2017年05月31日

No 4117   今村総合病院 オープン!

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毛利歯科クリニックから 一番近い病院
(野球ボールも 投げれば届く距離です、ははは) 
公益財団法人慈愛会 今村分院が増設工事を終え 6月1日から
公益財団法人慈愛会 今村総合病院 として 生まれ変わりました 

鹿児島市にも 大病院が次々と建設されていますし
まだまだ 増えそうです

我々 毛利歯科クリニックも今村総合病院様には いつもお世話になっておます
今後ともよろしくお願いいたします!

鴨池新町地区が 活性化されていくのは
とてもうれしいことです

おいちゃんたちも 地域医療に貢献するべく
スタッフ一同 精進いたします

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http://www.jiaikai.or.jp/project/introduction.html

2017年6月1日、鹿児島市鴨池新町に「今村総合病院」がオープンします。
公益財団法人慈愛会の旗艦(フラッグシップ)病院として、今村病院分院を機能強化・増床し、新しい病院名「今村総合病院」で診療を開始します。
現在の今村病院分院各館と新病棟を接続し、より広いスペースで患者様をお迎えします。

「今村総合病院」オープン後も、鹿児島市堀江町(いづろ交差点近く)の今村病院は従来通り、開放型病院としての役割を果たして参ります。

今村病院分院の診療は2017年5月まで(詳細スケジュールは追ってお知らせします)。
6月1日から、「今村総合病院」の新名称となります。

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posted by Dr.モーリィー at 22:20| 鴨池新町地区・活性化 | 更新情報をチェックする

No 4116   毛利歯科クリニック 春・初夏のお誕生会  

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今回は 4月5月6月の 合同お誕生会 

場所は ドルフィンポート:ミディ ソレイユ
     上柿元氏プロデュースによるフレンチレストランです。
     鹿児島県産の食材を中心に、鹿児島ならではの料理を楽しめます

雰囲気をどうぞ

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今回は おいちゃんと辻Drも 誕生者でしたので
プレゼンターは 福留副院長

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善き仲間たちに 感謝・大感謝です!
posted by Dr.モーリィー at 07:01| クリニック情報 | 更新情報をチェックする

No 4115   【一歩を踏み出すこと】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【一歩を踏み出すこと】

百田尚樹氏の心に響く言葉より…


《相手の剣の届くところに身を置かねば、自分の剣もまた届かない》(影法師・講談社文庫)

『影法師』に登場する剣術の道場主の言葉である。
誰だって真剣で戦うときは、傷を負わずに勝ちたいと思うだろう。
しかし敵の剣が届かないところで、いくら剣を振り回しても、相手を斬ることはできない。
相手を斬ろうと思えば、敵の剣の間合いに自ら入らなければならない。

これはあらゆる勝負に言えることではないかと思う。
株でも競馬でも大きく勝とうと思えば、大きく張らないといけない。
ビジネスも同様。
人と同じことをやっていては、大きな失敗もしない代わりに、大成功もない。

結局、自分が傷つくおそれが一つもない状況では、所詮、大きな勝利を得ることはできないということだ。
これはビジネスや金儲けに限らない。
人間関係や恋愛においても同じである。
相手の懐に深く飛び込んでこそ、本物の人間関係が築かれるし、恋も成就する。
嫌われることを恐れてばかりいて、大事な一歩を踏み込めずにいては、何も生まれない。

『百田百言 百田尚樹の「人生に効く」100の言葉』幻冬舎

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《書評家という奴は、絶対に弾が飛んでこないシェルターから銃を撃っている》(夢を売る男・百田尚樹)より
我々はともすると、書評家や評論家になりやすい。
灼熱のグランドで戦うサッカーや野球の選手たちを、空調の整った部屋のテレビで見ていて、批評したり、罵倒したりする。

ビジネスも人生も同じだが、一歩を踏み出すという行動を起こさなければ何も生まれない。
グランドに一歩踏み出せば、失敗もあるかもしれないし、傷つくかもしれない。
しかし、観客席に座って、ああだこうだと批判しているうちは、何の変化も起こせない。

「相手の剣の届くところに身を置くこと」
一歩を踏み出さなければ何も生まれない
posted by Dr.モーリィー at 06:38| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

No 4114   【当事者意識がある人】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【当事者意識がある人】

石橋真氏の心に響く言葉より…


リクルートは人材輩出会社といわれる。
「独立」「起業」のイメージも強い。
そのベースになっているのが「お前は、どうしたいの?」という問いから生まれる当事者意識だ。

リクルートの新人研修の一コマで、ある企業の管理者セミナーを見学したレポートを書かされた。
僕はセミナーの内容や手法、講師にについて学んだ点や批評を書いて提出した。
そうしたら営業部長に呼び出され、レポートを投げつけられて、叱られた。

「石橋、お前はこのセミナーを見学して今後は何を改善して何を提案すべきだと思っているんだ?それが書かれていない。お前には当事者意識が足りない!」と。
当事者意識とは、自分とは直接関係のない仕事や部署のことであっても、自分はひとりの関係者であるという意識を持って、「自分ならどうしたいか?何をなすべきか?」と考えて発信・行動することをいうのだと思う。
「他人事」を「我事化」するのだ。

当時のリクルートの誇りは、「偉大なる素人集団」というものだった。
リクルートは、新聞の求人広告のしくみもわからないド素人の江副さんが、学生時代に「企業への招待」という学生求人誌をつくったことから始まった。
素人だからこそ業界や顧客に思い切った異質の提案を出せる。
新人だからこそ、思い切って自分の意見を出せるというDNAだ。

僕は、この当事者意識はキャリアが高まるにつれて4つの段階を上ると思っている。
第1段階が「自分」。 「自分は、自分をどうしたいのか?」
第2段階が「他人」。 「自分は、他人(お客さまや職場メンバー)をどうしたいのか?」
第3段階が「会社」。 「自分は、会社をどうしたいのか?」
第4段階が「社会」。 「自分は、社会をどうしたいのか?」

人や会社を批判したくなったら、自分に問いかけてみよう。
「自分ならどうしたいのか?」と。

それを「他人」「会社」「社会」へと発展させてみれば、内側から強いエネルギーが湧いてくるのがわかるはずだ。

『困難を乗りこえる 強い自分のつくり方 (アスカビジネス)』明日香出版社

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小山薫堂氏の著書「考えないヒント」(幻冬舎新書)の中に、『「勝手にテコ入れ」トレーニング』という話がある。
日々、目に入るあらゆるものに、勝手にテコ入れする訓練(トレーニング)だ。
たとえば、レストランに入ったら「自分だったらこういうメニューを出すのに」、とか「こういうサービスをするのに」とコンサルになったつもりで、勝手に考えてみるトレーニング。
別にお金をもらうわけでもないのに、「ここの経営者にはこんなプレゼンをする」と考えてみること。

これは当事者意識を身につける最高のトレーニング法。
当事者意識の弱い人は、すべてにわたって他人事(ひとごと)のように考えてしまい、自分のこととして捉えない。

どんなに素晴らしい講演を聞いたとしても、「素晴らしい講演でした」とか「すごい話でした」では何も身になっていない。
当事者意識の強い人なら「自分ならこうする」「今日から必ず〇〇の習慣を身につける」「明日から会社で〇〇を始めよう」と思う。
我事(わがこと)として捉えるのだ。

当事者意識を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 06:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

No 4113   【社会性が消えると周囲が助けてくれない】

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【社会性が消えると周囲が助けてくれない】

医師、矢作直樹氏の心に響く言葉より…


どう考えても人の道を外れているのにお金で動いてしまう、道徳心を吹き飛ばして信念を曲げてしまう人が、世の中にはいます。
自分さえ良ければいい、儲かればそれでいい。
そう考えた瞬間、その人から社会性が消えます。

社会性は「おかげさま」と「おたがいさま」の心で構成されています。
人間は社会的な生き物ですから、その人から社会性が消えると周囲が誰も助けなくなります。
「仲間ではない」と認識されるのです。

自分さえ良ければいいという人が増えると、社会の成熟度が低下し、やがて社会そのものが崩壊します。
国家が破たんするときは、こういう人が蔓延(まんえん)します。
インターネットという匿名世界ではびこる罵詈雑言(ばりぞうごん)、現実の世界で起こるストーカーやクレーマーによる事件。
眉(まゆ)をひそめたくなるような状況を見ていると、日本の社会も海外の例に漏(も)れず、成熟度が下がっている気がします。

この道徳心に関連して、大切なことがあります。
それは「人によって言葉を選ぶ」ということです。
一見すると正直さが欠けるような表現に思えるかもしれませんが、これが実はとても重要なことなのです。

人は、それぞれ成熟度が違います。
私が著書で「人生は限られた時間、楽しんで生きましょう」と書くと、それをポジティブに受け取ってくれる方もいれば、全く逆に「そもそもどうやって楽しめばいいのか?その方法を書いてないから駄本」とネットで毒を吐く方もいます。
本はどうしても一つの書き方しかできませんが、会話はいくらでも表現を変えることができます。
だからこそ、目の前にいる相手の成熟度に合わせて話をする、相手にわかる言葉、理解しやすい言葉で説明をする。
これができると相手のストレスや相手とのトラブルが減り、自分との関係性もスムーズになります。

お釈迦さまの言葉「人を見て、法を説け」は、まさに至言。
言葉選びは、気遣いです。

『身軽に生きる』海竜社

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自分には友達や仲間がいない、という人がいる。
それは、自分がもらうことばかりを考え、人を喜ばせようとか、楽しませようという、人に与えることをしてこなかった人に多い。
それを、社会性のない人という。

逆に、人に与えることを多くしてきた人には、感謝がある。
「おかげさま」や「おたがいさま」という感謝の気持ちを持っている人だ。
社会性のある人は、何かあったとき、まわりの人が助けてくれる。

「社会性が消えると周囲が助けてくれない」
社会性のない人は、孤独死への道を歩んでいる。

「おかげさま」や「おたがいさま」の気持ちを大切にする人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:03| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4112 最福寺通信

おいちゃん またまた セミナー関連に 動き回っております
周りからは 少しは休んだらと気を使われますが
動き回っている方が 性に合っているのです ははは  

というわけで 本日も福岡へ 日帰り研修会
帰りの新幹線に 仏道の師匠 池口恵観開山から ありがたいメールが届きました
  感謝 大感謝です

皆様にも おすそ分けです

江ノ島法話29年5月 四恩ー1 四恩殿

 鹿児島市平川の烏帽子山最福寺では、五月十四日に、今年の如意宝珠弁財天十年祈願「平成大仏大弁財天焼壱萬枚護摩供」を、無魔成満しました。
 私が毎年、この日に八千枚護摩供を成満して、百二回を数えましたのを区切りとしましたて、ただいまは長男の豪泉を貫主としての新しい「十年祈願」です。
 この「平成大仏大弁財天焼壱萬枚護摩供」は、ちょうど高野山開創千二百年を迎えたのを契機に貫主豪泉が発心した祈願で、今年は三年目になります。

 これまで烏帽子山最福寺の大切な行事の祈りの場として、多くの方に参加してきていただいているので、ご存知の方も多いと思いますが、如意宝珠弁財天が置かれている大仏殿を「四恩殿」と申します。
 着工は平成十年三月三十日、翌年十月四日に完成しました大仏殿は、池口恵観の「 世界平和と一切救済」の誓願が込められています。
 設計は京都大学名誉教授川崎清博士、建設は飛島建設株式会社により、あまたの人々の力が結集されて、ここに礎を固めることができたものであります。

「願わくは、大日如来をはじめとする諸仏諸尊、日本国中大小の神祇、最福寺ご本尊の大日大聖不動明王、松本明慶大仏師によって世界一の木彫仏として完成した大弁財天、ご先祖たちの功徳をもって、我ら衆生と霊とがあまねく救われんことを」と、私は完成にあたって、祈りました。
 この大仏殿を造るにあたっては、奇跡のような皆様のご支援によって、出来上がったのでした。
 大弁財天は、初め数メートルの大きさと考えておりましたものが、松本明慶仏師によって十八・五メートルの巨大な仏さまができました。しだいにできがっていく大弁財天をどこに安置すればいいのかが現実問題として迫ってきました。
 私は、毎月一度の京都勉強会の折に、京都大野原の松本工房に通っていました。
「あんた、自分で大きくなったんだから、自分の家は自分でつくりなさいよ」と、私は大弁財天に呼びかけていましたが、このように大きい仏さまを入れるお堂などできる目当てはありません。
 大仏さまを制作していたのは、鉄パイプを組み合わせた松本工房だったので、これを払下げてもらって、大弁財天を安置しようかと真剣に考えるようになっていました。

 徳洲会を率いておられた徳田虎雄氏は、母智観浄法尼と古くから付き合いがあって、最福寺へは家族ともども新年の祈願にくるようになって、この当時は信徒総代をお願いしていました。
 そこで、大弁財天がお入りいただく「家」に困っていた私は、松本工房から鉄パイプ小屋を譲り受けて、その中に住んでいただこうという「計画」を徳田氏に話しました。
 すると、徳田氏はすぐに言われました。
 「あの弁財天さまは、鹿児島や日本の財産になるものであって、先生のものではない。だから粗末なパイプ小屋なんていうのは絶対に駄目だよ」
「金があれば私だってそうしたいのです。徳田先生、寄付してくださいますか」
「先生も知っているように、オレは借金はあってもカネはないんです。先生、当座のカネがなくても大仏殿を建ててくれる建設会社を探してみましょうよ。五十年後になっても、皆に喜ばれるような建物を造りましょうよ」
 徳田氏はそういって、その場で電話をかけ始めました。そして、不動建設がやってくれということになって、話し合いがもたれました。

 しかし、私の気持ちの中に、一つの翳りがありました。
 それは、寺の大きな行事に必ず参加して下さっている飛島建設の九州支社長さんに、「別の建設会社がつくってくださる」ということを何と説明したらよいかということでした。
 何の約束があったわけでもありませんが、いつも喜んで私の寺のことを応援してくださる建設会社の方に、申し訳ないように思ったのです。
 その「翳り」を徳田氏は見抜いて、理由をきいてきました。率直に私の気持ちを話しますと、すぐに飛島建設に電話をして話がつきました。
 不動建設には病院を造ってもらい、徳田氏が個人保証をしてくださることになり、飛島建設は後払いでよいということになりました。
 それから、一気に大仏殿建設の動きがはじまりまして、建設費を大幅にダウンしていただいたのです。
 
そこで、私は全国の信者に九千通の自筆手紙を書き、浄財の寄付をお願いしました。
 信者さんたちは、最福寺が貧乏寺に甘んじ、かつかつの経営で各種行事・仏事を行っていることを知っています。
 そこへ、法主からの御布施のお願いの手紙です。私は、一億円はちょっと無理かなと考えていました。
 ところが、全国の信者さんたちから送られてきた御布施は、イメージしていた五倍近い浄財でした。
 おかげで、大仏殿の完成後に、まず代金の三分の一が払えました。時間はかかりましたが、無事にすべてお支払できたことは、まさに大弁財天のおはからいだと思います。

 昨年晩秋に亡くなりました妻・清美の葬儀には、皆様がお供えくださった色とりどりの花が、大弁財天さまのおられる四恩殿、さらにはそこに至る長い参道を埋め尽くし、まるで仏様のもとに至る道が現れたかのようで、花が大好きであつた清美にとって、なによりの餞(はなむけ)となりました。
 もともと、このこの大弁財天を招来するご縁のはじまりは、妻の清美でした。
妻が高野山塔頭寺院の上池院から嫁いできたとき、代々伝わる高さ七十七センチほどの「宇賀弁財天」を持参してきました。
母の智観浄法尼は、父と共に行者でありましたが、指宿の実家も弁財天信仰の篤い家だったことから、「自分が代わりに拝む」と言って、自分の寺である東串良の西大寺に預かりました。いまは最福寺で「清池宇賀弁財天」として、たいせつにお祀りしています。
 妻にとっては、生家の思い出深い弁天さまですから、姑に預けていたままではきっと寂しかろうと、私はずっと気にかけていたのです。それで、小ぶりの弁財天像を二体、京都の仏師、松本明慶師に依頼しました。昭和六十三年のことです。
その翌年に、私が前人未踏とされる百万枚護摩行を成満しましたところ、松本師がおいでになって、おっしゃいました。

「百萬枚を達成した唯一の行者なのですから、二つを一つにして、もっと大きなのにしましょう」
妻が持参した弁天像を見ているうちに、巨大な弁天さまの限りなく優しいお顔が、私の脳裏に浮かびました。
「これだ!」と、突然、身体の内から叫びが聞こえました。
 母は、「きれいなお顔をした、自然と手を合わせたくなる弁天さまができあがる」といいました。母の祈りが、大弁財天の招来となったのだと、いまでは信じています。
そして、数々の困難を乗り越えて、平成十一年五月に、まず京都の東寺で八つの宝剣入魂式を終えた大弁財天が滞りなく、最福寺においでくださったのです。

 豪泉貫主にとっては、母と祖母の形見である「清池宇賀弁財天」から生じた「平成大仏大弁財天」でありますから、壱萬枚護摩供への思い入れもまた一入(ひとしお)でありましょう。
 そのご縁を思います時、私は大仏殿を「四恩殿」と命名した豪泉を頼もしく誇りに思いました。

 最福寺のご本尊は波切り不動明王、背に火炎を背負ったお姿に火を焚いてお祈りします。これに対して、弁財天は水を象徴する神さまです。不動明王は、厳しい父親のイメージですが、弁財天は、生命を生み出す母親のイメージです。その両者がおられて、調和を作り出しているのだと、私は信じています。 

 四恩とは、@ 生を授けてくれた父母の恩。A 国家の安泰を守る為政者の恩。B 衣食住の生産・相互扶助を互いに行なうことによって、ともに生きることができる生きとし生けるものの恩。C それらの恩の根本にある、いのちのもつ無垢なる知のちからの存在(仏)・その無垢なる知のちからがもたらす真理(法)・その真理を教え伝えるものたちの集団(僧)の三つの要素によって成立する信仰の恩であります。

 桜島を望む大仏殿は、多くの方々への恩があってできたものであります。
 とりわけ、不動明王を父性とし大弁財天を母性とする生命を授けていただいた「恩」がここにあると、私はいまも鹿児島の寺におりますときは、護摩を焚いて祈ります。

 そして、大仏さまを受け入れることができる大きな殿堂こそ、「大欲」の教えをこめたものとして、お詣り下さる方々の心に響いてほしいと願っているのです。
 「大」とは、生命そのものであります。そもそも、私たちの生命は、「地・水・火・風・空・識」という六つの要素で成立っている、と、お大師さまは説きました。
「大欲」こそ、煩悩即菩提を説く、密教究極の教えです。欲望を否定するのではなく、この煩悩を生きる力として大きく他の生命と分かち合うようにという教えであります。合掌

追伸1) 高野山 清浄心院 鳳凰奏殿本尊不動明王です。未完成です。
      6月10日夜7時テレビ朝日で放映しますので見てください
  
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追伸2) お大師さまのご誕生を祝う最福寺「青葉まつり」のご案内!
      平成29年6月15日(木曜日) 午前11時から
      場所: 最福寺 四恩殿

     「大般若経転読祈祷会」
       大般若経転読祈祷会を厳修すると共に
       大般若経全六百巻によるお加持により
       皆様方の祈願成就をご祈念申し上げます

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posted by Dr.モーリィー at 05:45| 最福寺・仏教 関連 | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

No 4111   【最強のリーダーとは】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【最強のリーダーとは】

吉越浩一郎氏の心に響く言葉より


多くの人がカン違いしているのだが、「おれのいうことを黙って聞いていればいい」という日本でありがちなリーダーのやり方は、決して「トップダウン」ではない。
では、真のトップダウンとは何か。
情報を隠すことなくオープンにしてすべての人と共有すれば、誰もが同じ判断にいたる。

すべての情報を上から下まで共有することで、誰もが同じ判断のもとで動き、社が一丸となって同じ目的に邁進(まいしん)する状況をつくり出せる。
その上で、早い判断をしていく「トップダウン」なのである。

アブラショフ(本書の著者)氏は、艦長時代、同じようにすべての情報を部下に対して開示し、情報を共有した。
無線で上司と話をするとき、全艦にそのやりとりをオープンにして部下に聞かせた。
上司を説得してくれと、部下たちは手に汗を握りながら聞いていただろう。
説得できなければ、「残念だな!」となるし、うまくやったら全員がワ―ッと声を上げ、手を叩いて喜ぶ。
その一体感が、全員の士気を上げ、艦全体を盛り上げていったのである。
アブラショフ艦長は、与えられた環境を最大限に活かし、味方につけていく天才であり、同時に艦の成果を何倍にもする素晴らしいリーダーであった。

日本のリーダーシップのあり方というのは、いまだ「GPS指導型」が主流だ。
「ホウ・レン・ソウ」、つまり「報告・連絡・相談」を重視する。
「現状を報告しなさい」
「では、まずこの問題に、このように対処して、できたらまた報告しなさい」
といった調子で、上司はさながら部下の「GPS」であるかのように、現在地点から次のステップへ行く方向も、手順も、すべて導いてしまうのである。
部下は「GPS」にしたがうだけ。
みずから考えて行動する機会を与えられず、答えだけを知ってしまう。
その仕事で成果を出したとしても、なにも学べず、なにも身につかない。
まさに「指示待ち人間」を一生懸命につくり出しているのだ。

本来、リーダーシップとは、「AI育成型」であるべきなのだ。
「AI」とは文字どおり、「人工知能」のこと。
人工知能は、そこに人間が知識を詰め込んだだけでは、人工知能たり得ない。
知識をもとに、AI自身に「学習」させるというプロセスを踏む必要がある。
人間も同じなのだ。
その仕事に明確な正しい解があるなら、マニュアル化して誰でも間違いなくこなせるようなしくみをつくればいい。
いわゆる「形式知」である。

しかし、「暗黙知」、つまり言語化できない、経験やカンをもとにした知識を自分のものにするには「AI」のごとく自分で習っていくしかない。
仕事における暗黙知の比重は、とても大きい。

「舵(かじ)をとれ。ただし航路は外れるな」
と、アブラショフ氏は書いている。
リーダーは部下に対して、自由に裁量できる権利を増やすと同時に、絶対に越えてはならない一戦を示さなければならない、という意味だ。

「ここへ到達するまではお前に任せるから、やりたいように舵をとれ。ただし、航路から外れないようにチェックは入れるぞ」
これこそ「AI育成型」のリーダーだ。

しかし、「GPS指導型」の上司は、
「おい、ちょっと右に行きすぎだぞ」「今のうちに、左に舵を切っておけ」
と、途中でいちいち指示を出す。
いわれたとおりに動くだけの部下は、なにも学べない。

この「AI育成型」のやり方で仕事を叩き込まれた人間は、自分で考え、行動し、失敗も成功もその経験を糧にしながら、着実に成長していく。

昨日反発していた部下たちが急に慕ってくるような、速効性のある一発逆転の“魔法(マジック)”のようなリーダーシップなどこの世に存在しない。
彼は、日々、地道にコツコツと、部下のことを思い、部下のためにできることを考えて、前例のない行動を起こし続けた。

海軍兵学校を出たばかりの新人は、配属される艦が決まると、自己紹介をかねて艦長に手紙を書き、返事をもらうのが習わしなのだそうだ。
しかし、彼は新人のとき、艦長から手紙の返答をもらえず、不安な日々を過ごした。
その経験から、自身が艦長になったとき、彼は新任の乗組員の配属が決まると、彼らの便りをまたずして、自分から歓迎の手紙を送った。
仕事の内容や配属までに準備をしておくこと、赴任地の情報、それに艦名入りのキャップまで送ったそうだ。
こうして迎え入れられる新人たちは、どれだけ心強かっただろう。
艦に足を踏み入れ、艦長と言葉を交わすその日を楽しみに待ったのではないか。
アブラショフ艦長は、このように地味で手間のかかるやり方を各方面で貫いて、部下を味方につけていった。

『アメリカ海軍に学ぶ「最強のリーダー」 (単行本)』(マイケル・アブラショフ著・吉越浩一郎訳)三笠書房

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軍隊には、強烈なトップダウンが必要、と思ってしまう。
しかし、軍隊も会社も、およそ組織という組織の基本は変わらない。
部下やチーム全員と揺るぎない信頼関係をつくることにより、その組織の方向性や理念に従って、個々人が自律的に考え、学習し、行動する組織をつくることだ。

ただ上から命令し、「黙って俺の言うことを聞いておけばいい」というような組織からは、ギスギスした冷たい関係しか生まれない。
本当のところは、人は命令では動かないからだ。
「ロバを水辺まで連れていくことはできるが、ロバに水を飲ませることはできない」ということわざのごとく、のどが渇いていなければ無理矢理水を飲ませることはできない。
つまり、人が動きたくなるような状況に持っていく、このことこそがリーダーシップの要諦(ようてい)だ。

真のリーダーシップを学びたい
posted by Dr.モーリィー at 05:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

No 4110   【品がある人】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【品がある人】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


「品がある人」って、見た目がいいだけじゃなくて、中身もすごくいいんです。
ただキレイなだけなら「品がある」とはいえないんだよね。
顔や姿がキレイでもイジワルだったり、性格が悪い人っているんです。

じゃあ、その「品がある」って何かっていうと、他人に貢献することで喜ばれる人だよね。
この地球という星は「行動の星」だから、いくら良いことを知っていても、それを行動に移さないとダメなの。
「人に親切にした方がいい」っていうことは誰でも知ってるけど、それを実際に行動に移している人って少ないんだよね。

困っている人がいたら自分のできる範囲で助けてあげるとか、公衆トイレを掃除している人を見かけたら「ありがとうございます」って声をかけるとか。
「掃除している人は、仕事でお金もらってやってるんだから当たり前」っていうのはさみしい考え方だし、「ありがとう」ってタダで言えるし、言われた方は嬉しいし、言った方も気持ちがいいんだよ。
そうやって、知っている「いいこと」を“さらっと”実践できる人が「品がある人」だと思うんだよね。

グルメとか美食家の人がいるんだけど、愛がない人って、ただ自分が有名なお店や高いお店で食べてることを自慢するんです。
それってかっこ悪いよね。
日本酒でも、なかなか手に入らない「幻の逸品」みないなお酒の話をするよりも、「やかんに直接日本酒を入れて、焚(た)き火で温めて飲む“焼燗(やきかん)”ってうまいよね」って話なら、誰でも飲むことができるんだよね。
結局、やってることや言ってることに愛がある人って、品があがる人なんです。

それと、他人が喜んでいるものを喜ばないとダメなんです。
たとえば、誰かが「俺、今日、パチンコで大勝したんだよね」って言ったら、「よかったね」って言えばいいの。
それを「私はパチンコしないから」とか「パチンコなんてくだらない」とか、言っちゃいけないんだよ。

「宝くじ買ったんだ」って言うのにも、「私は買わない」とか「そんなの、当たるわけない」じゃなくて、「当たるといいね」って言えばいい。
好きな芸能人や歌手の“追っかけ”をしているような人でも「今日、コンサートであの人と目が合ったの!」って言うのを、「向こうはあなたのことなんか見てないよ」とか言っちゃいけないの。
その人は喜んでるんだよ。
その気持ちに水を差すようなことを言っちゃダメ。
「よかったね!」とか「ついてるね!」って言えばいいの。

『斎藤一人 品をあげる人がやっていること』(斎藤一人&高津りえ)サンマーク出版

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品がない人は、「言葉が汚い」「思いやりがない」「礼儀を知らない」「グチや悪口、泣き言が多い」「いやらしい笑い方をする」「食べ方が汚い」「身だしなみが汚い」等々。
つまり、相手を不愉快にさせたり、嫌な気持ちにさせる人。
気持ちに水を差したり、冷やしたりする人は、言葉にトゲがある。

「和顔愛語」(わげんあいご)という仏教の言葉がある。
なごやかで笑顔をたたえた顔と、愛ある言葉、思いやりのあるやさしい言葉で人に接するということ。
品がある人には、「和顔愛語」がある。
「和顔愛語」の人は、相手を喜ばせ、気分を良くさせる。

品がある人をめざしたい
posted by Dr.モーリィー at 05:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

No 4109   お祓い・ご縁・29・健康管理

おいちゃんの プロジェクトの一環で 
本日 お祓いに参加

幼なじみでもあり、仏道の師匠でもある 最福寺の池口豪泉貫主に
場を清めていただきました、感謝・大感謝です

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その時の参加者にも またまた
最近瘦せたのではとの 質問を受けました
本当に 健康体ですので ご心配なく

数年前の ピーク時よりは 20キロ以上も痩せたので
またここ2年は 一日1食で 生活していますので、、、
でも 1か月ぶりにあった人にも 言われるなあ
またまた 絞れてきたのかなあ???
体重的には 変わっていないのだが、、、
大学時代の 一番元気だったころの 体重に戻りました

話は 変わるが 最近29という数字に縁がある
肉ではなく 福と呼んでください ははは
おいちゃんの最近の自家用車 GIANT号も偶然にも29だし、、、

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No 4108   【小さな恍惚】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【小さな恍惚】

渡部昇一氏の心に響く言葉より…


《“小さな恍惚(こうこつ)”をいたるところで見出すことができる人は幸せである》

天皇陛下が子どものころの英語の教師だったヴァイニング夫人は、少女のころ、夕暮れの空を飛んでいく鷺(さぎ)か何かの鳥を見たときに、一瞬、その美しさに我を忘れるような体験をしたと書いている。
そのとき以来、夫人は小さなことにうっとりとする体験を大切にするよう努めたという。

人生において、大きな喜びで夢中になれるようなことはあまり多くはないかもしれない。
しかし、小さな恍惚(こうこつ)を感じる目を持っていれば、人生はもっと充実感に満ちたものになるはずだというのだ。

松尾芭蕉の句に、「山路来て 何やらゆかし すみれ草」というのがある。
すみれ草は、普段は目にもとめない草だが、それについ見とれてしまう。
このときの芭蕉も、ヴァイニング夫人と同じく、小さな恍惚の状態にあったと言えよう。

こいういう「小恍惚」とも言うべきことが起こるときこそ、本当に、自己が伸びているときである。
小恍惚を人生のいたるところで見出すことができる人は、幸いな人であり、生きがいのある人生を送っていると言える。
ヴァイニング夫人の鷺や芭蕉のすみれ草のように、ある情景に目を奪われるといったことに限らない。
数学の問題が解けたときの言いようのない満足感、時間を忘れて小説に引き込まれているときの充実感、素晴らしい音楽に聞きほれているとこの心地よさ。
すべてが小さな恍惚だ。

ここで言っておかねばならないのは、このときの心の状態が受け身であるということだ。
これは、けっして自分の努力によって獲得したという、能動的、もしくは挑戦的な姿勢から得られるものではない。

なぜ、こんな話をしているかというと、「努力は大事」という思考にはまりこんで、努力至上主義に陥る人が多いからである。
たしかに努力は大事だ。
しかし、断じて努力=価値ではない。
ここを見誤って、努力しないで得たものには価値がないという迷信に染まってしまうと、小恍惚を得ることも、小恍惚を見出すことで成長することもできなくなってしまう。

たしかに、求めるものに向かって一心に努力することは美しい。
ハンディキャップを厭(いと)わず、失敗を恐れず、とにかくやってみるべきだということは、これまでにも述べたとおりである。
ただ、「努力、努力」と思いつめるあまり、努力すること自体が一番の価値だと錯覚してしまっては元も子もない。
それは、ある種の傲慢である。

だから、ときには、受け身の姿勢になって、小さな恍惚を「授(さず)けられる」という心境に浸ってみてもいいのではないか。
今日、自分があることのありがたみがわかるはずである。

『人生の手引き書 壁を乗り越える思考法 (扶桑社新書)』

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ため息には、良いため息と、悪いため息とがある。
良いため息は、心の底からする「ふぅ〜」という安堵感のある深くて長いため息。
悪いため息は、「はぁ」という気落ちして空気が抜けるような短いため息。
よく、ため息をすると運が逃げる、と言われているのが悪いため息(短いため息)だ。

肚の底からする深くて長いため息は、大息(たいそく)や長息(ちょうそく)とも言われる。
深い感動や、驚き、あるいは緊張がとけたときにする、いわゆる「小恍惚」の状態をいう。

《“小さな恍惚(こうこつ)”をいたるところで見出すことができる人は幸せである》
いたるところに小さな恍惚を見つけ出せる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4107   断捨離  大掃除

おいちゃんの 最近のマイブームは 断捨離・大掃除!

おいちゃんの 夢実現のための プロジェクトの一環で
必要に迫られて 時間を見つけては 断捨離実行中です

どこに隠れていたのかと思われるほどの ゴミが 不要なものが、、、
すべての物に 感謝しながら 断捨離中

だんだんと場が綺麗に、浄化されていくのを 感じております!

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posted by Dr.モーリィー at 04:27| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 4106    【エンパワーメントとは】

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【エンパワーメントとは】

ケン・ブランチャード氏の心に響く言葉より…


ビジネスの世界において、エンパワーメントほど広く受け入れられながら、それでいて思うように進んでいかないものはありません。
エンパワーメントとは、自律した社員が自らの力で仕事を進めていける環境をつくろうとする取り組みです。
社員のなかで眠っている能力を引き出し、最大限に活用することをめざしています。

複雑さとダイナミックさが増す世界で生き残ろうとする組織にとって、避けて通れない課題と言えるでしょう。
エンパワーされた社員は、組織と自分自身の両方に利益をもたらします。
仕事にも生活にも強い目的意識をもって取り組み、会社の仕組みや業務の進め方を改善し続ける原動力となります。
エンパワーメントが実現すれば、社員は最善のアイデアを生み、最高の仕事をするようになります。
熱意をもって、自分のこととして、そして誇りをもって仕事に取組みます。
会社の利益と自らの目標を高いレベルで融合させ、責任をもって行動するようになるのです。

上司が管理し、部下は管理される、という伝統的なマネジメント・モデルは、もはや効力を失っています。
エンパワーされた職場をつくろうとする経営者は、社員を駒のように使う指揮命令的発想から、全社員が自らの責任感に導かれて最善を尽くせるような支援的発想に頭を切り替えなくてはなりません。
エンパワーメント重視の経営へと舵を切りたければ、組織というものについての認識を大胆に変えなくてはなりません。
経営者も社員も、杓子定規な階層意識を捨て、エンパワーされることを学ぶ必要があります。
しかし残念ながら、ビジネスリーダーの多くは、人間がもともともっている力を引き出すのがエンパワーメントだということを理解しておらず、エンパワーメントを実現させる道筋も知らないようです。

『社員の力で最高のチームをつくる―――〈新版〉1分間エンパワーメント』ダイヤモンド社
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星野リゾートの星野佳路氏は、経営者人生で最も影響受けたのがこの本だという。
星野氏は同書の前書きでこう語る。
「私が家業の温泉旅館を継いだ1990年代、低い社員モチベーション、高い離職率、そして採用難という組織の課題に直面していた。
社員のモチベーションを高めるには、給与水準などの職場環境だけでは十分でないことはわかっていた。
会社の将来像の共有、仕事の自由度、そして会社生活の楽しさのほうが大切ということも知識として知っていた。
しかし、そこにたどりつく方法や手順がわからなかったのだ。
本書が、エンパワーメントの方法論を具体的に示していたことを発見した私は、渡りに船とばかりに実際にやってみることにした。
エンパワーメントには、次の3つの鍵が必要になる。

【第1の鍵】 正確な情報を全社員と共有する

【第2の鍵】 境界線を明確にして自律的な働き方を促す

【第3の鍵】 階層組織をセルフマネジメント・チームで置き換える

エンパワーメントを成功させるためのコツは、書かれている内容を一言一句、そのまま実践することだ。
つい導入しやすいところだけを試してみて、部分的にしか行わないことが多い。
しかし、これでは成果を上げることはできない。

私たちが始めたときも、すぐに成果が得られる感覚はなかった。
それでも、内容を信じて継続していくと、それはフラットな組織文化として定着し、結果として社員が自発的に動くようになっていった。
星野リゾートが目指しているのは顧客満足と利益を両立させることができる独自のホテル運営手法だ。
今では多くのエンパワーされた社員たちが、この目標に向かって日々行動し、会社の仕組みを進化され、それが全体として業績向上に結びついている」

エリック・バーンは、交流分析(心理学)のゴールは、「自律した人間」をつくることだという。
自律した人間とは、自己理解と気づきがあること。
同時に、親密さや自発性があることだという。

これは、組織においてもまったく同じことが言える。
社員やスタッフのすべてが自律していれば、組織は活性化し、勝手に進化していく。

エンパワーメントの力は偉大だ
posted by Dr.モーリィー at 03:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

No 4105   【だれをバスに乗せるのか】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【だれをバスに乗せるのか】

佐藤雄佑氏の心に響く言葉より…


私は結婚と就職は似ていると思っていて、どちらも人生にとって大事な決断です。
結婚の相手選びの時には、外見・ステータスだけで決める人はあまり多くないと思うのですが、就職においては、新卒の就職人気ランキングを見ても大手・安定企業が並んでいて、いわゆる外見で選んでいる人があまりにも多いと感じています。
転職においても、20代から30代前半くらいまではこの傾向が強いです。

では、そのような大手企業以外の会社では、いい人材を採ることができないのでしょうか。
もちろん、答えはNOです。
で、どうすればいいかというと、『外見で勝てないなら、性格で勝負するしかない』ということです。

VUCA(ブーカ)という言葉をご存知でしょうか?
これからはこのVUCAの時代だと言われています。
VUCAとは、Volatility (不安定)、 Uncertainty (不確実)、 Complexity ( 複雑性)、 Ambiguity ( 曖昧性)の頭文字を合わせた軍事用語で、ここ数年でビジネスの世界でもよく耳にするようになりました。
つまり、先の見えない変化の時代ということです。
このような変化の時代においては、今まで培った経験・知識が意味を持たなくなるかもしれません。

では、VUCA時代にどのように生きていけばいいかといういと、ズバリ変化対応能力の高い人・組織を築いていくということです。
逆に言うと、変化を嫌う安定大好きな人・組織では間違いなく通用しなくなっていくでしょう。

これまでは誰かがつくったレールの上をきっちり、真面目に通っていけばよかったのかもしれませんが、これからはレールが分かれていたり、途中で切れてなくなっていたりするわけです。
それでも、意思決定して、進んでいかなくてはいけません。
「なにをするか」というのは変化の激しい時代の中で変わっていきます。
まさに「組織は戦略に従う」という時代から「戦略は人・組織に従う」という時代にシフトしていきます。
現在の自社のメイン事業が5年後・10年後も同じとは限りませんし、むしろ変わっている方が多いかもしれません。
つまり大事なのは「誰とするか、誰がするか」といった人・組織であり、いかに変化していけるかということです。

私の好きな本に『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』(ジム・コリンズ著)という本があります。
特にこの本の第3章の「だれをバスに乗せるのか」という内容が好きなのですが、このようなことが書いてあります。

「このバスでどこへ行くべきかはわからない。しかし、わかっていることもある。適切な人がバスに乗り、適切な人はそれぞれふさわしい席につき、不適切な人がバスから降りれば、素晴らしい場所に行く方法を決められるはずだ」
すなわち、「何をすべきか」ではなく、「誰を選ぶか」から始めれば環境変化に適応しやすくなるということです。
まさにこれからの時代を見通したような内容でびっくりしますが、変化の時代だからこそ、人が大事だということです。
とても本質的ないい言葉だと思っています。

『いい人材が集まる、性格のいい会社』クロスメディア・パブリッシング

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行徳哲男師にこんな言葉がある。

『福沢諭吉は言った「盲目社会に対するは獣勇(じゅうゆう)なかるべからず」
一寸先が真っ暗闇の時代(盲目社会)を生き残るには獣の勇気を持つことである、と。
獣の勇気とは何か?
獣は考えない。
ゆえに、迷わず、こだわらず、とらわれない』

VUCAの時代とはまさに、一寸先の見えない混沌(こんとん)とした現代のこと。
「考えない」とは、感性で感じるということ。
ITやAIが進めば進むほど、理屈の時代からますます感性が必要とされる時代になる。

『外見で勝てないなら、性格で勝負するしかない』
性格が合うかどうかとは、まさに感性が合うかどうかに他ならない。
最後は好きか嫌いか、だからだ。

「旅はどこへ行くかより、誰と行くかが大事」
会社も組織も、性格がいいところに人は集まる
posted by Dr.モーリィー at 19:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

No 4104   【「大丈夫」がわかると、人生は必ずうまくいく!】

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【「大丈夫」がわかると、人生は必ずうまくいく!】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


この世の中で一番不幸なことは、自分のことを「大丈夫だ」と思えないことです。
そしてさらに不幸なのは、まわりにその人のことを「大丈夫だよ」と言ってあげられる人がいないことなんです。

人間はもともと等しく「大丈夫」なようにつくられています。
学校の成績が悪い人でも、運動会でビリの人でも、そのままでしあわせになれるように神様がつくってくれているんです。
それを、「算数ができなきゃダメだ」とか「運動神経が鈍い」とかまわりから言われているうちに、自分のことが「大丈夫だ」と思えなくされたんだよね。

それと「自分はまだまだ未熟ですよ」と思って生きているのを“謙虚”だと思っているかもしれないけど、「自信満々に生きている人が威張らない」のが“謙虚”なの。
「自信がない人が威張らない」のは“卑屈”なんです。
謙虚に生きる人と、卑屈に生きる人とでは、自(おの)ずと結果は違ってきます。

それと同じで、「大丈夫だ」と思って生きている人と、「大丈夫じゃない」と思って生きている人とでは、まったく人生が変わってくるんだよ。
それで自分で思ったにせよ、誰かに思わされたにせよ、「大丈夫じゃない」と思って損をするのは自分なんです。

蕎麦屋で「カツ丼、3つ」って言えば、カツ丼が3つ出てくるの。
「こんなに食べられません」って言っても、あなたが頼んだものだから、そのお代を払わされるのはあなたなんだよね。
それと同じで、天に向かって「大丈夫じゃない」って言っていると、「大丈夫じゃないこと」を引き寄せるんです。

だから、まずは自分が「大丈夫なんだ」ということを知ること。
そして、まわりの人にも「大丈夫だよ」って言ってあげられることが大事なんだよ。

生まれてきた子どもはみんな「大丈夫だ」と思って生まれてくるんです。
そして、親も「生まれてきてくれただけでしあわせだ」って思ったんだよね。
それを「あれができなきゃダメ」とか「これができなきゃダメ」と言って育ててると、その子はだんだん、自分のことを、自分の人生を信じられなくなってしまいます。
だから、親が子どもに一番伝えなきゃいけないことは「おまえはそのままで大丈夫だよ」っていうことなんだよね。

『(文庫)「大丈夫」がわかると、人生は必ずうまくいく! (サンマーク文庫)』

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自分のことを大丈夫だと思えない人は、いつも不安を抱えている。
心配性で自信がない。
それは、子どもの頃、親から受けた「おまえはダメ」というようなメッセージが強く影響する。

心理学の交流分析(TA)ではそれを「禁止令」という。
たとえば、幼少期に親から「子どもは黙っていなさい」「口答えするな」と強圧的に言われて育つと、自分から考えようせず、何にたいしても受け身の姿勢が身につく可能性が高い。
また、親から、「お前が男の子(女の子)だったらなぁ」と男や女という性を否定されて育つと、男(女)である自分は必要ないんだ、と自分に自信が持てなくなる。
つまり、大丈夫ではなくなる。

『「大丈夫」がわかると、人生は必ずうまくいく!』

「大丈夫」という言葉は人を元気にさせてくれる
posted by Dr.モーリィー at 07:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

No 4103   【「幸せ」の本質は「日常」】

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【「幸せ」の本質は「日常」】

小林正観さんの心に響く言葉より…


どうも、私たちには、「見ているのに見えていないもの」が、たくさんあるようです。
私自身にも知らないがゆえに「見えないもの」が、山ほどあるに違いありません。
その中の、とても重要なものに気がつきました。

「幸せ」というものです。
実は、私たちは「幸せ」というものの本質を知らなかったのかもしれません。
「見てはいる」けれども、「見てはいない」ものの一つに、「幸せ」というものがあるように思えます。

結論を言ってしまえば、「幸せ」の本質は「日常」なのです。
「山のあなたの空遠く」にあるわけではありません。

例えば、偏頭痛の人がいるとします。
ずっと偏頭痛に悩んできた人は、「もしこの偏頭痛が消えてくれたら、どんなに幸せだろう」と思っていることでしょう。
そして、ある日突然、その偏頭痛が消えたら、「何もない」「静かで平穏な」日々が、どれほど「幸せ」であるか、を実感するのです。

では、その偏頭痛が今まで全くなかった人は、どれほど「幸せ」であったのか。
まさしく「幸せ」の海の中に暮らしてきたのです。
ですが、それが(偏頭痛が持続していたことが)自分の生活になかったがゆえに、自分が「幸せ」の中に暮らしていることを知りませんでした。

「知らない」がゆえに「見えない」ものが、たくさんある。
目に入っているにもかかわらず、「見えない」し、「わからない」「認識できない」のです。
その代表的な例が「幸せ」であるのかもしれません。

ある人が、例えば台所で、タクアンを切ながら、「あーあ、幸せ」と言ったとします。
その人は、台所でタクアンを切っているだけで「幸せ」なのですから、「どこに行かなくても」幸せ、であるのです。
「どこへ行かなくても幸せ」な人は、「どこに行かなくてもよい」のですから、「どこに出かけてもよい」ということになります。

ドイツの詩人、カール・ブッセは、「山のあなたの空遠く『幸い』住むと 人のいう」と、詩に書きました。
「ああ われひとと 尋(と)めゆきて」というのは、「友人と泊りがけで旅に行ってきたが」ということです。
けれども、「涙さしぐみ かえりきぬ」、涙ながらに帰ってきたのだそうです。
つまり、「幸」に会うことはできず、「悲しくて」涙を流しながら帰ってきた、ということなのです。

それでも、「山のあなたに なお遠く 『幸』住むと人のいう」、とカール・ブッセは書いたのでした。
海の中に住む魚には「海」の姿がわかりません。
同様に、「幸」の中に住む人間には「幸」の姿がわからない。
「見てはいる」が「見えていないもの」が、世の中にはたくさんあるのかもしれません。

『生きる大事・死ぬ大事 死を通して見えてくる幸せな生き方』イースト・プレス

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小林正観さんは、「イライラさせる人がいる」わけではなく、「イライラする自分」がいるだけだ、という。
同様に、「幸せという状態」があるのではなく「幸せを感じる自分」がいるだけ。
万人に共通する「幸せな状態」などない。
病気で入院中であってもその中に「幸せ」を見つける人もいるし、大きくて立派な家に住みお金も十分あるにもかかわらず「不幸」な人もいる。

健康なときはそのありがたさや幸せに気がつかない。
病気になってみてはじめて、そのありがたさや幸せに気づく。
「明」は「暗」があるからこそ、「明」が際立つ。

『「どこに行かなくても」幸せ』
ディズニーランドやハワイに行けなくても、今の日常で十分幸せを感じている人はいる。
『「幸せ」の本質は「日常」』
目の前の日常の中に、幸せを感じることができる人が、「幸せ」な人。

今ある幸せに気づける人でありたい
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2017年05月21日

No 4102   【「損」を恐れるから失敗する】

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【「損」を恐れるから失敗する】

和田秀樹氏の心に響く言葉より…


ウーバーやリフトは便利なサービスですが、日本では規制があってサービスができません。
いわゆる「白タク」扱いになっているからです。
おそらく、タクシー業界の反対などがあって、規制緩和ができないのでしょう。
「得をしたい」という一般大衆の声より、「損をしたくない」という業界団体の声が強いので、現状維持の方向で進んでいきます。

新しいことを始めようとすると、「安全性は大丈夫か?」といった声もあがります。
「利用者に不利益が出るかもしれない。損失を避けたい」という心理から出ていると思われます。
しかし、ウーバーやリフトは、日本より治安の悪いアメリカで成り立っているサービスです。
ウーバーは現金をやりとりするわけではなく、クレジットカード決済で、スマホの中でお金が支払われます。
ですから、現金をやりとりするタクシーより、むしろ安全かもしれません。

民泊の規制を緩和しないのも、既存の事業者が「反対だ」と声を上げ、消費者の中から「心配だ」という人が出てくるからでしょう。
多くの人の「損をしたくない」という気持ちが強すぎて、新しいことは何でも受け入れてもらえない社会になっています。
新しいチャレンジをする事業者は「あぶなっかしい」と見られて、つぶされてしまいます。
それが、20年以上GDPが横ばいという経済停滞の一因になっているのだと思います。
「損をしたくない」人の声が大きいため、新規産業が生まれにくくなっているのです。

また、みなさんは、食事に行くときに、新しい店に入ろうとしますか?
いったんお気に入りの店を見つけると、その店ばかりに行くようになる人もいます。
その店で注文する食べ物も、いつも同じという人もいます。
これは一番損をしない方法です。
行きつけの店で、いつもと同じものを食べれば、ものすごく得をすることはありませんが、損失はほぼゼロに抑えられます。

違う店に入り、食べたことのないものを注文して、「しまった。おいしくない」と後悔するリスクを避けることができます。
その裏返しで、「こんなにおいしいもの、初めて食べた!」と感動するチャンスは失っているかもしれません。
「得」を中心に考える人は、リスクを覚悟して新たなチャレンジをしますが、「損をしたくない」という気持ちの強い人は、リスクを避けて無難なほうを選びます。

人間関係にも当てはまります。
いつもの仲良しメンバーで集まっていれば、安心感があって、損をすることはまずありません。
楽しいときを過ごすことができます。

ただ、毎回同じメンバーだけで固定されて、それ以外のつき合いがなくなってしまうと、新たな人に出会って刺激を受けるチャンスはなくなってしまいます。
損をすることはありませんが、得をすることもなくなってしまいます。
損失回避性は、「現状維持バイアス」とも言われるように、現状志向です。
あまりにも現状維持志向が強すぎると、ワクワクすることがなくなる可能性がありますから、「損」と「得」のバランスをとることも大切です。

人間には「損失を回避したい」という心理特性があります。
しかも、人間は「得」よりも「損」に強く反応してしまい、損失回避性は非常に大きな原動力となります。
損失回避性がうまく生かされればいいのですが、目先の損を回避することばかりに目がいって、長期的な損失を生んでしまうことがあります。

不正会計や数値の改ざんなどの事件は、「いま、損をしたくない」と思いすぎて、間違った行動をとってしまったのでしょう。
すでに損失が出ている損失局面では、何とかして損を回復したいと思うがゆえに、リスキーな選択をし、よけいに損が膨らんでしまうことも起こりがちです。
ギャンブルで負けている人が、一発逆転を狙おうとして非常にリスクの高い勝負に出てしまったり、すでに投資した額を損失にしたくないために追加投資する、コンコルド効果のような例もあります。

「損をしたくない」という気持ちが強すぎると、何事も保守的になって、チャレンジをしなくなるケースもあります。
環境が変わっているのに、現状維持志向で何も新しいチャレンジをしないと、かえって大きな損失を抱える可能性もあります。
損失を避けたいというのは、人間の生来の心理特性ですから、変えようがありません。
しかし、心理特性は変えられなくても、そのことを知っていれば、その心理特性に陥っていないかどうかという自己モニタリングは可能ですし、判断や行動にマイナスの影響が出ないようにすることはできます。

正しい損失回避とは、目先の損失の回避ではなく、長期的な損失を回避するための判断と行動です。
優れたリーダーたちは、人間の心理特性を知り、それを判断や意思決定に生かしています。

『「損」を恐れるから失敗する (PHP新書)』

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損したことや失敗したことばかりに焦点(しょうてん)を当てる人は、新たなチャレンジをすることを躊躇(ちゅうちょ)する。
また損(失敗)したらどうしよう、と怖くなってしまうからだ。

楽天的な人は、得することや成功することに焦点を当てる。
楽天的な人の思考は、「肯定的」「前向き」「楽観的」「プラス発想」。
「これが成功したら楽しいだろうなぁ」、とワクワクするから、新たなチャレンジできる。
だから、何度失敗しても、めげずにチャレンジできる。

「私は失敗したことがない。 ただ、1万通りの、 うまく行かない方法を 見つけただけだ」
というトーマス・エジソン の言葉がある。

失敗も損も、勉強の一つ。
失敗や損を恐れず果敢(かかん)にチャレンジできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4101    保険説明会

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鹿児島県歯科医師会、鹿児島市歯科医師会主催の 保険説明会に
常勤歯科医師3名と非常勤歯科医師3名で 参加してきました


おいちゃんたちは 保険医ですので しっかりと法律に則って
診療する義務がありますので 大切な学びの時間です

今回も大きな学びがありました
数名で共有できたのも 良かったです

その後は 融資と 反省会と食事会

また 明日から 臨床を頑張ります!

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2017年05月20日

No 4100   【生涯一書生】

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【生涯一書生】

心理学者、波多野完治氏の心に響く言葉より…


「昔はよかった」とよく聞きますね。
が、本当に昔がよかったのか、そうじゃない。
新しい時代に適応できなくなっただけです。
昔は老人は希少価値でした。
ところが、今は変化の時代だから、老人の経験をそのまま役立てるのは難しい。
一番まずいのは、過去の話ばかりして威張っている人。

人は青年期までにだいたい、世の中というのはこういうものだという観念を作り上げます。
この人生観というのは、昔なら一生通用した。
でも現代は刻々と変化する時代で、それで一生間に合うというわけにはいかなくなりました。
その結果、年をとるにつれて、世の中がわからなくなったと感じる。
わからぬ世の中に敵意すら抱く。
そうならないためには、生涯にわたって学習するほかない。

人の一生というのは絶えず変転しています。
だから生きていること自体が、すでに学習なわけですね。
どんな年齢にあっても、どんな境遇にあっても、みんな学習をしているんです。
だから、学習のない人は死んでいるといわれてもしょうがない。

『千年語録 次代に伝えたい珠玉の名言集』小学館

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作家の城山三郎氏のこんな言葉がある(同書より)。
『「生涯現役」という言葉は好きじゃない。
そういって悪く居座る人もいるからね。
「生涯現役」じゃなくて、「生涯一書生」。
何でも勉強すれば、また新しいエリアが広がる。
次から次へ勉強していけば、新しい自分が発見できるし、可能性も広がっていくでしょう』

いくつになっても勉強し続ける人には魅力がある。
好奇心がある人だ。
好奇心や驚きがなくなったら、何かを知ろうとする意欲もなくなる。

いくつになっても、謙虚な心で、好奇心いっぱいに…
生涯一書生の気持ちでがんばりたい
posted by Dr.モーリィー at 04:58| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年05月19日

No 4099   【神様が“ひいき”したくなるような人】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【神様が“ひいき”したくなるような人】

人材教育家、井垣利英氏の心に響く言葉より…


チャンスというものは人にいただき、自分でつかむものです。
ぼんやり待っていてるだけではチャンスはやってきません。
「棚からぼたもち」なんてないのです。

では、チャンスをつかむためにはどうしたらいいのでしょうか?
そのためには、自分を導いてくれる人、自分よりも上にいる人に可愛がられることが必要です。
これがない限り、チャンスなんて絶対に来ません。

「チャンスが来ない」と言っている人は、この肝心な「上にいる人に可愛がられる努力」をしているでしょうか?
その努力をしていないのに、チャンスをもらえるはずはないのです。
ここをわかっていない人がたくさんいます。

もし不平不満があるのならば、まず上の人に可愛がられる努力をしてください。
この努力というのは、ゴマをすることではありません。
上にいる人ほど、「ゴマをすられている」と分かりますから、そんなことをしても意味はありません。

可愛がられるということと、ゴマをするということは全く違います。
ここを間違えないでください。
いくら自分で「能力がある」と思っていても、チャンスをくれる人が認めてくれなければ能力がないのと同じです。
これはすごく重要なことです。

では、どうしたらいいのかということですが、人から認めてもらうためには、仕事に役立つ勉強と、可愛がられる努力の二つをすることが大切です。
どちらか一方ではダメです。
二つともやってくださいね。

『仕事の神様が“ひいき"したくなる人の法則』致知出版社

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もし、自分が神様だったらどんな人を「好きになる」か、「ひいき」するかを考えてみる。
空の上から俯瞰(ふかん)して、人々をじっと見るのだ。
神様からひいきされる人は、いつも明るい「笑顔」があり「文句や愚痴を言わない」、「使う言葉が前向きで肯定的」、「可愛げや愛きょうがある」、「向上心があり勉強熱心」、「感謝が多い」、「楽しそうに生きている」人たちだろう。
この反対の「いつも仏頂面(ぶっちょうづら)」で、「文句や愚痴が多く」、「否定的なことばかり言う」、「不機嫌」、「なげやりで勉強嫌い」、「不平不満・悪口・泣き言が多い」、「つまらなそうに生きている」ような人は、神様から可愛がられない。

人間世界も同じだが、上からじっと見ていると、可愛がられる人か、可愛がられない人かはよくわかる。
自分しか見えていない人は、自分が一番がんばっていて、苦労していると勘違いしている。
そして、自分のことしか言わない。

神様が“ひいき”したくなるような人になりたい
posted by Dr.モーリィー at 08:02| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 4098   中学生 職場体験 

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おいちゃんたちのクリニックには
毎年 南中学校、東谷山中学校の2校から 
職場体験学習に 2名ずつ 来院されます

今回は 東谷山中学校の 2名
何かを得てもらえたら 幸いです
未来ある学生に スタッフたちも 元気をいただきました

雰囲気をどうぞ

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