2017年11月30日

No 4382   【だまされてよくなり、悪くなっては駄目】

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【だまされてよくなり、悪くなっては駄目】

青山俊董氏の心に響く言葉より…


《だまされてよくなり、悪くなっては駄目(だめ)。
いじめられてよくなり、いじけてしまっては駄目。
ふまれておきあがり、倒れてしまっては駄目。》(坂村真民)

雪がとけて畑の黒い土に草々の緑が目立つころになると、遠き日、師匠と共に麦踏をしたことや「踏まれておきあがり」の坂村真民先生の詩を思い出す。
麦は冬の寒さに堪えて春を迎える。
雪や霜で浮き上がった根を、水ぬるむ季節を待って、やわらかい藁草履(わらぞうり)をはき、やさしく、しかししっかりと踏んでやる。

踏まれることで麦は大地に力強く根を張ることができる。
過保護では駄目になるばかり。
踏まれても倒れずに起きあがる力は、踏まれることで育つのである。

もう一つ大切なことは、踏むべき時があるということ。
地にはりついている幼い時に、しかも愛情をもって踏まねばならない。
大きく育ってから、しかも乱暴に踏んだら、折れるばかりで立ちあがることはできないのである。

『あなたに贈る 人生の道しるべ: 続・ことばの花束』春秋社

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たくさんの苦労をしたのに、それが顔に出てこない人がいる。
むしろ、それがために、味のある顔、いい顔になっている。
苦労と闘わずに、苦労を味わい、楽しんだ人だ。

反対に、苦労が顔に出て、暗くて、重いオーラがただよっている人もいる。
苦労に対して、不平不満やグチ、泣き言を言ったり、いじけてしまった人だ。

いい顔の人には、笑いがあり、感謝がある。
だまされても、いじめられても、踏まれても…
そのことがあったおかげで今の自分があると、感謝できる人は大地に根をしっかり張ることができる
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2017年11月29日

No 4381   【先祖供養の本当の意味】

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【先祖供養の本当の意味】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


先祖供養の本当の意味は、子孫であるその人のことを、「いてくれてよかった」って言う人が何人いるかなんだよ。
大きな仏壇を買うことが先祖供養じゃないの。
それは仏壇屋さんや宗教をやってる人が言うこと。
さらにいえば、それって商売なの。

仏壇に入っているのは仏様なんです。
それで30分も1時間も先祖供養のために念仏を唱えるっていうんだけど、お経って仏様の教えなの。
仏様が教えたことを仏様に向かって30分も1時間も話すって変だよね。
きっと仏様も、「それ、俺が言ったんだよ。だからわかってるから、外に行って実践しな」って言うと思うよ。

お経をあげるのがいけないって言ってるんじゃないの。
あげてるあいだは無心になれるし、そのあいだ、人の悪口とか言わないからそういう意味ではいいの。
でも、どうせだったら、意味も知ってたほうがいいよね。
さらに言えば、それを実践できるようにしたほうがいいよねってことなの。

だから先祖供養でいちばんいいのは、「あなたがいてよかった」って言ってもらうことなの。
あなたが生まれてきたのはご両親がいて、そのまたご両親がいたからなの。
先祖が誰一人として欠けても、あなたはこの世に生まれてこなかったんだよね。
子供をほめられたら親ってうれしいの。
だから、あなたがほめられることが、最高の先祖供養になるんだよ。

『(文庫)変な人の書いた世の中のしくみ (サンマーク文庫)』サンマーク出版

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死んだとき、神さまに二つのことを聞かれると言う。
一つは、どれだけ人の役にたったのか。
もう一つは、人生を楽しんだか。

どれだけ人の役に立ったかとは、どれだけ「陰徳」を積んだのか、どれだけ人から必要とされたのか、どれだけ喜ばれたのか、ということ。
つまり、一人さんの言う「あなたがいてよかった」という人が何人いるかということ。 

また、人生を楽しんだか、というのは、毎日デズニーランドにいるかのように楽しめ、ということではない。
そうではなくて、つらいことや、困難なこと、嫌なことを、見方や考え方を変えて、楽しんだかということ。
後から振り返ってみると、「あのときの大変なことがあったら、今の自分があるんだよね」と思うことは多い。
すると、その大変だったことに感謝できるし、楽しむこともできる。        

先祖供養の本当の意味は…
多くの人に、「あなたがいてよかった」と言われたい
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2017年11月28日

No 4380   【平穏無事な日々は、脳を衰えさせる】

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【平穏無事な日々は、脳を衰えさせる】

脳科学者、中野信子氏の心に響く言葉より…

《平穏無事な日々は、脳を衰えさせる》


「幸福な人生」というと、何ごともない平穏無事な人生をイメージする人が多いかもしれません。
しかし、同じ刺激が単調に繰り返されるだけでは、脳内快楽物質は出なくなります。

波風が立たない人生の日々は、脳にとっては何の新鮮な感動もない砂漠。
こうした飢餓状態が続くと、脳は衰えます。
さまざまな困難が次々と襲ってくる人生のほうが、それを乗り越えるたびに深い幸福感を感じることができるのです。

『生きるのが楽しくなる脳に効く言葉 (カリスマの言葉シリーズ)』セブン&アイ出版

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人は誰もが平穏無事を願う。
しかしもし、何年も何十年もの間、病気や事故も、困難も辛いことも何もなく、毎日が平穏無事に過ぎていったとしたら、人は確実にボケてしまうだろう。

困難や辛いことがあるからこそ、それを乗り越えることによって、人間的に成長できる。
だから、後から振り返ってみて、あの困難や辛いことがあったから、今の自分がある、と思える。
そして、困難や辛かったことにも感謝ができる。

我々は、魂の成長のために、この地球に生れてきた。
それは、少しでも、人の役に立てる人間になること。
自分のことばかり考えている利己の人には、成長はない。

我々は、生まれる前に自分が書いたシナリオ通りに生きると言われている。
人生を舞台とするなら、シナリオを自分で書き、演出も照明も自分で、そして、主役として自分自身が演じる。
だとするなら、自分に起こる困難や辛いこと、面倒なことに対して、文句や愚痴、泣き言はいえない。
自分でそれを決めてきたのだから。

「平穏無事な日々は、脳を衰えさせる」
自分に起こるすべての出来事を「ウエルカム」、と笑顔で受け入れたい
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2017年11月27日

No 4379   【あきらめること】

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【あきらめること】

曹洞宗徳雄山建功寺住職、枡野俊明氏の心に響く言葉より…


座禅をしていると、いろいろな気づきがあります。
ふだんは気づかなかった、小鳥のさえずりや風のそよぎ、季節の香りといったものが感じられるのです。
「風がこんなにあたたかくなっていたのか。そうか、もう、春だからな」「キンモクセイのいい香りが漂ってくる。秋を連れてきてくれたんだな」と、そんな思いが心に広がります。

日常生活の中で、心はどうしても「なにか」にとらわれています。
仕事のことであったり、家族のことであったり、恋愛のことであったり…。
そのことがとどまっていて心が縛られてしまっている、といってもいいでしょう。

じっと座っていると、とどまっているものが溶け出していき、心がふ〜っとゆるみます。
禅語でいう「身心脱落(しんじんだつらく)」。
ここでいう「脱落」とは「解脱」という意味で、一切合切を放下(ほうげ)し、なんの執着もない、という「自由無碍(じゆうむげ)」の境地を指します。
なにものにもとらわれない、心をとどめない自在な状態になるのです。
ですから、気づかなかったことに気づくことになったり、見えなかったものが見えてきたりするのだと思います。

それとは逆に、心を縛りつけるのが「競争」です。
「同期に負けてなんかいられない。課長ポストを最初に手に入れるぞ」「お隣よりいい車を買わないと、プライドにかかわる」「ブランド品の数では彼女に絶対勝たなくっちゃ」…
他人と競う思いが心を縛るのです。

しかし、必ずしも思いどおりになるとは限りませんから、今度は屈辱感や挫折感、嫉妬心、無力感といったものが、心にのしかかってくることになります。
心を縛るものからどう解放されるか。
「あきらめる」ことがひとつの方法かもしれません。
ギブアップするのではありません。
うまく「手放す」のです。

「勝ちたい」「負けたくない」という思いをいったんあきらめる。
少しのあいだ脇に置いてみる。
ちょっとそこから離れてみる。
すると、必ず、気づくこと、見えてくるものがあるはずです。

道元禅師の言葉に、「放てば手にみてり」というものがあります。
欲や執着を手放したとき、本当に大切なものが手に入る、ということです。

たとえば、ポスト争いに躍起になっていたときには気づかなかった、自分の仕事のすばらしさに気づくかもしれません。
「自分が売っていたこの商品は、顧客にこんなふうに喜ばれていたのか。よし、もっと自信をもって営業に回ろう」

お隣と競い合っていたときには見えなかった、家族の本当の幸せといったものが見えてくることもあるでしょう。
「高級車を買ってローンの支払いに頭を悩ませるなんてバカげているな。いまの車を大事にして、ときには食事に行ったり、旅行に出かけたり、家族で一緒に過ごす時間をたくさんつくろう」

あるいは、ブランド漁りをしているときには知らなかった、ものへの愛着が芽生えるかもしれません。
「本当に気に入ったものを大切に使うって、こんなに心地のよいものなんだわ」

どうやら、上手に「あきらめる」ことには、座禅にも匹敵するような作用があるようですね。
禅は実践。
ぜひ、すぐにも上手に「あきらめる」ことに取りかかってください。

『競争からちょっと離れると、人生はうまくいく (単行本)』三笠書房

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「あきらめる」は「諦める」と書く。
「ギブアップする」とか「未練を断ち切る」「断念する」といった意味で使われているが、元々は、真理や真実を、「明らかにする」「はっきりさせる」「つまびらかにする」という意味だ。

「あきらめる」とは、欲やとらわれ、こだわりや、思い込みなどを手放すこと。
手放すとは、「放下著(ほうげじゃく)」すること。
投げ捨てる、放り投げる、捨て切る、という意。

西郷隆盛は『西郷南州遺訓』の中で、幕臣、山岡鉄舟のことを評してこう語っている。
「徳川公は偉いお宝をお持ちだ。
山岡さんという人はどうのこうのと言葉では言い尽くせぬが、何分にも腑(ふ)の抜けた人でござる。
命もいらぬ、金もいらぬ、名もいらぬ、といったような始末に困るひとですが、あんな始末に困る人ならでは、お互いに腹を開けて共に天下の大事を誓い合うわけには参りません。
本当に無我無私、大我大欲の人物とは山岡さんの如き人でしょう」

「諦める」という状態の究極に行きついた先が、この「命もいらぬ、金もいらぬ、名もいらぬ、といったような始末に困るひと」のこと。
上手に「あきらめる」ことの実践をしたい
posted by Dr.モーリィー at 23:13| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

No 4378   【水を飲むときに「ありがとう」】

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【水を飲むときに「ありがとう」】

小林正観さんの心に響く言葉より…


私は49歳のとき、年相応に頭髪の半分が白くなっていました。
それで、水分を取るときに「若返らせてくれてありがとう」と声をかけて、飲むようにしました。
すると1ヵ月後に、なんと髪の毛が真っ黒になりました。

次のような事例もあります。
アトピー性皮膚炎だった人ですが、水分を飲むときに「正常な細胞にしてくださってありがとう」と言って飲んでいたら、ありがとうと言いはじめてから2週間で腫(は)れが引き、4週間後には完全にかさぶたが取れたそうです。

若い人のことを「みずみずしい」と表現します。
日本人は「若さとは、水分量によるものである」と科学的にわかっていなかった時代から、若さを「水」にたとえるという、すばらしい文化を持っていました。
「水もしたたるいい女」という言葉もありますね。
みずみずしい女性、という意味です。

NASAの最新の仮説理論では、地球上に存在する水は「大気圏外から飛んできた氷」かもしれないそうです。
NASAが、何万コマという人工衛星からの写真を分析した結果、地球の上空1万5000km〜2万kmのところに、なんと氷が浮かんでいたのだそうです。
どうやら、氷がある一定量、大気圏外から毎日飛んできて、地球の引力にとらえられ、上空に浮かんでいるということらしい。

水というのは、宇宙から飛んできた「地球上の生物が好きで好きでしょうがない」という生命体のように思えます。
地球上の生物の体の中に入って、生物の役にたちたいという、はっきりとした意志を持っているようです。

その水に対し、自分の体内に入ってくる前に、ある方向性(たとえば、若さ・美しさ・健康など)を与えてあげると、水はそのとおりに働く。
ですから、水を飲むときだけでなく、お風呂に入るときや、顔を洗うときも、「若返らせてくれてありがとう」と言うといいかもしれません。

炊き立てのお米は90%が水、果物や野菜は98%が水ですから、食べ物に対して、「体に悪い」「まずい」と否定的な感想を言いながら食べていると、ほんとうにそのように方向づけられてしまいます。
水が、腐り始める。

ある週刊誌のグラビアで、次のような実験が紹介されていました。
スメタナ作曲の『モルダウ』を聴かせた水は、非常にきれいな結晶になった。
ショパンの『別れの曲』を聴かせたら、バラバラの結晶になった。
ヘビーメタルを聴かせたら、ぐちゃぐちゃな結晶になった。
「よくできたね」と言ったら、桜の花びらのようになった。
「ムカつく」「殺す」と言ったら、ぐちゃぐちゃになった。
「ありがとう」「愛しています」と声をかけたら、いちばんきれいな形になった。

人間の体の大部分は水分です。
人間も、「ありがとう」という言葉を聞くと、体内の水分がきれいな結晶になり、細胞が元気になるらしいのです。

『小林正観CDブック 神様を味方にする法則 (CD付き)』マキノ出版

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大人の人間の体は約60%が水で出来ている。
胎児は体重の約90%、赤ちゃんは約75%、子どもは約70%、大人は約60%、そして老人は50%だと言わる。
加齢によって水分の割合は減っていく。

子どもはしなやかで、柔軟だ。
大人になるにつれ、硬くなり、ギスギスして柔軟性がなくなる。
それは、身体の中の水分量の変化と比例している。
そして、この変化は、体も心も同じ。

子供のようなみずみずしさを取り戻すため…
水を飲むときに「ありがとう」といい、身体にも感謝したい
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2017年11月25日

No 4377   【アイデアを生む人】

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【アイデアを生む人】

稲村徹也氏の心に響く言葉より…


《行動を見れば、その人の本質がわかる》

学びをお金に換えていくときにイノベーションは不可欠ですが、それを現実化してくれるものが「アイデア」です。
この「アイデア」に対する姿勢ひとつとっても、あなたが「成功」に近いのか遠いのかが、すぐにわかります。

先に答えを書くと、「成功」する人は確実に「アイデアを生む」人です。
残念ながら「アイデアを盗む」人は、一時的な「成功」を手にできるチャンスはあっても、本当の「成功」を手にすることはできません。
「成功」は読んで字のごとく「功を成す」です。
これは自らの能力で勝ち取るべきもので、盗んでしまっては「盗功」となってしまいます。

マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーの根本思想にも、
「人のアイデアを盗まず、自らアイデアを生む」
とあります。
とはいえイチから独自のアイデアを生み出すというのも、また難しいことです。
そこでフィリップは重要な示唆を私たちに与えてくれています。

「イノベーションを生み出すうえで重要なのは、自分たちが現在直面しているさまざまな問題を解決する方向でのイノベーションを目指すことです」(ロッキー・リャン)
いかがでしょうか。
今の自分に解決すべき課題があるとき、その解決策を自力で生み出そうとする行動が、新たな「アイデア」を生み出してくれるかもしれないということです。

私も常々「無理かもしれないな」と思うような課題に直面したとき「いや、これを解決できたらスゴイことになるんじゃないか?」と思い直し、ひたすら解決のためのプロセスを、あれこれ考え続けます。
すると、ふとした一瞬にアイデアが舞い降りてくるケースが多いのは不思議なことです。

「成功のカギは“なぜ”という動機が20パーセント、“どうやって”という方法が80パーセント」
この「なぜ」の部分は「問題提起」です。
問題提起をするには、「問題意識」が働いていなければなりません。
そして「どうやって」の部分は、すでに説明したように「アイデアを生む」ということです。

『お金を稼ぐ人は何を学んでいるのか?』きずな出版

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台湾出身でありながら大陸中国に渡り、大陸の中国人富裕層でもなし得ないビジネスやイベントをヒットさせ、そして巨万の富を築き上げた超一流の大成功者がロッキー・リャン氏。
彼が新規ビジネスに参入するうえで何を基準にしているのか。
『特許・ノウハウ・限定・特殊。参入障壁が高いビジネスをする』
ハードルが高ければ高いほど入り込むのには困難を伴いますが、
『門前払いをしてくれる業界ほどライバルが少なく競争が少ない』
ということで、入り込むことさえできれば、あとは簡単だという(以上、本書より)。

「アイデアが重要なのではない。 一つのアイデアをどうやって、 具体的にしていくかが重要だ」
とは、ソニーの創業者、 井深大氏の言葉。
どんなに素晴らしいアイデアが浮かんだとしても、それを「どうやって」という具体的な方法が見つからなければ、絵に描いた餅になってしまう。

アイデアを盗むのではなく、アイデアを生む人でありたい
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2017年11月24日

No 4376   【大善は非情に似たり】

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【大善は非情に似たり】

稲盛和夫氏の心に響く言葉より…


もう1つ、リーダーの条件を申し上げます。
部下からの申し出、意見をただ、「いいわ、いいわ」と認めていたのでは会社は決してうまくいきません。
優しい情愛に満ちた人であると同時に、すさまじい厳しさを兼ね備えた人でなかったら、社長なんて器は務まりはしません。
どんな小さい会社でもそうです。

つまり、同一人物が両極端の考え方をあわせもち、そしてそれが同時に正常に機能できる能力を持った人でなければ経営者は務まらないと思います。
ただ優しいばかりの社長では、経営になりませんし、厳しい一方の人では誰もついてきやしません。
その両方が綾織りのように出てくる人でなければ、経営者なんてできやしません。

私は、いつも善の大切さを説いています。
だからみなさんもそれに引かれて話を聞きに来られる。
人間らしい優しい、いい生き方をしなきゃいけませんよと、いつも私が説く考え方に、みなさんは賛同しておられ、それを自ら実践されているはずです。

そのような優しい、すばらしい経営者の方が、この不況で会社が赤字に転落をしそうなとき、「経費を減らせ」と言って、もう鬼みたいになってやり出すことがあります。
そうすると周りは、「いつもあの優しかった社長とは違うやないか。二重人格みたいなものやないか」と言い出す。
でも、私はそれでいいと思います。
会社が厳しい状況になったら、鬼みたいな形相で、厳しいことを一直線になさねばならないのです。
反対するような敵は千万いても、我ひとりその敵に向かおうという、そういう気概を持って、自らを鼓舞して進んでいってもらいたいですね。

逆に問題なのは、嫌われるのがいやで耐えられないから、お茶を濁し、妥協し出すことです。
善を説き、人の優しさを説き、それで人の喜びが自分の喜びに、人の悲しみが自分の悲しみに感じられるような人こそが、経営者にふさわしいということと、私が必要だと思う厳しさとは、考え方のベースが一緒なのです。

これは仏教の教えである、「小善は大悪に似たり」「大善は非情に似たり」ということから説明ができます。
「ええわ、ええわ」といって、猫なで声で従業員をかわいがるという小善は、みんなを甘やかし、経費は増大し、不況にひとたまりもないぐらいに脆弱な企業体質をつくってしまいます。
そして実際に不況になり、会社をつぶして100人の従業員を路頭に迷わしてしまうのです。
確かに従業員に対して人がいいという小善、小さな善はしたかもしれないが、大悪をなしたのではないか。
私はそういう小善はしない。
「ええわ、ええわ」というわけにはいかんのやと。

次に大善。
大きな善というのは、非情に似て厳しいのです。
獅子は我が子を千尋(せんじん)の谷に突き落とす。
かわいい子には旅をさせよとも言います。
あのかわいい子を旅へ出して、「なんて厳しい非情な親や」とみんな考える。
しかしじつはそれが、子どもの成長には大いに役立つ大善、大きな善なのです。

だからつい、そういう意味があると知らなければ、自信がぐらつくわけです。
「俺が今やっているこの厳しさは、大善をなす行為だ」と自信を持つようにする。
「それは凡人から見たら非情に見えるかもしれないが、これは大きな善なのだ」と思えば、ひるまないわけです。
そして改革は、ズバッと本音でものが言える状態をつくらなければ、前に進まないのです。

例えば古い法律を変える際、誰に聞いても「そんな古い、明治時代にできた法律が今のこの時代に合うはずがない。それは廃止すべきです」と言うはずです。
しかし廃止すれば、路頭に迷う人がものすごく出る。
そういう「人でなし」なことはできないと考える人も多くいて、つまり人に嫌われることをしたくないものですから、改革が進んでいかないのです。

根底にはみんなから信頼をされ、慕われる社長でなければならないけれども、たまには、厳しくて嫌われるようなことも言う。
あえて嫌われることも必要です。

社員のみなさんを路頭に迷わせないためにも、私は経営者のみなさんに厳しいことを言います。
つまり、ただ人がいいだけで会社をつぶして、全員を路頭に迷わす、そいう悲惨な目には遭わせたくない。
私はみなさんを救うために、あえて厳しいことを言います。
それこそが大善というものです。

『稲盛和夫・KCCS実践経営講座 心と生き方』PHP

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この「小善は大悪に似たり」「大善は非情に似たり」ということは、何も会社経営だけに通じる考えではない。
子育てや、教育、あるいは、あらゆる組織の運営などにも同じことが言える。
子どもの教育においても、おもちゃなどを子どもの言うがままに買い与えたり、テレビやアニメやゲームを子守がわりに見せたりやらせたり、小遣いを際限なく与えたりする。
そうやって甘やかし放題に甘やかすなら、我慢のできない、わがまま放題な子どもになるのは目に見えている。

躾(しつけ)やルールを守らせるということは、真の大人になるための最も大切なことだ。
そのためには、ときには厳しいことを言ったり、叱責することも必要だ。
大事なことは人に対する、「愛」や「思いやり」や「情」、と同時に「厳しさ」や「非情さ」も併せ持つこと。
そして、その相反することを何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、同時に行うことができる人を名経営者といい、偉大な教育者という。

「大善は非情に似たり」を実践できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:54| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

No 4375   【先憂後楽】

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【先憂後楽】

鍵山秀三郎氏の心に響く言葉より…


最近、私がとくに憂慮していることは、「個(私)」だけが肥大化し、「衆(公)」がないがしろにされている社会の風潮です。
一例として、電車内でのマナーがあります。
一見して健康体の人が、われ先に座席を奪い合う光景。

また、混雑しているにもかかわらず、人込みをかけ分けて先行く人の姿。
いずれも見るに堪えません。
少なくとも、かつての日本人はそんな「個」を限りなく小さくして、人への迷惑を気遣ってきました。
反対に、周囲へ配慮して「衆」を大きく育てるような生き方を普通にしていました。

ところが昨今、そんな「日本人の美徳」が影を潜め、「個」だけが肥大化しています。
もともと小さかった「個」が大きくなると、「個」と「個」がぶつかり合って衝突の原因になります。
昨今の風潮は、まさにこの状態が現象として顕在化しているのではないかと思います。

その原因はひとえに、楽しみを先取りする価値観が横行しているからです。
その点、かつての日本人は、楽しみを先へ先へと先送りする生きる知恵を身につけていたように思います。

本来、楽しみと苦しみを同時に味わうことはできません。
楽しみを先取りすることは、苦しみを先送りすることにほかなりません。
その分、「衆」をないがしろにする風潮が蔓延してきた。
この憂慮が、私一人の杞憂(きゆう)に終わればいのですが…。

『困難にも感謝する』PHP

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「先憂後楽(せんゆうこうらく)」という、中国の「岳陽楼記」の中にある言葉がある。
人々より先に天下国家のことを心配し、人々が楽しんだ後で自分が楽しむ、という政治を行うものに対する心構えを説いたものだ。
また、先に苦労をしておけば、後々、楽しむことができる意味でもある。
東京と岡山にある庭園「後楽園」の語源。

人々を先に楽しませ、自分の楽しみは後回しにするということができなければ、人の上に立つことはできない。
そこには、「無私」という私心がないことが必要だ。
俺が俺が、という「我(エゴ)」が出てしまうような「利己心の強い人」は無私の心にはなれない。

私心を去ることができれば、公を大事にすることができる。
私心を去り、先憂後楽の気持ちで生きてゆきたい
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2017年11月22日

No 4374   【永続することが大事】

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【永続することが大事】

伊那食品工業会長の塚越寛氏の心に響く言葉より…


経営の目的は「社員の幸福と、社員の幸福を通じての社会貢献」です。
企業は、永続的に安定成長することによって、より多くの人びとを幸せにすることができると考えてやってきました。
ゆるやかな末広がりの成長を続けて、永続する企業であること。
これが私の理想像です。

末広がりを「八の字経営」とも呼びます。
前を向いて両手を広げて立つ、大らかな感じ。
閉塞感がなく、夢や希望に満ちている状態です。
常に末広がりであることは、ゆるやかに、かぎりなく成長をつづけていくという意味です。

末広がりの成長をイメージしながら経営判断を積み重ねていけば、生産設備の無理な投資や、それによる供給の過剰を抑えられます。
資源の有効利用や二酸化炭素の排出削減など、生産活動を環境問題に矛盾なく適合させることができます。

末広がりを志向するならば、若いときのスタートは、むしろ低いほうがいいでしょう。
必ずしも景気のいい会社に勤める必要はなく、若いときの努力が無駄にならない会社や業界かどうかを、判断したほうがいいかもしれません。
恵まれない状態からスタートすれば、将来は末広がりになっていくはずです。
人一倍に苦労をして考え、人の話に耳を傾けて学ぶ謙虚さが身につくからです。

『新訂 いい会社をつくりましょう』文屋

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会社を永続させようと思うなら、取るべき経営の方向は自(おの)ずと決まってくる。
たとえば、事業を一気に急速拡大する戦略をとるなら、リスクが多すぎて、100年、200年と続く会社にするには難しい。
逆に、コツコツと内部充実をはかり、会社を財務的にも、組織的にも筋肉質にしていくこと。
それは、不況や天変地異があってもびくともしない会社。

松下幸之助翁のいう「ダム式経営」だ。
ダム式経営とは、ダムがいつも満々と水をたくわえているように、不測の事態に備えて、資金も人材も蓄えておかなければならない、というもの。
そうすれば余裕を持った経営ができる、と。

そして同時に、企業を永続するためには、働いている人一人ひとりが幸せになり、そのことによって、まわりも幸せになっていくこと。
まさに、アメリカのサウスウエスト航空の企業ポリシーがそれだ。
それが、「お客様第二主義、従業員第一主義」。
そのことによって、サウスウエスト航空は、40年もの間、黒字経営を継続している。

従業員を幸せにすれば、顧客も、地域社会も、取引先も自然と幸せになっていく。
だが、その逆は難しい。

それは、王道と覇道(はどう)の違いでもある。
『王道とは、努力多くして、「利」少ない道。 覇道とは、努力少なくして、「利」多い道』

長く続く「いい会社」をめざしたい
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No 4373   冬  頑張る

準備中
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2017年11月21日

No 4372   【笑うから楽しくなる】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【笑うから楽しくなる】

中村天風師の心に響く言葉より…


《悲しいことや辛いことがあったら、いつにもまして、笑ってごらん。悲しいこと、辛いことのほうから逃げていくから》

いいですか、常に積極的な心をもって応じ、歓喜の念をもって接するようにすれば、こころはいたぶられないんです。
といっても、なかなかできない人も多いでしょうから、いちばん簡単な方法を、いまからお教えします。

いいですか、なにか悲しいこと、辛いこと、そのほか消極的な出来事があったら、努めて「笑う」ようにしてごらん。
どうだい、これならあなた方でもできるだろう?
多く言うまでもなく、笑えば心もちは、何となくのびのびと朗(ほが)らかになります。
すなわち鬱(うつ)な気が開けるんです。
あなた方も、笑えばこう、なんとなく楽しくなってきやしません?

ためしに、おかしくもなんともないときに、「アハハ」って笑ってみてごらん。
なんだかおかしくなってくるから。

悲しいときや辛いときにも、おかしな話に引きこまれると、なんだか笑っているうちに悲しいのや辛いのを忘れはしなくても、やわらいだっていう経験おありでしょう。
笑うにつれ腹がたってくるとか、悲しくなってくるとか、辛くなってくるってことは、絶対にないんです。
この簡単な事実を、案外にも多くの人は見のがしていやしませんか。
この笑いの効用を応用すれば、すこぶるいい結果を人生に招くことができるんですよ。
このことに気づいている人が少ないようですなあ。

考えてみればすぐおわかりになられることなのですが、そもそもこの笑いというものは、生きとし生けるすべての生物の中で、われわれ人間だけに与えられている特殊の作用なんですぜ。
ほかの生物の世界には、人間のように笑うという表情をもって、心の喜びをさかんに表現する特別の作用はだんぜんありません。
こうした事実を厳粛に考えますと、笑いというのは人間のみ与えられた特権だってことがわかるでしょう。

昔から言うでしょう、「笑う角には福きたる」ってね。
さあ今日から、努めて笑うことにしましょうや。
とくに悲しいことやつらいことがあったら、いつにもまして悲しいこと、辛いことのほうが逃げていくから…。

『君に成功を贈る』日本経営合理化協会

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「楽しいから笑うのではない。 笑うから楽しいのだ」
ウィリアム・ジェームズ (アメリカの心理学者・哲学者)の有名な言葉だ。

『脳は、先に口にした言葉に対して、不条理・不合理を認めず、合理的な事実に当てはめて解釈しようとする働きがあります。
先に「ありがとう」と言ってしまうと、その瞬間から、脳は「ありがとう」を探しはじめるようにできているそうです』
小林正観さんの言葉だ。

これは、「笑い」も同じ。
笑えば、笑う材料を脳は探し始める。
すると、もっと笑いたくなるような状況がやってくる。

多く笑えば、人生はもっと楽しくなる
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2017年11月20日

No 4371   【「よくなる」前提で生きる】

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【「よくなる」前提で生きる】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


誰がなんと言おうと、明らかに世の中はよくなっています。
松下幸之助さんの話ではありませんが、宇宙はちゃんと生成発展している。
たとえば今より少し前、江戸時代のことをちょっと考えてみましょう。
江戸時代は将軍様の家にだって、扇風機なんかありませんでした。
冷蔵庫もなかった。
その時代から少しずつよくなってきて、今はどの家にも冷蔵庫があります。
扇風機どころかクーラーだってあります。
いつの間にか、私たちは将軍様よりいい暮らしが送れるようになっているんです。
江戸時代に生まれなくてよかったですね。

この世の中にはどんなにいいことを並べられても、不安に思ってしまう不安症の人がいるんですね。
つまり、「世の中はどんどんダメになっていく」と考えるタイプの人間です。
そういう人はつねに不安に思うから、足がすくんで動けなくなってしまう。
動けないと行動ができないから、運が回ってこない。
そして不安に思うから不安な生活がきちゃうんです。

行動しないということ自体が、自分の未来を閉ざしてしまう。
だからもし、自分が不安症の人間だと思ったら、
「自分が考えている悪いことは、本当は50分の1くらいしか起きないんだ」
と思うようにしたらいいんです。

要するに「50倍にふくらませて感じているのだ」と自分に言い聞かせる。
そのことを意識するようになると、過剰反応している自分がだんだんバカらしくなってきて、そのうち不安に感じるのをやめるようになります。
本当は人生に困ったことは起きないんです。
だって自分の人生は自分の責任で決めているんだから、自分でも処理できないような困ったことなんて起こるはずがない。

世の中は生成発展するようにできているんです。
その流れに素直に乗っていればいい。
今の世の中は江戸時代には戻りません。
生成発展しているんですから。
100年前はもっとひどかった。
200年前はそれよりもっとひどかった。
時代は戻りません。
世の中はよくなるようにできているんです。

「よくなる」と思い込んでいれば、別の何の問題も起きません。
「よくなる」と思っているから、よくなるように生きるし、よくなる道も見えてきます。
でも「よくならない」と思っている人は、「よくならなかったらどうしよう」と思うので、足がすくんで行動できません。

行動できないから、変われない。
変われないから、運勢が悪くなる。
「よくなる」前提で生きるのか、「よくならない」前提で動くのか。
決定的な違いですね。

もちろんこれからだって、地震はくるし、台風も襲います。
だけど、昔は地震がきても放っておかれた。
今は仮設住宅をつくってくれます。
年金が安いと言ったって、昔は年金なんてなかった。
ほら、やっぱりよくなっているでしょう?

「このまま行くと、ダメになっちゃう」じゃなくて、「もっとよくなる」なんです。
それを信じるか信じないかだけ。

『変な人が書いた 人生の哲学』PHP研究所

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未来には希望がある、と思えば、どんな希望があるのか、明るい未来があるか、を探す。
しかし、未来には希望はない、絶望だらけだ、と思うなら絶望することを、いくつもいくつも探し出してくる。

人は、自分が信じるものに焦点をあて、そこにスポットライトを照らす。
そして、それだけしか見えなくなる。
だから、テレビやネットで、悲惨な事件や腹のたつ出来事ばかり見ている人には、似たような情報がどんどん入ってくる。
反対に、明るい話題や、未来の可能性に興味がある人は、夢のある情報がどんどん入ってくる。

「よくなる」前提で、人生を前向きに生きていきたい
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2017年11月19日

No 4370   【熱意を持つ】

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【熱意を持つ】

田中真澄氏の心に響く言葉より…


「成功というものには、いろいろな要素があるが、そのなかでとくに大事なもの、それは熱意だと思う」
とデール・カーネギーはいっている。
ご存じのように、デール・カーネギーは世界のベストセラー『人を動かす』の著者であり、いまも続いているデール・カーネギー講座の創設者である。
1955年、67歳で亡くなるまで、カーネギーは、全米一の社会教育家として、その名は広く知られていた。
彼が亡くなったとき、「ニューヨークタイムズ」は、1ページを割いて追悼の記事を掲げている。
それだけ、彼の残した足跡は大きかったといえる。

カーネギーの文献や講座の本質は“熱意”だといわれている。
その彼が存命中、よく講演をともにした人がフランク・ベドガーである。
ベドガーは、生命保険業界の人たちの愛読書『私はどうして販売外交に成功したか』の著者である。
このベドガーは、1888年にフィラデルフィアに生まれた。
貧乏な家庭に育ち、ほとんど小学校さえも満足に卒業しないで、苦労した人である。
うだつのあがらない保険セールスマンだった彼が、デール・カーネギーの演説講習会にたまたま出席したのが転機になった。
カーネギーによって熱意の精神を植え込まれた彼は、それ以来、人が変わったように熱意の人になった。
そして、ついに全米一の保険セールスマンになっていったのである。

彼はいっている。
「世の中で熱意以上に大切な要素はないと思う。
そしてこれが重要視されるのは、おそらくこういう素質をもつ者が少ないからであろう。
どうすれば熱意がもてるのか。
それは唯一つ、『熱意の人になるには、熱意をこめた活動をせよ』というのがそれである」

アメリカには、ポップ・フィロソフィーという哲学のジャンルが確立されている。
大衆に役立つ哲学という意味であり、生活実践哲学といっていい。
カーネギー講座などは、その代表的なものである。

日本でも、学校教育の現場で、もっとポップ・フィロソフィーがとりあげられてもいいのではないだろうか。
私は、高校生とその父兄を前に、幸福になるための実践哲学を講演することがある。
どうしたら熱意をもてるのか、どうしたら明るい行動がとれるのか、どんな人生観をもったらいいのか、といった内容を幸福と結びつけて話す。
学校側は終了後、全員に感想文を書かせる。
私もそのいくつかを見せてもらったことがある。
みんなは、私の動作・表情・姿勢から、何かを学びとってくれるようである。
ある女生徒は、こう書いていた。
「講師が、汗びっしょりで一所懸命に話しているのに驚いた。
あんなに年をとった人でもがんばっているのだから、私も、もっと真剣に勉強しなければいけないと思った」
仕事も教育も、原点は熱意をもってやることだと、この生徒の一文で確信を得た。

『[改訂新版]心が迷ったとき読む本』PHP研究所

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昨今は、無我夢中で熱くなってやる人を、カッコ悪いと思うような風潮がある。
そして、クールで表情には出さず、がむしゃらさを見せないような人がカッコいいと思ってしまう。

松下幸之助翁は、「熱意」について多くの言葉を残している。
「なまじ知識があると、しゃにむに突進する気迫が、のうなります。
しかし“断じてやる”と決めて、やってみれば、案外できるものです。
鉄をも溶かす熱意があれば、何とか知恵がわくもんです」

頭で考える理屈の人からは、熱意は伝わってこない。
吉田松陰はそれを「狂愚まことに愛すべし、才良まことにおそるべし」と言った。
狂愚とは、常軌を逸して愚かなことの意だが、熱情に突き動かされて行動したり、情で動いたリ、感極まって動くような人のこと。
才良とは、行動もしないで、ただ理屈や理論を振りかざす、頭でっかちの人のこと。
狂愚の人からは熱意がほとばしり出ている。

熱意の人でありたい
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2017年11月18日

No 4369   【「私」がどう生きるか、それを「実践」と呼ぶ】

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【「私」がどう生きるか、それを「実践」と呼ぶ】

小林正観さんの心に響く言葉より…


予言者や、よく当たるといわれた人から「大ケガするぞ」「大病するぞ」というような悪しき予言を聞いたときは、まったく信じる必要がありません。
「それ、起きません」
と宣言します。

それを言った瞬間から、あなたはそのことを祈るようになります。
悪しきことが起きないように、潜在意識で祈り始めたのです。

聞いていて楽しくない予言は、正しい情報ではありません。
悪魔の側の魂は聖なる側の予言(正しい情報)を読み取ることはできません。
ということは、100%当たらない。

逆に、聞いていて心地よく細胞が活性化するような予言をすると、それを聞いた人も、言った人も細胞が活性化します。
それを「実践」と言います。

自分の口から出る言葉が、相手の細胞が喜ぶようなことだけを話すように普段から心にとめておくこと。
たとえば自分の子どもに向かって、
「あなたは私の子なのだから、ものすごい天才になるわよ」
と話す。
それも何気なく話すことです。

また、友人に、
「今度会うときは、ますます若く美しくなっていますよ」
と話す。
そうすると、それを聞いた相手は笑顔になり、体の細胞が活性化してその話を受け入れるようになります。
自分の口から出る言葉が、常に相手の細胞が喜ぶようなことだと、そいう人ばかりが集まるので、自分もますます細胞が活性化して若返ります。

世の中を暗い暗いと嘆くより
自ら光って世の中照らそう

暗さを嘆く自分の心を変えて、私自身が明るい状態になる。
「私」がどう生きるか、それを「実践」と呼びます。

『喜ばれる―自分も周りも共に幸せ』講談社

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悪しき予言をする人は、心の中でそれが成就することを願ってしまう。
「あなたはこのままいくと病気になるよ」
と言えば、相手が病気なることを潜在意識の中で願う。
なぜなら、自分の予言が当たって欲しいから。
しかし、それは自らの魂を悪魔に売る行為。
悪魔はそれを見てほくそ笑む。

日頃、冗談のようにして相手に皮肉を言ったり、憎まれ口をきく人も、予言と同じように、相手の気持ちを萎(な)えさせ、細胞をがっかりさせる。
そうではなくて、その逆のこと、相手が喜ぶような言葉、明るくなるような言葉、元気になる言葉を常に発すること。

『「私」がどう生きるか、それを「実践」と呼ぶ』
どんなときも、まわりが喜ぶような言葉を発し続けたい
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2017年11月17日

No 4368   【人財とは】

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【人財とは】

舩井幸雄氏の心に響く言葉より…


船井流の人づくりにおいて、私は一般に使われる「人材」ではなく、「人財」という言葉を使っています。
この人財というのは、たんに有能であるとか、会社の役に立つ人間であるというだけにとどまらず、「自分にそなわった独自固有の長所を活かすことで、自分を活かし、他人を活かし、世のため、人のためになるような行動ができる」人のことをさします。
では、たんなる人材でなく、人財を育てるためにはどうしたらいいか。

大きく三つの段階に分かれます。
まず、第一段階は「プラス勘定の人間にする」ことです。
プラス勘定の人間というのは、一言でいえば、人間として生きていくために最低限の正しい「クセづけ」のできた人のことをいいます。
この「クセづけ」とは、いわゆる「躾(しつけ)」のことであって、「約束を守る」とか「自主的にやる」といった、社会や会社で通用するルールや心がまえを身につけることを意味します。
ですから、人を人財として育てるためには、まず、礼儀やルールをきちんと躾けて、それをしっかりとクセづけしていく必要があります。
そのクセづけさえできれば、あとは好きなことを自由にやらせればいい。
そうすることで、学び好き、働き好きで、プラス発想グセのついたプラス勘定の人間が育っていきます。

第二段階は、「人間性を高める」ことです。
これには、「与え好きの人間にする」のがもっとも効果的といえます。
「いまだけ」「自分だけ」という狭い我欲から離れて、他人の利益や幸福も視野に入れた、もらうよりも与えることに喜びを感じる利他的な考えをもたせるのです。
あるいは物事を根源からマクロにつかみ、ミクロに対処するように仕向ければ、その人はもらい好きから脱皮して与え好きの人間へと成長していき、おのずとその人間性を高めていくでしょう。

第三段階は、「独自固有の長所を伸ばして天才にする」ことです。
人はだれでもそれぞれの固有の長所というものをそなえています。
それを見つけて、認め、ほめ、伸ばしてあげる。
すると、その人は自己のもつ最大限の能力を発揮するようになります。
自己のもてる能力を最大限に発揮できる人。
そいう人はみんな天才と呼ぶにふさわしい人間なのです。

『法則』サンマーク出版

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船井流の『新入社員に施した五つの「クセづけ」』というものがある。
1. 約束を守る
2. 自主的にやる
3. 逃げない
4. 自慢しない
5. 人の足を引っ張らない

そのために大事なことは、「自分に起きることは、よいことも悪いこともすべて必然、必要である」と考えて他人に責任転嫁せず、事態を受け入れて、自己責任のもとで行う、ということ。
これこそが、人づくりの原点だという。
そして、これらを身につけることを舩井氏は、「躾」と呼んでいる。

また、「与え好きな人」とは、利己ではなく利他の人。
これは「お金や贈り物を与えること」とすぐに思ってしまうが、「自分の知っていることを惜しみなく教える」とか、「明るい笑顔」「気持ちのよい挨拶をする」「席をゆずる」等々の行為もある。
要するに、ケチくさい人間は嫌われるということ。
自分のことばかり考えている人間は、「人間性が低い」。

人材ではなく、人財になりたい
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2017年11月16日

No 4367   稲盛和夫さん鹿大へ100万株を寄付(80億円)

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MBCニュースから
http://www.mbc.co.jp/news/mbc_news.php?ibocd=2017111600026616

稲盛和夫さん鹿大へ100万株を寄付[11/16 19:46]


Video Player
京セラの名誉会長の稲盛和夫さんが、母校の鹿児島大学に京セラの株式100万株を寄付しました。
鹿児島大学で受納式が開かれ、稲盛和夫さんから鹿児島大学の前田芳實学長に目録が手渡されました。

今回、稲盛さんが寄付したのは、自らが持つ京セラの株式100万株です。
鹿児島大学では配当金で得られる収益を、学生の留学や若手研究者の支援などにあてることにしています。
なお、京セラ株の今期の年間配当金は1株あたり120円と予想されています。

(稲盛さん)「(鹿児島大学は)育んでくれた母校なので、どこの大学よりも愛着を持っている、寄付を資金にして鹿児島大学がさらに発展するよう使ってもらえたら」

稲盛さんがこれまでに鹿児島大学に行った寄付の総額はおよそ21億円で、稲盛会館の建設や、リーダーを養成する「稲盛アカデミー」の運営に使われています。


 (120×100万=12000万   毎年1億2千万円!になるそうです!)
本当に素晴らしい 大先輩ですね!
少しでも見らないながら おいちゃんも成長せねばと 再確認!
今週の 稲盛経営アカデミーが 楽しみです!

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No 4366   【変化させられる人】

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【変化させられる人】

長谷川和廣氏の心に響く言葉より…


赤字の再生企業に出向いた際、私がまず味方につけたいと思う人材は「変化させられる人」でした。
私が企業競争の現場で経験した結果を分析してみると、多くの会社で起こった繁栄と衰退には、明らかな原因がありました。
生きることに成功している会社は、刻々と変わる社内外の経営環境を見極めて自分の会社を変化させる力がある。

一方、不幸にして生きることに失敗した会社は、弱点を自ら変える力が弱っているのです。
つまり、古い体質を改善できずに「儲けを生み出せないシステム」のままでいたら、時間の経過とともに格差は、どんんどん広がってしまいます。
これは個人のレベルでもまったく同じです。
「実績を生み出せない自分」のまま、ただ給料をもらっているだけでは、いつの間にかライバルたちに差をつけられてしまいます。

まず、個人レベルで今までの価値感を根底からシフトする勇気を持ってください!

『2000社の赤字会社を黒字にした 社長のノート』かんき出版

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会社の再建だけでなく、どの組織においても、あるいは、個人の生き方としても「変化させられる力」は必要だ。
それは、何かを変えていく力。

「競争相手は同業他社ではなく、時代の変化」(鈴木敏文)という言葉がある。
時代が変わっているのにも関わらず、変えることができなかったら、その組織や会社はどんどん衰退し、やがて倒産する。
多くの組織は、古くからやっていることを守ろうとする力が働く。
その方が居心地がいいからだ。

あと10年したら、既存の仕事の半分がなくなる、と言われるくらい現代は激変の時代だ。
その変化のほとんどが、ITやAIによって引き起こされる。
まさに今までの価値観ががらりと変わる時代に突入した。

変化させられる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 21:21| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4365    屋久島七福神 2017

本日 45年ぶりに 天皇陛下が屋久島にいらっしゃるとのこと

屋久島は天皇皇后両陛下様 歓迎ムード満載であります

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おいちゃんも 先週滞在時間22時間の ハードスケジュールで 屋久島に帰り
おいちゃんが奉納した屋久島七福神の清掃や 周辺の整備をして帰ってきました

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世のため人のために  ふるさと屋久島への恩返しです

まずは 第一番 弁財天様  吉田の森山神社の境内

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第二番 福禄寿様  宮之浦 消防署近く 河川敷公園

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第三番  布袋尊様  屋久島空港前

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第四番  毘沙門天様   安房屋久杉ランド入口

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第五番  大黒天様   中間地区

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第六番  寿老人様   尾之間温泉前

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第七番  恵比寿様   尾之間 仏ヶ峯 おいちゃんの実家前

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その合間に 行政の方にあったり、親戚巡りしたり、岳南工房に立ち寄ったり、友人に会い、知人のお見舞いに行ったり なかなかハードな 22時間でした
もちろん朝一で帰り すぐに仕事:本業に 戻りました

実家近くの 保食神社に奉納した 石灯籠です

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世のため人のために できる範囲で 恩返し・恩返し

屋久島七福神HP
(最近更新しておりませぬ、申し訳ございません)
http://www.mouri-dc.com/729/

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No 4364   【超能力を求めない】

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【超能力を求めない】

曹洞宗尼僧、青山俊董氏の心に響く言葉より…


お釈迦さまはね、大変な神通力をお持ちだったようです。
お釈迦さまほどの方ですら、いやすべてをお見通しのお釈迦さまであればこそ、超能力が、神通力というものが大変に危険性を伴うものであることを承知しておられ、いかなる場合にも使ってはならないと、ご自分にも弟子たちにも禁じておられ、人々を救済するという、よいことにおいてすらも、使うことを禁じておられるのです。
仏教では、ほんとうの大神通とは『運水搬柴是れ神通(うんすいはんさいこれじんつう)』といってね、水や薪を運んだり、何とも思わなくても食べることができ、食べたものが必要なカロリーとして消化し、不要なものは排泄され、そういう働きを大神通と呼んでいるのです。
こんな不思議な働きをはじめからいただいている、それにめざめることこそ大切と呼びかけているのが仏教なのです。
どうでもよいもの、むしろ凶器となってあなたの人生を滅ぼしかねないようなものを欲しがらずに、授かっている生命の姿にこそ目を開く学びを致しましょうね。
(一度きりの人生だから)より

『たった一度の人生を悔いなく生きるために大切なこと』海竜社

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我々は、何かに行き詰まってしまったとき、奇跡が起こること願う。
超能力があれば、と切に思う。
そんなとき、怪しい占いや、自称超能力者に引っかかってしまうこともある。

斎藤一人さんは、「この地球は行動の星だよ」という。
つまり、行動を通して学び、少しでも役に立つ人間になってあの世に行くという実践が試される星。
だから、大神通力があるお釈迦さまでさえも、この世では奇跡は起こさず、具体的な行動を通してしかお教えにならなかった。

大切なことは、息ができること、心臓が動くこと、手足が動かせること、夜寝たら朝起きれること、という当たり前の不思議に気づくこと。
それこそが、人知を超えた不思議な超能力。

「超能力を求めない」
生かされている不思議に毎日感謝し、少しでも役に立つ人間になれるよう、日々具体的に行動したい
posted by Dr.モーリィー at 10:11| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

No 4362   【IT革命の本質とは】

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【IT革命の本質とは】

夏野剛氏の心に響く言葉より…


日本の長所でもあり短所でもありますが、従来の社会に存在しなかったものが登場すると、まずネガティブに反応します。
そして過去のルールに照らし合わせて、どこに該当するかを探して規制しようとします。
そもそも、法律や社会制度は、その時点で存在しない要素を想定せずにつくられているものですが、現在の秩序を守るために、半ば強引に該当項目を見付けようとするのです。

これに対して英米法では、新しいものが出てきても、法律で禁止されていなければ問題ないと考えます。
ですから、新しい技術やサービスが生まれると、「とりあえずやっちゃえ」と社会に送り出す人が現れる。
それが社会に浸透し、どこかで混乱が起きて初めて、法律が制定されたり、社会制度が変更されたりします。

日本とアメリカ、どちらの考え方が良いか悪いかに関しては各議論がありますが、少なくともテクノロジー進化やその活用という点に関しては各議論がありますが、少なくともテクノロジーの進化やその活用という点に関して言えば、英米法的な考え方のほうがはるかにスムーズに進みます。
日本人も、個人としては「便利なものは使っちゃえばいいじゃん」と簡単に受け入れますし、新しいものを使いこなすことも得意です。
学校でLINEが禁止されていても、プライベートな世界ではどんどん広がっていくというようなことはよくあるのではないでしょうか。

問題は、新しいものを拒絶する日本的なマインドセットが、国の法律のレベルから行政指導、そして会社の経営、ビジネスのアプローチにまで浸み込んでしまっているということです。
このままでは、いつまで経っても、私たちがIT革命の恩恵を受け、再び成長していくことはできない。
まずはこの認識からスタートしなければいけません。

では、私たちが取り入れるべきIT革命の本質とは何なのか。

まず1つ目が「効率革命」です。
従来現実社会で行われていたことが、ネットを介することによって劇的に効率化されました。
例えば、「アマゾン」を始めとするECサイトの登場です。
これにより、書店での購入が一般的であった書籍は、ネット上で簡単に買うことができるようになりました。
食料品、衣料品、家具、電化製品など生活に必要なものがすべて揃い、インターネット環境がさえあれば、いつでもどこでも買い物ができる。
証券会社も同じで、今では個人取引の99%がネット上でトレードされています。
わざわざ証券会社の窓口まで出掛けたり、電話をしたりする必要はなくなりました。
あとは、社内組織の電子化により、効率化され、組織もフラット化されていきます。

2つ目の革命は「検索革命」です。
私たちは、何か知りたいことがあれば、パソコンやスマートフォンで世界中の情報を簡単に検索できます。
あらゆる情報が瞬時に、しかもその多くは無料で入手できます。
この検索革命は、“専門家”の定義を変えました。
20世紀まで、専門家とは、どの組織に属し、どのような業務に従事しているかによって決まっていました。
組織の中でなければ、その分野の情報を得ることはできなかったからです。
しかし現代では、自宅で検索するだけで、どの分野の専門家にもなれるようになりました。
自動車産業で働く人より車に詳しいアマチュアや、JR職員より電車に詳しい鉄道オタクはたくさんいます。
彼らがそこから新たなビジネスを起こし、本当のプロとして活躍することも珍しくない世の中になりました。
しかし、この検索革命の重大さを、多くの経営者が認識していません。
何か購入するものがあれば、わざわざ業者を集めて相見積もりを取るよりも、「楽天市場」で価格を調べたほうがよほど効率的です。
ところが「勤務中にショッピングサイトを開いてはいけない」などと言われてしまう。
挙句のはてに、アクセス制限のフィルタリングや、USBの持ち込み禁止など、無意味な社内ルールを設けている企業が少なくありません。

3つ目は「ソーシャル革命」です。
SNSの浸透などにより、個人の情報発信力は飛躍的に向上しました。
誰もが自分の考えや発見を世界中に発信できるようになった。
検索革命によって情報収集能力が高まった個人が、さらに情報をシェアするためのツールとしてSNSを使うことで、相乗的に触れられる情報の量が増え、お互いに意見交換や議論ができるようになったわけです。
そうして、いわゆる「アルファブロガー」に代表されるように、一般の人の中にも大きな発言力を持つ存在が現れるようになりました。
企業の競争力は、何によってもたらされるか。
仕事をしていると、「ここはこういう風に直したほうがいいな」といった発見や、小さなアイデアといった、個々の社員の“気付き”がたくさん生まれます。
それを共有して横軸にしていくことが、その企業の競争力です。
トヨタに代表される“カイゼン活動”はまさにそうです。
作業効率の向上や安全性の確保などに関して、経営陣から指示されるのではなく、現場の作業者が中心となって知恵を出し合い、ボトムアップで問題解決を図っていく。
これを全社的に共有し、品質向上や効率化を進めていくスピードによって、日本の製造業は一気に競争力を得たわけです。
ここで重要なのは、その気付きが個人によってもたらされたということです。
個人の気付きが共有され、蓄積されることで企業の競争力は高まっていきます。
個人と組織の関係性が、常に競争力の源なのです。

『自分イノベーション』SOGO HOREI

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一昔前まで、中国の情報インフラの低さに、誰もが到底これは先進諸国には追い付かないだろうと思われていた。
しかし、現在は「飛び級的進化」と言われ一躍時代の寵児に躍り出た。

「イノベーションの普及が飛び級型で進むのが中国市場だ。
電話は固定を飛ばして携帯があっという間に広がった。
利用者の大半がスマホを使い、通話はアプリ経由がほとんど。
映画やドラマなど映像コンテンツの視聴はビデオテープやDVDの時代を経ず、ネット配信に進んだ。
飛び級型の革新には利点がある。
既存のインフラや既得権益者ら守旧勢力の妨害が起きにくいのだ」日経新聞(2017.10.16)

中国では、市場の屋台でもスマホで決済ができる。
日本がまごまごしている間に、あっという間にキャッシュレス化が進んでしまった。
それが、さらに進み、個人の信用(格付け)もスマホ決済が普及したおかげでできるそうだ。
その結果、自分の信用のスコアを上げるため、「品行方正な人」が増えてきたという。
中国人に今まで一番か欠けていたのが「信用」、と言われていたのが、このスマホ革命によって変わるかもしれない。

日本は、まさに旧勢力(既存の利益を守る集団)が多く、あらゆる業界がガラパゴス化する危険性がある。
飛び級ができないのだ。

「IT革命の本質」は個々の力を生かすこと。
一人ひとりが自分の力を発揮し、この大変革の時代を乗り切りたい
posted by Dr.モーリィー at 07:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする