2019年01月02日

No 4939   【心が何も感じない人生はつまらない】

IMG_2847.JPG

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【心が何も感じない人生はつまらない】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


ずいぶん前のことなんだけど、うちのみっちゃん(銀座まるかんグループの代表)に、失礼なこと言ったヤツがいたの。
それを知って、オレはむちゃくちゃに頭にきたんだよ。
オレが穏やかでいられたのは、そういう人間がオレの目の前に出てこなかっただけの話なんっだよね。
出てくれば、カッカ、カッカ、燃えるんだよね(笑)。

そうやって燃えているときの自分が、オレは大好きなんだよ(笑)。

自分より前を歩いている人が、やけに落ち着いて見えて、何ていうの?
すごい人間に見えるんだよな。
だけど、落ち着いて見えるのは、落ち着いているんじゃないんだよ。
くたびれて、動作が鈍くなってるだけなんだよ(笑)。

いつも泰然自若(たいぜんじじゃく)としている人だって、嫌なことをする人間がきたら、カッカ、カッカするよ。
それが人間なの。
それって、案外いいもんだよ。
ここで怒らないで、いつ怒るんだ、っていうぐらいにね(笑)。

変な話ね、逆上して、相手をあやめそうになるところを、たとえば、茶碗を投げるだけで、済ますことができりゃあ、それでもう、御の字なの。
いつも泰然自若としていることを自分自身に求めるけどね、心というのは、いつも同じではいられないの。
たとえば、自分の家が火事になってしまったら、落ち着いてなんかいられないんじゃない?
自分の女房が浮気して、心に思うことが何もないなんて、立派すぎるよな。

波のたたない心を目指していたら、無感情人間になっちゃうよ。
心が何も感じない人生で、いいのかね。
オレだったら、つまんなくてしょうがないな。

人ってね、恋をすりゃあ、楽しいの。
フラれりゃあ、悲しい。
それが自然なんだよ。

フラれて悲しいからって、ほとんどの人は、ストーカーになったりしないじゃない?
悲しくて相手の住んでる町まで行って、恋しい人の姿を探すことはあっても、相手の自宅まで押しかけるのは「やめておこう」って踏みとどまるじゃない?
踏みとどまっただけで、もう上等なの。
自分に「上等、上等」って言ってあげることだよね。
そうやって、「自分にやさしくする」って、すごく大切なことなんだよ。

完璧主義者って、完ぺきを望むけど、ムチャなんだよ。
誰だって自分がモテればうれしいし、けなされれば腹が立つの。
自分のことをけなした、その相手を殴ったり、殺しちゃう人もいるのに、自分はそれをしなかったんだよな。
殴ったり、犯罪をおかさなきゃいいんだよ、正解なの。

嫁と姑の問題もそうだよ。
嫁と姑が、顔を合わせると口ゲンカをしちゃうんです、って。
殴り合いのけんかをしないとか、殺しあわなきゃ、「仲がいい」ってことにするの。
「柔軟な心」とは、そいうことをいうんだよ。
「仲が悪い」というのは、殴り合いをしてたり、殺し合いをしてる、ってことなの。
悪口を言い合うなんていいうのは、「仲がいい」の。

自分にも、相手にも、要求水準を下げておくの。
嫁と姑が、元気に悪口言い合っているのは「仲がいいんだ」って。
そういう目でみいるとね、面白いんだよ。
なぜか、必ず仲良くなっちゃうんだよ。

『斎藤一人 極楽人生 あなたの人生が急に面白くなっちゃう(信長出版)』(道井さゆり)

48421383_2029971637083128_1855713669040570368_n.jpg


陽明学を樹立した王陽明〈中国明代の思想家〉はこう語った。
「天下のこと万変といえども、吾がこれに応ずるゆえんは、喜怒哀楽の四者を出でず」

『人生は千変万化、いろいろさまざまであるが、自分がこれらの問題をテキパキと処理できる理由は 「人生のいかなる変化も、つきつめれば、喜怒哀楽の四つを出ないこと」を知っているからだ。
よく考えてみれば、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむか、ということが人生のすべてである。
世の中には、道徳というと「一切、喜怒哀楽を表面に出さない、感情などには動かされないことだ」 などと頑(かたく)なに信じ込んでいる向きがあるが、これはとんでもない誤解である。
人生とは、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむかということ… つまり「いかに生きるか」ということに「正しい自律」をたてること、「原理原則」をもつことである』「人間学」(伊藤肇)より

また、論語には、「憤(いきどお)りを発して食を忘れ、楽しんでは以て憂(うれ)いを忘れ、 老いの将(まさ)に至らんとするを知らざるのみ」という言葉がある。
楚(そ)の国の葉公が、「孔子という人は、いったいどういう人物か」と弟子の子路に訪ねたが、 子路は答えられなかった。
それを聞いて孔子は、子路に、どうしてこう言ってくれなかったのか、と言った。
「孔子とは、憤ったり感激すると、食べるのを忘れるほど熱い人であり、 道を究め、楽しんでいるときは、憂いを忘れ、年をとるのも忘れている人だ」、と。

ブッダにしても、孔子にしても、聖人は聖人然としているから聖人ではない。
熱く燃えたぎるような情熱を持ち、喜怒哀楽の激しい人だ。
つまり、魅力ある人とは、喜怒哀楽の振幅の大きい人。

心が何も感じない人生はつまらない
魅力ある生き方を目指したい


IMG_2864.jpg

IMG_2873.jpg

IMG_2870.jpg

IMG_2874.JPG



【元旦によせて(平成31年)】

小林正観さんの心に響く言葉より…



昭和20年8月30日、ダグラス・マッカーサー元帥が日本に降り立ちました。
終戦後、GHQの最高司令官として日本の占領政策を進めるために来たのです。
約1ヵ月後の9月27日に昭和天皇が会いにくるということになった。

マッカーサーは、どうせ命乞いに来るのだろうと思って、自分の部屋でコーンパイプをくゆらせて足を組んで待っていた。
迎えには出なかったそうです。

昭和天皇は燕尾服(えんびふく)を着てやってきて、「マッカーサー元帥、お願いがあります。ここに皇室の財産目録があります。私の命とこの財産目録を差し出しますから、日本国民のためにアメリカから食料を送っていただきたい」と言ったそうです。
マッカーサーは驚いた。
今までいろんな人に会ってきたけれど、命乞いするとか亡命をするという人ばかりであって、自分の命を差し出すというトップの人には一人も会ったことがなかった、それで大変驚いたのだそうで、話をしているうちに、この人はポーズで言っているのではなくて、本当に心からそういうふうに言っているのだと思ったそうです。
命も本当に差し出し、財産目録も本当に差し出している。
その財産目録を見たら、細かいものまで全部載っている。

昭和天皇が本当に誠心誠意対応したということがわかり、マッカーサーは本国に連絡して、子供用の食べ物、特にチョコレートやチューインガムを大量に送らせました。
そして、届いた食べものを米兵を使ってどんどん配り始めた。
あのチョコレートとチューインガムを配っていたのは米兵の厚意であるけれど、実はその根っこには昭和天皇の一言があったのです。
マッカーサーが要請して、食べ物が来たのですが、その根底は、日本国民に食べ物を与えてほしい、もっと多くのものを取り寄せてほしいと言った昭和天皇の言葉だったということなのです。
マッカーサーは、その人格に打たれて、昭和天皇が帰るときには玄関まで見送ったそうです。
そして、昭和天皇の車が出て行くときに、敬礼をしたという話が残っています。

別に私は昭和天皇や天皇家を礼賛しているつもりはありません。
ただ、人間の意識として、自分の命を助けてくれ、なんとかしてくれというのとは違うところに意識を持っていく人がいるということ。
人間には、そんなことが可能だということです。

1月1日、天皇陛下は東西南北四方に向かい、正座をして、お祈りするそうです。
「今年この国に災いがあるとしたら、まず私の体を通してからにしてください」。
これを四方拝(しほうはい)といいます。
天皇家といものは、それを毎年繰り返しながら、100代以上にわたって生きてきた家系だそうです。

天皇家というのは、そういうことを言い続けてきた家系である。

そして災いを一身に浴びて、背負いきれなくって亡くなると、それを皇太子殿下が受け継いで、また災いを一身に浴びて死んでいくという、そういう家系だったということです。
聞いた話では、天皇陛下と皇太子殿下がヒソヒソと話をしている場面というのが結構あるそうですが、侍従長さえも、なんの話をしているのかはわからないそうです。
天皇から皇太子にだけ教えていることがある。
四方拝もどうもそうらしく、わが身に全部降らせてくださいというのは、ほかの人には一切知らせず皇太子だけに教えていくらしいのです。
それが漏れ伝わってきたのはありがたいことで、それを活字にして書いてしまっていいのかなというところはあるのですが、人間の魂がここまで崇高なところに行くことができる実例として、どうしても紹介したくなりましたので、書くことにしました。

『なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?』イースト・プレス

49590974_2038428766237415_7722205049060851712_n.jpg



1月1日の早朝、宮中や各地の神社で早朝から「歳旦祭(さいたんさい)」という祭祀(さいし)がおこなわれる。
歳旦とは、1月1日の朝のことをいうが、新玉(あらたま)の年の初めを寿(ことほ)ぎ、五穀豊穣(ごこくほうじょう)や、国家の隆盛と国民の平安をお祈りするお祭りだ。
天皇陛下は四方拝をすませたあと、朝の5時半から歳旦祭を行う。

明治天皇がつくられた新年にふさわしい和歌がある。

『あしはらの国のさかえを祈るかな 神代ながらの年をむかへて』
葦原(あしはら)の中つ国とは、日本の古称。
神代のまま変わることのない新年を迎えて、日本の永遠の栄えを神に祈る。

『さしのぼる朝日の如くさわやかに もたまほしきは心なりけり』
昇ってくる朝日のように、さわやかな気分を持ちたいものである。

あたかも、本日は平成最後の元旦。
今年一年、ご縁のある皆様の弥栄(いやさか)を祈念し、新年のご挨拶とさせていただきます
posted by Dr.モーリィー at 18:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする