2019年01月12日

No 4954   【よし、応援するからがんばれ!】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【よし、応援するからがんばれ!】

福岡市長、高島宗一郎氏の心に響く言葉より…


市長になってから、さまざまな改革を行いました。
役所には、少子高齢化にともなって社会保障の経費や公共施設の改修費用が毎年大幅に伸びる一方で、子育て支援などの新たな財源も必要になっているという課題がありました。
そこで、素人の私ではチェックできない分野までしっかりと専門的な目で精査するために、外部の有識者を入れた会議を9回にわたって開催して、「行財政改革プラン」を策定したのです。
これによって450億円の財源不足に対して490億円の財源を確保し、それまでの4倍のペースで保育所を整備し、子ども医療費助成の拡大などを行いました。

もちろん職員数を減らしたり、未利用地を売却したりするなど役所内部でできることは率先しておこないましたが、それだけでは賄(まかな)えません。
使用料を適正な額に上げたり、目的が薄らいだ公共施設を廃止したり、補助金の削減もしました。
こうした見直しを行えば、かならず誰かの痛みがともないます。
恨みも買います。

また「随意契約」という、行政が任意で事業者を選んで契約する手法は、「官製談合」の防止や特定の業者が契約を独占しないためにできるだけ避けるべきとされています。
私はこの「随意契約」の総点検にも着手しました。
このようなさまざまな行財政改革を30代の新人素人市長がどんどんするのですから、おもしろく思わない方も多かったのかもしれません。
ちなみに、ちょうど偶然にも同時期に不審な車が家の前で見張っていたり、役所への行き帰りに車で尾行されたりすることも続いたため、行き帰りをパトカーが先導してくれた時期もありました。
秘書に対して「殺す」という脅しの電話もありました。
こういったこともあり、今では朝、家を出てから帰宅するまでのあいだ、県警のSPが付いてくれています。

さて、日本社会にもっとも足りないダイバーシティは「意思決定走に『若者』がほとんどいない」ことだと思っています。
これは企業でも政治の世界でも同じです。
若い人たちに理想の社会のイメージがあるなら、誰かが行動してくれるのを座して待つのではなく、若い自分たちこそが立ち上がって世の中を変えればいい。

就任したときの年齢は、私は36歳、エストニアのユリ・ラタス首相は38歳。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は39歳、カナダのジャスティン・トルドー首相は43歳です。
とくに日本の地方自治体の場合、議院内閣制の国政とは違い、予算権や人事権を持つ市長や知事は直接、住民の選挙で選ばれます。
影響力を持つために議員として期数を重ねる必要もありませんし、覚悟を持てば誰でも私のようにすぐに挑戦する権利があるのです。

この本を通して、私の経験をみなさんとシェアすることで、全国の若者はもちろんのこと、行政とは関係のない他業種からも、市長や知事に挑戦しようという人が増えることを心から期待しています。
若い首長がスピーディーに各地方を変えていくことこそ、日本を最速で変えていくもっとも合理的な方法だと思うのです。

『福岡市を経営する』ダイヤモンド社

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本書の中にこんなエピソードが書いてあった。
『麻生太郎先生とはじめてお会いしたのもこの頃です。
2010年9月17日、面会の場所は友だちの会社の一角を借りました。
想像通り強烈な方でした。
最初のやりとりは生涯忘れることができません。
どかっとソファに座って、あの独特のだみ声、べらんめえ調で唐突にこう聞かれました。
「市長になることが目的ではなくて、それを手段として何をやりてぇかってところが大事なんであって…それでおめぇは、市長になって何がやりてぇんだ?」
私は「福岡をアジアのリーダー都市にしたいんです」と私が目指す福岡市のビジョンを訴えました。
すると麻生先生は、
「ほお、おもしれえ。俺はこれまで政治家のハッタリやホラをたくさん聞いてきたが、おめえみてぇな大きなホラを聞いたのははじめてだ」
そう言って、それまでの厳しい表情から一転して、満面の笑みを見せてくれました。
「よし、応援するからがんばれ!」と言って、その後は若い20代や30代の応援スタッフとも気さくに写真撮影をしてくださり、選挙活動が始まると実際に37ヵ所もの街頭で一緒に演説をしてくださいました。』

また、旧来型の市長についてこう語る。
『たとえば地域の会合にばかり顔を出して、シティセールスに動かない。
決断をしない。
リスクを取らない。
スピードが遅い。
テクノロジーの変化に鈍感。
安全や慣例などを大義にして既得権を守って、イノベーションと変化を阻む。』

どんな組織にしろ、個人にしろ、変化に対応しなければ、時代から取り残され、昔をなつかしむだけのやっかいな組織や人となってしまう。
いつの時代も、若者たちが変化の流れをつくり、新しい時代を築いてきた。
そして、その変化がうまくいった時代(例えば明治維新のときも)は、老人や年配者や先が見える有力者は、変革する若者たちを応援した。

「よし、応援するからがんばれ!」
行政に限らず、様々な組織や会社において…
変化を恐れず、若者を応援できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 18:42| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

No 4953   【かき混ぜられたコップの中の泥水】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【かき混ぜられたコップの中の泥水】

佛母寺住職、コーネル大学宗教学博士、松原正樹氏の心に響く言葉より…



心配、不安、焦り、悲しみ、嫉妬、怒り、湧き上がってきた感情に振り回されたり飲み込まれそうなときは、これからお伝えするコップの話を思い出してください。
透明なコップに水と土を入れ、箸(はし)でグルグルとかき混ぜた様子をイメージしてみましょう。
かき混ぜた途端にコップの中の透明度は失われ、コップを目の高さまで持ち上げ、どの角度から覗(のぞ)き込んでみても、中に何が入っていたか判別が難しくなります。

ここで一度、平らな場所にコップを静かに置いてみましょう。
かき混ぜられて渦(うず)を巻いていた泥水は、少し待っている間に少しずつ波が静まっていき、落ち着きを取り戻します。
そして、時間が経つとともに、重たいものは下へと沈んでいき、コップの中身がはっきりとわかるようになります。

このかき混ぜられた泥水こそが、私たちの心の状態です。
私たちの日常はいつなんどきも感情とともにあり、手放すにしろ執着するにしろ、湧き上がってくる感情に対処することを繰り返しています。
つまり、私たちの心は、かき混ぜられたコップの中の泥水のように混沌(こんとん)としているのです。

いつも泥水のままで視界がクリアになる瞬間がなければ、自分の本心がどこにあるのか、何を大切にしたいと考えているのか、湧き上がった感情の何に反応して心が乱されているのか、わからなくて当然です。
だから、いったんコップを置き、心を鎮めることが必要なのです。

実は、このコップを置くという動作こそが、座禅です。
座禅のやり方はいくつかありますが、基本となるのは、座禅という字の通り安定した土(大地)の上に座ることです。
まずは座って、コップを置くのと同じように、心を落ち着けます。
心の波が穏やかになってくると、コップの中身が水と土であったとわかったように、自分は今いちばん何が気がかりであるのかや、何を思っているのか、何を心配しているのか、といったことがわかってきます。

さらに、中身は何かと覗き込むと、泥の中には枯葉や小さな虫が混ざっていることにも気づきます。
日常では見落としていた、自分の本当の気持ちに出会うようなイメージです。

今は情報の流れるスピードも速く、すぐに答えを求めようとしてしまいがちですが、静かにコップを置いたら、答えが出るまでそのままのんびり待ちましょう。
答えになかなか出会えないときは、泥水の土の分量が多いのかもしれない。
そんなふうに考えて、コップの中身がクリアになるのを気長に待ちましょう。

『心配事がスッと消える禅の習慣』アスコム

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本書の中にこんな話があった。
『花のお寺と呼ばれる鎌倉のあるお寺の和尚さんのもとに、あるとき、悩みを抱えた男性がやってきました。
男性の胸の内を聞いた和尚さんは、「わしに答えはようわからんから、そのへんでゆっくりしていきなさい」と庭を指差しました。
その寺の庭園は、世界遺産に指定されている京都の苔寺や天龍寺の庭園を手がけた、夢想国師(むそうこくし)によって作られた立派なもの。
男性は和尚さんにいわれた通り、朝から夕方まで庭を眺めてすごしました。
日も暮れかけた頃、「和尚さん、答えがわかりました」といって、寺を後にしたそうです。
私にも似たような経験があり、寺を訪ねてきた40代後半の女性が、夫を亡くし、仕事も失い、生きているのが嫌になったというので、「とりあえず座りましょう」とうながして、しばらく一緒に庭を眺めていました。
小一時間すると、その女性はすっくと立ち上がり、「もう大丈夫です」と、清々(すがすが)しい笑顔で帰っていかれたのです』

『どんなことに対しても一喜一憂しない心をつくるとものすごく人生が楽になります。
何を言われてもにこにこしている状態を、強靭な魂と言いますが、私が発見した方法を使えば、15秒くらいでこれをつくれます。
必要なことはただひとつ、「ぼ―っ」とすること』
と、小林正観さんは言った。

ぼーっとしていれば、どんなに濁った水でも、コップの中は、時間がたてば水と泥に分かれて、澄んでくる。
庭や景色を、ただただぼーっと眺めるのも同様だ。

たいていのことは時が解決してくれる。
ときに、ぼーっとすることはとても大事だ
posted by Dr.モーリィー at 07:19| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月10日

No 4952  【一生懸命にプラスのものをほじくりだして言う】

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【一生懸命にプラスのものをほじくりだして言う】

無能唱元氏の心に響く言葉より…


夏の暑い日盛りに、私はタクシーに乗りました。
すると運転手が、「お客さん、暑いですなあ、やりきれませんなあ」と話しかけてきた。
皆さん、天気のことで人にあいさつするという意味は、「私はあなたと仲よくしたい」ということだそうです。

交流分析という精神分析法によると、これは裏面(りめん)交流という呼びかけだといってます。
「暑いですな、やりきれませんな」というあいさつに、同病相憐(どうびょうあいあわ)れむという心境で、イントネーションを相手よりもっとグレーに、マイナスにして、「ほんと、たまりませんよ」とこう答えれば、お互いに「よかった仲よくなった」とこうなるんです。
ところが、ここに落とし穴があるということを考えてください。
困ったことに、天気のあいさつのほとんどがマイナスの言葉なんです。
そこで、うっかり同調すると危ない。
「いや実に暑いねえ、やりきれませんなあ」。
そこで止まればいいんですが、「お客さんの商売は」「〇〇です」「どうです景気は」「だめですな」と、無意識のうちに、言葉がどんどんマイナスのものになっていきやすい。
マイナスの言葉を口にするのに努力はいらないが、プラスの言葉を見つけるには努力がいるんですね。

「お客さん、暑いですね、うっとうしいですね」と言われたら「暑いですね」とまず答えてもいいんです。
「しかし、きょうは何か空気が乾いてサラッとしてます。軽井沢にでも行ったような気分ですね」と私は答えたんです。
するとその時の運転手さんは、気まずそうに沈黙してしまった。
私のほうから同じネクラの返事がなかったからです。
この私のようなやり方は、多分まわりからあるていど反発をうけるかもしれません。

それは世の中が圧倒的に否定型、マイナスのことに満ちているからなんです。
しかし、マイナス好きな人が多いというのは、非常に有利ですよ。
なぜなら競争者がほとんどいない、ということなんですから。
あなたはこれで非常に成功しやすくなる。

じめじめした梅雨どき、「毎日、雨がかり降って、うっとうしいですね」と言われて、「まったく、洗濯物が乾かなくて」と、イントネーションも泣き調、これではいけない。
「でも、アジサイの色がきれいじゃありませんか」「農作物には恵みの雨ですね」なんて、もう一生懸命にプラスのものをほじくりだして言う。
ここが大切です。

我々は、普段自分の使っている言葉に支配されております。
しかし、言葉は自分で選択できるんです。
だから選び方しだいで、言葉を支配することができる。
このことは実に大事です。

心して、日常使用する言葉を選んでください。
日常自分が何気なく語っている言葉を見張っていて、たとえば「できない」という言葉が口からでそうになったとき、パッと口を押える必要がある。
そしてできそうもないと思いつつも、「できる」と自分にウソを言う必要がある。
ウソでもいいから「できます」と言う。
「これ以上無理」と言いそうになったら、「もっとやれる」と言う。

「疲れた」とよく言いますね。
「お疲れでしょう」「ええ、もうグッタリ」なんて答えたら、疲れがどっとでてきちゃう。
「いや大したことありません」、クタクタでもそう言わなければならないんです。

『【新装版】得する人 (アラヤ識シリーズ)』日本経営合理化協会

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愚痴や悪口、うわさ話などが好きな人と話をすると、つい自分も愚痴や悪口、うわさ話を言ってしまうことがある。
その人との関係を壊したくないと、つい合わせてしまうからだ。
特に、悪口やうわさ話は、神さまから試されている「引っかけ問題」のようなもの。

対処法としては、基本的にはそういうマイナスの人とは深く付き合わないこと。
しかし、たまたまどうしても会ってしまったり、仕事の関係上会わなければならない時などは、修行と思い、一生懸命にプラスのものをほじくりだして、明るい話題にもっていく努力をすること。

「マイナスの言葉を口にするのに努力はいらないが、プラスの言葉を見つけるには努力がいる」
だからこそ、世の中は圧倒的に否定型、マイナスのことに満ちている。

どんなときも、プラスのものをほじくりだして言葉にする人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 13:24| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4951   【いちばん大事なのは動くこと】

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【いちばん大事なのは動くこと】

精神科医、和田秀樹氏の心に響く言葉より…



不安なことがあったらそれを1つずつ塗りつぶして、1点でも2点でもいいから安心材料に変えていくことが大事です。
これは、できることはやっておくという意味です。
あれもこれもではなく、かぎられた時間の中で打つ手は打っておくという意味です。
不安材料をすべて安心材料に変えてしまうという意味ではありません。

なぜなら、いちばん大事なのは動くことだからです。
実行する、トライアルしてみるということです。

準備に時間をかけてしまうと、ほとんどのチャンスは逃げてしまいます。
ビジネスの場合でも、たとえばやってみたい仕事があってそのチャンスを与えられたときに、「まだ経験が足りない」とか「データが不十分だ」といった理由でためらってしまうと、ほかの人間に持っていかれます。
そういうときはむしろ、「このチャンスがいい経験になるんだ」と考えてしまえば経験不足なんかは不安材料に入らなくなります。
「データは集まる分だけで十分」と考えれば、そのまま踏み出すことができます。

もう1つ大事なのは、万全の準備というのはかえって邪魔になるということです。
経験が豊富、データが十分ならどんなチャンスでも最良の結果が出るかといえば、そんなことはありません。
かえって「これはできない」「こういうケースは危ない」「もっと相手の出方を見たほうがいい」といった消極的な判断をしてしまい、結果として何も得られないことがあります。

現実のビジネスでは、過去の経験やデータがまったく役に立たないどころか、なまじ知識として持っていることで判断を誤る可能性だってあります。
それよりはむしろ、とにかくぶつかってみて、その反応の中であれこれ試していく人間のほうが、思いがけない幸運をつかむ可能性が高いのです。
万全の準備をすればそれだけ重装備になりますが、そのために身軽な動きができなくなると、幸運はスルリと逃げていってしまいます。

そういった意味では、運が強い人には少し向こう見ずなところがあります。
「あの人のやっていることは、わたしから見れば危なっかしいのだけどなぜかうまくいく。きっと運が強いんだな」と思わせる人が多いのです。
「わたしだったらもっと準備してからじゃないと動けない。あの人は『とにかくやってみるよ』と動いてしまう」
それは見切り発車といえばそうなるのでしょうが、本人はできる範囲での最低限の準備はしているつもりです。
たとえば初めて海外の国を旅行するなら、帰ってくるまでの交通費や滞在費、ガイドブック1冊、それと飲みなれた胃腸薬、ぐらいのものです。

仕事でも、「やってみたい」という気持ちがあれば、まずラフなプランを立てて動き始めます。
むずかしい問題にぶつかったら詳しい人に聞けばいいし、自分にできないことがあったら誰かの手を借りればいいのです。
たしかに、備えはないよりあったほうがいいのです。
でも運ということで考えるなら、十分な備えをつくるためにジッと我慢し続ける人より、「とにかくあるものでやってみよう」と動きだす人のほうがはるかに幸運をつかむ可能性が高いはずです。
ジッと待っていても「いいこと」はキャッチできないのですから、これは当然のことになります。

『「いいこと」を引き寄せる法則 (WIDE SHINSHO)』新講社ワイド新書

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『草履片々(ぞうりかたがた)、木履片々(ぼくりかたがた)』という黒田官兵衛の言葉がある。
片足に草履、片足に木履(げた)を履(は)いた不完全な状態でも、人には走りださねばならない時があるという意味だ。

人はあわてていると、片足に草履、片足に木履を履いてしまうことがある。
ちゃんと履き替えた方が走りやすいに決まっている。
だが、そんな準備が不完全な状態であっても、人生には、走り出さなければならないときがある。
たった今、この時が、千載一遇のチャンスと、黒田官兵衛が秀吉に耳元で囁(ささや)いたと言われるのがこの言葉だ。

『やってみなはれ、やらなわからしまへんで』と言ったのはサントリーの創業者、鳥井信冶郎。
なにごともやってみなければわからない。

いちばん大事なのは動くこと
posted by Dr.モーリィー at 11:18| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月09日

No 4950   2019 求人案内!

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平成31年1月7日 スタッフ募集 更新しました。
 募集要項はこちらになります

毛利歯科クリニックHP http://www.mouri-dc.com/recruit_729hoiku.html

歯科医師・歯科衛生士・保育士・事務局員募集

2019年4月5日 毛利歯科クリニック開業25周年
(業務拡張等のため正社員を募集します)


職種:(1)歯科医師 (2)歯科衛生士 (3)保育士 (4)事務局員

資格:(1)〜(3) 各免許 (4)免許不要

時間:(1)(2)(4) 8:30〜19:00
   (3)8:00〜19:00

給与:当社規定による ※経験者優遇

休日:日曜、祝日 (週休2日)

その他:従業員の子供0〜2歳児 保育所入所可

応募:随時受付。下記担当者携帯までお問い合わせ下さい。


(医)慈尊幸徳会 毛利歯科クリニック 採用係
 携帯 090-8666-6255 TEL 099-256-1885 担当:毛利(事務長)
 〒890-0064 鹿児島市鴨池新町6-6-2F

posted by Dr.モーリィー at 08:30| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4949   【周りに人が大勢集まってくる人】

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【周りに人が大勢集まってくる人】

櫻井秀勳氏の心に響く言葉より…


何かをいおうとして、「う―ん、困ったな」「しょうがないなぁ」と、溜息(ためいき)から始まる人がいます。
なかには「だからあいつはダメなんだ」と、文句しかいわない人も。
そんなことでは、そばに行くと不運が伝染しそうで、誰もがその人に近づかないでしょう。

それは他人事ではなく、実は、私もときどき自分で自分に注意します。
特にマイナス的感情が強い日は、朝、鏡に向かう時間と、夜、風呂に入ったときに、「よかった。これでうまくいく」と、自分の顔に向かっていい聞かせています。
「引き寄せの法則」とは、マイナスにばかり考えていると、不運を引き寄せるという法則ですが、逆にプラスに考えれば、幸運が引き寄せられるわけです。

かつて浪越徳治郎(なみこしとくじろう)という指圧の名人がいました。
あのマリリン・モンローからマッサージを依頼されたほどの名人ですが、「指圧の心は母心。押せば命の泉湧く」という名セリフと、「ワッハッハ」という大笑いが印象的な人でした。
彼は、物事を否定的にとらえたり、悪く考えたりするから、肩が凝ったり、体内に悪いものが溜まるのだ、といっていましたが、とてもよくわかる話です。

ビートたけしのお兄さん、北野大さんは、科学者であり、明治大学の教授でもあります。
彼も浪越徳治郎と同じで、いつも笑顔です。
テレビでの話を聞いていても、後ろ向きなところがありません。
その場にいる人たちの心を、きゅっとつかんでいるように思えるのです。

物事をマイナスに見る人は、当然のことながら、周りの人たちをマイナス評価します。
だから人が集まってきません。
そういうタイプは陰気(いんき)です。
どこかで人をバカにしているだけに、次第に敵が多くなります。
ときには、味方と思っていた人が敵に回ることもあるでしょう。

これに対して、プラスに評価してくれる人は、たとえその人に叱られても、心の温かさが伝わってくるような気がします。
一緒にいれば居心地がよく、よても快適です。
なによりも笑顔で接してくれるので、こちらの気持ちも明るくなるのです。
もう一つ加えると、物事を肯定的に、プラス感覚でとらえられる人は、人物が大きく見えるものです。
周りに人が大勢あつまってくるのも当然といえます。

『人を味方につける男、敵にする男: 仕事がうまくいく人の「不思議な魅力」 (知的生きかた文庫)』

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「成功する人は敵の少ない人ではない。味方の多い人だ」(五日市剛)
また、小林正観さんはこう語る。
「人生は味方をつくっていく作業であり、味方をどんどん増やしていくと、その後の人生もずっと豊かで楽しいものになっていくようです」

まわりに人が大勢集まってくる人は、味方の多い人。
そういう人は、いつも、「機嫌がいい」、「明るい」、「前向き」、「積極的」、「笑いがある」、「笑顔が似合う」、「相手を明るくする言葉を使う」「愛語がある」。

それは、斎藤一人さんのいう「天国言葉」を使っている人でもある。
天国言葉とは、「ついてる」「うれしい」「楽しい」「感謝してます」「幸せだなー」「ありがとう」「ゆるします」という言葉。
特に、「ありがとう」は最強だ。

周りに人が大勢集まってくる人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 07:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

No 4948   【何かを成し遂げた人は、みな感激性が高い】

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【何かを成し遂げた人は、みな感激性が高い】

安岡正篤師の心に響く言葉より…



《早く老いることの原因は、肉体より精神にあります。
精神に感激性のなくなることにあります。
物に感じなくなる、身辺の雑事、日常の俗務以外に感じなくなる、向上の大事に感激性を持たなくなる、これが一番いけません。》(安岡正篤)

明治時代は我が国おいて最も若い感性にあふれた時期でした。
黒船の来航をきっかけに長く続いた幕藩体制が崩壊し、近代日本の黎明期(れいめいき)となったのが明治です。
この時代の指導者はすぐに感激して泣いたと安岡は指摘しています。

「明治の人達、といっても詔勅に関係ある人達ですから、当代一流の人物ばかりでありますが、みなよく泣いておる」
「兎(と)に角(かく)昔はよく泣いておる。天下国家を論じては泣き、書を読んでは泣いておる」(論語に学ぶ・安岡正篤)

この時代の指導者たちの感激性は天下や国家を論じ、何をなすべきかという「義(すべきこと)」に重きを置いたところにあります。
彼らの精神的な感激性が世俗的な欲求から解脱させていました。

しかし、時代がくだるにつれて義は廃れ、利害や打算を胸に私利私欲に走るという小粒な指導層が現われます。
すると「利(り・お金)」のために特権を使うようになり、これを法律で取り締まろうとする現代では誰も泣かなくなりました。
この感激性が薄れた時代とは「民族精神の悲しむべき衰退に外ならない」(同書)と安岡はいいます。

『安岡正篤 運命を思いどおりに変える言葉』(池田光)イースト・プレス

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行徳哲男師にこんな言葉がある。(感奮語録)より
『孔子は喜怒哀楽の激しい人だった。
「憤(いきどおり)を発して食を忘れ、楽しみて以(もっ)て憂(うれい)を忘れ」と《論語》にもあるとおり、弟子の顔回が殺されたときには辺りはばからず泣きわめいた。
そのときの様子は「慟哭(どうこく)」という言葉のいわれになっているほどである。
四大聖人の一人と崇(あが)められるほどの孔子ですらこれほど感情を露(あらわ)にした。
喜怒哀楽してこそ悟りなのではないか。
喜怒哀楽は人間の一番自然な姿である。
自然とは自然(じねん)であり、自ら燃ゆるである。
つまり、自らのエネルギーが起爆する状態が自然なのである。
喜怒哀楽を失うことは不自然な状態。
自然しない状態である。』

そして、こうも語る。
『感動なき民族は滅びる。
感激なき人間は二十一世紀に生き残ることはできない。』

感激性を失ったとき、人としての魅力は失われる。
およそ、つまらない、木偶(でく)のような、感性なき人間に何の魅力があろうか。

かつて、江戸城を無血開城に導き、命懸けで江戸を火の海から救ったのは、幕府としてたった一人で敵陣の官軍に乗り込んだ、山岡鉄舟だ。
鉄舟は西郷隆盛に対し、涙を流してその是非を説いたという。
涙ながらの説得に、最後は、西郷も目に涙を浮かべてその申し出を了(りょう)とした。
鉄舟も西郷もまた、涙の人であった。

「何かを成し遂げた人は、みな感激性が高い」
感激性の高い人間でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月07日

No 4947   【想像すらつかない「いい時代」が来る】

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【想像すらつかない「いい時代」が来る】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



コンピューターとか人工知能が発達したら、「自分たちの仕事がなくなるんじゃないか」とか、すごく時代が悪くなることを心配している人がいるんだけど、あなたの心配は当たらないよ。
なぜかって簡単に言うと、これまでも産業革命は何回も起きてるの。
それで、起こるたびに時代は圧倒的に良くなっているんだよ。

工場のオートメーション技術が生み出されたときも、「これからは仕事がなくなちゃうんじゃないか」って世間は大騒ぎしたんだけど、その結果、仕事が増えただけなんだよね。
では、これからどんな時代になるかというと、今度のAI時代っていうのは想像すらつかないの。
ただ、ものすごく良くなることは確か。

今の仕事がなくなっても、新しい仕事が増えるだけ。
もし増えなかったらどうなるかというと、みんなが遊んで暮らせる時代が来るんです。
本当に働きたい人だけが働いて、仕事が趣味の人だけが働いて、仕事がなくなったら昔の貴族みたいに歌を作ったり、恋をしたり、そういう時代が来るから、絶対に悪い方には行かないんだよ。

もし仕事がなくなる時代が来たら、そのときは遊んで暮らせる時代になるの。
なぜかっていうと、一定数しか働かなくても、生産高が上がっちゃうってことになるから。
そうなると、今は週休2日制だけど、週休5日制になって、週に2日だけ働けばいいって時代になる。
「休みが増えたらその分、お給料は減るんじゃないですか?」って思うけど、人工知能とかのおかげで生産性は上がるから、もらえるんです。
それで、生産したものは誰かが買わないといけないの。
だからお金は配分するしかなくなっちゃうんだよね。
そうやって経済が回っていく時代が来るんです。

「今の仕事がなくなったら困る」とか「これまでのやり方が通用しなくなったら困る」とか、何かにつけて困ったことを見つけてくる人がいます。
こういう「困る論」の人は「ああなれば困る」って言って、困ることをやめられないの。
それならそれで、そう思いたい人はそう思っていればいいんです。

でも、競輪でも競馬でも、あなたの予想はずっと外れてきたんだよね。
予想が当たっていたら今頃困っていないものね。
どんなことを云おうが、何をしようが、すべての人の不安を取り除くことはできません。
不安になる人って「不安症」っていう病気みたいなものなの。

私は不安症じゃないから、時代が変わるからと言って不安にはならないんです。
逆に「チャンスだ」とか、「次は何が良くなるんだろう」って、ワクワクするんだよ。
歴史を見ても、悪くなった歴史ってないの。
愚かな人たちが戦争をするぐらいなものなの。
でもこれからは戦争もなくなるんです。

何かにつけて「政治が悪い」みたいなことを言う人がいるけど、政治もどんどん良くなります。
昔は一部の人たちが、自分たちの利益を守るために政治を行っていたけど、今は民主主義の世の中になったんです。

世の中にはいいこともたくさんあるのに、悪いことを集めてニュースにしているのは、見る人が悪いことの方を好むからなの。
どこかで誰かが殺されたとかっていう悪いニュースが嫌いなら、誰も見ないんです。
ではなぜ悪いニュースの方を好むのかっていうと、「人の不幸は蜜の味」っていて、不幸な人の話を聞くと自分はまだマシだとか、自分の幸せを実感することができるからなの。
でも本当は、他人の不幸と比べなくても、人はいくらでも幸せになれるんだよね。
今、私はまわりの人たちに「楽しい妄想」をすることを勧めてるんだけど、妄想しようが、何をしようが、「楽しく、楽しく」って言っているのは、人は楽しくなれるからなんだよ。

これからの時代はAIを使いこなせる人が大儲けする時代になります。
それで、大儲けしたらたくさん税金を払う。
それで福祉がうるおう。
どっちにしたっていいことしか起きません。
ゆっくりとそういう方向に向かっていくの。
そういう目で見てると、時代は間違いなくそっちの方向に動いているんだよ。

ロボットにしてもAIにしても、今、人手が足りているとこには、開発費をかけてまで作りません。
人手がいないとかで困っているところに開発されるんです。
それで人手が足りて、今までその仕事をしていた人の給料が半分になるかっていうとそうはならないの。
半分になったら食っていけないから。
そうなったら政治が動いて何とかなっちゃうんです。

「高齢化になって人口が減ったら大変だ」っていうけど、大変なことは起きないの。
江戸時代なんか今よりもっと人口は少なかったけど、何も問題はなかったんだよね。
国が「税金取れないから困った」って言ってるだけで、何も困ることは起きないんだよ。
そのときにはそういう政策を考えればいいだけなの。
何も困ったことは来ないんです。

「困った、困った」と言ってる人たちが、自ら「困った状態」を引き寄せているだけなの。
実際に10年後、20年後にどうなっているかっていうと、今よりいい時代になっているだけなんだよ。
昔は「20世紀の終わりには、人口の半分は餓死する」って言われていたんだけど、そうはならなかったの。
それどころか、半分はデブになっちゃったんだよね(笑)。
それを言っていた学者が、そのことに責任を取ったかっていうと取らなくて、逆にまた違う不安を煽(あお)っているんです。
人の不安を煽っているとずっと食っていくことができるから。

私のように「安心だよ」って言っている人はそれで食っていくことができないから、自分で食っていくしかないんだよね。
でも私は事業をやっても当たるんです。
なぜなら当たることをするから。

実業家は本当に当てないとダメなんだよ。
外れたらその責任を取らないといけないから。
責任を取らない人が言っていることと、責任を取る人の言っていることのどちらが正しいかは、一目瞭然だよね。

『斎藤一人 AI時代が来ても「絶対必要な人」になる方法』KADOKAWA

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どんな時代になろうと、「絶対必要な人」は変わらない。
それは、「人に喜ばれる人」。
その反対の、必要とされない人は、「人から嫌(きら)われる人」であり、「人に嫌(いや)がられる人」。

人に喜ばれる人でなければ、幸せで楽しい人生をおくれる人にはなれない。
幸せで楽しい人生をおくっている人は、人を楽しませたり、笑顔にさせたり、機嫌よくさせたりできる。
そういう幸せな人は、いつも、人の気持ちを明るくさせる、愛ある「いい言葉」を使っている。

いつも、上機嫌でいること。
いつも、笑っていること。
いつも、明るいこと。
いつも、子どものような好奇心を持っていること。
いつも、楽しくて、面白いことを考えていること。

『想像すらつかない「いい時代」が来る』
AI時代が来ても「絶対必要な人」になるため…

人に喜ばれる人になりたい
posted by Dr.モーリィー at 07:03| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

No 4946   【人に喜ばれることが人生のすべて】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人に喜ばれることが人生のすべて】

小林正観さんの心に響く言葉より…



「喜ばれること」=「人生のすべて」です。
ですから、達成目標や努力目標は必要ありません。
みんなからの「頼まれごと」をしていればいい。
そして、たくさんの人にこき使われながら、疲れ果てて死んでいく。
ただ、それだけです。

私たちが生きる目的は「人に喜ばれること」ですから、「自分に頼んできた人」は、感謝の対象になるでしょう。
しかも、目の前にいる友人が「何かを頼んできた」としたら、自分から「喜ばれること」を探しにいかなくてもいい。
そう考えると、「頼んでくれる人」はとてもありがたい存在です。

「頼む側」からすれば、「その人に任せたい」と思って頼んでいるのであって、それは「感謝」を与えていることであり、喜ばれることなのです。
そして、「頼まれごとをしてあげれば相手も喜ぶ」という、お互いに「喜ばれる存在」になれるのです。

モーツァルトの曲が残っている。
ショパンの曲が残っている。
ベートーベンやリスト、シューベルトの曲が残っている。
この人たちの曲はほとんど「宮廷音楽」です。
王国貴族からの「頼まれごと」で、作曲した曲が今も残っています。
ヴァン・ダイク、ルーベンス、ミケランジェロの絵画が残っている。
これらの絵画もみな「頼まれごと」で描かれたものでした。
そして、ルノワールも。
後世に残るような仕事は、「頼まれごと」ばかり。
自分の意思で「何かを成し遂げよう」とした作品(自分の思いが強い作品)の中で、歴史的に意味のあるポジションを占めている作品はありません。

2007年に「人間国宝」に認定された陶芸家の中島宏さんは、作陶の最中、たびたび「バッハ」を聴いているそうです。
「バッハ」がつくった音楽は宗教音楽であり、したがって作曲家の個性が表に出ていません。

中島さんは、「個性を没して、個性を超えたときに作品が完成する」「自然に近いものをつくる」との考えを持つ陶芸家です。
それゆえ「自我」が抑えられたバッハを好んでいるのです。

『もうひとつの幸せ論』ダイヤモンド社

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「人に喜ばれることが人生のすべて」だと考えたとき、自分の立てた目標や夢がそれに適(かな)っているかどうかを検証する必要がある。
はたして、その目標や夢を達成したとき、人が喜んでくれるのか、と。
多くの場合、目標や夢は、自分の欲望や願望を満たすための自己満足であることが多い。
いわく、「年収〇〇円達成」「いい車を手に入れる」「豪華な邸宅」「売上げ〇〇億円!」等々。

そして、「人に喜ばれないこと」ばかりする人は、この世に生まれてきた意味がないことになる。
「人を傷つけるようなことをいう人」「自分勝手な人」「人の邪魔ばかりする人」「不機嫌をまきちらす人」…。

たとえ、面倒なことを頼まれたとしても、それが法律や社会規範に反しなければ、人に喜ばれることを、自分のできる精一杯の力を使い、淡々と引き受けていく。
それは、何も大きなことばかりではない。
ほんの小さな頼まれごとも同じ。
だからこそ、渡辺和子氏のいう、その「小さなことに大きな愛をこめる」必要がある。

また、「人に喜ばれる(人助け)」ために必要な大切な条件がある。
それを斎藤一人さんはこう語る。『カンタン成功法則』より

「人助け」をする人には、三つの条件があるのです。
この条件がクリアできていないと、人を助けることはできません。
ひとつめ。「自分を大切にする人」。自分のことを愛して、自分を大切にしている人。体にいいものを食べたり、適度な運動をしたりして、自分の心と体を大切にしている人です。
ふたつめ。「自分の家を、安心して空けられる人」(もしくは「自分の会社を安心して空けられる人」)。家に病人がいる人は、まずその病人を助けなくてはなりません。それから、会社を経営している人は、スタッフが、「まかせておいてください!〇〇さんがいなくても、僕たちがしっかり留守を守りますから!」と言ってくれるような信頼関係を作っておくことが大切です。
みっつめ。「安心して食べていけるお金があること」。自分がいま、経済的に困っているのなら、まずは「自分助け」をしなくてはなりません。自分が稼げるようなしくみを、しっかり作るのです。自分が食べていけないのに、他の人のことで大部分の時間を使うのは、神さまの「まだ早いですよ」というメッセージです。この三つが、神があなたに望む条件です。

人に喜ばれることが人生のすべて、という言葉を深くかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 22:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4945   【お任せして生きる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【お任せして生きる】

元ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子氏の心に響く言葉より…


年寄の子は、えてして心配性と言われますが、私が女学生の頃、すでに六十歳を超えていた母が、雨の降りそうにない日にも、よく傘を持たせてくれたものです。
乗り物に乗る時には十分な時間的余裕を持って出かけ、降りる時には一つ手前の駅から準備しはじめるように。
横断歩道を渡る時、青だったら一度赤に変わるのを待って、次の青で渡りなさい。
そうすれば途中で赤になることはないから。
一事が万事、このようでした。

このように育てられたためかどうか、自分でも心配性だと思うことがあります。
信仰が薄いのでしょう。
聖書の中に「思い煩うな」と書いてあることも知っています。
野の百合(ゆり)、空の鳥を養い給い、私たちの髪の毛一本にまで心を注いでくださる父なる神がましますこともわかっています。

しかしながら、昔から私には、うんと心配したり、最悪の事態を想定すると、その心配が来なかったり軽くて済む、という迷信めいた思いがあります。
それは多分、たくさん心配しておけば、実際に来た時にも「思った通り」とあきらめられるし、来なかったら、または思ったほどでもなかったら「もうけもの」をしたような気になるからかもしれません。

信仰が薄いと叱られそうですけれども、キリスト様にしてみれば、そのような心配性の人間が、迷いに迷ったあげくの果てに「おまかせします」と申し上げた時のほうが、全然心配しようともしない人が事も無げに「お願いします」と言った時よりも、「よし引き受けた。心配するな」とおっしゃり甲斐(がい)があるのではなかろうかなどと、勝手に自分を慰めています。
キリストは、とても人間的な心をもっていてくださいます。
頼られてうれしいのは人の常です。
問題は、どのあたりで心配をやめて、おまかせするかであり、またおまかせした結果については、「とやかく申しません」という一札(いっさつ)をきちんと入れる覚悟を持つということです。

「どうしてこんなヘマをなさったのだろう。私でも、もうちょっとスマートに片付けるのに」と神のなさることに思う時があります。
ところが後になってみると「すべては、その時に適(かな)って美しい」のです。

天が下のすべてのみわざには神の時があり、「人は神のなされるわざを、初めから終わりまで見極めることはできない」のです。
だからこそ、安心して心配していいのであり、思い煩いながら、今日もおまかせして生きていられるのだと思うのですが、これは矛盾した考え方なのでしょうか。

『どんな時でも人は笑顔になれる』PHP研究所


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小林正観さんのこんな話がある。(豊かな心で豊かな暮らし)より
『たまたま一ヶ月ほどの間に、何人かの人から同じ質問を受けました。
「私に向いている職業は、どんなものでしょうか。正観さん、教えてください」というものでした。
もちろん、その数人は現在無職であるということでした。
私の答えはすべての人に対して同じでした。
「自分で好きな仕事、嫌いな仕事とより分けているうちは、宇宙さんも神も仏も味方をしないような気がします」と言いました。
自分にまわってきたことをやる、やる羽目になったことをやる、たまたまなにかの縁で声をかけられたり、頼まれたりしたらそれをやる。
そういうふうに考えていったら、職業はなんでもいいのです。
向き不向きというのがあるとは思えません。
向き不向きと言うのは、もしかすると自分の奢り、高ぶりなのかもしれません。
どんな仕事でも、誠実に真面目にやる。
真摯(しんし)に取り組む。
それに尽きるのではないでしょうか。
楽しい仕事というのがあるわけではないのです。
そんな仕事にいきなり恵まれてる人は、世の中にいないと思います。
好きだ、嫌いだと言うのではなくて、やる羽目になったことを、ただ淡々とやること。
それを真面目に誠実にやり続けること。
これに尽きると思います』

まさに、これが「お任せして生きる」という生き方。
「ここから先は神の領域」と思ったとき、ああだこうだとグダグダ言うことはなくなる。
そう思ったとき、宇宙も、神も仏も応援してくれる。

たまたままわってきたもの、それは、仕事に限らず、面倒なことでも、あるいは好きなことでも嫌なことでも、病気であっても、引き受けなければならない時は、引き受けるしかない。
そして、引き受けたらそこで誠実に真面目に努力する。
しかし、結果は神のみが知るであり、「そこから先は神の領域」。

「お任せして生きる」という生き方を選びたい
posted by Dr.モーリィー at 08:55| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

No 4944   2019 正月休み

準備中
posted by Dr.モーリィー at 23:24| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4943   【人は皆、自分について話すのが大好き】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人は皆、自分について話すのが大好き】

マーク・レクラウ氏の心に響く言葉より…



人間関係の技術を身につけたいなら、まず人間とはどういうものかを理解しなければなりません。
素直に言って、人びとはとりわけ自分に関心があります。
あなたがどんな人であろうと、人びとは常にあなたより自分に大きな関心を抱いています。
あなた自身、他人より自分に大きな関心を抱いているはずです。
たとえば、自分が写っている集合写真で真っ先に探すのは誰ですか?
おそらく自分自身のはずです。
しかし、それはけっしておかしなことではありません。
人間とはそういうものなのです。

どんな人でも興味をそそられる会話の最大のテーマを知っていますか?
それは「自分自身」です。
といっても、皮肉ではありません。
これはまぎれもない真実です。
あなたが相手を会話のテーマに選べば、相手は喜んで話をしてくれるはずです。
なぜなら、相手はそのテーマに大きな関心を示すからです。

パーティに行って誰かと話したとき、その人が延々と自分について話すのを聞かされて、うんざりしたことはありませんか?
その一方で、誰かがあなたについて適切な質問をし、話をじっくり聞いてくれたとき、どう感じましたか?
あなたはどちらのタイプの人が好きですか?
相手と話すときは、会話の中心を自分ではなく相手にするように配慮すると心をとらえることができます。

たとえば、こんな質問が効果的です。
「どんなお仕事をしていらっしゃるのですか?」
「趣味は何ですか?」
「好きな〇〇は何ですか?」
「最近、調子はいかがですか?」
「何かしてみたいことはありますか?」

誠実な気持ちで相手に関心を示し、相手が自分自身について話すように会話を誘導しましょう。
人は皆、自分について話すのが大好きだという事実をよく覚えておいてください。

『心をとらえる60の法則』ディスカヴァー

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「我々は耳は二つ持っているのに、口は一つしか持たないのは、より多くのことを聞いて、話す方はより少なくするためなのだ」(ゼノン・古代ギリシャの哲学者)
古来より、自分が話を“一”するなら、相手の話を“二”聞ききなさい、と言われる。
しかしながら、人は自分のことを話したくてたまらない存在だ。
放っておくと、いつまででも話してしまう。

沈黙には忍耐が必要だ。
しゃべりたくてウズウズしてしまう自分をコントロールしなければならないからだ。
自分はうなずきや相槌(あいづち)に徹し、相手にしゃべってもらうことができる人には限りない魅力がある。
人は皆、自分について話すのが大好きだという事実をよく覚えておきたい
posted by Dr.モーリィー at 06:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

No 4942   【三楽とは】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【三楽とは】

致知出版社、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…



『養生訓』というと、健康法を説いた本のように思いますが、貝原益軒(かいばらえきけん)が説いているのは、人生をいかに楽しんでいきるかということです。
「人間の命は私物ではなく天地のものだから、つつしんで、よく養ひて、そこなひやぶらず、天年を長くたもつべし」
というのが、益軒の根本的な考えです。

これが益軒が生涯追求してきたテーマであり、『養生訓』はその集大成の著書といえます。
それ故、その『養生訓』は本質をついています。
例えば、養生の術についてこういいます。

「養生の術は安閑無事なるを専(もっぱら)とせず。
心を静にし、身をうごかすをよしとす。
身を安閑にするは、かえって元気とどこほり、ふさがりて病を生ず。
これをもって、四民(あらゆる職業の人)ともによくつとむべし。
安逸(あんいつ)なるべからず。
これ即ち養生の術なり」

また、日常生活の中で、面倒くさがってはいけない、とも教えています。
「煩(はん)を厭(いと)うはこれ人の大病なり。
これ人事の廃(すた)れ弛(ゆる)み、功業の成らざる所以(ゆえん)なり」(慎思禄)

面倒くさがらず、勤勉に努めないと事業は成功しない、ということです。
現代に生きる私たちも自戒しなければならない言葉です。

最後に、益軒の説いている三楽(人の楽しむべき事三つあり)を紹介します。
「一には道を行ひ、ひが事なくして、善を楽しむにあり。
二には身に病なくして、快く楽しむにあり。
三には命ながくして、久しく楽しむにあり。
この三楽なくんば、いかなる大富貴をきはむとも益なかるべし」

この稿を書きながら、ゲーテの「処世のおきて」を思い出しました。
「気持ちよい生活を送ろうと思うなら」
といって、ゲーテは次のように説いています。

「済んだことをくよくよせぬこと。
滅多なことに腹立てぬこと。
いつも現在を楽しむこと。
とりわけ人を憎まぬこと。
未来を神にまかせること」

達人の言は古今に不変のようです。

『生きる力になる言葉』致知出版社

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貝原益軒の三楽とは、
一つは、人としての正しい生き方を心がけ、誤りや間違いない生活をおくらなければ、うしろめたくなく、「善を楽しむ」ことはできない。
二つは、健康でなければ、仕事も趣味も、何事も楽しむことはできない。
三つは、長生きしなれば、長く楽しむことはできない。

悪いことをしてビクビクしていては正々堂々と生きることはできない、つまり善を心から楽しめない。
そして、全ての基本は、健康であることと、長生きすることだ。

芥川龍之介は、「人生を幸福にするためには、日常の瑣事(さじ)を愛さなければならない」と言った。
「めんどくさい」という言葉は、事業においても、人生においても禁句だ。
瑣事を愛し、瑣事を楽しむ境地に達することができれば、半ば成功したようなものだ。

三楽を究めたい
posted by Dr.モーリィー at 05:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月03日

No 4940   【「そもそも掘り」をする】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「そもそも掘り」をする】

本田晃一氏の心に響く言葉より…



人から魅力的に思ってもらえる自己アピール、自己紹介の方法は覚えておいて絶対に損はないと思います。
その鉄板のスキルはたったひとつしかありません。
それは「そもそも堀り」です。

そもそも自分はなぜこれをしてきたのだろう。
これにこだわっているんだろう、という「そもそも掘り」をしていくわけです。
「そもそもどうして?」「そうなったのはそもそもなぜ?」「それはどうして?」と「そもそも掘り」をしていくと、「おおっ!」というダイヤモンドの原石が出てきます。
その輝きが人をひきつけるのです。

僕が「そもそも掘り」に気がついたのは、父の会社のホームページを作ったとき。
「そもそもなんでゴルフ会社をやったの?」
と父に聞くと、最初は「もうかるからだよ」みたいなことを言っていました。
「でもほかにもうかる仕事はあったでしょ?それなのになぜ、ゴルフを選んだの?」
そうやって、父がこの会社を作った「そもそも」を掘っていったんです。
そしたらこんなことを言い出しました。

「だってさ、20歳ぐらいのときにゴルフを始めたんだけど、ゴルフやる前って、遠足のときのようにワクワクして眠れないんだよ。それぐらいゴルフって楽しくってさ。そういうのを伝えられる会社だったら、なんかいいんじゃないの、と思ってさ」
あれ、意外といいこと言うな、と僕は思いました。
それで父の会社のホームページに「そもそも」の動機を書いてみたんです。

「明日ゴルフだ!と思うと、遠足のときのようにワクワクして眠れないことはありませんか?」みたいなことを。
そしたらいきなり売上げが3倍になりました。
もちろんほかにもやりましたけれど、ホームページに「そもそも」を書いたことが、売上げに大きく貢献したのは間違いありません。
ゴルフの会員権を扱う会社はいろいろありますが、どうせ買うなら、「そもそも」の原点に共感できるところから買いたいじゃないですか?
父と「そもそも」のハートでつながった人たちが、買ってくれたんだと思います。

そのときから僕の座右の銘は「ハートが開くと、財布も開く」になったんです。
「そもそも」の深いところでハートがつながると、財布が開きます。

僕は最初、このやり方を商売のために使っていました。
お金もうけのことしか考えていなかったので、ほかの会社のコンサルタントをするときも、「こうやれば、もうかりまっせ」みたいなことで教えていたんです。
ところがある社長が、このスキルを婚活に使ったんですね。
会社の魅力アピールに使うんじゃなくて、自分の魅力のアピールに使ってみた。

「そもそも僕はこういう両親に育てられて、こういうものが本当に大事だと思っていて、こんな夢を持っています。それをわかってくれる人と結婚したいなと思います」
そしたらモデルのようなきれいな奥さんがゲットできて、その人をつれて、僕の前にさっそうとあらわれたんです。
「うお、奥さん、モデルさん?」と聞いたら、「うん」と言うので、当時彼女がいなかった僕は心の中で「マジ、ふざけんなよ〜」と思いました。

こうやって「そもそも掘り」していくと、必ず美しいものが根底にあります。
「目的はお金もうけだ」と豪語している人でも、「そもそも」を掘っていくと、そのお金で家族を安心させたいとか、親にラクをさせたいとか、美しい愛の原点にだどりつくんです。
「もしかしてこれって愛かも?」というところまで掘っていって、原点をパカーンとオープンにすると、そこに共感して素敵なものがいっぱいやってきます。
お金だけじゃなくて、理想のパートナーにめぐりあえたり、いろんなチャンスや幸運がやって来るんです。

「そもそも」から広がっていく世界観を語ることができたら、立派なビジョン、つまり夢になります。
「その『そもそも』が広がっていったら、どうなると思う?」というのを掘り下げていってください。
美しい原点から出発していますから、必ず世の中にいい影響を与えられるビジョンになります。

アップルのスティーブ・ジョブズはプレゼンテーションが上手だったことが有名ですが、彼の話の特徴は世界観を雄弁に語る点にありました。
新しいiPhoneが出るときもiPhoneのスペックは語りません。
「これがあるとどんな新しい生活ができるのか」という世界観を語るんですね。
すると、聞いている人はまださわったこともないiPhoneを持って生活している自分の姿がありありと浮かんできます。

ちなみに、先ほど話した友人ですが、結婚したあとのビジョンをありありと書いたそうで、奥さんもそれを読んだら「この人だ!」とピンと来たそうです。
こんなふうに「そもそも」を掘って、それを広げ、世界がどう変わっていくのかをビジョン、つまり夢が示せれば、あなたの魅力が最大限相手に伝わりますし、夢にも一歩近づけるでしょう。

『はしゃぎながら夢をかなえる世界一簡単な法』SBクリエイティブ

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梯谷幸司氏は「そもそも」についてこう語る
『ビジネスがうまくいかない、病気が治らない、という方が相談に来られると、私はこういう質問します。
「そもそもあなたは何のために命を使いたいのですか?」 ほとんどの人の反応は、「・・・・」。
そこで質問の方向性を変えて、「どうして売上げを伸ばしたいのですか?」と聞くと、「売上げが伸びないと社員を養っていけないから」。
「何のために病気を治したいのですか?」と聞くと、「とにかく死にたくないから」「痛いのが嫌だから」。
これらはごく表面的な答えでしかありません。
「健康になって、その次の目標がないんですか?」「・・・・」。
「売上げを伸ばして、そのあとの目標がないんですか?」「・・・・」。
これでは残念ながら病気は治りません。
売上げも伸びません。
そもそも自分を社会のルールに当てはめて生きている人が多いので、本当の自分が何を望んでいるのかがわからない。
それがビジネスも健康もうまくいかない現象となるのです。
本当の生きる目的を見出し、そのための行動をとり始めると、結果は驚くほど変わります。』(偽りの自分"からの脱出・幻冬舎)より

仕事においても、病気においても、「そもそも」を深掘りし、突きつめることは大事だ。
「売上げを伸ばしたら、そのあとどうしたいのですか」という、ビジョンや使命にまで到達する必要がある。
結婚や、売上アップや、病気を治すことがゴールではない。
その先にある、自分の命を燃焼させる何かを見つけなければならない。

「そもそも」を深く堀って極めたい
posted by Dr.モーリィー at 08:37| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年01月02日

No 4939   【心が何も感じない人生はつまらない】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【心が何も感じない人生はつまらない】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


ずいぶん前のことなんだけど、うちのみっちゃん(銀座まるかんグループの代表)に、失礼なこと言ったヤツがいたの。
それを知って、オレはむちゃくちゃに頭にきたんだよ。
オレが穏やかでいられたのは、そういう人間がオレの目の前に出てこなかっただけの話なんっだよね。
出てくれば、カッカ、カッカ、燃えるんだよね(笑)。

そうやって燃えているときの自分が、オレは大好きなんだよ(笑)。

自分より前を歩いている人が、やけに落ち着いて見えて、何ていうの?
すごい人間に見えるんだよな。
だけど、落ち着いて見えるのは、落ち着いているんじゃないんだよ。
くたびれて、動作が鈍くなってるだけなんだよ(笑)。

いつも泰然自若(たいぜんじじゃく)としている人だって、嫌なことをする人間がきたら、カッカ、カッカするよ。
それが人間なの。
それって、案外いいもんだよ。
ここで怒らないで、いつ怒るんだ、っていうぐらいにね(笑)。

変な話ね、逆上して、相手をあやめそうになるところを、たとえば、茶碗を投げるだけで、済ますことができりゃあ、それでもう、御の字なの。
いつも泰然自若としていることを自分自身に求めるけどね、心というのは、いつも同じではいられないの。
たとえば、自分の家が火事になってしまったら、落ち着いてなんかいられないんじゃない?
自分の女房が浮気して、心に思うことが何もないなんて、立派すぎるよな。

波のたたない心を目指していたら、無感情人間になっちゃうよ。
心が何も感じない人生で、いいのかね。
オレだったら、つまんなくてしょうがないな。

人ってね、恋をすりゃあ、楽しいの。
フラれりゃあ、悲しい。
それが自然なんだよ。

フラれて悲しいからって、ほとんどの人は、ストーカーになったりしないじゃない?
悲しくて相手の住んでる町まで行って、恋しい人の姿を探すことはあっても、相手の自宅まで押しかけるのは「やめておこう」って踏みとどまるじゃない?
踏みとどまっただけで、もう上等なの。
自分に「上等、上等」って言ってあげることだよね。
そうやって、「自分にやさしくする」って、すごく大切なことなんだよ。

完璧主義者って、完ぺきを望むけど、ムチャなんだよ。
誰だって自分がモテればうれしいし、けなされれば腹が立つの。
自分のことをけなした、その相手を殴ったり、殺しちゃう人もいるのに、自分はそれをしなかったんだよな。
殴ったり、犯罪をおかさなきゃいいんだよ、正解なの。

嫁と姑の問題もそうだよ。
嫁と姑が、顔を合わせると口ゲンカをしちゃうんです、って。
殴り合いのけんかをしないとか、殺しあわなきゃ、「仲がいい」ってことにするの。
「柔軟な心」とは、そいうことをいうんだよ。
「仲が悪い」というのは、殴り合いをしてたり、殺し合いをしてる、ってことなの。
悪口を言い合うなんていいうのは、「仲がいい」の。

自分にも、相手にも、要求水準を下げておくの。
嫁と姑が、元気に悪口言い合っているのは「仲がいいんだ」って。
そういう目でみいるとね、面白いんだよ。
なぜか、必ず仲良くなっちゃうんだよ。

『斎藤一人 極楽人生 あなたの人生が急に面白くなっちゃう(信長出版)』(道井さゆり)

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陽明学を樹立した王陽明〈中国明代の思想家〉はこう語った。
「天下のこと万変といえども、吾がこれに応ずるゆえんは、喜怒哀楽の四者を出でず」

『人生は千変万化、いろいろさまざまであるが、自分がこれらの問題をテキパキと処理できる理由は 「人生のいかなる変化も、つきつめれば、喜怒哀楽の四つを出ないこと」を知っているからだ。
よく考えてみれば、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむか、ということが人生のすべてである。
世の中には、道徳というと「一切、喜怒哀楽を表面に出さない、感情などには動かされないことだ」 などと頑(かたく)なに信じ込んでいる向きがあるが、これはとんでもない誤解である。
人生とは、いかに喜び、いかに怒り、いかに哀しみ、いかに楽しむかということ… つまり「いかに生きるか」ということに「正しい自律」をたてること、「原理原則」をもつことである』「人間学」(伊藤肇)より

また、論語には、「憤(いきどお)りを発して食を忘れ、楽しんでは以て憂(うれ)いを忘れ、 老いの将(まさ)に至らんとするを知らざるのみ」という言葉がある。
楚(そ)の国の葉公が、「孔子という人は、いったいどういう人物か」と弟子の子路に訪ねたが、 子路は答えられなかった。
それを聞いて孔子は、子路に、どうしてこう言ってくれなかったのか、と言った。
「孔子とは、憤ったり感激すると、食べるのを忘れるほど熱い人であり、 道を究め、楽しんでいるときは、憂いを忘れ、年をとるのも忘れている人だ」、と。

ブッダにしても、孔子にしても、聖人は聖人然としているから聖人ではない。
熱く燃えたぎるような情熱を持ち、喜怒哀楽の激しい人だ。
つまり、魅力ある人とは、喜怒哀楽の振幅の大きい人。

心が何も感じない人生はつまらない
魅力ある生き方を目指したい


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【元旦によせて(平成31年)】

小林正観さんの心に響く言葉より…



昭和20年8月30日、ダグラス・マッカーサー元帥が日本に降り立ちました。
終戦後、GHQの最高司令官として日本の占領政策を進めるために来たのです。
約1ヵ月後の9月27日に昭和天皇が会いにくるということになった。

マッカーサーは、どうせ命乞いに来るのだろうと思って、自分の部屋でコーンパイプをくゆらせて足を組んで待っていた。
迎えには出なかったそうです。

昭和天皇は燕尾服(えんびふく)を着てやってきて、「マッカーサー元帥、お願いがあります。ここに皇室の財産目録があります。私の命とこの財産目録を差し出しますから、日本国民のためにアメリカから食料を送っていただきたい」と言ったそうです。
マッカーサーは驚いた。
今までいろんな人に会ってきたけれど、命乞いするとか亡命をするという人ばかりであって、自分の命を差し出すというトップの人には一人も会ったことがなかった、それで大変驚いたのだそうで、話をしているうちに、この人はポーズで言っているのではなくて、本当に心からそういうふうに言っているのだと思ったそうです。
命も本当に差し出し、財産目録も本当に差し出している。
その財産目録を見たら、細かいものまで全部載っている。

昭和天皇が本当に誠心誠意対応したということがわかり、マッカーサーは本国に連絡して、子供用の食べ物、特にチョコレートやチューインガムを大量に送らせました。
そして、届いた食べものを米兵を使ってどんどん配り始めた。
あのチョコレートとチューインガムを配っていたのは米兵の厚意であるけれど、実はその根っこには昭和天皇の一言があったのです。
マッカーサーが要請して、食べ物が来たのですが、その根底は、日本国民に食べ物を与えてほしい、もっと多くのものを取り寄せてほしいと言った昭和天皇の言葉だったということなのです。
マッカーサーは、その人格に打たれて、昭和天皇が帰るときには玄関まで見送ったそうです。
そして、昭和天皇の車が出て行くときに、敬礼をしたという話が残っています。

別に私は昭和天皇や天皇家を礼賛しているつもりはありません。
ただ、人間の意識として、自分の命を助けてくれ、なんとかしてくれというのとは違うところに意識を持っていく人がいるということ。
人間には、そんなことが可能だということです。

1月1日、天皇陛下は東西南北四方に向かい、正座をして、お祈りするそうです。
「今年この国に災いがあるとしたら、まず私の体を通してからにしてください」。
これを四方拝(しほうはい)といいます。
天皇家といものは、それを毎年繰り返しながら、100代以上にわたって生きてきた家系だそうです。

天皇家というのは、そういうことを言い続けてきた家系である。

そして災いを一身に浴びて、背負いきれなくって亡くなると、それを皇太子殿下が受け継いで、また災いを一身に浴びて死んでいくという、そういう家系だったということです。
聞いた話では、天皇陛下と皇太子殿下がヒソヒソと話をしている場面というのが結構あるそうですが、侍従長さえも、なんの話をしているのかはわからないそうです。
天皇から皇太子にだけ教えていることがある。
四方拝もどうもそうらしく、わが身に全部降らせてくださいというのは、ほかの人には一切知らせず皇太子だけに教えていくらしいのです。
それが漏れ伝わってきたのはありがたいことで、それを活字にして書いてしまっていいのかなというところはあるのですが、人間の魂がここまで崇高なところに行くことができる実例として、どうしても紹介したくなりましたので、書くことにしました。

『なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?』イースト・プレス

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1月1日の早朝、宮中や各地の神社で早朝から「歳旦祭(さいたんさい)」という祭祀(さいし)がおこなわれる。
歳旦とは、1月1日の朝のことをいうが、新玉(あらたま)の年の初めを寿(ことほ)ぎ、五穀豊穣(ごこくほうじょう)や、国家の隆盛と国民の平安をお祈りするお祭りだ。
天皇陛下は四方拝をすませたあと、朝の5時半から歳旦祭を行う。

明治天皇がつくられた新年にふさわしい和歌がある。

『あしはらの国のさかえを祈るかな 神代ながらの年をむかへて』
葦原(あしはら)の中つ国とは、日本の古称。
神代のまま変わることのない新年を迎えて、日本の永遠の栄えを神に祈る。

『さしのぼる朝日の如くさわやかに もたまほしきは心なりけり』
昇ってくる朝日のように、さわやかな気分を持ちたいものである。

あたかも、本日は平成最後の元旦。
今年一年、ご縁のある皆様の弥栄(いやさか)を祈念し、新年のご挨拶とさせていただきます
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No 4938   新年あけましておめでとうございます!

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開運招福  如意吉祥 

 新しい年を迎え皆様のご健康とご多幸を
   心よりお祈り申し上げます          

 旧年中は格別のご厚情を賜り厚く御礼申し上げます。
当法人は歯科医療を中心に地域社会の発展に貢献致します。
本年もご指導ご協力よろしくお願い申し上げます。
 こころ穏やかに こころ豊かに!   平成31年 元旦


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