2018年07月09日

No 4690   【代替案を出さない人は嫌われる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【代替案を出さない人は嫌われる】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



よく、会社の企画会議なんかで「これは売れるぞ」と思って発表すると、ちゃんと数字を見たのかとか、こういう理由で売れないってことをあれこれ言う人がいるでしょ。
私が本を出すときも、やっぱり売れない理由を言ってくる人がいるんだよね。
そうすると、私はこう返すんです。

「売れない方法を知ってるんだったら、売れる方法もわかるよね?」
そうすると、たいてい相手は黙ります(笑)。
これじゃダメだって言うんだったら、もっといい意見があるんだよねって。
私の意見を否定するんだったら、もっといい意見がなきゃ。

まさか代替案もないのに、人の意見だけ否定してるわけじゃないよなって。
否定するのはいいけど、だったらコレやったほうがいいよって代替案を出すのが愛だよ。
あのね、ダメなことを話し合ったって、1円にもならないんです。
1つも余分に売れないんだよ。
わかるかい。

子どもからおもちゃ取り上げるんだったら、代わりにもっといいものあげないとね。
代わりも出さないで否定するのはおかしいんです。
だって、私はこれを最高だと思って売り出そうとしてるの。
それを否定するんだったら、こうやると売れるよっていう改善案がなきゃ。
それを出してくれれば、私だって納得するよ。
嫌われる人っていうのはね、人の意見をつぶすけど、代替案を出さないからなんです。

だけど、会社の上司に「じゃあ、代替案を出してくれますか?」とか言いづらい。
そういう場合は、自分が社長になっちゃうしかないよね。
自分が社長を目指して、いちばん偉くなればいいんです。

『斎藤一人 俺の人生 (すべてが成功する絶対法則)』マキノ出版

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人の意見をつぶすだけつぶして、自分では全く意見を出さない人がいる。
まさに、人の足を引っ張って、現状維持の姿勢を貫く人だ。
現状維持の姿勢の人は、どんどん退歩してしまう。
なぜなら自分が変わらないでじっとしている間に、時代やまわりがどんどん変化してしまうからだ。

自分では組織や会社を守るために、厳しい意見を言っているように思っているのかもしれないが、行動としては、現状を維持し、変化しないために動いている。
代替案を出さないで、人の意見を潰すだけの人には、未来は感じられない。
だから、嫌われる。

代替案なしの批判や批評は誰でもできる。
言いっぱなしでいいからだ。
しかし、代替案は、つねに主体的に動いている人でなければ持つことはできない。
人のせいにするクセのある人は、責任をとらない、当事者意識のない人。

人の意見を批判だけするのではなく…
どんなときも、代替案を出せる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:23| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月08日

No 4689   【運は心の持ちよう】

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【運は心の持ちよう】

リチャード・ワイズマン博士の心に響く言葉より…



私はたくさんの実験を行い、数百人にインタビューをして、数えきれないほどのアンケートを集計した。
そして、ついに、幸運の秘密を突き止めた。
運は魔法の力でも、神様からの贈り物でもない。

そうではなく、心の持ちようなのだ。
どのように考え、どのように振る舞うかなのだ。

私たちは「運のいい人」「運の悪い人」として生まれてくるのではない。
幸運や不運の大半は、自分の考え方や行動によってつくりだすことができる。
さらに、一連の研究を通じて、幸運な人生には四つのシンプルな法則があることもわかった。

第一の法則は、チャンスを最大限に広げること。運のいい人に共通する性格は偶然のチャンスをつくりだし、チャンスの存在に気づかせて、チャンスに基づいて行動させる。

第二の法則は、虫の知らせを聞き逃さないこと。運のいい人は直感と本能を信じて、心の声に耳を傾け、正しい判断をする。

第三の法則は、幸運を期待すること。運のいい人は将来に対する期待度が高く、予言が当たるかのように「思っていたとおり」になって、夢や目標の実現をうながす。

第四の法則は、不運を幸運に変えることだ。運のいい人は立ちなおりが早く、不運に見舞われても、それを幸運に変える力を持っている。

『運のいい人の法則 (角川文庫)』角川文庫

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運の悪い人は、チャンスに気づかない。
チャンスは誰にでも訪れているにも関わらず、それを見逃してしまう。
日頃、否定的な見方をしているような人だ。
否定するのがクセになっているから、反射的に「できない」とか「無理」と言って否定する。
それは、日常の中に小さな幸せを見つけることが上手な人と、下手な人がいるのと同じだ。
下手な人は、嫌なことばかりみて、不平不満、愚痴、悪口、泣き言ばかり言っている。
しかし、上手な人は、いいところばかり見て、楽しい、幸せ、うれしい、ありがとう、感謝、という言葉たくさん出てくる。
幸せ探しが上手な人は、運がいい。

また、直感がするどい人は、素直な人だ。
素直な人には子ども心がある。
子ども心がある人は、好奇心があり、驚いたリ、笑ったり、感動したりする。
子どものように感性が豊かだから、直感が降りてきやすい。

何かを始めようとするとき、「それは面白いやってみよう」と挑戦する人と、「これとこれの問題があるから難しい」と足を引っ張る人の二つのタイプの人がいる。
難しいからやめようという人は、永遠に挑戦することはない。
失敗を恐れて何もやらなければ、運はやってこない。
未来を信じ、未来への期待度の高い人だ。

マイナスをプラスに変えることが上手な人は、いつもポジティブな気持ちでいられる。
オセロのゲームのように、ずっとマイナスであっても、いつかどこかでひっくり返せると思っていれば、いつも機嫌よくいられる。
「幸運は不運の顔をして現われる」と言われる。
不運な出来事も、後から考えると、「それがあったから今の自分がある」、「あのおかげで助かった」、ということは枚挙にいとまがない。

「運は心の持ちよう」とは、中村天風師のいう、「人生は心一つの置きどころ」。
運を呼び込む心の法則を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 19:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月07日

No  4688   【AI時代の子育て戦略】

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【AI時代の子育て戦略】

成毛眞氏の心に響く言葉より…



あなたは今、確信を持って子育てをしているだろうか。
少し前までは、「いい大学に行かせること=理想の子育て」と理解している親が多かった。
実際に、一流大学に行けば一流企業に就職できて、それなりに安定した生活を送ることができた。
まだまだそう思っている親はいるだろう。

しかし、こうして本書を手に取っているということは、あなたはすでに「一流大学コース」に疑問を持ち始めているのではないか。
受験に子育ての100%を注ぎ込んでいいとも思えないが、かといって何をさせれば良いのかわからない。
そんなふうに迷っているのではないだろうか。
考えてみれば、迷うのも当然だ。

本書のメインとなる読者はおそらく30〜40代の子育て世代だろう。
その多くは、厳しい競争を乗り越えて大学に進学し、就職難の時代を勝ち抜いた結果、職を得た人たちだと推測する。
「いい大学を出て安定した職に就けば幸せになれる」と信じてがんばり、配偶者や子供にも恵まれ、それなりに不自由なく生活していることだろう。

でも、どこかでぬぐいきれない違和感も感じているはずだ。
ふと見渡せば、自分よりも一回り年下の世代がベンチャー企業の経営者として成功し、ケタ違いの収入を手にしているという現実がある。
NewsPicksなどのニュースアプリを見れば、そんな人たちが山のように登場し、会社では耳にすることのない情報が飛び交っている。
自分が生きてきた世界とは違う世界で成功している人がたくさんいる。
どこでどうやってコースが違ったのか、わからない人もいるだろう。

ただ、わからないながらも、疑問は抱いているはずだ。
これまで社会的に成功とされてきた、難関中高一貫校から東大、一部上場企業へという路線が、今後も成功像になり続けるかどうかという疑問。
「いや、どうも違うんじゃないか」と気づいているはずだ。
そう、あなたの違和感は正しい。
すでに「ガリ勉をして東大」というルートはヤバイ。
私の肌感覚から言うと、東大卒で本当に使える人は10人に1人いるかどうかだ。
幼い頃から難関校合格を目指して小中高と学習塾に通い、特定の正解を得るためのテクニックを磨く。
そうやって東大を卒業した結果、わが子が「使えない人材」になったら…。
私なら、そんなハイリスクな教育にベットしようとは思わない。

今、人工知能(AI)技術の高度化で、今後は多くの職業がAIに取って代わられると言われている。
先が読みにくい時代であることは間違いない。
では、AI時代の子育てとはどういうものなのか?
どうすればよいのか?

『AI時代の子育て戦略 (SB新書)』SB新書

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本書の目次にはこんな言葉がある。
■子育ては「ハマるもの探し」の旅
■もはや「東大出身」は武器にならない
■子どもにはゲームをやらせなさい
■10年後、その職業は存在するのか?
■AI時代を生き抜くためのSTEM教育

そして、成毛氏はこう語る(本書より)。
『子どもは将来「AIを使う人間」と「AIに使われる人間」とに二分されることになる。
では、AIを使うメンタリティをどう養っていけばよいのか。
結論をいえば、新しい技術に触れさせることに尽きる。
別にすべてを使いこなす必要などない。
ドローンが飛んでいるところを1回でも見せて、「ドローンてこういうものなんだ」とわかってもらうだけでいい。
あるいは3Dプリンターが動いている様子を見せて、「こうやって立体モデルを作っているんだ」と認識させるだけでも十分である。
AIも同じことだ。
AIが実際に動いているところは見えないから、AI搭載のスマートスピーカーが音声を処理して音楽を聴かせたり、生活情報を伝えてくれたりするのを見せるだけでいい』

これらのことは、子どもの教育だけではない。
大人も、「新しい」に触れることはとても大事だ。
新しいスマホや、スマートウオッチ、VR、スマートスピーカーなどといったモノや、最新の情報というコトを手に入れる。
そして、新たなアプリを入れたり、SNS等を面白がってやってみるという好奇心。
すべて、年をとればとるほど必要なことだ。

なぜなら、「新しい」に触れていないと、新しいコトやモノを否定するようになってしまうからだ。
AI時代の子育て戦略は、むしろ、大人の生き方が問われる
posted by Dr.モーリィー at 06:42| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月06日

No 4687   【キャパがある人】

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【キャパがある人】

中谷彰宏氏の心に響く言葉より…



理不尽(りふじん)だとグチる人は、「怒りを人にぶつけること」で解決しよとします。
「怒れば解決する」と思い込んでいるのです。
怒りをぶつけることで物事は解決しません。
むしろ悪化します。

これは「おむつ作戦」です。
赤ちゃんの間は、泣けばなんとかなりました。
いい大人が「おむつ作戦」を持ち出しても、バカにされるだけです。
よけい前の道はふさがっていきます。

「いい大人が、おむつをつけた赤ちゃんのようなことを言うな」と言われて、ますます事態が悪化するのです。
理不尽なことに出会った時の対応の仕方で、その後の事態が好転したり悪化したりします。
それは自分自身が決めています。
理不尽なことを、いかに避けるかではありません。
大切なのは、理不尽なことに出会った時に、それを好転させる手口を試行錯誤しながら身につけていくことです。

これが社会で大人として学ぶことです。
これを、「キャパがある」と言うのです。

『「理不尽」が多い人ほど、強くなる。』きずな出版

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マザーテレサの「理不尽」についての言葉がある。
『人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなくし善を行い続けなさい…』

世の中は、考えてみれば理不尽なことに満ちている。
しかし、それを理不尽と捉えるか、それを「気にすることなく」、平然と、淡々と、人を愛し、善き事を行い続けることができるのか。

キャパがある人の反対は、「器(うつわ)の小さい人」。
器の小さい人は、すぐ人のせいにしたり、すぐに怒ったり、人の成功を喜べなかったり、人を褒めないような人だ。
要するに、自分のことだけしか考えていない人。

理不尽なことに出会っても…
それを好転させることができる、キャパのある「大人」をめざしたい
posted by Dr.モーリィー at 07:33| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月05日

No   4685   【自分の機嫌は自分で取る】

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【自分の機嫌は自分で取る】

リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…



私たちはいつだって、気分がよくなったり悪くなったりするのをまわりのせいにする。
休暇直前になって締め切りが迫った仕事を指示されるとか、上司が突然怒り出すとか、誰かのせいで遅刻したとか、こうした出来事のせいでイライラさせられていると思い込む。
でも、本当はそうではない。
前述したように、あなたの気分を左右しているのはすべて、あなた自身の「考え方」だ。
それがわかってくれば、あなたは自分の気分とうまくつき合える。

たとえば、ふさぎ込んでいるときは、できるだけ重要な決断はしないとか、大切な顧客に電話するのは、やる気がわいてくるまで待つといったことが、できるようになるのだ。
自分の今の「気分」に気づき、理解して、気分に合った行動をとるのは、その日の天気に合った服を選ぶのに似ている。
暑い日には涼しい格好をし、寒い日には上着をはおり、雨の日には傘をさす…気分とも、そうしてつき合えばいい。

そして、まわりの人の気分にも波があることを知っておこう。
相手の気分に合わせて自分の気分を変えるということではない。
その人の気分を考慮に入れるだけで、いろいろなことがストレスなく回り始める。

たとえば、部下がどうも機嫌が悪そうだとわかれば、気分が浮上するのをちょっと待ってから新しい仕事を指示する、といった具合に、機嫌がいいときなら部下はこちらの話を聞く耳を持つだろうし、ムキになったりしない。
逆でも同じこと。
仕事が忙しい時期にどうしても休暇を取りたいという相談を上司にするなら、やはり上司の機嫌がいいときを狙ったほうがいい。

ただし、その人が不機嫌になっているのか、いちいち詮索しないこと。
誰だって、気分に浮き沈みがある。
もちろん「なぜ、そんなに仏頂面をしているんだ」と相手を責めたりしてもいけない。
あなただって不機嫌になっていた瞬間があるはずで、お互いさまなのだ。

また、「不機嫌なのはあなたのせい」と相手に責められたとしても、真に受けないこと。
その人が不機嫌なあまり、あなたの態度に必要以上に厳しい目を向けているだけかもしれない。
だから、あなたが思い悩む必要はないのである。


『読むだけで自分のまわりに「いいこと」ばかり起こる法則: 快適にポジティブに生きるコツ (単行本)』(浅見帆帆子訳)三笠書房

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機嫌がいいことは、人生を生きる上で、一、二を争うくらい大切なことだ。
なぜなら、不機嫌は伝染するから。
機嫌のいい人と一緒にいれば、気分は明るくなって、笑いや、元気が出てくるが、不機嫌な人と一緒になったら、気分は暗くなり、仏頂面で、憂うつになり何もやる気が起こらなくなる。
不機嫌はまわりを不幸せにしてしまう。

逆に言うなら、まわりがどんなに不機嫌であっても、自分だけは機嫌よく過ごす必要がある。
あの人が不機嫌だから私まで不機嫌になったという、まわりに左右されている人は、人のせいにする人だ。
自律している人は、自分の機嫌は自分で取る。

いつも機嫌のいい人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:57| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月04日

No   4684   【前祝いの法則】

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【前祝いの法則】

ひすいこたろう氏の心に響く言葉より…


なぜ日本人はお花見をするのか?
実は、お花見こそ、古代日本人が実践していた、夢(願い)を叶えるための引き寄せの法則だったのです。
古代日本人の一番の願いは、稲がたわわに実り、お米がしっかりとれることでした。
その願いの実現を引き寄せるためにやっていたのが、実は、お花見だったのです。

どういうことか?
春に満開に咲く「桜」を、秋の「稲」の実りに見立てて、仲間とワイワイお酒を飲みながら先に喜び、お祝いすることで願いを引き寄せようとしていたのです。
これを「予祝(よしゅく)」と言い、ちゃんと辞書にも載っています。
古代日本人がやっていた、夢の引き寄せの法則、それが「お花見」だったのです。
祝福を予(あらかじ)め予定するのです。
いわば、「前祝い」です。

先に喜び、先に祝うことで、その現実を引き寄せるというのが、日本人がやっていた夢の叶え方なんです。
盆踊りも予祝です。
秋の豊作を喜ぶ前祝ダンスが由来です。

実は、奇跡はとてもシンプルな法則(原理)で起きています。
日本のことわざ、「始めよければ終わりよし」
というのは、現在の心の状態(始め)がよければ、未来(終わり)もよいって意味なんです。

いまを喜んで生きれば、未来もまた喜びが待っているのです。
これが奇跡の起こしかたです。
21世紀までは、いいことがあったら喜ぶという時代でした。
しかし、22世紀は「順番」が違う。
いいことなんか、なにもなくても先に喜んでしまう時代です。
先に前祝いして、いいことを引き寄せる時代です。

武田鉄矢さんも、この「予祝」でブレイクしています。
フォークシンガーだった若い頃の武田鉄矢さんが、歌が売れなくて、東京から故郷の博多に帰り、お母さんに「もう、歌をやめる」と言ったのだそう。
すると、お母さんは「やめるな!」と。
そして黙って冷酒をついでくれ、コップを高々と掲げて、こう言った。

「鉄矢さん、成功おめでとうございます。かんぱ〜い!!!」
鉄矢さんは、「めでたかことは、なーんにもなかばい」と伝えると、お母さんは「とにかく先に祝おう」と。
いったいなんのことかわからず、ポカーンとしていると、お母さんはこう言ったそう。

「おまえには貧乏神が憑(つ)いている」
えっ〜!!!???

「でも、乾杯すればその貧乏神はここまで苦しめているのに、まだおめでとうとか言ってるよ」と拍子抜けして離れて行く。だから一芝居打ってお祝いするんだ」と。
この日、親子で一芝居打ち、祝杯をあげたわけです。
すると、このあと一気にブレイクしていくのです。
鉄矢さんは、これが日本古来の「予祝」だったということをあとで知るわけですが、「あの夜は忘れられない」と語っています。

喜べば、喜びがやってくるのです。

『前祝いの法則』フォレスト出版

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本書のあとがきに大嶋啓介氏のこんな言葉があった。

『江戸時代や明治の頃の日本人は、海外の人たちから、このように評されています。
「日本人ほど愉快になりやすい人種はほとんどあるまい。よいにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。そして子どものように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである」(リンダウ・スイス通商調査団)
「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である」(ボーヴォワール)
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌の良さがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと溶け合う。彼らは何か目新しくすてきな眺めに出会うか、森や野原で珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている以外は、絶えず喋(しゃべ)り続け、笑いこけている」(1686年のタイムズ紙)

この頃の日本は、とても貧しかった時代です。
にもかかわらず、日本人はいつも笑いこけていて、日本人ほど愉快になりやすい人種はいないと、海外の人は口々に評してくれているのです』

太陽神、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に引きこもってしまったため、世界は真っ暗闇になってしまいあらゆる禍(わざわい)が起こったという。
そこで、神々が集まり、相談して行ったことが、天の岩戸の前での宴会だ。
踊りと、飲めや歌えの大騒ぎで、大笑い。
とうとう、気になった天照大神はとびらを少し開けて見たすきに、とびらをこじ開け、天照大神を引っ張り出し、世界に光が戻ったという有名な日本の神話がある。
笑いや、明るい気持ちで、機嫌よく、ふざけること、たわむれること、大騒ぎすることはとても大事なことだ。
これが、日本の祭りの原点だともいわれる。

先に笑うこと、先にお祝いすることこそ大事なことはない。
予祝の実践をしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月03日

No   4682   【病気はメッセージ】

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【病気はメッセージ】

トランスフォーメショナル・コーチ、梯谷幸司氏の心に響く言葉より…



私たちはそれぞれ、「生きる目的」を持って生まれてきます。
つまり、今回の人生においてなしとげる「何か」を、各自が担っているのです。
その何かとは、「人々や世の中に貢献すること」かもしれませんし。
「人々を愛すること」かもしれません。
「これまでにない『価値』を創造すること」かもしれません。

そして私たちは、こうした自分自身の生きる目的につながる活動をしているとき、幸せを感じます。
本当の自分として生きていることに、充実感を覚えるのです。
ところが、現実の社会では、そうした生き方をするのが難しい場合が少なくありません。
社会生活を送る以上、私たちはある程度、社会のルールに従って生きていくことが求められます。
社会からの要請に応え、社会から望まれる形で生きていくことで、「社会的自分」がつくられていきます。
そして、その社会的自分と、自分の生きる目的が合致しないケースが多々見られます。

たとえば、「俳優になりたい」「小説家になりたい」という夢があっても、まわりの大人たちから「夢だけで食べていけると思っているのか。安定した会社に就職しろ」と言われて反対されるのは、わかりやすい事例でしょう。
人は誰しも、「生きる目的」に向かって生きていきたい欲求があるのは、前述した通りです。
そのため、社会的自分と本当の自分との間に葛藤が生まれます。

「社会からの期待に応えられる自分でなくてはならない」と懸命に思う人がいる一方で、ごくまれに社会からの期待をどこ吹く風で受け流し、本当の自分を貫く人もいます。
しかし大多数の人は、社会的自分によって本当の自分を徹底的に抑えつけます。
「そんなことをしたら、怒られる」「それだけの能力はないから、あきらめよう」「そんな進路では、まともに生活できない」…などなど。
社会的な自分が、さまざまな思い込みやセルフイメージをつくることで、本当の自分が生きる目的に向かって生きていくことを阻止しているのです。

とことん抑えつけられれば、抵抗や反乱が生じるのは、古今東西の歴史が証明しています。
社会情勢と同じことが、人間の体の中でも起こります。
それが「病気」です。
社会的自分によって、自分の中の奥深くに封じ込められた本当の自分が「「このまま生きる目的に向かって生きることが許されないなら、元気でいても意味がない」と、さまざまな病気をつくり出していくのです。
これは、見方を変えれば、本当の自分からのメッセージともいえます。
つまり、今の自分が生きる目的とズレた生き方をしていることを、本当の自分が病気という形を使って、教えてくれているのです。

『本当の自分に出会えば、病気は消えていく (単行本)』三笠書房


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梯谷氏は、病気を「敵」だと思っているうちは、病気はやめられない、という(本書より)。
『同じような病気にかかっても、それを確実にやめられる人と、なかなかやめらないどころか、悪化させてしまう人がいます。
私はかれこれ30年近くコーチングやカウンセリングなどを通じて、病気をやめる手伝いをしてきましたが、最近わかったのは、両者を分ける一つの大きな違いとは、病気を「敵」と見なしているかどうかだということです。
病気をやめられる人たちは、病気を敵と見なしていません。
もちろん、私とのセッションがスタートした時点では、多くの人が病気を敵と見なしています。
ただ、病気をやめられる人たちは、セッションをつづけるうちに、病気が本当の自分からの「あなたは今、本来の『生きる目的』とズレた生き方をしているよ」というメッセージだと気づいていくのです。
そして病気と向き合い、本当の自分と話し合いを始めます。
本当の自分に対して「これまで無視しつづけてごめんね」と謝罪し、和解していくのです。
この段階に至るとほとんどのクライアントは、「社会的自分」に縛られることをやめ、本来の「生きる目的」に向かって生きはじめます。
すると、気がついたら病気をやめられているのです。
では、病気を敵だと見なしつづけると、なぜ病気をやめられないのでしょうか。
敵ということは、闘う相手だということです。
そのため、敵である病気を倒し、根絶するための治療を選ぶ傾向があります。
たとえば、薬を大量に服用したり、がんであれば放射線治療を選んだり、手術で切除したり、という具合です。
あらゆる手段を使って、病気のもとを自分の中から消したり、切り離したりすることに懸命になります。
しかしこれは、本当の自分を無視したまま対症療法的な処置をしているだけで、根本的な解決にはなりません。
そもそも病気は、封印されつづけた本当の自分が発する、「存在に気づいて!そして、本当の自分として生きて!」というメッセージです。
そのメッセージを無視していては、いくら表面的な治療を施したところで病気を根本的に消すことは難しいのです。
そのため、なかなか治らなかったり、あるいはいったん治ってもすぐに再発してしまうのです。
草むしりで雑草を刈ったところで、根が残っていれば再び生えてくるのと同じですね。
病気が悪化してしまうのは、自らの存在をあくまでも無視しつづけようとする今の自分に対して、本当の自分が「それなら、もっときつい状況にして気づいてもらおう」という働きをするからとも考えられます』

この病気を会社の経営と考えてみるとよくわかる。
会社の業績が悪くなってきたとき、そのメッセージに耳を傾けず、今までと同じことをしていたら、会社はどんどん倒産の方向に向かう。
つまり、自社の、大切な価値観や、経営理念、行動指針やミッション、などを忘れていないか。
それらを忘れて、逆に、無理な売上げ拡大をはかったり、ギャンブルのような投資に手をだしたり…。
それらを、軌道修正しなければ、どんどん業績は悪化し、ついには会社は存続できなくなる。

「病気はメッセージ」
病気を敵と見なさず、自分の行動を改め、本来の方向に向かって進みたい
posted by Dr.モーリィー at 02:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年07月02日

No 4681    【人生とは自分自身が主役を演ずるドラマ】

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【人生とは自分自身が主役を演ずるドラマ】

稲盛和夫氏の心に響く言葉より…



人生とは自分自身が主役を演ずるドラマです。
しかし実生活のドラマでは、単に演ずる以上のことをしなければなりません。
自分自身で脚本を書くのです。
始めから結末がわかっているドラマと違い、どういうドラマを描くかは、私たち次第なのです。

運命は生まれた時から決まっていると言う人もいますが、私はそういう考えに賛成できません。
自分の心や考え方を高めていくことによって、運命をも変えることができると私は信じています。
「運命」に抗するというのではなく、自分が演じたいと思う主役のための脚本を書けるように、心と精神を鍛えてゆくべきなのです。
それを少しでも早い時期に実行すれば、それだけ早く自分の人生をコントロールし、日々の一瞬一瞬を真摯(しんし)に生きていくことができるのです。

そのきっかけは、人生の節々に数多くあるはずです。
ですからそれを求めて必死に努力していれば、チャンスを掴むことができるのです。
しかし、人生の明確な使命や目的というものを持っていなければ、どんなにはっきりした、素晴らしいチャンスさえも見逃してしまうでしょう。
人生というドラマにおいては、自分を主役にして脚本を書いた人と、目的意識もなく惰性で生きた人とでは、たいへんな違いができるのです。

また、時代がどう変わろうとも、人間の本質は変わらないのです。
誰しも人間は人生で善きことを追求し、後世に何か価値あるものを残すことによって、「永遠性」を達成したいのです。
「仕事に打ち込んで、世の中の役に立つことができました。私は幸せです」と言えるような満ち足りた人生を送ることを誰もが望んでいるのです。

中には、この考え方に同意しない人がいるかもしれませんが、私は、この真剣な生き方のほうが安易な生き方よりも良いと、心から信じています。
おそらく人生経験を積んだ人たちには、私の言うことがわかってもらえるでしょう。
しかし残念ながら、そういう年輩の人たちは自分自身の人生観を若者と分かち合うことをためらうことが多いのです。
時代が変わったのだから若い人たちには古い話は無意味だろうとあきらめがちですが、心を込めて話せば、ほとんどの人たちがその意味をわかってくれると私は信じています。

『成功への情熱―PASSION (PHP文庫)』PHP文庫

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稲盛氏は本書の中でこう語る。
『卒業後、社会人となって成功した人を見て、「あんなやつ、学生時代はたいしたことがなかった。おれの方が数段できが良かったんだ」とその友人を見下し、自分の方がもっと成功することもできた、と言うのです。
果たしてそうでしょうか。
卒業後成功した友人は、遊びたい気持ちを抑えて、一生懸命仕事に励んだに違いありません。
自分自身に打ち克つには、たいへんな強さを必要とするのです。
人間の能力を考える時、その人の意志の強さも考慮に入れるべきです。
実際、自分自身と闘うことを止め、安易な道を選ぶような人の能力は劣っていくのです。
人生という長い旅路で成功するための能力とは、いわゆる「知能」だけではないのです』

「雨垂れ石を穿つ (あまだれいしをうがつ)」という言葉がある。
小さな雨だれでも、同じところにずっとポタポタと落ち続ければ、石に穴をあけることができるほどの力がある。
小さな努力でも、何年か根気よく続けていれば、必ずよき結果にめぐりあえるということだ。

だからこそ、この世を終えるまで、自分自身の心や考え方を高めていくには、「継続」という意志の力が必要だ。
自分自身の実際のドラマには近道はない。
努力なしに成功するなどという、うまい話はないのだ。

「人生とは自分自身が主役を演ずるドラマ」
コツコツと日々、少しずつ努力することにより…
自分自身のドラマを盛り上げたい
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2018年07月01日

No 4680   デジタルでんてぃすとりー

準備中 
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No 4679    名曲の夕べ  2018

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もう30年以上も続いているイベント

夏の風物詩 おいちゃんも参加する団体「百人会」の 社会貢献事業です

「名曲の夕べ  2018」


会の趣旨として クラッシックになじみのない方々にも
お子さんから 初心者まで 気軽に 楽しめるコンサートをと
考えて運営しております

入場無料 (但し、招待券が必要です)

チケットほしい人は 毛利歯科にもありますよ
受付に連絡して 取りに来てくださいませ!

多くの方々の参加をお待ちしております

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No 4678

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【今あるハッピーを感じるセンサー】

本田晃一氏の心に響く言葉より…



リアルタイムでハッピーを味わいつくす達人に、書道家の武田双雲くんがいます。
双雲くんは感謝とリアクションの天才です。
彼の様子を見ていると、周りの人も何だかうれしくなってしまいます。

たとえば一緒にごはんを食べに行ったりすると、双雲くんは、料理を食べた瞬間「う…うまい!」とか言って、箸を落とすんです。
周りに人がいっぱいいるお店で、このオーバーリアクション!
ごはんの時だけじゃありません、雨が降ってくると、「この水の感触…最高!」とか、いきなり言います。
僕はいつも、ちょっとびっくりしてしまうんですけど、そんな時の双雲くんは、とっても幸せそう。
そして、そんな彼を見て、僕も何だか楽しい気持ちになってきます。

こう話すと、皆さんは少し驚いてしまうかもしれません。
でも、僕たちはみんな、子どもの頃は双雲くんみたいに「今、目の前にあるラッキー」をキャッチする達人でした。
滑り台を発見すると、「滑り台滑りたい!」って思った瞬間、駆け出して、僕たちは全力で「今ここにあるハッピー」を味わいつくしていたと思います。

好きなことって、いつも理屈では決まらないものです。
でも、子どもから大人になるにつれて、「好き」という感情を正当化するために、いろいろな理屈をこねるようになっていきます。
テストでいい点数を取るとか、知識を身につけるとか、偏差値の高い大学に入るとか、高い収入を得るとか、そういう「定量化・数値化できる幸せ」の総量を増やすことが正義、という価値観がインストールされていくからです。

すると、かつてあった「今あるハッピーを感じるセンサー」が鈍くなっていきます。
実はこれって、運気を下げるもとなんです。
なぜなら僕たちは、心が目の前に運ばれてきた「運」を気持ちよく受け取る状態に切り替わっていないと、ご機嫌に受け取れないからです。
楽しく受け取れなければ、ハッピーもラッキーも、やってきません。

子どもの頃は「行動すること自体」が目的でした。
はしゃいだ瞬間、うれしいことや楽しいことがどんどんやってきていました。
だから、僕たちって本当は生まれながらに「超強運」なんです。
でも、成長するにつれて「行動すること」ではなくて、「知識を身につけること・頭で考えること」を目的にするようになります。
知識や思考って、目的じゃなくて、行動した時にスムーズにいろいろなことを進めていくための、「手段」だったのに、不思議ですよね。
幼い頃のように「なんか知らないけど、目の前にあるハッピー」を味わう、ニュートラルな自分に戻ると、「運」が舞いこんできます。

『なんか知らないけど、強運が舞いこむすごい習慣』SB Creative 

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大人になると、たいていの人は「驚く力」を失ってしまう。
「驚く力」は、感動する力でもあり、共感する力でもあるし、ワクワクする力でもある。
子どもは、無邪気で、天真爛漫(らんまん)、好奇心いっぱいで、目をキラキラさせて毎日を感性豊かに生きている。

「遊びをせむとや生まれけむ
戯(たはぶ)れせむとや生まれけむ
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるれ」
『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)の中の言葉だ。

子どもたちは、遊びをしようとして生まれて来たのであろうか。
面白がったり、ふざけたりしようとして生まれてきたのか。
無邪気に遊んでいる子どもたちの声を聞くと、自分までワクワクして、心や体が動きそうになってしまう。

大人になっても…
今あるハッピーを感じるセンサーを研ぎ澄ませておきたい
posted by Dr.モーリィー at 06:23| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする