2015年12月31日

No 3351   【人生は自分がつくっている】 【周りを明るく楽しく照らす】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生は自分がつくっている】

橋本京明氏の心に響く言葉より…


人には必ず人生を左右するターニングポイントが存在します。
どこに進学するのか、どんな働き方をするのか、誰と結婚するのか…。
そのときどきに、自分では「この道が最善」と思って選んではいるのですが、いざ歩み出すと困難な状況が続くことに疲れ果て、「あのとき、もうひとつの道を選択していたら、こんなつらい人生を送らなくて済んだのに…。人生の選択を誤った」と思いがちです。

しかし、本当にそうなのでしょうか?
右の道を選ぶか、左の道を選ぶかによって、人生が大きく左右されるように思えますが、仮にもうひとつの道を選んだとしても、行き着く場所は一緒なのです。
なぜなら、自分で書いてきた台本どおりに人生は進んでいるからです。

もっと言うと、選ばなかったもうひとつの道は、そもそもあなたの人生には存在していないのです。
私たちは、台本どおりの人生を歩むため、選ぶべき道をきちんと選び取って、今ここにいるのです。
選ばなかった人生は、あなたの台本にはなく、実は、今生きている人生以外の選択肢はなかったのです。

それを知らずに、自分に起きた事象だけを挙(あ)げ連(つら)ねて「不幸だ」「運が悪い」などと言っていると、それと同じような結果が返ってきてしまいます。
そうなることに意味があって、あなたが書いてきた台本なのです。
今の状態に不満を感じているなら、それを生み出しているのはあなた自身だということに気づきましょう。

人生は自分がつくっている。
この真実に気づくことができれば、何が起こっても一喜一憂することなく、穏やかな気持ちで過ごせるようになるでしょう。

『1%の幸運を100%手に入れる強運のつかみ方』大和書房

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生まれ変わりの法則によれば、人はこの世に生まれてくるとき、自分の一生の台本を決めてくるという。
つまり、学びのテーマを持ってくる。
その学びのテーマをクリアーするために、両親を選び、仕事を選び、色々な困難や辛いことも自らが選ぶ。

一見すると不運なことも嫌なことも、それらのテーマをクリアーするために、自分自身が生まれる前から仕組んできたこと。
そのことに心から得心がいけば、人のせいにしたり、世の中のせいにすることはできない。

あのときああしておけば、という「選ばなかったもうひとつの道は存在しない」。
「人生は自分がつくっている」という真実に気づきたい


【周りを明るく楽しく照らす】

小林正観さんの心に響く言葉より…


古事記の中にある「天岩戸(あまのいわと)開き」という話の中に、神様の性質が隠されています。
それは次のような話です。

「須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴な行動に怒り、天照大神(あまてらすおおみかみ)は天岩戸に閉じこもってしまいました。
すると、すべてが闇になり、さまざまな禍(わざわい)が生じます。
どうしたらいいものかと八百万(やおよろず)の神が相談し、さまざまな儀式を行いました。
そして、天細女命(あめのうずめのみこと)が天岩戸の前で桶を伏せて踏み鳴らし、踊ることになったのです。
この踊りを見た八百万の神々から、笑いの渦(うず)が巻き起こります。
楽しそうな笑い声を聞いた天照大神は、周りで何が起こっているのかと思い、天岩戸を少し開けて問いました。
そこへ、待ち構えていた天手力男神命(あめのたぢからのみこと)が岩戸を開け、世の中に光が差し込むことになったのです」

この物語では、天照大神は、「泣いてもわめいてもお願いしても、聞いてくれない」ということを教えています。
単なる神話だと思う方もいると思いますが、私にはそうとは思えないのです。
物語をとおし「神様を動かすには、お願いごとをしても駄目なんだ」ということを、私たちに教えて下さっているように思えました。

「自分の人生が思いどおりにいかず、辛いので何とかして下さい」と言っても、神様は聞いてくれません。
「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」こそが、神様を動かすために有効な手段らしいのです。

「人生が面白くて、楽しくて、恵まれているものがたくさんあって、とても幸せです。神様ありがとう」と言っていると、神様は、「本質がわかったんだな」と思い、もっと味方になってあげようと、と考えるようです。
もしかすると神様はとことん不公平なのかもしれません。
というのは、悲しがって辛い辛いと言っている人には、何の関心もない。
神様に、愚痴や泣き言をいくらぶつけたとしても、聞く耳を持ちません。
これは、私たちの生活の中で神様を味方につけるための、非常に重要なポイントです。

本来、神社仏閣はお願いを伝えるところではなく、「自分がどれほど恵まれているか気がつきました。ありがとう」と、お礼を言いに行くところです。
「ありがとう」とは、もともと「有り難し」という言葉で、人間業ではない、自然界には存在しないような現象を「有り難し」といい、神に向かって言う言葉でした。
人間に向かって言うようになったのは、室町時代以降のことです。
私たち人間や、動植物に向かって「ありがとう」と言うと、神様はすべて自分に向けられた言葉だと認識します。
ですから、たくさんの「ありがとう」が神様に届くと、この人間に何かしてあげようかな、と思うようです。

「ありがとう」という言葉に一番反応する神様は、天照大神。
この神は「あまねく照らす」ことから「アマテラスオオミカミ」と呼ばれています。
私たちは、神様から見るととても小さな存在です。
しかし、一人一人が天照大神のように輝いて生きていき、その人がいることで周りを明るく楽しく照らす、まるで「小さな天照大神」のような人がいたら、神様は嬉しいのではないでしょうか。

ありとあらゆる人に対して、明るく、楽しく、笑顔で、爽やかな存在となって周りを照らしていく人は、「小さな天照大神」になれるかもしれません。
「小さな天照大神」を略して「プチテラス」ということにしました。
私たちは、誰もが「プチテラス」として生きていくことができます。

『無敵の生きかた みんなが味方になる』廣済堂出版

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「面白がること」「楽しむこと」「幸せに過ごすこと」が大事なことはわかっている。
でも、それができないから悩んだり、苦労しているのではないか、という人は多い。
「笑いが大事だ」と言ったとき、「私だって、楽しいことがあれば笑うよ。でも楽しいことがないからしかたないじゃない」というのと同じ。

「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなる」という言葉がある。
つまらないことや面倒なことの中に、面白いことを探し、楽しみや幸せを見つけることこそが人生の本質。
すると、人生のいたるところに、「ありがとう」と感謝することも見つかる。

本日は、大晦日(おおみそか)。
神社では、今年一年の罪穢(つみけが)れを祓(はら)い清める儀式、師走(しわす)の「大祓式(おおはらえしき)」が行われる。
祓ったあとは、今あるすべてに「ありがとう」と感謝する。

そして…
自らが輝いて生き、周りを明るく楽しく照らす存在になること。
新しい年を、面白がって、楽しんで、幸せに過ごしたい
posted by Dr.モーリィー at 09:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする