2018年08月15日

No  4735   【受け容れるということ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【受け容れるということ】



「自分の子供が不登校になってしまった。どうしたらいいだろう」という相談を受けました。
結局、不登校になった子供を受け容れれば、受け容れた瞬間に、その問題は何も生じなくなってしまうのです。
問題が解決してしまうというよりは、問題そのものがなかったということに気がつきます。

「問題だ、問題だ」と言っていた自分の問題であって、もともと不登校そのものが問題なのではなくて、それを「問題だ、問題だ」と言っている自分の心の問題として、それが悩み・苦しみになってしまったということでした。
子供が不登校になった、学校に行かなくなった。
ただそれを淡々とした事実として受け容れた瞬間に、子供にとっても自分にとっても、何の悩みも苦しみもなくなってしまうのです。

思いどおりにしようとしないこと。
それはイコール、その目の前の現象を受け容れるということでもあります。

生老病死、生まれること、老いること、病むこと、死ぬことも、そのまま受け容れる。
そうすると、悩み・苦しみから遠ざかることができます。
悩み・苦しみを持たなくて済むことができます。

《病気をしたら病気をしたでよし。
死ぬようになったら死ぬようになってそれでよし。
愛している人と別れなければいけない状況になたらそれもよし。
それについて評価・評論をしない。
感想をいちいち言わない。
「ああ、そういうふうになりましたか」というふうに受け容れることが、自分にとっていちばん楽なのです。》

『釈迦の教えは「感謝」だった』風雲舎

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「災難にあう時節には、災難にあうがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。これはこれ災難ののがれる妙法にて候」
良寛和尚の言葉だ。

「災難にであってしまったら、災難にあうのがよい」、というのは、なんの愚痴も文句もいわずに、何の感想も言わずに、淡々とそれを受け容れなさい、ということ。
それが、災難を逃れる唯一の方法だ、と良寛和尚は言う。

文句を言ったところで、現状が変わるわけではない。
起きてしまったことは、それを無かったことにしたり、変えたりすることはできない。
唯一できることは、それを受け容れること。

人生は、自分が書いた脚本通りだ、と肚の底に落ちている人は、目の前に展開するドラマを淡々として受け容れることができる。
「ああ、そういうふうになりましたか」と。
災難も病気も、生まれる前に、自分が決めた脚本通り、と思うなら文句も言えない。

人生の脚本には意味がある。
そのことによって、魂を磨き、自らが成長するという学びの場にするための脚本

何事も、淡々と受け容れることができる人でありたい
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2018年08月14日

No  4734   【人生は、好奇心に始まって好奇心に終わる】

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【人生は、好奇心に始まって好奇心に終わる】

精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…



オーストリアのザルツブルクというところで生まれたモーツァルトは、35歳という若さで亡くなりましたが、ベートーヴェンなどの、他のどんな作曲家よりも、熱烈なモーツァルト・ファンが、圧倒的に多いのはよく知られたことであります。
私も、モーツァルト解説本の「推薦文」を書いたことがありますので、どうしてこんなにモーツァルトの曲は多くの人を魅了し続けるのか、私なりにわかってはいるつもりです。
そんなモーツァルトを、50代の私の友人は、いみじくもこう言ったのです。
「クラシック音楽は、モーツァルトに始まってモーツァルトに終わる」と。

そう言えば、「釣りは、フナに始まってフナに終わる」という言葉もありました。
「釣りバカ」には常識の名言だそうです。

そこで、これらのふたつの言葉になぞらえて、私は次のように言いたいと思います。
「人生は、好奇心に始まって好奇心に終わる」と。

人生を面白くするか、つまらなくしてしまうか、それは、時代のせいでも国のせいでも、また他人のせいでもありません。
自分のこころの持ち方ひとつで、どちらにも変わってしまうということです。
ですから、自分の不幸を誰かのせいにしたがる人は、生涯、こころから納得できる幸せは得られないでしょう。

生涯にわたって幸せを感じるこころの持ち方とは何か、を考えてみたとき、私のこころに浮かぶ言葉は、やはり「好奇心」の一語です。
好奇心をひとつのキッカケにして、何でもプラス方向に、目を向けることを教えてくれた最初の人は、母・輝子でした。
父・茂吉もまた、同じく、超のつくくらいの好奇心の持ち主でしたから、こと好奇心にかけては、私は生まれながらにして、恵まれていたということになるわけです。

「好奇心のかたまり」という、人間としての品格を感じさせないような言葉もありますが、それは好奇心そのものにあるのではなく、その人間の問題です。
私が、あえて好奇心とモーツァルトを同じ舞台に乗せたのは、極めたい最高の対象として、同列に考えてみたいと思ったからです。

『人生に必要な100の言葉 (青春文庫)』


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「大病にせよ、大失敗にせよ、人生のすべてを観察というか、好奇心の対象として眺めるゆとりを持つ限り、人は必ず再起できるものなのだ」
城山三郎氏の言葉だ。

何か大きな問題が自分に降りかかってきたとき、自分を客観視できる人はその問題に押しつぶされることなく、いつか必ずそれを解決できる。
反対に、それを主観的にしか見られない人、ひとりよがりで、独善的な見方しかできない人は、表面的で狭い視野になってしまい、問題を本質的で深い所まで掘り下げることができない。
好奇心のある人は、面白がって考えることができ、柔軟で幅広い見方ができる。

「好奇心というのは道草でもあるわけです。確かに時間の無駄ですが、必ず自分の糧になる」(手塚治虫)
好奇心とは、新しいことや、知らないこと、珍しいことなどに対して、興味や関心を抱き、それをもっと知りたい、手に入れたいと思う心。

「人生は、好奇心に始まって好奇心に終わる」
いくつになっても、好奇心を忘れない人でありたい
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No  4733    【重要なのは、相手を思う心】

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【重要なのは、相手を思う心】

赤根祥道氏の心に響く言葉より…



人間の行動は、心によって大きく左右される。
新車を購入しようとディーラーに足を運んでも、販売員がなかなか出てこないで、散々待たされたあげく、無愛想な表情で応対されたら、購買意欲も薄らいでしまう。
逆に、それほど買う気持ちはなくても、接客してくれた人が明るく礼儀正しく、丁寧に説明してくれると、買いたい気持ちになってっくる。
今すぐというわけではなくとも、買うときにはぜひこの人からという気にさせられるのである。

藤堂高虎は、人は俸禄だけで動くものではないとこう教えている。
「およそ臣僕を使うに、禄のみを以てせば、人いまだ必ず深く感戴(かんたい)せず、その禄仕する者、もとよりまさに受くべきところのみ。
ゆえに人を使うに必ず情を以てす。
人生意気に感ず、義ここにおいてか合し、命を棄て以て恩に酬(むく)ゆ。
いやしくも情を以てせずんば、すなわち禄またいたづらに損(す)つるのみ」

さらに、高虎は、次のような興味深い言葉を残している。
「妻に薄き者、おそらくは薄からざるところなし。以て恃(たの)みとなすに足らず」
人生のパートナーである妻に対して、冷たい人間というのは、本質的に冷たい人間であって頼りにはならないというのである。

社会生活においても家庭生活においても、重要なのは、相手を思う心である。
心ない人間は、心ある人間によって駆逐されてしまうのである。

人は金や命令によって動くのではない。
相手の心に感動して動くのである。
自分が孤立するような状況をつくる姿勢は今すぐ改めるべきだ。
そして、人の和の中に積極的に飛び込んでいき、偽りのない心で接することを心がけるべきである。

『この“心がけ”ができる人できない人―成功する人は、今日から「自分を変える人」だ! (知的生きかた文庫)』


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「人生意気に感ず」とは、 唐時代の詩選集から引用された言葉。
その後に続くのが、「功名(こうみょう)誰れか復た(また)論ぜん」。
人は時として、相手の心意気に感動すると、金や名誉とかではなく、利害をこえて、助けてくれたり動いてくれるものだ。

感動という言葉は、感じて動くと書く。
感じるから動くのであって、理屈で何時間説明されたとしても、感じなければテコでも動かない。

理論や理屈は、相手の心を揺さぶることはない。
なぜなら、理屈には、相手の気持ちを察したり、気持ちをくむという「情」がないからだ。
情のない人は、「冷たい人間」「心ない人間」「相手を思うことのできない人間」。

フォードの創業者のヘンリー・フォードは、「成功に秘訣があるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事を見ることの出来る能力である」と言っている。
相手を思う心は、人を動かす
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2018年08月13日

No  4731   【めちゃくちゃツイてる人】

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【めちゃくちゃツイてる人】

五日市剛氏の心に響く言葉より…



だれでも、「人生最悪!」と叫びたくなる体験を一度や二度しているものです。
泥沼の離婚、タチの悪いリストラ、車で人をはねたとか。
「もう、サイアクだ〜!」とそのときは思うでしょう。

でも、「ツイてる人」や「ツキはじめている人」というのは、時が経って振り返ると、つぎのようなことが腹の底に落ちて感謝で満たされます。
「あれがあったから、いまのおれがあるんだよな」
「あのことがあったから、いまの幸せがあるのよね」

それでは、「まったくツイてない人」というのはどういう人かと言いますと、最期の最期まで、つまり「死ぬまでそのことがわからない人」のことです。
ツイてない人の究極でして、ライフステージがとんでもなく低いことは言うまでもありませんが、なんのご縁も生かせない、もっとも気の毒な方かもしれませんね。

逆に、「と〜んでもなくツイてる人」というのはどういう人かと言いますと、「最初からそのことを知ってる人」です。
だから、見かけ上、嫌なことがあても弱音を吐かず、「ニヤッ」と笑って行動!
「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」という日本電産の永守重信社長の言葉が有名ですが、まさにそれができる人のことです。

我々は、そのとき「ありがとう」とすぐしゃべる言葉の武器をもっています。
どんな嫌なことがあっても、すぐに「ありがとう」。
そして、これをやったほうがいいという客観的な対処策が思いついたら、すぐやる、必ずやる、できるまでやる。

いまさら遅いかなぁ〜と思っても、「ダメもとでやる」。
8割以上はうまくいくでしょう。
そしてうまくいったら、みなさんのライフステージはド〜ンと高いところまで上がっていく可能性大です。

先生に、「あなた、とんでもない病気にかかっていますよ」と言われたら、すぐに「ありがとう」と言って病気に感謝してください(笑)。
先生に「ありがとう」ではありませんよ(笑)。
自分のからだが病気を通して伝えてくれるメッセージに気づくことに感謝するわけです。
そして、謝罪してください。
「ごめんね。いままで自分のからだをいじめてたね」

原因があるから結果(病気)があるので、その原因はなにかを医師と一緒に真剣に考え、こうしたほうがいいと思うことを即実行です。
病気という結果だけにとらわれるのではなく、原因を改善していかなくてはなりませんね。
とにかく、めちゃくちゃツイてる人というのは、どんなピンチな状況に陥っても、すぐにプラスの言葉が言えて、笑顔も出せる。
…苦笑いでしょうがね(笑)。
それを乗り越えると、ド〜ンと高いライフステージに上がれることがわかっているから笑えるんです。

「ピンチがチャンス」という言葉の本当の意味を知っていて、実践できている方々が「めちゃくちゃツイてる人」なわけです。

『(文庫)運命が変わる 未来を変える (サンマーク文庫)』(五日市剛&矢山利彦)

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「不幸の顔をして幸せはあらわれる」という言葉がある。
一見すると不幸だと思うようなことでも、時間がたつと、「あのおかげで今の私がある。感謝しかない」とか、「あれがあったから今頑張れる」というようなことだ。
しかしながら、その感謝に気づけない人がいる。
運のない人であり、ツイてない人だ。

日頃、不平不満や、グチ、泣き言、文句が多い人は、感謝できないし、感謝することを見つけられない。
そのマイナス言葉の習慣で、心の状態もマイナスになっているので、プラスのこと、明るいこと、元気のでること、うれしいこと、楽しいことを見つけることができない。

「 めちゃくちゃツイてる人」は…
ピンチをチャンスに変えられる
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No 4730   【ケチな人は運を落とす】

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【ケチな人は運を落とす】

野村克也氏の心に響く言葉より…



人柄がいいというのは、得難いことだ。
私は人柄を褒められたことはほとんどないし、自分でも人柄がいいとは思っていないが、人柄がいい人を見ると、応援したくなる。
人柄がいい選手は、野球の実力はともかく、みんなをいい気持ちにさせてくれる。
それがチームの雰囲気をよくする潤滑油になることもある。
チームの雰囲気がいいというのは、試合の流れをよくする働きがある。
それが勝利に結びつくこともあるのだ。

人柄がいい監督というのも、チームにいい作用を及ぼすことがある。
早い話が、監督の人柄のおかげでチームが勝つことがある。
「この監督を勝たせてあげたい」
選手たちに自然にそう思わせる監督の人柄が、チーム力となって優勝するということがある。
さほど指導力があるようにも見えないし、卓越した野球理論や戦術を備えているというわけでもない。
ただいつも穏やかな顔でベンチに立っている。
たったそれだけなのに、その人の存在感が選手に大きな力を与えているのだ。

そして、その反対にケチな人というのは、人望がなくなる。
プロ野球の世界は、高い給料を得ている人が多いところだというのに、昔もいまも、意外なほどケチな人が多い。
私の現役時代にもそういう同僚がいたし、各球団にもケチで有名な人たちがいた。
みんな立派な成績をあげて地位も名誉も金もあるはずなのに、なぜかケチなのだ。

たとえば、私の南海時代の先輩の中にも「ミスターケチ」とでも呼ぶべき人がいた。
名前も実績もある選手なのに、絶対に他人にものをあげたり、ごちそうしたりしない。
反面、人からものをもらったり、ごちそうしてもらったりすることは大好きだった。

その後も、他球団の選手を見て、「あんなにいい選手なのにチームで人望がないのはなぜだろう」と思っていたら、やはりケチな人だというのを知って、貧乏な家に生まれ育った私でさえ「ケチはよくない」と肝に銘じた。
プロ野球選手は、遠征先などで、みんなで連れ立って焼き肉を食べに行ったり、さまざまな料理屋さんに出かけたりすることが多い。
体が資本の職業だから、みんなよく食べる。
そういうときは、高給取りの先輩たちが若い選手たちを連れていく場合が多いが、たいてい先輩たちが何人か持ち回りで自腹を切るものだ。
「でも、あの人が払っているのは一度も見たことがないんですよ。他の先輩が払ってくれることはあっても、あの人が払ったことはありません」
後輩たちは、そういうところをよく見ているものだ。
「きょうは俺が払うから」とだれが言うのかちゃんと見ている。

「あの人はケチだ」
そういうことがわかると、その人の人望はなくなっていく。
選手のときはそれでも押し通せたかもしれないが、そんな人がチームの生え抜きで監督やコーチになったら、だれがついていこうとするだろう。
いつもいつも気前よく大盤振る舞いをする必要はないが、みんなで楽しく飲み食いしょうというときには、たまには財布の紐を開くこともまた上に立つ者の気づかい気配りなのである。

せっかくそこまでがんばって選手として成功し、せっかく監督にまでなったのに、ケチが災いして人望が薄れるなんてもったいない。
ケチのおかげで損をするなんて、目的と手段がまちがっているとしか思えない。
ケチのおかげで、せっかくのチャンスを棒に振っているようなものだ。
ケチとは、一時は得をしたような気になるかもしれないが、結局は自らのチャンスや運を手放すことになりかねないのである。

『運 「ツキ」と「流れ」を呼び込む技術』竹書房

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ケチとは、何もお金ばかりのことではない。
何かの情報を知っている人が、異常にもったいぶってなかなかそれを教えないようなことがある。
もちろん会社の機密事項などは教えなくて当たり前だが、そうではなくて自分で得た情報や、ちょっとしたノウハウやコツなどだ。

貴重な情報やノウハウなどを気前よく人に教えていたら、もったいないし、損してしまう、と出し惜しみする。
しかし、多くはその程度の情報など、とっくに誰かが発表していて、たいしたことがないものであること多い。
自分だけがスゴイ情報だ、と思っているだけ。

本当は、情報などは出せば出すほど、他の人から別の新しいものが入ってくる。
なぜなら、何かの施しを得た時に、それにお返しをしなければいけないという、返報性の原理が働くからだ。
これはお金も同じ。
いつか必ず、お金でなくとも、別の何かで返してくれたり、応援者になってくれたりする。

ちょっとしたことを出し惜しみする人はケチくさい。
「ケチな人は運を落とす」
気前のいい人は人望が集まり、運がどんどんよくなる
posted by Dr.モーリィー at 08:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年08月10日

No 4728   【自分に仕掛け習慣化する】

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【自分に仕掛け習慣化する】

佐々木典士氏の心に響く言葉より…


スポーツで成果を出そうと思ったら、何より高いレベルのチームに所属することが重要だ。
競泳の選手を6年間にわたり、練習に同行しインタビューしたダニエル・チャンブリンスという社会学者がいる。
彼は、偉大な競泳選手になるには、偉大なチームに入るしかないと主張する。
「周りの誰もが4時起きして練習に行くような環境にいたら、自分だって自然とそうなる。それが当たり前になるんです。習慣になるんですよ」と言っている。
レベルの高いチームに所属すると、その集団と足並みを揃えようとし、切磋琢磨し合うようになる。

これは一般の人も同じで自分のレベルに応じたチームを見つければいい。
皇居ランをするなら、一緒に走る相手を見つけると続けやすくなる。

実際のコミュニティだけでなく、SNSのコミュニティも有効だ。
ぼくは初めてフルマラソンに参加しようとした時、参加表明をツイッターでつぶやいた。
かなり意識的にそうした。
フォロワーは当時5000人ほどだったろうか。
マラソンの結果もまたツイッターで報告するつもりだった。

那覇で行われた初参加のマラソンは高温で、半数しか完走できないという苛酷な大会だった。
両足のふくらはぎがつり、足はむくんで靴のなかでパンパンだ。
しかし「ここでリタイアすれば5000人の人間に、情けない人間と思われるぞ」という思いが完走の達成にも役立ったように思う。
誰にも言わずにこっそり参加していれば、途中でリタイアしていたかもしれない。

部屋を片づけてモノを減らす時に使えるのは「未来日記」。
SNSで「これを手放しました」と手放す前に書いてしまう。
そうするとSNSと現実を矛盾させる気持ち悪さが罰則になって実行しやすい。

武井壮さんは忙しい芸能生活の中で、毎日1時間のトレーニングと、1時間自分が知らないことを調べることを習慣にしているそうだ。
なぜそれができるかといえば「自分のためじゃないから」「フォロワー(現在は130万)をがっかりさせたくない」という意識があるから。
そして何も武井さんのようにフォロワーが多くなければいけないというわけではない。

人は数十人の小さな群れや村をコミュニティの単位としてきたのだし、相手は1人でも効果的だ。
最近は「ペア読書」という仕組みを使っている人もいる。
30分など時間を決めておいて2人で同じ本を読む。
そしてその内容について議論する。

同じ人でも、自分の行いが誰かに見られているかどうか、その行いの結果が誰かに伝わるかどうかで恐ろしく振る舞いが変わる。
■誰かに見られていると思うと姿勢を正したり、マナーに気をつける
■カフェや図書館などまわりに人がいたほうが仕事がはかどり、家だとダラダラする
■匿名だと悪口を言いやすくなる
■密室的な車の中だと気が荒くなったり、大声で歌える

人の目を気にしてしまう。
コミュニティ内での評判が気になるということは、ともかく人間の本能に近いものだ。
それに翻弄されてしまうのは苦しいものだが、それを意識的に取り込んで使うと、絶大な力を発揮する。

『ぼくたちは習慣で、できている。』WANI BOOKS

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人は誰かが見ていると頑張れる、という法則がある。
高校野球など、スタンドで応援してくれる応援団やチアリーダーやブラスバンドなどの人たちがいるから頑張れる。
観客が誰もいなかったら力も半減してしまう。

これは、スポーツだけの話ではなく、仕事でも勉強でも同じだ。
工場などで、見学コースを設けているところは、誰かに見られているということで、モチベーションも上がり、立ち居振る舞いもしっかりとしてくるという。

現代では、それがSNSによってかなり簡単に設定できる。
自分を駆り立て、自分に仕掛けることができるということ。
つまり、習慣化できる。

ダイエットも、片付けも、運動も、勉強や読書も、仕事の効率化も、習慣化しなければならないテーマはいくつもある。
自分に仕掛け、よき習慣を身につけたい

posted by Dr.モーリィー at 06:45| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

No 4727   【イライラさせる人はいない】

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【イライラさせる人はいない】

小林正観さんの心に響く言葉より…



ストレスで毎日イライラするという人がいます。
電車の中でも「押した」「押された」ということで朝からけんかをする人たちもいます。
私もよく「ストレスを減らしたい」という質問を受けます。
そういうときは、次のような話をします。

今、私の横をある人が通り過ぎて行くとします。
この人が通り過ぎて行くときに何か私に言ったとします。
そのとき私がこの人の言ったことに何も感じなかったら、この人は単に通り過ぎるだけの人です。

さらに次の人が来て、この人が私に何か言ったとします。
そのとき私がイライラしたとすると、私がイライラした瞬間に、私をイライラさせる人が地球上に生まれたのです。
「ちょっと待ってください、それではイライラさせる人というのはいないのですか。自分が勝手にイライラしたからイライラさせる人が生まれるのですか?」
…答えはそのとおりです。

自分がイライラしなければ、自分をイライラさせる人はどこにもいない。
これが宇宙の原理です。

さらにもう1回説明します。
目の前にすごく嫌な人が(嫌な人というのは本当はいないのですが)来たと私が思ったとする。
私が嫌な人と思った瞬間に、この人は嫌な人になります。
私が嫌な人だと思わなかったら、この人は何も関係ない人として通り過ぎて行きます。

ある人が私の目の前を通り過ぎて行くときに、面白い人と私が思ったとする。
私が面白い人と思わなかったら、この人は私にとって関係のない人で、単に通り過ぎるだけの人です。

「それではイライラさせる人も、嫌な人も、面白い人も、結局、宇宙には存在しないのですか。全部自分が決めた瞬間に生まれたのですか?」
…まったくそのとおりです。全部自分が産み落としているのです。

出来事についても同じです。
ある現象が私の前を通り過ぎて行くとき、私が何の感情も抱かなかったらこれは単に通り過ぎるだけのことです。
ある現象が私の目の前に来たとき、この現象が私にとって不幸だと思ったとします。
私が不幸だと思った瞬間にこの現象は不幸になりました。

私が不幸だと思わなかったら、これは何の関係もなくただ通り過ぎるだけのことです。
次に来たときに、このことについて私が幸せだと思ったとする。
思った瞬間にこれは幸せなこととなったのです。
そして私が思わなかったら、これは単に通り過ぎるだけの関係ない現実です。

「正観さん、では幸せも不幸も全然宇宙にはないのですか。自分が勝手に決めるのですか」
…その通りです。

通り過ぎる現象は自分に関係がないと思ったら関係がなく、それを心地いい、幸せだと思ったら幸せなことになります。
しかし、それを不幸だ、不幸せだ、つらい、悲しい、悲劇だと思ったら、この人がそう決めた途端に悲劇になるのです。
ですから自分が思わなかったら、自分の前に幸福な現象も不幸な現象も実は存在しません。
あまりにも簡単すぎて、みなさんがっかりしていませんか?

『みんなが味方になる すごい秘密』KADOKAWA 

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自分の意に沿わないできごとには、それが飲食店であろうが、コンビニであろうが、怒鳴りつけたり大声で文句を言ったりする人はいる。
反対に、すこしぐらいのミスや間違いは何の問題にもせず、「ありがとう」と、ニコニコと明るく機嫌よく帰って行く人もいる。
同じできごとでも、ある人は「自分をイライラさせた」と思い、別の人はそれが「何にも気にならない」。

転んで骨折しても、この程度ですんでよかった「ありがたい」と思う人もいれば、なんてツイてないんだ「不幸」だと思う人もいる。
事実は一つだが、とらえ方は人によって180度違う。

嫌なことが気にならない人は、満ち足りて余裕があって、機嫌のいいポジティブな人。
そして、他人は他人、と思っている。
嫌なことにすぐに反応したりイライラする人は、日頃、人から認められていなくて、いつもいっぱいいっぱいで、すぐに不機嫌になったり、ネガティブな考え方をする人。
だから、他人やまわりのことが気になって仕方がない。

「イライラさせる人はいない」
どんなことにも、誰に対しても、イライラしない方法を身につけたい
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2018年08月08日

No  4726   【「うっとり」が大事】

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【「うっとり」が大事】

無能唱元氏の心に響く言葉より…


世の中には健康を願い、成功を願い、富を欲しながら、もうガリガリするほどそういうものを欲しながら得られない、ということは運が悪いわけでもなく、神様がそうさせてるわけでもない。
実は、自分自身がアラヤ識の入口で失敗している、ということを知らなくちゃいけないんです。
「因果は同類にしたがう」、この法則をよく知る必要があるんです。
このことを知らずにいて、アラヤのなかに毎日、毎日、何かをインプットしつづけているのが我々の人生なんです。

日常、私ぐらい不幸な人間はいない、生まれつき自分は恵まれなかった、親が悪いとか先祖が悪いとか、私はまっ正直なもので、人にしょうっちゅう利用されるばかりで、いつまでたっても芽が出ないんだというような、マイナスのことばかり考えている人がいる。
そういう人がお金持ちになりたい、健康になりたいと願っても、アラヤのほうではそういうふうには働いてはいかないんです。

この世の中は、プラスとマイナスの二種類の性質しかないんです。
健康があって病気がある。
金持ちがいて貧乏人がいる。
成功があって失敗があり、夜と昼、高いと低い、おいしいとまずい、我々にとって利益のあること、ないことも含めて全部二種類の性質です。
頭で考えたことが、それと同類の感情が結び合わない限り、「念」にならない。
アラヤにインプットされないんです。
これは重大な秘密です。

つまり、この世の中に金持ちになりたいと思う人は大勢いるし、成功したいと思う人は大勢いる。
それなのになぜ得られないかという最大の原因は、日常の感情がマイナスになっていることが多いからです。
私の話をきいてるはなから、「念ずるだけで実現するなんて、世の中そんなに甘くないよ」なんてね。
否定的に思っている人がいるでしょう。
これはマイナスの考えです。

私はこの仕事をはじめてから、いろいろなスーパー成功者にお会いしたが、彼らに共通することの第一は、過去のグチ話をけっして話さないこと。
第二は、未来の希望についてのみ話すこと、そして自分はつねに運がよかったし、これからもよいに違いないと思っていることです。
知って知らずか、プラスの感情でプラスのこときり考えていないから、成功しちゃう。
まさに「因果は同類にしたがう」なんです。
我々は、いいことを願い、そして、それを暗い感情で打ち消さないかぎり、必ず成功、陽気のほうに向いて歩いていくことになるんです。

『【新装版】得する人 (アラヤ識シリーズ1)』日本経営合理化協会


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無能唱元氏は、願いを叶えるビジュアリゼーション(映像化)について本書の中でこう述べている。
『ビジュアリゼーションには大切な次の二つの条件がある。
1. くり返し考えること
2. できるだけ細部まで、絵のように心に思い描くこと
たとえば、家が欲しいと思っている人はいるけれでも、どのような家が欲しいか細かく設計図を書き、見取り図を書く、そういう人はあまりいないんです。
このやり方が一番効き目があります。
絶えず図を書いて、絶えず人に夢を語る。
そして、夢が叶った風景を、うっとりと頭に描く。
この「うっとり」が大事です。
イライラとしていては、いくら考えても夢は叶わない。
このとき忘れてはならないことは、日常の感情をつねにプラスにしておくということです。
「無能先生、私は先生の言われるとおりに一生懸命ビジョンを思い浮かべて、三年やっているけど、ちっとも叶ってこない。どうしてくれますか」なんて言う人がいる。
「どうしたらいいでしょうか」これに対して私は「それはね、私のところに、そいう文句を言ってくるのをやめれば良くなるよ」と言ったんです。
これは冗談みたいだけど、本当のことなんです。
人にクレームをつけるなんて、そういう心掛けでは、頭に思っていることと、感ずることは、プラスとマイナスの相殺作用になってしまう。
日常の感情のあり方が大事なんだと』

後ろを向きながら前に進むことはできない。
文句をいいながら笑うこともできない。
マイナスの感情を持ちながらでは、プラスの発言や発想をすることはできないのだ。

ビジュアリゼーションは「うっとり」が大事。
毎日をワクワクしながら夢を語り、プラスの感情で日々過ごしたい
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2018年08月07日

No 4725   【下方比較の法則とは】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【下方比較の法則とは】

内藤誼人氏の心に響く言葉より…



いろいろな心配を抱えすぎると、ツキが逃げてしまいます。
しかし、心配症な人に向かって、「心配しすぎないほうがいいよ」とアドバイスしても、実は、それほど効果があるわけではありません。
それと同じく、後悔しがちな人に向かって、「さっさと忘れるんだよ」とアドバイスしても、なかなか実行することはできないと思います。
なぜなら、当人自身も心配症や後悔しがちな性格を直そうと努めてはいるからです。
心配しすぎないように、後悔しないようにとはするものの、なかなかできないからこそ、彼らは悩むのです。
そこで、日常の些細な出来事で思い煩わないようにするための、ひとつの心理技術をお教えしましょう。

それは、「もっと悲惨な人」に目を向ける、という方法です。
世のなかには、探せば、あなたよりもずっと悲惨な人がいるはずです。
そういう人に目を向けると、自分のほうがはるかにマシだということに気づき、胸をなでおろせることがわかっています。

「俺はプロジェクトで失敗したけど、クビにならないだけマシだ」
「俺は営業成績が全然よくないけど、降格された〇〇さんに比べたら、ずっとマシだ」
「ベンチャーの経営に失敗して自殺した人に比べたら、生命があるだけマシだ」
「子どもが素直に育ってくれているだけ、家族崩壊している人よりマシだ」
このように、自分よりももっと悪い状況に陥っている人に目を向けると、つまらないことで悩んでいる自分が小さい存在であることに気づくでしょう。

このテクニックは、心理学でいう、“下方比較の法則”に基づいています。
自分よりもツイていたり、成功している人と自分を比較すると、自分のことがイヤになってしまうのですが、逆の人と比較すると、なんとなく晴れやかな気分になれるというものです。

アメリカの心理学者トーマス・ウィルズは、「自分よりもっと悲惨な人と比べるのは、自信を取り戻す上でも有効な方法だ」とさえ述べています。
落ち込んでしまったり、後悔ばかりしているときは、自分よりも、もっと悲惨な状況にある人のことを考えてください。
そうすると、より客観的に自分の立場を判断できるようになり、結果として、後悔しないでするようになるのです。

くれぐれも、成功者やお金持ちと自分を比較しすぎないようにしましょう。
比較すると、自分がつまらない存在に思えて、ガッカリするのがオチです。
比較するなら、自分より惨めな状況にある人にしてください。
それが、心理学的にも、気持ちを落ち着かせるいい方法なのです。

『ツキの絶対法則―イヤになるほどうまくいく最強の心理術』大和出版

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究極の比較は、生きるか死ぬか。
どんな心配ごとや嫌なことでも、死ぬこととくらべたら大したことはない。
生きてさえいれば、何とかなる可能性は必ずあるのだから。
だからこそ、「生きているだけでありがたい」。

身近な人が亡くなったときや、自分が大病や大きな事故をしたとき、多くの人は「生きているだけでありがたい」と感じる。
しかしながら、往々(おうおう)にして、普段はそのありがたさを忘れてしまっている。

心配ごとや、つらいことがあったとき…
下方比較の法則を思い出したい
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2018年08月06日

No 4724   【もうかってる感じは大切】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【もうかってる感じは大切】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



たいていの仕事ってね、暇より忙しいほうがいいんです。
それでも暇なときは、忙しい波動を出すといいんです。
ただ、忙しそうにすればいいんだよね。

例えば、私が洋服やさんをやっているとするよね。
それで、お店にお客さんが入ってくる。
そのとき、暇だからって「何をお求めですか?」なんて声かけちゃいけないの。
なぜかって言うと、お客さんは「的をかけられた」って感じるから。
そういうときは、よそで服をたたんだり、値札をつけかえたり、何でもいいから忙しそうにしているんです。
そうすると、お客さんはそれぞれ好きなように店内を見て歩く。
で、何か用事があるときは、「すいません」って呼ばれるから、そのきに初めて「はい、何でしょう」って言えばいいの。

「お店が忙しい=いいもの」
お客さんって、だいたいこんなイメージを持っているんです。
だから、お店の人は、いつも忙しそうにしなきゃダメなの。
お客さんを安心させるためなんです。

例えば、おそば屋さんで出前が忙しいとするよね。
そのとき、黙って出前していたら、相手には忙しいってわからないんです。
だから、配達ついでに、さりげなく「いやぁ、出前が忙しくてお待たせしちゃってすいません」ぐらい言うの。
それを言うか言わないかで、天と地ほどお店の印象って違ってくるんです。
忙しいお店だって思えば、お客さんは「ここは人気店なんだな、また注文しよう」ってなるかもしれない。
だけど、暇そうな店だと感じたときは、「次は違う店で注文しよう」と思うかもしれないよね。

それでね、相手に忙しいことが伝わったら、服装なんかもちょっとずつ変えるの。
相手は、ちょっと腕時計が変わっただけで「ここの店長さん、いい時計をしているから、このお店はもうかってるんだな」って気づくものなのです。
お客さんって、意外にいろんなことを見てるものなんです。

『斎藤一人 お金に嫌われない大成功の仕組み (借金持ちからお金持ちに変えてくれた大富豪の教え)』マキノ出版

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斎藤一人さんは、本書の中でこう語る。
『あんまりみすぼらしい服装をしてたら、誰だって「この人と取引して大丈夫だろうか」って思うよね。
要するに、キレイで豊かそうに見せるのは、お客さんのためなんです。
ひいては、それが自分のためにもなるの。
もうかってる感じって、たいせつなんです。
なぜかって言うと、もうからないのは、ろくなことしてないからなの。
正しいことをしていたら、もうかるようになってるの。
だから、お客さんは繁盛している店で買い物したいんだよね』

貧相で、貧乏たらしい感じがする人には、貧乏神がつきやすい。
反対に、福の神がよってくる人は、福相で、余裕があって、もうかってる感じがする。

見た目が9割という言葉があるが、まわりからどう見られているのか、はとても大事。
それが、その人の印象となり、ブランドとなっていくからだ。
もうかっている感じがする人には、景気のいい話が次々と舞い込むが、どうみてももうかっていなさそうな人には辛気臭(しんきくさ)い話しかやってこない。
もうかっている感じがする人でありたい
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2018年08月05日

No 4722   【言霊の力を信じる】

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【言霊の力を信じる】

浜松医大名誉教授、高田明和氏の心に響く言葉より…



「すべてはよくなる」。
この言葉は「困ったことは起こらない」より積極的な響きをもっています。

では、「因果の法則」と言霊はどのように関係しているのでしょうか。
こんな疑問が浮かびます。
もし、悪いことをしていたなら、いくらよい言葉を使ってもどうしようもないのではないでしょうか?
言葉などは意味がないのではないでしょうか。

私も長い間この疑問に答えられませんでした。
しかし、現実に「困ったことは起こらない」とか「すべてはよくなる」などと口ぐせのようにつぶやくと、ほんとうに問題が解決してしまうのです。
最近、この謎が解けたのです。
つまり、悪行をもっている人にこのような言葉を教えても、そもそも信じないのです。
「バカらしい」と実行しないのです。

このような言葉を信じ、実行する人はもともと善業をもっている人たち、あるいはその資格がある人たちなのです。
心に受け皿のある人なのです。
ですから、言霊は善業をもっている人にこそ、もっとも有効に働き、幸せをもたらすのです。
だいたい自分の人生を真摯に受け止め、「困ったことは起こらない」を信じて口ぐせのようにつぶやいている人が悪いことをするでしょうか。
もちろん、人間ですから間違ったことをいろいろしてしまうのは仕方がないのです。

しかし、そもそも人を殺したり、詐欺をしたり、いじめたりして他人の心を平気で傷つける人は、言霊を信じていないものです。
信じない人に言霊の効用をいくら説いても、信じないのです。
そのような人の行いを見ると、皮肉屋で人の心を傷つけて平気な人、悪いことをしてもそれに気づこうともしない人がほとんど、いや全部です。

言霊を信じ、よい言葉を使い、それを自分に言い聞かせている人なら、その人が徳を積んでいることがわかるのです。
そのような人が「すべてはよくなる」と自分に言い聞かせていれば、すべてがよくなるのは当然ではないでしょうか。
あなたは言霊を信じるでしょうか。
信じているということ自体が、あなたがこれまで徳を積んでいるということになるのです。

無宗教といわれる人も言葉を信じているかぎり、大丈夫です。
正しいことをする人たちは宗教を信じようが信じまいが、言葉の力は信じ、それを用いているのです。
いい言葉、いい考えを自然におこなう人は言霊を信じることで得られる力を、じつは、知らない間に得ているといえます。

『人生の目的は「心が楽になること」』新講社


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「素直な心というものは、だれに対しても何事に対しても耳を傾ける心である」
と言ったのは、松下幸之助翁。
どんなに、いい言葉やいい話を聞いても、素直にそれを聞かず、またそれを実行しなかったら、人としての成長や進歩はない。

日本は、「言霊の幸(さきわ)ふ国」と、万葉集にある。
言葉の力によって、幸福がもたらされる国。
言葉の力を信じなければ、残念ながら、幸福はもたらされない。

汚い言葉、人をおとしめる言葉、不平不満、愚痴、泣き言、悪口…
いずれも、幸せや運が逃げていく言葉だ。

言霊の力を信じる素直な人でありたい
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2018年08月04日

No 4721   【若きリーダー】

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【若きリーダー】

藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…



明治4(1881)年11月12日、明治新政府の事実上の首班である右大臣岩倉具視(ともみ)(47歳)を団長に、総勢107名(使節46名、随員18名、留学生43名)の使節団が欧米諸国を目指して横浜から出発した。
約300年続いた江戸幕藩体制を実質的に崩壊させた廃藩置県の強行から僅(わず)か4か月後である。
不満をいだく大名や武士が反乱を起こしても不思議はない状況にあった。

その中を大久保利通(42歳)、木戸孝允(たかよし)(39歳)、伊藤博文(31歳)という新政府の中心人物が揃って、予定では10か月にわたり14か国を歴訪する海外視察の旅に出たのである。
使節団の目的は2つ。
江戸幕府時代に締結された不平等条約の改正と欧米諸国の研究。
日本の国家のあり方を定める礎(いしずえ)にしたい、という思いからの旅立ちだった。

留守政府を預かったのは太政大臣三条実美(さねとみ)(35歳)、参議の西郷隆盛(45歳)、板垣退助(35歳)、大隈重信(34歳)。
出発の6日前、三条実美は使節団と留守政府の主要メンバーを自宅に招いて送別の宴を開き、こう激励した。
「いまや体制維新。海外各国と並立(へいりつ)を図るに当たり、使節を絶域万里(ぜついきばんり)に奉ず。外交内治前途の大業その成否、実にこの挙にあり」
送るほうも送られるほうも、新国家建設の使命に燃えていた。
当時の若きリーダーたちの意気込みが溢(あふ)れたスピーチである。

使節団はアメリカを皮切りに行く先々で熱烈な歓迎を受け、旅は延びに延び、結果として632日の世界一周旅行になった。
この旅に「愚挙」「壮挙」と評価は分かれたという。
だが、当時のリーダーが世界の中の日本を知り、日本の針路を誤らずに今日に導いた事実を見れば、「壮挙」であったことは確かである。
当時のリーダーはリーダーたるにふさわしい器量を備えていた、といえるのではないだろうか。

何よりも特筆すべきは、彼らの溢れんばかりのバイタリティであり楽天性である。
そのバイタリティと楽天性が野放図(のほうず)に流れず、「武」と「学」の鍛錬によって陶冶(とうや)されている。
彼らの人間的迫力、人間的器量はそこに起因している。

1にバイタリティ、2に楽天性、3に絶えざる自己修練。
この3つはいつの世もリーダーに欠かせない資質といえる。

国も会社も家庭も、そこにどういうリーダーがいるかで決まる。
どういうリーダーがいるかで、国、会社、家庭の浮沈(ふちん)、盛衰が左右される。
いつの時代も問われるのは、リーダーの器量である。

『小さな人生論5 (小さな人生論シリーズ)』致知出版社

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時代が大きく変わろうとする時代の節目は、若者のリーダーが多く輩出する。
明治維新や、今がその時だ。
海外を見渡しても、政治家も、起業家も、若い人が圧倒的に多い。
なぜなら、時代の変化のスピードが早ければ早いほど、年配者はついていけなくなるからだ。
年をとればとるほど、しがらみや、義理や束縛が増え、変えることができなくなる。

若きリーダーに必要なのが…
「1にバイタリティ、2に楽天性、3に絶えざる自己修練 」
若きリーダーが次々と活躍する時代がやってきた
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2018年08月03日

No  4720   【自分一人でも幸せになってしまうこと】

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【自分一人でも幸せになってしまうこと】

山崎拓巳氏の心に響く言葉より…



「旦那はいらないけど、子どもだけ欲しい」って話をする女の人が増えていませんか?
結婚して良かったという意見と、結婚して大変っていう意見はどちらが多いものなのでしょうか…。
いい情報が少ないので、結婚を選ばない人が増えているのでしょうか?
ある意味、女性が一人でも楽しく、安心して生きていける時代が来たのでしょうか?
また、社会的に「一人で生きる女性」が市民権を得たからでしょうか?

ベストセラー作家で経営コンサルタントでもあるジェームス・スキナーさんが「幸せな結婚の仕方」って話を教えてくださいました。
彼がある精神科医のセミナーに参加したときに聞いたそのエピソードをここで紹介します。

「結婚すると幸せになれる」と多くの人が思っている。
結婚がゴールになっているというのです。
しかし、結婚してみるとなかなかパートナーが自分を幸せにしてくれない。

不幸な結婚をしたと感じている人のほとんどは、「何で幸せにしてくれないんだ?こんなはずじゃなかった。幸せになれるって思ったからこの人を選んだのに」と思っている。
実はこれ、相手にすごく依存している状態です。

本当にうまくいく結婚は違うんだよって、その精神科医は続けます。
まず、自分一人でも幸せになってしまうこと。
「結婚なんかしなくても、自分一人で幸せ!」
それができたら、次に同じように、一人でも幸せに生きている異性を探す。

そして、その人と結ばれると「幸せな結婚生活」がやって来る。
これが「幸せな結婚の仕方」と言うのです。

幸せは他者から与えられるものではなく、自分で完結すべきものなのかも。
この話を聞いたとき僕はそう思いました。
一人でも幸せを完結できている者同士が、一緒に二人の幸せを完結する。

いずれにせよ、幸せな結婚の極意は「結婚なんかしなくても、自分一人で幸せ!」を体感することのようです。
自分以外の何かに頼って幸せになろうというのではなく、自分の力で幸せになれる人であること。
今、自分の手元にあるさまざまなものに感謝し、それを楽しみ、愛おしみ、満たされた心を持つ。

「幸せ」っていうスポーツのソロ競技を嗜んだ二人が、次はデュエットでその競技を究めていく。
そう考えると、結婚はゴールではなく、どうやら始まりのようです。

『運の強化書』SBクリエイティブ

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今すぐに、一瞬で幸せになる方法がある。
それは、「今、幸せだ」と感じること。
小林正観さんは、 「幸せという状態」があるのではなく「幸せを感じる自分」がいるだけだという。
何気ない日常でそれを感じるかどうか。

健康で食事ができて「幸せ」。
夜眠れる家があって「幸せ」。

幸せは、与えてもらうものではなく、自分で感じるもの。
他者に依存している自律していない人は、自ら幸せを感じる力が弱い。
だから、不平不満が多い。

結婚だけでなく、人間関係も、自律している者どうしの方が長く続く。
自分一人でも、幸せになってしまうことができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年08月02日

No 4719   【誰もが人に影響を与えている】

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【誰もが人に影響を与えている】

福島正伸氏の心に響く言葉より…



人が最も影響を受けるのは、まわりの人、出会った人の生き方だと思います。
自分も、まわりの人に大きな影響を与えているのです。
影響を与えるというと、何か特別のことをしなくてはいけないのではないかとか、だれもやったことがないことに挑戦しなければいけないのではないかと、難しく考えてしまうかもしれません。

けれども、まわりの人に影響を与えるというのは、そんなに大げさなことではありません。
自分が人に影響を与えることなんてできるのだろうか、などと思う必要はまったくないのです。

たとえば、夫婦が子育てをするときに、二人仲よく、幸せに生きるだけで、子どもに、その人生を変えるほどの大きな影響を与えています。
もし、子どもが幸せに生きている両親を見て、「お父さん、お母さんみたいになりたい」と思ったら、きっとその子は、両親の生き方から大きな影響を受けたのだと思います。

一日中、笑顔で生きているだけでも、まわりの人たちに大きな勇気を与えます。
心が安定していて不満や批判を言わないだけで、まわりの人に貢献していることになるのです。
周囲の人に感謝をしながら生きているだけで、人と人とのすてきなつながりをつくっているのです。

特別なことができなくても関係ありません。
自分らしく、自分のペースで、自分が決めたことを、できることからやっていけばいいのです。

『1日1分 元気になる法則』中経出版

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カナダ出身の精神科医である、エリック・バーン氏が開発したセラピーを交流分析(TA)という。
その中で、エリック・バーン氏は「人生脚本」という概念があると言っている。
「人生脚本」は、6、7才頃までに受けた親の影響によって作られる。
幼い子どもにとっては、両親は他の誰よりも一番影響を受ける存在だからだ。
親からは、言葉だけでなく、様々なメッセージによって、色々な価値観が伝えられる。

職業もその一つだ。
医者や教師の子どもが親と同じ職業に就くのが多いのは、そのためだ。
親が生き生きと楽しそうにその仕事をしていれば、子どもはそう思う。
しかし、愚痴を言ったり、いつも不機嫌だったりしたら、親にあこがれる子どもはいない。

これは子どもだけでなく、大人もまわりの影響を受ける。
たとえば、「朱に交われば赤くなる」というように、悪い仲間と一緒にいれば、悪くなり、よき仲間と一緒にいれば、よき人間になっていくということ。

「誰もが人に影響を与えている」
よき影響を与える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

No 4718   【根気がなくても続く仕組みをつくる】

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【根気がなくても続く仕組みをつくる】

信長氏の心に響く言葉より…


何かをやってもうまくいかない方に「根気が足りないからダメなんだ」という方がよくいる。
さらに、うまくいってもいかなくても、毎日根気強くやる方が引き合いに出されて「見習え」とまで言われるのだ。
もちろん、一時的には「根気」が必要な場面だってあるだろう。

けれども本当に大事なのは「根気がなくても続く仕組み」をつくる事。
案外、そこに気づいていない方が多い。
私たちがどんなに努力しようと頑張っても、その気があっても根気が続かないことだってあるからだ。
だからこそ、最初から根気が続かないこともある前提で、それでもうまくいく仕組みを作る必要がある。

夢をかなえた方の多くは、ほとんど例外なく、それぞれのやり方で「うまくいく仕組み」を作っているのだ。
私はもちろん仕組みづくりにはいつも全力を注ぐ。
今は出版事業も行っていて、ほかの著者のプロデュースも含め2ヵ月に1冊という個人出版事業ではかなりハイペースで本を出している。
それ以外にも、いろんな仕事をして遊びの時間も取っているから「どうやってそんなに仕事しているの?」と不思議に思われることも多いが、純粋に仕事する時間はむしろ減っていたりするのだ。

その秘密は、「仕組み化」を意識的にやっていることにある。
出版に関して言えば優秀な編集者さんやデザイナーさん、ライターさんを探して一緒にチームを組んでやる。
私は、そうした方を探し、企画のアイデアを出すことに全力を注ぐ。
そうした仕組み化を知らなかった新人著者時代は、何から何まで自分でやって、ものすごく苦労しながら1年以上もかけてやっと1冊の本を書いていた。
今は、そのときの数分の1の労力で、よりたくさんの、しかもおもしろいと思える本を出せるようになったと自負している。

個人的なことで言えば、あるときから「散歩」をしようと思い立った。
とはいえ、毎日ほかにもやることがあるので、つい散歩よりも目の前のことをやってしまう。
そこで寝る前に、起きたら必ずすぐに散歩に出られるように、散歩用のウェアと靴を用意して、顔さえ洗えばすぐに出られる状態にしてみた。
すると、「準備するの、面倒くさい…」という言い訳も自動的になくなり、いつしか散歩が習慣化された。

そのほかでは、少し変わった仕組み化になるが、私は自宅の部屋にはテレビを置いていない。
部屋にあると、ついムダにテレビを見て過ごしてしまうからだ。
その代わり実家でレコーダーに全録画して、経済情報番組やおもしろそうなドキュメンタリーなど必要なものだけを選んで見るようにしている。

ささいなことのように思えるかもしれないが、そうした日常生活での「1%の努力」が仕事にも影響してくる。
どんなことでも、いろんなことにエネルギーを振り分けていたら、エネルギー量は分散してしまう。
そうするとやはり、うまくいきにくい。
すべてのことを根気強くやるよりも、自分がやることだけに絞って取り組める「仕組み」を作ることで、エネルギーを1点集中したほうが最善の成果が得られるのだ。

『99%の努力はいらない』ソフトバンククリエイティブ

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会社における「仕組み化」とは、誰が担当になっても、うまくできるやり方をルーティンのシステムとして決めることだ。
個人においても同じで、「忘れないための仕組み」や「習慣を根付かせる仕組み」など、自分をプチ強制的にやるように仕掛ける、仕組みづくりのことだ。

たとえば、読書の習慣を根付かせるなら、本を読んだ感想や、本の中の感動した箇所を書き写して、それをSNSで定期的(できれば毎日)にアップするなどの仕組み。
毎日アップすることを自分に課せば、必然的に読書はするようになる。
同様に、ダイエットするなら、仲間にSNSで毎朝計測した体重計の写真をアップする。
これらのSNSを使った習慣づけの仕組み化はかなり有効だ。

あるいは、何かを持っていくことを忘れないためには、スケジュールのToDoリストに書き込んだり、玄関の靴ぬぎ場に、持って行かなければいけないものを前夜に置いておく。
「根気がなくても続く仕組みをつくる」
あらゆる場面で、仕組み化は役に立つ
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2018年07月31日

No  4716   【未来に通用する生き方】

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【未来に通用する生き方】

島崎信&中島健祐氏の心に響く言葉より…


価値創造という言葉から、みなさんは何を想像するでしょうか?
何らかのプロジェクトで、付加価値のついた製品をつくること。
新しいシステムやソリューションで、社会の役に立つサービスを提供すること。
あるいはエンターテインメント分野で、今までにないコンテンツを発表することなど。

多分、最初の印象としては、企業における商品やサービス開発に関係した概念だと感じる方もいると思います。
もちろん、デンマークでもそのような文脈で使われることはあります。
しかし、私が仕事を通じた経験から言えることは、価値創造の概念は、適用される領域がとても広いということです。
具体的には、中央政府から始まり地方自治体、民間企業、大学などの研究機関、市民活動など、あらゆる分野で価値創造が問われていると感じています。

そして、会議やセミナー・プロジェクトなどを通じて、「どのように新しい価値を創り出したのか」が絶えず評価の対象になっているということです。
たとえば、ある官庁では公務員の評価基準として、関わったプロジェクトで生み出された成果とその価値、そして、そこにどれだけの革新性(イノベーション)の要素が含まれていたのかが、定量的・定性的に査定される仕組みになっていました。
したがって、「人より長時間労働をした」「きれいにまとまった資料を多く作成した」というようなことは、評価の対象とはなりません。
あくまでも重要なことは、仕事を通じてどれだけの価値を創り出したのかということになります。
それが、企業だけでなく、行政機関や大学などの研究機関、市民生活全般で応用されているということです。

『未来に通用する生き方』クロスメディア・パブリッシング

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本書の中に、幸福度世界一のデンマークの姿(現在の)が書いてあった。
■国家の全エネルギー消費量の約40%が風力発電でまかなわれている
■電子政府が進展しており、行政サービスの大半はネットワークで自宅にいながら利用できる
■CPR(デンマーク版マイナンバー)はデンマーク人の人生データとつながっている(戸籍・学歴・所得・疾病履歴・治療履歴・遺伝子情報)
■遠隔医療サービスが本格的に開始される(自宅で診療が可能となる)
■若い世代の多くは財布を持っておらず、現金を利用していない(デビットカード・クレジットカード・モバイルペイメント)
■デジタル化の進展や、IOTなどの先端技術が展開されているが、国民は技術を使いこなして幸福度が高く、自然と共生した豊かなライフスタイルを楽しんでいる

そして、幸福な人生を全うするには3つの「しごと」の考え方が必要だという。
1. 仕事…生活の糧を得るため、はたらくこと。
2. 私事…健康の管理・家庭・家事・趣味や余暇を含めた、あなたの個人的な事柄。
3. 志事…自分の好きなことで長続きするたのしいこと。それが、世の中の何かのため、誰かのため、そして未来のためになる。そういう旗印としての、他者にも伝わる志の活動。

デンマークは、日本より、ITなど、かなり先に進んでいる感がある。
しかし、同時にデンマーク人は、日本人的な「足るを知る」という謙虚でつつましやかな幸福感も持っている。
それを「ヒュッゲ」な生き方とデンマークでは言うそうだ。

未来に通用する生き方を学びたい
posted by Dr.モーリィー at 06:39| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月30日

No 4715   【独自のセンスのある人】

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【独自のセンスのある人】

小澤良介氏の心に響く言葉より…



「これからは個のブランディングの時代であり、独自のセンスのある人が求められる」というお話をしました。
「個性」とか「独自のセンス」が大事となると、外見や言動でそれをアピールしようとする人が多いのですが、残念ながら間違いです。

外見や言動でのアピールは、「目立つ」という目的においては効果的ですが、「可能性を広げる」という観点からするとNGだからです。
人の印象は、外見の印象によって変わります。
奇抜な格好していたら奇抜な人だと思われます。
奇抜な格好や言動は、インパクトは強いでしょうし、一部の人には熱狂的に受け入れられるかもしれません。

けれども、多くの人にとっては「変わった人だ」「自分とは気が合いそうにない」と受け取られてしまいます。
関係性が発展する可能性が、最初から低くなるわけです。
だから、違う目立ち方をしたほうがいいのは言うまでもありません。

「どうせなら嫌われるより、好かれたほうがいい」
これに対して、異議を唱える人は少ないでしょう。
より多くの人に好印象を残すことができれば、話しかけてくれる人も増えるでしょうし、そのぶん新しい仕事や出会いのチャンスも広がります。
できるだけ多くの人に「カッコいい」「いい人だな」と思われて、損はしません。

ですから、セルフブランディングは、
「最大公約数に好かれる人」
を目指すべきなのです。

最大公約数に好かれるのは、とがりすぎず、バランス感覚のある人です。
また、「ギャップ」が魅力につながります。
仕事の場ではシンプルなスーツをそつなく着こなす男性が、休日にはラグビーで活躍している…。
そういう意外性や二面性で、人の評価はぐっと変わるのです。

「最大公約数に好かれる人」というと、没個性のつまらない人を思い浮かべるかもしれませんが、ここでお話したいのは、あくまでも「人に与える印象」のこと。
初対面では、無難で「なんとなくいい人そうだな」という印象だった人が、話してみたら、すごく真剣に取り組んでいる趣味があって、その分野では有名人で…というほうが、外見で目立つ以上にインパクトを残せます。

『LIFE STYLE DESIGN(ライフスタイルデザイン) ―「遊び」と「好奇心」で設計する これからの生存戦略』きずな出版

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小澤氏は、本書のなかで「センス」についてこう語る。

『センスは何で磨かれるのか…?
それは、「遊び」と「好奇心」です。
過去のやり方や、ルーティンワークが価値をもたなくなるなら、その慣習やルーティンから、飛び出さなければなりません。
遊びや好奇心は、「慣習から抜け出すきっかけ」をつくってくれます。
いつもより1時間早く起きて、散歩に出かけてみる。
スポーツの大会に出てみる。
友達と一緒に新しいレストランに行ってみる。
通勤手段を変えてみる…。
そんなちょっとした「面白そうだからやってみよう」から、世界は無限に広がっていきます。
損得ぬきで、夢中になって、心からワクワクする。
そんな遊びから、新しい価値をつくり出すようなセンスが磨かれていくのです』

ブランディングは個人にとっても、会社にとっても、自分の価値を高めるために、とても重要なことだ。
だがしかし、セルフブランディングは自分を、「すごそうに見せること」でもなければ、「実力以上に見せること」でもない。
まずは、自分の実力を磨き、そしてそれをデザインし、伝えること。
だから残念ながら、中身のない人は、ブランディングはできないということ。
これは、会社も同じこと。

最大公約数の人たちに好かれるため…
自分独自のセンスを磨きたい
posted by Dr.モーリィー at 06:36| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月29日

No 4714     【自分の名前で勝負する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自分の名前で勝負する】

角田陽一郎氏の心に響く言葉より…



尊敬する明石家さんまさんとは、出会ってからかれこれ25年になります。
そのためか僕はよく、人から「さんまさんって恐い人ですか」と聞かれるのですが、そういう時には「めちゃくちゃいい人だけど、めちゃくちゃ恐い」と答えるようにしています。
いい人であることに説明は要りませんね。
では、なぜ恐いのか。
それは、ご自分の名前で番組を背負(しょ)ってるからです。

さんまさんは1992年から2014年まで、TBSの『さんまのSUPERからくりTV』という番組をやられていましたが、もし「 『さんまのSUPERからくりTV』がつまらない」となると、「さんまさん自身がつまらない」ことになってしまいます。
自分がMCの番組をやる、つまり番組を背負うのは、他の番組にゲスト出演する時とはわけが違う。
だから番組作りにはものすごく厳しく、その厳しさが時に「恐い」という印象を周囲に抱かせるのです。
自分の名前で勝負しているから、あらゆる瞬間に必死。

当然、番組への理解力もコミット力も半端ない。
それがおろそかになったが最後、番組がつまらなくなり、自分の名前に傷がつく。
さんまさんは、そんな危機感から番組作りに厳しくなり、同時にそうすることでご自分の運も上げ続けています。

つまり、「運を上げる」とは「自分の名前で勝負すること」。
それは、あらゆる物事を「自分ごと化」することと同義です。

僕は、世の中で一番時間を守らないのは普通のサラリーマンだと思っています。
僕にも経験がありますが、たとえば取引先との会議。
前々から朝10時からだと決まっているにもかかわらず、「ちょっと別件で部長は遅れておりまして」「担当がちょっと風邪で来られません」などと、悪びれもせず言われたりします。

タレントさんだったら、「ちょっと別件」や「ちょっと風邪」で来ないなんてことは、絶対にありません。
よく番組などでタレントの遅刻がネタになっていますが、実は芸能界ほど時間を守る業界はありません。
なぜならタレントたちは皆、自分の名前で勝負しているからです。
一回でも遅刻をすれば評判は落ちますし、多くのスタッフに迷惑がかかる。
本当に仕事にならないのです。

サラリーマンが遅刻するのは、自分の名前で仕事をしていないから。
名刺に刷られている会社名に甘えて仕事をしているだけです。
この甘えは、相手に無理を押し付けざるをえない時の一言にも現れます。

「すみません、こっちも仕事なんで」「一応、そういう決まりでして」という人はどこか責任を所属組織のせいにしていて、自分の名前で仕事をしていません。
若い人が「偉い大人の事情で…」などと言って、何かができないことを言い訳にするのも同じです。
自分の名前で仕事をしていれば、「僕の顔に免じて許してください」という言葉が出てくるはず。

自分の名前で勝負をしていないうちは、運が開きません。
会社にしても自分の名前で仕事をしている人には運が訪れますし、芸能界でも事務所の権威を振りかざして仕事をしている人からは、運が逃げていくのです。

『運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたった1つの武器』あさ出版

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「自分ごと」の反対は「他人(ひと)ごと」。
「ひとごと」とは、「自分とは関係ない」とか、「どうでもいい」、「知ったことではない」ということ。
その究極は、無視するということ。
よそよそしくて、冷たくて、思いやりを感じられない言葉だ。

その反対の、「自分ごと」とは、まるで自分のことのように考え、行動することであり、当事者意識を持つことだ。
主体性を持ち、責任感を持って、泣いたり笑ったり、まるで自分のことであるかのように考える。

SNSで名前を出したり、顔をだしたりすることは、実はタレントと同じように自分の言動に責任を持つということ。その反対の匿名(とくめい)での投稿は、責任のない感情的な発言や、ひどい誹謗(ひぼう)中傷など、単なるストレスの発散になりやすい。
そして、名前や顔を出したら、到底言えないような過激なことをつぶやくことが多い。

「運を上げる」とは「自分の名前で勝負すること」。
あらゆる物事を「自分ごと化」できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月28日

No 4712   【「ほめる」とは、温かい言葉をかけること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「ほめる」とは、温かい言葉をかけること】

精神科医、和田秀樹氏の心に響く言葉より…



人をほめるのが苦手という人はたくさんいます。
「照れくさくていい出せない」
「どうほめていいかわからない」

そういった素直な理由だけでなく、中には複雑な理由をあげる人もいます。
「下心があるみたいでイヤだ」
「わたしがほめて喜ぶんだろうか」
と考えてしまう人です。

ところが相手は違うのです。
特別な評価を求めているわけではなくて、
「たまにでいいから」
「少しでいいから」
ほめてもらうと嬉しくなり、いい気分になったり、安心したりするのです。

たとえば仕事が終わらなくて遅くまでデスクに向かっているときに、上司や先輩がひと言、「頑張ってるな」と声をかけてくれるだけでも嬉しくなります。
ほめ方は、短くてかんたんな言葉でいいのです。

「いいね」「ちゃんとしてるなあ」「羨ましいなあ」といった、自分の気持ちをそのまま表した言葉でいいのです。
そういった言葉をふわっと投げかけるだけで、相手は嬉しくなります。
嬉しくなったらそれで十分ですね。
ほめられたのと同じです。

だからたとえば、「ありがとう」とか「助かった」といった何でもないひと言でもいいのです。
いってもらうだけで嬉しくなるような言葉はすべて、ほめ言葉です。
そう考えていくと、「ほめる」というのは温かい言葉をかけることなんだとわかってきます。
短くてかんたんなコミュニケーションですね。

『ほめ言葉の力 (WIDE SHINSHO)』新講社ワイド新書

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人をほめるというと、構えてしまって、「相手のいいところを見つけて」「相手が感動するような言葉かけよう」などと思ってしまう。
しかし、ほめるとは、相手が喜ぶこと、嬉しくなるようなこと、だと思えば、もっと簡単な言葉で、気軽に言えるかもしれない。

簡単な言葉とは(本書より)…
「よくやったね」
「みんなのおかげ」
「あのときは嬉しかった」
「それ、おもしろいね」
「元気そう」
「たいへんねえ」
「お疲れさま」
「調子はどう?」
「よかった」

誰に対しても、温かい言葉をかけられる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月27日

No 4711   【「人にどう思われるか」が一番大切】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です


【「人にどう思われるか」が一番大切】

サンリ会長、西田文郎氏の心に響く言葉より…



優秀なビジネスマン、プロのビジネスマンに「一番大切なもの」は何でしょうか?
国際感覚でしょうか?
景気動向を見極める洞察力でしょうか?

違います。
「人にどう思われるか」…これが一番大切です。
それを聞いた人たちは、目を丸くして仰天します。
私たちは、「自分のことを人がどう思うか」は気にするなと教えられて育ってきました。
他人の思惑、人目を気にするのは、軟弱な人間だと言い聞かされてきました。
ただ、それは「内実」というものが信じられた時代のことです。
現代は「内実」というハードウェアも大切だが、消費社会の世の中はソフトウエアのほうがより重んじられる時代なのです。
商品でも中身が同じなら、ときには中身が同じでなくても、ラップのきれいなほうが売れるのです。

ツキも運も、自分以外の他人が運んできてくれるからです。
つまり、どういうことかというと…

サラリーマンの中には、「一生懸命働いているのに会社が認めてくれない」とか、「上司がわかってくれない」とこぼす人がいます。
実力勝負のプロスポーツの世界でさえ、「首脳陣が評価してくれない」「監督に嫌われた」と訴える選手がいます。
明らかにツキと運に見放された人たちです。

なぜなら彼らは、「認めてもらえなければ、どんな才能も能力もないのと同じである」という真理に気づいていないからです。
もし本人が言うように、才能や能力があるのに、それを認めてもらえないとしたら、才能や能力がないために当然認めてもらえない人間より、さらにツイていないことになります。
ツキと運のない、次のような最悪の人間ということになるわけです。

1. 優秀なのに、優秀であると評判にならない人
2. まじめなのに、まじめであるという評判にならない人
3. 努力家なのに、努力家だという評判が立たない人
4. 能力があるのに、ツキのある人に好かれない人
5. 頑張っているのに、運のある人に好かれない人
6. 正しいことを主張しているのに、相手に理解されない人

誤解を恐れずに言ってしまえば、「実際に優秀であること」より、「あいつは優秀だと思われること」のほうが大事なのです。
実際に努力家であるより、努力家だという評価のほうが大切であり、実際に能力があるより、能力がある人間だという評判のほうが重要なのです。
なぜならば「あの人は成功しそうだと思われること」が、ツキや運を得る必須条件になるからです。

ツキや運とは他人が運んできてくれるものです。
どんなに優秀であっても、どんなに努力家でも、またどんなにすごい能力があっても、そう認められない人間のところに、わざわざツキを運んでくる人はいません。
だから、自分に運がないのは、「監督や首脳陣、上司、会社のせいだ」と考えるのは間違いなのです。

「自分のイメージ」がすべての原因なのです。
したがって、「自分はツイていない」「運がない」と思う人は、姓名判断で運勢を改善しようなどと考える前に、まず人目を気にすべきなのです。
「他人の目に自分がどう映っているか」を検証すべきなのです。
自分のイメージの悪い点に早く気づき、イメージデザインを早急に変えなかればなりません。

『ツキの大原則―面白いほど成功する 努力が「すぐ報われる人」のマル秘ノウハウ (知的生きかた文庫)』


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西田氏は本書の中でこう語る。
『あるJリーグの選手に、私は「決してクサるな」と指導したことがあります。
「監督の前では、どんなときも元気をアピールしろ。本当は落ち込んでもいい、心ではフテくされてもいい。ただ監督の前では元気をアピールしろ」
その選手はなかなか試合に使ってもらえず、監督との不仲さえ噂されていました。
「このチームにいる限り、自分の出番はない」とひそかに思っていたのです。
しかし私が、「クサらない自分」「落ち込まない自分」というイメージデザインをアドバイスした翌週、久しぶりに試合に起用されるというツキがあり、すっかりレギュラーに定着しました。
実際に自分をそう変えようなどと、無理をする必要は少しもありません。
「見た目」だけでいいのです。
「評判」でいいのです。
大切なのは「内実」ではありません。
あくまでもラッピングであり、「他人にどう思われるか」が大切なのです』

自分を他人にどう見せるかはとても大切だ。
たとえば、SNSで、毎晩飲んだり、食べたりしているシーンばかりをアップしていたら、その人は「毎日、遊んでばかりいる人」「仕事より飲んだり食べたりするのが好きな人」というイメージができあがるだろう。
自分のイメージをどうデザインして、それを伝えるのか。

これは、「新製品を出す」と考えたら、よくわかる。
高級なイメージにしたかったら、高級に見えるデザインと、ラッピング、そして、細部にわたって、上品でラグジュアリーでセンスのいいプレゼンをする。
会社のイメージをアップすることも同じだ。
つまり、ブランド価値を高める。

できる人の評判…
「あいつやるなぁ。とってもかなわない」
「すごい人だ。まいった!」
「あの人、ツイてるなぁ。何か、もってるよ」
「やる気あるなぁ。すごい!」
「ホント、頑張ってるね。頭が下がるよ」

自分の評判を高める努力を重ねたい
posted by Dr.モーリィー at 07:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする