2019年12月31日

No 5425  2019年 大晦日 感謝・大感謝!

2019年も 本日で大晦日です

毛利歯科クリニックに 来院された皆様

技工所、材料関係、業者様

毛利歯科のスタッフ様

今年 関わりのあったすべての方々に

御礼申し上げます

ありがとうございました



来年2020年も 1月4日から診療開始いたします

善い年を お迎えくださいませ


   こころ穏やかに  こころ豊かに     合掌
posted by Dr.モーリィー at 17:00| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5424   献血 70回達成!

昨日は雨で 楽しみにしていた ゴルフも中止になったので
たまっている 雑務を消化

午後から 近くの献血センター「鴨池クロス」へ

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今回で 70回でした!

100回までは 頑張りたい おいちゃんでした


追伸)結婚式などのお祝い返しやふるさと納税で いろんなものが送ってくる今日この頃

石焼いも鍋が送ってきました

予想以上のクオリティに 大満足です

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posted by Dr.モーリィー at 16:35| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5423   【愚痴を言ったことに気づくこと】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【愚痴を言ったことに気づくこと】

小林正観さんの心に響く言葉より…



人間は、8時間労働を1として、16時間働く人で2人分、24時間労働する人でも3人分しか働けません。
土日休みを返上して働いても5人分が限度でしょう。

人間対アリの関係を考えてみます。
人間の身長を150センチ、大き目のアリで1.5センチとすると、百倍の違いがあります。
すごく働き者だけれども、周りのアリにトゲトゲしながら、「自分は3人前働いているのに、あなたたちは全然働かないじゃないか」と怒鳴っているアリがいます。
その百倍大きな力を持っている人間が、このアリは調和を乱しているよねと思い、このアリをピンセットでつまんで、3メートル先に持っていったとします。

百倍大きな存在から3メートル先まで運ばれたことに、このアリは気がつきません。
このアリはとても興奮しながら巣に帰り、「周りの景色が一瞬で変わったんだよ」と話すことでしょう。
百倍大きな存在が、全然認識できません。

私たち人間と神様の大きさの違いは、百倍どころではないようです。
人間が考えた数字は、10の68乗(無量大数)までです。
神は、10の68乗以上の力を持っているのでしょう。

この神様に気に入られたら、とても楽しい人生になります。
ただし、神様は、ある方程式に沿って生きている人を非常に応援します。
その方程式を使いこなす人には、味方についてくれます。
神は、気に入らない人に対して、嫌がらせや、復讐することはありません。
ただ、支援をしないだけ。
自分の力ではなんとか5人分の力を出すことができますが、10の68乗人分の力を出すことができません。

がんばって5人分働くよりは、神を味方につけたほうが「得」です。
神様を使いこなす方法は、目の前の現象について、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないこと。
そして、目の前に起きる現象について、嬉しい、楽しい、幸せ、愛してる、大好き、ありがとう、ついてるという言葉を言い続けると、目の前の人も、神様も、宇宙、地球、すべてが味方になってくれます。

親が倒れて5、6年介護をしている人がいます。
その人は5、6年介護をしているあいだに功徳がたくさん溜まっていきます。
ところが、せっかくいままで労力を使って功徳を溜めてきたにもかかわらず、「なんで私がこんなに苦労をしなくちゃいけないのか」と言った瞬間、溜まっていた功徳がチーンと音をたててゼロになってしまいます。

一般的にいうと、大変なことをやらされているときには、神がその人を見込んで、その人にポイントをあげているときなのです。
愚痴などを言った瞬間にゼロになってしまうのは、あまりにも辛いものなので、神様と約束をしました。
それは、愚痴を言ってしまった10秒以内に「ナシ、ナシ」というと、大丈夫という取り決めです。

愚痴などを言わないようにするには時間が必要ですが、愚痴を言ったことに気がついたら99パーセント解決したことになります。
どうも、「気がつくこと」が重要なようです。
私たちは自分の力で生きていると思いがちですが、自分の力はないに等しく、神様(めに見えない存在)に支えられて生きているのではないでしょうか。

『笑顔で光って輝いて』実業之日本社

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小林正観さんは、「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わない」ことがとても大事だと繰り返し言う。
逆に、「ついてる、うれしい、楽しい、感謝しています、しあわせ、ありがとう、許します」という多く言おうということ。
しかしながら、生身の我々は、つい「不平不満や、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言ってしまう。

小林正観さんは、この言ってはいけない言葉を「五戒」と言っている。
そして、五戒を言うと神様を敵にまわすことになる、と。

たとえば、「天気」についての正観さんの話がある。
朝起きたとき、「えー、また今日も雨が降ってる」「まったくうっとうしい天気だな」などと感想を言った瞬間、それが天気の悪口になる。
天気というのは現象そのものだ。
だから、天気も捉え方や考え方を変えると全部が喜びになる。
我々動物にとって、太陽が出ているときが晴れ。
植物にとって、雨が降っているときが晴れ。
動物は、酸素を吸い込み、二酸化炭素を吐き出すが、植物は、二酸化炭素を吸い込んで、酸素を吐き出す。
動物は太陽が出ると、気持ちが明るくなり元気になるように創られているが、植物は、雨に当たると活性化するように創られている。
天気の悪口をやめたところから、自分の言葉の中に、否定的な言葉が入ってこないことが始まる、と。

「愚痴を言ったことに気づく」
もし五戒の言葉を言ってしまったら、すぐに訂正の言葉「今のは、ナシ、ナシ」という。
神様が味方になるような言葉を使って生きていきたい
posted by Dr.モーリィー at 07:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月30日

No 5422   【仕事だけはしようね】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【仕事だけはしようね】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


生きていると、やりたくないこと、いっぱいあるよ。
嫌なこともいっぱいある。
「嫌なことはやんなくていいよ」ってオレ言ってるよ。
でも仕事だけはしなくちゃ生きていられないんだよ。

だから仕事だけはしようね。
楽しくしようね。
職場変えてもいいよ。

「あんた仕事なに?」って聞くと、「国会議員です」って言う人もいる。
「交通整理です」って言う人もいる。
「臨時雇いです」って言う人もいる。
でも、オレにとってはみんな「いい仕事」なの。
職業に差別はないの。
でも、働きに行かないことだけはダメなの。

『500年たってもいい話』か『千年たってもいい話』の中にね、「うちの主人がミュージシャンで、仕事をしないんですけれど、どうしたらいいでしょう?」っていう質問があったから、「別れちゃいな」って言ったら、「一人さん、ミュージシャンに厳しいんですね」って。
ミュージシャンに厳しいんじゃないよ。
「働かないヤツ」に厳しいの。
「働きながらやっているんです」って言う人には、いくらでも応援するの。

だって、働きながらだって、できるもんね。
大の男が、奥さんだけ働かして、自分は働かないって、ダメだよって。
「一人さんのファンです」って言うけど、オレ、日本で一番働いているんだよ。
その人のファンになってさ、働かないのはダメだよって。

これが基本なの。
それで、これからオレの精神論なんだよ。
基本だけはちゃんとやってよ。

『成功脳 [音声特典付] (ロング新書)』

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斎藤一人さんは、仕事は原始時代の「狩り」と一緒だという。
原始時代、「狩り」をしなければ食糧にありつけず、人は餓死するしかなかった。
現代で言うなら、これが「仕事」にあたる。

身体的な理由で働けない人は別にして、健康な人間なら働かなければ生きていくことはできない。
特に、現代は仕事さえ選ばなければ、食べて生活していくことはできる。
ましてや、家族があるならなおさらのことだ。

「楽しいことだけをして生きていく」とか、「嫌いなことはしない」、「好きなことして暮らす」というようなバズワードがある(バズワードとは、一見、説得力のある言葉のように見えて、実は定義や意味があいまいなキーワードのこと)。
だがしかし、これは原始時代と同じで、生きていくためには、最低「狩り」はしなければいけない。
「狩り」をするのが前提で、その上で、それらのバズワードは生きてくる。

だから、どんな人であってもスタンスは「仕事だけはする」。
そして逆に言うなら、その仕事を楽しくしたり、面白くするのがその人のワザ。
楽しく、面白がって仕事ができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 23:23| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月29日

No  5421  2019 大掃除 & 大忘年会!

@12月28日 午前中で仕事納め

昼食をとり 昼からスタッフ全員で 大掃除

毎年 大掃除のレベルが上がってきています

今回も かなり綺麗になりました

スタッフ全員へ 感謝・大感謝です

デジカメ情報が 入ったら 雰囲気をシェアします お楽しみに!



A大掃除のあとは 場所を 「ぎゃらりー七福庵」に 移して 大忘年会

とても盛り上がりました 幹事さんたちに 大感謝です

まずは 乾杯

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一年間 本当にありがとうございました

食事は 食べきれないほどの すき焼きとしゃぶしゃぶ!

 肉は もちろん ”牛一の 特選肉” 美味しかったよ!!

今年は 10年永年勤続表彰も

辻院長 

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西窪チーフ

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二人は 学生時代のバイトからなので ぷらす2〜3年は 長いのですが
今回は 正社員になってからの 期間表彰を!

歯科医師会の表彰と 毛利歯科独自の表彰も!
本当にありがとうございます
今後ともよろしくお願い申し上げます

今回は 幹事さんによるサプライズイベントも 
事務長(実兄)が 60歳還暦を迎えたので お祝いを

どこまで載せるか迷いましたが ぎりぎりセーフなショットまでどうぞ、ははは

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12月28日は おふくろの 85歳の誕生日! 一緒にお祝いも!
元気で 長生きしてください 息子たちより

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今年一年本当にありがとうございました
来年もよろしくお願い申し上げます
 感謝・大感謝!です!
posted by Dr.モーリィー at 19:36| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 5420   【芸術とは盗むことだ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【芸術とは盗むことだ】

オースティン・クレオン氏の心に響く言葉より…



■《芸術とは盗むことだ》(パブロ・ピカソ)
「未熟な詩人はまねるが、熟練した詩人は盗む。
無能な詩人は盗んだものを壊すが、
有能な詩人はより優れたもの、少なくとも違うものへと変える。
つまるところ、有能な詩人は、
盗んだものを盗む前とはまったく異なる、
独特な雰囲気に変えてしまうのだ」
T.S.エリオット

■《アーティストのように世界を観よう》

アーティストはよくこんな質問をされる。
「どこからアイデアがわいてくるんですか?」
正直なアーティストはこう答える。
「そりゃ、盗むのさ」
アーティストは世界をどう観ているのだろう?
まず、盗む価値があるものを探す。
探したら、また別のものを探す。
たったそれだけなんだ。

こんなふうに世界を観ていると、何が「よい」もので、何が「悪い」ものかなって、どうでもよくなってくる。
目の前にあるのは、「盗む価値のある」ものと、「盗む価値のない」ものだけなんだから。

盗めるものは、そこらじゅうに転がっている。
今日、盗むものが見つからなくても、明日、1ゕ月後、1年後に見つかるかもしれない。

「僕がじっくり鑑賞するのは、盗めるところがある作品だけだね」(デヴィッド・ボウイ)

■《“オリジナル”なんてないんだ》

小説家ジョナサン・レセムがこんなことを言っている。
「何かを“オリジナル”と呼ぶやつは、十中八九、元ネタを知らないだけなんだ」
一流のアーティストなら、無から生まれるものなんて何もないと知っている。
創作作品には必ずベースがある。
100パーセント“オリジナル”なものなんてないんだ。
聖書にもこんな一節がある。
「太陽の下(もと)に新しきものなし」

そう聞くと、気が滅入る人もいる。
でも、僕にとっては希望だ。
フランスの小説家、アンドレ・ジッドはこう語る。
「言うべきことは、すでに誰かが言っている。だが、聞いている人がいなかったばかりに、言いなおすはめになるのだ」

「オリジナルでなければ」という肩の荷を下ろせば、僕たちはもう無から何かを作ろうなんて思わなくなる。
他人の影響を避けようとするんじゃなくて、受け入れられるようになるんだ。

■《ゴミからはゴミしかつくれない》

アーティストは収集家だ。
でもホーダー(ためこみ屋)じゃない。
何が違うのかって?
ためこみ屋は何でもかんでも集める。
アーティストは取捨選択して集める。
「これこそ」と思うものだけを集めるんだ。
こんな経済理論を知っているかい?
いちばん親しい友人5人の収入を平均すると、その人の収入がわかるんだって。

アイデアも同じだと思うんだ。
君のまわりに何があるかで、君の限界が決まる。
僕の母親はよく、「ゴミからはゴミしかつくれない」と言っていた。
昔は意味がわからなかったけれど、今ではよくわかる。
君の仕事は、抜群のアイデアを収集することだ。
抜群のアイデアを集めれば集めるほど、盗むものが増えていくのだから。

『クリエイティブの授業 STEAL LIKE AN ARTIST "君がつくるべきもの"をつくれるようになるために』実務教育出版

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本書の中に「盗む」に関して、こんな一文があった。
「自分の感性と共鳴するもの、想像を掻き立てるものなら、どんなものからでも盗みなさい。
昔の映画、今の映画、音楽、本、絵、写真、詩、夢、雑談、建物、橋、看板、木、雲、水、光、影。
どんどん吸収し、心に訴えかけるものだけから君の作品(盗品)は本物になる」(ジム・ジャームッシュ/アメリカの映画監督)

盗むとは「盗用する」ことではない。
「まねをする」ことは単なる「模倣」だが、「盗む」にはインスピレーション、ひらめきなど、天から舞い降りてくる感覚がある。
俗にいう「ピンときた」「降りてきた」ということ。

「まね」は表面的で形や外観だけをまねるだけだが、「盗む」は本質や真髄を自家薬籠中(じかやくろうちゅう)のものにするということ。
盗んだ「本質」を自分の中で発酵、熟成させ、まったく別の新たなオリジナルアイデアをつくりあげること。

回転ずしを最初に思いついた白石義明氏は、ビール工場を見学したとき、ビールが流れているベルトコンベアを見て思いついたという。
まさに本質を見抜いてその真髄を盗み、それをまったく別の新しいビジネスへと昇華させた。

いいものをどんどん吸収し、その本質や真髄を自家薬籠中のものとしたい
posted by Dr.モーリィー at 19:31| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月28日

No 5419   【ただ、相手の話に耳を傾けること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ただ、相手の話に耳を傾けること】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



阿川佐和子さんの「聞く力」がベストセラーになりました。
その中に、人の話を面白そうに聞くことが大切だと書いてあります。
私も、人に好かれるためには人の話を面白そうに聞く才能が絶対的なパワーを持っていると思っています。

なぜなら私自身、面白い話をしてくれる人以上に、私の話を面白そうに笑って聞いてくれる人が大好きだからです。
私は講演会をよくやりますが、聞いている人たちが挨拶をして1、2分で笑ってくれることがあります。
そういう講演会だと、こちらも楽しくなって、面白い話がどんどん言えます。
でも反応が重い人たちの集まりでは、こちらの話も重くなってしまいます。

そんなときは「リアクションを少し大きめにお願いします」と言うようにしています。
よくやるのは3段階のリアクションの練習です。
もちろんジョークでやっていますが、まずは軽い「はあ、そうなんですか」というリアクションをしてもらいます。
次に中くらいの「へえ!」を練習し、最後に最上級の「どっひゃあ」を練習してもらうのです。

「私が話しながら合図をしますから、みなさん、練習した通りにリアクションをしてくださいね」と言って、リアクションをしてもらうと、会場もなごみますし、私も話しやすくなります。
ちなみにリアクションがうまくなると、自分は何も話さなくてもリアクションするだけで、相手にどんどん話してもらえるメリットがあります。

あるパーティーでカーネギーは有名な植物学者に会いました。
カーネギーは植物学者の話に魅せられて何時間でも話を聞いていました。
パーティーがお開きになったとき、植物学者はパーティーの主催者にカーネギーのことをさんざんほめちぎり、しまいには、「世にも珍しい話し上手だ」と言ったそうです。
しかしカーネギーは熱心に話を聞いていましたが、ほとんどしゃべっていなかったのです。
このエピソードから何がわかるのかというと、「どんなほめ言葉にも惑(まど)わされない人間でも、自分の話に心を奪われた聞き手には惑わされる」のだということです。

商談の秘訣についてチャールズ・エリオット博士という人はこう言っています。
「商談には特に秘訣などというものはない…ただ、相手の話に耳を傾けることが大切だ。どんなお世辞にも、これほどの効果はない」

『齋藤孝が読む カーネギー『人を動かす』 (22歳からの社会人になる教室1)』創元社

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「話し三分に聞き七分うなずき、あいづち、驚きの表情」
という、田中真澄氏の『傾聴(けいちょう)の三動作』がある。
耳を傾けて熱心に聞くためには、三つの動作が必要だということだ。
それが、「うなずき」「あいづち」「驚きの表情」。
そして、何より大事なのは、自分は話すのを3割にとどめ、聞くことを7割にせよ、ということだ。

《あらゆる人間関係に役だつ提案を一つあげてくれと言われたら、私は真っ先に「いい聞き手になること」と答えるだろう》
という、R・カールソンの言葉がある。
人間関係の上手な人は、聞き上手だ。
自分がしゃべりたい欲を抑え、聞きに徹する。
そして、傾聴の三動作もそれに付け加える。

ただただ、相手の話に耳を傾ける人には限りない魅力がある
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2019年12月27日

No 5418   【全員から好かれることはない】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【全員から好かれることはない】

リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…



あなたが仙人のように超越した存在になることをめざしていないかぎり、「みんなに好かれる」ことは、今日いっぱいでスッパリあきらめよう。
以前、旧友の一人から、こんな質問をされたことがある。
「水深15メートルのところにいて、シュノーケルの長さが30センチしかなかった、何回息ができる?」

応えはむろん「一回もできない」が正解。
初めから不可能ということだ。
同じことが、すべての人から好かれようと思っている人にもいえる。
そんなこと、できるはずがない。

でも、たいていの人は、誰にも好かれようと思ってしまう。
私だってそうだ。
私は以前、自分が人に親切にすれば、その人も自然に親切にしてくれるものと信じていた。
そう教わって育ったからだ。
だから私は他人には分けへだてなく親切にしてきたし、だいたいのところは、その通りになった。

だが、大人になってみると、どんなに努力をしようと、誠意を見せようと、私のことを嫌う人がいることに気がついた。
それは私だけでなく、誰にも起きるということにも、すぐ気がついた。
ある人は言った。
「あの人の幸せそうなところが嫌いだ」

こんなふうに嫌われては、もうお手上げではないか。
でもそれが現実なのだ。

自分が誰を好きになるか、自分が人とどう接するかは、自分でコントロールできるが、人が私のことをどう思うか、人が私とどう接してくるかは、全くコントロールできない。
このことをしっかり頭に入れておこう。

また「全員から好かれることはない」という事実を受け入れると、理想的な友だちが得られる。
考えてみれば、これも当然だ。
「誰の友にもなろうとする人は、誰の友でもない」というドイツの作家ブッフェッフェルの言葉は真理を語っている。

『読むだけで運がよくなる77の方法: 今からハッピー!になるには? (単行本)』三笠書房

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斎藤一人さんは、こんなことを言っている。
『オレは相当言いたいこと、言ってるけど、一人さんの話が大好きだっていう人がいるんだよな。
全員から好かれようと思って、言いたいことの8割も言わない人、いっぱいいるけど、だからって、オレより好かれてるワケじゃないよな(笑)。
じゃ、言いたいことを言えば好かれるんですか?って。
言いたいことを言って嫌われる人、いっぱいいるよな。
簡単に言うと、人間って、自分の地を出して、好かれる人間になることだよな。
地を出して嫌われるんだったら、そろそろ自分の変えどきだよな。
地を出して好かれる人間になるために、オレたち生まれてきてるんだよ。
今日も明日も、オレも地を出していっしょ懸命、しゃべっても、やっぱし、「一人さんの話、聞きたい」って言われるようになることが、オレの目標で。』
(人生に成功したい人が読む本 ・PHP文庫)

普段の自分、素(す)の自分をさらけ出しても、他人から好かれる人は、心底魅力ある人だ。
自分をカッコよくみせようとか、飾ろうとしていないからだ。

「成功する人は敵の少ない人ではない、味方の多い人だ」という、五日市剛氏の言葉がある。
我々はともすると、敵を少なくすることばかり考えて行動する。
嫌われないように、嫌われないように行動すると、どうしても自分を飾ったり、自分を盛(も)ってしまったりする。

「全員から好かれることはない」
地を出しても好かれる人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 06:49| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月25日

No 5417   【フィンランドの教育はなぜ世界一なのか】

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【フィンランドの教育はなぜ世界一なのか】

岩竹美加子氏の心に響く言葉より…



フィンランドは、人口約550万人、北欧の地味な小国だが、2000年代以降、PISA(15歳児童の学習到達度国際比較)で、読解力や科学的リテラシーなどの他分野において1位を獲得し、世界一の教育と日本でも注目されるようになった。
私が体験したフィンランドの教育の良さは、何よりもそのシンプルさにある。
入学式や始業式、運動会などの学校行事がない。
授業時間は少なく、学力テストも受験も塾も偏差値もない。
統一テストは、高校卒業時だけだ。
服装や髪形に関する校則も制服もない。
部活も教員の長時間労働もない。
日本では、「学校、家庭、地域」と言うが、フィンランドには教育に関して地域という考えはなく、さまざまな連絡協議会、青少年育成委員会など、学校を取り巻く煩雑な組織がない。

そうしたシンプルな教育を支えるのは、徹底した教育無償化と平等、子どもの権利やウェルビーイング、子どもたち自身の教育への参加などの理念である。
ウェルビーイングは、日本では福祉と訳されることが多いが、フィンランドでは生きていく上での快適さ、満足感、充足感、安心、自信、健康など、幅広い意味を持つ。
学校がシンプルであることは、親にとってもストレスが少ない。
小学校では、教科書やノート、教材等も無償で支給される。
学級費やその他、諸費用はない。
給食も、保育園から高校まで無料である。

入学に際して、ランドセルや新しい服など高価な買い物は必要ない。
教科書や教材は学校に置いていくので、小さな子どもが、毎日重いカバンを背に通学する必要はない。
持ち物すべてに名前を書く必要もない。
学校と保護者の間の連絡や情報交換には、メールシステムが使われ、学校からの手紙やプリント類はほとんどない。

教育が無償であることに加え、国が17歳以上の人に給付型奨学金、学習ローン、家賃補助から成る学習支援を行う。
この中で返済の必要があるのは学習ローンだが、保証人は国なので、親や親戚が保証人になる必要はない。

フィンランドの教育が目指すものは、子ども一人ひとりが自分を発展させ、自分らしく成長していくことである。
それは、知識を習得したり、学力を高めたり、偏差値を上げたりすることではない。
いかに学ぶかを学ぶこと、創造的、批判的思考を身につけ、自分自身の考えを持つこと、アクティブで良識ある市民として成長することである。
そうした能力を持つ市民は、国家や権威を批判、抵抗することもあるだろう。
しかし、さまざまな議論が行われる事が、民主主義を持続、必要な修正を行いながら発展させていく基盤になる。

フィンランドに受験はなく、受験のための勉強もない。
中学卒業後は、高校と職業学校に進路が分かれ、普通、18歳で卒業する。
また、18歳で成人になり、大人として人生を出発していく。
卒業後、進学する場合は、大学と応用化学大学がある。
その2つの違いは、大学がより学問的、論理的なことを学ぶのに対し、応用科学大学はより実際的、実学的なことを学ぶことである。

面白いのは、高校卒業の方が、大学・応用科学大学入試より重要な出来事であることだ。
高校卒業の日は、親が親戚などを招いて、大きなパーティを開く。
それは成人し、そう遠くない将来、親元を離れて自立していくお祝いでもある。

フィンランドの教育は、平等を原則とする。
優良とされる学校や大学はあるが、その順位は、日本のように明確ではない。
また、出身校によるエリートと非エリートの区別はない。
どこの学校や大学を出たかよりも、何を学んだか、さらにどう生き、何をしていくかが重要になる。

フィンランドには学習義務はあるが、学校に行く義務はなく、自宅などで学ぶことができる。
学校に行かないことを決めるのは親や保護者で、行政から許可を得る必要はない。
ただし、小中学校教育の規定された学習量を満たすことは求められる。
また教科書や教材、学用品は無料では得られず、親・保護者が自分で調達する必要があるが、使用しなければならない教科書はない。

学校に行く義務はないが、学校まで遠い場合は「通学費の権利」が保障されている。
自宅から最も近い学校まで5キロ以上ある場合、或いは、年齢的に見て通学に困難やストレス、危険が伴う場合、子どもには無償の通学手段を得る権利がある。
具体的には、無償のタクシーによる通学などである。

フィンランドには、さまざまな教育機関が安価で用意されていて、いくつになっても学んだり、学び直したりすることができる。
学校に行くことや学習を止めてしまった過去があったとしても、再び学びたいと思えば、いつでもそれが可能となる教育機関がある。

『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか (新潮新書)』

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岩竹美加子氏は本書の中でこう語っている。
『日本は、OECD諸国の中で教育への公的支出が低く、2018年は最下位である。
学校のICT化も、国際的に見て非常に遅れている。
精神主義が強く、合理化が進まない。
また、権利の教育を受けてきていないため、PTAのような組織にも抵抗しにくい。
日本のPTAに似た組織にフィンランドの「親達の組織」はがあるが、加入率は10%程度だ。
また、フィンランドの教育では、何事に関しても自分から行動を起こす、アクティブな市民であることが推奨される。
ソーシャル・スタディーズのクラスの一環として、高校に国会議員を招き、議員としての仕事や、いかに影響を及ぼすかについての話を聞き、ディスカッションすることなども行われている。
大学は、すべて国立である。
授業料は、外国人にも無料だったが、2017年からEU圏外からの学生は有料になった。
教員数と授業数が少ないのも特徴である。
基本的に一つの学科に教授一人、講師一人程度である。
授業料をとらないので、予算不足も理由の一つだろう。
しかし、小学校の時から授業量は日本の半分と言われており、その文脈で考えると、大学の授業量が特に少ないとは言えなかもしれない。
高校までに、いかに学ぶかを学ぶ。
大学は、先生に教えてもらう場ではなく、自立して自主的に学ぶ場である。
また、フィンランドには兵役がある。
18歳になる年の初めから、60歳になる年の終わりまで、兵役義務を負う。
60歳までの兵役義務というのは、予備軍人としての義務である。
そして、フィンランドでは、愛国教育も行われている。
最も顕著なものの一つは、高校の卒業式後、各地で「英雄墓地」を訪問、花輪を置くことだろう。』

フィンランドの教育は、日本とはあまりに違うシステムや考え方に戸惑うことが多い。
学校にしても、PTAにしても、地域のコミュニティにしても、同調圧力が強い。
「みんな一緒」という考え方だ。
異端は許されないという考えでもある。
しかし、これも今後大きく変わっていくだろう。

そうでなければ、日本は世界の中で取り残されてしまうからだ。
そのためには、一人ひとりが、広く世界の知識を謙虚に学び、もう一度教育を一から作り直す気概を持つ必要がある。

ある面で、今は明治維新と同じなのかもしれない。
なぜなら、今まで日本はなんとなく上位にいると思っていたのが、様々なところで順位を落とし、最下位の方に行ってしまったからだ。
これは、経済や経営の指標だけではない。

それを挽回するのが、教育だ。
これからの子どもたちが、世界の中で生き抜いていける考え方やスキルを身につけために…
今一度、世界の「教育」から学ぶ必要がある
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2019年12月24日

No 5416   【忘己利他という教え】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【忘己利他という教え】

天台宗大阿闍梨、酒井雄哉師の心に響く言葉より…



ぼくがいる比叡山の教えに「忘己利他(もうこりた)」という教えがある。
「己を捨てて他を利すればいい。そうすれば皆が幸せになる」と説いているんだ。
自分が何ができるかどうかはあまり関係ない。
何かを達成できてもできなくても、自分を捨てて他を利するということを心がけた生き方をしていればいい、というの。

成功したからといって、得たものを自分だけの懐へ入れてしまうのはよくない。
得たものを人に分けてあげなければいけない。

何をするにしても、自分がたった一人でできた、なんていうことはないものな。
ここまで生きてこられたのはたくさんの人に支えてもらってきたからだし、いま生きている間にも、大勢の人に助けられているんだよ。
だから、自分は自分、人は人だなんていう考えはよくないよね。

たとえば、ぼくの行も、実際に山を歩いたり行をするのは確かに自分だ。
でも、細かい雑務なんかを知ると、とてもじゃないけど簡単にはできない。
回峰行が始まる。
そうすると、「ああ、このごろこんな行をやっているんですね。じゃあ、ちょっと応援しましょうか」とお手伝いしてくれる人がポツン、ポツンと出て来る。
それがだんだん一人増え、二人増えと、なかには、金銭的なものを応援してくれる人まで現れる。

どんどん行を重ねていくと、回峰行のなかでも荒行の「お堂入り」ができるようになる。
その積み上げてきた五年間にはやっぱりみなさんの助けを受けて、御堂入りをしている間にもお供えものなどをしていただく。
そうしてさらに行を積み重ねて、七年間にわたる千日回峰行を満行できるわけだ。
回峰行も大勢の人に支えられてこそできるんですよ。
だから、自分は千日の行をしてえらいんだなんてふんぞりかえっちゃいけないし、みなさんに支えられてきた御恩に感謝の気持ちを忘れちゃいけないってことなんだ。
だから、こうしてお話ししているんだよ。

よく、みんなも言うでしょう、「ご回向(えこう)」とか「回向してもらう」って。
坊さんが頼まれて先祖を拝んであげるようなときに言うけれど、本来は、「よい行いを他に巡らす」という意味が含まれるしな。
お寺の人でなくても、自分のできる範囲でかまわないから、人のためになることをするのがいいわけ。
暮らしのなかで、何かお手伝いをしてあげるとか、何か福祉に寄付をするというのでもいい。
自分の徳というものを、少し分けてあげてみるのもいいよね。
人は恵み恵まれ、徳を積んでいくことになるからね。

『続・一日一生 (朝日新書)』

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「己れを忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」《最澄・山家学生式(さんげがくしょうしき)》
慈悲とは、ほんとうの優しさや、思いやり、いつくしみ、のことを言うが、仏教では苦しみを取り除き、楽しみを与えるという意味だ。
伝教大師最澄は、慈悲の最上のあり方を、「忘己利他」と言った。
自分を忘れて、他者のために尽くすことこそが、慈悲の究極の姿であると。

舩井幸雄氏は、「人間性を高める」には、「与え好きの人間にする」のがもっとも効果的だという。(法則・サンマーク出版)より
『「いまだけ」「自分だけ」という狭い我欲から離れること。
そして、他人の利益や幸福も視野に入れた、もらうよりも与えることに喜びを感じる「利他的な考え」をもたせるのです。
あるいは、物事を根源からマクロにつかみ、ミクロに対処するように仕向ければ、その人はもらい好きから脱皮して、「与え好きの人間」へと成長していき、おのずとその人間性を高めていくでしょう。』

人間性を高めるには、「与えること」。
自分から与えることはひとつもしないで、情報でも、モノでも、善意の気持ちも、「欲しい欲しい」、「ちょうだいちょうだい」という人には、感謝がない。
何かをもらった後に、「ありがとう」というお礼や、「感謝」の言葉(メール)もないからだ。
それは、自分が与える側(主催者側)になったときによくわかる。

「忘己利他」という教えの実践を重ねたい
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2019年12月23日

No 5415   【笑いの効用】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【笑いの効用】

中村天風師の心に響く言葉より…



悲しいことやらつらいことがあったら、いつにも増して、笑ってごらん。
悲しいこと、つらいことのほうから逃げていくから。
多く言うまでもなく、笑えば心持は、何となくのびのびと朗(ほが)らかになります。
すなわち鬱(うつ)な気が開けるんです。

試しに、おかしくもなんともないときに、「アハハ」って笑ってみてごらん。
笑うにつれ腹が立ってくるとか、悲しくなってくるとか、つらくなってくるってことは、絶対にないんです。

この笑いの効用を応用すれば、すこぶるいい結果を人生に招くことができるんですよ。
このことに気づいている人が少ないようですなあ。
考えてみればすぐおわかりになられることなのですが、そもそもこの笑いというものは、生きとし生けるすべての生物のなかで、我々人間にだけ与えられている特殊の作用なんですぜ。
他の生物の世界には、人間のように笑うという表情をもって、心の喜びを表現する特別の作用は断然ありません。

こうした事実を厳粛に考えますと、笑いというものは人間にのみ与えられた特権だってことがわかるでしょう。
ですから、これを本当に応用せず、また使わない人生に生きるというのは、あまりにも馬鹿げた話だと思いやしませんか?

『ほんとうの心の力』PHP研究所

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中村天風師の「私の習慣」という一文がある。(本書より)

『私は毎晩の寝がけに、
「今日一日、本当にありがとうございました。本当に嬉しく、ありがたく、これから休ませていただきます」
鏡を前に置いて、顔を映して、じいっと顔を見て、
「お前は信念が強くなる!」と一言いって、床の中に入る。
そして、
「今日一日、“怒らず、怖れず、悲しまず”を実行したかどうか」
「“正直、親切、愉快”に人生の責務を果たしたかどうか」
少しでも自らを省みるところがあったら、
「明日は、今日よりも、もっと立派な人間として生きるぞ」ということを心に描く。
そして、いかなることがあっても、喜びを感じ、感謝を感じ、笑いを感じ、雀躍(こおど)りして喜ぶ気持ちになって、その一刻を過ごすということが、何十年来の私の習慣である。
そして、朝起きると、まず第一に、ニッコリと笑う。
もう、くせがついているから、眼が覚めるとニッコリ笑う。
わざわざニッコリと笑わなくても、ひとりでにニッコリと笑う。
そして、
「今日一日、この笑顔を壊すまいぞ!」と自分自身に約束する。』

「楽しいから笑うのではない。 笑うから楽しいのだ」
という、ウィリアム・ジェームズ (アメリカの心理学者・哲学者)の有名な言葉がある。

これは、人に対する態度と同じ。
褒めて欲しいなら、自分から褒めなければならないし、感謝してほしければ、まず自分から感謝すること。
笑いも同じで、涙が出るほど笑って笑って楽しい時間を過ごすような仲間が欲しければ、まず自分が笑いが多い人間にならなければならない。
ニコリともしない不機嫌そうな顔をしている人の周りには、不機嫌な人しか集まらない。

また、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなるのだ」と同じように、笑えば、悲しいことも忘れる。
これは、病気も同じ。
病気を治すのに一番いい方法は、病気になっていることを忘れることだと中村天風師は言う。
だから、病気に一番効く薬は笑うこと。

どんなに厳しいときでも、ニコニコと笑っていられる人は素敵だ
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2019年12月22日

No 5414  冬の大掃除 WAX掛け!

毛利歯科クリニック 本院も 例年通り 冬の大掃除
WAX掛けを行いました 例年より 1か月ほど遅かったのですが
年末の大掃除の前ということもあって いつもより ピッカピカになったような!?

26年目の クリニックですが おかげさまで こんなに綺麗です!

感謝・大感謝です

雰囲気をどうぞ

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No 5413   【日本一おかしな公務員】

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【日本一おかしな公務員】

塩尻市役所地方推進係長、山田崇氏の心に響く言葉より…



長野県の塩尻市役所でシティプロモーションを担当する私は、毎年たくさんの講演をこなしています。
講演や対談、大学での講義なども含め、2018年度は年間231回も人前で話をしました。
地方自治体の公務員、民間企業のビジネスパーソン、学生など、話す相手はさまざまですが、反応がいいのは、こういう話です。

PDCAサイクルという考え方があります。
計画し(PLANのP)、実行し(DOのD)、確認し(CHECKのC)、行動する(ACTIONのA)。
この4工程をくり返すことによって、どんどん業務を改善していく。

もちろん、工場で何かを作るようなときには、非常に有効な手法なのです。
しかし、いま日本社会が直面している少子高齢化、過疎化、生産人口の減少、医療費の増大…といった問題には、PDCAは使いにくい。
どこに本質的な問題があって、何を解決すればいいのか、ほとんど特定できていないからです。
特に行政は、まずは計画をたてるのが仕事です。
きちんとPを作ろうとするあまり、そこで足が止まってしまう。
コンセプトが決まってからやろうと考えると、一歩も前に進めなくなる弊害が出てくる。

そこで私は、もうPを飛ばしてしまうことにしました。
「なんか面白そうだから、とりあえずやってみよう」
ここからスタートするのです。
Pを飛ばして、Dから始める。
何かを始めると、当然、誰からからチェックを受けます。
「何やっているんだ!」と叱られることも多い。
私にとってのAは、謝る(APOLOGIZE)のAなのです。

謝って軌道修正すると、ぼんやりとPの形も見えてくる。
そこで次のサイクルに入る。
また叱られる。
また謝れば、さらに精度の高いPができる。
これを高速でくり返していると、まるで最初からPが存在したかのように見えます。

「どうして、そんなアイデアを思いついたの?ひょっとして未来が読めるの?」
そんな風に誤解してくれます。

何のあてもなくスタートするわけですから、当初は奇異な目で見られます。
「公務員のくせに何を考えているんだ!」と怒鳴られることもある。
でも、徐々に周囲の反応は変わっていきます。
1回やるだけなら「変なことをやったやつ」で終わるのです。
でも、くじけず何度もやっていると、「よくわからないけど、根気だけはあるやつだな」とか「意外とまじめなんだな」とか、評価が変わっていく。
また誤解してくれる。

ここで大切なのは、意気ごんで「大きなDO」を考えないことです。
失敗したときのダメージが大きいという理由もありますが、何より問題なのは、そこで足が止まってしまうからです。
大きなPを構想するのと同様、大きなDOをやろうとすると、始める前に足がすくんでしまう。
結局、やらないで終わってしまう。
だから、「小さなDO」で気軽にスタートするほうがいい。

どんなことでも、やってみれば見えてくるものがあります。
何かしらの発見がある。
それが次のDOにつながっていく。

チップ・ハースとダン・ハースが書いた『スイッチ!』という本に、面白い話が出てきます。
アメリカの洗車場で2種類のサービスカードを用意して、どちらのカードが早くコンプリート(完結)されるか調べた実験です。
ひとつは、8個のスタンプが押されたら、1回分が無料になるカード。
もうひとつは、10個のスタンプで1回ぶんが無料になるのだけれど、最初から2個のスタンプが押されているカード。

どちらも8回の洗車で無料になる点では変わらない。
ところが、後者のカードのほうが、スタンプが埋まって回収される率は高かったのです。
すでに2個押してあるほうが、みんな「残りの8個も埋めてやるぞ!」とやる気を出す。
すでに1歩踏み出している人のほうが、次の行動に移りやすいということです。

だから、小さな一歩であっても、とりあえず踏み出しておく意味は大きい。
その一歩自体が、次の一歩を引き出してくれる。
だから私は、ハードルを思い切り下げた「小さなDO」を推奨するわけです。

とはいえ、何の目的もないのに「面白そうだ」というだけで動くことは、公務員には許されません。
そこで私は、ひとりの個人として動くことにした。
1週間のうち、40時間は市職員として働く時間ですが、残りは128時間もある。
時間外の128時間を使えば、どんな冒険でもできる。

『日本一おかしな公務員』日本経済新聞社

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本書の中にこんな面白そうなことが紹介されていた。
『塩尻市の大門商店街にある空き家を借りました。
世の中では「空き家問題」が騒がれている。
でも、いったい何が問題なのかわからないので、自分自身が当事者になってみたのです。
最大で6軒借りました。
使うあてがあったわけではありません。
「空き家っていったい何だろう?」という疑問に突き動かされただけです。
本質を知りたかった。
その結果、「空き家“問題”なるものは存在しない」という結論にいたるのですが…
この空き家プロジェクトは、「nanoda(ナノダ)」というプロジェクトに発展していきます。
「〇〇なのだ」と銘打てば、そこでどんなことをやってもいい。
2019年5月末時点で、もう417回も開催しています。
「朝食なのだ」「ワインなのだ」「無限からあげなのだ」「カンバンなのだ」「視察受け入れなのだ」「広島東洋カープなのだ」「哲学カフェなのだ」「ぐるぐるカレーなのだ」「島なのだ」「カツサンドなのだ」「コミュニティラジオ放送局なのだ」…。
何かやりたいという人がいたら、どんな企画でも私が伴走します。
空き家の大家さんたちと交渉して掃除をさせてもらい、終わったら大家さんも交えて食事をする「お掃除なのだ」も、大人気のイベントでした。
続けていると、「なんか面白そうだ」と話題になり、ふだんは商店街に足を運ばない若者たちも通ってくるようになります。
メディアで紹介されたこともあって、長野県外から遊びにくる人も現れた。
移住してきた人もいる。
シャッター商店街の再生とか、若者の移住促進とか、大きなPを構想していたら、こんな展開にはならなかったと思います。』

人は、理屈や理論では動かない。
それがどんなに正しい考え方であったとしても、説得されたとしても動かない。
人が動く時は、「面白そう」「楽しそう」「好き」といった、自分の感性に響いたときだ。
「感動」という言葉もそうだが、感じるから動く。
理屈ではないのだ。

現代は、AIやITといったデジタル全盛の時代だ。
だからこそ、今は、人の琴線にふれる物語やストーリーに飢えている。
だが、多くの人は、それをわかりやすく「見える化」してくれないとわからない。
だから、「ああ、自分が求めていたのはこれだった!」と感動する。

旧来の殻を破って行動することは、とてもハードルが高い。
それが古くからの固い職業であればあるほどそうだ。

「なんか面白そうだから、とりあえずやってみよう」
とにかく、小さな一歩を踏み出すこと、行動すること…
面白いことに次々と挑戦できる人でありたい
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2019年12月21日

No 5412   【コミュニティの時代へ】

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【コミュニティの時代へ】

佐渡島庸平氏の心に響く言葉より…



月間アクティブユーザー数が20億人に達し、その規模だけを見れば、他の追随を許さない成果を上げているFacebookは、2017年にこれまで掲げてきた企業ミッションを、創業以来はじめて変更した。

“コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現する”

つなげる、から、コミュニティ支援へ。
CEOのマーク・ザッカーバーグは、こんな発言をしている。
「私たちは約10億人が有意義なグループに参加できるよう、支援したい。
かつて人と人とをつなげるサポートをすることで自然と世界はより良くなると考えていましたが、世界はいまだに分断したままです。
ただつなげるのではなく、人と人がより身近になれるような世界を実現することに注力する必要があります。

コミュニティは、昔から存在する。
言葉とはすごいもので、使われ続けている言葉は、その対象物の本質を簡潔に伝えていることが多い。
「人間」という言葉自体が表すのは、人は人の間で生きているということだ。
太古から人は、コミュニティを作って生きていた。
コミュニティがなかったことなどないわけで、生きていくのに空気が必要だというのと同じくらい、「コミュニティが重要」というのは自明なことのように思える。

しかし、やはり今は、コミュニティについて、深く考え、語る時期だ。
コミュニティのあり方が、劇的に変化しようとしている。

「安心と自由」どちらが重要か?
コミュニティについて考えるとき、この二つがキーワードになる。
安心と不安、自由と義務ではなく、安心と自由だ。
人間は、この二つを欲しがる。
できれば、同時に。
しかし、この二つは決して、同時には手に入れられなかった。
安心を得ようとすると、自由が失われるし、自由を得ようとすると、安心を失う。

初めは、村社会(地域コミュニティ)があった。
誰もが相手の顔と名前が一致していた。
余所者(よそもの)が来れば、すぐに気づいたし、排除された。
引っ越しも、職業の選択も自由はほとんどない。
同調圧力が強い社会だった。
その代わりに、圧倒的な安全があり、安心があった。

高度経済成長期に、多くの人が都市部に流れて、村社会の時代は終わった。
都市には地域コミュニティが生まれず、核家族を中心として極小コミュニティと会社コミュニティ、この二つに人は身を委ねた。
村社会に比べたら、生き方の自由度は増した。
しかし、安全・安心は減る。
周りは知らない人ばかり。
安心を確保するために、終身雇用という制度は有効だった。

そしてまず、核家族コミュニティが弱まった。
結婚をする人が減り、子供を産む人も減ったためだ。
そして会社コミュニティは、終身雇用の崩壊と働き方改革で、機能しなくなり始めている。

今、僕らは、所属しているコミュニティを失いつつある。
誰も僕らの生き方について指図する人はいない。
圧倒的な自由だ。
しかし、ずっと欲しがっていた自由を手に入れて、気がついたら安全・安心を失っていた。
その二つがトレードオフの関係にあることを、理解している人は少なかった。
孤独の中で得る自由と引き換えに安全・安心を失った人たちは、不安の闇に突き落とされる。

自由と安心、両方を得ることは不可能なのか?

「not alone.」そんな気持ちを持たせてくれるのは、コミュニティだけだ。
今までの物理的な必然性で生まれたコミュニティではなく、インターネットの中で、「好き」を中心にしてできたコミュニティに可能性があるというのが、僕の仮説だ。
インターネットの力は、自由と安心、両方をもたらしうるのではないか。

問題は、コミュニティをあまりにも自明のこととして捉えていたので、その知識をまだ誰も持っていないことだ。
今までは、すでに存在するコミュニティに、後から参加すればよかった。
コミュニティは当たり前にそこにあるものであり、作るという行為をしたことことはない。
食事を毎日しているからといって、料理が作れるかというと違う、ということと全く同じだ。

コミュニティを作るときに、何を意識して、どう工夫していかないといけないのか?
僕の思考もまだ体系だっていない。
けれども、コミュニティについてたくさん語り合い、試行錯誤を重ねて、新しいコミュニティを作ることが、僕自身の、そしてコミュニティに参加するメンバーの孤独を癒すことになる。

『WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE. 〜現代の孤独と持続可能な経済圏としてのコミュニティ〜 (NewsPicks Book)』幻冬舎

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終身雇用が当たり前だった時代は、人生の中で、会社というのは唯一無二といっていいくらい大事なコミュニティだった。
つまり、組織(会社)の時代。
そして、地方ではまだ残っているが、自治会などの隣近所のコミュニティは都市部ではもう崩壊している。
親戚同士が濃密に付き合っていた、家族を中心としたコミュニティも、冠婚葬祭の時くらいしかほぼ機能しなくなった。
また、学校というコミュニティも、多くは都市部に就職したり、家庭を持つことで、卒業したらバラバラになってしまう。

しかし、人は太古の昔から、なんらかのコミュニティを作ることによって生き延びてきた。
コミュニティに属していなければ、孤独になり、安心や安定が保たれないからだ。

現代のコミュニティには、「オンラインサロン」や、圧倒的カリスマ(芸能人も)を中心とした「ファンクラブ」などがあるが、それは一種のプラットフォームだとも言える。
プラットフォームとは、顧客が存在する会社もある意味ではプラットフォームともいえる。
現代では、インターネット上に存在している、「楽天市場」や「アマゾン」、あるいは「アップルストア」、「グーグル」「フェイスブック」など、顧客との関係性が密なコミュニティをいう。
あるいは、個人レベルで言えば、多くのフォロアーを抱える有名なユーチューバーも同じだ。
プラットフォーム上で、さまざまなモノが売れたり、プラットフォームそのものが有料の会員制だったりする。
そして、ほとんどが、リアルでふれあえるオフラインの交流会もある。

また、現在もっとも増えつつあるのが、個人がつくる小さなコミュニティだ。
これは、リアルとデジタル(SNS)の複合したものが多い。
様々な勉強会や、趣味の会、講習会、地域活性化の会などだ。

大事なことは、どんなに小さくてもいいから、いつかは、自分が主催者になるコミュニティを持つことだ。
自分が主体者になったときはじめて、新たなステージに進むことができる。

主体者になるということは、自分の「好き」や「得意」が見えてくるということ。
コミュニティの時代を深く探求(たんきゅう)したい
posted by Dr.モーリィー at 07:12| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月20日

No 5411   【すべては見方次第】

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【すべては見方次第】

正観塾」師範代、高島亮氏の心に響く言葉より…



「幸も不幸も存在しない。そう思う心があるだけ」
これは、小林正観さんがよく言った言葉です。
幸福や不幸という名の現象はない。
受け取る人のとらえ方次第で、目の前の現象は「幸」にも「不幸」にもなる、という意味です。

この言葉をはじめて聞いたとき、ぼくはすんなり受け入れることができませんでした。
(幸も不幸もないって、そんなことはないでしょう。
病気やケガをすることは不幸なことだし、貧乏だったらやっぱり不幸でしょう。
給料が上がったら幸せだし、宝くじが当たっても幸せだろうし、何かの大会で優勝したり表彰されたりしたら、それはやっぱり幸せなことでしょう。
願いが叶えば幸せ、叶わなかったら不幸っていうのは、今も昔も変わらない。
そもそも、自分の願いを叶えて幸せになるために人々はがんばっているんだし。
なのに、幸も不幸もないって、どういうこと?)

この「幸も不幸も見方次第」という考え方は、正観さんの教えの根幹です。
これと対になっているのが、「現象はゼロ」という見方です。

コップに水を半分入れ、それを「水が半分しか入っていない」と言うこともできれば、「水が半分もある」と言うこともできます。
でも、事実はただ一つ、200ccのコップに100ccの水が入っているということだけです。
それが多いとか少ないとかいうのは、人間がつけた評価であり感想です。
現象としてはプラスもマイナスもありません。
ゼロです。
現象自体には意味はなく、常に中立(ニュートラル)です。
それに対して、「たくさんあってよかった」と思えば幸せと感じ、「少なくていやだ」と思えば、不幸なものになってしまいます。

つまり、幸も不幸もはじめから決まった現象としてあるわけではなく、それをどう受け止めるかによって決まってくるということです。
だから、幸や不幸はそう思う心次第。
すべての物事の構造はそうなっていると言うのです。

また、正観さんは、こんな話をしてくれました。
ある宿のご主人から、「夕食のあと、早く食堂を片付けたいのに、食べ終わった客がいつまでもしゃべっていて片付けられない。どうしたらいいか」という相談を受けました。
正観さんは、解決策の代わりに次の見方を教えました。
食事がまずい、食堂の雰囲気が悪い、宿の人の対応が冷たいという場合、お客さんは食事が終わったらさっさと部屋に引き揚げる。
でも、食事がおいしい、食堂の居心地がいい、宿の人の対応があたたかいという場合は、食べ終わったあともそこでおしゃべりを続けたくなる。
なかなか部屋に帰らないということは、食事の時間が楽しかったということなのではありませんかと。

すると、「そうですね。部屋に帰らずに食堂にずっといてくれるということは、喜んでもらっているということなんですね。宿をやっている人間にとって、それはとてもうれしいことです」と相談者の顔がパーッと晴れたそうです。
現象は変わっていません。
お客さんを部屋に帰す方法を教えたわけでもありません。
お客さんが食堂に残っているという現象はそのままです。
そのゼロ(中立)である現象を、片付けの邪魔になるから困るととらえることもできるし、おしゃべりをして残ってくれてうれしい、楽しい、幸せととらえることもできる。
見方次第でどうにでもなるということです。
(解決策を言ったわけでも、何か指示をしたわけでも、現象が変わったわけでもないのに、悩みが解決している。
宿の人自身の見方が変わっただけで、悩みがなくなってしまった!)
コップの水だけでなく日々の出来事でも、この基本構造は変わらないというわけです。

『すべては見方次第 小林正観さんに教わったこと』扶桑社

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高島氏は、15年間にわたり、東京で正観さんの講演会を主催した方。
その後、正観塾の師範代に指名され、その教えを今も伝えている。

正観さんのこんな話が本書にあった。
『正観さんが伝えていた宇宙法則の中で、最も基本になる大法則がありました。
それは、「投げかけたものが返ってくる」というものです。
投げかけたものが返ってくる。投げかけないものは返ってこない。
愛すれば愛される。愛さなければ愛されない。
許す者は許される。許さない者は許されない。
裁く者は裁かれる。裁かない者はさばかれない。
作用・反作用の法則といってもいいものですが、すべての宇宙(世界)の現象にはこの大法則がはたらいているというのです。
「自分のしたことが自分に返ってくる」というカルマ(業)の法則といってもいいでしょう。
釈迦の教えでいえば、「縁起」の法に近いでしょうか。』

すなわち、この法則で言うなら、「ありがとう」と言えば「ありがとう」と言いたくなる現象がやってくる、ということ。
また、「与えれば、与えられる」ということでもある。
「ギブアンドテイク(give and take)」ではなく、「ギブアンドギブ(give and give)」
ただし、それらは、すぐに返ってくるときもあれば、時間がかかって返ってくることもある。

「幸も不幸も見方次第 」
ものの見方の達人を目指したい
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2019年12月18日

No 5410   【喜び上手な人には運がやってくる】

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【喜び上手な人には運がやってくる】

天才コピーライター、ひすいこたろう氏の心に響く言葉より…



まわりの人から愛されて、楽しいことが次々に起こる方法をお伝えしましょう。
これも見方道・家元・小林正観さんから教わったことなんですけどね。

まず、あなたのまわりで、「この人が困っていたら、私はなんとしてでも助ける」という友人を思い浮かべてください。
どうして、あなたはその友人を思い浮かべたのでしょうか?
その人のどんなところが、あなたを助けたくさせているんだと思いますか?

それがわかると、楽しいことが次々に起こる秘訣がわかります。
あなたが思い浮かべた友人は、ちょっとしたことでも、とても喜んでくれる人ではありませんでしたか?

動物にはない人間だけの本能。
それは、「喜ばれるとうれしい」と感じることだそうです。
だから、喜んでくれる人は、愛されるのです。
喜ばれると、人はやる気になりますから。

ところで虹をよく見る人って、どういう人かわかりますか?
虹が大好きな人なんです。

茶柱が立つ人って、どんな人かわかりますか?
常日ごろ、茶柱が立つとうれしいって、強く思っている人なんです。

もし神様がいるとしたら、やっぱり、ちぃちゃなしあわせや、ささいなことでも、喜んでくれる人のために働こうか、と思うのではないでしょうか?
なにをしても、ブスッとしてる人。
ちょっとしたことでも、喜んでくれる人。
あなたはどちらを応援したくなりますか?

『3秒でハッピーになる名言セラピー THE BEST 【新装版】』ディスカヴァー

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たとえば、自分が読んで感動した本や、見て感激した映画を誰かにすすめたとき、「ああ、そうですか」と何も反応のないような人がいる。
反対に、すぐにメールや携帯で、「あの本、メチャクチャよかった!ありがとう」と言う人もいる。
次に、どちらの人に情報を伝えたくなるのかは、言うまでもない。
こうやって、運やチャンスが、どんどん来る人と来ない人ができてしまう。
だから、喜び上手な人には運がやってくる。

たとえば、無料の講演会を開催したようなときも同じだ。
この人はきっと喜ばないだろうな、という人にはだんだんと知らせなくなる。

「箸(はし)が転んでもおかしい年頃」という言葉がある。
主に若い女性に使う言葉だが、これは実は、男も女も、若い人も年配者にも必要な感性だ。
たわいもないことに「笑う」「おもしろがる」「喜ぶ」。

人は、喜んでくれる人には、もっと喜ぶようなことをしようと思う。
喜び上手な人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 22:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5409   【大丈夫、絶対、なんとかなる!】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【大丈夫、絶対、なんとかなる!】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



何か問題が起きたら、「なんとかなる、なんとかなる」って言うの。
そうすると、この言葉がスイッチになって、あなたを悩ませるその問題を、ビューッと天まで飛ばしてくれるんだ。
あとは大きい神様にお任せしておけば、最善の方法で片づけてくれる。
あなたはなにもしなくていいんだよ。
その問題に取り組もうとする必要はないし、大きい神様が出してくれる答えを待っていればいいだけです。

「なんとかなる」
って最強の言葉だよ。
これ以上の肯定語はない。

思いには想像以上の強い力があるよ。
ほとんどの人は、「この問題はどうにもならない」と思い込んでいるから、苦しくなるんだよね。
だけど「なんとかなる」が口癖になると、何が起きても、
「世の中そう難しいことは起きない。なんとかなるから大丈夫」
って思えるようになります。
心が軽くなるんだよね。
そうすると目の前の問題にとらわれず、前向きな行動ができるようになる。
ますます、なんとかなる方向へ前進するの。

この地球は、行動の星なんです。
行動しなきゃ、思い描いているような成功や幸せは手に入らないんだよね。
その行動の原動力となるのが、
あなたの「思い」
であり、その思いが「理想の未来」を連れてくるの。
現実を形作っているのは、すべて自分の「思い」です。

「中学校しかでていないから、お金に苦労するのは当たり前」
そう思っている人は、現実もそうなるよ。
反対に、
「早く社会に出たぶん、人より得なんだ。絶対なんとかなる」
と思っていたら、うんと成功しちゃうの。
一人さんは中学しか出ていないけれど、そうやって「思い」の強さで未来を切り開いてきたんだ。
思いというのは、それくらい強い力があるんだよ。

「なんとかなるから、心配しなくて大丈夫」
そう信じ込むの。
するとね、その思いがあなたを突き動かして、現実を変えるための「行動」に向かわせてくれるんです。
必ず、「なんとかなったじゃん!」っていう現実を引き寄せてくれますからね。

なお、「なんとかなる」って言うときは、心の中で言うだけでもかいまいませんが、口に出して言ったほうが効果は大きくなります。
声に出すと、その声を自分の耳で聞くことにもなるから、ダブルの作用が得られますよ。

『斎藤一人 絶対、なんとかなる! (言えば心が軽くなる、毎日笑って暮らせる)』マキノ出版

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斎藤一人さんは、本書の中でこんなことを言っている。
『一人さんはね、昔から、こんなことをずっと考えていたんです。
天は、どういう人の味方をするだろう。
神様は、どんな人間にチャンスをくれるだろうかって。
で、わかったんです。
いばってるヤツ、人の上げ足を取るヤツは、神様にも嫌われるよね。
反対に、心が豊かな人…優しい人とか、笑顔の素敵な人って、神様にも周りの人にも好かれる。
だから私は、このルールに従って生きてきました。
そして、ものすごい成功を手にしたんだよね。
人をねたむとか、あせってイライラするとか、そういうのは貧しさの表れだよ。
心が貧しくなっているの。
貧しい心は、豊かな心の真逆だから、現実にますます貧しくなってしまいます。
それよりも、人にいいことがあったら「おめでとう」って言ってあげたり、どんなに小さなことでも、今ある自分の幸せに感謝したり、できることからすればいいんです。
心が豊かになれば、現実の豊かさもついてくるの。
だから苦しみは消えていくし、お金だってたくさん入ってくるようになるよ。
大丈夫、必ずなんとかなりますからね。』

生涯に3000件におよぶ発明をしてきた天才科学者、政木和三博士はこう語った。
「欲を捨て、完了形で願えば、願いは叶う。
欲を捨てるという全く欲望のない状態になると、脳波がシータ波になり、何事に対しても、感謝の気持ちが自然に沸いてくる」

逆に言うなら、感謝の気持ちを持てば、過剰な欲がなくなるということ。
まさに、「なんとかなる」も同様に、過剰な欲がなくなる言葉。

どんなことが起きても…
「大丈夫、絶対、なんとかなる!」と、つぶやける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月17日

No 5408   【夢を叶える「打ち出の小槌」】

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【夢を叶える「打ち出の小槌」】

堀江貴文氏の心に響く言葉より…



常識の延長線上に行き着く先は「常識」でしかない。
周囲を見まわせばわかる。
先輩、上司、おっさん、爺さん、おばさん、お婆さん。
それぞれが、その時代が共有する価値観に従い、社会の一員として「常識的」に生きてきた人達がほとんどだ。

それが悪いと言っているんじゃない。
僕のように「既存の価値観」に逆らって生きてきた人間から見れば、常識を逸脱しないで生きるということに対して頭が下がる。
これまでの日本もそうだったし、これからの日本も、そういう人達が労働人口としてカウントされることで成り立っていく。

だが、もし若い人が、
「自分はもっと違う人生を歩んでみたい」
「周囲を気にする生き方はまっぴらだ」
「縦横無尽に思うさま生きてみたい」
と望むなら、まず「ものの見方」をガラリと変えてみることだ。
難しいことじゃない。

「疑う余地がないと思い込んでいること」に対して、「なぜ?どうして?ホントにそれが正しいの?」と疑義をはさみ、自分に問いかけることによって新たな価値観に気づき、“目からウロコ”になるものと、これは僕がこれまで生きてきて自信をもって言えることなのである。
「打ち出の小槌」とは、おとぎ話の一寸法師などに登場する小さな槌のことだ。
欲しいものや願いごとを唱えて振ると、願いどおりのモノがあらわれてくるという「夢を叶える魔法のツール」なのだ。

「そんなものがあるのかよ」と笑うのは正しい。
常識で考えて「打ち出の小槌」は存在しない。
その通りだ。
だが、そう考えるのは結局、常識に埋没して生きていく人だ。

常識では「打ち出の小槌」は存在しないと認めながらも、
「なぜ、存在しないと言い切れるのか?」
と反常識発想をしてこそ、新たな視点を獲得することができる。

新たな視点とは、「打ち出の小槌」を自分がこの手に握っていることに気づくことだ。
「打ち出の小槌」がなんであるか一言で言えば「信用」のことなのだ。
信用という小槌を振ることで、夢も、願いごとも必ず叶うのだ。
「打ち出の小槌」は誰もが持っていながら、それに気がつく人は少なく、振り方を知る人はもっと少ないのだ。

『夢を叶える「打ち出の小槌」』青志社

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堀江氏は、「お金」は信用を誰にでもわかりやすく、便利にしたもので、信用のなかの一つの形態だという。
道具だからこそ、貯めるためではなく、お金は使うためにあり、信用を積み重ねることの方が大事だという。
また、経理で使われる、バランスシートに載らないものが、「信用」だ。
それは、「ブランド」や「のれん」、という価値だ。
個人で言うなら、その人のキャラクターやイメージ、人脈、ノウハウになる。

これを堀江氏は「心の中の打ち出の小槌」と呼んでいる。
つまり、「信用」をどんどん創造してくれる打ち出の小槌。

だからこそ、会社でも、個人でも自分のブランド力を高めなければならない。
一生涯を通じて自分のブランド価値を上げていくことが、人生である、ということも言える。
これは、SNSでの発信でも同じだ。

自分の「打ち出の小槌」に気づき、それを振ってみたい
posted by Dr.モーリィー at 07:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年12月16日

No 5407   【自分は運が強いと思えるようになるには】

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【自分は運が強いと思えるようになるには】

マーク・マイヤーズ氏の心に響く言葉より…



あなたが一生の間に受け取る幸運の総量は、自分がどれほど幸運かと考えられるかに直接結びついている。
自分には“いいこと”が日常的に起こると信じれば信じるほど、あなたはますます運の強い人間らしく行動するようになり、するとさらに多くの人があなたに協力してくれるようになるのだ。
「自分は運がいいのだ」と考えることができれば、その楽観主義はたちどころに顔に表れ、一挙手一投足が変わってくる。
もしあなたが強くそう感じていれば、会う人はそのことを感じとり、あなたの醸(かも)し出す雰囲気のために、ついあなたに協力したくなってしまう。

だが、「自分は運が強い」と思えるようになるには、特別な「感じ方」と「考え方」を身につけ、それらがすべての言動の基盤になっていなくてはならない。
そして、それらを練習して習慣化すれば、幸運を招き寄せるために欠くことのできない「直観力」と「条件反射」を発達させることができる。
私の知っている強運な人たちは、みな例外なくこの“心の態度”を生きるための原則としている。

では、どのような態度を習慣化すればいいのだろうか。
私が知り得たものを、以下に記してみよう。

1. 人を非難することで自分を“正当化しない”
自分には本当に責任がなくて、実際にほかの人のせいであるということもあるだろう。
だが、もしそうであっても、人を非難することでその問題の解決を図ろうとしていると、必ず運が落ちてしまう。
というのは、いつもそうしていることによって、しだいに自分に責任があっても正当化するようになってしまうからだ。

2. 相手の心をグッとつかむ、ほめ上手になる
善意による本心からのほめ言葉は誠実さの表れである。
本当のことを言って人の気分をよくするのが悪いはずがない。
強運な人はこれが特にうまい。
彼らのほめ言葉がいつも自然なのは、本当にそう思っているからだ。

3. 「知ったかぶりをする人」に人は力を貸してくれない
「なんでも知っている」という態度は幸運を遠ざける。
なぜかというと、人の心が遠ざかってしまうからだ。
力になってくれる可能性のある人ですら、「なんでもわかっているのなら、協力する必要はないだろう」ということになってしまう。
《何かを言いたくなったら、それを言うかわりに質問する》
《一流の人ほど『聞き方』がうまい》

4. 今現在、「自分の持っているもの」に対する感謝を忘れない
もしあなたが自分の持っているものに感謝し、「健康」や「家庭」や「自分の能力や技術」を有り難く思うことができれば、多少運の悪いことが起きたからといって苦悶したり、思うように物事が運ばないからといってあきらめることはないだろう。
反対に、「自分はなんと幸運なのだろうか」と考えることができ、さらに幸運を招くことに意識を集中できるようになるに違いない。

5. 「一緒にいて心地いい」と思わせる身だしなみを心がける
運が強く、人生が好調の波に乗っているということは、高価な服で着飾ったり、最新流行の格好をするということではない。
清潔でこざっぱりさえしていればいいのだ。
きびきびした人間に見えるということは、あなたが思うよりずっと重要だ。
最近では、職場でもカジュアルな服装が受け入れらえる傾向にあるが、いきすぎるのはよくない。
金曜日にはオフィスが日曜日の午後の自宅みたいになってしまうのでは困る。
こぎれいな格好をしただけで人の目につくことが、今ほどたやすい時代はない。

6. ライバルとの競争は、“ビジネスライク”に徹する
運の強い人たちは休まない。
もちろん休憩することはあるが、その場合でもすっかり休んでしまうのではなく、いうも新しい仕事の機会を探している。
強運な人間は「急(せ)いてはことをし損じる」ことなく、ライバルとの競争に勝つためには時間をかけている。

7. 「嫉妬心」は結局は自分の「やる気」をそぐだけ
人間の持つ感情の中で、最も自分のためにならないのは嫉妬心だ。
嫉妬心は自分自身を苦々しい思いにさせ、建設的なエネルギーを損ない、幸運と機会を遠ざけてしまう原因となる。
それに、一度嫉妬深い人間だと思われてしまったら、その後、運が強いと思われることは二度とないだろう。
なぜなら、運のよくない人間に限って他人の幸運に嫉妬深く、ケチな考えを持つからだ。

8. 「今日できないことは、明日考える」心の余裕を持つ
どんな人でも、うまくいかない時というのはあるものだ。
嫌なことは翌日に尾が引かないように、その日の貸しにしておいて先に進もう。
これは「そうしたほうがいい」という程度のことではなく、絶対にそうしなければならないことだ。
毎日起こる嫌なことをすべて心の中にため込んでいたら、頭がおかしくなってしまう。
昔から「悪い日の翌日はいい日」と決まっている。
今日解決できないことでも、一晩眠ってちょっと見方を変えたら解決した、ということはよくあるものだ。

『「運をつかむ人」16の習慣―成功する人が実行しているルール』三笠書房

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現在のパナソニックの創業者、松下幸之助氏は、人を採用する面接のときに、必ず「あなたは運がいいですか?」と質問したという有名な話がある。
「運が悪いです」と答えた人は、どんなに学歴や面接結果がよくても不採用にした。

まさに松下氏の言うことは、「自分には“いいこと”が日常的に起こると信じれば信じるほど、あなたはますます運の強い人間らしく行動するようになり、するとさらに多くの人があなたに協力してくれるようになる」ということと同じ。
運のいい人のまわりには、協力者も集まり、結果的にもっと運を引き寄せることができる。

一生の間に受け取る幸運の総量は…
「自分がどれほど幸運かと考えられるかに直接結びついている」。
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No 5406   【リンゴの木を植える】

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【リンゴの木を植える】

藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…



今年(令和元年)、日本は皇紀二千六百七十九年である。
海に囲まれた小さな島国が、さまざまな試練を経ながら高い民度と文化を備え、今日まで発展してきたのはなぜだろうか。
そこに盛衰の原理のヒントがあるように思われる。

例えば、伊勢神宮では、正殿をはじめ社殿のすべてを新たに造り替える式年遷宮が、二十年に一回行われてきた。
第一回の式年遷宮を行ったのは持統天皇。
戦国時代に中断されたことはあったが、以来千三百年、この行事は連綿と続けられている。
伊勢神宮だけではない。
全国でその地にある神社が地域の人々によって大事に護持されている。
これは世界の驚異と言っていい。

渡部昇一氏に伺った話である。
氏は若い頃、ギリシャのスニオン半島を二週間ほど旅し、ポセイドン神殿はじめ多くの遺跡を見た。
帰国後、石巻に行った印象が忘れられないという。
石巻には港を見下ろす丘に大きな神社がある。
その祭りを町を挙げて祝っていた。
海を祀(まつ)るのはギリシャも日本も同じだが、ギリシャの神ははげ山の中の遺跡と化している。
しかし、日本の神は豊かな鎮守の森に包まれて社に鎮守し、住民がこぞって祝っている。
「古代ギリシャ文化はもはや死んでしまったが、古代日本文化はいまもまさに生きているのです」

この事実は何を物語るのか。
ギリシャ神話は有名だが、神々の系譜は神話の中だけで完結、断絶し、いまに繋がっていない。
これに対して日本は、天照大神の系譜に繋がる万世一系(ばんせいいっけい)の天皇という具体的な存在を軸に、我われの先祖は目に見えないもの、人知を超えたものを畏敬し、尊崇する心を、二千年以上にわたって持ち続けてきた、ということである。
そしてこの民族の魂は今日もなお生き続けている、ということである。

目に見えないものへの畏敬、尊崇の念は、自らを律し、慎む心を育んでいく。
「心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らむ」という心的態度はこの国に住む人たちに共通した価値観となって定着した。
言い換えれば、私たちの先祖は「自反尽己(じはんじんこ)」に生きたのだ。
自反とは指を相手に向けるのではなく、自分に向ける。
すべてを自分の責任と捉え、自分の全力を尽くすことである。
そういう精神風土を保ち続けたところに、この国の繁栄の因がある。
同時に忘れてならないのが、我々の先祖が絶えず後から来る者のことを考え、遠き慮(おもんぱかり)の心を持ち続けたことだろう。

『小さな人生論5 (小さな人生論シリーズ)』致知出版社

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詩人の坂村真民さんの詩がある。(本書より)

『あとから来る者のために
田畑を耕し
種を用意しておくのだ
山を
川を
海を
きれいにしておくのだ
ああ
あとから来る者のために
苦労をし
我慢をし
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
みなそれぞれ自分にできる
なにかをしてゆくのだ』

「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」
という、ドイツの宗教改革者、マルティン・ルターの有名な言葉がある。

我々は、あとから来る者のために、自然を守り、日本の国柄、民族の魂、目に見えないものへの畏敬の念を語り継がなければならない。
そして…
あとからくる者たちのために、リンゴの木を植える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 00:02| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする