2017年02月28日

No 3987   【雨の日には雨の中を】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【雨の日には雨の中を】

相田みつを氏の心に響く言葉より…


《雨の日には雨の中を 風の日には風の中を》

暖かい春の陽ざしを
ポカポカと背中に受けて
平らな道をのんびりと歩いてゆく…
そんな調子のいい時ばかりはないんだな
あっちへぶつかり
こっちへぶつかり
やることなすこと
みんな失敗の連続で
どうにもこうにも
動きのとれぬことだってあるさ、
当てにしていた
友達や仲間にまで
そッポむかれてさ
どっちをむいても
文字通り八方ふさがり…
四面楚歌ッてやつだな
それでも
わたしは自分の道を自分の足で
歩いてゆこう
自分で選んだ道だもの…

雨の日には雨の中を
風の日には風の中を

涙を流すときには
涙を流しながら
恥をさらすときには
恥をさらしながら
口惜しいときには
「こんちくしょう!」と
ひとり歯ぎしりを咬んでさ
黙って自分の道を歩きつづけよう
愚痴や弁解なんて
いくら言ったッて
何の役にも立たないもの…
そしてその時こそ
目に見えないいのちの根が
太く深く育つ時だから
何をやっても思うようにならない時
上にのびられない時に
根は育つんだから…

雨の日には雨の中を
風の日には風の中を…

『ただいるだけで』PHP研究所

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「災難にあう時節には災難にあうがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候、これはこれ災難をのがるる妙法にて候」

良寛和尚の言葉だ。

嫌なことから逃げようともがけばもがくほど、嫌なことは追いかけてくる。
雨の日には雨の中を行くしかないのだ。
そして、愚痴や不平不満を言わずに、嫌なことに対処したとき、人としての深さや厚みや重みが増す。
目に見えないいのちの根が、太く深く育つのだ。

雨の日には雨の中を…
愚痴や言い訳を言わず、ただひたすら自分の道を歩みたい
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No 3986   冬の風物詩  屋久島 たんかん

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今年も冬の風物詩 屋久島タンカンの季節がやってまいりました

毎年恒例の  2月の スモールプレゼント

屋久島からの  旬の 贈り物
名産品 たんかんを おすそ分け

少しでも スタッフや友人知人におすそ分けができますようにと
たくさん買いつけました  400キロ以上

1週間限定で 患者様にも おひとり様 2個を プレゼント

冷やして 6分割して食べると 本当に美味しいです

おいちゃん イチオシの 果物です
柑橘系では 糖度世界一だとか!

今年も多くの方々の喜んでいただきました

また来年を お楽しみに

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2017年02月27日

No 3985   【時分の花】

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【時分の花】

浅利慶太氏の心に響く言葉より…


《時分(じぶん)の花が枯れてから、真(まこと)の花が咲く》

劇団四季の創設者のひとりで演出家の浅利慶太さんは演出について「装う」ことではなく、その人が本来持っている魅力を発揮させることだと言っている。

「中身のない人間に輝きはない。
それと世阿弥がいいことを言っています。
それは、花めくという言葉を使っているのですが、『時分の花』というのがある。
若い時は、持っている肉体的なものだけでも、非常に魅力的なものです。
しかし、その“時分の花”が枯れてから“真の花が咲く”と言っています。
そこから芸術が始まるわけです。
テレビのタレントの多くは“時分の花”だけを見せている。
舞台というのは真の花です。
修業の成果です」

『君に100の成功を贈る』経済界

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「いつまでも子供でいたい……。
無邪気な男や女は、無責任で楽しくて魅力的。
でも、いずれそれでは困る時が来る。
腹をくくってきっぱりと、 自分の幼児性を捨てなければいけない時が来るのです。
それができない人は、末は悲惨です」
(美輪明宏 『花言葉』)

「時分の花」とは、年齢の若さによって生まれる、一時的な芸の美しさや魅力のことを言う。

テレビのタレントに限らず、無邪気で、子どもっぽいことが、「魅力的」と勘違いしている若者は多い。
幼児性を捨てなければ真の大人にはなれないのに…。

「時分の花が枯れてから、真の花が咲く」
「真の花」とは、鍛練と工夫の末に得た、本当の芸のうまさや面白さのこと。

真の花を咲かせたい
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2017年02月26日

No 3984   【良い消費者になる】

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【良い消費者になる】

藤野英人氏の心に響く言葉より…


私が投資家として第一にアドバイスできることは、「良い消費者になる」ということです。

さきほども説明したように、私たちは消費者という立場であまりにもモンスターになりすぎていて、王様のように威張り過ぎている。
まずそこを改善していかなければいけません。

私は居酒屋やレストランに行くと、必ず「ありがとう」と言うようにしています。
おいしい食事とすばらしいサービスをしてもらったのですから、感謝の気持ちを告げるのは当然でしょう。
マクドナルドには「スマイル0円」と書かれていましたが、消費者も「スマイル0円」です。
生産者と消費者は互恵的に対等な立場ですから、こちらからも「ありがとう」と言うべきなのです。

日本にはチップの文化はありませんが、「ありがとう」こそがチップの役目を果たすのだと思っています。
コンビニでアルバイトをしている学生が、「お客さんから『ありがとう』と言われると、自分でも信じられないくらい嬉しくなるし、やる気も出てくる」と言っていました。
接客業をしたことのある人なら、この感覚がよく理解できるのではないでしょうか?

そうすると、「もっとお客さんに満足してもらうために何をすべきか?」などと考えるようになるのが、人間の自然な感情です。
ブラック消費者がブラック生産者を生み出すのと180度逆の、グッドスパイラルが生まれていきます。
「ありがとう」と言うことは、最終的には、自分のところに返ってくるんですね。

先日、タクシーに乗ったときに、運転手さんに「降りるときにお礼を言う人はどれくらいいますか?」と聞いてみたところ、「20〜30人にひとり」と言う答えでした。
しかも、「紳士やエリートっぽい人、お金を持っていそうな人、長距離を乗る人ほど、感謝の気持ちを言ってくれる」のだそうです。
統計を取ったわけではないので、詳しいことや因果関係まではわかりませんが、やはり感謝を伝える人というのは、お金や労働の価値をわかっている人、経済とはどういうものかを実感している人なのではないでしょうか。
お金持ちだからお礼を言うわけではなく、お礼を言う人だからこそお金持ちになったのではないか、と。

人間はそんなに器用な存在ではないので、ある人に対して上下関係を持ち出す人は、じつは腹の底では、すべての人間関係を上下関係で考えていたりします。
店員に対して威圧的な態度を取る人は、同僚や恋人や友人に対しても威圧的な態度を取ります。
部下にも怒鳴るでしょうし、仕入れ業者の人や掃除のおばちゃんにも横柄な態度で接したりするのは間違いありません。

そういうことはむしろ女性のほうがよくわかっていて、デートで相手の男性に対して幻滅するのは、レストランの店員などに対して横柄な態度をとる人だそうです。
よく聞く話だと思いますが、なぜ彼女らがそれを嫌うのかといえば、それは自分が恋人や奥さんになったときにされる態度だということに、しっかり気づいているからんですね。

経済は生産者・供給者がつくっているという側面もありますが、需要家である消費者が決めている部分が大きいと言えるでしょう。
だとすれば、その生産者・供給者の姿も消費者がつくっていて、消費者の責任というものがあることになります。
自分たちの社会を幸せにするのかどうかは、大部分は私たちの行動によるのです。
「ありがとう」と言えば「ありがとう」で返ってくるし、怒りは怒りで返ってきます。
それを止めるのも広めるのも、私たち次第なんですね。

『投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)』

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藤野氏は、「従業員に過重労働を強いる『ブラック企業』を生み出しているのは、私たち消費者である」という。
「低価格の旅行ツアーが流行るのも、居酒屋チェーンが朝まで長時間営業をしているのも、『お客様のため』と言えば聞こえがいいが、要は、消費者が求めているから。
消費者が求めるからこそ、企業はそれに応えようと頑張る。
需要があるから供給が生まれるが、その逆はないし、過剰なサービスを望まなければ、そもそもそういったサービスは生まれてこない。
また、格安の居酒屋でも、非常に高いサービスを求めてくる。
199円のビールが出るのが少し遅くなっただけで、『ふざけんな』となり、お詫びが足りないとなると、すぐに『店長を出せ!』『この店には二度と来ない!』となる。
そこで働く人たちは仕事中に多大なストレスを感じ、今度は自分が客になったときに、そのストレスを従業員同士にぶつけることになる。
こうしたバッドスパイラルが起きているのが、いまの日本の状況だ」(以上、同書より)

五日市剛さんは、「嫌なことがあったときこそ『ありがとう』と言おう」という。
嫌なことがあったときに、悪態をついたり、愚痴をいったり、不平不満、泣き言を言ったりすれば、愚痴をいうようなこと、不平不満や泣き言をいうようなことがまた起きる。
つまりバッドスパイラルが続く。
しかし、「ありがとう」と言えば、その悪いスパイラルがそこで途切れるからだ。

「良い消費者になる」
ありがとうを多用して良い消費者になりたい
posted by Dr.モーリィー at 23:39| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

No 3983   【神さまと人の関係は親子関係に似ている】

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【神さまと人の関係は親子関係に似ている】

小林正観さんの心に響く言葉より…


私たち人間の親子というのは、親が子供に対して何かをしてあげるときに、見返りや報酬がなくてもしてあげますね。

それが親子というものですね。
親は、見返りや報酬を一切期待しないで、自分の子供であったら、いくらでもしてあげます。
でも、この子供が「なんでもしてもらうことが当たり前で当然なんだ」とずーっと思い続けて、そうした態度を見せ続けていると、親はむなしさや悲しさ、疲れを感じるようになります。

ところが、もしこの子供が「ありがとう」という言葉を一言でも言ってくれると、それまでの疲れが全部吹っ飛ぶだけではなくて、むなしさが全部吹っ飛ぶだけではなくて「もっとしてあげよう」と意欲が湧きますよね。
仮にこの子供が「ありがとう」を言うに当たって、心がまったくこもっていなくて、とりあえず口先だけで「ありがとう」と言うだけでも、親はいい顔をして元気になります。
「もっとやってくれる」と、たとえ下心、邪心、損得勘定で子供が言ったとしても、親はそれを全部わかっていて、口先だけで言われた「ありがとう」に対してさえも、「もっとやってあげよう」と気力がわいてきます。
そのような親子関係が人間の中にはつくられています。

なぜでしょう。
人間の親子関係そのものが、神さまと人との関係なのではないでしょうか。
人間の親子関係は、神さまと人との関係の見本として、私たち人間生活の中に組み込んで、神さまが示していたのではないでしょうか。
神さまは人に対してシャワーの如く、好意や善意の雨を降らせています。
見返りや報酬が返ってこなくてもかまわない。
いくらやってあげてもいい。
しかも、それが当たり前なのです。

でも、全部自分の努力でやっている、自分の才能、自分の力によって人生が成り立っているんだ、と思っている人を神さまが上から見ているときには、神さまも疲れやむなしさ、悲しさを感じるかもしれません。
実は、そのことを親子関係を通して見せてくれていたのではないだろうか。
こういうことを事実として伝えるために、親子関係の中にそういうプログラムを組み込んでいたのではないか、と思うのです。

では、私たちは神様に対してどうすればいいのか。
心を込めなくてもいいから「ありがとう」を言っていればどうなりますか。
「ありがとう」を言っていれば、神さまはそれで疲れをものともせず、むなしさも感じなくて、さらにやってあげようという気になるのではないでしょうか。
私たちは、神さまに対して「ありがとう」と言っているだけで、ずっと神さまはやり続けてくれるということなのです。

〈ハイ〉という日本語がありますが、そのもとは“拝(おが)む”という字です。
ハイ(拝)と手を合わせることを言うのです。
それと同じように〈イエス〉っていうのは、“イエス・キリストに誓って”という意味を含みます。
ですから、肯定する言葉というのは、神さまとともに存在しています。

もし、みなさんの中に、辛抱して、人の2倍、3倍の努力をして、その結果として周りの人に対して苛立ったり、トゲトゲしていたり…そういう投げかけをしている人がいるようでしたら、即刻やめたほうがいいです。
努力そのものをやめたほうがいいみたいです。
それよりも、周りの人に対して、ひたすら感謝をすることのほうが、神さまにとって望ましいみたいだ、という結論になったのです。

『なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?』イースト・プレス

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心を込めなくてもいいから「ありがとう」と言った方がいい、と小林正観さんはよくいう。
しかし、なかなかこの意味はわかりにくい。
心がこもっていない「ありがとう」は言ってはいけないのではないか、とツイ思ってしまう。

自分の言った言葉、宇宙に投げかけた言葉は、必ず自分に返ってくる。
多く言えば言った分だけ、その回数分だけ返ってくる。
つまり、「ありがとう」と言えば言うほど、ありがとうと言いたくなる現象が宇宙から降ってくるからだ。
逆に、愚痴や悪口、イヤミ、文句や泣き言を言えば言うほど、そういう現象がまた起こる。

「神さまと人と関係は親子関係に似ている」
生きてるだけでありがたい…
ありがとうと感謝の気持ちで毎日を過ごしたい
posted by Dr.モーリィー at 07:33| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月23日

No 3982   【「つかみ」の重要性】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【「つかみ」の重要性】

百田尚樹氏の心に響く言葉より…


実は話すというのは、書くよりもはるかに難しい技術です。

書くにはある程度時間をかけられるし、後で直すこともできます。
ですが、喋るのはその場での一発勝負です。
推敲(すいこう)はできません。

筋道のある長い話をする場合、初めから頭の中に構成ができていなければ無理です。
あるいは話しながら構成を作っていく能力です。
起承転結を考えて、尚かつ盛り上げにも留意して、最後のオチも決める…これを即興でやるのがトークです。

ですから、昔から文芸の編集者の間では、「話の面白い作家は、書いても面白い」といわれているそうです。
短いセンテンスでギャグを言うのには反射神経とセンスが必要ですが、人が注目して聞く話を5分以上するというのは、話術に加えて構成能力が不可欠です。
構成能力というのは、その話を一つの物語として組み立てる力です。

「起承転結」…これは小説や映画の基本ですが、話も同じです。
まず導入があって(起)、次に物語が動き出し(承)、あっと驚く展開を見せ(転)、オチになります(結)。
もっとも転と結はしばしば同時になることもあります。
「面白い雑談」も基本的にはこの構成になっています。

私は30年以上もテレビ番組の放送作家として生きてきました。
そして「つかみ」の重要性を痛感してきました。
「つかみ」というのはもともと寄席言葉です。
芸人が舞台に出て一発目に放つネタのことです。
これで客の気持ちを掴むと、あとが非常にやりやすい。
逆に失敗すると、その後がずっと大変になるので、「つかみ」は非常に大事なのです。

私はテレビ業界に長くいたので、小説を書く場合にも、「つかみ」にすごく気を付けます。
極端な話、最初の1ページから面白いシーンがないと気に入らないのです。

また、人の興味を惹(ひ)く方法の一つに、質問から入るという方法があります。
人間というものは何かを訊(き)かれると、それに答えようとする性質があります。
そしてその答えがわからなければ、知りたいという興味が湧きます。
ただし、普段全然関心のないものや、身近でないものはダメです。
いつもは何気なく使っている言葉や、知っていると思っていることが、実は全然知らないものであったということに、小さなショックを受け、同時に関心が一気に高まるのです。

たとえば、日常使う言葉に、「試金石(しきんせき)」という言葉があります。
ところが、「試金石って、もともとどういうものなのか知ってる?」と訊かれれば、多くの人はまず答えられません。
これは金がどこまで純度があるかを調べる石のことなのです。
かつては実際に使われていました。

また、意外な導入から入るという手もあります。
人は自分の思っている常識を揺さぶられると動揺します。
すると、その動揺を抑えるために、納得のいく説明を聞きたいと思うものです。
そうなると、話が非常にしやすい環境が整います。

また、他人に面白い話をする時に大事なことは、数字をあやふやにしないことです。
数字というものは、一見無味乾燥なものに見えますが、実はそうではありません。
具体的な数字があることによって、話のリアリティが格段に増すし、話の面白さがぐっと伝わりやすくなるのです。

『雑談力 (PHP新書)』

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「人は見た目が9割」という言葉があるように、人は出会った瞬間にその人外見や言葉、態度をみて、好印象かそうでないかを決める。
つまり、「つかみ」で決める。
だから、落語も、話も、小説も、最初が肝心なのだ。
出(で)だしで、面白いかどうかが決まってしまう。

しかし、「話はあまり上手ではないものですから」とか、「諸先輩方の前でお話するのは僭越(せんえつ)ですが」とか、「急に言われたものですから」とかの言い訳を最初にする人は多い。
これは、「つかみ」として失敗だ。
「つかみ」の重要性に気づき、雑談力を磨きたい
posted by Dr.モーリィー at 07:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

No 3981    第2回  福来坊の集い  2017.4.16

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「第2回 福来坊の集い」

「護摩の炎と 笑いが 福を呼ぶ」

日時: 2017年4月16日 日曜日

会場: 烏帽子山最福寺 四恩殿

時間: 開場12時  開演:12時30分

第一部  池口豪泉貫主 護摩行 (12:30〜14:30)

第二部  三遊亭歌之介師匠  落語 (15:00〜   )


料金:前売り券 3000円(護摩木代500円含む)

毛利歯科でも チケット取り扱っておりますよ

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2017年02月21日

No 3980   【面白がってやれる人はステキ】

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【面白がってやれる人はステキ】

立命館大学教授、陰山英男氏の心に響く言葉より…


世の中には、チャンスを逃がす人とつかむ人がいます。

私は、教師としてたくさんの子どもたちを見てきましたが、大人になった教え子の進路もさまざまです。
プロ野球選手になった教え子、ロケット開発の研究者になった教え子など、子どものころからの夢を叶え、自分らしく人生を楽しんでいる人たちがいます。
ですが、中には、自分らしく生きるチャンスを逃し、「やりたいこと」ができなかった教え子もいます。

両者の違いはどこにあるのでしょうか。
チャンスをつかむ人の多くは、良いことも悪いことも受け入れて、どんなときでも人生を楽しもうとする「ポジティブさ」を持っています。
一方、チャンスを逃してしまう人は、失敗するリスクを過大に評価し、恐れ、行動しません。

新しいことをはじめるときは、リスクがつきものです。
うまくいかないこともたくさんあるでしょう。
けれど、「自分の思うように進まないかも」「失敗してしまうかも」といつまでも不安を抱えていては、何もはじまらないし、何も変わりません。

多少のリスクを取っても、「プラスを面白がる」という気持ちが「ポジティブ」の意味だと私は考えています。
得られること(プラス)より失うこと(マイナス)にフォーカスしている限り、「本当にやりたいこと」はできません。
仕事でも勉強でも、もっとも大切なのは、「楽しむこと」「面白がること」です。
「面白そう」だと思ったら、やってみればいい。

たとえうまくいなかくても、面白がることができれば、やった意味があります。
少しくらい失敗したって、深刻にならずに笑い飛ばせばいい。
そのことがわかっていれば、ポジティブに生きていけるのではないでしょうか。

何かをはじめるとき、もっとも大切なのは「面白がる」という気持ちです。
もっともらしい理屈や理由は必要ありません。
多くの人が新しいことにチャレンジできないのは、理詰めで考えようとするからです。
理屈ばかりであれこれ考えるから、迷いが増えて、行動できなくなるのです。

「ポジティブ習慣」とは、日常の中でリスクを恐れず、失敗を怖がらず、人生を「面白がる」こと。
では、どうすれネガティブな気持ちを払拭することができるのでしょうか。
どうすれば、毎日を面白がることを習慣にできるのでしょうか。
そこには、努力も根性も必要ありません。
やるべきことを絞り込んだら、それを習慣化させる環境を整えるだけ。

ポジティブかどうかは、持って生まれた素質や性格ではありません。
人生で成功するかどうかは、「ポジティブ習慣」を日々の生活の中で「実践しているか・いないか」にかかっています。

『人生を変える ポジティブ習慣』リベラル社

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「過去の自慢話しかしない大人が多いじゃないですか。 今、何をやるか。 これから何をやれるか。 何に面白がれるか。 それしかすてきじゃないでしょ」(女優・桃井かおり)
「昔はどうだった」とか「あの時は楽しかったね」、と昔のことばかり話をする人がいる。
一緒にいて楽しい人は、「これからのこと」、「未来のこと」を話をする人だ。

これからのことや未来のことを話をする人は、今を楽しんでいる。
そして、どんなことも面白がってしまう。
失敗や嫌なことも面白がれる人は、どんなことにもチャレンジできる。
失敗したってめげないからだ。

どんなことも面白がってやれる人は、キラキラしていてステキだ
posted by Dr.モーリィー at 07:25| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

No 3979   【「私」を消し去ることができる人がリーダーになれる】

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【「私」を消し去ることができる人がリーダーになれる】

高野登氏の心に響く言葉より…


自分の心を修めるとはすなわち、喜怒哀楽の感情を自分できちんとコントロールできるようになることです。

人間社会で起こるトラブル、人との間に起こるトラブルとは、つまるところ、自分の喜怒哀楽の感情を修められていないことにあると言っていいでしょう。
なかでも難しいのが、私利私欲への誘惑。
そして、嫉妬です。

以前お目にかかった、ある京都のご住職も、「死ぬまで自分の中に度しがたい思いが二つある。欲と嫉妬の念である」とおっしゃっていました。
たとえば、隣の寺の坊主が最近よくテレビに出ていて評判がいい、なんであいつが、と胸がざわざわするのだと、長い間修行を積んできた80歳を過ぎたお坊さんがおっしゃるのです。
だとすると、凡人である私たちには、それらを完全にコントロールすることなど到底無理なのかもしれません。
けれども、たとえ生涯無理であったとしても、それを修めていこうと意識していくことが、心を修めていく唯一の道だと思います。

宮本武蔵はいうまでもなく歴史に残る優れた剣豪でした。
しかしながら、かれはお城の城主になれたでしょうか?
おそらくなれなかったでしょう。
かれは、人並み外れたその腕を消し去ることをしていないからです。

多くの場合、優れた腕(知識やスキルなどのリソース)を持つことが、リーダーとなる人の最初の関門となります。
しかし、真に優れたリーダーとなっていくのは、その腕を消し去ることができる人ではないでしょうか。

昔、巨人軍を9連覇に導いた川上哲治という名監督がいました。
かれ自身、現役時代は、打撃の王様といわれた名選手でしたが、監督に就任したのちは、その打撃力をアピールすることはありませんでした。
現役選手としての最大の能力である打撃力、すなわち現場力を封印し、その気配を消し去ったのです。

現場の第一線で一流プレイヤーとして発揮する力と、リーダーとなるときに発揮すべき力は異なります。
そして、リーダーが自信の現場力を上手に消している組織には一体感があり、品格があります。

ホテル業界でもときどき、スーパープレイヤーというべきホテルマンが現れますが、かれらが組織をつくっていくケースは非常に少ない。
あるいは、日本にも世界ランキングに入るようなソムリエが何人もいますが、かれらが自分の会社をつくり発展させているという話はあまり聞きません。
それは、できないからではなく、やらないからです。
ずっとソムリエやホテルマンの世界で、現場で第一線に立ち続けることを選択しているからなのです。
でも、数名の人たちは、組織をつくり、自分の下に世界ランキングのソムリエやホテルマンを育てています。
つまり、役割りが違う、ということです。

どちらが優れているかとか、そういうことではまったくなく、どのような人生を自分が全うしたいと思っているか、ということです。
もし、どうしても「私」を消し去ることができないのなら、自分がもともとリーダーとなることを望んでいるわけではないと自覚すべきです。
それより生涯第一線で活躍し続けられるよう努力すべきです。
それもまた見事な一生となるでしょう。
一方、リーダーを目指す人は、自分を超える一流プレーヤーを育てるために、プレイヤーとしての自分の気配を消すべく努めるべきです。
「私」、すなわち、自分の優れた腕への賞賛、評価への欲を消し去ることに成功した人が優れたリーダーとなります。

『品格を磨く』ディスカヴァー

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自分のことばかり考え、欲でギラギラして、しかも嫉妬深い人に品格を感じる人はいない。
品格のある人は、他人の成功を心から賞賛するような、
自分のことより人のことを考える利他の心のある人だ。

『おれがおれがの「我」をおさえ、おかげおかげの「下」で生きよ』(田中真澄)
「我」が強い人は、リーダーになると問題が噴出する。
自分のことばかり考えるからだ。

『「私」を消し去ることができる人がリーダーになれる』
私を消し去り、おかげさまの気持ちで生きていきたい
posted by Dr.モーリィー at 21:54| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月17日

No 3978   【人間関係とは「言葉のやりとり」である】

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【人間関係とは「言葉のやりとり」である】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


「人から愛される人」をじーっと観察していると、あることに気が付きます。

それは…、「話す言葉が魅力的なこと」。
愛される人は、愛される言葉を使っている。
このことにつきると、一人さんは思うのです。
では、「魅力的な言葉」とは、どんな言葉をいうのでしょうか?
ちょっと具体的にあげてみましょう。

〇愛のある、明るい言葉
〇聞いていて、自分も相手も、うれしくなっちゃうような言葉
〇さりげないんだけど、思いやりがこもった言葉
〇思わず「ふふふ…」とふきだしちゃうような、ユーモアのある言葉
〇この言葉を聞くと、「よし、やるぞ!」と、やる気が満ちてくるような言葉
〇押しつけがましかったり、上から目線ではなくて、さわやかで心地のいい言葉

こんなふうな言葉をしゃべっている人って、すごく魅力的ですよね。
「魅力的な言葉」が使えると、非常に便利なものです。
何かトラブルやピンチにあったときも、たったひと言で、切り抜けることができます。

緊迫した雰囲気の中でも、ちょっと機転のきいたことを言うだけで、その場の雰囲気がふっとなごむことがあります。
魅力的な言葉を話せる人は、それだけでツキを持っている。
まさに「言い方上手」は「生き方上手」だといえるでしょう。
言葉というのは、その気になれば、誰もがタダ(ゼロ円)で変えることができるものです。

ところが、「言い方ベタ」の人は、なぜか素直に「魅力的な言い方」を学ぼうとしません。
「言葉なんかで運勢が変わったら、警察いらない」とか、「口が悪いのが、私の個性なんだから、放っておいて」とか言って、開き直ったりします。
そして、いつも人とトラブルを起こして、苦しい人間関係の修業を永遠に続けることになります。

「素直に魅力的な言葉を学ぶ人」と、どんどん差がついてしまうのです。
言葉を魅力的にすると、とたんに運勢がよくなります。
自分の言葉が「運気」を左右していることに気付いた人は、それだけでラッキーなのです。

『著者斎藤一人 カンタン成功法則』KKロングセラーズ

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魅力的な人は、人の気持ちを楽しくさせたり、嬉しくさせるようなことを常に考えている。
どんなことを言ったら、相手が喜んでくれるのかに注意をはらう。
反対に、魅力のない人は、誰と話をしても自分中心にベラベラしゃべり、人のことなど考えない。
そして、相手が傷つくような言葉を平気でいう。

相手がうれしくなるようなとは言葉は、相手の自己重要感を高めてくれるような言葉。
相手のいいところを見つけて、ほめたり、感謝したりする。
『人間関係とは「言葉のやりとり」である』
魅力的な言葉を学びたい
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2017年02月16日

No 3977   【美しいこと、さわやかであることが大事】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【美しいこと、さわやかであることが大事】

小林正観さんの心に響く言葉より…


お金や勝ち負けに固執して、美しくない、さわやかでない行為を見せてしまうことがあります。

神様はどうもそういう人をあまり応援したくないようなのです。
最初にスポーツを例にとって述べましょう。

スポーツは、とくに『さわやかさ』が要求されるものです。
スポーツは、勝ち負けを便宜的(べんぎてき)に争ってはいるけれども、実は勝ち負けを争うゲームをしている人たちのさわやかさ、さわやかな行動が、そこに参加している人、それを見ている人たちに癒(いや)しや安らぎを与えるのです。
したがって、「勝つためには手段を選ばない」「もう少し気分よくできる方法があるのに姑息(こそく)な手段を使う」という人は、まわりからも神様からも評価されません。
気持ちよく、みんなが笑顔になれるような、「さわやかさ」「美しさ」というものがとても重要なのです。

ある強い力士がいました。
その力士は常々「相撲は喧嘩(けんか)だ」と言い放ち、土俵を割って力を抜いた相手の力士を土俵下へ突き飛ばすというような事例がよくみられました。
印象としては、さわやかなものではありません。
相撲は強かったのですが、あまり美しい土俵態度とは言えませんでした。
本人は、「理不尽な」と思っているでしょうが、その力士は、結局、土俵とは関係のないことで問題を起こし、その結果として力士を辞めざるを得ないような形になったのでした。

あるスケート選手が大きな大会で演技をしていたときのこと。
スケート靴の紐が切れて倒れてしまいました。
もう競技では1位・2位・3位というレベルではありません。
そこで棄権(きけん)してもおかしくないくらいの出来事です。
しかし、その選手はリンク脇に駆け寄り、靴紐を直し、にこやかに出てきて、また残りの時間を演技し続けたのです。
もはや勝敗には関係ありません。
入賞すらできません。
ですから途中で棄権という選択肢もあったのですが、この選手は笑顔で演技を続けたのです。
とてもさわやかな印象でした。
優勝をした選手のときよりも大きな拍手で会場が包まれました。
こういうさわやかな選手を観客も、神様も応援するようです。

スポーツ選手は、さわやかであること、勝敗を競ってはいるけれども勝敗にこだわらない美しい姿を見せることが重要です。
ルールに則り、鍛錬した肉体や技術を駆使(くし)して勝敗を競うゲーム。
それを「スポーツ」と呼ぶのですから、そこで勝敗を争って当然ですが、勝敗にこだわりすぎて、あまりにも美しくない姿を見せると、それはかえってマイナスになります。
勝つために選択した手段があまり美しいものではなかった、さわやかなものではなかったという場合には、神様はその人を応援するということをしたがらないようです。

わかりやすいようにスポーツを例にとりましたが、実生活の中でも美しくない振る舞いをすると、それが自分に返ってくる場合があります。
仕事や商売も同じこと。
お金や売り上げにこだわるあまり、人が眉をひそめるようなやり方を宇宙は好まないようです。

これは極端な例ですが、阪神大震災のときに1杯5000円のラーメンを出したラーメン店がありました。
他に開いているお店もなく食べる物も少ないので、多くの人がそのラーメン店に並びました。
ところが、半年経ったあとは誰ひとりとして行かなくなったといいます。
しばらくしてその店は倒産したということでした。

こういうときほど「人間性」が問われます。
混乱の最中、お金を稼ごう、仕事を成功させようと思った結果、人間としての基本的な「さわやかさ」というものが忘れ去られていたのかもしれません。
「美しい商いの行為」ではなかったように思います。
そういう状況を神様や宇宙は応援しないように思います。

『運命好転十二条: 「天運」を味方にする方法 (単行本)』三笠書房

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「国家の品格」を書いた藤原正彦氏は、日本の国柄とは、「私より公を尊重する」「惻隠の情を持つ」「卑怯なことはしない」「恥を知る」等々の価値観があると言っている。
まさに、美しいこと、さわやかであることだ。
この反対の、「公より私を優先させる(自己中心的、守銭奴)」「惻隠の情がない(弱い者いじめをする、もののあわれを感じない、強ければいい)」「卑怯なことをする」「恥知らずな行動」は、醜(みにく)い。

美しいこと、さわやかなことには、余韻がある。
余韻がいつまでも続く人には、また会いたくなる。
魅力があるのだ。

美しいこと、さわやかであることを実践したい
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2017年02月15日

No 3975   【頭はクールに、冷静に対処する】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【頭はクールに、冷静に対処する】

美輪明宏氏の心に響く言葉より…


人生相談でいつも言っているのは、悩んでも物事は解決しないということなんです。

感情的になって、わめいて、泣いて、酔っ払っても、なにも解決しないでしょ。
どうすればいいかというと、悩んでいないで考えればいいんです。
いかなる場合でも感情を抑えて、解決する方法があるんじゃないかと。
頭はクールに、冷静でいるべきと人生相談で伝えてきました。
この世でいちばん難しい修行が、悩まずに冷静に考えることなんです。

だれかとけんかしそうになったら、お経を利用するといいんです。
「南無妙法蓮華経」とか、「南無阿弥陀仏」って叫ぶんです。
相手はびっくりしますよ。

それに準じて偉人たちの言葉を思い出すといいんです。
空海、法然、日蓮、プラトン、ソクラテス、彼らは理想的なみの処し方や心のあり方を探ろうとしていたでしょう。
「人久しといえども百年には過ぎず、其の間のことは但一睡(ただいっすい)の夢ぞかし」という日蓮の言葉があります。
悩んだときにこの言葉を思い出すと、人生はあっという間に過ぎてしまうから、悩んでいる暇はないと気持ちを切り替えることができるんです。
人生の先輩たちが残した言葉は、生きるうえで役に立ちますね。

『心の嵐を青空に』家の光協会

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美輪明宏氏は、「理性的」についてこう語る(本書より)。

『何か問題が起きたとき、感情や情念の一切を廃して、理性的にクールにチャンネルを切り替えること。
何を言われても、理性的にクールにその言葉を受け止めると、腹も立たないし、悩むこともない。
受けた言葉を冷静に分析して、自分には必要がない言葉だと判断すれば、「取るに足らぬ人間に言われたこと」と、さらりと聞き流せばよい。
反対に、これは自分に欠けていた言葉だと捉えれば、感謝もできますし、さらにステップアップできる。
捨てるか、役立てるか、取捨選択を冷静にすればいい。
こうした感情ぬきの作業が、いつでも冷静に、そして、瞬時にできるようになれば、ムダに泣き嘆き、怒ることも、争いごともなくなるから、人生はとてもラクになる』

これは、心理学の分析の手法と全く同じだ。
感情を交えずに、自分や他人を分析する。
すると、深く共感できたり、あるいは相手がなぜそう言ってくるのかの分析もできる。

普段の日常生活では、感情や情はとても大事だ。
しかし、一旦事があり、問題が発生した場合には、感情ぬきに、冷静に大人の判断をしなければならない。
たとえば、医者が手術をするとき、感情を交えずに、冷静にメスを使うのと同じだ。
「なんてひどい!こんなになってしまって…」などと泣き喚いたら手術はできない。

問題が起きたときは…
頭はクールに、冷静に対処したい
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No 3974  まらそん 準備・・・

準備中
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2017年02月14日

No 3974   【人間関係の技術こそが成功と幸福を招く】

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【人間関係の技術こそが成功と幸福を招く】

レス・ギブリン氏の心に響く言葉より…


人はみな人生でふたつのものを手に入れたいと思っている。
それは成功と幸福である。
もちろん人はみな違うから、成功と幸福の意味は千差万別だ。
しかし、自分が求める成功と幸福を手に入れたいなら、ぜひとも学んでおかなければならないことがある。
地位や身分に関係なく、それはまったく同じだ。

すなわち、成功と幸福をもたらす最大の要素は、人間関係の技術である。
人間関係の技術をしっかりマスターすれば、成功への道のりの約85%と幸福への道のりの約99%の地点に到達することができる。
これは多くの科学的研究で証明されている。

大切なのは、他人とうまくやっていきながら、満足感を得ると同時に相手の自尊心を満たす方法を見つけることである。
人間関係の極意とは、お互いの自尊心を満たすようなやり方で相手とかかわることだ。
これこそが人とかかわって本当の成功と幸福を手に入れる唯一の方法である。

カーネギー工科大学は1万人の工場労働者を綿密に調査し、成功の15%は仕事のスキルによるもので、85%は性格的な要因、とくに他人とうまくかかわる能力によるものだと結論づけた。
また、解雇された数千人の男女に関するハーバード大学の研究では、仕事の失敗で失業した人より人間関係の失敗で失業した人のほうが2倍多いことがわかった。
だが、著名な心理学者のアルバート・ウィンガム博士によると、その割合はもっと高いという。
1年間で失業した4000人の労働者の実態を調べたところ、仕事ができないから失業したのは全体の1割にすぎず、残りの9割は他人とうまくかかわることができないから失業したことがわかったのだ。

周囲を見渡してみよう。
あなたが知っている中で最も成功しているのは、高度な頭脳と専門技術を持った人たちだろうか?
少し考えてみれば、最も成功していて幸福にあふれているのは、人間関係の技術にたけた人たちだとわかるはずだ。

実際問題として、他人とうまくかかわる以外に充実した人生を送る方法はない。
他人とうまくかかわらずに成功と幸福を手に入れることは不可能なのだ。
医者、弁護士、セールスマンとして最も成功している人たちが、最も高度な専門技術を持っているとはかぎらない。
それと同様に、販売成績が最もいいセールスレディーが最も聡明だとはかぎらないし、最も幸福な夫婦が最も美男美女だともかぎらない。
どの分野であれ成功しているのは、人とのかかわり方の秘訣を心得ている人である。

『人望が集まる人の考え方』ディカヴァー

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我々がこの世に生まれてきた大きな目的のひとつは、人間関係を学ぶため。
仕事でも、家庭でも、学校や所属する組織でも、すべてに人間関係は存在するからだ。
だからこそ、我々は何よりも先に、人間関係の技術を学ぶ必要がある。
どんなにすばらしい技術を持っていようが、頭がよかろうが、知識があろうが、美人であろうが、人間関係がヘタだったらそれは宝の持ちぐされ。

人間関係をよくする最も大事なことが、「相手の自己重要感」を満たすこと。
「自己重要感」とは、「自分は価値ある存在である」「自分は特別で重要な存在である」「人から大切にされている」そして、「人から尊敬されている」というようなことを実感すること。
自己重要感が満たされないと、「自分の居場所はここにはない」と疎外感を感じる。

人間関係の技術を磨きたい
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2017年02月13日

No 3973   【笑いのセンスをみがく】

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【笑いのセンスをみがく】

精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…


ユーモアやジョークを解さない人というのは、ちょっとしたことでヘナヘナとなりやすい。

あるいはプッツンとキレて、糸の切れた凧のようになってしまう。
まあ、どちらにしても「心の柔軟性」というものがないのだ。

こういう人は、いってみれば「まじめな人」である。
冗談をいって笑わそうとすれば、「冗談じゃない、そんなこといってる場合じゃないでしょ」と怒り出すような人だ。
がまん強く、働き者で、上の人のいいつけをよく守り、ルール違反は絶対にしない。
責任感が強く、何事も完璧に仕上げなければ気がすまない。

まあ、決して人から非難を受けるような人ではないのだが、あえていおう。
こういう人が危ない。
こういう人に限って「落とし穴」がある。

優等生がテストで高得点を取れなかったことを気に病んでノイローゼになる。
品性があり、仕事もでき、職場でエースと見なされていた人が、たいしたこともない仕事の失敗をきっかけに酒に溺れるようになる…こういう話は、よく聞くではないか。
なんの問題もなかった人が、ちょっとした挫折で、さまざまな問題を引き起こす。
心に柔軟性がないために、生きていく途上では必ずやってくる失敗や挫折から、うまく身をかわすことができないのだ。

壁に真正面からぶち当たって、どうしていいか見当もつかなくなり、極端なことをする。
ちなみに、うつ病になるのも責任感の強い、きまじめな人に多いことを申し上げておこう。
そういう意味では、いいかげんでひょうきんな人のほうが、世間の荒波をたくましく生き抜いてゆく。
この人には、次のような性格がある。

■八割がたできたところ「これで、よし」といえる、いいかげんさ。
■自分でできそうもないときには人に甘える、ふまじめさ。
■がんばりたくないときはがんばらない、のらりくらりさ。
■最悪の状況でも冗談をいって笑っていられる、能天気さ。

多少過激なことをいうようだが、堅物なまじめ人間は、このくらいの心持ちを持ってもらいたいのだ。
それで、ちょうどよくなる。

そして、ぜひ仕事以外の友人や仲間を作ってもらいたい。
そして彼らと多いに遊ぶこと。
冗談をいい合って、心置きなく笑い合おう。
それでなくてもストレスの溜まりやすい性格なのだ。
気分転換の方法を、自分なりに見つけておくのである。

何かつらいこと、苦しいことで心が押し込まれたら、それを押し返すだけの反発力を持ってほしい。
しかし力づくで押し返すのではない。
力ずくでやろうとすれば、柔軟性のない性格の人はポキンと折れてしまう。
もっとさらりと、優雅に押し返すのがいい。
そこで、ものをいうのが、この「笑い」のセンスである。

『笑うとなぜいいか? (WIDE SHINSHO 221)』新講社ワイド新書

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『ドイツには、「ユーモアは、“にもかかわらず”笑うこと」という言葉がある』(斎藤茂太)
にもかかわらず笑うとは、どんな厳しい状況になっても、そこでユーモアを言って笑わせること。
すると、今までのトゲトゲした雰囲気が笑いによってパッと明るくなる。

「ふざける」とは、子供が大騒ぎするように、楽しんだり、冗談を言ったり、笑ったりすることだが、それが行き過ぎると「ふざけるな!」というように、まわりから怒られたりする。
特にまじめな人からは怒られやすい。

大人になると子供の心を忘れてしまい、ふざけられなくなる人は多い。
年を重ねるごとに、肩書とか、立場とか、世間体とかを考えてしまい、心が柔軟でなくなってくるからだ。

“にもかかわらず”笑うには、いつまでたっても、子供の心や遊び心をなくさないこと。
そして、ほどほどにふざけること。
笑いのセンスをみがきたい
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2017年02月11日

No 3972   【笑顔をつくれば幸せになれる】

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【笑顔をつくれば幸せになれる】

明治大学教授、堀田秀吾氏の心に響く言葉より…


《別に楽しいことがないときでも「フェイク・スマイル」で笑顔をつくるとストレスが軽減されて気分がよくなる》(クラフト、プレイスマンらの研究)

人生は良いことばかりではありません。
なんだか最近、元気がないなぁ…。
ついてないなぁ…。
腹が立つなぁ…。
悲しいなぁ…。
そんなふうに、気持ちが沈んでしまったときには、ぜひ笑顔をつくってみましょう。

そもそも、人が笑顔になるのは「楽しいから」「幸せだから」ではなく、笑うから楽しくなるし、幸せになるのです。
つまり、「笑顔」=「楽しい」「幸せ」だと脳にインプットされていますから、笑顔をつくることで幸せな気分を呼び起こすことができます。
よく言われる話なので、「眉唾(まゆつば)」に思われる人も多いと思います。
しかし、これは世界中の実験で証明されている事実なのです。

一つご紹介しましょう。
マンハイム大学のストラックらのフェルトペンを使った実験です。
この実験では、被験者を3つのグループに分け、それぞれ

1.ストローを吸うように唇を丸めて、歯がふれない状態でくわえさせられた被験者
2.上下の前歯で挟んで、唇にペンがふれないようにくわえさせられた被験者
3.フェルトペンを普通に手で持った被験者
に分けます。

被験者には、この状態でマンガを読んでもらいます。
その結果はというと、1のグループの被験者たちが読んだマンガをもっともおもしろく感じていた、という結果になりました。
このように、楽しい気分を増幅させるのが笑顔の効果の一つですが、もう一つ、ストレス軽減にも大きな効果があります。

クラフトとプレスマンという心理学者は、口にさまざまな形で箸をくわえさせて、被験者にストレスのかかる作業をさせる実験を行っています。
簡単に言うと、

1.笑顔のようになるくわえ方
2.口角だけがあがるくわえ方
3.笑顔にならないくわえ方
の3つです。

その被験者たちに、星をなぞらせたり、1分間、氷水に手をつからせたり、その心拍数やストレス度合いを計測したというわけです。
結果は、箸を横向きにくわえて、笑顔のようになっている被験者たちの心拍数や感じているストレスが、もっとも低くなりました。
別に、楽しくなくたって良いのです。
笑顔になれる人は、無表情な人よりお得な人生を送れるということです。
事実、「フェイク・スマイル」の習慣がある人とない人とでは、発する雰囲気…俗っぽくいえばオーラが違ってきます(「つくり笑顔」と表現すると、ネガティブな印象がしてしまうので、私はこれを「フェイク・スマイル」と表現させていただきます)。
たとえば、メディアで活躍する女優さんや俳優さん、アイドルたちに表情は、とんでもなくイキイキしていますよね。

「この状況をむしろ楽しもう!」「プロ(大人)として表情は明るく!」と、心に決めた人はイキイキと見えてくるもので、まわりの人も笑顔にする魅力があります。
日常のささいな不満は、フェイク・スマイルを決めて吹き飛ばしましょう!

また、クラフトとプレスマンという心理学者の実験の結果、別のおもしろい事実がわかりました。
それは、より楽しく、よりストレスを減らせるのは、単に口角を上げるだけではなく、口を開いた笑顔だということです。

要するに、微笑み程度の笑顔ではなく、歯が見えるくらいの豪快な、顔全体で表現した笑顔のほうが心理的なストレスを減らせるということです。
「くしゃくしゃの笑顔」と言われるような顔ですね。

この際、押さえておきたいポイントが目元です。
美容整形のお医者さんに言わせると、目尻のシワは「幸せ」をあらわすのだそうです。
思いっきりクシャクシャの笑顔になると、たしかに目尻にシワができます。
つまり、このシワは幸せのシンボルなわけです。

目尻のシワは見ている側も優しさや安心感を覚えます。
笑顔はもともと、相手に自分がその人の敵ではないことを示す合図でもあります。
何より重要なのは、良い笑顔は「伝播する」ということです。
つまり、まわりの人も笑顔にさせます。

『科学的に元気になる方法集めました』文響社

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「リベットというアメリカの生理学者が行った実験では、動作を行う準備のために送られる信号が、動作を行う意識の信号よりも350ミリ秒早かったことがわかっています。
つまり、考える・心で念じることより、実際の動作のほうが脳に与える力は強いのです」(同書より)

つまり、心構えや気持ちを切りかえたかったら、先に行動を変えること。
言葉も同じだ。
ゼンゼン楽しくなくても、「楽しいなぁ」「面白いなぁ」「ワクワクするなぁ」などと言えば、後から段々と楽しくなってくるということ。

「笑顔は機関車、心は客車。笑顔は心に先行する」
笑顔をつくれば幸せになれる
posted by Dr.モーリィー at 06:44| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

No 3971   【「相槌」で人生が劇的に変わる】

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【「相槌」で人生が劇的に変わる】

立正大学名誉教授、齊藤勇氏の心に響く言葉より…


私は、40年以上、人間関係の心理学、特に人間の「好き」と「嫌い」について研究してきました。

欧米の心理学の成果をベースにしながら、日本独自の人間関係について実証的な研究を重ねてきました。
そして、「対人心理学」という新たな分野も開発してきました。
また、テレビ番組などマスメディアを通して、人間関係を良好にする心理学的視点を啓蒙してきました。

長年研究してきた結果たどりついたのは、「日本には、特有の、人間関係を良好にするもっとも簡単な方法」がある、ということです。
それは、日本人が無意識に行っている「相槌(あいづち)」です。

相槌には、対応する英語がありません。
実は、日本で発展した独特の対話法なのです。
「相槌」という言葉は日本刀を制作するときの鍛冶場での打ち方に由来しています。
鍛冶場では、名匠一人が刀を打つのではなく、相手となる弟子と代わる代わる交互に打っていきます。
つまり相打ちをします。
このとき、刀匠は大槌で打ち、弟子は小槌で打つ。
弟子の小槌は、師匠が大槌を打ちやすいように、刀を整えるのです。
これが相槌です。
師弟関係、つまり、「タテの関係」の中で、相槌によって日本刀はつくられていくのです。
この「相槌」の語源は、上下関係で成り立っている日本社会の人間関係を象徴しています。
言葉の相槌も、このような日本的な関係の中で有効なのです。

よく使われる相槌「さしすせそ」を心理学的に解説していきましょう。
さ:さすが
し:実力ですね/知らなかった
す:すごい
せ:絶対/センスいい
そ:そうですね/それで

この8語です。
そのなかでも、メインは「さすそ」です。
「さすそ」の3つさえ覚えておけば、たいていの場面で、応用でき、相手から間違いなく好意を得られます。
この3語をマスターすれば、人間関係改善の基礎は固まったも同然です。
たった3語で、話し手から行為を持たれ、関係性はぐんと良くなるはずです。

『超・相槌 心理学の権威が教える 人生が劇的に変わるコミュニケーションスキル』文響社

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『あらゆる人間関係に役だつ提案を 一つあげてくれと言われたら、私は真っ先に 「いい聞き手になること」と答えるだろう』 (R・カールソン)

聞き上手な人は、相手を気持ちよくさせ、相手の自己重要感を高めることができる。

人の自己重要感を満たすには、相手をほめることであり、よいところを認めることだと言われる。
しかし、人をほめるのはかなり難度が高い。
だが、相槌なら少し練習すれば誰でもできる。

「話し三分に聞き七分。うなずき、あいづち、驚きの表情」(田中真澄)
相槌にプラスして、うなずきや驚きの表情といった行動や動作が伴うと、さらに効果的だ。

人生が劇的に変わるコミュニケーションスキルが「相槌」。
相槌をマスターしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

No 3969   【よいことをして忘れる】

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【よいことをして忘れる】


渡部昇一氏の心に響く言葉より…

■「親切を与えた人は黙るべし、受けた人は語るべし」(セネカ)
親切をしたことは言わないほうがいい。
親切にされた人は、大いに語るべきである。
与えた親切はどうしても言いたくなるものだが、なるべく抑え、受けた親切はなるべく語りたいと私は思っている。

■同僚が困っている時に助けてやるとか、上司に叱られた同僚がいたら、彼にかわって上司に弁解してやる、といったような貸しが組織の中においては必要です。
そして、そのような貸しが多い人ほど、人望が出ます。
ただその場合、いくら貸しをつくっても、代償を求めない貸しでなければいけない。
取り立てるという意識なしの貸しです。
返したければ返せばいい、というような感じです。
そして代償を求めない貸しを、どんどんつくっていく。

『渡部昇一 一日一言 (知を磨き、運命を高める)』致知出版社

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石川洋氏はこう語る(心の杖ことば 笑顔開運・ぱるす出版より)。
「《よいことをして忘れること》
佛教に「忘行」という戒(いまし)めがある。
他のために尽くして忘れるということは、難しいことであるが釈尊は忘れて初めて、よいことになるのであると、教示されている。
「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻もう」という道歌を知り、身に沁みるものがあった。
受けた恩を石に刻んで、感謝の心を養っていけば自ずから“させていただいて有難う”という心が生まれてくる」

「恩を仇(あだ)で返す」
という言葉がある。
恩を受けた人に対し、感謝するどころか、害を加えるような仕打ちをすることを言う。
それを、「忘恩の徒(と)」という。

受けた恩を忘れる人は、自分にもいつか必ず同じことが起こる。
そうではなくて大事なことは、『よいことをして忘れること』。
かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻む人でありたい
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2017年02月07日

No 3968   【人は、「人がいい」だけでは生きられない】

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【人は、「人がいい」だけでは生きられない】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


私のファンの人たちは、とても「やさしい人」が多いです。

やさしいことは、とてもいいことです。
だから、「やさしさ」は、この先も、ぜひなくさずに持ち続けてください。

ところが、世の中には、この「やさしさ」を逆手にとってくる人がいます。
巧妙な言葉で「やさしい人」をだましたり、お金をとったりする人がいるのです。
こういう悪い人たちは、「いい人」のことをなめてかかっています。
「コイツだったら、上手にだませる」「この人だったら、お金をとれる」と思って近づいてくるのです。

そのことに、すぐに気がつくような、頭のいい人にならなければなりません。
また、学校や会社で、傷つくような言葉を言われたり、いじめられたりした経験がある人もいるでしょう。
それは相手が「コイツだったら、何を言ってもいい」「自分のうさばらしに、コイツをいじめてやれ」と思っているのです。
こういう意地の悪い人たちに、あなたは絶対になめられてはいけません。

「いい人」ほど、強くならなければいけないのです。
「善に強くは、悪にも強くなくてはいけない」
この言葉の意味が、わかるでしょうか?

「悪に強い」というのは、悪を見抜く力があるということです。
要するに、悪い人の考えてくることを、先回りして見抜かないとダメだ…ということです。

人は、「人がいい」だけでは生きられません。
「いい人」でも、悪に弱ければ、人からなめられて、いつもバカにされたり、詐欺にひっかかったりして、つらい思いをすることになります。
お金をとられた場合は、あなたがつらい思いをするだけにとどまりません。
例えば、詐欺にあって、あなたが100万円とられたとします。
悪い人にお金がいったら、また悪いことに使う。
あなたが大切に貯めたお金が、結局「悪いこと」に使われてしまうのです。
だから、世の中のためにも、悪に強くならなければいけません。

いいですか?
あなたをなめてかかる人にまで、やさしくすることはないのです。
ビクビクしたり、相手の機嫌をとったりするのをやめて、毅然(きぜん)とした態度で立ち向かいましょう。
また、一見親切そうな顔をして、人をおどかしたり、不安にさせたりするような人とも、かかわってはいけません。

世の中には、「神」という言葉を口にしたり、「占い」を口にしたりして、おどかすような話をする人がいます。
その話をよく聞いていると、最後には「これを買わないと、大変なことになりますよ」という結末になるのです。
あなたのことを必要以上におどかすのは、何か自分にトクがあるからです。
だから、そいういう「おかしな話」が出てきたら、「これ、おかしいぞ!」と見抜かなければなりません。
「いい人」ほど、「人を見抜く力」を養わなくてはいけないのです。
それが、あなたのためにも、世の中のためにもなるのです。

『(文庫)気づいた人から成功できる「人」と「お金」の50のルール (サンマーク文庫)』サンマーク文庫

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斎藤一人さんは、いじめを解決するには、「騒ぎを大きくすればいい」という。
穏便にすませようとするから、陰湿な形で続いてしまう。
つまり、自分の持てるエネルギーをすべて使い、あらん限りのパワーで騒ぎを大きくするのだ。

ある心理学の先生はそれを、「悪に対するには、悪を数倍上回るパワーで対さなければいけない」と言った。
ところが「いい人」は、それができない。
おだやかに、穏便に、話し合いで解決しようとする。

世の中には、「なめてかかる人」「だましにかかってくる人」「おどかしたりする人」などの悪い人がいる。
人は、「人がいい」だけでは生きられない
posted by Dr.モーリィー at 06:39| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする