2020年07月31日

No 5703   【13歳からのアート思考】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【13歳からのアート思考】

美術教師、末永幸歩(すえながゆきほ)氏の心に響く言葉より…


あなたは美術館へ行ったとき…
あなたは「絵を見ていた時間」と、その下の「解説文を読んでいた時間」、どちらのほうが長かったですか?
おそらく、「ほとんど解説文に目を向けていた」という人がかなり多いはずです。

私自身、美大生だったころはそうでした。
美術館を訪れることは多かったにもかかわらず、それぞれの作品を見るのはせいぜい数秒。
すかさず作品に添えられた題名や制作年、解説などを読んで、なんとなく納得したような気になっていました。

いま思えば、「鑑賞」のためというよりも、作品情報と実物を照らし合わせる「確認作業」のために美術館に行っていたようなものです。
これでは見るはずのものも見えませんし、感じられるはずのものも感じられません。
とはいえ、「作品をじっくり鑑賞する」というのは、案外けっこう難しいものです。
じっと見ているつもりでもだんだんと頭がボーっとしてきて、いつのまにか別のことを考えていたりもします。

いかにも想像力を刺激してくれそうなアート作品を前にしても、こんな具合なのだとすれば、まさに一事が万事。
「自分なりのものの見方・考え方」などとはほど遠いところで、物事の表面だけを撫でてわかった気になり、大事なことを素通りしてしまっている…そんな人が大半なのではないかと思います。
でも、本当にそれでいいのでしょうか?

「かえるがいる」
岡山県にある大原美術館で、4歳の男の子がモネの《睡蓮(すいれん)》を指差して、こんな言葉を発したことがあったそうです。
その場にいた学芸員は、この絵の中に「かえる」がいないことは当然知っていたはずですが、「えっ、どこにいるの」と聞き返しました。
すると、その男の子はこう答えたそうです。

「いま水にもぐっている」
私はこれこそが本来の意味での「アート鑑賞」なのだと考えています。
その男の子は、作品名だとか解説文といった既存の情報に「正解」を見つけ出そうとはしませんでした。
むしろ、「自分だけのものの見方」でその作品をとらえて、「彼なりの答え」を手に入れています。

ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと、こうして「自分のものの見方」を持てる人こそが、結果を出したり、幸せを手にしたりしているのではないでしょうか?
じっと動かない1枚の絵画を前にしてすら「自分なりの答え」をつくれない人が、激動する複雑な現実世界のなかで、果たしてなにかを生み出したりできるでしょうか?

私が一教員として学校教育の実態を見てきたかぎりでは、絵を描いたりものをつくったりする「技術」と、過去に生み出された芸術作品についての「知識」に重点を置いた授業が、いまだに大半を占めています。
「絵を描く」「ものをつくる」「アート作品の知識を得る」…こうした授業スタイルは、一見すると個人の創造性を育んでくれそうなものですが、じつのところ、これらはかえって個人の創造性を奪っていきます。
このような「技術・知識」偏重型の授業スタイルが、中学以降の「美術」に対する苦手意識の元凶ではないかというわけです。

『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』ダイヤモンド社

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末永幸歩氏はさらにこう語る。

「すべての子どもはアーティストである。問題なのは、どうすれば大人になったときにもアーティストのままでいられるかだ」
これはパブロ・ピカソの有名な言葉です。
ピカソがいうとおり、私たちはもともと、《睡蓮》の中に「自分だけのかえる」を見出すようなアーティスト性を持っていたはずです。
しかし、「アーティストのままでいられる大人」はほとんどいません。
おそらくは「13歳前後」を分岐点として、「かえるを見つける力」を失っていきます。

さらに深刻なのは、私たちは「自分だけのものの見方・考え方」を喪失していることに気付いてすらいないということです。
話題の企画展で絵画を鑑賞した気分になり、高評価の店でおいしい料理を味わった気分になり、ネットニュースやSNSの投稿で世界を知った気分になり、LINEで人と会話した気分になり、仕事や日常でも何かを選択・決断した気分になっている。
しかし、そこに「自分なりの視点」は本当にあるでしょうか?

いま、こうした危機感を背景として、大人の学びの世界でも「アート的なものの考え方」が見直されています。
一部ではこれは「アート思考」という名称で呼ばれています。
ピカソのいう「アーティストのままでいられる大人」になるための方法が、ビジネスの世界でも真剣に模索されているのです。

「アーティストのように考える」とはどういうことなのでしょうか?
結論からいえば、「アート」とは、上手に絵を描いたり、美しい造形物をつくったり、歴史的な名画の知識・うんちくを語れるようになったりすることではありません。

「アーティスト」は、目に見える作品を生む出す過程で、次の3つのことをしています。
1. 「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、
2. 「自分なりの答え」を生み出し、
3. それによって「新たな問い」を生み出す
「アート思考」とは、まさにこうした思考プロセスであり、「自分だけの視点」で物事を見て、「自分なりの答え」をつくりだすための作法です。
もう少し柔らかくいえば、「あなただけのかえる」を見つける方法なのです。
(以上、本書より抜粋)

本書にもあったが、現代はVUCA(ブーカ)の時代だと言われる。
VUCAとは、「Volatility」(変動性)「Uncertainty」(不確実性)「Complexity」(複雑性)「Ambiguity」(曖昧性)だ。
これだけ先の見えない時代では、誰もが正解を見つけることは難しい。
ビジネスにおいても、かつての成功事例を調べ、それを踏襲するというやり方はほとんど通用しない。
そして、このコロナ禍のように、だれもが予測しないようなことが起こる時代だ。

だからこそ、誰のものでもない、モノマネではない、自分独自の生き方や考え方を見つけ出すしかない。
これは、個人でも会社でも同じだ。
そのために必要なのが「アート思考」。

自分の人生というキャンバスに自分のアートを描く…。
アート思考で新たな人生を切りひらきたい
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2020年07月30日

No 5702   【日本はこの20年間で、相対的に貧しい国に落ちぶれてしまった】

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【日本はこの20年間で、相対的に貧しい国に落ちぶれてしまった】

渡邉正裕(まさひろ)氏の心に響く言葉より…


OECDのデータによると、世界の主要国のなかで、民間部門の時間あたり名目賃金(実際の金額であり、物価の変動で調整しない)が、過去20年間で下がったのは日本(マイナス7%)だけだった。
2018年までの20年間で、英国は83%、米国は75%、フランスは66%、ドイツは56%も増え、IT化を急速に進めた韓国に至っては2.7倍にもなった。
日本はこの20年間で、相対的に貧しい国に落ちぶれていった。

USドルベースで比較した年間平均賃金(OECDデータ)で見ても、1998年は主要16か国7位と“先進国クラブ”と呼ばれるOECDの平均値よりも上位にいた日本が、20年たってみると、下から4番目の13位まで下がってしまった。
日本だけが4万ドル前後で20年間も全く増えない間に(増加率1%)、他の主要国は軒並み右肩上がりで賃金を上げていった結果、英国・フランス・カナダ等に追い抜かれ、もはや日本は、韓国にも追い抜かれそうな下位グループに落ち、OECD平均値(4万6686ドル)より13%も賃金が安い国に成り下がった。
過去20年間の年収増加率トップ3は @ノルウェー(49%増) A韓国(38%増) Bスウェーデン(37%増)。
いずれもキャッシュレス化が急速に進んだ国で、たとえばスウェーデンでは国内銀行支店の過半数で窓口の現金取り扱いを終了したという。

逆に下位3か国(日本、スペイン、イタリア)は現金比率が高く、キャッシュレス比率と賃金は綺麗に正比例する。
現金(キャッシュ)を減らすほど、現金(給料)が生み出される…というのは一見、皮肉にも見えるが、キャッシュレス化→労働生産性向上→賃金アップは、当然の理屈だ。 
現金が経済活動に役立つのは唯一、電気が止まった災害時のみであり、それ以外は裏社会のマネーロンダリングや脱税といった犯罪者のツールとしてしか有用ではない。

先進各国は、この時給アップと賃金総額アップを、総労働時間の減少と並行して実行してきた。
短時間労働で、高収入。
最も理想的な社会の進歩である。
日本は依然、労働時間が多いグループに属する。

最も労働時間が短いドイツは、過去20年で1494時間→1363時間に短縮。
1680時間の日本より19%少ない労働時間で、4万9813ドルと、日本より23%多い年収を得ている(2018年)。
経済規模も日本がGDP世界3位、ドイツ4位と、近い。

まず、「閉店法」がしっかり運用され、日曜は完全に定休日。
日本のイオンやららぽーとにあたるショッピングモールが毎週日曜日は閉店。
旅行者には不便なことに、スーパーも同様に一斉休業で、深夜営業のコンビニも存在しない。
絶対的な労働時間が、明らかに短いのだ。

鉄道駅は信用乗車方式で、そもそも改札口が存在せず、職員も見当たらない。
その代わり、ボタン1つで質問できる機械が、駅構内や電車内に設置されていた。
最小の人数でいかに業務を回すか、が考え抜かれているのだった。

「連邦休暇法」によって、企業経営者は社員に毎年最低24日間の有給休暇を与えなくてはならず、実際の運用上では、ドイツの大半の企業が社員に毎年30日間の有給休暇を認めており、祝日(12日)を足すと、土日以外に、年間42日間も休めるという。
これだけ労働時間が短いのに、30代前半のメーカー社員や公務員で年収は約8万ユーロ(1000万円弱)だというから、日本よりはるかに労働環境がよい。
長時間労働とパワハラで過労死が後を絶たない日本は、経済規模は同じくらいでも、労働環境でボロ負けしている。

ではどうすれば、1人あたりの「総賃金」、そして働き手個人の「時給」は、上がるのか。
方法は3つしかない。
第一に、企業の粗利にあたる付加価値の絶対額を増やし、パイそのものを大きくする。
第二に、付加価値(粗利)の配分を変える。粗利は一定のままでも、働き手の取り分である「人件費」を増やす。
第三に、粗利の多寡にかかわらず、テクノロジー(IT、AI、ロボティクス)への積極投資によって少人数でも(短時間労働でも)同じ業務が回るようにし、食い扶持を減らす。

以上3つのうち、最も実現可能性が高いのが、第三の方法だ。
人間がやっている業務を機械やITに代替させることで、着実に人間の労働時間を計画的に削減できる。
たとえば、これまで8時間×3人で担当していた仕事が、自動化によって8時間×2人でできるようになれば、人件費は3分の2に削減される。
これは、1人あたりの「労働生産性」が1.5倍になったことを意味する。
同じ販管費内の、機械の設備投資や維持管理コストを無視して考えると、給料を1.5倍にする原資が生まれたことになる。
幸いなことに、日本は働き手不足がずっと続くため、適切に働き手にパイが還元されやすい労働市場環境が続く。

『10年後に食える仕事 食えない仕事: AI、ロボット化で変わる職のカタチ』東洋経済新報社

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渡邉正裕氏はざっと3分の1の職業が消えるという。
中核業務がいずれテクノロジーに置き換わるという意味で、「ロボティクス失業」が28.5%、「AI・ブロックチェーン失業」が5.5%の計33.9%だ。
ロボティクス失業は例えば、販売店員、一般事務従業者、総合事務員、自動車運転従事者、庶務・人事事務員、営業・販売事務従事者、生産関連事務従事者、受付・案内事務員、その他の販売類似職業従事者、電話応接事務員等々だ。
また、「AI・ブロックチェーン失業」 は、会計事務従事者、小学校教員、高等学校教員、中学校教員、建築技術者、薬剤師、その他の教員、その他の営業・金融・保険専門業従事者、税理士、広告宣伝員等々だ。
その中の例えば、教員がなくなるということでは、大半が公務員であるため雇用の心配はないが、恒常的な長時間労働の問題がある。
10年後20年後の教育は、グローバルで見ればデジタル化が進む一方で、日本は取り残されている可能性が高い。
それは、各分野で一番パフォーマンスの高い人間教師が1人いればよい。
たとえば東大の国語受験なら「今でしょ!」の林修氏が1人いればよくて、2番手以下の人間教師の価値は失われる。
もしくは家庭教師的なサポート役、という別の役割へと変換が求められる。
グローバルで見れば、ディスカッションやディベートといった「答えのないテーマ」に関する授業のみとなっていくだろう。
答えに創造力が試されるため人間教師にしかできない。
現在の偏差値教育のように、決まった答えが必ずある問題を解答に導くのはAIの得意技であり、それを教えるのもAIで事足りる。
林修氏の10倍すごい天才教師の面白い授業が、公教育として始まったらどうなるか、考えてみてほしい。
勉強は楽しくなり、教育大国となる一方で、中間以下の教師は不要となって実質的に失業する。
(以上、本書より抜粋引用)

日本は、様々な既得権益者によってITやAI化が進まない。
そうこうしているうちに、日本はこの20年間で、相対的に貧しい国に落ちぶれてしまった。
日本人は昔から、追い詰められて、切羽詰まらないと変わらない特質がある。
本当は、今がその時なのだが、まだ多くの人はのんびりしている。

今こそ…
すべての産業で、テクノロジーを通じて生産性を高める努力が必要とされている
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2020年07月29日

No 5701   【元気にさせてくれる人】

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【元気にさせてくれる人】

精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…



「元気にさせてくれる人」というのは、プラス思考の言葉の使い方が上手だ。
まず、この練習として、喜びを表す言葉を素直に口にしてみよう。

喜びを表せる人は、相手の立場に身を置くことができる。
相手を「だいじょうぶ」と励ませるのも、相手の気持ちをくみとれるからだ。

プレゼントをするのも、喜びを表す行為である。
そうはいっても、お中元やお歳暮では、義理で贈っているケースも多いだろう。
ある人は、お歳暮の中に、「互い、今年も無事に過ごせそうだ。お世話になってありがとう」と、一筆したためて入れるという。
そんなひと手間に、相手は素直に喜ぶのではないだろうか。

またたとえ、そんな一筆状が同封されていなかったとしても、電話をかけて「いいものをいただいて、うれしい」と喜びを伝えるのがいい。
中元歳暮は「義理」であっても、お礼の電話でしばらく会っていなかった人の声を聞くことができる。
喜びを表すというのは、無精者にはなかなかできないことである。

ほとんどの人は、心は喜んでいても、なかなかひと手間ができない。
お礼の電話をするのさえ億劫(おっくう)になるときもある。
だから、「人を元気にする」というのは、まじめな人といえるのかもしれない。

以心伝心、私の思いを相手はわかっているはず…と考えている人や、やることをやっていれば私が文句をいわれる筋合いはない…とばかりに愛想を忘れている人がいる。
熱心なのにあまり人には好かれない、友達が少ないと嘆いている人は、喜びの言葉が足りないからではないだろうか。
友達にいいことがあったら、「いいねぇ、私なんか何もない」と羨(うらや)むのではなく、「よかったね」と一緒になって喜ぶことができる人になりたいものだ。
プラス思考で喜ぶことができれば、友達はあなたを気持ちのいい人と思ってくれるはずだ。
「人を元気にする人」とは、素直に喜びの言葉を口にできる人でもあろう。

『「あなたに会うと元気になる」といわれる人 (WIDE SHINSHO)』

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小林正観さんは、「元気にさせてくれる人」、「エネルギーを与える人」はつぎのようなタイプの人だという。

「元気な人」
「明るい人」
「前向きな人」
「向上心をつねにもっている人」
「いまやっていることに自信を持っているけれど、うぬぼれたりせず、謙虚さを保ち続けている人」
「いままで積み重ねてきた体験をベースに、人格に深い魅力や奥行きを持っている人」
「一つのことを何年も何十年もやってきている人」
(心を軽くする言葉・文庫ぎんが堂)より

「人をがっかりさせる人」「人を嫌な気持ちにさせる人」は、嫌な言葉や冷たい言葉を使う。
ひと言いわれただけで、元気がなくなる。
奪う人だ。

反対に「元気にさせてくれる人」は、与える人。
温かな言葉や、元気の出る言葉や笑顔を相手に与える。

また、それとは別に…
元気を与えてくれる人には、「何歳になっても何かに挑戦している人」や、「愚痴もいわず、何かをコツコツと何十年も続けている人」というような、「凡を極めて非凡に至った人」がいる。
凡事を徹底して、長くコツコツと続けることができた人だ。
これは、商売でいうなら「老舗」の経営と同じ。

時代によって変えなければならないことは変え、変えてはいけないことはしっかりと守る。
その積み重ねの年月の重さが、人に元気を与える。
何千年と生き続ける老大木が人に感動を与えるのと同じだ。

老舗が長く続くということは、その長い歳月、まわりの人たちに喜ばれてきたということ。
喜ばれ、役に立ってきたからこそ、存続できた。
これは、人もまた同じだ。

人を元気にさせる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 21:23| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月28日

No 5699   【習慣化は仕組み化】

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【習慣化は仕組み化】

出口治明氏の心に響く言葉より…



人は本質的に、面倒くさがり屋で、安易なほうに流されて、すぐに怠けてしまう生き物です。
同じ失敗を繰り返してもなかなか学習せず、忘れっぽくて、目先の楽しいことに引きずられて、問題を先送りし、後悔を繰り返しています。
人間なんて、所詮はそんなもの。
人類の歴史を振り返ってみても、愚策のせいで痛い目を見たり、過去に犯した失敗を性懲りもなくまた繰り返したり…そのようなことの連続です。
やはり人間は、アホな生き物だと思わざるを得ません。

すぐに怠けたり、間違ったりするのが人間本来の特性です。
であれば、何か対策を講じる必要があります。
人間がアホで、チョボチョボであることを踏まえて、僕はたくさんの仕組みをあちこちにつくってしまうのが、最も効果的だと考えています。
ちなみに、チョボチョボとは「大差ない」「似たり寄ったり」「どっちもどっち」といった意味です。
全体で均(なら)してしまえば、突出して優れた人もいなければ、極端に劣っている人もいないということです。

「どうせ人間は間違えるのだから、間違えにくいような仕組みをつくっておこう」
「間違えたときには、リカバリーできる仕組みを用意しておこう」
「イヤでも怠けられないような仕組みを導入してしまおう」
といった調子です。

前にも述べましたが、「TOEFL100以上のスコアを取ってこなければ、経団連に名を連ねる企業は採用面接を実施しない」というルールを導入してしまうのも、いうなれば仕組み化のひとつです。
人間が知恵を付けるには、インプットを増やすしかありません。
であれば、強制的にアウトプットさせる仕組みを取り入れて、インプットせざるを得ない状態をつくってしまうのが、最も効率がいい。
「TOEFLのスコア100」は、いわばアウトプットです。
それを持っていないと面接すら受けられないとなれば、好きも嫌いもなく、学生はインプットするしかありません。

記憶を定着させるために、他人に喋(しゃべ)りまくる、ブログやSNSに書く…というやり方も一種の仕組み化です。
以前僕は、なかなか本を読めないという大学生に「SNSで『自分はこれから毎週1冊は本を読む』と宣言すればいい。SNSで宣言するということは、全世界に向けて宣言するのと同じだよ」と助言しました。

僕自身の経験則から考えても、仕事ができる人、勉強ができる人は、自分なりのルールや、自分をサボらせない仕組みを上手に生活に採り入れている人が多かったと思います。
身近にいる、よくデキる人を観察してみると、「なるほど、そういう習慣があるのか」と感心させられることが見つかるはず。
それを真似てみるのも一案です。

『本物の思考力(小学館新書)』

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習慣化は仕組み化だ。
根性や気合ではない。
特に、自分に対する仕組み化は習慣化づくりには欠かせない。

たとえば、読書を習慣化したいなら、読んだ本をSNSでアウトプットすればいい。
できれば一日一冊のアウトプットが望ましい。
なぜなら、読書に限らず習慣化しやすい単位は「一日」だからだ。
「毎日〇〇をやる」というように、一日が一番見える化しやすい。

その習慣化するために、さまざまな事を仕組み化する。
仕組み化は、仕掛けることでもある。
自分に対して仕掛ける。

たとえば、朝会社にもっていくものを絶対に忘れないようにするなら、朝履いてく靴のそばに置くとか、いつも持っている家の鍵に付けておくとか、忘れたとしても、必ず気づくような仕掛けをつくっておく。
これは、仕事でも同じだ。
目標ややるべきことをスケジュールに書き入れ、会社でオープンにすることにより、他人の目を借りて、やらざるを得ない仕組みを作っておく等だ。

自分に対して仕掛けをし、やるべきことを仕組み化したい
posted by Dr.モーリィー at 06:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月27日

No 5698   【自尊心を高めるための9つの方法】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自尊心を高めるための9つの方法】

アレクサンダー・ロックハート氏の心に響く言葉より…



自尊心を高めるための9つの方法を紹介しよう。

1.《学び続ける》
毎日、新しいことを学ぼう。新しい同僚の名前でもよい。

2.《友人を注意深く選ぶ》
自尊心を高めてくれる人や尊敬できる人と人間関係を構築しよう。精神的に悪い影響をおよぼす人といっしょに過ごしてはいけない。

3.《スキルを磨く》
自分がうまくできることを毎日しよう。どれほど些細なことに思えても、何かを達成すれば自尊心が高まる。

4.《自分を変える》
自分の嫌な部分を変えよう。絶対にあきらめてはいけない。自分の嫌な部分を変えれば自尊心が高まる。

5.《自分に対してポジティブに語りかける》
自分に対して親切になろう。心のなかで自分のミスをあげつらうのではなく、よりよいやり方があったことを認め、今度はそのやり方でしようと決意する。

6.《思いきる》
リスクをとろう。たったひとつの勇気ある行為が、自尊心を高めるための第一歩となる。

7.《冷静になる》
ミスを犯すことは大惨事ではない。精一杯努力するかぎり、自分は失敗者ではないことを心に銘記する。

8.《現実的になる》
実現できる範囲内で困難な目標を設定しよう。どれほど小さくても、目標を達成することによって自尊心を高めることができる。

9.《運動をする》
有酸素運動は健康を増進し、生命力を湧き上がらせる効果がある。体を動かして心身をリフレッシュすることは、人生の他の分野にも波及し、肉体だけでなく仕事や人間関係にもポジティブな影響をおよぼす。

『自分を磨く方法』ディスカヴァー

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レス・ギブリン氏は「自尊心」についてこう語っている。
『人間関係に関するかぎり、相手の自尊心を傷つけることはご法度(はっと)だ。
相手の人間としての尊厳を踏みにじったら、いずれいやな目にあわされる。
人々は自尊心についてとてもデリケートで、自尊心を傷つけられると非常手段に訴えるおそれがあることを肝に銘じよう。
すべての人は自分の自尊心を大切にしてほしいと願い、それを傷つける人を敵とみなす。
だから、他人を機械やロボットのように扱ってはいけない。
そんなことをすると、相手はそっぽを向いてしまう。』(人望が集まる人の考え方/ディスカヴァー)より

自尊心とは、「自己重要感」や「自己肯定感」を満たすことだ。
この「自己重要感」や「自己肯定感」を踏みにじられたとき、相手に失望し、それが高じると敵意さえ覚えるようになる。
誰もが、自分を大事にしてくれる人、認めてくれる人が好きだからだ。

しかし逆に、相手の人に、何も認められず、相手にもされず、あげくのはてに無視されたらどうだろう。
どんな人でも、その相手を嫌いになるに決まっている。

相手の自尊心を高めるには、相手に敬意を持つことだ。
それは、もし、初対面なら、相手のことをできるだけ調べ、聞くことに徹すること。
黒柳徹子さんは、インタビューの名手として有名だが、「徹子の部屋」では、ゲストについて膨大な資料を見て、徹底的に勉強するという。
相手の著作や、インタビュー記事、ブログなどを調べないようでは、敬意があるとは言えない。
ネットで少しの時間をかければできるのに、それさえやらないというのは相手をバカにしていると言われても仕方がない。

どんなときも、相手の自尊心を高めるような人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5697   献血ルーム!

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コロナの影響で 足が遠のいていた
献血ルームに 久し振りに行ってきました

なんと 超満員  しっかりと スペースを確保していましたが、、、

皆さんの 利他のこころに 感動しました

着いてから 終了まで 3時間超

本を持参したので しっかりと 学びの時間にもなりました

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posted by Dr.モーリィー at 05:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

No 5696   【どんな行動も必ず自己完結する】

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【どんな行動も必ず自己完結する】

小林正観さんの心に響く言葉より…


ある女性(40歳くらいの会社員)から聞いた話です。
その人には、23〜24歳の後輩のOLが3人ほどいました。
春と秋には、会社の人たちとバーベキューをしにいくのが恒例になっていました。
そんなとき、いつものその3人のOLは、焼いているときは遠くでおしゃべりをし、食べる段になると、最前列まで来て食べる。
そして片づけのころになると「用事があるので失礼します」と言って帰っていく…。
何の手伝いもしたことがない、というのです。

その女性は、「今まで、精神的なことをいろいろ学んできた結果、イライラしたり、腹を立てることも少なくなってきました。
でも、あの3人に対しては、どうしてもイライラと腹が立つのです。
どのように解決したらいいでしょう」
と言いました。

自分が、バーベキューを手伝いたくないのなら、やらなくていいのです。
やりたければやればいいし、やりたくなければ、やらなければいい。
その結果が自分に返ってきます。
それが「自己完結」です。
要領よく立ち回っているその3人のOLは3人とも、それぞれの人生で「自己完結」するはず。

ですから、自分の持っている価値観と他の人(この場合は、3人のOL)のそれが違っても、論評する必要はありません。
必ずその3人には、その生き方に見合った結果が返ってきます。
必ず自己完結するのです。

逆に、自分が他人に対して腹を立てながらいやいややっていれば、それも「自己完結」するし、笑顔でやっていても「自己完結」します。
「頭にくるからやらない」といいうのでもいいのです。
ただ、それに対しての「自己完結」も必ずやってくる、ということを覚えておいてください。

この話をした結果、その40歳の女性は「気持ちがすっきりし、他の人のことが気にならなくなりました」と言いました。
それ以降は、その3人のOLが要領よく立ち回っていても、笑顔で過ごせるようになったそうです。

『100%幸せな1%の人々』中経出版

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第16代アメリカ大統領リンカーンの有名な言葉に「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」がある。
人間、40年間も生きてきたら、その人の性格が顔に出るということだ。

日ごろ、ずるがしこく立ち回っていれば、ずるがしこそうな顔になる。
日ごろ、ウソをついたり、卑怯なことばかりやっていれば、卑怯そうな品性のない顔になる。
日ごろ、思いやりや気遣いのある人は、温かくてやさしそうな顔になる。
日ごろ、明るく楽しそうに生きている人は、笑顔の多いほがらかな顔になる。

これは、顔だけでなく、その人の行動にもあらわれ、心もそうなっていく。
そして、周りの人はそれをよく見ているものだ。
「お天道様が見ている」ということ。

だから、必ず、その結果は自分に返ってくる。
それが「自己完結」するということ。

年齢を重ねれば重ねるほど…
素敵な顔になれるような生き方をしていきたい
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2020年07月25日

No 5695   新型コロナウイルス: 自粛生活



またまた新型コロナウイルス感染症が広がりを見せております

おいちゃんたちも 診療中は感染予防:うつさない・うつらないを徹底しております!
もう誰が ウイルス持っていてもおかしくない状況ですから・・・

うがい・手洗い・マスク・グローブ・フェースシールド・口腔外バキュームなどなど

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診療は通常診療行っておりますが その他の生活が3月以降 一変しておりますね!

セミナー・勉強会・会合・などなど  ほぼ中止か オンラインへ

本当に外に出る生活が 減りました  またまた体重が増えてきて
昨年までのベスト体重キープから プラス10Kgの状態です  ははは

毎月のルーティンだった お寺での護摩行修行も
信者さんや お寺の関係者のことを考慮して 
登壇を自粛しております

参拝者には年配の方や 重病の方 も多いですので、、、
万が一 私から移したとなったら たいへんですので

ワクチン開発や 完全に収束したら また元気に登壇して
世のため人のために 祈ります

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青空の下、 遊びまわりたい今日頃頃です・・・

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No  5694   【日本のよき価値観】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【日本のよき価値観】

東京大学大学名誉教授・医師、矢作直樹氏の心に響く言葉より…



戦後の日本は米軍人と米民間人の多数によって組織されたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の支配下で見事にコントロールされていました。
彼らは今次大戦でアメリカを窮地に追い込んだ日本が二度と立ち上がれないようにとさまざまな仕かけを施しました。
その中で「War Guilt Information Program(WGIP:戦争犯罪宣伝計画「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」)という思想工作が徹底して行われました。
それは日本人にかけられた強い洗脳でした。

このプロジェクトに基づいて日本は戦後、「ナショナリズムは危険である」「戦前の日本人は全部間違っていた」と、日本人としての歴史や誇りに至るまでそのすべてを捨てさせられました。
壮大なプロジェクトの結果、教育観、仕事観、経済観、家族観、さまざまな局面で時間の経過とともに強まったのが「利己主義」です。
社会全体の利益ではなく、まずは個別の利益を求める風潮は、私たち日本人に広まってしまいました。

他者とともに生きていくのではなく、まずは自分が生きることを優先する。
徹底した競争主義、区別と差別の混同、格差の拡大を厭(いと)わない空気(競争の結果として当然と考える)、あまりにも強欲な市場経済至上主義とそれを支持する日本人たち…「我が、我が」という我欲に満ちた今の社会こそ、戦後の日本管理を一手に握ったアメリカのシナリオが見事に実現した結果であり、彼らが創造したものこそ「日本人らしくない日本人」でした。
長年、いろいろな組織で働いていると、空気の読めない人が増えたなと感じますが、自己主張という言葉の意味を正しく理解できない日本人が増殖していることは、この利己主義が代々、徹底して作用している証拠だと考えます。
日本人が戦争終結にホッとして戦前のすべてを害毒として捨て去ってしまおうとした庶民感覚は十分理解します。
私も含めて現在の社会で働いている人間の大半が戦後生まれですから、戦争中、いかに大変だったかを実体験していない分、本当の辛さを知ることはできません。

しかしながら道徳を含めた教育の徹底というカリキュラムまでも全部捨て去ってしまって、アメリカのソフトを輸入・依存したことはとても問題です。
日本の教育現場では、親の大切さ、国(郷土)を想う心、日本の歴史、友人のありがたみ、お互いさまの心、おかげさまの気持ち、本当に大切なことを若い世代に教えていました。
1990年代から2000年代にかけて世間を騒がせたオウム真理教の事件に代表されるように、ある領域ではよく働く頭脳を持っている人間たちが闇に取り込まれていく様を見ていると、人間の弱さを痛感すると同時に人を支配することの怖さが身に沁みます。
その根底には「自分を否定する感情」があります。

自分を否定し続けると、人間は外的な影響でいかようにも変化します。
変化すると言うより、「変化させられる」と言ったほうが正しいでしょう。
洗脳というのはそのプロセスのことです。

これは仕事に責任感が持てない気持ちと同じです。
自分への自信のなさの裏側には、外部評価の奴隷となっている自分がいます。
他者からどんなふうに思われているのか、他者が自分のことをどう考えているのか、それが気になって仕方がないのです。
支配しようとする側は、相手のそんな弱い部分につけ込みます。

こういう構図そのものが、日本人には相容れない図式です。
構図の中心には「自虐史観(じぎゃくしかん)」がありますが、日本人は全部ダメだった、アメリカが正しいから従おう、皆考え直さないとダメだ、戦後に植えつけられたそんな思想が時間を追うごとに強まり、弱くなった気持ちに海の向こうからやって来た新しい価値観が導入され、現在のように実にいびつな国家が形成されました。
それでも私はそこまで歪んだ意識を植えつけてくれたアメリカに、内心感謝しています。
なぜならようやくアメリカ型の支配管理手法がいかに矛盾に満ちたものだったかと世界中が気づき始め、日本人も遅ればせながらようやくそこに気づき、本来の日本人として目覚めようとしているからです。
若い世代ほどそのスピードが速いなと感じます。

長年、日本人を洗脳し続けた自虐史観という存在は、まさに反面教師として、日本人をあるべき方向に戻してくれる装置だったのでしょう。
これもアメリカのお役目だったのかなと思わざるを得ません。

さらに日本の救いは天皇陛下がいらっしゃることです。
天皇というお立場は「国民の幸せと国家の平和を祈る最上位の人」です。
東日本大震災から一年が経った日の式典における天皇陛下の言葉はずしりと響きました。
有事を想定していない歪(いびつ)で不自然な憲法、すぐに混迷を極める政治、享楽に走りがちな国民、周辺国からの経済圧力、どんなに行き詰った状況でも、天皇陛下は日本国民と日本国のために日々祈って来られました。
私たちは今こそ、その御姿に真摯(しんし)に学ぶべきだと思います。

自分がやるべきことをしっかりやる。
迷わずに行う。
お役目を果たすということは、そういうことではないでしょうか。

『ご縁とお役目 ~臨床医が考える魂と肉体の磨き方~ (ワニブックスPLUS新書)』

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ケント・ギルバート氏は「愛国心」についてこう語る。
『100%の確信をもって断言しますが、現代の日本人は「愛国心」という言葉に対して、何かしらの抵抗感を持っています。
読者の中に、子供時代から現在に至るまで、「私は愛国心を持っています」と言い続けた日本人が何人いるでしょう。
戦後生まれであれば、よほど愛国心の強い両親に育てられ、学校の教師や友人など、環境にも恵まれた人でないかぎり難しいと思います。
ほとんど全滅に近いのではないでしょうか。
ちなみに一般的な家庭で健全に育った米国人であれば、「あなたは米国に愛国心を持っていますか?」という質問に対して、ほぼ全員が、「はい。私は子供時代からずっと、米国に愛国心を持っています」と即答するはずです。
幸い私も、そのような極めて一般的な考えを持つ米国人の一人です。
だから日本人の愛国心への抵抗感を見ると、とても奇異に映るのです。
「愛国心」という言葉を使うのは後ろめたく、カッコ悪いことだと思っている日本人は、世界に出かけた場合には、逆にバカにされたり、大恥をかいたりしてしまうかもしれません。
世界のほとんどの国では、自然に愛国心を表明することが、ごく当たり前だからです。
むしろ、「愛国心はありません」などと平気で答える人のほうが、多くの場合、世界中で奇異な目で見られて、信頼を失ってしまうことを、日本の皆さんは知っておくべきです。』(ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人 /PHP新書)

まさに、「愛国心」という言葉を言うことに対して後ろめたさを感じさせる教育が、戦後のアメリカによる自虐史観の教育。
「愛国心」とは、たとえば、サッカーの国際試合で、外国と日本のチームが戦っているとき、日本のチームを自然と応援するようなこと。
あるいは、自分の生まれ育った町や村、地域を愛するような郷土愛とも似ている。
ちなみに愛国心は「ナショナリズム」であり、郷土愛は「パトリオティズム」という。

今こそ我々は、戦後の自虐史観の呪縛から逃れ、「親の大切さ、国(郷土)を想う心、日本の歴史、友人のありがたみ、お互いさまの心、おかげさまの気持ち」という、日本のよき価値観を自信を持って取り戻したい
posted by Dr.モーリィー at 08:20| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5693  夏の大掃除 wax掛け(本院)・サンクスカード!

毛利歯科の季節の風物詩

今月は本院の大掃除、WAX掛けです
夏の連休を利用して ピッカピッカになりました!

スタッフに感謝・業者さんに大感謝です

雰囲気をどうぞ

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(追伸)

本院スタッフルームに 準備してある サンクスカードボード!

スタッフの相互感謝の心、気づきのこころ、前向きなこころが

どんどん進化しているのがとても嬉しい おいちゃんです

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posted by Dr.モーリィー at 08:17| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

2020年07月24日

No 5692   【期待しない】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【期待しない】

志賀内泰弘氏の心に響く言葉より…



わが家には一つの合言葉があります。
それは「期待しない」です。

例えば、夫婦で映画を見に出掛けることになったとします。
正規の値段なら1人1800円。
わが家の場合、カップルデーに行くと割引対象になるので、1人1000円になります。
それでも、DVDを借りるよりはずっと高い。

昔はよくケンカになりました。
「この映画を見に行こうって言ったのはあなたよ!無駄遣いしちゃったじゃない」
「だって、あちこちの新聞や雑誌でベタ褒めだったから」
「面白いって言うから、期待しちゃったのよ。ガッカリ…」
「オレだって…」
そうなのです。
大いに期待していた。
だからガッカリするのです。

夫婦生活を20年以上も続けていると、少しは知恵がついてきます。
何より大切なのは、夫婦がいつも仲良くいられること。
いや、もっと現実的に話すと、いかにケンカをしないで最低限の平和を保っていられるか。
それこそが「幸せ」だと気付きます。

そこで、いつの間にか夫婦で生まれたのが、あの合言葉です。
映画を見に行くと決めた時から、家の鍵を閉める時、車でシネコンに向かう時、ロビーでお菓子でもつまんで待つ間、そして上映が始まる瞬間まで、お互いに合言葉を言い合うのです。
うっかり私が誤って、「何かどんでん返しがあるらしいよ」などと口にしてしまうと、妻が「期待しない、期待しない」。
そこでハッとするわけです。

「期待しない」といいことがあります。
どんなにお粗末な映画を見ても、「面白くなかった」と腹を立てることがないのです。
それどころか本筋とは別のところで楽しみを見つけて(あの場面で出てきたバイクは親戚の〇〇おじさんが乗ってたよな、なつかしいな…などなど)幸せな気分に浸れます。

これは映画に限ってのことではありません。
レストランで食事をする時も、旅行に出かける時も、ベストセラーの本を買う時にも「期待しない」効果は発揮されます。
「期待しない」という言葉は、夫婦という人間関係においても金言となっています。
私は妻に、「〇〇して欲しい」と求めない。
妻も私に、「△△して欲しい」と求めない。
お互いに「求めない」こと、「欲ばり」にならないことが、幸せな生活を送るコツになっているのです。
「早く家に帰ってきて欲しい」「夜遅く帰宅したとしても、起きていて欲しい」などと、求めないし、期待しないのです。

「期待しない」と、思わぬ喜びがあります。
「自分も忘れていたのに、誕生日に大好きなお店のケーキを買って来てくれた」
「『疲れたなぁ』と言ったら、マッサージしてくれた」
もし、これが「期待していたら」どうなるでしょう。
「誕生日なのに、何もプレゼントをしてくれない」
「疲れて仕事から帰って来たのに、テレビに夢中」

すべての「不幸」は自分の「欲」が招いたもの。
「期待しない」「求めない」ことが、「幸せ」な人生を送るためのキーワードなのです。

『他人と比べない生き方』フォー・ユー

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小林正観さんは、こう語る。

『思い通りにならない、それが「苦」。
「思い」がなければ、思い通りにならないという現象は起きない。
「苦」は生じない。
「思い」を持たない。
それは、目の前で次々と起きる一般的に不幸だといわれている現象に対しても、「ああ、そうなりましたか」と単なる日常の1ページとして、淡々として受け入れていくということです。
病気や事故、愛する人との別れといった、思いがけず自分の身に起こる出来事を、人生の一部として受け入れていく。
「何でこんなことが起こったのだろう」という「思い」を持たない。
目の前で起こるすべての現象を、「ああ、そうなりましたか」と受け入れていく、それだけです。』(心を軽くする言葉-宇宙を味方の「か・が・み」の法則/イースト・プレス)より

「期待しない」というのは、「思いをもたない」のと同じ。
小林正観さんは、現象には色がついていないという。
私たちが勝手にその現象に感想をつけて、「うれしい」「悲しい」「つまらない」という色をつけている。

どんな現象も「ああ、そうなりましたか」と淡々と受け入れていく。
「思いを持たない」こと、「期待しない」ことは、人生においてとても大事なこと
posted by Dr.モーリィー at 15:25| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月22日

No 5691   【個性と独創性】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【個性と独創性】

筑波大学名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…



利己的遺伝子という言葉の影響かどうかわかりませんが、個性偏重の傾向が強いように思えます。
個性を大切にすることは、多様性を確保するという意味でも大事なことですが、それが行き過ぎたのかどうか、どうも「俺が」「俺が」という弊害が見れます。
それが利己的な人間の増加に拍車をかけているような気がします。

近代社会は、「個」というものを一番大切なものとして祭り上げてしまいました。
しかし、本来、他者や周囲との関係性がない個というものはありえません。
つまり、個は個だけでは存在できないのです。

自然界を注意深く観察すればわかりますが、ものごとはペアで存在しています。
男と女、陽と陰、+と−、さらにDNAの二重らせん構造もペアという見かたができます。
そうやって関係を持ちつつ、お互いを支え合い、助け合っています。
個性は大切かもしれませんが、それを強調しすぎると、かえっておかしな世の中になってしまいます。

個性と並んで重要視されているのが、独創性です。
科学でも独創性のある研究や考察が重視されますが、本来、純粋な意味での独創性というものはないのかもしれません。
すべては自然の模倣にすぎないといえます。
科学において、法則を発見することは高く評価されますが、それはもともと自然界にあったものです。
科学はその後追いをして法則を見つけるだけです。

もし、独創性ということを問題にするなら、カビのほうが人間よりもずっと独創的です。
彼らは状況に応じて自分をどんどん変えていくことができるので、これ以上、独創的な存在はありません。
病原菌も薬剤に対する耐性を身につけて、それが効かないように変化しながら生き延びていきます。

『望みはかなうきっとよくなる』海竜社

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立命館アジア太平洋学長の出口治明氏はこう語る。
『日本人になぜ考える力が育たなかったのかというと、日本はいまだに、戦後うまくいった製造業の「工場モデル」――大量生産、大量消費を前提とした社会システムの延長線上で物事を考えてしまっているからです。
戦後、アメリカへのキャッチアップを目指して、工業立国として復興を行っていくなかで、日本は素直に働く協調性のある人を評価して大量に採用してきました。
日本が独立を回復した1954年から、1991年にバブルがピークをつけるまで、平均7%弱の成長が続き、「黙って働けば10年で所得がほぼ倍になる」時代が続いたのです。
たとえばカラーテレビをつくる工場では、我慢強くて、上司の言うことを黙って聞き、長時間労働も辞さず、仲間と協調して、明るく淡々と働く人が評価されました。』

つまり、戦後は、焼け野原となった日本を再興させるため、日本は工業立国をめざした。
それら工場を支えるため、素直に働く協調性のある人たちを量産する教育をしてきたのだ。
それは当時、決して悪いことではなかったが、個性や独創性が蝕(むしば)まれてきたのも事実だ。

しかし、昨今は個性や独創性を強調するあまり、逆の現象として、利己的な人たちが増えてきてしまった。
すべてのことには、裏もあれば表もある。
片面だけを強調すれば、もう片方の事実に矛盾する。

コロナ禍における自粛警察のように、正義感も行き過ぎれば、暴走する。
母親の愛情も行き過ぎれば、過保護となり、天真爛漫な子どもも、行き過ぎればわがままとなる。
なにごとも行き過ぎれば、悪となる。

「中庸(ちゅうよう)は徳の至れるものなり」(論語)
なにごとも、白黒をつけるように、やりすぎるのはよくない。
そうはいっても、遠慮しすぎるのもよくない。
かたよらず、ほどほどのバランスのとれた生き方が、徳のある立派な生き方だ。

個性と創造性は大事だが、協調性やマネることも大事。
中庸の生き方を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 07:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月21日

No 5690   【新しい日本のカタチを考える】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【新しい日本のカタチを考える】

河合雅司(まさし)氏の心に響く言葉より…



日本の「未来」はどうなっていくのでしょうか?
いつも人々の目は将来を見つめています。
人生の残り時間が長い若い人ほど、期待とともに不安も大きいことでしょう。

2020年代がスタートしましたが、それは新型コロナウィルスの世界的感染という手荒い幕開けとなりました。
感染症というのはいずれ完全終息の時を迎えますが、世界経済の深い傷は簡単には癒えないでしょう。

今、日本列島で生きるわれわれが最も関心を向けるべきは、日本社会を根底から揺るがす人口減少問題です。
コロナ禍で大きなダメージを受けた日本社会にも容赦なく襲い掛かります。
「コロナ後」の社会の復興も、人口減少の影響を十分踏まえなければ失敗するでしょう。
しかも、コロナ禍を含めた多くの課題は対策を講じさえすればいつかは解決しますが、人口減少は結婚や出産といった人々の価値観に根差す構造上の問題であるため、政策では克服し得ません。

われわれは、過去の日本人が経験をしたことのない急速な社会の縮小を目の当たりにすることになります。
過去の常識は通用せず、成功モデルが役に立たない時代が到来したと認識する必要があります。
単に人数が減るだけではありません。
短期間のうちに年齢構成が極めていびつになります。
すでに人手不足が深刻化していますが、働き手世代の不足は行政サービスまで滞らせるかもしれません。
同時に高齢者はまだまだ増えます。
しかもひとり暮らしが増大していきます。
民家が点在する地方などでは、“買い物難民”や“通院難民”が社会問題になるでしょう。

そして、本書にはこんな未来年表が書いてあった。
2021年 介護離職が増え始める
毎年10万人ほどが介護離職しているが、人口の多い団塊ジュニア世代が50代になり始め、団塊世代の介護のために離職者が急速に増えることが懸念される。

2022年 高齢者のひとり暮らしが本格化
団塊世代の先頭である1947年生まれが75歳となる。

2023年 企業の人件費がピークを迎える
人数の多い団塊ジュニア世代の多くが一般的に賃金のピークとされる50代前半となる年。

2024年 6人に1人が75歳以上。「超・高齢者大国」に
この年には団塊世代のすべてが75歳以上となり、国民の6人に1人が75歳以上となる。

2025年 65歳以上の5人に1人が認知症となる
内閣府の高齢社会白書によれば、この年の65歳以上の認知症患者は730万人。
2060年には1154万人と3人に1人に。

2028年 トラックドライバー不足で荷物が届かなくなる
2030年 地方から百貨店や銀行が消える
2033年 4軒に1軒が空き家となる
2035年 「未婚大国・日本」が誕生
2039年 深刻な火葬場不足。死亡数がピークを迎える
2040年 自治体職員の不足で行政サービスが滞る
2042年 高齢者人口が約4000万人でピークに
2045年 東京都民の3人に1人は高齢者
2050年 行き詰る地方自治体が増える
2056年 人手不足が深刻化。成り立たなくなる業種も
2059年 70代は「若者」として一線で活躍

『「2020」後―新しい日本の話をしよう』講談社

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河合氏は、都道府県の人口減少についてこう語る。
『まず近い未来、2025年まで見ても、47都道府県のなかで人口が増えるのは東京都と沖縄県だけ。
2045年の時点で、減少率がもっとも大きいのは秋田県。
2015年と比べて41.2%も減る予想となっている。
次いで青森県(37.0%減)、山形県と高知県(31.6%減)、福島県(31.9%減)岩手県(30.9%減)と、3割以上激減する県は東北地方に多い」
わずか30年でこれだけ人がいなくなり、しかも所得の少ない高齢者が多数を占めるのだから、税収が大幅に減る自治体は、現状の水準の行政サービスを提供するのが難しくなる。
実数に注目してみると、2045年に最も人口が少ないと予想されるのは、鳥取県で44万8529人。
高知県も50万人を下回る。
島根県、徳島県、山梨県も60万人未満となり、1つの都市規模の少なさとなる。』

つまり、県の人口単位が、今の政令都市(人口50万以上で、20市188区)より少なくなるということだ。
当然、今まで通りの行政サービスはできなくなる。
市町村の運営も同じで、立ち行かなくなるところが爆発的に増えてくる。

コロナ禍も大きな問題だが、10年、20年と長い目でみたとき、もっと問題になるのがこの人口問題だ。
学校教育、職業選択、消滅する仕事、高齢者問題、等々問題は山積している。
しかし、それらの問題も、見方を変えればチャンスと捉えることができる人もいる。
どんな現象も、見方しだい、考え方次第だからだ。

人口減少することを前提に…
新しい日本のカタチを考えてみたい
posted by Dr.モーリィー at 07:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月20日

No 5689   【神様はおもしろがった人に味方する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【神様はおもしろがった人に味方する】

小林正観さんの心に響く言葉より…



誤解を恐れずに言えば私の価値基準は一つ、損得勘定です。
つまり自分にとって得なことはやるけれども、損なことはやらないというそれでけです。
それは他のどの先生とも違うところかもしれません。

おもしろいことに、損得勘定が完全に頭に入ってしまうと、人間は声を荒げなくなります。
イライラしなくなります。
声を荒げイライラした結果、人間は自分で毒素を出して、その毒液が五臓六腑(ごうぞうろっぷ)をどんどん痛めつけます。
誰が一番損をするかというと、その言葉を発した本人なのですから。

こういう実験があります。
一升瓶に普通の心理状態で息を吹き込め、そこにハエを一匹入れると40分くらいで窒息死しまう。
ところが、激怒した状態の息を吹き入れて同じ実験をすると、中のハエは3分くらいで死んでしまいます。
毒死です。
人間が怒ったときは自分で気付かないだけで、毒気を吐いているのです。

私たちは体調が悪いとき、よく愚痴や泣き言をこぼしているように思っているでしょうが、実は不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句(私はこれを五戒と呼んでいます)という否定的な感情が肉体を蝕(むしば)んでいるらしいのです。
私と親しいある外科医の話ですが、患者の家庭環境を分析した結果、怒鳴り合っている環境で生活している人と、穏やかな言葉が飛び交う家庭で生活している人とでは、明らかに前者のほうが病気になる確率が高いということがわかったといいます。

宇宙の方程式からすれば、先ほどの実験のように、「ばかやろう」「つらい」「悲しい」といったネガティブな言葉が体内の水の細胞を破壊し、それが病気を招く原因となります。
言葉の持つ力は大変なものです。
肉体についてだけではありません。
仕事も同じです。
たとえば民宿の経営でいえば、家庭や職員が喧嘩していたり、いがみ合ったり、仲が悪かったりすると、外見は立派でも本当にお客さんが来なくなるという現象が実際に起きてしまいます。

『宇宙を貫く幸せの法則』致知出版社

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小林正観さんはこう語る。
『次から次へやってくる現象に対して、どんなことがやって来ても、愚痴を言わない、泣き言を言わない。
落ち込まない。
それから相手を攻撃しない。
非難しない。
中傷しない。
それを笑顔で受けて止めて「あー、これが私の人生なんだね」って思って、笑顔で生きていくことが今生でのテーマなんです。』

そして…
『おもしろがった人の勝ち。
神様はおもしろがった人に味方するのです。』

言葉は薬にもなるし、毒にもなる。
人を笑顔にすることもできる変わりに、人を傷つけることもできる。
だからこそ、愛ある言葉、人をあたたかくする言葉、「愛語」を多用する。

そして、どんなことも「おもしろがってしまう」。
神様はおもしろがった人に味方する
posted by Dr.モーリィー at 07:47| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5688  H2


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おいちゃんの自宅兼事務所は 窓が南向き
朝 歯を磨いて 歩いていると 南の方向に 飛行機雲が???

そうです H2ロケットの航跡です  まさに上昇中でした
その後 ニュースで 再確認!

朝から 興奮しました!  まさに天の声!

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情報をしっかり把握していれば もっと良い写真掲載できたのですが、、、
posted by Dr.モーリィー at 07:29| ライフワーク | 更新情報をチェックする

2020年07月19日

No 5687   【時代は変わったんだ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【時代は変わったんだ】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


お年寄りがいっぱい遊びにくる店を作る。
それは、お年寄りがいっぱい遊びにくる電器屋を作る、ということではありません。
あなたが、もし、布団屋をやっているのだとしたら、お年寄りがいっぱい遊びにくる布団屋を作る、ではない。

「一人さん、何をいいたいんですか?」って、布団だったり、電化製品というのは、めったやたらと買い替えるものではないのですね。
そうすると、「めったに買ってくれないから、何をやってもダメなんです」という人がいるのだけれど。
めったに買ってくれないものを売っているのなら、それと一緒に、しょっちゅう買うものも売ったらどうですか?

お年寄りがいっぱい来る店を作るのだから、たとえば、お年寄りが好みそうな食べものを売ったり、洋服を売ったり、赤いちゃんちゃんこが売れるんだとしたら、テレビや洗濯機の隣に、赤いちゃんちゃんこをかけておけばいいのです。
それから、今、お年寄りでも入れる生命保険とかがありますよね。
その代理店になることもできるでしょ。

お年寄りのことを考えて店をやるのだから、お年寄りが喜びそうな商品も置いておく。
これが、商人の眼力です。
ところが、「自分は電器屋だ」と思っている人は、電化製品しか扱わない。
ずぅーっと、電器屋にこだわるのは、お年寄りを喜ばす眼力がないのです。

でも「電器屋」の枠をとっぱらって、お年寄りが喜びそうな商品・サービスを提供するということになってくると、ヘンな話、「観音参りツアーでも作ろう」とかいうアイデアも出てきますよね。
それとね、「おばあちゃんの原宿で」有名な巣鴨の商店街へ行くと、お年寄りの肌着とか、そういうものと一緒に、孫に買ってあげたいようなものも売ってるの。
こういうのが眼力。
来てくれるお年寄りが喜んでくれる店になればいいの。
わかりますか?

先代が電器屋をはじめた頃、ウチは儲かっていた、って。
それも眼力です。
先代に眼力があったんですよね。

だけど、時代は変わったのです。
「ウチは電器屋だから」といっててもいい時代ではなくなってきているのです。
それを見抜くのが眼力。
この眼力以前に、本当は、この世の中に「電器屋は電器屋しかやっちゃいけない」という法律はないのです。
商人なんですよ、あなたは商人なのです。
わかりますか?
これも眼力ですよ。

「自分は商人だ」と思えば、ホントに、なんでも売れるんです。
それで、思わぬ人が、すごいお金持ってるんです。
100万円ぐらいする健康器具をポンと買っちゃうようなお年寄りって、いるんですよ。

実は、お年寄りのなかには、何百万とか何十万もするようなものを買えるぐらい、お金を持っている人がたくさんいるんです。
だけど、必ず人にいうことは「わたしゃ、年金ぐらしだからねぇ」って(笑)。
だから、日本にはお金があるんです。
それも、見抜かないといけない。
いろんなことを見抜く力が必要なんです。

ほとんどの人は、今まで、見抜く、ということをしてこなかったと思います。
テレビを見るとか、新聞を読むというのは、情報を入れているだけです。
情報を入れることも大切だけど、入れるばっかりで見抜くことがなかったら、情報なんかいくらあってもムダ。

それが証拠に、あなた、情報にふり回されてばかりいるでしょ?
だから、その見抜く訓練として、「なぜ、子どものときに郵便貯金させらえたと思いますか?」とか、「なぜ、日本人は英語がしゃべれないんですか?」とか、私はいってたの。
こういうことを知るうちに、だんだん「これはなんだろう」と考えるクセがついて、見抜く力がつきだしてくる。

だから、世間やテレビが、いくら「ヤ〇ダ電機みたいな家電量販店が日の出の勢いで伸びてる」といっても、自分の店が小さいところだからって、ガッガリしちゃいけないよ。
一時、日の出の勢いで銀行も伸びていたんですよね。
だけど、今、銀行は落ち目です。
つぶれちゃった銀行もあるでしょう?
それから、前は、デカイ会社がすっごくよかったけれど、今、人を何人も雇っているところは苦しいんですよ。

要するに、時代はめぐるんだ、っていいたいんですね。
だから、町の電気屋が有利な時代が来るんです。
ただ、そういう時代が来ることは来るのだけれど、経済には「同じ法則は絶対たどらない」という法則があるのです。
だから、昔のまんまのやり方でやってたところが、よくなることはないんです。
わかりますか?
昔のままの町の電器屋がよくなることはないのです。

『眼力(CD付)』サンマーク出版

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斎藤一人さんはこう語る。
『私は、めったに自分の会社には行きません。
なぜかというと、私が会社に行くと、社員がみんな「一人さん、話を聞かせてください」って集まってきちゃうのです。
本当にうれしいんだけど、そうなると、みんなの仕事の邪魔をしちゃって、申し訳なくてね。
「社長が会社にいなくて、いいんですか?」って、いいんです。

社長の仕事は、一個です。
給料日に給料を渡す。
これしかありません。
あなたの会社の社長さんがこれをやりつづけているなら、立派な社長です。
そして、社長というのは、従業員にちゃんと給料を渡すために世の中を見抜くのです。
「今の世の中はどうなんだろうか」
「このまま行くと、この世の中は、どうなるんだろう」
いまがわかって、次にどういう時代が来るかがわかれば、先に備えをして待っていれば経営はうまくいきます。
そのことと、社長が会社にいることは別なんだ、というのが一人さん流です。
でも、世間は違います。
ヨソの社長さんは、毎日、会社にいます。
そのうえに、従業員より早く会社に出て、最後まで残って働いています。
そういう社長さんを「エライ社長だ」と、世間の人はいうのですね。
なぜ、そう思うようになったのかを見抜いてみましょう。
それは、日本の会社のほとんどが下請けだからです。
下請けの会社の人たちは、体や技術を使って働く「働き者」です。
わかりますか?
親会社は、自分のところで人を雇うよりも、下請けに出したほうが安いし、効率がいいから、出しているんですよね。
すると、安いから、下請けの人たちは「親会社より、うんと働かないと食べていけない」ということになってきますよね。
なおかつ、親が会社から「あなたの会社で、これ作って」と、仕事を渡されます。
お客さんが仕事を考えてくれるから、頭を使うのが仕事ではない。
「働き者」が仕事なのです。
その「働き者」の代表が社長であって、みんなより「うんと働き者」の社長が「エライ社長」とされていたのです。
ところが、今になってみたら、親会社から仕事が来ない。
いくら「働き者」でも、仕事が来なかったらお給料が出ません。
何をいいたいのかというと、自分で頭を使って仕事を考え出さなきゃいけない時代が来たんだ、って。
仕事を考え出せる社長でなきゃ、生き残っていけなくなってきているのです。
この眼力があると、社長を見る目が違ってきます。
「ウチの社長はホントにいい社長なのかどうか」といったとき、社長が朝から晩まで外を出歩いていてもいいのです。
外にいても、仕事を考え出すか、仕事を取ってくれば、それでOKなんです。
朝から晩までずぅーっと会社にいたって、仕事がなかったら、いてもしょうがないでしょう。
そして、社長さん、よろしいですか?
時代というものは、変わります。
そのとき、社長は社長で「世の中は変わったんだ」という眼力を持っていないと、今までの成功例をいくら並べても、うまくいかないのです。』

時代は恐ろしい勢いで変わる。
そして、元には戻らない。
進化し続けるからだ。

特に、このコロナ禍の後は、変われる人と変われない人では大きな差がつく。
そして、もし、変われないとしたら、ガラパゴスの人となり、衰退し結局は存続できない会社となる。

時代は変わったんだと、肝に銘じたい
posted by Dr.モーリィー at 08:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月18日

No 5686   【ほんの一瞬の人生だからこそ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ほんの一瞬の人生だからこそ】

曹洞宗徳雄山建功寺住職、枡野俊明氏の心に響く言葉より…



日本人は「平均」とか、「横並び」といった言葉が好きなようです。
なんでも他人と同じくらいであれば安心するわけです。
雑誌などではよく、平均給与とか平均的なマイホーム取得年齢、平均的な結婚費用、同葬儀費用といったものを取り上げた特集記事が掲載されますが、そうしたものも日本人気質を見抜いたテーマ設定だといえるでしょう。
余談ですが、ずいぶん前に流行ったビートたけしさんの「赤信号、みんなでわたれば、怖くない」というギャグも、日本人の横並び好きを痛切に皮肉ったものだ、という見方ができます。
平均と自分を弾き比べて、上ならばほっと胸をなで下ろしたり、少々、誇らしい気分になったり、下の場合は不安になったり、焦りを感じたりする、というわけです。
しかし、そもそも平均を意識することになにか意味があるでしょうか?
横並びの人生なんてこの世にありえないのです。

人はこの世に生を受け、死んであの世におもむきます。
人生というその時間を、それぞれが自分の歩幅で歩んでいく…。
そこに「平均」などはありません。

禅語に「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」というものがあります。
人は本来、いっさいのものを持たない、まったくの空(くう)、絶対的な無の存在である、ということです。
ですから、心に塵(ちり)やホコリが積もることもないし、煩悩(ぼんのう)もないし、悟りというものもないと、この禅語は教えています。

「体露金風(たいろきんぷう)」という禅語もあります。
「体露」とは生まれたままの姿のこと。
「金風」とは、気持ちのいい秋風のことです。
見栄や分別、欲を捨てて、生まれたままの赤ん坊のような気持ちでいれば、清々しく生きられると、この禅語はいっています。

人生ということに引き寄せていえば、なにも持たない裸で生まれてきて、やはり、なにも携えずに死んでいくのが人の人生というものなのだ、ということ。
「人生は、手ぶらで生きて、手ぶらで死ぬのがいい」
ということです。

給料が平均より上だ下だ、といっても、そんなことは無に始まり、無に終わる人生の、小さな一局面、些細な断面でしかないのです。
平均をはるかに超えたとしても、平均に遠くおよばなくても、それが自分の歩幅であり、そこでしか、たしかな人生の足跡を刻むことはできないのです。
その足跡の連なりが人生です。

ですから、誰一人として同じ人生を歩むことはありません。
人の数だけ人生があるのです。
そのことに早く気づいてください。
すると、「平均」を目安にすること、それを意識することの無意味さがわかってきます。

「災難に逢うとき時節には、災難に逢うがよく候」
良寛さんの言葉です。

災難に遭遇して、「おい、おい、こんな災難に逢うなんて、平均的な人生からいったら、割が合わないじゃないか」などと嘆いていたってしかたがないのです。
災難には正面から向き合うしかないのですし、その災難の中に自分の足跡を残していく以外にはないのです。
それがほかの誰でもない、あなたの人生を丹念に歩むということだ、と思います。

『競争からちょっと離れると、人生はうまくいく (単行本)』三笠書房

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浜松医科大学名誉教授の高田明和氏が「魂をゆさぶる禅の名言」(双葉社)の中でこんなエピソードを紹介している。
『 朝比奈宗源(あさひなそうげん)老師の知り合いの僧がある寺に住持していました。
彼は博打(ばくち)が好きで、村の人の集まりで博打をやって負けて帰ってくると、 「あいつもやがて死ぬやっちゃ」と独り言をいっていたということです。』

もちろん、宗源老師は、博打好きな僧に、「死んでしまえ」と願って言ったわけではない。
あきらめたり、捨て鉢で言っているのでもない。
諦観という、澄んだ気持ちで、物事の本質をとらえ、悟りのような境地で発した言葉だ。
「しかたのないやっちゃ」と。

どんな大悪人も、小悪人も、ウソつきも、大ぼら吹きも、嫌なやつも、そして善人も、すべて、「あいつもやがて死ぬやっちゃ」。
メチャクチャにひどいことを言われようが、ひどい仕打ちを受けようが、やがてみんな死んでしまう。

城山三郎氏の小説の中にこんな言葉がある。
「一期(いちご)の盛衰(せいすい)、一杯の酒』(本当に生きた日)
英雄の興亡盛衰の重さも、一杯の酒のうまさに叶わない。
チンギスハンも、ナポレオンも、信長も、秀吉も…。
まさに、「人生は、ただ一場の夢」のようなもの。

「裸にて生まれてきたに何不足」
ほんの一瞬の人生だからこそ、大切に生き抜きたい
posted by Dr.モーリィー at 07:45| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月17日

No 5685   【人生は楽しむためにある】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生は楽しむためにある】

小林正観さんの心に響く言葉より…


「人生は修行の場である」
「修行することが目的である以上、人生には苦しみや悲しみが多くて当然だ」
「人生は、辛く悲しいものの集積である」
と考える人がいます。

「目の前の出来事はすべて『修行』のために存在している。
悩みがあるのは当たり前だ。
だからこそ、立ち向かったり、我慢や忍耐をしたり、乗り越えたりしなければいけない」
そう考えることで、もしあなた自身が生き方がラクになるのであれば、「人生=修行」ととらえても、別にかまわないでしょう。

ただ、「宇宙の構造」は違います。
人生は「修行の場」として設定されているわけではありません。

人生は、「喜ばれるための場」であり、「感謝をする場」であり、なによりも、「楽しむため」に存在しています。
「人生は苦しみに満ちている人と悲嘆にくれてばかりの人」や、「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句ばかりの人」に比べれば、人生を「修行の場」と位置付け、「乗り越えていくしかない」「我慢するしかない」と考えている人のほうが、まだ一歩も二歩も前進していると思います。
でも、それではまだ、「途中の段階」。

私たちが「肉体を持ってこの世に生まれてきた理由」は、「人生を楽しむため」にほかなりません。
現象はすべて「ゼロ(中立)」です。
どのようにとらえるかは、結局のところ、あなた次第。

「第13回バン・クライバーン・国際ピアノコンクール」で優勝した(日本人初)ピアニストの辻井伸行さんは、「全盲」というハンデを背負っているのです。
けれど辻井さんは、「今までつらいと思ったことが一度もなく、楽しくピアノを弾いてきた」と受賞後の記者会見で話しています。

目の前の出来事を「修行のために存在する」ととらえ「だから耐えなければいけない」と意気込むのもかまいません。
けれどもし、「人生は楽しむためにある」と認識することでラクになるのであれば、そのようにとらえてもよいと思います。

『もうひとつの幸せ論』ダイヤモンド社

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多くの偉人伝や、成功者の話を読むと、幾多の試練や、筆舌に尽くしがたい苦労の連続を乗り越えたのちに、その成功した姿があると一様に書いてある。
まさに、波乱万丈、山あり谷ありの、まるでドラマのようにストーリーが展開する。

しかしながら、そのような起伏の激しい一生を送ってこなかった人もいる。
いわゆる平々凡々と静かな人生を過ごすことができた人だ。
大成功もしなかった代わりに、大失敗もせず、浮き沈みの激しい人生も経験しなかったということだ。

すると、「人生は修行のために存在する」という人たちからは、「苦労が足りない」とか「困難を乗り越えた経験がない」、だからダメなんだ、などとバカにされることもある。
そして、「ノーテンキ」、「極楽トンボ」などとののしられることもある。
しかし、「人生は楽しむため」に存在するのだと思うなら、平々凡々の人生こそ、ありがたくて、しあわせで、たのしくて、ツイていて、感謝の人生となる。

戦時下の困難な時代に生まれた人たちには、その時代に生まれてきた意味がある。
今この時代にゆたかな日本に生まれたなら、今この時代に日本に生まれてきた意味がある。

困難や苦労を乗り越えなければ、幸せは手に入らないのではない。
幸せに気づいた人が幸せなのだ。

「人生は楽しむためにある」という言葉をかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 07:49| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

No 5684   【新しい領域へのGiveをスタートすること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【新しい領域へのGiveをスタートすること】

小山龍介(りゅうすけ)氏の心に響く言葉より…



これまでの領域から離れて、新しい領域で事業を開始するには、当初、かなりの投資が必要になります。
投資はお金というだけでなく、時間というもっとも貴重な資源の投資が絡みます。
人生の時間は有限であり、一刻も無駄にできません。
お金以上に、そうした時間投資を最小化するための方法がリーンスタートアップでした。

投資というのは、もちろんリターンを期待して行うものなので、投資をするにあたって「儲かるかどうか」「報われるかどうか」が、投資の判断基準になるかと思います。
確率は低いけれども大きなリターンが期待できるからと、ベンチャー事業に投資する人たちもいます。
しかし、問題は「いつ」このリターンを得らえるような投資をするのか、ということです。
このリターンを短期的なものに設定すればするほど、すぐに結果が出ることばかりをやることになるので、領域の広がりは限られてしまいます。
事業の射程がどんどん短くなっていくのです。

将来に向けて大きく発展する事業をやっていきたいと思えば、遠くのターゲットに向けた射程の長い、できるだけ遠い未来にリターンが戻ってくる投資をするべきです。
じっくり時間をかけて取り組む事業です。
時間がかかる事業であればあるほど、他人からキャッチアップされることも難しく、それだけ競争優位が働くともいえます。

別の言い方をすれば、たくさんの時間を投じたあとに、ようやく自分の利益を得ようという考え方です。
この意味で長期的な投資というのは、本質的に贈与性を帯びています。
すぐに利益を期待していないからです。
企業のR&Dも同様です。
既存事業の収益を、企業の未来、社会の未来に向けて贈与している。
そんなふうに考えることもできます。

よく、さきにTakeを考えるのではなく、GiveしたあとにTakeする「Give&Take」という話がありますが、これは贈与の原則を語っているものです。
そしてこれは長期的な人生の投資も同様なのです。

こうした贈与を、昔は自分の所属している企業に対して行っていました。
人生の時間をGiveすることによって終身雇用というTakeがある。
の関係が成り立っているときにはよかったのですが、あのトヨタ自動車でさえ終身雇用制度は難しいと言っているときに、Giveの対象は所属企業だけでよいとは言えなくなってきました。

そんな時代においては、新しい領域へのGiveをスタートすることが重要です。
これは早ければ早いほどいい。
それだけ時間というリソースを長い間、投資できるからです。

『在宅HACKS!―自分史上最高のアウトプットを可能にする新しい働き方』東洋経済新報社

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小山氏は本書の中で、『“場”とGiveの関係』についてこう語っている。

『場の研究所の清水博先生は長年、場を研究されていく中で、その根本原理に与贈循環があると指摘されています。
与贈というのは、贈与をひっくり返した言葉で、贈与の中でも匿名での見返りを求めないものを言います。
この与贈が自分のいる《場》に対して行われると、その《場》が豊かになっていきます。
《場》が豊かになっていくと今度は、その《場》から自分への与贈が居場所というかたちで返ってきます。
循環が起こっているのです。

たとえば、家族のためにケーキを買って帰るとします。
そうすると家族との関係もよくなり、家庭という《場》が豊かになります。
そうすると、自分の居場所もできる。
与贈は居場所づくりの方法なのです。

在宅勤務になると、実はこの居場所づくりを意識的にやる必要が出てきます。
これまでは会社という、自動的に与えられた居場所がありました。
しかし、物理的にその場所から離れたときに、人は会社に居場所があるという実感を失います。
そのことが、やがてメンタルにも響いてくるのです。
今まで意識してこなかった、居場所を作るための取り組みが必要になるのです。
その居場所は、会社の中にとどまりません。
むしろ、会社という小さな枠組みにとらわれることなく、最終的には地球全体が私の居場所と思えるくらいのスケールで、世界と向き合うことも可能です。
そういう視野で活躍する人は、ものすごく大胆なプロジェクトを成し遂げていくでしょう。
在宅勤務は、会社という小さな居場所を失う働き方です。
しかしそのことによって、世界という大きな居場所を獲得する機会を与えてくれる働き方でもあるのです。』

R&D(研究開発)の、「R」は“Research”(研究)、「D」は“Development”(開発)を意味している。
長期の研究開発も、ここでいうGiveということになる。
短期のリターンを期待しないからだ。

年齢を重ねれば重ねるほど、自分の「場」がどれだけ(いくつ)あるかが大事になってくる。
もし、会社しか自分の「場」がないとすると、定年退職してからの人生は暗い。

GiveなしにTakeだけを求めようとする人は、自分の「場」をつくることはできない。
場づくりへの、時間と労力はすべて持ち出しとなるからだ。
その手間をかけることが嫌な人は、「場」づくりはできない。

長期の研究開発と同じで、どれだけ長期にわたって見返りを求めず、Giveし続けたか。
そして常に、新しい領域へのGiveをスタートすること。

自分の「場」という世界を広げたい
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2020年07月15日

No 5683   【ネットビジネス進化論】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ネットビジネス進化論】

IT批評家、尾原和啓(おばらかずひろ)氏の心に響く言葉より…



世界経済が新型コロナショックに揺れた2020年5月、GAFAM5社の時価総額が、ついに東証1部約2170社の時価総額の合計を上回りました。
各国でロックダウンや外出自粛が続く中で、リアルベースの日本企業が企業価値を下げる一方、ネットを中心としたGAFAMは、むしろ価値を伸ばしたのです。
とはいえ、この傾向は、コロナによってビジネスや生活様式がまったくあたらしいものに変わったからというよりは、これから10年単位の時間をかけて起きるはずだった、すべての活動がオンラインになる「アフターデジタル」の世界が、コロナによって一気に実現に向けて動き出したから、と僕は考えています。
2019年3月に出版した『アフターデジタル』(日経BP)において「もはやオフラインは存在しない」と書きましたが、コロナによって強制的にオフラインを封じ込められたら僕たちは、オンラインを中心としてネットビジネスへの進化を余儀なくされています。

「ストレス=摩擦」がない状態を「フリクションレス」といいます。
何かをするたびにひと手間、ふた手間かかると、どうしても面倒くささが先に立って、それをする気力をなくしてしまいがちですが、思いついたことをすぐに実行できるなら、実際にやってみる人は増えるはずです。
つまり、「やりたいことがすぐにできる」ことそのものに価値があるのです。
グーグルは「知りたいことがすぐにわかる」から、アマゾンは「ほしいものがすぐに手に入る」から、フェイスブックは「知りたい人の近況がすぐにわかる」から、LINEは「話したい友だちとすぐに連絡が取れる」から、ユーザーに広く受け入れられました。
スポティファイは「聞きたい音楽がすぐに聞ける」から、キンドルは「読みたい本がすぐに読める」から、実際に音楽を聞いたり、電子書籍を買ったりする人が増えたのです。
同じように、「お金を払いたいときにすぐに払える」「お金をもらいたいときにすぐに受け取れる」キャッシュレス決済も、世の中にこれまで以上に浸透し、ユーザーの行動パターンを大きく変える可能性を秘めています。
考えてみれば、インターネットも、情報同志がつながったことで、あらゆる情報へのアクセスがフリクションレスになったからこそ、世の中に大きな変化をもたらしたのです。
お金のやりとりがフリクションレスになれば、それと同じか、それ以上のインパクトがあるはずです。

何かができるように手助けすることを「イネーブラー(enabler)」といいます。
「キャッシュレス化=フリクションレス化」は、「自分の好きなことが商売になったらいいな」という個人の想いをかなえるきっかけになります。
従来なら「こんなのは商売にならない」とあきらめていたような小さなことでも、支払い関係の苦労から解放されれば、ビジネスとして成り立つ可能性があるのです。

これまでは飲食店を開くには代金を入れておくレジが不可欠でした。
お金を扱う以上、現金を盗まれないような防犯対策が必要で、閉店後もレジの清算処理をしたり、売上を銀行に預けたりする必要がありました。
しかし、アプリで注文、アプリで支払いも完結という中国では、最初からレジがない店が増えています。
レジがなければ注文を受けた順に料理をつくって渡すだけでいいので、そもそも注文を受けるだけの店員もいりません。
そのため、テイクアウト専門で店舗面積が1坪(たたみ2畳分)未満の、小さなお店が急激に増えています。
レジの代わりにタブレットが一つ置いてあるか、QRコードが貼ってあるだけです。
お店が終わったら、掃除だけしてすぐに帰宅できます。
お金のやりとりから解放されると、やるべきことがシンプルに、明確になり、そこだけに打ち込むことができるので、出店のハードルが極端に下がるのです。
その結果、たとえば、定年退職したおじさんが、趣味のコーヒーを人にふるまうために1坪店舗を出すといったことが、ごく当たり前になってきます。

『ネットビジネス進化論 何が「成功」をもたらすのか』NHK出版

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本書に「信用スコア」についてこう書いてあった。
『そもそも、信用スコアが高いと、サービスを受けるときに優遇されたり、煩雑な手続きをショートカットできたりするのでしょうか。
それは、「人を疑うコスト」を減らしてくれるからです。
これまでは、たとえば賃貸住宅を借りる場合、収入を証明する書類や保証人が必要でした。
不動産会社は、借り主がどれくらいの規模の会社に勤めているか、年収はいくらあるか、保証人(親)の経済状況はどうかまで見て、家賃の支払い能力があるか、危険人物でないかを調べます。
つまり、「この人は信用できる人間か」ということを調べるために、手間とコストをかけてきたのです。
しかし、今は芝麻信用のスコアを見るだけで「この人は800点もあるから、よほどちゃんとした人なのだな」と瞬時に見分けがつきます。
疑うコストがかからないので、その分、煩雑な手続き簡略化することができるのです。

この「疑うコストは」不動産取引だけではなく、取引先企業の信用調査や企業の採用試験、婚活のマッチングなど、さまざまな場面でかかっています。
とくに、かつて中国では、隙あらば他人を出し抜いてでも自分が儲かるほうがいいと考える人が多かったので、信用できる人や信用できる商品を見つけるのがたいへんで、いい人やいい物を「探すコスト=疑うコスト」が日本では考えられないくらい高かったのです。
たとえば、アント・フィナンシャルは、芝麻信用スコアが650点以上の人を対象に、「相互宝」という重大疾病を対象とした新しい保険サービスを開発しました。
650点以上の人なら保険料の支払い能力は申し分ないということで、「疑うコスト」をかけずに済んだわけですが、相互宝の革新性は別のところにありました。
ふつうの保険のように毎月定額の保険料を前払いするのではなく、期間内に加入者が補償対象の病気にかかって支払われた保険金を、残りの加入者全員で「割り勘」にするという後払い式のサービスなので、加入時の保険料の負担はゼロ。
アリペイで支払う保険料も毎月異なり、その額もわずか数十〜数百円という破格の安さで人気を集め、ローンチから約1年で加入者が1億人を突破したのです。

企業の「信用情報」を使えば金融サービスを展開できるし、個人の「信用スコア」を使えばサービスの値段を劇的に下げることができます。
どちらもキャッシュレス化がもたらすイネーブラーの第二段階ですが、さらにその先に、もう一つのビジネス領域が広がっています。
それが「送客ビジネス」です。
キャッシュレス決済による手数料はわずか数%にすぎません。
しかし、いままでリーチできていなかった新規のお客さんを連れてきてくれるなら、1件あたり15〜20%くらいの手数料を支払ってもいい、というお店は多いはずです。
定期的にリピーターを送り込んでくれるなら、5〜10%くらい払ってくれるかもしれない。
これまではグルメサイトの「食べログ」や「ぐるなび」、が得意としてきた領域です。
キャッシュレス決済導入をきっかけに、その部分に食い込むことができれば、決済手数料よりも利幅の大きなビジネスを手がけることができます。
その意味で、キャッシュレス化というのは、その背後にあるイネーブラーの撒(ま)き餌(え)にすぎないともいえます。』

芝麻信用(ジーマしんよう)は、中国のアリババの関連会社が開発した個人信用評価システム。
『例えば、どんな商品をいくらで購入したか、クレジットカードのキャッシングやオンラインレンディングサービスで借りた金をきちんと返済しているか、「シェアバイク」や「シェア傘」といったシェアリングサービスを利用した際に借りたものを期日までにステーションに戻しているか、「滴滴出行(ディディチューシン)」のようなライドシェアサービスや飲食店を予約した際、無断でキャンセルをしていないかなどである。
これらのデータに、アリペイに登録されたユーザーの学歴や、そのSNS上の人脈の広がりや深さ、これまでにどんな仕事をしてきたかという履歴などを加味して、個人の信用度合いをスコアで表示したのが芝麻信用なのだ。』(日経Xトレンド)より

その他に、会社の身分や、車や不動産のあるなし、マナーやルール違反の有無、等々で信用があり、それらを登録することで点数が上がるという。

ネットビジネスの多くの分野で、日本は遅れてしまった。
その大きな理由の一つは、日本が中途半端に便利で、ゆたかで、不便を感じなかったからだという。
●たとえば、コンビニに行けば、ATMがあって現金はほぼ365日いつでもすぐにおろせる。
●電話網などが全国津々浦々、張り巡らされていた日本は、アジアや中国と違い、当時、携帯電話やスマホの必要性を感じなかった。
●アジアや中国では、現金は偽札などの横行で信用がなかったから、電子マネーが急速に普及したが、日本では偽札などの心配がなかったので必要性が感じられなかった。
●アジアや中国では、タクシーのサービスが悪かったり、ぼったくり等があったため、ウーバーのようなライドシェアが急速に普及したが、日本ではタクシーの運転手のレベルが高く、また値段も適性で、ぼったくりなどがないため必要性を感じられなかった。

新しいビジネスはハングリーなところから生まれる。
たえず、「ガツガツしていること」「渇(かわ)いていること」がなければダメなのだ。
ゆたかでのんびりしていて、ぬるま湯につかっているところからは生まれないからだ。

たえずネットビジネスの進化を見つめ…
新たな可能性にチャレンジしたい
posted by Dr.モーリィー at 09:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする