2018年10月13日

No 4822   【魂が喜ぶ生き方】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【魂が喜ぶ生き方】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来…。
なかでも日本はその先頭を走っています。
お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。

働き方にもパラダイム変化が生じています。
60〜65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30〜40年ほどもあります。
「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。
60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」というには長すぎます。

人生が100年近くも続くということを前提にして生きていなかった時代から、明らかにそれを意識しなければいけない時代へと変わりました。
本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマとする問いでしたが、成熟した大人たちの間であらためて「人生をどう生きるか」ということを考え直さざるを得なくなったのです。

私はこんな提案をしたいと思います。
●定年前、定年後という発想から脱却する。
●50歳からが第3期のスタート、75歳まであるのだと意識する。
●この時期を「人生の黄金期(ゴールデンデイジ)」として、どれだけ充実させられるか、どれだけイキイキ過ごせるかを考え、実践する時期にしていく。

では人生の黄金期とは何なのか。
その定義をこう考えます。
「人生を豊かなものにするため、自分の衰えと上手に付き合いながら、自分の価値感に即した生き方、魂が喜ぶ生き方を目指す…」

これは、75歳までリタイアしない生き方のススメです。
何からリタイアしないかというと、「人生を前向きに生きる意志」を捨てない、「心の現役感」を失わないということです。
人生100年時代においては、「老後」とか「余生」というものは75歳を過ぎてからだと考える。
65歳になると介護保険被保険者証が届き、前期高齢者などといわれるようになりますが、自分自身の意識として、「まだ老境にあらず」という意志を持ちつづける。
そういう気概を持ちたいですね。

この時期に自分の価値感に即した生き方、魂が喜ぶ生き方を見出した人は、75歳以降も、生きるエネルギーを上手に燃やして、イキイキと過ごすことができるのではないでしょうか。
105歳で亡くなった日野原重明先生は、生涯現役を貫かれました。
100歳を過ぎてからも、「2年後、3年後までスケジュールが入っています」とにこやかにおっしゃっていました。
バイタリティにあふれ、次は何をしようかということをつねに考えておられたのですね。
魂が喜ぶ生き方を見出し、それを実践し続けられた方だと思います。

『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す (光文社新書)』光文社新書

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「逆順入仙」(ぎゃくじゅんにゅうせん)という教えがある。

「逆順入仙」は幸田露伴の言葉だ。
逆順とは、道理や自然の摂理にさからうこと。
入仙とは、仙人の域に達することができるの意。
つまり、自然にまかせて年をとるのではなく、年齢に逆らって生きれば、精神的にも肉体的にもいつまでも若々しく生きられるということ。

これを斎藤一人さんは、こう語る。
『花は花として、目立たなければいけない。
そして、花として生きる。
「目立ってはいけない」という人もいるけど、社会に出たら目立たないとね。
花は花として、目立たなければいけないんです。
人の人生は一回きりです。
それは、神さまがパーティーにご招待してくれたようなもの。
「素敵だね」といわれるような姿でパーティーに出て、どこが悪いんですか?
自分はどんどん素敵になるんだ、と。
一度きりのパーティーにご招待を受けたのだから引っ込んでいられるか、そう思ってください。
そして、花として生きるんです。』

この人生は、神さまから招待をうけた、たった一度きりのパーティーのようなもの。
だから、「隅っこで小さくなって、引っ込んでいられるか!」と。

花として生きる…
魂が喜ぶ、「逆順入仙」の生き方をしたい
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2018年10月12日

No 4821   【当たり前が輝いてみえる】

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【当たり前が輝いてみえる】

渡辺和子氏の心に響く言葉より



今日は、今から数年前、同じこの日、同じこの記念館を巣立っていった一人の卒業生の言葉を皆さんへのはなむけの言葉にしたいと思います。
その人は、在学中、健康そのものの人でした。
それが卒業後まもなく、病気になって入院し、非常に苦しみ悩んだのですけれども、やがて快方に向かった折に、一通の手紙を書いてくれました。
その中に、こう書いてあったのです。

「ようやく外出許可がいただけました。久しぶりに地面を踏んだ時は、感激でした。今の私には、当たり前が輝いてみえます」
この手紙を読んで、私は、病気がよくなったことが嬉しかったとともに、病気という十字架が、この人を、ここまで成長させて、この言葉を書かせたことを、たいへん嬉しく思いました。
「当たり前が輝いてみえる」。
そして、この人から、幸せの秘訣を教えてもらったように思ったのです。

私たち一人ひとりは、幸せになりたいと願っています。
今日、ここに集まっていらっしゃる方たちは、あなた方一人ひとりが、一生の間、幸せに生きてほしいと、願っていてくださいます。
幸せの条件には、いろいろあって、人それぞれに違うかも知れません。
ですけれども、共通して言えることは、自分が愛するもの、価値あるものに取り囲まれて、心が満たされている状態といっていいでしょう。
ですから、幸せを願う人たちは、たやすく愛せる人を探し、やりがいのある仕事を求め、そして、すてきなもの、すばらしいもので、自分のまわりを囲みたいと願っています。

今日の日本は、この種の幸せをあおるかのように、そして、それを満たすに十分な、物質的な豊かさと、過激といっていいほどの刺激と情報に溢れています。
お金さえ出せば、ほしいものがほとんどすべて手に入る世の中です。
では、それらを手に入れた人たちがみんな幸せなのかというと、必ずしもそうではありません。
なぜでしょう。

星の王子さまが答えを出しています。
「地球上のみんなは、特急列車に乗り込むけど、いまではもう、なにをさがしているのか、わからなくなっている。だからみんなはそわそわしたり、どうどうめぐりなんかしてるんだよ…」
「おなじ一つの庭で、バラの花を五千もつくっているけど、…自分たちがなにがほしいのか、わらからずにいるんだ」。
そして続けていうんです。
「だけど、さがしているものは、たった一つのバラの花のなかにだって、すこしの水にだって、あるんだがなあ…」
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」

今から約千三百年まえにつくられた日本の一番古い歌集『万葉集』の中に、一つの歌が収められています。

信濃(しなの)なる千曲(ちくま)の川のさざれ石も
君し踏みてば玉と拾はむ

たぶん、うら若い一人の乙女が、自分の愛する人、夫、恋人を送り出した後、“その人が踏んだ石だと思えば、私には玉と思えるのです”とうたった一首です。
なにが、この当たり前の、どこにでもある石を、輝く玉に変えたのか、それはこの乙女の心に宿る愛する心、いとおしむ気持ちだったろうと思います。
この人は何カラットかするダイヤモンドでなくても、愛する人が踏みしめたその石を、玉と抱いて幸せな人です。
そして、私たちは、幸せの原点というものを、ここに見ることができます。

(ノートルダム清心女子大学・昭和五十八年度卒業式答辞)より
《ものごとがうまくいくから、ほほえむのではなくて、ほほえむから、ものごとがうまくいくのです》

『あなただけの人生をどう生きるか (ちくまプリマー新書)』ちくまプリマ―新書

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《幸も不幸もない。 要は心の持ち方一つなのだ。》(シェークスピア)
ほんとうは、幸せという現象も、不幸せという現象もない。
あるのは、その現象を見て、幸せと思えるか、不幸せと感じるかの違いだけ。
見方や考え方がその人の人生を決める。

「かんじんなことは、目に見えないんだよ」
ほんとうの幸せは日常の中にある。
当たり前の幸せに気づける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:20| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月11日

No 4819   【どんな悩みも消し去る「3秒」の方法】

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【どんな悩みも消し去る「3秒」の方法】

小林正観さんの心に響く言葉より…




私は、30歳のときに結婚しました。
子どもを授かったのは、33歳のとき。
ようやく授かった子どもに「よろこび」を表す「慶(けい)」のつく名前を用意して、待っていました。
生まれてきた子どもは、「知的障害児」でした。

医師から、「手術をしても、薬を飲んでも、リハビリをしても治りません」と宣言をされたあと、私の視力から、「色」が奪われました。
その医師を含む部屋中の風景が、モノクロになっていたのです。
白黒だけの世界です。

それから半年間は、視力がモノクロのため、季節感もなくなり、花の色、緑の色、木の肌の色、人の顔色もまったくわかりません。
窓の外を眺めても、晴れているのか、曇りなのか、雨なのか、見ただけではわからないのです。
当時の私は、苦しみの中にいました。
悩んでいました。
なぜなら、子どもに障害があるという事実を「受け入れることができなかった」からです。

「慶子」が生まれて半年ほどたったある日、私が目にした新聞記事のひとつに、次のようなことが書いてありました。
「新生児の600人に1人は、障害を持って生まれる。ということは、将来、自分の子どもが障害児として生まれてくる可能性がある。そのときのための心構えを持っていたほうがよい」
私は、この短いコラムを読み終えたあと、こう思いました。

「慶子ちゃん、うちに生まれてきてよかったね。600人に1人、障害児として生まれてくるのであれば、慶子ちゃんは、どこかの家を選んで必ず生まれなければならなかった。
そのときに、小林家の両親を選んだというのは、ものすごくよい選択をしたと思う。
私は障害がある子をいじめたりしないし、私の妻もやさしい人だから、差別をしたりはしない。
慶子ちゃんは、そういう両親を選んで生まれてきたんだね」

そう思った瞬間、失っていた視力の「色」が戻りました。
風景に色が付いたのです。
私自身が「障害」や「障壁」だと思っていた大きな悩みは、「私の認識だけの問題」でした。
「慶子ちゃん、よかったね」と受け入れた瞬間に、その問題は消滅したのです。

生まれてからわずか半年後に、慶子は私に大きなことを教えてくれました。
「悩み・苦しみは、目の前の現象を否定し、受け入れないところから生じている」

私たちが、目の前に起きている現象を受け入れれば、悩みも、苦しみも、存在しません。
私自身が慶子に対して、「この子はこれでいい。この子はこれで十分に幸せではないか」と受け入れた(感謝した)瞬間、私の悩みはなくなりました。

どんな悩みも消し去る「3秒」の方法があります。その方法とは、
● 1秒目…過去のすべてを受け入れること
● 2秒目…現在のすべてを受け入れること
● 3秒目…未来のすべてを受け入れること

これで終わりです。
自分に起きたことやこれから起きることは、すべて自分が成長するために必要だと思うこと。
目の前の状況を受け入れれば(感謝できれば)、悩みも苦しみもなくなって、ラクに生きることができるでしょう。

『ありがとうの神様』ダイヤモンド社

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舩井幸雄氏はこう語る。
『人生の悲喜こもごもさまざまな出来事は、実はすべて必要で必然です。
ですから目先の出来事の一つひとつについて、安易に正誤や善悪、幸不幸などの二元的な判断を下さないほうがいいようです。
楽しいこと、喜ばしいことはともかくとして、悲しいことやつらいことを必要、必然とはなかなか思いにくいものです。
しかし、生起した時点ではその意味がよくわからなくても、まず素直に受け入れ、じっくりと考えて、その後の事態の進展を注意深く観察すれば、それがいかに必要だったか、ベストだったかが必ずわかるはずです』(未来を変えるクセづけ―舩井幸雄の金言集)より

目の前に起きている現象がすべて、必要であり、必然だと思えたら、悩みや苦しみから遠ざかることができる。
そして、それが感謝できるレベルにまでなれば、人生はもっとラクに生きられる。

生まれ変わり(輪廻)の考えでいくと、この世に生まれるとき、自分の人生は自分で決めるという。
自分で両親を選び、自分で人生の脚本を書き、自分でそれを演じる。
だから、目の前に起こる困難も、嫌なことも、全部自分が設定したもの。

目の前に起きている現象を、淡々とすべて受け入れる人間でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

No  4817   【逆境を利用して上に伸びる】

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【逆境を利用して上に伸びる】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



ともかく、逆境をうらんだりしちゃいけない。
そして、逆境というのは、上にいる、絶対なる人が自分を試そうとしているんだ、と。
そしたら、オレなんかの場合、「神さま、あなたは、オレが泣き言をいうと思ってるかもしれないけど、その手は食いませんよ」って、それで、「こういう答えを出しますけど、神さま、どうでしょう」って、対話するんだよ。

なんか、あやしい話になってきたんだけど(笑)
でも、代々続いているような家ってね、家訓のなかに必ず「神仏を敬え」っていうのが入っているんだよね。
神仏を敬うって、神にすがって生きろ、ということじゃないんだよ。

どんなに成功しても、この世の中には、絶対、おまえなんかに勝てないものがあるんだ、といってるんだよ。
そうやっていわないと、人間って傲慢になってダメなんだよ。
傲慢にならないために、「絶対なる神」というものがいて、それを「敬え」っていう、ね。
その絶対なる神に「一人ちゃん、今の答えよかったよ」って、いってもらえるような生き方を見せたいと思って、やってるんだよね、オレは。
だから、神さまにお願いするんじゃなくて、神さまが「一人ちゃん、よくやったね」って喜んでくれるような生き方、だな。

そうすると、よく「客観的に自分を見る」っていうよな。
「外から自分を見る」っていういい方があるけど、それって人間目線なんだよ。
だけど、天の神様が喜ぶことって何だろう、っていったとき、人は天の目線でものを見て考えるんだよ。

これが、実にいいんだよ。
いろんな“気づき”をもらえて、おもしろいぐらいに、商売でも何でも、うまくいくの。
不況がこようが、どんな問題が出てこようが、飛行機が空気抵抗で上に上がっていくように、逆境を利用して伸びていけるんだよ。
これが、災い転じて福となす、なんだよ。

いいかい、もう一度いうよ。
天がくれた試練に対して、嘆いたりしちゃダメ。
天をうらまなくても、自分の運命をうらんだりしてもダメ。
天をうらんでるのと同じことだよ。

だから、天をうらむ人は逆境から抜け出せないんだよ。
逆境でつぶれる人の特徴なんだよ。
つぶれない人は、逆境のときに天をうらまない、時をうらまない。
逆境を利用して上に伸びるんだよ。

『斎藤一人 商人道』PHP

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斎藤一人さんは、「抵抗(逆境)」についてこう語る。
『飛行機が離陸するときも、必ず空気抵抗を受けます。
ではこのとき、飛行機は抵抗を受けて、失速するでしょうか?違いますよね。
受けた空気抵抗を逆に利用して離陸します。
飛行機は空気抵抗があるからこそ、大空を飛べるのです。
もし、パイロットが空気抵抗が怖いからといって速力を落としてしまったら、飛行機はそのまま真っ逆さまに落ちてしまいます。
これと同じことが、私たちにも起きるんです。
何か新しいことにチャレンジしようとしたときに、必ずといっていいほど、周りから「失敗したらどうするの?」とか、「無理だよ」といった抵抗にあいます。
周りに言われなくても、自ら抵抗を避けようとしたり、周囲から批判されないようにしたりと自分のエンジンのパワーを緩めてしまうと、失速してしまいます。
ではどうすればいいか。
その抵抗を利用すればいいんです。
あなたがこれから上昇するためには、その抵抗が必要なんです。
だから、抵抗があっても速力を落とさず、そのままの力で、またはそれ以上の力を出すと、その抵抗があなたを上へと持ち上げてくれるのです。
あなたが行動して出てきた抵抗は、あなたがあなた自身のエネルギーに変えることができます。
では、どうすれば自分のエネルギーに変えられるかというと、あなた自身が失速しないこと、そして抵抗を恐れないことです。』(大商人の教え)より

「苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、 助け合って生きていく事が、これからのわたくしたちの使命です。」
この言葉は、東日本大震災から1年8ヶ月経ったときの、気仙沼市立階上中学校 梶原祐太さんの卒業式答辞だ。

天災や逆境にあったとき、年齢を重ね、経験を積んだ年配者だから、天をうらまないわけではない。
若くても、経験がなくても、人やまわりのせいにしない人もいる。

「逆境を利用して上に伸びる」
抵抗や逆境をエネルギーに変えられる人でありたい
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2018年10月09日

No 4816   【すべてを受け入れ、全部に感謝する】

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【すべてを受け入れ、全部に感謝する】

人生相談家、気楽(きらく)氏の心に響く言葉より…



神社にお参りに行った際に、おみくじを引かれる方は多いと思います。
特に初詣のときには、今年一年を占う気持ちで引かれるのではないでしょうか。
全国、どこの神社に行ってもおみくじはたいていありますが、実は、伊勢神宮にはこのおみくじがありません。
それがなぜだかわかりますか?

理由は、「伊勢神宮を参拝できた人はみな、大吉」だからです。
“伊勢神宮に参拝できた人”とは、“伊勢神宮に呼ばれた人”です。
呼ばれないと伊勢神宮には参拝できないのです。
私の知り合いにも「伊勢神宮に行きたいんだけど…」と言いながら、予定していた日に急な仕事が入っていけなくなったりと、機会に恵まれない人が多くいます。
だから、伊勢神宮に呼ばれ、お参りできただけでも、その方は“大吉”なのです。

おみくじは、楽しんで引く分にはいいのですが、その結果に一喜一憂したり、悪い結果が出たからといって落ち込むのは考えものです。
おみくじで自分の運を“ためす”よりも、運は自分で“開き”いくらでも、“良くする”ことができます。

たとえば、朝、家を出るときに靴のひもが切れました。
「ツイてない」とか、「不吉だ」と思うと、朝から一日、憂鬱な気分になります。
それよりも、「出るときでよかった。これが外出先だったら大変だった。ツイてる」と思えば、気分を害することもありません。

また、駅に行く途中で頭に鳥のフンがポタリ!
「汚いなぁ、なんてツイてないんだ」と思うところを、「落ちてきたのが石だったら大ケガしているところだ。ツイてる」と言って、これで“運”がついたと思うことができれば、なにかいいことが起こりそうな気もしてきます。

さらに、途中で財布を落としたとします。
「最悪だ!なんてツイてないんだ!」と思ったところで財布は返ってきません。
それよりも、「命まで落とさなくてよかった。ツイてる!」と思って警察に届けを出し、カード会社にも連絡するなど、まずは対策ありきで、やるべきことをやります。
財布を落としてお金もなくなったうえに、気持ちまで落ち込んでしまったら、なにもいいことはありません。
対策をとれば被害を最小限にとどめることができますし、財布が見つかって戻ってくるかもしれません。
だからとにかく、気持ちだけでも落とさずにいたほうが絶対にいいことがあります。

結局、「運がいい」とか、「ツイてる」というのは、考え方次第なのです。
起きる現象は同じでも、「ツイてない」と思う心は、また「ツイてない」という現象を呼び寄せます。
反対に、「ツイてる」と言っていると、また「ツイてる」と言いたくなるような現象を呼び寄せます。
これがまさに、「引き寄せの法則」なのです。
物事には、必ず良い面と悪い面があります。
片方だけで判断するのはよくありません。

大切なのは全体をとらえること。
そして、全体に感謝することです。

「大好きな人にフラれた」という悲しい事実の裏側には、「もっとステキな人と出会えるかもしれない」という楽しい事実があります。
「大好きな人と出会い、結ばれた」というしあわせな事実の裏側には、「いつの日か、死か別れのときがくる」というつらい事実があるのです。
だから、その片面だけを見て喜んだり悲しんだりするのではなく、そのことすべてに感謝する。
そして喜ぶべきことも、悲しむべきことも、すべて受け入れるという心のあり方が大事なのだと私は思うのです。

『全感謝する練習』サンマーク出版


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「不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しない。
あるのは、目の前の現象を、幸せと思う心で見るか、不幸や悲劇と思う心で見るか、だけです」
と小林正観さんは言う。

病気になったり、ケガをしてしまったとき、「なんで自分ばかりこうなるのか、なんて不運なんだ」、と思う人と、「この程度で済んでよかった、ラッキーだ」、と思う人がいる。
病気やケガという状況は変わらないのに、人によって見方や考え方、捉え方がまるで違う。
病気も、困難も、失敗も、災難も、見方によって180度変わってくる。

松下幸之助さんが若いころ、船から海に落ちてしまったことがあった。
後年それについて、「わしは運が強かった。もし冬の寒いときであったらたぶん助からなかった。夏の日に落ちて幸運だった。わしは運が強かった。さらに船長がすぐに気がついて引き返してくれたので助かった。わしは運が強い」と言ったそうだ。
「運が強い」というのは、「ありがたい」と感謝するのと同じ。
だから、いいことも、悪い(と思われる)ことにも、感謝する。
不幸や悲劇が存在しないかわり、幸せも存在しないのだから。

すべてを受け入れ、全部に感謝する人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

No 4815   【化ける可能性を見抜く眼力】

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【化ける可能性を見抜く眼力】

齋藤孝氏の心に響く言葉より…



化ける可能性を見抜くのは、眼力(がんりき)の中でもっともハイレベルである。
それには少しコツがある。
何より、欠点と長所は紙一重という考え方がわかっていないといけない。

いまや超一流のアスリートとなった高橋尚子も、フォームが変わっていて、それが欠点だと言われていたそうだ。
増島みどり著『冷めない夢 アスリート70人が語った魔法の言葉』の中の高橋のエピソードを見てみよう。
長距離の同級生たちにはいろいろな勧誘が来るのに、高橋にはなかなか声がかからない。

「フォームのせいだったと思います。
腕振りのせいで上体のバランスが悪く脚が前に出ない。
フォームを変えないと一流にはなれないという指摘をいろいろな方からされていました。
あのフォームじゃねぇ、という声も何度か耳にしていましたから」

と高橋も気にしているのだが、実際は、思うように修正できない。

腕を振る動作では一般的にひじを後方に引く。
この引きによって上体に推進力をつけることができ、腕の振りの正確さ、力強さが走りの鉄則とされる。
しかし高橋はひじを引かない。
ひじの位置はほとんど動かさずに手首から胸に抱え込むようにしてピッチを取る。
これが高橋のフォームだ。
「これが最大の『欠点』とされたが直せなかった」と高橋は言う。

だが、小出監督だけは、「いいフォームだなあ、変えることはないよ」と断じる。
欠点は長所でもあるという眼力を見せている。

「フォームはな、その子の個性なんだ。だからめったやたらにいじくっちゃいけない」と、それを生かす形を考えていく。
つまり、欠点を長所に変えていく指導をする。
それに応えて高橋は、「ランナーとしてこれでもやれるかもしれないという小さな自信を始めて持たせてくれたのが監督です。ほんの小さな自信が私のスタートになった」と、見事にシドニーオリンピックの「金」につなげた。

これは、「欠点も長所と見る」眼力の例である。
フォームが個性的である理由は必ずその人の身体の中にある。
それを崩してしまうと、いいものも失ってしまうことがあるというのが小出監督のスタンスだ。
悪いクセとして排除してしまうのではなく、クセから技に変えてしまう。
“クセの技化”を勧めている眼力だ。

誰もがふつう短所やクセを抱えている。
それをうまくコントロールしながら日々を過ごしている。
それが日常に何の影響ももたらさないわけはない。
しかし、欠点もアドバイスによって角度が変われば、欠点ではなくなることもある。
根本は変わらなくても、少しずらすだけでいい結果を生むようにできる。
それが小出監督のやり方なのである。

一般に、長所は伸ばす、短所は直すのがいいと思われているが、短所に見えるものと長所は、実は背中合わせのものだ。
常にそうした見方に立って見えるようにすると、見抜く力が変わってくる。
眼力においては、長所と短所は切り離して考えないことを心がけるといい。
ひいては、それが思考の習慣として定着することが望ましい。

『眼力』三笠書房

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ネガポ辞典という高校生が発案した辞典がある。
ネガティブな言葉をポジティブな言葉に変換する辞典だ。

たとえば…
青二才→フレッシュ、若い、発展途上
飽きっぽい→気持ちの切り換えが早い、好奇心旺盛、行動力がある
悪趣味→自分の世界を持っている、個性がある
浅はか→行動を起こすのが早い、独創的思考
頭が固い→自分をしっかり持っている、芯が強い、肝が据わっている
意気地なし→慎重、他人に流されない

長所は短所の裏返しだ。
すべての物事は、視点を変え、立場や見方を変えると、まるっきり違ったものとなる。

スティーブ・ジョブズは、自分が養子であったこと、貧乏であった境遇が「本当に幸運だった」と言っている。
同様に、松下幸之助翁も、「貧乏、病弱、無学歴」のお陰で成功した、と言う。

化ける可能性を見抜く眼力を身につけたい
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2018年10月07日

No 4814   【事を成すには、狂であれ】

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【事を成すには、狂であれ】

西沢泰正氏の心に響く言葉より…



旧来の落語界の常識を破り、独自に「立川流家元」を名乗るなど、落語の世界に爪痕…ではなく、足跡を残した、立川談志。
そんな談志さんが、テレビのインタビューで「好きな漢字一文字は何ですか?」という質問を受けたときに挙げたのが、この「狂」という字です。
いや〜、ハチャメチャだった師匠を象徴するにふさわしい一文字です。
好きな漢字を一文字と聞かれて、この字を選ぶ人は、他にはなかなかいないでしょう。

さすが、せっかく政治家になったのに、酔って記者会見に出てしまい、記者から「公務とお酒とどっちが大切なんですか!」と詰め寄られて、「酒に決まってんだろ!」と答えて議員の職を棒にふったツワモノですね。
談志師匠は、この言葉を選んだ理由として、こんなことを言っています。

「(誰だって)それぞれの世界で、自分の(心の)中にある押し込められたものをどっかで上手に発散していかなきゃいかん。常識というがんじがらめの世界から、たまには逃れなさい」
好きな漢字を聞かれたのに、若い人たちへの人生のメッセージを語り始めるところが、「実は優しい」談志師匠らしいところ。
師匠は、この言葉に続けて、こう言ってしめくくっています。

「(発散の方法は)なつメロでもケッコウです。酒が入れば、なおケッコウ」
このあたりは照れ隠しで自分の言葉を茶化していますね。
漢字一文字で「狂」。
談志師匠の追加のコメントのニュアンスから察するに、他の言葉で言えば「息抜きとして羽目を外す」でしょうか。
最近、ストレスが溜まっているというあなた。
カラオケでもスポーツでもお酒でも、方法は何でもイイので、やるときは、「よし、今日はいっちょう狂うか!」というようなノリで、思いきり自分を解放して、楽しんでくださいね。

ちなみに、京セラの創業者でもある稲盛和夫氏は、「壁を打ち破る強烈なエネルギーに満ちた状態」のことを「狂」と表現して、「事を成すには、狂であれ」と言っています。
これは、談志師匠とは正反対の「狂」ですね。

『1分で心に効く50の名言とストーリー』大和書房

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行徳哲男師はこう語る。
『坂本龍馬は「自我狂」という字を好んで書いた。
吉田松陰は「諸君、狂いたまえ」と若者たちを鼓舞した。
「狂をなし愚をなすも 我れいずくんぞ憂えん 我は我が志を行なわんのみ」と詠った山県有朋は自らを「狂介」と称した。
狂った人間たちが明治維新という奇跡を起こしたのである』(感奮語録)より

また、吉田松陰は、「狂愚まことに愛すべし、才良まことに虞るべし」とも語っている。
頭でっかちで少しばかり知識があったり才能のある連中はダメだ。
世間の評判などまったく気にせず、狂ったように新しいことに挑戦し、愚直にやりとげる者こそ、誠に愛すべき人間である、と。

狂とは、今まで通用していた常識や、思い込み、慣習などを一気に飛び越え、そこを突破するための一種の狂気だ。
常軌(じょうき)を逸(いっ)した行動をとらなければ、厚い壁や硬い岩盤を、突き抜けることはできない。

古今の大成功者のみならず、昨今のITの成功者たちに、一様に共通しているものがある。
それが、狂気という気ちがいじみたパッション。

「事を成すには、狂であれ」という言葉をかみしめたい
posted by Dr.モーリィー at 07:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月06日

No 4813  【ポジティブ思考とネガティブ思考】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ポジティブ思考とネガティブ思考】

カリスマFP、江上治氏の心に響く言葉より…



人間でも植物でも、成長する力というものは強いものです。
この成長する流れ、成長する力に添い、従うことが、すなわち「順」であり、その思考がポジティブ思考です。
私たちが生きていくうえで、まさに「自然な」思考がポジティブ思考なのです。

つねに前向きで、積極的で、肯定的である、ということは、生物としての私たちの成長する世界そのものです。
遺伝子に組み込まれた思考であり、だから「無理がない」のです。
成長する流れに従う自然体ですから、エネルギーが湧いてくるのはあたりまえです。

一方のネガティブ思考はその真逆で、まさに「逆」の字があてられます。
「逆」の字を漢和辞典で見ると「大の字型の人をさかさまにしたさま」とあり、「さかさまの方向に進むこと」といいます。
私たち人間の成長に話を合わせて考えると、成長することが自然であるとすると、これに逆らう思考です。
成長に「爪を立てる」思考です。
一方が自然の理に合った思考、一方がそれに逆らう思考だとすれば、私たちが採るべき思考がどちらかは明白です。
ポジティブ思考しかないのです。

では、どうしたら、このポジティブ思考を得ることができるのでしょうか。
それは、「人間はあくまでも成長するために生れてきたのだ」という事実を、よく噛みしめることだと思います。
この、私たちの生き方や考え方の基礎となる自然の理を十分に理解しないと、ポジティブ思考の本質をつかむことができないでしょう。

そして、ポジティブ思考と似ているのが、楽観主義です。
オプティミズムの訳語で、反対語はペシミズム(悲観主義)です。
ボトルに半分残った水を見て「まだ半分もある」と考えるのか、「もう半分しかない」と考えるのか、ということがよく言われます。
つまり、危機に陥ったときにどう考えるか、ということです。

楽観主義の人は柔軟性がありますから、
「まだやれる方法がある。こんなやり方があるんじゃないか」
と、あきらめずに考えをめぐらし、さまざまな問題を乗り切ることができます。
なんとかなると思う人には、知恵が湧いて出ます。
知恵が出るというのは、いろいろと調べるとか、人に聞くとかの方法が考えつくことです。

成功の反対は失敗ではなく、「あきらめること」といいます。
困難から逃げるのは簡単ですが、自分の考え方を変えることで、その困難さえも自分の成長に変え、運命さえも転換していくことができます。
だから、あきらめずに行動することは、成功のための第一歩なのです。

楽観主義で乗り越えていく人は幅が広い人になりますし、人生が広がっていきます。
自分に解決できない問題は起こりません。
問題が起こったかぎりは「解決できる問題」だということ。
自分の可能性を簡単に否定しないことです。

《危機に直面したときこそ、「なんとかなる」と考えよう。あきらめなければ、どんな壁だって乗り越えられる。(目の前のことだけでなく、少し遠い先の自分を考える。きっと明るい運命が開かれるはずだから)》

『運命転換思考 一生かかっても身につけたい5つの「働き方」改革』経済界

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工学博士、上原春男氏の「成長」にいての言葉がある。

『人間というのは本来、成長するようにできています。
成長がおぼつかないとしたら、それは外的要因ではなく、自分自身の姿勢や考え方に原因があるのです。
そもそも、なぜ人や組織は成長しなければならないのでしょうか。
「成長しなくても、現状維持で十分だ」という人や企業の経営者がいるとしたら、それは重大な危機を招くことになります。
成長するものだけが、生き残るのです。
現状維持にとどまるものは、即、衰退に向かうのです。
伸びている会社でも、その現状に満足してしまったら、その瞬間にその組織は下りの階段を転がり落ちていくことになります。』『成長するものだけが生き残る』(サンマーク出版)より

現状維持の反対は、現状打破。
以下は、脳力開発を提唱した城野宏氏の言葉。
■現状を打破の姿勢がある人は、「主体的(人のせいにせず、自ら動く)」で、「進歩発展をめざす姿勢(常に、よりよくしていこうという姿勢)」があり、「他人の利益をはかる姿勢(協力が得られる)」がある。
■現状維持の姿勢の人には、「人だよりで、人のせいにする姿勢(グチっぽくて、不平不満が多い)」があり、「現状に甘んじる姿勢(難しい、困った、出来ないが口ぐせ)、自分だけよければよいという姿勢(人をバカにする、尊敬しない)」がある。

つまり、現状打破の姿勢の人は、常にポジティブで、あきらめず、必ずなんとかなる、と思って行動している。

常に成長し続けるため、ポジティブ思考を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 06:26| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月05日

No 4812  法人化記念日

10月5日は 当法人の 法人化記念日

第1弾で スタッフ全員に BOOKを プレゼントしましたが

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今回は 第2弾で ユニフォーム・スクラブ・パンツなどを プレゼント

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より善いクリニック創りに 

スタッフ全員で 邁進いたします

万象肯定・万象感謝!

「こころ穏やかに こころ豊かに」

posted by Dr.モーリィー at 06:23| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 4811   【生きる陣地は、小さくていい】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【生きる陣地は、小さくていい】

大越俊夫氏の心に響く言葉より…



年をとると新陳代謝が衰えて、イヤでも体に脂肪がついてくるが、心のぜい肉にも同じことがいえる。
年齢やキャリアを重ねるにつれて、お金の次は地位、さらには名誉などと欲望をしだいに太らせていく人がいる。
大学の先生をしている知人が彼の同僚を評してこんなことをいっていた。

「それまでは学問一筋の清廉(せいれん)な人物で、尊敬の念を抱いていたんだが、定年が近づくにしたがって、だんだん俗気が出てきたようでね。
あるときぼくに、自分を名誉職に推す推薦人になってくれないかという依頼をしてきた。
まあ、それぐらいならと名前を貸したら、こんどは学内に銅像を建てたいなんていいだしたんだ…」

年齢が同僚氏を変えてしまったのか、それとも秘めていた欲望が年とともにあらわになってきたのか、どっちなのかはわからないが、かつての清廉な姿が俗臭にまみれるさまを見るのは、それが人間の性(さが)とはいえ、悲しいと知人は嘆息していた。
ことほどさように人間の欲はほうっておくと肥大するものだ。

自分を大きく見せるのはたやすい行為である。
それが人間本然の欲望に沿ったものだからである。
反対に、「自分を小さくする」ことはきわめてむずかしい。
それが意志にもとづく行為だからである。
欲望と意志が戦えば、勝利するのはたいてい前者のほうだ。

人が生きる陣地はおのおの小さいものでいいと思う。
陣地は狭くても、取り柄は少なくても、「これ」については誰よりも情熱がある、誰よりもくわしい、誰よりも優れている。
そういうパーセー的(自分の本質を保って余分な衣やぜい肉をまとわない。ものを加えるのではなく、ものを削っていく発想をする。自己肥大ではなく自己凝縮の方向へ努力をする。上昇思考よりは下降思考を心がける。存在意義を自分の外へ求めるのではなく、自分のうちに求める)強みを身に備えることのほうが大事である。
いたずらにサイズを大きくしようとするよりも、サイズはそのままでいいから中身の密度を濃くすることに力を注ぐ。
新しいことに手を広げるよりも、いまやっていることをさらによりよくやることに努める。
そうして小さいが濃密な自分を原点とし、迷ったらいつも本質(原寸)の自分に戻る。
そんな自己凝縮型の生き方が、不安定かつ不透明ないまの時代には有効なのではないか。

《生きる陣地は、小さくていい。自己を「広げる」生き方よりも、自己を「縮める」生き方を心がける。》

『その弱みこそ、あなたの強さである』PHP

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行徳哲男師の言葉がある。(いまこそ、感性は力)より

『カントは死ぬまで我が街から一歩も出でず。
キリストの布教はわずか5マイル四方。
しかし二人は人類を永遠に照らす深い真実を遺した。』

広さではなく、深さが真実や真理を伝える。
我々は往々にして、広さという、「華やかさ」や「派手さ」、「目立つこと」を求めてしまう。
広さとは、企業なら「売上げ」であったり「支店数」や「社員数」といった規模の大きさだ。

深さとは、中国明代の儒学者、呂新吾(ろしんご)の言う、「深沈厚重(しんちんこうじゅう)」のこと。
これは、第一等の人物の素質について語ったもの。

深みとは、また会いたくなるような深みと余韻のこと。
沈みとは、川に沈んでいる石のように水の流れにも動じない重厚さ。
厚みとは、温かさ思いやりの深さや厚み。
重みとは、どっしりとして重みのある発言や所作。

この「深沈厚重」の資質は、生きる陣地を小さくしなければ身につかない。
広さではなく、深さを求め続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:04| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月04日

No 4810   【テクノロジーの進化スピードは、この先も衰えることはない】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【テクノロジーの進化スピードは、この先も衰えることはない】

Gunosy創業者、福島良典氏の心に響く言葉より…



テクノロジーを基軸とすることが重要な理由として、その変化が社会に与える影響が大きいということに加えて、進化のスピードが速くなっているということがあります。
テクノロジーによる人々の生活やビジネスの競争環境の激変は、昔から何度も繰り返されてきました。
しかし、その時代を生きた人にとって、その変化は「比較的ゆっくりではあるけれど、確実に浸透していく」というスピード感だったのだと思います。
ある日突然、往来から馬車が姿を消して自動車が走るようになったわけではありません。

しかし、現代のテクノロジーの進化スピードは、人の意識の変化が付いていけないほどに速くなっています。
例えば、人が運転するより自動運転のほうが事故の確率は低くなるという実験検証が、すでに行われているといわれています。
それでも現時点で、「自動運転って便利そう。早く使いたい」と迷いなく言える人は少ないのではないでしょうか。
利便性を期待する以上に、「機械任せは怖い」「バグが起こったら事故になるのでは」といった不安のほうが大きいのだと思います。

インターネットが劇的に競争環境を変えることが分かっていながらも、多くの企業や個人がそれに対応できない。
その根本にも、こうした原因があるのかもしれません。

昔は、1人の人間が大きなテクノロジーの変化を複数回体験するということは、そうそうなかったはずです。
蒸気機関車が誕生したのは19世紀初頭、電車が誕生したのは19世紀末です。
当たり前のように馬車を使っていた人が、蒸気機関車に乗るようになり、電車というテクノロジー変革まで体験するということは少なかったでしょう。

ところが現代のテクノロジーは、5年や10年というスパンで、どんどん進化しています。
現に10数年前には存在すらしなかったスマホの普及率は、すでに72パーセントにも上ります。
テクノロジーの進化スピードは、この先も衰えることはないでしょう。
パソコンよりスマホのほうがずっと速く普及が進んでいることを思えば、衰えないどころか、さらに加速していくとも考えられます。

1人のビジネスパーソンとして考えたとき、かつては新しいテクノロジーが出てきても、普及し切る頃には現役ではなくなっていました。
「最新のものは自分とは関係ない。次の世代にお任せ」でよかったわけです。
しかしいまは違います。

私たち(Gunosy)は創業以来機械学習というテクノロジーを基軸に据えていますが、同時にほかのテクノロジーにも注目し、どう自分たちのビジネスに絡められるかを常に考えています。
「ブロックチェーン」「VR/AR」「音声認識」など、社会を大きく変えていきそうなテクノロジーが、今日も進化しています。
テクノロジーの変化を読み、生かすことができなければ、企業も個人も生き残っていけません。
自分たちが働いている間に大きなテクノロジーの変化が、ポン、ポン、ポン、と複数回起こる。
その度に働き方を変えなければいけない時代になっています。
それが良い時代となるのか、悪い時代となるのかは個人の捉え方次第なのです。

『センスのいらない経営』SOGO HOREI

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現代くらい、日々すさまじい変化が起こる時代はない。
その変化を、ワクワクしながら、「面白い」、「新しいことをもっと知りたい」と思う人もあれば、「とてもついていけない」、「変化が激しすぎる、やってられない」と暗い顔をして言う人もいる。
昔は、変化のスピードがおそかったので、「自分はできない」、「それは若い者にまかせた」などと言っていても、定年まで仕事をまっとうすることができた。
しかし、今はその変化のスピードがあまりに早いため、自分の会社人生の中でその変化は複数回起き、「私は知らない」「できない」などと言っていたら、あっという間に置いていかれ、リストラの憂き目にあう。

だからこそ、普段からITやAIに縁遠い仕事や生活をしている人ほど、新しい技術やデジタル家電や、ガジェットに触れることが必要だ。
たとえば…
最新のスマホやスマートウオッチを買ってみる。
音声認識の「Google Assistant」や「Amazon Alexa」を使ってみる。
SNS等で、とにかく発信してみる。
電子マネーをスマホで使ってみる。
手帳を捨てて、スマホやPCのカレンダーを使ってみる。
紙のメモを捨て、スマホやタブレットやEvernoteを使ってみる。
新聞を紙ではなく、スマホやタブレットで読んでみる。
電話ではなく、ライン電話や、フェイスタイムを使ってみる。

ちなみに、福島氏は、「センスのいらない経営」とは、かつて企業を急成長させた経営者が持っていた「経験知」や「勘」、つまり「センス」でなく、「数字」や「データ」といった、真実だけを告げる指標を正しく見極める力だという。

「テクノロジーの進化スピードは、この先も衰えることはない 」
この大きな変化を、「ワクワクする」「面白くて仕方がない」と感じられる人でありたい
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2018年10月03日

No 4809   横浜日記 A  

準備中
posted by Dr.モーリィー at 22:01| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4808   【自己顕示と嫉妬】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自己顕示と嫉妬】

小林正観さんの心に響く言葉より…



人間は、そもそも「たいしたものでない」のに、成長していくにつれて、心の中に「3つの感情」が芽生えてきます。

1. 自己顕示欲
2. 復讐心
3. 嫉妬

です。この3つは、人からもてはやされて、高い評価を受けるようになった頃に出てきます。
これらはすべて「マイナスのエネルギー」であり、神様から嫌われる性質です。
自分のことを「たいしたものだ」と認識したいと思うから、「自己顕示欲」が湧いてきます。

みんなが自分のことを「たいした人だと認めるべきだ」と思っているから、そうならないときに、「嫉妬」が芽生えます。
他の人がちやほやされているのを見て、「どうして自分にはそうしないのか」という思いが、「嫉妬」です。

また、人から何か気に入らないことをされたとき、それを「5倍、6倍にして徹底的に嫌がらせをしてやるぞ」と思う気持ちが、「復讐心」です。
先日、高い技術を持った人にお会いしました。
その人の実力は、たしかに誰もが認めるところです。
しかし、話を聞いていると、「自分がどれほどすごい人か」という話に終始していました。
自分の話ではなく、「技術」の解説をしていたら、聞いている人はさらにその人を尊敬したでしょうし、その人は、さらに「喜ばれる存在」になっていたでしょう。
ところが、「雑誌に紹介された」「有名人と知り合いだ」という自慢話が続いたのです。

どれほど「すごい実力」を持った人でも、口から出るのが「自分がどれほどすごい人か」という自己顕示欲、「自分はこんなにすごいんだけど、別の人が評価されているのは許せない」という嫉妬、「いつか見返してやるんだ」という復讐の言葉ばかりなら、誰も話を聞きたいと思いません。
「自己顕示」「復讐心」「嫉妬」の3つの感情を持つ人は、損をしている。
とても、もったいないと思います。

「どれほどすごい人物か」というのは、自分から話さなくても、伝わるものです。
「すごい実力」を持っているのだったら、ただ黙って行動で示せば、誰もが認めてくれるでしょう。

『ありがとうの神様』ダイヤモンド社

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「自己顕示 自己嫌悪 わたしの こころの うらおもて」(相田みつを)

自己顕示とは、自分を実際以上に大きく見せかけることであり、自分の存在を目立たせ、他人の注意を引くことだ。
他人に必要以上にアピールすることは、人にもっと認めてもらいたい、ほめてもらいたい、という承認欲求の表れ。
人は、少しうまく行きだすと、どうしても偉そうにしてしまう。
人の話を聞かず、自分の話ばかりしたり、他人の批判や悪口が多く、人に譲ることをせず、いつも主役でいたがる。

復讐心が強い人は、自己中心的な人だ。
自分を正当化し、人をゆるさず、攻撃的に人を責める。
「なぜ、あいつが!」「今にみていろ、俺(私)だって」という感情だ。
《一瞬だけ幸福になりたいのなら、復讐しなさい。 永遠に幸福になりたいのなら、許しなさい。》(フランスの聖職者 アンリ・ラコルデール)

嫉妬とは、自分よりすぐれていたり、恵まれていることにたいして、うらやんだり、ねたんだりすること。
「お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちにはなりません」という、 イギリスの元首相、 マーガレット・サッチャー氏の有名な言葉がある。
嫉妬心や復讐心は、ほぼ、この言葉に凝縮されている。

幸せな人を不幸にしても、自分は幸福にはならない。
嫉妬するのではなく、他人の幸せを共に喜ぶこと。
そして、自分が今ここに生きていることに感謝すること。

《人間は、そもそも「たいしたものでない」》、 という言葉を深く胸に刻みたい
posted by Dr.モーリィー at 05:27| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年10月02日

No 4807  横浜日記@ 盛和塾第26回世界大会!

盛和塾第26回世界大会!

 心を高める 経営を伸ばす

おいちゃん 初の盛和塾世界大会参加

パシフィコ横浜に5000人近くの 経営者・経営幹部が
全国、世界から集まって 大勉強会! 98塾 4796名という速報!
学び多き時間に 大感謝でした

基本 国立大ホール(勉強会会場)は 撮影禁止でしたので 
雰囲気だけでもどうぞ

圧巻は 昼食・夕食会場となった パシフィコ横浜展示ホール
おいちゃんたちの業界 デンタルショーで使うとても広い会場です
そこに 5000人分の食事が お昼のお弁当が
夕食のメインコースが ただただ 驚きでした

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台風一過の朝 気持ちの良いジョギングしながら パチリ

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No 4806   【100%やってくる未来は、人口減少と少子高齢化】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【100%やってくる未来は、人口減少と少子高齢化】

成毛眞氏の心に響く言葉より…



今後、どんな天変地異が起ころうとも、日本に、100%やってくる未来が、人口減少と少子高齢化だ。
2040年ごろには、ほとんどの団塊ジュニア世代が65歳以上となり、高齢人口がピークを迎える。
国立社会保障・人口問題研究所によれば、2042年、65歳以上の高齢者は3935万人にも達するという。
2053年には人口も1億を下回ると予測されているから、人口の40%近くが高齢者になるという計算だ。

地方に行くと、その割合はさらに増える。
秋田県に至っては、2045年に人口の50%以上が65歳以上の高齢者になると予測されている。

このような状況が予想できるわけだが、本当に恐ろしいのは何かといえば、「お金」の問題である。
客観的に考えていくと、どう見積もっても、ミドルエイジは、この先、茨(いばら)の道を歩まざるをえない。

まずは年金と社会保険の問題だ。
今の40代が高齢者になるころには、年金の給付額は大幅に減るのは間違いない。
現行の制度のままでは現役世代がつぶれてしまうから、社会保険は持ちこたえられなくなる。
そうなると、解決策は一つしかない。
高齢者への社会保険の給付を減らすことだ。
意外と見過ごされがちなのが、健康保険や介護保険を利用するときの自己負担割合である。
現在の医療費の負担割合は70歳までが3割、70〜74歳が2割(現役並みの所得者は3割)、75歳以上が1割(同)だが、これにメスが入るのも避けられない。
70歳までは5〜6割を負担、75歳以上も3〜4割を負担という未来は容易に想像できる。
そんな厳しい状況に拍車をかけるのは、増税だ。
2018年3月の時点で、国の借金は1087兆8130億円に膨れあがっている。
借金を返すにも、国の基本的な収支をあらわすプライマリーバランスはずっとマイナス(赤字)だから、減るどころか増える一方。
今でも返せないのに、今後は人口減によって、さらに税収が減るから、もはや生易しいやり方では返せまい。
いずれにしても、国として税金を上げるのは避けれられないことだ。

こうした経済環境の変化を勘案すると、残念ながら、次のような未来が予想できる。
それは、「老後に贅沢な資金をもっていなければ、リアルに野垂れ死ぬ」ということだ。
お金がなければ、医療や介護サービスをろくに受けられなくなる。
それどころか、日々の食事や生活必需品にも困ることになるだろう。

このまま漫然と老後を迎えれば、その先には地獄が待っている。
そうならないためには、いまのうちから手を打つことが必要だ。
その1つは、稼いだお金を貯めて、それを資産運用に回すこと。
資産運用も大事だが、最も重要なのは、お金を稼げる自分であり続けることだ。
60代になっても70代になっても稼ぐことができれば、社会保険に頼らなくても、インフレが来ても、食いっぱぐれることはない。

『定年まで待つな! 一生稼げる逆転のキャリア戦略 (PHPビジネス新書)』PHPビジネス新書

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人口減少と少子高齢化によって引き起こされる問題は多岐にわたる。
たとえば、「地方の市町村の消滅」「大学の倒産」「空き家や耕作放棄地の増大」「地方の伝統行事の消滅」「さらなる人手不足」「地方の交通機関の撤退や縮小」「税収減による公共サービスの低下や劣化」「町内会や自治会の崩壊」「地方の中小企業の後継者難による廃業や倒産」等々だ。

未来の予測に最も役立つのが、人口学だと言われている。
なぜなら、何年後かの人口は、ほぼ正確に予測できるからだ。
だから、人口減少と少子高齢化に伴って起こる未来予測は、時期のずれは少しはあったとしても、ほぼ正確に必ず起こる。
今、見える未来だ。

政治や経済や経営、あるいは、IT技術などの未来の予測はそうはいかない。
変化は加速し、様々な方向に波及し、その結果、思ってもみなかった方向に進むからだ。

「100%やってくる未来は、人口減少と少子高齢化」
本書には、厳しい指摘だけでなく、これからをどうすればいいかというポジティブな策も数多く列挙されている。
個々人に向けて書かれた本だが、これを会社に置き換えてみても大いに参考になる。

「人口減少と少子高齢化」の時代をたくましく生き抜きたい
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