2019年02月28日

No 5023   【いくつになっても学び続ける】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【いくつになっても学び続ける】

伊那食品会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…



学ぶ目的について、二宮尊徳先生の有名な遺訓があります。

翁曰(いわ)く
人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ
学んで道を知らざれば、学ばざると同じ
知って行うこと能(あた)はざれば、学ばざると同じ
故(ゆえ)に、人たるもの、必ず学ばざるべからず
学をなすもの、必ず道を知らざるべからず
道を知るもの、必ず行はざるべからず

二宮先生は、人間生まれたからには、終生、必ず学び続けなさい、と教えておられます。
「学ぶ」とは、学校の勉強だけを意味しているのではありません。
人の話を聞いたり、見学をしたり、自然から観察して教わること、本を読むこと、仕事をしながら体験することなど、広いものごとを含みます。
どんなことからも、問題意識さえあれば、学ぶことはできると思います。

そして、「学んだら必ず道を知りなさい」とおっしゃいます。
ここで「道」とは、それぞれの「本来あるべき姿」だと、私は考えます。
人によって、職業や立場は違いますが、それぞれの職業や立場のあり方の本質を見極めなさいという意味です。

つまり、ものごとの真の目的を理解すること。
それが、道を知ることではないでしょうか。
私は、すべての人間に通じる最終的な目的とは、この世の中に生きる人々を、幸せにすることであると考えます。

ですから、「道を知って行う」とは、人間の幸せのためにお役に立つという目的に向かって、暮らし、働くということだと思います。
近年、武士道、商人道への関心が高まっています。
これは、日本だけではなく、世界的に見て、「本来あるべき姿」を見失い、倫理観をもたない人が増えているということではないでしょうか。

これからも、「本来あるべき姿」を見つめ、その目的に向かって努めていきたいと思います。
いくつになっても、また立場が変わっても、人は学びつづけたいものです。

『新訂 いい会社をつくりましょう』文屋

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人生100年の時代、生涯現役でいようとするのなら、学び続けるしかない。
いくつになっても、生きる意欲にあふれ、好奇心を持ち、驚きや感動のある人は、学び続けている人だけに与えられた特権だ。
生まれたときよりも少しでもましな人間になってあの世にいくために、我々はこの地球で様々なことを学ぶ。
「この地球に学びにきている」のだから。

そして、実践者は、学んだら行動する。
エマーソンはこう言っている。
『よき思想も、これを行わなければ、よき夢と異ならない』

また、トーマス・カーライルもこう語る。
『幸せになれる思想があっても、幸せになる行為がなければ、幸せにはなれない』

「地球は行動の星」とは、斎藤一人さんの言葉だ。
どんなに優れた考えやアイデアがあったとしても、この地球では、それが行動に移されなければ無かったと同じ。

いくつになっても学び続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 23:37| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5022  曲面絵画

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不思議なご縁でつながった 旧知の友人 ブライアンが
取材で鹿児島に来るとの 連絡が入ったので
七福庵に お招きして おもてなしの会

七福庵や クリニック内にも ブライアンの作品が展示してあります

時間を忘れる 楽しき時間でした

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ブライアンの 会社のHPから



ARTES / Brian Williams

DMG森精機株式会社様の企業CMにブライアン・ウィリアムズを起用して頂いております。
DMG森精機株式会社は工作機械製造会社でコンピューター制御の5軸加工機などのNC旋盤・MC、機械工作機の製造で世界シェアーを持つ会社です。
ご縁でイメージCMに出演させて頂く事になり、「WATER COLORS」水のある風景をテーマにMBS企画様に制作して頂いております。
TBS系全国ネット、毎週日曜17時〜17時30分 MBS「所さん、お届けモノです」内でも放映しています。
現時点では10月〜12月(毎週日曜/月4回)3ヶ所の12話を予定しております。
過去に放送されたものはDMG森精機株式会社様のYouTubeアカウント、DMG MORI Japanにて閲覧可能です。
https://www.youtube.com/channel/UCX6wWvXVHGA4_f4Oc0NnrVw

このような機会をもらいブライアン・ウィリアムズの自然や風景を愛する心、飾らない素朴で素直な人間性を映し出して頂き感謝しております。また、CMをご覧になってお声をかけて頂いています皆様にもこの場でお礼申し上げます。

(ARTES/スタッフ)


当社の新しい動画DMG MORI 「WATER COLORS」 をご紹介します!
1人の画家が思い入れや所縁のある町を歩き、絵を描く様子をお届けします。
水辺の風光明媚な風景をぜひお楽しみください。

10月からMBS(TBS系全国ネット)毎週日曜日 17:00 - 17:30
「所さん、お届けモノです」内でも放映しています。

ブライアン・ウィリアムズ出演のDMG森精機株式会社様の企業CM、「Water colors」12話放送が全て終了しました。
ご覧いただけると幸いです。

2018年10月放送「伊根町編」
https://www.youtube.com/watch?v=LXgagPATV9o
https://www.youtube.com/watch?v=xvNRrAMYyxE
https://www.youtube.com/watch?v=62CzhwsjvFQ
https://www.youtube.com/watch?v=bSJdElSjAyI&t=8s

2018年11月放送「小豆島編」
https://www.youtube.com/watch?v=LADGrFJhO-E&t=19s
https://www.youtube.com/watch?v=AgBNLUbEyFE&t=1s
https://www.youtube.com/watch?v=6bpON3WGvUI&t=2s
https://www.youtube.com/watch?v=p_Nsi1sf9mg

2018年12月放送「琵琶湖編」
https://www.youtube.com/watch?v=8mrqd26f0Zg
https://www.youtube.com/watch?v=_2Xuk9r152A
https://www.youtube.com/watch?v=4U0v0mRc_qA
https://www.youtube.com/watch?v=1Jpoc4cyhXY&t=12s
posted by Dr.モーリィー at 22:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月27日

No 5021   【地を出しても好かれる人間になる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【地を出しても好かれる人間になる】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



みんなが一人さんに会ったとき、味方したくなっちゃうような生きかた…それって、会った人だけが得するようなもんじゃないよ。
一人さんもハッピーで、会った人もしあわせになっちゃう、そんな生き方だよね。
人に嫌味を言ったり、憎まれ口をたたいていたら、味方になってくれる人はいないよ。

だけど、あなたがナメられていたり、みんなの犠牲になるような生きかたをしていたら、誰か喜ぶ人でもいるんだろうか。
一人さんの場合、仲間がそんなふうに生きてたら、オレは黙ってられない性質なんだよ、ぜんぜん嫌いなの。
神もそうだよ、きっと喜ばない。
喜ばなかったら、「この人の味方をしよう」とは思えないよ。

だから、神までもが味方したくなるような人になるんだ…って、言ったとき、神が「この人だ」と思ってくれるような生き方をすることだよな。
そいういう生きかたって、なんだろう。
答えは一個だけじゃない。
人間って、それぞれ解釈の違いがあるんだよ。
わかるかな?

オレは、自由で、楽しくて、ひとに愛されて、というのが、最高の生きかただと思ってる。
神が味方する生きかたは、キリストみたいな生きかただと思っている人もいて、それはそれで正しいの。
だけどオレはオレが正しいと思ってるんだよ。

そして、女は女でしあわせになり、男は男でしあわせになり。
オレは相当言いたいこと、言ってるけど、一人さんの話が大好きだっていう人がいるんだよな。
全員から好かれようと思って、言いたいことの8割も言わない人、いっぱいいるけど、だからって、オレより好かれてるワケじゃないよな(笑)。
じゃ、言いたいことを言えば好かれるんですか?って。
言いたいことを言って嫌われる人、いっぱいいるよな。

簡単に言うと、人間って、自分の地を出して、好かれる人間になることだよな。
地を出して嫌われるんだったら、そろそろ自分の変えどきだよな。
地を出して好かれる人間になるために、オレたち生まれてきてるんだよ。
今日も明日も、オレも地を出していっしょ懸命、しゃべっても、やっぱし、「一人さんの話、聞きたい」って言われるようになることが、オレの目標で。

『人生に成功したい人が読む本 (PHP文庫)』PHP研究所

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ある人が、仕事から家に帰ってくると、どんなに疲れていても明るい声で、「ただいま!今日も父ちゃん仕事楽しかったよ!」と言っていたそうだ。
それが、「大人になるのは楽しそう」とか「仕事って面白いかも」と思ってもらえるとおもっていたからだ。
しかし、あるとき、仕事上のトラブルがあり、本当に疲れはて、元気なく帰ってきたところ、子どもが「いつもと違う、こんな父ちゃん嫌いだ」と言ったという。
彼はそれを聞いて反省し、次からはどんなに疲れていても明るい声で元気よく「ただいま!」と言うことにしたと聞いた。

どんなに疲れていようと、無理して明るい声を出すのもいいかもしれない。
ポジティブな姿勢も必要かもしれない。
しかし、本当は、自分の本音を出しても、弱みを見せても、子どもに「仕事って面白そう」「大人っていいなぁ」と思ってもらえるのが最高の人物だ。

「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」
これは、良寛さんの辞世の句と言われているもの。
表だけではなく、裏も見せてもなお、あまりある魅力のある人。

地を出しても好かれる人間になりたい


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2019年02月26日

No 5020   【サブスクリプション・マーケティング】

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【サブスクリプション・マーケティング】

アン・H・ジャンザー氏の心に響く言葉より…



私は、ここ数年、自分の購買行動が微妙に変化しているのに気づいた。
「モノ」を以前ほど買わなくなったのだ。
断捨離をしたわけではない。
買わないのは、買う以外にも選択肢があるからだ。
以前なら購入していたようなものを、今はサブスクリプションという形で利用することができる。

音楽をよく聴くが、以前のように何枚ものCDを買ったりはしない。
DVDも買わずにネットフリックスかレッドボックス(米国のDVDレンタル大手)でレンタルする。
ネットフリックスかアマゾンのストリーミング配信サービスを利用することもある。

私のオフィスの棚にソフトウェアの箱やマニュアルがぎっしり詰まっていたのは過去の話。
ウェブサイト、メールのプラットフォーム、文書作成ソフト、マイクロソフトのoffice365など、ほぼすべてのものを私は定額料金で利用している。
こうしたデジタルサービスを利用できるのは、ブロードバンドとスマートフォン(この2つも定額制で利用)のおかげである。
また、以前からずっとサブスクリプション方式で契約してきたものもある。
地元のYMCAのメンバーシップと『ニューヨーク・タイムズ』だ…何が言いたいのか、おわかりいただけたと思う。

日々の生活で私はさまざまな選択をしなければならないが、多くの場合、選択肢の一つにサブスクリプションがある。
あなたの場合もたぶんそうだろう。

あなたは何種類のパスワードを使い分けているだろうか。
ますます拡大するサブスクリプションの世界にどこまで入り込んでいるか、パスワードの数から見当がつく(賢明な人なら、パスワードの増加というありがたくない状況に対処するため、パスワードの管理をしてくれるサブスクリプションサービスを利用しているかもしれない)。

これは世代という要素も関わっている。
成人した私の子どもたちは私よりはるかに多くのサービスを利用している。
半調理食品、衣類、カミソリの刃。
数え上げればきりがない。

私たちの社会は、サブスクライバーの社会になろうとしている。
サブスクリプションは判断を下すときの煩わしさを和らげてくれる。
所有や維持に伴う負担を軽減してくれる。
自動的、あるいは定期的にサービスが提供され、便利である。
また、サブスクリプションボックス(毎月一定の料金を支払うと、販売会社の選んだ品が届く定期購入サービス)なら、楽しさも味わえる。
私たちは「今すぐ購入する」ボタンではなく、「サインアップする」「登録する」ボタンをどんどん押すようになっている。

『サブスクリプション・マーケティング――モノが売れない時代の顧客との関わり方』英治出版

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本書の中の「サブスクリプション」の解説にはこう書いてある。
『サブスクリプションとは、製品やサービスの購入ではなく利用に対して代金を支払う方式。
定額制や利用期間・利用度合いに応じた従量制などがある。
雑誌等の定期購読やソフトウェアの利用形態として採用されてきたが、近年、さまざまな業種で取り入れられている』

『サブスクリプションの売上高が増えると、一方で、成長を阻害する最大の要因であるチャーン(解約、離脱)も増えていく。
チャーンとは、顧客が去っていくこと、継続的な収入が消えてしまうことである。
チャーンは成長の対極にある。
伝統的なビジネスモデルでは、マーケティングや営業の担当部署は新しい客が競合他社に流れることを心配した。
ところが、サブスクリプション型も出るでは既存顧客を競合他社に奪われかねない。
定期的に支払いをする顧客は、このまま顧客としてとどまるのか(更新)、他者へ移るのか(チャーン)、繰り返し判断を下している。
あなたの会社が先行投資をしなければ、顧客は鞍替えしようという気になるかもしれない』

アメリカのサブスクリプション(定額制)には、色々なサービスがある(本書より)。
例えば、「医者の往診」「法律相談」「セラピー」「人材紹介」「ファイナンシャル・プランニング」「会計」。
また、シェアリング・エコノミーの典型的な例であるカーシェアリングも、最初にしなければならないのは会員登録(サブスクライブ)。
携帯のアプリの多くは有料のサブスクリプションがある。

時代は、所有から利用へ、すなわち、サブスクリプション(定額制、継続課金)へ急速にシフトしている。

サブスクリプション・マーケティングを研究し、自らのビジネスに実装したい
posted by Dr.モーリィー at 07:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月25日

No 5019   【自尊心をちょっとどこかへ隠す】

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【自尊心をちょっとどこかへ隠す】

宇野千代氏の心に響く言葉より…



誰の心の中にも、自尊心と言うものは隠れている。
この自尊心があるために、人と人との関係が、何となく、ぎくしゃくすることがある。

自尊心と言うものが隠れている間は、何事も起こらないのに、一たび、ちょっとでも頭をもたげて来ると、面倒なことが起こる。
そのことを知っている人は、そのとき、ちょっと自分の自尊心をよそへ持って行く。
人の眼につかないところへ、隠しておく。

自尊心なんか持っていなかったような振りをする。
それに巧(うま)く成功すると、人と人との間には、案外、何事も起こらない。
自尊心をちょっとどこかへ隠す、と言うのは、何と言う便利なことであろうか。

『幸福は幸福を呼ぶ (集英社文庫)』

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哲学者の森信三氏にこんな言葉がある。
『そもそも一人の人間が、その人の真価より、はるかに低い地位に置かれていながら それに対して毫(ごう)も不満の意を表さず、忠実にその任を果たすというのが、 この「下座行(げざぎょう)」の真の起源と思われる』
『下座行とは、一応、社会的な上下階層の差を超えることを、体をもって身に体する「行」といえる。
例えば「高慢」というがごとき情念は、 自分の実力を真価以上に考えるところから生じる情念といってよかろうが、 もしその人に、何らかの程度でこの「下座行」的な体験があったとしたら、 その人は恐らく、高慢に陥ることを免れうるのではあるまいか。
人の師たる人はとりわけ、この下座の体験者であり、下座の行者であることが、 何より大事なことであることだけは、このわたくしにも納得せられます』

『「どうして先生は隠れた真人の発見者であり発掘者でいらっしゃるのですか」という問いに対して、 「それは舞台に立ってから眺めておるとわからぬのです。 同じ平面の平土間に立つと、よくものが見えるのです」 とおっしゃられました』(師教を仰ぐ・森先生に導かれて)より

「俺は(私は)こんなもんじゃない」「なぜもっと偶されないのだ」と、自尊心や高慢な心が芽生えたときに必要なのが「下座の心」。
神はしばしば、この「下座の心」を試される。
瑞巌(ずいがん)和尚は、毎日自分に向かって「主人公」と呼びかけ、自分で「ハイ」と返事をしていたという。
「はっきりと目を醒ましているか」「ハイ」
「これから先も人にだまされるなよ」「ハイ」

『自尊心をちょっとどこかへ隠す』
瑞巌和尚にならい、自分に毎日呼びかけてみる…
「今、偉そうにしていないか?」と。

下座行の実践をしたい
posted by Dr.モーリィー at 00:27| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5018   J2 鹿児島ユナイテッドFC 開幕戦!

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2019年2月24日 

J2 元年 鹿児島ユナイテッドFCの 開幕戦が

鹿児島 白波スタジアムで 開催されました

午後から これまた大切なイベントがありましたので 前半のみの観戦でした

前半は 0−0でしたが 後半は打ち合い 4−3大勝利

とても盛り上がったようですね!

前半の雰囲気をどうぞ!

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追伸)鹿児島ユナイテッドFCからの通信です

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J2開幕戦で初勝利!ハイライト動画を公開
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いつも鹿児島ユナイテッドFCにご声援いただき、誠にありがとうございます。

J2開幕戦となった『徳島ヴォルティス』戦。
前半は0-0とスコアレスとなりましたが、後半になるとゲームが動きます。
まず、韓勇太選手、中原秀人選手のゴールが決まり2点を先制しますが、2点を返され同点になります。
その後、藤澤選手のミドルシュートが決まり3-2とまたもリードしますが、直後に失点をしてしまい3-3の同点に。
このまま試合終了と思われた後半45分、砂森選手のクロスを中原秀人選手が右足で合わせ4-3と再びリード。
そのままリードを守りきり、J2初勝利となりました!
当日は雨が降る中ではありましたが、来場者数は7,483名と大変多くのサポーターにご来場いただきました。
ご声援ありがとうございました!

本日から2019シーズンJ2での闘いがスタートとなり、これかも試合は続いていきます。
ぜひ、引き続きスタジアムにお越しいただき、熱いご声援よろしくお願いします。

【1節の結果】鹿児島ユナイテッドFC 4-3 徳島ヴォルティス
【1節のハイライト動画】https://www.youtube.com/watch?v=UjFackNo4hY
【各選手のコメント】http://www.kufc.co.jp/information/39434/

〇藤澤選手の見事のミドルシュートが決まります!


〇中原秀人選手のゴールが決まり4-3に!


〇J2初勝利をサポーターと共に喜びます!


〇次回のホームゲーム情報
【第3節】
日時:3月9日(土)14時キックオフ
対戦相手:ヴァンフォーレ甲府
試合会場:白波スタジアム(鴨池陸上競技場)
ぜひ、多くの皆様のご来場お待ちしております。
イベント情報はこちら
http://www.kufc.co.jp/information/38995/

全国各地の強豪チームとの闘いとなるJ2リーグ。
共に闘い、新しい歴史をつくりましょう!
多くの皆様からのご来場お待ちしております。
posted by Dr.モーリィー at 00:03| ライフワーク | 更新情報をチェックする

2019年02月24日

No 5017   【インプットとアウトプットの黄金比は3:7】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【インプットとアウトプットの黄金比は3:7】

精神科医、樺沢紫苑氏の心に響く言葉より…



インプットとアウトプットの最も効率的な割合はどのくらいでしょうか?
大学生を対象に、勉強時間のうち「インプット」(教科書を読む)と「アウトプット」(問題を解く)をそれぞれどのように時間配分して勉強しているかを調べた研究によると、インプット対アウトプットの平均的な比率は7対3でした。

また、私がセミナー参加者(社会人)の88名を対象に行った調査では、インプットとアウトプットの比率は、7.1:2.9。
やはり7対3という結果になりました。

またアウトプットの割合が4割以下の人が全体の88%を占め、ほとんどの人がインプット中心の勉強、学びを行っていることがわかりました。
つまり、学生も社会人も、ほとんどの人がインプット中心の勉強をしているのが現実です。

一方、コロンビア大学の心理学者アーサー・ゲイツ博士が興味深い実験をしています。

小3から中2までの100人以上の子どもたちに、「紳士録」(人名年鑑)に書かれた人物プロフィールを覚えて暗唱するように指示しました。
子どもたちに与えられた時間は9分間でしたが、そのうちの「覚える時間」(インプット時間)と「練習する時間」(アウトプット時間)の割合は、グループごとに異なる時間が指示されました。

もっとも高い結果を出したのは、約40%を「覚える時間」に費やしたグループでした。
年長の生徒になると「覚える時間」が少なくて済むようになり、「覚える時間」に約30%の時間を費やしたグループが高得点をとりました。
アウトプット比率でいうと、初心者は6割、熟練者は7割の時間をアウトプットに振りわけるのが、効果的な勉強・学びの方法といえるのです。

多くの人は、「インプット過剰/アウトプット不足」に陥っており、それこそが「勉強しているのに成長しない」最大の原因ともいえます。
インプット時間の2倍近くをアウトプットに費やすよう意識しましょう。

《教科書をじっくり読むより、問題をどんどん解いていこう》

『学びを結果に変えるアウトプット大全 (Sanctuary books)』サンクチュアリ出版

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行徳哲男師のこんな言葉がある(「感奮語録」より)。

『現代人は考えすぎる。
しかし、考えて解決する問題など皆無である。
問題を解決するには行動するしかない。
考えることは行動にブレーキをかける。
考えるから行動しない。
行動渋滞が起きる。
行動しなければ証は何も得られない。
禅の教えにもある。
「行ずれば証はそのうちにあり。行ぜずして証は得ることなし」と』

また、こんな言葉もある。
『これからは行動の時代だ。
勝利は行動した人間のものだ。
行動すれば証は鮮やかであり、生が強烈になる。
「言うこと能(あた)わず、行うことも能わざる者を国賊と見做(な)す」と。
日本の危機も乗り越える唯一の方法は行動することにある。』

「「言うこと能(あた)わず、行うことも能わざる者」とは、言うこともしないし、行動も起こさないということ。
つまり、インプットもせず、アウトプットもしない者ということだ。

アウトプットとは、行動のこと。
ただ頭に知識を詰め込むというインプットなら、それは今やITやAIの方が数百万倍優れている。
行動することこそが、人間の人間たる証(あかし)なのだ。

いつまでも準備ばかりをしているなら、本番を迎えることなくあの世に行ってしまうことになる。
アウトプット多き人生でありたい
posted by Dr.モーリィー at 20:49| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月23日

No 5016   【受け身の中の積極性】

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【受け身の中の積極性】

下村澄氏の心に響く言葉より…



柔道の山下泰裕のように受け身に徹してほかの選手たちと交わり、積極的に情報を収集することは、見方を変えれば、対戦相手を自分のコーチにし、味方にすることだといえる。
敵を味方にするのだから、勝てる可能性が高くなるのは当然である。

成功者は自分に足りないもの、自分ができないことは、ほかの人の能力を使って成果をつかみ取っている。
その要諦は山下のそれと同じだといえる。

「あんた、どう思う?」
何かといえばそう発する松下幸之助さんの口癖は、受け身の中の積極性を象徴している。

そういえば、成功者は共通して魅力的な笑顔を持っていることに気づく。
笑顔に惹きつけられて人を心を開き、自分の持てる能力をその人のために提供したくなるのかもしれない。
笑顔は受け身の中の積極性のシンボルなのである。

アンドリュー・カーネギーといえば一代で莫大な財を築きあげたアメリカの鉄鋼王である。
彼は功成り名遂げると事業から身を引き、今度は築き上げた財を使うことに意を注いだ。
カーネギーが財を投じた慈善事業は数知れない。
芸術の殿堂として今も残るカーネギー・ホールはその一つである。

私はアンドリュー・カーネギーについては詳しくは知らないが、どんなに厳しさを備えていても笑顔だけは人を惹きつけずにはおかない魅力に溢れていただろうと想像する。
というのは、彼の成功はまさに人の能力を巧みに使ったことにあったからである。
受け身の中の積極性。
アンドリュー・カーネギーもまた成功者に共通の特質を備えていたのである。

そのことを如実に示すのが彼の墓碑銘である。

彼の墓碑にはこう書かれているのだ。
「己より賢明なる人物を周辺に集めし男、ここに眠る」

『人間の品格―安岡正篤先生に学ぶ』PHP

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人から頼まれたことを、文句を言わず、ニッコリとして引き受け続けることは、「受け身の中の積極性」だ。
特に、若いときの頼まれごとは、「試され事」だと思って積極的に引き受けることが大事だ。
事の大小に限らず、「これをやってくれないか」「これを引き受けて欲しい」と言われたとき、不平や不満を言わず気持ちよく引き受ける。
それを続けていくと、自分は世の中からどんな風に必要とされているのかという、使命や天命のようなものが見えてくる。
反対に、何かを頼まれたとき、嫌な顔をしたり、言い訳をしたりして、結局のところ引き受けない人は、だんだんと頼まれなくなる。
その結果は、定年後になるとはっきりとわかる。
定年後、何もやることがなくてまったくヒマになってしまうか、現役のとき以上に頼まれごとで毎日スケジュールがいっぱいになるかだ。

その違いは表情にも表れる。
頼まれやすい顔と、頼まれにくい顔だ。
頼まれやすい顔は、いつも笑顔だ。
頼まれにくい顔は、いつも不機嫌。

頼まれごとを笑顔で気持ちよく引き受け、受け身の中の積極性を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 07:06| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月22日

No 5015   季節の贈り物  2019 たんかん

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毛利歯科クリニックの 冬の風物詩

たんかんの季節がやってまいりました

たんかんの本場、おいちゃんの生まれ故郷:世界遺産の島・屋久島で
名人達に こころを込めて育てられた”たんかん”
今回も贈答用 A級品100キロ、プレゼント用B級品 300キロ 購入しました

日頃お世話になっている方々へ、スタッフへ、患者様へ
少しばかりの お礼の気持ちです

柑橘系の中では世界一の糖度を誇る ”たんかん”
おいちゃんのおすすめの食べ方は
@冷蔵庫で冷やす
A包丁で6分割して食べる

温度で おいしさがかなり違います
とてもジューシーで皮が薄いので 普通のみかんのように
手で剥いて食べると 手がべたべたになりますよ

4分割6分割8分割してみましたが
6分割ぐらいが 美味しく綺麗に食べられるかと思います
ぜひお試しくださいませ

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注)クリニックでの サプライズプレゼントは 1週間のみでしたので
  運よく プレゼント週間に 来院された方々からは 
  喜びの声や 感謝の声が 続出

  こちらこそ 嬉しい時間になりました  感謝・大感謝でした!
posted by Dr.モーリィー at 07:20| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5014   【運の使い方】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【運の使い方】

松永修岳氏の心に響く言葉より…



例えば、“バブル”のときに、銀行から融資をしてもらえなかった経営者や会社が大勢ありました。
そのときに彼らは、失意のどん底に落とされていました。
なぜなら、周りは拡大路線をとっているのに、自分は資金不足で何もできないのです。
非常に不運と感じざるを得ません。

ところが、“バブル”が崩壊したあと生き残れたのは、こうして銀行から融資を断られた人や会社でした。
銀行がお金を貸してくれなかったことで、新たな不動産や株式などに投資することができず、結局、そのおかげで命拾いすることができたのです。
逆に、銀行から多額の融資をしてもらえた人や会社の多くは、“バブル”がはじけた途端、融資金の返済ができなくなり、破産や倒産を余儀なくされました。
一時、借りたお金でどんどん投資をしたものの、それが回収不能となってしまったからです。

つまり、“バブル”のときに銀行がお金を積極的に貸してくれたことが、逆に命取りとなってしまったわけです。
では、このときに「融資をしてもらえた人が」が、運がよかったのでしょうか?
それとも、「融資をしてもらえなかった人」が、運がよかったのでしょうか?

時間がたって後から、幸運だったことが不運に、不運だったことが幸運に変わることはよくあります。
この原因は、今の時点の運の中に、次の時点の「運の種」が内在しているからなのです。
こうした「種」に気づかず、そのままにしてしまえば、常に運に振りまわされてしまう、いわゆる「運まかせ」の人生になってしまいます。
これが、「実力だけあって、うまくいかない人」の逆パターンと言える「運だけあってうまくいかない人」の典型です。
人生では「幸運」がやって来るときもあれば、「不運」がやってくるときもあります。
運は、波のようにアップダウンしながら、私たちの人生の中で常に動いています。

ただし、「幸運」も「不運」も、突然やってくるわけではありません。
実は、「幸運」な出来事の中に「不運の種」が、「不運」な出来事の中に「幸運の種」が隠されているのです。
その種が知らず知らずのうちに育っていき、次の「不運」な出来事や「幸運」な出来事をあなたにもたらすのです。
しかし、この原則を知っておけば、早め早めに「運の種」を見つけていき、それぞれの「運の種」について、事前にしっかりと手を打っていくことが可能となるのです。

例えば、ビジネスで大成功をした人がいたとします。
資産が一気に増え、人脈も急速に広がり、豪華なマイホームも手に入れるなど、まさに人生は順風満帆…。
ところが、幸せの絶頂を迎えた途端に、ビジネスがうまくいかなくなったり、家族に突然、不幸な出来事が起きたり、災難が降りかかってきたりと、あっという間に、その栄華が終わってしまうことがよくあります。
特に、「時代の寵児(ちょうじ」になった人などは、こうしたケースに陥ることが多いようです。
これを「運」の観点から分析すると、「幸運をため込む」ことに躍起(やっき)になってしまい、その「ため込んだ運」が、本人の知らぬ間に「邪気」に変わってしまったことが原因となった、と言えます。
幸運もひたすらため込むだけでは、せっかく入ってきても次々によどんでいきます。
そして、いつしか「邪気」に変わり、あなたに不運をもたらすようになってしまうのです。

では、運を「ため込みすぎ」てはいけないとすると、幸運を長く維持するのにはどうしたらよいでしょうか…。
それには、「運を使っていく」ことが大切です。

「ためること」よりも、「使うこと」を意識することが、運をマネージメントする際には、まず覚えておいていただきたいことです。
ただし、ここで注意してほしいのが、使うのは「自分のため」ではなく、「他人のため」「世の中のため」にです。
なぜなら、自分のためだけに一生懸命使うのは、ためていることとあまり変わらないからです。

運を上手にマネージメントしていくためには、ため込もうとするのでなく、世の中のためになることに使っていきましょう。
経営者であれば社員や株主への還元などに、個人であればビジネスへの投資や寄付などをしてもよいでしょう。
よいご縁があったなと思ったら、自分からも積極的に人と人を引き合わせる役目を引き受けるなどをして還元する。
よい情報をもらったのならば、同じようにそれを必要とする人たちにも伝えていく。
あるいは自分がもつ有用な情報を、どんどん周りの人たちに発信していくのがよいでしょう。

『一生お金に困らない人の運の習慣』中経出版

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萩本欽一氏の運についての話がある。
『ある日、坂上二郎さんから電話がかかってきた。
「もうみんなコンビになっちゃって、今、浅草に残ってるのは欽ちゃんと俺くらいしかいないよ」って。
じつは当時、一番コンビを組みたくなかったのが、二郎さんだったんです。
なんで二郎さんが来たんだろう?って。
一番来て欲しくない人、一番イヤだなっていうところから来たんだから。
僕にとって、イヤだと思うところから来たものに運があるっていうのは、考えてみたら、ここからはじまってるんですね。
二郎さんの何がいやかというと、笑いにしつこいんですよ。
だから、決して二郎さんという人が嫌いということじゃないの。
しつこいというのは、べつの言葉で言うと、おかしいんですよ。
うまいからイヤなんだよね。
だから、人生にはたくさんイヤがあったほうがいい。
みんな、いいことばっかり探しすぎだよ。
もっとたくさんイヤがないと。イヤなほうから幸運の矢というのは飛んでくる。
イヤなところにこそ、運があるんですよ』(人生にはチャンスが三度ある・ビジネス社)より

「イヤなほうから幸運の矢というのは飛んでくる」というのが、「不運」な出来事の中に「幸運の種」が隠されているということ。
また、運はお金と同じで、ため込むだけではダメ。
貯め込まずに散じること。
だが、何でも散じればいいということではない。
それが、利己ではなく利他のために使うこと。

運の使い方を会得したい
posted by Dr.モーリィー at 05:42| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

No 5013   【良寛和尚の生き方】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【良寛和尚の生き方】

笠巻勝利氏の心に響く言葉より…



悟りの境地に至った良寛和尚の生き方は真似ることはできないが、自分の人生や心のあり方を柔軟にしてくれるだろう。
和尚の詩の中に、次の一篇がある。
「禅板(ぜんばん)と座布団を持って行かれてしまった。泥棒が草庵に盗みに入るのは止むに止まれぬ理由があったのだろう。夜もすがら、ひっそりとした窓辺に、ポツンと座っていると、まばらな雨が苦竹(まだけ)の林にわびしい音を立てている」
「禅板」とは、禅僧が座禅するとき、体を支えるのに用いる板のことである。
五十五センチメートルほどで、上部に小さな穴が空いている。
荒れに荒れた貧乏寺に忍び込む盗人(ぬすっと)にも、止むに止まれぬ事情があるのだろうと思う心のやさしさ、せつなさがヒシヒシと伝わってくる。
和尚は、生きていくために必要な食べ物を托鉢に頼っていた。
その様子は、次の漢詩に詠まれている。

「町の四つ辻で托鉢を終えて八幡宮のあたりをブラついていたら、子供たちが見つけて、こんな言葉ではやしていた。“ほら、去年も来たバカ坊さんが、また、やってきたぞ”」
子供たちにせがまれると、一緒に手まりをついて時間を忘れて遊んだ。
ときには、托鉢先に求められると遅くまで漢詩を書いて置いてきた。
必要な食料をもらえないと、腹をすかせてトボトボとボロ寺へ帰っていった。

和尚は、「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候(そうろう)。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是は災難を逃れる妙法にて候」と。
そして、七十四年の生涯を終えるときの辞世の句は、「うらを見せ おもてを見せて、ちるもみじ」である。
私たち凡人に真似はできないかもしれないが、落ち込んだ時などに心の支えとなるだろう。

『眼からウロコを落とす本 (PHP文庫)』

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本書の中に良寛和尚の「戒語(心良からぬ言葉への戒め)二十」という一文があった。

1. 言葉の多いこと
2. あわただしくモノを言う
3. モノ言いがくどい
4. “俺がこうした”などの自慢話
5. 人がモノを言い切らぬうちに言い出す
6. 我がことを強いて押しつける
7. 他人の話を鼻であしらう
8. 過ちをつくろい飾る
9. 好んで唐言葉を使う
10. 酒酔いして理屈を言う
11. 憎き心をもちて人を叱る
12. 人をあなどる話
13. 減らず口
14. たやすく約束する
15. 筋なき長話
16. いささかなことを言い立てる
17. 言うても詮なきこと
18. おかしくもないのに笑う
19. 人のことを暴く話
20. もめ事やけんかの話

以上、口を開くごとに、人から嫌われたり、自分の評価を下げるような話は避けたいものである。

『「愛語(あいご)」という言葉は、良寛和尚(りょうかんおしょう)が好んで使っていたと言われています。
良寛和尚の「愛語の心」とは、こういうものだと聞きました。
「自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。
だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。
それならいくらでもあげることができるから」
良寛和尚は、自分の口から出てくる言葉を「あたたかい言葉」「やさしい言葉」「思いやりに満ちた言葉」にしたいと思っていたようです』(小林正観)

相手の気持ちをあたたかくする「愛語」を多く使い…
良寛和尚には及ぶべくもないが、少しでも近づけるような生き方を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 07:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

No 5012  サポーター  応援団!

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おいちゃん 今年も様々な サポーター活動を 続けます

鹿児島ユナイテッドFCの J2昇格で 盛り上がる 鹿児島サッカー界

毛利歯科グループも 法人でサポート契約

おいちゃん 個人的にも ゴールド会員に登録しました

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posted by Dr.モーリィー at 23:39| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5011   【親の粋な言葉】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【親の粋な言葉】

萩本欽一氏の心に響く言葉より…



僕の大好きな人に、藤村俊二さんがいます。
オヒョイさんのあだ名で知られた藤村俊二さん、もうこの世にはいませんが、僕の中ではずっと生き続けています。
何が素晴らしいかって、あの洒脱(しゃだつ)さ。
見かけも考え方も生き方も、すべてが洗練されていて、素晴らしい才能の持ち主。
なのに、全く出しゃばる気配がない。
言葉もまた、美しいんです。

「僕は芸能界の箸休めでありたい」。
いつもそう言っていました。
メイン料理は他の人に任せて、自分はメイン料理のあとに口の中をさっぱりさせる箸休めの存在でいたいと。
「好きな花はかすみ草」というのも、オヒョイさんの人柄をよく表しています。
かすみ草ってすごく美しいのに、他の花の邪魔をせず、うまく引き立てる役割ができますから。

僕はオヒョイさんと会うたび、そして話を聞くたび、自分が恥ずかしくなって反省していました。
下町で生まれ、浅草の劇場で修行を積んだ僕は、「ガサツ」なままテレビの世界にやってきて、「一番」を目指してがむしゃらに突っ走っていた。
オヒョイさんは、そんな僕の対極にいて、静かにキラキラ輝いている存在でした。

それにしても、一体どうしたらオヒョイさんのような洒落者ができあがるんだろう?
長年疑問に思っていましたが、あるエピソードを聞いて、その謎が解けました。
お金持ちのお坊ちゃんとして湘南で育ったオヒョイさんは、18歳のときに伊豆の伊東で芸者遊びを覚え、スッテンテンになって家に帰ってきたそうです。
そのとき家に誰もいなかったのをいいことに、オヒョイさんは道具屋さんを呼んで家にあった美術品、骨董品(こっとうひん)を売り払い、その代金を持って伊東へ逆戻り。
またもやお金を使い果たして戻ってくると、今度はご両親が揃っていました。

勘当を覚悟してオヒョイさんがご両親の前で正座をすると、まず母親がこう言った。
「ずっとおつむを下げてなさい。そうすりゃ意見が上を行く」
これ、すごく粋な言葉ですよね。
頭を下げて反省の態度を示していれば、小言は頭の上を通り過ぎていく、つまり無事に治まると。

で、親父さんはどんな意見をしたかと言えば、これがまた絶妙。
「俊二、お前は目が高い。お前は高いものばかり選んで売ったぞ」
ひと言こう言っただけで、これ以降、親父さんは一切小言を言わなかった。
かくしてオヒョイさんという人物ができあがった、と僕は思っています。

子どもがいけないことをしたとき親はどんな言葉をかけるか、これだけで子どもの人格形成、方向性が決まることがあります。
子どもを叱るときは、ただ正論を並べるのではなく、こうした粋な言葉をかけるほうが子どもの心に残り、結果的に軌道修正されていくのだと思います。

『ダメなときほど「言葉」を磨こう (集英社新書)』

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医師の鎌田實氏が「オヒョイさん」についてこんなことを書いている。
『「オヒョイ」が、藤村さんのニックネーム。
なぜそう呼ばれているのか、理由を聞いた。
「イヤなことから逃げるんです。ヒョイッと」笑いながら、そう言う。
まるで子供のような、あどけない顔だ。
「たとえば、お酒飲んでいてイヤなヤツが来たら、そのままヒョイッと他の店に行ってしまったりなんかして(笑)。うまいんです、逃げちゃうの」
いいな、と思った。
逃げることって、ムダな争いや、してもしかたない抗(あらが)いをしないですむ知恵なんだ。
「がんばらないというのはカッコいいことです。がんばっている姿を見せるのは、カッコ悪い。水面をスイスイと泳いでいる水鳥も、水中では一所懸命もがいている。しかし、私はもがく姿を見たくないし、見せたくないんです」
もちろん、ヒョイッと逃げるのが得意なオヒョイさんだって、いつも逃げているわけじゃない。
早稲田大学文学部演劇科ニ年のとき、理論や歴史を教えるだけの授業に物足りなさを感じて、大学を中退。
東宝芸能学校でダンスと歌を習い、日劇ダンシングチームに入った。
その後パリに渡り、安アパートの屋根裏部屋を借りてパントマイムの学校に通った。
イヤなことはしない代り、やりたいと思ったらすぐやるのが、オヒョイさん流。
見えないところでたくさんの努力をしている』(人は一瞬で変われる・集英社)より

どうしても叱らなければいけないとき、その叱り方が問題だ。
言葉の使い方一つで、粋にもなるし、相手を傷付けるナイフにもなる。
その場を、明るくほのぼのとさせたいのか、心を冷え込ませたいのか。

言葉を磨いて…
粋な親、粋な大人になりたい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

No 5010   【変革は、まず初めに一害を除き、一事を減らすことから始まる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【変革は、まず初めに一害を除き、一事を減らすことから始まる】

牛尾治朗氏の心に響く言葉より…



「一利を興すは一害を除くに如かず。
一事を生むは一事を減らすに如かず。」

いま日本には、政治を筆頭に行政でも経済でも教育でも、あらゆる分野で「変革」の言葉が踊っています。
時代が大きく転換しようとしているのです。
それを感じ取っているからこそ、「変革」の叫び声がさまざまなところで高くなるのは当然と言えます。

しかし、どうでしょう。
ちょっと大雑把な言い方になるかもしれませんが、いま行われようとしている変革がバナナの叩き売りのように感じられるのは、私だけでしょうか。
何でもかんでも思いつくままに手を出して、どれもがはかばかしい成果を見ない。
あるいは中途半端な結果に終わってしまう。
そいういうものが多すぎるように思います。

改革といっても、やり方は一様ではありません。
日本は民度が高く、あらゆる分野が整っています。
そこにはいいものがたくさんあります。
あらゆるものが未発達未整備な開発途上国を改革するのとは訳が違うのです。
ほとんどのものが整っているという状況の中でやっていくのが、日本の改革なのです。
とすれば、この状況の中でやる改革のやり方というものがあるはずです。

耶律楚材(やりつそざい)はチンギスハンに重用され、モンゴル民族の政権である元の中国大陸支配の基礎を築いた重臣です。
それまで中国大陸支配に君臨していたのは漢民族です。
漢民族は当時の世界でトップクラスの文化文明を備えていました。
文化文明の点ではモンゴル民族よりはるかに上でした。

そこに入っていってモンゴル民族の権力基盤を揺るぎないものにするには、それに対応したやり方をしなければなりません。
耶律楚材はそのやり方を明快な言葉に残しています。

「一利を興すは一害を除くに如かず。
一事を生むは一事を減らすに如かず」

無闇に新しいものを始めるのではなく、まず害になるものを除くことを優先させたのです。
民度が高く、ほとんどのものが揃い、整備されている日本では、何か新しいことを始めようとすると、それと重なるものが必ず妨げる力となって働きます。
だから、まず初めに妨げる力となるものを取り除いてします。
そののちに新しいことを始める。
民間主導型の活性化を目指す構造改革は、硬直した制度を取り除く規制撤廃の具体化がその骨子です。
その後、新しいルールを作ることも大事です。

改革とは派手なパフォーマンスを打ち上げて、耳目を集めることだけではありません。
肝心なのは実を上げることなのです。
実を上げない改革など意味がありません。
そのためにも、一害を除いて一利を興す、一事を減らして一事を始める、そういう着実な歩みが、いまの改革にはもっと求められるものなのではないでしょうか。

『わが人生に刻む30の言葉』致知出版社

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赤字に陥った会社の再建の定石、王道は、新事業を立ち上げたり、売上を増やすことではない。
それは、無駄なことを止めること、垂れ流しになっている不要な経費を削減することだ。
売上げを上げればなんとかなる、と誰もが思う。
しかし、今までだって必死にやってきていたのだから、急に売り上げが上がるわけがない。
追い込まれて、売上をあげようと、はなばなしく一か八かの大量の広告を打ち、勝負したとしてもたいていはうまくいかないからだ。

じみではあるが、経費の削減は、必ず効果の上がる方法だ。
つまりそれが、一害を除くことであり、一事を減らすこと。

変革という大きな谷間を跳び越えるには、身についてしまった余分な荷物は捨てなければならない。
そして、身軽になって変化を跳び越える。

変革は、まず初めに一害を除き、一事を減らすことから始まる
posted by Dr.モーリィー at 07:26| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月18日

No 5009  【人生ってゲームだよ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生ってゲームだよ】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



オレは間違ったことを言うこともあるし、人間は完璧ではないから上手くいかないこともある。
だけど、仕事をしていると、ゆるされることがいっぱいあるんだよ。
オレが仕事もしないで、「女性が好きだ」と言っているとまずいんだよ(笑)。

人間って、億万長者でも世界一の大金持ちでも仕事をしているんだよな。
ということは、仕事って楽しいんだよ。

「仕事が嫌い」と言って仕事を敵に回す人って、一日、8時間から9時間、イヤなことをして生きていかなきゃならないんだよな。
つまり、起きているうちの半分くらいは、イヤな思いをしているんだよ。
そうすると、飲みに行ってても、イヤな気分になっちゃうんだよな。
それが、仕事を友達にすると、すごいかわいがっていた猫が死んで落ち込んでいても、仕事をしていたら、その悲しみが紛れるんだよ。
だから、仕事って、本当にありがたいものなんだよ。

「部長がああで、こうで…」とかいって、イヤなヤツなんていくらでも出てくる。
それをクリアするのが“ゲーム”なんだよ。
サッカーでもなんでもそうだけど、こちらがボールをゴールに入れようとすると、邪魔をする人がいるからおもしろいんだよ。

「好きなだけボールを入れていい」と言われたって、盛り上がらないよな(笑)。
それより、いろんな難問が出てきて、それをどうやってクリアしようか、ああしようこうしようって試行錯誤する、それがゲームなんだよ。

人生ってゲームだよ。
何かしら全員に問題があるんだよ。
あなたにだけあるんじゃない。
そこをクリアしたら上に行くように、みんなそうなってるの。

「一人さんにはイヤなことないでしょ」って、よく言われるけど、そんなワケないよ(笑)。
山ほどあるの。
だけど、全部それをクリアして、笑って生きているの。

なんでもそう。
だから、ツラい、苦しいは誰でも同じ。
その中で、どうやって笑って生きるかというだけの問題。
人より余分なことをすれば、余分に負担がかかるのは当たり前なんだよ。

社長業というのは普通の人より尊敬され、お給料も多いの。
だから、大変なのは当たり前なの。
「社長業は大変なんだ」って、当たり前のことを言っちゃダメなの。
みっともないから言わない。
笑って乗り越えればいいの。

神さまは、オレに問題をくれるの。
あなたにはあなたの問題をくれるの。
自分に起きた問題は特殊だと思いがちだけど、特殊な問題なんてないの。
あなたに起きた問題は大勢に起きている。
もし、あなたが1万人に1人の病気にかかったとするよな。
特別な病気だと思うだろ?
ところが、日本には1億2000万人いる。
ということは、1万2000人同じ病気の人がいるんだよ。
別に特殊なわけじゃない。
で、必ず、それを乗り越えた人がいるんだよ。

だから、神は乗り越えられない問題は出さない。
要するに抜け道のない問題はないんだよ。
だから、インターネットなんかでそういう病気が治った人のことを調べてみると、ヨガをやったら治ったとか、断食したら治ったとか、絶対に治療法がある。

『斎藤一人 大富豪が教える 大金持ちになる話し方』PHP研究所

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麻雀やパチンコが好きな人なら、それが何時間続こうと全然疲れないし、楽しくて仕方がない。
しかし、それが仕事となると、途端に変わってしまう。
仕事はゲームでないからだ。
しかし、仕事が好きな人は、仕事をゲームのように考えて行動している。

スティーヴ・チャンドラー氏の『自分を変える89の方法』(ディスカヴァー)の中にこんな話があった。 
『私は以前、フェニックスのある優秀な若手セールスパーソンのトレーニングをしたことがある。
彼はチーム平均の3倍の成績を収めていた。
彼に言わせると、同僚たちの仕事の仕方が信じられないそうだ。
彼らは断られると必要以上に落ち込み、簡単にあきらめ、契約を取り付けるのにいつも苦労している。
「私はそんなに深刻に考えていないんです」と、彼は笑顔で言った。
新しい顧客を開拓するセールスはチェスみたいなものです。
顧客が手ごわいほど、売るのが楽しくなる。
断られて自分が否定されたとも思わないし、落ち込む必要もない。

あなたのしなければならないことがなんであれ、それをゲームに変えてみよう。
仕事での大プロジェクトでも、家の大掃除でも、ゲームにしてしまえばエネルギーは高くなる』

「人生ってゲームだよ」
仕事や人生をゲームにできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5008   セミナー 三昧

最近 歯科関係を含めて異分野のセミナー参加が 続いております

16日は 歯科医師会関連
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17日は 午前中
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午後は
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学び多き時間に 感謝感謝です
posted by Dr.モーリィー at 07:00| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

No 5007  【キュレーションの力】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【キュレーションの力】

勝見明氏の心に響く言葉より…



キュレーションは美術館や博物館で企画や展示を担当する専門職のキュレーターに由来します。
例えば美術館のキュレーターは、既存の作品、資料の意味や価値を問い直し、コンテンツを選択して絞り込み、それらを結びつけて新しい意味や価値を生み出す。
そんなキュレーターの仕事と同じ発想が、あらゆるビジネスにおいて求められているのです。
フリーの「無料」、シェアの「共有」にならって、キュレーションをひと言で表現するなら「編集」ないしは「新しい編集」とでもなるでしょう。

例えば、アップルのタブレット・コンピュータ「iPad」は、アメリカでは「キュレーテッド・コンピューティング」と呼ばれます。
多機能化や高機能化を積み重ねてきたパソコンと異なり、つくり手によってコンテンツや機能が選択され絞り込まれ、編集されたことで、逆に使いやすさという新しい体験の価値が提供されるコンピュータといった意味合いです。
ネット上でも氾濫(はんらん)する情報の中から一定のコンセプトにより選択し、編集して新しい価値を持った情報を発信する「情報のキュレーション」が盛んに行われています。

キュレーションの成功例は街の中にもあります。
百貨店は、「百貨」の名の通り、多彩な商品がそろっている業態で、主に高級品を扱います。
その百貨店は業績が低迷し、業界の売り上げは今世紀に入り、この10年で約10兆円から約7兆円(2018年は約6兆円)にまで縮小しました。
一方、替わって人気上昇中なのが、ユナイテッドアローズ、ビームス、シップス、ベイクルーズといった、センスのよい洗練された商品を選び、絞り込んで提供するセレクトショップです。
人気セレクトショップがテナントとして入る駅ビルのルミネは、この10年あまりで売上高が百貨店とは逆に約70パーセントも増えています。

セレクトショップもキュレーションの典型で、欧米ではオーナーやスタッフは、キュレーターに例えられたりもします。
この場合、キュレーションは「目利(めき)き」といった意味にもなるでしょう。

やはりテレビ番組で、テレビ朝日系列の『アメトーク!』というトーク番組があります。
お笑芸人の雨が上がり決死隊がMCを務め、毎回、7〜8人のお笑芸人ゲストが出演します。
短命のお笑番組が多い中で、2003年4月にレギュラー化されてから、午後11時15分〜午前0時15分という深夜枠ながら、平均10パーセント前後の視聴率を保ち、ときには15パーセント前後の高視聴率をたたきだす人気番組です。
漫才ブームが始まり、この10年間の間に覚えきれないほど多くの芸人が登場しました。
それは芸人過剰時代を思わせるほどです。
『アメトーク!』の持ち味は、その中から人気の高さや知名度といった既存の尺度ではなく、有名無名を問わず、毎回、ある共通性を持った芸人たちを集める“くくりトーク”のくくり方にあります。
家電好きの「家電芸人」、住居が近い「五反田芸人」、通う店が同じだった「餃子の王将芸人」など、いわゆる楽屋ネタをテーマに設定することで、芸人の日常の中にお笑の価値を発掘するのです。
これも、一種の芸人のキュレーションです。
中でも特徴的なのは、「滑舌(かつぜつ)悪い芸人」「中学のときイケてないグループに属していた芸人」「人見知り芸人」…等々、“負の笑い”を誘うくくりがしばしば行われ、どちらかというと地味な芸人が集められるのに、逆に新鮮さが生まれ、面白さと親しみを感じてしまうところです。
芸能界においては、その他大勢的な売れていない芸人も、くくりトークでくくられるとにわかに光を放ち、価値を持つ。
いわば“石ころ”も“ダイヤ”に変わる。
それがキュレーションです。
過剰でとらえきれない状態から、選択し絞り込み、結びつけ、編集し、新しい価値を生み出す。
どうやら世の中はその方向に向かっているようです。

過剰な世界から絞り込みの世界へ。
より多くからよりシンプルへ。
多機能高機能から絞り込まれた“腎機能”“好機能”へ。
マルチからスマートへ。

21世紀には大きな流れが生まれようとしています。
受け手の視点で目利きし、再編集して「より善い価値」「より適した価値」を実現していくキュレーションの時代に入ろうとしているのです。
アップルのスティーブ・ジョブズがキーになる機能をキュレートしてiPadをつくり出したように、自分が取り組む仕事やビジネスにおいて何をどうキュレートすればいいかという、キュレーターとしての意識です。

世の中にあらゆる価値があふれ、先が見えにくいときは、受け手の視点で目利きし、「何をどう編集するか」というキュレーションの考え方を取り入れると、仕事の方向性がとてもすっきり整理されます。

『石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力』潮出版社

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キュレーター、長谷川祐子氏の「キュレーション 知と感性を揺さぶる力」(集英社新書)より
『「キュレーション」という言葉を用いた書物が、アートの文脈とは無関係に出版されるほど、いまキュレーション、キュレーターという言葉が市民権を得つつある。
選択する、解釈する、構成するという意味ではエディターの仕事に近く、展覧会を企画し、美術館をつくったり、アーティストの新作制作に関わったりする点ではプロデューサーに近いともいえる。
一方で文献、フィールドの双方に関わるリサーチャーであり、ときにアカデミックなテキストから批評テキスト、そして展覧会の広報印刷物のキャッチコピーまで考える書き手でもある。
そして展覧会企画の予算から執行の流れをマネジメントする管理者でもある。
キュレーターの仕事は、視覚芸術を解釈し、これに添って、芸術を再度プレゼンテーションすること、これが基本といえる。
世に知られていない生まれたばかりの作品を展示することは、美術史的に評価の定着した作品を展示することとは、かなり異なっている。
前者は、キュレーターの解釈力や表現力が問われるのだ。
それまでなかった価値観や知覚意識、嗜好(しこう)の生産に関わることは、社会や経済とも関わることになる。
いい作品はどう判断するのかと、よく聞かれることがある。
長いこと記憶に残っている作品と答えることが多いが、では若い作家の作品を最初に見たとき、その場でどう判断するのか。
それは、その作品が視覚の中に「到来する」「侵入してくる」という以外に表現のしようがない。
それは、視覚的インパクトという表現ではすまない何かなのである。
こちらの視覚的記憶の蓄積とそのたびごとに積み重ねてきた解釈や判断の集積により、経験あるキュレーターの眼はたえず既視感にさらされている。
その既視感ブロックを破って侵入してくる作品は、そこだけモノクロから総天然色になったときのような新鮮さがある。
アートのキュレーターとして何が重要かといえば、この視覚的記憶がすぐれていることであり、この視覚要素を他のあらゆる事象やロジックと結びつける力、そして視覚的・感覚的シミュレーション能力だろう。』

キュレーターという仕事は、美術館や博物館の専門家だけでなく、今では多くの職業に存在する。
たとえば、店主がセレクトした厳選した本だけを陳列する本屋さんや、オーナーやカリスマ店員の選んだ洋服や、雑貨などのショップ。
あるいは、本を自らの好みで選びそれをSNS等で紹介するブックキュレーター。

キュレーションはあらゆるところで行われ、エバンジェリスト的なキュレーターがいる。
エバンジェリストとは、伝道師のことだが、IT業界で主に使われ、最新のテクノロジーを一般の人にわかりやすく伝えたり、解説したり、啓蒙したりする役割の人だ。
現代はあふれかえる情報の洪水のまっただ中にあり、その中から自分にとって有益な情報を選び取るのが難しい時代だ。

キュレーションの力は今後ますます必要とされる
posted by Dr.モーリィー at 08:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月16日

No 5006   【目の前にある幸せに感謝する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【目の前にある幸せに感謝する】

小林正観さんの心に響く言葉より…



九州でのある講演会で、定刻になっても半分しか人が集まらず、主催者の方が、「どうして九州の人間はこんなに時間にルーズなんでしょうね」と嘆いたことがありました。
それを聞いた私は、笑ってこのように話しました。
「定刻なのに半分も来ない、のではなくて、定刻にもかかわらず半分も来てくださっている。ありがたいですよね」

つまり、来てくれたほうに目を向けたら、「ありがとう」です。
来ていないほうの半分に、「まだ来ないじゃないか」と不平不満を言うよりも、来ている人に感謝するほうがいいということです。
同じ現象でも、感謝ができる人とできない人がいます。

私の話を聞いて、その主催者の方は、「自分は正観さんのお話を何十回も聞いているのに、まだイライラしてしまう人間でした」とおっしゃっいました。
それから、その人はまったくイライラしなくなったということです。
面白いことに、定刻に集まらなくてもイライラしなくなったら、その次の会からは、定刻には三分の二の人が来るようなりました。
イライラしているときにはなかなか集まらなかったのに、イライラしなくなったら、集まりもよくなり、人数も増えているそうです。
地球と宇宙を味方につけるためには、「自分の思いどおりの現象が100点満点になっていないじゃないか」と文句を言うのではなく、80点の現象があるのなら、その80点に、手を合わせて感謝すること。

『神さまに好かれる話: 悩みを解消する法則 (単行本)』三笠書房

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小林正観さんは本書の中でこう語る。
『ある歌手が、コンサートの直前に客席を見て、空席があることに腹を立てて帰ったことがあったそうです。
当然、コンサートは中止。
3000人ほどの規模の会場で2500人ほど入っていたそうですから、充分にお客さんは集まっていたと思います。
ただ、空席があったからそれが気に入らないというので、来てくれた人に対して自分の腹立たしさをぶつけるのは、実は本人が考えている以上に損です。
そういうことをしていると、そのうち誰からも信用されなくなります。
興行主から見ると、もうそんな危険のある人には次から頼まないようにしようと思うに違いありません。
目の前に起きている現象に対して感謝ができ、喜びを見い出すことができ、そこに幸せを感じられるようになると、自分自身がラクで楽しい、ということです。
なおかつ、地球と宇宙が味方になってくれます。』

人は、偉くなったと錯覚したり、その状態に慣れてしまうと、傲慢になる。
はじめは、ほんの数人のお客様が来てくれただけで、嬉しくて涙が出そうになった、という初心の素直な気持ちを忘れてしまう。

不満が爆発したり、不機嫌になる人は、今ある幸せに目を向けられない人。
今、生かされていることの「ありがたさ」を忘れてしまっている。

「ありがとう」の反対は「あたりまえ」だという。
「ありがとう」は漢字で書くと「有難う」。
「有(あ)ること難(かた)し」とは、有ることがまれである、めったにない事にめぐりあうようなこと、つまり「奇跡」のようなこと。
奇跡の反対は、「あたりまえ」。

我々は、毎日起こる出来事を当たり前だと思って過ごしている。
「歩けるのが、あたりまえ」
「目が見え、耳が聞こえるのが、あたりまえ」
「毎朝目覚めるのが、あたりまえ」

しかし、地震にあったら、病気になったら、事故にあったら、そんなあたりまえの毎日はあとかたもなく吹き飛んでしまう。
今、目の前にある幸せに手を合わせて感謝できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

No 5005   【コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」】

筑波大助教、落合陽一氏の心に響く言葉より…



いつの時代でも言われることですが、現在の小中学生が社会に出る頃には、現在とはまったく違う世の中が訪れているはずです。
しかしながら、入試制度や選挙制度、雇用の仕組み、我々の死生観や幸福感、結婚の仕組みなど、まだ変わっていないものもあります。
そしてそれらは聖域などではなく、今後最も劇的に代わっていくのではないかと考えられます。

ところが、彼らに将来の指針を与える立場にある親の世代が、いまコンピュータやインターネットのもたらす技術的変化や文化的変化によって具体的に何が起こるのか、それがどういう意味を持つのかを理解していません。
そのため多くの親が、子供に見当違いの教育を与えているような気がします。
たとえば、英語教育に熱心な親は大勢いるでしょう。
「グローバルな社会で生きていくには、英語ぐらいできないと」と考えて、子供が小さいうちからバイリンガルになるための教育を行っています。
それを求めるのは保護者ばかりではありません。
学校での英語教育を求める声は財界などにも多いですし、文部科学省も小学校への英語教育の導入を進めています。
でも、それが本当に将来のキャリアに役立つでしょうか。
たしかにグローバル化によって外国人とコミュニケーションする場合は増えましたが、コンピュータの翻訳技術もどんどん向上しています。
最近は、ちょっとした仕事上のメールのやり取りなら「グーグル翻訳」でこと足りるようになりました。
音声の翻訳も含めて、その精度は短期間のうちに上がるでしょう。

そういう世界で大事なのは英語力ではありません。
たとえばコンピュータが翻訳しやすい論理的な言語能力、考えを明確に伝える能力が高いことのほうが、はるかに重要です。
英語はプログラミング言語の一種だと思って、練習して使いこなせるくらいがちょうどいい距離感のように僕は感じています。

また、子供にコンピュータ・プログラミングを学ばせる親も増えました。
たぶん、「これからはIT業界に入れば成功できる」という前提で考えているのでしょう。
はっきり言って、子供のときから単にプログラミングが書けること自体にはあまり価値はありません。
IT関係の仕事で価値があるのはシステムを作れることです。
プログラミングは、自分が論理的に考えたシステムを表現するための手段にすぎません。
ですから、「プログラミングができる」というのは、いわば「算数ができる」ぐらいの話。

大事なのは、算数を使って何をするかということ。
それよりも重要なのは、やはり自分の考えをロジカルに説明して、ロジカルにシステムを作る能力です。

「次の世界」に向けて、どんなことを学ぶべきかを考えるのは本当に難しいことです。
ただ基本的には、「コンピュータには不得意で人間がやるべきことは何なのか」を模索することが大事だと言えます。
それはおそらく、「新奇性」や「オリジナリティ」を持つ仕事であるに違いありません。
少なくとも、処理能力のスピードや正確さで勝負する分野では「ホワイトカラー」が担っているような仕事は、ほとんどコンピュータに持って行かれるのです。

コンピュータに負けないために持つべきなのは、根性やガッツではありません。
コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」です。
コンピュータには「これがやりたい」という動機がありません。
目的を与えれば人間には太刀打ちできないスピードと精度でそれを処理しますが、それは「やりたくてやっている」わけではないでしょう。
いまのところ、人間社会をどうしたいか、何を実現したいかといったようなモチベーションは、常に人間の側にある。
だから、それさえしっかり持ち実装する手法があれば、いまはコンピュータを「使う」側にいられるのです。

逆に言えば、何かに対する強いモチベーションのない人間は、コンピュータに「使われる」側にしか立てません。
スマホという小さな道具の中で、アプリを使いこなして便利に生きているつもりでも、それは誰かが作った「魔法」の世界を見ているにすぎないのです。

『これからの世界をつくる仲間たちへ』小学館


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落合氏は、「ホワイトカラー」や「中間層」が今後なくなっていく現象についてこう語っている。
『米国で2009年に始まった「Uber(ウーバー)』というタクシー配車サービスも、ヒューマン・コンピュテーションであり、ある意味で人間(ドライバー)が人工知能のインターフェイスとして機能していると言えるでしょう。
米国ではタクシー会社に所属していない個人が誰でも簡単な登録をするだけでUberのドライバーになることができます。
料金はアプリで清算できるので、ドライバーが個人でもボッタクリに遭うことはありません。
通常のタクシー会社は、顧客からのリクエスト緒を受けた配車係がオペレーションをします。
しかし、Uberはそれをコンピュータがやるので、人件費がかかりません。
したがって、乗車料金も安くすることができます。
当然、ドライバーの取り分もふつうより多くできるでしょう。
実際、Uberのドライバーの平均時給は日本のタクシー運転手の3倍程度になっています。

これまでブルーカラーの労働者は、その仕事をマネジメントするホワイトカラーの搾取を受けてきたと言うことができます。
実質的な価値を生み出しているのは現場のブルーカラーなのに、どういうわけかマネジメントをしている側のほうが高い価値を持っているように見えていました。
話はちょっと飛びますが、たとえば共産主義が失敗したのは、そのようなコンピュータがなかったからかもしれません。
もし、「維持コストのかからない管理職」がいれば、労働者に富を平等に分配できるはずです。
しかし実際には、マネジメントできるほどのコンピュータが存在せず、「管理職」としての共産党や役人を食べさせなければいけなかった。
そこが富を搾取するから、労働者は豊かになれなかったわけです。
コンピュータの発達によってUberのような方式が広まれば、いままでマネジメントという中間的な位置で食べていた人たちの仕事は必要ありません。』

「おそらく私たちの社会は、中産階級を維持する方法を見つけなければならないという重荷を背負うことをやめてしまったのだ」(スコット・ギャロウェイ・GAFA四騎士が創り変えた世界)
インターネットとデジタル革命の大きな特徴の一つは、「中抜き」だ。
問屋や中間業者がなくなり、消費者が生産者や製造業と限りなく近づく。
会社においても同じで、中間のホワイトカラーがいらなくなる。

《コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」》
高いモチベーション力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 07:45| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5004  夜間当番

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半年に1回くらい廻って来る 夜間当番の日

電話を待ちながら 事務仕事・事務仕事

今回は相談の電話が 1通来ただけの 静かな当番日でした

こんな日もあるものだ

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posted by Dr.モーリィー at 07:37| クリニック情報 | 更新情報をチェックする