2018年04月30日

No 4596   読書月間  学び週間

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GWに突入しておりますが 皆さまいかがお過ごしでしょうか?

おいちゃんは 例年 GWや年末年始は 人混みが苦手なので
極力 たまった事務処理や 読書 体力づくり ジョギング
恒例の クリニックのプチリフォームの 現場監督などなど
有意義に過ごしております

読書といえば 毛利歯科のスタッフにも 現在2か月間を利用して
おいちゃんが現在勉強中の 稲盛経営学の基礎編などを
学んでもらっております
おいちゃん含め 経営会議のメンバーは
より高度な本も読んでいますが
基礎編もなかなか勉強になります

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No 4595     【どちらのアメーバが長生きしたか】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【どちらのアメーバが長生きしたか】

スティービー・クレオ・ダービック氏の心に響く言葉より…



カリフォルニアの研究者たちが、アメーバの一群を二つの異なるタンクに半分ずつ入れた。
第一のタンクでは、水の温度、水位、その他諸々、注意深くモニターし、成長に必要な完璧な条件になるように調えた。
一方、第二のタンクに入れられたアメーバは常に変化にさらされ、暑さ寒さの極限に置かれた。
さて、どちらのタンクのアメーバが長生きしたか?

驚いたことに、早死にしたのは、第一のタンクの、快適な環境に置かれたアメーバだった。
研究者たちは、次のように結論づけた。

あまりに居心地のよい環境にいると、よどみや腐敗が生じる。
一方、努力を強いられたり、周囲に馴染むことを余儀なくされることは、成長を促進する。

あなたは、すべての条件が調ったらうまくいく、と思っているのかもしれない。
しかし、むしろすべての条件が調っていないいまの状況こそ喜ぶべきだ。

ただし、耐えなくてもいい逆境にわざわざ自らおとしめることはないが図らずも、もし逆境にさらされたら、そのときは喜んで迎えよう。
そして、対処しよう。
思い通りでない環境に感謝する日がきっと来る。

『新自分を磨く方法 ギフト版』ディスカヴァー


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「水清ければ魚棲まず」
という中国の言葉がある。
あまりに水がきれいで澄んでいると、魚のえさになる虫も繁殖しないし、水草も生(は)えず隠れる場所もないので、魚がすみつかない。
人も同じで、あまりに正義感が強かったり、清廉潔白だったりすると、親しみがなく、まわりに人が寄りつかない。

誰もが条件の整った環境にいる方がいいと思う。
だが、衣食住やお金の心配もなく、働かずに毎日何もせず、ぶらぶらして生きていくことになったら、ほとんどの人はひと月とたたないうちに、その毎日を持て余してしまうだろう。

思い通りにならないことがあるからこそ、我々は努力する。
嫌なことや困難を、乗り越えることにより、自分を一段高めることができる。
厳しい環境は我々を磨いてくれる砥石(といし)。

思い通りでない環境に感謝する日がきっと来る
posted by Dr.モーリィー at 10:13| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月29日

No 4594     【苦あれば楽あり】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【苦あれば楽あり】

中島輝氏の心に響く言葉より…



《人生は、避けがたい条件に包まれている》(エマソン)

避けがたい条件とは、「原因があるから、結果がある」「得るものがあれば、失うものがある」など、人生には分離できないものがあるということです。
エマソンはこのことについて、以下のように苦言を呈しています。

賢明でない人間は、富や名声を得るということは、苦しい面は受け取らず甘い面だけを得ることだと考え、自分の欲しいものを欲しくないものから切り離せると考える。
このような試みは、すべて失敗に終わることは明白だ…。

仕事でもプライベートでも、物事がうまくいかない時は、切り離せないものの片方だけを得ようとしている時ではないでしょうか?
利益ばかり考えて先行投資をしなかったり、失敗を一切しないで成功させようとしたりしていませんか?

本来分離できないものを分離し、片方の「甘い」部分だけを得ようとしてしまうのは、時々そうやって利益だけを獲得している人がいるからなのかもしれません。
それを自慢する人もいるでしょう。

しかし、エマソンは「もし人生の条件を避けたように見えたとしても、それは人生に抵抗し、自分から逃げ出しているからにほかならず、それに応じた報いを受ける」と言います。
人生には、避けがたい条件を受け入れる覚悟が必要なのです。

『エマソン 自分を信じ抜く100の言葉』朝日新聞出版

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小林正観さんは、幸福と不幸についてこう語る。
『たとえば、私たちから見て右半分が一般的に言われる「不幸」で、左半分が一般的に言われる「幸福」だと思ってください。
私たちが「幸せになりたい」とお願いすると、神さまは「わかりました」といって振り子を左に持っていくかと思いきや、右のほうに引っ張れるだけ引っ張るらいしいのです。
たとえば、山の中で遭難して何も食べられなかったとしましょう。
なんとか助けられて里にたどりつき、そこで一杯のおかゆをいただいた。
それはこのうえなくおいしく、楽しく、幸せで、素晴らしい食事となります。
でも、毎日のように贅沢な食事を食べ続けている中で一杯のおかゆをもらっても、その価値はわからない。
つまり、私たちが「幸福」を感じるためには、その前に、一般的に「不幸」と言われるような現象が存在しなければなりません』(心を軽くする言葉)より

「苦あれば楽あり」という言葉がある。
苦と楽は表裏一体で、片方だけを得ることはできないという意だが、まさに不幸と幸福も同じこと。
幸福を感じるためには、一般的にいう不幸という現象が必要だからだ。

「苦あれば楽あり」と、人生を楽しみたい
posted by Dr.モーリィー at 06:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月28日

No 4593     【よろしければお手伝いしましょうか?】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【よろしければお手伝いしましょうか?】

前リッツ・カールトン日本支社長、高野登氏の心に響く言葉より…




それはリッツ・カールトン東京の開業準備で、忙しく都内を動き回っていたある日のことです。
六本木駅に地下鉄が止まると、すらりとした、髪の毛の長い女性が乗り込んできました。
仕事柄、多くの人たちを見てきていますから、姿勢や歩き方、お化粧などから、ひと目でモデルさんだなとわかりました。
混んでいる車内で、ちょうど私と並ぶかたちで優先席の前の吊り革につかまりました。

地下鉄が走りだしてしばらくすると、その彼女が腰をかがめて、前の席に座っている年配の女性の耳元でなにやら囁(ささや)いたのです。
おや、知り合いに気がついたのかな、などと想像して見ていたのですが、どうも様子が違うのです。
その年配の女性は、はっとした表情で、片手で膝の上の荷物を押さえながら、もう一方の手でブラウスの前に手をかけました。
そこでようやく私も気がつきました。
女性のブラウスのボタンがいくつか外れていて、上から見ると下着が見えてしまっていたのです。
それをそっと伝えたのでしょう。

懸命にボタンをかけようとするのですが、なかながとめることができません。
どうやら手が少し不自由だったのですね。
なんだかこちらまで焦ってきます。

とその時、その女性が再びかがみこんで、小さな声で「お手伝いさせてくださいね」と囁き、にっこりと微笑みながら、あっという間にブラウスのボタンを、鮮やかな手つきでとめてしまったのです。
あまりに意外なことに、あっけにとられていた女性。
でもその顔にはすぐに笑顔が浮かびました。
親切が本当に嬉しかったのでしょうね。

「参った!」。
思わず私は心の中で拍手をしていました。
さすがは早変わりや着替えに慣れているモデルさん。
それにしてもなんという自然体でしょうか。

次の駅で、会釈をして颯爽(さっそう)と降りていく彼女の背中に向かって、年配の女性は何度も何度も頭を下げていらっしゃいました。
混みあった東京の地下鉄の車内。
まるで無縁社会や孤独社会をそのまま表しているような、無機質ないつもの通勤時間帯。
でもその時、その一角だけは、確かにあたたかな空気に包まれていたような気がしたものです。

人は誰だって、社会の役に立ちたい、人のためになることをしたいと思っているものです。
「人の気持ちを考えて行動する」という感性、そのためのアンテナとレーダーの感度が、少し弱くなったかなと感じられたら、一度立ち止まって磨き直してみてはいかがでしょうか。
そのためのヒントは仕事の中にたくさんあります。
おおよそプロと呼ばれるような方は、アンテナとレーダーを磨き続けている方が多いように思います。
日々習慣づけて磨くことで、あなたも大きな飛躍を遂げることでしょう。

あのアブラハム・リンカーンもこう言っています。
「もし木を切り倒すのに6時間を与えられたとしたら、私は最初の4時間を、斧を研くのに費やすだろう」

『リッツ・カールトン一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』日本実業出版社


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高野登氏は本書の中でこう語る。
『明らかに困っている人がいたら、迷わずに声をかけることができますが、その判断がつかず迷ってしまうこともあります。
ホテルの現場でも似たようなことが起きます。
手を貸そうとして声をかけても「余計なお世話」と思われたら…、と考えると、声をかけるのをためらってしまうかもしれません。
「おせっかい」と「おもてなし」の間には、相手がそれを望んでいるかどうかという明確な境界線があるのです。
相手が望むか望まないかは相手の心が決めるもの。
でもその心は見えない。
それが読み取れないのであれば聞いてみるほかはないのです。
新人であってもベテランであっても同じです。
「よろしければお手伝いしましょうか?」
「大丈夫ですか?お手伝いは必要ありませんか?」
とひと声かけて相手の反応を見ます。
もし相手が、「どうもありがとう。お願いします」と言われたら、お手伝いしますし、「いえ、大丈夫です。結構ですから」と言われたら、「必要があればいつでもお声がけくださいね」と、一歩下がればよいだけのことです』

相手の心は見えないのだから、「要望」や「望み」は聞いて確かめるしかないのにも関わらず、聞かない人は多い。
「たぶんこう思っているはず」と、自分の勝手な思い込みで対応すると、相手とミゾができる。
それが何度も度重なると、深い断絶となってしまい、人間関係は修復不可能となる。
人間関係のヘタな人だ。

「よろしければお手伝いしましょうか?」
人の気持ちを考えて行動する人でありたい
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No 4592 鹿児島マラソン  宴会

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スタッフには 諸事情にて 大変お待たせしてしまいましたが
先日4月27日 第3回鹿児島マラソン 全員完走を祝して
完走おめでとう 大宴会を開催いたしました

今年も 初マラソン5名を含む 9名がフルマラソン完走
ファンラン3名が 8.5キロ完走と 最幸の結果でした

おいちゃんを含む 4名が フルマラソン3年連続の完走を 達成しました!
みんな確実に 少しづつ 記録が良くなっております
素晴らしい

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来年も 多くのスタッフと 各々の目標達成を掲げて チャレンジしたいと思います!

宴会の雰囲気をどうぞ!

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2018年04月27日

No 4591     【長生きの秘訣】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【長生きの秘訣】

「VAN」創業者、石津謙介氏の心に響く言葉より…



僕は平気で年齢のことを話すので、会う人のほとんどが、
「えっ、本当ですか?」
と驚いた顔を見せ、その次に必ず、
「お若いですね」
とくる。

僕は、この言葉が嫌いである。
言うほうは、お世辞かお愛想か、あるいは本当に呆れ返っているのかは知らないが、言われたほうが、
「てやんでぇ、若いわけがあるはずないだろう。こちとら80半ばを過ぎた正真正銘の爺さんだ」
と啖呵(たんか)の一つも切りたくなる。

自分が高齢者であることは、だれよりも自分自身がよく知っている。
高齢者にとって、いちばん重要な問題は「健康」である。
いくら長生きしようと、健康でなければ、豊かな人生の四毛作目の収穫を得ることはできない。
僕がこの年齢になって、まがりなりにも仕事をし、人生の四毛作目を享受できるのも、体と精神が健康だからであり、健康だからこそ、まだまだ世のために尽くすことができる。
僕は、今の健康を、もし、存在するのであれば神に感謝をささげたい。

また、人からよく、
「長生きの秘訣はなんですか?」
と聞かれるが、僕自身、長生きを美徳とは考えていない。
不遜な言い方で、誤解を受けることもあるが、僕の死に対するモットーは“丈夫で早死に”である。
要は、人生やるべきことをし終えたら、なるべく早く若い人たちに後を譲りたいということだ。
けれど、このモットーも、こう長生きしちゃ、意味をなさなくなりつつある。

長生きの秘訣という問題を真剣に考えてみた。
そこで考えついたのが、人間のストレスを生み出す根元の「執着心」と「欲」を捨て去ることである。
つまり、僕にとって、現在の年齢まで大病もせず、まがりなりにも生きてこられたのは、ストレスを適当に発散させる能力が自身に備わっていたからではないかと思う。
要するに、人間、“いかにストレスを少なくするか”が、若い人にとっても、高齢者にとっても、快適な生活を送るための最重要課題なのである。

もう一つは、常に頭に栄養素を送ることである。
頭の栄養素とは、さまざまな情報のこと。
毎日、克明に新聞を読み、雑誌を読み、評判になっている本を読み、さらにテレビを見、いろいろな人に会って、あらゆる情報を頭に詰め込み、その後、情報を僕なりに選り分けて整理する。
この作業が「思考の動脈硬化」を防いでくれるのである。
好奇心を旺盛に保つのである。
「思考の動脈硬化」とは、今まで自分が体験してきたスタンダードを後生大事に守り、新しいものや情報を、そのスタンダードによってのみ判断することであり、僕は、それがいちばん恐ろしい。

さらに、腰の軽さも重要なファクターだ。
僕は、面白いことがあったり、美味しいものがあると聞けば、すぐにすっ飛んでいく。
その意味ではいたって腰の軽い男である。
人は、高齢者の仲間に入ると、極端に事を起こすのが億劫になるというが、おかげさまで、僕の辞書に「億劫」という文字はないようだ。

自分のことは自分でやるというのもいい。
僕は、たいがいのことは自分でやってのける。
年齢を重ねる毎に、他人との接触が億劫になるという人がいるが、僕は、逆に人と会うのが楽しくて仕方がない。
ただし、同じような年代の人とは、よほど気の合った人でない限り、会いたくない。
というのは、ある年齢を超えた人々の集団の話題は、ほとんど病気の話と家族に関する愚痴ばかりで、気が滅入ることはなはだしい。
老人たちは毎日、病院かゲートボール場で、そんな話をくり返しているらしく、それではストレスが逆にたまって仕方がないと思う。
僕は、そのような場所に出入りすることは願い下げにしていただいている。

ところで、「忘年」という言葉をご存知だろうか?
そう、あの忘年会の「忘年」である。
一般には、その年の憂き辛さを忘れて、楽しく騒ぐという意味にとられているが、実は違う。
本来は、「忘年の友」の「忘年」で、つまり年齢の差など忘れ去って、親しく友として交わるという意味である。
そして、高齢者には、この「忘年の友」、つまり異なったジェネレーションの話し相手が、ぜひとも必要なのである。
若い人の考え方や、自分とは違う業種の人々の話を聞くと、「思考の動脈硬化」が薄れていき、常に頭脳に新鮮な刺激を与えることになる。
特に、相手が異性であれば、他にもっと違った刺激が与えられるはずだ。
新しい友を探しに外へ出かける積極性もまた、長生きの秘訣の一つであある。

『ダンディズムの達人 石津謙介流「人間的な」生きかた、遊びかた』天夢人


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安岡正篤氏が「忘年」について書いた一文がある。
『この「忘年」とは本来一年の苦労を忘れるという意味ではない。
年齢を忘れるの意で、漢代の大学者孔融(当時50歳)と禰衡(でいこう)(20歳未満)との交わりを、世人が「忘年の交」とよんだ故事による。
だから、忘年会とは老若席を同じくし年齢を忘れて楽しむのが本当だ。
忘年の交に対し、地位身分を離れて交わる「忘形の交」やまた、「忘言の交」がある。
忘言とは、言葉など忘れた交わりのことで、荘子の「相視て笑ひ、心に逆ふことなし」という境地である。
真実の夫婦・親友にとって議論などは不要のものだ。
忘言の交をまた「忘己の交」ともいう「己を忘るるの人は即ち天に入る」(荘子)だ。
人間は世俗的な自分というものを時に忘れることが必要だ』 (照心語録より)

身分や地位や肩書にとらわれている人との付き合いは、息苦しくて、堅苦しい。
だからこそときに、「忘年」「忘形」「忘言」の交わりが必要となる。

そして、大事なのは、老いも若きも、好奇心を失わないこと。
同時に、腰が軽いこと。

どんなときも、好奇心を失わない人でありたい
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2018年04月26日

No 4590    【「悲劇」はすべて「否定する心」からはじまる】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「悲劇」はすべて「否定する心」からはじまる】

小林正観さんの心に響く言葉より…



《世の中の「悲劇」はすべて「否定する心」からはじまります》

「そうじゃない、そうじゃない」と思う心、“非ず、非ず”と否定する“心”、これが“悲しい”という文字になっています。
悲劇は、すべて否定する心からはじまるのです。

もし、その現象が、つらくて大変で楽しくないものであっても、私は「そうではないとらえ方」をお教えすることができます。
たとえば、コップに水が半分入っているのを、「半分しかない」と思ったら、<不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句>になります。

しかし、「半分も残っていて嬉しい、楽しい、幸せ」と思ったら同じ現象も喜びになります。
さらに、「誰かが半分も残していてくれて、ありがとう」という受け止め方もあります。

私は「否定してはいけないとか、否定をすべきではない」と言っているのではなく、「半分しかないという否定的な事実は、宇宙のどこにもない」ということを言いたいのです。
宇宙に存在している現象というのは、何の意味づけもされていません。
ニュートラル(中立)で冷厳なる現象があるだけ。
このことをお釈迦さまは“空(くう)”と言われたようなのです。

『たくさんの「奇跡」が舞い込む感謝の法則』宝島社


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「好況よし、不況さらによし」という松下幸之助翁の言葉がある。
また、「鳴かぬなら、それもまたよし、ホトトギス」とも言った。
どんなに絶望的な状況にあっても、「それもまたよし」と肯定したとき、そこからパワーが生まれる。
肯定からしか創造力も、エネルギーも生まれない。

反対に、否定からはマイナスのエネルギーしか生まれない。
ダメ、できない、無理、難しい、嫌い…。
そして、「でも」、「しかし」、という否定語から入る。

『「悲劇」はすべて「否定する心」からはじまる』
どんなときも、肯定から入る人でありたい
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2018年04月25日

No 4589 鴨池中学校  歯科検診  2018

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今年も学校歯科医を務めます 鴨池中学校の 歯科検診にスタッフ6名で参加してきました

雰囲気をどうぞ

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No 4588     【得をさせる人】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【得をさせる人】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



私は、「天職」についてよく質問されます。
「自分の天職はなんでしょうか」と。
天職なんてないのです。
答えが早いでしょう(笑)。

天職などありません。
目の前のことを一生懸命やっていると、それが天職になるのです。

この前は、ある男性からこんな質問を受けました。
「私、会社を辞めたいんです」
「ああ、辞めたほうがいいよ。で、次に行くとこは?」
「まだ決まっていません」
そう言うので、私はこう答えました。

「じゃあ、あと3か月だけいなさい。
で、あと3か月、そこで一生懸命やんなさい。
あなた、その職場をもう嫌いになっているんだろうけど、でも、きっと社長もあなたのこと嫌いになっているから。
3ヶ月一生懸命やって、惜しまれて辞めなさい」

人生でいちばんいけないのは、「あいつを使って損した」「あいつに会って損した」「この本読んで損した」と、相手に損したと思われること。
必ず自分を使って得をしたと思わせないといけない。
そのためには、「はい」と大きな声で返事をするとか、残業を頼まれたならば頼まれた以上の仕事をするとか、どんな小さなことでもしたほうがいいよ。
会社を辞めるにしても、その会社に得をさせたと思われてから辞めないといけない。
損をさせたまま逃げるように辞めてはいけないよ(笑)。

先の私に質問をした男性に3ヶ月後に会いました。
この3ヶ月間は一生懸命に仕事をしたみたいでした。すると、
「会社が自分をすごく大事にしてくれるようになりました。とてもいい職場です」
と言うのです(笑)。
世の中とは、そういうふうにできているのです。

『普通はつらいよ (おもしろくて、楽しくて、すずやかに生きるコツ)』マキノ出版


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人間として一番魅力的な人は、「また会いたいなぁ」と思わせる人。
その反対に、 「会うと嫌な気分になる 」ような人とは、二度と会いたくはない。

また会いたいと思わせる人は、与える人。
魅力ある人は、見返りを求めず、惜しみなく与える。
与える人は、得をさせる人。

二度と会いたくない人は、奪う人。
奪う人は、自分のことばかり考えて、ケチくさい。
奪う人は、損をさせる。

この得をさせたり、損をさせたりするのはお金のことだけではない。
得をさせる人は、「優しい言葉」や「気遣いある言葉」という「愛語」や、人を和(なご)ませる「笑顔」がある。
得をさせる人は相手を喜ばす。

損をさせるけち臭い人は、たとえば、「感謝」もしないし、「ありがとう」も言わず、「挨拶」も出し惜しみをする。
損をさせる人は相手をがっかりさせる。

会う人会う人に、得をさせる人でありたい
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2018年04月24日

No 4587    【親の恩に気づくこと】

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【親の恩に気づくこと】

弁護士、西中務氏の心に響く言葉より…



弁護士をしていますと、たくさんの争い事のご相談を受けます。
その大元には恨みの気持ちがあることも多いようです。
恨みというのは厄介で、近しい人ほど恨んでしまう。
ことに、自分の親兄弟のことを、なぜか恨んでいらっしゃる方は珍しくない。
でも、恨みは良くないと思うのです。

なぜなら、恨みは運を遠ざけるからです。
逆に、恨みを消すと、不思議と運が良くなるようです。

例えば、会社の社長さんをしている70代のある依頼者と、商売に関するご相談を終えたあと、ふと、こんな話になりました。
「実は、私は早くに母親を亡くしましてね」
「母親は35歳のまだ若いときに、病気で急に亡くなったんです。
私は12歳でした。
小さい子供でしたからね、本当につらくて…」

親御さんが亡くなったのは、昭和30年(1995年)頃です。
まだ日本は貧しい頃ですし、経済的にさぞ苦労なさったろうと想像できました。
「それから若い頃まで、あまりにつらい時期が続きましてね、私は母を恨むようになったんです。
『こんなにつらい目に遭うのは、母親が親らしいことを何もしてくれなかったからだ』そう思って生きていたんです」

無理もない。
昭和のあの頃を思い出しながら、考えていました。
ところが、その人のつらそうな顔が、ここで変わったのです。
「母の27回忌で、叔母がこんなことを言ったんです。
『私のお姉ちゃん、あんたにはお母さんやな、最期の最期まで、皆に言うてたんやで。
うちの子を頼みます。
自分はもう何も食べれないほど体が弱って、頭かて朦朧(もうろう)としてたはずやのに。
もう自分の横にいるのが誰かもわからん状態やったろうに。
お医者さんやろうが看護婦さんやろうが、私やろうが、もう自分の近くにいる皆に、あんたのことを頼み続けてた。
うちの子を、うちの子を…。
ずっと、何度も何度も、そう言いながら死んだんやで』

それを聞いて、突然わかったんです。
母に死なれて小さな子供だった私は、確かにつらかった。
でも、そんな小さな子供を残して死ななければならなかった母は、私の何十倍も何百倍もつらかったに違いない。
やっと、私は自分の親不孝に気づいて、心から詫びました」

その人は泣いていました。
私も涙が止まりませんでした。

叔母から聞いた話をきっかけにして、母への恨みが消えた後、その人は会社経営を成功させました。
そして、今では幸せな人生を送っているわけです。
母親の恩に気づいたことが、運を変えたのだと私には思えました。

『1万人の人生を見たベテラン弁護士が教える「運の良くなる生き方」』東洋経済新報社

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「恨(うら)み」「妬(ねた)み」「憎しみ」「怒り」「復讐(ふくしゅう)」…
そんな感情を抱えていたら運は決して寄ってこない。
運の神様が好きなのは、「恩」「慈しみ」「ゆるし」「よろこび」「機嫌がいい」「明るい」「笑顔」「感謝」。

争いごとは運を遠ざける。
人に喜んでもらうこと、人の役に立つこと、は運が開ける。

親の恩に気づくこと。
運の良くなる生き方をしたい


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2018年04月23日

No 4586    【「ありがとう」のゲーム】

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【「ありがとう」のゲーム】

パム・グラウト氏の心に響く言葉より…



《「ありがとう」のゲーム》
人生で起こるすべてのことに「ありがとう」と言う。
とにかく「すべて」にだ。
例外はなし。
言い訳もなしだ。
例をあげよう。

■朝、目覚まし時計が鳴ったら…
「今日もこうやって地球上に存在できることに感謝します」(今日を生きたくても生きられなかった人がいる)

■朝起きてトイレにいくときは…
「A地点からB地点に移動できることに感謝します」(タクシーがつかまらなくてイライラの絶頂になることもある)

■朝食のシリアルをかき混ぜているときは…
「十分な栄養が摂(と)れることに感謝します」(あなたがシリアルを食べ終わるまでの時間で、全世界で75人が栄養失調のために命を落としている)

この本のアメリカでの出版社であるヘイ・ハウスの創設者、ルイーズ・ヘイは、常軌を逸した感謝の実践者だ。
朝目を覚ますと、まずシーツと枕に感謝する。
そして太陽の光に感謝する。
ランチのときは、お皿の上にあるアスパラガスとサツマイモに感謝する。

『「感謝」で思考は現実になる』サンマーク出版

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「世界がもし100人の村だったら」という本がある。
その中で書かれていることは…

「75人は食べ物の蓄えがあり雨露をしのぐところがあります。でも、あとの25人はそうではありません。
17人は、きれいで安全な水を飲めません。
自分の車をもっている人は豊かな7人のうちの1人です。
村人のうち1人が大学の教育を受け2人がコンピューターをもっています。けれど、14人は文字が読めません。
もしあなたがいやがらせや逮捕や拷問や死を恐れずに信仰や信条、良心に従ってなにかをし、ものが言えるなら、そうではない48人より恵まれています。
もしもあなたが空爆や襲撃や地雷による殺戮や武装集団のレイプや拉致におびえていなければ、そうではない20人より恵まれています」

我々はあらゆることにおいて恵まれている。
この時代に生まれたこと。
この日本に生れたこと。
それだけで、この100人の村の中では最高に幸せな部類に入っている。

こんなに恵まれているのに…
文句や愚痴や、泣き言を言ったら恥ずかしい。

『 「ありがとう」のゲーム』 をしよう。
すべてのことに感謝するゲームを始めたい
posted by Dr.モーリィー at 05:06| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

No 4585  快挙!  祝  当選!

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またまた おいちゃんの 高校時代の友人が 快挙達成です syuku

鹿児島県姶良市の市長選挙に挑んだ 湯元敏弘氏が 見事当選を果たしました

ふるさと鹿児島のために 姶良市のために

世のため人のために 頑張ってほしいですね

おいちゃんも微力ながら 応援しております

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posted by Dr.モーリィー at 23:15| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4584     【笑顔で人生を全うしたい】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【笑顔で人生を全うしたい】

石川洋氏の心に響く言葉より…



《喜びのタネを播くこと》
釈尊は人間がこの世になしておくべきことは、生まれ変わり、生まれ変わり、一粒でも善きタネを地上に播くことであると諭して下さっている。
間違っても、怒りや憎しみ、苦しみや悲しみのタネを播いてはならない。
できることならば「苦しい時はあっても苦しい人生はない」おかげ様の感謝のタネを人生の結語として播かせていただくことである。

《百年の根を養うこと》
百年の根とは徳を養うことである。
人間が最後の最後まで抜け切らないものは小さな欲心である。
「念ずれば花ひらく」で知られる坂村真民先生が「芭蕉が晩年、死を覚悟して奥の細道の旅に出られたのは、駄目になる自分をさらけ出して、自分を磨くためであった」といわれている。
感動してお電話をおかけした。
90歳になる先生が、「それがわかるのは私の歳になってからだよ」と答えられた。
耳底にのこされた忘れられないご教示である。

また、「帰る時には来たときよりも美しく」という、しみじみとした先人の名言がある。
深めれば深めるほど、染み入る言葉である。
できるならば、過去に無限の恩を感じ、未来に無窮の恵みを信じて、笑顔で人生を全うしたいものである。

かつての歌人・会津八一氏が「あめつちにわれひとりいてたつごときこのさびしさをきみはほほえむ」と、奈良法隆寺・夢殿の救世観音にささげられている。
人生の美しさは一切を受けとめて、微笑みを拝する人になることであろう。

『石川洋―こころの杖ことば 笑顔開運』ぱるす出版


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我々があの世にいくとき、あの世の番人に聞かれることがあるという。
それは、生まれてからあの世に行くまでに、「どれだけ自分を高めることができたか」、「どれだけ人に喜んでもらったか」、「どれだけ人の役に立ったか」という問い。
この世で、愚痴や不平不満、泣き言、悪口や文句のタネを播き続けるなら、また次に生まれ変わったときに、それをやり直さなければならない。
だからこそ、我々が生きているうちにやらなければならないことは、「喜び」や、「おかげ様」や、「感謝」のタネを播き続けること。

「我々は遠くから来た。そして遠くまで行くのだ...」
という、イタリアのパルミーロ・トリアッティの言葉がある。
せっかく我々は、この時代、この世に生を受けた。
そして、いずれは遠くまで行く。
つかの間の一生、せめて「立つ鳥跡を濁さず」のごとく、「帰る時には来たときよりも美しく」を心がけたい。

そして、「出処進退をわきまえる」
引き際の鮮やかな人は美しい。

笑顔で人生を全うしたい
posted by Dr.モーリィー at 21:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

No 4582    【花は香り、人は人柄】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です


【花は香り、人は人柄】

藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…




六人の先哲の語録編纂(へんさん)を終えて、しみじみと湧(わ)き上がってくる感興(かんきょう)がある。
六人の人生の達人の言葉は、煎(せん)じ詰めれば一に帰するという思いである。
その一とは何か。
それは、

「花は香り
人は人柄」

ということである。
見た目にいくら華やかで艶(つや)やかでも、造花には真に人を引きつける魅力はない。
人もまたいくら実力があっても、傲慢で鼻持ちならない人に人間的魅力はない。

まず自分を創(つく)ること。
自分という人間を立派に仕上げること。
そして、徳の香る人になること…六人の先哲がその生涯を通して語っていることは、その一点に凝縮される。
これこそ人生で一番大事な法則、これを遵守(じゅんしゅ)すれば人生は大丈夫という原則、すなわち人生の大則であろう。
では、どうすれば自分を創ることができるのか。
六人の先哲が言っていることは、概(おおむ)ね次の三つに集約されると思う。

一つは、人生に対して覚悟を決めること。
覚悟を決めない限り、真の人生は始まらない。
先哲は繰り返しこのことを説いている。
沖縄の漁師が言ったという。
「遠洋の漁場に出ようと決めると、風が起き、帆がざわめき、波が立ってくる。だが、まだ覚悟が決まらない船には風が起きんのよ」
人生もまた然(しか)りである。

二つは、傲慢になるな、謙敬(謙虚で、敬い、慎むこと)であれ、と教える。
不遇の時には謙虚だった人が、うまくいきだすと傲慢になる。
人間の通弊(つうへい)である。
だが、傲慢になった時、天はその人の足をすくう。
その事例は数限りない。

三つは、誠実であれ、ということ。
誠実は古来聖賢がもっとも大事にした人間最高の徳目である。

あえてもう一つ付け加えれば、「久」であろう。
久しく続けることで、人生の大則は揺るぎないものになる。

『小さな人生論・3 (小さな人生論シリーズ)』致知出版社


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「あらゆるビジネスはリスクを伴う。
打ちのめされる覚悟をしておけ。
冒険なくして成功がやってくることは滅多にない」(リチャード・ブランソン )

物事が動きださないときは、覚悟が決まっていないとき。
もし失敗して、打ちのめされても仕方なし、と肚が決まっていないときは、行動できない。

香りとは余韻だ。
人の魅力もまた余韻にある。
またあの人に会いたいと思わせる、長く続く余韻だ。

徳の香る人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 06:50| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

No 4581     【目標を持つな。志を持て】

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【目標を持つな。志を持て】

書店「読書のすすめ」店主、清水克衛氏の心に響く言葉より…



《将来の目標はない方がいい。自分の夢なんて忘れてしまおう》

こんなことを言うと、ちょっとビックリされるかもしれませんが、“成幸”体質っていうのは、より「バカ」になることなんですよ。
よく、
「人生、目標を持つんだよ。自分の目標がない人は、途中で挫折しちゃうから。ただ漠然と生きているとなんとなくそのまま流されて、自分の夢や理想の人生が生きられなくなっちゃうから」
って言われてますよね。
でも私は、うちの若い人たちには、

「目標を持つな。志を持て」
って言ってるんですよ。

私たちのやっているNPO法人「読書普及協会」は、自分の小さな夢を目標にしている人たちの集まりじゃなくて、みんなが、それぞれ、目の前にきた人を元気にしようっていう志を持った人の集まりなんです。
「目標を持って、それに向かってコツコツ実現していく」
確かに、それもひとつの王道なんです。
「バカ」と言われるくらいにそこに突き進んだら、きっとうまくいくことでしょう。

ただね、目標にしばられて、その通りにできなかった時、イライラしちゃったり、がっかりしちゃったり、中途半端な自分に悩んじゃったりとか、そういう考え方だけしか知らないことで苦しんじゃっている人、いませんか。
それだけじゃなく、
「私って、これって言える夢とか目標がないんです。それが悩みなんです」
って悩んでいる方、いらっしゃいませんか?

そんな方のために、他にも王道があるんです。
それが、
「目標を持たなくてもいい。そのかわり、自分の人間力を限りなく高めていく。そうすると、やがて人生は思ったとおりになる」
って方法なんです。
「日本一の何々になる」
とかって、遠くから目標を持ってくるんじゃなくて、目の前の人、目の前の物事に心を込めて集中するんですよ。

私の場合もそうなんです。
ただ、来てくださったお客さんを喜ばすことに集中していただけなんです。
目標は、遠くにあるんじゃなくて、目の前にある。
それを、“顔晴(がんば)”る。
そうすると、自然に道ができてきちゃう。
目標がなくても「あきんど感覚」さえあれば、道って自然に開けてくるものなんです。

『まず、人を喜ばせてみよう』プレジデント社

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清水克衛氏は「あきんど感覚」についてこう語る。
『「あきんど感覚」っていうのは、自分のまわりにいる人を喜ばせて、その結果、いつのまにか自分もツイてる人になってしまうという、神さまの知恵。
本物の商人っていうのは、とっても魅力的で、「人を喜ばすスペシャリスト」です。』

商売においても、「目標日本一!」とか「売上高〇〇億円、店舗数〇〇〇店を達成する!」という威勢のいい目標を掲げている会社がある。
もちろんそれはそれで素晴らしいが、本質的に言うなら、一店一店の実力を極限まで高めていくことの方が王道。
それは、一店一店が筋肉質で、どこに出しても恥ずかしくない高いレベルにまで努力し、同時に、働いている社員やスタッフが自社のことを、「いい会社」だと思える会社。
逆に、店を出せば出すほど、一店一店のレベルがどんどん下がっていくなら、それは倒産の道に向かって突き進んでいると言わざるをえない。
それは、人においても同じで、目標や夢の実現より先に、自分の人間性や徳性をどこまで高めることができるかが、本筋での努力。
目標や夢を追求するあまり、家庭が崩壊してしまったり、身近な人たちとの人間関係がおかしくなるなら、それは本末転倒。

「近き者説(よろこ)び、遠き者来る」という論語の中の言葉がある。
孔子は、「近くにいる民が喜び幸せであるなら、遠くにいる民もそれを聞いて集まってくる」と言った。
身近な人や、自分の周囲にいる人を幸せにできない者は、遠くの人を幸せにすることはできない。
遠くの人とは、商売でいうならお客さま。

ただひたすら、目の前の人を喜ばせることを考える。
お客さまも、スタッフも。

どんなときも、高い志を持ち、人を喜ばせることの実践をしていきたい
posted by Dr.モーリィー at 06:45| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

No 4580   【美味しいものを独り占めしないこと】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【美味しいものを独り占めしないこと】

精神科医、和田秀樹氏の心に響く言葉より…



運の強い人は、じつは、やって当たり前のことをきちんとやっている人なのです。
平凡といえば平凡な答えですが、目立つことだけ一生懸命になって、目立たないことはいい加減にやっている人は、1つの運をつかんでも、それが逃げていくと、もうつかまえる運がありません。
でも、どういう仕事、どういう役割であっても一生懸命にやっている人は、いろいろなところで運をつかむチャンスに出合います。

あなたの周りを見てください。
「彼には安定感があるな」とか「彼女はいつも朗(ほが)らかだな」と思わせる人は、自分本来の仕事はもちろん、どんな小さな仕事や目立たない作業、地味な雑用でもきちんとこなしているはずです。
しかも一生懸命、楽しそうにやっているはずです。
そういう人は、大きく落ち込んだり崩れたりすることはありません。
本来の仕事が不調でも、ミスが続いても、全体の仕事を信頼されていれば周囲もちゃんとフォローしてくれます。

それに対して、ポイントを稼げる仕事のときだけ張り切るタイプは、運をつかめばそのときは勢いがよくなりますが、周囲は冷ややかです。
「やることやってないじゃないか」とか「わたしはあの人、信用していない」といった見方をします。
すると、せっかくの運も孤立します。

じつはここが大切なところで、わたしは「みんなが喜んでくれたり応援してくれる幸運」は長く続いても「孤立した幸運」はすぐに終わってしまうと思っています。
たとえば美味しいものが手に入っても、自分ひとりで楽しんでしまおうとする人と、仲間に声をかけて一緒に食べようとする人では、その後に続く幸運の長さがまったく違います。

自分ひとりで楽しめば、幸運を独り占めできるかもしれませんが、食べてしまえばおしまいです。
誰も美味しいものをプレゼントしてくれないのです。
でもみんなで楽しむ人は、幸運の量は減っても誰かがまた声をかけてくれます。

「この間はとっても楽しかった。今日はわたしが珍しいものをご馳走しますよ」と声をかけてもらえば、思いがけない幸運を味わうことができるのです。
この繰り返しで、長く幸運に出合い続ける人生のほうが、はるかに幸せなはずです。

『「いいこと」を引き寄せる法則 (WIDE SHINSHO)』新講社ワイド新書


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和田氏は本書の中でこう語る。
『わたしは高齢者専門の精神科医になったことで、歳をとってからみじめな思いをするのはおカネがないことではなく、若い人に慕われないことだと思うようになりました。
いくら経済的に恵まれていても、家族や子どもたちはもちろん、誰からも慕われずに生きていくというのは不幸な人生だと気がついたのです。
すると、わたし自身の人生観も変わってきます。
おカネを貯め込むことより、自分の好きなことにおカネを使って、いろいろな人と楽しくつき合い、頼ったり頼られたりしながら生きたほうがずっといいと思うようになりました。
そこから開けてきた運というものが、たしかにあるのです』

慕われない人は、美味しいものを独り占めする人、つまり、自分だけよければいいと思っている人。
また、愚痴っぽくて、不機嫌で、ケチで、人の話を聞かず自分の話ばかりだったり、目立つことが好きで地味な仕事は手を抜くような人、つまり、誠実さや信用がない人。

若い人に慕われる人を目指したい

posted by Dr.モーリィー at 07:13| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

No 4579    【番狂わせの起こし方】

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【番狂わせの起こし方】

野村克也氏の心に響く言葉より…



「教えてほしい。今年で83歳になる老いぼれの話を、あんたら、なぜ聞きたがるんだ?」
取材に来た雑誌社の人間に、一度、真剣に尋ねたことがある。

いまのプロ野球事情をどう思うか。
プロフェッショナルとは何と考えるか。
あるいは、生き方や働き方へのアドバイスに至るまで…。
なぜか、一介(いっかい)の年老いた野球評論家である私のところに話を聞きたがる人が、じつに多いからだ。

すると、彼らに即答された。
「いや、他にいないからですよ」
まったくその通り、と笑ったものだ。

別段、私の話に特別な知見が詰まっているわけではない。
他に話してくれそうな年寄りがいないから来るだけなのだ。
裏を返せば、野球界で、ものごとをしっかりと言葉に変えて表現できる人間が、他にはいないということだろう。

番狂わせが起きた、と感じる。

私がプロ入りしたのは半世紀以上も前。
当時、野球の人気は圧倒的だった。
野球選手といえば、世間の誰もがうらやむ職業だった。
それだけに、全国からの野球エリートが集う場でもあった。

一方の私はテスト生として、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)というチームの端っこにぎりぎり引っかかるように入った人間だ。
誰よりも努力しなければすぐにふるい落とされる。
そんな思いでひとり必死に練習を重ねた。
結果として、レギュラーの座を勝ち取ったが、その後も不安が消えることはなかった。
稲尾和久や王貞治、長嶋茂雄など、同時代のスターや天才たちの背中に追いつくためには、誰よりも頭を使うしかなかった。
相手選手のデータを集めて分析し、配球を研究することで、プロのグラウンドにぎりぎりしがみついた。

おかげで長きにわたり現役生活を送れたが、引退後は監督となるには学歴がなく、ゴマすりも苦手だった。
「それなら日本一の野球評論家になろう」と決意し、野球の知見を広げるだけでなく、啓蒙書や哲学書、中国古典などを読み漁(あさ)った。
人間を知ることが野球を知ることにもつながると教えられたからだ。
そして身につけた野球観は唯一無二のものだったようで、新聞やテレビの評論で重宝されるようになった。
その評論が縁で、現役時代は縁もゆかりもなかった3つのチームを監督として率いることになった。

そして、いまだ。
私はいつも「敗者」からのスタートだった。
だから自分を磨かざるをえず、必死にもがき苦しんで、周りに追いつこうとしてきた。
変わることを厭(いと)わず、頭と言葉を武器にしてきた。
こうしてなんとかしがみつくことで身についた“筋力”のおかげで、この年になってもなお、現役のようにいろいろなところから声をかけてもらえているのだと思う。

一方で、学生の頃、プロ野球の現役時代、監督をしていた当時…周囲にいた才能あふれる者たちの姿は、あまり見かけなくなってきた。
才能がない。
運がない。
エリートではない。

そんな人間こそが、番狂わせを起こす。

『番狂わせの起こし方 (青春新書インテリジェンス)』青春出版社


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古今世界の歴史をひもとくと、順調に経歴を重ねてきたエリートや才能あふれる人たちが、必ずしも成功してきたわけではない。
逆に、逆境を乗り越えたり、不幸な環境をひっくり返して成功してきた人は多い。
既存のレールに乗らない、番狂わせを起こす人たちだ。

それは、松下幸之助翁のように、「貧乏」、「体が弱い」、「学歴がない」などというハンデがあった人たち。
逆境にあっても、「なにくそ」と発憤する人たち。
逆境にあっても、自己研鑽を怠らない人たち。
逆境にあっても、自分の魂を磨きつづけてきた人たち。
逆境にあっても、「打つ手は無限」と決してあきらめない人たち。

現代は、ITやAIによる何百年に一度の大変革の時だ。
大変革の時は、番狂わせは世界中で起きる。
ありとあらゆるものが、順当に行ったり、予想した通りに動いてくれる時代ではないからだ。

どんなときもあきらめず、自己研鑽を忘れない人…
番狂わせを起こす人には限りない魅力がある
posted by Dr.モーリィー at 07:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月16日

No 4578     【配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない】

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【配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


不幸な人って、「私にはあれがない」とか「これができない」とか、“自分にないもの”に焦点を当てようとするんです。
そうではなくて、「私にはあれがある」「これもできる」とか、“自分にあるもの”に焦点を当てたとき、人はしあわせになるんですね。

人間には“業(ごう)”ってものがあるの。
それは神様が与えてくれたものなんです。
だから、その神様の与えてくれたものでしあわせになるの。

ポーカーでも、配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てないんです。
配られた手でどうやって勝とうか、って考えないと勝負には勝てません。

何かハンデを持って生まれてくる人がいるんだけど、そういう人は魂的に優秀な人が多いんです。
それで実際、まわりの人は「困るでしょう?」って言うけど、それほど困らない。
「私、足が遅いんです」って言う人がいるけど、車の運転ができてポルシェにでも乗れば、その人は時速200キロだって出せるんだよね。

だから人はそれぞれ、得意なことを一生懸命やればいいの。
それで苦手なことは必ず誰かが助けてくれるから。
人はそうやって助け合い、補い合って生きていくものなんだよね。

それを不得意なことをなくそうとかってやっていると、大切な人生の時間があっという間になくなっちゃう。
それより、得意なことで、みんなのお役に立てればいいんだよ。

『(文庫)変な人の書いた世の中のしくみ (サンマーク文庫)』


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「置かれた場所で咲きなさい」という、渡辺和子さんの言葉がある。
どんな状況の中でも咲く努力をするということ。
もっといい条件でなければ咲くことはできない、と言っているなら、いつまでたっても花を咲かすことはできない。

与えられた条件の中で、どれだけいいパフォーマンスをあげることができるのか。
何もかもそろっている人は、結果としてうまくいかない人が多い。
豊かで条件がそろっているがために、そこからの努力をしないからだ。

「配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない」
配られた手でどうやって勝てるかをつねに考える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:16| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4577    毛利歯科  読書週間!

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準備中



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