2018年03月31日

No 4553   2018お花見 A

スタッフブログにもありましたが 3年間雨にたたられた 毛利歯科のお花見会

満開の下の開催予定です が
鹿児島のさがか 当日朝に灰が降ってしまい
微妙な感じでした

先発隊の調査の結果 お花見開催を決定
誕生会も同時に開催しました

雰囲気をどうぞ

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No 4552   【面白いことが起きたぞ!】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【面白いことが起きたぞ!】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


《困ったことが起きたら「面白いことが起きた!」と言ってみな。奇跡が起きるから。》

人間を「成功に導く階段」があります。
それは「困ったこと」なんです。
「困ったこと」が起きたときは、「困ったなぁ」って言わないこと。
なぜなら、階段を一歩降りてしまうことになるから。

だから、困ったことが起きたら、「面白いことが起きたぞ!」と言ってごらん。
階段をひょいと飛び上がることができるから。

「面白いことが起きたぞ!」と言えた時点で、世間にも神様にも「こんなことで困っていないよ!」という宣言になるんです。
このひと言で「あなたの勝ち」が決定するんですよ。

『一日一語 斎藤一人 三六六のメッセージ』ぴあ

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斎藤一人さんは本書の中でこんなことを言っている。
《「おいしい」って、言って食べると「おいしい料理」。黙って食べると「ただの料理」。》
『まずいときは、「まずい」って文句を言うくせに、おいしいときに、「おいしい」って、言わない人がいるんだよね。
おいしいときは、「おいしい」って言おうよ。
いっしょに食べてる人も、作った人も嬉しくなるんだよ。
それだけで人生、ずいぶん違うよ』

「言葉は魔法」といわれる。
自分の言った通りになるからだ。
困ったことでも、嫌なことでも、つまらないことでも、それを「面白い!」と言えば、自分の脳はそこから面白いことを探し始める。

「おいしい!」も同じ。
そして、「面白い」も「おいしい」もまわりが明るくなり、喜ぶ言葉だ。
まわりが明るくなって喜び、自分も明るくなって喜ぶ言葉を、どんな時も言うようにする。

言葉は魔法だから
posted by Dr.モーリィー at 06:54| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月30日

No 4551    【自分が今、手にしているものに目を向ける】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自分が今、手にしているものに目を向ける】

綾小路きみまろ氏の心に響く言葉より…



その昔、オーストリアに、エリザベートというそれは美しい女性がいたそうです。
貴族の娘として生まれたエリザベートは、やがて皇帝に見初められ、16歳でオーストリア皇后となります。
ところが生来の自由人気質から、堅苦しい宮廷生活を嫌い、ヨーロッパ各地を旅行してばかりだったとか。

皇后としての職務だけでなく、妻や母としての役目も果たそうとしなかったエリザベートは、やがて宮廷内で孤立していき、その寂しさから、さらに破滅的な行動に拍車がかかっていったといいます。
そんなエリザベートの唯一の武器は、圧倒的な美貌でした。
彼女は美しい顔立ちをしていただけでなく、身長172センチの長身、体重は45キログラム程度。
ウエストにいたってはなんと50センチと、驚異的な体型の持ち主だったそうです。

エリザベートの美に対する執着は、常軌を逸していました。
美貌と若さを維持するために、肉は一切食べず、食事は専(もっぱ)らブイヨンやオレンジジュース、ミルク、卵の白身だけで済ませていたようです。
また、体型維持のため、何人もの侍女を従えて1日中宮廷内を早足で歩いたり、毎晩お酢に浸した布をウエストに巻きつけて過ごしたりしたといいます。
しかし、それほどの努力をもってしても、老いに抗(あらが)うことはできませんでした。

晩年、エリザベートは、分厚い黒のベールを頭からかぶり、さらに扇や日傘で隠して、決して顔を見せようとはしかなったといいます。
シワやシミだらけになってしまった自分の醜い顔を、人前にさらしたくなかったからです。
その後、1898年に、エリザベートは旅行先の湖のほとりで暴漢に胸を刺され、その生涯を閉じます。
死後、彼女の波乱に満ちた人生は舞台化され、現在も世界中で人気を博しています。

女性に美に対する憧れと執念は、今も昔も変わりません。
エリザベートの歩んだ人生を見てみると、美しさを手に入れることが、必ずしも人生の幸福につながるというわけではなさそうです。

彼女は、圧倒的な美しさによって大きな成功を手に入れました。
しかし美しかったゆえに、それを失うことを、人一倍恐れた。
老いて醜くなるほど、彼女の苦しみや孤独は、人の何倍も大きく膨らんでいったのです。

人は、必ず老いていきます。
その運命からは逃れられません。
美しい人はたるんでいく顔に、たくましい人はやせ細っていく体に、聡明な人はぼんやりと鈍っていく頭に、人一倍悩んで老いていきます。
人よりも輝いている部分をもっている人ほど、人生の後半は、それに悩まされて死んでいくのです。

人生は、良いことも悪いことも全部半分ずつ、均(なら)せば同じ。
最後は、ちゃんと辻褄が合うようにできているのですね。

どんな人にも、その人にしか務まらない役割があると、私は思います。
美しくなくとも、体力がなくとも、全員、どこか一つはいいところが必ずある。
人には、それぞれ生まれ持った器があるのです。

美しさや若さは眩(まぶ)しくキラキラ輝いて見えますが、日が陰り光を失ったときにこそ、その人の正体は生々しく浮かび上がります。
自分にないもの、失ったものと同じだけ、自分が今、手にしているものに目を向けられるか。
そこに人生を最後まで楽しむヒントが隠されているように、私は思うのです。

《優れた部分がある人ほど、最後はその衰えに失望しながら死んでいく。自分にないものではなく、手にしているものに、目を向けて生きよう。》

『しょせん幸せなんて、自己申告。』朝日新聞出版

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絶世の美女と言われた、小野小町の詠んだ歌。
「花の色は うつりにけりな  いたづらに  わが身世にふる  ながめせしまに」

桜の花の色は、 長雨が降り続く間に 、衰え色あせてしまった。
私も、恋や世俗の事に思い悩んでいるあいだに、むなしく月日を過ごしてしまった。
ちょうど私の美貌が衰えたように。

そして、こんなすさまじい辞世の句を残した。
「われ死ねば 焼くな埋むるな 野にさらせ 痩せたる犬の腹肥やせ」
もし、私が死んでも、焼いたリ埋めたりしなくてもよい。
野に放り出して、痩せた犬にでも食わせてやってくれ。

どんなに絶世の美女であろうが、時がたてば老い、そして死んでいく。
そして死ねば、自分の体は、あの世に持っていくことはできない。
これは、財産も、名誉も、肩書も、みな同じこと。

だからこそ、無いものを嘆くのではなく、今自分が持っているものに目を向け、そしてそれがあることに感謝することが必要。
今、仕事があり、家があり、家族や友や仲間があり、そして、 生きていること、五体あることに感謝する。

幸せな人は、ないものを嘆くのではなく、今あるものに感謝する。
自分が今、手にしているものに目を向けたい
posted by Dr.モーリィー at 06:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月29日

No 4550   2018 お花見@

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お花見最盛期ですが おいちゃん

お花見兼ウォーキング兼クロスカントリー兼月一ゴルフに出かけてきました

とても良い天気で 気分も最高でした

4月8日に 医療法人慈尊幸徳会 毛利歯科クリニック主催
「第4回 ご縁に感謝の 七福杯」を
湯ノ浦カントリークラブにて10:00から企画しておりますので
その練習もかねて でした

3バーディー4パー なのに 100を超えてしまったおいちゃん
まだまだ 修行が足りませぬ ははは

注)転勤・急用などで キャンセルが出ました
  参加希望の方がいらっしゃいましたら
  毛利までご連絡ください
  豪華賞品でお待ちしております
  今回は 8組32名を予定しております!
  めっちゃ楽しいコンペです!

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posted by Dr.モーリィー at 23:33| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4549   【美しい言葉と沈黙】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【美しい言葉と沈黙】

渡辺和子氏の心に響く言葉より…


美しさは女の生命だともいえる。
修道院に入った身に着飾ることも、化粧することも縁遠くなったが、美しい言葉を使うことはできる。
それは、あそばせ、ございますを頻発することではなくて、できるだけ美しいひびきを持った言葉を使うと同時に、適切な言葉を正確に使うことも意味している。
借りものでない自分の言葉、そして、相手を傷つけないやさしい配慮を含んだ言葉でもある。

ヴァイオリンの早期才能教育で知られている鈴木鎮一氏が、
「まず自分の言葉が相手を傷つけるかどうかを感じる能力を育てること、それが育てば、バッハやモーツアルトの美しい音楽を感じとることができる」
という意味のことを言われたように記憶しているが、他の子どもに負けないようにと、高い月謝を払い、高価な楽器を買って我が子を音楽塾に通わせている親たちの味わうべき言葉であろう。

今日のようにお金さえ出せば誰も彼も同じような服を着ることができ、立派な家に住み、車をのりまわし、外国旅行に行ける大衆社会の時代において、教養をあらわすものの一つは言葉となろう。
流行語でしか話せない人でなく、豊かな語彙(ごい)をもち、やたらに外国語を使うことなく美しい日本語を話し、自分の立場を正確に判断して正しく敬語を使うことのできる人になりたいものである。
自分の感情をすなおにあらわし、意見を他人にも理解できるように伝えるとなると、これはもう言葉の意識ではなく、話す人の品性にかかわってくる。
感情を適度にコントロールできる自制力、客観的にものごとを見る判断力、そして個性のある生活が必要となってくるだろう。

人は話す前は自分の言葉の主人だが、口から出してしまった言葉の奴隷でしかない。
そのためにもよく考えて話すことがたいせつだ。

矛盾のようだが、よく話すために、そして美しい言葉を使うためには沈黙が必要となってくる。
それは押しだまった沈黙、「自分」でいっぱいの沈黙でなく、または「物言えば唇寒し」といった自己防衛の沈黙でなく、実り豊かなもの、その間の充実のあふれが人をして話さざるを得なくさせるような準備の時間であり、自分のこれから話そうとすることの響きをあらかじめ聞くべく心の耳を澄ます時間である。

女の人の沈黙は特に美しいと思う。
ほほえみとともに美しい沈黙を育てること。
言葉に先立つものとしての沈黙をたいせつにしてゆきたい。

『美しい人に 新装版―愛はほほえみから』PHP研究所

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「ことばは刃物」という言葉がある。
刃物は、気を付けて扱えば料理などではなくてはならない大事な存在だが、誤った使い方をすると人を傷つける凶器ともなる。
言葉もまた同じだ。

「神のささやきが聞こえるように沈黙しよう」(エマーソン)
《話し三分に聞き七分》、と言われるように、コミュニケーションは話すことより、むしろ聞くことの方が大事。
耳を澄ませば、神々のささやきまで聞こえるという。

自分が話してばかりいるときは、相手のことを分かろうとしていないとき。
沈黙には忍耐がいる。
しゃべりたくてウズウズしている自分を自己コントロールしなくてはならないからだ。

美しい言葉と沈黙には大人の品格がある
posted by Dr.モーリィー at 07:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月28日

No 4548   【人に喜びを与えるということ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人に喜びを与えるということ】

植西聡氏の心に響く言葉より…


アメリカに、大富豪になったA氏という人がいました。
彼は、若いころに事業を起こし、成功しました。
それからは、数々の会社を乗っ取り、事業を拡大していきました。
そしてついに、地位、名誉、財産のすべてを手に入れたのです。

しかし、A氏のやり方があまりに自己中心的で、自分の利益の追求しか考えてなかったので、社会的な批判を浴び、人々から嫌われてしまいました。
そして最後、死ぬときになって、
「私の人生は、大変不幸だった」
という言葉を残したのです。

いっぽう、それと反対の人生を送ったB氏がいます。
彼は貧しい生活をしていて、しかも、目も耳も不自由でした。
それにもかかわらず、人々のために世界中を旅し、身体の不自由な人々を励まし続けました。
多くの人々に喜びを与えたため、多くの人々から感謝されたのです。
そして最後、死ぬときになって、
「私の人生は、大変幸福だった」
という言葉を残したのです。

地位、名誉、財産すべてを手にしたA氏が最後に不幸な人生に終わったといい、物質的なものは何も持たずに人のために尽くしたB氏が幸せな人生に終わったというのはなぜでしょうか。
そうです。
人間は、いくら物質的に恵まれていても、人から喜ばれ感謝されることがないと、ほんとうの幸福感は得られないのです。
なぜなら、私たち人間が生を受けたほんとうの理由が「人から喜ばれ、感謝されること」にあるからです。

すなわち、私たちの最高の願望は、財産をつくることでもなく、会社で出世することでもなく、大きな邸宅に住むことでもなく、「人から喜ばれ感謝されることによる幸せを得ること」なのではないでしょうか。
そのためには、人々に喜びを与え続けなくてはなりません。
喜びを与える行為に終わりはありません。
「ここまでやればいいだろう」「もう、これで十分」ということはけっしてありません。

幸福を願うなら、あなたの幸福の泉の水を惜しみなく、人に分け与えることがすべてです。
泉は、絶えず湧き出る水を全部周りに与えてしまうからこそ、涸(か)れることなく、絶えず奥底から、清い水があふれ出るのかもしれません。

人生もそれと同じで、人に幸福を与え続けていけば、自分自身の幸福の泉もけっして涸れることはないのです。
この姿勢が“幸せを循環させる生き方”につながっていくと思うのです。

『(文庫)運のいい人は知っている「宇宙銀行」の使い方 (サンマーク文庫)』

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「出入口」という言葉はあるが、「入出口」という言葉はない。
出るのが先で、入るのは後だからだ。

いくら膨大(ぼうだい)な数の本を読んだとしても、それを自分だけの知識としてため込んでおくなら、ただの自己満足にすぎない。
お金も同じで、ただ貯(た)め込んでおくだけなら、その札束は、ただの紙切れと同じ。
知識も、お金も使ってこそ世の役に立つ。
そして、それを人のために使えば使うほど、知識も、お金も入ってくる。
満タンになったバケツに、もうそれ以上水は入らないのと同じ理屈。

ケチな人ほど、自分の得た情報や知識の出し惜しみをする。
人に喜びを与えるという、人が持つ究極の楽しみにまだ目覚めていないからだ。

惜しみなく、人に喜びを与える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 20:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月27日

No 4547    イベント情報 @ A B

情報@ 鎮魂と平和への出発
    大和桜フォーラムIn鹿児島
   3月31日土曜日 13:30
     市民文化ホール 4F市民ホール

おいちゃんの尊敬する先輩で 倫理法人会の重鎮でもあり
公私ともにお世話になっている方の イベントです

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情報A 湯元よしひろ 総決起大会  4月1日 姶良市

 おいちゃんの鶴丸高校時代の友人で 姶良市のために頑張ろうとしている男気のある人物です
日テレで プロデューサーや役員をやっていたので あの「徳光和夫さん」が 応援に駆けつけてくれるとのことです  楽しみです
おいちゃんも なんとか参加する予定です

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情報B 第4回 福来坊の集い  4月15日 平川最福寺

3年連続になります 三遊亭歌之介師匠による 落語独演会と
おいちゃんの 小中高 幼なじみ 
高野山阿闍梨真言行者 池口豪泉貫主による 密教護摩修法

おいちゃんも 主催者として 役割もこなしながら
護摩行にも最前列にて 参加予定です
頑張ります  チェスト!

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posted by Dr.モーリィー at 22:35| 講演会・イベント情報 | 更新情報をチェックする

No 4546   【種をまき続けること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【種をまき続けること】

伊那食品工業会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…


仕事をしていくうえで大切なのは、常日頃から「種をまき続ける」ことです。
種をまかなければ芽は出ず、葉もつかず、花も咲かず、最終的に実を収穫することができません。
それなのに、自ら種をまかずして、育てることもしないで、何とか実だけ集めようと右往左往している人たちの多いこと!

そんな姿勢でビジネスに成功しませんし、一時的に実を集められたとしても、長続きすることはないでしょう。
仕事で「種をまく」とは、あらゆる面で「工夫」をしていくことであり、また「未来に投資」をしていくことです。

例えばデスクを整理整頓して、必要なものが瞬時に取り出せるようにするだけで、仕事の能率は高まり、同じ仕事を人よりも短時間でこなせるようになります。
日頃から自己啓発につながる勉強を続ければ、すぐに結果に表れなくても、数年後には高い実力が身につき、ハイレベルな仕事ができるようになります。

伊那食品工業の場合、職場環境の改善や、寒天を使った新商品開発のための研究を何十年も続けてきました。
それらが一つずつ実を結んでいったことで、長年安定成長を続けることができたのです。
さっそく今日から種をまいてください。
その種を根気強く育ててください。
きっと素晴らしい未来がやってきます。

『幸せになる生き方、働き方』PHP

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「たとえ明日、地球が滅びようとも、今日私はリンゴの木を植える」
という マルティン・ルターの言葉がある。

どんなに歳をとろうと、未来に好奇心を持ち、未来に投資する人は若々しい。
しかし、過去にこだわり、未来を一顧(いっこ)だにしない人は、生きる屍(しかばね)と同じだ。

幕末の若者に最も思想的影響を与えたといわれる、激情の教育者吉田松陰は、獄舎の中で処刑の直前まで、自分の門下生のために『留魂録』という遺書を書き上げた。
その教育が種となり、多くの若者が明治維新を成し遂げた。

「明日死ぬかのように今日を生きろ。永遠に生きるがごとくに今日学べ」(ガンジー)
たとえ明日、地球が滅びようとも、未来をみつめ、種をまき続ける人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:42| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

No 4545   院内勉強会! 情報収集  大切です!

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毛利歯科クリニックでは 月に2回ほど
診療時間を60分から90分利用して、診療レベルを上げるために スタッフ全員の意識や技術を向上させるために 全員参加のMeeting・研修会・勉強会を開催いたします

今回も世界的に評価の高い S社の勉強会
普段使っている材料ですが 更なる可能性を学びました
学びに感謝の時間でした

S社に感謝、スタッフに感謝でした!


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posted by Dr.モーリィー at 23:26| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 4544   【ほどよく距離を置きなさい】

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【ほどよく距離を置きなさい】

弁護士、湯川久子氏の心に響く言葉より…


ほどよく距離があるとき、人は不思議とやさしくなれるものです。
誰かと関わるとき、その対象との距離感をはかりながら、もっと近づきたいと押しすぎたり、自分なんてと引きすぎたり、ときに間違い、修正しながら人間関係を織りなしていく。
人生とは、その時々で誰かとのちょうどいい距離を見つける作業の連続です。

人生をある程度長い期間生きたなら、もっとも心地いい距離を自分で見つけられる人間でいたいものです。
それが私が思う、成熟した大人のイメージです。

私がご提案したいと思うのは、ほどよく距離を置くという心がけ。
それは、自分の夫や妻、子どもや、嫁、婿に対して。
そしてご近所さんや、長年の友人に対しても。
自分が思っているよりももう半歩だけ、ちょっと距離を置いてみると、いつもより少し、やさしい自分になれるような気がするのです。

近すぎる糸は、もつれます。
多くの人間関係のからまりは、距離が近すぎるがゆえに起きるもの。
私はこれまでの60年余りの弁護士人生で、ありとあらゆる人間関係の「もつれた糸」の交通整理をしてきました。
正しく引っ張りさえすれば簡単にほどける糸、かたい結び目になってしまった糸…。
そのもつれ具合はさまざまですが、からまった糸の中にいるかぎりは、ほどくすべが見つかりません。
でも、からまった場所から一歩引いて、外からそれを見ることができたら、解決の糸口が見つかります。

つまり、自分の身に起きている問題や悩みごとと、ほどよく距離を置くことができたなら、物事は解決に向かう。
「法」という潤滑油を用いて、かたい結び目に見えた糸のもつれをほぐしながら、多くの方の人生の転機にも立ち会わせていただいたことは、私にとって大きな学びとなりました。

『ほどよく距離を置きなさい』サンマーク出版

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湯川氏は本書の中でこう語る。
『詩人の吉野弘さんの「祝婚歌(しゅくこんか)」をご存じでしょうか。
夫婦円満の秘訣が詰まった詩なのですが、生きる指針のようにも思えて、私がとても大切にしている詩です。
なかでも、一番好きな節があります。
「正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい」
人間関係のもつれにおいて、正しさの追求は、解決を生みません。
なぜなら、人の心において、正しさは人の数だけ存在し、真実も、その正しさの定規によって、人それぞれ違って見えるからです』

小林正観さんは、家族間の会話には、丁寧な言葉や敬語があったほうがいい、という。
親しくなってくると、丁寧な言葉や敬語はよそよそしいと感じる。
そして、ぞんざいな言葉や、ため口や友達言葉になってくる。
しかし、淡々と長く付き合うには、家族間だけでなく友人間や、会社の中でも、ほどよい距離感が必要だ。
そのほどよい距離を保つ具体的な方法が、丁寧な言葉や敬語。

人間関係において、ほどよい距離感はとても大事
posted by Dr.モーリィー at 06:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月25日

No 4543   【異端の人】

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【異端の人】

エリック・バーカー氏の心に響く言葉より…


ウィンストン・チャーチルはイギリスの首相になるはずがない男だった。
“すべて完璧にこなす”政治家とほど遠い彼が首相に選ばれたことは、衝撃的な出来事だった。
たしかに切れ者ではあるが、その一方で偏執的で、何をしでかすかわからない危険人物というのがもっぱらの世評だったからだ。

チャーチルは26歳で英国議会議員になり、政界で順調に頭角を現したが、次第に国家の要職には適さない人物だと見られるようになった。
60代を迎えた1930年代ともなると、その政治的キャリアは事実上終わっていた。
いろいろな意味で、チャーチルは前任者のネヴィル・チェンバレンの引き立て役に甘んじていた。
チェンバレンといえばすべてを完璧にこなす、まさに典型的なイギリス首相だったからだ。

イギリス人は、首相をうかつに選んだりはしない。
たとえばアメリカの大統領と比べて、歴代の首相は概して年長で、適正を厳しく吟味されて選ばれるのが通例だ。
異例の早さで権力の座に上りつめたジョン・メジャーでさえ、アメリカ大統領の多くに比べ、首相職への備えができていた。

チャーチルは、異端の政治家だった。
愛国心に満ち溢れ、イギリスへの潜在脅威に対してパラノイア的な防衛意識を貫いた。
ガンジーさえも危険視し、インドの自治を求める平和的な運動にも猛反対した。
チャーチルは自国を脅かすあらゆる脅威に声高に騒ぎたてるチキン・リトル(臆病者)だったが、まさにその難点ゆえに、歴史上最も尊敬される指導者の一人となった。

チャーチルはただ独り、早い段階からヒトラーの本質を見抜き、脅威と認識していた。
一方チェンバレンは、ヒトラーは「約束をしたら、それを守ると信じられる男」という考えで凝り固まっていたので、宥和政策こそナチスの台頭を抑える方策だと確信していた。
ここぞという重大な局面で、チャーチルのパラノイアが本領を発揮したといえる。
いじめっ子に弁当代を渡したら最後、もっと巻き上げられるだけだ、奴の鼻を一発ぶん殴らなければならない、と見抜いていたのだから。
チャーチルの熱狂的な国防意識…危く彼の政治生命を滅ぼしかけた…は、第二次世界大戦前夜のイギリスになくてはならないものだった。
そして幸運にも国民は、手遅れになる前にそのことに気づいた。

偉大なリーダーの条件は何だろうか。
ハーバード大学ビジネススクールのムクンダは、それまでの研究結果に一貫性がなかった理由が、リーダーが根本的に異なる二つのタイプに分かれるからだと分析した。
第一のタイプは、チェンバレンのように政治家になる正規のコースで昇進を重ね、定石を踏んでものごとに対応し、周囲の期待に応える「ふるいにかけられた」リーダーだ。

第二のタイプは、正規のコースを経ずに指導者になった「ふるいにかけられていない」リーダーで、たとえば、会社員を経ずに起業した起業家、前大統領の辞任や暗殺により突然大統領職に就いた元副大統領、あるいはリンカーンのように予想外の状況下でリーダーになった者などを指す。

「ふるいにかけられた」リーダーはトップの座に就くまでに十分に審査されてきているので、常識的で、伝統的に承認されてきた決定をくだす。
手法が常套(じょうとう)的なので、個々のリーダー間に大きな差異は見られない。
しかし、「ふるいにかけられていない」リーダーは、システムによる審査を経てきていなので、過去に“承認済みの”決定をくだすとは限らない…多くの者は、そもそも過去に承認された決定すら知らない。
“バックウラウンド”が異なるので、予測不可能なことをする場合もある。
その反面、彼らは変化や変革をもたらす。
ルールを度外視して行動するので、自ら率いる組織自体を壊す場合もある。
だがなかには、少数派だが、組織の悪しき信念体系や硬直性を打破し、大改革を成し遂げる偉大なリーダーもいる。

「ふるいにかけられた」リーダーはことを荒立てずに済まそうとする。
「ふるいにかけられていない」リーダーは逆で、ことを荒立てずにはいられない。
システムや制度を破壊することもしばしばしばだ。

「ふるいにかけられていない」リーダーはなぜインパクトが大きいのか?
それはほかのリーダーと決定的に異なるユニークな資質を持つからだ。
ユニークな資質とは、日ごろはネガティブな性質、欠点だと捉えられていながら、ある特殊な状況下で強みになるものだ。
そうした資質は、たとえばチャーチルの偏執的な国防意識のように、本来は毒でありながら、ある状況下では本人の仕事ぶりを飛躍的に高めてくれるカンフル剤になる。
ムクンダはそれを「増強装置(インテンシファイア)」と名づけた。
この概念こそが、あなたの最大の弱点を最大の強みに変えてくれる秘訣なのだ。

『残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する』飛鳥新社

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古来よりの歴史をひもとくと、世の中が引っくり返るような大変化のときには、通常の指導者やリーダーでは対応できない。
ある種の狂気や、パラノイア(偏執症)を持った人が危機を救っている。
もちろん、その資質ゆえに、状況を悪化させたり、ダメにしてしまっている人もいる。

閑吟集に次のような言葉がある。

「 くすむ人は見られぬ  
夢の夢の夢の世を  
うつつ顔して  
何せうぞくすんで  
一期は夢よただ狂へ」

まじめくさった人なんて見られたもんじゃない。
まるで夢のようにはかないこの世を、さも悟(さと)ったような顔をしたところでどうなるものか。
我々の一生は夢のようなもの。
ただ面白おかしく狂えばよい」

世の中が引っくり返るような大変化のときとは、狂気の時代。
狂気に対しては狂気で向かうしかない。

現代は、ITによる超大変革の時。
通常の対応では、ほとんどの会社も、組織も生き残れない。
政治も同じだ。
いまこそ、異端の人を認めなければならない時がきた
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No 4542   情報収集  院内勉強会  読書月間

こころを高める  人間力を高める  魂を磨くために!

院内 読書月間 開催中です

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2018年03月24日

No 4541   【ナイト・サイエンスとは】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【ナイト・サイエンスとは】

筑波大学名誉教授、村上和雄氏の心に響く言葉より…


私はよく、科学には「デイ・サイエンス」と「ナイト・サイエンス」があると言います。
「科学」の一般的なイメージ、つまり、仮説にもとづいて綿密に実験を繰り返し、実証を積み重ねていくというのは、「ディ・サイエンス」です。
このように理性的、客観的な科学は、いわば科学の「表の顔」です。

では「ナイト・サイエンス」とは何か。
それは、ひとことで言えば、直感やインスピレーションがものを言う、科学の「裏の顔」です。
科学者がこんなことを言うと、驚かれるかもしれません。
しかし、科学には、確かに、計算とは違う次元で働く力によって大きな進歩がもたらされるという一面があるのです。

そこで大切なのが、コミュニケーションです。
ずっとこもっていた研究室から飛び出し、さまざまな人と出会い、新しい刺激や情報を得る。
そこから新しい発想が生まれ、大きな発見につながっていきます。

「ナイト・サイエンス」の可能性を強調するのは、やはり、研究をするうえでも、仕事をするうえでも「情報」がいかに大切かということを言いたいからです。
じつは、環境の変化と同時に、情報は遺伝子のオンに深く関係しています。
この情報化社会に情報が大事というのは当たり前のように思えるかもしれません。

しかし、私が言っているのは、インターネットを検索すればいくらでもでてくるような、手に触れられない「情報」のことではなく、人とじかに向き合って得る「人的情報」のことです。
人と腹を割って話せる「ナイト」にこそ、いまの仕事をより充実させる可能性が潜んでいるというのも、そのためなのです。

たとえば、仕事後の一杯やパーティーなどの場、すなわち「ナイト」の場で耳をそばだてる。
こういうところで、ふと得た小さな情報が、以後の仕事に大いに役立つことがあるのです。

私と一緒に研究をしていたある日本人は、パーティーに行くと、ろくに食事もせずに情報集めに専心していました。
ホテルで開かれるセミナーに行っても、用意された個室には泊まらず、大学院の学生たちと夜通し語ります。
「一つの情報が人生を変えるかもしれない」と言って、情報収集に専念しているのです。

研究にしても仕事にしても、できる人というのは、例外なく情報収集がじょうずな人だと思います。
そういう人は、有益な情報はどんなに小さくても見逃しません。
それにはもちろん、玉石混交(ぎょくせきこんこう)の中から有益な情報を選び取る能力も必要ですが、まずは、どんなことも漏らさないように、きめ細かくアンテナを張っておくことだと思います。

『そうだ! 絶対うまくいく! 幸せ遺伝子オンになる生き方 (PHP文庫)』PHP文庫

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「多くの人が、話上手だから 人との関係は得意だと思っている。 対人関係のポイントが 聞く力にあることを知らない」 ( ピーター・ドラッカー )
情報力とは聞く力。
自分ばかりしゃべっている人には情報は集まらない。

聞く力がある人は、話の合間に、あいづちや、うなづきや、驚く力のある人。
驚く力がある人とは、「すごい」とか「さすがです」といった感嘆の言葉や、驚きの表情を自然に出すことができる人。
人は、自分の話に、驚いたリ、感動してくれると、もっと話したくなる。
だから、情報収集の上手な人は、聞き上手。

「仕事ができる人は、例外なく情報収集が上手」
ナイト・サイエンスを大事にし、もっと情報に敏感な人でありたい
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2018年03月23日

No 4540   【自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ】

リクルート創業者、江副浩正氏の心に響く言葉より…


起業家は、起業するとき「こんな事業をしたい」「こんな会社にしたい」という夢や理想を必ず抱く。
親しい仲間と立ち上げる場合も同じで、全員が同じ方向を向いている。
しかし、1年経ち、2年経ちすると、考え方が違ってくるケースもある。
急成長したベンチャー企業が突然低迷するのも案外この“理想のベクトル”が一つではなくなったことがあるのかもしれない。
経営者にカリスマ性があれば、その人間的な魅力や個性によって社員はその人についていくが、一度ベクトルがずれると、なかなか元の軌道には戻らない。

私はそもそもシャイな性格で、カリスマ性はない。
人前で話すことも苦手だった。
社員の前で話すときは前日から準備して臨んだが、専務の森村稔はしばしば忠告した。

「ドラッカーはこう言っているとか、松下幸之助語録にこうあるといった、他人の説を引用した話や新聞記事を引用した話が多く迫力がない。
また、状況説明的な話が多すぎる。
“僕はこう考えている”“リクルートをこんな会社にしたい”“みんなこうしてほしい”という経営者自らのメッセージを強く打ち出さないと、力強さに欠ける」

そういわれても、私は自分のメッセージがなかなか出せなかった。
それは、リクルート創業期の私が克服しなければならない弱点でもあったのである。
そのためもあって、リクルートでは私の思いや経営に対するスタンスについては「社是」あるいは「心得」などとして文章にし、それを社員教育に教材にした。
それが結果的にリクルートに共同体意識を醸成し、独特の企業風土や企業文化が形成されたように思う。

リクルートについて、外部の人たちの多くは「自由闊達(かったつ)」というイメージを持っておられるようだ。
事実大半の社員は、風通しの良い、何でも自由に発言できる会社であると思っている。

社是と社訓は私が草案を書いた。
それをもとにじっくりT会議(泊りがけの取締役会)で議論を重ね、森村稔に補筆してもらった。
こうしてつくったのが、次の「経営の三原則」である。

《経営の三原則》
1. 社会への貢献
2. 個人の尊重
3. 商業的合理性の追求

「社会への貢献」とは、これまでにない新しいサービスを提供して、社会の役に立つこと。
リクルートの目標として掲げた。
だから「新しいサービスがどんなに儲かる事業であっても、社会に貢献できない事業ならば、リクルートは行わない」とした。

「個人の尊重」は、人はそれぞれに違いがある。
得意なことと不得意なこととがある。
その違いを積極的に認め、各人が得意なことを組織に提供しあって大きな成果を上げていくことを目指す。
もっとも、多くの場合、人はやりたいことと、できることとは違う。
自分が思っている自分と、人が見る自分とも異なる。
単純に個人を尊重するのではなく、そのギャップは埋めなければならない。
そのために、自己申告制度やR0Dなどのプログラムを導入した。

「商業的合理性の追求」は、松下幸之助語録に「利益を上げ税を納めるのが国家への貢献」とある。
これを教訓とし、リクルートも「仕事の生産性を上げ、仕事のスピードを高め、高収益会社にして税金を納めることがリクルートの誇り」とした。

企業が収益を上げるには、
1. 質の高いサービスを提供する
2. モノ・サービスをスピーディーに提供する
3. コストを下げて顧客への価格を下げる

という三つの方法がある。
リクルートでは、このうち1と2に重きを置いた。
仕事はできるかぎり外部の一流アートディレクター、デザイナー、一流のライター、一流のカメラマンに依頼し、経費節約には関心が低かった。
情報の価値は時間の経過とともに下がる。
原稿用紙を節約するよりスピードを大切にしたのである。

社是と同時に社訓も決めた。
私は高校の漢文の時間に出会った言葉、易経の「窮すれば変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し」を人生の指針の一つにしていた。
その言葉をもっと積極的に表現したのが、
「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
私が考え、これを社訓にしてはどうかと提案すると、みんなも賛同してくれた。

『リクルートのDNA―起業家精神とは何か (角川oneテーマ21)』角川oneテーマ21

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リクルートほど、各界、各分野の経営者やリーダーを輩出している企業はない。
それは、「社員皆経営者主義」を掲げているからだという。

江副氏には、資源小国の日本が世界の荒波の中で生き延びるには、新しい産業がいくつも生まれることが必要だとの強い思いがある。
そして、「起業家精神」こそが、経済を活性化させ、日本経済を復興する、と。

大事なことは、どんなに個人を尊重し、社内が自由闊達であっても、会社の方向性というベクトルだけは合っていなければならない。
もし方向性が間違っている人がいたら、その人にパワーがあればあるほど、能力があればあるほど、会社の進む方向とは真逆に進み、最悪の場合、会社は倒産に至るからだ。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
起業家精神を旺盛に発揮し、自ら機会を創り出したい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月22日

No 4539    七福保育所

癒しの場です  こころがほっこりとします!

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No 4538   【古典と歴史と人物の研究】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【古典と歴史と人物の研究】

藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…


安岡正篤先生が三十五歳の頃のことです。
岡山県閑谷(しずたに)学校において、「古本大学講義」と題して講演されています。
その中で先生は、東洋には「四部の学」というものがあると説明され、概略、次のような話をされています。
「四部の学」とは「経」「史」「子」「集」。

このうち、「子」は人生に独特の観察と感化力を持つすぐれた人物の著書のことをいい、これは「経」に従属させるべきものだといわれています。
「集」は詩文のことです。
従って、東洋の教学は「経」「史」「集(詩文)」の三つに分けて考えたほうがよい、といわれています。

これは私たちが学問修養をしていく上において非常に意義深い分類法であり、こういう分類法は東洋独特のもので、西洋の学問にはみられない。
なぜ、これが意義深いか。

まず、「経学」です。
「経学」というのは、人間はいかに生くべきかを研究する学問であり、我われの生き方の信念を養い、生活の指導力となる学問のことだ、と安岡先生は説かれています。
即ち、人間力を養い、人間性を高める学問ですね。
今日でいう「人間学」の根幹をなすものといっていいと思います。

これに対して、
「我われ人間はいかに生きてきたか」
「かく生きた故にかくなったから、人間はかくあらねばならない」
というふうに、歴史を照らして、人間の生き方・あり方を教えているのが「史」、即ち歴史だというのです。
つまり、史学は経学を実証するものです。
「経」を離れて、「史」なく、「経」と「史」の学を兼ね修めて初めて人は知行合一的に、全人格を練っていく。

次に「集」ですが、人間の情緒・情操を養っていくのが詩文です。
人は詩文を読むことによって感動し、行動にかりたてられます。
そこで、私たちが本当に自己を磨いていくには、「経」と「史」と「詩文」の三つを深めていかなければならない。

この三方面から終始自分を養ってゆけば、明るい洗練された人格が光輝を増していく…そう安岡先生は説かれています。
この三部はいずれも大事ですが、根幹はやはり「経学」です。
「我われの生き方の信念を養い、生活の指導力となる」…そういう学びを深めていきたいものです。

後年、安岡正篤先生は、
古典と歴史と人物の研究…これなくして人間の見識は生まれてこないといわれました。
壮年期に説いた三部の教えをより平明に語られた言葉だと思います。

『心に響く言葉』致知出版社

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安岡正篤氏はこう語る。
「歴史はくり返す。
たいていのことは古典の中にある。
何千年もたっているのに、人間そのものの根本は少しも変わっていない。
自分が創意工夫し、真理を発見したと思っているが、それは大変な錯覚で、すでに古典にのっていることを知らないのだ」(安岡正篤)

我々が古典を学ぶ理由はここにある。
現在起こっている事象 を解きほぐし、未来のことを予測するには古典の勉強が一番だ。
人間としての根本は少しも変わっていないからだ。

また、
「愚直で、少々頭も悪く、小才も利かぬ、そんな人間の方が、根が真面目なだけに、修養努力して大人物になることが多い 」(安岡正篤)

我々が人物学を学ぶ理由がここにある。
中国の古典「呻吟語」中でも、そのことが述べられている。
「深沈厚重(しんちんこうじゅう)是(これ)第一等
磊落豪遊(らいらくごうゆう) 是第二等
聡明才弁(そうめいさいべん) 是第三等

どっしりと落ちついて深みのある人物が第一等。
細かいところにこだわらないような豪放磊落な人間は第二等。
そして、目から鼻に抜けるように頭が切れて弁の立つ「聡明才弁」の人は第三等だという。

また、
「徳とは無類の明るさのことである」(安岡正篤)
無類の明るさは「集」、すなわち、 人間の情緒・情操によってつくられる。

古典と歴史と人物の研究をコツコツと重ねたい
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2018年03月21日

No 4537   【身近な知り合いからの口コミ情報】

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【身近な知り合いからの口コミ情報】

福田晃一氏の心に響く言葉より…


これまで時代を大きく動かしてきたのはマスメディアです。
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌を経由して、マス広告という形で世間にはモノやサービスの情報がもたらされていきました。
たとえば、この本を大々的に売りたいなら、ほんのつい最近まではマス広告をどかんと打てばよかったわけです。

『福田晃一の最新刊 多方面から大絶賛! あなたのビジネスを劇的に変える 必読の1冊!』

などと派手に広告することで、「この本はすごいらしいぞ!」とみなが手に取ってくれました。
しかし今は、マス広告に対する消費者の反応が大きく変わりました。
「福田とやらの本、最近CMをバンバン打ってるけど、都合のいいことだけ言っているんじゃないのか?」
「最近よくテレビで取り上げられているけれど、どうせ仕込みじゃないのか?」
などと、世間が広告やメディア情報を信用しなくなってきているのです。

インターネットやソーシャルメディアの普及によって、広告の効果も、そのあり方もがらりと変わってしまいました。
マスメディアの情報でなく、人々が自分で「正しい」と思う情報だけを選ぶようになったのです。
ニュースだけでなく、美味しいレストランやおしゃれなカフェ、ファッションやコスメ、本や音楽、映画などについても、口コミやレビュー、評価の☆の数を見て店を選んだり、商品の購入を決めています。

残念ながら「この商品は素晴らしい」とか、「感動の大作」などといった言葉に人々は踊らされません。
むしろ一般人のリアルな口コミこそが、人々の「買うか買わないか」の決め手になっているのです。
インターネットやソーシャルメディアに慣れ親しんだ若年層ほど、その傾向は強くなります。
若者向けの商品やサービスを展開しているベンチャー企業などが、一気に台頭するのは、このソーシャルメディア時代の波をうまく捉え、流れに乗っているからでしょう。

簡潔に言ってしまえば、今、モノが売れるか否かの決め手となるのは「誰かの声」なのです。
ただし、誰でもいいわけではありません。
自分の知っている人、自分の信頼している人たちが話題にしていることに人々は大きく影響されます。

ソーシャルメディア上での身近な知り合いからの口コミ情報を何よりも信用します。
この口コミ情報をどのように活用するかが、今、商品が「売れる」「売れない」の分岐点になっているのです。

『買う理由は雰囲気が9割 〜最強のインフルエンサーマーケティング〜』あさ出版

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テレビを録画して見る時、ほとんどの人はCMを飛ばす。
どんなにお金をかけても、CMが見られなけばそれは無いのと一緒だ。
CMに左右されない人が確実に増えてきた。
昨今は、そもそもテレビや新聞を見ない若者が本当に増えてきたという。
反対に、高齢者はテレビや新聞にどっぷり浸かっている。
その影響が、今回の選挙に如実に出た。

それは、選挙だけでなく、実際の消費行動もまったく同じだ。
まさに、消費行動は、「 身近な知り合いからの口コミ情報」に大きく影響される。
今、SNS時代の企業の行動が変わった
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2018年03月20日

No 4536   【あらゆることに興味を持つ】

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【あらゆることに興味を持つ】

リチャード・テンプラー氏の心に響く言葉より…


「今、新たに世界で起こっていることを知る」…今日からこれを自分の使命としよう。
時事問題、音楽、ファッション、科学、映画、食べ物、交通手段などなど、とにかくあらゆることに興味を持つようにしよう。
最新の電子機器のすべてを手に入れる必要はない。
それでも、何が変化し、何が新しく生まれ、何が起こっているのか…世界のおおよその姿をつかんでおくことは大切だ。
そんなことをしてどんな利益があるのかって?

「物知りでおもしろい人になれるし、若々しさを保つことができる」

先日、郵便局に行ったときに、あるおばあさんがPINコード(個人識別コード)について大騒ぎをしていた。
「PINコードって、いった何なのかしら。この年でそんなこと言われたって…」
しかし、このおばあさんはPINコードを知る必要がある。
知らなければイギリスでは年金も受け取れないからだ。

人は油断すると、すぐに「今までやったことがないのだから、これからもやらなくていい」という心理状態に陥ってしまう。
しかし、そんな態度では、人生のチャンスをことごとく逃してしまうのだ。

幸せで、バランスのいい人生を送っている人は、必ず世界と関わっている。
世界から自分を切り離さずに、世界の中で生きているのだ。
そういう人は、一緒にいても楽しくて刺激を与えてくれる。

先日、朝のラジオを聴いていたら、アメリカの刑務所の責任者がインタビューを受けていた。
話題はアメリカの刑罰制度の改革だ。
私はイギリスに住んでいるし、アメリカの刑務所に入っている知り合いもいない。
まったく関係のない話題だが、この話を興味を持って聞いた。
この新しい知識から、私の頭が刺激され、活力が満ちてくるのを感じた。

知識は力だ。
新しい世界からの刺激を受け、エネルギーをもらうのは悪いことではない。

《世界の変化に興味を持つ》

『できる人の人生のルール The Rules of Life』ディスカヴァー

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過去にばかり興味がある人は、過去のことしか話をしない。
「あのときはああだった」とか「私が若い頃は」というように、「昔は…」で始まる話だ。
しかし、反対に、年を重ねた年配者であっても、未来の話をする人もいる。
「これからこうなる」とか「今度出た電子機器は」とか、現在起きていることや、新しいことを話す人のことだ。

どちらの人と会っていて楽しいかは言うまでもない。
昔の話は、何度も繰り返され、愚痴や懐古で終わる。
しかし、未来の話にはワクワクがあり、夢や希望がある。

いくつになっても、あらゆることに興味を持つ人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

No 4535   【つきあう人によって人生は変わる】

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【つきあう人によって人生は変わる】

本田健氏の心に響く言葉より…


私たちの人生は、つきあう人によって、大きく変わります。
私のメンターが、人生を変えるのに、てっとり早い方法は、洋服を変えること、つきあう人を変えることの二つだと言っていました。
おまじないかなぐらいに考えていましたが、後に、とっても現実的なアドバイスだということを知りました。

あなたが体験している失敗は、つきあっている人が原因である可能性があります。
最新の心理学の研究では、あなたが日常的につきあっている人たちの幸せ度合いが、あなたの精神状態に大きく影響するというデータが出ています。
興味深いのは、直接会う人たちだけでなく、その人のまわりにいる人の幸せ度合いまで、関係してくるということです。

私たちは、ふだん自分がつきあっている人のことをあまり考えずにいるのではないでしょうか。
仕事でも、以前からのつきあいの人たちは、そのまま変わらずにつきあっていると思います。
家族も、よほどの問題がなければ、縁を切ることはないでしょう。
友人との関係も、あなたが積極的に新しい友人を作っていくタイプでなければ、固定化しているのではないでしょうか。
すると、ふだん行くレストラン、旅行先もだいたい同じようなところになっているはずです。
もし、あなたが大企業に勤めていたら、これからの年収がだいたい予測できるはずです。

変えたいなぁと感じたなら、自分がこれから行きたい世界の住人とのつきあいを始めることです。
もし、今つきあっている人が、本来あなたがつきあう人でなければ、その関係を変えなければいけません。
ある人が、仕事仲間から愚痴を言い合う飲み会に毎晩のように誘われるのを断って、弁護士になる勉強を始めました。
最初は、仲間にひどいことを言われましたが、そのうち、つきあいもなくなりました。

数年して、試験に合格し、彼は弁護士になりました。
あるとき、弁護士仲間とでかけたところ、昔の同僚グループが、偶然一緒のお店の隣のテーブルにいたのを見つけたそうです。
彼が、そのまま変わらなければ、愚痴を言うグループにそのままいたことでしょう。
つきあう人によって、人生はまったく変わるのです。

『落ち込んだときに勇気がでる49の言葉 (PHP文庫)』

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いくら人生を劇的に変えたところで、身近な人たちが幸せでなかったらそれは何の意味もない。
家族や身近な仲間たちを不幸せにして、自分だけ成功したとしてもそれは偽(いつわ)りの成功。

自ら変化を求めなくても、自らの魂を鍛え、日々修養し、人格を高めていくなら、自ずと付きあう人は変わってくる。
逆にいうなら、普通、自分よりレベルの高い人が、何の取りえもないようなレベルの低い人間とつきあってくれるはずがない。

また反対に、「孟母三遷(もうぼさんせん)」の教えのように、環境を変えることによって運命を変えることもできる。
環境を強制的に変えれば、つきあう人も自ずと変わってくる。
悪に染まるような環境にいれば、悪に染まりやすいし、逆に周囲全員が、ポジティブで、新しいことに挑戦することが好きな勉強会やグルーブや会社に入れば、自ずと自分もそうなっていく。
「人は環境によって大きく左右される生き物」だからだ。

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posted by Dr.モーリィー at 06:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年03月18日

No 4534    【創造性の高い人とは】

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【創造性の高い人とは】
アダム・グラント氏の心に響く言葉より…


大人になって(スティーブ・ジョブズがいうところの)「宇宙をへこませる」ような人がどういう人かを考えてみると、まず頭に浮かぶのは“神童”だろう。
2歳で字が読めるようになり、4歳でバッハを弾き、6歳で微積分をゆうにこなし、8歳までに7ヵ国語を流暢(りゅうちょう)に話せるようになっているような天才児たちだ。
クラスメートは羨望(せんぼう)のまなざしで彼らを見る。

けれどもT・Sエリオットの詩の言葉を借りると、天才児のキャリアは「地軸くずれるとどろきもなく、ただひそやかに」終わる傾向があるのだ。
実のところ、神童と呼ばれた人が大人になって世界を変えることはまれだ。
心理学者の研究によると、歴史上もっともすぐれ、多大な影響をおよぼしている人たちは、子ども時代にはさして才能に恵まれていたわけではない。
天才児を大勢集めてその一生を追跡してみたとしたら、同等の家庭環境に育つふつうの子どもたちよりも、とくに優れているわけではない。

これは直感的に理解できることだ。
才能に恵まれた子どもたちは、学問的な知識は優れているけれども、社会でうまく生きていくための知識に欠けていると、みな思うだろう。
知的な能力があっても、社会的、感情的、実践的なスキルに欠けているのでは?
だが研究の結果を見てみると、この説明では不十分なのだ…才能に恵まれた子どもたちのうち、社会的問題や感情的問題に苦しんでいるのは、4分の1に満たないのである。
大部分はうまく社会に適応しており、社交の場であるパーティでも国語検定大会と同じように楽しく過ごしている。

ではなぜ、天才児は才能にも野心にもあふれているのに、世界を進歩させるようなことを成し遂げられないのかというと、「オリジナルであること」、つまり独自のことや独創的なことを率先して行う術(すべ)を学んでいないからだ。
カーネギー・ホールで演奏したり、サイエンス・オリンピックで優勝したり、チェスのチャンピオンになったりするうちに、悲しい結末が待ち受けている。
訓練で技術は完璧になるが、新しいものを生み出すことができなくなるのだ。

才能ある子どもたちは、高尚なモーツァルトのメロディーや美しいベートーベンの交響曲を奏でるようになっても、自分では作曲をすることはない。
既存の科学的知識を吸収することには労力を注ぐが、新しい知識を提供することはない。
独自のルールやゲームを考え出すのではなく、既存のゲームで体系化されたルールにしたがっている。
そして全過程において、両親からの承認や教師の称賛を懸命に得ようとしている。

研究によると、創造性のもっとも高い子どもたちはむしろ、教師に好まれないことがわかっている。
ある研究では小学校の教師に、お気に入りの児童と気に入らない児童をあげてもらい、リストに示されている特徴に照らして、両グループの児童を評価してもらった。
その結果、もっとも気に入らないと評価された児童は、まわりに同調せずに自分独自のルールをつくる子たちであった。

教師は創造性の高い児童を冷遇し、問題児としてあつかう傾向がある。
そのため、多くの児童はルールにしたがうことを素早く学び、自分だけのユニークな考えを胸にしまっておくようになる。
作家のウィリアム・デレシーウィックツの言葉を借りると、「このうえなく従順な羊」へと変貌(へんぼう)を遂げる。

『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代 (単行本)』三笠書房

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古来、どの時代においても、成功した人、生きのびてきた人たちに最も必要なのは、オリジナリティや独創力だ。
ITやAIが発達する現代は、ますます個性的なことや独創的なことが重要視される時代となった。
ルーティンの仕事や一般的な事務や作業のほとんどが今後AIに置き換わってくるときに必要なのが、AIにできない仕事、つまり、マニュアルにない仕事や、まったく新しいものを作る力や、対人関係能力だからだ。
特に、新しいものを創り出していくことはロボットはAIにはできない。

親や教師は、「他人に迷惑をかけないこと」や「波風を立てないこと」、「ルールに従うこと」を重視する。
そして、それが行き過ぎると、他人と違うことを否定するようになる。

親や教師やリーダーは…
人の創造性の芽をつぶさない人でありたい
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