2017年10月31日

No 4339 大弁財天招福大護摩祈願祭

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11月1・2・3日  鹿児島市平川 最福寺大仏殿にて 11時から

大弁財天招福大護摩祈願祭が 執り行われます

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家門繁栄・商売繁昌のほか 願意のいろいろ

必勝合格・学業成就

身体健康・技芸上達

夫婦円満・病気全快

家庭円満・世界平和

航海安全・五穀豊穣

大漁満足・恋愛成就

良縁成就・安産成就

如意吉祥・開運招福

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おいちゃんも 3日に 参座予定です💡😃✌

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posted by Dr.モーリィー at 22:07| 最福寺・仏教 関連 | 更新情報をチェックする

No 4338   【限界を討ち破ったときに、魅力が出る】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【限界を討ち破ったときに、魅力が出る】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


人の魅力って、その人が限界を超えたときに出てくるんです。
しゃべるのが苦手な人が一生懸命しゃべってると、人に大きな感動を与えるものなんです。
だから、「私は話が下手だからダメ」じゃない。
一番ダメなのは、「話が下手だからやらない」なんです。
苦手なことに挑戦している姿は、すてきなんです。
みんなにすてきに映るものなんです。

信ちゃんは性格もすてきなんです。
だけど、一生懸命やる姿が、もっとすてきなんだよね。
本が大の苦手だった信ちゃんが…。
本好きが7回読むんじゃない。
ほとんどマンガしか読んだことがなかった人が、7回読んだことがすごいんだよね。
そのことで、限界という、自分で作った殻を破った。

オリンピックが感動的なのも、限界を破って出てくるからすてきなんだよね。
で、人って、そういう人の姿を見ると感動するように、神が作っているんです。
私たち、猿じゃありませんよね。
猿が、なにかをやっても、猿どうしは感激しないんです(笑)。
だけど、人は、出来なかった人ができたのを見たとき、感激するようにできている。

みっちゃんも、声や体が震えちゃうほど、人前で話すのが苦手だった。
そんなみっちゃんも今では、講演会で2000人を前に舞台に立っている。
その姿だけで、すごい魅力があるんです。
限界を打ち破ったときに、魅力が出るんです。

人は、できないから魅力がないんじゃない。
できないことが一つでもできるようになったとき、すごい魅力が出るんです。
それを忘れないでほしいんです。
みんなに。
だから、みんなにね。
「私はできないからやらない」じゃない。
やめる言いわけにしちゃダメなんです。
前にも言ったけど、「深い井戸ほど出た水はきれい」なんです。
もうひと堀り、もうひと堀りってするんです。

成功に向かって歩き出している人を、成功者って言うんです。
止まっちゃいけない。
歩き続けるんです。
千里先からでもいい。
成功に向かって歩きだした人は、全部、魅力的なんです。

だから、「私、話が苦手なんだ」って人には、「苦手でもいいから、やってごらん」って。
「心臓が口から出ちゃう」って人には、「それ見たいからやってごらん」って(笑)。
「一回口から心臓が出るところ見てみたい。そんなすてきなショーはないよ」って(笑)。
やるって言ったらやろうよ、って。
震えてもいい、声が出なくてもいい、それ場で気絶してもいい、だけど立とうよって。

『仕事はおもしろい―当代きっての実業家が明かす仕事術の神髄!』マキノ出版

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できそうにもないことにチャレンジする姿に人は感動する。
それは、年齢だったり、体力だったり、世の常識だったり、という限界を超える姿だ。
特に、どこにでもいそうな普通の人が、自分の限界を超えようと挑戦する姿に、人は感動する。

大勢の人前でしゃべって、何も話せなくて大恥をかいたとしても、ほとんどの人はそれを覚えていない。
自分が気にしているほど、他人の話は、聞いていないし、気にしていない。

他人の目を気にしすぎると、チャレンジできない。
失敗したら恥ずかしいとか、こんなことしたらどう思われるかとか。
どんなチャレンジでも(無謀なチャレンジは別にして)、最悪のことを考えてみればわかるが、命まで取られることはない。

自分の限界を打ち破ろうとしている人には、限りない魅力がある
posted by Dr.モーリィー at 07:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

No 4347    【運にめぐまれている人】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【運にめぐまれている人】

小林正観さんの心に響く言葉より…


私たちは、一人ひとりを本当に大切にしているか、ということを常に考える必要があります。
例えば、手紙をくれた人に返事を書こうと思いながら、つい書きそびれて月日が経ってしまい、いつの間にか忘れてしまうことは少なくありません。
同じように宅配便で何かを贈ってもらったとき、すぐに礼状を出せばいいものを、「そのうちに」と思っていると、先方から電話があり「着きましたか」と聞かれることになります。
贈ってくれた人は、何も礼状が欲しいわけではなく、届いたかどうか、確認したいだけです。
ですから、「届きました。ありがとう」という礼状を出す(あるいは電話をする)ことが、その人を大切にすることになるのですが、私たちは、ついついなおざりにしているような気がします。

一人ひとりを本当に大切にしているかどうかで、実はその人の「運命」が決まってきます。
「運命」というものは「人が運んでくるもの」です。
運んできてくださった人に「感謝」し、「手を合わせる」、ということを続けていると、その人の人生は、「嬉しさ」や「楽しさ」、「喜び」に満ちたものになっていきます。

極端に言うと、「運命」には「運がいい」とか「運が悪い」ということはありません。
「運が悪い人」というのは、目の前の「運」(人)を見過ごしている(大切に思っていない)ということにほかなりません。
一人ひとりを大切にしている人は、必ず良い「運命」を手に入れます。
「運」は「人によって運ばれてくるもの」なのですから。

「運にめぐまれている人」というのは、別に次から次へと「幸運がやってくる人」という人ではありません。
一人ひとりを大切にしている人なのです。
人との「出会い」や「つき合い」を大切にしていくかどうかで、自分の将来が決まっていく、ということに気がつかなければいけません。

一人ひとりを大切にしない人に「幸運」はありません。
つまり、良いものが運ばれてくることはないのです。
逆に、一人ひとりを大切にしている人(社会的な地位や身分というものには関係なく、人間一人ひとりを本当に大切にしている人)は、「幸運」を手に入れます。
それは、金銭的経済的にプラスになるということではなく、目に見えない「運の良さ」というのもです。

「今まで自分は、運が悪かった」「ついてなかった」と嘆く人は、もしかしたら、一人ひとりを大切にしてこなかったのではないでしょうか。
もう一度、自分の日常生活を見直してみましょう。

報酬や仕事というものに関わっていなくても、自分と縁のある人、出会う人というのが必ずいるはずです。
その一人ひとりを、できるだけ大切にしていくことです。
そうすれば、今までにない「幸運」な日々が展開していきます。

『神さまに好かれる話: 悩みを解消する法則 (単行本)』三笠書房

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坂村真民さんに「二度とない人生だから」という詩があるが、その中にこんな一節がある。
「 二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず書くことにしよう」

また、茶道に「一期一会(いちごいちえ)」という言葉がある。
一生にもう二度と会う機会はないのだ、と言う気持ちで、その場その場の出会いを大切にする、ということ。

運とは人のことだ。
それは、目の前に現われた人をどれだけ大事にするかということ。
相手の、地位が高いとか、肩書があるとかは関係なく、そのご縁に深く感謝し、手を合わせる。

運にめぐまれている人は…
一人ひとりを大切にし、感謝多き人
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2017年10月29日

No 4336   【負けるな、嘘をつくな、弱い者をいじめるな】

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【負けるな、嘘をつくな、弱い者をいじめるな】

西郷隆文氏の心に響く言葉より…


薩摩は昔から「武の国」として知られながらも、他国のように深い堀や高い石垣、堅牢(けんろう)な城に頼らず、城はあっても、あえて城楼も天守閣もつくりませんでした。
これはもちろん、城の背後を城山という天然の要害が護(まも)っていたこともありますが、人間こそが不落の城であり、人間こそが堅固な石垣であり、人間こそが長大な堀である、という独特の人材登用と育成を大切にする慣わしが、あったからでした。
薩摩の郷中(ごじゅう)制度は、薩摩の歴史とともに受け継がれ、やがてそれが正式な「郷中教育」として完成したのが、江戸時代中期と言われています。

郷とは、方限(ほうぎり)、町内と呼ばれる行政の最小単位で、郷中は郷の仲間を意味します。
武家の青少年による自治組織で、武家の男子が6歳になると郷に入ります。
6歳から10歳ほどを小稚児(こちご)、11歳から15歳ほどを長稚児(おせちご)と言い、そして14、15歳で元服して二才(にせ)となり、25歳くらいまで郷中で学びます。

郷中ではニ才が長稚児を、長稚児が小稚児を指導し、それぞれのリーダーとして、ニ才頭(かしら)と稚児頭が選ばれ、二才頭は郷中の責任を負います。
そして、二才頭自身も、それぞれの郷の二才頭同士で学び、分かち合い、どうしても解決しないことがあれば、25才くらいを超え長老(おせんし)と呼ばれる大先輩のところに行き、教えを請いました。
これこそが郷中教育の特徴で、教師なき教育制度と呼ばれるゆえんです。

郷中教育において最も大切とされる、人として守るべき3つの教えがあります。
「負けるな」 人に負けないというよりも、どんな困難に遭っても決して自分に負けてあきらめないこと。
「嘘をつくな」 過ちを犯したときには決して言い訳せず、素直に非を受け入れること。
「弱い者をいじめるな」 弱い者いじめが最も卑劣で、器の小さい人間のすることだから、慎むこと。

こうした郷中教育の教えには、いつの時代にも通用する普遍の真理が含まれているように思えてなりません。
さて、郷中でも教えを誰よりもかたく守り、年長者を敬い、後輩をかわいがり、文武を鍛えた西郷さん。
やがて実力と人望を備えた若者として成長し、下級武士の子ながら、下加治町の郷中に「西郷あり」と藩内に知られるところとなっていきました。

西郷さんは、ニ才頭として後輩たちを指導していくのですが、大山巌や東郷平八郎らはみな、西郷さんからかわいがられた後輩たちでした。
下加治町の郷中の子供たちが、他の郷中に比べて立派であるとされ、彼らが模範とするリーダーの西郷さんの評判が高まっていったそうです。

また、西郷さんは16歳のとき、その才能を評価され、「郡方書役助(こうりかたかきやくたすく)」として藩に出仕しました。
これもまた、郷中教育で日々才能を磨いた努力の成果でしたが、このことは、あとに続く後輩にとっても大いに励みになったに違いありません。

『西郷隆盛 十の「訓え」: 語り継がれる「激動の時代の生き方」 (単行本)』三笠書房

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■「嘘をつくな」
ITやAIが進むと、ますます、「嘘や秘密が露見する」時代となる。
昨今の大手企業の一連の不祥事がこれを物語っている。
誰かがちょっとつぶやいただけで、それが拡散する時代だからだ。
だからこそ、現代は誠実さが求められる。
誠実な人は、「嘘をつかない」「公平無私である」「真面目である」等々の資質がある。

■「弱い者をいじめるな」
また、学校や社会においても「いじめ」の問題があるが、「動物は弱肉強食なのだから、弱い者はいじめられたり、切り捨てられても当然」という意見があり、唖然とした。
「弱い者をいじめるな」とは、卑怯なことを憎む心だ。
武士道においては、卑怯なこと、不正なことをもっとも憎む。
これは、勇気と対になる考えで、勇気がなければ実行できない。
自分だけが安全な高みにいて、弱き者、小さき者を見下したり、いじめたりする態度は人として最低の卑劣な行為だ。
こんなことは、自分がいじめられる立場になってみればすぐにわかることだ。
これは、「惻隠(そくいん)の情」でもある。
小さき者や弱き者を「あわれむ・不憫(ふびん)に思う」、「思いやる」気持ちのことだ。

■「負けるな」
「負けるな」に必要なのは、勇気だ。
真の勇気がなければ、己の弱さに勝てない。
不正に対して憤(いきどお)ることも同じ。

現代において、もっとも必要な訓え…
負けるな、嘘をつくな、弱い者をいじめるなの実践をしたい
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2017年10月28日

No 4335      【行いは言葉よりも雄弁】

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【行いは言葉よりも雄弁】

田中真澄氏の心に響く言葉より…


人を評価する場合、まずその人の日常の習慣を見て判断する人が本物の人物です。
本物の人物ほど単なる口先だけの人を信用しないのです。
「行いは言葉よりも雄弁」ということわざがありますが、それは行動が本当の人柄を示すことを示唆しています。
上位20%の人は、そのことわざの真意を理解している人たちです。

残念ながら、残り80%の人は、良き行動を続けている人を積極的に支援しようとはしません。
傍観者で終わる人たちです。
ですから私たちは、新たな行動を起こすときは、上位20%の人たちを味方にできるように、普段からその人たちとの交流を深めておく必要があります。

では具体的にはどうすればいいのでしょうか。
決め手はクイックレスポンスです。
年中無休・24時間対応の行動をとることです。
何か頼まれたら迅速に対応する、問い合わせにはすぐ答えるといった習慣を身につけて、上位20%の人たちとの交流を深めておく必要があります。

これまで私は、3マメの実践を推奨してきました。
口マメ・手マメ・足マメのことです。

口マメとは電話を掛けることです。
これは今の日本人は携帯電話のおかげで得意になりました。

手マメとは筆まめのことで、まめに礼状・祝い状・慰労状などのお便りを出すことです。
これは今の人の多くが苦手ににしています。
だからこそ、筆まめに徹した人は物事を有利に展開していけます。

足マメは訪問のことです。
何かあれば飛んでいく習慣のことで、これまた有力な対人関係の武器になります。
とにかくマメに動くことが大切です。

『小に徹して勝つ―凡人の成功哲学』ぱるす出版

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脳力開発の創始者、城野宏氏は、「行動」についてこう語る。
「『行動のつながりで、具体的に考える習慣をつくろう』
手と口と足をフルに使った、行動のつながりで考える習慣を つくろう。
概念のつながりだけで抽象的に考える習慣をやめよう。
概念は重要ではあるがただの名札であり、具体的行動を主軸にして考えないと成果はでない。
抽象理論だけで”わかったつもり”にならないようにしよう」

人物を評価する時、上っ面だけを見ているとすぐにだまされてしまう。
それは、地位や肩書、あるいは心地よい言葉などなど。
しかし、本当に見なければならないのはその人の実際行動。

行動と行動のつながりを見ていれば、その人の本質が見えてくる。
行動とは、手と口と足を使うこと。
そして、大事なのは、その行動を長く続けているかどうか。

口先だけではなく、具体的に動く人でありたい
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2017年10月27日

No 4334   【売り言葉に買い言葉】

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【売り言葉に買い言葉】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


「売り言葉に買い言葉」と言いますが、いままで、売られた言葉を買ってもロクなことがなかった。
それでも、つい買ってしまうのが「売り言葉」です。
いわれなきこと、不当なことを言われたとき、その「いわれなきこと」「不当なこと」というのは、反論したくなるようなことと決まっている。
だから、つい買ってしまうのです。

「売り言葉」でも何でもそうなんですけれど、他人が嫌なもの、悪いものをあなたに与えようとしたとき、たいがい、怒ったり、動揺したりしますよね。
そうなると人は、つい、やり返しちゃうんです。
でも、やり返すと“負け”なんです。

いわれなきこと、非難、中傷に目くじらを立てて相手に言い返すのは、相手と同じ土俵に自分がのっかった、ということ。
だから、こちらの“負け”。
相手があなたに悪いものを与えようとしても、あなたがスルーしてしまえばいいのです。
そうすれば、「よし吹く風荒くとも、心の中に波たたず」。
お釈迦さまの境地です。

簡単に言うと、相手がいくら言っても自分がやらなきゃ勝ち、と決まっているんです。
この世の中は、そういうルールなのです。
ですから、たとえば、自分の親にこんなことを言われたとします。
「おまえは、ホントにわがままだな」
自分では、親の期待に応えようとして真面目に、一生懸命、勉強したり、生きているつもりでいるのに、「わがままだ」と言われたとします。

そのときは、反論しないのです。
たとえば、「ホントにそうだね。ウチの一族でいちばんわがままだね」とか、ワンクッション置いて、「父さんのおかげで東京の大学に通えてるんだよね。ありがとう。感謝してます」とか、相手が喜ぶ言葉を相手に贈ってみる。

ちなみに、東京・新小岩にある、「一人さんファンの集まるお店」に通っている“たくちゃん”という男の子が、この方法をやってみたんです。
修業相手であるお父さんに「そうだね、わがままだね」と言ったんですって。
その後、お父さんは彼にうるさいことを言わなくなったそうですよ。

『絶対、よくなる!』PHP

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車でのトラブルも、この「売り言葉に買い言葉」によって起こるケースは多い。
急に割り込んできたりする車に、「なにやってるんだ!バカヤロー!」とか、クラクションを鳴らすなどの「売り言葉」を掛けたりすると、結果、「なにを!このヤロー!」と、車で進路を妨害したり、幅寄せしたりして仕返しをする「買い言葉」が出てくる。

これは、「やられたらやり返す」という心理と同じ。
やられっぱなしじゃ終われない、「仕返しする」「復讐する」ということ。
そして、大事なのは、最初に「売り言葉」を発しなかったら「買い言葉」はない、ということ。
「仕返し」や「復讐」は負の連鎖(れんさ)を生むだけだ。

どうせするなら「負」の仕返しではなく、「お礼」の仕返しを。
「お礼」の仕返しとは…
厳しいこと言ってくれて、「ありがとう」。
注意してくれて、「ありがとう、感謝します」。

「やり返したら負け」を肝に銘じたい
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No 4333   【言下に答える力】

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【言下に答える力】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…


《武士たる者は、武道を心懸(か)くべきこと、珍しからずといへども、皆人油断と見えたり。》
(武士たる者が武士道を心がけねばならないということは、格別とりたてて言うほどのことでもないが、すべての人に油断があるように思う)

「武道の大本をなんと心得る」と聞いても、即座に答えらえる武士が少ないことを、山本常朝は「油断している」と語りました。
とりたてて言うほどのことではないが、答えられないのは武道の心がけができていない。
つまり、油断千万だというわけです。

聞かれたときには言下(げんか)に答えることが重要で、「ええと、なんだっけ?」などと言う人は、普段から考え抜いていないのです。
たとえばあなたが「仕事とはどういうものか」と上司に聞かれたとします。
「もちろんいろいろあるだろうが、もっとも君が重要だと思うことは何だ?」と言われたら、何と答えますか。

自分のやっていることに対して確信があるなら、パッと思い浮かぶでしょう。
普段から考えていれば、躊躇しないで答えられるでしょう。
答えは変わってもいいし、一つでなくてもいい。
「今はこれを心がけています」というのでもいいから、とにかく答える。
それが「言下に答える力」です。

私は、大学で学生を教えるときには言下に答える力を要求し、質問には三秒以内に答えるようにと言っています。
採用面接のときでも「これからの仕事の中で大事なこと三つあるとすれば何か」と聞かれて、三つパッパッパッと答えられる人は、普段から仕事について自分自身の答えを持っている人ですね。

作詞家の阿久悠さんがテレビのインタビューで、「歌詞を作る上で大切なことは何ですか」と聞かれたとき、間髪をいれずに「時代です!」と強く答えられたのが、印象に残っています。
何かを考えて準備をし、経験して、これだと思うところに行きつくこと。
それは、自分がつかんだものでいいのです。

どんなことでも「自分なりに定義してみる」というのは面白いことです。
「葉隠には何が書かれてあるか」ということだって、いくつも定義できるでしょう。
ただし、言下に答えられなければ、本当にわかっているとは言えません。
油断があるということなのです。

『図解 葉隠―勤め人としての心意気』ウェッジ

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安岡正篤氏は「挨拶」についてこう語る(“安岡正篤一日一言”より)。

「挨拶とはどういう意味かと申しますと、挨も拶も、直接の意味はぴったりとぶつかる、すれ合うということで、従って物を言うのに、相手の痛いところ、痒いところへぴったりと当たる、これが挨拶であります」

挨拶とは、何か気の利いたことをズバッと言うこと。
それが、相手の痛いところ、痒(かゆ)いところへぴったりと当たるということ。
「言下に答える力」と同じで、いつも自分のやっていることに対して、深く考え抜いていないと挨拶も言葉も瞬間にでてこない。

自分が関わる重要なことについて何か急に聞かれたとき、即座に答えられないなら、そこには油断がある。
油断があるとは、ぼんやりしているということ。

言下に答える力を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 20:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

No 4332   【いばる人は野暮天】

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【いばる人は野暮天】

美輪明宏氏の心に響く言葉より…


本当にすばらしい年長者として敬われたいのなら、場所が変わるとともに自分の気持ちを切り換えて、普通の人なみの扱いで当然だと思い、また普通以上に扱われた場合は、それをありがたいことだと感じなければいけないはずなんですね。
そういうふうに思っている方こそが、本当にしゃれている人なのだと私は思います。

けれども、そうでない野暮天(やぼてん)がおりまして、着るものは一流製品を身につけていますが、考えていることが野暮で、ちょっともおしゃれではない。
そして本人はそれでいいとしても、不思議なことに、女房子供までが虎の威を借りる狐になっていばっていることが多い。

芸術家の奥さんもそうですね。
自分の才能で作品を書いて、世の中で評価されているわけでもないのに、それを自分の力でやったような錯覚を起こしている奥様がいます。
子供も同じですね。

私はあるお金持ちの家の子供にこんなことを言ったんです。
「あんたたち、今まで何をしてきたの?
何ができるの?
どれだけお金をかせいだの?
何もないじゃないの。
ただ親からお金をもらっているだけでしょう。
親をせびり倒してヨットを買ってもらったり、車を買ってもらっているんでしょう。
親というのは別の人格を持った別の人間なのよ。
心の中も頭の中も、生きてきた人生も、あなたとは何の関わり合いもない、別の人間なのよ。
それなのに、あなたは親と自分を同一視して、錯覚を起こしているんじゃないの?」

その子たちは、自分の能力以上の生活をしています。
着ているものはピカピカで、外国製の高い時計をして、別荘だヨットだと遊び回っているんです。

いくら高い一流品を着ていても、それではただのマネキン人形と同じです。
私はそういう人たちをおしゃれだというふうには思いません。
本当の意味でのおしゃれということをさとれば、もっと心豊かな楽しい人生を送れるはずなのです。

『微笑みの首飾り』水書房

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野暮天とは、きわめて野暮なこと。
野暮の反対は粋(いき)。
野暮とは、「洗練されていないこと」、「融通(ゆうずう)のきかないこと」、「人情の機微(きび)に通じていないこと」だが、その野暮の最たるものが「いばること」。
いばっている人は、カッコ悪くて、恥ずかしい。
そして、自分ではそれがカッコ悪いことだと気づいていない。

『栄光浴(えいこうよく)』という言葉がある。
「欲」ではなく「浴」。
すごい人と知り合いの私はすごい人、という意味。
まさに、虎の威を借りる狐であり、野暮の極みだ。

野暮はやめて、粋に生きたい
posted by Dr.モーリィー at 06:29| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

No 4331    【人は、なぜ生まれてくるのか】

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【人は、なぜ生まれてくるのか】

産婦人科医・医学博士、池川明氏の心に響く言葉より…


人はなぜ、生まれてくるのでしょうか?
これを子どもたちに聞くと、「人の役に立つため」、とりわけ「家族を幸せにするため」という答えが多いです。
臨死体験をされた方々の複数の証言によると、死後、閻魔様(えんまさま)の前で聞かれるのは、次の2つのことだけだとも言います。

1. 陰徳(いんとく)を積んだか?(人知れず、他人の役に立ったか?)
2. 自分の人生を楽しんだか?

であるにも関わらず、私たちが「生きているのがつらい」と感じることが多いのは、なぜでしょうか?
私が、多くの子どもたちから集めたお話から解釈するに、たぶん、「自分がつらい思いをして、それを乗りこえたときに、魂はそれを“楽しい”と喜ぶ。そしてつらい思いをしたからこそ、同じようにつらい思いをしている人の役に立つことができる」からだろう、と思います。
つまり、ずっと幸せかつ平穏に過ごしているだけの人は、他人の心に寄りそえないし、魂も、実は「それで楽しい」とは思わないようなのです。
つらさのただ中にある人は、実は、同じようなつらさを経験したことのある人の助言しか、真剣には聞かないものです。
なので、そのためにもつらい経験をする必要がある、苦労する必要があるのかな、とも思います。

実は、子どもたちに聞いた、空の上で暮らす魂の日常は、すごく穏やかで、平和で、幸せなのだそうです。
着るものにも、食べるものにも困らない世界で、食べようと思えば、いくらでも食べられて、ダイエットの必要もない、すごく良いところなのだそうです。
ですので、この世に生まれてくる魂たちは、“非日常”を求めて…まさにアミューズメントパークに来るような感覚で、この世に生まれてくるようなのです。
楽園から楽園に移動しても“非日常”は感じられないので…それでこの世は、制限が多く、つらいことも多い世界なのでしょう。

また、空の上と、この世とでは、どうも時間の流れも違うようです。
空の上は時間がすごくゆっくり流れていて、地上は速いのです。
私たちの100年と、赤ちゃんとして過ごした数週間とか数日間は、あちらの世界に戻るとそう変わらない、と多くの子が証言しています。
空の上では、時間という概念がないのだけれど、あえて言うと、時間がものすごくゆっくり流れている、と。

だから地上に生まれて来ると、魂の成長が、空の上にいるときよりもはるかに早まるのだそうです。
いわば、この世は、魂レベルの促成栽培地なのです。
空の上では、小学校1年〜6年までに千年かかるのに、地上では6年で済むとか、そういった感覚で考えていただけると良さそうです。

ですから、お得なのです。
だから、みんな、地上に来たがるわけです。
ですから、「早く魂を成長させたいな」という人が優先的に生まれて来ているとも言えます(実際は、そうした成長とは無関係に、この地上に、ただただ多くの刺激や体験を求めに来ている魂も少なくないようですが)。

『ぼくが生まれてきたわけ』KADOKAWA

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池川氏はこう語る(同書より)。

『子どもが望む愛、注いでほしい愛って、何なのでしょうか?
これがけっこう難しいんですけど、長年調べてきてわかったのは、それはどうも「笑顔」のことのようなのです。
お母さんの笑顔。
妊娠中にニコニコしていて、生まれたとき、赤ちゃんの顔を見てはニコッとして、その後、子どもが大きくなって「ねぇ、ねぇ、お母さん」って言ってきたら、「なあに?」ってニコッと笑う…これが愛情なのです。
愛情イコール、笑顔だったんですね。
でも、たいていのお母さんは、妊娠中からしかめっつらをしています。
病院で、これをやっちゃダメ、あれをやっちゃダメって言われますからね。
食事や行動も制限されて…具合は悪いし、旦那は理解に乏しいし。
そうして苦労して生んだ後は、赤ちゃんは泣きますし…さんざんなんですね。
そういうお母さんを、お子さんから見ると、お母さんは、いつも眉間にしわを寄せていて、つらそうな顔をしているんです。
子どもは、自分が生まれて、お母さんが笑顔になるのを期待しているのに、笑顔にならない。
すると、自分は生まれちゃいけなかったかな、と思うんです。
それで、少し大きくなってくると、今度は怒られるわけです。
「あんたが、こんなことをするから!」「あんたさえいなけりゃ、お母さんは苦労しないのに!」とか。
そうしたら、「もう空に帰ろうかな」と思う子も出てくるのです』

人生はジェットコースターのようなものだという。
山を乗り越えると、次は坂を猛スピードで下(くだ)る。
すると、また次の山がある。
苦しいことも同じで、乗り越えたと思ったら、また次のイヤなことがやってくる。
しかし、何度も何度もその山や坂を越えていくと、だんだんとそのアップダウンの傾斜は緩やかになってくる。

我々は、そのジェットコースターに乗ることを、自ら選んで生まれてきた。
目の前に起こるできごとを、すべてそのように考えると不平や文句は言えなくなる。

陰徳を積み、笑顔で人生を楽しみたい
posted by Dr.モーリィー at 23:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4330 SWITCHインタビュー 達人達(たち) - NHK

最福寺の先輩からの情報です
先日 NHKの SWITCHインタビュー 達人達(たち) に

平川 最福寺 四恩殿の 大弁財天様を 制作された
慶派の流れをくむ 大仏師 松本明慶先生が 登場されたそうです

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posted by Dr.モーリィー at 23:08| 最福寺・仏教 関連 | 更新情報をチェックする

No 4328   鹿児島大学歯学部 3年次「地域医療学実習」 

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おいちゃん 鹿児島大学歯学部 臨床講師でもありますので
毛利歯科クリニック  今期も 6年生と 3年生の 実習地になっております

3年生は まだ臨床に上がったばかり なんともフレッシュな 学生たちです
毎週2人ずつ   善き歯科医師に育ってほしいものです

posted by Dr.モーリィー at 22:27| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

No 4327   【幸せを見つけるのが上手な人】

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【幸せを見つけるのが上手な人】

丹波あじさい寺住職、小藪実英氏の心に響く言葉より…


十月の中頃、三人連れのご婦人が参拝にこられたことがありました。
その中のお一人が、庭の片隅に咲くコスモスの花を見つけ、「まあ可愛い、こんなところで一生懸命咲いているね!今日は、こんな可愛いコスモスに出会えてよかったわ。ねえ、皆さん!」
「本当、本当」とにこやかに、おしゃべりしながら本堂の方に上がって行かれたことがありました。

それから間もなく、一分もたたないすぐ後に、違う三人連れのご婦人が参拝にこられました。
そして大きな声で「ああ、ここは六月のあじさいの頃でないとあかんなあ、季節を間違ったなあ、残念残念」と、そこに咲く可愛いコスモスの花を見つめ、ブツブツ文句をいいながら本堂の方へ上がって行かれたことがありました。

私はたまたまその光景を見て、「同じ日の同じ時間に同じ物を見て」、全く違うとらえ方をされるのだなあと、気付いたのです。
もし、この二つのタイプの方が同じように人生を歩まれたとしたら、全く違った人生がそこにできてしまうのだろうなと思いました。
何をしても「いいなあ、いいなあ」と生きていく人、何を見ても何をしても「ブツブツ文句ばかり言って」生きていく人。

一人は百歳まで生きたら百歳丸ごと素晴らしい人生になるし、もう一人は、百歳まで生きてもつまらない人生を百年生きただけのことになるのです。
せっかく、人間という得難いいのちをいただいて、この世に生まれてきたのですから、「人間として生まれてきてよかったなあ」と思える人生を送らないともったいないと思います。
そのためには、少々自分にとって不都合なことがあっても、できるだけプラスになるように、そのことをとらえて生きていくことが肝心です。
その積み重ねが我々の人生だからです。

人生も、何もいいことがないと諦めてしまわず、しっかりと世の中を、人生を見つめてください。
何でもないところに、何ともいえない「しあわせ」がいっぱい潜んでいるかもしれませんよ。
いや、きっと潜んでいますよ。

『よかった
よかった
この世に生まれて
そして
あなたに会えて』

どんな目をもって生きるか、どんな心をもって生きるか、それによって随分人生は違ってくるのです。
よき日々をお過ごしください。

『心配せんでもよい』校成出版社

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ネガティブに考える人は、何を見てもネガティブなことしか言わない。
「でも」「だって」「だけど」「そうは言っても」と否定語から始まる。
否定語から入る人の話は、暗くて陰気で元気がなくなり、心が寒々(さむざむ)とする。
だから、不幸を見つけるのが上手(じょうず)。

反対に、ポジティブに考える人は、「なるほど」「そうだよね」「さすが」「わお!」と肯定語から入る。
肯定語から始まる人の話は、明るくて楽しくて笑顔と元気が出て、心があたたかくなる。
だから、幸せを見つけるのが上手。

人生はつかのまのドラマ。
ハッピーエンドのドラマにするのか、それとも悲劇にするのかは、自分次第。

「どんな目をもって生きるかで、人生は違ってくる」
どんなときも、幸せを見つけるのが上手な人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:42| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4326 セミナー + 食事

学びの秋、セミナー・研修会の秋といいうことで
診療後や休日に おいちゃんはじめスタッフも 勉強会・研修会の日々が続いております

学んで頭を使った後は 食事で栄養補給です

毎週水曜日の鹿児島大学での研修会 終わるのが21:00
その後 参加者の希望で 食事に出かけます

おいちゃん、基本一日1食 夜だけはしっかり食べますので
毎回楽しみでもあります
そのなかで 候補に挙がったが 行けなかったところに
おいちゃん 休日に立ち寄ったりします

スタッフのブログにもあった
宇宿の MEBUKI  なかなか おしゃれなお店でした
作務衣姿のおいちゃんは かなり浮いていたような ははは

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前回は いきなりステーキを目指したのですが
間に合わず 近くの スープカレーの 剛屋へ
本店も大きくなっておりました

また、産業道路にも 別の剛屋が???
また今度行ってみます

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posted by Dr.モーリィー at 06:17| SHOP情報 | 更新情報をチェックする

No 4325   【自分にかけ声をかければ元気が出る】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自分にかけ声をかければ元気が出る】

明治大学教授、堀田秀吾氏の心に響く言葉より…


《作業に「ノリ」がほしいときは 動作に効果音(かけ声)を足すことで、効果や効率が増していく》

急なトラブル対応や無理やり押しつけられた仕事など、気乗りしない仕事をするとき、みなさんはどうしているでしょうか。
そんな場合に有効な方法は、「声を出しながら、目の前のことにあたる」ことです。

リヨン大学のラバヒらが行った実験で、被験者に「ジャンプ!」と言わせて垂直跳びをさせたところ、平均で5%高くなった、という結果が出ました。
声に出すことで自然とやる気が引き出され、本来持っている力を発揮しやすくなるのです。
たとえば空手や総合格闘技の選手がパンチやキックを出すときに「シュッ」と声を出しながらやっているのを見かけることもあると思います。
これもやはり、動作のイメージに合う擬音を声に出すことで技にキレが出て、早く強い技が出せるからです。

私自身もアメリカに留学していた頃から、大津道場と言う道場でフルコンタクト(寸止めではないタイプの)空手をやっているのですが、この「かけ声」の大事さを実感しています。
声に出すと、本当に早く強く打てるのです。

日常でいえば、開かないふたを開けるときなど、力をグッと入れる必要があるとき、声を出してみるのはどうでしょうか。
不思議なほど力が出てくると思います。

ただ、まわりに人がいる環境…たとえばオフィスの中でカタカタとパソコンを打っているときに「オシ!」「いける!」「よっしゃ!」などと声を出すわけにもいきませんね。
そんなときにはどうすればいいのでしょうか?
実は、声を実際に出す必要はないのです。

先ほど紹介した実験では、声を出すだけではなく、「ジャンプ!」と心で念じたり、「ジャンプ!」と言っている音声を聞いたリ、また、「ジャンプ!」という単語を見せるだけでも効果があったそうです。
実際に声を出さずとも、心の中で「今日は調子が良いな…サクサク進む…サクサク進む…」などと念じながら行うだけでも効果があります。
ある種の暗示ともいえるこの方法ですが、効果はお墨付き。
ぜひ試してみてください。

『科学的に元気になる方法集めました』文響社

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武道での、かけ声と、気合は違うという。
気合とは、技が決まる瞬間に思わず出てくる、あたりを切り裂くような鋭い声のこと。
かけ声は、自らの気持ちを奮い立たせたり、相手を威嚇(いかく)するようなときに使う。

たとえば、お祭りでは、神輿(みこし)をかついたり、山車(だし)を引いたリするときに、「わっしょい、わっしょい」、「セイヤ!ソイヤ!」、「どっこい、どっこい」などと言う。
また、日常において、自らを鼓舞(こぶ)するかけ声には、「よっしゃ!」「さあ、行こう!」「やったるで!」「それ!気分は最高!」「今日は最高!!」「気合だ!気合だ!気合だ!」「できる!できる!できる!」「元気を出せば何でもできる!」等々がある。
どれも元気が出るかけ声だ。

元気になりたいときは…
自分にかけ声をかけてみたい
posted by Dr.モーリィー at 06:03| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

No 4324   【出処進退の爽やかさ】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【出処進退の爽やかさ】

伊藤肇氏の心に響く言葉より…


《出処進退の爽やかさ》


住友軽金属社長の小川義男が社内改革を目的とした大人事異動をやろうとして、いろいろ思案している最中にふと思いたって、朱子が編纂した『宋名臣言行録』を開いて読み進んでいくうちに「うーん」とうなった。
こんな一節にぶつかったからだ。

北宋の革新官僚、王安石がいわゆる「王安石の新法」を施行するにあたり、妙に才気走った小器用な奴ばかりを要職につけるので、心配した司馬光がその理由を問うと、「最初は才力ある人物を使って、しゃにむに新法を推進させ、ある程度、目鼻がついたところで老成の者に交替させて、これを守らしめる。いわゆる智者はこれを行い、仁者はこれを守るなり」と胸を張った。
ところがそれをきいた司馬光は途端に「ああ、安石誤れり…」と叫び、痛切な忠告をする。
「君子は顕職(けんしょく)につけようとしても、遠慮して、なかなかこれを受けないものである。だが、そのポストを辞めろといわれたときには、さっさと身をひき、出処進退が実にきれいだ。これにくらべて、いかに才智があっても小人はその反対で、一度得た地位はトコトン執着して放さない。もし、そいつを無理やりに辞めさせでもしたら、必ず恨みをふくみ、仇をなす。だから、今のような人事をやったら、他日、お前は臍(ほぞ)をかむことになるぞ」
しかし、功にはやる王安石は馬耳東風ときき流した。
結果は馘首(かくしゅ)した小人に讒言(ざんげん)されて失脚、せっかくの「新法」も潰れてしまう。

自らも爽やかな出処進退をやってのけた興銀相談役の中山素平は「責任者は、その出処進退に特に厳しさを要するというより、出処進退に厳しさを存するほどの人が責任者になるべきである」と規定しているが、特に「退」には、のっぴきならなぬ二つの「人間くさい作業」をやらねばならぬから、そこのところを見極めてさえおれば、最も正確な人物評価ができるのである。

一つは「退いて後継者を選ぶ」である。
これは企業において、自分がいなくても、仕事がまわっていくようにすることである。
いわば「己を無にする」ことからはじめなければならない。
住友総理事だった伊庭貞剛(いばさだたけ)は「人の仕事のうちで一番大切なことは、後継者を得ることと、後継者に仕事をひきつがせる時期を選ぶことである。後継者が若いといって譲ることを躊躇するのは、おのれが死ぬことを知らぬものである」と、痛烈な言葉を残している。

二つは「仕事に対する執着を断ちきる作業」である。
仕事を離れてみると、はじめて仕事が自分の人生にどんなウェートをもっていたががよくわかる。
そして、いかにも沢山の仕事をしてきたようにみえても、それがそのまま、自分の生きたあかしとはなり得ないことに気がつき、あげくのはては自分ひとりだけがとり残されたような、穴の底深く落ち込んでしまったような空爆感にさいなまれる。
これを克服するのは、口でいうほど、生やさしいことではない。

『【新装丁版】 現代の帝王学』プレジデント社

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国や地方の政治家や、会社の社長、あるいは地域の各種団体のリーダーや、自治会の会長にいたるまで、およそリーダーと名の付く人にとって、出処進退、とりわけ「退」という辞め時は本当に難しい。
ともすると、他にやる人がいないからと、何十年と居座っている人は少なくない。
本人はそれを変だと思っていないからだが、まわりから見ると滑稽(こっけい)で異常だ。

勲章欲しさに、業界団体の役職をなかなか退かない人もいる。
反対に、力を残したまま、ひっそりと人知れず、無名のまま退く人もいる。
無名有力の人だ。

人間の真価は、その引き際にあらわれる。
退くことは、己を虚(むな)しくしなければならないからだ。
それは、「認めてほしい」という、人の持つ基本的な承認欲求を自ら断ち切ること。

出処進退の爽やかな人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:38| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4323   【頼まれやすい顔と頼まれにくい顔】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【頼まれやすい顔と頼まれにくい顔】

小林正観さんの心に響く言葉より…


「この前、すごく嫌なことがあった」と言っている人の顔は、本人は気づいていなくても、「頼まれにくい顔」になっています。
「この前、すごく楽しい出来事があったんだよね」と言っている人の顔は、「頼まれやすい顔」をしています。
それを何十万回も繰り返しているうちに、「頼まれやすい人相」と「頼まれにくい人相」にはっきり分かれていくのです。

たとえば、あなたがクルマを修理に出すとき、「修理の腕はいいけどいつも不機嫌で、怒りっぽい人」と「修理の腕は普通くらいだけど、いつもニコニコと明るい人」がいたとしたら、どちらにクルマを預けたいですか?
「そんなつまらない修理をオレに頼むな」というような人よりも、「いいですよ、これくらいならすぐに直せますから」という人のほうが頼みやすいでしょう。

また、上司が部下に仕事を頼むとき、「すごく優秀なんだけどいつも不機嫌で、『なんでオレがやるんだよ』という表情をしている部下」と、「能力はそれほど秀でていなけれど、いつもニコニコして『はい、わかりました!すぐやります』と答える部下」では、どちらに仕事を任せたいでしょう。
優秀な部下が2時間で終わるところ、ニコニコしている部下は4時間かかってしまうかもしれない。
けれど、頼まれやすい表情をしている部下のほうが、最終的には楽しく仕事ができて、だからこそ自然と「会社の業績」も上がっていくのではないでしょうか。

『もうひとつの幸せ論』ダイヤモンド社

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頼みにくい人には、頼みごとがいくことはない。
頼みにくい人は…
「いつも頼まれごとを断ってばかりいる人」、「不機嫌な人、「不愛想な人」、「言葉が冷たく感じる人」、「笑顔がない人」、「暗い人」、「喜ばない人」、「すぐに怒りだす人」、「偉そうな人」、「愚痴や不平不満ばかり言う人」、「悪口や文句ばかり言う人」等々。
それらは、すべて顔に出る。

それはたとえば…
いくら腕がよくても、不機嫌な医者。
いくら料理がおいしくても、不愛想な接客をする人。
何かプレゼントしたり、とっておきの情報を教えてやってもそんなに喜ばない人。

頼まれにくい人からは運が逃げていく。
なぜなら、運は人が運んでくるからだ。

いつも上機嫌でニコニコしている人…
頼まれやすい顔になりたい
posted by Dr.モーリィー at 07:52| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

No 4322 第17回 和菓子教室

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お待たせいたしました

第17回 和菓子教室
  11月7日(火曜日) 10:00〜
         締め切り 11月2日 です

恒例の 天才和菓子士 ATARU による 和菓子教室
九州でも10人以下という和菓子界の 希少な資格「菓子製造技能士1級」と
「選 和菓子職」の両方を持つ 全国でも数少ない和菓子職人です

お楽しみに
posted by Dr.モーリィー at 07:01| 講演会・イベント情報 | 更新情報をチェックする

No 4321   【自力の後に他力あり】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自力の後に他力あり】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


《自分で黙々と努力していると、まわりから助けが出る》

「自力(じりき)の後に、他力(たりき)あり」って、私はいつも言っています。
自分の力で一生懸命努力していると、それを見たまわりの人から、助けが出るんです。
そして運も向いてくるんです。

ずいぶん前に、ものすごく荒れ果てた神社があったんです。
そこへ新しい神主(かんぬし)さんがきました。
その神主さんは働き者で、毎日、一生懸命掃除をして、一生懸命草取りをしていました。
そしたら、それを見ていた近所のおじいちゃん、おばあちゃんが、だんだん手伝うようになっていったんです。

一生懸命、自力で神社をきれいにしようとしている神主さんに感動して、応援が出たんです。
これが「自力の後に、他力あり」。

でも、自力で努力しないで、先に他力をお願いするっていうのは、ダメですよ。
自分で一所懸命にやらないで、「人の応援がほしいです」とか、「神の応援がほしいです」とか、ふざけたこと言っちゃいけません(笑)。
たとえ、人の100倍努力していたとしても、
「みなさんのおかげです」
そう言うんですよ。

人生っていうのは、「順調なとき」と「逆境で苦しいとき」の二つの時期があります。
この「逆境のとき」の過ごし方が大切なんです。
苦しいときに腐っちゃう人。
文句も言わないで勉強して、ぐんと成長する人。
この二つに分かれます。

『強運』PHP研究所

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自分勝手で自分本位な人は、まず自分のことを考える。
逆境で苦しいときに、それが一気にあらわれる。
人のことは後回しにして、自分のことばかり考える「利己の人」。

だが、そんな逆境のときでも、まわりに気遣いして、人の利益や人の気持ちを先に考える「利他の人」。
文句を言わずに、黙々とやり続ければ、誰かが見ている。

哲学者の 西田幾多郎(にしだきたろう)先生の言葉に、「黙々与天語 黙々与天行」(黙々として天と与《とも》に語り、黙々として天と与に行く)がある。
お天道さまが見ている。

ギブアンドテイク(give and take)も、ギブ(与える)が先。
ただし、テイク(うけとる)という見返りを受け取ることを前提に、与えるのはダメ。
あくまでも、見返りをもとめない無償の行為、いわば、ギブアンドギブかどうかをお天道さまは見ている。

すべてのことは…
自力の後に他力あり
posted by Dr.モーリィー at 06:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

No 4320   【情けは人のためならず】

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【情けは人のためならず】

江原啓之氏の心に響く言葉より…


「情けは人のためならず」と言いますが、情けは相手のためだけではなく自分自身のためでもあります。
直接相手から還ってこなくても、その姿や心の姿勢はわかる人からは評価され、自分自身が大変なときに、必ず手を差し伸べられるのです。

「波長の法則」から言っても、同じように愛に満ちた人がサポートしてくれます。
ですから、他者を幸せにすれば、自らに幸せが還ってくるのです。
何事も原因があって結果があるという「因果の法則」は、確実に働きます。

とはいえ、助けた相手から酷(むご)い仕打ちを受けることもあるでしょう。
けれども、それを放念しましょう。
大切なのは、自分自身の心に打算、つまり自己中心的な「小我(しょうが)」はなかったのかということ。
そして、本当に助けるべき相手だったのかということです。
自分の心の姿勢が正しかったならば、放念すればいいのです。
相手を裁く必要もありません。

その人には「因縁果(いんねんか)」が巡ります。
あなた自身にも「因縁果」として、どこからか幸せが還ってくるのです。

徳の預金と言いますが、「徳」は奪われたり、消えたりすることはありません。
その徳が人徳として、あなたに必ず還ってきて、幸せとなるのです。

『幸せになる100か条』徳間書店

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『「波長の法則」とは、類は友を呼ぶこと、これが「波長の法則」。
人が心に抱く思いは、想念という霊的なエネルギーを生み出します。
この想念による波長の同じ人同士が、お互いを引き寄せ合うのです。
長所・短所と同様、人の波長には高い部分も低い部分もあり、よき出会いは波長の高い部分、悪しき出会いは波長の低い部分が引き寄せます。
「人間関係が上手くいかない」と思うときは自らの波長を省みることです』(同書より)

「因縁果」とは、因縁の結果のことで、よき人と会えば、よきことが起こるということであり、悪い事をすれば、悪いことが起こるということ。

情けとは、「情」のことであり、「感性」のことでもある。
感性とは感じる心、感受性、のことだ。
感受性が鈍(にぶ)ってくくると、人の痛みがわからないし、相手の気持ちがわからない。

因果応報、人にあたたかい情けをかければ、そのかけたあたたかさは自分に戻ってくる。
人に冷たくあたれば、自分にもその冷たさがかえってくる。

「情けは人のためならず」
人の痛みがわかる情けある人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4319  台湾まぜそば「麵屋 はる」


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友人から 鹿児島大学の近くにある 「台湾まぜそば」が
美味しいと 素敵な情報を得ておりました

毎週土曜日に 稲盛経営アカデミーで 鹿児島大学に行くので
探しておりました

やっと見つけて 偶然アカデミーで 同期入学だった
親戚と ランチに 行きました

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お店に入ると スタッフがこちらを みながら話し合っている
おいちゃんの親戚 なかなか 有名人
お店の人も 初対面でしたが 友人を通じて知っているとのことで
ぷらすあるふぁの 一品も  感謝・大感謝です

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posted by Dr.モーリィー at 08:25| SHOP情報 | 更新情報をチェックする