2019年08月31日

No 5289   【自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残される】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残される】

ストライプインターナショナル社長、石川康晴氏の心に響く言葉より…



私は会社経営のかたわら、岡山大学経済学部に5年間通い、卒業。
2018年には京都大学経営管理大学院でMBA(経営学修士)を取得しました。
それと並行して、現代アートの収集・鑑賞をライフワークとして楽しんでいます。

「ビジネスフレームワークとアート」「理論と教養」のバランスを意識していると、「大局観」が鍛えられます。
大局観をもてれば、物事を深く考えることができ、多角的な視点で社会との関係性などを見極めながら、状況に応じて適切なジャッジを下すことができるようになります。

先の見えない時代を勝ち抜くために、組織に属する一人ひとりが個性を磨き続けること、広い視野をもつことは、これまで以上に大事になってきています。
また、社会がダイバーシティに向かい、急速に価値観が多様化する一方で、AI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション。機械学習や人工知能などのルールエンジンを活用した、業務の効率化・自動化の取り組み)が導入され、今後ビジネスパーソンに求められるものも変わっていくでしょう。
さらに、2020年以降は義務教育の内容も変わり、プログラミング教育や現代的諸課題への対応などの授業が必須となります。
そういった教育を受けた人たちが、いずれは新入社員として入社し、あなたの部下や取引相手になるのです。

令和の時代では、多様性や創造性を受け入れる方向に起業はシフトし、自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残されていくでしょう。
つまり、フレームワークなどを駆使する「左脳的」な知識と、アートをはじめとする「右脳的」な教養を、自らバランスよく学ぶことが、これからのビジネスパーソンに求められているといえます。

『学びなおす力 新時代を勝ち抜く「理論とアート」 (PHPビジネス新書)』PHPビジネス新書

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石川氏はポジティブ思考について本書の中でこう語る。

『働くうえでも、生きていくうえでも、最も大事なのは「思考性」だと考えています。
そして、思考性のセンスがいい人と良くない人、2つのタイプが世の中にはいます。
前者は「ポジティブ思考」、後者は「ネガティブ思考」の人です。
その人の思考性は、会って1時間も話せばわかります。
たとえば、「大企業の業績指数が数年ぶりに低下」という報道を耳にして、ネガティブ思考の人は「だから、国の政策が間違っている!」と決め付けます。
あるいは会食の席で、会社や上司の愚痴ばかり言う。
でも、人の悪口や会社の批判を口にしてみたところで、何も解決しません。
個人的な感覚ですが、こうしたネガティブ思考の人は、社会全体の8割以上を占めているようです。
一方、ポジティブ思考の人は、どんなことも前向きな言葉に変換します。
先ほどの例なら、「たしかに、大企業全体で見れば業績指数は下がっていますが、この業種は伸びています」とポジティブな面に目を向けます。
ポジティブかネガティブか、どちらの思考性を取るかで、人生のベクトルが決定づけられると思います。
ネガティブ思考の人は、キャリアも上がらず、起業しても倒産を繰り返し、勉強してもうまくいかないケースが多いでしょう。
成功は自分の手柄として捉え、失敗は何かと言い訳をしたり、他人に押し付けようとします。
当然ながら人から好かれず、人望もありません。』

社会人になっても学びなおすことを「リカレント教育」という。
新時代を生き抜くために、自分を常にアップデートさせることだ。
アップデートすることにより、最新の知識や技術を身につけ、自分のブランドを高める。

そのために必要なのが、ポジティブ思考。
「学びなおす力」を持っている人は、いつもポジティブだ。
なぜなら、未来を信じているから。

ネガティブな人は、否定から入る。
そして、未来も否定する。

「自ら学ばないビジネスパーソンはどんどん取り残される」
いくつになっても学び続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月30日

No 5288   【味方になってくれるような自分の人格をつくる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【味方になってくれるような自分の人格をつくる】

小林正観さんの心に響く言葉より…



釈迦や玄奘や空海や龍馬ならずとも、出会う人みんなを味方につけていくような人間はたくさんいます。
この四十年間、私はそういう人たちにずいぶん会ってきました。

著名な、何か事をなしたというような人ではありません。
お目にかかってすぐに、おお、これは…というすばらしい人物がゴロゴロいることに気がつきました。
この人の敵側には回りたくない、この人の味方でいたいという人です。
初対面でも、それがわかります。

すると大事なことは、出会う人に向かって、説得するのではなく、ただ味方にすること。
そのために味方になってくれるような自分の人格をつくることです。

ニコッと笑って、目の前の人が味方になってくれそうな笑顔をつくる。
そういう内容の人間になる。
出会う人出会う人を味方につけていくと、ものすごく楽しい人生になります。

『淡々と生きる』風雲舎

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笑顔が似合う人は、機嫌のよい人だ。
反対に、笑顔が似合わない人は、不機嫌な人。

「人間の最大の罪は不機嫌である」
と言ったのはドイツの詩人であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。

いつも不機嫌だったら、出会う人出会う人はみんなどんどん離れていく。
味方になることは絶対にない。

また、「魅(み)は与(よ)によって生(しょう)じ 求(ぐ)によって滅(めっ)す」
という無能唱元氏の言葉がある。
魅力というのは、与えることで生まれ、求めることによって無くなってしまう、ということ。
つまり、ギブの人。

「味方になってくれるような自分の人格をつくること」
いつも上機嫌で、ギブの精神あふれる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:19| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月29日

No 5287    墓参りの不思議なご利益

摩訶不思議 6月の 月命日に 墓参りに行き

歯科衛生士不足で困っていることや 現状を
親父の墓前に報告

すると 翌日 歯科衛生士の 求職の連絡が!
親父 ありがとうと 思っておりました!

翌月 7月29日は 親父の命日
また 墓前に もう少し スタッフが必要なので
なんとか お力添えをと お願いしたところ
その後 お寺のスタッフと 雑談をしていたら
話が 意外な方向へ行き
なーーんと 歯科衛生士兼受付スタッフの採用に
つながりました!

そんな話を 朝礼でも Meetingでもしていて
やはり 先祖供養・墓参りは大切ですよと
話していました

そして 8月の月命日!
今度何か起こったら それこそ 奇跡だよねと
言いながら お寺に向かう道中!

なーーんと ハローワークから 連絡が!
ご先祖様も親父殿も 張りきったのか
お墓参り前の フライング気味の
サプライズ プレゼントでしたが

今後もしっかりと 墓参り 先祖供養は続けようと思う
毛利家の 面々でした

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posted by Dr.モーリィー at 22:28| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5285  鹿児島医師会 東地区 歯科医師会 薬剤師会 三師会

今年も 夏の恒例の 三師会が開催されました!

いつもお世話になっている 地域の医師会、薬剤師会、

そしてお仲間の 歯科医師会の先生方が 今年は

150名近く集まったとの事!

演題が 来春の保険改定に関してのことだったので
その影響かもしれませんが???

雲の上の大先生方とも ご挨拶や懇談、名刺交換もでき

とても有意義な時間でした!

同級生・友人の 新厚生連病院 徳重院長とも

偶然 同じテーブルでしたので 楽しさも倍増でした

少しだけ雰囲気を どうぞ!

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posted by Dr.モーリィー at 07:42| ライフワーク | 更新情報をチェックする

2019年08月28日

No 5284   【群れから飛び出す】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【群れから飛び出す】

北野武氏の心に響く言葉より…


これまでの人生でいくつもの決断をしてきたけれど、いちばん大きかったのは、やっぱり大学を中退するという決断だった。
大学を辞めて、俺は芸人の世界に飛び込んだ。
それは、俺にとっては、群れから飛び出すということで、自殺するにも等しい決断だった。

それまでの俺は、いろいろありはしたけれど、結局のところは母親のいうことに従って、自分はこの社会という群れの中で生きていくものだとばかり思っていた。
道徳の話に引き寄せていえば、それまでの俺は母親の道徳観の中で生きていた。
大学を辞めることを自分で決めたとき、俺はその母親の道徳観から飛び出したのだ。

自殺するにも等しいと書いたけれど、ほんとうにあのときはそれくらいの覚悟が必要だった。
浅草でのたれ死にしてもいいと、本気で思っていた。
芸人ならのたれ死にしても恰好いいやなんてうそぶいていたけれど、内心はそんな恰好いいものではなかった。
ただ、今でも忘れられないのは、そうすると心に決めたとき、見上げた空がほんとうに高くて広かったってことだ。
ああ俺は、こんなに自由だったんだなあって思った。

子どもはなんだかんだいって、親や学校に教わった道徳観の下で生きている。
大人になるということは、その誰か他の人が作ってくれた道徳の傘の下から出て、自分なりの価値観で生きる決断をするということだと思う。
のたれ死にする覚悟をしたくらいだから、成功する保証なんてどこにもない。
いや、成功するなんて思ってもいなかった。
死ぬ気で飛び出したら、なんとか生きのびたというだけの話だ。

だから、読者も群れから飛び出してみたらいい、とはいわない。
どう考えても、失敗する可能性の方がずっと大きいわけだから。
のたれ死にしなかったのは、ほんとうに奇跡みたいなものだ。
それは俺が時代と幸運に恵まれたというだけのことだ。
他の人に真似してみろとはとてもいえない。

ただ、群れから飛び出したおかげで、群れの中にいるよりはいろいろなことが見えるようになった。
そんなに遠くに飛び出したわけじゃない。

まあ、とにかくそういうわけで、俺が偉そうにいろんなことをいえるのも、群れを飛び出したからではある。
のたれ死にするほんとうの覚悟のある奴が、群れを飛び出すのを邪魔するつもりはない。
何度でもいうけれど、成功する保証はまったくない。
はっきりいえば、ほとんど成功しないだろう。
そんなことは当たり前だ。
芸人は何千人もいるのに、まともに喰える奴はほんの一握りなんだから。

ただ、成功はしなくても、自分の頭上の、何もない、高くて広い空を見上げることはできる。
もう一回この世に生まれたら、のたれ死にすることになっても、あの空を見上げるためだけに、やっぱり俺は群れを飛び出すと思う。
恰好つけているのではなく、のたれ死にしてもいいやと思えるなら、なんでもやれるというだけのことなんだけれど。

『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか (幻冬舎文庫)』幻冬舎文庫

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同調圧力の高いこの日本において、群れから飛び出すことは本当に勇気がいる。
同調圧力とは、集団の中で、皆と違った意見を持っていたとしても、暗黙のうちに、大多数の意見に合わせるよう強制される雰囲気のこと。

Appleは1997年に「Think different(シンクデファレント)」という広告を打った。
モノの見方を変えるとか、新たな発想をするということで、キャンペーンの中では、「世界を変えようとした人たち」としてアインシュタインや、ピカソ、ガンジーなどが出てくる。
それは、「現状維持圧力に対する挑戦」ということで、同調圧力に対する挑戦ということでもある。

人は、安定を好む。
しかし、あえて自ら不安定で不確実なところに身をおく。
それが、群れから飛び出すこと。

挑戦するということは、もし失敗して無一文になっても仕方ない、と覚悟を決めること。
時に、群れから飛び出す覚悟を持ちたい
posted by Dr.モーリィー at 06:38| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月27日

No 5283   【失敗ノート】

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【失敗ノート】

メンタリストDaiGo氏の心に響く言葉より…



ある意味、世界で最も運がいい人物と言える投資家のウォーレン・バフェット。
そのバフェットが会長を務める投資特殊会社バークシャー・ハサウェイの副会長で、ずっと右腕として頼られてきた人物が、チャーリー・マンガーです。
自身も投資家として莫大な富を築き上げてきたマンガーには、不安に強くなるために実践している1つの習慣がありました。
それは「チャーリー・マンガーの失敗ノート」と呼ばれるノートを作ることです。

ノートに書き留められているのは、その名のとおり、マンガーが見聞きしてきた数々の失敗です。
投資家、政治家、企業家、スポーツ選手、歴史上の人物、あるいは新聞記事となった一般の人々。
ポイントは、客観的に見ることのできる他人の失敗やしくじったニュースを書き留めることです。

マンガーは、新たな投資を行うときには必ず「失敗ノート」を見返していました。
そして、自分の現在の行動と見比べ、何か思いもよらぬ失敗をしていないかをチェックしていたのです。

成功法則ではなく、失敗ばかりを集めている理由を問われると、マンガーは「成功の要因はいくつもあり、複雑で、何が寄与しているのかわからない。しかし、失敗の要因は明らかだ」と答えています。
失敗ノートは、他人の不運を調べてためておくノートです。
自分のミスは書き残さなくても、痛みとともに記憶に残っています。
あえて他人のミスを省みることで、自分に舞い込むであろう不運を未然に防ぐことができるのです。

たとえば、企業が倒産するときには必ず資金がショートします。
このキャッシュフローが足りなくなるという失敗の背景にありがちなのが、1つのジャンルで成功してビジネスを拡大しようと異なる分野に投資をするという行動です。
自分の専門外のことを調子に乗って始めるパターンで、数えきれないほどの企業が倒産という不運に見舞われてきました。
この失敗パターンははっきりと認識しておくと、同じ轍(てつ)を踏むことがありません。
つまり、不安を遠ざけることができるのです。

たとえば、「ソニーはなぜ、iPhoneを作れなかったのか」という記事があります。
そこに書かれているのは、「ケータイにカメラをつけるとデジカメが売れなくなる」と主張するデジカメ部門を説得することができず、開発が頓挫。
組織内の対立から、革新的な商品を開発できなくなっていくソニーの失敗がつづられています。

またポラロイド社に関する失敗の逸話もメモしてあります。
「写真を撮ったら、すぐに見られる方法がないか?」と考え、試行錯誤の末にポラロイドカメラの開発に成功。
一世を風靡(ふうび)したイノベーティブな創業者が会社から去った後、ポラロイド社は硬直していきます。
そして、デジタルカメラが市場に登場し始めた頃、「撮ったらすぐに見られる」という創業の理念と同じ商品にも関わらず、「自社のポラロイドカメラが売れなくなるから」と参入を断念。
時代に逆行した施策を打ち、市場を失っていきます。

こうした事例を読み返すことで、私は自分が守りに入ろうとしたとき、「それは無意味な自己保身ではないか?」と問い直すのです。
その失敗ノートですが、私は紙のノートではなく、エバーノートに保存するようにしています。
気になった失敗のニュースを次々と放り込み、確認したいときにはキーワード検索をかけ、見返すことができます。
また、一覧性も高く、ストレスがありません。

すると、たしかに「あ、これは同じだ!」と自分が失敗しやすい行動を起こしかけていることに気付く機会が増えました。
気づけば当然、軌道修正します。
その繰り返しが、不運を遠ざけ、幸運に近づくトレーニングとなっていくのです。

『運は操れる (望みどおりの人生を実現する最強の法則)』マキノ出版

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トルストイの『アンナ・カレーニナ』の中に次のような有名な言葉がある。
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」
つまり、幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違うということ。

また、プロ野球元監督の野村克也氏はそれをこう言っている。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」 

失敗したときの原因はたいてい分かる。
だからこそ、失敗のパターンを知ることは必要だ。
それが禍(わざわい)から身を守る方法。

失敗ノートをつけ…
不運を遠ざけ、幸運に近づくトレーニングができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:55| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月26日

No 5282   【たまには強く出た方がいいときもある】

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【たまには強く出た方がいいときもある】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



世の中の女性の中には、ちょっと外出するのでも、いちいち旦那の許可を取らなきゃいけない人が結構いるんです。
旦那を立てなきゃいけないっていう、間違った思い込みが捨てられないんだよね。
観念に縛られている。
で、旦那に許可を取ろうとすると「ダメ」って言われるから、自由に出かけれないって。

あのね、なぜそういう現象が起きるのかというと、あなたが「この日、出かけてもいい?」っていう聞き方をするからだよ。
そんなの聞かなくていいの。
「この日、出かけるからね」
それで終わり。
もし旦那の都合が悪ければ、話し合いをすればいいだけのことだよ。

反対ばかりする人って、本当は自分の意見がないの。
明確な理由があるわけじゃなくて、あなたが「出かけていい?」と聞くから、反射的にダメと言ってるだけ。
だとしたら、言いなりになる方がおかしいの。

意見のない人に、意見を聞いちゃいけないの。
どうせロクなこと言わないんだから(笑)。
出かけたいんだったら、「いついつ出かけますよ」って断言すればいい。
そうすると、旦那に意見はないから、たいてい「そうか」って返ってくるよ(笑)。

もしなんか文句を言われても、それが正当な理由じゃなければ、「もう決めたから」って引かなきゃいい。
女性だって、たまには強く出た方がいいんです。
「グー」「チョキ」「パー」でいうところの、いつものと違う手を出す方法だよ。
いつもと違う態度に出たら旦那はびっくりして、反対できないんじゃないかな。

そもそも男って、本当は奥さんに主導権を取って欲しいと思っているものだよ。
母親の愛情が欲しいから、「お母ちゃん、お小遣いちょうだい」とか言って、子どもになりたくてしょうがないの(笑)。
そのために結婚するのに、旦那だからって立てられちゃう(笑)。
そうすると、男は子どもになりたくてもなれないんだ。

旦那を立てるのではなく、奥さんが主導権を握るのが家庭の正しい姿なのです。
奥さんが「今日はこれを食べるよ」「ここへ行くよ」って、全部決めちゃいえばいい。
そうすると、旦那は何だかんだ言いつつも、ついてくるから(笑)。
もちろん、全員がそうだと言っているわけじゃないよ。
だけどずっと一緒に生活していれば、自分の旦那がどういうタイプなのかわかるよね。

働いていない奥さんも、「お金を稼いでいるのは夫だから、自分が主導権を握っちゃいけない」なんて思う必要はないの。
で、男は、どんなに大金使う奥さんだとしても、「こんな嫁じゃたまんない」とか思っちゃダメなの。
「こういう奥さんを持つってことは、俺は永久に金を稼ぎ続けられるんだな。稼ぎのないところに、金づかいの荒い奥さんが来るわけないから」
それくらい思えるようじゃなきゃいけない(笑)。

世の中はすべて、起きる現象をどう受け取るかだよ。
あなたがどう思うかで、その後の現象はまったく変わってくるんです。

『斎藤一人 令和の成功 もっと望めばもっと幸せがやってくる』Gakken

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これは、結婚とか夫婦や女性だけの話だけではない。
それを、齋藤一人さんは本書の中でこう語る。
『会社を辞めることを、「逃げ」と思っている人もいます。
根性がないから、嫌なことがあるとすぐ逃げるっていう、悪いイメージを持っているんだよね。
でも、それって間違った解釈だよ。
みんな逃げちゃいけないと思い込んでいるけど、逃げたっていいんだ。
逃げるのだって、立派な選択肢の1つです。
選択肢はたくさんあるに越したことはないんだけど、3つぐらいの「手」があれば、たいてのことに対処できる。
例えば、「優しく接する」「逆ギレする」「逃げる」とかね。
普段は「優しい態度」でニコニコしている。
だけど、こっちが優しくしているからってなめた態度を取ってくるやつには「逆ギレ」して反撃(笑)。
で、言ってもダメならとっとと「逃げる」とかね。
いつも負けちゃう人って、同じ手ばかりだしているんだよ。
完全に、相手に見抜かれている。
だけどワンパターンをやめて、しかも後出しじゃんけんをすれば、絶対に勝てるんだ。
例えば、家庭でずっとパートナーに我慢してきた人がいるとするよね。
そういう人が突然居直って逆ギレをしたら、相手はめちゃくちゃ驚くと思うよ(笑)。
優しいことも大事だけど、人間、キレるっていう技も必要なんだ。』

このことを、齋藤一人さんは「いばっちゃいけない、なめられちゃいけない」という。
なめられる人は、やさしい人が多い。
自分の言いたいこともいわなかったり、自分の気持を出さずにじっと我慢して、波風立てないことがやさしさだと思っている。
そして、いったんなめられると、その従属関係はずっと続いてしまう。
子どもの「いじめ」でいうなら、使い走りをされたり、子分のようなことをずっとしなくてはいけなくなる。

「いばっちゃいけない、なめられちゃいけない」
いつもキレていたら問題だが…
たまには強く出た方がいいときもある
posted by Dr.モーリィー at 07:24| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月25日

No 5281   【遊びと仕事が同じになる】

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【遊びと仕事が同じになる】

ゴディバジャパン社長、ジェローム・シュシャン氏の心に響く言葉より…


好きなことを仕事にすると、仕事はゲームのようになります。
遊びと仕事が同じになるのです。
それは弓道のようなものです。

的(ターゲット)があるので、それを楽しむと同時に、もっと向上するために射撃のフォームをいつでも改善することができます。
それは無限の追求と努力です。

これはビジネスでも同じことだと思います。
あなたがヒットしたかミスしたかは、弓道の的のように市場にいるお客様(ターゲット)が教えてくれます。
ミスをしたときは、ビジネスのフォームを改善するよいタイミングです。
あなたはチームと一緒に、会社のビジネスモデルとプロセスを調整すればよいのです。
この「ゲーム感覚」を仕事に取り入れることができたらなら、仕事はますます楽しくなると思います。

将来の会社では、仕事と遊びは本当に統一されるのではないでしょうか。
仕事は遊びになり、遊びは仕事になります。
「仕事」と「遊び」には、ともに「楽しみ」と「努力」があると私は考えています。
しかし、この考え方が浸透するには、日本はまだ時間がかかると思います。
古いタイプの考え方がまだ根強く残っているからです。

日本人は仕事とお金を結びつけ、趣味はお金と結びついていないので重要ではないと考えますが、私には物事が違ってみえています。
もっとも重要なことは、考え方です。
あなたが何かを「一生懸命」にするならば、「仕事」も「趣味」も同じなのではないでしょうか。

私たちは自分の好きなものを見つけなければなりません。
そして、努力と規律でそれをやる。
これが「仕事」の本当の意味ではないでしょうか。
これからは、私たちは遊ぶように働き、そして、仕事をするように遊ぶべきだと思います。
こういう考え方は、これからの時代の、会社や個人の精神的な進化に繋がると私は考えています。

『働くことを楽しもう。 ゴディバ ジャパン社長の成功術』徳間書店

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ジェローム・シュシャン氏は、「働き方」について本書の中でこう語っている。
『2019年4月に経団連会長が「終身雇用を続けるのは難しい」と発言し、ニュースになりましたが、これが現状だと思います。
しかし、このような状況になっても、「ひとつの会社で頑張るべきか、転職してキャリアを積み重ねるべきですか」と、私に聞いてくる日本の方が多くいます。
いまや、その問いかけ自体がナンセンスなものとなりつつあります。
多くの日本人が自分の意志とは関係なく、転職する時代が来ているのです。
それなのに、なぜひとつの会社で頑張ろうとするホワイトカラーが存在するのでしょうか。
大手企業や伝統的な上場企業で働くホワイトカラーたちは、まだまだ大きな会社に帰属すること自体が目的となっていて、自分のキャリアアップという見方から会社を選んでいる人が少ないのではないでしょうか。
大きな会社、優良企業に入社することが目的、いい会社に入ることが人生のゴールになっている。
そんな人がまだまだ多いように思います。
しかし、いま評判のいい会社に入ること、そこでうまく働き続けるという考え方は、現在では大変リスクのある考え方になりつつあります。
なぜならば、ここ数十年だけを見ても、企業の順位は大きく入れ替わっています。
いま私たちがよく名前を聞く会社の多くは、設立されて数十年の会社です。
マイクロソフトが1975年創業、アップルが1976年、ソフトバンクが1981年、アマゾンが1994年、楽天が1997年、グーグルが1998年、いま話題のzozoも1998年です。
創業50年を超えている会社は1社もありません。
創業して20年ぐらいで、大きくなる。
これからの時代、この変化のスピードは加速されることがあっても、減速されることはありません。
就職したときにいい会社が、20〜30年後もいい会社である可能性は低いと考えてよいのではないでしょうか。
変化の時代に、優良な会社に帰属することを目的とした日本人の就職への意識は、これからは足かせになると思います。』

そして、ジェローム・シュシャン氏はこれからは、「誰もが彼自身のキャリアの最高責任者であるべき」だという。
同時に、「自分のキャリアを伸ばすために、私たちはひとつの会社や、ひとりの上司に頼ってはいけないのです。自分のキャリアは、自分で作るしかないのです」と。
また、「ひとつの会社で働き続けるという日本的なやり方は、いつまでも親に保護されている子供のようです。ある時点で、私たちは家を離れ、ひとりで世界にあるチャンスと危険に直面する必要があるのです」ともいう。

自分の人生の主人公は自分。
つまり、自分という会社の経営者は自分だということだ。
終身雇用のない時代、これからは自分のキャリアを自分で高めなければいけない。
つまり、自分の価値を高め続けなければ生き残れないということ。

人生はゲームのようなものだと言われる。
たとえば、ゴルフで、打ったボールすべてが自分が思った通りの距離と場所に飛び、狙った通りにパットが入ったら、最初は楽しいだろうがやがてつまらなくなって、ゴルフをやる人は誰もいなくなる。
ボーリングでも、常に狙ったとおりにボールが転がり、全部のピンが毎回倒れたとしたら、すぐにゲームに飽きてしまう。
将棋や囲碁も、対戦相手が自らが負ける手を毎回打ってきたとしたら…
全てのゲームは、自分の思い通りにならないから面白いし、悔しいからこそまた挑戦する気もおきる。
これを「ゲームの楽しみ」という。

これを、仕事と全く同じだと思える人が、これからも生き残れる人だ。
「遊びと仕事が同じになる」
遊ぶように働き、仕事をするように遊べる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 20:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月24日

No 5280   【あり金は全部使え】

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【あり金は全部使え】

堀江貴文氏の心に響く言葉より…



子どもの頃、僕たちはイソップ物語の『アリとキリギリス』を聞かされた。
夏のあいだにコツコツ働き、充分な蓄えを準備したアリが生き延び、蓄えずに遊んでいたキリギリスは、飢え死にする。
そういう戒めを込めた物語だ。
冬になって食べ物を乞いにきたキリギリスを、アリが「見たことか」と門前で追い払う。
それを親や教師が、まるで絶対的な善であるかのように、子どもたちに擦り込む。

でも、僕には子どもの頃から疑問だった。
アリたちは、キリギリスを見捨てて、良かったのだろうか?
将来のことなど考えずに、「いま」を思い切り楽しむ人生。
それは、死んでも自業自得と言われるような、いけない選択だったのか?
アリたちだって、キリギリスの音楽を楽しんでいたのではないか?

『アリとキリギリス』は、僕たちが長く洗脳されている、「貯金信仰」の象徴的な話だ。
額に汗して働く人生が最善で、そうしなかった者は飢えても文句は言えないのだ、と説いているが、果たしてそれは真理だろうか。

生きていくために、蓄えは必須ではない。
それどころかむしろ、それは人生を委縮させる。
備えてばかりの人生を送るアリたちが、音楽や娯楽を楽しんだ方が、幸せに決まっている。
いま、文明やテクノロジーが進み、シェアリングエコノミーやブロックチェーンなどテクノロジーの進化によって、中央集権国家の奨励した「貯金信仰」の幻想が暴かれつつある。
誰もが蓄えをしない生き方を取り戻せる、絶好のチャンスだ。

僕はいろんなところで、お金は信用を数値化したものだと述べてきたが、いまお金の信用を裏づけるのは、使うことだ。
貯めているだけで、信用は裏づけされない。
お金を使うことで、あなた自身の価値が膨らみ、新たな生産の循環が生まれるのだ。
お金は信用を数値化した道具に過ぎない。
だが、使えば使うほど、信用の裏づけを強くする、公平で便利な道具でもある。

貯めているだけではいけない。
お金は本来、使うことが目的の道具だ。
あらためて問い直してほしい。
お金を貯めて、何をしたいのか?
もしものときのため?
きたるべき冬に備えて?
どちらも違うだろう。
もしものときに役立つのは、お金で培える知恵や、豊かな経験だ。

「アリとキリギリス」の世界は遠い過去だ。
食べ物がなくなる冬など、もう地上には存在しない。
いつでも腹いっぱい、安くて美味しい食べ物を食べられる。

じゃあなぜ、貯めるのか?
簡単だ。
「貯金信仰」にとらわれているだけだ。
古い時代からの幻想を、少しでも解いてもらうために、僕は本書をまとめた。

あり金は、全部使え!
それが、人としての信用を裏づけ、お金の本質を学ぶための最善策だ。

誤解されてはいけないが、1円残らず使いきり、ボロボロの貧乏人になれと、売れない芸術家みたいなことを言っているわけではない。
あり金をすべて使うつもりで、やるべきことをしよう。
そうすれば、お金に使われ続けるマインドからは、きっと脱出できる。

『あり金は全部使え 貯めるバカほど貧しくなる』マガジンハウス

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堀江氏は、何も毎月給料が入るたびに、あり金残らず(借金までして)使ってしまえ、と言っているわけではない。
それは、「リスクをとれ」、「高級なホテルやいい店にも行ってみろ」、「スマホは最高スペックにしろ」、「おしゃれに金を使え」、「チンケな節約をせずおごるときには全部出しをしろ」、「人助けには金を惜しむな」等々のことだ。
つまり、自分への投資を惜しむな、ケチケチするなということだ。

もちろん、目的があって、お金を貯めるということは当然のことだ。
例えば、〇〇円貯めて海外を放浪する、起業のためのタネ銭を貯める、というようなこと。
しかし、たんなる漠然とした老後の不安のためということなら、よした方がいいということ。
そこには何の創造性もないからだ。

現代は、行動してお金を使ってみて、初めて分かることがほとんどだ。
そして、これからの時代は、面白いことや遊びの中から、人の縁がつながったり、ビジネスのアイデアが生まれる。
楽しんだり、面白がったりしない人からは独創的な発想は生まれない。

また、大事なことは、ますます「信用」が大事になるということ。
信用こそがお金になる時代だからだ。
これは、SNSのサロンなどがまさにそれだ。
その人の信用価値にお金を払っている。

起業した人なら分かるが、事業の投資にあり金を全部使うのは当たり前のことだ。
普通は、あり金を全部使ってもまだ全然お金は足りない。

「あり金は全部使え」
信用力を高めるため、ケチケチせずにお金を使いたい
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2019年08月22日

No 5279   【人は自分に理解できないものを嘲笑する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人は自分に理解できないものを嘲笑する】

細谷知司氏の心に響く言葉より…


《人は自分に理解できないものを嘲笑する。》
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(ドイツの詩人・劇作家・小説家)

何かを嘲笑した人が、実は何もできていない。
それは決して珍しいことじゃない。
かつて、野茂英雄がメジャーに挑戦したとき、
あるいは、大谷翔平が二刀流を宣言したとき。

多くの人が、彼らの挑戦を嘲笑した。
しかし、彼らの可能性をまったく理解できていなかった。

何かがくだらないと感じたとき。
本当にくだらないのは、君自身かもしれない。
そう考える謙虚さを、ゲーテは大切だといっている。

君の言葉を誰かが笑う。
中島みゆきの歌にもあった。
「闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう」

笑うのはいつも、挑戦しない人たちだ。
挑戦する君の勇気を、理解しようとはしない人たちだ。
誰かの勇気を笑った瞬間、君の敗北が決まる。

『自分らしく幸せに生きるための100の言葉』シャスタインターナショナル

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誰かの挑戦を、嘲笑したり、軽蔑したり、(斜に構えて)「くだらない」と言ったりする人は、たいていが危害の及ばない安全な観客席で見て言っている。
灼熱のフィールドで闘っている人を、冷房の効いた部屋でビールを飲みながら罵(ののし)ったり、「最低」呼ばわりする人は常に部外者で、評論家だ。

行動しない者は、常に行動するものを批判する。
成功すれば嫉妬をし、失敗すれば「それ見たことか」と留飲を下げる。
それは、失敗を恐れて、「私は挑戦をしない人です」というゼッケンを洋服につけているようなもの。

挑戦とは勇気と行動だ。
そして、この地球は、誰がなんと言おうと、「行動」で判断される場所。
たとえば、頭の中でどんなに素晴らしいことを考えていようと、それを行動に移さなければ誰の目にも止まらず、それは無いのと同じになる。
つまり、「証(あかし)は行動の中にある」

「人は自分に理解できないものを嘲笑する」
誰かの勇気と挑戦を称(たた)えるでありたい
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2019年08月21日

No 5278  【自らが教える時に最もよく学ぶ】 

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自らが教える時に最もよく学ぶ】

ピーター・ドラッカー氏の心に響く言葉より…


《知識労働者は自らが教える時に最もよく学ぶ。》(プロフェッショナルの条件)

ドラッカーは、情報化時代の組織は「学ぶ組織」であると同時に「教える組織」にならなければならない、という。
生産性向上のためには、過去に学んだ知識や技能だけを頼りにするのではなく、絶えざる継続学習によって、新たに入れ替えたり、さらにうまく、よりよく行えるように磨き、訓練し続けることが必要になるのだが、学ぶ上で最も効果的な方法の一つが、教えることである。

たとえば営業マンが、営業マンの大会で自分の成功の秘訣を語る。
そうすることで、自分の経験を客観化、体系化し、磨くことができる。
外科医は地域の医者の集まりで自分の仕事について語り、看護師は新人の看護師に仕事を教えることで、さらなる成果をあげていくことができる。

日本でも、たとえば企業内研修の講師役を務めた人の多くは、こんな感想を持つ。
「人に教えることは、人から教えられることにもなります。だから、講師をやってよかったし、いい勉強になりました」と。

後輩を指導することで、講師は基本に戻って知識を確実なものとしたり、それだけでなく、後輩の相談に乗ることで、たくさんのことに気づき、それが成長につながっていく、という。
昔の徒弟社会では、師匠は「隠す人」だった。
弟子はそれを盗むしかなかった。
現代では、「語る人」が伸びる人である。

『1分間ドラッカー 最高の成果を生み出す77の原則』(西村克己)SB Creative

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《人は教えることによって、もっともよく学ぶ》
と言ったのは、セネカ ルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前1年頃 〜 65年 4月)。
ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人だ。

古来より、人に自分の技術や成功体験を包み隠さず教える人は、自らがもっとも学ぶ人となり、人から尊敬され感謝される魅力あふれる人となる。
逆に、自分の知った知識をケチケチして出し惜しみする人は、自分の成長も止まるし、ケチくさくてつまらない魅力のない人となる。

戦後の話だが、ある貧しい母子家庭があった。
無学な母親は、娘が学校から帰ってくると、夜、針仕事をしながら、今日学んだことを必ず聞いたという。
「お母さんは貧乏で勉強ができなかったから、学校であったことを教えてね」と。
すると、娘は母親に教えるために、必死になって勉強し、小学校を卒業する頃には、学校で一番となり、ついには最高学府まで出たという。

「人は、自らが教える時に最もよく学ぶ」
「教える人」、「語る人」、でありたい
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2019年08月20日

No 5277   【リカレント教育の必要性】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【リカレント教育の必要性】

大前研一氏の心に響く言葉より…


2018年頃から「リカレント教育」という言葉をようやく日本でも耳にするようになった。
リカレント教育とは、基礎学習を終えた社会人が、自身のキャリアのために10年ごとなどに学び直しを繰り返し行うことである。

なぜ、リカレント教育に本気で取り組まなくてはいけないのか。
これを理解するためには、今、日本が置かれている経済状況の劇的な変化を理解しなくてはならない。
20世紀の日本社会は、大学などで高等教育を受ければ生涯働き続けることができた。
「教育」「勤労」「引退」の3つのフェーズを経験すれば事足りる「単線型」のライフモデルだ。

社会人になって学ぶべき知識は、会社が研修やOJTで与えてくれたので、受動的な姿勢でもなんとか定年までやっていけた。
しかも、手厚い退職金や社会保障を受けることができたため、積極的に学び直しを行わなくても、老後も安泰だったのだ。

しかし、今はそうはいかない。
社会全体の急速なデジタル化により、産業構造そのものに破壊的な変革が加速して起こる、いわゆる「デジタル・ディスラプションの時代」に突入したからだ。
社会全体のデジタル化により既存の産業が破壊される時代においては、大学や大学院で学んだ知識であったとしても一瞬で陳腐化してしまう。
それだけで定年まで乗り切ろうとする発想では生き残れない。
老後の生活費が公的年金だけでは不足することを考えると、生涯にわたり稼ぎ続けることができる力を、誰もが身につけなくてはならない時代になったといえる。

そこで必要となるのが、「仕事」と「学び」を何度も繰り返す「マルチステージ型」のライフモデルだ。
個人が自律的に学ぶだけでなく、そこで得た知識を周囲と分かち合う能動的な姿勢が求められる。
このようなダイナミックな時代の変化を、ビジネスパーソンだけでなく企業経営者も頭に入れておく必要がある。
20世紀の経営資源は「ヒト、モノ、カネ」だったが、21世紀の企業に必要なのは、「ヒト、ヒト、ヒト」。
モノやカネがコモディティ化し質の高い人材を確保することこそが最も重要な経営戦略になる。

このように21世紀は、たった一人の個人がブレークスル―を起こすことが可能な時代である。
企業にとってはより多くのエクセレント・パーソン(傑出した個人)を獲得できるか、個人にとってはエクセレント・パーソンになれるかどうかが生き残るためのカギとなる。
ところが、現状の教育システムは、相変わらず20世紀型の答えを教える方法を踏襲していて、答えのない時代にはほとんど役に立たない。
21世紀型の人材観を軸とした教育方針や企業の人材戦略に変えなければ、企業も個人も滅びてしまう。

『大前研一 稼ぐ力をつける「リカレント教育」(誰にも頼れない時代に就職してから学び直すべき4つの力) (OHMAE KENICHI RECRUIT EDITION)』プレジデント社

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大前研一氏は、本書の中で「雇用」についてこう語る。

『デジタル時代に対応する人材を育てるためには「雇用規制の緩和」と「社会保障の充実」をセットで実施する必要がある。
ドイツは、この二つの改革を同時に実施することで継続的な経済成長を実現してきた。
解雇規制の緩和が必要なのは、「使えない人材がいつまでも会社に残る」問題を解消するためだ。
解雇規制が強すぎると、意識の低い人は(安心して)ますます学び直しを行わず、ひいてはこれが企業の競争力を落とし、日本全体のプレゼンス低下につながりかねない。
企業が使えない人材を放出することができれば、空いた席に優秀な人材を引き入れることもでき、浮いた給料を社員教育に充てることができる。
ただ、解雇規制を緩和するだけでは不十分である。
「社会保障の充実」も同時に実現させ、解雇された後に学び直し、再チャレンジできる環境を整えなくてはならない。
具体的には失業給付を充実させ、失業期間にきちんと職業訓練が受けられるような仕組みづくりが求められる。
ところが日本政府は、逆のことを行っている。
パートや非常勤をフルタイムかの正社員にしてほしいと経済界に要請するなど、ますます解雇しづらい状況をつくり出そうとしているからだ。
労働者の雇用や権利をひたすら守り、休暇を増やして給料を上げるだけでは、労働コストの安い新興国などに、21世紀の仕事はすべて奪われてしまう。
日本企業が新卒一括採用を基本とした採用制度を相変わらず維持していることにも問題がある。
新卒と中途採用者の動向を見ると、新卒採用の方が中途採用よりも2.5倍程多いが、私はこれからはすべて中途採用に変えるべきと考えている。
新卒採用を行っても、3年後には3割以上が辞めてしまう現状があるにもかかわらず、新卒採用を基本として研修まで施すのは相当無駄がある。
それよりは、企業に対して免疫力のある中途応募者を中心に採用し、その上でしっかりと教育を施した方がこれからの時代は、よほど賢明ではないだろうか。』

デジタル革命によって、社会の変化がどんどん加速している。
それに伴って、モノも技術も、考え方も幾何級数的にどんどん変化している。
その変化に対応するには、自ら勉強し、体験し、己を高めていくしかない。

特に、年配者にとっては、このことは必須だ。
考え方が変わらなければ、単なる意固地で偏屈な老人となり、周囲から嫌われ、疎(うと)まれるだけだ。

大変革を乗り切るため…
リカレント教育の必要性を今一度再認識したい
posted by Dr.モーリィー at 08:27| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5276   満員御礼! 2019名曲の夕べ!

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 おいちゃんも所属する百人会主催の 真夏のイベント

名曲の夕べ 2019  今回で なんと30回目です

今年は 東京芸大 学長の 澤 和樹教授と 
同じく 東京芸大の 多 美智子教授の 共演です

今回は 音楽関係者の来場も多く
市民文化ホール1階席2階席も ほぼ満員 立ち見が出るほどの
大盛況でした ご参加本当にありがとうございました

おいちゃんも 入口でチケットのもぎりをしたり ご案内をしたりと 大忙しでした

今年は チケット入場者 1850名 他百人会メンバーもいましたので
1900名前後の 入場者でした

感謝・大感謝でした

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追伸)

百人会 会主 おいちゃんの 仏道の師匠でもある

高野山別格本山清浄心院住職
百万枚護摩行者 平川最福寺開山 
高野山真言宗大僧正・伝灯大阿闍梨
 池口恵観開山 から 
ありがたい メールをいただきましたのでシェアいたします


新・日本救国論●お大師さま今、居られなば──第四回

安倍総理は国立戦没者慰霊公園を!

 残暑お見舞い申し上げます。八月も終わりに近づきましたが、皆さま、夏バテ症状はありませんか。今年の夏は、七月末までは梅雨空が続き、日照時間が記録的に少なかった地域も多かったようですが、八月に入ると一転して、全国的に猛暑の夏となり、体調管理が難しいようです。今週あたり、やや秋の気配が感じられますが、先日発表された中期予報では、八月中はまだ猛暑が続き、九月も気温は高めということですので、体調管理には十分気をつけていただきたいと思います。

 さて、一カ月前に参院選が行われ、大勢に影響がない選挙結果だったためか、永田町周辺は長い夏休みに入った感がありました。その間に、立憲民主党と国民民主党の統一会派づくりが話題になったり、日韓関係が一段と厳しくなりましたが、もっとも永田町をにぎわせたのが、小泉進次郎議員と滝川クリステルさんの結婚だったということですから、日本は平和というべきでしょう。

 しかし、秋の臨時国会召集は十月上旬だと致しましても、九月十日頃には、自民党の役員人事、内閣改造が行われる予定と言われ、九月に入れば永田町も活気づいてきて、消費税が一〇パーセントに増税される十月になると、軽減税率に関する問題が改めて取り上げられ、臨時国会が紛糾することも予想されます。

 そんな状況下で、私がもっとも注目しておりますのは、安倍総理の動向です。安倍総理は今週二十四日の土曜日に、大叔父の佐藤栄作元首相の総理在任期間を抜いて、歴代二位となります。そして、今年十一月二十日には、歴代一位の桂太郎元首相を抜いて、日本の憲政史上、在任期間がもっとも長い総理となります。つまり、よほどの突発的事態が起きない限り、間もなく安倍総理が在任期間トップの座に就くのは間違いないところです。

 過去に長期政権を築いた首相は、当然のことながら、大きな仕事をしています。例えば、桂首相は日英同盟を締結し、日露戦争を勝利に導いています。また、佐藤首相は沖縄返還を成し遂げ、ノーベル平和賞を受賞しました。伊藤博文初代首相は大日本帝国憲法を制定し、日本の憲政の扉を開いていますし、吉田茂首相は戦後日本の占領状態を解消し、独立を回復しています。

 それに対して、現時点で安倍総理の成し遂げた大きな仕事といえば、アベノミクスによりデフレに終止符を打ち、停滞していた日本経済をわずかながらでも上昇気流に乗せたことです。しかし、アベノミクスも地方創生などの成長戦略面では、まだ大きな成果は出ていない状況であり、アベノミクスはまだ道半ばという感じです。また、昨今の「米中貿易戦争」の影響で、株価が勢いを失うと同時に、円高傾向が進んでいるのも不安材料です。

 アベノミクスの成果がもう一つだとすれば、安倍総理が就任以来、積極的に推進してきた「地球儀を俯瞰する外交」の成果に目が行きますが、北朝鮮との拉致問題解決と国交回復問題、ロシアとの北方領土問題と平和条約締結問題、韓国との関係修復問題等々、多くの難問が目に見える成果が出ないまま推移しており、この分野でも目を見張るような進展がないのが現実です。つまり、安倍政権は在任期間は史上最長をクリアするものの、それに見合った政治的な成果が達成できていないのです。

 安倍総理は昨年秋の自民党総裁選で、連続三期目の当選を果たしていますから、国政選挙で大敗しない限り、来年夏の東京オリンピック・パラリンピックが終わった直後の令和三年秋までは、自民党総裁として総理の椅子に座り続けることは可能です。しかし、そのタイムリミットは一年二カ月後に迫っており、その間に様々な懸案に一定の成果を出すことは、容易なことではありません。

 そこで、にわかに政局の焦点になりつつあるのが、安倍総理の引き際と申しますか、進退であります。現在の安倍内閣は、前回の総裁選の前に、それまでの自民党総裁任期が最長二期六年だったのを、三期九年に延長したことを土台に成立したものです。安倍内閣の支持率が高く、他に代わる候補がいないことや、国政選挙に連戦連勝していることから、歴史的な長期政権が続いているわけです。

 したがって、最近、「ポスト安倍」に擬せられてきた有力者たちが、それぞれに一長一短があるのを背景にして、再び党則改正により、「安倍四選」説が水面下で浮上していると言われています。私は、それを決めるのは党則改正に関わる自民党議員たちではなく、国民の声だと思います。あえて申し上げれば、それはメディアの声ではなく、メディアの世論調査に反映されている、国民の「声なき声」であります。

 トランプ大統領のアメリカも、プーチン大統領のロシアも、習近平国家主席の中国も、イギリスの離脱問題に苦悩するEU(ヨーロッパ連合)も、世界のリーダーシップを握っている国々が、決して盤石な体制ではない時代状況において、日本はどういうスタンスで内政・外交の舵取りをしていくのか、非常に厳しい決断を迫られる時代です。安倍総理の進退、引き際問題は、単なる政局としてではなく、令和時代の日本の針路を左右する問題として、真剣に議論し、最善の道を選択してほしいものであります。

 そこで、令和という新しい時代の幕開けにの年に、首相在任期間の最長記録を更新する安倍総理に決断していただきたいのは、東京に国立の戦没者慰霊・世界平和祈念公園を創ることです。

 私は以前から、袋小路に入り込んだ感のある靖国神社問題を解きほぐすには、靖国神社周辺の朝鮮総連本部がある国有地を活用して、国立戦没者慰霊・世界平和祈念公園を創ることを提唱してまいりましたが、それを安倍総理の手で何とか実現していただきたいと思うのであります。

 世界の主要な国には、アメリカのアーリントン墓地のように、国家にためにいのちを捧げた戦士たちを祀る国立墓地があり、各国から国賓を迎えた際には、必ずそこに参拝してもらうことになっています。国家が国家に殉じた戦没者を手厚く慰霊するのは世界の常識です。

 特に日本には昔から、たとえ激しい戦争を戦ったとしても、戦争が終わったら、敵・味方の区別なく戦没者を手厚く弔うのが、戦後の平和の礎になる、という仏教の「怨親平等」思想が根づいており、日本にこそ国立戦没者墓地があって何ら不思議ではないのです。

 日本を訪れる国賓には必ず参拝してもらう国立戦没者慰霊墓地ができ、そこに世界平和祈念公園が併設されれば、皇室の方々や政・財・官の要人たち、そして多くの国民が現在の日本の礎となった戦没者を、心から慰霊し追悼することができるようになり、それは新たな日本人の心の絆を呼び覚ますことになると思います。

 また、自衛隊が国際貢献の現場に行く機会が増えつつありますが、不幸にも現地の戦闘に巻き込まれて戦死する隊員が出た場合、現状ではその隊員を供養し祀る公式の場がないのです。

 二〇世紀の終わりに、戦後の長い東西冷戦が終わったとき、世界の人々は冷戦後の世界には平和が訪れるに違いないと歓迎しました。しかし、二一世紀の世界はハンチントン教授が『文明の衝突』で予言したように、民族・宗教・文化などの違いによる、新たな衝突の時代が展開しています。

 日本が二一世紀の新たな平和のキーマンとして国際貢献するためには、首都東京のど真ん中に国立戦没者慰霊・世界平和祈念公園を創建し、敵・味方の区別なく世界の戦没者を慰霊し、世界平和への祈りを真摯に実践することが不可欠だと、私は考えるのです。

 安倍政権には解決すべき懸案が山積しており、大変だとは思いますが、憲政史上最長の在任期間を更新される安倍総理には、国民の幸せ・国家の安泰・世界の平和のために、是非ともこの問題に対する英断を期待したいと思います。

 さて、永田町のことはこの程度にとどめて、「お大師さま今、居られなば」の話に入っていきます。皆さまご承知のように、私は令和時代がスタートした直後の五月十五日、私が住職をつとめております高野山別格本山清淨心院に、新たに創建致しました護摩堂「鳳凰奏殿」、供養堂「永山帰堂」の落慶法要を執り行いました。それ以来、高野山でも毎月、日にちを決めて池口惠観流の大きな護摩行を勤めております。

 清淨心院は弘法大師空海、お大師さまが晩年に創建された寺院で、入定直前にお大師さまご自身が彫られた廿日大師が御本尊になっている、お大師さまゆかりの寺であります。場所も、お大師さまが入定され、現在も日々、衆生救済の祈りを捧げておられると言われる奥之院のお隣に位置します。

 真新しい大きな護摩堂で、心口意をフル回転させて護摩行を勤めていますと、護摩の火の光や煙、弟子たちや信者さんが唱える真言、打ち鳴らされる太鼓の音などが、高野山の森閑とした森を抜け、奥之院のお大師さままで届いているという実感を持つことができ、私の護摩木を火の中に投じるリズムや、弟子たちや信者さんたちの唱える真言にも、これまで以上にパワフルになったような気が致します。

 私は、足掛け四年がかりで二つの御堂を創建致しましたが、その堂宇が立派に完成するにつれて、またそこで池口惠観流の護摩行を修するようになるにつれて、改めて私の仕事は、千二百年前にお大師さまが開創された高野山への思いを受け継ぎ、それを後世にしっかり伝えていくことだと再確認し、その責任の重さを自覚するとともに、その使命感に心が揺さぶられるような気持ちになりました。

 そして私は、令和元年に落慶した鳳凰奏殿、永山帰堂は、千年後の高野山の興隆を先導する御堂として、その存在意義をアピールできるものにしなければならない、そのためには真言行者は全身全霊で修行をし、人々を四苦八苦の世界から癒やし、救わねばならないと、心に誓ったのです。その心の内を表すならば、「私はこれから何度も生まれ変わり、死に変わりしながら、何度も高野山に現れて、清淨心院の鳳凰奏殿で、奥之院のお大師さまとともに、衆生救済・国家安泰・世界平和の祈りを続けていく」という誓願です。

 高野山は今、内外からの参拝客が増えていると言われますが、それがどこまでお大師さまの教えや、真言密教の真のご利益の理解につながっているかは疑問です。ただ一時の物見遊山では、せっかくの真言密教の教えや高野山の意味が伝わらないのです。

 また、高野山には高野山学園が運営する、歴史ある高野山高校・高野山大学が存在しますが、真言宗の寺の子弟も受験を敬遠するほど人気が無くなり、今や「風前の灯火」状態にあります。高野山大学を卒業しなくても。真言宗の寺を継ぐことはできるのです。私も高野山大学のOBであり、学園との関わりもありますので、いろいろな打開策を提案しているのですが、なかなかこれといった名案がないのが実情です。この背後には、お大師さまの教えや高野山の持つ意義が忘れられている面があることも否めない事実です。

 お大師さまは時の嵯峨天皇に高野山の下賜を願い出られた文章の中で、「上は国家のために、下は多くの仏道修行者のために、生い茂る薮を刈り尽くし、いささかながら修禅の一院を建立せんと願う」と書いておられます。お大師さまは若い頃、紀伊山中の深山幽谷を修行して歩かれ、高野山中に霊気に満ち満ちた、修行に適した土地があることに目星をつけられていたのです。

 その後、唐の長安で、当時最新の仏教であった密教の全てを伝授され、日本に持ち帰られたわけですが、お大師さまは密教を完全に理解するには、日々の修行が欠かせないことを、自らの体験として熟知されていたため、高野山に密教の修行の場をつくり、そこで密教行者を育成しようとされたのです。

 当時、日本の仏教は奈良が中心で、奈良には立派な寺院がいくつもあり、たくさんの高僧も存在しましたが、修行をしなければ新しい仏教である密教を理解することはできないとして、お大師さまは「上は国家のため、下は仏道修行者のため」に、高野山を開かれたのです。

 その後、お大師さまが入定されてからも、修行のために高野山に入る若い僧侶たちや、民間人がたくさんいました。後に、高野山で修行した若い行者たちが、全国各地に散っていき、そこで地元の人々のために働きながら、お大師さまの功績や事績をアピールし、各地にお大師さまの像や、お大師さまが訪れたことを記念する石碑などが建立されていますが、その行者たちは「高野聖」と呼ばれました。

 また、かつては亡くなった高僧・名僧に、朝廷から「○○大師」という諡号が下賜されるしきたりがありました。「大師」という諡号を賜った高僧はたくさんおられますが、一般的に「お大師さま」で通るのは弘法大師空海だけです。それも高野聖たちの活動と無縁ではないと思います。

 江戸時代までは、いわゆる高野山山中に、徳川幕府や各地の大名の保護を受けた寺が、千ほどあったと言われます。現在は百ぐらいですから、江戸時代の隆盛の足元にも及びません。奥之院と清淨心院の間に広がる奥之院の墓所には、戦国時代から江戸時代にかけての錚々たる戦国大名や殿様、その夫人らの墓が所狭しと並んでいますが、それもお大師さまが武士階級に厚い信頼を得ていたことを物語っています。

 それにしても、お大師さまがそこまで日本人の心に刻まれてきたのは、なぜでしょうか。それは先ほどの、「お大師さまは今も奥之院で衆生救済の祈りを続けておられる」という、いわゆる「入定信仰」が関係してきます。お大師さまが奥之院で今も生きておられるという入定信仰が、人口に膾炙するようになったのは、お大師さまの入定から八十八年後の延喜二十一年(西暦九二一年)に、朝廷から「弘法大師」の諡号を贈られたときからだと言われています。そして、「お大師さまは今も奥之院に生身のまま祈りを続けておられ、五十六億七千万年後の、弥勒菩薩がこの世の救済に出現される時まで、人々を救済され続ける」と言われてきたのです。

 五十六億七千万年後というのは天文学的数字ですが、要するに「この大宇宙がなくなるまで」という意味です。ともかく、お大師さまは奥之院で半永久的に衆生救済を続けられているのです。私が千年後の高野山の興隆を胸に秘めて、護摩堂・供養堂を建立したくらいでは、とてもお大師さまの足元にも及ばないわけです。

 お大師さまは入定される三年前、高野山金剛峯寺で、曼荼羅を本尊として、一万の灯明を献供する法会を行われました。そのときに朝廷に「高野山万灯会の願文」を上表して、勅許を得られましたが、その願文の中に、「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きん」という一節があります。「この宇宙がなくなり、人間は一人もいなくなり、さとりもなくなってしまうまで、私の願いは尽きない」という意味です。要するに、お大師さまは、「私の衆生救済の誓願は、この宇宙がなくなるまで続く」とおっしゃっているのです。

 初めての高野山万灯会が行われた二年後、お大師さまは京都の弟子たちに、「生期、今いくばくならず。汝ら、よく住して仏法を慎み守れ。吾は永く山に帰らん」という言葉を残して、高野山に隠棲します。清淨心院の供養堂「永山帰堂」の名称は、この「吾は永く山に帰らん」という言葉からとったものです。

 本日、こうしてお大師さまと清淨心院の鳳凰奏殿、永山帰堂を関連づけながら、私の高野山に対する思いを語らせていただきましたのは、現代の日本社会におけるリーダーたちの志と申しますか、スケールと申しますが、そうしたものがあまりにも縮こまっているのではないかと思うからです。そして、そのことはカネとモノを優先するあまり、日本本来のお国柄を置き去りにしてきた、戦後日本の生きざまと決して無縁ではないと、私は思うのです。

 安倍総理の在任期間が日本の憲政史上最長記録を更新したとしても、政治家や官僚や経済人などのトップリーダーたちが、国民の幸福・国家の安泰・世界の平和に全身全霊で取り組む国を目指さなければ、日本は少子高齢化、多死社会、人口減少、移民依存の国家として、いよいよ沈没していくのではないかと心配になります。

 お大師さまが今の日本におられたら、日々、各界のトップリーダーにお加持を施し、衆生救済を最優先課題とするよう、切々と説かれるに違いありません。 

 合掌

                                      


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2019年08月19日

No 5275   【個性的であれ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【個性的であれ】

明治大学文学部教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…


人生後半は、もっともっと、自分のために生きていい。
「仕事」も自分のためにしよう。
好きなものに愛するプリミティブ(原初的)な情熱を取り戻し、心と身体から湧く「勢い」に忠実に生きよう…それを「バカ」というなら、バカこそ最高だ。
それが私の言いたいことです。

ポイントは、ざっくり言えば日々が充実しているかどうか。
充実とは何かといえば、「これさえやっていれば時間があっという間に過ぎてしまう、これについては徹底的に知りたい、極めたいというものを持っているかどうか」ということです。
そういうものが一つでもあれば、日常生活が多少辛くても、自分に折り合いをつけて生きていくことができる。
バカになれるもの、バカになれる時間こそが、後半生の揺らぎやすいアイデンティティの最大の拠りどころとなり、人生を明るく照らす。
そう私は確信しています。

毎日、なんだか元気が出ない。
日々のタスクはこなせても、これでいいのだろうかと心休まらない。
何かに縛られている気がして、息苦しい。
ひとたび、ささいな失敗をしただけで、いわゆる負け組に転落するのではという不安が抜けない…そう感じている人は少なくないでしょう。
それはなぜなのか。
いまの世の中そのものが、私たちを鎖のようなものでがんじがらめに縛り付けているのではないでしょうか。
しかもその鎖は一本だけでなく、私の見るところ、ざっと三本はある。
さすがにそこまで厳重だと、どれほど屈強な心身の持ち主でも萎えてしまうでしょう。
つまり日々が辛いのは、けっして本人のせいだけではないのです。

以下、順番に鎖の正体を見ていきます。
一本目は、もっとも強力な「視線の地獄」です。
仕事でもプライベートでも、常に「他者」からの視線が私たちに向けられています。
昨今は、「SNS疲れ」という言葉をよく聞きます。
FacebookやTwitter、LINEなどで常に誰かとつながっていると、相応の気遣いも必要ですし、ある程度自分をよく見せようと、センスがいいとされる店に行ったり、SNS映えしそうなものを探したりで、見栄を張りたくなります。
いつも背伸びして歩いているような状態で、それが疲れないわけがありません。
フランスの哲学者サルトルは、「地獄とは他人のことだ」と説いています。
他人からの視線を受けることによって、あなたの評価は他人に委ねられ、あなたはあなた自身ではなくなってしまう。
主体的に行動していたのに、他者のまなざしの対象(客体)になります。
他人の視線というものはこの上ない束縛力を持ちます。

私たちの人生を縛る二本目の鎖が、いわゆる「コンプライアンス意識」の高まりです。
とにかく品行方正が第一で、物議をかもすことはいっさい許さないような雰囲気が、社会全体に漂っています。
会社組織内でも、いろいろなルールや手続きが厳格化しているという話をよく聞きます。
不祥事を避けるため、もしくは「〇〇ハラ」を未然に防ぐための措置でしょうが、それによって働きやすくなっているかというと、話は別です。
むしろ戦々恐々となって、委縮を助長させている面もある気がします。

そして三本目の鎖が「個性的であれ」という圧力です。
これまで挙げてきた“視線”による監視、コンプライアンスの束縛と一見矛盾するようですが、個性が称揚されるのには相応の理由があります。
団塊の世代が現役を引退し、価値観も細分化したいま、規格大量生産の時代は終わり、多品種少量生産で利益を上げる必要が出てきました。
単純労働はロボットやAIに取って代わられ、頭脳労働が求められるようになる。
つまり、画一的なフレームにとらわれないモノやサービスを次々と生み出さなければ、個人も組織も淘汰される時代がやってきたのです。
縮小する国内市場だけではなく、海外でも競争しようと思ったらなおさらです。
だから個性が大事だと喧伝されるようになったわけです。
基本的に、私は社会が個々人に個性を求めること自体、あまりいい風潮ではないと考えています。
別の言い方をすれば、個性が誤った意味で解釈され、個人間の「差異」を強調することに価値が置かれすげているように感じます。
例えば仕事上で、新しいアイデアを求められることはよくあります。
そかしそれは日ごろの経験や調査・研究から得られるものであり、その本人が個性的かどうかは別問題でしょう。
王貞治さんやイチローさんの個性的なバッティングフォームは、個性的であろうとしてできたものではありません。
ひたすら技術を追求した結果、人から見ると個性的に見える形になったということです。
個性は、本来結果なのです。
にもかかわらず個性が重視されるとすれば、それは「周囲とはちょっと違う自分を出さなきゃ」という強迫観念を誘発するだけです。
「個性的であれ」というメッセージも、それに感化されて生まれた「個性的といわれたい」という欲求も、実は息苦しさをもたらしているのではないでしょうか。
その証左が「バイトテロ」や「バカッター」です。
飲食店やコンビニのアルバイト店員がゴミ箱から取り出した食材を調理したり、冷蔵庫に入ってみせる動画をネットに投稿したというニュースに、日本の将来を憂う人も少なくないでしょう。
しかしこれも、「個性的であれ」を曲解した結果かもしれません。

『バカになれ 50歳から人生に勢いを取り戻す (朝日新書)』朝日新書

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“視線”による監視、コンプライアンスの束縛がありながら、「個性的である」ことは非常に難しい。
それを、齋藤氏は、「ブレーキを踏みながらサイドブレーキを引き上げ、なおかつ未踏の道へ向けてアクセルを踏み込むような、バラバラの動き」だという。
だから、多くの人たちにストレスがかかり、そのはけ口として、「キレる大人」や「暴走老人」が増えたりする。
それを齋藤氏は、『自分が優位に立っている状況で、ここぞとばかり鬱屈した全エネルギーを注ぎ込んで相手を罵倒する。そこに快感を見出しているわけです』
そして、『「私は本当は偉いんだ」「もっとリスペクトされていいはず」「強いところを見せてやろう」というサイクルは、他人から見たら滑稽そのものです』という。

他人に迷惑をかけたり、嫌な気持ちにさせる人は、個性的でもユニークでもなんでもない。
周りから疎(うと)まれ、嫌われるだけの最低の人間だ。

真の意味で個性的である人は、子どものような情熱と好奇心があり、いつも上機嫌で、ときめいている人であり、人生を楽しんでいる人だ。
人生を楽しんでいる人は、苦労や失敗や嫌なことさえ楽しんでしまう。
そして、まわりの人も楽しくさせる。

少し、バカになって自分の枠をはずし…
真の意味で個性的な人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 06:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月18日

No 5274   無限の可能性!

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今年初の プールに!
月一の楽しみ Jrとプールへ!

昨年とは見違えるほどの 上達 子供たちの可能性は無限大ですね!

おいちゃんも まだまだ頑張って成長せねばと 再認識!

パワーをもらった 真夏の日曜日でした!

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posted by Dr.モーリィー at 22:21| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5273   【「地理思考」とは】

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【「地理思考」とは】

角田陽一郎氏の心に響く言葉より…



人類の歩みを俯瞰(ふかん)するという試みは、約40年前にも行われていました。
アルビン・トフラーというアメリカの未来学者が『第三の波』という本を出版したのが1980年のことです。
トフラーは、人類が最初に迎えた革命として「農業革命」を挙げています。
この農業革命によって、人類は狩猟に頼る生活から、自らの手で食料を作り出しコントロールできるようになったからです。

それ以来、人類は獲物を求めて転々と場所を移動する狩猟生活から、一ヵ所に定住する農耕社会を築いたことで、トフラーはこれを第一の波と位置づけました。
農業革命とは、人類が生きていくために、「モノを生み出す進化」でした。
農業は人類が労働によってモノを作り始めた原点です。

この農業革命によって、世界に2つの概念が生まれました。
1つは国(国家)です。
農業が行われるようになったことで、人類は狩猟のための移動をやめ、土地に定住するようになり、土地が価値を持ち始めたのです。
そしてその土地に人が集まるようになり、国という概念が生まれました。

もう1つは、民衆を束ねるうえで規範となる「宗教」と「思想」です。
為政者は政治の基礎に宗教を置き、さらに同じ思想によって人々を動かしていったのです。
そしてこの宗教や思想の違いが原因で大規模な戦争も始まります。
いわゆる、国盗(くにと)り合戦が世界で繰り広げられていったわけです。

続く第2の波は18世紀後半かららの「産業革命」です。
機械の発明によって、人類が機械を使い始めたのです。
それまで手作業で行われていたものづくりが機械生産に切り替わり、短時間で大量にモノを生産できるようになったことで、やがて大量生産、大量消費の時代に突入します。
大量生産、大量消費社会でもっとも重視されたのが「効率」です。
より短時間でモノを作り、短時間で販売することによって利益を最大化する競争が世界に巻き起こりました。
効率重視の考え方によって、人間が機械の都合に合わせて働くようになり、次第に人間性が阻害されていきました。
それがいまの「働き方改革」論議に見られる社会問題につながるわけです。

産業革命によって効率化を優先するようになった人類は、働き方も効率優先で考えるようになりました。
そこで生まれたのが会社という組織です。
つまり、人間を効率的に動かすための器として会社は生まれたわけです。
この会社の誕生によって、人間の生活は「食べるために働く」から「働くために食べる」へと転換してしまいました。
産業革命は教育という概念も生みました。
工場で人間に効率よく働いてもらうには、知識と技術と経験が必要だからです。

そこで産業革命以後、「子ども」が誕生しました。
実は、産業革命の前まで「子ども」という概念はなかったのです。
ただ“小さい大人”がいただけでした。
ところが学校を作ったことによって、一定期間社会から切り離された状態で、読み書き、計算などの教育を受ける者(=子ども)が誕生したというわけです。
つまり子どもの教育制度の原点は、労働の効率化にあったのです。
こうして一定のスキルと知識を身につけた者を、会社に集めて効率よく働かせる仕組みができあがっていきました。

産業革命は「イデオロギー」という概念も生み出しました。
イデオロギーとは資本主義、社会主義、民主主義といった「〇〇主義」といわれるもので、国家はこのイデオロギーをもとに体制を築いていきます。

そしてトフラーは、いま、人類に3つ目の波が押し寄せてきていることを示しました。
それが「情報革命」です。
情報化の波によって、人類はもう一度革命を体験すると予言しているのです。
資本主義に変わる新しいイデオロギーとは何なのかといった議論も現在世界中で行われているわけですが、まさにそのタイミングで人類は情報革命を迎えたわけです。

ちなみに1980年といえば、まだインターネットという言葉すらなかった時代です。
にもかかわらずトフラーはコンピューターの発展が社会のあらゆる仕組みを変えるだろうと断言し、クラウド上に写真を保存して色々な人とシェアする「Instagram」的なものの登場も予言していました。
重要なことは、トフラーが唱えた「第三の波」は、第二の波の産業革命よりも、人類社会に大きなインパクトを与えるということです。
情報革命の何が産業革命よりすごいのか。

産業革命とは何だったのかというと、機械の力によって「モノを生み出す作業」をより効率的に進めるものでした。
素晴らしい効率化ですが、モノに価値があるという意味では、あくまで農業革命の延長線上でしかなったのです。
一方、いま起こっている情報革命とは、モノから情報への価値の転換です。
それは価値の機軸の転換、すなわり「概念革命」です。
だからこそ、情報革命は産業革命よりもはるかに大きなインパクトを世界にもたらすのです。

『人生が変わるすごい「地理」 【学問】の力で働き方と生き方の【答え】が出る!』KADOKAWA

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角田氏は「地理思考」についてこう書いている。(本書より)

『人生で起こることのほとんどは、自分の思い通りにはならない。
若いときは「若い」と言う理由で。
年をとると、「年をとった」という理由で。
ペーペーのときは「ペーペー」という理由で。
偉くなると、「偉いんだから」という理由で。
お金がなくては思い通りにはできないし、お金があっても、お金ではできないこともある。
ここに、そんな思い通りにならない環境の最たるものがある。
それは地理。
人類は、誕生以来、つねに環境との因果応報(地理・ちのことわり)を学ぶことで、進化・発展してきた。
つまり、人類と地理の関係を学べば、そしてその地理から授かった環境への知見を人生にフィードバックすれば、あなたは、人生の成功の鍵を手に入れることになる。
つまり、「地理思考」とは、現代の“孫子の兵法”ともいえる、最強の「人生の指南本」である。』

「一所懸命(いっしょけんめい)」という言葉がある。
日本の中世(鎌倉時代)において武士が、先祖代々受け継いできた領地を、命を懸けて守り抜くということ。
それが、命がけでことにあたる、という意味となった。
そして、その「一所懸命」がのちに「一生懸命」になったと言われる。

これから人口が劇的に減っていく日本。
地理的思考から言えば、今までは人口が多かったから日本の競争力も高かったし、先進国でいられた。
しかし、これからはそうはいかない。
「一所懸命」に、国内市場だけを相手にしているなら、必ずジリ貧となってしまう。

もっと地理的思考で世界に目を向け…
世界を俯瞰する力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 21:49| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月17日

No 5272   【与える喜び、分け合う喜び、やり遂げる喜び】

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【与える喜び、分け合う喜び、やり遂げる喜び】

渡辺和子氏の心に響く言葉より…


近頃、もらう喜びは知っていても、その他の喜びをあまり味わっていない子どもが、ふえているように思えてなりません。
その他の喜びとは、与える喜び、分け合う喜び、そして自分で物事をやり遂げる喜びです。

マザー・テレサがこんな話をなさいました。
カルカッタの街に、八人の子を抱えてお腹を空かしている家族がいたので、お弁当を作ってもって行ったところ、その母親は押し戴いて喜んだ後、すぐどこかへ出て行きました。
やがて戻ってきた母親は、「実は隣の家族も、このところ食うや食わずの毎日だったので、半分あげてきました」と言ったそうです。

マザーは、この話をしてから、「貧しい人は偉大です。飢えを経験した人には、他人の苦しみもわかるのです」と言われました。
本当の豊かさとは、このように、他人に与えるものをもっている心を指すのですね。

最近、自分でやり遂げる喜びを、子どもから奪っている過保護の親もふえているようです。
それは、子どもたちを愛しているように見えて、実は彼らから、その成長に必要な自信と、自立の喜びを奪っているのです。

もらう喜びしか知らない子どもは、自分中心の世界で生きています。
どれほど多くのものをもっていても、その子の心は貧しいのです。
与える喜び、分ちあう喜び、自分で何かをやり遂げた時の喜びをも味わわせることによって、子どもの生活を本当に豊かなものにしてやりましょう。

『忘れかけていた大切なこと ほほえみひとつで人生は変わる (PHP文庫)』

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この「喜び」の話は、子どもだけのことではない。
「やり遂げる喜び」を知らない人(大人も)は、「与える喜び」や「分け合う喜び」も分からない。
自信とは、何かをやり遂げることによって生まれるものだからだ。
やり遂げることによって、自己充足感や、自己重要感が増し、自立心がめばえる。

「やり遂げる喜び」は、リーダーや親が手助けをせず、グッと我慢をして見守ることによって生まれる。
「与える喜び、分け合う喜び、やり遂げる喜び」が分かる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:50| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月16日

No 5271   【魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする】

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【魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする】

心理カウンセラー、金藤晃一氏の心に響く言葉より…


紙パック不要の掃除機や羽根なし扇風機で有名なダイソン(イギリスの家電メーカー)。
社長のジェームズ・ダイソンは、自分の“イライラ”としたことを覚えておくのだそうです。
すぐに目詰まりする掃除機の紙パックをなくせないものか、ばたばたと効率の悪い風しか送ってこない扇風機をどうにかできないか、手をいくら当ててもきっちりと乾かないハンドドライヤーに代わるものはないか…そのイラッとした感じを解消するために画期的な製品が生み出されたというわけです。
常識を脇に置いて、視点を変え、脳に汗をかき続けると、誰も想像しなかったアイデアが生まれます。

魅力的な人とは、実は魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする人のことではないでしょうか。
われわれが、評論家、コメンテーター、学者などの意見に耳を傾けるのは、われわれの気づかないことを教えてくれるからです。

つまずいて転んで、「なんでこんなところに段差があるんだ!」と不機嫌にならず、「地球が私にハギングしてくれた!」とニッコリ笑った方がいます。
そのユーモアに、不謹慎ながら、思わず笑ってしまいました。
地球を抱っこした当人も魅力的な笑顔でした。
目の前の出来事を天国ととるか地獄ととるかは、考え方次第なのです。

こういう考え方がつねにできるためには、いつも脳内筋肉を鍛えておく必要があります。
ダイソン氏は“イラッと”経験が基礎でしたが、「不思議だなぁ」でも、「気持ち悪いなぁ」でも、「きれいだなぁ」でも、常識を脇に置く機会はどこにでもあるように思います。

『つまずいたら、いつもの逆をやってみよう』大和出版

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ジョージ・ブッシュ氏の素敵なスピーチがある。
『第43代アメリカ大統領ジョージ・ブッシュは、 メジャーリーグのボストン・レッドソックスがワールドシリーズを制して、 メンバーがホワイトハウスを訪問した際、絶妙のジョークを披露した。
というのも当時、各メディアはブッシュ大統領の知性や知識、 さらにはボキャブラリーの貧困などをやり玉に挙げていたからだ。
メジャー制覇に貢献した松坂大輔投手を紹介するスピーチの際、彼はこういった。
「 英語で苦労しているという点では、私も大輔と同様だ」』(一流の人の話し方・アスコム)より

「魅力的な人とは、実は魅力的な視点を持ち、魅力的な考え方をする人のこと」

嫌なことがあっても、不機嫌にならず…
温かなユーモアで切り返せる、魅力的な人になりたい
posted by Dr.モーリィー at 07:26| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月15日

No 5270   【成功のためには「センターピンを掴め」】

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【成功のためには「センターピンを掴め」】

与沢翼氏の心に響く言葉より…


2014年に、経営していた会社を法人税滞納で解散させた私は、文字通り無一文になり、日本を去って公の場から姿を消しました。
「ネオヒルズ族」「秒速で1億円稼ぐ男」などと世間からもてはやされていた矢先の出来事で、まさに天国から地獄への転落でした。
おそらく世の中の誰もが「与沢翼はもう終わった」と確信したはずです。

ただ、現在までの4年間に、私は皆さんの知らないところで、様々な結果を残してきました。

●仮想通貨に1億3500万円を投資して3か月で27億にし、そのうち14億を利益確定して出金しました。
●65日間で91.2kgから69kgまで22kgのダイエットに成功しました。
●世界各地に計40戸、総額45億円分の不動産を全てキャッシュで購入したり、世界有数のプライベートバンク、Bank of Singapore に口座を開き500万ドル(およそ5億5000万円)分の社債を購入したり、掛け金5億2000万円、保証32億円の生命保険に入ったりもしました。

これらは海外に出てからの結果の一部ですが、これらの結果を最短・最速で私が獲得してきた原動力はただ一つ。
それが「ブチ抜く力」です。
ブチ抜く力とは、あらゆる常識を覆し、世間の考える限界を突破して、とてつもない結果を超スピードで得るための力です。
私自身、人生のあらゆる局面で最も重視してきたのが、この「ブチ抜く力」でした。

世の中には、複数のタスクを同時に進行できる多動可能な器用な人もいるでしょう。
ただ、私は何かに集中すると、一つの事しか目に入らない不器用なタイプの人間です。
しかし、だからこそ、最短・最速で誰もが驚く圧倒的な結果を実現してきたのだと思います。
突き抜けた結果が欲しければ、たった一つの結果や目標に向かって徹底的に考え抜き、他の全てを犠牲にする。
そのストイックさがなければ、この4年間でこれだけの成果を出すことはできなかったと思っています。
ちなみにお伝えしておくと、これらの結果を私は社員ゼロ、つまり組織を持たずにたった一人の個人で成し遂げました。

これまで、私は多くの人から「そんなのできるわけがない」「無理に決まっている」と言われた事柄にことごとく挑戦しては、結果を出してきました。
まず、10代の頃。
当時、すでに高校を中退していたため、高校の勉強範囲など全く学んだ事のない状態で、早稲田大学の受験を志しました。
誰からも「無理に決まってる」「受かるわけがない」と馬鹿にされていたのに、8か月の猛勉強で早稲田大学に合格しました。

大学在学中、今度は一度も就職を経験せずに、早稲田大学の「ビジネスプランコンテスト」で優勝し、その流れもあってアパレル会社を起業しました。
5年に渡り運営したアパレル会社では年商10億の実績を上げ、渋谷109に出店するまでに事業を拡大させました。
アパレル会社自体は無理な拡大計画が仇となって倒産させるのですが、それと時期を同じくして、知識も人脈も情報もないゼロからの状態で、情報商材の世界へ参入しました。

そこで売上高・知名度共に文字通り一瞬でトップを取り、「秒速で1億円かせぐ男」という異名を取ります。
稼いだお金でフェラーリやベントレー、ロールス・ロイスファントムなどの高級車に乗り、六本木でシャンパンを飲んで豪遊する私の姿を数々のメディアが報じます。
そうした中で「ネオヒルズ族」という呼称が初めてTBSにより報じられました。
この当時の経験は、自分にとっては反面教師として、今の生き方を大きく変えています。
この生き方には批判も多く、私もたくさんの点で反省をし、改善しました。

なお、黒字を出していたこちらの情報商材の会社も法人税の滞納により解散状態になり、結果的になんとか税金だけは完済したものの、またもや私はほぼ資産なしのホームレスに近い状態にまでなりました。
実際、自分名義の家は一度なくなっています。
倒産、解散を経て、「自分が本当に向いているビジネスは何か」「どうしたら真のお金持ちになれるのか」をじっくりと考えた末、2014年に海外移住への道を決断しました。
そう、私は2度日本で失敗し、3度目の海外で初めて本当の成功を手にしたのです。

『ブチ抜く力』扶桑社

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与沢翼氏は、成功のためには「センターピンを掴め」と言う。
『目的を達成するために私が最初にやる事。
それは「物事の本質は何か」を考える事。
つまり、その物事のセンターピンは何かという事です。
センターピンとは、ボウリングでいう真ん中のピンの事です。
これさえ外さなければ、残り9本全てのピンを倒す事ができる。
つまり、センターピンとなるたった一つの“物事の本質”を的確に捉えさえすれば、物事は想像以上に上手くいきます。
では、どうやってセンターピンを見つけるのか。
それは、ごくごくシンプルです。
まずは、間違ってもいいから、自分にとって「これが本質ではないか?」と思えるものを探し、すぐに試してみる。
もし、それをやっても思ったような成果が出ない時は、一度センターピンを見直してみましょう。
自分にとってそのセンターピンが間違っていると思える反証データが出てくれば、センターピンそのものを疑ってみるべきです。
そのためには、細かく数字を追っていくことが大切です。
それとは反対に「絶対にこれは確信が持てる」と思えるセンターピンを見つけたのであれば、ひたすら継続しましょう。
周りから何を言われても、自分を信じる時も必要です。
一朝一夕にできるようになるものではありませんが、本質掴みの訓練を繰り返していると、どんな物事であれ、その本質を掴むのが速くなってきます。
なお、一つのセンターピンを設定したら、最低3週間は続けてみて下さい。
リーダーシップ論の世界的権威であるロビン・シャーマは、「人間は3週間、何かを続ける事ができれば、その行為は習慣となり、3週間後には無意識にその行為を続ける事ができる」と語っています。
私自身、何か新しい事を始める際はこの「3週間」という単位を最低の目安にしています。
一度、何かを3週間単位でやり抜くと、その間に経験値が爆発的に溜まっていき、やる気も高まるし、初めての物事でもだんだんと理解できるようになってくるのです。
そして、最初に比べると何倍、何十倍もの効率で飛躍的に高い結果を得られるようになっていきます。
ただ、センターピンをやり抜くうえで注意したいのは、必ずセンターピンは一つに絞るという事。
自分が「センターピンだ」と思ったもの以外のノウハウは一度切り捨ててください。
実は、頭の良い人ほど、この「一つに絞る」という作業が苦手です。』

センターピン理論とは、折口雅博氏が提唱していたコンセプトで、事業や仕事には「ここを突いたら一撃で勝てる」という秘孔(ひこう)のようなものがあるという。
秘孔とは、漫画の「北斗の拳」などに出てくる架空の人間の急所のこと。
わき目も振らず、ただひたすらに、コツコツと一点に集中する。

「雨垂(あまだ)れ石を穿(うが)つ」ということわざがある。
雨のしずくのような弱い力でも、長い間一点にポトポトと落ちづづければ、硬い岩でさえそこに穴があく、という意味だ。

「ブチ抜く力」を手に入れ、センターピンを倒したい
posted by Dr.モーリィー at 06:03| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年08月14日

No 5269  お盆  台風

こんにちは お盆のこの時期 皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

毛利歯科は例年通り お盆も通常通り診療しております

毛利歯科グループは オフィス街官公庁が近いため
周りの企業公共施設も お盆も稼働しているため
開業以来 ほとんど 通常通り診療を続けてきております

スタッフには 夏休みとして有休消化月間として
7月から9月までの期間に 率先して休みを取っていただくことにしております

おいちゃんは今年もまだ 休みの計画を練っておりませんが
学会・研修会・勉強会・セミナーなどで
飛び回るので それを夏休み兼用にしようかなと  ははは 経営者はつらい、、、

例年そうですが お盆休みの間も 周りが休診のところが多いからか
暑くて 体力消耗して 炎症起こしたり化膿したり腫れたりする人が、、、
本当に 急患が多いのです

頑張ってくれた スタッフに大感謝です!

台風の影響も心配されましたが そこまで被害は出なかったような、、、

まだまだ暑い日が続きそうですが

皆様お身体御自愛くださいませ!


   こころ穏やかに

    こころ豊かに   合掌
posted by Dr.モーリィー at 07:37| クリニック情報 | 更新情報をチェックする