2018年05月31日

No 4637   【マナーを身につけること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【マナーを身につけること】

中谷彰宏氏の心に響く言葉より…


「自分らしさ」を出したいと思うなら、まずそのベースとなるマナーを身につけることです。
サラリーマンは、どうしたら人に嫌われないようにできるかを考えて行動することがマナーです。
落語家の世界は、前座→二つ目→真打と昇進します。
前座の間に覚えなければならないことは、噺ではありません。
マナーです。

学生時代と社会では、人とのつきあい方が違います。
学生時代は、好きな相手とだけ一緒に過ごせます。
社会に出ると、そりが合わない人、話が通じない人、価値観の違う人、文化的なバックグラウンドまったく違う人と、好きにならならくても、嫌われないようにつきあわなければなりません。
人から嫌われないために必要なのがマナーです。
最低限のマナーがあることが大切です。
マナーがないまま「自分らしさ」を押し出していくと、ただの嫌われ者になってしまいます。

それが我を張るということです。
「私が、私が」と行くのは、マナーを教わっていない人です。
マナーとは、ひと言で言うと、いかに「私が」を抑えられるかです。
お辞儀の角度が何度ということではありません。
みんなそれぞれ「私が」と押し出したい気持ちはあります。
それをマナーでグッとオブラートに包む技を持っておかないと、本当の自分のよさを見せる前に「なんか頑張ってイタイよな」と言われます。
「あいつは、あれがなければいいのにな」と言われる存在になってしまうのです。

よく「紹介してください」と言う人がいます。
マナーの悪い人は紹介できません。
少なくとも最低限のマナーを持っている人でないと、「なんて人を紹介したんだ」と、紹介した人間は信頼をなくします。
チャンスをつかめる人は、紹介してもらえる人です。
ワンステージ上の人と出会うことでチャンスはつかんでいけます。
紹介してもらえるかどうかの差は大きいのです。
そのためには、ワンステージ上の人に失礼がない、嫌われないマナーを身につける必要があります。
頑張っているのにうまくいかない人は、マナーを身につけていないのです。
嫌われないマナーのいい人は、何かしくじった時でもまわりがみんな安全テントになって助けてくれます。

50代になっても、マナーを知らない人がいます。
マナーを身につけることが、おむつが取れるということなのです。

『人とは違う生き方をしよう。自分の強みを見つける50の方法』秀和システム

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スポーツの世界で言えば、監督に好かれなければ、どんなに技術があろうが、パフォーマンスで目立とうが、試合では使ってはもらえない。
これは、会社や社会においての、上司や社長、先輩などにたいしても同じだ。

マナーとは、行儀や作法のことをいうが、これは人から嫌われないための礼儀作法。
そして人から嫌われないために、この礼儀作法と同時に大事なのは、笑顔や、愛ある言葉(愛語)、そして愛嬌(あいきょう)。
いくらマナーがよくても、仏頂面だったり、不愛想だったり、不機嫌だったら、誰も相手にしてくれない。

人から好かれれば運がついてくる。
マナーを身につけて、運を呼びよせたい
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2018年05月30日

No 4636    【返報性の法則】

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【返報性の法則】

西田文郎氏の心に響く言葉より…



ちょっと調子がよくなるとほとんどの人が、自分は優秀だと誤解しはじめます。
これは他人事ではありません。
しかし、「自分はデキる」と思っている人間に、本当にデキる人はいないし、「自分は優秀だ」と考えている人間に、本当に優秀な人がいたためしはありません。
自己満足は、未来へ進む力を奪います。
スポーツメンタルの指導経験から、はっきり断言できますが、本当にデキる人間、本当に優秀な人間は、間違いなく「自分はまだまだである」と思っています。
謙虚だからではではありません。
いつも未来の目標に向いていて、それと現在の自分を比べているので、「まだまだ」としか思えないのです。

志の低い人間ほど、すぐ図に乗ります。
志が低いから、すぐ舞いあがる。
大成功者から見れば、成功どころか失敗でしかないレベルなのに、なぜかいい気になり、思いあがり、「自分はデキる人間だ」「優秀だ」などとカン違いしはじめるのです。

残念ながら、今の日本はそんな人間ばかりです。
調子に乗り、勢いづいている人のところへは、人が寄ってきます。
勢いよく流れる川が、まわりの水を集め、しだいに大河になるのと同じです。
人は勢いのあるものが大好きで、未来に向かって勢いよく流れているものに魅力を感じ、本能的にそこに集まります。
人は未来のイメージが欲しいのです。

人が集まるということは、チャンスや才能が集まるということであり、イヤでもツキや運が寄ってくるということです。
1人では、絶対に勢いには乗れません。
調子にのって勢いづくには、未来のイメージを分かち合い、支えてくれる仲間が必要です。

一方、図に乗るには1人でも十分です。
というより、1人でなければ、図には乗れません。
そのうえ図に乗っていると、まわりの反感を買い、嫌われ、だんだんひとりぼっちになっていきます。
孤独ほど人の運勢を悪くするものはありません。
このことをぜひ覚えておいてほしいのですが、「孤独なのにツイている」「ひとりぼっちなのに運がある」、そういう人を私は1人も知りません。

『新装版 10人の法則』現代書林

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西田氏は本書の中でこう語ります。

『世の中をナメていいる人間は、いつか必ず大失敗します。
ナメてかかると、いずれ相手に復讐されるというのが、この世の法則だからです。
これを「返報性の法則」といいます。
他人を疎んじていると、必ず他人に疎んじられ、お金を軽んじていると、必ずお金に軽んじられ、健康を無視していると、必ず健康にも無視される。
逆に他人を大切にする人は、人間関係に恵まれ、お金を大切にする人は、お金に恵まれ、健康を大切にする人は、健康に恵まれるようになる。
雑巾だって大切に使えば、長持ちしてくれます。
この返報性の法則をしっかり理解し、大切なものを大切にしてさえいれば、どんなに不幸になりたいと思っても、そうそう簡単に不幸にしてくれません』

人は、未来感を持つ会社や人に魅(ひ)かれる。
未来感という未来のイメージだ。
反対に過去のことばかり言っている会社や人には、人は寄りつかない。

未来へのイメージを持つからこそ、そこに希望があり、夢がある。
未来を大切にする人は、未来から大切にされる。
過去を大切にする人は、過去に生きることになる。
過去に生きる人は、愚痴や、泣き言や、不平不満やグチが多い。

いくつになっても、未来に好奇心を持ち、未来を大切にする人でありたい
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2018年05月29日

No  4635    【完璧なリーダーはもういらない】

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【完璧なリーダーはもういらない】

組織開発ファシリテーター、長尾彰氏の心に響く言葉より…



「今日から、あなたがチームのリーダーです」
職場や学校で、ある日突然そう言われたら、あなたはどうしますか?
「望むところだ!」と気合を入れる?
自信はなくても、「頑張ります」と、挑戦してみる?
「私には務めあげる自信がありません」と、辞退する?
リアクションは人それぞれに違うと思いますが、「自分はリーダーに向いているのだろうか。リーダーの素質はあるのだろうか」などと、悩む必要はありません。

大丈夫、あなたはリーダーになれます。
なぜ僕がそう言い切れるのか。
じつは、リーダーに必要とされる「リーダーシップ」は、あなたがすでに持っているものだからです。

現在、会社や組織の中でリーダー的な役職・ポジションについている人はもちろん、1度もリーダーを経験したことがないという人まで、すべての人たちに備わっているので、個々の能力や素質は関係ありません。
あるとすれば、リーダーシップを「発揮するか、しないか」の違いだけ。

日本社会における組織の形は、これまではトップダウンによるヒエラルキー型が一般的でした。
リーダーとは「長」という肩書を持つ人や、組織をまとめるポジションを意味することが多く、課長・部長・社長といったマネジメント層の人たちを指している場合がほとんどです。
学校ならば学級委員長・生徒会長などですね。
リーダーたるもの、行き先や生き方を迷うことなく先頭で示し続け、人々はその背中に憧れ、尊敬しながらついていく…。

このようなカリスマ的なリーダーが企業や組織を牽引することで、日本の経済産業はめまぐるしい発展を遂(と)げてきたのです。
確かに、これまでの社会はそれで安泰でした。
でも、時代は大きく変化しています。
その変化のスピードはどんどん速くなり、物事の結果がすぐに出てしまうにもかかわらず、予測の不確実性が高く、誰も「正解」がわからない…。
自信満々で有無を言わさずに「こっちへ行くぞ!」と、みんなを牽引するようなカリスマ的リーダーは減少し、個々が自分の行き先を考え、自己責任を負うようになりました。
率先垂範・不動不惑のリーダーは通用しなくなりつつあり、「総リーダー時代」に突入しているのです。
それなのに、「リーダーたるもの、優秀でなければならない」という呪縛が、未だにどれほど多くの人たちを苦しめていることか!

こうした固定観念に囚われて自信がない人ほど、「私はリーダーに向いていないのでは?」と悩んだり、リーダーであることに精神的負担を感じたりしてしまうのです。
また、「正解」にこだわり、柔軟な思考や大胆な発想ができなくなる人もいます。
優秀なリーダーが悪いわけではありません。
ただ、優秀でなくてもいいのです。

リーダーシップは、チームや組織を束ねるポジションにいるかどうかに関係なく、組織に所属するすべての人たちが発揮できます。
もちろん、あなたも。
ではどうやってリーダーシップを磨くのかと言うと、方法は至ってシンプル。
「〜したい(Want)」という自分の意思を、周囲に発信することです。
たとえば会議中に、1人の男性が「ちょっと休憩にしませんか?」と、提案したとします。
このとき、彼はこの場におけるリーダーの役割を果たしています。
さらに、別のメンバーが「だったら私、コーヒー買ってきたいな」「では、15分ほど休憩にしましょうか」などと提案すれば、その人たちもまたリーダーになるのです。
メンバーそれぞれが「〜したい」という意志を発信することによって、チームの合意形成や意思決定が成されるので、これらすべてが、立派なリーダーシップと呼べるのです。
従来の「リーダーは常に固定された人物」という考え方ではなく、チーム全員がリーダーであり、状況に応じて誰かがリーダーシップを発揮する。
リーダーというバトンを、メンバーのあいだでクルクルと回している状況をイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。

『宇宙兄弟 「完璧なリーダー」は、もういらない。』Gakken

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脳力開発の城野宏氏は、「リーダー」についてこう語っている。
『形式上のリーダーの地位にある人が、必ずしも真のリーダーというわけではない。
その人の地位や権限が何であろうとも、周囲に対し本質的な影響を与えるだけの「変化の土台づくり」を地道に確実に進め得る人物こそ、人間としての本物のリーダーである』

変化の激しい現代は、経験豊かな熟練のリーダーだけが問題を解決できるとは限らない。
むしろ、その分野に関して、全く知らない素人や、新人の方がリーダーシップを発揮できることがある。
「知らない」ということを自分で自覚しているから、多くの人の意見を聞くことができる。
反対に、経験豊かなリーダーは、過去の経験があるために、他人の意見を聞かず、自分や側近だけで判断を下しやすい。

ITやAIの急速な進化により、思いもよらない新技術や大変革が起こる現代は、なまじっかな知識や経験があると、逆に対応できないことは多い。
知識や経験があるとそれにとらわれ、新しい技術や考えを受け入れられないからだ。

「完璧なリーダーはもういらない」
新しい形のリーダーが今、求められている
posted by Dr.モーリィー at 06:58| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

No  4634    【人を笑わせること】

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【人を笑わせること】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



最近、セクハラの問題が外国なんかでずいぶんあります。
あのね、セクハラって、あんたが嫌いってことなの。
だって好きな人だったら、誘われたら嬉しくてしょうがないでしょ?
だから、好かれる人間になることだよね。

神様ってね、ユーモアが大好きなんです。
で、おもしろいことに、人は笑うと、一瞬にして心が開きます。
だから私はいつも、いろんな話を「これをどう表現したら、笑える話になるだろうか」って考えてるんです。

でね、まずは自分が笑える話にするわけです。
自分が笑おうと思うとね、ものすごくおもしろくしないと笑えないんだよね。
ところが、人を笑わせようと思うと、自分を笑わせたときの半分とか3分の1くらいのおもしろさでも笑ってくれるの。
もっと言うとね、相手の人数が多くなればなるほど、わずかなおもしろさでウケるんだよ。
1000人集まれば、ちょっとした冗談でもワッと笑うよ。

いちばん笑わせるのが大変なのは自分なんです。
だから、いつも自分を笑わせてるとね、人に会ったとき、相手を笑わせるくらいの冗談を言うのはワケないんです。
で、私は何かおもしろい話があると、この話をどうやって表現したらもっと笑えるだろうかって考えるんです。
だから、私はいつも、とても人には言えないようなおもしろいことを考えては、1人でクスクス笑ってるの。
そうすると、周りから、「今、何考えてるんですか?」って聞かれるんだけど、言えないって(笑)。

幸せって、楽しいのと同じです。
例えば、俺は野球の選手になるんだって決めて、野球選手になって大喝采されているところや豪邸に住んでいるところを想像すると、それだけで楽しくなるものなんです。
練習してようが、トレーニングしてようが、野球に関することなら何をしてても楽しいはずなの。
だから、本物の野球選手になるまでのトレーニングなんかは楽しくないっていうのは、本物じゃないんだよね。
本物っていうのは、想像しただけで楽しくなるものを言うんです。
ところが、世の中には楽しんじゃいけないと思っている人が一定数いる。
そんなこと思う必要はないんだよ。
あのね、一人さんって、とにかくおもしろくなきゃいけないと思ってるんです。
で、そう思ってるから、私の人生はおもしろいわけです。
四六時中、おもしろいこと考えてるんだから、毎日おもしろくてたまらいんだよね。
もし、1日に3人を笑わせることができたら、あなたの人生は大正解だと思います。
同じ人ばっかり、毎日笑わせてもいい。
やってごらん。

『斎藤一人 俺の人生 (すべてが成功する絶対法則)』マキノ出版

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斎藤一人さんは、本書の中で「おもしろい話」についてこう語っている。
『おもしろいことってね、おもしろくないことから生み出されるものなんです。
私の場合だったら、納税日本一になったとき、周りの知り合いから判で押したように、「斎藤さん、儲かって笑いが止まらなでしょう」とかって言われたんです。
そういうときには、すかさずこう返しました。
「笑いが止まらない段階はもう過ぎちゃった。今は、あんまり儲かるものだから、夜になると笑いすぎて涙が止まらないんですよ」
そうすると、だんだん何も言われなくなってくる(笑)。
そんなことないよって否定したり怒ったりするから、あれこれ言われるんだよね。
こんなのもあったよ。
ちょっと太るとね、「斎藤さん、金太りですか」って。
幸せになることで太ることを幸せ太りって言うよね。
それと同じように、私にお金が入ったから太ったと言いたいんでしょう。
それにたいする答えは、こうです。
「いや、金太りじゃないんだよ。金むくみで、今はもうむくんじゃって」
私のは、金むくみだって返すんです(笑)。
こんなふうにね、笑えるような答えがいちばんだよ。
相手も笑えて、こっちも笑える。
それができると、変なことを言ってくる人はいなくなります。
だから私がいつも考えるのは、こっちも笑えて相手も笑える答えは何だろうっていうこと。
要するに、相手よりちょっと楽しい知恵が勝っていればいいんだよね。』

いつも、人の心を冷やす名人がいる。
愛のない言葉を発して、一瞬にして、相手の心を傷つけたり、嫌な気持ちにさせる。
しかし、大事なのは、その挑発に乗らないこと。
自分はいつも愛ある言葉を発し、相手を明るくして元気にさせると心を決めるのはもちろんのこと、相手の言葉に乗せられて、不機嫌になってしまっては元も子もない。

この世に生を受けた我々にとっての一世一代の大事な修業は、どんなことがあっても、愚痴や、悪口や、不平不満、文句、泣き言を言わないこと。
そして、言わないだけでなく、いつも愛ある言葉を発し、相手を笑わせることができたら、周りも自分も幸せになれる。

いつもおもしろいことを考えて…
どんなときも、人を笑わせることができたら最高だ
posted by Dr.モーリィー at 06:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

No  4633   【AIに人間が勝つために必要なこと】

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【AIに人間が勝つために必要なこと】

数学者、新井紀子氏の心に響く言葉より…



私は日本人の読解力についての大がかりな調査と分析を実施しました。
そこでわかったのは驚愕すべき実態です。
日本の中高生の多くは、詰め込み教育の成果で英語の単語や世界史の年表、数学の計算などの表層的な知識は豊富かもしれませんが、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できないということがわかったのです。
これは、とてもとても深刻な事態です。
英語の単語や世界史の年表を憶えたり正確に計算したりすることは、AIにとって赤子の手をひねるようなことです。
一方、教科書に書いてあることの意味を理解するのは苦手です。

あれ、日本の中高生と同じなのでは?…そう思われましたか。
そうなのです。
現代日本の労働力の質は、実力をつけてきたAIの労働力の質にとても似ています。
それは何を意味するのでしょうか。

AI楽観論者が言うように、多くの仕事がAIに代替されても、AIが代替できない新たな仕事が生まれる可能性はあります。
しかし、たとえ新たな仕事が生まれたとしても、その仕事がAIで仕事を失った勤労者の新たな仕事になるとは限りません。
現代の労働力の質がAIの似ているということは、AIでは対処できない新しい仕事は、多くの人間にとっても苦手な仕事である可能性が非常に高いということを意味するからです。

では、AIに多くの仕事が代替された社会ではどんなことが起こるでしょうか。
労働市場は深刻な人手不足に陥っているのに、巷間には失業者や最低賃金の仕事を掛け持ちする人々が溢(あふ)れている。
結果、経済はAI恐慌の嵐に晒(さら)される…。
残念なことに、それが私の思い描く未来予想図です。

実は、同じようなことはチャップリンの時代にも起こっています。
ベルトコンベアの導入で工場がオートメーション化される一方、事務作業が増えホワイトカラーと呼ばれる新しい労働階級が生まれました。
でも、それは一度に起こったことではありません。
タイムラグがありました。
大学が大衆化し、ホワイトカラーが大量に生まれる前に、多くの工場労働者が仕事を失い、社会に失業者が溢れました。
それが、20世紀初頭の世界大恐慌の遠因となりました。

その時代、ホワイトカラーという新しい労働需要があったのに、なぜ失業者が溢れたのか。
答えは簡単です。
工場労働者はホワイトカラーとして働く教育を受けておらず、新たな労働市場に吸収されなかったからです。

AIの登場によって、それと同じことが、今、世界で起ころうとしています。
そうならないために、数学者として、今、できることは何か。
それは、実現しそうにない夢のような未来予想図を喧伝(けんでん)することではなく、現実的に、今、起ころうとしていることを社会に伝えることだ。
その強い想いから、筆を執(と)ることにしました。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社


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日本の学校では長い間、テストや入試においては、覚えたものを再生する「記憶再生能力」を問うことが多かった。
しかし、覚えたものを正確に再現する動画記録やボイスレコーダー的な機能は、もはや、すべてのスマホにアプリとしてついている。

「記憶再生能力」と対極にあるものが「感性」だ。
境野勝悟氏は、かつて進学校の教師をしていた頃、東大に楽々と現役入学する生徒を何人も見て、「記憶再生能力」プラス「感性」イコール10、という方程式が成立することに気づいたという。
つまり、ボイスレコーダー的記憶再生能力が8だとすれば、感性は2しかないということ。

読解力を身につけるには、感性の力が必要だ。
感性とは、「相手の気持ちなれる」、「人の気持ちを感じとる」といった、喜怒哀楽を感じる力だ。

AIに人間が勝つために必要なことは、AIにできないことを身につけなければならない。
これからの時代は、ますます…
人の気持ちを感じ取る「感性」を身につけることが必要だ
posted by Dr.モーリィー at 21:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

No  4632  【マサカの時代】

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【マサカの時代】

五木寛之氏の心に響く言葉より…



近ごろ、専門家や情報通と呼ばれる人たちの予想が外れることがしばしばある。
少し前まで私は、その種の「マサカ」には、あまり驚かないほうだと思っていた。
それでも最近、現実に起きる出来事には驚かずにいられない。
メディアを含めて大方の予想が外れ、マサカの現実にぶつかる。
そのたびに、「やっぱり、確実な未来予測などないものだな」、あらためてそう痛感することが増えている。

先年の衆議院選挙でも、一時は小池総理の可能性まで取りざたされたのが、結局は自民党が圧勝したように、先が読めないことがつぎつぎに起こる。
2016年は海外でもイギリスのEU離脱が決まり、トランプ大統領当選があった。
昨今の相撲界の不祥事もそうである。

経済を見ても、株価がバブル崩壊以降で一時最高値を更新する一方で、東芝や神戸製鋼、日産、東レといった大企業が、経営危機や不祥事に揺れている。
自動車業界は電気自動車シフトに雪崩を打ち、AI(人口知能)を業務に導入する大手銀行が、相次いで大リストラを打ち出すようになった。

ひと昔前、就職すれば親戚一同にも鼻高々だった大企業でさえ、一生安泰というわけではなくなった。
まさに時代の大転換期なのだ。
もちろん、いつの時代も「マサカ」という出来事は起こる。
しかし、今の時代はそれが非常にドラマチックな形で、目の前に迫ってきているという実感がある。
「マサカ」の上に「マサカ」が続く、そういう時代だと感じないではいられない。

私の趣味の一つは、十年ぐらい前の経済雑誌を読むことだ。
そこでは、様々な学者やエコノミストが日本経済の先行きを予測しているが、そのほとんどが、外れているのが痛快である。
後になって、自分が間違っていたと反省する本を出された人もいるが、ごく少数派だろう。
本として刊行される大半は、なぜバブルは起こったのか、なぜ崩壊したのか、という後付の話ばかり。
後からの理屈は誰でもつけられる。
そうではなくて、その道の専門家として、十年後はこうなる、という見通しを聞きたいものだといつも思うのだ。

『マサカの時代 (新潮新書)』

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五木寛之氏は「マサカの時代」に対する心構えを本書の中で述べている。
『本物の「マサカ」の時代。
その中で、個人にできることは何なのか。
一つ言えるのは、人は自分の死生観を持つべきだということだ。
いま自分が生きていること、やがて確実に死ぬということに対して、自分なりの答えを用意しておかなければならない。』

これからはますます、あらゆる予測という予測が外れる時代に入ってきた。
AIやITなどの急激な進化や、変革が及ぼす影響が読めないからだ。
まさに、「マサカの時代」。

その中で、一つ絶対に確実なことは、「人は生まれたら必ず死ぬ」という現実。
これは、どんな金持ちだろうと有名人だろうと、この現実は免れることはできない。
つまり、どんなことが起ころうと覚悟を決めるといこと。

覚悟を決めるということは、生きている限り、己の人間力を磨き続け、少しでも善き人間となること。
どうせ死ぬのだからと、自暴自棄になったり、享楽的になって努力を放棄(ほうき)してしまっては、この世に生まれた意味がない。

「マサカの時代」
この一瞬一瞬を、一所懸命生き切りたい
posted by Dr.モーリィー at 06:27| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月25日

No  4631   【ビジネスモデルの大転換が始まる】

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【ビジネスモデルの大転換が始まる】

野口悠紀雄氏の心に響く言葉より…


いま、世界のビジネスモデルは大転換しようとしている。
これに伴って、組織のあり方や人々の働き方も大きく変わる。
そうした変化を先導できる国や企業や個人が発展し、変化に対応できない国、企業、個人が遅れを取り、衰退する。

大航海時代から産業革命を経て、現在にいたる長い歴史の流れをみる。
いまどき「大航海時代を振り返る」などと言うと、「なんたる時代錯誤」と思われるかもしれない。
確かに、これは500年も前のことだ。

しかし、世界は、その時と同じような大変化を迎えようとしている。
それは、一言でいえば、産業革命以前の独立自営業の世界への「先祖がえり」だ。
産業革命以降続いてきた流れが、いま大きく転換しようとしているのである。

産業革命以降のビジネスモデルの基本は、さまざまな工程を1つの企業の中に統合し、組織を大規模化することによって、効率化を図ろうとするものだった。
しかし、1990年代以降、新興国の工業化や情報・通信技術の進歩によって、この基本が変わりつつある。
新しい経済において重要なのは、大組織の中で決まりきったことを効率的に実行することではなく、まったく新しいビジネスのフロンティアを見出すことだ。
それに成功するかどうかが、これからの企業や個人のあり方に大きな影響を与える。

「産業革命によって垂直統合化・集権化・組織化が進展したが、新しい経済の最先端は、それ以前の時代の分権的ビジネスモデルへと先祖がえりしつつある」ということになる。
ただし、「大組織か、小組織か」ということについての先祖がえりは、まだ現実には生じていない。
現在の社会において大組織がいまだに支配的であることは、否定できない。
だが、経済活動の中心が産業革命前のような小組織や個人に移る萌芽(ほうが)はすでに見られる。
人々の働き方においても、フリーランサーが増えつつある。

『「産業革命以前」の未来へ―ビジネスモデルの大転換が始まる (NHK出版新書 550)』NHK出版新書

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野口氏は本書の中でこう語る。
『アメリカでは、組織を離れて働く「フリーランサー」が増えている。
情報技術が進歩した結果、仕事の進め方に関する自由度が高まり、1ヶ所に集まって仕事をする必要性が薄れたからだ。
高度の専門家について、とくにこのことが言える。
こうした仕事を斡旋(あっせん)するためのスマートフォンアプリもある。
これまでフリーランスと言えば、農業や小売業などが主だった。
最近の特徴は、それが高度な専門家に及んでいることだ。
アメリカにおけるフリーランサーの数は、5730万人だ。
これは、アメリカの労働人口の35.8%になる。

このレポートは、2027年には、フリーランサーが8650万人で、50.9%と過半を占めるだろうと予測している。
ダニエル・ピンクは「フリーエージェント社会の到来…“雇われない生き方”は何を変えるか(ダイヤモンド社)」において、人々は、組織から離れ、独立自営業になり、肉屋と燭台(しょくだい)職人の時代になるだろうとした。
これは、まさに、工場制工業出現以前の社会だ。
それが現実のものになろうとしているのである』

現在、働き方改革が声高に叫ばれている。
今後、色々な改革が進むが、その中でフリーランスのことはあまり多く語られていない。
しかし、これからの時代はフリーランスという働き方が、様々な職業で出現してくるはずだ。

「ビジネスモデルの大転換が始まる」
頭を柔らかくして、様々な働き方を模索してみたい
posted by Dr.モーリィー at 07:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

No  4630   【SNS時代に繁盛するには】

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【SNS時代に繁盛するには】

藤村正宏氏の心に響く言葉より…



今、もっとも大事なこと。
それは、世の中の変化を認識することです。
世の中に流通する情報量が爆発的に多くなりました。
そんな環境ですから、あなたの会社の販促物を見てもらえるというのは奇跡的なこと。
あなたの会社の販促物もその膨大な情報のひとつなのですから。

スマートフォンの普及が、人々の消費を変えました。
スマホを使っている人は、場所も時間も選ばず、24時間365日インターネットにつながっている。
だから、真夜中に商品が欲しくなっても、すぐに買い物ができる。
実際の店舗で商品を見て、その売り場でスマホを使って値段の比較も瞬時にできる。

品揃えが多いとか、価格が安いとか、そんなものはもはや「価値」ではありません。
さらにスマホでゲームをしたり、音楽を聴いたリ、映画やドラマを観たり、娯楽の部分で活用している人も多い。
あなたのお店にわざわざ行く時間、あなたのブログを見てもらう時間、あなたの会社の販促物を見てもらう時間は、確実にスマホに奪われています。

SNSの日常化で、人々はつながりやすくなり、友達や知り合いとのコミュニケーション時間が増えています。
これが、マーケティング的に社会に影響を与えないわけがありません。
好むと好まざるとにかかわらず、SNSを利用している人々の行動は、すべての企業活動に影響を与えます。

さらに、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は、リアルのソーシャル(社会)に近づこうと加速度をつけて進化しています。
もはや水道や電気のようなインフラに近づいているということ。
いや、もうすでに完全にインフラ化しているということ。

Facebookやツイッター、インスタグラム、LINEなど、年代や性別を問わず、みんな普通に使いまくっていて、特別なものではなくなっています。
そういう環境で、今までのような新規客獲得を目的にしたマーケティングをやっていたら、なかなかうまくいかないのは当然のことです。
従来のマーケティングは通用しなくなってきている。
そう思ったほうがいい。

こんな状況下では、たくさんの人との「つながり」が一番重要になってきます。
だから、買ってもらう前から、SNSでコミュニケーションすることが大事なのです。
SNSで楽しみながら、関係性をつくり出し、深めていく。
あなたを中心として、お客さまのコミュニティができあがったら、これほど強いことはありません。

そのためにどうしたらいいか。
それは気前よく役立つ情報や興味深い情報を発信して、お客さまとのコミュニケーションをとって、共感を得ること。
そうしたら、あなたやあなたの会社を中心とした「コミュニティ」ができあがります。

古いビジネスでは「お客を囲い込む」という言葉をしょっちゅう使っている人がいましたが、もうそんなことを考えていると、知らず知らずのうちにお客さまから敬遠されます。
囲い込みをしようとした途端、それを敏感に感じ取り、お客さまは遠ざかります。
理想は、あなたの発信に共感してくれた人たちが自然に集まってくるコミュニティです。
なんの規制もない、会員制でもない、出入り自由のコミュニティを、あなたのSNSを中心につくること。
これが今の時代の繁盛の法則です。

『「つながり」で売る! 7つの法則』日本経済新聞

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SNSの情報発信においては、ケチな人の評判は悪い。
自分の情報を、無料で、気前よく発信する人に人気が集まる。
もちろん、もうすでに有名な人が発信する情報については、有料の場合もあるが、それはごく限られた人たちだけの話。

情報は出さなければ、入ってこない。
先に与えるからこそ、自分の欲しいものが後から入ってくる。
出し惜しみをしない人に運がやってくる。
けち臭い人には運はやってこない。

「SNS時代に繁盛するには」
楽しみながらSNSを活用し、多くのつながりを得ていきたい
posted by Dr.モーリィー at 08:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

No  4629   【「ありがとう」は幸せを運ぶ魔法の言葉】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「ありがとう」は幸せを運ぶ魔法の言葉】

鮫島純子氏の心に響く言葉より…



親子や夫婦、兄弟姉妹や祖父母、孫などは、愛を身につけるための深い縁があるのでしょう。
一期一会でお別れするような御縁と違って、家族の場合は切っても切れない関係だけに、「思いやり」の心を磨くために必要な相手といえます。
家族の間で、相手の立場を思いやり赦(ゆる)すことで、無償の愛のトレーニングをさせて貰えるのです。
楽しく幸せに暮らすためには必要不可欠な「相手の心を受け止める勉強」を、家族だからこそできましょう。

ところが、密着しすぎているせいか、他人様には「ありがとうございます」と感謝の気持ちを素直に伝えられるのに、長年同居している舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)、夫や子どもたちには、なぜか「ありがとう」と口から出ない傾向があります。
その心の奥には「嫁、妻、母として、私はこんなに一所懸命尽くしているのだから、あなたたちから感謝してもらって当然」という驕(おご)り、あるいは、「気恥ずかしい」、「言わなくても伝わっているはず」、「家族に言うなんて面倒」といった気持ちがあるのかもしれません。

そこをちょっと反省して、言葉に出してみましょう。
喧嘩をしたり、慰め合ったり、言いたいことを言い合い、時には依存し合い、甘え合いながらも、小社会の中で磨き合っていくのが家族。
そのために「ありがとう」は、潤滑油となります。

「とてもいい練習台になってくれて本当にありがとう」と思い直し暮らしていくと、感謝の言葉が自然に出て、家の中が温かい雰囲気に包まれてきます。
「ありがとう」は幸せを運ぶ魔法の言葉です。

『なにがあっても、ありがとう』あさ出版

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鮫島純子氏は93歳。
渋沢栄一の孫として生まれ、使用人に囲まれて過ごし、「町の子とお遊びになってはいけません」と屋敷内に促(うなが)されるような環境で育ったという。
そして、敗戦後の180度違う環境になり、経済的にも苦労したが、結婚して39歳のときに、「肉体は期間限定、魂は何度も違う環境に生まれ変わり、学びながら成長していく」という、人生の真理ともいえる考え方に出会った。

魂は何度も生まれ変わるという輪廻(りんね)の考え方からすれば、今人生に起きていることは、どんな些細なことであろうと、そこには意味がある。
一見すると不幸なできごとであっても、それは自分の魂を磨く砥石(といし)。

特に、家族や毎日会うような関係の人とのご縁には意味がある。
それは、いい関係ばかりではなく、自分にとって苦手だったり、嫌で仕方がない人たちもいる。
しかしながら、そこにも意味があり、自分を成長させてくれる大切な磨き砂だと思えば、最後は「感謝」しかなくなる。

だからこそ、身近な関係の人たちに、いつもいつも、「ありがとう」と言いたい。
「ありがとう」は幸せを運ぶ魔法の言葉だ
posted by Dr.モーリィー at 06:40| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

No   4627    【不機嫌は罪である】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【不機嫌は罪である】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…



あなたは日々の生活のなかで、次のような人を見かけたことがないでしょうか。

朝の通勤ラッシュ時、満員電車で少し肩を押されただけで舌打ちをしている人。
ご近所同士で挨拶しようとすると、スタスタと歩いていってしまう人。
スーパーマーケットで小さな子どもが泣き出しただけで、眉(まゆ)をひそめる人。
飲食店のスタッフが少し雑談をしているだけで、クレームをつける人。
電車がちょっとでも遅延すると、駅員に詰め寄って怒鳴る人。
ベビーカーを見かけると、「邪魔」という感情を隠さない人。
朝出社したときに、同僚に挨拶もせず、仏頂面でデスクに向かう人。
会議で自分の提案がうまく通らなかったといって、つっけんどんになる人。
部下が失敗したときに、周囲の目も気にせず、ヒステリックに怒鳴りつける人。

挙げていくときりがありませんね。
どれも、おそらく心当たりのある光景ではないでしょうか。
しかもこうした行動をとっている人には、地位も分別もありそうな方もかなりいらっしゃいます。

もしかしたら、あなた自身もこれらの行動をとってしまい、後悔したこともあるかもしれません。
あるいは、自分がそうした行動をとっていることに気づかずに、周囲から「あの人って不機嫌だな」と敬遠されている可能性もあります。

機嫌とは、人の表情や態度に表れる快・不快の状態です。
つまり不機嫌とは、不快な気分を表情や態度に表しているさまをいう言葉です。

現代を生きる人の多くがかかえているのは、行き場のない「慢性的な不機嫌」です。
情報伝達の差し迫った必要性があるわけでもなく、不快であることを伝えても事態は何も解決しないのに、無意味な不機嫌を世の中に撒(ま)き散らしている人があまりにも多い。
電車の中で舌打ちしたからといって、満員電車が解消されるでしょうか?
インターネットで書き散らした罵倒(ばとう)が、社会を良くしたことがあったでしょうか?
誰も「舌打ちや罵倒をしたら事態が良くなる」と思っているわけではないのに、表に不機嫌が滲(にじ)み出てしまっている。
現代人は四六時中誰かの不機嫌な言動にさらされ、ちょっとずつ精神を消耗しています。
そして自らも、知らず知らずのうちに不機嫌に侵食されてしまっているのです。

中年から老年にかけての男性の不機嫌の問題をいち早く取り上げたのが、シェイクスピアの『リア王』でした。
リア王は、愛情深い末娘が自分におべっかを使わないことに激昂(げきこう)して彼女を追放し、甘言を弄(ろう)する上の娘たちをかわいがった結果、身を破滅させて荒野をさまようことになります。
老人の不機嫌が招く悲劇をこれ以上なく描いた作品です。
さすがにこの本をお読みの方の中に国王はいないでしょうが、身につまされる教訓が詰まった作品です。
プチ「リア王」にならないためにも、まずは自分の不機嫌に自覚的になってみてください。

「40歳を過ぎたら、普通にしていても不機嫌そうに見える。上機嫌くらいでちょうどいい」と自覚するだけでも変化が起きます。
「いつも上機嫌」と聞いたとき、あなたはどんな印象を抱くでしょうか?
お調子者で何も考えていない不用意な人なのではないかと考える人も多いかと思います。

逆に「いつも不機嫌」というと、しかつめらしい顔をして難しいことを考えている、つまり「頭がいい人」と考えるのではないでしょうか。
知的な人間はやたらとニコニコと愛想よくふるまわない、作家や学者というのは根暗で不機嫌なものだという風潮が根強く存在しています。
まず正しておきたい誤解が、知性と機嫌は決して結びついてはいないということです。

機嫌というのは、理性や知性とは相反する分野のように思われがちですが、気分をコントロールすることは立派な知的能力の一つです。
仏頂面をしている人、他人に辛辣(しんらつ)なことを言う人のほうが、よく物を考えているように思えるかもしれません。
ところが実際は、前向きに生産性のあることを考えている人の頭やからだは柔軟に動いています。
表情もやわらかですし、ポジティブな空気を発するものなのです。

不機嫌がクセになると、頭も身体も動きにくくなります。
運動不足と同じで、こころの運動能力が下がってしまうんですね。
気分をコントロールすることはこころの運動能力を維持し、仕事や人間関係のパフォーマンスを上げる知的技術です。

『不機嫌は罪である (角川新書)』

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「人間の最大の罪は不機嫌である」
と言ったのはドイツの詩人である、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。

人間の最大の罪とはかなり大袈裟のように感じる。
しかし、笑顔やあくびが伝染するのと同じように、不機嫌もあっという間に伝染するということを考えるとそれも納得できる。
家庭や会社の中において、朝から晩まで、全員が不機嫌だとしたら、その家庭も会社も、早晩(そうばん)崩壊してしまう。

上機嫌も不機嫌もあっというまに周りに伝染する。
どうせ伝染するなら上機嫌の方がいいに決まっている。

毎日を、上機嫌で暮らしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:53| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

No   4626   【人生はおもしろがった人の勝ち】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人生はおもしろがった人の勝ち】

萩本欽一氏の心に響く言葉より…



世の中に、絶対においしいものなんか、あるんだろうか?
たぶん、ないだろうね。
どんなにおいしいものでも、お腹いっぱいのときに食べたら、大しておいしいとは思わないだろうし、普段はさほどおいしいと思っていなくても、お腹が空いてどうしようもないときに食べたら、こんなにおいしいものがあったのかと感激するんじゃないかな。

だから、絶対においしいものなんか、世の中にはない。
ただし、ものをおいしく食べることはできる。
お腹が空いた状態で食べるのも、その一つ。
気心の知れた仲間と、ワイワイいいながら食べてもおいしい。
自分ががんばって作った料理を目の前で誰かがおいしそうに食べてくれたら、それを見ているだけで、こっちまでおいしい気持ちになってくる。
きっと一緒なんだろうね、人生ってやつも。

絶対におもしろいことなんかない。
同じことでも、状況によって、おもしろかったり、おもしろくなかったりする。
だけど、どんな状況にあっても、ものごとをおもしろくすることはできるんじゃないかな。

要は、考え方一つってことだ。
ボクはこれまで、どうしたらおもしろくなるか、そればっかり考えて生きてきた。
そのなかから、つかんだことや見えてきたものがいくつかある。
人と同じことをしていてはダメなこと、運が逃げていかないようにすること、ものごとをあえて遠くにすること、いいことと悪いことは半々だということ…。

そんなボクだからこそいえることがあるとすれば、おもしろがった人のほうが、人生を面白く生きられるということだ。
おもしろく生きることに、年齢は関係ない。
いくつになろうが、おもしろく生きようと思えば、おもしろく生きられる。
かえって長く生きてきた人、いろいろなことを経験してきた人のほうが、おもしろがるコツを知っているんじゃないかな。

たった一度っきりの人生だもの。
おもしろく生きたほうの勝ちだと思うよ。

『人生はおもしろがった人の勝ち』大和書房


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ひすいこたろうさんは、「予祝(よしゅく)のススメ」というコラムで、こう書いています。
『夢が叶うコツは面白がることです。夢って「深刻さ」を嫌うんです。』
予祝とは、まだ成就していない夢や願望を、すでに達成したかのように、前もって祝ってしまうこと。
毎日を深刻に生きている人は、予祝ができない。
軽いノリで、面白がることができないからだ。
そんなことはバカバカしい、と。

「おもしろき  こともなき世を  おもしろく  すみなすものは心なりけり」 という、幕末の志士、高杉晋作の有名な歌がある。
後の、「すみなす…」は、野村望東尼が付け加えたと言われる。

人生をおもしろくできるかどうかは、自分の心一つ。
人生はおもしろがった人の勝ち
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2018年05月20日

No 4625   中学生職場体験!

毎年恒例の 中学生職場体験 毛利歯科では 2校の生徒を受け入れておりますが

今週は 東谷山中学校の生徒 2名が参加いたしました

雰囲気を どうぞ

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無限の可能性を秘めた 中学生  将来が楽しみです
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No 4624    【ふた言あいさつ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ふた言あいさつ】

松本秀男氏の心に響く言葉より…



前職の保険会社での話です。
私は最期の3年間、会社の中心でもある経営企画部に所属しました。
CEOをはじめ役員たちのサポートをしていく部門です。
私は数年前までガソリンスタンドのおやじでしたので、外資系の経営企画部で唯一英語が話せないメンバーでした。
しかしながら、他のメンバーは、大半が帰国子女や、留学経験者や、外国籍の社員だったりしました。
またとても心の熱い素晴らしいメンバーばかりでした。

とはいえ、私以外はみんな賢い人ばかりなので、職場がクールで静かな空気になることもありました。
そのクールさを、とても潤いゆたかで、あたたかな空気に変換してしまうメンバーが3人、立て続けに入ってきました。
この3人は別々に異動してきたり中途入社してきたのですが、3人とも共通する点があることに気づきました。
それは、あいさつが、ひと言多い。

「おはようございます!今日も寒いですねぇ」
「おはようございます!昨日のサッカー、熱かったっす!」
「おはようございます!松本さん、朝からうれしそうですね。なんかあったんですか?」

みんな部屋に入ってくるなり、あいさつとともに、何かひと言加えます。
あいさつだけして席に着くのではなくて、あいさつとともに、何かコミュニケーションが始まっている。
これをほめ達(ほめる達人)では、「ふた言あいさつ」と呼んでいますが、あいさつにひと言足すだけで、びっくりするほどにその日のコミュニケーションが変わり、いい関係ができたりします。
これってとても効果的なのです。

かく言う私も、部門の事務を支えてくれる派遣社員の方に、こんなことを言われたことがありました。
「松本さんは、朝、自分がおはようございますと言って入って来るときに、必ず目を見ておはようと言ってくれるので、朝からちょっと元気になれます」
「ふた言あいさつ」はひと言プラスだけではなくて、ワンアクションをプラスしても相手に伝わるようですね。
「ひと言」「ワンアクション」、たったそれだけです。

『一瞬で自分を印象づける! できる大人は「ひと言」加える (青春新書プレイブックス)』

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中畑清氏の駒澤大学野球部のときの話がある。(月間致知より、太田誠駒澤大学野球部監督の言葉)より
『彼のしていた挨拶とは次のようなものだった。
例えば誰かに「こんにちは」と声をかける。
普通ならこれでお終いだが、中畑は必ずその後に「きょうはいい天気ですね」とか「おばあちゃん、いつも元気ですね」といった“もう一言”の挨拶を付け加えるのだ。
私はこれを「二言(にげん)挨拶」と名付け、普段の挨拶をただの挨拶に終わらせないよう心がけてきた。
この「二言」は、必ずしも言葉である必要はない。
すれ違った相手のために立ち止まっても二言。
手振りや微笑であってもいい。
上級生のほうから「おはよう。きょうも元気にいこうぜ」なんて声をかければなおのことよし。
そこに人間同士の心と心の通い合いが生まれてくるのだ』

「ふた言あいさつ」は、感謝やお礼を言うのもいい。
「おはようございます!昨日は手伝ってくれてありがとう」
「おはようござます!先日はすっかりご馳走になってしまい、ありがとうございました」

もちろん、手伝ってもらったときや、ご馳走になったときにもお礼を言うが、感謝は2度するとさらに、その気持ちが伝わる。

ふた言あいさつ…
「ふた言あいさつ」の実践はコミュニケーションを深める
posted by Dr.モーリィー at 08:21| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

No 4623   エアコン工事・プチリフォーム

GW,翌週の日曜日を利用した ぷちリフォーム工事

無事に終了いたしました

これで年間を通じて 快適な環境で診療をお届けすることができるようになりました

南国ビルに感謝です


Before

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工事中

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After

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感謝・大感謝!

posted by Dr.モーリィー at 06:39| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No  4622    【シャンパンタワー】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【シャンパンタワー】

質問家、マツダミヒロ氏の心に響く言葉より…



あなたは、どんな時にイライラしていますか?
それは、自分が満たされていない時ではないでしょうか。
心にいっぱいの幸せを感じていたら、怒ることも少なくなるはずです。
満たされることで、心が安定するからです。

反対に、心が安定していないと、相手を攻撃するような言葉を発してしまいます。
「なんでやらないの?」
「なんで言うことが聞けないの?」
「なんでわかってくれないの?」

一見、質問の形に見えますが、これは怒りをぶつけて理由を聞き出す「尋問(じんもん)」なのです。
心が満たされていないと、自分に対しても尋問してしまいます。
「なんで私はダメなんだろう?」
と尋問しても、言い訳を探すことになります。

自分を否定する要素を探して、自らを傷つけます。
すると、悲しい気持ちになって、エネルギーをロスしてしまいます。
つまり、心のグラスの中身が減ってしまうのですね。

まず、最初に、私が魔法の質問でお伝えしている「シャンパンタワーの法則」について説明したいと思います。
グラスをピラミッド状に積み上げ、シャンパンを注ぐセレモニー「シャンパンタワー」をご存じでしょうか。

● 一番上のグラスを自分
● 2段目のグラスを家族
● 3段目のグラスを仕事のスタッフや友達
● 4段目のグラスをお客様
● 5段目のグラスを社会や地域の人々

と見立てます。
そう思った時に、あなたは、どの段のグラスから、シャンパンという名の、愛とエネルギーを注いでいるでしょうか。
家族のため、スタッフのため、お客様のためにと、愛とエネルギーを注いでいる人は多いことでしょう。

でも、すべてのグラスにシャンパンを注ごうと思ったら?
そう、一番上、つまり、まずは、自分自身に注ぐことが大事なのです。
自分に注いであふれたエネルギーが、次の段へとあふれていくことこそが、美しくエネルギーが行きわたる形なのです。
自分のグラスを満たすことで、周りにもエネルギーを与えることができるのです。

自分が満たされていれば、人に優しくできます。
余裕を持って接することができるし、課題の解決にも地に足をつけて取り組めます。
まず、自分の心を満たすことは、すべてにおいて大事なことなのです。


『質問は人生を変える』きずな出版


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マツダ氏は心を満たす方法は2つあると言う。(本書より)
『「人に満たしてもらう方法」と「自分で満たす方法」だ。
多くは誰かに満たしてもらおうと思ってしまうが、それでは「誰かに何かをしてもらえないと、自分の心は満たされない」という依存の状態になりやすい。
自分で自分の心のグラスを満たす方法を持っていれば、依存体質にならずにすむ。
たとえば、緑を見ると落ち着くから、10分間だけでも公園を散歩する。
コーヒーが大好きだから、朝の5分だけでも、おいしいコーヒーを味わう時間をつくる。
そんなふうに、自分の行動によって自分の心を満たすことを行ってみよう』

それは、安岡正篤師の言う「六中観(ろくちゅうかん)」の中の言葉と同じだ。
【意中有人(いちゅうひとあり)】 心の中に尊敬する師を持ち、誰かに推薦できる人があること。

【腹中有書(ふくちゅうしょあり)】 自分の哲学や座右の銘、愛読書を持っていること。

【壺中有天(こちゅうてんあり)】 狭い壺(つぼ)の中に広々とした天(空)があるという意味で、何か事あった時には「誰にも邪魔されない心休まる自分の別世界を持つことが必要だ」と言うこと。


尊敬する師や、自分の愛読書、哲学、座右の銘などがあれば、心はいつも満たされる。
そして、 壺中有天という別世界を持つ人は、どんなに困難なことがあろうとも、自らにエネルギーを充填(じゅうてん)できる。

「 シャンパンタワー」
まず、自分自身のシャンパングラスを愛で満たしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:34| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

No  4621   【周囲を笑顔にする力】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【周囲を笑顔にする力】

黒川伊保子氏の心に響く言葉より…



リーダーの条件とは、周囲を笑顔にする力。
つきつめると、案外、それしかないかもしれない。
かつて、写真家の白川由紀さんが、そんなことを私に教えてくれた。

アフリカ大陸を単身歩き、見たこともないような鮮やかな色の空や大地を撮り続けていた白川さんは、そこでたくさんの集落を訪れた。
東洋人の若い女の子は珍しいらしく、どの集落でも親切にされ、晩餐に招待されたという。
ある集落では若いリーダーが、別の集落では長老のリーダーが彼女を迎えてくれた。
華美な装飾を身に付けたリーダーもいれば、誰よりも質素な服装のリーダーもいた。
豊かな声量の雄弁なリーダーもいれば、寡黙なリーダーもいた。
記号論的な条件で言えば、「リーダーたるもの」に類型などないかのように見えたが、実際には、紹介される前に、誰がリーダーなのか、白川さんには必ず分かったという。

それはね、と、彼女は微笑んだ。
「その人がその場に入ってきたとき、そこにいる全員が、嬉しそうな顔になるから」

私は、企業コンサルタントという立場上、日々、多くのリーダーに会う。
率先して先頭を走るタイプもいれば、おっとりと構えて周囲に「この人をなんとかしてあげたい」と思わせるがために、部下の潜在力をじっくり引きだすタイプもいる。
緻密さ、つかみのよさ、臨機応変さ、バランスの良さ、あるいは、突出した何か…
リーダーのリーダーたるゆえんは、リーダーによってさまざまに違い、ふたりとして「同じタイプ」と確信するリーダーに会ったことはない。

しかし、どの“名将”にも共通なのは、周囲を嬉しそうな顔にする力の持ち主であることだ。
しかも、その力は、彼の肩書きを知らない人にも及ぶのだ。
一見(いちげん)のレストランに入っても、“名将”は必ず大切にされる。
店の人の表情が、接待用の笑みから、嬉しそうな笑顔に変わるのがわかる。

周囲を笑顔にする力。
これは、ときに奇跡を作りだす。
運がいいと言われる人に、必ず備わった力でもある。

周囲を笑顔にするのは、実は、簡単なことなのだ。
自分が、嬉しい気持ちでそこにいればいいのである。
あらゆることに好奇心を働かせ、そこにいることを楽しむ。
ただ、それだけだ。
しかしながら、きっと、「常に、そこにいることを楽しむ」こと自体が、一般には難しいのに違いない。

『運がいいと言われる人の脳科学 (新潮文庫)』新潮文庫


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「周囲を笑顔にする力」の反対は「周囲を不機嫌にさせる力」
ゲーテは、「人間の最大の罪は不機嫌である」と言った。
ということは、「人間の最大の功績は周囲を笑顔にする力」があること。

一人、その人が入っていくだけで、その集まりがパッと明るくなり、笑顔になる。
まさに、リーダーそのものだ。

周囲を笑顔にする力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 06:52| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

No   4620    【不調のリズムに陥っているとき】

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【不調のリズムに陥っているとき】

渡部昇一氏の心に響く言葉より…



人生を長いスパンでとらえると、好調のリズムにあるときと不調のリズムにあるときがあります。
私は書斎の人間ですから、好調、不調といってもリズムの振幅はそれほどではありませんが、政治や経済の世界に生きる人は、相当の揺れの幅があるでしょう。

好調のリズムにあるときは問題はありません。
その波に乗っていけばいいのです。
では、不調のリズムに陥ったときはどうすればいいか。

まったく不当に社長の座を追われたという人に会ったことがあります。
話題はすぐに社長の座を追われたことになり、その人はいかに理不尽ないきさつでそうなったかを綿々と述べます。
私はなんだか鬱陶(うっとう)しい気分になってしまいました。
あとで聞くと、その人は口を開けばその話ばかりなのだそうです。
その人には社長の座を追われたことは忘れない鮮明な記憶なのでしょう。
しかし、その話を聞かされる側は、そういわれればそういうこともあったかなという程度の記憶しかないものなのです。

好調のリズムに乗っているときはよく目立ちます。
しかし、不調のリズムに陥っているときは、まわりはその人が不調のリズムに陥っていることさえ気づかない場合がしばしばです。
人間の他人に対する関心とはそのようなものです。

その人は決して復活することはないだろうな、と私は思いました。
他人が忘れているようなことをいい立てるのは、不調のリズムの振幅をわざわざ大きくするようなものだからです。
事実、その人が復活したという話は、いまだに聞きません。

三井の益田鈍翁は、中上川彦次郎によって経営の中枢から遠ざけられた時期がありました。
そのとき、鈍翁はどうしていたか、お茶を楽しんでいました。
そして中上川が行き詰まったとき、復活を果たすのです。

イギリスの名宰相チャーチルも若い時から好不調の振幅が大きい人でした。
困難に耐えて対独戦を指導し、ついに勝利を手にした最大の功労者です。
それが勝利をつかんだ直後の選挙で落選してしまうのです。
そのときチャーチルはどうしていたか。

絵を描いたリ歴史を書いたりしていました。
そして次の選挙で復活し、首相の座に再登場することになるのです。
彼の生涯はそのパターンの繰り返しでした。

不調のリズムに陥ったとき、それを恨み、こだわっていては、かえって不調の振幅を大きくし、その波に飲み込まれて視野を狭くしてしまいます。
腐らず恨まずこだわらず、距離を置いて余裕を持つ技術が大切です。
それが鈍翁にとってはお茶であり、チャーチルにとっては絵や著述だったのです。
その技術があれば目配りがきき、有効な戦略を備えることができて、好調なリズムに変えるチャンスがきたときに、逃さずにものにできるのです。

『一冊まるごと渡部昇一 (知の巨人の遺した教え)』致知出版社

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松原泰道師はこう語っている。(つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している。 日本人への遺言 )より
『元外務大臣で戦犯になった広田弘毅(こうき)さんが、外務省の欧米局長のときに後の首相、幣原(しではら)喜重郎に嫌われて人事異動でオランダ公使に飛ばされるんです。
当時はオランダと日本は通商がなかったので、この移動は左遷でした。
皆はこれを心配しましたが、当の本人は平気のへっちゃら。
そのときの心境を得意の狂句で吟(よ)んでいます。 「風車 風が吹くまで 昼寝かな」 風車はオランダのトレードマーク。
オランダは風車が有名、風車は風が吹かないとどうにも仕方がない、風が吹くまで昼寝かな、と詠んだわけですね。
彼はのほほんとしていたけれども本当に昼寝をしていたわけではもちろんありません。
その逆境時に、外交的ないろんな情報を集めて勉強するんです。
そして再び中央に戻ってソ連の大使になったときに、その成果を発揮して成功を収めたのです。
彼は機が熟するのを待ったわけです。
慌てることなく、じっくりと。
物事にはいいときも悪いときも必ず“流れ”がある。 これに抵抗してはダメだと思うのです。
無理して慌ててもいい結果は得られません。
たとえ逆境の中だろと腐らずにいれば必ずチャンスはやってくる。
そのときのために努力を続けること』

廣田弘毅は、第32第の内閣総理大臣。

逆境のときに、まわりに、文句や不平不満を言う人は、それを自分の肥やしにして、飛躍することはできない。
人は、逆境のときや、職を退くときの、対応や態度によって人間の器の大きさがわかる。

不調のリズムに陥っているとき…
腐らず、文句を言わず、飄々(ひょうひょう)と生きることのできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 04:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

No  4619    【春風を以て人に接する】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【春風を以て人に接する】

ウシオ電機会長、牛尾治朗氏の心に響く言葉より



かつて、修業とか修養とかは精神的に豊かであるために、つまり人間が人間らしく暮らしていくために必然のものでした。
そうでなければ、ともすれば不足、不便がつきまとう暮らしに押しつぶされて、人間らしく生きられなかったからです。
だが、何もかもが満ち足りて便利になると、人間は自分を鍛えることを放棄してしまったように私には思えます。

自分の精神のありようがどうだろうと、物質的な豊かさや便利さが補いをつけてくれるからだと思われます。
少し持って回った言い方をすると、精神の物質化ということになります。

修業したり修養を積んだりして自分を鍛えることが疎かになると、自分を見つめることが少なくなりますから、人間はどうしても自分に甘くなります。
謙虚さが失われます。
その結果として、自分中心になりがちです。

自分に甘く、謙虚さがなく、自分中心の考え方をし、行動をとる。
最近、そういう傾向が強まっているのは、精神を物質化させ、それでよしとしている風潮と無関係ではないと思います。
残念ながら、政界や財界のリーダーと目される人びとにも、出処進退に関してそういうことが間々見られます。

「春風を以(もっ)て人に接し、秋霜(しゅうそう)を以て自ら粛(つつし)む」

これは江戸時代の儒者・佐藤一斉の『言志四録』に出てくる言葉です。
人に対するときは春風のように穏やかで和やかな心、伸びやかで寛大な心で接し、自分に対するときは秋の霜(しも)のように鋭く烈(はげ)しく厳しい心で律していかなければならない、という意です。

対人関係の基本にこの心がけを据えることができる人は、修業や修養によって自分を厳しく鍛えている人です。
だが、現実にはこの逆の人が増えているように思われます。
人には秋霜の心で接し、自分に春風の心で対する人です。
何か問題が起こると、その原因や責任は他人のせいにして、自分には関わりがないとばかり顔を拭ってやり過ごそうとする人が何と多いことか。
自分に対して春風の心でいるから、そうなるのではないでしょうか。

『わが人生に刻む30の言葉』致知出版社

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「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)」という言葉がある。
これは、秋の冷たい霜や、夏の焼けつく激しい日差しのような、厳しい気候のことをいう。
刑罰や権威などが極めて厳しくおごそかであることを指す。
日本の検察官のバッジのデザインともなっている。

しかしながら、普段人と接するときは、これとは反対の言葉、「春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)」でなければならない。
春風駘蕩とは、春風がそよそよと気持よく吹くことをいい、温和で、のんびりとして、のどかな人柄をさす。

そして、自分に対しては「秋霜烈日」で厳しく律していく。
シビアな自己コントロールだ。
それを「自律」という。

「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む」
自らには厳しく、人には春風を以て接したい
posted by Dr.モーリィー at 06:46| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月15日

No 4618    【成長とは 、物事の見方・とらえ方が進歩すること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【成長とは 、物事の見方・とらえ方が進歩すること】

小林正観さんの心に響く言葉より…


一般的に辛い、悲しいと思われる出来事も、見方を変えれば優しさを取り戻すための病気であり、謙虚さを取り戻すための事故だった、ということにもなります。
ですが、今、何事も起きていない段階で、優しさや謙虚さを取り戻した人は、病気や事故の必要がなくなるようです。

物事のとらえ方には五段階があります。
目の前の現象に対して、不平・不満、愚痴、泣き言、悪口、文句(これを私は「五戒」といいます)を言わなくなる。
これが第一段階。
このときにはまだ、我慢をしている、という概念が入っていますが、五戒を言う必要がなくなってくると、第二段階。
このゼロの状態に「嬉しいよね」と喜びが上乗せされるようになると第三段階。
「幸せだよね」と思うようになると第四段階です。
そして、同じ現象に対して「本当にありがたい」と手を合わせるようになるのが、第五段階です。

私がつかんだ宇宙法則の一つに「輪廻転生(りんねてんしょう)、生まれ変わりが存在する」というものがあります。
魂は、魂だけのときに、成長することはできません。
肉体を有しているときだけ、肉体上の体験を通して、成長・進化することができます。


生まれ変わる目的は、いかに自分が成長するか。
そして成長とは、自分の物事の見方・とらえ方が進歩すること。
そのために私たちは生まれ変わるのです。

『「人生を楽しむ」ための30法則』講談社

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我々はこの地球上で肉体を持ったときのみ、進歩・成長することができるという。
肉体がない魂のときにはできない。

天国では、いつも鳥がさえずり、花が咲き乱れ、何の憂いも心配もないところだという。
しかし、この地球においては、我々人間は、事故や病気、仕事のトラブル等々、思い通りにいかないことが多い。

仏様はそれを「四苦八苦(しくはっく)」と言っている。
生・老・病・死の四苦、それに愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)を加えた八苦。
これらの四苦八苦を乗り越えることにより、我々は成長できる。
それらの苦しみが、我々の磨き砂となってくれるからだ。

嫌なことや苦しいことがあったとき、 不平・不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないか。
もし、それができていなかったら、できるまで何回もそれらはやってくるという。
なぜなら、神は(というより本当は自分だが)成長の機会を与えて下さっているのだから。

「あの苦しいことがあったおかげで、今の私がある。感謝しかないなぁ…」というなら、魂はかなり成長している。
成長とは 、物事の見方・とらえ方が進歩すること
posted by Dr.モーリィー at 07:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする