2018年06月30日

No 4677     【人の悪口を言わないための修業】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人の悪口を言わないための修業】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



不安な人って結局ね、神様を信じてないんです。
神様がいるんだってことを信じてない。
でも、この宇宙には歴然たる法則というのがあって、人の悪口を言いながら幸せになるとか、不安なことを考えながら幸せになるとか、そんなことはできないようになってるんだよ。

一人さんってね、下心なく人のことを褒めるんです。
それに、お弟子さんが困ってたり、お手伝いが必要だなって人がいたりすると、私は飛んで行って手伝います。
それで一人さんに何かいいことあるんですかっていうと、どういうことが起きるかまではわからないけど、必ずいいことがあるんです。
そういうものなんだよ。

ただ、もしごほうびがなかったとしても、お手伝いをした人から喜ばれるだけでいいことだよね。
周りの人に喜ばれるだけで、私も幸せな気持ちになれるんです。
この世の中っていうのはね、まずは自分の周囲、簡単に言えば周り近所の人に喜ばれることしかない。

私はいつも「自分も人もゆるそうね」って言うんだけど、人をゆるしましょうって言ったって、それはあなたの周り近所にいる人に対してだけなんです。
別に、ヒットラーをゆるせとか、そういう話じゃないよ。
だって、ヒットラーはあなたの側にいないでしょ。
あなたの側にいるのは、口うるさいお姑(しゅうとめ)さんだとか、近所のおじさんくらいだよね(笑)。

もし会社が嫌なんだとしたら、会社を辞めちゃえばいいし、嫌な人とは付き合わなきゃいいんだよね。
で、どうしてもその相手と付き合わなきゃならないんだとしたら、それは文句や愚痴を言わない修行なんです。
相手がいくら悪口を言っても、自分は言わない。
あのね、嫌なことが起きるということは、ちょっと嫌なことあると人の悪口を言ったりするからなの。
自分がそういう性格だから、嫌なことを引き寄せてくるんです。
人の悪口とか、愚痴やなんかを言わなくなると、人生は必ず変わるよ。
自分が変われば、すべて変わるようになってるんです。

どうしてですかっていうと、神様がそういう仕組みを作ったんだよね。
あぁ、これは人の悪口を言わないための修業だなってわかれば、人生はパッといい方向へその瞬間に変わります。

この世の中は、人を変えようとするからおかしくなっちゃうんです。
私なんて、もし週刊誌で自分の悪口を書かれたとしても、「この週刊誌、売れるといいね」って言います(笑)。
あのね、悪口を言うってことは、自分の畑に唐辛子(とうがらし)の種をまいてるのと同じなんです。
人から悪口を言われて、こっちも言い返しちゃうと、言ったぶんだけ自分の畑に唐辛子の種をまくようなものだから、それを刈り取らなきゃいけなくなる。

ピリッと辛くて目にしみるような出来事が嫌なんだったら、最初から唐辛子の種をまかなきゃいいんです。
念のために言っておくけど、唐辛子がいけないってわけじゃないよ。
これはたとえ話だからね(笑)。

『斎藤一人 俺の人生 (すべてが成功する絶対法則)』マキノ出版

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斎藤一人さんはこう語ります(本書より)。
『普通、「これはさすがに黙っていられないな」ってくらい嫌なことをされると、つい文句を言っちゃう。
でもね、それでも言わないでいると、神様のごほうびがもっともっと多くなります。
ものって考えようなんだよ。
こんなに嫌なことされたんだから、堪忍袋の緒が切れてもしょうがないって。
そんなふうに判断して、つい文句を言っちゃう。
つい堪忍袋の緒が切れるような難しい問題を神様から出されると、みんなすぐひっかかっちゃうんです。
だけど、そこでひっかからない。
そうすると、得点が高いんだよ。
難しい問題でも、サラっと答えに愛が出せると、すごいごほうびがもらえる』

世の中にはひっかけ問題が本当に多い。
ここまでひどいのだから、文句を言ってもいいだろう、と思わせる出来事などだ。
言うにしても、愛ある言葉で、愛ある態度で、愛ある表情で、言うならいい。
しかし、鬼のような形相で怒鳴ったり、相手を傷付けるようなひどいことを言ったら、ひっかけ問題にひっかかってしまったということだ。

人の悪口を言わないための修業を、日々実践をしたい
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No 4676 盛和塾 6月例会

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盛和塾鹿児島 6月例会の 特別例会に
スタッフ10名と参加してきました

学び多き時間に 感謝でした
posted by Dr.モーリィー at 23:43| 講演会・イベント情報 | 更新情報をチェックする

2018年06月29日

No 4675    【世界最高齢首相からのメッセージ】

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【世界最高齢首相からのメッセージ】

世界最高齢首相、マハティール・モハマド氏の心に響く言葉より…


発展途上国であるマレーシアは、日本から多くのことを学びました。
首相に就任した1981年、私は「ルック・イースト政策(東方政策)」を国策として採用しました。
これは第二次世界大戦で焼け野原となった日本が、たちまちのうちに復興する様から学ぼうとした政策です。

かつて読んだソニーの盛田昭夫元会長の本に描かれた、日本国民の強い愛国心と犠牲を払っても復興にかける献身的な姿は、私に深い感銘を与えました。
労働者は支給される米と醤油だけで一生懸命働き、近代的な産業を育てるため寝る暇を惜しんで技術を磨いていったのです。
日本人の中でも私がとりわけ尊敬するのは、戦後の日本を築いた盛田昭夫氏と松下幸之助氏です。
いずれも先見性を持ち、パイオニア精神と失敗を恐れずに挑むチャレンジ精神、そして独自の考えとやり方で技術革新を生みました。
さらには日本の経済成長を助けるマネージメント能力を兼ね備えていたのが、彼らのすばらしいところです。

日本が明治維新後に近代化の道をたどりはじめたころ、西側諸国は単にアジア諸国の産品ほしさのために植民地を企て、次々と成功を収めていったのです。
19世紀半ばにアジアで独立国として残ったのは日本とタイだけというありさまでした。
そんななかで日本は欧米の覇権主義をかわし、新たな行政システムを導入し、経済を近代化していきました。
江戸から明治へ。
歴史的にみて、明治維新は日本にとって大きな転換点でした。
明治天皇の時代に下された決断の数々は、多くのことを教えてくれました。
そしてその決断を実行した明治の先人を、私は心から尊敬しています。
多くの日本人が当時、産業技術を習得するため欧州に送り込まれました。
日本は瞬く間に欧州と同じレベルの産業の技術と、商いの方法を身につけました。
さらには日本を統治しようとする欧州人の試みすら、1905年、近代化された海軍によってロシア軍を決定的に打ち負かすことで見事に粉砕してしまったのです。

その時、日本は東アジアで尊敬される存在となりました。

マレーシアは、日本が成功した要因をひとつひとつ発見していきました。
それは愛国心、規律正しさ、勤勉さであり、能力管理のシステムでした。
政府と民間企業の密接な協力も見逃せません。
私たちはこれらのやり方をまね、文化をも吸収しようとしたのです。
そして自他共に求めるように、マレーシアは他のどの発展途上国より大きく発展しました。
2300万人余りの人口しか持たない小国が世界第18位の貿易国に成長したことは、マレーシア人にとって大変な誇りです。

『立ち上がれ日本人 (新潮新書)』新潮新書

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マハティール氏は、現在92歳。
今年、5月10日に15年ぶりに首相として再登板した。
その前は22年間、首相としてマレーシアを高成長に導いた。
そして、初の外遊先は、他のどの国でもなく、日本を選んだ。

マハティール氏はこう述べた(本書より抜粋)。

『中国におびえるな、米国に盲従するな、日本人よ、誇りを持て!』

『日本はなぜ欧米の価値観に振り回され、古きよき心と習慣を捨ててしまうのか。
一体、いつまで謝罪外交を続けるのか。
そして、若者は何を目指せばいいのか…。
日本人には勤勉な血が流れている。
自信を取り戻し、アジアのため世界のためにリーダーシップを発揮してほしい』

そして、2002年11月、マレーシアを訪れた東京都立国際高校の修学旅行生に対して、
『あなたたちには日本人の勤勉な血が流れているのだから、誇りに思いなさい』と、上記のようなスピーチをした。
茶髪の高校生たちは、マハティール氏の言葉に「感動した。こんなことを言ってくれる日本の政治家はいない」と感激し、握手をして泣く子どもたちもいたという。

今、マハティール氏が思ってくれているような、勤勉でよき習慣を持つ日本人がどれだけいるか、はなはだ心もとないが、現代に生きる我々の目を覚まさせてくれる言葉の数々だ。
「立ち上がれ日本人」
「日本人よ、誇りを持て!」という言葉をかみしめたい
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2018年06月28日

No 4674    【さらば、GG資本主義】

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【さらば、GG資本主義】

藤野英人氏の心に響く言葉より…


高齢化社会と成長との関係性について考えるうえで、非常に示唆的だなと思ったエピソードがあります。
私のベンチャーファイナンスの先生である、斉藤惇(あつし)さんとお話ししたときに、聞いた話です。
斉藤さんは野村證券の副社長、東京証券取引所の社長などを歴任された辣腕の実業家で、年齢は70代後半。
彼は、こんなふうに言っていました。

「私は40代のころ、自分が前に出ようとしたら先輩たちから止められた。
『君はまだ若いから、年長者を立てなさい。
そのうち順番が回ってきたら、主導権を握れるから』
というのが、先輩たちの言い分でした。
そういうものかと思って順番を譲り、待っていてどうなったか。
いま私は70代ですが、まだ80代のみなさんがお元気で現役として残っています(笑)。
藤野君、これが高齢化社会というものですよ。
待っていても順番は回ってこない。
だから、チャンスがあれば主導権を奪取しなさい」

70代になってなお先輩が君臨する社会。
考えただけでぞっとしますね。
言ってみれば体育会系の部活で先輩にしごかれて、「1年ガマンすれば3年生が出て行く」と思ってがんばったのに、何年経っても先輩たちは出て行かない…そんな状況です。

このような現象は、一部の特殊な業界だけで起きていることではありません。
多くの身近な場所…例えば会社で、似たような風景が繰り広げられています。
最近でいうと、住宅大手の積水ハウスのトップ交代で、ドタバタ騒ぎがありました。
また、少し古い例ですが、ダントツに象徴的だったのが、セブン・イレブンの持ち株会社であるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文氏(現・名誉顧問)が、会長から退くことを表明した記者会見です。
一部始終を見ていて、私は何度ものけぞりそうになりました。
「日本を代表する小売業のトップ交代の場だというのに、こんなにも幼稚な会話が交わされるなんて…」驚きながらも、日本の大企業の現場で起きている高齢化の闇がいかに深いか、その片鱗(へんりん)を見た気がしました。
この会見時点で、鈴木氏は83歳でした。
稀代の経営者に対して、あまりにステレオタイプな表現で気が引けますが、私の頭には「老害」という言葉しか浮かびませんでした。

やはり私が懸念している通り、日本の高齢化問題は「みんなの成長」を邪魔しているみたいです。
上の世代がいつまで経っても重要ポストに居座り、企業をはじめあらゆる場所で新陳代謝が起きにくくなっている。
その結果、若い人たちが力を発揮する場所が一向に増えず、社会に新しい価値観が根付かない。
時代が変化しつつあるのに、旧来型の発想から抜け出せず、成長の芽が摘まれてしまう…。

私はこの社会現象を「GG資本主義」と名付けました。
GGが、何かって…?
もうおわかりでしょう(笑)。

私は何も、高齢者の方々を悪く言うつもりはありません。
問題は、GG資本主義という「構造」なのです。
GG資本主義によって成長が阻害されているという現状に不安を抱いているのであり、誰が経済を握ろうとしても、みんなちゃんと成長できれば、それでいい。
しかし、そうなっていないからこそ、あえて言いづらいことを言い、警鐘を鳴らそうとしているのです。

『さらば、GG資本主義 投資家が日本の未来を信じている理由 (光文社新書)』

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ジャーナリストの藤代裕之氏のこんな文章があった。
『記者にセクハラ発言を行い辞任した財務次官や司会にもかかわらず記者に向かって指図し笑いものになった「(日大ブランド)落ちませんおじさん」、選手へのパワハラで対戦相手に怪我をさせた日大アメフト部前監督に、くだらない質問を浴びせるワイドショーの記者たち…。
聞こえてくるのは「昔はあれで良かったのだが…」という声です。
今の時代こんなこと言ったら、やったら問題になるのになぜ分からないのか、と呆れている人も多いでしょう。
しかし、これら時代錯誤おじさんは、OS(昭和)をアップデートしなかった組織の被害者かもしれません。
時代錯誤おじさんは、セクハラやパワハラといったハラスメント、ダイバシティ(多様性)に対する意識が欠如し、ソーシャルメディアでの拡散や生中継によるメディア環境の変化にも疎いように見えるのは、OSが変化したのに、アプリケーションがそのままだからです』

今や、昭和はとうの昔に過ぎ、平成も最後の年となりかかっているのに、頭の中は、いまだ昭和のOSのままの人は多い。
また、大企業でも老害による業績悪化や内部抗争が続出している。
かつては名経営者と呼ばれていたが、時代の変化に対応できていない人たちだ。

時代の「新しい」に好奇心や興味があるのかが、時代錯誤おじさんかどうかの分かれ目だ。
例えばそれは、SNS、スマホ、AIスマートスピーカー、スマートウオッチ、VR等々を使っているのか、持っているのかということ。

「さらば、GG資本主義」
若者の足を引っ張るのではなく、若者を全面的に応援するGGでありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月27日

No  4673   【「ミッション」は武器になる】

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【「ミッション」は武器になる】

田中道昭氏の心に響く言葉より…



私は長年にわたって、企業のミッションをいっしょに練り直すことや、社員個人のミッションを見出せるようにサポートする仕事をしてきました。
長年の経験で気づいたのは、実はミッションはその人の中にすでに内在しているものを見つけ出す作業にすぎないということです。

ミッションは、言ってみればビジョンよりもより上位の概念です。
未来の中にあるものではなく「今ここ」という現在にあるもの、つまり自分の中に潜在的にあって「見つけ出すもの」です。
これまでの自分や現在の自分をきちんと「整理整頓」していけば必ず自分の中から見つけ出すことができます。

いちばん大事なのは、自分の中にあるはずのミッションを「言葉にする」ことで意識へと変えていくことです。
言葉にしたミッション、つまり「ミッションステートメント」は、あなたが長期間にわたって働くことが求められる「人生100年」時代をこれから迎えるにあたり、きっとあなたを駆動し続けるエンジンとなるでしょう。

私は2017年3月に、ユダヤ人国家でもあり「スタートアップ大国」とも呼ばれるようになったイスラエルに渡航し、多くの若い起業家たちとディスカッションを行いました。
そこで出会った人がみな熱く語っていた人生観が、「人は誰でも何かを創造するために生まれてきた」ということでした。
ユダヤ人の離散と迫害の歴史の中で建国されたイスラエルにおいては、人々が独特の人生観や死生観を持っています。
政府高官から科学者、起業家に至るまで、「世界をよりよい場所にする」という表現を多くの機会で耳にすることができたのも印象的でした。

彼らが語っていた「何かを創造するため」の「何か」とは、決して最先端テクノロジーから生み出される最先端製品のことばかりを指しているわけではありません。
文章を書くこと、絵を描くこと、料理を作ること、歌を歌うこと、工作をすること、そして仕事で誰かに何かを提供すること。
これらのすべてが「何かを創造すること」にあたるという彼らの言葉に、深い感銘を受けました。
自分が強みを持ち、自分がするのが好きなことの延長線上で何かを生み出すことこそがミッションであるとあらためてそこで学んだのです。

ミッションとは何でしょうか?
ビジョンが将来の夢や生きる目標を意味する言葉であるのに対し、ミッションとは、存在意義や使命、自分が生まれてきた意味や生きる目的を意味する言葉です。
つまりは、ミッションとは、未来の中にあるものではなく、「今ここ」という現在にあります。
ミッションは、だからこそ自分のワークスタイルやライフスタイルを表象します。
他人に与えらえたシナリオで他人のような人生を送るのではなく、自分が主人公であり自分の人生を主体的に過ごしていくための指針となるものです。

自分が仕事を通じてどのような人たちと関わり合い、どのような人たちのどのような問題を解決していきたいのか。
自分が仕事を通じてどのような人たちに、どのような価値を提供していきたいのか。
これらの具体性こそが重要です。
ただ漠然と抽象的に「社会貢献したい」と思っているだけでは、それはミッションと呼ぶことができません。
自分の仕事を通じて顧客や社会の問題を解決して、自分の仕事を通じて価値を提供していくことが大切です。

「自分の目の前にある仕事の中にすでに存在しているもの」こそがミッションなのです。

『「ミッション」は武器になる―あなたの働き方を変える5つのレッスン (NHK出版新書 553)』

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田中道昭氏 は本書の中でこう語る。

『「ヒーローズ・ジャーニー」という言葉があります。
英雄たちの旅路という意味です。
世界中の神話や民話などの研究から導き出された「英雄物語に共通したパターン」を普遍化したものです。
その展開は、次のようにまとめることができます。
1. 天命…使命が降りてくる、見つかる
2. 旅の始まり…使命を果たす旅に出る
3. 境界線…障害や困難にぶちあたる
4. メンター…障害や困難の解決を導く師匠(メンター)に出会う
5. デーモン…成功の兆しが見えてくるが失敗し、再び障害や困難に陥る
6. 変容…失敗や障害、困難を通じて自己成長する
7. 課題完了…障害・困難を乗り越えて使命を果たす
8. 故郷へ帰る…成長して英雄となる。新たな使命を見つけ、旅に出る準備をする

世の中の多くの人は、自分の学歴や肩書き、あるいは知識、スキル、資格などが「武器」だと思っていることでしょう。
何か勉強しないと不安だ、目的は旅行ぐらいしかないけど、とりあえず語学学校に通おう、自分を磨こうという方も多いのではないでしょうか。
しかし、世の中には、旅先で何げなく知り合ってたわいもない会話をするだけで、その人の魅力が伝わってくる人もいます。
肩書どころか、名前さえ知らないし、仕事の話はもちろん、自身のことさえ聞いていないのに「すてきな人だな」と感じる。
これは潜在意志からの反応で、いわゆる直感です。
そういう人こそ、本当の強さを持っているといえるのではないでしょうか。
つまり、ヒーローズ・ジャーニーに置き換えて言い直せば、「デーモン」を打ち破る唯一の秘訣は、「武器の強さではなく、何も持たないときの強さが、本当の自分の強さなのだ」ということに気づくことなのです。
その人に本当に人としての魅力があり、しっかりとしたミッションを持っていることを感じさせてくれるなら、あなたはその人が何者であるかをまったく知らなかったとしても、その人の魅力を感じることができるのではないでしょうか。
そのようなときに、ありのままのその人と、使命感だけからにじみ出てくるような謙虚であることの真の価値を感じることができるのではないでしょうか』

安岡正篤師は、こう語る(一日一言より)
『自分がどういう素質能力を天から与えられておるか、それを称して「命」と言う。
それを知るのが命を知る、知命である。
知ってそれを完全に発揮してゆく、すなわ即ち自分を尽くすのが立命である』 
また、『人生航路において辱めを受けたり、運命に恵まれなかったり、因果に支配されても、すべて天命と受け止めよ』

自分の使命を知り、天命を知る者には、強さがある。
どんな大きな障害も困難も乗り越える強さだ。

自分のミッションを持つ人には限りない魅力がある
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2018年06月26日

No 4672    【ハーフタイム力】

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【ハーフタイム力】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



100歳まで生きることが、夢物語ではなくなってきました。
厚生労働省が発表した2017年の調査では、日本において100歳以上の方はいまや6万人強。
国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年には100歳以上の方が53万2000人に上ると予測されています。

「人生100年時代」という言葉が広まるきっかけにもなった『ライフ・シフト100年時代の人生戦略』によれば、「今20歳の人は100歳以上、40歳以上の人は95歳以上、60歳の人は90歳以上生きる確率が半分以上ある」といいます。
人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来…。
なかでも日本はその先頭を走っています。
お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。

働き方にもパラダイム変化が生じています。
60〜65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30〜40年ほどもあります。
「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。
60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」と言うには長すぎます。
本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマということを考え直さざるを得なくなったのです。

スポーツ好きな私は、サッカーの試合は欧州リーグもチェックしています。
強豪チームの強さの秘訣、いい監督の力量がどこで出るかというと、ハーフタイムでの戦略の立て直し方です。
前半の戦いぶりを見て、いいところ、よくないところを冷静に分析し、後半の戦い方を考え直す。
調整力に長けた監督は、ハーフタイムに選手に的確な指示を与え、効果的な選手交代を行います。
前半が絶好調だったからといって、後半もそのままの勢いでいけるかというと、なかなかそうはいきません。
ちょっとしたことで一気に流れが変わることもあります。
前半とは打って変わった健闘ぶりを見せて、大逆転が起こることもあります。

最後に笑顔になれるのは、「ハーフタイム力」のしっかりしているチームです。
50歳という人生の折り返し地点で自分を見つめ直し、軌道修正することは、ハーフタイムで戦略の立て直しをすることと似ています。
ここまでの人生が、けっこう順風満帆に推移してきたという人も、うまくいかないことばかりだったという人も、終わった前半戦にこだわるのではなく、これから立ち向かう後半戦に向けて、気持ちを切り替える。
人生のハーフタイムでリセットしましょう。

リセットといっても、すべてを一新してゼロから新たな生き方を始めるわけではなく、これまでの自分の経験、実績、志向性などの蓄積のもとに、今後をどう生きるかを考え直すのです。
若いころに比べると、エネルギー値も若干落ちてきて、減速期に入っていることは否めないでしょうが、その分、この年齢になったからこその柔軟な対応力や深い思考力が備わっています。

『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す (光文社新書)』

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齋藤孝氏は、本書の中でこう語る。
『エネルギーを注ぐ対象を見つけ、心の張りを得るために、「趣味を持とう」「好きなことをやろう」とよくいわれます。
もちろん好きなこと、趣味があることは熱心にできますが、ものすごく好きなことでなくても、自分がそれをやることに「意義」が見出せて、心が動けばいいのではないでしょうか。
仕事というのはだいたいそういうものです。
やりたかったこと、好きなことを仕事にしていなくても、結果を出したいと思って全力で打ち込んでいると、それが張り合いとなり、内側からの充実感につながっていきます。
「好きなことかどうか」よりも、それをやることに「自分の心が動くかどうか」「積極的に関わっていけるかどうか」のほうが大きなポイントではないかと私は思います。
何かに対して、「やらなければいけないからやる」というしぶしぶのスタンスではなく、「自分がやらなきゃ、誰がやる」くらいの気持ちで主体的になる。
それが、内側から湧き出るエネルギーを枯渇させない秘訣といえましょう』

「好きなことを仕事にしなさい」、とはよく言われることだ。
だが、「そんなに好きでもないけど一所懸命やっている」という人も多くいる。
仕事も趣味もそうだが、好きか嫌いかということも大事だが、「長く続くかどうか」という基準も大切だ。

教育者の東井義雄先生に、「ほんものは続く、続けるとほんものになる」という言葉がある。
嫌いじゃないからこそ、長く続けられるし、長く続くということが、好きなことであり、また、 本物であるということの証明になる。

ハーフタイム力を身につけ、しっかりと人生の後半戦に備えたい
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2018年06月25日

No 4671   【青い鳥はここにおる】

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【青い鳥はここにおる】

第68代内閣総理大臣、大平正芳氏の心に響く言葉より…



大平総理の誕生以前、総理候補として、山口淑子さんがインタビューした記事が残っている。
そのなかで、自身の考え方について、こう述べている。

「考え方としては、“現在を大切にしよう”ということですね。
永遠の現在というか、エターナル・ナウというのか。
つまり青い鳥が山の彼方におるなんていうのは幻想だと思うんですよ。
青い鳥はここにおる。
いい政治はここにある、今ある。
今以外は、われわれの世界にはないんだから、今日一日を大切にする。
アンドレ・モーロアの晩年の随筆に『あなたの天国』というものがあるけど、その中でモーロアは、
『自分が天国へチケットを持って入ったら、何をするだろうか。やっぱり自分は妻に会いたい、子どもに会いたい、友達に会いたい。話をしたい、原稿が書きたい。そう考えてみると、全部、現在自分がやっていることじゃないか。今やっていることが天国であり、今が天国だ』
こういうことなんですよ」

『君に100の成功を贈る』経済界


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禅では、「今ここ」という。
英語では「Here and Now(ヒヤ&ナウ)」だ。

中村天風師はそれを、「さしあたる事柄のみをただ思え、過去は及ばず、未来は知られず」と言った。
過ぎ去った過去を悔んでも変えられないし、未来のことを憂いたり心配しても誰も先のことはわからない。
即今という、今ここしかないのだから、と。

多くの人は、どこかに青い鳥がいるだろうと、探し回ってしまう。
そして、一攫(いっかく)千金を狙ったり、努力せずして運をつかむような僥倖(ぎょうこう)を望む。
今の人間関係の中に、今の仕事の中に、そして今の生活の中に、幸せが隠れているのに気づかない。

「青い鳥はここにおる」という言葉をかみしめたい
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2018年06月24日

No  4670   【礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ】

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【礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ】

レス・ギブリン氏の心に響く言葉より…



相手が成功者や有名人だからといって、その人の重要感を満たす必要はないと思ってはいけない。
はっきり言って、それは大間違いだ。

礼儀やマナーは、人々が自分の価値を感じ取りたいという普遍的な欲求にもとづいている。
つまり、礼儀やマナーは相手の重要性を認めていることを示す方法なのだ。

ある国の首相が訪米中に一閣僚との面会に訪れ、予定時刻から5分ほど待たされたとき、「彼とは別の機会に会えばいい」と言い残して立ち去り、外交面で大騒ぎになったことがある。
この首相はたった5分も待てないほど急いでいたのだろうか?
そんなことはあるまい。
その国と良好な関係を築くために数ヵ月にわたって外交努力を続けてきたのに、こんな「ささいなこと」で台無しになるということがありえるだろうか?
しかし、事態の収拾に莫大な労力を要したことから、それは十分にありえることだ。

もちろん、人はみな違う。
ライフスタイルや食生活、服装、趣味など、人によってすべて異なる。
しかし、すべての人に共通する願望がある。
すべての人は自分が重要な存在だと感じたがっているだけでなく、自分の重要性を他人に認めてほしいと思っているのだ。

私たちが求めているのは、自分の重要感を他人に満たしてもらうことである。
言い換えると、すべての人は自分の価値を確認するのを他人に手伝ってほしいのだ。
もし誰からもつまらない人物のように扱われたら、自分の価値を確認できなくなってしまう。
これこそが、「ささいなこと」が人間関係で非常に大きな意味を持つ理由である。

あなたは「たった5分待たされただけじゃないか」と反論するかもしれない。
しかし、たった5分、されど5分だ。
要は、その5分の待ち時間が何を意味していたかである。
待たされる側にしてみれば、相手が「この面会は形式的な行事だし、この人にはそんな価値がない」と考えていた証しなのだ。

ちなみに、人々が離婚理由に挙げていることを知れば、滑稽(こっけい)に思えるものがよくある。
「夫は一緒に外出すると、かわいい女性を目で追っている」
「夫は人前で私をからかって楽しんでいる」
「妻は私へのいやがらせとしてトーストをよくこがす」
「妻は私の食事より猫の餌を優先している」

どれもささいなことのように見えるが、「私はあなたを重要な存在だと思っていない」というメッセージを相手に送っていることになる。
その結果、ささいなように見えることが結婚生活の破綻につながるのだ。

「大爆発のきっかけは小さな花火」という格言を肝に銘じよう。
つまり、相手を軽んじるような言動が積もり積もって、とんでもない悲劇を招くおそれがあるということだ。

『人望が集まる人の考え方』ディスカヴァー


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「挨拶をされなかった」、「返事をしなかった」、など、自分がないがしろにされたとか、無視されたと感じた時、人はプライドがひどく傷つけられ、そののち怒りが爆発したりする。
挨拶や返事など、普通に考えれば、ささいなことなのに…

かつて、日本の大臣が、東北の知事を訪問した際、「知事が先に部屋に居て、出迎えるのが筋だ」とひどく立腹して大きな問題となり、結局は、上から目線の言い方を世間から叩かれ、辞任せざるをえなくなったことがあった。
これも、大臣である自分の方が上なのに、なぜ、俺を待たせるのだ、大事にしないのだ、という偏狭(へんきょう)な怒りの爆発だ。
この日本の大臣の話はあまりに幼稚すぎて論外だが、誰であっても自己重要感を満たされたいと思っている。

「礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ」
礼儀やマナーを大切にすれば、多くの人間関係は解決する
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2018年06月23日

No  4669   憩酒家たっちゃん

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おいちゃんの 同級生で 友人でもある Mちゃんが経営する

憩酒家たっちゃん

所在地: 〒892-0846 鹿児島県鹿児島市加治屋町14−1
電話: 099-224-8620

先日、所用があり ランチタイムに お邪魔しました

鹿児島のサッカーファンの間では 超有名店です

鹿児島ユナイテッドFC は、日本の鹿児島県鹿児島市をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグに加盟するサッカークラブ

その選手たちの お母さん的役目もしている Mちゃんなのです

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No  4668   【どうすれば人は動くのか】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【どうすれば人は動くのか】

樺旦純氏の心に響く言葉より…



運は誰のもとにも訪れる。
しかし、どんな人にも、同じだけの運がめぐってくるわけではない。
その人の素養、能力、人柄によって、訪れる運も違う。
大きな運をつかむには、それをつかむだけのものを身につけていなければならないのである。

一つの目標を達成するためには、他人の協力も必要になってくる。
その場合、相手にも何かメリットがあれば、協力を得やすい。
具体的に、どうすれば人は動くのか。
一般に、人が持つ影響力は、次の6つのパワーに分類される。
このうち、どれか一つでも持っていれば、相手が自分のために動いてくれる可能性は高い。

1. 正当性パワー
相手を従わせる役割や地位、権限などを持つ。父母と子供、教師と生徒、上司と部下といった関係。部下が従うのは、相手が自分の上司で、命令を与える権限を持っているからである。

2. 情報性パワー
相手の求める情報を持っている。いわゆる情報通の人は、あちこちで重宝がられる。人々にとっての価値のある情報を入手できる能力を持つ人は、それだけでも一つの影響力となる。

3. 報酬性パワー
一方が他方に、報酬(金銭的・心理的)を与える権限を持つ。経営者と社員の関係など。報酬には賞与、高い評価、ほめることなども含まれる。

4.懲罰性パワー
相手が指示や命令に従わない時は叱責したり、懲罰を与える権限を持つ。軍隊でいう教官(教師)と隊員(生徒)の関係など。

5.専門性パワー
専門的な知識や技能、経験を持つ。

6.準拠性パワー
人間的魅力、人柄のいい人や周囲から好かれている人は、いざという時、人々の協力を得られる。

急速に変化する時代では、やはり新しい情報に詳しい人は何かと便利だ。
また、専門的な知識や技能、経験を持っていれば、周囲から一目置かれる存在となり、尊敬・信頼を寄せられる。
人柄については言うまでもないだろう。

人を動かすには、相手に対して何らかの影響力を持つこと。
すなわち、相手にとっても、協力することで何かプラスになるようなものを身につけていることが必要なのだ。

『運のいい人の習慣 (幸運を引き寄せる80のつぶやき)』KKロングセラーズ


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稲盛和夫氏はこう語る。
『企業経営において、長く繁栄を続ける企業をつくりあげていこうとするなら、「徳」で治めていくしか道はないと私は考えています。
欧米の多くの企業では一般に、覇道つまり「力」による企業統治を進めています。
例えば、資本の論理をもって人事権や任命権をふりかざしたり、または金銭的なインセンティブ(誘因)をもって、従業員をコントロールしようとしたりするのです。
しかし、権力によって人間を管理し、または金銭によって人間の欲望をそそるような経営が、長続きするはずはありません。
一時的に成功を収めることができたとしても、いつか人心の離反を招き、必ず破滅に至るはずです』 (「成功」と「失敗」の法則)より

つまり、会社のトップや上司、親や教師ならみな持っている、「正当性パワー」や「報酬性パワー」や「懲罰性パワー」には封印をして、「準拠性パワー」で勝負した方がいいというのだ。
準拠性パワーは「徳」という東洋学的にいう、人間的魅力。
パワーがありながらも、それを使わずに治めていく何らかの影響力のことだ。

徳とは、相対したとき、自然と頭が下がるような人のことをいう。
利他の心を持ち、けっして偉ぶらず、謙虚で、明るくて、人から好かれる人のことだ。
昨今では、その「徳」に「情報性パワー」や「専門性パワー」があると、さらに影響力が増す。

それが…
他人の協力を結集できる人であり、影響力のある人。

人間的魅力を身につけたい
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2018年06月22日

No 4667  【よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか】

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【よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか】

松下幸之助氏の心に響く言葉より…



自信というのは、生きる上で非常に大切なものですな。
第一そうしたものがなければ、生きていてもこんなに頼りないことはない。
もっとも、自信を持ちすぎるのも困りものですがね…。

ぼくも、自信をなくすという経験は何度となくしてますわ。
悲観して、どうにも困りはて、夜も眠れんというようなこともありましたよ、実際は。
しかしね、その翌朝になると、もうすっかり考え方というか発想が変わってましたな。
昨夜悲観した材料をもとに、これはこう考えよう、あれはああしようというように、建設的な考え方が心に浮かんでくる。
禍(わざわい)転じて福となすというか、いわばそういう発想ですね。

それが自然にできたのですよ。
だから、自信をなくしたとはいうものの、そのつぎの瞬間には、どうすればそれを解決できるか、そのことをもう懸命に考えていたということですな。
幸いそういうことができたので、今日までやってこれたのではないでしょうか。

それができたのは、ぼくが持って生まれた性格というのもあるでしょうが、やはり体験の中から自然に身についたものでしょうね。
百の事を行って、一つだけ成ったとしたら、たいていの人は事の成らない九十九に自信をなくし、もう再びその事を試みなくなるでしょうな。
そうなれば、まさに失敗ですわ。

しかし、よく考えれば百が百とも失敗したわけではない。
たとえ一つでも事が成っているということは、他の九十九にも成る可能性があるということですね。
そう考えれば勇気が出てきましょう。

そして、事の成った一つをなおざりにしないで、それを貴重な足がかりに、自信を持って九十九にいどむことができる。
そうなれば、もはや成功したのと同然ですよ。
よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか、それによって人生は大きく変わってくるのではないでしょうか。

『すべてがうまくいく』PHP研究所


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トーマス・エジソンの有名な言葉がある。
「私は失敗したことがない。 ただ、1万通りの、 うまく行かない方法を 見つけただけだ」
「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ」

100の中の99の失敗を見て嘆くのか、1つの成功を見て勇気を奮い起こすのか。
人生は、見方一つ、考え方一つ、言葉の使い方一つ、で変わってしまう。

言葉の使い方とは…
「失敗ではなく、勉強させてもらった」のだと思えば、お金を払ってもおかしくはない。
そして、「失敗ではなく、うまく行かない方法を見つけただけ」。

よい面を見て自信を持つか、悪い面を見て自信をなくすか、はとても大事なこと
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2018年06月21日

No   4666   【為合(しあ)わせること】

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【為合(しあ)わせること】

福聚寺住職、玄侑宗久氏の心に響く言葉より…



私が好きな中国の詩人で、陶淵明(とうえんめい)という人がいます。
その陶淵明に「帰去来辞(ききょらいじ)」という詩があります。
彼は41歳で、いまでいう郡の役所の長くらいにまでなりましたが、公務員に嫌気がさし、自分の故郷に帰っていく途中で「帰去来辞」を詠むのです。
その詩の最後に書きつけた言葉が、私は好きです。

「いささか化(け)に乗じて以て尽くるに帰し
かの天命を楽しんでまたなんぞ疑わん」

どんな変化が来てもそれに乗っかり、その変化が尽きるにまかせよう。
そして、これが天命なんだと信じて疑わない。
陶淵明はそう決意を述べるのです。

災害に続けて遭った時などもそうですが、「なんで私らばっかり」と思うものです。
しかし、「なんで私らばっかり」と漠然と感じているときには、どこかでまだ「天命なのではないか」と思っているでしょう。
まだ誰をも恨んでもいない。
誰を恨んでもいない状態はむしろ幸せなのです。
しかし、「仮設トイレはまだできないのか」「役場は何をしているんだ」というように、「災害は誰のせいでもないけれど、いまのこの状況は誰かのせいだ」という主張になってくると、一気に不幸になります。
「事故」というのは、誰のせいで起こったものでもない。
でもそれは、すぐに「事件」になります。
事件というのは、誰かのせいです。
誰かのせいだと思った途端に、人は不幸になるのです。
これは大いなる法則です。
ですから、「天命」という言葉であらかたの変化を受け容れたときに、今を生きる幸せというものは得られると思うのです。

宿命とか運命という云い方があります。
もともと定まっているものとして考えられたのが、「宿命」です。
「宿」というのは「宿場」と使われるように、「とまる」という意味があります。
「運命」の「運」は「うごく」と訓(よ)みます。
これは天と人との関わりが予定もなく変化し続けるという見方です。

同じ境遇に生まれ育ち、似たような人々の間に暮らしたとしても、人はそれぞれじつにさまざまな人生を生きる。
この認識から、おそらく「運命」という言葉が生まれたのでしょう。
皆さんには、是非とも運命のほうの考え方をしていただきたいのです。
その得体のしれない運命の波に、陶淵明は乗るのだと決意しています。
これとほぼ同じことを、孟子は「立命」という言葉で表現したのです。

それと似た態度なのですが、奈良時代には、運命の流れに「為合(しあ)わせる」意味から、「しあわせ(為合)」という和語が生まれました。
運命の流れにうまく為合(しあ)わせることがしあわせであるということです。
室町時代になると、この「しあわせ」に「仕合」の文字が当てられ、相手も天ではなく人を想定するようになりました。
人が刀をもって向き合うことを「仕合」(今は「試合」ですが)と表記したことからもわかるように、「しあわせ」とは相手の出方に対してどう対応するか、というかなり技術的な問題です。

そもそも、運命の波には善意も悪意もなく、要はその波に乗るなり、立つなりできるかどうか、つまりうまく「仕合わせ」られるかどうか。
本人の心構えや技術によるところが極めて大きいはずです。

結局、どっちにでもできるわけです。
最初についていると思ったか、ついていないと思ったか、ただそれだけです。

『流れにまかせて生きる 変化に応じる「観音力」の磨き方』PHP


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「流れにまかせる」について玄侑氏はこう語る。(本書より)
『なりゆきという言葉は、普通は良い意味では使われないですけれども、仏教的な世界の認識の仕方は諸行無常です。
つねに変わり続けている。
これを和語で言うとすれば、「なりゆき」という言葉になるのではないでしょうか。
なりゆきに任せられたら、一番いいと思います。
どこに行き着くのかということもわからない。
わからないのですが、わからないところに向かって生きていくのが人生だと思います』

小林正観さんは、「流れにまかせる」ことをこう表現している。
『頼まれごとがきたら、基本的には全部引き受けます。
頼まれごとは「適当」にやることをお勧めします。
「適当に」というのは、「適度に」ということです。
「引き受けたからには、いい仕事をしなくてはいけない」と気負わずに、そのときの加減で「良い加減」でニコニコと取り組んでいけばいいのです。
頼まれごとを引き受けて行くと、三年くらい経ち、ある方向性でこき使われていることに気がつきます。
「どうもこういうことをするために、この世に生まれてきたみたいだ」というように、自分の“使命”がわかる瞬間があります。
それを「立命」の瞬間といいます。』

頼まれごとを好き嫌いを言わず、ニコニコしながら引き受ける。
そして、運命の波に為合(しあ)わせる。
それが、流れにまかせて生きること。

為合(しあ)わせることは、幸せに通じる
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2018年06月20日

No 4665    大迫  半端ないって!

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おいちゃん そんなに サッカーは詳しくはありませんが
やはり ワールドカップに関しては
国際的なイベントですので 興味があります

鹿児島のぼっけもん 大迫選手が 半端ない活躍でしたね

第2戦以降も楽しみです

以前勤務していたスタッフの息子さんと
大迫選手が 城西高校のサッカー部の仲間ということで
高校時代の 大迫選手に 色紙を書いていただいたことを
思い出し パチリ  家宝になりそうです

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No  4664   【仕返しをしないこと】

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【仕返しをしないこと】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



私たちはさまざまな出来事を通して学びを得ます。
その中でもっとも大きいのは“お金”と“人間関係”からの学びです。
人間関係とは、親子や夫婦、会社の上司や部下、同僚とさまざまですが、さらに言えば「自分自身との関係」も含みます。

神は“自己犠牲”を嫌います。
「私はいいから、あなたが幸せになって」じゃなくて、まずは自分が幸せになって、その幸せをできる範囲で周りに配っていけばいいんだよね。
それが神の望みでもあるの。

それと、「自分さえ良ければ」というのも自分を大切にしていないことだよね。
人によっては「自分さえ良ければ、他人に迷惑をかけても関係ない」と思うかもしれないけれど、他人に迷惑をかければ必ずその報いは自分が受けます。
だから結局、それも自分を大切にしていないのと同じことなんです。

また、相手に悪口を言われたり、イヤなことをされたりしたら、その人に「仕返しをしよう」としますが、これもいけません。
誰かがあなたの悪口を言ったら、その報いを受けるのはその言った人なんです。
“報い”とはいいことをすればいいことで報われて、悪いことをすれば悪いことで報われることを言います。
「復讐するのは神の仕事」といって、その報いは神様がちゃんとやってくれることだから、あなたが勝手にその人に報いを与えちゃダメなの。
だいたい、人の悪口って言ったほうが負けだからね。
言い続けている人は大負けなの。
それをあなたまでその人につられて相手の悪口を言ったら、自分の運勢まで悪くなっちゃうんだよ。

だから、私たちができることっていうのはね、「相手を黙らせる」ことではありません。
「相手が悪口を言っても、自分は言わないようにする」ことがほんとうの真理なんだよね。

私たち人間は完璧じゃないから間違えることだってあります。
そこで成長できる人が、「間違ったときに謝れる人」なんだよ。
「謝るとかっこ悪い」と思うかもしれないけれど、謝らない人、または謝れない人のほうが、よっぽどかっこ悪いよね。

謝れない人って我が強いんです。
我が強いっていうことは、それだけ魂に汚れがついてるってことなの。
それで私たちはみんな、その汚れを落とすために生まれてきているからね。

『お金の真理』サンマーク出版

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「復讐するのは神の仕事」というのは、聖書の中の言葉で、「復讐は私の仕事、私が報復する、と主は言われた」からきている。
そして、人間による「目には目を、歯には歯を」という報復を戒めている。
報復は報復の連鎖が続く。
いつまでたっても終わりのない無限ループに陥ってしまう。

他人の悪口を言ったら、その報いは言った人が受ける。
同様に、お金の悪口を言ったら、その報いは自分が受ける。
お金持ちの人をうらやんだり、思わぬお金が入った人の悪口を言うようなことだ。

どんなひどい仕打ちを受けても…
仕返しをしようとしてはいけない
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2018年06月19日

No  4663    【仕事も人生も娯楽でいい】

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【仕事も人生も娯楽でいい】

堀江貴文氏の心に響く言葉より…



《行動しないことが一番のリスク》
「失敗のリスクを考えると新しいことに挑戦できない」という人がいる。
しかし、恐れていても何もメリットはない。
自分で勝手に「できない理由」を考えているにすぎないのではないだろうか。
よく考えてみてほしい。
行動しなければ、成功のチャンスすら掴めない。
仮にビジネスで失敗したとしても、命まで落とすわけではない。
実際、起業家のなかには、何度も失敗を積み重ねたが、最後には成功したというケースも多いのだ。
むしろ、現代のような変化の大きい社会では、行動しないことが一番のリスクだ。
AIの発達で、今ある仕事が10年後には機械に代行されているかもしれない。
現状に甘んじて何もしないのか。
それとも、変化を見据えて新しいことにチャレンジするのか。
どちらを選ぶかはあなた次第だ。

《誰でもできる仕事だからです》
2017年10月、僕はツイッターでこう発言して炎上した。
きっかけは朝日新聞のネット記事。
「『なんで保育士の給料は低いと思う?』低賃金で負の循環」にリアクションするかたちでつぶやいたのだ。
「保育士を見下している」「尊い仕事なのに」…。
とにかく叩かれまくった。
誤解を招く表現だったかもしれないが、僕の真意はまったく別のところにあった。
働きに見合わない報酬しかもらえないなら、そんな仕事はやめてしまえばいいのだ。
我慢して働き続ける人がいる限り、労働環境や待遇は改善されない。
需要と供給のバランスの話で、必要な人員が集まらなければ状況は変わる。
人生を変えるのは簡単だ。
現状に縛られず、初めの一歩を踏み出せばいい。
前進を妨げているのは、「リスク」ではない。
「能力」でも「経験」でもない。
そのように言い訳して行動しない自分自身だ。
僕は嫌なことは我慢しないし、自分が面白いと思うことしかしない。
「仕事も人生も娯楽でいい」。
その程度に考えていればちょうどいいのではないだろうか。

『仕事も人生も娯楽でいい (宝島社新書)』宝島社新書

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現在、多くの企業で人手不足がますます深刻になってきている。
そして、今後ますます少子化は進み、さらに人は足りなくなる。
その対策はただ一つ、そこで働く人の待遇をよくするしかない。
厳しい現実だが、待遇をよくできない企業は存続できなくなる、ということだ。

アメリカのサウスウエスト航空の企業ポリシーは、「従業員第一主義、お客様第二主義」。
従業員の待遇をよくし、みんなが幸せに働けるようになれば、顧客も、地域社会も、取引先も自然と幸せになっていくという考え方だ。
基本理念には、「ざっくばらんに」「ありのままの自分で」「仕事を楽しもう」といったキーワードがある。
また、従業員第一主義に関しては、サウスウエスト航空のCEOであるハーバート・ケレハー氏は、「従業員を侮辱するようなお客様は自社の飛行機には乗せない」と公言するほど徹底している。
この理念を実行することにより、サウスウエスト航空は、40年もの間、黒字経営を継続している。
まさに、こういう会社なら入りたいと思わせる素晴らしい経営理念だ。

面白がってワクワクして仕事をする。
仕事も人生も娯楽でいい
posted by Dr.モーリィー at 06:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

No  4662   【エクスポネンシャル思考】

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【エクスポネンシャル思考】

エクスポネンシャルジャパン共同代表、齋藤和紀氏の心に響く言葉より…


歴史を見れば明らかなように、いかなるテクノロジーも代替テクノロジーによって置き換えられていきます。
材料が置き換えられるのか、それとも、システム全体として違う形になるのか、未来は誰にもわかりません。
私たちが手にするテクノロジー、とくに情報テクノロジーは今この瞬間も大きな進化を続けています。
この連綿と続く一連の進化が人類の生活も大きく変えてきました。

進化のスピードがこれほどわかりやすく顕在化する産業革命の前まで、人間の寿命は40歳そこそこでした。
ほんの250年前のことでそれほど昔の話ではありません。
しかし、18世紀後半にイギリスから始まった産業革命によって一部の国が一気に先進化し、そこから200年弱で人類の寿命は2倍近くに延びました。
テクノロジーがもたらしたのは寿命の延長だけではありません。
手のひらに収まるデバイスから、地球の裏側の情報にも簡単にアクセスできるようになりました。
そして、私たちは今、テクノロジーの進化が「さらに加速している」のを感じているのです。

今後、多くの仕事が人工知能やロボットに置き換えられていくのは、まず間違いないでしょう。
テクノロジーが私たちの仕事を大きく変えてきたのは今に始まったことではありません。
かつて、テクノロジーは電話交換手という職業を生み、そして廃業に追いやりました。
同じ職場のなかでも、そろばんを持ち歩いて伝票の合計チェックにいそしんだ昔の公認会計士と、海外のデータセンターを活用し人工知能をフル活用して企業データを分析する今の公認会計士はもはや同じ職場ということはできないでしょう。
これから先の短期間で、電話交換手に起きた変化、公認会計士に起きた変化と同じことがいくつも起きることは予測に難(かた)くありません。

これから起きる人間の仕事の置き換えは、私たちの全く予想もしなかった形で表れる可能性があります。
人工知能が直接人間の仕事に置き替わってしまうというよりも、テクノロジー進化の複合的な帰結として、今ある仕事は間接的に「蒸発していく」という表現が、より正確に状況を表すと思われます。

『エクスポネンシャル思考』大和書房

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エクスポネンシャルとは、直訳すると「指数関数的」と言う意味。
「ムーアの法則」という経験則で定義された進化速度を、はるかに上回る幾何級数的変化のことを指す。

齋藤和紀氏 は、「エクスポネンシャル思考」とは、世界をひっくり返すような、ぶっ飛んだアイデアを出すことだという。
そして、「世界を変えるようなイノベーティブなアイデアは、テクノロジーとテクノロジーの交差点で生まれる」、と語る。

レイ・カーツワイル博士は、少なくとも2045年までには、人間と人工知能の能力が逆転するシンギュラリティ(技術特異点)に到達すると言っている。
それが起こるかどうかは別にして、それほどテクノロジーの進化のスピードは、我々の想像をはるかに超えて速いのだということ。

大変化の時代を生き残るため…
エクスポネンシャル思考を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月16日

No 4660   鹿児島 久しぶりの どか灰  4700m

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気象庁によりますと、桜島の南岳山頂火口で16日午前7時19分に爆発があり、多量の噴煙が火口から4700m上空まで上がりました。
また、火砕流が南西側に約1000m流れました。
桜島上空は東よりの風が吹いていて、鹿児島市街地は久しぶりのドカ灰に見舞われました。

なお16日は、午後11時半までに桜島で計4回の爆発が観測されました。
いずれも、南岳山頂火口での爆発で、今年に入って爆発は132回を数えています。

でも 通勤したスタッフには 悲壮感はなく
なぜだか 笑い声が もう笑うしかないです  ははは

でも みんな 桜島が大好きです


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知人のFacebookから 雰囲気をどうぞ

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No   4659   【ホワイト企業とは】

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【ホワイト企業とは】

元ソニー上席常務、ホワイト企業大賞企画委員長、天外伺朗氏の心に響く言葉より…



「どうせ働くなら“いい会社”で…」というのは、世界中のサラリーマン共通の願望でしょう。
また、できることなら自分の会社が「いい会社」に育って欲しい、と願わない経営者はいません。
仕事があればいい、儲かっていればいい、という時代は過ぎ去り、「いい会社」というのは、いまや産業界全体が追求すべき大きな課題のひとつになっています。

私たちは、「いい会社」の表現のひとつに、「ホワイト企業」という言葉を使うことを提案しています。
この言葉のいいところは、よく知られている「社員に過酷なブラック企業」の反対なので、誰でも直観的に「社員を大切にしている」という印象が浮かぶことです。
少なくとも、漠然としたイメージは共有できます。

私たちはあえて、その漠然としたイメージだけを大切にして、「ホワイト企業というのはこういう企業ですよ」という定義をしないことにしました。
定義をしてしまうとそれが目標になります。
もちろん目標が明確になり、それに向かって努力をする企業が増えるというメリットはありますが、目標以外の方向性が無視されるので多様性が乏しくなり、また「達成したか/しないか」という結果にとらわれてプロセスがおそろかになり、達成したら終わりという刹那性をはらむ、などの問題点が出てきます。
それよりも、漠然たる方向性だけを示して、「永遠に歩き続ける道」として「ホワイト企業」という表現を使っていこうと考えています。

よく考えると、仕事を通じての幸福は「働きがい」だし、「社会貢献」も幸福に通じる活動です。
つまり、この方向性は「社員の幸福の追求」という一点に向かっています。
「幸福は伝染する」という特性があるので、社員が幸福なら、お客様を含めて、その会社に関係するすべての人たちを幸福へ誘うでしょう。
また、社員が幸福なら創造性が高まり、会社の業績がよくなることも述べたとおりです。

いままでの経営学は、ひと言でいえば会社の業績向上を合理的に追求してきました。
ところが、社員の幸福を無視して直線的に合理性を追求すると「ブラック企業」が生まれます。
社員は疲弊して、結局は業績も落ちるでしょう。
合理性の追求には落とし穴があるのです。
業績を追うより、むしろ「社員の幸福」を追求すると、時間はかかるかもしれませんが、結果として会社の業績も向上します。
「ホワイト企業への道」というのは、そういう方向性を示唆しています。

このことは、100年もの間「業績向上」を旗印に掲げて発展してきた経営学の前提を、ここで抜本的に見直さなければいけない、ということを意味しています。
また、「幸福」というのも漠然とした概念なので、もう少し、しっかりと学問的に追究する必要があります。
かくして「“幸福学”と“経営学”の融合」という、大テーマが浮かびあがってきました。

『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』内外出版社


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伊那食品工業代表取締役会長、塚越寛氏は「いい会社」についてこう語っている。
「『いい会社』とは、単に経営上の数字が良いというだけでなく、会社を取り巻くすべての人々が、日常会話の中で『あの会社は、いい会社だね』と言ってくれるような会社です。
社員はもちろんのこと、仕入先からも、売り先からも、一般の消費者の方からも、そして地域の人たちからも『いい会社だね』と言ってもらえるように心がけています」
そして、「会社は社員を幸せにするためにある」、「会社は永続することに価値がある」とも言っている。

どんなに「いい会社」であっても、長く続かなければその存在意義はない。
逆に言うなら、本当に「いい会社」なら、消費者からも、そこに働く人からも、取り引き先からも、地域からも、誰からも支持されるので、長く続くに決まっている。
時代を超えていい会社であり続ける…それがホワイト企業。

ホワイト企業を目指したい
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2018年06月15日

No 4658   【読書は運を呼ぶ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【読書は運を呼ぶ】

堀紘一氏の心に響く言葉より…



企業経営にとっては、運がなにより大切…このことを私に教えてくれた人物は、故ブルース・ヘンダーソンである。
彼はボストンコンサルティンググループ(BCG)の創業者であり、「戦略コンサルティング」という概念を初めて提唱。
経営コンサルタントの世界に一種の革命を起こした風雲児であり、私の人生の師のひとりである。

その偉大なるブルース・ヘンダーソンは、経営戦略の重要性について私が問うと密かにこう教えてくれた。
「もちろん企業経営にとって戦略は極めて重要なものである。しかし最重要ではない。最も大切なのは運である。しかし、これは人に教えるな」

運が大事だといっているのはブルースだけではない。
かつて「経営の神様」と崇(あが)められた松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助さんも「成功の条件は運と愛嬌」とおっしゃっている。
運があれば大概のことはうまくいくが、運がないと相当努力しても大概のことはあえなく失敗に終わる。
ところが困ったことに、この運ばかりは100%確実につかむ方法がない。

何事にも重要な運をキャッチする確かな方法がないと聞いたら「努力なんて金輪際やめた!」と無為無策で世の中に流される生き方を選ぶ人が大半だろう。
でも、運をつかみとる方法がないとしたら、次善の策としてせめて自分にやれることを地道にコツコツ努力するタイプもいる。
その姿を見た人は「頑張っているあいつにチャンスをやろう」と思ってくれる。
それが思わぬ運につながるのだ。

野球の選手でいえば、誰より遅くまでグラウンドで素振りを繰り返していたら、それを密かに見ていた2軍の監督は、1軍で想定外の故障をした選手が出たときなどに、その選手の1軍昇格を推薦しようとするだろう。
真面目に努力していれば、誰でも4番バッターになれるわけではない。
世の中はそんなに甘くないが、少なくとも努力をしていればチャンスが訪れる確率は高まる。
それをモノにできるかどうかもまた運である。

運をつかみとるための日常的努力が野球選手にとっての素振りだとするならば、ビジネスパーソンにとっての素振りは読書に他ならないのだ。
読書を通じて教養を磨いて自分なりの哲学を養っておくと、年上の人が可愛がってくれる。
するとプロ野球の2軍の監督に目をかけられた野球選手が思わぬ出場機会を得るように、ビジネス上のチャンスをつかめる日もやってくるだろう。

『自分を変える読書術 学歴は学<習>歴で超えられる (SB新書)』


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『仕事でも結婚のようなプライベートでも、一大決心をするときには判断材料がなく、限られた情報だけで乾坤一擲(けんこんいってき)、運を天に任せた勝負に出ないといけないシーンは結構ある。
そこで頼りになるのは第六感しかないのだが、その勘の背景にあるのも、読書を通じて長い時間をかけて養ってきたその人の教養だと私は思っている。
背後に豊かな教養がある勘は第六感だが、後ろ盾も根拠もなにもない勘は単なる山勘で失敗するリスクも高い』(本書より)

読書をするということは、言葉を身につけることだ。
言葉が身につくと、気の利いたことが言えるようになる。
そして、相手を不快にせず、機嫌よくさせる言葉のセンスも身につけることができる。
それが、「愛語」。

その反対に、言葉のセンスがないと、相手を不快にする。
相手を傷つけたり、二度と会いたくないと思わせてしまう。
相手を不快にする人に、運やチャンスはやってこない。

「読書は運を呼ぶ」
読書で運を呼び寄せたい
posted by Dr.モーリィー at 07:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

No 4657     【ココ・シャネルの言葉】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ココ・シャネルの言葉】

山口路子氏の心に響く言葉より…



《かけがえのない人間であるためには、人と違っていなければならない》
シャネルは生涯を通して、「ほかの人と自分を区別する」ことを意識し続け、「ほかの人と同じことをして安心する」人たちから遠く離れたところにいました。
「自分と自分以外の人との違い」について、「自分にできてほかの人にできないこと」について、また逆に、「ほかの人がいともたやすくこなしているのに自分にはできないこと」について、考えた人でした。
シャネルの成功の理由は、もちろんひとつではないけれど、「人と違っていること」に異常なほどのこだわりをもっていたことは、確かに成功の理由の根幹にあるでしょう。
シャネルが71歳でカムバックしたとき、同業者であるバレンシアガは「シャネルは永遠の爆弾だ」と言いましたが、この強烈な賛辞は「かけがえのない人間」でありたいと願い続けたシャネルを喜ばせたことでしょう。

《20歳の顔は自然がくれたもの。30歳の顔は、あなたの生活によって刻まれる。50歳の顔には、あなた自身の価値が表れる》
どのような生き方をしてきたか、どのような生き方をしているのか。
それは顔に表れる。
シャネルの有名な言葉のひとつです。
進歩した医療技術で、どんなに肌に張りを与えようとも、重力に逆らった施術をしようとも、あるいは写真で修整を加えても、「精神の老化」は隠せません。

《私はこれから起こることの側(そば)にいる人間でありたい》
シャネル63歳。
スイスでの隠遁生活に退屈していたころ、「まだ終わったわけじゃないわ」はほとんど口癖でした。
60歳を超えたシャネルの口から「はじめからすべてをやり直す準備はできている」と聞いた人々は、その不屈の精神、年齢をものともしない精神に圧倒されました。
モード界にカムバックしたのは、それから8年後のことでした。

『ココ・シャネルの言葉 (だいわ文庫)』だいわ文庫

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山口氏は本書の中でこう語っている。
『シャネルは、物を買うことではなく、自分の格を上げることのためにお金を使いました。
どんな物を持っているか、ではなく、どんなことをしているのか、で勝負したのです』

『シャネルが、モード界にカムバックしたのは71歳のときでした。
「退屈よりも大失敗を選んだの」という言葉のとおり、困難覚悟の決断でした。
それから87歳で亡くなるまで、最前線で働き続けたのです』

人はこの世では、一回限りの人生しか生きられない。
二度はないと思ったとき、「退屈よりも大失敗を選ぶ」生き方は、凄(すさ)まじいばかりの潔さだ。
「晩節を汚(けが)さない」という生き方もあるが、晩年に大失敗をするのもまたそれでよし。

どんなときも、いつであっても、当事者でいることは自律した人生を生きる上でとても大事な価値観だ。
評論家のように批判ばかりして、ひとごとのように話す。
だからこそ、「 これから起こることの側(そば)にいる人間でありたい」。
引っ込んでばかりはいられない。

かけがえのない人生を全力で生き切りたい
posted by Dr.モーリィー at 07:12| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする