2019年09月30日

No 5325   【マインドセットとは】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【マインドセットとは】

キャロル・S・ドゥエック氏の心に響く言葉より…



私の人生を変えてしまうような出来事に出合ったのは、研究者になってまだ間もないころのことだった。
人は失敗したときどうするかということに、かねてから非常に興味のあった私は、子どもたちに難しい問題を与えて、それと取り組むようすを観察することにした。
子どもたちを教室に集め、緊張がほぐれたところでパズルを解かせたのである。

まず初めにかなりやさしい問題を解かせ、その後で難しい問題を与えてみた。
うーむとうなって頭をひねる子どもたちを観察しながら、どんな心理状態で、どのようにパズルを解いていくかを探った。
難問への対処の仕方が子どもによってまちまちであることは予想していたが、そこにまったく予想外の反応を示す子どもが現れたのである。

難しいパズルを出された10歳の男の子は、椅子を引き寄せ、手をもみ、唇をなめながら、元気よくこう言った。
「なかなかとけない問題ってぼくだいすき!」汗ばむほどパズルに夢中になっているもうひとりの子は、目を輝かせながらこうつぶやいた。
パズルをやると頭が良くなるよ、きっと」

どうなっているの、この子たち?
私はそれまでずっと、成功か失敗か、その二つに一つしかないと思っていた。
まさかつまずきそのものを楽しむ人間がいるなんて。
この子たちはエイリアンだろうか。
いや、何か重要な秘密を知っている子どもたちかもしれない。

人生の重要な局面で、進むべき道を示してくれる人が「人生の師」だとしたら、この子どもたちこそが私の師であった。
この子たちは私の知らない大切な何かを知っている。
それをどうにかして突きとめたい。
まずきを天からの贈り物にしてしまう「マインドセット」(心のあり方)とは、どのような心の持ち方なのだろう。

この子たちは、努力すれば頭が良くなると信じている。
そして実際、どんどん賢くなっている。
つまずいても落ち込んだりしない。
落ち込まないどころか、そもそもつまずくことを失敗とは考えておららず、何を学びとるチャンスだと思っている。

人間の能力は学習や経験によって伸ばせるものなのか、それとも、石板に刻まれたように変化しないものなのかという議論は、今にはじまったことではない。
しかし、今、あなたがどちらの説を信じるかによって、あなたの未来は大きく変わってくる。

自分の能力は石板に刻まれたように固定的で変わらないと信じている人…「こちこちマインドセット」の人…は、自分の能力を繰り返し証明せずにはいられない。
反対に、「しなやかマインドセット」の人の根底にあるのは、人間の基本的資質は努力しだいで伸ばすことができるという信念だ。
もって生まれた才能、適正、興味、気質は一人ひとり異なるが、努力と経験を重ねることで、だれでもみな大きく伸びていけるという信念である。

『マインドセット「やればできる! 」の研究』草思社

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本書の中で、「マインドセット」(心のあり方) についてこう書いてある。
『能力を固定的に考える世界では、つまずいたらそれでもう失敗。
落第点を取る、試合に負ける、会社をクビになる、人から拒絶される…そうしたことはすべて、頭が悪くて才能がない証拠なのだ。
それにたいし、能力は伸ばせると考える世界では、努力こそが人を賢く、有能にしてくれる。
著名な社会学者ベンジャミン・バーバーがこう述べている。
「私は人間を弱者と強者、成功者と失敗者とには分けない…学ぼうとする人としない人とに分ける」
人間はいつから学ぶのをやめてしまうのだろうか。
だれもがみな旺盛な学習意欲をもって生まれてくる。
赤ちゃんは日々新しいことをマスターしていく。
歩く、しゃべるといった困難きわまりない課題にもどんどんチャレンジする。
難しくて無理だとか、努力しても無駄だんんて決めつけない。
間違ったらどうしよう、恥をかくんじゃないかなんて気にしない。
歩いてはつまずき、また起き上がる。
よろけながらも、ひたすら前に進んでいく。
このあふれんばかりの学習意欲をつぶしてしまうもの、それこそが硬直したマインドセットなのである。
自分自身を評価する力が芽生えたとたんに、チャレンジを恐れる子どもがでてくる。
自分は頭が悪いのではないかと怖じ気づくようになるのだ。
こちこちマインドセットの若者が望む理想のパートナーの人物像は、
◆自分をあがめてくれる人
◆自分は完璧だと感じさせてくれる人
◆自分を尊敬してくれる人
反対に、しなやかなマインドセットの若者が望む理想のパートナーの人物像は、
◆こちらの欠点をよくわかっていて、その克服に取り組む手助けをしてくれる人
◆もっとすぐれた人間になろうとする意欲をかきたててくれる人
◆新しいことを学ぶように励ましてくれる人
つまり、自分の成長を促してくれる人を求めていた。
自分は完全無欠な人間で、もう学ぶことなどないとは思っていないからだ。』

工学博士の上原春夫氏は成長についてこう語っている。(成長するものだけが生き残る・サンマーク出版)より
『「成長しなくても、現状維持で十分だ」という人や企業の経営者がいるとしたら、それは重大な危機を招くことになります。
成長するものだけが、生き残るのです。
現状維持にとどまるものは、即、衰退に向かうのです。
伸びている会社でも、その現状に満足してしまったら、その瞬間にその組織は下りの階段を転がり落ちていくことになります。
成長したいという欲求は、人間だけがもつ欲求で、他の動物にその欲求はありません。』

しなやかなマインドセットの人は、成長することこそが、この大変化の時代で、生き残る唯一の道であることを知っている。
現状維持は即、衰退に向かう。
いくつになっても、学び続け、成長し続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

No 5323   【甘いものを食べながら聞いた言葉は甘く感じる】

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【甘いものを食べながら聞いた言葉は甘く感じる】

橘玲氏の心に響く言葉より…



「温かな気持ち」「高い地位」などの言葉を私たちは当たり前のように使っています。
「蜜のような甘い言葉」は、愛の囁(ささや)きの比喩として、だれでもすぐに理解できます。
でも考えてみれば、これは不思議な話です。
世界にはさまざまな言葉や文化、習慣があるのに、なぜこの比喩が注釈もなく翻訳できるのでしょうか。

この疑問に、現代の脳科学はこう答えます。
「それは比喩ではなく、実際に脳の味覚に関する部位が活動しているからだ」…愛の言葉と蜜は、脳にとっては同じ刺激なのです。
これだけなら驚くようなことではないかもしれませんが、テルアビブ大学のタルマ・ローベル教授は、この因果関係が逆になっても成り立つことを発見しました。
「甘いものを食べながら聞いた言葉は甘く感じる」のです。

ほんとうにこんな不思議なことがあるのでしょうか。
それを次のような実験で確かめてみましょう。
学生がエレベーターに乗ると、そこには本とクリップボード、コーヒーカップで手がふさがった助手がいます。
助手は学生に、「ちょっとコーヒーカップを持ってくれませんか」と頼みます。

次に学生が研究室に入ると、実験担当者からある(架空の)人物についての資料を読むようにいわれます。
その後、学生にこの人物の印象を尋ねます。
ランダムに選ばれた学生が同じ資料を読むのだから、質問への回答に統計的な差は生まれないはずです。
しかし興味深いことに、特定の質問項目にだけはっきりとしたちがいが表れました。
それは、「親切/利己的」など、性格が温かいか冷たいかを連想させる質問でした。

なにが学生たちの回答を左右させたのでしょう。
じつはエレベーターのなかの助手は2種類のコーヒーを持っていました。
ホットコーヒーとアイスコーヒーです。

驚いたことに、エレベーターのなかで一瞬、ホットコーヒーを持った学生は資料の人物を穏やかで親切だと感じ、アイスコーヒーを持った学生は怒りっぽく利己的だという印象を抱いたのです。
温度の感覚は、無意識のうちに、その後の人物評価に影響を与えるのです。
こうした知見から、ローベル教授は次のようにアドバイスします。

◆初対面のひとには温かい飲み物を出した方がいい。
◆交渉の際は、やわらなかな感触のソファに座らせると相手の態度が柔軟になる。
◆相手より物理的に高い位置に座ると、交渉が有利になる。
◆相手と冷静に話し合いたいときは距離を取り、感情に訴えたいときは身体を寄せる。
◆プレゼンの資料は重いものを用意する。
◆ひとは重い本を持つと、それを重要だと感じる。
◆赤は不安や恐怖を高める。試験問題を赤で書いたり、受験番号を赤で印刷しただけで成績が下がる。
◆その一方で、赤は注目を引く。スポーツではユニフォームが赤のチームが有利だし、赤い服の女性や赤いネクタイの男性はもてる。

『事実 vs 本能 目を背けたいファクトにも理由がある』(集英社)

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「事実VS本能」について、本書の中にこんな文書があった。
『「女性は男性より競争に消極的で、出世争いで不利だ」といわれます。
これは根拠のない偏見ではなく、実験で確認されています。
進化の歴史を通じて、男性(オス)は「競争する性」、女性(メス)は「投資する性」として淘汰の強い圧力を受けてきました。
女性を獲得できなければ子孫を残せない男にとって失うものはありませんが、女性は妊娠から授乳まで大きな投資をして子どもを産み育てます。
失うものが多ければ、リスクに対して慎重になるのは当然です。
あらゆるゲームに共通するのは、「リスクをとらなければ勝利はない」ということです。
男女の生理的な差を考えれば、競争社会の勝者に男性が多いのは「ガラスの天井」のせいではなく、リスクゲームへの参加者の数のちがいということになります。
しかし、競争にはもうひとつ「負ければなにも得られない」という現実があります。
リスクをとった勝者の背後には、敗者となって脱落していく膨大な数の男性がいます。
彼らが社会の底辺にふきだまるようになったのが、「格差社会」です。
こうして、問題はじつは無謀なリスクをとる男性の側にあるのではないか、との疑問が生まれます。
男性は自分の能力を過信して「勝てる」と錯覚しており、女性は自分の実力を冷静に判断して不利な競争を避けているのです。
この仮説を証明するように、勝つ見込みがあると思えば、女性は男性よりも積極的にリスクをとり、勝負に執着するとの研究も現れました。
現代のような複雑な社会では、勝ち負けはスポーツのようにすっきりとは決まらず、優勢と劣勢が入れ替わりながらずっと続くのがふつうです。
男性は決着のつく「有限ゲーム」は得意ですが、終わりのない「無限ゲーム」を生き延びるには、不利な競争を避けて有利なときだけリスクをとる女性の戦略の方おが効果的です。
こうした先進国では、徐々に女性が社会の中核を占めるようになってきました。
日本は男女平等ランキングで世界最低レベルの110位ですが、「女性が活躍できない社会に未来はない」のです。』

『PIAACは先進国の学習到達調査の大人版で、16歳から65歳を対象として、仕事に必要な「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」を測定する国際調査で、OECD(経済協力開発機構)加盟の先進国を中心に24ヵ国・地域の約15万人を対象に実施されました。
その結果は…
1. 日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。
2. 日本人の3分の1以上が小学校3〜4年生以下の数的思考力しかない。
3. パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。
4. 64歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。
ほとんどのひとはこれをなにかの冗談だと思うでしょうが、(一部の)教育関係者のあいだでは常識であり、それでなんの問題もないと考えられているらしいことです。
なぜなら、この惨憺たる結果にもかかわらず、ほぼすべての分野で日本人の成績は先進国で1位だからです。
…これがもうひとつの驚くべき事実(ファクト)です。
世の中を騒がすさまざまなニュースは、突き詰めれば、旧石器時代につくられたヒトの思考回路がこの大変化にうまく適応できないことから起きています。』

「甘いものを食べながら聞いた言葉は甘く感じる」。
そして、「女性が活躍できない社会に未来はない」 。
さらには、「日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない」 「 日本人の3分の1以上が小学校3〜4年生以下の数的思考力しかない」等々。

本書は、世界的なベストセラーになった「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」で語られている事実(ファクト)と同じような視点で書かれている。
たとえ不都合な真実であったとしても…
事実(ファクト)を知ることはとても大事だ
posted by Dr.モーリィー at 18:47| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月28日

No 5322   【アウトプット読書】

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【アウトプット読書】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



「アウトプット読書」は、「話す」「伝える」「書く」力など、仕事に必要なあらゆる能力を一気に上達させる読書法です。
読んだ本を自分のスキルに変えていくためには、本は読んだらすぐアウトプットしていくことです。
読書というのはこのアウトプットがあってこそ意味のあるものになります。
なぜなら読みっぱなしだと、どうしても内容を忘れてしまうものだからです。
仕事にも人生にも何も生かされないまま、記憶のもくずと消えてしまうわけです。

その点、読んだ本を何らかの形でアウトプットすると、記憶に定着しやすくなります。
何かのときに「そう言えば、あの本に…」と思い出す機会も増えるでしょう。
読書体験がどんどん実生活に生きてきます。

本を読むことそのもので養われる力もあります。
たとえば「思考力」。
本に書かれた文字を追い、それを頭のなかで咀嚼して意味を理解する。
その繰り返しが、思考力を鍛えるトレーニングになります。
同時に「集中力」や「忍耐力」、「文脈を理解する能力」「要点をつかむ能力」「語彙力文章力」など、仕事に必要な基本的な能力が養われます。

どんなジャンルの本でも読めば、その本がテーマとする情報や知識が得られます。
それによって仕事の幅が広がることはもちろん、発言や文章に教養がポロリとこぼれる知性を光らせたり、本を砥石に人格が磨かれたり、たくましい精神力・豊かな想像力・創造力が身に付いたり。
そのメリットは計り知れないです。

インプットした本の内容をアウトプットする方法については、例えば…
本の内容や、それを自分の仕事・人生にひきつけての感想・意見などをSNS発信する。
本の印象的な言葉や文章を引用して、メールや文章を書く。
本で学んだ知識やスキルを仕事の場で実践する。
本で得た偉人の教えや言葉を生活のなかで実践する。
本で得た知識や教養を会話に生かす。
そういったさまざまな形で、本で学んだこと・身につけたことをアウトプットしていくのです。

『本は読んだらすぐアウトプットする! ―「話す」「伝える力」「書く力」がいっきにつく55の読書の技法』興陽館

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齋藤孝氏は、本書の目次には、こんなことが書いている。
「本は“2割読み”飛ばし読みする」「本は順番通りに読まない」「本は20分で読む」「引用で文書を作成する」「語彙力をつける」「いい文章を書き写す」等々。

「本は“2割読み”飛ばし読みする」については、
『「最初から最後まで、極力、一言一句の“読み漏らし”なく読み切らなければ、その本を読破したとは言えない」という思い込みがあります。
「2割読んで、その本の全体で言いたいことの半分以上をつかめたらOK。読破したこととし、つかんだ内容をしっかり記憶にとどめよう」
こんなふうに言うと、「えっ、たったの2割?残りの8割にすごく大切なことが書かれているかもしれないじゃない。そもそもそんな読み方は、読書の邪道だよ」とあなたは反発するかもしれません。
けれども、せっかく買った本をろくすっぽ読みもせず、あるいは本の内容を何一つつかめず、ほぼまっさらな状態で放置するよりも、2割でも読んだようがずっとマシだと思いませんか?」
「2割」と言っても、最初の5分の1を読めばいい、ということではありません。
大事だと思われるところを2、3ページずつピックアップしながら、飛ばし、飛ばし読んでいくのです。
いわゆる「飛ばし読み」。
ただし、この読み方は文学作品には馴染みません。
おもに仕事で必要な情報や知識、教養を得るための読書で使えます』

読書において、多くの人は意外に完璧主義だ。
全部読まなければ、読んだことにはならない、と。
しかし、そうやって完璧を目指せば目指すほど、読書からは遠ざかることになる。
なぜなら、本を読み進めるうちに、難しいところや、理解できない箇所があり、そこでつっかかってしまうことは多い。
そこが読破できなければ、次の本を読まない、と頑張っているうちに一年たってしまう、というようなこと。

これは、読書だけでなく、何かを始めるときに意外に起きやすい盲点だ。
「続く人」と、「続かない人」にはこんなところに違いがある。

逆に言うなら、アウトプットを前提に本を読むと、読書量は飛躍的に増える。
アウトプット読書を極めたい
posted by Dr.モーリィー at 07:14| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月27日

No 5321   【いつもと違うことをする】

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【いつもと違うことをする】

小林正観さんの心に響く言葉より…


《「人格が病気をつくっている」らしい。それまでの生活でがん細胞を増やしてきた人は、自分がいままで否定してきた人格、対極に位置する人格を他人や社会に迷惑をかけない範囲で演じてみることで、増殖がストップするかもしれない。》

アメリカの心理学研究チームが「典型的な二重人格の青年を発見した」と報告したことがあります。
「二重人格」とは、一人の人間に異なる二つの人格が生まれるケースです。
この青年の場合、通常のA人格のときはオレンジにアレルギーがあり、別のB人格になるとアレルギー症状がサッと消えるという現象がわかりました。

「病気」はどうやら「人格」と連動していて、「心が健康」であれば、「体も健康」のようです。
だから、100歳以上の人に長生きの秘訣を聞くと、決まって「クヨクヨしないこと」という答えが返ってきます。

「すでに病気を抱えている人」の場合はどうでしょう。
「人格が病気をつくっている」とすれば、その病気の原因には、どこかに自分の人格によるものがあるように思います。
だとしたら、「自分の人格と正反対のこと」を意図的にやってみることが効果的なのではないでしょうか。

たとえば、実務一辺倒のモーレツ型だった人は、本などを読んでのんびりする生活を取り入れてみる。
あるいは、出不精(でぶしょう)な人は、ハイキングやアウトドアの趣味を取り入れたりしてみる…。
病気はそこから快方に向かうかもしれません。

『心を軽くする言葉 宇宙を味方の「か・が・み」の法則 (文庫ぎんが堂)』

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米国立老化研究所の研究では、『競争心が強く攻撃的な性格の人は、心臓発作や脳卒中のリスクが高い』という結果がでているという。(Hypertension)より
つまり、キレる人は、血管も切れやすいということ。
心の状態はすぐに身体に反映される。
イライラしたり怒りがわいたときは、血圧が上昇する。

《「自分の人格と正反対のこと」を意図的にやってみる》
これは、いつもと逆のことをする、ということでもある。

我々はついつい安定を求めてしまう。
毎日、決まった道を通り、決まった場所に通い、決まった人と話をし、決まったパターンの生活を続ける。
しかしそれでは、新しい体験ができないし、情報はアップデートされない。

いつもとは違った会や組織に参加して、違った人たちと会い、違った話をする。
すると、いつもとは違う情報が入り、結果としてチャンスが広がり、運がつく。

いつもと違うことをして運を引き寄せたい
posted by Dr.モーリィー at 07:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月26日

No 5320   【バカなことをしよう】

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【バカなことをしよう】

宇野千代氏の心に響く言葉より…


世間には人に笑われることを、しんからいやがる人があります。
しかし、人に笑われるのはそんなにいやなことでしょうか。
何か、とにかく今日から始めようと思うときには、何しろ何も知らないのに今日から始めるのですから、よく知っている人から見たら、どこかへんてこな、おかしなことがあるに決まっています。
そうではありませんか。
まぁ何に限らず、そういうものですね。
しかし、一ぺん人に笑われたら、あとは笑われた者の得だ。
私はそんな風にも思います。

あなたはあなたの一生の間に、一度もバカなことをしないで、暮らす積もりなのですか。
そんなことが出来るくらい、あなたは悧巧(りこう)なのですか。
私はあなたに、一度か二度くらいは、バカなことをしてごらんなさい、と言いたいのです。
私は一度か二度ではなく、四度も五度も、とてもバカなことをしたものですが、その度に、あっ、またやったな、と思って、その瞬間から、あと戻りして、やり直したものです。

あなたはバカなことをしたら、一生、とり返しがつかない、とでも思っているのですか。
人生とは、そんなに不自由なものではありません。
バカなことはしたくない、と言う気持ちの中には、バカなことをして、損をするのはバカらしい、と言う、損得の感情がひそんでいるのではないか、と思うのですが、どうですか。
あなたは吝嗇(けち)なのです。
物質的な意味ではないが、精神的な意味では吝嗇なのです。
その吝嗇な心をもって、人生の大きな損をとり逃がすようなことがあるのではないかと、私はそれを惧(おそ)れているのです。

『幸福は幸福を呼ぶ (集英社文庫)』集英社文庫

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小林正観さんは、「毎日がむなしい」「毎日がつまらない」「自分が嫌い」という人が、した方がよいことがあるという。
それが、「バカなことをする」こと。
バカなこととは、金銭的、経済的に、まったくプラスにならないこと。
バカなこと、一銭にもならないこと、誰にも評価されないことを一生懸命にやること。
すると、自分が愛(いと)おしくなり、心が豊かになる。

アントニオ猪木氏のこんな詩がある。
「馬鹿になれ
とことん馬鹿になれ
恥をかけ
とことん恥をかけ
かいてかいて恥かいて
裸になったら見えてくる
本当の自分が見えてくる
本当の自分も笑ってた
それくらい 馬鹿になれ」

たまには、思い切ってバカなことをしてみたい
posted by Dr.モーリィー at 06:34| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

No 5319   【生きよう今日も喜んで】

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【生きよう今日も喜んで】

平澤興氏の心に響く言葉より…


ほんとうの大物は、よい意味でどこか足らぬところがある。
それが、また魅力であり、風格である。

その人の味とは、人柄であり、面白み、明るさ、バラエティー、愛嬌、ユーモア、魅力などである。

人物が出来れば出来る程、大賢は愚に似たりで、話すほどに、飲むほどに、いわゆる癖のない型に嵌(はま)った人にないものが風格として出て来るものである。

真面目さはよいが、常識的なものでは大物にはなれぬ。
俗にいう真面目さ以上のより高い、愚かさという程の真面目さがなければならぬ。

愚かさとは、深い知性と謙虚さである。
人に窮屈さを与える真面目さでは、ほんものにはなれない。

冗談を言うても、酒を飲んでも、どんなことが起こっても、びくともせぬ人間になることである。

一杯飲みながら、人から悪口を言われながらも、面白いなあと言える程、深さとおろかさ(謙虚)が大事である。
その悪口に対する反論はやすやすと出来るが…。
楽しくにこにことして飲むのは、常識でいう真面目さ以上のものである。

『生きよう今日も喜んで (活学叢書)』致知出版社

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「徳を隠匿(かく)し、愚を養う」
という言葉を、 尾関宗園老師は残している。

『愚を養うとは、「バカになり切れ」ということ。
たとえば、社会的にも地位があったようなエリートが、海外支店が閉鎖のため失職してしまった。
彼は、今さら小さな企業には就職できない、と。
誰もが自分の落ち目や恥ずかしいことを見せたくないと思う。
そして、ありのままの自分をさらけ出せずに、立派な自分を見せようとする。
愚の部分を隠そうとする。
自分の賢の部分だけを養うのではなく、愚の部分に栄養をつけてやる。
すると、誰に見られようと、何をいわれようとも腹も立たなくなる。』(大丈夫や!きっと、うまくいく)より

日々、愚を養いたい
posted by Dr.モーリィー at 07:25| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月24日

No 5318   【爆笑顔は幸運を招く】

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【爆笑顔は幸運を招く】

櫻井秀勲氏の心に響く言葉より…


運をつかむ人で共通している点は、いい笑顔であることです。
この「いい笑顔」がむずかしいもので、昔からJAL、ANAなどの乗務員は、徹底的にこの笑顔を叩き込まれてきました。
彼女たちの笑顔をじっくり見ていくと、相手を楽しませようという種類の笑顔ではありません。
むしろ安心感を与えるような笑顔です。
いわば赤ちゃんに対する母親的な笑顔に近いかもしれません。

男の中には、この笑顔のできない人が大勢います。
笑顔にならないのではなく、できないのです。
これは作家に多く、文豪といわれた谷崎潤一郎、川端康成などがそうでした。
しかし、これらの人たちは、遠い昭和中期の作家であり、別に笑顔になる必要もない時代でした。

これに対し、同じ文豪でも現代に近づくと、たとえば三島由紀夫は笑うと、豪快な声がひびき渡りましたし、松本清張のはにかみ笑いは有名です。
作家というと、むずかしい顔をしているように思われますが、実際はまったく違います。
特にテレビが家庭の茶の間に入ったことにより、堅苦しい顔はタブーになったからです。
これは企業の経営者でも同じで、仏頂面でテレビに出演したら、たちまち株価が下落することもありそうです。

人間学では、爆笑顔を最高としています。
「笑う門には福きたる」という言葉は、不滅の真理といってもいいでしょう。
では爆笑顔はなぜ幸運を招くのでしょうか?
それはなんのわだかまりもなく、すべてをさらけ出しているからです。

幸運は、自分一人だけでつかめるものではありません。
相手がいて初めて、運は成り立つのです。
なかなか本心を見せない人と、すべてをさらけ出してくれる人がいたら、あなたはどちらに心を開きますか?
爆笑できる人は、自分をさらけ出せせる人です。

そして、そんな人には福を授けたくなるものです。
その人のところに仕事が持ち込まれても、不思議ではありません。
はにかみ顔やニコニコ顔も、不幸、不運とは関係ないように思えます。
だからこういう人に多くの男女が集まってくるのです。

なにも、むずかしい顔をして高尚な話をしなくても、運が巡ってくるのです。

『いつだって運がいい人の愛敬の法則』KKロングセラーズ

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小林正観さんのこんな言葉がある。
「憂うつ性の人が集まって、しめっぽい話をしている。
座はいよいよ打ち沈む。
ここに世に心配を知らぬ青年が、呵々(かか)と大笑して入ってくる。
一座は急に停電後点燈したように明るくなる。」

呵々大笑とは、爆笑することだ。
涙の出るほど、心の底から大笑いする。
破顔一笑(はがんいっしょう)とも似ている。

大爆笑できる人は、自分をさらけ出せる人。
爆笑顔で幸運を招きたい
posted by Dr.モーリィー at 06:35| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月23日

No 5317  休日当番

年に2回ほど回ってくる休日当番

鹿児島県歯科医師会の歯科医師会館が現在新築中のため
今年来年の 休日当番は 持ち回り制?で 自分のクリニックにて診療することになりました

初の試みのため スタッフの数や 来院患者数も予測ができず ドキドキしておりました

連休中ということもあり 朝から電話が多く 来院数も予想以上に
ばたばたした午前中を乗り越えて 昼食はなんとか取ることができました

午後は一転して ゆったりモード

普段とは少し違った診療内容に スタッフも学びが多かったのでは?

おいちゃんも 多くを学んだ 休日診療でした
posted by Dr.モーリィー at 23:20| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 5316  【ポジティブ・サムでいこう】

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【ポジティブ・サムでいこう】

樺旦純氏の心に響く言葉より…



心理学で「ゼロサム・ポジティブサムの法則」というのがある。
たとえば、会議であなたともう一人の社員がそれぞれ企画を出したとする。
どちらの企画も一長一短で、点数にすれば10のうち7ぐらいの出来である。

賛成票はまっ二つに分かれ、あと一押しで賛成票が増えるかもしれない。
さて、あなたなら次のどちらの手段を選ぶだろうか。

1. 何がなんでも自分の意見を主張し、相手の企画をけなして同調者を増やそうとする。
2. 相手の案も取り入れて、さらに良い企画を一緒に考える。

人が対立する場面では、この二つの相反する行動タイプに分けられる。
1.は、勝つか負けるかの考え方だ。
自分の企画が通れば、高い評価を得られるが、相手に賛成票が集まれば、自分に評価は与えられない。
他人の成功は自分の失敗、自分が負けたらあきらめるしかないというように二者択一に考える。

一方の利益が増せば他方の利益が減り、それぞれの利益を足し算するとゼロになることから、こうした事態を「ゼロ・サム」という。
つまり、相手のマイナスによって、自分の側はプラスになるという考え方である。

2.は、相手の案にも良いところがあれば、自分の企画と合わせて再検討し、より良い企画を立てようというように、互いにとってプラスとなる解決方法を探す。
両方とも勝つか、両方とも負けるかという考え方だが、両方とも負けてはどちらも損をするので、自分と相手が共に利益を得る方法を取ろうとする。
このように、相乗効果を優先させることをポジティブ・サム(正の和)という。

勝つためには相手を蹴落とす、能力ある人間の足を引っ張るという考え方は、ゼロ・サムの発想だ。
常に目先の損得にこだわり、相手の立場を考慮することもない。
その場その場は得をしているように見えても、いずれは信用を失くし、本当に困った時、誰の協力も得られない。

一方、互いの相違点を認め、相乗効果を図るポジティブ・サムの考えかたをする人は、相手に信用され好意を持たれる。
ビジネスを離れたつき合いにも発展しやすく、思わぬ人脈を得ることも少なくない。
より多く幸運に恵まれ、社会的にも成功する。
長期的にみたら、こちらの方がよほど「お得」なのである。

『運のいい人の習慣 (幸運を引き寄せる80のつぶやき)』KKロングセラーズ

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「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」(相田みつを)
という言葉があるが、まさにこれがゼロ・サムとポジティブ・サムの考え方。

勝つか負けるかと戦い、奪い合うなら、どちらかが倒れるまでやるしかない。
しかし、どちらもよし、とわけ合うならその力は倍増するかもしれない。
自分が勝つために、相手を蹴落とし、足を引っ張るなら、一時はうまくいったとしても、その勝利は空しいし、長くは続かない。

舩井幸雄氏の提唱する「包み込み」の発想とも似ている。
『自分の可能性を広げたいのであれば、人にも、物事に対しても、区別をせず、まずは包み込みの発想で何事も受け入れることを心がけてみましょう。
細かく区別するという発想を先行させると、包み込めず、人は小物になっていくだけです。』(舩井幸雄・未来をつくる言葉)

ポジティブ・サムの実践を重ねたい
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2019年09月22日

No 5314   【人生のステージが変わるとき】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生のステージが変わるとき】

本田健氏の心に響く言葉より…



次元上昇は、つねに人との出会いで始まります。
なぜなら、あなたの次元が変わるのは、違う次元にいる人から手をさしのべられることがきっかけになるからです。
したがって積極的に出会いを求める人のほうが、次元上昇は起きやすくなります。
積極的に出会いを求める人のほうが、人生がおもしろくなる、運が開けやすくなる、ともいえます。

あなたの過去の次元上昇を思い出してみてください。
人生が大きく変わった、生活パターンがガラリと変わったときというのは、そのきっかけとして、誰かとの出会いがなかったでしょうか。
これまでの人生のステージが変わるとき、「貴人」と呼べるような人生を変えてくれる恩人と出会っているはずです。

それは学校の先生だったり、部活の先輩だったり、仕事で知り合った経営者、親戚のおじさんだったりするかもしれません。
そういう人が、あなたにチャンスを与えてくれます。
それは、転職だったり、起業だったり、結婚だったりします。

あなたの貴人は、成功している人ばかりではありません。
それは、近所のおばさんだったり、趣味のサークルの友だちだったり、まったく想定外のシチュエーションで、あなたの人生の次元上昇のきっかけをくれるのです。
そういうドラマが、人生のおもしろいところなのです。

目標達成型で生きている人は、有力者に手紙を書いて、何かの推薦をお願いしたり、一緒に仕事をするようにもちかけるでしょう。
しかし、シンクロニシティを大切にして生きる人は、誰が自分の人生を開いてくれるのかを注意深く観察しています。
そして、誰かに何かを言われたら、「これって、すごいチャンスかも」ということがわかります。
相手がどういう人でも、関係ありません。
シンクロニシティは、有名人や成功している人が必ずしも引き起こすわけではないことを知っているからです。

『(文庫)決めた未来しか実現しない (サンマーク文庫)』

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「成功はランダムにやってくる」(フランス・ヨハンソン)という本がある。
成功の多くは、偶然の出会いや、突然のひらめき、予期せぬ出来事から始まる、という話だ。

それは、「セレンディピティ」であり「シンクロニシティ」ということでもある。
セレンディピティとは、求めずして思わぬ発見をする能力のことであり、運よく思いがけないものを発見する力のこと。
また、「シンクロニシティ」とは、普通ならありえない確率の出来事が、意味のある偶然の一致として現れること。共時性ともいう。

セレンディピティやシンクロニシティを起こりやすくするには…
◆素直でいること。
◆多くの人と会うこと(いろいろな会に顔をだすこと)。
◆インスピレーションや直観を大事にする。
◆いつも機嫌よく、ポジティブでいること。
◆自分の知った情報やアイデアを惜しみなく周りに伝えること。
◆合いそうな人同士を紹介する。
◆常識にとらわれないこと。

「人生のステージが変わるとき」
人との出会いを大切にしたい
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2019年09月20日

No 5313   【出来事をどう捉えるかが重要】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【出来事をどう捉えるかが重要】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



私たちは幸せになるために生まれてきました。
その「幸せになる」というのは“権利”ではなく、“義務”なんです。
みんな一人ひとりが自分を幸せにしたら、世界中の人が幸せになって、この世が天国になります。

神様もそれを望んでいるし、そのことを前提にして「この世のしくみ」をつくっているんです。
そのことがわかっている人は、自分に起こる出来事をすべて「幸せになるための種」と考えるんだよね。
でも、逆にそのことがわかっていないと、どうなるかわからない将来のことを不安に思って「取り越し苦労」をしたり、過去の失敗をいつまでも引きずって「持ち越し苦労」をしたり、人の不安まで背負って「持ち出し苦労」をしちゃうんです。

たとえば病気って、するときはするようになっているの。
ケガもするときはするの。
それで、ケガをしたときは「ケガをしたんだ」と思えばいい。
病気したときは、ただ病気したの。
そうすると、健康のありがたみがわかったり、そこからいろんなことを学んだりするんだよね。

そして、「どうすれば病気でも上品に生きられるか」とか、「周りの人に心配をかけずに生きられるか」とか「自分の心が落ち込まないように生きられるか」とか、起こったことから「幸せになれること」を考えればいいんだよ。
「幸せ」とは“心のあり方”だから、その出来事をどう捉えるかが重要なんです。

『斎藤一人 品をあげる人がやっていること』サンマーク出版

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斎藤一人さんは「捉え方」が大事だという。(本書より)
『よく「過去は変えられないけど、未来は変えられる」って言うけど、一番に変えなきゃいけないのは「今」なんです。
今、不幸な人は、不幸なことを考えているから、未来も不幸になるよね。
過去に起こってしまった出来事を変えることはできないけど、そのことの“捉え方”を変えることはできるんだよ。
そうすると、過去に起こった不幸な出来事も捉え方を変えて「幸せの種」にすれば、未来も幸せになるんです。』

目の前に起こる現象には「幸」も「不幸」もない。
すべては「捉え方」や「見方」で変わってくる。
貧乏や、病気や、事故など、厳しい現実があったから今の自分がある、「ありがたい」と思う人もいれば、自分はツイてなかった「不幸だ」と思う人もいる。

そのためには、ことあるごとに自分の「機嫌を取る」ことが大事。
なぜなら、自分の機嫌を直すのは自分しかいない。
人に機嫌を取ってもらうということは、「おべっかを使ってもらう」ことであり、「おべんちゃらを言ってもらう」こと。

「出来事をどう捉えるかが重要」
いつも上機嫌で、物事を「軽く」「明るく」捉えることができる人でありたい
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2019年09月19日

No 5312   【エネルギーダウンしている人がいたら】

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【エネルギーダウンしている人がいたら】

小林正観さんの心に響く言葉より…



《「褒めっぱなしメガネ」で人を見つめられる人の周りには、常に温かさが満ちていくでしょう。》

人間にエネルギーを吹き込むものは、「感謝」「笑顔」「賞賛」の3つです。
「ありがとう」と感謝されると元気になる。
そして「笑顔」を向けられると元気になる。
さらに「今日の服は素敵ですね」など、何でもいいから褒められると元気になるのです。

これら3つと反対の概念は、「あらさがし」「不機嫌」「不平不満」。
これらは周囲の人々のエネルギーを奪います。
エネルギーダウンしている人がいたら、「頑張って」とは言わず、「感謝」「笑顔」「賞賛」で、あなたはあなたのままでいい、あなたがいてくれて嬉しい、と言ってあげれば元気を取り戻します。
自分を否定してしまっているようなとき、賞賛でエネルギーが充電されます。

充電できるよう、「褒めっぱなしメガネ」で人を見つめ、いつも温かく優しい言葉を投げかけましょう。
人にエネルギーを吹き込むことができる人の周りには、温かさが満ちていくことでしょう。

『宇宙も神様もぜんぶ味方につける習慣』宝島社

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小林正観さんは、「温かさ」についてこう書いている。(本書より)

『親子関係で悩む人は少なくありませんが、もともと子どもは、親を慕うようにできています。
しかし「正しいことを言えば、わかってもらえる」とか「これは常識的なことだから」という考えでいたら、うまくいきません。
人はいつも「正しい」ことではなく「温かいもの」を受け入れるからです。
人間関係が柔らかく温かいものであれば、問題はクリアされていきますが、その人との関係がうまく形成されていなければ、いくら正しいことを主張しても聞き入れてはくれません。
説得力を磨くより、「温かく柔らかな人間関係をつくる」という解決方法を覚えておくといいですね。
子どもを言い聞かせ教育していくより、親が“実践者”として見本になっていきましょう。
親子関係がいいものになれば、ほかの部分までうまく回り始めます。
一番身近な人間関係を見つめ直し、築いていく。
子どもは、それを教えに来てくれている、とても貴重な存在だと思えるのです。』

「春風を以(もっ)て人に接し、秋霜(しゅうそう)を以て自ら粛(つつし)む」
という、江戸時代の儒学者・佐藤一斎の『言志四録』に出てくる言葉がある。
人に対しては、春の風のように穏やかで和やかな心、温かな気持ちで接し、自分に対するときは秋の霜(しも)のように厳しい心で自分を律していかなければならない、という意。

説得力を磨くのではなく、「温かく柔らかな人間関係をつくる」 こと。
そして、人間にエネルギーを吹き込むものは、「感謝」「笑顔」「賞賛」。

エネルギーダウンしている人がいたら…
春風のごとく、穏やかで温かな気持ちで接したい
posted by Dr.モーリィー at 06:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月18日

No 5311   【「自分が必要とされている」と思える場所がありますか?】

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【「自分が必要とされている」と思える場所がありますか?】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



《「自分が必要とされている」と思える場所がありますか?》

「自分が必要とされている」と思えることは、人間にとって大きな喜びです。
充実感、自己肯定感が湧き、生きる意欲にもつながります。

たとえば、仕事でこれまで自分がリーダーとして進めていたプロジェクトの中心が後輩や部下に移り、オブザーバー的な立場になってしまったとき。
あるいは、子どもが成長して自分たちの世界ができ、休日を親であるあなたと一緒に過ごさなくなったとき。

「やっと自分の時間ができる」とホッとする…とは限りません。
むしろ自分が必要とされなくなっていくことへの一抹の寂しさを感じるものです。

私たちは日常さまざまなかたちで人との「関わり」を持っていますが、ふだんはそのことをあまり意識していません。
当たり前のこととしてあった「関わり」や「関係性」に変化が生じて初めて、今まで自分が必要とされていたことに気づくのです。
人間は、やはりつながっていたい、社会から必要とされていたいもの。
自分の担っていた何かの役割が終わって心寂しさを感じるようなことがあったら、「役割を果たせそうな場所」を新たに見つけましょう。

よくないのは、「自分は世の中から必要とされていないのではないか」と考えすぎて、内にこもってしまうことです。
それがエスカレートしていくと、「必要とされない自分には、価値がないのではないか」といった考えにまで陥ってしまいます。
「必要とされる」ことを受動的に捉えるのではなく、「自分が何か役に立てることはあるか」「世の中に貢献できることは何か」という視点を持つことが大切です。

人と人、何かと何かをつなぐために自分にできることを探す。
血のめぐりもそうですが、人のつながりも滞ってしまうとよくないので、流れをよくする、めぐりをよくすることが大事です。

地域のボランティアのようなニーズはたくさんあります。
自分は社会における血液のようなもの、「血の一滴」だと考えてみてください。
社会の血液として、役割を果たすことができていると思えたら、あなたは大丈夫。

『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す (光文社新書)』光文社新書

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日本経営合理化協会会長、牟田學氏のこんな言葉がある。(社長のいき方・PHP研究所)より

『テーブルの上に置いてある1個のグラスは、それがどんな形であっても、決して生命体ではない。
しかし、喉がカラカラに渇いた人が、そのグラスに水を汲んで飲む。
そうすると、グラスはその人によって生かされ、生命を持つ。
つまり、生きていることになる。
キェルケゴールは、存在しているものはみんな生きていると説いている。
たとえ、それが生命体であってもなくても、別の個体に強く必要とされるものは、その存在の価値が高くなり、長く生き続けることができると教えている。
この哲学は、実存主義として、フランスのサルトルやボーボワールや、インドのタゴールによって主唱され、21世紀の哲学として資本主義社会の中で生き続けて久しい。』

人は、「あたながいてくれてよかった」と、その存在を強く必要とされたとき、生きがいを感じ、生きていてよかったとじみじみ思う。
そして、一個のグラスと同じように、人によって生かされ、生命を持つ。

人に必要とされる人は、何かを与え続けている人。
「自分の居場所がない」「必要とされていない」と感じる人は、もらうことばかり考えている人。
「もらうこと」に焦点を当てるのではなく、「与えること」に焦点を当てること。

たとえば…
「あなたが必要だ」と誰かを応援すること。
自分の知識や情報をシェアし、発信し続けること。
頼まれたことを快く引き受けること。
いつも機嫌よく挨拶し笑顔でいること。
まわりがほっこりするような愛語を発し続けること。

ギブ&テイクではなく、ギブ&ギブ。
テイク(もらうこと)を前提に、与えるのはダメ。
見返りを求めない、ギブ&ギブかどうかをお天道さまは見ている。

《「自分が必要とされている」と思える場所がありますか?》
「あたながいてくれてよかった」と、その存在を強く必要される人でありたい
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2019年09月17日

No 5310   【「才能」がある人は洞察力がある】

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【「才能」がある人は洞察力がある】

坪田信貴氏の心に響く言葉より…


鹿島神流第十八代宗家である剣術の達人であり、最後の剣豪とも言われている、國井善弥(くにいぜんや)という人がいます。
相手の望む条件での他流試合を受けながらも、生涯不敗であったと言われています。
現代の宮本武蔵ということで、“今武蔵”“昭和の武蔵”とも呼ばれています。
彼は、戦後、GHQから提案された試合(銃剣を持ったアメリカ兵との一騎打ち)に一瞬で勝利して、当時禁止されていた剣道・柔道・弓道などの日本の武道を復活させた立役者でもあります。

この國井善弥の師匠が、新陰流免許皆伝の佐々木正之進。
若き日の國井は、この師匠に練習をつけてもらうため、住み込みで弟子入りしました。
しかし内弟子としての最初の数ヶ月は、ひたすら師匠の雑用をやらされたそうです。
あれを持ってこい、これ持ってこい、あれやれこれやれと言われ続けるばかりで、剣術の修行は一切つけてもらえない。

そうして3か月ほど過ぎ、このままでは単に雑用係でしかない、と思い始めます。
剣術の稽古をしてほしくて弟子入りしたのに、朝から晩まで師匠の身の回りのお世話で1日が終わってしまうのですから仕方のないこと。
しかも、その師匠の言い付け方にも不満がありました。
「それ」とか「あれ」といった言葉で、曖昧な指示しか出してくれなかったのだとか。
これでは具体的に何を求められているのかが、わからない。

半年くらい経った時点で、こんなことをやっていても意味がない、このままでは自分の人生の貴重な時間を無駄にしてしまう、と思い至り、夜中にこっそり逃げることにしました。
しかし、師匠に見抜かれます。
そして「やはりそうか。何をしようとしているんだ」と言われます。
國井としては逃げようとしていたとは言えず、口ごもっていたら、道場に連れて行かれます。

國井は、もはや何をされても仕方ないと覚悟しました。
すると師匠が白線を1本、すーっと引いた。
そして「この上に立て」と促され、木刀を渡される。
さらに師匠は、自分で自分に目隠しをしたんです。
そして白線の上に立って、木刀を手にして構え、こう言いました。

「思い切って打ってこい。自分は攻撃をしない」
いくら師匠とはいえ、目隠しをしている人を相手にする以上、どう考えてもこちら有利、思い切り打ったら、師匠に怪我をさせてしまう。
逡巡する國井の気持ちを見抜いたのか、さらに言います。
「怪我をさせてしまうと思っているのかもしれないが大丈夫だ。とにかく全力で打ってこい」と。

もはやこれはやるしかない。
國井は目をぎゅっと瞑り、エイヤ!と声を上げて打ちに行きます。
しかし、打ったはずの瞬間に目を開けたら、目の前には誰もいない。
ハッと気づくと、相対していたはずの師匠が國井の真後ろにいました。
目隠しをしていた師匠が、いつの間にか後ろにいて、そればかりか、國井の後頭部で木刀を寸止めしている。

このとき師匠はこう言ったそうです。
「雑用をさせられてばかりで、お前は何も教えてもらっていないと思っていたのかもしれないが、私が教えていたのはこれだ」と。
でも、またまた國井には、師匠が何を言っているのかわからなかった…。

さて、師匠が伝えたかったことは何でしょうか。
師匠は、“わかりにくい言葉で”“無駄に”雑用を申し付けていたわけではなかった、「お前に足りないのは洞察力だ」ということを伝えたかったのだ、と言われています。
つまり、「『心眼』の獲得のためだった」と。

剣術というのは洞察力が大事です。
相手が右へ動こうとしているのか、それとも左か、打ち込みたいと考えているのか、何かを仕掛けようとしているのか…。
そういったことを瞬時に察知し、相手の隙を突かないと、やられてしまう。
使う木刀が“真剣”であれば、斬られることはすなわち命を奪われること。

そう考えると、これまで「ただの雑用だと思っていたこと」に、ちゃんとした意味があることがわかってきます。
師匠が朝起きて縁側に座ったとき、何を求めているのか?
「あれを持て」と言われたときの「あれ」とは何か?
新聞だろうか?と考えるわけです。
そして新聞を読むのであればメガネがいるだろう、お茶でも飲みながら読みたいだろう、と想像力、洞察力を働かせる。
國井が何ヶ月も「雑用だと思っていたこと」は、実は、洞察力を磨くための訓練だったのです。

自分が師匠から言い付けられていることはただの雑用だと思い込み、その背後にある意味もわからずに、自分の頭で考えることもなくぽーっと指示待ちをしているだけであれば、剣術を身につけるための第一歩さえも踏み出せていない、ということ。

『才能の正体 (NewsPicks Book)』幻冬舎

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坪田氏は本書の中で「才能」についてこう語る。
『相手が何を求めているのか?
これを想像し、洞察し、察知することは、勉強にもビジネスにも必要最低限のこと。
ビジネスでも、取引先や顧客が何を求めているかを考え、「相手が欲しいもの」を提示することが基本です。
相手や市場のニーズを察することのできる人が、ビジネスでも成功する。
それが実際はどういうことかというと、相手の次の動きを想像できるくらい、観察・洞察・想像することです。
そして、そこまでして、相手の思考や行動を見抜けるようになる人のことを、いわゆる「才能がある」と言うべきなのではないかな、と僕は思います。
才能がある人というのは「結果」を出せる人です。
結果はどういう人が出せるのか。
洞察力がある人に他なりません。
洞察力とは、物事を深く鋭く観察し、その本質や奥底にあるものを見抜くことであり、観察しただけでは見えないものを直観的に見抜いて判断する能力のことです。』

洞察力や想像力のある人は、「カンが働く人」「先の読める人」「察しが良い人」「センスのいい人」「ひらめきのある人」。
反対に、洞察力や想像力のない人は、「カンの鈍い人」「先の読めない人」「察しの悪い人」「人の気持ちの分からない人」「空気の読めない人」「場の雰囲気が分からない人」。

仕事にしても、言われたことしかできない人、指示待ちの人、依存心の強い人、受け身の人は、洞察力や想像力を働かすことはできない。
つまり、先回りして考えることができないので、仕事がどんどん遅くなる。

『「才能」がある人は洞察力がある』
時代を生き抜く、洞察力を身につけたい
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2019年09月16日

No 5309   夜間当番!

年に1回から2回廻って来る 夜間当番医

今回は16日祝日の夜間当番でした

おいちゃんは 23日祝日の休日当番医もあるので
メインの当番医は 辻院長にお願いして
サブで 仕事しながら お手伝い!

スタッフ3名に 大感謝でした!

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No 5308   【礼節ある人には「声がかかりやすい」】

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【礼節ある人には「声がかかりやすい」】

クリスティーン・ボラス氏の心に響く言葉より…



礼節ある人は出世が早い。
仕事で優れた業績をあげる可能性が高い。
本当だろうか、と疑う人もいるだろうが、間違いなくそうだと断言できる。
いくつかの例を紹介しよう。

《仕事が得やすい》
まず言えるのは、礼節ある人には「声がかかりやすい」ということである。
何かを一緒にやろうと誘われる機会が多い。
考えてみてほしい。
あなたが仕事中、同僚に何かを手伝ってもらう必要が生じたとき、声をかけるのはどういう人だろうか。
いつも親切で愛想の良い人だろうか。
それとも、より有能だが、態度が大きくて無礼な人だろうか。
職場での人間関係について1万人以上を対象に行われたアンケート調査ではこういう結果が出た。
協力を頼む同僚を選ぶ時は、自らに「この人と働くと楽しいだろうか」と問いかける人の方が、「この人は、手伝ってもらう仕事に詳しいだろうか」と問いかける人よりも多い。
つまり、他人に優しく接している人、気分の良い接し方をしている人の方が、声がかかりやすいということだ。
人に何かを頼まれる機会が多ければ、能力を証明する機会も多くなるし、良い評判も広まりやすくなる。
そしてますます、選ばれる機会が増えていく。

《幅広い人脈が築ける》
礼節ある人はそうではない人よりも、たやすく大きな人的ネットワークを築くことができる。
ネットワークが大きくなればそこに有能な人が含まれている可能性も高まるだろう。
ソーシャルメディアなども発達した現代では、自ら積極的に動き回って大規模な人的ネットワークを築こうとする人も多い。
ただし、熱心なだけではネットワークはなかなか広がらない。
それに加えて、その人に礼節がなければ周囲に人は集まってこないだろう。
コンピュータのネットワークでの人間関係においても、礼節が重要な意味を持つと感じている人は多い。
礼節ある人は、発想、情報、人をつなぐ役割を果たすことができる。
またネットワークの恩恵、利益を誰より多く享受するのも礼節ある人自身である。
反対に、無礼な人には、ネットワークからの利益がもたらされることは少ない。

《出世の可能性が高まる》
礼節ある態度の利点はそれだけではない。
もしあなたが企業の中でリーダーの地位まで上りつめたいと願うのなら、周囲の人たちにその地位にふさわしい人だと思ってもらう必要がある。
私がサリー大学とロス・アンデス大学とともに実施した調査では、一般に礼節ある(他人の尊厳を認め、誰に対しても敬意ある礼儀正しい接し方をする)人ほど「リーダーにふさわしい」とみなされやすいという結果が得られている。
また企業内での業績も約13パーセント、礼節ある人の方が高いというデータもある。
自分が礼節ある人間であるという証拠を見せると、周囲の人に有能なリーダーと思われやすくなるということもわかっている。
世界各地の合計2万人の会社員を対象に実施した調査でも、「敬意ある態度で人に接する」ということが、リーダーが皆の忠誠心を勝ち得る上で何より重要だとわかった。
同種の69の調査結果をまとめて分析した研究者によれば、今、望ましいとされるリーダー像は昔とは違ってきているという。
今、望ましいとされるリーダーは、「気配り」「優しさ」「思いやり」など従来「女性的」とされてきた資質を持った人らしい。

礼節ある態度とはたとえば、人に感謝する、人の話をよく聞く、わからないことは謙虚に人に尋ねる、他人の良さを認める、成果を独り占めせずに分かち合う、笑顔を絶やさない、といったことを指す。
こうした態度は業績の向上にも役立つ。
反対に、無礼な態度は、仕事で成果をあげる上で足枷になってしまう。

『Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』東洋経済新報社

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この本の原題は、「Think CIVILITY(シンク シビリティ)」という。
シビリティとは礼節とか礼儀正しさのことだ。
礼節は礼節を生み、無礼は無礼を呼ぶ。

礼節のある人は…
◆笑顔を絶やさない
◆不機嫌にならない
◆相手を尊重する
◆与える人である

また、会社においては…
◆礼節を評価する仕組みがあるか
◆陰で頑張る真の礼節ある「スター社員」を評価し報いる
◆同僚を助ける人に気づく仕組みがあるか

『最近、政治の世界でシビリティ(Civility)という表現が良く使われ、トランプ政権以来、この言葉は頻繁に利用されるようになった。
簡単に言えば、政敵に対しても礼儀、尊敬および丁寧な言動を意味するが、米国でのシビリティの観念は歴史的に古い。
顕著な政治的紛争が続いている状況下で、心理学者は、米国がシビリティ.クライセス(Civility Crisis: 礼儀の危機)に直面していると指摘している。』(By ABC News)

礼節ある人には「声がかかりやすい」…
礼節ある人間には限りない魅力がある
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2019年09月15日

No 5306   【「本音で話す」は武器になる】

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【「本音で話す」は武器になる】

角田陽一郎氏の心に響く言葉より…



皆さんは日々の仕事人生で「本音」を言えてますか?
「上司の意見に異議を唱えたいが、言い出しづらい」
「斬新な企画を思いついたが、会議で反対意見が多そうだから躊躇している」
「部下のふるまいを注意したいが、やる気をなくされたり、パワハラと受け取られたりすると困る」
「相手の本音を引き出したいが、なかなか心を開いてくれない」

「本音」とは、本心から出た言葉のこと。
対義語は「建前(たてまえ)」です。
本音と言われてピンと来なくても、建前の逆だと聞けばよくイメージしやすいでしょう。
会社組織というものは多かれ少なかれ建前で動いており、そこで働いている我々は、往々にして本音を隠してふるまうことを求められます。

たしかに建前を使えば衝突は避けれられますが、意に反する言葉や行動を、組織や世間、また“場の空気”といったものによって強要されることで、多大なストレスをこうむることも少なくありません。
また、特に現代社会においては、建前ばかりを振りかざす社風のある組織は自己変革の機会を失い、いずれ成長が止まるでしょう。

とはいえ、今までまったく本音が言えていなかった人が、いきなり「全部出し」するのは、現実感がありません。
周囲と揉(も)めに揉めて疲弊してしまっては、本末転倒です。
なので、私がおすすめしたい基本方針は「本音は、ちょっと出す」です。
「本音をちょっと出すと、人生がうまくいく」です。

『「本音で話す」は武器になる』PHP研究所

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角田氏は本書の中でこう語る。
『何より、現在のインターネット社会は本音を伝えやすい、というより、本音しか信用されない空間なのです。
ある会社がお題目のように企業理念を連投したり、お仕着せの言葉で「この商品は素晴らしい商品です」と連続ツイートしたりしたところで、誰の心にも響きません。
どちらかと言うと「嘘っぽいな。本当にそう思っているのか?」と疑われてしまいます。
そんなツイートよりも、一個人であるブロガーがある商品を徹底的にテストした結果をリポートしたほうが、ずっと信用されるでしょう。
極端な話、超大企業の公式ツイートより、角田陽一郎の切実なつぶやきのほうが信用されることも珍しくない世の中、というわけです。
もちろん会社組織は、しがらみのないブロガーや個人で仕事をしている私とは違うので、自由闊達な発言はできません。
しかし、ここで会社のTwitter担当、つまり「中の人」がこんなふうにツイートしたら、どうでしょう。
「この商品は正直言って高い。うちの妻も高くて手が出ないと言っていました。だけど使ってみたらたしかに便利。もしお金に余裕があるなら、おすすめです」
「ごめんなさい!前のバージョンは失敗作でしたが、今回は自信があります」』

角田氏はこれらをやるにはちょっとしたテクニックが必要だという。
それはたとえば「チャーミング」であること。

松下幸之助氏はそれを「愛嬌(あいきょう)」と言った。
松下幸之助氏は、松下政経塾の面接試験の選考基準を聞かれて、「運の強そうな人と、愛嬌のある人やな」と答えたという。

本音で厳しいことを言っても何となく許されている人がいる。
笑顔があって愛嬌がある人だ。

「本音で話す」を武器にしたい
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2019年09月14日

No 5305   【自分の中を変えていく】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自分の中を変えていく】

本田直之氏の心に響く言葉より…



日本人なら誰でも知っている大企業が大規模なリストラを始め、地域の雇用の受け皿となっていた名門企業が外資に買収され、毎年いくつもの企業が倒産している今、会社も職業もずっと同じ状態が続くものではなくなりました。
1つの会社で定年まで勤め上げるというキャリアプランを果たせる人は少なくなり、「私は〇〇社の〇〇です」という肩書に安心してしまうと、変化に対して柔軟に対応できなくなってしまいます。
そういう環境に自分がいることに気づかず、会社の愚痴をこぼしてばかりの人の将来には暗雲が立ち込めています。

なぜなら、愚痴をこぼしている人は知らず知らずのうちに、会社への依存度を高めているからです。
うまくいかない責任を会社に転嫁して、やらされ感を抱えながら仕事をする。
自分がうまくいかないのは、上司のせい。
「うちの会社が」「うちの部長が」と言いながら、心の底では「会社にいれば食っていける」という安心感を抱いているはずです。

しかし、30歳のビジネスパーソンの労働寿命が、あと35年残っているとして、会社そのものの寿命はどうでしょうか?
35年もの寿命が確実に保証された会社など、どこにもありません。
実際、過去10年の日本の倒産企業の平均寿命を調べると、約23年というデータ(東京商工リサーチ調べ)があります。
ほとんどの場合、従業員の労働寿命よりも、会社の寿命の方が先に尽きてしまうのです。
つまり、ぼんやりと会社に依存し、愚痴をこぼしている人はかなり大きなリスクを背負い込んでいるわけです。

とはいえ、1人の社員が奮起して会社そのものを愚痴や不満を感じないように変えることはできません。
変わるべきなのは会社ではなく、社員です。
というのも、自分の外にあるものを変えることはできなくても、自分の中を変えていくことは可能だからです。
そして、自分の中を変えることによって出てきたアウトプットによって、自分の外にあるものを動かすことができます。

具体的には、仕事をしながら、「会社の中だけで通用するスキル」ではなく、ITや語学力、公的資格などの「どこに行っても通じる汎用的なスキル」を身につけること。
加えて、「会社の看板に頼らずとも付き合ってくれる人脈」を作ることも大切です。
会社に依存している状態から依存しない状態になれば、すべての仕事が将来の自分のためにやっていることに変わり、イヤな上司の存在も気にならなくなっていきます。

『何を捨て何を残すかで人生は決まる (青春新書インテリジェンス)』青春新書

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こんな話が本書の中にあった。
『「誰々を紹介してください」「〇〇について詳しい人を教えてください」とたずねてくる人がいます。
しかし、人の紹介は「この人とこの人をつなげたらおもしろい」と思うから行うもので、一方的に「紹介してください」「教えてください」と言っているような相手とつなげたいとは思いません。
すべてを左右するのは、本人に魅力があるかどうかです。
自分だけ得をしよう。
何かを売り込もう。
そんなふうに自分の利益ばかりを追う人のところからは、誰もが離れていきます。』

会社だけでなく、家族や自分の属する組織など、そこに対していくら不満や愚痴を言ったところで、相手を変えることはできない。
相手が間違っていると非難し、文句を言えば言うほど、人は離れてゆき、相手を振り向かせることはできない。
好きな人とケンカしたときと同じだ。

基本的なスタンスは一つしかない。
それは…
「自分を変えることはできるが、相手を変えることはできない」

相手を振り向かせるには…
自分の中を変え、自分に魅力をつけること
posted by Dr.モーリィー at 06:42| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年09月12日

No 5304   【物事をもっと軽く考える】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【物事をもっと軽く考える】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



生きていると、いろんなことが起きるよね。
で、みんな何か問題が起きると、真剣な顔をして「どうしよう、どうしよう」って。
あのね、そんなに難しく考える必要はないんだ。
なんとかなる、なんとかなるって考えていれば、絶対になんとかなるの。

宇宙の摂理では、自分の思っていること、考えていることが未来を作るから、何か起きたときにあなたが「どうにもならない」なんて考えちゃうと、ますます悪い状況を呼び寄せるだけなんだ。
うまくいかないのは、人生を重く考えすぎるからなの。

人生とは、深刻になればなるほどうまくいかない。
なのに物事を難しく考える人って、小さいときから親や先生にそう教え込まれてきたんだよね。
人生は簡単じゃないとか、軽く考えると足元をすくわれるとか。
でも本来は、何でも軽く考えるのが正解なの。

一人さんが「あなたの考えていること、思っていることが現実になるよ」って言うと、急に深刻な顔になって、「私は考えを改めなきゃいけない」とかって考え込んじゃう人がいるの。
あのね、真剣に考えちゃいけないんだよ。
なぜなら、その「真剣にしないとうまくいかない」という思い込みが、悪い出来事を引き寄せちゃうから。
だって、ちょっとでも手を抜いたらうまくいかなくなるって、自分でそう思っているわけでしょ?
そもそも、重く考えると疲れちゃうから、重く考えたことは何をしても長続きしない。
そんなの意味がないよね。

世の中には、もっと重く考えなきゃいけないと言う人もいるけど、重く考えると行動が鈍っちゃうんだ。
慎重になって、動けなくなるの。
動きの鈍い人に、天下なんて取れるわけがないよ。
だって動き始めるのも遅いし、動いた後も、ちょっと失敗するともう動けなくなるんだから(笑)。

それに対して、何かを成し遂げている人は、間違いなくフットワークが軽いし、やることが早い。
物事を軽く考えているから、失敗しても「次はこうしてみよう」って、すぐに再挑戦できる。
そうやって、何回でも挑戦するんだよね。
失敗したって、やり直しはいくらでもきくんだ。
やり直せばいいだけ。
でもね、それができるのは、物事を軽く考えている人だよ。

みんな真剣になりすぎて、人と違うことをしようとしない。
それで人より成功しようだなんて、無理な話だよね。

本来、人は自由にさせておけば、周りの目なんて気にしないの。
俺みたく、どこまでも自分を貫けるようになるんだよね。
人にバカにされようが何しようが、自分の興味あること、好きなことには、どんどん挑戦するはずなんだ。

『斎藤一人 最強運のつかみ方 (1%の勝率を100%にする簡単なコツ)』マキノ出版

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斎藤一人さんは、よく「真面目ジメジメ」という言葉を使う。
真面目な人は、往々にして、ジメジメと湿(しめ)っぽく、陰気になりやすい。
そして、活気がなくなり、暗っぽくなる。
深刻になるような人だ。

「あかるい」から「あ」を取ると「かるい」になる。
明るい人は軽い人だ。

色々な荷物を抱え込んでいる人は、動きが鈍い。
反対に、荷物を持たない人は、フットワークが軽い。
同様に、過去の経験やしきたりにこだわっている「重い人」は、動きが鈍い。
昔からの荷物をさっと捨てることが出来る「軽い人」は、行動が早い。

深刻になるのではなく…
物事をもっと軽く考えることが出来る人でありたい
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2019年09月11日

NO 5303   【敵対しないで受け入れる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【敵対しないで受け入れる】

精神科医、作家、樺沢紫苑氏の心に響く言葉より…


病気は人生のパートナーと考えられるようになると、自分が病気であることのストレスは消失するのです。
病気と闘おうとすればするほど、「病気であることのストレス」が、大きくのしかかってくるという矛盾。
病気を受け入れ、「一生、病気と共に生きていこう」という覚悟は、そう簡単にできるものではありませんが、そういう考え方ができるようになったことで病気を乗り越えた、真の意味で「治癒」した、と言えます。

これは、「病気」以外の避けられない悩み事についても同じです。
変えられないことと闘うのが最大のストレスですから、闘えば闘うほど状況は悪化していきます。
しかし、その「悩み」や「問題」を受け入れた人は、うそのように「苦しい」状況から解放されるのです。

「受け入れる」とは、「闘うことをやめる」のと同じです。
「腹をくくる」「ジタバタしない」と言ってもいいでしょう。

「受け入れる」と正反対の状態が「敵対する」です。
「敵対心」は、あなたを苦しくします。
敵対心が強いと、ストレスホルモンであるアドレナリンとコーチゾールが高くなるからです。

敵対心が強い、何事にも腹を立ててイライラする。
ほかの人と自分を比較して、敵対心を燃やす。
そうした人たちの25歳から50歳までの死亡率は、敵意を習慣的に持たない人と比べて4倍、ないしは5倍も高くなります。

敵意の強い人、よく他人を攻撃する人。
そういう人は、人に「苦しい」をぶつけているようで、実は自分自身を、より「苦しい」状況へと追い込んでいるのです。
ご注意ください。

『「苦しい」が「楽しい」に変わる本 ~ 「つらい」を科学的になくす7つの方法~』あさ出版

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良寛和尚が71才の時、三条市を中心に大地震が起こった。
そのとき知人にこんな見舞の手紙を送っている。

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候  死ぬる時節には死ぬがよく候  是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候」

災難にあったらジタバタせず、腹をくくって災難を受け入れなさい。
死ぬ時が来たら、あわてず騒がず、淡々と死を受け入れなさい、これが災難を逃れる唯一の方法だ、という意味。

すべての災難は、腹をくくると、気持ちが落ち着く。
「しかたなし」という、むしろ前向きな意味での「諦(あきら)め」だ。

「災難は、敵対しないで淡々と受け入れる」
それが、災難をのがれる最良の方法
posted by Dr.モーリィー at 06:38| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする