合が悪ければ、話し合いをすればいいだけのことだよ。

反対ばかりする人って、本当は自分の意見がないの。
明確な理由があるわけじゃなくて、あなたが「出かけていい?」と聞くから、反射的にダメと言ってるだけ。
だとしたら、言いなりになる方がおかしいの。

意見のない人に、意見を聞いちゃいけないの。
どうせロクなこと言わないんだから(笑)。
出かけたいんだったら、「いついつ出かけますよ」って断言すればいい。
そうすると、旦那に意見はないから、たいてい「そうか」って返ってくるよ(笑)。

もしなんか文句を言われても、それが正当な理由じゃなければ、「もう決めたから」って引かなきゃいい。
女性だって、たまには強く出た方がいいんです。
「グー」「チョキ」「パー」でいうところの、いつものと違う手を出す方法だよ。
いつもと違う態度に出たら旦那はびっくりして、反対できないんじゃないかな。

そもそも男って、本当は奥さんに主導権を取って欲しいと思っているものだよ。
母親の愛情が欲しいから、「お母ちゃん、お小遣いちょうだい」とか言って、子どもになりたくてしょうがないの(笑)。
そのために結婚するのに、旦那だからって立てられちゃう(笑)。
そうすると、男は子どもになりたくてもなれないんだ。

旦那を立てるのではなく、奥さんが主導権を握るのが家庭の正しい姿なのです。
奥さんが「今日はこれを食べるよ」「ここへ行くよ」って、全部決めちゃいえばいい。
そうすると、旦那は何だかんだ言いつつも、ついてくるから(笑)。
もちろん、全員がそうだと言っているわけじゃないよ。
だけどずっと一緒に生活していれば、自分の旦那がどういうタイプなのかわかるよね。

働いていない奥さんも、「お金を稼いでいるのは夫だから、自分が主導権を握っちゃいけない」なんて思う必要はないの。
で、男は、どんなに大金使う奥さんだとしても、「こんな嫁じゃたまんない」とか思っちゃダメなの。
「こういう奥さんを持つってことは、俺は永久に金を稼ぎ続けられるんだな。稼ぎのないところに、金づかいの荒い奥さんが来るわけないから」
それくらい思えるようじゃなきゃいけない(笑)。

世の中はすべて、起きる現象をどう受け取るかだよ。
あなたがどう思うかで、その後の現象はまったく変わってくるんです。

『斎藤一人 令和の成功 もっと望めばもっと幸せがやってくる』Gakken

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これは、結婚とか夫婦や女性だけの話だけではない。
それを、齋藤一人さんは本書の中でこう語る。
『会社を辞めることを、「逃げ」と思っている人もいます。
根性がないから、嫌なことがあるとすぐ逃げるっていう、悪いイメージを持っているんだよね。
でも、それって間違った解釈だよ。
みんな逃げちゃいけないと思い込んでいるけど、逃げたっていいんだ。
逃げるのだって、立派な選択肢の1つです。
選択肢はたくさんあるに越したことはないんだけど、3つぐらいの「手」があれば、たいてのことに対処できる。
例えば、「優しく接する」「逆ギレする」「逃げる」とかね。
普段は「優しい態度」でニコニコしている。
だけど、こっちが優しくしているからってなめた態度を取ってくるやつには「逆ギレ」して反撃(笑)。
で、言ってもダメならとっとと「逃げる」とかね。
いつも負けちゃう人って、同じ手ばかりだしているんだよ。
完全に、相手に見抜かれている。
だけどワンパターンをやめて、しかも後出しじゃんけんをすれば、絶対に勝てるんだ。
例えば、家庭でずっとパートナーに我慢してきた人がいるとするよね。
そういう人が突然居直って逆ギレをしたら、相手はめちゃくちゃ驚くと思うよ(笑)。
優しいことも大事だけど、人間、キレるっていう技も必要なんだ。』

このことを、齋藤一人さんは「いばっちゃいけない、なめられちゃいけない」という。
なめられる人は、やさしい人が多い。
自分の言いたいこともいわなかったり、自分の気持を出さずにじっと我慢して、波風立てないことがやさしさだと思っている。
そして、いったんなめられると、その従属関係はずっと続いてしまう。
子どもの「いじめ」でいうなら、使い走りをされたり、子分のようなことをずっとしなくてはいけなくなる。

「いばっちゃいけない、なめられちゃいけない」
いつもキレていたら問題だが…
たまには強く出た方がいいときもある
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2019年08月25日

No 5281   【遊びと仕事が同じになる】

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【遊びと仕事が同じになる】

ゴディバジャパン社長、ジェローム・シュシャン氏の心に響く言葉より…


好きなことを仕事にすると、仕事はゲームのようになります。
遊びと仕事が同じになるのです。
それは弓道のようなものです。

的(ターゲット)があるので、それを楽しむと同時に、もっと向上するために射撃のフォームをいつでも改善することができます。
それは無限の追求と努力です。

これはビジネスでも同じことだと思います。
あなたがヒットしたかミスしたかは、弓道の的のように市場にいるお客様(ターゲット)が教えてくれます。
ミスをしたときは、ビジネスのフォームを改善するよいタイミングです。
あなたはチームと一緒に、会社のビジネスモデルとプロセスを調整すればよいのです。
この「ゲーム感覚」を仕事に取り入れることができたらなら、仕事はますます楽しくなると思います。

将来の会社では、仕事と遊びは本当に統一されるのではないでしょうか。
仕事は遊びになり、遊びは仕事になります。
「仕事」と「遊び」には、ともに「楽しみ」と「努力」があると私は考えています。
しかし、この考え方が浸透するには、日本はまだ時間がかかると思います。
古いタイプの考え方がまだ根強く残っているからです。

日本人は仕事とお金を結びつけ、趣味はお金と結びついていないので重要ではないと考えますが、私には物事が違ってみえています。
もっとも重要なことは、考え方です。
あなたが何かを「一生懸命」にするならば、「仕事」も「趣味」も同じなのではないでしょうか。

私たちは自分の好きなものを見つけなければなりません。
そして、努力と規律でそれをやる。
これが「仕事」の本当の意味ではないでしょうか。
これからは、私たちは遊ぶように働き、そして、仕事をするように遊ぶべきだと思います。
こういう考え方は、これからの時代の、会社や個人の精神的な進化に繋がると私は考えています。

『働くことを楽しもう。 ゴディバ ジャパン社長の成功術』徳間書店

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ジェローム・シュシャン氏は、「働き方」について本書の中でこう語っている。
『2019年4月に経団連会長が「終身雇用を続けるのは難しい」と発言し、ニュースになりましたが、これが現状だと思います。
しかし、このような状況になっても、「ひとつの会社で頑張るべきか、転職してキャリアを積み重ねるべきですか」と、私に聞いてくる日本の方が多くいます。
いまや、その問いかけ自体がナンセンスなものとなりつつあります。
多くの日本人が自分の意志とは関係なく、転職する時代が来ているのです。
それなのに、なぜひとつの会社で頑張ろうとするホワイトカラーが存在するのでしょうか。
大手企業や伝統的な上場企業で働くホワイトカラーたちは、まだまだ大きな会社に帰属すること自体が目的となっていて、自分のキャリアアップという見方から会社を選んでいる人が少ないのではないでしょうか。
大きな会社、優良企業に入社することが目的、いい会社に入ることが人生のゴールになっている。
そんな人がまだまだ多いように思います。
しかし、いま評判のいい会社に入ること、そこでうまく働き続けるという考え方は、現在では大変リスクのある考え方になりつつあります。
なぜならば、ここ数十年だけを見ても、企業の順位は大きく入れ替わっています。
いま私たちがよく名前を聞く会社の多くは、設立されて数十年の会社です。
マイクロソフトが1975年創業、アップルが1976年、ソフトバンクが1981年、アマゾンが1994年、楽天が1997年、グーグルが1998年、いま話題のzozoも1998年です。
創業50年を超えている会社は1社もありません。
創業して20年ぐらいで、大きくなる。
これからの時代、この変化のスピードは加速されることがあっても、減速されることはありません。
就職したときにいい会社が、20〜30年後もいい会社である可能性は低いと考えてよいのではないでしょうか。
変化の時代に、優良な会社に帰属することを目的とした日本人の就職への意識は、これからは足かせになると思います。』

そして、ジェローム・シュシャン氏はこれからは、「誰もが彼自身のキャリアの最高責任者であるべき」だという。
同時に、「自分のキャリアを伸ばすために、私たちはひとつの会社や、ひとりの上司に頼ってはいけないのです。自分のキャリアは、自分で作るしかないのです」と。
また、「ひとつの会社で働き続けるという日本的なやり方は、いつまでも親に保護されている子供のようです。ある時点で、私たちは家を離れ、ひとりで世界にあるチャンスと危険に直面する必要があるのです」ともいう。

自分の人生の主人公は自分。
つまり、自分という会社の経営者は自分だということだ。
終身雇用のない時代、これからは自分のキャリアを自分で高めなければいけない。
つまり、自分の価値を高め続けなければ生き残れないということ。

人生はゲームのようなものだと言われる。
たとえば、ゴルフで、打ったボールすべてが自分が思った通りの距離と場所に飛び、狙った通りにパットが入ったら、最初は楽しいだろうがやがてつまらなくなって、ゴルフをやる人は誰もいなくなる。
ボーリングでも、常に狙ったとおりにボールが転がり、全部のピンが毎回倒れたとしたら、すぐにゲームに飽きてしまう。
将棋や囲碁も、対戦相手が自らが負ける手を毎回打ってきたとしたら…
全てのゲームは、自分の思い通りにならないから面白いし、悔しいからこそまた挑戦する気もおきる。
これを「ゲームの楽しみ」という。

これを、仕事と全く同じだと思える人が、これからも生き残れる人だ。
「遊びと仕事が同じになる」
遊ぶように働き、仕事をするように遊べる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 20:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月24日

No 5280   【あり金は全部使え】

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【あり金は全部使え】

堀江貴文氏の心に響く言葉より…



子どもの頃、僕たちはイソップ物語の『アリとキリギリス』を聞かされた。
夏のあいだにコツコツ働き、充分な蓄えを準備したアリが生き延び、蓄えずに遊んでいたキリギリスは、飢え死にする。
そういう戒めを込めた物語だ。
冬になって食べ物を乞いにきたキリギリスを、アリが「見たことか」と門前で追い払う。
それを親や教師が、まるで絶対的な善であるかのように、子どもたちに擦り込む。

でも、僕には子どもの頃から疑問だった。
アリたちは、キリギリスを見捨てて、良かったのだろうか?
将来のことなど考えずに、「いま」を思い切り楽しむ人生。
それは、死んでも自業自得と言われるような、いけない選択だったのか?
アリたちだって、キリギリスの音楽を楽しんでいたのではないか?

『アリとキリギリス』は、僕たちが長く洗脳されている、「貯金信仰」の象徴的な話だ。
額に汗して働く人生が最善で、そうしなかった者は飢えても文句は言えないのだ、と説いているが、果たしてそれは真理だろうか。

生きていくために、蓄えは必須ではない。
それどころかむしろ、それは人生を委縮させる。
備えてばかりの人生を送るアリたちが、音楽や娯楽を楽しんだ方が、幸せに決まっている。
いま、文明やテクノロジーが進み、シェアリングエコノミーやブロックチェーンなどテクノロジーの進化によって、中央集権国家の奨励した「貯金信仰」の幻想が暴かれつつある。
誰もが蓄えをしない生き方を取り戻せる、絶好のチャンスだ。

僕はいろんなところで、お金は信用を数値化したものだと述べてきたが、いまお金の信用を裏づけるのは、使うことだ。
貯めているだけで、信用は裏づけされない。
お金を使うことで、あなた自身の価値が膨らみ、新たな生産の循環が生まれるのだ。
お金は信用を数値化した道具に過ぎない。
だが、使えば使うほど、信用の裏づけを強くする、公平で便利な道具でもある。

貯めているだけではいけない。
お金は本来、使うことが目的の道具だ。
あらためて問い直してほしい。
お金を貯めて、何をしたいのか?
もしものときのため?
きたるべき冬に備えて?
どちらも違うだろう。
もしものときに役立つのは、お金で培える知恵や、豊かな経験だ。

「アリとキリギリス」の世界は遠い過去だ。
食べ物がなくなる冬など、もう地上には存在しない。
いつでも腹いっぱい、安くて美味しい食べ物を食べられる。

じゃあなぜ、貯めるのか?
簡単だ。
「貯金信仰」にとらわれているだけだ。
古い時代からの幻想を、少しでも解いてもらうために、僕は本書をまとめた。

あり金は、全部使え!
それが、人としての信用を裏づけ、お金の本質を学ぶための最善策だ。

誤解されてはいけないが、1円残らず使いきり、ボロボロの貧乏人になれと、売れない芸術家みたいなことを言っているわけではない。
あり金をすべて使うつもりで、やるべきことをしよう。
そうすれば、お金に使われ続けるマインドからは、きっと脱出できる。

『あり金は全部使え 貯めるバカほど貧しくなる』マガジンハウス

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堀江氏は、何も毎月給料が入るたびに、あり金残らず(借金までして)使ってしまえ、と言っているわけではない。
それは、「リスクをとれ」、「高級なホテルやいい店にも行ってみろ」、「スマホは最高スペックにしろ」、「おしゃれに金を使え」、「チンケな節約をせずおごるときには全部出しをしろ」、「人助けには金を惜しむな」等々のことだ。
つまり、自分への投資を惜しむな、ケチケチするなということだ。

もちろん、目的があって、お金を貯めるということは当然のことだ。
例えば、〇〇円貯めて海外を放浪する、起業のためのタネ銭を貯める、というようなこと。
しかし、たんなる漠然とした老後の不安のためということなら、よした方がいいということ。
そこには何の創造性もないからだ。

現代は、行動してお金を使ってみて、初めて分かることがほとんどだ。
そして、これからの時代は、面白いことや遊びの中から、人の縁がつながったり、ビジネスのアイデアが生まれる。
楽しんだり、面白がったりしない人からは独創的な発想は生まれない。

また、大事なことは、ますます「信用」が大事になるということ。
信用こそがお金になる時代だからだ。
これは、SNSのサロンなどがまさにそれだ。
その人の信用価値にお金を払っている。

起業した人なら分かるが、事業の投資にあり金を全部使うのは当たり前のことだ。
普通は、あり金を全部使ってもまだ全然お金は足りない。

「あり金は全部使え」
信用力を高めるため、ケチケチせずにお金を使いたい
posted by Dr.モーリィー at 21:14| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月22日

No 5279   【人は自分に理解できないものを嘲笑する】

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【人は自分に理解できないものを嘲笑する】

細谷知司氏の心に響く言葉より…


《人は自分に理解できないものを嘲笑する。》
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(ドイツの詩人・劇作家・小説家)

何かを嘲笑した人が、実は何もできていない。
それは決して珍しいことじゃない。
かつて、野茂英雄がメジャーに挑戦したとき、
あるいは、大谷翔平が二刀流を宣言したとき。

多くの人が、彼らの挑戦を嘲笑した。
しかし、彼らの可能性をまったく理解できていなかった。

何かがくだらないと感じたとき。
本当にくだらないのは、君自身かもしれない。
そう考える謙虚さを、ゲーテは大切だといっている。

君の言葉を誰かが笑う。
中島みゆきの歌にもあった。
「闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう」

笑うのはいつも、挑戦しない人たちだ。
挑戦する君の勇気を、理解しようとはしない人たちだ。
誰かの勇気を笑った瞬間、君の敗北が決まる。

『自分らしく幸せに生きるための100の言葉』シャスタインターナショナル

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誰かの挑戦を、嘲笑したり、軽蔑したり、(斜に構えて)「くだらない」と言ったりする人は、たいていが危害の及ばない安全な観客席で見て言っている。
灼熱のフィールドで闘っている人を、冷房の効いた部屋でビールを飲みながら罵(ののし)ったり、「最低」呼ばわりする人は常に部外者で、評論家だ。

行動しない者は、常に行動するものを批判する。
成功すれば嫉妬をし、失敗すれば「それ見たことか」と留飲を下げる。
それは、失敗を恐れて、「私は挑戦をしない人です」というゼッケンを洋服につけているようなもの。

挑戦とは勇気と行動だ。
そして、この地球は、誰がなんと言おうと、「行動」で判断される場所。
たとえば、頭の中でどんなに素晴らしいことを考えていようと、それを行動に移さなければ誰の目にも止まらず、それは無いのと同じになる。
つまり、「証(あかし)は行動の中にある」

「人は自分に理解できないものを嘲笑する」
誰かの勇気と挑戦を称(たた)えるでありたい
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2019年08月21日

No 5278  【自らが教える時に最もよく学ぶ】 

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【自らが教える時に最もよく学ぶ】

ピーター・ドラッカー氏の心に響く言葉より…


《知識労働者は自らが教える時に最もよく学ぶ。》(プロフェッショナルの条件)

ドラッカーは、情報化時代の組織は「学ぶ組織」であると同時に「教える組織」にならなければならない、という。
生産性向上のためには、過去に学んだ知識や技能だけを頼りにするのではなく、絶えざる継続学習によって、新たに入れ替えたり、さらにうまく、よりよく行えるように磨き、訓練し続けることが必要になるのだが、学ぶ上で最も効果的な方法の一つが、教えることである。

たとえば営業マンが、営業マンの大会で自分の成功の秘訣を語る。
そうすることで、自分の経験を客観化、体系化し、磨くことができる。
外科医は地域の医者の集まりで自分の仕事について語り、看護師は新人の看護師に仕事を教えることで、さらなる成果をあげていくことができる。

日本でも、たとえば企業内研修の講師役を務めた人の多くは、こんな感想を持つ。
「人に教えることは、人から教えられることにもなります。だから、講師をやってよかったし、いい勉強になりました」と。

後輩を指導することで、講師は基本に戻って知識を確実なものとしたり、それだけでなく、後輩の相談に乗ることで、たくさんのことに気づき、それが成長につながっていく、という。
昔の徒弟社会では、師匠は「隠す人」だった。
弟子はそれを盗むしかなかった。
現代では、「語る人」が伸びる人である。

『1分間ドラッカー 最高の成果を生み出す77の原則』(西村克己)SB Creative

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《人は教えることによって、もっともよく学ぶ》
と言ったのは、セネカ ルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前1年頃 〜 65年 4月)。
ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人だ。

古来より、人に自分の技術や成功体験を包み隠さず教える人は、自らがもっとも学ぶ人となり、人から尊敬され感謝される魅力あふれる人となる。
逆に、自分の知った知識をケチケチして出し惜しみする人は、自分の成長も止まるし、ケチくさくてつまらない魅力のない人となる。

戦後の話だが、ある貧しい母子家庭があった。
無学な母親は、娘が学校から帰ってくると、夜、針仕事をしながら、今日学んだことを必ず聞いたという。
「お母さんは貧乏で勉強ができなかったから、学校であったことを教えてね」と。
すると、娘は母親に教えるために、必死になって勉強し、小学校を卒業する頃には、学校で一番となり、ついには最高学府まで出たという。

「人は、自らが教える時に最もよく学ぶ」
「教える人」、「語る人」、でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:50| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月20日

No 5277   【リカレント教育の必要性】

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【リカレント教育の必要性】

大前研一氏の心に響く言葉より…


2018年頃から「リカレント教育」という言葉をようやく日本でも耳にするようになった。
リカレント教育とは、基礎学習を終えた社会人が、自身のキャリアのために10年ごとなどに学び直しを繰り返し行うことである。

なぜ、リカレント教育に本気で取り組まなくてはいけないのか。
これを理解するためには、今、日本が置かれている経済状況の劇的な変化を理解しなくてはならない。
20世紀の日本社会は、大学などで高等教育を受ければ生涯働き続けることができた。
「教育」「勤労」「引退」の3つのフェーズを経験すれば事足りる「単線型」のライフモデルだ。

社会人になって学ぶべき知識は、会社が研修やOJTで与えてくれたので、受動的な姿勢でもなんとか定年までやっていけた。
しかも、手厚い退職金や社会保障を受けることができたため、積極的に学び直しを行わなくても、老後も安泰だったのだ。

しかし、今はそうはいかない。
社会全体の急速なデジタル化により、産業構造そのものに破壊的な変革が加速して起こる、いわゆる「デジタル・ディスラプションの時代」に突入したからだ。
社会全体のデジタル化により既存の産業が破壊される時代においては、大学や大学院で学んだ知識であったとしても一瞬で陳腐化してしまう。
それだけで定年まで乗り切ろうとする発想では生き残れない。
老後の生活費が公的年金だけでは不足することを考えると、生涯にわたり稼ぎ続けることができる力を、誰もが身につけなくてはならない時代になったといえる。

そこで必要となるのが、「仕事」と「学び」を何度も繰り返す「マルチステージ型」のライフモデルだ。
個人が自律的に学ぶだけでなく、そこで得た知識を周囲と分かち合う能動的な姿勢が求められる。
このようなダイナミックな時代の変化を、ビジネスパーソンだけでなく企業経営者も頭に入れておく必要がある。
20世紀の経営資源は「ヒト、モノ、カネ」だったが、21世紀の企業に必要なのは、「ヒト、ヒト、ヒト」。
モノやカネがコモディティ化し質の高い人材を確保することこそが最も重要な経営戦略になる。

このように21世紀は、たった一人の個人がブレークスル―を起こすことが可能な時代である。
企業にとってはより多くのエクセレント・パーソン(傑出した個人)を獲得できるか、個人にとってはエクセレント・パーソンになれるかどうかが生き残るためのカギとなる。
ところが、現状の教育システムは、相変わらず20世紀型の答えを教える方法を踏襲していて、答えのない時代にはほとんど役に立たない。
21世紀型の人材観を軸とした教育方針や企業の人材戦略に変えなければ、企業も個人も滅びてしまう。

『大前研一 稼ぐ力をつける「リカレント教育」(誰にも頼れない時代に就職してから学び直すべき4つの力) (OHMAE KENICHI RECRUIT EDITION)』プレジデント社

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大前研一氏は、本書の中で「雇用」についてこう語る。

『デジタル時代に対応する人材を育てるためには「雇用規制の緩和」と「社会保障の充実」をセットで実施する必要がある。
ドイツは、この二つの改革を同時に実施することで継続的な経済成長を実現してきた。
解雇規制の緩和が必要なのは、「使えない人材がいつまでも会社に残る」問題を解消するためだ。
解雇規制が強すぎると、意識の低い人は(安心して)ますます学び直しを行わず、ひいてはこれが企業の競争力を落とし、日本全体のプレゼンス低下につながりかねない。
企業が使えない人材を放出することができれば、空いた席に優秀な人材を引き入れることもでき、浮いた給料を社員教育に充てることができる。
ただ、解雇規制を緩和するだけでは不十分である。
「社会保障の充実」も同時に実現させ、解雇された後に学び直し、再チャレンジできる環境を整えなくてはならない。
具体的には失業給付を充実させ、失業期間にきちんと職業訓練が受けられるような仕組みづくりが求められる。
ところが日本政府は、逆のことを行っている。
パートや非常勤をフルタイムかの正社員にしてほしいと経済界に要請するなど、ますます解雇しづらい状況をつくり出そうとしているからだ。
労働者の雇用や権利をひたすら守り、休暇を増やして給料を上げるだけでは、労働コストの安い新興国などに、21世紀の仕事はすべて奪われてしまう。
日本企業が新卒一括採用を基本とした採用制度を相変わらず維持していることにも問題がある。
新卒と中途採用者の動向を見ると、新卒採用の方が中途採用よりも2.5倍程多いが、私はこれからはすべて中途採用に変えるべきと考えている。
新卒採用を行っても、3年後には3割以上が辞めてしまう現状があるにもかかわらず、新卒採用を基本として研修まで施すのは相当無駄がある。
それよりは、企業に対して免疫力のある中途応募者を中心に採用し、その上でしっかりと教育を施した方がこれからの時代は、よほど賢明ではないだろうか。』

デジタル革命によって、社会の変化がどんどん加速している。
それに伴って、モノも技術も、考え方も幾何級数的にどんどん変化している。
その変化に対応するには、自ら勉強し、体験し、己を高めていくしかない。

特に、年配者にとっては、このことは必須だ。
考え方が変わらなければ、単なる意固地で偏屈な老人となり、周囲から嫌われ、疎(うと)まれるだけだ。

大変革を乗り切るため…
リカレント教育の必要性を今一度再認識したい
posted by Dr.モーリィー at 08:27| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月19日

No 5275   【個性的であれ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【個性的であれ】

明治大学文学部教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…


人生後半は、もっともっと、自分のために生きていい。
「仕事」も自分のためにしよう。
好きなものに愛するプリミティブ(原初的)な情熱を取り戻し、心と身体から湧く「勢い」に忠実に生きよう…それを「バカ」というなら、バカこそ最高だ。
それが私の言いたいことです。

ポイントは、ざっくり言えば日々が充実しているかどうか。
充実とは何かといえば、「これさえやっていれば時間があっという間に過ぎてしまう、これについては徹底的に知りたい、極めたいというものを持っているかどうか」ということです。
そういうものが一つでもあれば、日常生活が多少辛くても、自分に折り合いをつけて生きていくことができる。
バカになれるもの、バカになれる時間こそが、後半生の揺らぎやすいアイデンティティの最大の拠りどころとなり、人生を明るく照らす。
そう私は確信しています。

毎日、なんだか元気が出ない。
日々のタスクはこなせても、これでいいのだろうかと心休まらない。
何かに縛られている気がして、息苦しい。
ひとたび、ささいな失敗をしただけで、いわゆる負け組に転落するのではという不安が抜けない…そう感じている人は少なくないでしょう。
それはなぜなのか。
いまの世の中そのものが、私たちを鎖のようなものでがんじがらめに縛り付けているのではないでしょうか。
しかもその鎖は一本だけでなく、私の見るところ、ざっと三本はある。
さすがにそこまで厳重だと、どれほど屈強な心身の持ち主でも萎えてしまうでしょう。
つまり日々が辛いのは、けっして本人のせいだけではないのです。

以下、順番に鎖の正体を見ていきます。
一本目は、もっとも強力な「視線の地獄」です。
仕事でもプライベートでも、常に「他者」からの視線が私たちに向けられています。
昨今は、「SNS疲れ」という言葉をよく聞きます。
FacebookやTwitter、LINEなどで常に誰かとつながっていると、相応の気遣いも必要ですし、ある程度自分をよく見せようと、センスがいいとされる店に行ったり、SNS映えしそうなものを探したりで、見栄を張りたくなります。
いつも背伸びして歩いているような状態で、それが疲れないわけがありません。
フランスの哲学者サルトルは、「地獄とは他人のことだ」と説いています。
他人からの視線を受けることによって、あなたの評価は他人に委ねられ、あなたはあなた自身ではなくなってしまう。
主体的に行動していたのに、他者のまなざしの対象(客体)になります。
他人の視線というものはこの上ない束縛力を持ちます。

私たちの人生を縛る二本目の鎖が、いわゆる「コンプライアンス意識」の高まりです。
とにかく品行方正が第一で、物議をかもすことはいっさい許さないような雰囲気が、社会全体に漂っています。
会社組織内でも、いろいろなルールや手続きが厳格化しているという話をよく聞きます。
不祥事を避けるため、もしくは「〇〇ハラ」を未然に防ぐための措置でしょうが、それによって働きやすくなっているかというと、話は別です。
むしろ戦々恐々となって、委縮を助長させている面もある気がします。

そして三本目の鎖が「個性的であれ」という圧力です。
これまで挙げてきた“視線”による監視、コンプライアンスの束縛と一見矛盾するようですが、個性が称揚されるのには相応の理由があります。
団塊の世代が現役を引退し、価値観も細分化したいま、規格大量生産の時代は終わり、多品種少量生産で利益を上げる必要が出てきました。
単純労働はロボットやAIに取って代わられ、頭脳労働が求められるようになる。
つまり、画一的なフレームにとらわれないモノやサービスを次々と生み出さなければ、個人も組織も淘汰される時代がやってきたのです。
縮小する国内市場だけではなく、海外でも競争しようと思ったらなおさらです。
だから個性が大事だと喧伝されるようになったわけです。
基本的に、私は社会が個々人に個性を求めること自体、あまりいい風潮ではないと考えています。
別の言い方をすれば、個性が誤った意味で解釈され、個人間の「差異」を強調することに価値が置かれすげているように感じます。
例えば仕事上で、新しいアイデアを求められることはよくあります。
そかしそれは日ごろの経験や調査・研究から得られるものであり、その本人が個性的かどうかは別問題でしょう。
王貞治さんやイチローさんの個性的なバッティングフォームは、個性的であろうとしてできたものではありません。
ひたすら技術を追求した結果、人から見ると個性的に見える形になったということです。
個性は、本来結果なのです。
にもかかわらず個性が重視されるとすれば、それは「周囲とはちょっと違う自分を出さなきゃ」という強迫観念を誘発するだけです。
「個性的であれ」というメッセージも、それに感化されて生まれた「個性的といわれたい」という欲求も、実は息苦しさをもたらしているのではないでしょうか。
その証左が「バイトテロ」や「バカッター」です。
飲食店やコンビニのアルバイト店員がゴミ箱から取り出した食材を調理したり、冷蔵庫に入ってみせる動画をネットに投稿したというニュースに、日本の将来を憂う人も少なくないでしょう。
しかしこれも、「個性的であれ」を曲解した結果かもしれません。

『バカになれ 50歳から人生に勢いを取り戻す (朝日新書)』朝日新書

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“視線”による監視、コンプライアンスの束縛がありながら、「個性的である」ことは非常に難しい。
それを、齋藤氏は、「ブレーキを踏みながらサイドブレーキを引き上げ、なおかつ未踏の道へ向けてアクセルを踏み込むような、バラバラの動き」だという。
だから、多くの人たちにストレスがかかり、そのはけ口として、「キレる大人」や「暴走老人」が増えたりする。
それを齋藤氏は、『自分が優位に立っている状況で、ここぞとばかり鬱屈した全エネルギーを注ぎ込んで相手を罵倒する。そこに快感を見出しているわけです』
そして、『「私は本当は偉いんだ」「もっとリスペクトされていいはず」「強いところを見せてやろう」というサイクルは、他人から見たら滑稽そのものです』という。

他人に迷惑をかけたり、嫌な気持ちにさせる人は、個性的でもユニークでもなんでもない。
周りから疎(うと)まれ、嫌われるだけの最低の人間だ。

真の意味で個性的である人は、子どものような情熱と好奇心があり、いつも上機嫌で、ときめいている人であり、人生を楽しんでいる人だ。
人生を楽しんでいる人は、苦労や失敗や嫌なことさえ楽しんでしまう。
そして、まわりの人も楽しくさせる。

少し、バカになって自分の枠をはずし…
真の意味で個性的な人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 06:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月18日

No 5273   【「地理思考」とは】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「地理思考」とは】

角田陽一郎氏の心に響く言葉より…



人類の歩みを俯瞰(ふかん)するという試みは、約40年前にも行われていました。
アルビン・トフラーというアメリカの未来学者が『第三の波』という本を出版したのが1980年のことです。
トフラーは、人類が最初に迎えた革命として「農業革命」を挙げています。
この農業革命によって、人類は狩猟に頼る生活から、自らの手で食料を作り出しコントロールできるようになったからです。

それ以来、人類は獲物を求めて転々と場所を移動する狩猟生活から、一ヵ所に定住する農耕社会を築いたことで、トフラーはこれを第一の波と位置づけました。
農業革命とは、人類が生きていくために、「モノを生み出す進化」でした。
農業は人類が労働によってモノを作り始めた原点です。

この農業革命によって、世界に2つの概念が生まれました。
1つは国(国家)です。
農業が行われるようになったことで、人類は狩猟のための移動をやめ、土地に定住するようになり、土地が価値を持ち始めたのです。
そしてその土地に人が集まるようになり、国という概念が生まれました。

もう1つは、民衆を束ねるうえで規範となる「宗教」と「思想」です。
為政者は政治の基礎に宗教を置き、さらに同じ思想によって人々を動かしていったのです。
そしてこの宗教や思想の違いが原因で大規模な戦争も始まります。
いわゆる、国盗(くにと)り合戦が世界で繰り広げられていったわけです。

続く第2の波は18世紀後半かららの「産業革命」です。
機械の発明によって、人類が機械を使い始めたのです。
それまで手作業で行われていたものづくりが機械生産に切り替わり、短時間で大量にモノを生産できるようになったことで、やがて大量生産、大量消費の時代に突入します。
大量生産、大量消費社会でもっとも重視されたのが「効率」です。
より短時間でモノを作り、短時間で販売することによって利益を最大化する競争が世界に巻き起こりました。
効率重視の考え方によって、人間が機械の都合に合わせて働くようになり、次第に人間性が阻害されていきました。
それがいまの「働き方改革」論議に見られる社会問題につながるわけです。

産業革命によって効率化を優先するようになった人類は、働き方も効率優先で考えるようになりました。
そこで生まれたのが会社という組織です。
つまり、人間を効率的に動かすための器として会社は生まれたわけです。
この会社の誕生によって、人間の生活は「食べるために働く」から「働くために食べる」へと転換してしまいました。
産業革命は教育という概念も生みました。
工場で人間に効率よく働いてもらうには、知識と技術と経験が必要だからです。

そこで産業革命以後、「子ども」が誕生しました。
実は、産業革命の前まで「子ども」という概念はなかったのです。
ただ“小さい大人”がいただけでした。
ところが学校を作ったことによって、一定期間社会から切り離された状態で、読み書き、計算などの教育を受ける者(=子ども)が誕生したというわけです。
つまり子どもの教育制度の原点は、労働の効率化にあったのです。
こうして一定のスキルと知識を身につけた者を、会社に集めて効率よく働かせる仕組みができあがっていきました。

産業革命は「イデオロギー」という概念も生み出しました。
イデオロギーとは資本主義、社会主義、民主主義といった「〇〇主義」といわれるもので、国家はこのイデオロギーをもとに体制を築いていきます。

そしてトフラーは、いま、人類に3つ目の波が押し寄せてきていることを示しました。
それが「情報革命」です。
情報化の波によって、人類はもう一度革命を体験すると予言しているのです。
資本主義に変わる新しいイデオロギーとは何なのかといった議論も現在世界中で行われているわけですが、まさにそのタイミングで人類は情報革命を迎えたわけです。

ちなみに1980年といえば、まだインターネットという言葉すらなかった時代です。
にもかかわらずトフラーはコンピューターの発展が社会のあらゆる仕組みを変えるだろうと断言し、クラウド上に写真を保存して色々な人とシェアする「Instagram」的なものの登場も予言していました。
重要なことは、トフラーが唱えた「第三の波」は、第二の波の産業革命よりも、人類社会に大きなインパクトを与えるということです。
情報革命の何が産業革命よりすごいのか。

産業革命とは何だったのかというと、機械の力によって「モノを生み出す作業」をより効率的に進めるものでした。
素晴らしい効率化ですが、モノに価値があるという意味では、あくまで農業革命の延長線上でしかなったのです。
一方、いま起こっている情報革命とは、モノから情報への価値の転換です。
それは価値の機軸の転換、すなわり「概念革命」です。
だからこそ、情報革命は産業革命よりもはるかに大きなインパクトを世界にもたらすのです。

『人生が変わるすごい「地理」 【学問】の力で働き方と生き方の【答え】が出る!』KADOKAWA

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角田氏は「地理思考」についてこう書いている。(本書より)

『人生で起こることのほとんどは、自分の思い通りにはならない。
若いときは「若い」と言う理由で。
年をとると、「年をとった」という理由で。
ペーペーのときは「ペーペー」という理由で。
偉くなると、「偉いんだから」という理由で。
お金がなくては思い通りにはできないし、お金があっても、お金ではできないこともある。
ここに、そんな思い通りにならない環境の最たるものがある。
それは地理。
人類は、誕生以来、つねに環境との因果応報(地理・ちのことわり)を学ぶことで、進化・発展してきた。
つまり、人類と地理の関係を学べば、そしてその地理から授かった環境への知見を人生にフィードバックすれば、あなたは、人生の成功の鍵を手に入れることになる。
つまり、「地理思考」とは、現代の“孫子の兵法”ともいえる、最強の「人生の指南本」である。』

「一所懸命(いっしょけんめい)」という言葉がある。
日本の中世(鎌倉時代)において武士が、先祖代々受け継いできた領地を、命を懸けて守り抜くということ。
それが、命がけでことにあたる、という意味となった。
そして、その「一所懸命」がのちに「一生懸命」になったと言われる。

これから人口が劇的に減っていく日本。
地理的思考から言えば、今までは人口が多かったから日本の競争力も高かったし、先進国でいられた。
しかし、これからはそうはいかない。
「一所懸命」に、国内市場だけを相手にしているなら、必ずジリ貧となってしまう。

もっと地理的思考で世界に目を向け…
世界を俯瞰する力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 21:49| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月17日

No 5272   【与える喜び、分け合う喜び、やり遂げる喜び】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【与える喜び、分け合う喜び、やり遂げる喜び】

渡辺和子氏の心に響く言葉より…


近頃、もらう喜びは知っていても、その他の喜びをあまり味わっていない子どもが、ふえているように思えてなりません。
その他の喜びとは、与える喜び、分け合う喜び、そして自分で物事をやり遂げる喜びです。

マザー・テレサがこんな話をなさいました。
カルカッタの街に、八人の子を抱えてお腹を空かしている家族がいたので、お弁当を作ってもって行ったところ、その母親は押し戴いて喜んだ後、すぐどこかへ出て行きました。
やがて戻ってきた母親は、「実は隣の家族も、このところ食うや食わずの毎日だったので、半分あげてきました」と言ったそうです。

マザーは、この話をしてから、「貧しい人は偉大です。飢えを経験した人には、他人の苦しみもわかるのです」と言われました。
本当の豊かさとは、このように、他人に与えるものをもっている心を指すのですね。

最近、自分でやり遂げる喜びを、子どもから奪っている過保護の親もふえているようです。
それは、子どもたちを愛しているように見えて、実は彼らから、その成長に必要な自信と、自立の喜びを奪っているのです。

もらう喜びしか知らない子どもは、自分中心の世界で生きています。
どれほど多くのものをもっていても、その子の心は貧しいのです。
与える喜び、分ちあう喜び、自分で何かをやり遂げた時の喜びをも味わわせることによって、子どもの生活を本当に豊かなものにしてやりましょう。

『忘れかけていた大切なこと ほほえみひとつで人生は変わる (PHP文庫)』

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この「喜び」の話は、子どもだけのことではない。
「やり遂げる喜び」を知らない人(大人も)は、「与える喜び」や「分け合う喜び」も分からない。
自信とは、何かをやり遂げることによって生まれるものだからだ。
やり遂げることによって、自己充足感や、自己重要感が増し、自立心がめばえる。

「やり遂げる喜び」は、リーダーや親が手助けをせず、グッと我慢をして見守ることによって生まれる。
「与える喜び、分け合う喜び、やり遂げる喜び」が分かる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:50| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月16日

No 5271   【魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする】

心理カウンセラー、金藤晃一氏の心に響く言葉より…


紙パック不要の掃除機や羽根なし扇風機で有名なダイソン(イギリスの家電メーカー)。
社長のジェームズ・ダイソンは、自分の“イライラ”としたことを覚えておくのだそうです。
すぐに目詰まりする掃除機の紙パックをなくせないものか、ばたばたと効率の悪い風しか送ってこない扇風機をどうにかできないか、手をいくら当ててもきっちりと乾かないハンドドライヤーに代わるものはないか…そのイラッとした感じを解消するために画期的な製品が生み出されたというわけです。
常識を脇に置いて、視点を変え、脳に汗をかき続けると、誰も想像しなかったアイデアが生まれます。

魅力的な人とは、実は魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする人のことではないでしょうか。
われわれが、評論家、コメンテーター、学者などの意見に耳を傾けるのは、われわれの気づかないことを教えてくれるからです。

つまずいて転んで、「なんでこんなところに段差があるんだ!」と不機嫌にならず、「地球が私にハギングしてくれた!」とニッコリ笑った方がいます。
そのユーモアに、不謹慎ながら、思わず笑ってしまいました。
地球を抱っこした当人も魅力的な笑顔でした。
目の前の出来事を天国ととるか地獄ととるかは、考え方次第なのです。

こういう考え方がつねにできるためには、いつも脳内筋肉を鍛えておく必要があります。
ダイソン氏は“イラッと”経験が基礎でしたが、「不思議だなぁ」でも、「気持ち悪いなぁ」でも、「きれいだなぁ」でも、常識を脇に置く機会はどこにでもあるように思います。

『つまずいたら、いつもの逆をやってみよう』大和出版

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ジョージ・ブッシュ氏の素敵なスピーチがある。
『第43代アメリカ大統領ジョージ・ブッシュは、 メジャーリーグのボストン・レッドソックスがワールドシリーズを制して、 メンバーがホワイトハウスを訪問した際、絶妙のジョークを披露した。
というのも当時、各メディアはブッシュ大統領の知性や知識、 さらにはボキャブラリーの貧困などをやり玉に挙げていたからだ。
メジャー制覇に貢献した松坂大輔投手を紹介するスピーチの際、彼はこういった。
「 英語で苦労しているという点では、私も大輔と同様だ」』(一流の人の話し方・アスコム)より

「魅力的な人とは、実は魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする人のこと」

嫌なことがあっても、不機嫌にならず…
温かなユーモアで切り返せる、魅力的な人になりたい
posted by Dr.モーリィー at 07:26| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする