2020年01月31日

No 5461   【教える人はタンクを満タンに】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【教える人はタンクを満タンに】

ジェフ・ケラー氏の心に響く言葉より…


私はあなたが目標に向かって前進するためにポジティブな言葉を使うことを提唱している。
しかし、これから直面するかもしれない障害を無視したり、他人の意見や感想を軽視したりしようと言っているのではない。
どんな目標に取りかかる前にも、この先に待ち構えていることに対して準備をしておきたいものだ。

力を合わせてがんばってくれている人たちと目標を分かち合うことも大切だ。
たとえば、営業部長がこれからの一年間で売り上げを二割アップさせたいと考えているなら、その目標をスタッフ全員に知らせるのがいい。
そうすれば、全員がその目標を達成するために力を合わせて働くことができる。

しかし、私自身がこういった問題を話し合いたいと思う相手は、起こるかもしれない困難に対して創造的な解決策を示してくれるポジティブな人である。
それだけではない。
私は自分の計画を、知的な意見を出すことのできる人たちとだけ話し合うことにしている。

もしあなたが自分で起業しようと思っているなら、心の姿勢がネガティブなうえに、誰かの下でずっと働いてきた人に相談するのは見当違いだ。
そういう人が起業について何を知っているというのだろうか。
自分で起業しないほうがいい理由を数多く並べるのが関の山だ。
その人と少ししゃべったあとで、あなたは自分を疑うようになるに違いない。
そんな人の「手助け」が必要だろうか。

『できる人とできない人の小さな違い』ディスカヴァー

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お金を儲けることを教えるコンサルタントがいたとすると、その人自身が儲かっていなかったり、お金がなかったりしたら、お客は誰もつかない。
幸せを伝えるコンサルは、まず、自分や家族が幸せである必要がある。
健康を伝えるコンサルは、まず、自分が健康である必要がある。

教える人が、ネガティブで、不機嫌で、暗くて、ツイてなくて、不平不満や泣き言、グチが多かったら、聞く人は誰もいなくなる。
ネガティブや不機嫌が伝染するからだ。
相談する相手も同じ。
ポジティブで、上機嫌で、明るくて、ツイていて、うれしい、たのしい、ありがとうと感謝を多く言っている人に相談したくなる。
そして、営業で無理に人を集めなくても、自然とそういう人のまわりに大勢の人が集まる。

水はタンクが満タンになったら自然に外へあふれ出る。
しかし、タンクの底の方に少ししか水が入っていなかったら、水は外へ出ようがない。
これは、「教えること」も全く同じ。

教える人は、まず自身が満タンになる必要がある
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2020年01月29日

No 5460   【好きなことしか本気になれない】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【好きなことしか本気になれない】

株式会社ココナラ代表、南章行(あきゆき)氏の心に響く言葉より…



終身雇用制度が消滅し、突然クビになったり、会社が倒産したり、「ボーナスカット、給料は半額で頼む」と言われても不思議ではなくなる。
運よくそんな目にあわなくても、定年が来れば会社にはいられないし、あなたの仕事は「なくなる仕事」かもしれない。
「長く働く時代になる」という外部要因を考えれば、フリーになっても食っていける個人の力は必要不可欠だと僕は思う。

◆「個人の力」の三大要素その1はスキルだ。
ただし、どのようなスキルにニーズがあるかは、外部要因の影響を受ける。
時代の変化は速く、環境はみるみる変わる。
そんななか、「絶対」を求めて安定を手にしようという人は、全財産をバカラ賭博にオールインするレベルのギャンブラーだ。
「この資格を取っていれば一生食いっぱぐれがない」とか、「現実を考えて手に職をつける」という発想は、80歳まで働くというとき、堅実に見えてまるで役に立たない。
そこで「唯一無二のスキルをひとつ持つ」という発想は捨ててしまおう。
「複数のスキルを持つ、新たなスキルを獲得し続ける」とういう考え方に切り替えるのだ。
そして、それは更新されていくほうがいい。

◆「個人の力」のその2は、自分の価値観を持つことにほかならない。
長期プランが意味なしになるほど変化の激しい時代だから、「自分の価値観」というブレないものが必要だ。
未来予測はできない。
誰も先のことまで見通せないということだ。

◆「個人の力」その3は、「セルフリーダーシップ」だ。
目標を自分で設定し、課題も自分で見つける。
今後はこれが当たり前になっていく。
僕はそう考えている。
目標を決めるのは自分。
実行して達成するのは自分。
評価するのも自分。
これをひとことでいうと、「セルフリーダーシップを持つ」ということだ。
仕事を探すにしろ、変えるにしろ、何かの目標を立てるにしろ、自分を動かし、その都度、意思決定を下す。
どうやって心を満たす仕事を見つけるのか?
見つけたとして、どうやって一歩を踏み出すのか?
そんなときにはセルフリーダーシップを発揮して、自分で自分をリードしていこう。

『好きなことしか本気になれない。 人生100年時代のサバイバル仕事術』ディスカヴァー

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南氏は、「ココナラ」についてこう語る。
『「ココナラ」は、「スキルのフリマ」という、みんなの強みをネット上で売り買いするITビジネスだ。
ロゴを作る、写真提供、作曲。
ウェブデザイン、プログラミング、エクセルの指導。
就活の面接シミュレーション、ビジネス文書の作成、法律相談。
翻訳や通訳、占い、収納アドバイスに家事代行。
財務上のアドバイスから子育て相談まで、ありとあらゆるスキルが出品され、利用されている。
自分のスキルを物々交換に近いようなやりとりができるプラットフォームをつくったのだ。
ココナラを利用することで、「人の役に立つ喜び」を味わい、「自分ごと」の実感を持つ。
そうやって心満たされて自分のストーリーを生きる人を増やすことが、ココナラの使命だ』

そして、「はたらく理由」についてこう述べる。
『働く理由は二つある。
第一は自己実現。
「どうありたいか」、働くことで「何を達成したいのか」だ。
第二は社会実現。
仕事を通じて「自分という人間」が世の中に何を実現したいかだ。
スキル、価値観、セルフリーダーシップの三つが揃った「個人の力」を使い、自分が所属している社会という大きなコミュニティがよりよくなるように貢献する。
まず自分が貢献することで、自分も社会に助けてもらう』

今は、人生100年時代といわれ、「前例ない時代」であり、「正解のない時代」だ。
だから、オールド企業や古い官僚組織が得意とする「前例踏襲」は、全く時代に合わなくなってきている。

5年、10年と、真剣に遊んでいることが仕事になったりすることがある。
それこそが、オリジナリティのある独自の「スキル」だ。
スキルがあるとは、つまりプロのことで、対価としてお金になること。

また、「自分の価値観」を持つとは自分の哲学を持つということだ。
これは、読書によって身につけることができる。
最も効率のよい知識や教養の獲得方法は読書だからだ。

そして、最後の「セルフリーダーシップを持つ」とは、起業家マインドを持つことだ。
アントレプレナーシップともいう。
起業をしなければならないということではない。
そのマインドを持つこと。
他責ではなく自責の精神。

それらを極めると、やがて、それがマズローの言う5大欲求の最終段階の「自己実現」となり、同時に、社会貢献となっていく。
働くことを通して、「自己実現」と「社会貢献」をはたしたい
posted by Dr.モーリィー at 22:18| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月27日

No 5459   【嫌ならやめてもいいんだよ】

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【嫌ならやめてもいいんだよ】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


生きていれば誰だって、嫌なことに出合います。
嫌な人。
嫌な仕事。
嫌な勉強。
嫌な結婚。
嫌な頼まれごと。
嫌な考え方。

こういう嫌なこと、みんなはどうしていますか?
ほとんどの人は、嫌でも我慢しちゃうんじゃないかな。
つらいのは自分だけじゃない。
みんな我慢しながら生きているんだ。
人生には嫌なことのひとつやふたつあって当たり前。
幸せになるためには、嫌なことも我慢しなきゃいけない。
そう思いながら、ひたすら耐え忍ぶ。
日本人って真面目だから、どんなに嫌でもがんばり続けちゃうんだよね。

でも考えてごらん。
我慢したって、幸せにはなれないんです。
だって我慢しているかぎり、ずっと苦しみが続くから。
苦しみと幸せは、真逆のことだよね。

それから、嫌なことがひとつでもふたつでもあると、「嫌だなぁ…」っていう波動(周波数)があなたから出る。
この宇宙は、自分が出す波動に見合った出来事が引き寄せられるようになっているから、嫌な波動を出している人には、嫌なことばかり起きます。
宇宙の摂理で言うと、たったひとつやふたつの嫌なことが、次から次へと嫌なことを引き寄せるんだよ。

じゃあ、嫌なことがあるときは、どうしたらいいんですかって。

やめる。

これしかないんです。
自分の力ではどうにもならないことは、さっさとやめたほうがいい。
悩んだり、迷ったりせず、パッと逃げるんです。
嫌なことは、何をどうしたって嫌なの。

で、自分で「やめよう」って決断するしか、嫌なことから逃れる道はないんだよね。
それをみんな、「どうしたら嫌じゃなくなるだろうか」「誰かが救い出してくれる方法はないかな」「まわりと衝突せず、うまく逃げ出したい」とか考えるから、いつまでも逃げられなくて、どんどん苦しくなるんです。

嫌なことをやめるって、ようは火事やなんかが起きたときに「非常口」を使って逃げるのと同じなの。
火事という緊急時には、普段と同じようにエレベーターを使うと、閉じ込められて逃げ遅れる可能性があります。
だから、どんなに高層ビルの上層階にいても、緊急時には非常口から逃げて、階段を使うのが鉄則なんだよね。

嫌なことって、人生における非常口なんだ。
一刻も早く非常口から逃げなきゃいけない。
なのに、非常口があることすら知らない人が多いんです。
あるいは自分で非常口を塗り壁にしちゃって、見えなくなっているとか。
それでどうやって逃げるの?
だから心の病気になったり、自殺や過労死をしたりするんだよね。

人生というのは、みんなが思っているよりはるかに、楽しいことやワクワクにあふれています。
一人さんなんか、生きていることが面白くてしょうがないんだよ。
毎日幸せでたまらない。
非常口に逃げ遅れて精神的な病気になったり、命を縮めたりして、この楽しさを知らずに今世を終えちゃうなんて、そんなもったいない話はないんです。
非常口は、間違いなく幸せの道につながっているんだ。

『嫌ならやめてもいいんだよ』ナチュラルスピリット

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真面目な人は、風邪を引いて、頭も痛くて、熱もあって、体調もすこぶる悪いのに、「出席」と返事をした会合やイベントに出てしまうことがある。
学校も、会社も、部活などの練習もみな同じ。
そして、その無理がたたって、寒い冬など、それがきっかけで、倒れたり、入院してしまったりすることもある。
無理をしても頑張ることが美徳、というような価値観があるからだ。

同様に、嫌なことでも我慢して出ていると、「引きこもり」や「うつ」や「病気」になったりする。
嫌なことを続けられないように、病気になって、体が行動を止めるということでもある。

いじめなどで、自らの命を絶つ人がいるが、そのニュースを聞くと、「どうして逃げなかったんだろう」「学校や会社をやめればよかったのに」と思うことがある。
しかし、子どもの頃から、「逃げてはいけない」、「最後まで続けろ」というような価値観をたたき込まれてきた人は、なかなかその価値観から逃れることはできない。

だからこそ、斎藤一人さんのいう「嫌ならやめてもいいんだよ」という教えが大事になる。
人生は何度でもやり直せる。
どんなに行き詰っても、別の道があることを心に刻みたい
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2020年01月26日

No 5458   【サードドア、いつだってそこにある「成功への抜け道」】

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【サードドア、いつだってそこにある「成功への抜け道」】

アレックス・バナヤン氏の心に響く言葉より…


『人生、ビジネス、成功。
どれもナイトクラブみたいなものだ。
常に3つの入り口が用意されている。

ファーストドア:正面の入り口だ。
長い行列が弧を描いて続き、
入れるかどうか気をもみながら、
99%の人がそこに並ぶ。

セカンドドア:VIP専用入り口だ。
億万長者、セレブ、名家に生まれた人だけが利用できる。
それから、いつだってそこにあるのに、
誰も教えてくれないドアがある。
サードドアだ。

行列から飛び出し、裏道を駆け抜け、
何百回もノックして窓を乗り越え、
キッチンをこっそり通り抜けたその先に…必ずある。

ビル・ゲイツが
初めてソフトウエアを販売できたのも、
スティーヴン・スピルバーグが
ハリウッドで市場最年少の監督になれたのも、
みんなサードドアをこじ開けたからなんだ。』

『ハリー・ポッター』シリーズの一冊にあった言葉。
重大な局面で、魔法使いのダンブルドアがハリーにこう言う。
「君が何者であるかは、君の持っている能力ではなく、君の選択によって決まるんだよ」
選択したもの…能力ではなく…。

ビル・ゲイツは寮の部屋にいて不安を殺しながら、自分たちのソフトウェアを売り込むために受話器を取った。
そう決断したのは彼自身だ。

スティーヴン・スピルバーグがユニバーサル・スタジオのツアーバスから飛び降りたのも、彼自身が決断したことだ。
ジェーン・グドールがアフリカ行きのお金を貯めようといろんな仕事に取り組んだのも、彼女自身が決めたことだ。

小さな決断によって、誰もが人生を大きく変えることができる。
みんなが並んでいるからと何となく行列に加わり、ファーストドアの前で待つのも自由だ。
行列から飛び出して裏道を走り、サードドアをこじ開けるのも自由だ。
誰もがその選択肢を持っている。

これまでの旅で学んだ教訓が1つあるとすれば、どのドアだって開けられるということだ。
可能性を信じたことで、僕の人生は変わった。
可能性を信じられる人間になることで、可能性を広げることさえできるんだ。

『サードドア: 精神的資産のふやし方』東洋経済新報社

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『ビル・ゲイツにマーク・ザッカーバーグ、レディー・ガガ……。
各界のトップを走る著名人たちは、どのように“キャリアの一歩”を踏み出したのだろう。
巷に溢れる本に書かれているのは、華やかに整えられたサクセスストーリーばかり。
本当は、もっと泥臭い努力もしているはず。
誰も書かないなら、本人に直撃インタビューしてしまえ! 
そう考えた当時大学生のアレックス・バナヤンが、担当秘書たちに阻まれながら、インタビューを試みる。
そんな唯一無二の体験を綴った「サードドア: 精神的資産のふやし方」(東洋経済刊)は、昨年米国で発売されベストセラーとなり、現在18ヶ国で出版されている。
初めての相手にメールを送るときは震えるほど緊張するし、思いが強過ぎて空回りすることもある。
バナヤンが経験する失敗の数々は、とても他人事には思えない。
従来のビジネス書とはひと味違い、心の機微が丁寧に描かれているのも本書の魅力だ。』(エル・ジャポン・2019/09/27)より

レディー・ガガの話も秀逸だった。
ガガが、サードアルバム「アートポップ」をリリースしたが、風変り過ぎると批評家からこき下ろされた。
ガガは、不安定になり泣きながら友人にアドバイスを求めてきた。
翌朝イベントでトークをすることなっていて、いじわるな質問が出そうなその時間が彼女の一番の悩みだった。
そのとき、友人と一緒にいたアレックスは、アドバイスを頼まれた。
アレックスは、
「アートはすべて感情の建築物なんだ!
その視点からガガを見ると、彼女の梁(はり)とか土台の部分は、すべて子ども時代にルーツがある。
彼女は子どもの頃、カトリックの学校に通ってて、息が詰まりそうな毎日を過ごしてた。
彼女はルールに縛り付けられていた。
修道女にスカートの長さを測られたりしてさ。
彼女が生肉のドレスを着たのは、今なお彼女たちに反抗してるんだ!
ガガの表現は、何もかもが、創作と言う名の反抗なんだ!」
「天才とは、期待を裏切る存在だ。
ガガは常にみんなの期待を裏切って、予想を超えてきたんだ」
「トップ40の頂点に立ったなら、彼女がその逆を行くのは当然だろう?
『アートポップ』は失敗作じゃない。
『アートポップ』こそ、彼女そのものだ!」
そして、ガガにアップルのスティーヴ・ジョブズの"Think different"(発想を変える)というCMキャンペーンを見てもらった。
次の日、ガガは、トークイベントでこう言った。
『「アートポップ」は創作という名の反抗。修道女のルールなんてまっぴら。』

いつだって、そこにある「成功への抜け道」
サードドアを開けたい
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2020年01月25日

No  5457   【人生の楽しさを最大化する、働き方、生き方、動き方】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生の楽しさを最大化する、働き方、生き方、動き方】

ディスカヴァー・トゥエンティワン社長、干場弓子氏の心に響く言葉より…

いつからだろう?
キャリアプランという言葉が出てきたのは?
ある程度の年齢に達した人ならともかく、若い人の口から聞くと、なんか違うんじゃないかなと思ってしまう言葉だ。
もちろん、キャリアのプランを立てること自体は悪いことじゃない。

そもそも、転職や、勤めていた会社の倒産や、中国の会社に買収されることや、それでもって人員整理の対象になる可能性もゼロではないことをあらかじめ予想(というか、覚悟というか)しておくのと、していないのとでは、そうなったあとのキャリアは、かなり違ったものになるだろうから。
この先、転職するにせよ、しないにせよ(なにしろ人生100年時代、しない人というのは、これからはかなり少数派になるとは思いますれど)、人生の転機で、いちいちゼロベースから再出発するよりは、それまでやってきたことが生きる形で、次につなげていけたほうがいい。
つながるような技能を、意識して身につけていったほうがいい。
それは言うまでもない。

問題は、この先、どういう技能が重宝されるのか、あるいは、最低限必要なのか、じつはよくわからないことだ。
ここ10年のネットの発展を見れば、あるいは、ここ5年の中国の進歩を見れば、あるいは、ここ3年のAIの進化を見れば、これまでの延長線上で、将来に備えるなんてことがまったくもって無意味だということだけはわかる。
今起こっていることのほとんどすべては、30年前にもある程度、予想されていたことではある。
ただ、こんなに早くそれが訪れるとは、ほとんどの人が予想していなかったんじゃないだろうか。
ことにこの10年、インターネットとAI技術の進歩スピードは加速度的に速まっている。
AIに置き換えられる「技能」の範囲が格段に広がっている。

そんな状況下で、今、立てたキャリアプランは、はたしていつまで有効なのか?
だいたい、そうでなくても、「今」立てているプランは、「今」の自分をベースにしたものだ。
「今」の自分に見えている世界をベースにしたものだ。

しかし、世界は、今、自分に見えている、それだけのものか?
あなたの未来は、今、あなたに見えている、それだけのものか?
あなたの可能性を、あなたが今思っている範囲にとどめていいのか?

というのも、キャリアプランにこだわりすぎて、それから外れてしまう仕事を進んでやりたがらない若い人たちというのと実際、出会ってきたからだ。
いずれにしろ、ひょっとしたら、自分には想像すらできなかった世界への入り口だったかもしれないのに、自ら塞(ふさ)いでしまうのだ。
そうやって、たかだか20数年、ほとんど子どもとして過ごしただけの自分に見えていたにすぎない世界に、自分を閉じ込めてしまうのだ。
すなわち、キャリアプランの最大の問題は、自分の可能性を、今の自分に限定してしまうことにある。

『楽しくなければ仕事じゃない: 「今やっていること」がどんどん「好きで得意」になる働き方の教科書』東洋経済新報社

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千場弓子氏の会社、ディスカヴァー・トゥエンティワンのバリューは「視点を変える。明日を変える」だという。
そして日頃、「若者を不幸にする言葉」として挙げているものが、「キャリアプラン」「ロールモデル」「ワークライフバランス」「好きを仕事にする」「夢をかなえる」「嫌われてはいけない」「リーダーシップ」等々だ。
たとえば、「ロールモデル」がいないことは、チャンスにはなっても、言い訳にはならない。
誰からでも学べるし、何からでも学べる。

また、「ワークライフバランス」は、これ自体、悪いことじゃない。
もちろん、残業をしろと言っている訳ではないが、熱くなったり夢中になってのめり込まなかったら、人生の大半の時間を占める仕事は面白くないし、楽しくない。
恋も仕事も、「好き」と「情熱」で出来上がっている。
結果も大事だけれど、そのプロセス自体も楽しい。
だから、「ほどほどにセーブして」だなんて言わないでほしい。

また、「夢をかなえる」についても、滔々(とうとう)と語れるような夢を持っていなくても、やるべきことを楽しく頑張っていれば、それなりにビジョンは浮かんでくるし、次々に目標は出てくる。
そのうち、その「目標」が「ミッション」へとつながっていく。
ミッションは後づけでもいいのだ。
あるいは、仮置きでもいい。
途中で変わってもいい。
夢を無理矢理探すより、あなたが誰かの夢になれ!

また、「リーダーシップ」も、世の中全員がリーダーになったら、いったい誰がそのリーダーを支えるのか。
サポートするというのも一つの役割で、それも才能。

すぐれた本には、「視点を変える」ヒントが満載だ。
そして、読んでいると、動き出したくなる。
「有力」な人とは、力のある人ではなく、人に影響力のある人だ。
つまり、影響力のある本。

「人生の楽しさを最大化する、働き方、生き方、動き方」
そのためには、すぐれた本を読み、それをアウトプットすること…
人生の楽しさを最大化するための努力を重ねたい
posted by Dr.モーリィー at 07:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月22日

No 5456   【ぐちゃぐちゃ言わずにやってみる】

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【ぐちゃぐちゃ言わずにやってみる】

高橋歩氏の心に響く言葉より…


◆自分のやりたいことがわからない?
そんなもの、いくら深刻に考えたって、きっと、一生わからないぜ。
とにかく、おもいっきり五感を開いて。
「なんでもやってみよう!」の精神で、好奇心に身を任せて、地球上を動き回ってみよう。
やりたいことは、頭で考えるものではなく、ハートで感じるものだ。

◆去勢されてないか?
自分を勝手に過小評価して、望むことを忘れてないか?
世の中に飼いならされ、去勢されるくらいなら、虚勢を張る方が、まだマシだ。

◆俺は半年働いたら、半年探検に出かける、ある時からそうやって生きていこうと思ったんですよ。(クリエイティブ・ディレクター、森田靖郎)

◆自分の仕事を嫌ってるようなクソッタレだけにはなりたくない。

◆まずは、やりたいことに、おもいっきり熱中してしまうことだ。
すべては、そこから始まる。
やりたくないことは、なかなか上達しないが、やりたいことは、確実に上達する。
そして、好きなことに熱中しながら、たくさんの経験を重ねながら、自分の身につけてきた知識と技術が、他人の役に立ち始めたとき。
自然に、結果やお金がついてくるようになる。
「大人が真剣に遊び続けると、それが仕事になる」

◆ビジネスの世界はすべて2種類のコインで支払われる。
すなわち、現金と経験だ。
まず経験を取ること。
現金はあとからついてくる。
(ハロルド・S・ジェニーン/IT&T元会長)

◆すべては、家族から始まる。
自分の家族さえ幸せにできない奴に、日本も地球も幸せにできない。

◆人生で一番重要なこと?
そんなことは簡単だ。
おまえの人生の素晴らしさや楽しさは、誰と生きていくのか、ということによって決まるのだ。
とにかく、一緒に過ごす人間が大切だよ。
大きなことをいう前に、目の前にいる人たちを大切に生きていきなさい。
(ある老人の言葉)

◆何かを選ぶということは、何かを捨てるということ。
誰かを愛するということは、誰かを愛さないということ。

◆必要なのは勇気ではなく、覚悟。
決めてしまえば、すべては動き始める。

◆ポジティブでもなく、ネガティブでもなく、リアルに。

◆どこかにたどり着きたいと欲するならば、今いるところには留まらないことを決心しなければならない。(J・P・モルガン/モルガン創始者)

◆決心する前に完全な見通しをつけようとするものは、決心することができない。(スイスの文学者、アミエル)

◆足踏みしてても、クツは減るぜ。(「純ブライド」吉田聡)

◆ぐちゃぐちゃ言うな。
やればわかる。

◆それまでに経験した失敗は、人生観を見出すための月謝と思えば、安いものだ。(堤康次郎/西武グループ創業者)

◆人生は有限であるということ。
遅かれ早かれ、自分も死に、大切な人も亡くなるということ。
それは、誰もが受け入れなければならないリアル。
死を身近に感じることで、生への緊張感が生まれる。
メメント・モリ 〜死を想え〜
限られた時間の中で、最高の人生を送るために。

『人生の地図』A-Works

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それは、あなただからできるんだよと言われたら、最高のほめ言葉。
人は、何かやりたいと思ったことがあってもなかなかそれを行動に移せないし、100万の富を産むような素晴らしいアイデアを思いついたとしてもそれを事業化できない。
そうやって多くの人が、人生の幕をおろすとき、できなかったことを悔やむ。

「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」(鳥井信治郎/サントリー創業者)

どんなことでも、やってみなければわからない。
最初のきっかけは、いつだって好奇心だ。
だから、軽い気持ちでやってみる。
面白そうだからやってみる。
リスクがどうだ、こうだという人は、結局はやらない人。

メメント・モリ(自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな)。
だからこそ、行動が大切。
「ぐちゃぐちゃ言わずに、何でもやってみる人」でありたい
posted by Dr.モーリィー at 21:35| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5455   【既存産業で奇跡を起こす経営戦略】

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【既存産業で奇跡を起こす経営戦略】

永井俊輔氏の心に響く言葉より…



レガシー(遺産・伝統的)企業は既存の事業を通じて、既存の顧客と強いリレーションを築いている。
課題を聞かせてくれる相手もテスト導入に協力してくれる会社も目の前にいる。
既存顧客との付き合いが長いほど業界特有の課題もわかるし、POC(Proof Of Concept・概念実証)や開発コストに既存事業の利益を充当することができる。

これはイノベーションを起こすうえで強力な武器であり、レガシー企業が持つ正のアセット(資産)の一つである。
レガシー企業が持つアセットは「レガシーアセット」という言葉として、不良資産や、時代遅れになった技術・ビジネスモデルなど経営の足かせになる要素を指すときに使われることがある。
過去のしがらみで引き継いでいるレガシーアセットが、レガシーコストを生み、経営を圧迫するといった文脈である。

しかし、レガシーアセットは必ずしも負のものではない。
既存顧客とのつながりのような価値ある資産も多く、LMI(レガシーマーケット・イノベーション)ではその資産を武器としてフル活用することを推奨する。
レガシーアセットの活用がイノベーションを生むことにつながるし、既存の市場でレガシープロフィット(既存事業で獲得する利益)も獲得できる。

イノベーションを起こすためには尖った技術や斬新なビジネスモデルも重要だが、レガシーアセットのなかにも、イノベーションを起こしたり推進していくために必要な要素がたくさんある。
既存顧客とのコネクションのほかには、技術、技術者、経験値、成功と失敗の事例、業界内のコネクション、仕入れや物流のネットワーク、金融機関の信用なども正のレガシーアセットだ。
レガシーアセットのないレガシー企業は存在しない。
重要なのは、自分たちが持っているレガシーアセットを生かせるかどうかである。

『市場を変えろ 既存産業で奇跡を起こす経営戦略』かんき出版

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永井俊輔氏は、クレストホールディングスの代表取締役社長。
1986年生まれの34歳。
父親が経営するクレストに入社。
CRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションを活用して4年間で売り上げを2倍に拡大し、同社をサイン&ディスプレイ業界の大手企業に成長させる。
2016年に社長に就任し、ショーウインドウやディスプレイをウエブサイト同様に正しく効果検証するリアル店舗解析ツール「エイサー」を開発するなど、リアル店舗とデータサイエンスの融合を実現。
成熟産業にITやテクノロジーを組み合わせ、新たな価値を生み出すLMI(レガシーマーケット・イノベーション)の普及に尽力。

『レガシーマーケットとは、市場の成長性と生産性が伸び悩んでいる既存産業のことだ。
「斜陽産業」といわれることも多い。
そのマーケットに新しいアイデアやテクノロジーを導入し、収益性を高める。
イノベーションに富んだ商品やビジネスモデルを作り出し、「あの業界で働きたい」と誰もが憧れるようなマーケットに刷新する。
それがLMIだ。』(以上、本書より)

小林正観さんは商店街の活性化についてこう述べている。
『私は全国で町おこし、村おこしが成功した例を見てきましたが、そこには共通点がありました。それは、
1.その町や村で育った人が一度都会に出て生活し、戻ってきて何かを始めた。
2.都会に住んでいた人が仕事を辞め、その町や村に移り住んで何かを始めた。
3.その町や村の外に多くの友人・知人を持っている人が何かを始めた。
この3つのうちのどれかです。
外の世界と交流を持ち、外の世界を知っている人が、新しい楽しいアイデアを持ち込み、活性化のきっかけをつくっているようです。
ずっとその町や村から出たことがない人は、その地域のよさを認識できないので、そのよさをアピールすることができない』

まさに、これはレガシー企業のLMIと同じだ。
自分の属する企業から一歩も外に出たことがない人は、新たな発想ができない。
新しいアイデアや斬新な発想のきっかけは常に外部からくるからだ。

「あの業界で働きたい」と誰もが憧れる会社にするために…
既存産業で奇跡を起こせる人でありたい
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2020年01月21日

No 5454   【習慣を変えれば人生が変わる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【習慣を変えれば人生が変わる】

マーク・レクラウ氏の心に響く言葉より…


今から約2500年前、古代ギリシャの哲学者アリストレスは「習慣が変われば、人生が変わる」と言った。
習慣を変えるうえで最も重要なのは、それに気づくことだ。
アインシュタインが言っているように、同じことを繰り返して違う結果を得ようとするのは愚の骨頂である。

人生で違う結果を得たいなら、新しい習慣を確立する必要がある。
努力して自分を律すれば、それは比較的簡単にできる。
目標に向かって邁進(まいしん)する習慣を身につけよう。
そうすれば、確実に人生で成功することができる。

改めなければならない悪い習慣は、約束の時間に遅刻する癖、大事なことを先延ばしにする癖、暴飲暴食、ジャンクフードの常食、相手が話しているのをさえぎって自分が話すことなどが含まれる。

『習慣を変えれば人生が変わる プレミアムカバー』ディスカヴァー

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マーク・レクラウ氏は、改めなければならない習慣のひとつに「嫉妬と羨望を克服する」があるという。
『他人の生活やお金、外見などをうらやんでも、なんの恩恵も得られない。
たとえば、他人のお金に嫉妬しても、お金が手に入るわけではないし、他人の外見に嫉妬しても、美男美女になれるわけでもない。
そして、自分がみじめな気分になるばかりである。
こんな無意味な習慣を見つけてはいけない。
これは不幸への特急列車だ。
明確な真実を指摘しておこう。
あなたよりもっとすぐれている人、もっとお金を持っている人、もっといい車に乗っている人、もっといい家に住んでいる人はどかに必ずいる。
それを受け入れて自分の人生を歩もう。
あなたが競争すべき唯一の相手は、昨日の自分である。
自分の強みに意識を向けて、それをもっと伸ばそう。
成功している人に嫉妬や羨望を抱くのではなく、自分の成功のために全力を尽くそう。
自分が持っていないものを手に入れている人たちをうらやむのではなく、その人たちを努力目標にしよう。
複数の研究によると、嫉妬と羨望の一因としてSNSの存在があるという。
他人の人生のハイライトシーンだけを見て、それを自分の人生のNGシーンと比較してしまうからだ。
たとえば、フェイスブックで誰かが海外旅行に出かけて美しい浜辺でくつろいでいる様子を見ると、その人がそれまでの時間に一生懸命働いてきたことを忘れてしまいがちである。
私たちは他人が失敗しながら成功にたどり着いていることに気づかず、その人が恩恵を受けている場面だけを見て嫉妬と羨望を抱く傾向がある。』

「嫉妬は常に他人との比較においてであり、比較のないところには嫉妬はない」(フランシス・ベーコン)
自分と段違いに格上の人に抱く感情を羨望(せんぼう)と言い、自分が同レベルだと思っている人に抱く感情を嫉妬という。
どちらも、そこには比較がある。

人と比べる癖(習慣)をやめるには、今自分が持っている幸せに目を向ける必要がある。
自分のよいところや、うまくいっていることにスポットライトをあてる。
そして、それに感謝する。

もし、比較する必要があるなら、昨日の自分と比較する。
昨日より今日、今日より明日と少しずつでも、どれだけ進歩しているのか、と。

「習慣を変えれば人生が変わる」
習慣を変え、さらに自分を高めることができる人でありたい
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2020年01月20日

No 5453   【結局うまくいくのは、礼儀正しい人である】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【結局うまくいくのは、礼儀正しい人である】

P・M・フォルニ氏の心に響く言葉より…


《自分は誰かと親しいと感じている人は健康になりやすい。病気になる危険性は著しく低く、病気になったとしても、生存の確率はきわめて高い》(ディーン・オーニッシュ・医学博士)

1950年代初期、ハーバード大学で行われたある研究で、健康な若い男子学生2クラスを対象にアンケートで両親との仲を調べました。
35年後、彼らの医療記録を調べたところ、両親と仲がよくないと答えた学生の100%が心臓病や十二指腸潰瘍など、重い病気と診断されていました。
一方、両親と良好で温かい関係を維持していた学生では、そうした疾病にかかったのは47%でした。

1965年、心身医療分野のパイオニアであるリサ・パークマン博士の研究では、カリフォルニア州アラメダ郡の男女数千人の社会的結びつき(配偶者の有無、交流関係、教会への参加など)を記録し、9年後に、この回答者の健康状況を調べました。
その結果、孤独な生活をしていた回答者の死亡率は1.9から3.1倍も高かったのです。
その後も数年間にわってさまざまな調査が行われ、社会的結びつきの欠如は健康に著しいリスクとなることが判明しています。

オハイオ州立大学のジャニス・キーコルト・グレイザー博士は「別居または離婚した男性は、結婚している男性とくらべて健康ではない」という研究結果を発表しました。
また、結婚生活が安泰でない男性は、免疫系が弱いことも発見しました。
夫と妻の対立は、明らかに健康に悪影響をおよぼします。
さらに別の研究では、結婚して数十年になる夫婦を調査したところ、ひんぱんに口論する夫婦は、口論の少ない夫婦とくらべて、免疫系が弱いことがわかりました。

こうした研究からわかるように、健康でいるためには、他者とつながる必要があります。
他人と交流する能力は、まちがいなく健康を左右します。
つまり、礼節を守るのは気分がよくなるからだけでなく、健康のためでもあるのです。
言ってしまえば、人を大事にすることは自分を大事にすることなのです。

また、健康でいるためには、人生に目的や意味を感じられなくてはなりません。
そして、人生の目的や意味は、必ず他者の存在と結びついています。
やはり、身のまわりにいる人を敬意と配慮をこめて大切に扱うことが重要になるというわけです。

特に人生の後半戦には、人間関係の力が大きな支えとなります。
仕事をしているあいだは、好むと好まざるとにかかわらず、多くの人とつき合わざるを得ません。
けれど仕事が生活の中心でなくなると、仕事の縁だけでつき合っていた人は去っていきます。

しかし、あなたがやさしさと心くばりのできる人間なら、仕事をやめても一緒にいたいと思ってもらえるでしょう。
気づかいや思いやりの輪が続けば、それはお互いにとってよいことなのです。
だからこそ、やはり礼節を学ぶ必要があります。
学べば学ほど、礼節は利他主義と利己主義の自然な共存状態を生み出すということが、はっきりとわかってくるでしょう。

『CHOOSE CIVILITY 結局うまくいくのは、礼儀正しい人であるる』ディスカヴァー

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P・M・フォルニ氏は本書のなかで礼節についてこう語っている。
『人生は他者とのふれあいによって決まるもの…私はそう信じています。
よい人間関係に恵まれれば、人生は輝きます。
人間関係が損なわれると、人生も損なわれます。
幸せになりたいなら、他者とともによく生きる方法を学ばなければなりません。
そのカギを握るのが「礼節」なのです。
礼儀正しくしていれば、他者とうまくふれあうことができます。
私たちは礼節ある生き方をすることによって、思慮深い心を育て、自己表現とコミュニケーションの力を伸ばし、さまざまな状況におだやかに対応できるようになります。
人はばらばらに孤立して存在しているのではなく、他者とのふれあいの中で生きるものです。
ふれあいの中で自分のアイデンティを認識します。
生きるというのは、人とかかわっていくことなのです。』

2011年3月11日に発生した「東日本大震災」。
海外の人々が賞賛し、驚きの声を上げたのが、消息を絶った家族を探しながら、生活必需品が届くのをじっと待ち、配給品に列をつくり、それでも、冷静さを失わない日本人の姿だった。
そこには、略奪や暴動の素振りもなく、「助け合い」、「礼儀正しさ」、「秩序正しさ」があったからだ。

真に礼儀正しいかどうか、人に優しいかどうかは、事態が絶望的な状況になったときにわかる。
切羽詰まったときに人の本性が出るからだ。

真の礼儀正しさを身につけたい
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2020年01月19日

No 5452   【一生を楽しく学ぶ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【一生を楽しく学ぶ】

精神科医・医学博士、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…



「一生を楽しく学ぶ」…後半生は特にこのことを大切にしていきたい。
実は人生の前半の勉強はあまり楽しくない。
文字どおり「強いて勉める」意味合いが強い。

けれども後半生には「せねばならない」という勉強はあまりない。
「したいからする」のだから楽しい。
楽しくなかったら、やめてしまえばいい。

いつの日か、ゆっくり外国を旅行することを夢見て英会話の勉強を始めた人がいる。
こういう勉強はしていても苦にならない。
子どもや孫たちの誕生日にケーキをつくってあげたいというのでお菓子の学校に通っているご婦人もいる。
とても幸せそうだ。

幸せそうな人というのは、見ていて気持ちがいいし、話しているとこっちまで楽しくなる。
みんな、自分の器を淡々と生きている人たちである。
こういう人たちには、教えられることも多い。

日本は学歴偏重社会であるといわれている。
最終学歴はどこか、どの大学を出たか、そんなことがいつもついてまわる。
会社に就職するための履歴書くらいならまだ仕方がないとしても、結婚式での新郎新婦の紹介で「何々大学を優秀な成績で卒業され」というのが決まり文句のようだ。

不思議なのは、どこの大学を出たかを知りたがる人は多いが、何を学んだかを知りたがる人はあまりいないということだ。
何気ない会話の途中で「失礼ですが、どちらの大学ですか」などと無作法なことを平気で聞いている人もいるが、「どこどこです」と答えると、「ああそうですか」で終わってしまう。
そこで何を学んだかより、どこの大学を出たかに興味を持っているようで、「レッテル」と同じと考えられているのだろう。

最終学歴がどうのというのは、たかがそんな程度のもので、新しいうちはピカピカと光っているかもしれないが、そのうちに古くなり、ポロリと落ちてしまう。
人生の後半生ではそんなレッテルは通用しない。
もともと、意味がないのだから。
大学を出たとしても、学校に通っていた期間は小学校から通算すればたかだか16年。
人生、後半にでもなればそれよりも長い期間、社会で学んできたことになる。
あえていえば、大学で学んだか否かはもう関係なくなっている。
それよりも社会でどう生きてきたかに責任を持たなくてはならなくなっているはずだ。

こちらの方にもっと自信をもってみてはいかがか。
もし、ある年齢以上の人にいささかの敬意がはらわれるのだとしたら、
「失礼ですが、社会に出てどれくらいの期間学ばれました」
というのが正解だろう。
自分のレッテルにしがみついたり、人のレッテルをいつまでも気にしたりするのではなく、自然体で自分の器を堂々と生きていきたいものだ。

『さあ、これから気持ちの大掃除! (新講社ワイド新書)』

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どこの大学を出たかを聞く人は多いが、「何を学んだか」を聞く人は少ない。
それは、我々が「大学名」や「会社名」、「肩書」「役職名」などのレッテルを気にするからだ。
中身を重視することなく、外見やうわべで判断してしまう。

人生100年の時代に、もし、小学校から大学までの16年間だけしか学びの期間がないとしたら、人としての進歩は全くなくなってしまう。
むしろ、学校を出てからが本当の学びの時であり、そちらの方が圧倒的に長い。
まさに、「リカレント教育」と言われる生涯学習や学びなおしの時代に入ったのだ。

「一生を楽しく学ぶ」
いくつになっても、好奇心を持ち…
一生を楽しく学び続ける人生でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月18日

No 5450   【悪口を言われたとしても言い返さない】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【悪口を言われたとしても言い返さない】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


《悪口を言われたとしても言い返さない。そういう人にいいことは起こるんです》
そもそも悪口は言った方が負けなんです。
いくら相手からどんな言葉を言われても、自分は悪口を言わない。
そうすれば、自分にいいことが起こる。
これは、ひとつの法則です。
それから、人をバカにしたり、威張ったりするのもよくないよ。
自分の庭に不幸の種をまいているのと、同じだよ。

《運は1回使ったら、おしまいではありません。自分で「運がいい」と思っていれば、いい運はずっと続きます。》
クジに当たったら、「これで運を使っちゃった」とか言っちゃダメだよ。
「次も当たる」「もっと当たる」「またいいことがある」と思うことだよ。
いい運は、ずっと続くんだよ。
いいことが起きたら、まだまだいいことが起こるというサイン。
ラッキーは続くと思って、次を楽しみにするんだよ。

《生きることも死ぬことも楽しい経験だよ。》
一人さんはね、この世で生きることはこの上なく楽しいと思っている。
刺激にあふれて、大切な仲間がいて、いろんな体験ができるからね。
だけど、死後の世界も素晴らしいことを知っているの。
死ぬことは本来、これ以上ないくらいの幸福感にあふれた心地よいことなんです。
だから、死ぬこともワクワクしている(笑)。
この世も、あの世も、楽しいところだよ。
だから、今は楽しくいきることなんです。

《急いで成長しなくてもいいんだよ。まだまだ先は長いから、ゆっくりでいいの。魂には、永遠に「死」なんてないんだから。》
人は何回も生まれ変わります。
だから、肉体は滅びても、永遠の魂を持っているんです。
ということは、そんなに急いで成長することはないの。
先は長いんだからね。
自分のペースでいいんです。
ゆっくりゆっくり上に行くことだね。

『斎藤一人 一日一語 三六六のメッセージ 令和編』ぴあ

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斎藤一人さんは、離婚についてこう語る。
《離婚するのは悪いことじゃないよ。家族みんなが自由になる手段のひとつだから。》
離婚がいけないことなんて、もうそんな考えは捨てていいよ。
昭和でも、平成でもない。
今は令和だからね。
相性が悪いのに一緒にいても、不幸になるだけ。
ならば、離婚した方がお互いのためです。
そして、別れたら子どもに「片親にしちゃってごめんな」とか言わないこと。
「お母さん(お父さん)は自由を選んだから、あんたも自由を選びな」って明るく言えたらいいね。

価値観は時代ととも大きく変わる。
離婚についてだけでなく、仕事における転職や副業そして、終身雇用などについての考えた方や価値観も昔とは大きく変わっている。
ITやAIなどのデジタル革命が起きたことによる意識の変化にもすごいものがある。
昔は多く覚えることができる人が重宝されたが、今はそれより、創造性があり斬新な発想ができる人がもてはやされる。
なぜなら、今は、わからないことがあれば、誰でもすぐにスマホで調べることができるからだ。

しかしながら、それとは逆に昔からずっと変わらないこともある。
それが、人間関係や生き方の極意。
たとえば、「悪口を言われたとしても言い返さない」とか、「運は1回使ったら、おしまいではない」とか、「生きることも死ぬことも楽しい経験だよ」とか、「急いで成長しなくてもいいんだよ。まだまだ先は長いから、ゆっくりでいいの」とか。
そして、一人さんの言っているような、これらの変わらないことは、なかなか学校では教えてくれない。
教科書にも載っていない。
だからこそ、社会に出てから我々はそれを学ぶ必要がある。
昔からの変わらない価値観を学び、そして同時に時代と共に変わる価値観も学ぶことができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:12| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月17日

No 5449   【「一番」ではなく「一流」になろう】

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【「一番」ではなく「一流」になろう】

伊那食品工業会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…


同業の大企業同士が、規模の限られた市場の中でシェアを争い合う様子を見ると、やはり「何のためだろうか」と思います。
全国チェーンの店舗展開なども、あまりに急速で、地域にもとからあった他店への影響も心配ですし、自社の既存の店舗も維持できなくなっていくのではないでしょうか。
支店を増やすことは悪くはありませんが、ある程度じっくりと時間をかけて増やしていけば、人に迷惑をかけることなく成長していけると思います。
本来、店を増やすのは、お客様に価値が認められ、求められて行うことではないでしょうか。

また、「世界一」という看板を掲げて商品の販売個数を誇示する大企業がありますが、世界一になることにどんな意味があるのか、聞いてみたいものです。
「業界で一番になろう」「日本一になろう」といった目標を果たしたところで、それが企業や社会に何をもたらすのでしょうか。
それを誰が望み、誰が期待しているのでしょうか。

一番と二番で何が違うのでしょうか。
二番でも強い会社になっていけば、何も問題はありません。
内部留保をきちんとやり、社員教育をし、研究開発を着実に続けるとともに、メセナ活動、ボランタリー活動に力を入れることによって、世の中の役に立てる仕事をしていけば、一番でなくとも必ず強い会社になれます。
要は、利益をいかにバランスよく生かすか、です。
真に強い会社は、結果としていずれ、自然に一番の会社になれることでしょう。

トップになることに人間として根源的なテーマがあるのなら、みんなが応援します。
しかし経営者の一時的な虚栄心を満たすためでしかないなら、そのような目標も、目標を達成した状態も、長くは維持できないでしょう。
地球上の歴史が示しているように、トップの地位を何百年も保ち続けた会社はありませんし、一定額以上の売上を得たからといって、会社が永続する保証はありません。
巨大な企業と老舗はイコールではないのです。
それにもかかわらず、なぜ多くの企業が売上高や組織規模の拡大を急ぐのでしょうか。

大きくすることよりも、いい商品やいいサービスを提供し続け、社員も仕入先も幸福になって、世の中もよくなるということが、本来の事業の姿であると思います。

『幸福への原点回帰』(鍵山秀三郎&塚越寛)文屋

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鍵山秀三郎氏が本書でこう語っている。
『「一番」ということで思い出すのは、「常に一流たるを目指せ」という言葉です。
長野県内の小中学校で教鞭をとられた毛涯(がい)章平先生はその意味されるところを、次のように説いておられます。
「一番とは一人の座なり。一流とはすべての者の至り得る所なり」。
一番を目指して、「収益を伸ばすためには手段を選ばない」というような成果主義、結果主義は、実に危険です。
日本全体が、成果を求め、効率を高めることに躍起になっている現状は、放っておくと危険度を高めていくでしょう。
成果主義では、早く結果が手に入りさえすればよいわけです。
人をだましても、ごまかしても、手を抜いてもかまいません。
ですから、人々はだんだんと手抜きをするようになりました。
人間は、手間のかかることや面倒なこと、ほんとうはやりたくないことをやったときにだけ、頭脳が成長し、人格も豊かに形成されていきます。
これは医学的にも実証されつつあることです。』

多くの会社は、規模の拡大を目指す。
いわく、「目標売上〇〇億円」、「店舗数〇〇店」、「利益〇〇円」等々だ。
しかしながら、それはお客様には何も関係のない話。
もっと言うなら、それは働いている人もあまり関係ない話だ。
売上が上がったからといって、お客様が得するわけでもなく、働いている人の待遇や処遇が変わるわけではない。
近くのコンビニが何万店になろうが、個人としては何も嬉しいわけではない。

我々が本当に目指すべきは、売上規模や店舗数ではなく、一店一店、一営業所一営業所のレベルを上げ、一流になっていくこと。
塚越氏のいう「いい会社になろう」ということだ。
「いい会社」や「一流の会社」になることこそが、お客様や従業員が喜ぶこと。
そして、「いい会社」は長く続く。

我々がこの世に生まれてきた究極の目的は、「人に喜んでもらうこと」。
これは、会社も全く同じ。
大会社になることでも、大金持ちになることでもない。

「一番」ではなく「一流」をめざしたい
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2020年01月16日

No 5448   【ただ、喜ばれる存在になること】

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【ただ、喜ばれる存在になること】

小林正観さんの心に響く言葉より…


《「思い」を持つことで悩んだり苦しんだりしたとき、二つの方法が見えてくる。
一つ目は、努力し、頑張り、必死になって、なんとしでも自分の思いを実現する、という方法。
二つ目は、「思い」をはじめから持たない、という方法。》

人間の悩み、苦しみ、煩悩(ぼんのう)というものは、自分の「思い」を「実現させたい」と執着するところから始まっているように思います。
その「思い」が簡単に実現するようなものであれば問題はありませんが、それが高いところ、遠いところにあればあるほど、それがよい目標であり、望ましいことであると人は考えがちです。

しかし、「それをなんとか実現させたい」と思うから、人は苦しみ、それができなくて自己嫌悪になったり、落ちこんだりします。
それでも「目標を追う」というのは一つの解決方法ですが、もう一つの解決方法は「思い」自体を持たないこと。
私たちは、教育の中で、目標を持つこと、そこに向かって努力し、邁進(まいしん)することが人間の価値であり、そうしないやつはクズだと言われてきました。

そうではない、と私は思います。
人間がこの世に生を受けた目的は、自分の努力目標に向かってそれを達成することでなく、ただ「喜ばれる存在になること」。
だとしたら、「思い」に引きずられるのではなく、ただ「人から喜ばれる」ことに徹するだけでもいいのではありませんか。

『心を軽くする言葉-宇宙を味方の「か・が・み」の法則』イースト・プレス

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小林正観さんはよく、「頼まれごとの人生」という話をする。
自分から、「ああしたい」、「こうしたい」と夢や目標を持つのではなく、人から頼まれたことを淡々とやっていく、という人生のことだ。
人から頼まれたことを嫌な顔をしないでニコニコしながらやれば、「頼んだ人」は喜んでくれる。

すると、あの人は「頼みやすい人」という評判がなんとなく伝わり、「頼まれごと」がどんどん増えてくる。
しかし、反対に、頼まれたときに嫌な顔をしたり、一言皮肉や嫌みを言ったりすると、その人のところには「頼まれごと」はやってこなくなる。
あの人は「頼みにくい人」という評判がなんとなく伝わるからだ。

「頼みやすい人」は、いつもニコニコして機嫌がよくて、頼みやすい顔をしている。
「頼みにくい人」は、いつも仏頂面で、不機嫌そうで、頼みにくい顔をしている。

「思いを持たない」で、「人から喜ばれる」ことだけをしている人は、人相がよくなり、人が周りに集まり、人から好かれ、愛される雰囲気がどんどん高まってくる。
「ただ、喜ばれる存在」を目指したい
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2020年01月15日

No 5447   【人から信頼を得るためには】

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【人から信頼を得るためには】

舩井幸雄氏の心に響く言葉より…



人から信頼を得るためには、自分がまず、その信頼に足る人間でなくてはなりません。
それなしで「どうか私を信用してください」と懇願しても、相手の心は離れていくばかりでしょう。
ですから、本当に信頼される人間になりたかったら、信頼されようなどというさもしい気持ちは捨てて、まず、確固たる自分というものを築き上げることから始めなくてはならない。
そのために、私は次のような、年代別の信頼獲得計画を考えています。

まず、35歳くらいまでの若い年代には、「信頼されるクセづけをすること」が最重要です。
そのためには、
1.約束を守ること。
2.学び好き、働き好き、素直であること。
3.論理的、現実的であること。
4.不平不満をいわず、プラス発想であること。
5.居場所がはっきりしていること

この5つを守ることです。
若いうちのライフスタイルは一生を支配しますから、この期間のクセづけはきわめて重要です。
この時期に正しい生き方の基本をつくっておかないと、先へいって苦労することになります。

次に、35歳以降の壮年期に必要なのは、「信頼される行動をとること」です。
前の年代でするべきことをきちんとしておけば、かなりの信頼を獲得しているはずですが、信頼とは築くのはたいへんですが、壊すのはじつにかんたんなものです。
そこで、獲得した信頼を持続させるために、この年代では、

1.逃げない、いいわけをしない。
2.どんなことにも前向きに誠心誠意やる。
3.損得より善なる行動をとる。
4.自信を持つ。
5.他人の欠点を指摘したり、悪口をいったりしない

といった点を念頭に行動する必要があります。

そして、55歳以降は、人間として仕上げの時期です。
この時期のテーマは「信頼される人間になること」。
そのさい留意すべき点は、

1.だれもが納得する哲学をもつ。とくに、どんなものも大事にする。
2.他人の足を引っ張らない。とくに、他人に恨まれる言動をしない。
3.「我」よりも「公」を大事にする。「マクロの善」なる行動をとる。
4.謙虚であり、出処進退がきれいである。
5.与え好きである。

このような、年代別の目標に留意して行動すれば、「確固たる自分」というものが確立され、あなたは人から絶大な信頼を寄せられる人間になれるはずです。

『法則』サンマーク出版

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「本物は続く、続けると本物になる」という、東井義雄先生の言葉がある。
信用や信頼は一朝一夕にはできない。
そして、本物の人間には信用があり、人から信頼される。
しかしながら、信頼を失うときは一瞬だ。

ある程度の年齢を重ねた人が、「信頼」されていなかったとしたら、それはそれまでの生き方の結果が出たということだ。
若い頃、「約束を守らない」「学ぶことが嫌い」「仕事嫌い」「頑固、偏屈」「不平不満が多く、マイナス発想」「いつも、どこにいるか分からない」という人。
また、「問題に向き合わず逃げ出す」「後ろ向き」「損得ばかり考える」「自信がない」「悪口が多い」の人。
そして、ある程度の年齢になっても、「自分の哲学がない」「他人の足を引っ張り、言葉にとげがある」「利他ではなく利己」「いつも偉そうで、傲慢」「出処進退が見苦しい」「与えるのではなく、いつもちょうだい、ちょうだい(テイク)という態度」の人。

人から信頼を得るため…
本物の人間になりたい
posted by Dr.モーリィー at 07:34| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月14日

No 5446   【人生の舵を自分で握る】

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【人生の舵を自分で握る】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



私は魂を成長させるためにこの世に生まれてきたと信じています。
すると、こんなことを言う人がいます。
「俺は好きで生まれてきたんじゃない」
「産んでくれって頼んだ覚えはない」
そう思うのは自由です。
でもそんなふうに思わないほうが楽ですよ。

ちなみに私はこう思っています。
「人は自分が一番成長できる環境を、自分で選んで生まれてきているんだ」

自分が生まれる前のことを記憶している赤ちゃんや子どもたちがいるそうです。
そういう子どもたちの発言を記録したドキュメンタリー映画もあると聞きました(「かみさまとのやくそく」)。
それを観(み)た私のお弟子さんによると、子どもたちは神様と約束をかわし、地球にいる自分の親を選んで生まれてくるそうなんです。
親が子どもを産んだんじゃなくて、子どもが親を選んだんですね。

だから「俺は好きで生まれてきたんじゃない」ではなくて、「俺は好きで生まれてきたんだ」なんです。
子どもは自分の魂が一番成長できる環境を選んで生まれてくる。
その通りだと私も思います。
「それを証明しろ」
などと言わないでくださいね。
私には証明できませんから。
でもそう考えたほうが前向きに生きられるのはたしかです。

なぜなら、自分が一番成長できる環境を選んで生まれてきたんですから、これ以上いい環境はほかにないということになります。
「こんなイヤな家」とあなたが思うのは勝手ですが、そう思って生きるのか、「成長するために一番いい環境なんだ」と思うのかで、人生が全然違ってくるのは、簡単に想像できます。

大切なのは、自分が自分の人生を選んでいると思うことです。

あなたの人生は神様が決めたんじゃありません。
神様が番号のついた札をシャッフルして、お見合いみたいに親と子をくっつけたんじゃありません。
自分でその親を選んだんです。

自分の人生は自分で選んだ。
自分の人生は自分の責任である。
これが腑(ふ)に落ちれば、人生のいろいろな問題はとても解決しやすくなります。
なぜなら、自分の責任なら自分が変わればすむだけですから。
でも人や社会のせいにすると、相手が変わるまで待っていないといけないから、とても大変です。

たとえば自分の健康は自分の責任だと思えば、自分で気をつければいい。
ですが、自分が不健康なのは社会のせいだとすると、革命を起こして社会を変えなければいけません。
自分が太ってメタボになったのは、隣のおやじのせいだと思ったら、隣のおやじを変えなくちゃいけない。

自分以外を変えるのはとても面倒で大変なことなんです。
私なら自分の健康は自分の責任だと思います。
自分で食べ物や生活環境を変えて、健康になれるよう努力します。
そのほうがずっと簡単です。

人生だって同じです。
自分の人生は自分の責任だと思えば、自分で努力したり、自分を変えたりして、人生を変えることができます。
これが「人生の舵(かじ)を自分で握る」ということです。
でも人や社会のせいにすると、人生はなかなか変わらない。

『変な人が書いた 人生の哲学 (PHP文庫)』

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斎藤一人さは、本書の中でこう語っている。
『どんなにひどい環境に生まれたとしても、魂から見ると、そこが自分が一番成長する“道場”なんです。
魂がそこを選んだんだから、安心してそこで修行すればいい。
とはいっても、何も、そのままそこで我慢しろ、と言っているわけではないんですよ。
自分の「手」を変える、つまりそこにいて、生き方を変えていけばいいんです。
どうやって変えるのかというと、一番わかりやすいのは、人に喜ばれることをすればいい。
そうすれば自分の「手」が少しずつ変わっていきます。
「私は人さまに喜んでいただけるような立派なことはできません」
と言わないこと。
喜ばれることをするのは、実はとても簡単です。
たとえば昨日私がやったのは、ファミレスの駐車場でクギを拾ったことです。
お弟子さんと一緒にお昼を食べにファミレスに入ったとき、駐車場にクギが落ちていたんです。
その上を車が通ったら、パンクするかもしれない。
それじゃあかわいそうだと思ったから、私はクギを拾って、はしっこのほうによけておきました。
そして誰も気がつかなくても、人に喜んでもらえることをすると、神様がちゃんと見ていてくれるんです。』

京セラの創業者稲盛和夫氏も同様のことを言っている。(「成功」と「失敗」の法則/致知出版社)より
『「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は、「生まれたときより、少しでもましな人間になる、すなわち、わずかなりとも美しく崇高な魂を持って死んでいくためだ」と答えます。
様々な苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながら、息絶えるその日まで、倦(う)まず弛(たゆ)まず一所懸命に生きていく。
その日々を磨砂(みがきずな)として、人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも少しでも高い次元の魂を持ってこの世を去っていく。
私はこのことよりほかに、人間が生きる目的はないと思うのです。
昨日よりましな今日、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努め続ける。』

人は、自分を変えるのはとても大変だと思っている。
しかしながら、他人やまわりを変える方がよっぽど難しいし、その可能性はほぼゼロに近いかもしれない。
だからこそ、自分を変えていくしかない。
なぜなら、自分が今の環境や状況を選んで生まれてきたのだから。

毎日起こる様々なできごとを自分の「磨き砂」として、自分の魂を磨く。
他人やまわりのせいにするのではなく、たとえわずかであっても自分を変えていく。
その積み重ねが、自分をつくっていく。

人生の舵(かじ)を自分で握る人でありたい
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2020年01月13日

No 5445   【ここが勝負どころだ!】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ここが勝負どころだ!】

田端信太郎氏の心に響く言葉より…



「風邪を引いたら、欠勤してもいいんですか?」
こんな質問をされたら、ぼくはこう答えます。
もしきみが「人並のサラリーマンになればいい」と思っているのであれば「人間、風邪を引くときもあるし、無理に会社に来て風邪の菌をまき散らすのも迷惑だから休みなさい」というあたりまえのアドバイスをします。

しかし、プロとしての高みを目指したいのであれば「風邪だろうが、雨が降ろうが槍が降ろうが、来ないといけない場面もあるぞ」と答えます。
プロになるのであれば、欠勤の「理由」などどうでもいい話です。
電車の遅延だろうが自然災害だろうが、きみは悪くない。
悪くはないけど、本当にプロとして生きていきたいなら、そんな理由ごときで欠勤してはいけません。
とにかく、血を吐いてでも、這ってでも仕事の現場に行くべきタイミングがあります。

3.11の地震が起きたのは、金曜日の昼3時前でした。
社会が大混乱するなか、東京証券取引所は土日を挟んで月曜日には再開しました。
実はこれはすごいことなのです。
余震があったり、原発の爆発事故などで混乱したりするなか、証券会社の人はみんな出勤して、粛々と仕事をしたのです。
株式というのはつねに市場が開いていて、売りたいときに売れるからこそ、安心して買えます。
その仕事は、投資家にとっても日本経済にとっても、大きな利益になったはずです。
これがプロです。

突き詰めると「ここ一番で勝負できるのか」。
そういう問題なのです。
結局「きみが何を優先するか」が問われているのです。
いまどき「風邪を引いてでも出勤しろ」とツイッターで言えば、それこそ炎上します。
だから厳しい本音、不都合な真実は表では言いづらい風潮があります。

しかし、組織で出世し、上に行けば行くほど「風邪引きました」などとは言えない場面が増えてきます。
それが現実なのです。

株主総会に代表取締役の社長が来ないのはありえません。
風邪を引いたとしても、這ってでも出てくるのが社長という仕事です。
責任が増えてくると、かならず行かなければいけない状況が増えてくる。
それがビジネスです。

ぼく自身は「遅刻や欠勤が一切なかった」とは言えません。
しかし、大事な場面での「うっかり遅刻」や病欠はしたことがありませんし、よく講演の仕事を受けていますが、開始時刻にいなかったこともありませんし、穴をあけたこともありません。
1000回以上やっていますが、ない。
それは一番やってはいけないことです。
ギックリ腰でも休まずに、1時間立って話したこともありました。

会社では、上司からしたらいちばん頼りになるのは「会社に来る人」です。
もう少しイヤな言い方をすると「逃げない人」です。
「無事これ名馬」という言葉もあるように、仕事のパフォーマンス以前に「穴をあけない」ことはマスト。
大学入試でいうと試験会場に来ないみたいなもの。
その時点で不戦敗なのです。

『これからの会社員の教科書 社内外のあらゆる人から今すぐ評価されるプロの仕事マインド71』SB Creative

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田端氏は本書の中でこう語ります。
『人間誰しも「ここ一番の勝負どころ」という場面があります。
ところが、サラリーマンにとっての「勝負どころ」は、ワールドカップの最終予選とか、日本シリーズ第何戦といったように、明確にわかるわけではありません。
誰かが教えてくれるわけでもありません。
よって「ここが勝負どころだな?」と心の声がして、自分で気づけたとしたら、その時点できみには「勝負のセンス」があります。
半分勝ったも同然です。
同じように見える日々のなかにも「この会議が勝負どころだ!」「この資料を完璧に仕上げることが生死を分けるのだ!」という瞬間があります。
そこにきちっと気づいて、対応できる人だけが上のステージに上がって、活躍できるのです。
しばしばおっさんは、こんなトラップを仕掛けます。
新入社員の若者を夜遅くまで飲みに連れまわして、翌朝、遅刻せずに会社に来るか試すのです。
ぼくもされた経験があります。
典型的な「ひっかけ問題」です。
勝負センスのある若者は、そういうことをされたときこそ、翌朝涼しい顔をして早めに出社します。
「ここが勝負どころだ!」と判断ができるかどうかです。』

「ここが勝負どころかどうか?」がわかることが大事なのは、仕事だけではない。
高校や大学の部活動や学園祭や入試など、「ここが勝負どころだ」とわからなければ敗退する場面は多い。
これは、あらゆる人間関係でも言えること。

いつもはボーっとして、失敗ばかりしていても、ここ一番の勝負どころには必ず力を発揮する。
そういう人を「運がいい」といい、人から頼りにされ、愛される。
「ここが勝負どころだ!」とわかるセンスを持ち、ここ一番であらんかぎりの力を出せる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 12:28| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5444   【100万人に1人の存在になる方法】

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【100万人に1人の存在になる方法】

藤原和博氏の心に響く言葉より…



現在はサラリーマンや公務員であっても、3つのキャリアのかけ算をして「キャリアの大三角形」を形成することで、あなたは100万人に1人の「希少性」ある人材に変態(メタモルフォーズ)することが可能だ。
年間に100回を超える私の講演での反応を見ると、「20代で就く1つ目のキャリアで1万時間(5年から10年)夢中になって仕事をすれば、それが営業であっても経理であっても宣伝であっても、100人に1人の営業マン、経理マン、宣伝マンになれる」という話には説得力があるようだ。
また、「2つめのキャリアは、30代における会社や役所での異動かもしれないが、営業から営業企画でもいいし、経理から財務でも、宣伝から広報でもいいから、左の軸足が1万時間で定まったら、右の軸足を定めるつもりでやっぱり1万時間頑張れば、そこでも100人に1人の企画マン、財務マン、広報マンになれる。そうすれば、結果的にこの2つのキャリアのかけ算で、100分の1×100分の1=1万人に1人の希少性を確保することが可能だ」という話も同様に共感を呼んだ。
ここまでで、ホップ、ステップまで進んだことになる。

ところが難しいのは、この次のジャンプのやり方だ。
「キャリアの大三角形」と名づけているように、底辺が決まったら(左と右の軸足が定まったら)、もしくは2つのキャリアのかけ算が完了したら、次にどこへジャンプするかがあなたの将来の付加価値を決める。
三角形では、頂点が底辺から離れていて、「高さ」が高いほど面積が大きくなることは自明だ。
この三角形の面積こそが、「希少性」の大きさを意味するのである。
だから、面積を大きくして、あなたの「希少性」を高めるためには、できるだけ遠くへ飛ばなければならない。

「オリンピックのメダリスト級」の100万人に1人の存在になるというのは、どの世界で戦うか、オリンピックで言えば、どの競技で戦うのかは、自分の判断に委ねられる。
たとえば、20代、30代は「営業」の世界と「広報」の世界でキャリアを重ね、それぞれ100人に1人の存在になれたら、40代で「旅館経営」の世界にジャンプしてもいい。
「旅館経営」でも1万時間経験を積めば、やはり100人に1人の旅館経営者になれるだろうから、「営業」と「広報」の経験も生かしながら100分の1×100分の1×100分の1=100万分の1の「希少性」が確保できるだろう。

最初のキャリアを旅行会社からスタートして「ツアコン」として腕を磨いてから、30代で子どもの頃から好きだった犬とともに生きる世界に身を転じ、犬の訓練士としてのキャリアを積んでから、介護の世界にジャンプしてもいい。
この場合には、「入所しているお年寄りを旅行に連れ出すこともでき、施設で飼っている犬でドッグセラピーもできる、たいへん希少な介護施設の介護士や施設長」というユニークな立ち位置が保証される。

「オリンピックのメダリスト」のアスリートは、縦に高いピラミッドの頂点。
それに対して「オリンピックのメダリスト級」のビジネスパーソンは、横に開けた世界で、ただ1人、自分だけの「旗」を立てるイメージだ。
だから、金メダルを取るのに99万9999人を倒す必要はない。
1つの世界で100人に1人を達成することを3つかければいいだけだから、最後は、自分自身でビジネス、つまり競技のルールや競技の場所を決めればいいのだ。

『100万人に1人の存在になる方法 不透明な未来を生き延びるための人生戦略』ダイヤモンド社

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藤原和博氏は本書の中でこう語る。
『ここは自分の領土だと宣言するということ。
それは、いつまでも会社や組織のブランドにすがって生きていくのとは根本的に違う生き方になる。
独立してプロの自営業者になったり、起業したりする方法もあるが、会社や組織に居場所が残る場合でも、会社人間から会社内「個人」へ、組織人から組織内「個人」へ、「個人」として人生に目覚めることを意味する。
あなたの人生において、「キャリアの大三角形」を描いて100万人に1人の希少性をゲットする際にも、このかけ算のセンスによって希少性の大きさが決まってくる。
大きな三角形が描ければ希少性は高まるから、とりわけ3歩目のジャンプによって、あなた自身の付加価値が決まると言っても過言ではない。
会社で昇進して、営業マンと営業係長と営業所長を経験しただけでは、希少性は高まらないから、付加価値もそれほどつかない。
そのまま部長にまで昇進しても、会社のブランドが剥がされた途端に周囲から見放されるリスクを背負うことになる。
そうならないためには、早く「個人」として目覚め、自分に付加価値がつくように、外でマーケットバリュー(市場価値)を気にしながら真摯にキャリアのかけ算をしていく必要がある。』

個人でも、会社でも、競争で勝ち残るには、レッドオーシャンで戦うより、ブルーオーシャンで戦った方が断然確率が高くなる。
レッドオーシャンとは、競争の激しい既存の市場をいい、血で血を洗う赤い海という意味。
ブルーオーシャンとは、競争のない未開拓の市場であり、競合のない青い海という意味。
まさに、「希少性」が高まれば高まるほど、戦う領域はブルーオーシャンとなる。

自らの希少性を高め、100万人に1人の存在になる方法を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 09:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月11日

No 5442   【幸せになる技術】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【幸せになる技術】

上阪徹氏の心に響く言葉より…



日本は世界第3位の経済大国。
モノも店も溢れている。
極めて豊かな国であることは間違いない。
だが、日本人の幸福度は残念ながら高いとは言えないようである。
国連の関連団体が発表している「世界幸福度ランキング」がある。
2019年は世界156ヵ国を対象に調査が行われたが、日本は58位だった。
過去5年の推移を見ても、46位、53位、51位、54位ときて、今年はさらに順位を落とした。

また、日本は自己肯定感が低いのも大きな特色だ。
特に子どもたちが低い。
こうした幸福度の低さや自己肯定感の低さにはいろいろな理由があるだろう。
だがその背景として、「日本人の価値観がかなり画一的である」ということが思い浮かぶ人も少なくないのではないか。

例えば、明るい未来を手に入れるには、勉強ができないといけない。
いい学校に入らないといけない。
幸せになるには、いい会社に入らないといけない。
お金を持っていないといけない…。

多くの人たちが、漠然とこんなイメージを植え付けられてしまっている。
要するに、「社会的な成功のようなものを手にしなくてはいけない」という呪縛だ。
こうした「答え」のようなものを作っているのは日本人自身である。
私は、社会が漠然とこうした「答え」を持ってしまう理由はとてもシンプルだと思っている。
正解が決められていれば、自分で「答え」を考えなくてもよくなるからである。

「答え」があるとラクチンなのだ。
うまくいっている人たちは多様な価値観を持っていた。
彼らはまさにこういう考えだった。
世間のいう成功なんて、どうでもいい。
そんなものに縛られない。
それより、自分で見つけた「答え」にこだわる。
そんな生き方をしていたのである。

AKBを生んだ著名なプロデューサー、秋元康さんはこんな話をしていた。
「今、ビジネスパーソンに最も必要なのは、人生観を固めることだと思っています。
つまり、自分なりの価値観をはっきりさせること。
出世して社長になったり、創業者利益で莫大な資産が手に入っても、必ずしも幸せになれるとは限りません。
大事なのは、自分にとって何が幸せなのか、どうすればドキドキできるのかを、しっかり理解しておくことです。
本当に何が好きなのかを考えてみる。
誰かの意見に流されたりお金に縛られて判断が間違っていないか自問自答してみる。
そうやって、自分の幸せをしっかり定義しておく。
それができていないと、常に何かを求め、何にでも手を出し、結局何も手に入らないことになりかねません」(プロ論。/徳間書店)

必要なのは、「誰がなんといおうと、おれはオレの幸せ」「私はこれでいい」「周囲がどう思うと関係ない」と言えることだ。
誰かが作った「答え」に縛られる人生は苦しい。
求められているのは、自分の幸せは何かという「問い」なのである。

『幸せになる技術 〜人生で一番大切なのに誰も教えてくれない』きずな出版

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上阪氏は本書の中でこう語る。
自分が与えられた役割に、とにかく懸命に向き合う。
自ら喜びを見つけ、そこに充実感を持って生きていく。
そういう生き方がある。
笑福亭鶴瓶さんが、こんな言葉を残してくれている。

「別にゴールデンタイムみたいな仕事だけが偉いんやないんです。
小さな世界でも、そこで必要とされることに意味がある。
そこから始まっていくんですよ。
神様から「お前もなんかせい」と言われて人は生まれてきてるんやと思う。
だから、自分を信じるべきやと僕は思っています。
焦らんでいいんです。
種をまいて、花が咲くのを待つ。
もちろん、種もまかんのに花は咲かんし、水やりもちゃんと必要になりますよ。
でも、大事なことは上を目指そうと気持ちを常に持ち続けること。
いつも向上しようとしている人は、誰からみても素敵なものなんです」(プロ論。)

自分の夢や、人生の目的や使命が見つけにくかったりする人は多い。
もしかしたら、そういう人が大多数かもしれない。
しかしながら、夢を見つけられなかったとしても、心配することはない。
それが、「与えらえた役割や仕事に全力を尽くす」という生きた方だ。

大きな夢や、生涯をかけた目標も志も必要ない。
ただ、目の前にやってくる仕事や、頼まれた事を淡々と文句を言わずやっていく。
愚痴や泣き言や不平不満を言わず、ニコニコしながら、目の前のことに、楽しみや幸せを見つけるという生き方。

どんな出来事の中にも、自分の幸せを見つけることができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月10日

No 5441   【足の裏的人間になれ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【足の裏的人間になれ】

田中真澄氏の心に響く言葉より…



《貴いのは足の裏である》(坂村真民)
貴いのは頭ではなく手でなく
足の裏である
一生人に知られず
一生きたない処と接し
黙々として その務めを果たしてゆく
足の裏が教えるもの
しんみんよ
足の裏的な仕事をし
足の裏的な人間になれ

これまでに、どれだけ多くの人が、この詩を繰り返し読みながら、自分を励ましてきたことでしょう。
大半の人間は人に知られることもなく、日々の仕事を真面目にこなし、家族を守り、精神的にも、経済的にもゆとりをもって一生を終えていくのです。
そういう足の裏的人たちのおかげで、私たちは毎日安全な暮しを送れるのです。
そのことが理解できれば、私たちも足の裏的人間に徹して、人生を堂々と生きていけるはずです。
「裏」に価値があることを忘れてはなりません。

1996年、米国の2人の大学教授が著した『となりの億万長者』(早川書房)は米国のお金持ちを詳細に分析したものですが、その結果に多くの人は驚かされました。
彼らの生活は意外にも地味で、勤勉で、質素で、倹約家であり、アメリカ映画で見るような派手な生活を送ってはいなかったからです。
この本の中に次のような一節があります。

「テレビや新聞は、億万長者の質素な生活ぶりを報道していたら、テレビの視聴率や新聞の購買率はガタ落ちだ。
質素で地味な生活を送る億万長者は、少しもかっこよくないし、観察してもおもしろくない。
宝くじに当たったり、クイズ番組で優勝して一夜にして金持ちになる人なら記事になる。
だが、そんなことで金持ちになる人はほとんどいない」

この米国の状況は、そのまま日本にもあてはまります。
本当のお金持ちの人たちは総じて、勤勉で、地味で、質素で、倹約家で、しかも泥臭く生きることに懸命です。
つまりは足の裏的人間になることに徹しています。

『田中真澄の88話』ぱるす出版

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新聞やマスコミは、稀(まれ)なこと、ありえないような確率の話や、目立つ話題性のあるニュースやトピックスを流す。
衝撃的だったり、目立たなければニュースにならないからだ。
だから必然的に悪いニュースばかりが多く流れるようになる。

我々は一生涯を通じて、ほとんどの人が、殺人事件などの凶悪事件にもあわず、身内に大スターや有名スポーツ選手などが出現することなく過ごす。
つまり、ニュースとは反対に、大多数は地味で、コツコツと、質素に暮らしている。
新聞やマスコミは、万に一つもないような特殊事例を載せるからこそ、経営がなりたつ。
だが、多くの人はそれが、誰にでも起こりうるような一般的な話だと勘違いしてしまう。

どんなに素敵な善行も、涙がでるような親切も、それを、普通の人が、目立たず、当たり前のようにやっているような行為は、ニュースにはならない。
つまりここで言う、足の裏的人間の行為だ。

それを、安岡正篤師は、「無名有力」であれ、と言った。
限りない魅力ととてつもない影響力があるが、無名であるような人であれ、と。
その反対が、テレビやマスコミに出ていて有名であるが、なんの力もなく、影響力もない、ただ目立つだけの「有名無力」の人。

足の裏的人間には限りない魅力がある
posted by Dr.モーリィー at 07:32| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2020年01月09日

No 5440   【ほめる門には福来る】

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【ほめる門には福来る】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…


今、超能力の研究では、人が念じたことはテレパシーのように通じることが証明されつつあります。
だとすると、念じたり、思い込んだりする力が、自分を元気にしたり、反対に具合を悪くする可能性もあります。
自分に何かがとりついて、元気がなくなったと思うのなら、お祓いという行為も無意味とは言えません。
たとえば自分が借りようとする部屋で、前の借り主に不幸な事故など何かあった場合は、何となく嫌な感じがします。
そういう時はとりあえずお祓いだけはちゃんとやっておくと安心できます。

私もかつて中古物件を買った時に、なんとなくスッキリしたくてお祓いをしてもらったことがあります。
家に紙吹雪みたいなものをまいて、とても面白かったのですが、それをしてもらうと、「もうこれで大丈夫になった」と安心した気分になりました。
私はひじょうに合理的な考え方をする人間ですが、それでも、そういうことをやってすっきりするなら、やってしまおうと思ったわけです。

占いなどでどんなに「運」がいいと言われた人でも、不運がないわけではありません。
でも「運」がいいと言われたことを信じて、「いつか自分に運がめぐってくるかもしれない」と思うことで元気が出るのであれば、それでいいと思います。
ですから自分に都合がいい占いやお告げは信じておいて、悪いことを言われたら無視すればいいのです。
適度な距離感を持って接するということで、茶柱が立ったら「今日はいいことがあるな」と思っておき、茶柱がたたなくても「悪いことがあるな」とは思わないことです。

その意味では、「吉となる兆し」、つまり吉兆だけを見つけておいて、不吉な兆しについては考えないのがいいでしょう。
「黒猫が目の前を横切ったから、不吉な兆候だ」とは思わないで、「黒猫を見つけたから今日はいいことがありそうだ」と、あちこちに吉兆を見つけていく生き方をすれば、人生を明るくすごせます。

変なことが起きても、「これは吉兆だ」と思えるようになってくるので、総じて「運」がよくて、いい人生だなと思いながら死んでいけるでしょう。
茶柱や黒猫が幸運の兆しなのか、不吉の兆候なのか、証明することはできないのですから、それならみんな吉兆にしてしまって、自分の周りを吉兆だけで満たしていけば、バカ高い開運グッズなど買わなくてもすみます。
少なくとも、不吉な兆候として受け取る人よりはるかに、楽しく明るい人生が過ごせることは確かです。

大学の私のゼミで力を入れているのが「ほめること」です。
「ほめて、ほめて、ほめまくれば、ひとまず君らの人生は安泰だ」と教えています。
ちょっと弱点のある学生も、私にほめられ、自分でも人をほめるようになり、「ほめ」の継承が好循環を生んで、「運」が回るようになりました。

私は「ほめる門には福来る」という標語をつくっています。
まさに「ほめは人のためならず」。
人をほめれば自分のためにもなるのだよ、という考え方に間違いはなかったと思っています。

「運」が悪い人は、自分が得をしよう、うまい汁を吸おうとさもしく立ち回ります。
ほめるぐらいはやっても損はしないと思いますが、人をほめることさえもしません。
ほめると損をするとでも思っているのかもしれません。

でも、世の中はあまりに自己中心的に求めすぎると嫌われてしまいます。
「損して得を取れ」ではありませんが、時給ゼロでも相手のために一生懸命働いていれば、やがて大きな仕事が入ってきます。
あまり自己中心的にならずに、人のためにも一生懸命やってみる。
そして惜しまず人をほめ、たたえる。
そうすると幸運の風が吹いてきます。

『運の教科書: 「うまくいく人」はこう考える (単行本)』筑摩書房

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手相や占いをみてもらった時に、悪いことや不吉なことを言う占い師がいる。
「あなたのご両親か兄弟に病気が出ますよ」とか「近々、お金で困ったことが起こります」とか。
そういう占い師は、悪魔に魂を売り渡してしまっている、と言ってもいい。
なぜなら、その占い師は自分の占いが間違っていないということを証明するため、その占いが当たることを願うからだ。
つまり、他人の不幸を願う。

人がこの世に生まれてきた大きな目的のひとつは、「まわりの人に喜んでもらうこと」であり、「まわりの人の役に立つこと」。
「ほめる門には福来る」
ほめることを多く…
いつも上機嫌で、運を引き寄せる人生を送りたい
posted by Dr.モーリィー at 22:02| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする