2019年04月29日

No  5111   【「結果」よりも「プロセスそのもの」を大事にする世の中がやってきた】

IMG_3458.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「結果」よりも「プロセスそのもの」を大事にする世の中がやってきた】

田口敬史氏の心に響く言葉より…



《「がんばれば、結果が出る」「結果よければ、すべてよし」という二つのパラダイムが揺らいでいる》

結果主義というのは、非常にシンプルな二つの思いによって成り立っています。
それは「がんばれば、結果が出る」「結果よければ、すべてよし」の二つ。
前者の「がんばれば、結果が出る」については、成功体験を積めば、人は誰でも「努力と結果の関係」を信頼するようになります。
端的に言えば、私たちは「がんばれば、結果が出る」という世の中を生きてきたのです。

こうした状況を下支えしてきたものはなんでしょうか。
それは紛(まぎ)れもなく高度成長経済です。
経済が安定的、加速度的に拡大し、がんばれば誰もが豊かになれた時代。
こうした背景があったからこそ、どんな人でもがんばれば給料が上がり、冷蔵庫を買うことができるようになり、自家用車やマイホームを持ち、より豊かで、快適な生活を送れるようになってきました。
それが叶わなくなってきたのです。
理由は、経済成長が止まってしまったからです。

さて、「結果主義」というパラダイムが揺らいでしまった現代において、人々が次に求めたものとは何でしょうか。
それは「今を大事にする」という発想です。

今、自分は楽しいか?
今、ワクワクしているか?

「今は辛くても、明日には素晴らしい結果が待っている」という、いわゆる結果主義、未来主義的な思考ではなく、「今、自分は楽しいのか?」「今、自分はワクワクしているのか?」という発想が世の中の主流になりつつあります。
言い換えるなら、「結果」よりも「プロセスそのもの」を大事にする世の中がやってきたのです。
事実、シリコンバレーのトップたちに話を聞いても「(将来的に)いかに儲かるか」ということ以上に「今、自分たちがワクワクできるか」という価値観を非常に大事にしています。

結果よりも「ワクワク重視」の時代。
日本の若者たちにも同じような傾向があって、彼らは組織の中で偉くなることや、大金を稼ぐことに、それほど大きな価値を見出してはいません。
それよりも「今、充実した時間を過ごすことができるのか」「自分がワクワクして、楽しむことができるのか」ということを大事にします。
これが現代に起こっている「結果主義からプロセス主義へ」というパラダイムシフトなのです。

『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか 史上最高のビジネス教養「老子」「論語」「禅」で激変する時代を生き残れ』文響社

58574744_2205688959511394_8428287965897162752_n.jpg


ITやAIの加速度的な進化により、今まで隆々として栄えていた業界が一瞬にしてダメになるケースが増えてきた。
コツコツと努力をいくらしたとしても、結果は出ない、ということだ。
それは、たとえば、10年後に「消える職業」とか「なくなる仕事」として盛んにリストアップされている。
消えてなくなる業界で、いくら努力をしても結果は出せない。

また、「結果よければ、すべてよし」という考えも、これを突き進めると、限りなく「ブラック」になってしまう。
法律すれすれの、あるいは多少法律を破ったとしても、結果さえ出れば、すべてそれでオッケー、ということにはならない。
SNSの発達した現代は、限りなくオープンな時代だ。
そんなことをすれば、たちどころに、ネット上で大炎上するからだ。

もちろん、企業活動や組織の運営において、結果を出すことは本当に大事なことだ。
だからこそ、必要なのは、今現在が、楽しくて、ワクワクすること。
楽しくワクワク働いて、その結果として利益が出たり、お金が稼げるという過程が必要なのだ。

そのことを、48期連続増収増益した伊那食品工業の塚越寛会長はこう言っている。
「利益というのは残りカスだ」
なぜなら塚越会長には、「会社は社員を幸せにするためにある」という信念があるからだ。
社員が幸せになることにより、結果として利益が出るのだ、という。

「結果」よりも「プロセスそのもの」を大事にする世の中がやってきた
posted by Dr.モーリィー at 20:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5110   【被害者学とは】

IMG_3457.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【被害者学とは】

櫻井秀勲氏の心に響く言葉より…


人に依頼する場合のルールがあります。
1. 金銭の借用はしない
2. 連帯保証は頼まない
3. 就職試験の受験は頼んでも、就職そのものは頼まない

この三つの依頼は、絶対こちらからしないことです。
そうなれば、人からの同じ頼みを、断ることができるのです。

また、誰でも人の世話になりたくないものです。
頭を下げて頼みたくはない。
でも、頼まざるを得ないときもあるものです。

しかし、金銭の借用だけは友人、知人にしてはならないし、それを断られても当然です。
だが、こちらの体を動かすことや、知恵を一緒にしぼることであれば、金力や地位がなくてもできるはずです。
もちろん、それによってうまくいくとはかぎりません。
でも、うまくいかなくても、多くの時間や労力を費やしてくれた、という感謝の念は、依頼者の胸に必ず残るのです。

「被害者学」という学問があるそうです。
これは私が「女性自身」の編集長になったとき、松本清張先生からお祝いの言葉でした。

「櫻井君、人の上に立った人間は加害者なんだよ。自分ではなにげなく使った言葉でも、それが部下に恨みをもたらすことがある。加害者は被害者の心を何も知らないんだ」
ここで被害者学という言葉を教えられたのですが、先生はこのテーマを「一年半待て」という短編に書いています。

たとえばなにげなく、目下の人の頼みを拒むことがあります。
プランでもそうです。
「それはむずかしいな」といえばいいところを「ぜんぜん使えないな」といったりするだけで、相手の心に殺意が起こる場合があるというのです。
加害者側はまったくそれに気づきません。

それだけに、断るにしても相手を思いやる気持ちが必要になってきます。
なるべく、相手の信用を増すよう、常に心がけたいものです。

『いつだって運がいい人の愛敬の法則』KKロングセラーズ

58384500_2204189186328038_4933016530708332544_n.jpg


昨今は、「被害者ぶる人」は多い。
コンビニでコーヒーを自分がこぼしてしまったのに、新しいコーヒーをくれなかったと逆恨みし、コンビニの店員に頭突きをした、というニュースがあった。
同様に、「店の対応が悪かったから」と従業員に詰め寄るクレーマーは後を絶たない。
被害者意識の強い人たちが増えている。
学校のモンスターペアレントも、医者につめよったり暴力をふるうモンスターペイシェント(患者)も同様だ。

会社における上司や、経営者は、このことを肝に銘じなければならない。
昨今、パワーを持つ権威者は、加害者になりやすい。

人の恨みをかわぬよう…
被害者学を学び、相手を思いやれる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月28日

No 5109   【人と人を結びつけること】

IMG_3456.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人と人を結びつけること】

松永修岳氏の心に響く言葉より…



「良い縁」を築いていくには、「人と人を結びつける」ことに力を入れていくという方法があります。
つまり、人を積極的に紹介していくのです。
人は、自分に誰かを紹介してくれてる人を信頼します。
なぜなら、紹介してもらうことで、相手が自分を大事に思ってくれていると感じるからです。

人を紹介することが習慣になっていくと、相手との信頼関係が深まるだけでなく、「良い縁」そのものがどんどんと広がっていきます。
誰かを紹介したことで、相手から喜んでもらい、そのお返しとして、今度は別の人を紹介してもらえるということが起こります。
「良い人」を紹介すればするほど、「良い縁」が増えていくのです。

人を紹介するときの動機の多くは、「人の役に立とう」という思いです。
常日頃から、そうした意識があることから人を紹介するという行動ができるのです。
動機がもてる人は、「愛」をもっています。
相手を支援しようという思いがあります。
心の中がやさしさにあふれているのです。
だからこそ、周りの人にも信頼されるのです。
そうした「信頼」が土台になって、良い縁を築いていくことができるのです。

ただし、ここで注意してもらいたいのが、信頼関係が生まれるのは、相手にとって「良い人」を紹介できたときだけです。
相手にとってまったく必要としない人を紹介しても、相手を喜ばせることはできません。
ましてや、相手にとってマイナスになる人を紹介しようものなら、逆に不信感をもたれてしまいます。
したがって、誰を誰に紹介するのかが、重要なポイントとなってきます。

そのためには、今その相手がどういう人を必要としているのかを、しっかりと見極める必要があります。
そして、「この人とこの人とが出会ったら、お互いにとってプラスになる」という確信が、ある程度得られた上で紹介していきます。
今までを振り返って、あなたは人を人に紹介していますか?
人と人とを積極的に結びつけようとしてきていますか?
もし、その習慣がないのでしたら、なぜ、自分は人と人とを結びつけるのに消極的なのかを考えてみてください。
すると、「自分が他人に紹介できるような人とつきあっていない」という事実に気がつくと思います。

人間は、成長していく過程において、つきあうレベルが上がっていきます。
そして、新しいステージに上がれたとき、周りには自分よりレベルが上の人がたくさんいることに気づき、喜びます。
この喜びは、誰かに伝えたくなります。
そうした気持ちが起こらないということは、結局は、喜びを与える「レベルの高い人たち」が周りにいないということです。
厳しい言い方をすれば、あなたの今の段階では、人脈のレベルが低いということです。

ここから脱却するには、すばらしい人たちと出会っていく必要があります。
これまで述べてきたように、あなたが出会いたい人のいる場所に行き、そこで信頼関係を築いていくのです。
そうした関係の中から、いずれ自然と「紹介したい」という思いがわき上がってくはずです。
そして、それらの紹介から「縁」がどんどん広がっていくのです。

『一生お金に困らない人の運の習慣』中経出版

57649025_2202692633144360_6367839313299767296_n.jpg


鎮西一(ちんぜいいち・九州いち)の風格と賛嘆された、真木和泉(まきいずみ)は、人物たるにふさわしい条件をいくつかあげているが、その中の大事なものが、「斡旋(あっせん)の才」だという。
斡旋とは、仲をうまく取りもったり、双方のなかだちをすることであるが、その人にふさわしい人物や職業を斡旋する。
斡旋は、利己的な人はできない。
相手の利益や幸福より先に、自分の利益や効率を考えてしまうからだ。
誰かを紹介したり、斡旋をして、その見返りを求めたり、口銭を取ろうとしたりするのは、ケチくさくて、人間的には小さい。
だから、その人に、志、誠、愛情、あるいは徳が備わっていなければ、斡旋はできない。
そして、斡旋には、相手を思う気持ち、相手を喜ばせようとする気持が、一番必要である。

「良い縁」を築いていくために…
人と人を結びつけることができる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:48| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月27日

No 5108    GW  9連休!

今年の GWは 10連休と 大きな話題になっておりますが

毛利歯科グループも 9連休となっております

25年間で こんなに 連続して休診にするのは 初めてですが
世の中の流れですので、、、

おいちゃんは 前半は ふるさと 屋久島に帰省します、
後半は 鹿児島にて 予定をこなします

天気だけが心配ですが 

皆様にとっても より善いGWになることを 願っております

追伸)

仏道の師匠から 高野山:別格本山 清浄心院の 鳳凰奏殿・ 永山帰堂の

現状写真が 送られてきました

5月15日には 落慶法要も 執り行われます

おいちゃんも 参座する予定です

高野山の 新名所となることでしょう

IMG_3399.JPG

IMG_3402.JPG

IMG_3409.JPG

IMG_3405.JPG

IMG_3406.JPG

IMG_3403.JPG

IMG_3400.JPG

IMG_3401.JPG

posted by Dr.モーリィー at 21:44| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5107   【「サピエンス全史」より】

IMG_3455.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「サピエンス全史」より】

中谷巌氏の心に響く言葉より…


イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが書いた『サピエンス全史』は2014年に英訳が出るや大ヒットとなり、現在までに30近い言語に翻訳される世界的ベストセラーとなりました。
この本が大ヒットした理由の一つは、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグといったIT産業の巨星たちがこぞって激賞したことにあります。
ハラリはこの本において、数万年前から今日に至るまでの人類の歩みを、最新の技術であるAIやバイオテクノロジーといった分野までを視野に入れて書いています。
そして、これから先に人類文明はどうなるのかの予測は、続編『ホモ・デウス』で展開されています。
この二冊を併読することで、数万年前から21世紀末頃に至るまでの、人類の歩みとその将来を鳥瞰(ちょうかん)できるわけです。

「鳥瞰する力」を身につけているか否かで、ものの見方、あるいはビジネスに対する取り組みかたが、まるで変ってくるはずです。
鳥瞰する視点を得られることが、ハラリの著書の大きな効用でしょう。

『ホモサピエンス全史』において、ハラリは一つの大きな問いを掲げました。
それは、地球上に存在したさまざまなホモ(ヒト)属の中で、なぜホモ・サピエンスだけが今日まで生き延びることができたのか、という問いです。
人類がはじめて誕生したのは約250万年前。
そこから、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・エレクトスなど数多くのホモ属が現れ、地球上のさまざまな地域に同時期に存在したこともあったわけですが、唯一の例外を除き、そのすべてが地球上からやがて姿がを消しました。
その例外がホモ・サピエンスです。

ハラリは、人類史には大きな節目となった三つの「革命」があったと指摘します。
《歴史の道筋は、三つの重要な革命が決めた。約7万年前に歴史を始動させた認知革命、約1万2000年前に歴史の流れを加速させた農業革命、そしてわずか500年前に始まった科学革命だ》(サピエンス全史・上巻)

そして彼によれば、ホモ・サピエンスが生き残ることができた最大の理由は、「認知革命」にあります。
認知革命とは、ホモ・サピエンスがもともと持っていた学習、記憶、意思疎通などの認知能力における革命的な変化のこと。
具体的には、言語によるコミュニケーションのあり方の突然の変化です。

ハラリは、認知革命がホモ・サピエンスにとって驚くほど多くのことを可能にしたと言います。
たとえば、身の回りの自然環境の危険についての詳細な情報をやりとりする。
あるいは、信頼できる人は誰かという人間に関する情報を伝え合う。
これにより、家族など親密な人たちだけではなく、より大きな集団による協力関係が築けるようになったのです。

こうした、大勢の人間をまとめてマネージする力というものは、ネアンデルタール人にはあまりなかった。
したがって、ネアンデルタール人は家族や親戚など小さな集団でしか仕事ができなかったのです。
集団が小規模だと、できることも限られてきます。
自然の驚異や外敵から身を守るための大きな城壁をつくることや、洪水を防ぐための大規模な治水工事なども不可能でした。

ネアンデルタール人に比べると、私たちホモ・サピエンスは華奢(きゃしゃ)で、力もひ弱だった。
にもかかわらず、祖先たちが生き残ることの秘密は、実はその弱さにこそあったと考えられているのです。
弱いからこそ、必死になって安全な狩りを行うことができる道具を生み出し、弱いからこそ仲間同士で力を合わせ「協力」して集団の力を高めたのです。
そういったさまざまな生き残りの方法を考案する過程で、脳の進化が促(うなが)され、ホモ・サピエンスはそれまでの人類種が持てなかった全く新たな「想像力」を獲得したと考えられます。
多くの人の共同作業を可能にさせるような能力を身につけたことで、ホモ・サピエンスは生き延びたのです。

このように、大勢の人との共同作業を可能にしたのが7万年前に起きた認知革命でした。
ハラリによれば、これは単に実在する自然の驚異についての情報を共有し、それに対処できるようになったというレベルの変化ではありません。
認知革命で起きた最も重要な変化は、「全く存在しないものについての情報を伝達する能力」を得たことだと彼は主張します。
実在しないもの、つまり「概念」や「物語」を共有する力です。
伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。

《虚構のおかげで、わたしたちはたんに物事を想像するだけではなく、集団でそうできるようになった。聖書の天地創造の物語やオーストラリア先住民の「夢の時代(天地創造の時代)」の神話、近代国家の国民主義の神話のような、共通の物語を私たちは紡(つむ)ぎ出すことができる。そのような神話は、大勢で柔軟に協力するという空前の能力をサピエンスに与える》

『「AI資本主義」は人類を救えるか―文明史から読みとく (NHK出版新書 571)』NHK出版新書571

56453046_2175540399192917_7372908819304677376_n.jpg


ハラリは「認知革命」「農業革命」に続いて、「科学革命」が起こったという。
科学革命はこれまでの知識の革命ではなく、「無知の革命」。
科学革命により、無知な私たちでも努力さえすれば新たな知識を獲得できるという「進歩」の考え方だ。
神や宗教が想像上の虚構であったように、科学革命もまた、人間がつくった想像上の虚構で、現代において最も強力な想像上の虚構は、「資本主義」だという。
それは、何か実体があるわけではなく、想像上の概念としてつくりあげられたものであるからだ。

また、AIが今後資本主義の動きを大きく左右するようになる、ともいう。
それは、データが人間の思考や自由意思を奪う「データイズム」が到来するからだ。
我々は、いまやほぼ完全に情報ネットワークの一部となっていて、自分の自由意思でやっていることも、実は誘導されてやっていることが多い。
それは、例えばAmazonのリコメンドだったり、パソコンで検索したことに関連する情報が次々にあらわれたりすることだったり、AIスピーカーでニュースや音楽を聴いたり、天気予報を尋ねたりするのが生活の一部として組み込まれているからだ。

ハラリは、未来予測を行っているが、それは次のようなものだ。
1. 21世紀の技術革新の主流が人間自身の「身体の外部」から「身体の内部」に向かう。
2. 人間が自身の意思決定を「データ」(AI)に委ねるようになる。
3. 「データイズム」が人間中心主義を消滅させる。
4. 「無用の民」が新たなカーストとして出現する。

1. 今までは体の外に起きてきた技術革新、たとえば、早く移動できるための自動車とか、空を飛べないから飛べるような飛行機とか、計算を早くするためのコンピュータ等。
しかし、これからは、自分の体の中に様々な装置を開発して入れ込む。
それは、人間のサイボーグ化の一歩となるし、美容整形もその前段として当たり前に行われる。

2. Googleで様々な検索サービスを利用していると、Googleに膨大なデータが集まり、ついには自分よりもGoogleのほうが自分自身のことをよく理解している、ということになるかもしれない。
同様にFacebookの「いいね!」も同じで、そこから生成されたアルゴリズムによって、家族よりも正確にその人の意見を予測することができるという。
膨大なデータの集積をもとに、個人の価値観や好みを「当人よりも」よく知っている機関が外部世界にいくつも出てくるということだ。

3. 今後テクノロジーが更に進化したとき、巨大IT企業が膨大なデータをもとに人間をコントロールし始めることになるという予測だ。
AIとバイオテクノロジーに自分の生き方を委ね続ければ、人間中心主義という虚構が、データイズムに取って代わられる。

4. 今後データから生成されるアルゴリズムが、人間に代わってさまざまなことを行うようになる。
すると、人間が行っている仕事の約5割がAIに奪われる、大失業時代につながるという。
その結果、「無用者階級」が生まれる。
《21世紀には、私たちは新しい巨大な非労働者階級の誕生を目の当たりにするかもしれない。経済的価値や政治的価値、さらには芸術的価値さえ持たない人々、社会の繁栄と力と華々しさに何の貢献もしない人々、この「無用者階級」は失業しているだけではなく、雇用不能なのだ》
つまり、21世紀には不平等がアップグレードされるとハラリは言う。
それは、21世紀社会は庶民を必要としなくなる時代だから。
戦争にしても、21世紀には、兵士同士の肉弾戦などは局地的な紛争ならともかく、本格的な戦闘の場面では想像できない。
ミサイルやロボットなど、すべてAIを駆使した機械による戦争になるからだ。
ここでは、むはや、大勢の人間を徴兵する必要はなく、ごく少数の優秀なAI専門家こそが必要となる。
これは、産業の分野でも全く同じことが起こる。

これらはすべて、AIの負の側面が出ているが、それを突破する日本的な考え方が「包摂(ほうせつ)」だという。
包摂とは、包み込むことだが、舩井幸雄氏は「善悪をひっくるめてすべてを受け入れる」という発想だという。
つまりこの世で起こることはすべて、必然であり、必要、ベストであるという考え方が基本にある。
あらゆることが起こるべくして起こっているのだから、それを素直に受け入れるという考え方だ。
あらゆる現象を肯定するという東洋的な思想。

「AI資本主義は人類を救えるか」
どんなときも、明るい未来を引き寄せる努力を忘れない人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

No 5106   【素直であること】

IMG_3395.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【素直であること】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


《自分の人生を生きる上で、いじけたり、悩んだりしているヒマはないってことでしょうか?》

まさにそうだよ。
だから、「ああ、この考えは間違いだったんだ」と気づいたら、素直に直す。
いい人だと思ってつき合ったり、素直にその人の言うことを聞いていたら、あとから違うとわかる場合もあるんだよ。
気づいたのなら素直にやめればいいんだよ。

素直な気持ちに従って出した答えって、その時は最高の答えなの。

だけど、もっと経験を積んで学んでいくと、もっといい答えが出る時だってあるんだよ。
そうしたら、また素直に改めればいいの。
いちいち、あの時はこうだったしな、とか言っているなんて、学ぶ時間がもったいないからね。
あいつは嫌な嫌なやつだってわかったら、離れればいいの。
その離れ方にしても、文句を言いながら離れるより、「学ばせてくれてありがとう」って、感謝できて離れられれば一番だけど、すぐにそうできないのなら、そんなスマートな離れ方ができる日まで自分の心に素直でいるよう心がけて、いつかスッと離れられるようにすればいいの。

人って、成長しているから、学んでいくと答えも変わってくるんだよ。
それも少しずつ少しずつ良くなっていくの。
だから、素直に自分の思ったことに耳を傾けてください。

それを一旦言っちゃったことだからとか、あれこれ考えるからおかしくなっちゃうの。
みんながいい人と言ったって、自分にとって嫌な人なら、それでいいんだよ。
もっと、自分のことを信じて、自分の気持ちも素直に聞くんだよ。

自分の気持ちに耳を傾けていると、素直ってことがどういうことかがわかってくるものなの。
素直さがわかるようになると、この人の言うことなら素直に聞いた方がいいとか、この人の言っていることは素直に聞いちゃいけないってことがわかってくるの。
最初からうまくいくことってないよ。
でも自分の気持ちに素直になっていれば、直観でわかるようになってくるんだよね。

だから、ほんの少しでいいから、自分の本心を素直に聞いてごらん。
何が好きで、何が嫌いとか。
どんなことが楽しくて、どんなことにイライラしてしまうとか。
どんな人が好きで、どんなところに行きたくて、夢や希望は何なのかとかね。

何だっていいの。
自分の気持ちに素直になると、とにかく楽しいんだよ。
一人さんは、いつも自分に対して素直に生きているんです。
だから毎日が楽しい。

みなさんも、きっと楽しくなるから、少しだけで構わないので「自分に素直」になってみてください。

『「素直さ」こそ最強の武器である』秀和システム

57511398_2199566573456966_1280724879338897408_n.jpg


経営の神様といわれた松下幸之助は、「素直さ」についてこう語っている。
『ほんとうの素直とは、自然の理法に対して、すなわち本来の正しさに対して素直であると、そういうことやな』
本当の素直さとは、人の言うことに対して、何でも「ハイハイ」ということを聞くことでも、無邪気にまるごと受け入れることでもない。
天地自然の理(ことわり)や道理、あるいは法則に対して素直なこと。
人は、学んだり経験することにより自分のレベルが上がってくるが、そのレベルに従って、今まで受け入れられなかったことも、受け入れられるようになったりする。
それが本当の意味での素直さ。

また、相田みつを氏はそれをこう語っている。(にんげんだもの・角川文庫)より
『そのむかし 道元禅師という方が、宗の国に渡り修行をされて得てきたものはただひとつ、柔軟心であったといいます。
柔軟心とは やわらかいこころのことです。
何物にも引っかからない素直な心のことです。
きれいな花を見たらきれいだなぁ…と素直に感ずる心のことです。
きゅうりにはきゅうりの良さを認め、なすにはなすの良さを認める心です。
たとえけんかをした相手のことでも、良いところは良いと認める大らかな心のことです。
そして、おかしい時には腹の底から笑い、泣きたい時には全身で泣く、それが柔軟心です。
心がやわらかいから素直に笑えるのです。
心がやわらかいから素直に泣けるのです。
心がやわらかいのは、心が若いことです。
柔軟心を持ちましょう。
いつまでも心の若さを保つために…』

いつまでも若くあるため、素直な心を持ち続けたい
posted by Dr.モーリィー at 07:18| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

No 5105  【トップダウン方式でありながら、現場の最先端に物事を決定する権限を与える】

IMG_3394.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【トップダウン方式でありながら、現場の最先端に物事を決定する権限を与える】

日本マクドナルド創業者、藤田田氏の心に響く言葉より…



日本の社会では、人は地位が上がるにつれて仕事を人にまかせて自分はなにもしなくなっていくのが普通である。
いまはコンピュータの時代だが、会社の社長でみずからコンピュータを操作している人が何人いるかといえば、まことに寥々(りょうりょう)たるもので、たいていの人が秘書にやらせて、自分はデンとすわってハンコばかり押しているのが実情である。

ところがアメリカにいってみると、エグゼクティブといわれる人はみな第一線に立って働いている。
アメリカの企業の活力は、もっとも偉い人が第一線で働いていることと、もう一つ、日本のように中間管理職がないというシステムから出てきているのだ。

アメリカは、社長→バイス・プレジデント→その他大勢、日本は、社長→部長→課長→課長補佐→係長→主任→主査→その他大勢、という組織になっている。
このシステムの違いは、アメリカがトップダウン方式なのに、日本は下から上へと上げていく稟議書方式をとるという「意思決定システム」の違いになる。
下から上へともち上がっていく稟議書システムは、ある意味では平等主義的な要素が強く、下が結束してなにかやろうとすると止めにくいし、下がどんなに具体的でいい方向を打ち出そうとも上に上がるにつれて平均的なものになっていくということにもなる。

トップになればなるほどいわゆる“肚芸(はらげい)”ができるかどうかが絶対の資質としてあげつらわれ、具体的に仕事をしなくなるのが当たり前という日本の社会のありようは、この稟議システムから必然的に生まれるといっても、あながち誤りではあるまい。
しかし、なに一つ生産的なことをしないで、社会の支配者であった徳川時代の武士のようなトップが企業のトップでありえたのは、国が貧しくて未開で、先進文明国になんとか早く追いつきたいと教育に力を入れ、ひとにぎりのエリートを養成して彼らに権力を与える必要があった過去の時代の話である。
そういう時代ならば、トップは権限を一身に集中して、具体的な仕事は部下にやらせるということでよかった。

だが、そういう時代はもはや終わった。
これまで中間管理職がやっていたような仕事はコンピュータを使えば瞬時にできる時代なのである。
トップはコンピュータを自分で駆使して働く、そうしながら権限をできるだけ部下に移譲してアメリカ的なトップダウン方式をとっていかなければならない時代なのである。
トップに立つものには、本来それだけの知識と経験は、あるはずなのだ。
その知識と体験を生かして社長→その他大勢というトップダウン方式で、現場の最先端に物事を決定する権限を与えていかないと、これからの事業は発展していかない。

『勝てば官軍(新装版)』KKベストセラーズ

57377426_2198032170277073_3732784780220039168_n.jpg

この「勝てば官軍」は20年(1996年)以上も前に出版された本で、このたび新装版となったが、内容はいまだに色あせていない。
藤田田(デン)氏の、物事の本質を見抜く眼力、あるいは未来を見通す力には脱帽するしかない。

AIが発達すると会社の中で一番先にいらなくなるのが、中間管理職だといわれている。
これはまさに、藤田田氏が20年前に指摘した通りだ。

中間管理職とは、たとえていうなら「オッサンの管理職」。
山口周氏は、オッサンの定義についてこう語る。
1. 古い価値観に凝り固まり、新しい価値観を拒否する
2. 過去の成功体験に執着し、既得権益を手放さない
3. 階層序列の意識が強く、目上の者に媚び、目下の者を軽く見る
4. よそ者や異質なものに不寛容で、排他的

「トップダウン方式でありながら、現場の最先端に物事を決定する権限を与える」
コンピュータの発達により、ますます、中間層がいらなくなる時代がやってきた。
シンプルな組織が世の中を変えていく
posted by Dr.モーリィー at 05:58| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月23日

No 5104  第6回 七福杯

IMG_3492.JPG

IMG_3494.JPG

IMG_3504.JPG

IMG_3506.JPG

IMG_3537.JPG

IMG_3534.JPG

IMG_3532.JPG

4月21日  日曜日

友人知人、患者様 お世話になった方々と

第6回 ご縁に感謝の 七福杯 ゴルフコンペを 開催致しました

今回は 25周年記念として 商品も 大奮発しました

皆様 大喜び

優勝は ゴルフコンペの帝王???

友人の 上ノ町氏 なんと2回出場して 2回目の優勝でした

IMG_3549.JPG

笑顔、笑い声に包まれた 楽しい一日でした

IMG_3525.JPG

IMG_3528.JPG

IMG_3524.JPG

IMG_3522.JPG

IMG_3520.JPG

IMG_3517.JPG


おいちゃんも なんとベストスコアが出ました

48,44の 92 嬉しかったです

ダブルペリアも 5位でした
IMG_3545.JPG

みんなから 成長したねと ほめていただきました ははは


月一ゴルファー ですが
次回の 10月の 第7回大会も 楽しみです!
posted by Dr.モーリィー at 05:54| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5103   【楽しそうに生きている人のそばにいると】

IMG_3393.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【楽しそうに生きている人のそばにいると】

小林正観さんの心に響く言葉より…


講演会などに行って、100人の会場の中で仮に90人くらいが大笑いをしていると、体調の悪い人や、不機嫌な人など、残りの10人くらいの人も、ついつい笑ってしまって元気になって帰っていくことになります。
だから笑顔になれる環境は、すごく重要なのです。

でも実際は、たとえば電車の中では、なかなか思い切り笑えない。
喫茶店で、思い切り笑いたくても笑えない。
特に、夜、家族が寝静まっているところでは笑えません。

だから、もし今笑える環境にいたら、笑ったほうがいいのです。
せっかく参加費を払って講演会に来たのだったら、皆が笑っているときに不機嫌な顔をしないで、思いきり笑ってしまったほうが、いい波動、明るい波動を受けて、自分も元気になります。
もし、その日、少し体調が悪いとか、疲れ気味という人がいて、その両隣の人が、本当に心をこめてうれしそうに楽しそうに、「うれしい」「楽しい」といったとする。
そうすると、真ん中にいるその人は元気になっているはずです。

大変不思議なことに、家族の中で病気の人がいるとき、その病気の人が、自分の口では「うれしい」「楽しい」「幸せ」「ありがとう」という言葉をずっと言いつづけていたにもかかわらず、病気がより悪くなってしまうことがあります。
病気の人が、無理に病気と闘わないで、受け入れてニコニコしていたら、その結果として病気がどんどんよくなるはずなのですが、全然よくならないで、どんどん悪くなってしまったという場合もあるのです。

そういう人には、ある共通点がありました。
それは、家族に心配性の人がいた、ということです。
その家族や周辺の人で、心配ばかりして、悪いことばかりを考えていた人が存在していた可能性があるのです。
「目の前の人のことを心配してあげるのが、優しいことだ」と誤解をしている人がいる。
その人が、24時間365日、病気の人を心配しつづけた結果として、心配されていた人の体がどんどん悪くなってしまった、ということがある。
それは、共鳴共振だったかもしれません。

逆に、本人が「苦しい」「つらい」と愚痴を言っていても、「大丈夫、大丈夫、全然なんでもない」というふうに家族やまわりの人が言っていたら、本人は「そうかな」と言いながら、どんどん元気になってしまう、という場合もある。
“私”が思うことによって、“私”がニコニコすることによって、近くにいる人の細胞が変わる。

「幸せにしてあげたい」と思った瞬間に、「あなた方は幸せじゃないですよね」と言っているのと同じです。
だから、私は、皆さんに対して幸せになってもらいたい、とは全然思っていません。
自分自身が幸せなので、幸せをかみしめながら生きているだけ。

楽しそうに生きている人のそばにいると、自分の体も楽しそうな状況になる。
愚痴や泣き言ばかり言っている人のそばにいると、細胞がシュンとして元気がなくなる。
そばにいる友人や家族とは、互いに大きく影響し合っています。

『「そ・わ・か」の法則』サンマーク出版

57387419_2196228063790817_8622497827152461824_n.jpg



「人間の最大の罪は不機嫌である」
と言ったのはドイツの詩人、ゲーテ。
なぜなら、不機嫌は伝染するからだ。
まわりに、不機嫌な人がいると不機嫌になり、機嫌のいい人がいると機嫌がよくなる。

「今から、楽しそうにしてください」と急に言われたとしても、なかなかなれるものではない。
しかし、まわりに楽しそうにしている人がたくさんいれば、すぐに自分も楽しくなる。

商店街の商店や、中小企業で「後継者がいない」問題が日本中で多く起きているが、商店主や社長が楽しそうに仕事をしているかどうかが問われている。
いつも不機嫌で苦虫をかみつぶしているような商店主やトップのもとに、未来ある後継者がくるわけがない。
未来に好奇心がある人、どんなことでも面白がれる人、勉強が大好きな人、明るくて積極的な人、威張らない人、勇気がある人、そして、いつも笑いがあふれていて、人生を楽しんでいる人のまわりには、たくさんの人が集まり、後継者もちゃんとできる。

「楽しそうに生きている人のそばにいると、自分の体も楽しそうな状況になる」
まわりの人から、あんなふうに楽しそうに生きてみたい、と思われる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:47| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月22日

No 5102   歯科健診

IMG_3369.jpg

今年度の 学校歯科医のお仕事です

鴨池中学校の 歯科健診にスタッフ6名で 行ってきました

初参加のスタッフが みんな素直で純粋な生徒が多いのにびっくりしたと!

お口の中も きれいな子が 9割以上!

虫歯は数%ですが かみ合わせに問題あり要注意・経過観察が増えてきたかな?

IMG_3370.jpg

IMG_3362.jpg

IMG_3363.jpg

IMG_3367.jpg

IMG_3364.jpg

IMG_3366.jpg

IMG_3365.jpg

posted by Dr.モーリィー at 07:00| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 5101   【さきに、しあわせになれば、それに見あったできごとがおこる】

IMG_3392.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【さきに、しあわせになれば、それに見あったできごとがおこる】

金城光夫氏の心に響く言葉より…



近年、「量子力学(りょうしりきがく)」の「研究」がさかんになってきていますが…。
わたしたち人間の「感情」も「量子力学」にあてはめて、解説することができます。
つぎにご紹介するのは、とある研究者が「植物の、微弱電流」をあつかったさいのエピソードです。

研究者は当初、植物の「葉っぱ」に導線(どうせん)をつないで測定を試みましたが、電流のながれは確認できませんでした。
そこで、「葉っぱをライターの火で炙(あぶ)ったら…どうなるんだろう?」
と、ふと「思いついた」そのときです。
いままで無反応だった測定器の針がふれ、いっきに電流がながれだしました。

「どうなるのだろう?と思っただけ」であって、「じっさいには、なにもしていないのに…です。
研究者は驚いて、「じぶんの思ったことが、植物に伝わったのだろうか?」と、考えました。
そこでこんどは「あくまで実験」と称しつつ、「じっさいにライターの火を、葉っぱに近づけて」みたのです。

が…計測器は、微動だにしません。
つまり、これは、「じっさいに火を近づけてはいるものの、あくまで実験」であり、「本気で炙るつもりはない」…という「研究者の意思が、植物に伝わった」結果といえるでしょう。
そう、わたしたち人間の「意思」は、「ことばにしなくても、伝わってしまう」ものなのです。

わたしたち人間の「思い」は「波動」であり、そして波動とは「エネルギー」のことです。
が、「思い」とひと口にいっても、「〇〇が欲しい」といった「願望」の類(たぐ)いとはちがいます。
なぜなら、「エネルギーの法則」は「感情においてのみ、作用する」からです。

3次元の世界においては、「努力した結果、しあわせになる」という方程式があります。
対して、5次元は「さきに、しあわせになる」から、「しあわせの波動に見あった、できごとがおこる」という…真逆の価値観なのです。
「想いの世界」で「しあわせな波動」を出しつづけていると…その「波動に見あった、喜びのできごと」が押し寄せてくるのです。

『喜びの真法(まほう) 楽しめば宇宙はもっと輝く』ヒカルランド

57989029_2194538183959805_8930370239800016896_n.jpg



「以心伝心(いしんでんしん)」という言葉がある。
もともとは、禅の言葉で、言葉では伝えられないような深い真理や教えを、心をもって無言で伝えることをいった。
転じて、何も言わなくても、考えていることがお互いにわかってしまうことを指す。

この人は、自分のことを嫌っているだろうな、と何となくわかることがある。
まさに以心伝心であり、思っていることは伝わってしまうのだ。
だからこそ日頃、「いいこと」や「明るいこと」「うれしいこと」「たのしいこと」を思った方がいい。

「さきに、しあわせになれば、それに見あったできごとがおこる」
どんなときも、よきことを思える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:16| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

No  5100 達成  ブログ更新 5100回!  感謝いたします!

IMG_3492.JPG


今回で 通算5100回更新  達成!

おいちゃんのお気に入りブログ 「人のこころに灯をともす」からの転載や
クリニック情報、イベント情報、研修会報告、食レポ?  などなど

IMG_1786.JPG

IMG_1769.JPG

ひとつは ボケ防止のために  ははは

今後も ゆーーっくりとのんびりと
お付き合いくださいませ!

  皆様に 感謝・大感謝です!

IMG_3504.JPG

IMG_3370.jpg
posted by Dr.モーリィー at 23:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5099   【「肩書」ではなく「特徴」を】

IMG_3391.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「肩書」ではなく「特徴」を】

杉山大輔氏の心に響く言葉より…


みなさんの中に、自分は肩書がないからダメだ、と悲嘆している人がいるかもしれません。
肩書とは、〇〇会社の社長、△△会社の部長というものです。
でも、肩書がなくてもどうっていうことはありません。
〇〇会社の社長、△△会社の部長という肩書は、確かに立派です。
ですが、定年になって、肩書がはずされたらどうなるでしょう。

もし、肩書がないと嘆くのであれば、特徴を出せばいいのです。
言い換えるとしたら「あなただけのキーワード」。
文章を書くのが得意、あるいは、かつて甲子園に行ったことがある、ということでもいいのです。

私の例でいえば、「筋トレ」「バスケ」「英語」などです。
自己紹介で自分の特徴を伝えておくと、「この分野でだれか知らない?」という話が出たとき、「あっ、それだったら△△さんがいいよ」と紹介してもらうことができます。
注意してほしいことは、「誠実」とか「温和」といった、性格ではなく、あくまでも具体的なスキル、経験をピックアップすることです。

日本人はシャイですから、自分をアピールすることが苦手です。
ですが、やってみる価値はあります。
肩書の代わりに、「特徴」を人に言うようにしてみてください。
あなたの可能性がグンと広がることを保証します。

たとえば、私自身、「筋トレが日課です」とことあるごとに話してきました。
あるとき、「大輔は鍛えていたよね」と言われて、有名サプリメントの広告に出てほしい、という話が来ました。
「帰国子女で英語が話せるよ」と話していたら、大手広告代理店に勤める友人から、英語のナレーションのオファーも来ました。

『行動する勇気』フォレスト出版

57390152_2193135327433424_54208908251627520_n.jpg



杉山氏は、本書の中でこう語る。
『突然ですが、あなたの特徴を表すキーワードをあげてみてください。
性格ではなく、やってきたこと、得意なことを10個です。
私なら、英語、教育、経営、バスケットボール、子育て、剣道、インタビュー、MBA、マラソン、筋トレ、映画…。
日頃からきちんと整理しておくと、普段、すらっと口から出てきます。
「普段、すらっと」がとても大切です。
日々、人との出会いがあります。
会話の中で、何気なく自分の得意なことを話しておくと、何かのときに相手に思い出してもらえます。
それが、仕事や新しい人との出会いにつながるのです。
私は、かつて、来日した元プロバスケットボール選手、デニス・ロッドマン氏の通訳に抜擢されたとことがあります。
ロッドマン氏のイベントに関わっていた友人から、「バスケットボール、好きだったよね?英語得意だよね?通訳やってもらえない?」と頼まれたのがきっかけでした。
友人は、「バスケット」「英語」=杉山大輔
と、私のキーワードと共に名前を思い出し、連絡をくれたのです。
おそらく、英語が話せる人は日本中にたくさんいると思います。
その中でも私を選んでくれたのは、「バスケット」のこともわかるからです。』

タレントやスポーツの有名選手なら、名前を聞いただけで誰かすぐにわかる。
しかし、名もなき一般の人が世に出て食べていくには、自らをアピール(アウトプット)するしかない。
そのアピールは、最終的にはその人の肩書ではない。
どんなにすごい役職が付いた人であっても、その人に会いたくなる訳ではないからだ。

「肩書」ではなく「特徴」を磨き、それをアウトプットしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

No 5098   【メモの魔力】

IMG_3390.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【メモの魔力】

前田裕二氏の心に響く言葉より…


人に指摘されて気づいたのですが、僕は毎日、尋常ではない量のメモをとっています。
おそらく、人が1週間、いや、1ヶ月かけてとるメモの量を、平気で1日のうちにとります。
なぜここまで狂ったようにメモをとるのか。
それにはいくつかの理由がありますが、まず何より大切な理由が、この残酷なまでに時間が限られている人生という旅の中で、「より本質的なことに少しでも多くの時間を割くため」です。

本質とはなにかというと、コピーではなく創造、代替可能物ではなく代替不可能物、ということ。
つまり、クリエイティブで新たな知的生産につながる思考や、自分にした思いつかないような代替不可能性の高い思考。
これら価値のある本質的思考に1秒でも多く時間を割くために、メモをしているのです。

AIの進化や、それに伴うあらゆるタスクの効率化によって、人間の役割が変わっていくこと、つまり、創造力やオリジナリティが求められる仕事が今後飛躍的に増えていくことは誰が見ても自明です。
そんな中で、付加価値の低いことに思考労力を費やしている暇はありません。
だから、これからの未来を生きる人類すべてにとってメモが見直されるべきだし、身につけねばならない基本リテラシーになっていくと思います。

まずは僕が実際に使っている方法論を皆さんにご紹介します。
ノートは原則、「見開き」で使います。
左側のページに書くのは、「ファクト」つまり、どこかで見聞きした、客観的な事実を書きます。
ミーティングであれば、そこで交わされた会話の内容を掻(か)い摘(つま)んで書きますし、仕事以外での場面でも、何か自分の琴線に触れたものがあれば、その現象自体が「ファクト」なので、左側のページにまず書き記しておきます。
細かいテクニックですが、キーワードを書いたら、それに丸をして、関連ワードを周りに書いていくのもお勧めです。
中心となるキーワードから枝を広げるように思いつくことを書いていくのですが、こうすると単に箇条書きにするよりも、発想が自由に広がりやすく、思考の整理もしやすくなります。

次に、右側のページに移ります。
右ページは、半分に分けて使います。
まず、左側から説明します。
左側は、「抽象化」した要素を書きます。
左ページの「ファクト」を見つめて、そこで書かれている具体的な内容を「抽象化」します。
左ページに書いた内容から、抽象化すべき要素を見つけたら、そこから適宜右ページに矢印を引っ張って、対応する抽象命題を書いていきます。

次に、抽象化した気づきを別の何かに適用して実際に行動を変えるため、右ページの右側には、「転用」の要素を書いていくのです。
「〇〇という真理・命題を受けて、こう変えてみよう」という、実際のアクションにつながる粒度まで落として書くことが重要です。
メモをする上で、この、「転用」という段階にまでたどり着くことは、強調してもし足りないほどに重要です。
単にメモを書くに留まらず気づきを抽象化することは必須ですが、抽象化で止まってしまうと、特に単なる「評論家」になってしまいます。
自分が世界を抽出した気づきから、きちんとアクションに「転用」することを通じて、自分の日々が、人生が、変わっていきます。
本当に人生を変えたいと願うのであれば、ノートの一番右側も忘れずに、なるべく意識的に埋めていくようにしましょう。

ここまでお伝えした「ファクト→抽象化→転用」という一連の流れ。
これが知的生産メモにおける最大のポイントです。

『メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)』幻冬舎

57343491_2191708860909404_6744810383871049728_n.jpg


前田裕二氏は、「抽象化」について本書の中でこう語る。

『一番重要なのは、抽象化する際の「問い」です。
自分に、「What?」を投げかけるのか、「How?」を投げかけるのか、「Why?」を投げかけるのか。
シンプルですが、抽象化のコツをつかむ上で、これがとても重要です。
例えば、目の前の現象や考え方を抽象化して、また別の名前をつけて呼び直す(空から降る水の粒→雨)。
それは、「What型」と呼べるでしょう。

一方で、目の前の現象にはどんな特徴があるか、ということを深堀りして考える。
これは、「How型」と呼びます。
そして、ヒット映画が当たった理由を抽出して、また別の企画に転用したい。
このとき僕らは自分の心に、「Why?」と問うでしょう。
抽象化として価値が高いのは、後者の二つ、「How型」と「Why型」です。
なぜなら、他の具体への転用可能性が高く、また、転用したときのインパクトが大きいからです。

抽象化は慣れないうちは特に時間がかかる作業ですが、一生懸命考えて抽象化訓練を続けると、かなり短い時間でできるようになります。
パスカルという、「人間は考える葦である」という名言を残したことで有名な哲学者が、友人に送る手紙の最後にこう書いたというエピソードがあります。
「今日は時間がなくて、手紙が長くなってしまいました」。
つまり、時間がなくて十分な抽象化ができなかったから、手紙が回りくどく、本質から遠ざかり、長くなってしまった、というのです。
ものごとは時間をかけて考えれば、すべてはシンプルな言葉、すなわち抽象概念に落とし込めます。
山崎まさよしさんの「セロリ」という曲をご存知の方は、歌詞を思い出してみてください。
《なんだかんだ言っても つまりは 単純に君のこと 好きなのさ》
抽象度のレイヤーを上げるためには、相応の思考をしないといけません。
「その具体をまとめると、結局何が言えるんだっけ?」と考えることには時間がかかるのです。
そしてそれが、人間の思考能力における一番優れたところでもあります。
人間以外の生物には抽象化思考ができません』

抽象化とは、つまり「本質で考えること」だという。
そして、抽象化という言語化能力を高めるには、インプットとアプトプットを大量に繰り返すこと。

人生を変えるような気づきを増やすため、メモを習慣化したい
posted by Dr.モーリィー at 06:38| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月19日

No 5097   【運とは、ワクワクするときに生まれるエネルギー】

IMG_3389.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【運とは、ワクワクするときに生まれるエネルギー】

本田健氏の心に響く言葉より…



運とは、「ワクワクするときに生まれるエネルギー」だと私は解釈しています。
たとえば、流行っているショッピングセンターやレストランに行くと、そこにはワクワクするような雰囲気があります。
ディズニーランドやハワイに行くことを考えただけで、心が躍(おど)る人もいるでしょう。
そういった場所には、人を元気にする力があるからです。

誰かと出会ったときも、すごく感激したり、うれしかったりするときに、同じようなワクワクするエネルギーが発生します。
それは、そのまま、あなたのまわりに伝わっていきます。

あなたには、今まで「もう一度会ってみたい」と感じた人がいますか?
その人は、間違いなく、運のいい人です。

繁盛する店、成功する起業家は、人を惹(ひ)きつけて離さない魅力を持っています。
彼らは、自分の大好きなことをネタにビジネスをスタートしています。
そして、それをやるのが大好きなスタッフを見つけ、彼らと一緒に毎日を過ごしているから、楽しくて仕方がないのです。

そんな彼らのワクワクエネルギーにつられて、まわりの人は、彼らを応援したくなったり、物を買いたくなったりするのです。
結果的に、それは、その人や会社の運につながります。
運のいい人は、そうやって、自分からワクワクエネルギーを発生させることができるのです。

《成功する人間は、自ら自分の望む環境を探す人であり、自分でそれをつくり出す人である。(ジョージ・バーナードショー)》

『強運を呼び込む51の法則 (だいわ文庫)』だいわ文庫

57303425_2190160931064197_6680752170716889088_n.jpg



明治大学教授、齋藤孝氏は、人生後半を充実させるテーマとして、「ワクワクを増やす」ことを掲げるのがいいという。

『どこかに出かける前、人と会う前、何かを始めるとき、気持ちがワクワクするのは、これからの出来事に期待が高まっているときです。
期待感で心が動いている。 知らずしらずのうちに、ちょっとテンションが上がっている。
「ワクワク」は、「イキイキ」の火つけ役です。
ワクワクのタネを増やしていくことが、イキイキとした時間を増やしてくれます。
では、どうしたらワクワクを増やしていけるのか。
一つは、好きなこと、楽しくなることをやることですね。
二つ目は、いいところ探しをすること。 ただ散歩しているときと、何かいい写真を撮りたいと思いながら歩くときとでは、見えてくるものが違ってきます。 漫然と見るのではなく、いいところを見つけようとすることで、細やかに関心が向くようになる。 それによって、気づきが多くなる。 心が動きやすくなるのです。
三つ目としては、子どものように面白がること。』(人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す /光文社新書)

子どもはワクワクする名人だ。
しかし、大人になるとそれを忘れてしまう。
感動する心や、感じる心が鈍(にぶ)り、ちょっとやそっとでは、心が動かなくなるからだ。

ワクワクする心を取り戻すには、感動する映画や本を見たり読んだりすること。
感動の涙には、ワクワクを取り戻す力がある。

また、時には子どものようにはしゃいだり、ふざけたりすることも大事だ。
心が固くなっている人は、それができない。
そして、大事なことは、いつも新しいことに好奇心があること。

それは、未来に対する好奇心でもある。
老人は未来への好奇心を失った人、だからだ。

また、心がしなやかでなければ、ワクワクすることはできない。
心が柔軟さを失うと、硬直した考えしかできなくなり、余裕や遊びがなくなる。
おさなごころや童心がなくなると、ワクワクできない。

この人ともう一度会ってみたいと思う人には、馥郁(ふくいく)とした余韻(よいん)がある。
余韻のある人には限りない魅力がある。

今一度、ワクワクする心を取り戻したい
posted by Dr.モーリィー at 06:51| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5096   名曲の夕べ

準備中
posted by Dr.モーリィー at 06:49| 講演会・イベント情報 | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

No 5095   【生涯現役こそ最高の年金】

IMG_3388.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【生涯現役こそ最高の年金】

副業アカデミー代表、小林昌裕氏の心に響く言葉より…


これからの日本社会では、誰もが副業をするのが当たり前の時代がやってきます。
その動きはまだ始まったばかりですが、政府主導で副業が推進されているのが実情です。
2018年は「副業元年」と言われ、今後数年のうちに、この動きは加速していくでしょう。

すでに、ソフトバンクグループ、新生銀行、ユニ・チャーム、ロート製薬、コニカミノルタ、ソニー、花王、三菱自動車といった大企業でも副業を認め始めており、今後幅広い業種・業態へと拡大していくと見られています。
なぜこれほど副業が拡大しているのか。
その理由は、現在の日本社会が直面している問題にあります。
すなわち、「少子高齢化」です。

東京オリンピックが終わった数年後の2024年には3人に1人が65歳以上という「超々高齢化社会」が訪れようとしています。
自身と日本社会の将来を考えるうえで、“人口減少”と“高齢化”は、大前提となるのです。
これは、かつて当たり前だったはずの“昭和型キャリアプラン”が、まもなく終焉(しゅうえん)を迎えようとしていることを意味します。

経済産業省の試算によると、「正社員になり定年まで勤めあげる」という生き方をする人は、1950年代生まれでは34%だったのに対し、1980年生まれでは27%。
「結婚して、出産して、添い遂げる」という生き方をする人は1952年代生まれでは81%いたのに対し、1980年代生まれでは58%にとどまります。
「夫は定年まで正社員」「妻は子持ちの専業主婦で、一生、夫に添い遂げる」という昭和のモデルケースのような家庭は、もはやごく一部の富裕層に限られると言っていいでしょう。

定年年齢も段階的に引き上げられており、1980年代前半までは55歳が一般的でしたが、1986年に高年齢雇用安定法が制定されると60歳定年が努力義務に。
2000年の改正法では65歳定年が努力義務となり、2012年改正法で完全に義務化されました。
政府は現在、70歳定年を目指していますが、これまでの流れから考えると、2020年代には実現するでしょう。

「人生100年時代」と言われるなか、健康な人であれば、80歳ぐらいまで働き続けるのが当たり前になるはずです。
政府が定年を延長したがる理由は、言うまでもなく公的年金の受給開始年齢を引き上げるためです。
年金を含めた社会保障にかかる費用は、2011年度は約108兆円だったのにたいし、2025年度は約150兆円まで増大すると見られています。
このままでは、年金制度は破綻してしまうのです。
今の40代が高齢者になって年金を受け取れるのは、75歳か80歳になってから、なんてことになりかねません。
しかも、給付額が大幅に減るのは間違いありません。

現在の医療費の自己負担割合は6〜70歳が3割、70〜74歳が2割、75歳以上が1割(70歳以上でも現役並みの所得者は3割負担)となっていますが、いつまでも高齢者を優遇し続けることは、財政上不可能です。
平均余命で考えると、男性は90〜100歳、女性は100〜100歳超まで人生は続く可能性が高いと思ったほうがいいでしょう。
今後も医療技術の進歩に伴い、平均余命はさらに伸びる可能性が高いと強調しており、平均寿命を基準に考えていると、多くの人が“思ったより長生き”してしまうことになるそうです。

また、政府は労働基準法を改正し、「時間外労働の上限規制」を打ち出しました。
これまで残業時間は「月45時間、年360時間まで」とされていましたが、法的強制力はなく、青天井でいくらでも残業することが可能でした。
大企業では2019年4月、中小企業では2020年4月から適用され、時間外労働は確実に減ります。
これはすなわち、企業側がこれまでのように無制限に残業した分の残業代を払うことができなくなった、ということを意味しています。
残業時間の短縮化に伴い、実質的に給与が削減される人も出てきます。
会社に所属していれば将来は安泰、という時代は、もう終わりを迎えているのです。

90〜100歳で死ぬのが当たり前になれば、80歳ぐらいまで働くことになるのは、何ら不思議ではありません。
年金や健康保険といった社会保障費は財源的に極めて厳しいと言わざるをえません。
「60歳で定年を迎えて、老後は悠々自適に…」なんて悠長なことを言っていられたのは、70歳ぐらいで死ぬ時代で、なおかつ高度経済成長やバブル経済の余韻がまだ残っていた時代、すなわち「日本が豊かだった時代」の話です。
日本は先進国であるとはいえ、もはや世界をリードしているとは言えないでしょう。
停滞国、あるいは没落国ぐらいが、正しい呼び方と言えるのではないでしょうか。
だからこそ、生涯働き続けることから逃れることはできないのです。

「死ぬまで働く」と言うと、苦役(くえき)が死ぬまで続くかのように捉える人もいますが、そういう人はぜひ、考え方を変えてみてください。
引退した途端に家に引きこもって、運動もせずテレビばかり見ていて、あっという間に老け込んでしまったり、病気になってしまったりという人は、いくらでもいます。
健康で長生きするためにも、適度に働き続けたほうが絶対に良いのです。

「教育→仕事→引退」という昭和型キャリアプランが崩れると、人間関係や人付き合いについても、考え直す必要が出てきます。
会社だけの人間関係ではなく、趣味や副業など多様なコミュニティを持つことが、より豊かな人生につながります。
副業をすることは単に副収入を得るだけでなく、世の中のニーズを知り、自分自身の適性を再発見することにもつながります。
新たな領域に挑戦することで、社外の人から意外な評価を得られることもあります。
つまり、副業をすることによって本業も伸びるというケースが少なくないのです。

『サラリーマン副業2.0 人生が好転する「新しい稼ぎ方」 (PHPビジネス新書)』PHPビジネス新書

56887068_2188710064542617_7612567036643770368_n.jpg


「生涯現役こそ最高の年金」という、社会教育家の田中真澄氏は、勝負は後半にありという。
《人生、勝負は後半にあり! 能力開発は年齢不問》
『20世紀までは「人生は60歳までが勝負」の思いできましたが、平均寿命が伸び続ける長寿時代、「人生は65歳からが勝負」との考え方が必要です。
人生の勝負が後半に移って、定年以後の生き方が問われるのです。
65歳以後も活き活き生きるには、100歳まで生きる可能性に賭け、死ぬまで働く終身現役を目指すことです。
少なくとも定年後は、年齢不問の潜在能力の開発にどこまでも挑戦し、得意なことを仕事にしながら、己を高めていく生き方を選ぶべきです』

人生100年の時代を迎えたとき、我々は生涯現役を目指さなければならない。
なぜなら、国の年金や、社会保障は年々助けにならなくなっていく時には、「生涯現役こそ最高の年金」だからだ。
「自分の身は自分が助ける」というself-help(セルフヘルプ・自助)の考え方が必要となる。

生涯現役を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 07:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月17日

No 5094   【劣化するオッサン社会の処方箋】

IMG_3387.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【劣化するオッサン社会の処方箋】

山口周氏の心に響く言葉より…



「オッサン」の定義を明確にしておきたいと思います。
「オッサン」という用語は、単に年代と性別という人口動態的な要素で規定される人々の一群ではなく、ある種の行動様式・思考様式を持った「特定の人物像」として定義される、ということです。
その「特定の人物像」とは次のようなものです。

1. 古い価値観に凝り固まり、新しい価値観を拒否する
2. 過去の成功体験に執着し、既得権益を手放さない
3. 階層序列の意識が強く、目上の者に媚び、目下の者を軽く見る
4. よそ者や異質なものに不寛容で、排他的

お読みいただければすぐにわかるとおり、中高年の男性として分類される人であっても、この「人物像」に該当しない人は数多く存在します。
これを逆にいえば、いわゆる「オジサン」に該当しない年代の人であっても「オッサン化」している人がいくらでもみつけられるということでもあります。

皆さんもよくご存知のとおり、昨今の日本では、50歳を超えるような、いわゆる「いい年をしたオッサン」による不祥事が後を絶ちません。
例えば…
●日大アメフト部監督による暴行事件発覚後の雲隠れ
●大手メーカーによる度重なる偽装・粉飾・改竄・隠蔽
●日本ボクシング連盟会長による助成金の不正流用や暴力団との交際

これらの社会的事件のほかにも、「オッサンの劣化」を示す小事件は枚挙にいとまがありません。
例えば、駅や空港、病院などの公共の場で、ささいなことに激昂して暴れたり騒いだりするオッサンが後を絶たない。
民営鉄道協会が発表している平成27年度に発生した駅係員・乗務員への暴力行為に関する調査集計結果によると、加害者の年齢構成は、60代以上が188件(23.8%)と最多で、これに50代による153件(19.3%)が続いている一方、一般に感情のコントロールが上手にできないと考えられがちな「若いもん」、つまり20代以下の数値は127件(16.0%)となっていて全年代でもっとも少ない。
本来、社会常識やマナーの模範となるべき中高年が、些細なことで激昂して暴れているわけで、まったくこの世代の人たち人間的成熟はどうなっているのだろうかと考えさせられます。

なぜオッサンは劣化したのか…
現代の50代・60代の「オッサン」たちは、「大きなモノガタリ」の喪失以前に社会適応してしまった「最後の世代」だという点です。
「大きなモノガタリ」つまり「いい学校を卒業して大企業に就職すれば、一生豊かで幸福に暮らせる」という昭和後期の幻想の形式とともにキャリアの階段を上り、「大きなモノガタリ」の終焉とともに、社会の表舞台から退いていった、ということです。
つまり「会社や社会が示すシステムに乗っかってさえいれば、豊かで幸福な人生が送れる」という幻想のなかで過ごしてきたのです。
これは人格形成に決定的な影響を与えたと思います。
貴重な20代を、バブル景気に浮かれる世の中で「会社の言うとおりにやっていれば金持ちになって別荘くらいは持てるさ」という気分のなかで過ごしてしまったことは不幸だったとしか言いようがありません。
「大きなモノガタリ」の喪失前に20代という「社会や人生に向き合う基本態度=人格のOSを確立する重要な時期」を過ごしたのちに、社会からそれを反故(ほご)にされた世代なのだということを考えれば、彼らが社会や会社に対して「約束が違う」という恨みを抱えたとしてもおかしくはありません。

加えて指摘しておきたいのが、2018年時点で50代・60代となっているオッサンたちは、70年代に絶滅した「教養世代」と、90年以降に勃興した「実学世代」のはざまに発生した「知的真空の時代」に若手時代を過ごしてしまった、という点です。
教養世代というのも奇体な言葉ですが、平たくいえば「教養の習得に価値を置く世代」ということになるでしょうか。

70年代の半ばから80年代にかけ、学生はどんどんバカになっていきます。
その現象を象徴的に示す言葉として、当時マスコミで盛んに揶揄されたのが「大学のレジャーランド化」という表現でした。
ここにきて「教養世代」は絶滅し、90年代以降の「実学世代」の黎明までの10年間を「知的真空」の状況が継続することになります。

「教養世代」に対置される「実学世代」というのは、「実学の習得に価値を置く世代」ということになります。
平たくいえば経営学や会計などの「手っ取り早く年収を上げるための学問」を重視する世代ということです。
このような価値観が学生のあいだで支配的になった理由は容易に想像できます。
ソコソコの大学を出てソコソコの会社に入ってソコソコに頑張っていればお金持ちになって幸せになる、という昭和の「大きなモノガタリ」の喪失されたあと、社会で支配的になった「新しいモノガタリ」が「グローバル資本主義」でした。
あらゆる国のあらゆる産業が世界中の競争相手と戦い、ごく一部の強者だけが勝ち残り、残りすべては敗者となって社会の底辺に沈んでいく、という過酷な「モノガタリ」です。

バブル景気の崩壊と今日まで連綿と続く日本企業の経営の迷走状態が始まり、「大きなモノガタリ」は唐突に終幕となり、「グローバル資本主義下における弱肉強食の世界」という「新しいモノガタリ」が始まります。
この「新しいモノガタリ」が提示する新しいシステムに適応しようとした人々が、「実学世代」ということになります。
実学世代では、経営学の知識と英語とプレゼンテーションスキルがもっとも重要なリテラシーとなり、人生をいかにショートカットして効率的に年収を上げるかというゲームに、いわゆる「カツマー」(勝間和代にあこがれる人のこと・年収をあげる人)などと揶揄(やゆ)される類のナイーブな人々が大挙して参加し、そしてカモにされました。

60年代に学生生活を送った「教養世代」はすでにほとんどが引退し、社会システムの上層部では「知的真空世代」が重職を独占し、その下を「実学世代」がかためるという構造になっています。
これはつまり「古いモノガタリに適応した人」が、「新しいモノガタリ」を前提にした社会の上層部に居座って指示命令しながら、「新しいモノガタリに適応した人」が、中層から下層でその指示命令を実行部隊としてこなしているという歪んだ構造になっている、ということです。

この状況を別の角度から照射すると、「アートにもサイエンスにも弱いオッサンたち」という問題が浮かび上がってきます。
「教養世代→知的真空世代→実学世代」という推移を考察してみれば、「教養」が「アート」に、「実学」が「サイエンス」に対応する関係がすぐに読み取れます。
「教養」はそのまま英語に訳せば「リベラルアート」となります。
ここでいう「アート」には、いわゆる「美術」以上のもの、つまり、リベラルアート=人をして自由に思考させる学問、が含まれているわけです。

『劣化するオッサン社会の処方箋 なぜ一流は三流に牛耳られるのか (光文社新書)』

IMG_9674.JPG



山口周氏は、現代は、劣化したオッサンたちがリーダーになっている時代だという。
組織のトップに一度でも三流(劣化したオッサン)を据えてしまうと、自浄作用は期待できない。
なぜなら、それは、日大アメフト部やや日本ボクシング連盟などを見ればよくわかる。
劣化したオッサンのまわりには、それを忖度(そんたく)するさらに劣化したオッサンが集まるからだ。

そのような状況に若者が対抗するには、「エグジット」という考え方が必要だという。
エグジットとは「出口」のことだが、権力者の影響下から脱出するということ。
昨今、「転職」や「副業」ということが盛んに言われるが、このエグジットの一環だと考えればよく分かる。
旧態依然とした変化できない「劣化したオッサン」の組織から決別し、若くて斬新な組織に移れば、今まで悩んできたことは何だったのかと思うほど、新しいことに挑戦できることは多い。

もう一つの対抗手段は「オピニオン」。
オピニオンとは、おかしいと思うことについてはおかしいと意見をすること。
一連の不祥事を起こした企業に身を置きながら、オピニオンもエグジットもしないということは、これらの不祥事に自分も加担したと同じことになるからだ。

そして、この「オピニオン」も「エグジット」も自分のキャリアが危険にさらされるからやりたくない、と思っている人は多い。
山口氏は、そのためには、今の組織だけでなく外の世界に出ても通用する汎用性の高いスキルや知識という「人的資本」を身につけ、信用や評判といった「社会資本」を厚くすることで、自分の「モビリティ」を高めることが必要だという。
「モビリティ」とは、仮に現在属している組織を抜けたとしても、今と同様の生活水準を維持できる能力のこと。
どんな場所に移っても、自分の正味現在価値が変わらないということ。

「劣化するオッサン社会の処方箋」
「オピニオン」や「エグジット」を使えるよう、自分の「モビリティ」の能力を高められる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月16日

No 5093   【ポジティブな人とつきあえば、よい影響を受ける】

IMG_3383.jpg

IMG_3381.jpg

IMG_3382.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ポジティブな人とつきあえば、よい影響を受ける】

ジェームズ・スベンソン氏の心に響く言葉より…



ポジティブな人とつきあえば、よい影響を受け、ネガティブな人とつきあえば悪い影響を受ける。
仕事と人生の充実をはかるためには、自分の人間関係を整理する必要がある。
では、どんなタイプの人を避けるべきだろうか?

1. うそをついたり約束を破ったりする不誠実な人
2. 他人のあら探しをして悪口を言う邪悪な人
3. 口が軽くて他人の秘密を漏らす軽薄な人
4. 自分は何もせずに要求ばかりする利己的な人
5. とかく悲観的な見方をする暗い人
6. 傲慢で相手の気持ちを無視する独善的な人
7. 性格や態度に裏表がある卑劣な人
8. 嫉妬深くて意地の悪い陰険な人
9. 怒りっぽくて復讐心に燃えている執念深い人
10. 自分が間違っていても意見を変えない頑固な人

以上の項目のどれかに該当する人とは距離を置くか、できることならつきあいをやめたほうがいい。
そういう人とつきあっていると、今は仲がよくても、将来、あなたになんらかの形で被害がおよぶ可能性がきわめて高い。
また、あなた自身も以上の項目のどれかに該当していないかどうかを自問しよう。
少しでも心当たりがあるなら謙虚に反省しなければならない。

『希望と幸福に満ちた人生の扉をひらく50の法則』ディスカヴァー

51sDw4H2orL._SL250_.jpg


ジェームズ・スベンソン氏は、つきあった方がいいポジティブな人については本書の中でこう語る。

1. 約束を守る誠実な人
2. 他人をほめる温かい人
3. 他人の秘密を守る慎重な人
4. もらうことより与えることを優先する利他的な人
5. いつも楽観的な見方をする明るい人
6. 相手の気持ちを大切にする優しい人
7. 性格や態度に裏表のない正直な人
8. 他人の幸せを喜ぶ寛大な人
9. 自分の感情をコントロールできる冷静な人
10. 自分が間違っていれば素直に反省する謙虚な人

誰だって、こんなポジティブな人は好きになるに決まっている。
そして、逆にネガティブな人とはつき合いたくないとほとんどの人は思う。
しかしながら今、断り切れずにネガティブな人とダラダラとつきあってしまっている人がいたとするなら、もし、その縁を断ち切ることができたとき、新たな運が必ず舞い込んでくる。
ポジティブと幸運はセットだが、ネガティブとセットなのは不運だから。

ポジティブな人と多くつき合いたい
posted by Dr.モーリィー at 07:25| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年04月15日

No 5092   【いくつになっても無邪気な童心をもち続ける】

IMG_3380.jpg

おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【いくつになっても無邪気な童心をもち続ける】

人生相談家、喜楽氏の心に響く言葉より…


童心とは邪気のない子どもの心です。
トトロや座敷童子が見える、素直な心です。
私たちはみな、この無邪気な心をもっていました。
しかし、大人になるにしたがって、ずるさや駆け引きなどを覚えます。
それがいつしか我欲となり、心に邪気が入り、心の目を曇らせているのではないでしょうか。

私は、今までに多くの成功者に会ってきました。
その中でも特に「この人は本物だ」と思える人には、ある共通点があります。
それは、“邪気がない”ということです。

邪気があっても成功している人は、私のまわりにもたくさんいます。
ある意味、その邪気をパワーの源にしているフシさえ感じます。
ただこういう人は、その邪気に自分もやられてしまうため、つねになにがしかの問題や悩みを抱えています。

逆に、私が「この人は本物だ」と思う成功者に会うと、いつも楽しそうです。
まわりの人に分け隔てがなく、だれに会っても態度を変えることがありません。
だれに対しても、そして、なにをするときでも無邪気なのです。

ときに童心に返り、無邪気さを取り戻すのは必要なことです。
そこで私がお勧めしているのは、田舎がある人は、そこでお墓参りをしたり、祖父母や親に会って自分の子どものころの話を聞き、無邪気なころの自分を思い出し、その心と向き合ってみることです。
そのころの楽しい思い出を思い返しながら、そころの自分からメッセージを受けとったり、インスピレーションを感じ取るのです。

もし、あなたが都会育ちで田舎もないのだとしたら、自分が生まれ育った地元の産土(うぶすな)神社に行って、これまで生かされてきたことに感謝を述べてください。
さらに境内で落ち着ける場所があるなら、そこで自分の子どものころを思い返してみましょう。
きっと同じようなインスピレーションが得られるはずです。

神社のお祭りに参加するのもオススメです。
お祭りは神様に感謝するための行事であり、お祭りに参加することは邪気を祓(はら)い、楽しい気持ちになって童心に返る効果もあります。
いくつになっても無邪気な童心をもち続けることは大切なことです。
心のゆとりにもつながりますから、ぜひ、ためしてみてください。

『全感謝する練習』サンマーク出版

51V1mQLF6QL._SL250_.jpg


行徳哲男氏の「おさなごころ」についての一文がある。(感奮語録)より
『四国・宇和島に蓮華寺という寺がある。その山門には「人間にとって最も大切なもの、それは童心を忘れないこと、童心とは神に最も近く接する姿である」と書いてあった。子ども心に近づくほど神様と一緒になれるというのである。なんと素敵なことだろうか。』

『明治天皇の御製の中に「すなほなる をさな心を いつとなく 忘れはつるが惜しくもあるかな」とある。何が惜しいと言って、子どもっぽさを失うことほど惜しいことはない。』

『アメリカの詩人ワーズワースは「大人になっても虹を見て心が躍る自分が一番うれしい」と。』

『人間的に魅力があると思われる人はどこか子どもっぽさ、あどけなさをもっている。また、それは長寿の秘訣でもある。』

大人になっても、子どもっぽさを忘れない魅力ある人の顔には険(けん)がない。
反対に、素直さのない人すなわち、斜に構えたり、偏屈だったり、ひねくれた人の顔には、険がある。
険のある人は、トゲトゲしかったり、なんとなく攻撃的だったり、愛嬌のない人でもある。

いくつになっても無邪気な童心をもち続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:16| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする