2018年05月17日

No   4620    【不調のリズムに陥っているとき】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【不調のリズムに陥っているとき】

渡部昇一氏の心に響く言葉より…



人生を長いスパンでとらえると、好調のリズムにあるときと不調のリズムにあるときがあります。
私は書斎の人間ですから、好調、不調といってもリズムの振幅はそれほどではありませんが、政治や経済の世界に生きる人は、相当の揺れの幅があるでしょう。

好調のリズムにあるときは問題はありません。
その波に乗っていけばいいのです。
では、不調のリズムに陥ったときはどうすればいいか。

まったく不当に社長の座を追われたという人に会ったことがあります。
話題はすぐに社長の座を追われたことになり、その人はいかに理不尽ないきさつでそうなったかを綿々と述べます。
私はなんだか鬱陶(うっとう)しい気分になってしまいました。
あとで聞くと、その人は口を開けばその話ばかりなのだそうです。
その人には社長の座を追われたことは忘れない鮮明な記憶なのでしょう。
しかし、その話を聞かされる側は、そういわれればそういうこともあったかなという程度の記憶しかないものなのです。

好調のリズムに乗っているときはよく目立ちます。
しかし、不調のリズムに陥っているときは、まわりはその人が不調のリズムに陥っていることさえ気づかない場合がしばしばです。
人間の他人に対する関心とはそのようなものです。

その人は決して復活することはないだろうな、と私は思いました。
他人が忘れているようなことをいい立てるのは、不調のリズムの振幅をわざわざ大きくするようなものだからです。
事実、その人が復活したという話は、いまだに聞きません。

三井の益田鈍翁は、中上川彦次郎によって経営の中枢から遠ざけられた時期がありました。
そのとき、鈍翁はどうしていたか、お茶を楽しんでいました。
そして中上川が行き詰まったとき、復活を果たすのです。

イギリスの名宰相チャーチルも若い時から好不調の振幅が大きい人でした。
困難に耐えて対独戦を指導し、ついに勝利を手にした最大の功労者です。
それが勝利をつかんだ直後の選挙で落選してしまうのです。
そのときチャーチルはどうしていたか。

絵を描いたリ歴史を書いたりしていました。
そして次の選挙で復活し、首相の座に再登場することになるのです。
彼の生涯はそのパターンの繰り返しでした。

不調のリズムに陥ったとき、それを恨み、こだわっていては、かえって不調の振幅を大きくし、その波に飲み込まれて視野を狭くしてしまいます。
腐らず恨まずこだわらず、距離を置いて余裕を持つ技術が大切です。
それが鈍翁にとってはお茶であり、チャーチルにとっては絵や著述だったのです。
その技術があれば目配りがきき、有効な戦略を備えることができて、好調なリズムに変えるチャンスがきたときに、逃さずにものにできるのです。

『一冊まるごと渡部昇一 (知の巨人の遺した教え)』致知出版社

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松原泰道師はこう語っている。(つまずくことが多い人ほど、大きなものを掴んで成功している。 日本人への遺言 )より
『元外務大臣で戦犯になった広田弘毅(こうき)さんが、外務省の欧米局長のときに後の首相、幣原(しではら)喜重郎に嫌われて人事異動でオランダ公使に飛ばされるんです。
当時はオランダと日本は通商がなかったので、この移動は左遷でした。
皆はこれを心配しましたが、当の本人は平気のへっちゃら。
そのときの心境を得意の狂句で吟(よ)んでいます。 「風車 風が吹くまで 昼寝かな」 風車はオランダのトレードマーク。
オランダは風車が有名、風車は風が吹かないとどうにも仕方がない、風が吹くまで昼寝かな、と詠んだわけですね。
彼はのほほんとしていたけれども本当に昼寝をしていたわけではもちろんありません。
その逆境時に、外交的ないろんな情報を集めて勉強するんです。
そして再び中央に戻ってソ連の大使になったときに、その成果を発揮して成功を収めたのです。
彼は機が熟するのを待ったわけです。
慌てることなく、じっくりと。
物事にはいいときも悪いときも必ず“流れ”がある。 これに抵抗してはダメだと思うのです。
無理して慌ててもいい結果は得られません。
たとえ逆境の中だろと腐らずにいれば必ずチャンスはやってくる。
そのときのために努力を続けること』

廣田弘毅は、第32第の内閣総理大臣。

逆境のときに、まわりに、文句や不平不満を言う人は、それを自分の肥やしにして、飛躍することはできない。
人は、逆境のときや、職を退くときの、対応や態度によって人間の器の大きさがわかる。

不調のリズムに陥っているとき…
腐らず、文句を言わず、飄々(ひょうひょう)と生きることのできる人でありたい
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2018年05月16日

No  4619    【春風を以て人に接する】

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【春風を以て人に接する】

ウシオ電機会長、牛尾治朗氏の心に響く言葉より



かつて、修業とか修養とかは精神的に豊かであるために、つまり人間が人間らしく暮らしていくために必然のものでした。
そうでなければ、ともすれば不足、不便がつきまとう暮らしに押しつぶされて、人間らしく生きられなかったからです。
だが、何もかもが満ち足りて便利になると、人間は自分を鍛えることを放棄してしまったように私には思えます。

自分の精神のありようがどうだろうと、物質的な豊かさや便利さが補いをつけてくれるからだと思われます。
少し持って回った言い方をすると、精神の物質化ということになります。

修業したり修養を積んだりして自分を鍛えることが疎かになると、自分を見つめることが少なくなりますから、人間はどうしても自分に甘くなります。
謙虚さが失われます。
その結果として、自分中心になりがちです。

自分に甘く、謙虚さがなく、自分中心の考え方をし、行動をとる。
最近、そういう傾向が強まっているのは、精神を物質化させ、それでよしとしている風潮と無関係ではないと思います。
残念ながら、政界や財界のリーダーと目される人びとにも、出処進退に関してそういうことが間々見られます。

「春風を以(もっ)て人に接し、秋霜(しゅうそう)を以て自ら粛(つつし)む」

これは江戸時代の儒者・佐藤一斉の『言志四録』に出てくる言葉です。
人に対するときは春風のように穏やかで和やかな心、伸びやかで寛大な心で接し、自分に対するときは秋の霜(しも)のように鋭く烈(はげ)しく厳しい心で律していかなければならない、という意です。

対人関係の基本にこの心がけを据えることができる人は、修業や修養によって自分を厳しく鍛えている人です。
だが、現実にはこの逆の人が増えているように思われます。
人には秋霜の心で接し、自分に春風の心で対する人です。
何か問題が起こると、その原因や責任は他人のせいにして、自分には関わりがないとばかり顔を拭ってやり過ごそうとする人が何と多いことか。
自分に対して春風の心でいるから、そうなるのではないでしょうか。

『わが人生に刻む30の言葉』致知出版社

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「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)」という言葉がある。
これは、秋の冷たい霜や、夏の焼けつく激しい日差しのような、厳しい気候のことをいう。
刑罰や権威などが極めて厳しくおごそかであることを指す。
日本の検察官のバッジのデザインともなっている。

しかしながら、普段人と接するときは、これとは反対の言葉、「春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)」でなければならない。
春風駘蕩とは、春風がそよそよと気持よく吹くことをいい、温和で、のんびりとして、のどかな人柄をさす。

そして、自分に対しては「秋霜烈日」で厳しく律していく。
シビアな自己コントロールだ。
それを「自律」という。

「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む」
自らには厳しく、人には春風を以て接したい
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2018年05月15日

No 4618    【成長とは 、物事の見方・とらえ方が進歩すること】

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【成長とは 、物事の見方・とらえ方が進歩すること】

小林正観さんの心に響く言葉より…


一般的に辛い、悲しいと思われる出来事も、見方を変えれば優しさを取り戻すための病気であり、謙虚さを取り戻すための事故だった、ということにもなります。
ですが、今、何事も起きていない段階で、優しさや謙虚さを取り戻した人は、病気や事故の必要がなくなるようです。

物事のとらえ方には五段階があります。
目の前の現象に対して、不平・不満、愚痴、泣き言、悪口、文句(これを私は「五戒」といいます)を言わなくなる。
これが第一段階。
このときにはまだ、我慢をしている、という概念が入っていますが、五戒を言う必要がなくなってくると、第二段階。
このゼロの状態に「嬉しいよね」と喜びが上乗せされるようになると第三段階。
「幸せだよね」と思うようになると第四段階です。
そして、同じ現象に対して「本当にありがたい」と手を合わせるようになるのが、第五段階です。

私がつかんだ宇宙法則の一つに「輪廻転生(りんねてんしょう)、生まれ変わりが存在する」というものがあります。
魂は、魂だけのときに、成長することはできません。
肉体を有しているときだけ、肉体上の体験を通して、成長・進化することができます。


生まれ変わる目的は、いかに自分が成長するか。
そして成長とは、自分の物事の見方・とらえ方が進歩すること。
そのために私たちは生まれ変わるのです。

『「人生を楽しむ」ための30法則』講談社

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我々はこの地球上で肉体を持ったときのみ、進歩・成長することができるという。
肉体がない魂のときにはできない。

天国では、いつも鳥がさえずり、花が咲き乱れ、何の憂いも心配もないところだという。
しかし、この地球においては、我々人間は、事故や病気、仕事のトラブル等々、思い通りにいかないことが多い。

仏様はそれを「四苦八苦(しくはっく)」と言っている。
生・老・病・死の四苦、それに愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)を加えた八苦。
これらの四苦八苦を乗り越えることにより、我々は成長できる。
それらの苦しみが、我々の磨き砂となってくれるからだ。

嫌なことや苦しいことがあったとき、 不平・不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わないか。
もし、それができていなかったら、できるまで何回もそれらはやってくるという。
なぜなら、神は(というより本当は自分だが)成長の機会を与えて下さっているのだから。

「あの苦しいことがあったおかげで、今の私がある。感謝しかないなぁ…」というなら、魂はかなり成長している。
成長とは 、物事の見方・とらえ方が進歩すること
posted by Dr.モーリィー at 07:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月14日

No    4617    【人生をつまらなくするのは簡単】

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【人生をつまらなくするのは簡単】

白鳥春彦氏の心に響く言葉より…



人生をつまらなくするのは簡単だ。
結果や報酬を目的として生きればいい。
これこれの収入を得るためにこの仕事をする。
この会社に入る、実入りを期待して誰々と親しくする。

実際、そういう人は多いのだが、最終的な目的が報酬なのだから、そこにたどりつくまでの事柄や関係のいっさいが手段や道具となるわけだ。
途中の過程で起きることも出会う人も、自分にとっては報酬までのプロセスという意味しか持たない。
本当に意味があるのは想定してある結果や報酬だけである。

こういう人生がはたしてどういうものであるのか、収入のために仕事をしている人の顔を見ればありありと表れている。
少年少女が周囲の期待する「いい子」を演技するのも、結果を想定しての行動である。
それを引き起こしているのは本人ではなく、周囲の大人たちである。

大人たちが結果にしか意味を見出さない考え方なので、少年少女たちはあえてそれに応えようとするわけだ。
そして彼らはいつかその欺瞞に耐えきれなくなり、彼らなりに失踪(しっそう)する。
それは反抗ではない。
地獄からの脱出なのだ。

何をするにしても人間は結果のために行動すると、結局は日々の意味を失い、総じて生きることの意味を失う。
意味を失うことは死だと直感的に感じるから、その恐怖を何かへの沈溺(ちんでき)によってごまかすしかなくなる。
ドラッグや遊興(ゆうきょう)はもちろん、老人になって趣味やスポーツ、旅などで自分の不安定な心をまぎらわしている人もいるのだ。

地獄の入口とは架空のことではない。
結果と意味を同じだとする安易な考え方なのである。

『頭がよくなる思考術』ディスカヴァー


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旅の楽しさは、どこへ行くかではなく、「誰と行くのか」によって決まるという。
気の合った人と体験する、途中の寄り道や珍道中が面白く、楽しいのだ。
食事も同じで、どこで何を食べるのかではなく、「誰と食べるのか」によって決まる。

どこへ行くという、結果を目的として行動すると、あとのことはすべて手段や道具となる。
誰と行こうが、どんなところに泊まろうが、交通も、食事も、すべて手段であり道具。
「できるだけ最短で」とか、「できるだけ安く」といった、効率や、損得が重視される。

本当は、楽しむために行く旅なのに…。
人生という旅もこれと同じで、つまらなくするのは簡単。

人生という旅を少しでも楽しみたい
posted by Dr.モーリィー at 07:56| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

No   4616    【パスポート】

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【パスポート】

金美齢氏の心に響く言葉より…



私は2009年秋に、日本国籍を取得した。
この理由については、さんざんあちこちで語っているが、2008年の台湾総統選の民進党敗北がきっかけであった。
日本人として日本のパスポートを持った瞬間、私は国際社会に歓迎されるようになった。
日本のパスポートで渡航できる195ヵ国のうち、事前にビザ申請が必要な国はせいぜい60ヵ国あまり、つまり130ヵ国以上を事前のビザ申請なしで訪れることができる。

たとえ事前ビザ申請が必要だとしても、日本パスポート所持者に対する事前審査はさほど厳しくない。
パスポートコントロールを通過するさいも、日本パスポート所持者に対する各国のオフィサーの態度は心なしか丁寧で親しみにあふれている。
税関の荷物検査も、心なしか緩やかだ。

パスポート無し時代、中華民国パスポート時代を知っているだけに、私には日本パスポートは魔法のパスポート、パスポートにミシュランガイドがあるならば、三ツ星どころか五ツ星のパスポートに思えた。
これは、日本のもつ国際社会に対する国家イメージが極めて良好だからである。
先人たちが積み重ねてきた功績でもある。
日本人はそういう日本をもっと誇りに思うべきだろう。

私が無性に腹のたつことがあるとすれば、それは日本人なのに、国家を否定し、国旗や国歌を侮辱しながら、日本のパスポートで平然と海外に行き、日本国政府に身元を保証されていることが当然だと思っている人たちがいることである。
国家の庇護を受けながら、その国を否定するその手の人々は「私は世界市民、コスモポリタンだ」とうそぶき、国境があるから争いがあるのだ、とわけのわからない理想を掲げる。
しかし、国際社会というのは国家の集合体である。
いずれの国家にも属さない人間が国際社会に受け入れられるはずがない。
他国の侵略を受け、伝統的文化をないがしろにされ母語も定まぬ悲哀を一度も経験したことのない若い日本人が、「ほとんどの人は国を守るのは何となく当たり前だと思っている(と思う)。だけど本当にそうなのか?」といった疑問を本気で、訴えているのを聞くと、この国の未来に不安を感じてしかたがない。

もちろん、国家が国民の敵という国もあるだろう。
もし日本が本当にそのような国民の自由と基本的人権を弾圧するような圧政の国だと考え、本気で国家と闘うつもりであるなら、一度、そのパスポートを引き裂いて捨ててみるといい。
かつて中華民国の蒋介石独裁政権と闘っていた私が中華民国パスポートを引き裂いて捨てたように。
その覚悟もない人間が、国家に守られながら国家を否定する姿は、台湾人に生れた悲哀を知る人間からみれば、滑稽を超えて哀れを催す無知である。

『九十歳 美しく生きる (WAC BUNKO 267)』


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豊かさにどっぷりつかり、与えられている幸せが当たり前となってしまうと、感謝がなくなる。
それは、この時代、この瞬間に日本に生れたという幸せ。
もし仮に、紛争地域や、独裁国家に生まれたとしたら、この日本がどれだけ天国のような国かわかる。
戦闘や爆撃あるいは投獄や拷問の恐怖にさらされない幸せ。

批判・非難や文句ばかり言う人間は、今ある幸せに気づいていない。
自分だけ安全なところにいて、相手を罵倒する人間の品性は卑(いや)しい。

今与えられている幸せに感謝できる人間でありたい
posted by Dr.モーリィー at 13:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月12日

No 4614     【日本の少子化はここまで深刻】

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【日本の少子化はここまで深刻】

ジャーナリスト、河合雅司氏の心に響く言葉より…



なぜ、日本の少子化はここまで深刻な状況になってしまったのであろうか。
2017年の年間出生数は94万人ほどにとどまり、2年連続での100万人割れという危機的状況にある。
戦後のベビーブーム期には270万人近くに及んでいたことを考えれば、わずか70年ほどで3分の1になった計算だ。

国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計によれば、このままで推移すれば2115年の出生数は31万8000人ほどに減るという。
こんなハイペースで減ったのでは、日本人はやがて絶滅のときを迎えよう。
それにしても日本の少子化は異常だ。
一般的に、文明が成熟すると少子化は進む。
経済が発展して多くの人が豊かになると死亡率が下がり、同時に出生率も低下する傾向がみられるのだ。

だが、少子化が文明の成熟だけで起こるのならば、先進国はおしなべて少子化に直面していなければいけないはずだ。
だが、調べてみると、そんなことはないのである。
2010年を「100」とした場合、50年後の2060年には、先進各国の総人口がどうなっているかを、社人研が予測している。

人口が減るのは日本、ドイツ、韓国だけである。
中でももっとも減少幅が大きいのが日本の67.7だ。
韓国は89.9で、ドイツは79.1だ。
日本の突出ぶりが分かるだろう。

それ以外の国はどうなっているのか。
アメリカは142.1と今より40%も増加が見込まれているし、オーストラリアは163.1と大幅な増加が予測されている。
伸び率こそ少ないが、イギリスが131.4、フランス116.8である。
イタリアは102.8とほぼ横ばいと予測されている。
同じ先進国でもこれだけの違いがあるわけだ。

なぜ人々は鈍感だったのだろうか。
少子化の影響というのは、変化が乏しいことに原因がある。
「きのう」と「きょう」で違いを見つけることなど不可能であろう。
いまだ呑気な人は少なくない。
国会議員や首長からしてそうだ。
この期に及んでも「少子化に歯止めをかけます」と威勢のいい公約を掲げている。
残念ながら日本の少子化は止まらない。
なぜならば、過去の少子化で子どもを産める年齢の女性が減り行くことが決まってしまっているからだ。

今、我々がやりうることといえば、少子化に歯止めをかけるというスローガンを掲げることではなく、少子化のスピードを緩めるためにあらゆる手立てを講じることである。
そして、少子化を前提とし、それに耐えうる社会へと土台から作り直すことだ。
こうした地道な努力を続ける中で、いずれ出生数が本格的に回復する時期が到来するのをじっと待つしかない。

『未来の呪縛 日本は人口減から脱出できるか (中公新書ラクレ)』中公新書ラクレ


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河合氏は本書の中で少子化に歯止めをかける10の提言をおこなっている。

1.高校同級生ボランティアチームの結成  

2.お見合いの普及  

3.「未来の人生年表」をつくる  

4.20代対象の「母親応援手当」の創設  

5.第3子以上に1000万円給付  

6.「父親休暇」制度の導入  

7.子育て世帯の全国転勤凍結  

8.「全母親支援センター」の全国展開  

9.「育児保険」の新設  

10.ゼロ歳に選挙の投票権を付与  

【番外】社会保障費循環制度の導入


10のゼロ歳に選挙の投票権を付与とは、米国の学者、ポール・ドメイン氏が提唱しているものだという。
子どもたち「1票」を与えるといっても、直接投票させるわけではなく、保護者が代理人となり、子育てにプラスになるような政策を掲げている候補者に投票をできるようにするということ。

「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに 勝(まさ)れる宝(たから)子に及(し)かめやも」
万葉集にある、山上憶良(やまのうへのおくら)の歌だ。
1000年以上も前より、ずっと子供は宝だった。

少子化に歯止めがかかることを切に願いたい
posted by Dr.モーリィー at 08:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月11日

No 4613    【SNSでの発信が必要】

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【SNSでの発信が必要】

成毛眞氏の心に響く言葉より…



「男は黙ってサッポロビール」というキャッチコピーがある。
昭和の名優・三船敏郎が出演していたビールのコマーシャルで使われていたものだ。
これは、雄弁に語ることよりも沈黙は金であるという価値観に基づいたコマーシャルと言えるだろう。

しかし、今や「男は黙って」という時代ではない。
むしろ、男も女もそれ以外も、多弁であることが求められている。
その理由は説明するまでもなく、そこにSNSがあるからだ。

アマゾンで買い物をしたことのない人はいないだろう。
そして、アマゾンで検索し、そこに想像していたようなものが見つからないと、この世にそんな商品などないのではと感じたこともあるだろう。
これは、アマゾンにない商品は、アマゾンで買い物をしたい人にとって、存在しないに等しいことを意味している。
いくら楽天にあったとしても、アマゾンしか見ていない人の目には届かない。

近所のスーパーに山積みになっていたとしても、立ち寄らない人にはその事実が伝わらない。
その商品のアピールが不足しているのだ。
実際にはプロモーションに大金をつぎ込んでいるかもしれないが、アマゾンしか見ない人にとっては、何一つアピールしていないのと同じだ。

人間関係もそうだ。
常にコンタクトを欠かさず、頻繁に訪れる人のことを人はなかなか忘れない。
かつて三河屋など酒屋の御用聞きが各家を訪ね歩いていたのは、存在アピールにほかならない。
時代は昭和から平成に変わり、また新しく変わろうとしている今、SNSで何一つアピールしていない人間は、SNSに存在していないに等しい。

そして、SNSをアクティブに使っている私のような人間にとっては、SNSを使っていない人間は、この世界に存在していないに等しい。
そういうほとんど存在していない人間に、誰が声をかけるだろうか、プロジェクトに誘うだろうか、仲間になろうとするだろうか。

「男は黙って」などと言っていると、周囲から忘れ去られるだけである。
それに、サッポロビールは黙っていたわけではない。
「男は黙ってサッポロビール」とアピールしまくっていたし、三船敏郎も、無口なイメージはたしかにあるが、俳優という、体を使ったアウトプットのプロだった。

今でも、一握りの芸能人などはSNSを使わずとも高い人気を保てるが、それは一握り中の一握りの選ばれた人だけができることであって、その他の芸能人、ましてや一般人にできることではない。
自分は一般人だという自覚があり、そこに埋もれてしまいそうな人、一般人というカテゴリーからすら置いていかれそうな人ほど、SNSでの発信が必要だ。

『(148)黄金のアウトプット術: インプットした情報を「お金」に変える (ポプラ新書 な 9-1)』


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「伝わらないのは無いのと一緒」と言われる。
どんなに優れた商品であろうと、才能あふれる人間であろうと、その良さが伝わらなかったら、それはこの世に存在しないのと同じ。

現在はテレビや新聞などのメディアの影響力が低下し、代わってSNSが大きなパワーを持つ時代だ。
個人が情報の発信者となれる時代、つまり、個人がメディアになれる時代になったということ。

家庭の固定電話も、FAXも、携帯キャリアメールも、もはや時代遅れとなりつつある。
電子メールも古くなり、チャットが多く使われるようになってきた。
「ホリエモン」こと堀江貴文氏は、「電話をかけてくる人間は仕事ができない」ということを言ってるいるが、まさに携帯の音声通話でさえ、待ったなしに相手の時間を奪うので配慮のない奴という時代もくるかもしれない。
かくして、 SNSを使っていない人とは連絡もとりにくくなるので、どんどんと疎遠になってしまう。

どのようなビジネスであろうと、これからますます、SNSで発信していないと、存在を認知されない時代に入った。
今や誰にとっても、SNSでの発信が必要だ
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No 4612   盛和塾 福岡塾長例会

準備中
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2018年05月09日

No 4611     【全部、いい方に変える】

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【全部、いい方に変える】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



あのな。
“いいこと”ってね、いっぱい、やんなきゃダメなんだよ。
体にいいもの、といったってな、朝鮮ニンジンだろうが、何だろうが、体が治るまでには相当量、要るんだよ。
“いいもの”というのは、食品だろうが、そういうものなの。

ところが、悪いものってのは、毒薬ってのは耳かき一杯あれば、ここにいるオレたち全員、死ぬんだよ。
アレぐらい、少量でも効くものはない。
それと同じように、他人(ひと)には毒のある言葉だとか、傷つける言葉って、ちょっとでも、すごい効くんだよ。

人の悪口とか、いじめって、それをやられた人の心をどのぐらい、傷つけるか。
たったひと言、吐いた毒で、簡単に人は傷ついて、オレたち、それを直してあげるのに、どのぐらい、たいへんか。
ひと言、吐いた毒で傷ついた心をキレイにしてあげるのに、オレたちは何年かかるか、わかんないんだよな。

だから、一つひとつ、ひっくり返して、ひっくり返す努力っていうのがな。
悪いものを“いいもの”にひっくり返す、ひっくり返す努力を自分にやって。
それができるようになったら、今度、自分の周りにも、
「おまえ、こういうとこで、つかえてんだったら、こういうふうに、ひっくり返したらどうだ?こう思ったらどうだ?」っていう。

周りにいる人に、「そんなことないよ、気にするなよ」って、心の重荷をとってあげる。
一つずつ、一つずつさ、「そんなことないよ」って。
一人さんなんか、もっと成績悪かった(笑)。
それだって一人さん、明るかったじゃないか、って。
全部“いいほう”に変えていこうよ、って。

おねしょしてたのなら、あなた、自分で「世界地図書いてたんだ」って、笑い飛ばそうよ。
そしたら自分は気が楽になって、周りの人も助かるよ、って。

『自分さがしの旅 [音声特典付] (ロング新書)』ロング新書


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斉藤一人さんのいう「自分さがしの旅」とは、自分の先祖だとか、ルーツを探す旅ではない。
自分の記憶の中を旅することだという。
「本当の自分って、どんな人なんだろう」と。
自分が「できないと思ったこと」や、「親やまわりから言われた欠点や弱点」などをもう一度見つめ直し、それをオセロのようにひっくり返す旅のこと。

一人さんは、「未来は変えられないけど、過去は変えられる」という。
過去は、「ああいうヒドイことがあったけど、あのおかげで今がある。感謝だなぁ」と過去の記憶をよい方にひっくり返すことだ。
過去の、「病気や事故」も、「心を傷つけられたこと」も、「恥ずかしい失敗」も、「嫌な出来事」も、みんないい思い出に変える。
失敗は笑いのネタにするのだ。

全部、いい方に変えられる人でありたい
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2018年05月08日

No 4610 ホキ美術館 名品展

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ホキ美術館 名品展 最終日に何とか 観に行けました 感動しました 

スーパーリアリズム 想像をはるかに超えていました

もっと早く観に行って 何回も行けばよかった

千葉の 美術館にも行ってみたいと思いました

入口受付に 高校時代の友人が笑顔で立っている

久しぶりの会話に話が弾んだが なんと 責任者

南日本新聞の事業部長様になっていた

みんな頑張っているなあ

おいちゃんも頑張らねば


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No 4609     【フォー・アザーズ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【フォー・アザーズ】

筑波大学名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…



今、世界で最もいいといわれている国はどこかというと、日本はナンバー1かナンバー2なんですよ。
それはなぜか。
日本は第二次世界大戦という大戦争に敗れて焼け野原になりました。
原爆を二度も落とされて、日本はもう立ち上がれないと誰もが思っていたんです。
ところが、そこから日本は見事に復興しました。
そして、それ以来一度も戦争に関わっていません。
科学技術に優れた経済大国になりました。

しかし、それだけではないんです。
日本にはお互いが助け合うフォー・アザーズの歴史的な伝統があるんですね。
先に行ったような利他的な遺伝子が日本人の遺伝子の中にはある。

これが大震災のときに見事に発揮されたと思います。
日頃は日本人の悪口ばかり言っている中国や韓国の新聞が、大震災のときの日本人の フォー・アザーズの行動を絶賛しているほどです。
私もそのときまで気づかなかったのですが、日本人にはそういう助け合いの精神が確かにある。

それから大自然の働きを素直に認める態度があります。
確か震災で被害に遭った高校生の話だったと思いますが、「私たちは天を恨(うら)みません」と言っていました。
これはまさに日本人が大自然の働き、サムシング・グレートの働きを感じているということでしょう。
そういう素晴らしい性分が発揮されたと思います。

科学技術と経済力に加えて、大自然を尊敬し、 フォー・アザーズに生きる日本人に、ダライ・ラマ法王は非常に期待しているんです。
おそらく、彼の言うように日本が世界を救うのでしょう。

しかし問題は、私どもがそれを自覚していないということです。
日本の高校生は他の国の高校生と比べて自分の評価が非常に低いんですね。
自分をどれくらい評価しているか、自己肯定しているかを調査すると、非常に低いという結果が出ています。

本来、そんなに低いわけがないんです。
私どもがもう少し自分たちに自信を持っていい。
日本の国の歴史や伝統に対して、威張る必要はありませんが、もっと素直な評価をすべきだと思います。
同時に、自分自身に対しても素直な評価をすべきです。
それはあまり他人と比較をしないということでもあります。

そういうことで、21世紀には日本の時代が来るんです。
日本の時代とはどういうことかというと、「こういう生き方をすれば幸せですよ」ということを日本が世界に示すことだと思います。
幸せな生活をするためには、お金も必要だし、病院も必要です。
しかしもう一つ必要なのは、精神的な豊かさです。
大自然に守られ、大自然のお蔭で生きている。
自分の力で生きている人なんて誰もいないんです。

太陽がなければ、水がなければ、空気がなければ、人間は生きられません。
まさに フォー・アザーズの精神で生きているのです。
そのことを世界に対して示すことができるのは日本人しかいない、と私は思っています。

『君のやる気スイッチをオンにする遺伝子の話 (鹿児島の高校生たちが感動した命の授業)』致知出版社


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「フォー・アザーズ」とは、キリストの「どんなときでも他の人たちのことを心にとめなさい」という教え。
フェリス女学院の教育理念になっている。

これは、神道の祝詞(のりと)の中にもある言葉だ。
「世のため人のために尽(つく)さしめ給(たま)へと、恐(かしこ)み恐みも白(もう)す」
どうか、世の中のため、人のために、尽くさせてください、とここに、つつしんで申し上げます。

利他の心だ。
その反対が利己の心。
自分さえよければいい、とする自分勝手な考えや行動。

小林正観さんは、たとえ一銭の得にもならなくても、また誰からも評価されなくても、「人のためになるようなこと」をバカになってやり続ければ、 自己肯定感が高くなり、自分のことが好きになるという。
たとえば、「社内や近所の掃除を毎日黙々とやる」「会う人会う人に気持ちよい挨拶をする」「愛ある言葉をかける」「どんなことにも感謝する」という人を喜ばせる行為。
なぜなら、与えれば与えられるからだ。
感謝すれば、感謝される。
感謝されれば自分に愛がたまる。
自分に愛がたまれば、自己肯定感が高くなる

フォー・アザーズの実践者でありたい


追伸】
この鹿児島の高校とは おいちゃんの母校
鹿児島県立 鶴丸高等学校です
「For others」 胸に刻んで生きております
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2018年05月07日

No 4608     【すべての失敗は脳を成長させる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【すべての失敗は脳を成長させる】

黒川伊保子氏の心に響く言葉より…



30代までの脳にとって、「失敗」は、脳のメカニズムの一環で、必要不可欠な頻出(ひんしゅつ)イベントである。
若者は、いちいち落ち込んでいたら、脳が疲弊してしまう。
それではまるで、おしっこする度に落ち込んでいるようなもの。
好奇心が萎えてしまい、日々の暮らしの中に埋もれてしまう。

40歳を過ぎると、もの忘れが始まる。
もの忘れは、脳が無駄を知り、本質を極めてきた証拠。
「本質的でない無駄な情報」に電気信号を流さなくなるから起こるのである。
当然、人は失敗しにくくなってくる。

とはいえ、新しい世界に挑戦するときは、やっぱり失敗する。
逆に、失敗しなくなったら、成長していない自分を嘆いたほうがいい。
ときには、失敗を求めて、新しいことに挑戦してみればいい。
失敗したら「しめた」と思おう。
好奇心を失わず、失敗にタフな大人はかっこいい。
若者たちを英雄の道へ導く、いいお手本でもある。

英雄は、誰よりも勘とセンスが働かなくてはならない。
だとしたら、誰よりも、失敗を知らなければならない。

脳は、体験によって進化している。
失敗すれば、失敗に使われた脳の関連回路に電気信号が流れやすくなる。
中でも、さまざまなかたちの成功に使われる本質的な回路は、使われる回数が多いので、特に優先順位が高くなる。
これこそが、物事の本質を見抜く洞察力の回路に他ならない。

超一流のプロたちが持つ力だ。
彼らは、この回路を使って、「勝ち手」を瞬時に見抜く。
この回路は、成功体験を積み重ねることによってつくられる。

しかしながら、成功体験を劇的に増やし、大切な回路に何度も信号を流して「本質の回路」に昇華させるためには、その前に、十分に、無駄な回路を切りすてておく必要がある。
その無駄な回路を捨てる、成功への基本エクササイズこそが「失敗」なのだ。
この世のどんな失敗も、脳の成長のためにある。
失敗の数が多いほど、そして、失敗の「取り返しのつかなさ」が深刻なほど、脳は研ぎ澄まされた直感を手にし、その脳の持ち主は輝かしいプロになり、しなやかな大人になる。
しがたって、「失敗」は、恐れる必要がない」

昔からよく「若いときの苦労は買ってでもしろ」とか「失敗は成功の源」などと言うが、あれは、単なる慰めでも、結果論でもない。
脳科学上、非常に明確な、脳の成長のための真実なのだ。

若くても、勘のいい子はいる。
たしかにそう。
しかし、そんな若者は、子どものうちに、人一倍、試行錯誤を重ねてきた子たちだ。

小さなころから世間をなめて、うまくごまかし、失敗を回避してきた脳こそが深刻。
「逃げがうまい要領がいい若者」は、本当に大成しない。
一流の場所に一人も残らない。

かくも、失敗とは、脳にとって大事なのである。
心を痛めた分だけ、脳はよくなる。
ネガティブだと思っていた現象が、不可欠であること。
脳を研究していると、よく出会う真実である。
脳は一秒たりとも無駄なことはしない。

『(149)英雄の書: すべての失敗は脳を成長させる (ポプラ新書 く 4-1)』ポプラ新書


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黒川氏は、失敗のことを「人生をドラマチックにしてくれる、神様の演出」だという。
同じ事象を、「失敗」と呼ぶのと、「やっとドラマが始まった」と思うのとでは、天と地ほども違うからだ。(以上本書より)

テレビのドラマにおいても、物語がいよいよ佳境に入ると、泣きたくなるような失敗や、大きな困難が起こる。
そして、それを乗り越えたとき、そのドラマはハッピーエンドに向かう。
一度の失敗もない、成功しっぱなしのドラマなどはつまらなくて誰も見ない。
人生も同じで、山あり谷ありだからこそ、そこに味があり、深さや厚みが出る。

すべての失敗は脳を成長させる
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2018年05月06日

No 4607     【よくわからないものを認める】

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【よくわからないものを認める】

ひろゆき氏の心に響く言葉より…



数年前まで、電通が残業を禁止にするなんて、誰が信じたでしょうか。
会社とのミスマッチで過労死してしまうことは、非常に残念なことではありますが、その一方で「ワーカホリックな人」というのは一定数います。
いわゆる、働き続けないと落ち着かないという人たちです。
そういった人たちは、頑張って何か価値を生み出し続けてくれると思うので、彼らの居場所は守っておいたほうがいいと思うんですよね。
電通のブラックな面が表立ってしまいましたが、オリンピックの受注を取ったという点も同時に見なくてはいけないと思います。

それを一概に、「定時で帰ってワークライフバランスを大切にしましょう」と押し付けてしまっているのが、今の働き方改革の問題だと思います。
放っておいても働き続ける人は、そのままにしておいて、ただ、残業代は支払うようにさえすればいいという気がします。
そうやって、「何か一発逆転があるかもしれない」と思ってワンチャンを狙って働き続ける人を生かしたほうがいいんですよ。
その一方で、趣味に生きたい人は、さっさと定時に帰ってしまえばいい話です。

アメリカ的な考え方であれば、「能力値の高い超優秀な人が、普通の人の10倍、100倍頑張ってくれるから大丈夫だろう」となるわけですが、どうも日本はそうなりません。
それをみんな一律に、「もっと休みましょう」と言ってしまうのは、単に頑張りたい人の可能性をしぼませてしまっているだけです。
その結果、国全体が生産できる価値が縮小してしまい、周りまわって全員が損をしてしまうのです。

優秀な人の足を引っ張るのが、日本人は大好きです。
その象徴的な出来事が、「こんにゃくゼリー事件」です。
99%以上の人が、こんにゃくゼリーをおいしいと思って食べています。
しかし、不幸なことに数人が喉に詰まらせてしまったのですが、それは個別の問題として対処するべきだと思うのです。
それならば、こんにゃくゼリーよりも餅のほうが被害者が多いわけですから、先にそちらを規制しろ、という話です。

他にも、ユッケやレバ刺しなんかもダメにしてしまいましたよね。
生肉の場合、衛生管理をおこたって問題を起こした人には、個別的に重い罰を与えるようにすればいいのです。
それを、一部の個別犯を制限するために、すべてを禁止してしまうというのは、全体の幸福度を下げてしまうことになってしまいます。

このように、全体を制限してしまう手法が、日本という国は大好きです。
しかし、国がこういう制限をやってしまうと、制限しない国が相対的に有利になってしまいます。
たとえば、2012年くらいまで、検索エンジンは日本では違法扱いでした。
厳密に言うと、検索エンジン自体はOKなのですが、検索結果でキャッシュ(サイト画面キャプチャ)を表示する機能が違法でした。
つまり、検索したホームページの内容の一部が表示されるのが、勝手に許可なく掲載しているということになってアウトでした。
そのせいで、日本の企業で検索エンジンを事業としてやることができなくなったのです。
ヤフーも、アメリカのYSCを買収して、そのエンジンを使っていましたが、産業としては消滅してしまいました。
その後、検索エンジンはOKになったのですが、グーグルにはとても追い付くことができないくらいに差がついてしまったのです。
そうやって新しい産業が潰れることが、日本では起こりやすいのです。

仮想通貨の取引が、世界で一番多い国は日本です。
中国が違法にしてしまったのと、日本の金融に関する法律がザルだったのが理由だったのですが、その取引所も基準が作られていくつか閉鎖されてしまいました。
もし、日本が主導権を握ったままだったら、世界中の人が日本の取引所を使い、そこでお金を落として納税されるので、とてもオイシイ状態だったのです。
何もしなくても海外のお金が日本に落ちるわけですから、プラットフォームとして機能して非常に効率的です。
しかし、仮想通貨の収益に対する高額な税金(所得税として最高で45%)のため、せっかく日本にとってオイシイ状態としてできたプラットフォームが、失われようとしています。

仮想通貨もそうですが、「よくわからない」という理由で潰されることがよくあります。
日本でフェイスブックやツイッターくらい大規模なコミュニティが成立しないのも、それが大きな理由です。

『働き方 完全無双』大和書房

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ひろゆき氏は「よくわからないもの」についてこう述べている(本書より)。

『セグウェイを例にとって国の考え方を比べてみましょう。
今のところ、日本では「違法」です。
アメリカでは「合法」です。
フランスの場合、電動だろうとなんだろうと、「時速10キロ以下で動くのであればOK」という法律を作っています。
つまり、フランスは、制限速度以下であれば免許が不要という制限を作っているのですが、日本は、道路交通法があるから一切禁止という判断をしているわけです。
法律がなくても、日本ではドローンが社会的な圧力で禁止になりましたよね。
もともと、ドローンは日本のメーカーが似たようなものをラジコンで作っていました。
世界的な市場が広がってきたときに、日本が乗っかれるチャンスがあったわけです。
けれど、こうして禁止になってしまって、今や完全に乗り遅れてしまいました。
これから先、どんどん技術は進歩していき、「よくわからないもの」は増えていきます。
「新しいこと」にワンチャンを狙う人が増えるためにも、それらを成長させて伸ばしていくことが大事だと僕は思うんですけどね。
「すぐに禁止」「とりあえず規制」というのではなく、ある程度の自由さは必要です』

日本では、既存の団体の反対や政府の規制により、多くの新しい産業が日の目を見ないでいる。
また、一罰百戒とばかりに、一度の失敗で過度の規制をしてしまう。
他の多くの国々では合法だったり実験が継続できるのに…。

それは、たとえば、日本で言うところの白タクである、「ウーバー」。
あるいは、個人情報の壁に阻(はば)まれて、中国の電子決済サービスや個人の顔認証関連のサービスには大きく立ち遅れている。
また、自動運転の公道での実証実験は、アメリカに大きく差をつけられている。

時代は大きく変わっている。
よくわからないものを認める度量を身に付けたい
posted by Dr.モーリィー at 06:47| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年05月05日

No 4606  【自分はなんと幸運なのだろうか】

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【自分はなんと幸運なのだろうか】

マーク・マイヤーズ氏の心に響く言葉より…



夢を追って人生の探索を続けていると、すでに自分の身に起きた素晴らしい出来事を忘れがちになる。
すでに手に入れているものに感謝することなく、手に入らないものにフラストレーションをてめるのは人間の性(さが)だが、それは間違いだ。

ある知り合いの女性は、非常に扱いにくい上司のもとで働いているが、いつも微笑みを絶やさず、親切で、陽気で、快活だ。
私は彼女が人に対してかみつくような言い方をしたり、機嫌を悪くしているところなど見たことがない。
ある時、どうしていつも笑顔を絶やさず、気分よく仕事をしていられるのかと尋ねてみた。
すると彼女はこう答えた。

息子がガンを宣告されて今治療を受けている。
そういうことがあると、ほかのことはすべて、それとの比較の問題となってくる。
例えば、ストレスがたまるとか、つらいと思えるようなことでも、本当はそれほど大事件ではないとわかってくる。
そんなことは一週間もすれば忘れてしまっている…。

もしあなたが、運の強い人間になりたいと本気で思うなら、これまでに自分がやり遂げてきたことについて真剣に考え、それに感謝できなくてはならない。
だからといって、「夢をかなえることなど考えず、現状に満足して黙って座っている」と言っているのではない。
今まですでに得ているものもたくさんあることに気づき、もしかすると、一夜にして今よりずっとひどい状態になることもあり得るのだということを自覚すれば、人生に対する態度は変わってくるだろうということだ。

もしあなたが自分の持っているものに感謝し、「健康」や「家庭」や「自分の能力や技術」を有り難く思うことができれば、多少運の悪いことが起きたからといって苦悶したり、思うように物事が運ばないからといってあきらめることはないだろう。
反対に、「自分はなんと幸運なのだろうか」と考えることができ、さらに幸運を招くことに意識を集中できるようになるに違いない。

視野を広げ、人生をバランスのとれた見方ができるようになるには、新聞の国際ページを読むのも一つの方法だ。
アフリカ諸国では罪もない人たちが虐殺され、生活を破壊されていることは周知の事実だ。
そういう記事を読んだあとで「買い物に行ったらレジに長い行列ができて待たされた」とか、「仕事で失敗した」、「職場で嫌なことがあった」と言って腹を立てたり嘆いている人がいたら、あなたはどう思うだろうか。
私たちのように繁栄している国に住んでいる平均的な人間がこうむる“つらいこと”など、彼らの悲惨さの比ではない。

『「運をつかむ人」16の習慣―成功する人が実行しているルール』知的生きかた文庫


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朝比奈宗源老師のこんな言葉がある。
『老師の知り合いの僧がある寺に住持していたという。
彼は博打(ばくち)が好きで、村の人の集まりで博打をやっては負けて帰ってくる。
それを見て、老師は 「あいつもやがて死ぬやっちゃ」と独り言をいっていたという』(魂をゆさぶる 禅の名言)より

ひどい仕打ちをうけたり、言動を浴びせられても、その人もやがて死んでしまうのだ、と思えば腹も立たない。
今、20歳を過ぎた大人なら、100年後はほぼ誰も地球上には残っていない。
そう考えるなら、すべてのことは取るに足らない小さなことに思える。

自分はなんと幸運なのだろうか、と気づける人でありたい
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No 4605    【美しさへの三つの条件】

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【美しさへの三つの条件】

渡辺和子氏の心に響く言葉より…



真山美保さんの作品に「泥かぶら」という一人の顔のみにくい子どもの話がある。
みにくいが故に村の人々から嘲(あざけ)られ、子どもたちから石を投げられたり唾をかけられたりした。
それを口惜(くや)しがっておこる少女の心はますます荒(すさ)み、顔はみにくくなる一方だった。

ところがある日のこと、その村に一人の旅の老人が通りかかり、竹の棒をふりまわして怒り狂う泥かぶらに向かって、次の三つのことを守れば村一番の美人になれると教え、自分はまた旅をつづけていくのであった。
その三つのこととは、

いつもにっこりと笑うこと
自分のみにくさを恥じないこと
人の身になって思うこと

であった。
少女の心は激しく動揺するが、美しくなりたい一心でその日から血のにじむような努力がはじめられる。
決心は何度も中断され、あきらめようとするが、また気をとり直してはじめる泥かぶらの顔からはいつしか憎しみが去り、その心はおだやかになってゆく。
明るく気持ちのよい少女は村の人気者となり、子守にお使いにと重宝がられる者となったのであった。

そんなある日、同年輩の娘が人買いに買われてゆくのを知った泥かぶらは、喜んで身代わりとなり連れられてゆく。
道々たのし気に村の様子を話し、自分がかわいがった村の赤子たちについて語る少女の心はいつか狂暴な人買いの心を動かし始めたのであった。
彼は前非を悔い、置手紙を残して立ち去ってゆく。
その手紙には、
「ありがとう。ほとけのように美しい子よ」
と書かれてあった。
そしてその時泥かぶらは、かつて旅の老人が約束した言葉を理解したのだった。

人の顔の美しさというものは目鼻立ちの良さよりもやはり自分が努力してつくってゆく美しさであり、生きている美しさだと思う。
整った顔とか、形のよい顔というのは生まれながらのものかも知れないが、美しい顔というのは、生活の中に生まれ、彫りきざまれて出来たものである。
男女の別なく顔はその人の心の生き方のあらわれでしかない。
年をとっていよ増す美しさ、また素顔の美しさというものを、もっとたいせつにしてゆきたいものである。

ほほえみは、お金を払う必要のない安いものだが
相手にとって非常に価値をもつものだ
ほほえまれたものを豊かにしながら
ほほえんだ人は何も失わない
フラッシュのように瞬間的に消えるが
記憶には永久にとどまる
どんなにお金があっても ほほえみなしには貧しく
いかに貧しくても ほほえみの功徳によって富んでいる
(中略)
もし あなたが誰かに期待したほほえみが得られなかったら
不愉快になる代わりに
あなたの方からほほえみかけてごらんなさい
実際 ほほえみを忘れた人ほど
それを必要としている人はいないのだから

この詩は昔ある方から教えていただいたものだが、特に最後の数行はとても美しい真理をあらわしていると思う。
とかく期待したほほえみや、あいさつ、やさしい言葉が得られないと不愉快になり、自分からも相手に「してやるものか」という気持ちになりやすい。
しかしほんとうによく考えてみると、できない相手こそ、それを私から必要としている人なのだということ、ここに思いやりがあり、相手の出方に左右されない主体的な生き方がある。

『美しい人に 新装版―愛はほほえみから』PHP研究所


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渡辺氏は本書の中で「人の身になって思うこと」についてこう書いてある。
『ある日、弟子たちがキリストに向かって、
「先生の説いておられる愛とはどういうことですか」
と尋ねたところ、キリストは、
「自分にしてほしいと思うことを他人にすることだ」
と答えた。
理解されたいと願う人は、理解する人になること、慰められてうれしかったら、他人にもやさしい言葉をかけること、愛された喜びを他人に分けることが愛である』

自分からは何も出さず、「ちょうだい、ちょうだい」とまわりに何かを要求ばかりする人は多い。
自分のことを認めてくれない、誰もやさしい言葉をかけてくれない、誰も誘ってくれない、という「くれない族」だ。

「自分にしてほしいと思うことを他人にすること」
ほほえみと、自分への自信と、人の身になって考えること、を大切にする人でありたい
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2018年05月04日

No 4604   2018 プチリフォーム!

今年も GW利用して 毛利歯科クリニック本院の プチリフォームを実施

毛利歯科の入っている 鴨池南国ビル 築40年ぐらいかと思いますが
空調が 昔ながらの 水冷式:セントラル空調

今回 南国ビルさんの ご提案で 全面的に 最新式のエアコンに交換していただきます
感謝・大感謝です

GWと 翌週を利用して 大改善改装中です

より善い環境で 更により善き診療を心掛けます

写真は 準備中です
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No 4603     七福杯 ゴルフコンペ

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4月8日に開催された毛利歯科主催の 第4回七福杯ゴルフコンペの 結果が
なーーんと 南日本新聞に掲載されておりました ははは
今後の大会も 掲載される予定です
皆さん頑張って 3位以内 ベスグロを目指しましょう!

次回の第5回七福杯は 10月28日日曜日を予定しております

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No   4602    【老いは、挑戦しなくなることから始まる】

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【老いは、挑戦しなくなることから始まる】

田中和彦氏の心に響く言葉より…



《年寄りになったからって 賢くなるわけじゃありませんよ。 用心深くなるだけですな。》

アーネスト・ヘミングウェイの小説「武器よさらば」の中に出てくるセリフだ。
僕は子供の頃、大人は、なんて物知りで、判断力があって、何でもできるんだろうと思っていた。

しかし、大人になってみると、そんなことはまったくなかった。
未熟な存在だということを思い知ったのだ。

そして今度は、歳を重ねたミドルは、なんて賢明なんだろうと思っていた。
しかし、それも幻想だった。

歳を取ると、人は失敗しなくなるのではなく、上手に失敗を避ける術を身につけていくのだ。
つまりやれることしかやらなくなる。
省エネモードな生き方を選択するというわけだ。

そこには、失敗もないが、挑戦もない。
挑戦のない人生ほど寂しいものはない。
精神の老いは、挑戦しなくなることから始まると僕は思っている。

『仕事で眠れぬ夜に勇気をくれた言葉 (WAVEポケット・シリーズ)』WAVE出版


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「年とったから遊ばなくなるのではありません。遊ばなくなるから年をとるのよ」(ヘレン・ヘイズ/女優)
挑戦も同じで、年をとったから挑戦しなくなるのではなく、挑戦しなくなるから年をとる。

挑戦には失敗がつきものだ。
失敗を恐れる人は挑戦ができない。

そして、年をとっても挑戦する人は…
ワクワクする心、ふざけること、いたずら心、遊ぶこと、冒険心、好奇心をいつまでも忘れない。

いくつになっても、何かに挑戦する人でありたい
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2018年05月03日

No 4601    【ありがとうの奇跡】

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【ありがとうの奇跡】

小林正観さんの心に響く言葉より…



ある74歳のかたのお話です。
そのかたは目に傷があるということで、医者から手術が必要だと言われていました。
「手術をしなければ、おそらくこのまま目が見えなくなるだろう。しかし、手術をしても、必ず見えるようになるとは限らず、見えるようになるかもしれないし、手術が失敗しても見えなくなるかもしれない」
ということでした。
そのときに、そのかたが選択したのは第3の道でした。
「ありがとう」をたくさん言うと奇跡が起きる、ということ。
それに賭けようと思われました。

どうせ仕事をしていないのだから、そのかたは、朝9時から夕方5時まで“仕事として”「ありがとう」を言ったのだそうです。
半年の間に、その数はなんと130万回に及びました。
130万回言い終わって、再び医者に目を見てもらったところ、傷が進行しておらず、視力も衰えてきていないことが判明しました。

別の60歳くらいの女性から聞いた話です。
その女性はある時期、自分の体がたいへん弱って、壁や机につかまらなければ立ちあがれない、歩けないということがありました。
あまりに弱っているということで医者に診てもらったところ、末期のガンだったそうです。
医者には「入院加療の必要はありません。自宅療養をしてください」と言われました。
つまり、もう病院では手の施しようがないので、自宅で残りの日々を過ごしてくれ、ということのようでした。
その宣告を受けたとき、暗澹(あんたん)たる気持ちになったのですが、1つだけ光明がありました。
その宣告の1週間前に、娘さんが次のような話をしたのです。

小林さんという人の話で、「ありがとう」の話があった。
心を込めなくてもいいから「ありがとう」を2万5000回言うと、なぜか涙が出てくる。
その涙が2〜3時間出た後で、再び「ありがとう」を言おうとすると、心の底から感謝の念が湧いてくる。
その気持ちを込めて、あと2万5000回ほど言うと、突然に、自分にとってうれしく、楽しく、幸せな奇跡が起き始める。

女性は「へー、そんなことがあるの」と軽く聞き流したというのです。
しかし、その1週間後に末期ガンの宣告を受け、こう決意しました。
「もう、ほかに手の打ちようがないのであれば、奇跡に頼ってみよう。1日1000回言うのを100日間続ければ、いくらなんでも、5万回に満たないことはないだろう」と。
30日ほどたって、自分の足で歩けるようになりました。
2ヵ月後、隣近所の人から「顔色がよくなりましたね。お元気そうですね」と言われるようになりました。
3ヵ月ほどたつと、体重が増えてきました。

これはおかしい、と女性はさらに10日間「ありがとう」を言い、合計10万回となったところで、もう一度、病院の検査に行くのです。
検査の結果は、ガン細胞が全身からすべて消えている、というものでした。
すべての人にこの方程式が当てはまるとは保証できませんが、「ありがとう」の言葉にはものすごい力があるらしい、と証明された出来事でした。

『小林正観CDブック 神様を味方にする法則 (CD付き)』マキノ出版


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こういう「ありがとう」の話をすると、「うさんくさい話」と切り捨ててしまう人がいる。
そういう人たちには、どんな療法をすすめても信じない。

切羽つまった人は別だ。
「それより他はなし」、と固く信じて行う。
心の底から信じたとき、カチッとスイッチが入り、奇跡が起こる。

ありがとうの奇跡を信じたい
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