2019年11月28日

No 5391   【好きなことを、世の中に向かって発信する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【好きなことを、世の中に向かって発信する】

芸人兼ソロキャンプYouTuber、ヒロシ氏の心に響く言葉より…



僕は「ヒロシです」のネタで有名になった芸人・ヒロシである。
しかし、この本を手に取ってくれた人の多くは、「お久しぶりです」という方ばかりだろう。
というのも、僕は現在、全国区のバラエティ番組に出ることは滅多にないからだ。
芸歴でいえば、ブラックマヨネーズさんやスピードワゴンさんと同じ、年齢であれば、バナナマンの日村勇紀さんやよゐこのお二人などがいっしょだが、彼らのマスメディアでの活躍からすれば、僕のメディア登場回数は、ないにも等しい。

2004年に「ヒロシです」のネタでブレイクした僕だが、その後、自分のネタ作りに対するこだわりから「天狗になった」と周囲に誤解されたり、トーク力やリアクションを返す能力が極端にないことから、テレビ出演は徐々に減っていった。
何よりも大きな影響があったのは、幼い頃からのあがり症だ。
同じ芸人の方と肩を並べてテレビに出ることに恐怖を覚えた僕は、精神的に病んでしまい、当時所属していた事務所に自分から「テレビに出ません」と告げることになる。
以来、仕事は激減し、僕は自分が住んでいたマンションから飛び降り自殺を図る寸前まで追い込まれた。
医師から「パニック障害」と診断された。

その後は、メディアでの活動をほそぼそ続けながら、ライブに活動の軸を移したり、パンクバンドの可能性を考えたりと、試行錯誤を繰り返した。
テレビ出演をほぼしなくなり、おそらく僕のことを、多くの人は「テレビで見かけなくなった一発屋芸人」と思っているだろう。
確かに僕は有名なバラエティ番組に出ていない。
しかし、別の場所で断続的に露出を繰り返している。
それが「ヒロシちゃんねる」だ。

これは、僕が自ら、趣味であるソロキャンプ動画の撮影・編集を行い、その映像をアップするYouTubeのチャンネルだ。
つまり、僕はYouTuberとしても活動しているのである。
芸人の中にも、YouTubeで動画をアップする人はいる。
加えて、大手芸能プロダクションも所属芸人にYouTubeでの活動を促すなど、積極的に行うようになってきた。
しかし、そういった動画と僕の動画では、大きく違うところがある。

まず、僕の動画だが、他の芸人みたいにネタの披露は行われない。
つまり、動画を見ても、「ヒロシです」のネタは見られないのだ。
僕の動画は、僕の個人的な趣味であるソロキャンプ、つまり“ひとりでキャンプする様子”を僕自身が撮っているものだ。

補足説明すると、小学生時代から好きだったキャンプだが、以前は僕もグループで行っていた。
しかし、皆で肉を焼き、ワイワイ賑やかに楽しい時間を過ごすことに違和感を感じていたのだ。
僕は皆でワイワイ過ごすのがそもそも苦手なのだ。
そこで、ひとりでキャンプを始めるのだが、日が落ちた山中でひとりテントを張ってキャンプするのは、慣れるまでは結構怖い。
そのため、同じくひとりでキャンプをしたいという仲間で集い、それぞれが同じ場所で寄り添いながらも個々でソロキャンプをすることを、趣味で始めた。
その様子を記録に残そうと思って始めたのが「ヒロシちゃんねる」である。
要は後日、仲間内で見て、それをツマミにソフトドリンクを飲む(僕は酒が飲めない)ために撮ったのが、動画の主な目的だった。

加えて、自分が撮影者ということもあり、ヒロシ本人が映らない動画が多いという特徴もある。
これは幼い頃からのあがり症ということも関係している。
芸人にもかかわらず顔を出したりするのがそこまで好きではないからだ。
つまり、ソロキャンプ好きな中年独身男性が、ただその様子を取っているだけのものと思ってくれて構わない。

さらに、CMや商品PRがメインのスポンサーありきの番組でもない。
この他にも、撮影時間や演習方法などが、視聴回数が稼げるといわれるセオリーとずれているなど、ツッコミどころも満載だ。
僕の動画は、再生回数が増える仕掛けがまるで施されていないのだ。

しかし、そんな番組のチャンネル登録者数は25万人を超え、現在も少しずつだが増え続けている。
比較するならば、元SMAPの草g剛さんは85万人、ロバートの秋山さんは41万人、日本エレキテル連合さんが14万にん、バイきんぐさんが5.4万人、所ジョージさんが3.7万にん(2018年11月現在)といったところだ。

YouTubeで活動しているというと、「人気がなくなりテレビに出られなくなったからだろう?」といわれる。
しかし前述した通り、僕はYouTubeを始める前から、そもそもテレビに出なくなっていた。
また、YouTubeの視聴回数が増えると、「芸能人だから増えたのだろう?」とも指摘されることがある。
これは「人気がなくなり」といった前の指摘と矛盾するのだが、加えていうならば、お笑いネタを披露しないばかりか、ヒロシ本人がそもそもあまり映っていない。
芸能人の特権を使えていないのだ。

それに、芸能人のYouTubeのチャンネル登録者や視聴回数は、素人からプロのYouTuberになった人のそれに比べて、圧倒的に少ない。
というのも、そもそもお茶の間を笑わす大衆性があまり求められない市場なのだ。
ただし、僕は、自らのチャンネルの登録者が芸能人の中では多い、といったくだらない自慢をしたいわけではない。
僕がいいたかったことは、2000年代中頃のブレイク全盛期、月4000万円を稼ぎ出した頃に比べれば収入は少ないが、それでも僕は、あの頃よりも気持ちよく仕事をすることができている。
大手芸能プロダクションの所属をやめ、自分で小さな会社を立ち上げ、マネージャーと2人だけでコツコツ仕事をしている。
決して自慢できるものではないが、好きなことをして、自分が満足できるお金を稼ぎ、日々を過ごしている。
しかも、収入は多少のアップダウンはあるものの、基本的に増えている。
これを書いている前月の収入は、YouTubeの広告だけで80万円だ。
僕は、ブレイクしていた頃よりも、随分幸せなのだ。

今回僕は、あるメッセージを伝えるために本を刊行する決意をした。
それは、好きなことをして生きていく、そんな“人生100年時代”の新たな働き方を提案したいということだ。
僕は、飽き性だし、不甲斐ないし、お笑いのネタを見てもわかるように、本当にネガティブだ。
何か特別な能力を持っているわけでもない。
それに、こんな性格だ。
芸能界の人脈だってご想像通り、全く持っていない。

しかし、こんな僕でも、ソロキャンプという好きなことを突き詰めたおかげで、今では、それが仕事の中心になっている。
しかも、今の僕のお客さんは芸人の僕に興味があるというよりも、キャンプというコンテンツに興味がある人たちだ。
芸人・ヒロシのファンとは、かなり離れた客層になるだろう。
僕からいえることは、つまりこういうことだ。

こんな僕でもできたんだから、あなただってできる。
現時点で有名である必要はない。
何か特別の能力や資格が必要なわけでもない。
つまり、全くゼロからのスタートでいい。
やることは、あなたの好きなこと、それを自分の中から見つけ出し、極めることだ。
そして、その好きなことを、世の中に向かって発信することだ。

『働き方1.9 君も好きなことだけして生きていける』講談社

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堀江貴文氏のこんな言葉がある。(好きなことだけで生きていく/ポプラ新書)より

『既存のレールに乗って生きていくことは、これからの時代、通用しなくなる。
僕が言う1%の人にならなければ、本当の意味で仕事に没頭することはできなくなる。
あらゆる分野において皆さんの想像以上のスピードでテクノロジーが発達しAIが進み、これまで普通にあった職業がなくなる。
稼げなくなる。
与えられた仕事だけこなしていれば安泰の時代はもうすぐ終わる。
そんなことはありえないと思っているあなたが一番危険だ。
自分から動き、何かを見つけ、仕事を生みだしていかなければならない。
そうしないと人生を楽しむことができなくなるということをわかってほしい。』

仕事でも、個人として生きていくにも、「他と違う」という希少性は大事だ。
デジタル社会になればなるほど、「他にはない」生き方や、考え方、商品、で稼いでいける可能性がある。
なぜなら、大多数という万人にうける必要はないからだ。
一部の熱狂的ファン、マニアに好かれればいい。

ネット社会になると、一部のマニアといっても、世界を相手にすればかなりの数が集まる。
まさに、ランチェスター戦略でいうところの限定市場(狭い市場・ニッチな市場)の中でトップを目指すことだ。
特に、フリーランスや個人事業主にはこの戦略は有効だ。
これをランチェスターでは「弱者の戦略」という。

好きなことを、世の中に向かって継続的に発信してみたい
posted by Dr.モーリィー at 23:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

No 5390   【YouTuberになろう!】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【YouTuberになろう!】

えらいてんちょう氏の心に響く言葉より…


質問:《40歳未婚男性、フリーター、年収は200万円程度です。結婚できるでしょうか。》
答え:(えらいてんちょう)
年齢と職業、年収しか書かれていないので見た目などの情報はわかりませんが、これから爆発的に何か稼げるようになるという目処もないとなると、普通に考えればなかなか難しいところです。
ただ、それでも結婚したいとすれば「かわいがられるおじさん」になる、という手があります。
私の知り合いに、50歳独身無職、貯金食いつぶしYouTuberというおじさんがいます。
動画で何をアップしているかというととくに何も変わったことはしておらず、ただの日常生活です。
動画を上げるたびに少しずつ貯金が減っていきますが、「贅沢はやめられん」などと言って何だか美味しいものを食べたりして、「また減った」と言ってます。

1000万以上あった貯金が、ついに2019年の3月末で100万を切りました。
私もYouTuberとして活動しており、日々どうやって面白い動画を作ろうか頭を悩ませているのですが、ただおじさんの貯金が減っていくだけで面白いのは正直ズルいです。
このおじさんなのですが、徐々に人気が出るにしたがってモテ始めているんですよね。
普通の20代の女性に「かわいい」なんて言われています。

私は彼に見習うべきところが多々あると思います。
まず、自宅の動画をアップするということはお客さんの目が入りますので、身なりや部屋の綺麗さなどにも気を遣うようになります。
芸能人でも、出たての頃はモサッとしていた人が、売れるにしたがってスターにふさわしい見た目になっていく、なんてことは多々ありますよね。
人に見られるということはそれぐらい効果があるのです。

さらに、彼のことを面白がって見ている人は、恋愛感情かどうかは別としても、少なくとも好意を持ってくれているわけですよね、嫌な人は見ないですから。
このおじさんが若い女性といきなり会っても箸にも棒にも引っかからないでしょうが、そうやって日常生活を見てもらい続けていると、スペックだけではなく内面を見てくれる相手が現れる可能性があります。
これが結婚相談所だとそんなことは起こらないですよね。

私はYouTubeに動画をアップする利点は、それが「共同消費可能」な点にあると思っています。
たとえば、ひとりの男性がどれだけ多くの女性にアプローチしようと考えても、1日にそんなに何人もとは会えませんよね。
遠方に住んでいる人もいるかもしれません。
そして、全員に同じ情報量を提供することも難しい。

ところが、動画だと何百人何千人が同じ内容の動画を見てくれるわけです。
必然的にリーチが広がります。
自分が寝ている間でも、世界中のどこかから動画を見てもらえる可能性があるわけです。
あとは、あなたの魅力が誰かに発見されればよいだけです。

タレントの伊集院光さんは、知性に溢れ、ラジオパーソナリティとしても絶大な人気を誇る方ですが、いわゆる美形、イケメンかというとちょっとタイプが違いますよね。
しかし伊集院さんが20代の頃に結婚されて、現在でも仲睦まじい奥様は、元アイドルのとてもお綺麗な方です。
これについて伊集院さんは深夜ラジオで「マニアはいるから諦めるな」と説明されていたそうです。
ありがたいことに結婚相手というのはひとりいればよいのです。
アイドルは10000人にモテる必要があるかもしれませんが、あなたがアイドルでないのであればひとりのマニアを探しましょう。
そして、ひとりのマニアを探すために、できるだけ多くの異性にあなたのことを見つけてもらいましょう。

ちなみに伊集院さんは「絶対に浮気はしない」と公言しておられまして、その理由は「せっかく自分のことを好きになってくれる人が現れたのに、自分からその幸運を投げ捨てるようなリスクは背負いたくない」からだそうです。
これもまた素敵な姿勢ですね。

『しょぼ婚のすすめ 恋人と結婚してはいけません! (しょぼい自己啓発シリーズ)』KKベストセラーズ

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これは、結婚のことだけではなく、ビジネスでも応用できる話だ。
ビジネスにおいても、万人に好かれる必要はない。
一部の熱狂的なファンがいれば成立する。
しかも、10年や20年前ならそうはいかなかったが、現在はネットで全世界に広める手段が誰でも手に入れることができる時代だ。
そして、それは年齢を問わない。
やった者勝ちの世界だ。

いつの時代も、観客席に座って、「見ているだけ」「批判しているだけ」「それは、無理だと足を引っ張るだけ」、の人たちは何一つ手に入れることはできない。
なぜなら、この地球は「行動によって評価される星」だから。
どんな手段でもいい、自分の目的に向かってまず行動してみること。
その手段は無限にある。

だからこそ、あきらめることはない…
「打つ手は無限」という言葉を胸に刻みたい
posted by Dr.モーリィー at 06:58| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

No 5389   【一緒にいると元気をもらえるのは誰だろう】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【一緒にいると元気をもらえるのは誰だろう】

スティーヴ・チャンドラー氏の心に響く言葉より…



身近な友人や家族の中には、「自分を変えたい」「人生を変えたい」という、あなたの気持ちを理解しようとしない人がいることがある。
そういう人たちとの付き合いは要注意だ。
彼らが、あなたの変化を嫌がるのは、やる気を持って人生に取り組む他人を見ると、自分自身が責められている気分になるからだ。
だから、あの手この手で、今のままのあなたに引きずりもどそうとする。

人は誰でも、身近な人から影響を受ける。
悲観的な人たちと付き合っていると、あなたもそうなる。
やる気にあふれた幸せな人生を目指すあなたを応援してくれる人と一緒にいるなら、それだけで幸せで力強い1歩を踏みだしたことになる。

会社でも、休憩スペースのコーヒーマシンあたりを定位置に、噂話ばかりしているグループに近寄っていってはいけない。
話し相手が彼らしかいなくても、そんな会話に参加してはいけない。
エネルギーレベルが下がり、悲観的な思考になってしまうからだ。

あなたが一緒にいると元気をもらえるのは誰だろう。
逆に元気を奪われてしまう人は?
一緒にいる人を意識して選ぶのは、悪いことではない。

アンドルー・ワイルも、こう言っている。
《一緒にいると、幸せで前向きな気分になる人のリストをつくる。そして今週末一緒に過ごす人を、リストの中から1人選ぼう。》

悲観的な人と話していると、世の中には夢も希望もないという気分になる。
会話が重苦しい雰囲気になり、がんばっても無駄だという運命論的な気分に支配されてしまう。
そうなると、やる気も、新しいアイデアも、斬新なユーモアも出てこない。

人生への情熱は、周りの人に伝染する。
だから前向きな人と一緒にいると、いつでも人生の可能性がたくさん見えてくるはずだ。

キルケゴールはこんな言葉を残している。
《もし私が何かを望むとしたら、富や権力ではなく、可能性を望むだろう。
永遠の若さと情熱にあふれ、
人生に可能性を見ることのできる目を望むだろう。
快楽には失望させられるが、可能性には絶対に失望させられない。》

『自分を変える89の方法』ディスカヴァー

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誰かのチャレンジを「バカにしたり」、「批判したり」、「それは無理だよ」と言ったりして、結果的に阻止しようとする人は、誰かの成功を「賞賛」せず、それを「こき下ろした」り、「非難」するのと同じだ。
そのもとにあるのは「嫉妬心」だったり、自分より人が先に進んでしまうことへの「恐れ」だったりする。
人のチャレンジや成功を、素直に賞賛したり、一緒に喜べる人は「自己肯定感」の高い人だ。

自己肯定感の高い人は、すべてのことをポジティブに捉えることができる。
そして、人生に肯定的な人は、人の喜びもわがことのように考えることができる。
また、他人と比較しないので、マイペースを貫くことができ、精神的に安定している。

一緒にいると元気をもらえる人と日々過ごしたい
posted by Dr.モーリィー at 07:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月25日

No 5387   【自己肯定感で人生が決まる】

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【自己肯定感で人生が決まる】

精神科医・禅僧、川野泰周氏の心に響く言葉より…



現代が悩み多き時代だということに異を唱える人はいないでしょう。
誰もが少なからず悩みを抱えています。
仕事、人間関係、育児、恋愛、学業…。
悩みの種類もその深さもさまざまだと思いますが、ほとんどすべての悩みをもたらす原因の根底にあるのは一つのことだ、と私は考えています。
その一つのこととは、何か。

自己肯定感です。
文字どおり、自分を肯定する感覚、自分を受け容れる意識です。
この自己肯定感が高いか、低いかによって、悩んだとしても、それを乗り越えていくことができたり、逆に悩みにがんじがらめになってしまったり、という差が生まれるのです。

「コップに半分水が入っていたとして、それを『まだ半分も残っている』と思うか、それとも『もう半分しかない』と思うか」というたとえ話があります。
これは人生における、あらゆる出来事に対するとらえ方に関連した話で、自己肯定感がそのときの心の反応を決める大きなカギとなります。
たとえば、仕事が思うようにいかなかった…この結果が同じものであっても、両者の「受け止め方」はまったく違ったものになります。

自己肯定感が高い人は、こう受け止めます。
「大満足というレベルではないけれど…自分としては精いっぱいやった。次はもっと頑張れそうだ。うまくやれるだろう」
一方、そうでない人は、
「とても満足できる結果じゃない。なぜできなかったんだ。なんでもっと頑張れなかったんだ。まったく情けない!」
という受け止め方をします。
自分を責めて、悩んでしまうわけです。
そして、次の仕事に関しても、“失敗”のイメージばかり描きがちになります。
そんなイメージで取り組んだ仕事は、やはりいい結果は出にくくなります。
それでますます悩みは深まるばかりとなるのです。

人間関係でも、自己肯定感の高い人は、うまくいかない相手に対して、こんなふうに受け止めることができます。
「ちょっとソリが合わないけれど、自分は誠意をもって相手に接している。それでいいじゃないか」
ところが、自己肯定感が不足していると、なかなかこのようには受け止めることができません。
「ギクシャクしてしまうのは、自分に問題があるからだ。どうしたら、相手に受け容れてもらえるのか。わからない。いったいどうすればいいんだろう…」
やはり、自分を責めてしまいます。
これでは、人間関係の悩みに翻弄されることになってしまうでしょう。

このことは、一時が万事で、家庭内でも、恋愛でも、あらゆる出来事についてこうした対照的な受け止め方になるわけですから、「人生」という長いスパンで見れば、その差は大きなものになります。
自己肯定感が高い人が充実感を持って人生を紡(つむ)いでいくのに対して、そうでない人は、いつもくよくよと悩みがちで、いつも不安を抱えがちで、場合によっては心を病んでしまう、といったことにもなりかねないのです。
仕事、人間関係、育児、恋愛、学業…努力や環境、才能より先に来る大事なもの。
それが自己肯定感です。
自己肯定感で人生が決まってしまう…。
そんなふうにいっても、けっして過言ではありません。

『人生がうまくいく人の自己肯定感: 努力より、環境より、才能より大事なもの (単行本)』三笠書房

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自己肯定感の高め方とは…(本書より)

◆「減点法」では、いつまでも自分を好きになれない。
◆自分に無理させない人
◆過去にいつまでも心を注がない
◆「やるべきことをやった」という思いを積み重ねる
◆自分に「ない」ものをあれこれ探し回らない
◆“美意識”を養うことは、大きな力になる
◆「見返り」を求めなければ、すべてが好転する
◆できるだけ、いい人と、いい時間をともに過ごす
◆自己肯定感をマヒさせる、「群れ」の心理
◆「ワクワクする感覚」を何より大切にする
◆「小さな成功体験」を積み重ねていこう
◆うれしかった言葉を思い出す
◆好奇心を広げ「心の門」を開く
◆小欲知足

この中の、『自分に「ない」ものをあれこれ探し回らない』は、自分のよいところを探すということ。
多くの人は自分と他人を比較してしまい、みじめになったり、嫉妬したり、劣等感を感じてしまったりする。
自分にないものを相手に見てしまうからだ。
「無いものを数えるのではなく、あるものを数える」

よりよい人生を生きるため、自己肯定感を高めたい
posted by Dr.モーリィー at 07:14| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月24日

No 5386   【稼げる人になるために】

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【稼げる人になるために】

成毛眞氏の心に響く言葉より…


稼げる人の指標となるものがある。
それは、セロトニントランスポーター遺伝子がLL型であることだ。
セロトニンとは脳内で働く神経伝達物質の一つで、感情や気分のコントロール、精神の安定にかかわる。
そのセロトニンを運ぶ、たんぱく質がセロトニントランスポーターだ。
LL型の人はセロトニントランスポーターの数が多く、SS型の人は少ない。

よくある話だが、コップのなかに水が半分あるときに「まだ半分ある」と思うか、「もう半分しかない」と思うかでタイプ分けできる。
LL型の人は「まだ半分ある」と思い、楽観的に物事を考え、リスクに対する感覚が鈍い。
起業家や成功者に多いタイプだ。

SS型の人は「もう半分しかない」と考え、不安を感じやすく、緊張しやすい。
LとSどちらも持っているミックスの人もいて、リスクに対する感じ方はちょうど中程度である。

日本人にはSS型が際立って多い。
これは、災害が多い国だったからと考えられている。
日本の陸地面積は世界の0.25%しかないが、世界の災害被害総額のうち、日本の割合は20%を占めるというデータがある。
まさに災害大国だ。
そんなリスクのある国で、楽観的すぎると災害が起きたときに生き残れなかったのだろう。

日本人のLL型の割合は3%、SS型の割合は65%だ。
ちなみに、アメリカ人のLL型の割合は32%、SS型は18%である。
最もSS型の割合が少ないのは、南アフリカで、アフリカの人は、不安を感じない人が多い。

『金のなる人 お金をどんどん働かせ資産を増やす生き方』ポプラ新書

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セラトニントランスポーター遺伝子が少ないと、悲観的、不安症、保守的、心配性、臆病、投資を躊躇する、公務員や大企業志向、ベンチャーではなく安定した仕事を求める、等々のリスクを取らずに安定を求めるような資質となるという。
ストレスに弱い資質ということも言える。
いわゆる「引きこもり」は世界の中で、日本と韓国にしか存在しないということと、起業家が少ないのもこれと関係があるかもしれない。

しかしながら、人の性格を決める要素としては、遺伝子は三分の一で、残りの三分の二はそれ以外の項目が関係しているという。
だから、確かに遺伝子は重要な要素ではあるが、後天的な努力で人生はいくらでも変えることができるということだ。
「宿命」と「運命」の関係とも似ている。
「宿命」は変えられないが、「運命」は自分の力でどうとでも変えていける。

「稼げる人になるために」
常に楽観的ではあるが、楽観に流されず…
自ら人生を切り拓(ひら)き、チャレンジを恐れない人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 13:04| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5384   【神様はどういう人が好きか】

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【神様はどういう人が好きか】

天才コピーライター、ひすいこたろう氏の心に響く言葉より…



《僕の義務は猛烈に楽しむことだ。》(オスカー・ワイルド/詩人・作家)

「神様は、どういう人が好きだと思いますか?」
ある有名な神社の神官さんの講演で、そんな問いが投げかけられました。
神様は、どういう人が好きなんだろう?
きれい好きな人?
誰にでも優しくできる人?
あれこれ考えていると、その神官さんは言いました。

「神様は、面白い人が好きなんです」
意外な言葉に驚きました。
なぜ神様は、面白い人が好きなのか。

それは、「古事記」の岩戸隠れの神話に答えがあります。
スサノオという神様がやんちゃをしたせいで、太陽の神様であるアマテラスが岩のほら穴に引きこもってしまい、この世界が闇に覆われてしまったという「岩戸隠れの神話」。
すねてしまったアマテラスは、何をやってもほら穴から出てきてくれません。
困った神様たちは、なんと岩戸の前で楽しく踊り、お祭りをし始めた。
すると、その楽しそうな笑い声につられて、絶対に出てこなかったアマテラスが岩戸から顔を出したのです。

その瞬間、みなの顔(面)がいっせいに光で白くなりました。
それが「面白い」の語源に。
さらにそのとき、神々は手(た)を伸ばして(のし)、喜びを表現しました。
それが「たのしい」の語源になった。

光が閉ざされ世界が闇夜(やみよ)になったときに、日本人は、踊り、楽しむなかで、光を取り戻しました。
だから、神様は面白い人が好き。
そう神様は、楽しんでいるあなたを見るのが好きなんです。

親が子を想う気持ちと一緒。
どんな状況であろうと、僕らのたったひとつの義務は、面白がることです。

『3秒でハッピーになる 超名言100』ディスカヴァー

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本書の中にこんな話があった。
『世界各国の宗教の代表者が集う宗教会議で、ある社会哲学者が、日本の神道の宮司さんに質問をした。
「私はたくさんの儀式に参加したし、神社も見学させていただいたが、そのイデオロギーがどうにもわからない。あなたがたがどういう神学をもっておられるのか理解できないのです」
要はニッポンの神は理解できんと。
答えはこうでした。
「イデオロギーなどないと思います。私どもに神学はありません。私たちは踊るのです」
ニッポンは神も踊る。
人もまた踊るのです。』

小林正観さんはこんなことを書いている。
「神様は、面白がる人には、どんどん面白いこと、
楽しがる人には、どんどん楽しいことが、
幸せがる人には、どんどん幸せなことを、くださるみたいなのです。
さらに、さらに重要なこと。
感謝する人には、感謝したくなるような現象を、次々に降らせるみたいだ。
愚痴をいう人には、愚痴をいいたくなるような現象を、次々に降らせるみたいだ。
その人が“好きで言い続けている言葉”をもっともっと言いたくなるように、現象をセットしてくださるようなのです」《神さまに好かれる話・三笠書房》

どんな些細なことでも、そこに面白さや楽しさを見出す人は、一緒にいて面白いし、楽しい。
だから、面白がる人には、面白い人がどんどん集まってくる。
反対に、いつも不機嫌で、ニコリともしない人のまわりには、不機嫌でつまらない人しか集まらない。

どんなときも、面白がって、楽しがる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:32| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月23日

No 5383  【上級国民と下級国民】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【上級国民と下級国民】

橘玲氏の心に響く言葉より…


現代社会で生起するあらゆる現象の根源にあるのは産業革命から始まった「知識社会化」です。
知識社会における経済格差とは、「知能の格差」の別の名前でした。
だとすれば、知能のちがいが人生に影響しなくなれば「知識社会」は終わり、知能格差によって引き起こされる「上級/下級」の分断もなくなることになります。

狩猟採集社会では足の速いひとが圧倒的に有利だったかもしれませんが、現在はウサイン・ボルトくらいしか富と名声を手にできません。
なぜなら車、電車、飛行機のようなテクノロジーによって足が速いか遅いかを誰も気にしなくなったからです。
高度化した知識社会では、テクノロジーの性能が人間の平均的な適応力を越えてしまうため、高い知能を持つ一部のひとたちにしか理解できなくなってしまいます。
そして、ごく一部の「特権階級」に富が集中することになります。
しかし、テクノロジーの指数関数的な性能向上でAIが人間の知能をはるかに上回るようになったとしたらどうでしょう。

そこまでいけば、もはやどんな人間もテクノロジーを理解できなくなり、機械(AIロボット)は勝手に「進化」していきます。
そうなれば「技術」と「魔術」の区別はつかなくなり、知能は意味を失って知識社会は終わることになります。

また、知識社会化・リベラル化・グローバル化の巨大な潮流のなかで、現代世界は、国や歴史・文化、宗教などのちがいにかかわらず、ますますよく似てきました。
なぜなら、すべてのひとが同じ目標…よりゆたかに、より自分らしく、より自由に、より幸福に…を共有しているからです。

「後期近代」になって人類史にはじめて登場したこの価値観は、今後ますます強まって私たちの生活や人生を支配することになるでしょう。
その結果、欧米や日本などの先進国を中心に、社会の主流層(マジョリティ)が「上級」と「下級」に分断される現象が起こるようになりました。
アメリカではグローバル化にともなって白人中流層が崩壊し、日本では1990年代後半からの「就職氷河期」によって若い男性の雇用が破壊され、中高年のひきこもり(8050問題)が深刻化するなど、国によって「分断」の現れ方は異なりますが、その行きつくところは同じです。

このような未来をどのように生き延びていけばいいのか。
すべてのひとに向けた万能の処方箋はありませんが、今後のトレンドは大きく2つに分かれていくでしょう。
ひとつは、高度化する知識社会に最適化した人的資本を形成する戦略。
エンジニアやデータサイエンティストなどの専門職はいまやアスリートと同じになり、10代で才能を見出され、シリコンバレーのIT企業などに高給で採用され、20代か遅くとも30代前半までに一生生きていけるだけの富を獲得するのが当然とされるようになりました。
こうした生き方をするには、大学でのんびり一般教養を学んでいる暇はありません。
いまは高度なプログラミング技術を教え、「ナノディグリー」という学位を発行するオンライン大学出身の人材がテック業界で争奪戦になっています。

もうひとつは、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどで多くのフォロワーを集め、その「評判資本」をマネタイズしていく戦略で、SNSのインフルエンサーやユーチューバーなどがその典型です。
高度化する知識社会では、テクノロジーが提供するプラットフォームを利用して、会社組織に所属することなくフリーエージェントとして自由な働き方をすることが可能となりました。
もちろん、年収数千万円のエンジニアも、有名ブロガーやユーチューバーもごく一部でしょう。
しかし、私たちが生きている「とてつもなくゆたかな社会」では、「最先端の技術を理解してわかりやすく説明する」「新商品やサービスなど新しい情報をSNSで発信する」といったスキルでも、それなりの(あるいはひとなみ以上の)収入を得られるようになるでしょう。
「知識経済」と「評判経済」は一体となって進化し、地球を覆う巨大な経済圏を形成しつつあるのです。

そうはいっても、この潮流からこぼれ落ちてしまうひとたちが生まれることは避けられません。
民主政治では、有権者の創意≒ポピュリズムでこの問題に対処する以外ありません。
それはユートピアなのか、ディストピアなのか、私たちはこれからの「近代の行きつく果て」を目にすることになるのです。

『上級国民/下級国民 (小学館新書)』小学館新書

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橘玲氏は「上級国民/下級国民」について本書の中でこう述べている。

『「上級国民」は「エリート」や「セレブ」「上層(上級)階級」とはニュアンスが異なるということです。
現代社会では、「エリート」や「セレブ」は「努力して実現する目標」です。
それに対して「上級国民/下級国民」は、個人の努力がなんの役にも立たない冷酷な自然法則のようなものとしてとらえられているというのです。
いったん「下級国民」に落ちてしまえば、「下級国民」として老い、死んでいくしかない。
幸福な人生を手に入れられるのは「上級国民」だけだ…。
これが、現代日本社会を生きる多くのひとたちの本音だというのです。
そして、 「上級国民/下級国民」が「モテ/非モテ」につながることです。
「モテ/非モテ」 はやはりネット上で広く流通するスラングで、現代社会の若い男性は「モテ(リア充)」と「非モテ(リア終)」に分断されているのだといいます。
なぜここで性愛(モテ)が出てくるかというと、ゆたかな社会における幸福とは、究極的には、愛情空間が満たされることだからです。
「上級国民」とは「モテる(持てる)者」であり、「下級国民」はモテない(持たざる)者」なのです。』

「知識革命」が進み、ますます「知識」による格差が目立ってきた。
20代の大成功者が続々と生まれる一方で、結婚できない(パートナーがいない)若者が年々増えている。
モテる(持てる)者と、モテない(持てない)者との格差だ。

リア充(じゅう)とは、リアル(現実)の生活が充実している人を指すネットスラングだ。
その対義語が「リア終(じゅう)」で、ネット上やゲーム上では楽しそうに振舞っていても、リアル(現実)の世界が終わっている人のことで、非モテでもある。

知識社会がますます進む現代…
上級国民と下級国民の本質を理解したい
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2019年11月22日

No 5382   【ママに笑ってもらいたかったから】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ママに笑ってもらいたかったから】

小林正観さんの心に響く言葉より…



私はこの40年間で、3歳児の子どもたち24人に会って話を聞いてきました。
子どもたちのなかには、この世に生まれてくる前のこと、生まれてきたときのこと、そしてなぜ生まれてきたかという理由まで、はっきりと覚えている子がいます。
私の講演会に来てくださった親御さんからそんな子供の話を聞いたとき、次の日におうちを訪ねてその子どもに会って話を聞いた。
その人数が24人だったのです。
そうした子どもたちが話すことには、明らかに1つの共通点がありました。

「生まれてくる前に、雲の上から下界を見下ろしたら、さびしそうにしている女の人が見えた」
「その女の人は、男の人にいじめられたり、年をとった別の女の人にいじわるをされていた」
「この女の人の話し相手になりたい、励ましたい、なぐさめたいと思ったら、気がついたら、その人のお腹の中に入っていた」
「いつも楽しそうな女の人が見えたので、一緒におしゃべりをしたいと思ったとたん、お腹の中に入っていた」

子どもたちは生まれる前に雲の上からお母さんの姿を見ていたのです。
場面や表現はそれぞれ違いますが、さびしそうにしているお母さん、旦那さんやお姑さんにいじめられているお母さん、いつも楽しそうにしているお母さんなどの姿を見て、励ましたい、話がしたい、一緒にいたいと思ったとたんに生まれてきたと、子どもたちは語ってくれたのです。

ここでも、子どもたちの話に出てくるのはいつもお母さんばかりです。
お父さんはほとんど出てきません。
出てきたとしても、お母さんをいじめたり困らせたりしているシーンばかりです。
この話からも、子どもはお母さんの感情の影響は受けても、お父さんの感情の影響は受けないことがわかります。
私の講演を聞いた人で、1年で30人の子どもを訪ねて話を聞いてまわった人がいましたが、その内容もほぼ同じでした。

親子の関係というものは、じつは子どもがこの世に生まれる前から決められている。
しかも、お母さんを励ましたり、話し相手になったり、一緒に楽しみたいと思って生まれてくる。
そういうことがわかると、お母さんは、イライラしたり、ガミガミ怒鳴ったりすることはできなくなるはずです。

私が話を聞いた24人の子どもたちもみんな、お母さんととても仲がよかった。
いがみ合ったり言い争いをしたりしている親子は1組もいませんでした。
お母さんが子どもに、生まれてきてくれたことへの感謝の思いをもっているからでしょう。
頭ごなしに怒鳴ったり、命令したりすることはいっさいありません。

親子とはこうあるべきだ、子どもはこう育てるべきだ、という観念論とは違います。
子どもが自分を元気づけるために、自分のもとに来ることを決めて生まれてきたのだということがわかったら、怒鳴ったり、怒ったり、イライラしたりなど、自然にできなくなってくるということです。
そのことがわかったら、さらに子どもの延長上には夫がいることがわかります。
夫もまた、一緒にいまの家庭を築くようにと決めて、生まれてきたのです。

一方、夫のほうも、自分はこの妻を支えるようにと運命を決めて生まれてきたのだと知れば、夫婦でいがみ合ったり、ケンカをしたりすることもなくなるでしょう。
同じように、その延長上に親族、友人、知人、ほかに縁のあった人たちもみな、つながっているのがわかります。
そこから、人間どうしのつきあい方も見えてきます。
もとからつながりがあって出会ったのだとわかれば、人間どうしの接し方、おつきあいの仕方もわかってくるでしょう。

『人生は4つの「おつきあい」 (サンマーク文庫)』

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産婦人科医の池川明氏は「体内記憶」の日本の第一人者だ。
たくさんの著作があるが、その中に…
『私は産科医として、母子の心身に健やかなお産を模索するうち、子どもたちに「胎内記憶」(子宮にいたときの記憶)があることに気づきました。
私の調査によると、小さな子の約2割に、胎内記憶があります。
さらにその前の記憶、つまりお母さんに宿る前のことを覚えている、というお子さんもいます。
子どもたちは、「雲の上のようなところでのんびり過ごし、どのお母さんのもとに生まれるか、自分で決めて生まれてきた」と語ることが多いのです』 《神さまがくれたひとすじの道》(サンマーク出版) より

『生まれる前の記憶を調査するうち、私は不思議な「記憶」と出会うようになりました。胎内記憶、誕生記憶にとどまらず、「お母さんのおなかに宿る前」について語る子供がいるのです。
幼い子どものファンタジーと思われるかたもいるかもしれません。
ところが、不思議なことに、子どもたちが語る世界は、細かい部分は違っていても、いくつかの共通するイメージがあるのです。
おなかに宿る前は、「雲の上」のような、ふわふわとして安らぎに満ちた世界で、自分と同じような子どもと一緒にいたこと。
天使や神さまのような存在に、優しく見守られていたこと。
そして、自分の意思で生まれることを決め、お母さんを選んで、この世にやって来たということ、などです。
たとえば、子どもたちはこんなことを語っています。
「雲の上には、数えきれないくらい赤ちゃんがいっぱいいて、天使みたいに羽がついているの。リーダーみたいな天使がいて、その人は赤ちゃんにはならない天使で、『お母さんを選んでいい』って教えてくれるの」
「お空から見ていて、あの人がいいなと思ったら、おなかに入るんだよ。ママはベランダにいたから、飛んできて入ったよ」
「優しそうなお母さんを見つけて、おじさんに『あの家がいい』と言った。それで生まれてきたんだよ」
「空の上から、弟と一緒にお母さんを見ていたよ。ぼくが『先に行くね』と言って、生まれてきたの」。

子どもたちがお母さんを選ぶ理由は、それぞれ異なります。
「優しいお母さん」「かわいいお母さん」が人気ですが、「寂しそうなお母さん」「泣いているお母さん」を選ぶ子どももいます。
そういう子どもたちは、「ぼくが来たら、ママはさみしくないかなと思ったの」「ママに笑ってもらいたかったから」と、語っています。』 《子どもはあなたに大切なことを伝えるために生まれてきた。》 (青春出版社)より

体内記憶の世界では、父親の本来の役割は、重要な任務を帯びている妻を支えるため、手助けするためにこの世に生を受けたという。
平塚らいてうが言う「元始、女性は太陽であった」という言葉がある。
まさに、アマテラス神話を持ち出すまでもなく、女性はかつて太陽神であった。

子どもがこの世に生まれてきた理由…
それが、
「ママに笑ってもらいたかったから」
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2019年11月21日

No 5381   【神様に好かれるように生きる】

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【神様に好かれるように生きる】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


昔はね、優れたテクニックさえ持っていればうまくいった時代があるんです。
特殊能力があるとか、うんと勉強ができる人とかね。
いい大学を出ていれば、人への愛があろうがなかろうが、出世もできたんだよ。
ところが、今はそれができないの。

傲慢なことをしていたら、部下が言うことを聞かなくなるし、会社に人が入ってこなくなるし、入ってもみんな辞めちゃう。
下の人間も強くなっているんだね。
いい時代だよ。

昔は画家やなんかでもエキセントリックな人がいたんだけど、いい絵が描ければそれでよかったんです。
ところが今は、あまりおかしな人の絵は売れないよ。
今はその人の作品だけじゃなくて、人間性も求められる時代。
それだけ、ゆとりができたということだね。
頭さえよければいいとか、何か一芸があればいいとかって、特殊な能力を持っていればワガママが通じるような時代じゃないんです。
特殊能力を持っていても、おかしいやつはおかしいって言われる時代なんだ。

役者やミュージシャンだって、最近は麻薬やなんかで逮捕されると、どれほど才能があってもなかなか表舞台には戻れないよね。
今はモラルが上がってきたんです。
自由にしていいことと、踏み外しちゃいけないことがある。

人をいじめるとか、嫌われることをして好かれることはできないんだよね。
世の中が、まともになってきたの。
みんな、豊かになったんです。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉があって、人は生活が豊かになり、余裕ができて初めて、礼儀や節度に気を配ることができるという意味なんだけど。
今は食べ物が余るほどあるし、着る服だっていくらでも手に入る時代になった。
そうなると、次に人々が求めるのは「魂力(たましいりょく)」なんです。
強ければいいとか、頭さえよければいいっていうのは、そうでなきゃ食べるのに苦労した時代のことだよ。
豊かになったんだよ。
21世紀は、心の豊かさの時代なの。

『斎藤一人 師匠は神様 (逆境に神風を吹かすスゴイ教え)』マキノ出版

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斎藤一人さんは、「神様に好かれるように生きてごらん。だったら、奇跡なんて簡単に起こるよ」という。
それは、「神様に喜ばれるように生きる」ということでもある。

どんなに一芸に秀でていようと、素晴らしい学校を出ていて頭がよかろうと、人柄や、人格に問題があったら、現代では活躍できない。
それは、ネットの広がりも関係している。
SNSの発達により、その人の日頃の「発言」や「人となり」あるいは、「ストーリー」が事細かに拡散するからだ。

人は、どんな物事も、最後は好き嫌いで判断する。
好き嫌いは、大きなことではなく、ほんの些細なことで決まる。
まさに、「お天道さまが見ている」という時代になった。

では、好かれるためにはどうしたらよいのか。
それが、「神様に好かれるように生きる」ということ。

もし、神様がいたとしたら、どんなことをしたら喜んでくれるか、どんなことをしたら好かれるか、を考えて行動する。
神様に好かれるよう、魂を磨きたい
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2019年11月19日

No 5380   【だめなら逃げてみる】

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【だめなら逃げてみる】

漫画原作者、小池一夫氏の心に響く言葉より…



◆「自分の身は自分で守る」と常に意識していないと、物事が悪いほうに進んでいても鈍感になりがちだ。
誰かがどうにかしてくれるだろうという甘い考えは捨てるべき。
誰かの「大丈夫」にすがりたくなるけれど、自分の身を守れるのは自分しかいない。
結局は、自分自身を信じるしかない。

◆人生がつらくなる最も大きな原因の一つが「自信をなくすこと」だ。
自信をなくしている自分は脆(もろ)く弱い。
なんにでも傷つき、さらに自信を失う。
だから、あなたの周りで、あなたの自信をなくそうとする人がいたら、今すぐに距離を置くのだ。
自分の言いなりにしたいか、潰そうとしているかのどっちかだから。

◆悪意を向けて来る人は無視していいんだよ。
嫌な思いをしたり傷ついたりしたら、正に相手の思うつぼ。
これは、過去のことも同じ。
過去のことで今苦しんでいたら、今の自分がもったいない。
悪意のある人に、やさしいあなたが負けるはずがない。
悪意のある人は自分自身も悪意に毒されて苦しんでいる人だから。

◆「一緒にいるべきではない人」は、人生に確実にいる。
一緒にいてその時は楽しくても、あとから考えてみると、自分がしんどかったり、損ばかりしたり。
後味の悪い人には近づかないに限る。
近づかなければ係わらずに済む。
たとえその人が肉親であれ、近しい人であれ、心の距離感・態度の距離感をとるのだ。

◆そして、「一緒にいるべきではなかった人」から離れたあとは、その人の悪口を言わないこと。
それはまだ、その人に拘泥(こうでい)している証拠だし、その人と同じレベルにまだいるということだから。

◆色々な執着を捨てて、潔い人になりたいと思う。
潔い人であると決めたら、余計な心配のタネが消えて気持ちがスッと軽くなる。
あきらめることとは違う。
ただ、潔くあろうと思う。

『だめなら逃げてみる: 自分を休める225の言葉』ぽぷら社

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小池氏は本書の「まえがき」にこんなことを書いている。
『時には逃げ出してみる。
時には頑張ることを休んでみる。
時には忘れてみる。
逃げ出さないことは確かに立派だけれど、逃げ出さなくてはならない時は確実にあります。
そして、逃げ出した自分を決して責めないでください。
また正しい方向へ一歩進むための、休息なのですから。』

「真面目すぎる人」や、俗に「いい人」と言われる人は、逃げたり、かわしたりすることが苦手だ。
ひとつの道をどうにもならないところまで進んでしまい、病気になったり、自らを傷つけてしまったりする。
道は、ひとつだけでなく、無限にあるのに、その一つの道しか見えなくなってしまう。

心のキャパシティを越えると、身体が自動停止してしまう。
それが病気だ。
時には、逃げ出したり、休んだり、忘れたりすることはとても大事なこと
posted by Dr.モーリィー at 07:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月18日

No 5379   【本を読むことで得られるもの】

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【本を読むことで得られるもの】

藤原和博氏の心に響く言葉より…


人間にとって最も強烈なインパクトを与えるのは、「個人的でリアルな体験」だろう。
残りの人生30万時間のうち、この象限にどれだけの時間を割り当てられるか。
それが、体験から得られる学習の質を決めるといっても過言ではない。

反対に、「リアルな体験」とはいえ、「組織的な体験」に分類される学校や会社、家族からのインプットについては、どうしても受動的な要素が強くなる。
学校や会社は強力なシステム構造を持った組織なので、個人は否応なく影響を受ける。
また、現代に生きる私たちにとって、「メディアを通じた体験」から逃れることはかなり難しい。
とくに、「組織的な体験」に分類される学校や会社、家族からのインプットについては、どうしても受動的な要素が強くなる。
学校や会社は強力なシステム構造を持った組織なので、個人は否応なく影響を受ける。

こうした「組織的な体験」の時間が多くなると、人はどのような思考回路になっていくだろうか。
リアルな世界で学校や会社などのシステムの流れに従い、バーチャルなメディア体験でもマスコミや広告の影響下に、身を置けば、そのシステムの常識や前例を疑ったり、マスコミや広告キャンペーンが作り出す空気に対して多面的に思考したりすることは難しくなるだろう。
たとえば、テレビのコメンテーターが発する意見をあなたの意見のように勘違いしやすいということ。
それでは、右側からだけ見せられたら「左からはどう見えるだろう」とか、表面づらのきれいことを述べられたら「裏から見れば違うのではないか」と複眼思考(クリティカル・シンキング)するクセはつかない。
世の中に流布する情報を無条件に受け入れ、それがあたかも唯一の正解のように思い込んでしまう。
これは危険な兆候だ。

だが、人の一生の時間には限りがある。
望むことすべてを体験することは不可能だ。
そのようななか、本は、著者を通して「個人的でリアルな体験」を味わうことができる手段なのである。

『本を読む人だけが手にするもの』日本実業出版社

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藤原氏は本書の中で「リアルな体験」について、こんなことを書いている。
『さまざまな分野で「一流」と呼ばれる人は、話すだけで1時間あたり100万円を稼ぐ。
その根底にあるのは、聴衆を満足させるだけの知識だ。
その知識を得るために必ず本を読んでいる。
もちろん、聴衆が期待しているのは、講演者が本で得た知識ではない。
むしろ、だれも聞いたことがない、その人が実際に体験したことの数々だろう。
しかし、人間はすべてのことを体験することはできない。
たとえば、櫻井よしこさんが講演で日本の領土問題を話すとき、尖閣諸島や竹島や北方領土など話題にする場所をすべて訪問し、すべてを体験して語ることなどできはしない。
だとすると、資料を読み込んだり、信頼できる書き手の著書を読んだり、信頼できるネットワークからの情報を得て、それに自らの体験を乗せて語っているはずだ。
ということは、1時間あたりに生み出す付加価値の総量を上げるためには、本を読むことが欠かせないといえるのではないだろうか。』

『本を読むことで、世界を見るための視点や知識を獲得することができ、多面的かつ複眼的に思考できるようになる。
自身の世界観(見方)を広げることで、玉石混交の情報にだまされにくくなり、ある決断をするための選択肢が増えることになる。
何よりリスクを分散することができるため、本を読めば読むほど自分の身を守ることにもつながる。』

素直に物事を受け取ることはとても大切なことだ。
しかし、なんでもかんでも真っ正直に受け入れることは危険だ。
「オレオレ詐欺」でだまされた人は、みな疑うことを知らなかったからだ。
つまり、多面的、複眼的に思考できなかったともいえる。

本を読むことで自分の身を守りたい
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2019年11月16日

No 5377   【麹町中学校の型破り校長 非常識な教え】

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【麹町中学校の型破り校長 非常識な教え】

麹町中学校校長、工藤勇一氏の心に響く言葉より…



この世の中を幸せに生きてほしい。
親であれば、子どもに求める望みは変わりません。
現在、AIやIOTなど科学技術の進展は著しく、経済構造は大きく様変わりしています。
子どもたちの時代は、ひとつの会社に就職して定年まで勤め上げるような社会ではありません。
そのような時代の変革期にあたって、ますます大切になってくるのは自分で考えて、判断し、行動できる力「自律」ではないでしょうか。
どんな親もその力を身につけてほしいと考えているはずです。

しかし、子どもの将来のために少しでもよい環境に置いてあげたいと願い、親は早いうちから理想に引っ張り上げようとしがちです。
幼児期からのSTEM教育、英語教育、プログラミング教育といった習い事など、こうした「子どものために」という熱心な取り組みが、逆に自律を身につけるチャンスを奪っているとしたら…。

子どもはそもそも主体的な生き物です。
一方的な押し付けは、主体性を鍛える機会を奪い続けます。
すると、与えてもらうことに慣れた子が育っていきます。
その子たちの多くは、次第に与えてもらう「質」の不満を言うようになります。
面倒見が悪い、教え方が悪い、教材が悪い…。

うまくいかないことが起こると先生や学校のせいにします。
「誰かのせい」「組織のせい」にする。
よくご存じですね、こんな子どもが成長した「当事者意識のない大人」の集まりが、今の私たち日本の姿なのかもしれません。

私は、6年前に千代田区立麹町中学校に校長として赴任してから、学校のさまざまな「当たり前」をやめました。
麹町中の教育改革は、従来の教育からすると、「非常識」なことばかりです。

●宿題禁止
●定期テスト廃止
●頭髪、服装の校則を撤廃
●固定担任制を廃止

さらに「協調性こそが大事なのではない」「みんな仲良くしなくてもいい」「心は変えなくていい、行動を変えよう」と教える。
文化祭の開催を生徒に全面的に任せる。
今の教育で「常識」とされていることは、私に言わせれば、子どもの自律を奪うものばかり。
なぜなら親も教員も教育の最上位の目的を見失い、目の前の手段ばかりが目的と化しているからです。
その結果、子どもの主体性や意欲、創造力といった能力がつぶされています。

麹町中学校の最上位の目標は、「自律した子ども」を育てること。
それは、言い換えれば「人のせいにしない子ども」です。
その上で、「人間はみな違うし、対立が起こるのは当たり前である」「違いを乗り越えるためにどうしたらいいか」を教えます。
「世の中まんざらでもない。結構大人って素敵だ!」
生徒たちにそう思ってもらうことが、麹町中学校の最上位の目標です。

麹町中学校の学校改革の成果は、年を追うごとに現れてきました。
「異例ずくめ!」「公立でここまでの改革ができるなんて!」
多くのメディアが取り上げてくださいました。
文部科学省や全国の教育関係者が毎日のように視察に訪れるなど、注目度も上がっています。
2020年入学の学校説明会には、定員の3倍を超す参加者が押し寄せ、座席が足りなくなるなど大混乱になりました。

麹町中学は、ある意味、私立校の「滑り止め」のような存在です。
私立受験に失敗し、自己肯定感を傷つけられた子どもが大勢集まってきます。
入学後、一年生のうちは、子ども同士をめぐる問題は毎日のように起こります。
しかし、はじめのうちは劣等感を抱き、無気力で依存心のつよい生徒たちも、3年生に上がる頃には、主体性に満ちた生徒に変貌します。
学級の中心的人物としてたくましく活躍してくれるようにもなります。
発達に特性のある子も、そうでない子も「出る杭が打たれない」空間を全員で作りあげていくのです。

『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え (SB新書)』

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TA(交流分析)はアメリカの精神科医エリック・バーン博士によって創始された心理療法や治療の心理学的理論だ。
より実践的で、専門家でない一般の人たちも学べるわかりやすい理論なので、「口語体の心理学」とも言われている。
「過去と他人は変えられない。変えられるのは今ここの自分から」という考え方から出発するTAのゴール(最上位目標)は、個人の「自律性」を高めること。
まさに、麹町中学校の理念と同じだ。

自律的な人間は、自分の思考や感情、行動に責任を持つことができる。
つまり、人のせいにしない。

エリック・バーンは自律性を得るためには、「自発性」「気づき」「親密さ」が重要であるという。
TAでいう親密さとは、「私もあなたもOK」という基本的な姿勢に立って、相手を認め、ほめたり(ストローク)、共感するという真の意味でのコミュニケーションのことを言う。

「当事者意識のある大人」
子どもがあこがれるような、自律した大人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 06:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月15日

No 5376   【自分イノベーション】

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【自分イノベーション】

塚本亮氏の心に響く言葉より…



自分をアップデートし続けるための、最もシンプルな方法は、付き合う人を変えることです。
「何をするか」を考えることも大切ですが、「誰といるか」にこだわることは、それ以上に重要なことなのです。
私の会社では、留学のサポートを行っていますが、「学校選びは、誰と付き合いたいかですべてが決まる」という話をよく生徒にします。
どこで誰と出会うのかは、自分で決めることなのです。

そして、誰と出会うかを決めることは、自分の力で人生をデザインすることにほかなりません。
私たちは自分が置かれている環境によって進化もするし、退化もします。
もしあなたの付き合う友人が何年も変わっていないとしたら、それは危険な状態です。
あなたはもう古くなりかかっています。
付き合う人が変化しているならば、あなた自身がアップデートできている証といえるでしょう。

最近は、さまざまなテーマでのセミナーや講習会が全国各地で開催されています。
そこでは出会いがあり、学びがあるでしょう。
そうした場所に参加するのは有意義なことです。

人は居心地のいい空間に身を置きたいと考え、そこから一歩足を踏み出すだけでストレスを感じる傾向にあります。
このような居心地のいい空間のことを「コンフォートゾーン」と呼びますが、このコンフォートゾーンから外へ飛び出す勇気こそ、これから必要とされる力となります。

私は過去に本を書きたいと思ったとき、どうしたら書けるのかとあれこれ考えるようりも、まずは勉強会に通うことを選択しました。
お金はかかりましたが、志の高い仲間たちと出会えたのはそれなりの対価を払ったからだと、その結果に満足したものです。
その勉強会は大阪で開催されていましたが、遠く東京や名古屋から本気の人たちが集まっていました。
それぞれに専門を持っていて、私にはない強みを持っている人ばかりの環境でした。

コンフォートゾーンを飛び出したわけですから、最初は気持ちも落ち着きませんし、自分よりも経験や知識が豊富な人たちが集まる環境にいることで自分が小さく感じることもありました。
しかし、それによって、自分に何が足りなくて、これから何を学べばいいのかもわかりましたし、自分よりも上のステージにいる人たちがどういうプロセスでそこに至っているのかを知ることで、今、自分がどうあるべきかが見えてきたのです。
彼らがどのような話をし、どのように振る舞っているのかを徹底的に観察し研究しました。

「観察学習」とは、他者の行動を見て学習することを指しますが、他者の行動やその結果をモデルとすることにより、観察している人の行動に変化が生じます。
最初は慣れない環境に「自分なんて場違いなのではないか」とヒリヒリするでしょう。
しかし、それが成長の余地であり、自分に足りないものを教えてくれるいい機会なのです。

そのヒリヒリした感覚が、自分は「何をすればいいか」「誰と付き合えばいいか」を教えてくれます。
せっかくの素晴らしい縁を途切れさせないために、自分を成長させる欲求が刺激されるのでしょう。
もちろん、どうしてもその水が合わなければ変えればいいのです。
感覚的に「なんか違うな」と感じたならば、無理してそこにとどまる必要はありません。

SNSを使って面白そうなコミュニティを探すことも容易です。
一つに固執する必要はありませんから、どんどん試してみればいいのです。
自分をアップデートするために、少しヒリヒリする、でも成長できる期待感を覚えられる人間関係をつくってみましょう。
コンフォートゾーンで安穏とせず、まずは付き合う人を考えてみるのです。

『自分イノベーション これから10年、生き残る人の条件』幻冬舎

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コンフォートゾーンを一歩抜け出したところにある領域をストレッチ(ラーンニング)ゾーンという。
少し負荷がかかり背伸びしなければならない領域のことだ。
新しい領域にいけば、不安もあるがドキドキしたりワクワクする。
人が成長するために一番必要な領域だ。

さらに、そこから一歩先に進むとそこはパニックゾーンと呼ばれる。
精神的な負荷がかかりすぎ、一部の人は成長するが、ほとんどの人は混乱しパニックになる領域。

「今までと同じことを繰り返して、違う結果を求めるのは狂気の沙汰」
という言葉がある。
違った結果を求めたければ、いつもと違ったことをするしかない。

居心地のいいコンフォートゾーンにいて、違った結果を求めるのも同じこと。
今までと、同じところ、同じ人、同じ話題でいつも盛り上がっているなら、同じ毎日が繰り返されるに決まっている。

「自分イノベーション」…
コンフォートゾーンを抜け出し、自分をアップデートし続けたい
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2019年11月14日

No 5375   【人を見るなら、その行動を見よ】

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【人を見るなら、その行動を見よ】

岡本一志氏の心に響く言葉より…


私たちは、相手を判断するとき、その人がどんな会社に勤めているか、どんな学校を出たか、どんな役職についているかといったことに注目して、その人自身を正しく見られていないことがあります。
そうした“見た目”に惑(まど)わされると、その人の本当のすばらしさに気がつかなくなるものです。

お釈迦さまは、
「その人の生まれや環境に、その人の値(あたい)があるのではない。
その人の値は、その人の言動によって決まるのだ」
ということを、徹底して教えていかれた方でした。

お釈迦さまの生まれた時代は、今から2600年前のインドです。
当時のインドには、バラモン教という宗教のもとに、カーストという厳しい身分制度と差別がありました。
その身分制度の最上位は、「バラモン」というわれるバラモン教の司祭階級の人々で、その次に「クシャトリア」といわれる貴族や武士、次に「シュードラ」といわれる、人の嫌がる仕事にしかつけない人たちでした。
さらに、このカーストにも入らない不可触民(ふかしょくみん)といわれる階級があり、触れると汚(けが)れるとされ、彼らは他の身分の人に近づくことも見ることも、同じ井戸の水を飲むことも許されていませんでした。

このような厳しい身分差別の中、お釈迦さまは、人はカーストによって貴賤(きせん)が決まるのではなく、その人の行いによて決まるのだと説いていかれたのです。
このことは当時のインドの人々にとって、誰もが信じていた常識を覆(くつがえ)す、目からウロコの驚きだったに違いありません。
こんなお話が残っています。

ある村に、二人の若いバラモンがいました。
この二人は、自分がバラモンの生まれであることを誇りに思っていました。
あるとき、バラモンが他の階級の者よりも優れていることを確認したいと思って、お釈迦さまに次のように尋ねたのでした。

「お釈迦さま、バラモンはなぜ、他の階級よりも優れているのでしょうか?」
するとお釈迦さまは、二人にこう問い返されました。
「お前たち。バラモンや王族、貴族の中にも、人の物を盗み、罪なき人に危害を加える者がいるのではないですか」
「はい、確かにそのような者がおります」
「また逆に、ヴァイシャやシュードラの中にも、嘘をつかず家族を大事にし、苦しんでいる人を慈(いつく)しむ者もいるでしょう」
「はい、そのような者もあると思います」
「では、悪行を重ねるバラモンと、善行に努めるシュードラと、どちらが立派だと思いますか?」
「はい、悪行を重ねるバラモンよりは、善行に努めるシュードラのほうが立派です」
「そうでしょう。バラモンであっても、行いの悪い者は、尊ぶに値しない者なのですよ。バラモンでなくても、バラモンよりも立派な行いをしている者もいます。生まれた階級に関係なく、行いが素晴らしければ、その人は素晴らしいのです」

二人の青年は、自分の生まればかりを誇り、自分の行いを磨こうとしていなかったことを反省して、その場でお釈迦さまのお弟子になったと言われます。
現代の日本には、カーストのような身分制度はありません。
しかし、肩書や社会的地位、生まれ育ち、出身地、学歴、会社名、外見などを見て、色眼鏡で人を判断してしまっていることはよくあることです。
わかりやすい“肩書き”にとらわれて、その人が日々どんなことをしているのかに目を向けられていないこともあるのではないでしょうか。

あるいは、自分の肩書や恵まれた環境を誇って、自分の行いを顧(かえり)みていないこともあるかもしれません。
心にかけた色眼鏡を外してみましょう。
「人を見るなら、その行動を見よ」と、お釈迦さまは、他者や自分自身を正しく見つめることの大切さを教えられています。

『心が「スーッ」と晴れるほとけさまが伝えたかったこと: 永遠に変わらない33の大切な話 (王様文庫)』

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「脳力開発」の創始者、城野宏氏は、ものごとの見方や考え方(それをつくる習慣)には5つあるという。
それは…
1. 中心・骨組みで考える習慣をつくる
2. 両面とも考え、どちらが主流かも考える習慣をつくる
3. 立場・観点を整理し、多角度から考える習慣をつくる
4. 確定的要素から出発して考える習慣をつくる
5. 行動のつながりで、具体的に考える習慣をつくる

その中でも、「行動のつながりで、具体的に考える」というのが、お釈迦さまのいう「人を見るなら、その行動を見よ」。
我々は、とかく人を見るとき、その人の外見や、肩書、社会的地位、資産、で判断してしまいがちだ。
どんなに口では格好いいことを言っても、それに行動が伴っていなかったら人からは信用されない。
反対に、あまり口数が少なくても、行動が立派ならいつか必ず人から評価される。

「地球は行動の星」
と言ったのは斎藤一人さん。

「人を見るなら、その行動を見よ」
自分の生きざまを、具体的行動で示せるような人でありたい
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2019年11月13日

No 5374   【道中を楽しむことが「旅」】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【道中を楽しむことが「旅」】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


旅とは、目的地へ行くことではないんだよ。
だから、目的地をかえたって別にいいだよ。
道中を楽しむことが「旅」なんだから。

だから、途中、いろんな話をしながら、
「佐野のサービスエリアに行ったら、辛さ十倍カレーを食べようか」とか、
「お昼はどこの店に行って何を食べようか」とか、
最初は五目そばにしようと思ったけど“鉄の決意”がぐらついて、
「やっぱり、天丼にしよう」とかってなる。

ときには、いっしょにドライブしている人から、人生について質問されて、
それにこたえているうちに、次に書く本のテーマがひらめいたりね。
そんな「旅」がオレにとって楽しいことなんだよ。
質問にこたえたり、本が出ると、喜んでくれる人がいるんだよ。

喜ばれるようなことをしていると、オレは楽しいの。
そんなことをして道中、楽しんでいるんだよね。
人生も、同じなんだよ。
魂のふるさとへ帰るまでの道中をいかに楽しむか、なんだよ。

そうやって心を楽しくして生きているとね。
「思い」がゆたかだと、知恵がわくように出てくるの。
それも、「ゆたかさを呼び込む知恵」がね。

逆に「思い」をまずしくして日々を過ごしているとね、まずしくなるような知恵が出てきちゃうんだよ。
だから、やることなすことすべて、まずしくなるような方向にもっていかれちゃうんだよ。

『斎藤一人の絶対うまくいく ハッピーでラッキーな流れを引き寄せる方法(信長出版)』(池浦秀一著)信長出版

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斎藤一人さんは本書の中でこう語る。
『「人生、山あり、谷あり」と思っている人は、そいう「指導原理」に基づいて、山とか、谷を出しちゃうんだよ。
一人さんにはそういうのが出てこないの。
赤字というものを出したことがない。
成功か、大成功しかないんだよ。』

『常に楽しいことを考えているよね。
つい笑っちゃうぐらい、面白いことを考えるのが好きなんだよ。
幸せってね、気分なんだよ。
それは、自分が何を思うか、なんですよ。
オレがつい笑っちゃうような面白いことを思いついたり、自分に都合よくものごとをとらえたりするのは、子どもの頃からの習い性なの。
何も考えないと退屈しちゃうんだよ。
だから面白いことを考えるの。
心を楽しくして退屈をしのぐ、みたいな。
嫌なことや、嫌な人間のことを考えるのか。
それとも、自分の心が楽しくなるようなことを考えるのか。
その分かれ道がきたときに、どっちに行くか、だけの問題なの。』

「人生は冥土(めいど)までの暇(ひま)つぶし」
と言ったのは今東光和尚(天台宗僧侶・小説家・参議院議員)。

人間は一人残らずあの世からお迎えがくる。
だからこそ、その自分のたった一度きりの人生をどう生きるのか。

「何もしないと退屈しちゃう」
どんなときも、面白くて楽しいことを考えることができる人。
人生と言う旅を楽しみたい
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2019年11月12日

No 5373   【世の中の事はすべて心の持ちよう一つ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【世の中の事はすべて心の持ちよう一つ】

渋澤健氏の心に響く言葉より…



《世の中の事はすべて心の持ちよう一つでどうにでもなる。》「渋沢栄一訓言集」
世間で起こるすべてのことは、あなたの心構えひとつでよくも悪くもなる。

ある出来事にぶつかったとき、それがあなたにとって、いいことなのか、悪いことなのか。
楽しいものなのか、つまらないものなのか。
それを決めるのは、実はあなた自身です。
あなたの心の持ち方で、目線は変わってくるものです。

失敗を恐れて自分から動こうとしない人は、黙っていれば物事が勝手に進んでくれる、自分はそれに従えばいい、と思っているかもしれません。
けれどその場合、失敗もない代わりに、「自分が何かを達成した」という喜びも得られません。

「マイナスになるならゼロでいい」という怯(おび)えは捨てて、「マイナスになってしまうリスクもあるが、プラスが得られるかもしれない」と考えれば、動かないことが、馬鹿らしく思えてきませんか?
物事はすべて、気の持ちようです。
今の自分の考えに固執せず、違う方向からの目線ももってみようではありませんか!

『渋沢栄一 100の訓言 (日経ビジネス人文庫)』日経ビジネス文庫

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渋沢栄一の玄孫である著者の渋澤健氏は、本書の中でこう語る。
『渋沢栄一は、「CSR(企業の社会的責任)」や「社会起業家」といった言葉が21世紀に流行する100年以上前に、その本質をすでに実行していた人物でもあります。
渋沢栄一が関与した非営利活動団体の数は約600と言われ、これは営利を目的として創設した企業や各種団体の数、500を上回っています。』
なんと1100以上もの会社や団体の設立に関係した、渋沢栄一は、日本資本主義の父と言われている。
当時、財閥全盛期(閉鎖的で株式公開はしていなかった)に、現代にも通じるオープンな経営を目指した渋沢は異色の存在だったと言える。

中村天風師は《運命を拓く》 の中でこう語っている。
『人生は心一つの置きどころ。人間の心で行う思い方、考え方が、人生の一切を良くもし、悪くもする、というのが人生支配の根本原則である。思い方や考え方が積極的であれば、積極的なものが出来、消極的なら消極的なものが出来る。何事においても、そのときの心の状態が、成功を生み、また失敗に追いやる。』
人生で起こるすべての物事には、悲しいとか、辛いとか、楽しいとか、幸せだとかいう、「色」はついていない。
「色」をつけるのは自分だ。
それが、「人生は心一つの置きどころ」。

心構え一つ、心の持ち方一つ、考え方一つで、人は幸せになれる
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2019年11月11日

No 5371   【勝者とは、始める人ではなく続けた人】

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【勝者とは、始める人ではなく続けた人】

ダヴィンチ研究者、桜川Daヴィんち氏の心に響く言葉より…



《勝者とは、始める人ではなく続けた人のこと》

石は、火切り鉄に叩かれたので、びっくりして声を荒げていった。
「どうして私をいじめるの。人違いでしょ。私を苦しめないでくれる?私は誰にも迷惑をかけていないのよ」。
すると、鉄が答えた。
「我慢すれば、素晴らしい結果が生まれるはずさ」。
石は機嫌を直してじっと苦痛に耐えていると、やがて素晴らしい火が生じた。
その火の威力は、無限に役立つことになった。
これは学習を始めたばかりの初心者が、自己を抑えて、地道に学びを続けた結果、偉大な成果を生み出すことにたとえられる。
(レオナルド・ダ・ヴィンチ/アトランティコ手稿)

「私は続けるだろう」…こんなつぶやきが、晩年のダ・ヴィンチ・ノートに書き残されています。
何を続けようとしたのか、肝心なことが省略されていますが、とにかく続けることを意識の中心に置いていたのがダ・ヴィンチでした。
ダ・ヴィンチが生涯続けたことは、自己表現のアウトプットであり、自分のメッセージを伝えることです。
万能の活躍をしたように見えて、実は「調べてノートに書き続ける」、そして「とにかく絵を描き続ける」という2つのシンプルな繰り返しからすべては生まれました。

続けるけることが自尊力にもつながり、次第に周囲からも認められる存在になりました。
生涯、地道に研鑽(けんさん)を続けていった結果、科学者としての数々の業績を残しながら、偉大な芸術家となったのです(おまけに後世、そのノートと絵画は、共に世界最高額で落札されました)。

日米通算4367安打を放ち、45歳まで現役を続けたイチロー選手も、まさに続けた人。
試合前には決まったメニューのトレーニングをこなし、試合中は打席に向かう動作をルーティンとして守り、試合後は必ず道具を磨く。
遠征先には枕を持ち歩き、自己管理を徹底しました。

大きな成果を上げるには、「新しいことを始める人」とイメージしがち。
でも「石と鉄」のたとえからもわかるように、「続ける」をダ・ヴィンチは徹底したのです。
何かが生まれるのはその先。
この順番を間違えてはいけないのでしょう。

『超訳 ダ・ヴィンチ・ノート 神速で成長する言葉』飛鳥新社

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桜川氏は本書の中でこう語る。
『AI時代には、専門分野を極めたスペシャリストが淘汰されやすいと言われています。
ダ・ヴィンチのようにマルチな才能を持ち合わせ、さまざまなジャンルのものを創造できる人間が求められているのです。
「1つのことを追求するだけでも大変なのに、どうやったら同時にできるの?」
「才能のある人ならできるけど、自分にはそんな才能ないから無理だよ」
ダ・ヴィンチは決して生まれながらの天才でも超人でもなく、努力と戦略によって成果を上げ続けていった「人間」です。
失敗や挫折を経験したダ・ヴィンチが、数々の偉業を成し遂げていく過程で、どのようなスキルを身につけ、使ったか。
それは、夢や目標を叶えるための、地球史上最強のアプローチ法と言っても差し支えありません』

また、ソフトバンクの孫正義は、こう語る。
『レオナルド・ダ・ヴィンチはテクノロジーとアートをクロスオーバーさせた。
当時最強のテクノロジーだった医学、物理、化学を操る頭脳を持ち、「モナ・リザ」のようなアートまで描いた。
アートとテクノロジーをクロスオーバーさせた最強の1人目がダ・ヴィンチだとすると、2人目はスティーブ・ジョブズだと思います。
単なる電化製品は世の中にたくさんありますが、アートと呼んでいい初めての製品がiPhoneだった』

ダ・ヴィンチは人体の解剖学に関する研究をし、数多くのきわめて精密な解剖図を作成し、解剖学の基礎を築いたといわれる。
それを称(たた)え、現在ではダ・ヴィンチという名前の手術支援ロボットが開発されている。

また、今まで我々は、ロジカルシンキング(論理思考)やサイエンスを重要視してきたが、昨今はそこにアートの感覚を取り入れるようになってきた。
モノがあふれかえっている今、さらなる価値を創造するためには、アートやデザインの感性が必要だからだ。
まさに、ダ・ヴィンチは、500年以上前からそれを実践していた。

長く続けることは、多くの人間にとって、最強の武器となる。
長く続けることができる人でありたい
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2019年11月10日

No 5370   【インプットなくして成功なし】

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【インプットなくして成功なし】

中田敦彦氏の心に響く言葉より…



僕が今やっている動画配信「中田敦彦のYouTube大学」では歴史、文学、政治、経済など、さまざまなジャンルにトライしているので、毎回猛烈に勉強しています。
またアパレルブランド「幸福洗脳」も素人のまま服飾業界に参入したので、当初は紆余曲折の連続でした。
どちらの仕事も、いま自分の手持ちのアイデアだけではすぐに限界がきます。
手持ちのアイデアなんて、インプットを怠ればたちまち枯渇するんですね。

インプットなくして成功なし。
僕はこれからもずっとアイデアを求め、インプットを重ねていきます。

ひと口にインプットといってもその方法はさまざまです。
本を読むこと、人から教えを請(こ)うことだって効果的なインプットです。
ビジネスで成功している人、独創的な活動をしている人に話を聞くことを、僕は「先進国に会う」と呼んでいます。

幕末の志士たちは欧米の産業技術に触れて日本にそれを持ち帰りました。
彼らは文字どおり先進国でインプットに励み、イノベーションを巻き起こしたんですね。
自分より先を走る人の情報はどんどん取り入れていく。
ある意味、それが最高のインプットかもしれません。
今はSNSがありますから、なにも無理に直接会う必要もありません。

「先進国に会う」とき、僕はほとんど弟子入りするような感覚で対峙(たいじ)します。
「スゴイっすね!」「最高っすね!」とそれはもう茶坊主のような態度です。
でも、ただのお調子を言うために会うわけではありません。
そのあと、
「そのやり方、パクっていいですか?」
「パクらせてもらいます!」
と懇願(こんがん)します。
教えを請う気持ちで接しているので、相手も悪い気はしないものです。
もちろん、ここでいうパクリは、悪いことではありません。
職人の世界も師匠から技を盗むといいますから、考え方は同じだと思います。
そうやって成功者のやり方をインプットして、自分のものにする。
マネから入ることも重要です。

こんな話をすると「中田さんの個性はどこにあるの?」と聞いてくる人がいます。
僕に言わせれば、なんのインプットもないまま個性を追求するのはナンセンス。
個性とは、自分で追及するものではなく、他人が決めることです。
インプットを怠らず、分析を繰り返し、自分が何をすべきかを見据えて行動に移す。
それが結果的に図らずも、あなたの個性になる。

僕たちオリエンタルラジオが世に出るきっかけとなった「武勇伝」のネタだって、インプットなしには完成しませんでした。
先輩方のネタを見て、いい部分は取り入れ、自分たちにできることを一生懸命考えた結果です。
とかく個性が重視される時代ですけど、僕にとって個性とは、後天的に備わっていく付加価値だと思っています。

「先進国に会う」話に戻しますが、成功者やヒットしていることに対して、シニカルな態度をとる人がたまにいます。
しかしそれは絶対にやめるべきです。
「あいつは運がよかっただけだ」
「一過性のものでしょ」
といったやっかみですね。
聞いていて気分のいいものではありませんし、そういう言葉を口にしていると、「なぜあの人は成功しているのか?」と考えるきっかけを失ってしまいます。
芸人の世界でもそんな陰口をたくさん聞きました。
でも、成功者から学ぶ姿勢なしに売れた芸人を僕は知りません。

もちろん、成功している人のすべてが善人ではないでしょう。
当然、嫌な人もいる。
とはいえ、それが成功者をやっかむ理由にはならない。
彼らの成功した背景を知ることが重要であり、そこに相手の人柄は関係ありません。

僕の経験上、成功者に対して「悔しい」と思うことで、いい結果を生むことはありませんでした。
「学びたい」と思うことが成長の必要条件です。
「学ぶ」の語源は「真似(まね)ぶ」だとされています。
マネて、学んで、その先にあなたの個性が生まれます。
それはあなたを成功に導く個性です。

『中田式 ウルトラ・メンタル教本 好きに生きるための「やらないこと」リスト41』徳間書店

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中田氏には、アパレルブランドを立ち上げたり、ダンスボーカルグループや大学の講師をしたり、アウトプットの場がたくさんある。
とりわけ、「中田敦彦のYouTube大学」は、ほぼ毎日一本30分前後の様々なジャンル(歴史、経済、文学、教育、インターネットなど)の授業を続けている。
2019年4月に開設以来、10月中旬のチャンネル登録者はなんと、130万人をこえている。
特徴は、中田氏の芸人としてのプレゼンテーション能力の高さを生かして、様々なテーマがわかりやすく解説されていることだ。
そして、そのアウトプットのために、猛烈にインプットしているという。
30分も濃い内容の授業を続けるには、相当な時間のインプットが必要だからだ。

このアウトプットとインプットの繰り返しは、続ければ続けるほど、最終的には、主催者(中田敦彦氏)が一番知識や見識を得ることができ、プレゼンやコミュニケーションのスキルも上がってくる。
あと何年か続けたら、どこまで成長し、どれほどの高みに到達しているのか、想像ができないほどだ。

「アウトプット」と「自己成長」のため、猛烈なインプットを重ねる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 20:47| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月09日

No 5369   【人に勇気を与えること】

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【人に勇気を与えること】

高野登氏の心に響く言葉より…



それは、リーマン・ショックの二ヵ月後のことでした。
当時の世界中のリッツ・カールトンの支社長をはじめキーパーソン47名が、フロリダのホテルに召集されました。
日本支社はこれで閉鎖だろう、フランクフルト・オフィスもしばらく閉鎖に違いない…一同、覚悟のうえの暗い表情での参加でした。
リーマン・ショック直後から、リッツ・カールトンは、主要なグローバル・パートナー、すなわち大手法人顧客の多くを失っていました。

会議初日、にこりともせずに座っている我々の前に現れたクーパー社長は、君たちが考えていることはわかっているよ、とでも言いたげににやりとしたあと、開口一番言いました。
◆みなも知っているとおり、とんでもない時代になってしまった。

そして、続けます。

◆まさかこんなことが起こるとは、だれも想像していなかっただろう。
もちろん、私もだ。
厳しい試練だが、こういう時代を体験できるのは、むしろ貴重なことかもしれない。
私は、いろいろな船乗りを知っているが、穏やかな海で優秀な船乗りが育つのを見たことがない。
みな、荒波を乗り越えてきている。
嵐を乗り切ってきている。
そのなかで、腕を磨いてきている。

わたしたちの目をしっかりと見据えながら、そういう話を静かに続けていきます。
いつまで経っても売り上げやコストカットなどの数字の話が出てこない。
それから、リッツ・カールトンのリーダー研修で必ず聞かされる話に入っていきます。
摂氏99度と100度の違いについての話です。

◆水を熱していくと、だんだん温度が上がり、やがて99度になる。
手を入れたら大やけどする熱湯ではあるが、液体であることに変わりはない。
ところが、これが100度に達すると…沸騰する。
沸騰した水は蒸気になって、蒸気機関車をも動かす力となる。
99度と100度、たった一度の違いなのに、その力、働きはまったく違う。
そして、我々にとって、その1度の違いを生み出す働き方を考えるのに、いまほどいいときはない。

うつむき加減だった私たちの顔は次第に上がり、頬が上気してきます。
クーパー社長はさらに続けます。

◆おそらく来年の我々のビジネスは前年比90%減、あるいは、もっと厳しいものになるかもしれない。
だからこそ、我々自身を磨くこれ以上の好機はない。
順調な業績のなかで、知らず知らずのうちにブランドに頼っておろそかにしてきたことがあるはずだ。
お客様との信頼構築はどうか。
知識とスキルは磨かれているか。
来年一年は、どうあがいても60%減以上に伸ばすことはできない。
だったらその間に、これまで忙しくてできなかったことをやろう。
一人ひとりが摂氏100度で仕事をするための処方箋を書こうではないか。

閉鎖するオフィスはないのか、と一同安堵のため息がこぼれます。
そこですかさずクーパー社長が、釘を刺します。

◆ここにいるレディス&ジェントルマンのなかで、、自分はこれまでもずっと100度の仕事をしてきたと自信がある人だけ立ち上がってくれ。

だれも立てません。

◆そうか、でも、少なくとも何回かはあるはずだ、摂氏100度で仕事をしたと思える瞬間が。
そのときのことを思い出して、午後は、それについてグループでディスカッションしてほしい。

いまにして思えば、これこそが圧倒的とも思えるリーダーの品格を感じた瞬間でした。
クーパー社長の指導力、人間力そのものでした。
そして、これこそが、すなわり、「周りに勇気を与える力」です。

実際、あのときほど、自分の中に力が湧いてくるのを感じたことはありません。
勇気が湧いてくるのを感じたことはありません。
絶対にこの状況を打破しよう。
立ち向かおうという勇気です。
このチームと一丸となって、成し遂げることができるという勇気です。

『品格を磨く』ディスカヴァー

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高野氏は「どうすれば人は動くか」について本書の中でこう語る。

『人の気持ちをA地点からB地点まで導いていくこと、それが指導力です。
そして人の気持ちも組織も、動かすものではなく動くものです。
では、どうすれば人は動くのか?
お金や権力を使って、操作する?
そんなことで、本当に人の気持ちは動きません。
では、何で動くのか?
勇気づけられること以外に何があるでしょうか。』

《分不相応の志を持つ者だと笑われる事を畏れてはならない。無謀な挑戦をしなくなる己れの老いを畏れよ》
孫正義氏の言葉だ。

そして、イギリスの名宰相、チャーチルはこう言った。
《金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし、勇気を失うことはすべてを失う。》

「勇気を失うことはすべてを失うこと」
人に勇気を与えることができる人でありたい
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2019年11月08日

No 5368   【人生という徒競走】

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【人生という徒競走】

北川八郎氏の心に響く言葉より…


秋の小学校の運動会の出来事でした。
熊本の田舎の小さな小学校の運動会はつい最近まで村の一大行事。
まだ朝早くから席取り行事がさかんで、大勢の村人が運動場をわんさと囲んでわが子の応援に熱をいれて大騒ぎです。
そんな中、五年生の男の子の徒競走がありました。
一人の男の子がダントツぶっちぎりの速さで一番でテープを切りました。
会場は盛り上がり、「ワー格好いい」と大拍手が起きました。

その後は小三の女の子が五〜六人ずつ一組で走りました。
二つ目くらいのグループがスタートした時、一人の女の子がよたよたと走り、カーブで転んでしまいました。
膝をすりむいたようで、やっと立ち上がった時、手と膝から血が出ていました。

運動会の会場は応援の歓声がやみ「シーン」としてしまいました。
同じグループの子供たちはもうほとんどゴール近くまで走っています。
「どうするんだろう。走るか、やめるか…」と皆が固唾(かたず)をのんで見守っているのが感じられました。
女の子は立ち上がり、血のにじむすりむいた足をひきずりながら、そして泣きながらよたよた走り続けたのです。
途中、「がんがれ、よしこ!」と声がかかりました。

その子が足をひきずりゴール近くまで走ると会場は再び固唾をのんでシーンとしてしまいました。
一瞬、時が止まったあと、その子がゴールに倒れこんだ時、会場は拍手とどよめきと感激に大揺れになりました。
お母さんたちは感激して涙をふいている人もいました。
私は未だにこの二つのシーンが忘れられません。

私は思います。
人生もこれでいいんだ。
もちろん一番で格好良く走るのもいいでしょう。
でも神が望んでいるのは足が遅くても、ドンベでもいい…いきるのが下手でも誠実に「走りきる」ことなのだと思いました。
人々は一番で格好良く走ったシーンよりも、転び泣きながら人生を恥ずかしく思いながらでも、走り切った足の遅い子に大拍手と大応援をしたのです。

この子は観る者に勇気と力をくれました。
「ドンベでもいい、誠実に走り切ること(やり切ること)なのだ」という神の言葉を皆にもたらしたのです。
生きることは下手でもいい、傷つくこともある、でも目ざすものがあれば、失敗しても再び立ち上がればいい…やり続ければ世間は必ず応援します。

迷った時「最も困難な道を行け」という言葉があります。
それが一番の勉強になり、学びに近づく近道であるのは確かです。
私たちは近道にあるいろいろな欲に負けて失敗します。
しかし、その失敗で学んでいけばすべて「マルイチ」。

この世に「バツイチ」はないのです。
やり直せばすべてマルイチ、少し時間をかけて学びを入れて、欲で穴の開いた心の滑走路を埋めつつ、また飛び立ってください。
バツイチはない、「やり直せばすべてマルイチ」。
神の応援が必ずあります。

『繁栄の法則 その二』致知出版社

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人生という競争を、トップで駆け抜ける人がいる。
もちろん、それは格好いいし、名誉なことだし、メチャクチャに賞賛されることだ。
しかし、人生という競争を、何度も失敗し、挫折し、傷つき、泣きながらも、周回遅れのビリでゴールする人もいる。

それを神様という観客が見ていたら、トップも尊いが、倒れても倒れても立ち上がって、また走る人を最も称賛するだろう。
なぜなら、それは多くの我々凡人の手本となるからだ。
凡人にもできること、それが、倒れてもまた立ち上がって走ること。

何度倒れても、それでゲームオーバーではない。
走るのをあきらめたときが、本当のゲームオーバー。

人生という徒競走を転びながらも走り続けたい
posted by Dr.モーリィー at 14:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする