2017年01月31日

No 3958   【未来が見える】

IMG_6575.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【未来が見える】

稲盛和夫氏の心に響く言葉より…


おもしろいことに、事前に明確に見ることのできたものは、最終的にはかならず手の切れるような完成形として実現できるものです。
反対に、事前にうまくイメージできないものは、でき上っても「手の切れる」ものにはならない。
これも私が人生のさまざまな局面で経験、体得してきた事実なのです。

DDI(現・KDDI)が携帯電話事業を始めたときも、同様です。
「これからは携帯電話の時代がやってくる」と私がいい出したときは、周囲の人たちはみんな首をかしげるか、そんなことはありえないと否定論を口にしたものです。
私がいくら“いつでも、どこでも、だれとでも”という携帯電話によるコミュニケーションの時代はかならず来る、そして子どもからお年寄りまで、すべての人に生まれながらに電話番号が与えられるような時代が、そう遠くないうちに必ずやってくる、と明言しても、他の役員の失笑を買うばかりでした。

しかし、私には「見えていた」のです。
携帯電話という無限の可能性を秘めた製品がどれぐらいのスピードで、どう普及していくか。
またどのぐらいの値段や大きさでマーケットに流通するのか。
そのイメージが事前にくっきり見えていた。

なぜなら当時、京セラで手がけていた半導体部品などの事業を通じて、私は半導体の技術革新の速度や、そのサイズやコストの変遷について十分な経験知をもっており、そこから類推して、携帯電話という新しい商品の市場の広がりを、かなりの精度で予想することができたからです。
そればかりか、私は契約料はいくらで月ごとの基本料金はいくら、通話料はこういう値段と、将来の料金設定まではっきりと予想できていました。
そのとき私がいった料金設定を、当時の事業本部長が手帳にメモしていたのですが、実際に携帯電話事業がスタートしたときに、彼があらためてそのメモを眺めたところ、なんとそれが、実際の料金体系とほとんど変わらなかったのです。

携帯電話に限らず製品やサービスの値段というのは、マーケットの需給バランスや投資額の回収などを考慮に入れたうえで、複雑で精密な原価計算を経て初めて割り出されてくるものです。
それが、まだそいういうことをいっさいやっていないうちから、私にはサービス料金まで明確にイメージできていた。
担当の事業部長は、「神がかりとしか思えない」と驚き、あきれていましたが、それが「見える」ということなのです。

そうして、すみずみまで明瞭にイメージできたことは間違いなく成就するのです。
すなわち見えるものはできるし、見えないものはできない。
したがって、こうありたいと願ったなら、あとはすさまじいばかりの強さでその思いを凝縮して、強烈な願望へと高め、成功のイメージが克明に目の前に「見える」ところまでもっていくことが大切になってきます。

そもそも、こうありたいと願うこと自体、それを現実にする力が潜在的に備わっている証拠です。
人間は素質や能力がないことを、あまりしたいとは思わないものです。
ですから自分が成功した姿を思い描けるということは、その人にとって成功の確率がきわめて高いということなのです。

目をつぶって成功した姿を想像してみたとき、その姿がうまくイメージできるのなら、それはかならず実現し、成就するということです。

『生き方―人間として一番大切なこと』サンマーク出版

16266089_1252927388120894_6637599746497763332_n.jpg


稲盛氏は、「手の切れるような」とは、目の前に理想的な完成品が具現化されているとき、人間はそれに手をふれるのもためらわれるような憧憬(どうけい)と畏敬の念に打たれる。
「もう、これ以上のものはない」と確信できるものが完成するまで努力を惜しまない。
それが創造という高い山の頂上をめざす人間にとって非常に大事なことであり、義務ですらある、という。

商品開発の最中に、時々、新商品の色や形、価格まで鮮明にイメージできることがある。
そういう商品はたいていヒットする。
自分の専業の分野において、寝ても覚めてもそのことが頭にあり、深く掘り続けている人だけに与えられる未来からのインスピレーションだ。

製造業も、建設業も、情報通信業も、運輸業も、小売業も、飲食業も、金融業も、サービス業も、農業も、漁業も工業も、その先端にいる人には未来が見えている。
未来が見えるくらい、仕事に没頭したい
posted by Dr.モーリィー at 07:01| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

No 3957   【たしかに景気は悪いし、たしかに景気は回復している】

IMG_6574.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【たしかに景気は悪いし、たしかに景気は回復している】

ジム・ドノヴァン氏の心に響く言葉より…


かつて、雑誌の調査で全回答者の22パーセントが「 これからいよいよ大不況が始まる」と答えていた。
その一方で、同じ割合の人たちが「景気は回復しつつある」 と答えていた。
じつは、どちらの見解も正しい。

人材開発の先駆者、故アール・ナイチンゲールが「 心はその人の現時点における支配的な思考の方向に進む」 と言っているとおりだ。
私の言っていることが信じられないなら、 赤という色について考えないようにしてみるといい。
何を考えてもいいが、赤について考えてはいけない。
私のいわんとしていることがおわかりいただけたと思う。
そうするまいと努めながらも、 あなたは自動的に自分の思考に従っているのだ。

大不況が始まる理由を探していれば、いずれ見つかる。
しかし、ポジティブな要素を絶えず探し求め、 状況を好転させるにはどうすればいいかを自問してみよう。
いまは不幸な境遇であっても先行きが明るいことを発見するはずだ。

とはいえ私は、困難な状況が存在することを否定しなさいとか、私の言葉をそのまま鵜呑みにしなさいなどと言っているのではない。
まずは実際に試してみるといい。
自分の経験をもとに自分なりの結論を導き出せるはずだ。
たしかに景気は悪いし、たしかに景気は回復している。
どちらの状況を選ぶかは、自分しだいなのだ。

シンプルなテクニックを試してみよう。
今度、ポジティブとネガティブのどちらにも解釈できる状況に直面したら、「どうして私がこんな目に?」といった気力を喪失するような問いかけはしないこと。
見る角度を変えて「どこかにプラス材料があるのではないか?」「この状況から何を学ぶことができるだろうか?」と自分に問いかけてみよう(心に思い浮かんできた答えを書きとめて、それを日記に記録するといい)。
人生におけるさまざまな出来事が自分にとってどういう意味をもつか、それをコントロールしているのは自分自身だということに気づくだろう。

『何をしてもうまくいく人のシンプルな習慣 (ディスカヴァー携書)』

16387391_1251881308225502_7720138016047234465_n.jpg


日本においては、200年以上続く会社は、3000あり、100年以上続いている会社は10万軒以上にのぼると言われる。
つまり、第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、世界大恐慌もくぐりぬけて続いている会社が10万軒以上あるということだ。

我々は、うまくいかないのは、景気や、政府の政策、上司や、配偶者、学歴、天災などのせいにしてしまいがちだ。
だが、しかし、周りがどんな状況になろうと、うまくいっている会社は必ず存在する。

「たしかに景気は悪いし、たしかに景気は回復している」
どちらの状況を選ぶかは、自分しだい。
posted by Dr.モーリィー at 06:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 3956   最福寺  信徒総代  頼まれごとは試されごと!

IMG_6493.jpg

IMG_6466.jpg

20130114_120745-thumbnail2[1].jpg

IMG_0636.JPG

IMG_6484.jpg


頼まれごとは試されごと

昨年秋 世界一の護摩行で有名な、鹿児島平川最福寺 
池口恵観法主の後継者として 長男豪泉氏の 継承式 晋山式が執り行われました  

そのころに おいちゃんに連絡が 最福寺の信徒総代を引き受けてくれと???

頼まれごとは試されごととは言いますが  いくらなんでも無理無理、、、

今までも現在も 国会議員や一部上場企業の社長や
鹿児島の名士と認められる方々が 務めてきた要職である

おいちゃん 皆さまが知っているように
表舞台で 活躍するのが苦手なタイプなので
地道に 職人肌・研究肌で 近くにいるKrさんやスタッフに
喜んでもらえることをよしとする 性分です

だから不特定多数の前に出ることやましてや話をするなんて、、、
当然何度もお断りいたしました
が、頼まれごとは試されごとといつも スタッフにも言っているので、、、

だから総代といっても 先輩総代が 数名いらっしゃるので
末席で どちらかというと 裏方的な役目ならば OKですよと

豪泉氏とは 池口家とは 小学校2年以来 45年以上のお付き合いですから
頼まれごとは試されごと 自分にできる範囲で頑張ります
まーー何ができるのかは わかりませんが

というわけで 先日 名刺を渡されました、、、

IMG_6525.jpg

IMG_6526.jpg

Drモーリイーのよろず日記
 最福寺・仏教関連を お読みいただくと
 いろんな情報を 書き込んでおります
 ご参考まで


最福寺  豪泉貫主
最福寺の中心は 日々の護摩行  祈願寺です
   偉大なる恵観開山が開いた 最福寺を 
   後継者として もっともっと発展させるために 日々努力奮闘中です
   ハード面もソフト面も いろいろと変わってきているようです

寺の年中行事としては、厄除星祭り、商売繁昌祈願を軸に、歌之介師匠などを招いての福来坊の集い、柴燈護摩などで信者さん以外の人に多く来寺してもらい、護摩で招福を体感してもらう機会をアピールしております

おいちゃんも 所属する福来坊友の会は  
外部から 一般の人の目線で サポートする有志の会 

 もっと多くの人に 最福寺に来てほしい
 お寺が 楽しい場所・明るい場所となり
 皆様が 福の光で 満たされてほしいと 願っております

福来坊友の会の 企画として 今年も
   三遊亭歌之助師匠と 豪泉貫主のコラボイベントを企画いたしました

IMG_0004.jpg


友人知人が 一所懸命頑張っている姿を見ると
おいちゃんの力は 微力ではありますが 応援したくなります

豪泉貫主に限らず おいちゃんの 同級生や友人たちは
本当に 各分野で活躍中である
おいちゃんも 刺激受けて頑張らねばと 再認識


交友関係:友人関係でのおいちゃんのポリシー

「つかず離れず 干渉せず」

 この独特な距離感で 仲の良い友達は多い  皆素敵な仲間だ
おいちゃん そんなに連絡を密にとる方ではないが
お互いに切磋琢磨  相互尊重・相互協力でともに成長したいものです


追伸)@
今後 恵観法主は 高野山別格本山 清浄心院の ご住職として
更なる修行に励まれるとのことです  頭が下がります
さらなるご活躍を 祈念いたします

 高野山伝燈大阿闍梨  百萬枚護摩成満行者
 高野山別格本山清浄心院住職
        大僧正   池口惠観

高野山別格本山 清浄心院公式HP
http://shojoshinin.jp/


A 護摩行のご案内
平川 最福寺では 恵観法主による 本堂での護摩行を
毎月1日から20日まで (お尋ねの時間にもよりますが だいたい15時ごろの開始)
 お問い合わせ先  099−261−2933

311253_276159752504011_156269162_n5B15D-thumbnail2.jpg

豪泉貫主による 大仏殿での護摩行を
毎月10日頃から25日頃まで  (12:30 開始)
 お問い合わせ先  099−210−0896

IMG_0635.JPG

日本中を 世界中を お忙しく駆け回るお二人ですので
必ず ご確認のお電話を入れてくださいね

運が良いと W護摩行の日もあります
ご利益も 倍増間違いなし  感謝・大感謝ですね

B 今年の厄除け星祭りは

平川最福寺 二月一、二、三、四日 午前十一時より
五日 紫原 最福寺    24日東串良 西大寺
 
一代の厄年は  数え年の
@ E F I N O R ㉔ ㉕ ㉘ ㉝ ㉞ ㊲ ㊷ ㊸ ㊻ 51 52 55 60 61 64 69 70
以上は 男女共通の厄年と言われています

普通には 男子 25 42 61  女子 19 33 37  を大厄年

特に 男子 42  女子 33 を 特別大厄年というそうです


厄年をおそれて萎縮するのも考えものですが、
わざとこれを無視した行動も避けるべきで、
この年は「厄ばらい」をして 七難即滅・七福即生を祈念し
過去の反省と将来の計画を立て直しの年と考えるのもまた
懸命ではないでしょうか

12642619_599620840187150_5023886714350279600_n-thumbnail2.jpg

12722071_601227063359861_2023226950_n.jpg

12696208_601227060026528_1572752350_n.jpg

12661946_599621253520442_4473203579597882044_n-thumbnail2.jpg

C 厄除け星祭り  おいちゃんのお薦めの 最福寺 Best3の行、イベントの一つ

 他にも 元旦初護摩(午前零時から約2時間)、 5月14日の八千枚護摩行(午前2時から6時間)、11月7日の大弁財天大護摩祈願祭などもお薦めです

という訳で おいちゃん今年も2月3日(金)の朝から 最福寺に出向く予定!
 親父への報告と墓参りも兼ねて


厄除け星祭りは 2時間ほどの行
その後 豆まきなどのイベントなどがあります  お勧めです


IMG_6478.jpg
posted by Dr.モーリィー at 00:06| ライフワーク | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

No 3955   JKグループ 2017  決意表明?

IMG_6754-55a24-thumbnail2.jpg

IMG_6755-1a793.jpg

CIMG3607-feba6.jpg

1月28日は 7年前に亡くなった親父の誕生日
また 不思議なことに 亡くなった日からちょうど 半年目にあたる月命日日

また一月でもあるので おふくろと兄貴夫婦そろって
親父の仏壇・位牌の前で 今年の決意報告や 予定などを語り合った

おいちゃんも 今年は更に進化する年になると思うので地に足をつけて
周りの人々に 感謝の念を忘れることなく 謙虚に
一歩一歩確実に 成長したいものだ

アニキの 1歳と3歳の孫たちもものすごい勢いで成長しているし
82歳のおふくろも 大好きな料理の研究に 余念がない

おいちゃんしかり、、、 やはり いくつになっても 成長したいものだ

今年も善き一年となりますように

IMG_6478.jpg

0665B15D-thumbnail2.jpg

今から みんなで 親父の墓参りに 行ってきます
posted by Dr.モーリィー at 06:48| ライフワーク | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

No 3954   【成功は「気にしない人」だけが手に入れる】

IMG_6573.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【成功は「気にしない人」だけが手に入れる】

信長氏の心に響く言葉より…


相手の反発を恐れて、言いたいことも言えない…。
こうしたい、と思っても周囲が気になり行動に移せない…。
キミは何度も、 そうした情けない局面を経験しているのではないだろうか。

他者の気持ちを考慮することは、決して悪いことではないと思う。
人への気遣いや思いやりに欠ける無神経な人間は、 何をやってもうまくいかないからだ。
だが、人にどう思われるかを“気にしすぎる”と、 マイナスの作用があることも事実だ。

たとえば、臆病で優柔不断な人がいるとする。
その人は、周囲の人々をイラつかせ、不愉快にする。
もちろん当人もイライラするし、ストレスだって溜まる。
つねに欲求不満で、不完全燃焼の状態だからだ。
そんなマイナスな状態に身を置けば、 どれほど努力をしようとも成功はおぼつかない。

磁石であればS極とN極は互いに引き寄せ合う。
だが、人間界においては、マイナスはマイナスの雰囲気の人間が、 プラスはプラスの雰囲気の人間が引き寄せ合うのだ。
もし、あなたが現状に不満を感じているのであれば、 あなたの周囲にいる人たちもまた、 あなたと似たようなタイプなのではないだろうか。
では、どうすれば、仕事やお金、恋愛に人間関係、 そうした人生における大切な要素を、 プラスの方向へ導けるのだろう。
加えて、 自由で快適な生活を手に入れるための手立てはないのだろうか。

私に言わせれば、それはいつも“楽しい状態” でいることが重要なポイントだ。
“楽しい”というのを“ハッピー”や“ワクワク” という言葉に置き換えてもいい。
そうした“楽しい状態”でいることにより、人生を変えた事例は、 いくらでもある。
たとえば、私の身近には、 年収1千万超の個人事業主が何人もいる。

そんな私が親しくしている人たちと、私自身との間には、 ある一つの共通点がある。
その共通点とはいったい何か…。
それは、「人の目や世間体をまったく気にしない」ということだ。

「人にどう思われようが気にしない」…。
ただそれだけで、人生は本当に大きく変わる。
クヨクヨすることがなくなり、思い通りに生きられるようになる。
自分にとって不必要なものはどんどん削ぎ落され、 本当に必要なものだけを手に入れられるようになる。

『成功は「気にしない人」だけが手に入れる』秀和システム

16174918_1250902261656740_3601814409088390574_n.jpg


医師、大津秀一氏の著書「死ぬときに後悔すること25」の中から…

■自分のやりたいことをやらなかったこと
■夢をかなえられなかったこと
■感情に振り回された一生を過ごしたこと
■他人に優しくなかったこと
■故郷に帰らなかったこと
■美味しいものを食べておかなかったこと
■行きたい場所に旅行しなかったこと
■会いたい人に会っておかなかったこと
■記憶に残る恋愛をしなかったこと
■結婚をしなかったこと
■自分の生きた証を残さなかったこと
■神仏の教えを知らなかったこと
■愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと

多くの人は、人の目や、周りからの批判、嘲笑(ちょうしょう)を気にして、やりたいことをあきらめてしまう。
そして、死ぬ間際になって、あれをやっておけばよかった、と後悔する。
ほんのちょっとの勇気があれば、たいていのことはできるのに。

それが、人の目や世間体を気にしないこと。
失敗してもかまわない、恥をさらしてもかまわないと開きなおること、覚悟すること。

「人にどう思われようが気にしない」、ただそれだけで、人生は本当に大きく変わる
posted by Dr.モーリィー at 06:58| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

No 3953   【悪口は言ったほうが負け】

IMG_6572.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【悪口は言ったほうが負け】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


人間関係の問題は、いろいろあるんですけれど、「これだけ覚えておけばいいですよ」というものがあるんです。
これだけ覚えておけば、いろいろな問題があるなかの8割は大丈夫。
解決するんです。

この世の中には“嫌なヤツ”っているでしょう?
イヤミを言ったり、いばったりする“嫌なヤツ”がどこに行ってもいるんですけれど、それをやめさせようとしちゃいけないんです。
「復讐するは我にあり」じゃないけれど、復讐は人間がすることではないのです。
悪いことをした人には必ず、悪い報いがくる。
だから、ことのなりゆきは、天の神さまにお任せするんです。

そして…ここが大事なところですよ、いいですか。
「やられたらやり返せ!」って、その“嫌なヤツ”の悪口を言っていると、今度は言った人に悪い報いがきてしまうんです。
自分の畑にピーマンをまいたからピーマンがなる。
自分の畑に、自分で麦をまけば、麦がなる。
そして、自分がまいたものを、自分が刈り取るんです。

隣の人が唐辛子をまいていても、唐辛子を収穫するのは隣の人であって、あなたではありません。
それと同じで、あなたがイヤミなことを言われた場合、悪いことが起きるのは、あなたではありません。
あなたにイヤミなことを言った、その人間です。
つまり、放っておいても、勝手に相手は痛い目をみるようになっているのです。

それを、あなたがもし「イヤミを言われて嫌な想いをさせられたんだから、こっちも、あの人にイヤミをお返ししてやるんだ」という気持ちでいると、あなたから、“居心地のよくない”ムード(波動)が出てきます。
それではあなたに、人も、運も、お金も、近寄ってきてくれません。
それどころか、自分が望まない、嫌なことを招き寄せてしまうんですよ。
だから、復讐しようとしちゃいけないのです。
復讐はあなたの仕事ではありません。

『絶対、よくなる!』PHP

16265628_1249768845103415_7095031180017038684_n (1).jpg


斎藤一人さんはこう語る(同書より)。
『誰かに悪口を言われたとき、相手が私の悪口を言っていること自体が、私の勝ちだ、って私は思っているんです。
私は相手の悪口を一回も言わないから、私の勝ちだ、って。
最初のうちは、相手の言っていることを信じる人がいるかもわかりません。
万に一つ、そうだったとしても、長く言っているうちに、人の悪口を言っている人は、段々、周囲から信用がなくなってくる。
だから、相手が悪口を言い出したら、私の勝ちなんです。
悪口は言ったほうが負け。
長く言えば、大負けです。
ですから、「あの人があなたの悪口を言っているよ」と言われたときは、たった一言、こう言うのです。
「他人(ひと)が何を言うかは、どうしようもないんです。この世でできるのは自分が言わないことだけなんです」』

ちょっとしたイヤミを言われたら、言われたほうもイヤミを言い返す、などというシーンはよくある。
しかし、それを続けたら、自分も相手と同列になってしまう。
自分が、魂的な部分で相手より上だと思うなら、悪口もイヤミも、言ってはいけない。
威張るのはダメだが、魂の上で、自分の誇りを保つことは大事だ。

「悪口を言われても、自分が言わない」ということは、神さまからの大事な試験。
もし、悪口を言ってしまったら、何度でも同じ試験がやってくる。

悪口は言ったほうが負け、と心に深く刻みたい。
posted by Dr.モーリィー at 06:39| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

No 3952   【もっと理数のセンスを磨け】

IMG_6571.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【もっと理数のセンスを磨け】

成毛眞氏の心に響く言葉より…


「私は文系人間だから、理数系の話は苦手」… などと言っていられない時代が、とうとうやってきた。
周りを見渡しても、 私たちはサイエンスやテクノロジーに囲まれて生活していることは 明らかだ。
「人工知能」や「ロボット」、「ドローン」や「自動運転」 などという単語は、一般の新聞や雑誌でも珍しくなくなっている。

そんな今、苦手だから、興味がないから、知らないからと、 理数系の話を遠ざけるのは損である。
というか、まったく危険だ。
遠ざけたければ、それも個人の自由だろう。
だが近い将来、そのような人は職を失う可能性が高い。
あらゆる仕事が、 サイエンスやテクノロジーとかかわるようになるからだ。

仕事だけじゃない。
生活全般とかかわるようになる。
たとえば、医療はますます自己責任の比率が高まっていく。
同じ病でも治療法は多岐にわたり、 その中から何を選択するかによって治療の可能性が変わる。
それゆえにサイエンスやテクノロジーに無頓着であることは、命にさえかかわってくるわけだ。
では、どうすればいいのか?

シンプルに言おう。
STEM+Aの「STEAM」を学べばいい。

「STEM」は、英語では「幹」という意味だ。
自転車好きなら、フレーム本体とハンドルをつなぐパイプ状のパーツをステムと呼ぶことをご存じだろう。
しかし今、STEMといえば教育用語として使われることが多い。
「STEM教育」という言葉としても使われている。

STEMとは、
サイエンス(科学)の「S」
テクノロジー(技術)の「T」
エンジニアリング(工学)の「E」
マセマティクス(数学)の「M」
を並べた造語だ。

日本では「技術」と「工学」の区別は明確ではないが、技術はツールをつくること、工学はそのツールを活かす方法だと考えるといいだろう。
このSTEMという言葉を使い始めたのは、「アメリカ国立科学財団」とされている。

アメリカでは1990年代後半から当たり前のように使われてきた言葉だが、がぜん注目を集めるようになったのは、バラク・オバマが大統領になってからだ。
もともと教育問題への関心が高かったオバマは、STEM教育を重要な政策課題とした。

今やアメリカの教育界でSTEMは常識になっているが、これに「A」を加えた「SETEAM」という言葉も生まれている。
Aはアート(芸術)のAだ。
一方でビジネス界では「デザイン戦略」という言葉が、当たり前のように使われるようになってきた。
平たく言うと、“カッコいい商品をつくるにはどうするか”ということ。
過去に言われてきたデザイン戦略とは少し意味合いが違ってきている。

現在のデザイン戦略は、顧客とのコミュニケーションや仕事の進め方そのものもデザインすべきだという考え方に基づいている。
そのためにフローを再構築することを意味している。
さらに、これまでは設計や製造に押されがちだった商品やサービスのデザインを、よりデザイン優位で見直すという意味合いも含んでいる。
このとき、デザインをする側はSTEMを理解している必要があるし、STEMを専門としている人は、A(アート)を理解しなければならないだろう。

アートをより身近にするには、STEMに対するのとは別のアプローチが必要だ。
私は古いものより新しいもの、古典より現代の作品に触れるほうがいいと思う。
現代アートには「インスタレーション」(空間芸術)という表現方法がある。
1970年代からはじまったインスタレーションでは、空間そのものを作品にする。

古典芸術に比べるとインスタレーションは、現代人の心のより深いところにある潜在意識を刺激すると私は思っている。
だから、自分の潜在意識にある革新的なアイデアを表面化することに役立つ。

『AI時代の人生戦略 「STEAM」が最強の武器である (SB新書)』

15978074_1237935962953370_4920269746549432605_n.jpg


成毛氏は、こう語る。
『アメリカでは「STEMの分野で学位を持つ人材を100万人増やすことを目指している」という。
順調にいけば2017年には、ある程度の成果が現れる。
最新の2015年の結果で、日本は科学的リテラシーが2位、数学的リテラシーが5位に順位を上げたが、読解力は8位に下げたという。
日本における教育の問題の諸悪の根源は、私立大学の受験システムにあり、という。
私大を経営するうえで受験料収入は無視できないし、なくてはならない収入源となっている。
そのため、私大文系の多くは受験料収入を増やそうとするため、受験のハードルを下げて、より多くの受験者を獲得しようとする。
結果、多くの私大では数学を必須科目にしないことでハードルを下げている。
これでは、その先長い人生続くにもかかわらず、17歳の時点で数学と縁を切ってしまうのは、大きな機会損失となる』

アメリカや中国、韓国では理数系の人材を増やす教育を進めている。
しかし、日本ではその逆の教育がシステムとして進行している。

これからの時代、もっともっと理数のセンスを磨かないと世界の流れには確実についていけなくなる。
そして、同時に芸術のセンスも。

次世代に、STEAM教育の大切さを伝えたい
posted by Dr.モーリィー at 06:30| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

No 3951    【楽しい人生を生きる宇宙法則】

IMG_6570.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【楽しい人生を生きる宇宙法則】

小林正観さんの心に響く言葉より…


いろんな問題をかかえていて、こんな職場の人に囲まれていて、上司が厳しい人で怒って怒鳴って…どうしたらいいんでしょうっていう質問をよくされるのですが、私の答えは「だから何?」。
「辞めたいんですか?」と聞くと、
「いいえ辞めたいわけじゃないんです」
「辞めたくないっていうことは勤めていたいんですね」
「勤めていたいんですけど上司がこんな人で…」
「じゃ辞めたいんですね?」
「いや、辞めたくはないんですけどひどい人ばかりで…」
「だから何?」

結局、辞めたくないんだったら文句を言わないでやればいい。
辞めるんだったら文句を言わないで辞めればいい。
どちらかです。
どちらにしても、文句を言っていること自体がいちばん問題なのです。

愚痴を言って泣き言を言って宇宙に不平不満を投げかけていることが、結局は自分にとってものすごく損。
投げかけたものは返ってくるので、辞める辞めないよりもそっちのほうが重要な意味を持ちます。

好ましいものに囲まれていない、という人は、自分が投げかけたものが好ましいものじゃなかったということです。
いい思いをしたい、お金を儲けたい、ということばかり考えている人は、何も投げかけていません。
むしろエゴという名のエネルギーを投げかけている。
だからエゴのかたまりに囲まれることになるのです。

喜ばれるように生きていくと、喜びに囲まれることになる。
かんたんな構造です。

自分の人生が楽しいほうへ展開していかない、という人は、楽しいものを投げかけていないからかもしれません。
だからイヤイヤやっている仕事はダメ。
イヤイヤしか返ってきません。
楽しくてやっている仕事は、はじめは収入が少なくても、そのうち必ず楽しくてしょうがないような状況に囲まれるようになります。
好きでやっているのだったら、寝食を忘れてやっていられるのだから、膨大に投げかけることができる。
そして将来、膨大に返ってきます。

同様に、夫が気に入らない、と夫の悪口を言っていることのほうが問題。
夫の悪口を言っているヒマがあったら、どっちかに決めた方がいい。
別れたいなら別れる、別れないなら別れない、まず愚痴や泣き言、悪口をやめること。

迷っていることがあって相談に来ているのか、愚痴、泣き言、悪口を言いに来ているのか、をちゃんと分けたほうがいいのです。
で、不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句・恨(うら)み言葉・呪(のろ)い言葉を言いたいのだったらそういう仲間を見つけて言い合えば良い。
しかし、言えば言うだけまたその言葉を言いたくなるような現象が降って来ます。

『楽しい人生を生きる宇宙法則』講談社

16195120_1247569038656729_3248626289030606845_n.jpg


愚痴や不平不満を、楽しんで言っているとしか思えないような人がいる。
真に自律した人、行動の人は、何か問題があってもそれに対して、嫌なら辞(止)めるし、辞めたくなかったらその解決方法を探しそれを試す。
一つやってダメなら、また別の方法を試せばいい。
だから、文句を言っているヒマなどないのだ。

結局、ヒマで行動しない人だけが、文句や不平不満を言う。
文句を言うということは、自分は動かずに相手に変わって欲しいと願う行為。
自律した人は行動で示す。

宇宙に投げかけたものが自分に返ってくるという。
今が、楽しくて仕方ない人は、過去に、楽しいという言葉をたくさん言ってきた人。
今が、感謝に囲まれている人は、過去に、たくさん感謝の言葉を言ってきた人。
今が、愚痴や不平不満ばかり言っている人は、過去に、たくさん愚痴や不平不満を言ってきた人。

「楽しい人生を生きる宇宙法則」を身につけたい
posted by Dr.モーリィー at 06:37| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

NO 3950   最新ぶろぐ更新情報!

IMG_6478.jpg

IMG_6484.jpg

最新ぶろぐ更新情報です!
毎日のおいちゃんのお気に入りぶろぐ「人のこころに灯をともす」からの転載をはじめ
日記代わりに ボケ防止に ははは! ぶろぐを更新しております
時間あるときにでも 覗いてくださいませ

こころ穏やかに  こころ豊かに
    合掌    ひで坊  拝


No 3944   第2回福来坊の集い 4.16
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/446106554.html

No 3942   ECCジュニア 紫原2丁目教室
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/446024949.html

No 3940   ランパス ご縁  休日!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/446023229.html

No 3938   ご縁塾1期 コバちゃん  初護摩行
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445960588.html

No 3935   ビッグ サプライズ!!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445925179.html

No 3931   広島:新井選手 恒例の護摩行!最福寺通信!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445833487.html

No 3926   MAX体重!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445696901.html

No 3924   年賀2017
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445616501.html

No 3920   仕事始め
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445546417.html

No 3914   初仕事!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445433200.html

No 3913   謹賀新年!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445432920.html

No 3912   感謝・大感謝!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445421796.html

No 3910   江ノ島法話28年12月 年越しー5 正月準備
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445400490.html

No 3909   最新ぶろぐ更新情報!
      http://mouri-dc.seesaa.net/article/445380084.html


posted by Dr.モーリィー at 05:34| ライフワーク | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

No 3949   【コンペイ糖のようにトンがれ】

IMG_6569.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【コンペイ糖のようにトンがれ】

岡本太郎氏の心に響く言葉より…


《弱いなら、弱いままで進めば、勇気が出て来る》

憂鬱感や不安のない人間なんていやしない。
自分を大事にして、かばおう、うまくやろう、傷つきたくない、そう思うから不安になるんだ。

もし自分がヘマだったら“ああ、おれはヘマだな”と思えばいい。
もし弱い人間だったら“ああ弱いんだな”でいいじゃないか。

弱いからダメだとか、どうしてこう弱いんだろうと嘆いて、自分自身を責めることで慰め、ごまかしている奴が多いんだ。
そういうのは甘えだよ。
もっと平気で、自分自身と対決するんだ。
こんなに弱い、なら弱いまま、ありのままで進めば、逆に勇気が出てくるじゃないか。

《コンペイ糖のようにトンがれ》

どうも日本では、まるくなることばっかりを尊重するらしい。
「あの人は角がとれている」とか「練れている」ということが、ほめ言葉の味なものになっている。
どうもおもしろくない。

とくに、ほんとうに仕事をする芸術家の場合、対社会的にも、自分自身に対しても、ぜったいにコンペイ糖でなければダメだ。
仕事をしていて、いつも痛感するのだが…、だんだん調子がそろってくると、角がとれて、画面に充実した気分が出てくる。
抵抗がなくなってくる。
絵はいつでも安易に完成したがるんだよ。

ぼくは逆に、それを危機と見て、まとまってくる絵をぶち壊してやろうと頑張る。
そんなときは、自分で自分に喧嘩をふっかけるんだ。
コンペイ糖のようにトンがって、すでにできあがった自分自身とぎりぎりに対決する。
その緊張感が仕事を支える。

対社会の場でも、そうだ。
自分の立場や信念を純粋につらぬきとおし、独自な仕事を創造的に進めていこうとすれば、とうぜん、たいへんな無理解にぶつかる。
右から叩かれ、左からこづかれ、うしろから突きとばされる。

多くの作家はそういう抵抗に耐えかねて、無難な仕事のほうに逃げてしまう。
だれにでも肌ざわりのいいように、手ぎわよく作品をまとめ、ひたすらまるく。
そいういう作品は少しも本質的な矛盾をはらんでいず、退屈でやりきれない。

ぼくはそういう八方美人的態度を跳ねとばして、象徴的に、八方をがっかりさせるような態度をとり、満身に角を立てる。

『孤独がきみを強くする』興陽館

16143155_1243110895769210_6760746139241649697_n.jpg


ITやIOT化が日に日に進化している現代において、人間にとって最も必要な能力は創造力だ。
近い将来、ほとんどの仕事がロボットに取ってかわられる。
そして、同時に多くの職業や職種がなくなる。

では、そんな時代に生き残るのはどんな人たちなのか。
それは、創造力の豊かな人。
なぜなら、ITやロボットに対抗できる唯一の能力が、この「創造力」だからだ。

創造力が最も必要な人は、芸術家。
芸術家は、誰かの作品をマネたとたんに、その人の芸術家としての生命は終わる。
つまり現代は、すべての職種において、この芸術家的センスや、芸術家的発想力が必要となってきたということ。

生き残るには…
「弱いなら弱いまま進み」、そして、
コンペイ糖のようにトンがることも必要だ
posted by Dr.モーリィー at 06:32| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

No 3948   【一言力】

IMG_6568.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【一言力】

川上徹也氏の心に響く言葉より…


不利な立場に立たされた時こそ、「一言力(ひとことりょく)」が モノをいいます。
1984年のアメリカ大統領選挙は、2期目を目指す共和党のロナ ルド・レーガン大統領に民主党のウォルター・モンデール候補が挑 む戦いでした。
当時、レーガンは既に73歳。
対するモンデールは56歳。
マスコミ報道や世論調査でもレーガンの高齢を問題にしました。

キューバ危機の時、故ケネディ大統領が何日も徹夜で問題解決にあ たったことを例にあげ「 既に最高齢大統領のあなたにその体力はあるのか?」と質問したの です。
レーガンにとっては一番触れられたくない弱点で、嫌な質問です。
しかし彼はすました表情のまま、短い言葉でその立場を逆転しまし た。
それは以下のようなものです。

「わかってほしいのは、私がこの選挙で年齢問題を争点に取り上げ るつもりはないということです。
したがって対立候補(モンデール)の若さや経験不足を争点にして 取り上げようとは考えていません」

この抜群の切り返しに会場は爆笑につつまれます。
質問にたった司会者も、対立候補のモンデールさえもが思わず笑っ てしまったくらいです。
その結果、レーガンの年齢問題は不問にされ、選挙ではレーガンが 圧勝しました。

のちにレーガンは「私はこの14語のセリフによって大統領当選を 確実にした」と回想しています。
これは一言力の中でも「短答力」と言える能力です。

スポーツ界でも、名選手や記憶に残る選手は「一言力」が秀でてい ることが多いです。
例えば、日本プロ野球界で選手としても監督としても大きな実績を 残した野村克也は、その「一言力」によって多くの人に注目されて きました。
彼の一言力は、天性のものではなく、あらかじめ準備し鍛えること によって身についたものです。

現役時代、史上2人目の600号ホームランの時に語った「王や長 嶋が太陽の下で咲くヒマワリなら、オレは夜にひっそり咲く月見草 のようなもの」という有名なフレーズは、数ヶ月前から準備して考 えていたものでした。
当時、所属していたパ・リーグは人気がなく、印象に残るコメント を出さないと新聞記事にしてもらえないという思いから、 ずっと前から考えていたのです。
太宰治の『富嶽百景』の一節「富士には月見草がよく似合う」をヒ ントにこのフレーズを思いつき、ここぞとばかりに語りました。
これは一言力のなかでも「比喩力」に分類される能力です。

その後も、本人の言葉やそこから派生した言葉として、現役時代に は「生涯一捕手」、「解説者時代には「野村スコープ」、 監督になってから「ID野球」「野村再生工場」など、流行語にな るような言葉がいくつも生まれ(こちらは「命名力」という能力) 、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督時代には、試合後のコメン トが必ずスポーツニュースなどで使われていました。
これらもすべて思いつきだけではなく、普段からいろいろな本を読 み、使えそうな言葉を常にストックしていたといいます。
レーガンも、その場で思いついた一言のように語ってはいますが、 実際は「必ず来る質問」なのですから、周到に準備していた可能性 が高いでしょう。

このような、人知れず行う、地道な努力や準備も、「一言力」を向 上させるためには欠かせません。
もちろん、当意即妙の「一言」がいつでも口から出る天才的な方も いるでしょうが、多くの人はそうではないでしょう。

私の職業はコピーライターです。
コピーライターはもっとも「一言力」が必要とされる職業だと言え るかもしれません。

会社経営にも「一言力」は重要です。
経営者は社内外に向けて、自らの「方針」「理念」を示し続けなけ ればいけません。
それが「本質をえぐった刺さる言葉」であるか、「手垢にまみれた 常套句(じょうとうく)」であるかは、評価に大きな影響を与えま す。
社員のモチベーションにも大きな影響を与え、ひいては業績も左右 します。

『一言力 (幻冬舎新書)』

16174591_1245569875523312_1481827343797353290_n.jpg


「寸鉄人(すんてつひと)を刺す」ということわざがある。
短い言葉で、相手の急所や、要点をつく、ということ。
短くて核心をついた言葉、つまり「一言力」。

短い挨拶で、会場を沸かせたり、たった一言で人を感動させる人には限りない魅力がある。

安岡正篤氏は、こう語る。
「挨拶(あいさつ)とはどういう意味かと申しますと、挨も拶も、 直接の意味はぴったりとぶつかる、すれ合うということで、 従って物を言うのに、相手の痛いところ、痒(かゆ) いところへぴったりと当たる、これが挨拶であります」

挨拶は、「一挨一拶(いちあいいっさつ)」という禅語からきているという。
挨は「押し開く、近づく」という意味で、拶は「迫る」ということ。
本来は、師が弟子の成長度合いを知り、その人物の修養の深さをはかるという、真剣勝負のぶつかり合いをさすという。

つまり、その時の応対によってその人物をはかる。
それを「応対辞令」というが、たった一言で、その人物の深浅がはかられてしまう。
これは、禅の修行の場だけではなく、我々の日常でも同じ。

一言力を高めたい
posted by Dr.モーリィー at 06:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

No 3947   【チャンスはいたるところにある】

IMG_6567.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【チャンスはいたるところにある】

ジェリー・ミンチントン氏の心に響く言葉より…


「チャンスは一度しかめぐってこない」とよく言われるが、 それはまったく事実に反している。
おそらく、想像力の乏しい悲観論者の考え方だろう。
実際は、あなたの周りにチャンスはいくらでもころがっている。
ただ、よく注意していないので気がつかないだけなのだ。

では、どうすればチャンスが見つかるだろうか?
イギリスの名宰相チャーチルは「 悲観論者はチャンスの中に困難を見るが、 楽観論者は困難の中にチャンスを見る」と言っている。
アインシュタインも同じ意見で、「 困難の中にはチャンスが隠されている」という言葉を残している。

チャンスはいたるところにある。
積極的にチャンスを探そう。
最も簡単な方法は、 身近なニーズを見つけてそれを満たす工夫をすることだ。
実際、一部の人はこの方法を絶えず実践して成功をおさめている。

チャンスが到来するのをじっと待っていてはいけない。
チャンスは自ら見つけるものなのだ。
発明王エジソンが面白いことを言っている。

「ほとんどの人がチャンスを見逃してしまうのは、チャンスが作業服を着ていて、いかにも大変そうに見えるからだ」

《常にアンテナを張りめぐらせて社会のニーズを見つけよう。どれほど困難な状況でも、必ずチャンスはある》

『自分の価値に気づくヒント (ディスカヴァー携書)』

16142652_1244818645598435_2853448160065192748_n.jpg


幸運は不幸の顔をして現れるという。
運やチャンスも同じで、困難や大変そうな中に隠れている。

実際、あの大変な出来事があったから、今の自分がある、と後になって思えることは多い。
だが当たり前の話だが、その困難や大変なことから逃げている人には、チャンスは永遠に訪れない。

嫌なことがあったとき、「これは後でネタになる」と思えるかどうか。
自分がそれを乗り越えたとき、ネタとして話すことができる。
そうほんとうに思っている人は、その困難なことをちゃんと記録しておく。
自分が壇上に上がって講演するときのイメージをありありと思い浮かべることができるからだ。

「チャンスはいたるところにある」
困難の中にチャンスを見つけ出せる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:52| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

No 3946   【他人を許し、その幸せを願う】

IMG_6566.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【他人を許し、その幸せを願う】

ジェームズ・スベンソン氏の心に響く言葉より…


どんなに豊かで、さまざまな恩恵を受けることができる国に暮らしていようとも、人びとの争いが絶えない原因はなんだろうか?
職場や学校、店内、路上など、あらゆる場所でもめごとが発生し、訴訟が日常化しているのは決して健全なことではない。

アメリカの著名な牧師ジェームズ・ムニハン師は、こう指摘している。
「現代社会を蝕(むしば)んでいる最大の病弊は、人を許す能力の欠如である。
人びとは誰かに不当な扱いを受けると、それをずっと根に持って復讐の機会をうかがっているのが現状だ。
しかし、そういう姿勢は精神的な未熟さのなせるわざである」

言いかえれば、ほとんどの場合、人を許すことができないのは、本当の意味で成熟していない証しなのだ。
どんな仕事であれ、独力で成功することは絶対にできない。
成功の秘訣の中で不可欠なのは、人とうまくやっていくことである。
人を許さない人は、この真理をまだ学んでいないし、たいていの場合、成功していない。

人を許すための画期的な方法を紹介しよう。

1.相手の幸せを願う習慣をつける。
「私はあの人を許し、あの人の幸せを願う」と唱えよう。ポジティブな言葉は心に平和をもたらす。

2.相手の長所を見つける。
人はみな、長所を持っている。相手の長所を見つけたら、それに意識を向けよう。敵意は自然に消える。

3.相手を許すことを本人に伝える。
自分を傷つけた人を許せば、自分の寛大さに誇りを持つことができる。しかも、相手の尊敬を得ることができる。

『希望と幸福に満ちた人生の扉をひらく50の法則』ディスカヴァー

f-bb-tp0-170111-0078_thum630.jpg


他人の不幸や失敗を願って、成功した人はいない。
脳は、発する言葉の人称を選ばないという。
つまり、人の失敗を願っているつもりが、自分のことと勘違いするのが脳の構造。

いつまでも過去にこだわり、許さない人も同じ。
自分のことを、非難したり、罵(ののし)ったり、怒ったり、馬鹿にしていることになる。
これは、人と人のみならず、国と国の関係でも同じ。

「人を許すことができないのは、本当の意味で成熟していない証し」
他人を許し、その幸せを願う人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:17| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

No 3945   【「目の前の仕事」に全力を尽くす】

IMG_6565.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です


【「目の前の仕事」に全力を尽くす】

法政大学大学院教授、坂本光司氏の心に響く言葉より…


人生は思うようにはいかないものです。
就職や転職のときに、自分の志望どおりになる人は限られています。
私が大学で学部生に教えていたころには、「20社目に受けた会社にやっとの思いで入りました。だけど、自分が行きたかったのはこんな会社ではありません」といった相談をよく受けたものです。

たとえ希望の会社に入ったとしても同じことです。
希望する部署に配属されるとは限りませんし、不本意な異動をされることもあります。
そんなとき、なかには、「こんなはずじゃなかった」「自分は負け組だ」などと考えてしまう人がいます。
そして、気持ちを腐らせていってしまうのです。

しかし、長年生きてきてさまざまな人物と接してくると、優れた人物が必ずしも「望む仕事」に就いたわけではないことに気づかされます。
むしろ、そうではない人が多い。
たとえば、伊那食品工業を育て上げた塚越寛さん。

この会社は、まさに「奇跡の会社」です。
「会社は社員の幸せのためにある」という塚越さんの信念に基づき、50年以上にわたってただの一度もリストラをせず、一貫して安定的に好業績を上げてきました。
しかも、斜陽産業である寒天メーカーでありながら、たえざる新商品開発によって「同業者と争わない」=「敵をつくらない」という戦略を貫いてきたのです。
その経営哲学を学ぶために、連日のように大企業幹部が訪れているのも頷けます。
そんな塚越さんは、その実績、識見、人格において、私がもっとも尊敬する経営者のひとりです。

しかし、塚越さんの経歴を聞くと多くの方が驚きます。
というのは、塚越さんの最終学歴は中学校卒だからです。
高校生だった17歳のとき、当時死の病だった結核を患ったため入院を余儀なくされ、高校を中退せざるをえなかったのです。
入院は3年にも及びました。
青春を謳歌(おうか)する同年代の若者を横目に病室に閉じ込められる日々を、どんな思いで過ごしたことでしょうか。
哲学書や経営書を読みふける毎日だったそうです。

奇蹟的に回復した塚越さんをさらなる苦難が襲います。
中学校卒で3年間も病に臥せっていた塚越さんを採用してくれる会社がなかなか見つからなかったのです。
さんざん悔しい思いをされたことでしょう。
そして、長野県伊那地域の地場産業である製材業を営む会社に、なんとか就職できることになりました。

この会社で、塚越さんは誰よりも一生懸命に働きました。
「働けるということ、今日も生きていたということが嬉しくて嬉しくて、当時、人の3倍は働きました」と振り返ります。
しかも、闘病中に熟読した書籍によって得た知識をもとに進んだ言動をしていたものですから、自然と経営者の目にとまるようになります。

そして、「あいつならできるかもしれない」と、その会社の関連会社で業績悪化によって銀行管理下にあった「伊那寒天工業」の実質的な社長に抜擢されます。
そのとき、塚越さんは弱冠21歳。
化学書や科学書を読み込みながら生産機械に改良を加え、経理体制を整え、営業に駆け回りました。
休みといえば正月くらい。
それだけの努力を重ねて、一歩ずつ自らの理想とする会社を築き上げていくのです。

人生にとって大切なのは、「希望する仕事」に就くことではなく、「与えられた場所」で全力を尽くすことなのです。
その結果、当初、思いもよらなかった形で自分の「理想」や「夢」が実現する。
人生とは、そういうものなのです。

もちろん、人を人と思わないようなブラック企業や、どうしても自分とは合わない会社であれば話は別です。
しかし、たいていの会社はさまざまな問題を抱えながらも、常識の範囲内で運営されているものです。
石の上にも3年といいます。
不満に思うことがあったとしても、その仕事を通してお客様や仲間、そして自分を幸せにできる可能性があるのであれば、「雇ってくれた会社・職場」=「与えられた場所」にじっくりと腰を据えて頑張ってみることです。
「目の前の仕事」に全力を尽くすことが、人生を拓(ひら)く第一歩なのです。

『強く生きたいあなたへ (WAVEポケット・シリーズ)』

16143155_1243110895769210_6760746139241649697_n.jpg


昨今は、少しプレッシャーがかかったでけでもブラック企業、などと言われてしまう非常にセンシティブな時代だ。
しかし、人を人とも思わないようなブラック企業は別にして、自分の希望に100%沿うような仕事などないに等しい。
「思ってもみなかったような仕事や、部門」に配属されることは普通だし、こんなはずじゃなかったと思うことは多い。
そして、たいていの人は、その現状に対して文句や泣き言をいい、愚痴をこぼす。

しかし、それとは真逆の人もいる。
どこに配属されても、その場やその仕事を愉(たの)しみ面白がってしまう人だ。
愉しければ、それがたとえ厳しい条件や環境であったとしても、ぜんぜん苦にならない。

『「目の前の仕事」に全力を尽くす』
思うようにいかない現実を愉しんでしまうような人には、限りない魅力がある
posted by Dr.モーリィー at 07:20| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

No 3944  第2回福来坊の集い 4.16

IMG_0004.jpg

「第2回 福来坊の集い」

「護摩の炎と 笑いが 福を呼ぶ」

日時: 2017年4月16日 日曜日

会場: 烏帽子山最福寺 四恩殿

時間: 開場12時  開演:12時30分

第一部  池口豪泉貫主 護摩行 (12:30〜14:30)

第二部  三遊亭歌之介師匠  落語 (15:00〜   )


料金:前売り券 3000円(護摩木代500円含む)

毛利歯科でも チケット取り扱っておりますよ

IMG_0004.jpg

20130114_120745-thumbnail2[1].jpg

IMG_6487.jpg

IMG_6466.jpg

IMG_6493.jpg
posted by Dr.モーリィー at 22:43| 最福寺・仏教 関連 | 更新情報をチェックする

No 3943   【困っても困らない】

IMG_6523.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【困っても困らない】

松下幸之助氏の心に響く言葉より…


《心配またよし》
何の心配もなく、何の憂(うれ)いもなく、何の恐れもないということになれば、この世の中はまことに安泰(あんたい)、きわめて結構なことであるが、実際はそうは問屋が卸さない。
人生つねに何かの心配があり、憂いがあり、恐れがある。

しかし本当は、それらのいわば人生の脅威ともいうべきものを懸命にそしてひたすらに乗り切って、刻々と事なきを得てゆくというところに、人間としての大きな生きがいをおぼえ、人生の深い味わいを感じるということが大事なのである。
この心がまえがなければ、この世の中はまことに呪(のろ)わしく、人生はただいたずらに暗黒ということになってしまう。

有事に直面しても、これを恐れてはならない。
しりごみしてはならない。
“心配またよし”である。

心配や憂いは新しくものを考えだす一つの転機ではないか、そう思い直して、正々堂々とこれと取り組む。
力をしぼる。
知恵をしぼる。
するとそこから必ず、思いもかけぬ新しいものが生み出されてくるのである。
新しい道がひらけてくるのである。
まことに不思議なことだが、この不思議さがあればこそ、人の世の味わいは限りもなく深いといえよう。

『道をひらく』PHP

16114174_1242328325847467_1323767850264776150_n.jpg


松下幸之助氏はこう語る。
「人生には、困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。
そんなときに、どう考えるか、どう処置するか、それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。
困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、困難がかえって飛躍の土台石となるのである。
要は考え方である。
決意である。
困っても困らないことである」

「心配またよし」とは、困っても困らないことだ。
これは困難に対してだけでなく、うまくいっているときや順境のときも同じ。

困難のとき、愚痴をいったり、自暴自棄(じぼうじき)になってしまうのか。
逆に順境のとき、調子にのって威張ったり、謙虚さを忘れ鼻持ちならなくなってしまうのか。
どちらになっても、淡々と素直に謙虚に処するだけ。

要はとらえ方しだい、見方しだい。
つまり、「順境よし、困難またよし」。

困っても困らない人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:19| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

No 3942 ECCジュニア 紫原2丁目教室

IMG_6516.jpg

IMG_6517.jpg

おいちゃんの 鹿児島の実家 紫原2丁目
屋久島から 7歳小学2年生の時に引っ越してきた家だ
(45年前だ すごいなあ)

おいちゃんの実兄の 長男の嫁:桃子が 新たなチャレンジをスタートします

ECCジュニア 紫原2丁目教室を 4月から開校いたします

興味ある方は是非ご連絡を!
099−256−6205

IMG_6516.jpg

IMG_6517.jpg
posted by Dr.モーリィー at 00:15| SHOP情報 | 更新情報をチェックする

No 3941   【すべては私を磨くため】

IMG_6522.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【すべては私を磨くため】

小林正観さんの心に響く言葉より…


《すべての日常生活は“私”を磨くための砥石(といし)なのです》

私は親子関係や夫婦関係で相談を受けるとき、よく「砥石」という言葉を使います。
砥石とは刃物を磨く石のことです。
魂を磨くための砥石は3つあります。

ひとつは「家族と家庭」。
結婚とは、「夫という名の砥石」「妻という名の砥石」を手に入れたということではないでしょうか。
夫婦という名の共同生活は、食べ物の甘い辛い、気温の暑い寒いなど、一つひとつ折り合いをつけることにほかなりません。
なかなか思い通りにならない子どもも「砥石」です。

次は「仕事」。
どんなときにも怒らない、イライラしないということを求められて魂は磨かれます。

最後に、「他のすべての人間関係、交友関係」。
日常生活のすべてが「“私”を磨くための砥石」なのです。

「怒ってもいい状況」も「怒らせる人」も存在せず、折り合いをつけるべき状況や相手がいるだけ。
それなのに怒って解決する道を自ら選んでしまっているのかもしれません。
私たちはすべての日常生活で、「いかにイライラしないか、笑顔でいられるか」を問われています。

『宇宙も神様もぜんぶ味方につける習慣』宝島社

13726625_1241507945929505_8430117571738108140_n.jpg


池波正太郎氏の素敵な言葉がある。

『男は何で自分を磨くか。
基本は「人間は死ぬ…」という、この簡明な事実をできるだけ若いころから意識することにある。
もう、そのことに尽きるといってもいい。
何かにつけてそのことを、ふっと思うだけで違ってくるんだよ。
自分の人生が有限のものであり、残りはどれだけあるか、こればかりは神様でなきゃわからない。
そう思えばどんなことに対してもおのずから目の色が変わってくる。
そうなってくると、自分のまわりのすべてのものが、自分をみがくための「みがき砂」だということがわかる』
(男の作法・新潮文庫)より

生まれ変わりがあると信じるなら、この世に生まれてきた目的はただ一つ。
現世において、少しでもましな人間になってあの世に旅立つこと。

生きている間に、まわりの人にどれだけ喜んでもらえたか。
あなたがいてくれて良かった、という人を少しでも多くつくる事。
砥石やみがき砂はそのためにある。

すべては私を磨くため、と思い定めて生きていきたい
posted by Dr.モーリィー at 00:04| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

No 3940 ランパス  ご縁   休日

本日は ご縁深き方の 四十九日の法要でした
ご冥福を こころよりお祈りいたします

昼からの仕事を前に 今回一度も使用していなかった
ランパスをもって 気になるお店に

IMG_6518.jpg

お店も素敵でしたが 素敵なご縁にも恵まれて
善き ひと時でした

鹿児島イタリアン 「楽園の食卓」

IMG_0894.jpg

IMG_0897.jpg

IMG_0896.jpg

IMG_0895.jpg

IMG_0893.jpg
posted by Dr.モーリィー at 23:06| SHOP情報 | 更新情報をチェックする

No 3939   【法遠去らず】

IMG_6521.jpg

おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【法遠去らず】

臨済宗円覚寺派管長、横田南嶺氏の心に響く言葉より…


《法遠去(ほうおんさ)らず―あきらめない、やめない、 ここを去らない》

浮山(ふさん)法遠禅師は葉県(せっけん)禅師の弟子である。
この葉県禅師こそ、まさしく「厳冷枯淡」、 人情のかけらも許さないほどに厳しい家風で鳴り響いていた。
その禅師のもとに、若き法遠は修行に出かけて入門を請うた。

古来禅門では容易に入門を許さない。
今日でも「庭詰(にわづめ)」と称して、 玄関先で何日も頭を下げ続ける。
まして厳しさで有名な葉県禅師のこと、 幾日も入門を願うも許されない。
雪の舞うある日、ようやく葉県禅師が現れるや、 僧たちに頭から水をぶっかけた。
たまりかねた僧たちはみな去ってゆくが、法遠は「 私は禅を求めてまいりました。 一杓の水くらいでどうして去りましょうか」と、留まって、 初めて入門を許される。

ある時、法遠が典座という、料理の係りを努めていた。
葉県禅師の「枯淡」ぶりは想像を超えており、 みんなは飢えに苦しんでいた。
師の葉県禅師が出かけたのをよいことに、 法遠はみんなのために特別の「油麺(ゆめん)」をご馳走した。
ところが、ようやく馳走のできたまさにその時、 葉県禅師が予定より早く帰山された。

烈火の如く怒った葉県禅師は、「油麺」の代金を法遠に請求し、 さらに三十棒くらわせて、寺から追い出した。
法遠の道友たちは、 かわるがわる師に許しを請うが聞き入れられぬ。
せめて外から参禅でもと願うがこれも拒否された。

法遠はやむなく町を托鉢(たくはつ)して「油麺」の代金を賄( まかな)う。
ところが葉県禅師が外出すると、 法遠が寺の敷地に居住しているのを見て、 さらにその家賃も納めよと迫る。
容赦のない仕打ちだが、法遠はそれにもめげずに、 町をひたすら托鉢する。

ある日、葉県禅師が町に出ると、 黙って風雨に耐えて托鉢する法遠の姿を目にする。
そこで初めて法遠こそ真の参禅者だと言って、寺に迎えて、 自らの後継者とされた。

今の時代なら考えらえないようなひどい仕打ちである。
それでもひたすら耐えぬいた法遠の志を貴んで、「法遠去らず」 という逸話として伝えられている。

古来禅の修行は行雲流水などと言われ、 自由自在に師を求めて行脚(あんぎゃ)をした。
それも大事である。
しかし、 どこにいてもその師や道場の欠点ばかりを目にしていてはものには ならない。

葉県禅師など実にひどいと思われるかもしれない。
禅宗の老師はよく理不尽なことを言いつけて修行僧を困らせる。
しかしながら、世の中を生きていくには、道理にかなう事ばかりではない。
「なぜ、こんな目に遭うのか」と悲憤慷慨(ひふんこうがい)することもある。
しかし、人間の真価が問われるのは、むしろそんな時であろう。

去る時の弁解はいくらでもできる。
しかし、一言も発せず黙して忍ぶ事の尊さを知らねばならない。
自然の災害なども然り、なぜこんな目にと問うても、道理などあろうはずもない。
それでも人はそこで耐えて生きねばならない。

『人生を照らす禅の言葉』致知出版社

15977725_1240631892683777_6315137612389860898_n.jpg


《閑古錐(かんこすい)》という禅の言葉がある。
「使えなくなった錐(きり)のことだ。
切れ味の悪くなった錐は、道具としては役に立たない。
しかし、長い年月をかけて、穴をあけ続けてきて丸くなった錐には、ただ鋭いだけの錐にはない、円熟した魅力がある。
禅では、真の修行者のことを閑古錐という」(ほっこり、やさしい 禅語入門)より

かつて連合艦隊を率いて、日本海戦で、当時最強のロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎は、沈黙の提督と言われた。
しかし、若い頃は軽口をたたいてはおしゃべりする軽々しい男だったという。
だが、それでは指導者にはなれないと、自らを戒め、鈍(にぶ)くて重みのある寡黙な提督となっていった。
そして、終生目立つことを嫌ったという。

昨今は、鈍(にぶ)いことを嫌う傾向がある。
それは、鈍(どん)くさいとか、鈍間(のろま)であるとか、鈍感だとかいう言葉で表される。

しかし、「鈍い」の反対の「鋭(するど)い」ことは決していいことではない。
鋭すぎて、人を傷つけたり、理屈をいって行動が伴わなかったり、人のアラばかりが見えてしまうようなことだ。
理不尽な仕打ちや、災いに出会った時は、鈍さがむしろ救いとなる。

「法遠去らず」
ジタバタせず、「鈍」を大事にする人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:14| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする