2019年01月06日

No 4946   【人に喜ばれることが人生のすべて】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人に喜ばれることが人生のすべて】

小林正観さんの心に響く言葉より…



「喜ばれること」=「人生のすべて」です。
ですから、達成目標や努力目標は必要ありません。
みんなからの「頼まれごと」をしていればいい。
そして、たくさんの人にこき使われながら、疲れ果てて死んでいく。
ただ、それだけです。

私たちが生きる目的は「人に喜ばれること」ですから、「自分に頼んできた人」は、感謝の対象になるでしょう。
しかも、目の前にいる友人が「何かを頼んできた」としたら、自分から「喜ばれること」を探しにいかなくてもいい。
そう考えると、「頼んでくれる人」はとてもありがたい存在です。

「頼む側」からすれば、「その人に任せたい」と思って頼んでいるのであって、それは「感謝」を与えていることであり、喜ばれることなのです。
そして、「頼まれごとをしてあげれば相手も喜ぶ」という、お互いに「喜ばれる存在」になれるのです。

モーツァルトの曲が残っている。
ショパンの曲が残っている。
ベートーベンやリスト、シューベルトの曲が残っている。
この人たちの曲はほとんど「宮廷音楽」です。
王国貴族からの「頼まれごと」で、作曲した曲が今も残っています。
ヴァン・ダイク、ルーベンス、ミケランジェロの絵画が残っている。
これらの絵画もみな「頼まれごと」で描かれたものでした。
そして、ルノワールも。
後世に残るような仕事は、「頼まれごと」ばかり。
自分の意思で「何かを成し遂げよう」とした作品(自分の思いが強い作品)の中で、歴史的に意味のあるポジションを占めている作品はありません。

2007年に「人間国宝」に認定された陶芸家の中島宏さんは、作陶の最中、たびたび「バッハ」を聴いているそうです。
「バッハ」がつくった音楽は宗教音楽であり、したがって作曲家の個性が表に出ていません。

中島さんは、「個性を没して、個性を超えたときに作品が完成する」「自然に近いものをつくる」との考えを持つ陶芸家です。
それゆえ「自我」が抑えられたバッハを好んでいるのです。

『もうひとつの幸せ論』ダイヤモンド社

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「人に喜ばれることが人生のすべて」だと考えたとき、自分の立てた目標や夢がそれに適(かな)っているかどうかを検証する必要がある。
はたして、その目標や夢を達成したとき、人が喜んでくれるのか、と。
多くの場合、目標や夢は、自分の欲望や願望を満たすための自己満足であることが多い。
いわく、「年収〇〇円達成」「いい車を手に入れる」「豪華な邸宅」「売上げ〇〇億円!」等々。

そして、「人に喜ばれないこと」ばかりする人は、この世に生まれてきた意味がないことになる。
「人を傷つけるようなことをいう人」「自分勝手な人」「人の邪魔ばかりする人」「不機嫌をまきちらす人」…。

たとえ、面倒なことを頼まれたとしても、それが法律や社会規範に反しなければ、人に喜ばれることを、自分のできる精一杯の力を使い、淡々と引き受けていく。
それは、何も大きなことばかりではない。
ほんの小さな頼まれごとも同じ。
だからこそ、渡辺和子氏のいう、その「小さなことに大きな愛をこめる」必要がある。

また、「人に喜ばれる(人助け)」ために必要な大切な条件がある。
それを斎藤一人さんはこう語る。『カンタン成功法則』より

「人助け」をする人には、三つの条件があるのです。
この条件がクリアできていないと、人を助けることはできません。
ひとつめ。「自分を大切にする人」。自分のことを愛して、自分を大切にしている人。体にいいものを食べたり、適度な運動をしたりして、自分の心と体を大切にしている人です。
ふたつめ。「自分の家を、安心して空けられる人」(もしくは「自分の会社を安心して空けられる人」)。家に病人がいる人は、まずその病人を助けなくてはなりません。それから、会社を経営している人は、スタッフが、「まかせておいてください!〇〇さんがいなくても、僕たちがしっかり留守を守りますから!」と言ってくれるような信頼関係を作っておくことが大切です。
みっつめ。「安心して食べていけるお金があること」。自分がいま、経済的に困っているのなら、まずは「自分助け」をしなくてはなりません。自分が稼げるようなしくみを、しっかり作るのです。自分が食べていけないのに、他の人のことで大部分の時間を使うのは、神さまの「まだ早いですよ」というメッセージです。この三つが、神があなたに望む条件です。

人に喜ばれることが人生のすべて、という言葉を深くかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 22:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4945   【お任せして生きる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【お任せして生きる】

元ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子氏の心に響く言葉より…


年寄の子は、えてして心配性と言われますが、私が女学生の頃、すでに六十歳を超えていた母が、雨の降りそうにない日にも、よく傘を持たせてくれたものです。
乗り物に乗る時には十分な時間的余裕を持って出かけ、降りる時には一つ手前の駅から準備しはじめるように。
横断歩道を渡る時、青だったら一度赤に変わるのを待って、次の青で渡りなさい。
そうすれば途中で赤になることはないから。
一事が万事、このようでした。

このように育てられたためかどうか、自分でも心配性だと思うことがあります。
信仰が薄いのでしょう。
聖書の中に「思い煩うな」と書いてあることも知っています。
野の百合(ゆり)、空の鳥を養い給い、私たちの髪の毛一本にまで心を注いでくださる父なる神がましますこともわかっています。

しかしながら、昔から私には、うんと心配したり、最悪の事態を想定すると、その心配が来なかったり軽くて済む、という迷信めいた思いがあります。
それは多分、たくさん心配しておけば、実際に来た時にも「思った通り」とあきらめられるし、来なかったら、または思ったほどでもなかったら「もうけもの」をしたような気になるからかもしれません。

信仰が薄いと叱られそうですけれども、キリスト様にしてみれば、そのような心配性の人間が、迷いに迷ったあげくの果てに「おまかせします」と申し上げた時のほうが、全然心配しようともしない人が事も無げに「お願いします」と言った時よりも、「よし引き受けた。心配するな」とおっしゃり甲斐(がい)があるのではなかろうかなどと、勝手に自分を慰めています。
キリストは、とても人間的な心をもっていてくださいます。
頼られてうれしいのは人の常です。
問題は、どのあたりで心配をやめて、おまかせするかであり、またおまかせした結果については、「とやかく申しません」という一札(いっさつ)をきちんと入れる覚悟を持つということです。

「どうしてこんなヘマをなさったのだろう。私でも、もうちょっとスマートに片付けるのに」と神のなさることに思う時があります。
ところが後になってみると「すべては、その時に適(かな)って美しい」のです。

天が下のすべてのみわざには神の時があり、「人は神のなされるわざを、初めから終わりまで見極めることはできない」のです。
だからこそ、安心して心配していいのであり、思い煩いながら、今日もおまかせして生きていられるのだと思うのですが、これは矛盾した考え方なのでしょうか。

『どんな時でも人は笑顔になれる』PHP研究所


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小林正観さんのこんな話がある。(豊かな心で豊かな暮らし)より
『たまたま一ヶ月ほどの間に、何人かの人から同じ質問を受けました。
「私に向いている職業は、どんなものでしょうか。正観さん、教えてください」というものでした。
もちろん、その数人は現在無職であるということでした。
私の答えはすべての人に対して同じでした。
「自分で好きな仕事、嫌いな仕事とより分けているうちは、宇宙さんも神も仏も味方をしないような気がします」と言いました。
自分にまわってきたことをやる、やる羽目になったことをやる、たまたまなにかの縁で声をかけられたり、頼まれたりしたらそれをやる。
そういうふうに考えていったら、職業はなんでもいいのです。
向き不向きというのがあるとは思えません。
向き不向きと言うのは、もしかすると自分の奢り、高ぶりなのかもしれません。
どんな仕事でも、誠実に真面目にやる。
真摯(しんし)に取り組む。
それに尽きるのではないでしょうか。
楽しい仕事というのがあるわけではないのです。
そんな仕事にいきなり恵まれてる人は、世の中にいないと思います。
好きだ、嫌いだと言うのではなくて、やる羽目になったことを、ただ淡々とやること。
それを真面目に誠実にやり続けること。
これに尽きると思います』

まさに、これが「お任せして生きる」という生き方。
「ここから先は神の領域」と思ったとき、ああだこうだとグダグダ言うことはなくなる。
そう思ったとき、宇宙も、神も仏も応援してくれる。

たまたままわってきたもの、それは、仕事に限らず、面倒なことでも、あるいは好きなことでも嫌なことでも、病気であっても、引き受けなければならない時は、引き受けるしかない。
そして、引き受けたらそこで誠実に真面目に努力する。
しかし、結果は神のみが知るであり、「そこから先は神の領域」。

「お任せして生きる」という生き方を選びたい
posted by Dr.モーリィー at 08:55| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする