2016年07月31日

No 3681   【面白がる人には、どんどん面白いことが降ってくる】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【面白がる人には、どんどん面白いことが降ってくる】

小林正観さんの心に響く言葉より…


宇宙の法則として、「投げかけたものが返ってくる(投げないものは返ってこない)」というものがあります。
これはつまり、物理学でいう「作用」「反作用」と同じことで、言葉を換えて言うなら、「愛すれば愛される」「愛さなければ愛されない」「感謝すれば感謝される」「感謝しなければ感謝されない」「嫌えば嫌われる」「嫌わなければ嫌われない」「憎めば憎まれる」「憎まなければ憎まれない」ということです。

そして、自分に返ってくるものについて「宇宙は倍返し」という方程式があります。
投げかけたものがまだ返ってこない間に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を一切言わなければ、二倍のものが返ってきます。
宇宙は非常に律儀な倍返しなのです。

もし、人生の中で、普通であれば不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言ってしまうような出来事が起こったら、「来た!」と思ってください。
ついに私も試験を受けるようなところまで人格の修練を積んできたのだと。
その試験に「合格」すると、自分にとって楽しい出来事が起き始めるようになっています。

きちんと給料をもらえる、妻も舅(しゅうと)も姑(しゅうとめ)も子どももみんな優しい、睡眠時間も足りている、というときにニコニコしていられるのは、誰にでもできることで、これは人格者とは呼びません。
給料が払われない、配偶者がわからずや、子どもが言うことをきかない、自分の体調も悪い、睡眠も足りていない、というような、1000人中1000人がイライラしてしまうようなときに、ニコニコしていられるかどうかが、問われています。
「この状態でもニコニコできますか?」と宇宙が現象を降らせてくるのです。

何度かそのような試験を経て、大学卒業レベルの試験に「合格」すると、もう来ません。
こういう構造がわかって、本当に損得勘定で動くようになった自分が出来上がると、外から見るとちょっとした人格者に見えるようになります。

損得勘定と人格者というのは、かけ離れた概念ではありません。
怒ったり、愚痴、泣き言を言っていると血圧が上がり、胃液が濃くなって胃潰瘍(いかいよう)になったり、どんどん体が壊れて死ぬ方向にいってしまいます。
つまり、そういうことが損だとわかると、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言わなくなります。

人格者になることを目指さなくとも、損得勘定を身に着けた結果として、人格者になってしまう、という構造があるのです。

『神さまに好かれる話: 悩みを解消する法則 (単行本)』三笠書房

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小林正観さんはこう語る。
「神様は…
面白がる人には、どんどん面白いこと
楽しがる人には、どんどん楽しいこと
幸せがる人には、どんどん幸せなこと
を、くださるみたいなのです。

さらに、さらに重要なこと。
感謝する人には、感謝したくなるような現象を、次々に降らせるみたいだ。
愚痴をいう人には、愚痴をいいたくなるような現象を、次々に降らせるみたいだ。
その人が“好きで言い続けている言葉”をもっともっと言いたくなるように、現象をセットしてくださるようなのです」(同書より)

つまらなそうに、不機嫌に生きている人には、つまらないこと、不機嫌になるようなことがどんどん起きてくる。
つまり、人は、思った通り、言った通りの人生を歩む、ということ。

二度とない人生を、面白がって、楽しがって、幸せがって、感謝して生きていきたい
posted by Dr.モーリィー at 21:09| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

No 3680   【いいほうへ、いいほうへと考える】

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【いいほうへ、いいほうへと考える】

精神科医、斎藤茂太氏の心に響く言葉より…


私は、ものは考えようだといつもいうけれど、「幸福」も「不幸」も考え方しだいでどうにでもなる。
私は何ごとも、いいほうへ、いいほうへと解釈する。

生きていれば、腹の立つこと、悲しいこと、思い出したくないことも数多く出現する。
また、楽しく、愉快なこともいくらでもあるものだ。
そいういうことをいろいろ思い出しては、私は「まあ、なんだかんだといっても幸福な人生を歩んでいる」と考え、満足に近い心をもつ。
自分を幸福と信じる人が、本当の意味で幸福な人だと思うからである。

ある年齢になって、過去をかえりみて、「幸福だった」と思う人は、自分の過去をいいほうへ評価した人である。
いろんなことをやってきたという満足感をもっている。
老年になれば人はだれでも「それなりに幸福な人生だった」と思うのではないだろうか。
時間がたつといろいろなことが美化されるというのは人間にあたえられた特権である。

老年の人から「昔はよかった」という言葉をよく聞く。
しかし、どんな人でも「よかった」ことばかりがあったはずはない。
イヤなこともいくらでもあったはずである。
が、どんな苦しいことでも、長い間には美化され、悪くない思い出として脳裏に残るのだ。

目の前の嫌なことは片端から忘れていく。
これは実にうまくできたメカニズムである。
人間というのは実にうまくできていると思う。

一方で、満足できない、まだやり残しがあると思う人もいる。
私はそれも大切だと思う。
やり残しがあると自覚するのは、前向きなことなのである。
人生は勉強の連続で、必ずいくばくかの不満を持って人は終わる。
それはそれで結構なことではないか。

旅行をすれば見たいところは無数にある。
しかし、すべては見られない。
見逃しは必ずでてくる。
だから「次の楽しみにしよう」と思うのだ。
「もう一度ここに来たい」というエネルギーの源泉になる。

人生も、心残りを少しばかり持つのが幸福に生きるコツだと思う。
残したものを少しずつ埋めていくのが、また楽しいのである。
残り物に福あり、だ。

『ほがらかに品よく生きる--モタさんの言葉』新講社

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斎藤一人さんは、こう語る。
「よく、過去は変えられないっていうけれど それはまったく違います。
なぜなら過去はあなたの中にある思い出だから。
どんなに嫌な思い出も『あのことがあったから今の自分があるんだ』といい思い出に変えてしまえばいいのです。
過去の思い出を自分の思い通りにすることができたなら、未来も素敵な夢に変えることもできます。
その夢に向かって今やれることを、楽しみながら一歩一歩進んでいく…。
そういう人に神様は味方してくれますよ」

「過去は変えられるけど、未来は変えられない」という。
過去は考え方次第で、よくも悪くも変わる。
未来は、過去に対する考え方や見方が変わらない限り変わらない。
その人の生き方のクセだからだ。
悪い方に悪い方に考えるクセのある人は、未来も悪い方にいく。

どんなときも、いいほうへ、いいほうへと考える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:53| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月29日

No 3679   【下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ】

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【下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ】

小林一三氏の心に響く言葉より…


《下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。 そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。》(小林一三・阪急阪神東宝グループ創業者)

自分はチャンスがもらえないと嘆く人は多い。
しかし、世の中は捨てたもんじゃない。
必ず見ている人はいる。

能力があれば必ず世の中に出ることができる。
本当にできる人を世の中が見逃すことはめったにないからだ。

まずは、自分の今やるべきこと、与えられたことに全力を尽くしてみるといい。
そこに必ず多くの発見があるだろう。
下足番でも何でもいい。
そこを極めていくうちに世の中のことも見えるだろう。

豊臣秀吉は、織田信長の下足番から出世したという。
下足番をするなかで信長の力量をわかったし、信長もその下足番ぶりから、秀吉がただの下足番でないことがわかったはずだ。
だからどんなことでもいい、それを極めていけば、自分の先の進み方もわかるし、人も世の中もよく見えてくるものだ。

『日本人なら知っておきたい名言100』(木村進著)SOGO HOREI

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「幸運の矢は嫌な方から飛んでくる」
という。
嫌なことから逃げずに、しっかりと足を踏ん張り、一所懸命頑張る。
多くの人は、目の前の一事に専念せず、もっと他に幸運の種があるのでは、と探し回る。

「明珠在掌(めいじゅたなごころにあり)」という禅語がある。
宝はあちこち探し回っても、どこにもない。
本当は、自分の手の上にある。
「今ここ」から逃げずに、目の前の一事を、深く、長く、磨き続ける。

「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ」
目の前の一事に、手を抜かず、一所懸命になる人には幸運の女神がほほ笑む
posted by Dr.モーリィー at 04:00| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月28日

No 3678   【お互いに敬意を持って接する】

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【お互いに敬意を持って接する】

レス・ギブリン氏の心に響く言葉より…


人間関係に関するかぎり、相手の自尊心を傷つけることはご法度(はっと)だ。
相手の人間としての尊厳を踏みにじったら、いずれいやな目にあわされる。
人々は自尊心についてとてもデリケートで、自尊心を傷つけられると非常手段に訴えるおそれがあることを肝に銘じよう。

すべての人は自分の自尊心を大切にしてほしいと願い、それを傷つける人を敵とみなす。
だから、他人を機械やロボットのように扱ってはいけない。
そんなことをすると、相手はそっぽを向いてしまう。

実業家のヘンリー・カイザーは「すべての人を大切に扱えば、必ずよい人間関係を築くことができる」と言っている。
これは当たり前のことだが、非常に含蓄のある言葉だ。

1.すべての人は程度の差こそあれ自分本位である。
2.すべての人は自分に最も強い関心を抱いている。
3.すべての人は自分が重要だと感じたがっている。
4.すべての人は他人に認められたいと思っている。

すべての人は自分の自尊心を満たしてほしいと強く思っている。
その願望がある程度満たされて初めて、人々は自分のことを「忘れ」、他人に意識を向けることができる。
また、自分が好きになって初めて、人々は他人に対して友好的になることができる。

第一次世界大戦中に兵士が「おい、そこのお前、マッチを消せ」と怒鳴りつけたところ、相手は名将として知られるパーシング将軍だった。
兵士がしどろもどろになって謝罪しようとすると、将軍は彼の肩を軽くたたきながら「若者よ、ささいなことを気にする必要はない」と言った。
名将ともなると、一兵卒の不用意な発言ぐらいでは自信が揺るがないのだ。

しかし、自尊心が低いと摩擦やトラブルが頻発する。
自尊心がさらに低くなると、ささいなことでも動揺しやすい。
自分が話している最中に居眠りをしたという理由で相手の女性を絞め殺した男性がその典型だ。
もし彼の自尊心が満たされていれば、相手の侮辱的な行為はさほど大きな意味を持たなかっただろう。

他人をこき下ろす傲慢な人も、低い自尊心のために苦しんでいる。
こういう人の行動を理解するには、ふたつのことを知っておく必要がある。
ひとつは、自分の重要感を高めようとして他人をこき下ろしていること。
もうひとつは、誰かに少し批判されただけで、すでに低い自尊心が崩壊するのを恐れていること。
こういう人はいつも心の中でびくびくしながら他人と接している。
自尊心を傷つけられるという不安に耐えられないので、他人にやられる前に相手を攻撃することもある。

気難しい人に対処する効果的な方法は、たったひとつしかない。
その人が自分自身をより好きになるのを手伝うことだ。
傷ついた自尊心を癒すのを手伝えば、相手はおとなしくなって突っかかってこなくなる。
心のこもったほめ言葉をかけて相手の自尊心を満たせば、気難しい人に対して大きな効果を発揮する(普通の人に対して効果があることは言うまでもない)。

『人望が集まる人の考え方』ディスカヴァー

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自尊心と自己重要感は同じような意味を持っている。
ひらたく言えば、「自信」があるかどうかだ。
自信がある人は、ささいなことでは怒ったり、ムキになったりしない。
余裕のある人、でもある。

心の中に、ほめ言葉という「愛」(幸せ・感謝・喜び・楽しさ)がたまっていけば、自分の自己重要感も高まってくる。
自己重要感が空っぽでは、人に「愛」を与えることはできない。

「すべての人を大切に扱えば、必ずよい人間関係を築くことができる」
だれに対しても、お互いに敬意を持って接する人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 05:50| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

No 3677   【風が吹いていないときは、凧は揚がらない】

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【風が吹いていないときは、凧は揚がらない】

ライフネット生命会長、出口治明氏の心に響く言葉より…


《適切なときに適切な場所にいるいる人》

この世界は偶然の産物です。
そして、私たち一人ひとりの人生も、いろいろな偶然の積み重ねによってつくられていると言っていいでしょう。
歴史を知れば知るほど、偶然こそが「この世のリアル」だと確信します。

私たち人類・ホモサピエンスがこれまで生き残れたのも、偶然だったという説があります。
『そして最後にヒトが残った』(クライブ・フィンレイソン)という本によると、ネアンデルタール人が滅び、ホモサピエンスが生き残った理由は、「適応力」と「運」の違いにあったようです。
筋骨隆々で、森林での大型動物狩猟向きの体型をしていたネアンデルタール人は、当時、地球環境の寒冷乾燥化が進み、森林が縮小し、平原が広がりはじめる中で徐々に生きる場を失っていきます。
一方、しなやかで持久力に富む体を持つホモサピエンスは、平原での狩りにも対応でき、生き残ることができたそうです。

つまり、たまたま平原が広がりはじめる時期に、たまたま平原に適応できる体をホモサピエンスは持っていた。
だから生き残れた。
まさにホモサピエンスは運がよかったのです。
逆に、ネアンデルタール人が絶滅してしまったのは、たまたま運が悪かっただけとも言えるのです。

「運がいい」というのは、フィンレイソンが指摘しているように、「適切なときに適切な場所にいる」ことなのです。
この世は偶然の産物だということに、あらためて気づかされます。

ウイーン生まれのユダヤ系の宗教学者に、マルティン・ブーバーという人がいます。
そのブーバーが、代表作『我と汝・対話』で書いているのが、「すべての真の生とは出会いである」という言葉です。
つまり、私たちの人生は、つまるところ、すべて出合いである、と。
そうした出合いを通して、人生はどんどん変化していく、と。
関係性を重視したブーバーならではの言葉です。

私たちの人生は、ブーバーの言うように、そのときどきの出合いによって変化し続けていきます。
そうしたいわば川の流れに身を任せる生き方が一番いいと私は思っています。
変化を受け入れ、川の流れのままに流されて生きていく。
なぜなら、人間の力では、そのときどきの流れを変えることは難しいからです。

そのことを私は、しばしば凧揚(たこあ)げにたとえています。
「風が吹いていないときは、凧は揚がらない」
凧揚げしようとしても、その場所に風が吹いていなければ、どんなに必死になって走っても、あるいは、ものすごくよくできた高性能の凧であっても、揚がってはくれません。

一方、その場所にいい風が吹いていれば、こちらがそれほどがんばらなくても、凧はスイスイ飛んでくれます。
人生もこれと同じです。

風が吹いていないときは、何をやってもダメだし、逆に、風が吹きはじめたら、何をやってもたいていうまくいく。
だから、今は風が吹いていない時期だと思ったら、ジタバタとムダな抵抗はしないで、淡々と過ごしていく。
ただし、いつ風が吹くかは誰にもわからないので、風がいつ吹いても全力で走れるよう平素から準備をしておくことが大切です。

場合によっては、風がそのままずっと長い間吹かないこともあります。
ネアンデルタール人がが絶滅してしまったように、人生にはそういう残酷な一面もあるのです。
とはいっても、「まったく人生に希望が持てない」などと暗澹たる気持ちにはならないでください。
風が吹いていなくても、その中で人生を楽しめばいいのです。

時間はたっぷりあるので、いろいろなことができます。
逆に風が吹きはじめたら、やることがたくさん出てきてそんな暇もなくなりますから。

《「偶然」を大切にする人を運がいいと呼ぶ》

『人生の教養が身につく名言集 (単行本)』三笠書房


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「風車、風が吹くまで昼寝かな」
という、第三十二代の首相、広田弘毅の言葉だ。
広田弘毅は外務省の欧米局長のときに後の首相、幣原(しではら)喜重郎に嫌われて人事異動でオランダ公使に飛ばされた。
オランダは風車の国。
その時、自分の心境を歌ったのがこの句。

広田弘毅は、従容(しょうよう)の人と言われる。
従容とは、どんな危急存亡の時でも、ゆったりとして慌てたり騒いだりしないことであり、泰然自若(たいぜんじじゃく)としていること。
安岡正篤師は、「人は落ちぶれたときにどう動くかで、本物かどうかわかる。やけになったり、見苦しくジタバタするのか、はたまた、従容(しょうよう)としてそれを受けいれるのか。何をしたかではなく、何をしなかったかを観る」という。

「風が吹いていないときは、凧は揚がらない」
「偶然」を大切にする人、それが「適切なときに適切な場所にいるいる人」。
どんなときもジタバタせずに人生を楽しめる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 06:22| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

No 3676  屋久島七福神 U

おいちゃんは 2週続けての 県外勉強会だったので
今回は 兄貴とおふくろが 屋久島へ

親戚廻りや 屋久島七福神のこと、お見舞いや お悔みなどなど
かなりのハードスケジュールだったようである

感謝・大感謝です



まずは 寿老人様の 移動の様子です
そりゃあ3トンありますので 動くのも大変でしょう、、、

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尾之間温泉から 守護山 モッチョム岳を 臨む寿老人様

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尾之間の 氏神様 保食(うけもち)神社の新しい お宮の上棟式

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他の七福神様

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posted by Dr.モーリィー at 08:28| 屋久島七福神 | 更新情報をチェックする

No 3675   【本物の大人になるには】

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【本物の大人になるには】

川北義則氏の心に響く言葉より…


「ノブレス・オブリージュ」という言葉をご存知か。
単純に訳せば「貴族の義務」ということになる。
かつて、ヨーロッパ社会では、特権的な地位にある者は、兵役免除などさまざまな恩恵を受ける代わりに、経済的支出をはじめとした相応の義務を果たした。
それがノブレス・オブリージュである。

転じて、いまは「恵まれた人の役割」という意味合いで使われる。
例えば、アメリカでは、ハリウッドの人気俳優や有名スポーツ選手たちは、日本人には想像もつかないほど桁外れの収入を得ている。
彼らは、その収入からかなりの額面を養護施設などに寄付する。
それが当然のことだと、本人も周囲も思っている。
ノブレス・オブリージュが浸透しているのだ。

国から徴収される保険料は収入が多い人ほど高い。
ある30代の起業家は、そのことについていつも文句をいっている。
「僕はめったに病気もしないのに、すごくたくさん取られている。その金が、親戚でもないじいさんの医療費になっているのだと思うとバカらしい」というのである。

ちょっとみっともない考えではないか。
多くの保険料を支払える収入があることや、健康で医者にかからないでいることに感謝するほうが、ずっと幸せではないか。
税金もそうだが、たくさん稼いでたくさん収めればいいのだ。

せこい手を使って、自分の実入りを少し増やしたところでなんになるのか。
もちろん、節税の工夫はしたらいいが、「品よくやりなさいよ」といいたい。

そういう意味では、某政治家は下品の代表格だろう。
不明瞭なお金の使い方自体も問題だが、それ以前に東京都知事としてあまりにもせこい話ばかりで、都民としては恥ずかしくなったものだ。
自分のお金でないから、このときとばかり慣れない贅沢をしたがる。
また、私腹を肥やすことばかり考える。
こういう人は、懐を豊かにしようとして心をどんどん貧しくしてしまう。

何事につけ、品がないのはいただけない。
上に行くということは、それなりの覚悟を決めることだ。
立場が上になればなるほど、収入や権限も増えるが、同時に多くの不利な条件を与えられる。
それを無視して美味しいところだけをとろうという人は、最初から上に立つ器ではない。

ゴルフには、技量が異なる者同士が楽しくプレーできるように、「ハンディキャップ」という制度がある。
下手な人ほど多くのハンディをもらえる。
これについて、みんな少しでも自分のハンディキャップを減らそうと頑張る。
つまり、不利な方向に努力する。
そのほうが恰好いいからだ。
これと同じ努力を、どんなことに関してもしていくべきではないかと思う。

『本物の大人になる: 恰好いい人には「覚悟」がある (単行本)』三笠書房

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斎藤一人さんは、税金についてこう語っている。
「税金ってえのは、あの、嫌でも取られるんです。
よくあの、『税金を払うのが夢っていうのは珍しですね』っていわれるけど、払わなくていいなら、誰も払いたくないと思うんです。
でも、払わなきゃいけないんです。
で、どうせ(払わなきゃ)いけないんだとすると、何か、こうゲームかなんかにしてしまって、「どうせ取られるんなら、日本一になったほうがいいね」て、いうことで、日本一目指そうということですから…
やってみると楽しいんです」

税金にしても何にしても、どうせやらなければならないことは楽しくやる方がいい。
文句をいったところで現状は変わらないからだ。
例えば、交通違反の切符を切られて、そこで大声で文句を言うのか、ニッコリ笑って「ご苦労さまです」と言って切符を受け取るのか。

本物の大人は、自分に「不利な方向に努力する」。
格好いい本物の大人になりたい
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2016年07月25日

No 3674   【言い方と自律神経の関係】

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【言い方と自律神経の関係】

順天堂大学医学部教授、小林弘幸氏の心に響く言葉より…


たとえば、こんな経験はないでしょうか。
タクシーの運転手が道を間違え、「すみません、Uターンします」と言ってきた時。
機嫌がよい場合は、「あぁ、いいですよ」と軽く流せるのに、イライラしている時は、「ったく、急いでるのになぁ」と、つい相手を責めてしまったことが。

たとえ機嫌はよかったとしても、約束の時間に遅れそうであせっている時や体調が悪い場合も、ネガティブな言い方になることが多いはずです。
なぜ、このように気分や状況によって言い方にムラが生じるのかというと、実は、「機嫌」「時間的余裕」「体調」などはすべて、自律神経を乱す要因だからです。
つまり、さまざまな要因によって自律神経が乱れると、人はいろいろな言い方をしてしまうのです。

私自身、自律神経の研究を始めるまでは、非常に短気な人間でした。
ですから、タクシーの運転手が道を間違えた時は、叱責することが多かったと思います。
でも、今は違います。
なぜなら、私が相手をおとしめる言い方をすると、相手の自律神経が乱れ、結果的に私にとってさらに不利益となることを知っているからです。

もし私が、「何やってんだよ。道くらい覚えておけよ」と、相手を罵ったとします。
すると相手の自律神経はとたんに乱れだし、血圧が上がり、判断力が低下します。
相手はひどく動揺した状態で運転をすることになるので、さらに道を間違えたり、最悪、事故を起こしたりしかねません。
もちろん、これは私の望むことではありません。

ここで大切なのは、目的を見失わないことです。
タクシーに乗る目的とは、自分が行きたいところに行くことです。
ですから、すでに道を間違ってしまった以上は、いくら相手を罵っても仕方ないのです。

今となっては、ここから先、相手にきちんと運転をしてもらうことが最大のテーマです。
それをクリアするためには、攻撃的な言い方は厳禁です。
「それでも何か言ってやらないと気が済まない」、そんな方もいるかもしれません。
しかし、攻撃的な言い方をすると自分自身の自律神経も乱れてしまいます。

一般的に、怒りによる自律神経の乱れはだいたい3時間から4時間は持続します。
こんなことで、自分の大切な一日のパフォーマンスを下げるのは大損です。
ですから、こういう場合はまず、「仕方ない」と気持ちを切り替える。
そして、「今日はいい天気だなぁ」と考えるなどして、気持ちを別の場所に持っていくことが大切です。
すると、自律神経が整いだします。
「仕方ない」と諦めることは決してネガティブではなく、気持ちに区切りをつけて前へ進むための、最高のリカバリーショットなのです。

『自律神経を整える 人生で一番役に立つ「言い方」』幻冬舎

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かーっとなって怒ったあと、何時間かは気分が落ちこむ。
それは、怒りによる自律神経の乱れが3、4時間続くからだという。
同時に、まわりにいる人もシュンとして重苦しい気分となる。
怒ると、それを聞いているまわりの人の自律神経も乱れるからだ。

「自分の口から出た言葉は、自分が一番多く聞いている」という言葉がある。
口の近くに耳があるからだが、これも自律神経のメカニズムと同じだ。

人に悪口、文句、愚痴、泣き言、不平不満の言葉を多く言えば、自分もまわりも自律神経が乱れ、気分が悪くなる。
反対に、うれしい、たのしい、ゆかいだ、面白い、しあわせ、ありがとうの言葉を多く言えば、自分もまわりも自律神経が整い、気分がよくなる。

自分もまわりの人も気分がよくなる、「言い方」の実践をしたい
posted by Dr.モーリィー at 06:28| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

No 3673   【本当に強い人】

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【本当に強い人】

小林正観さんの心に響く言葉より…


目の前の問題を解決するのには次のような3つの3次元的方法があります。
それは、1つ目「克服し乗り越えること、もしくは意見が対立したとき論破して自分の主張や意見をおし通すこと」。
2つ目「逃避、そこから逃げ出して別のところに行くこと」。
3つ目「忍耐、我慢をし続けること」。

ほとんどの人がこのような方法をとっています。
その結果として、ストレスをため込んだり、体の中にポリープを作ったりして体がガタガタになります。

さらに、4次元の解決方法として「気にしない」というのがあります。
英語の“I don’t mind”、つまり「どんまい」です。

そして5次元の解決策として「気にならない」というのがあります。
バカにされても、あざけられても、気にせずににっこり笑って「そうなんですよね〜」と言っていられるのを、本当に強い人と言います。
「頑張るぞー」と言ってはいけません。
力をいれないのがいちばん強いのです。

どんなことに対しても一喜一憂しない心をつくるとものすごく人生が楽になります。
何を言われてもにこにこしている状態を、強靭な魂と言いますが、私が発見した方法を使えば、15秒くらいでこれをつくれます。
必要なことはただひとつ、「ぼ―っ」とすること。

メンツやプライドを一生懸命に守ろうとする人は、実はものすごく弱い人なのです。
自尊心が傷つかないように、身や心を守るのではなく、バカにされてもあざけられても、いっさい傷つかないで「そうなんですよね、ふふ」と言っている人。
これが本当に強い人といえます。

外側の条件にいちいち過剰反応せずに、自分はたいしたもんじゃない、ろくなもんじゃないと思い切りましょう。
ろくでもないのが自分なのだから、それ以上に見せる必要はありません。
だから、いい話をするとか笑わせるより、「笑われる」。
これはとても簡単です。
これが本当に強靭な魂という意味なのです。

『感謝ではじまる幸せの習慣』宝島社

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カチンとくることを言う人がいる。

「見下すような言い方をする人」
「恩に着せるような言い方をする人」
「嫌みを言ったり、バカにしたりする言い方をする人」
「からかったり、相手をなめたような言い方をする人」
「情熱を込めて話しても、それを鼻でせせら笑ったり、批判したり、全面否定するような人」
「乱暴だったり、けんか腰だったり、ため口だったり、相手に敬意を払わないような言い方をする人」

これらのことに、いちいち反応していたら、自分の心が萎(な)えてしまう。


「風疎竹(かぜそちく)に来る 風過ぎて竹に声を留(とど)めず」
という、菜根譚(さいこんたん)の中の言葉がある。
風が竹林に吹くと竹の葉がザワザワとなる。
しかし、一旦風が通り過ぎてしまえば、竹林は何事もなかったかのようにひっそりとしている。

何か大事があったそのときは心がザワザワと騒ぐが、それが終わってしまえば、何事もなかったかのように穏やかに静まりかえり、いつまでもそれに執着しないこと。
「本当に強い人は、気にしない人、ぼーっとしている人」

嫌なことがあってもそれを、気にしない人、ぼーっとできる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 23:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月23日

No 3672      屋久島七福神

生まれ故郷の 屋久島のために 恩返しのために 
数年前に おいちゃんが 屋久島の 7つの集落に
寄贈した 屋久島七福神 石像群

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未来の 屋久島の 守り神に 守護神に なってくれればと
台風が直撃する 屋久島なので
大型台風にもびくともしないようにと
神様1トン、台座2トンの 計3トン

7つの集落に 21トン分 奉納いたしました
今考えても凄いことだなあ  ははは

当初 麦生地区に奉納した 寿老人さまは
諸事情にて 放浪の旅に 出ておりましたが
このたび 永住地が決まりました

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屋久島で一番の温泉として 美人の湯として有名な
尾の間温泉の 目の前です

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実は おいちゃんが生まれた場所なのです 実家の跡地
いまは 尾の間集落の 区の所有地
不思議なご縁で この地に決まりました
管理も 尾之間集落にお願いし
御賽銭なども 尾之間のために活用していただけたらと
お願いいたしました

屋久島の人々を 尾之間の人々を  観光客を
百年いや千年、未来永劫
温かく見守って欲しいものです


屋久島七福神 公式HP
  http://www.mouri-dc.com/729/index.html


来週の 7月29日は 親父の 七回忌
その前に まとまって良かったです

尾の間の 現在の実家すぐそばの
保食(うけもち)神社 新しいお宮の棟上式も今日開催されたとか

少しでも 恩返しができて 嬉しいです
感謝・大感謝です

ちなみに 7月31日(日曜日)は
尾之間温泉まつりとのことです

寿老人様も 喜んでいることでしょう

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posted by Dr.モーリィー at 08:15| 屋久島七福神 | 更新情報をチェックする

No 3671   【しつけが美しさをつくる】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【しつけが美しさをつくる】

ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子氏の心に響く言葉より…


今や、礼儀を、古いとか、形だけのものとして蔑視(べっし)する傾向があります。
「何の得にもならない」と、利益に換算する人もいれば、「こんな忙しい世の中、礼儀などに構っていられない」と言う人もいます。
中には、無礼であることが、むしろ現代的だと錯覚している人もいます。

そして、多くの若い人は、礼儀を教えられずに育っていますが、それは彼らにとって大きな損失です。
なぜなら、「美しさ」というものが、永遠に変わらない、そして人々が追い求める一つの価値だとすれば、その美しさを創るもの、生み出すものは、礼儀という名のもとに実行される、小さいことの積み重ねだからです。
それは、なぜそうするのかと問われても答えられないような「きまり」を、来る日も来る日も、繰り返して自分に課していった結果、いつしか生まれてくるものなのです。

幼い時、母は私たちに向かって「膝(ひざ)を揃(そろ)えなさい。膝と膝の間を開けて座るものではありません。宮様方は、何時間でもそうしていらっしゃいます」と言ったものでした。
宮様ではあるまいし、と心の中で反撥(はんぱつ)しながら、渋々膝小僧を揃えたものです。

「家の習いが外に出る」という信念のもとに、母は、家の中だから行儀を悪くしていいということを許しませんでした。
食べ物を口に入れたまま話したり、歩いたりすることはもちろん禁じられ、食後すぐ寝そべることは「牛になる」ことであったし、床の間に足であがること、敷居や畳のへりをふむことは「足が曲がります」という極めて非科学的な理由で禁じられていました。
ふすまや障子(しょうじ)をきっちり閉めない時にも、叱言(こごと)は容赦なく飛んで来たものです。

「でも、よそのおうちでは」と言おうものなら、「よそはよそ、うちはうちです」と言われるのが落ちでした。
今になって思えば、これらの「理由なきしつけ」は、結局、自分との闘いであり、自分をきたえる手だてだったのです。

《「美しさ」は、修業を必要とする》
「美しさ」というものは、礼儀という小さな「きまり」ごとの積み重ね。
自分との闘いの所産。

『幸せはあなたの心が決める』PHP研究所

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森信三先生の「しつけの三原則」という、子どもを育てるときの大切な教えがある。

@朝のあいさつをする子に
そのためには、親が先に「おはよう」という。

A「ハイ」とはっきり返事のできる子に
そのためには、親が「ハイ」と返事をする。

B席を立ったら必ずイスを入れ、ハキモノを脱いだら必ずそろえる子に
そのためには、親が後始末をきちんとする。

しつけは親が手本を示さなければ、うまくいくはずがない。
しつけは、小さなときからの積み重ね。
一朝一夕に身につくものではない。

■食事のマナー
「ペチャペチャ音をたてて食べない」
「テーブルにひじをつかない」
「食事中は、背筋を伸ばした美しい姿勢」
「手の置き場所」

■普段のしつけ
「何かを頼むときは、『お願いします』」
「何かをしてもらったら『ありがとう』」


「しつけが美しさをつくる」
礼儀正しい人は美しい
posted by Dr.モーリィー at 06:34| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

No 3670 アンケート集計結果

毛利歯科ふれあい新聞ぶろぐコーナーにも
取り上げていましたが 先日のアンケート集計結果がまとまりました

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先日は、アンケートにご協力頂き、ありがとうございました。
189名(記名:128名 無記名:61名)の方に記入して頂き、
善い点 316件 改善点 58件 を頂きました。
これらを集計し、以下のようにまとめました。
患者様の貴重なご意見をもとに、これからもスタッフ一同精進してまいります。


〈良い点〉

●クリニックの環境に関する良い点 (10件)
・明るく清潔感のある待合室
・窓が大きく開放的。景色も良い
・処置台の環境
・クリニックが綺麗、癒やしの空間
・音楽(オルゴール)がリラックスできる

●スタッフの接遇に関する良い点  (270件)
・丁寧、優しい、安心、親切、話しやすい、接客、
 挨拶、雰囲気、気配り、笑顔、熱意、声掛け、穏やか、信頼できる
・すぐに対応してくれる
・相談、説明をしっかりしてくれる

●治療に関する良い点  (20件)
・痛みが少ない
・的確、最新の医療
・歯石を丁寧にとってもらえる
・歯を残してくれる
・治療方針を押し付けない

●治療システムに関する良い点  (16件)
・待ち時間が少ない
・予約制、担当制
・予約が取りやすい
・一度に多くの治療をしてもらえる
・情報が伝達している


<改善点>

●電話対応に関しての改善点
・電話が繋がりにくい
・電話の声が聞き取りにくい

(お答え)
 ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
 全スタッフで今後、指導教育を徹底して患者様のご要望にお答えできるよう、
 努力いたします。

●予約に関しての改善点
・予約がとれない
・完全予約制は利便性が悪い

(お答え)
 ご予約に関してご迷惑をおかけして申し訳ございません。
 特に夕方の時間帯、土曜日はご希望の患者様が多く大変こみあっております。
 治療内容によっては、まとめてご予約をお取りするなど様々に工夫もしておりますので、
 ご相談頂ければ幸いです。また、適宜改善策を検討しております。
 ご理解の程、宜しくお願い致します。


●スタッフの接遇に関しての改善点
・受付対応、座ったままの会計
・一部のスタッフで雑な処置をされる、技量に差がある
・器具で口唇を押さえる時に痛い、唾液吸引をもう少し考慮してほしい
・担当ドクターの名前が分からない

(お答え)
 様々なご意見をありがとうございます。
 患者様に対して冷たい、雑といった印象を与えてしまい誠に申し訳ございません。
 全スタッフ、指導教育を徹底して行ない、優しい心、優しい手、優しい対応を更に心がけて参ります。

●クリニックの設備環境に関する改善点
・古いチェアのほこり、器材の汚れ
・入り口が分かりにくい
・立駐以外の駐車場を増やして欲しい
・ウォーターサーバーを設置してほしい

(お答え)
 様々なご意見をありがとうございます。
 院内環境に関しましては、朝、昼、診療後の清掃、
 各機材の完全滅菌を行っておりますが、ご指摘頂いた点を反省し、
 患者様にご不快ご心配をおかけすることのないよう、さらに努力してまいります。
 駐車場、ウォーターサーバーに関しましては、検討中でございます。


●診療内容に関する改善点
・治療時間が長い、
一度にたくさん進めてほしい
・治療した歯に刺激が残る
・受付と診療側との連携
・お子様への声掛け

(お答え)
 様々なご意見をありがとうございます。
 治療内容に関しましては、担当歯科医師、歯科衛生士が責任をもって進めており、
 ケース・バイ・ケースに て治療時間、治療期間が変わってまいります。
 ご不明な点はぜひスタッフに質問相談をなさって下さい。
 患者様が完全に納得ご理解頂けるよう誠心誠意対応して参ります。


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No 3669   【本物の経営とは】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【本物の経営とは】

大久保寛司氏の心に響く言葉より…


企業経営にとって一番大事なものとは、いったい何でしょうか?
それは高邁(こうまい)な「経営理念」にほかならないと、私は思います。

こういう趣旨のことを申し上げると、「食うか食われるかのこの時代に、何を青臭いことを言っているのだ」という声が聞こえてきそうです。
「いみじくも経営をまかされた者が、人間としての素直さ、“青臭さ”を失ったらおしまいではないでしょうか」。
これが、私の基本の思いのひとつです。

確固たる理念を持って経営にあたっているならば、そしてそのことを従業員に理解してもらう努力を重ねているのならば、企業が社会を騒がせるような不祥事にまみれることなどということは、絶対にありえないのです。
「儲けるためなら、何でもやれ」。
こんなことを会社の理念、社是社訓にうたっている企業が、果たしてあるでしょうか。
絶対にありません。
多くの企業が世の中への貢献と顧客指向を掲げています。
しかし、現実の経営は「儲けるためなら何でもやれ」に近くなってはいないでしょうか。

経営理念の根幹にあるもの、またあるべきものとは何でしょうか。
それは端的に言えば、「“価値”を市場や顧客に提供し続けること」です。
企業である以上、売上げや利益を無視することはできません。
しかし、「主権者」が変わったいま、「売り上げを伸ばすために…」「利益を上げるために…」という発想の枠組みにとどまっている限り、現状打開の方向性はなかなか、見えてこないように思います。
また重要なことは、この「価値」を決めるのは企業などの送り手ではなくて受け手の側、すなわち「お客様」であるということなのです。

価値は常に同業他社との相対値でもあります。
より高い価値を提供するライバルが出現すれば、たちまちその地位は脅かされることになります。
こうした環境変化に速やかに対応することも、いままで以上に必要になることでしょう。

企業の価値とは何でしょうか?
なにが最初に思い浮かぶでしょうか。
最近自分自身は「どれだけ人を幸福にしているか、世の中の役に立っているか、その総量ではないのか」と考えるようになりました。

沢山の利益を上げていても、そこに働く従業員が苦しみ、かつ精神的にダメージを受けている人が多い企業が、真に価値ある企業でしょうか。
どれだけの人々を幸福にしたかという判断軸で見るとき、その結果は全く異なってきます。

ここ数年色々な素晴らしい企業を実際に訪問し、トップの方の話を伺いそして従業員の方々からも多くのことをお聞きしました。
業績を上げ続けている企業、素晴らしい企業の共通していた特徴は
「挨拶がきちんとできる」「整理整頓が行き届いている」「雰囲気が明るい」
この三つでした。
また、従業員の方々の自主性が高い、すなわち自ら進んで仕事に臨んでいることでした。
活き活きと輝いています。
またそれらの企業のトップは常に従業員のことが一番の関心事項でした。
従業員の満足を高めることを優先順位の一番に挙げていました。

従業員満足と言うとただ単に待遇をよくしたり甘やかすように考える人もいますが、決してそうではありません。
従業員満足とは彼らが成長することであり、また人としてよりよい仕事をしてもらう、素晴らしい生き方ができるように支援することでした。
その結果モチベーションの高い従業員が素晴らしい仕事を行う、それらに対してお客様が高い満足を得られる、結果として企業自身も成長・発展することができる。
このような世界を実現している姿を見たとき、「これこそが本物の経営、全ての人が幸福になる経営」ではないかとの感慨を深めたことでした。
このような企業こそが真に価値ある企業であると思います。

『人と企業の真の価値を高めるヒント (中公文庫)』

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伊那食品工業会長、塚越寛氏の言葉に次のようなものがある。
■社員一人一人の成長の総和が、会社の成長である

■私は、この会社を社員と地域にとって理想郷にしたい。
そのためにも、これまで通り「末広がり」の経営を推し進めていきたいと考えています。
「末広がり」とは、閉塞感がない状態のことで、これによって社員にゆとりが生まれます。
ゆとりをもって生きることができれば、未来に対して希望を持ち、ボランティア活動をしたり、環境問題などにも積極的に取り組むようになる。

■社員を幸せにする。
顧客を幸せにする。
地域社会を幸せにする。
これらを貫いていれば、会社は周囲から尊敬される存在になる。
これが一流の証。
一流になった会社は、放っておいても成長していく。

■経営者は、福利厚生を充実させ、職場を快適にするなどして、従業員の多様な幸せを実現できる環境を作り出さねばならない。
幸せを追求できる環境があれば従業員は会社に感謝し、一生懸命働こうというモチベーションが生まれる。
おのずと生産性は上がるはずだ。
そうして従業員が幸せになれば、経営者自身も幸福になれる。


40年以上黒字経営を続けるサウスウエスト航空のポリシーは、「お客様第二主義、従業員第一主義」だ。
従業員が仕事に心から満足し、その結果、仕事を楽しんでやるようになれば、自ずと顧客が満足するようなサービスを提供できる。
大事なのは規模の拡大ではなく、「いい会社」になることであり、本物の会社になること、そしてその会社を長く続けること。

本物の経営を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 07:05| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 3668     【つながりの経済】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【つながりの経済】

藤村正宏氏の心に響く言葉より…


スマートフォンの性能がよくなり容量も増えたことで、現在、専用機といわれている商品が売れなくなっています。
たとえばiPodに代表されるデジタルミュージックプレイヤーや、コンパクトデジタルカメラなどです。
最盛期の5分の1くらいの売上になっている。

そんな中でもカーナビはコンスタントに売れているそうです。
それは新車にはほぼ標準装備されているから。
だけど、このままだといずれ消え去る商品だろうなって思うわけです。

これまでのマーケティングのシナリオは以下の3つのどれかを選ぶというのが、定説でした。
@高性能の質の高いものを提供する
Aどこよりも安くする
B狭いターゲットと専門性

そして、この3つを同時に達成することは不可能だといわれていました。
ところが、スマホのアプリはこの3つを同時に実現しています。
ヤフー!カーナビもグーグルマップも最新のコンテンツにアップロードされています。
おまけにアプリは無料です。
そして、使っている人にカスタマイズされていく。

●性能がいい
●無料
●ユーザーにカスタマイズ
こんな特性を同時に持つ商品が登場しているのですから、もう昔のマーケティングの思考が通用しなくなっているってことです。

世の中、激しい勢いで変わっています。
昔の考え方のままでビジネスをしていると、ある日突然、業界がなくなっていることもあるかもしれません。

今、もっとも大事なこと。
それは、世の中の変化を認識することです。
世の中に流通する情報量が爆発的に多くなりました。
そんな環境ですから、あなたの会社の販促物を見てもらえるというのは奇跡的なこと。
あなたの会社の販促物もその膨大な情報のひとつなのですから。

スマートフォンの普及が、人々の消費を変えました。
スマホを使っている人は、場所も時間も選ばず、24時間365日インターネットにつながっている。
だから、真夜中に商品が欲しくなっても、すぐに買い物ができる。
実際の店舗で商品を見て、その売り場でスマホを使って値段の比較も瞬時にできる。

品揃えが多いとか、価格が安いとか、そんなものはもはや「価値」ではありません。
さらにスマホでゲームをしたり、音楽を聴いたり、映画やドラマを観たり、娯楽の部分で活用している人も多い。
あなたのお店にわざわざ行く時間、あなたのブログを見てもらう時間、あなたの会社の販促物を見てもらう時間は、確実にスマホに奪われています。

SNSの日常化で、人々はつながりやすくなり、友達や知り合いとのコミュニケーション時間が増えています。
これが、マーケティング的に影響を与えないわけがありません。
好むと好まざるとにかかわらず、SNSを利用している人々の行動は、すべての企業活動に影響を与えます。

さらに、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は、リアルのソーシャル(社会)に近づこうと加速度を付けて進化しています。
もはや水道や電気のようなインフラに近づいているということ。
いや、もうすでに完全にインフラ化しているということ。
フェイスブックやツイッター、インスタグラム、LINEなど、年代や性別を問わず、みんな普通に使いまくっていて、特別なものではなくなっています。
そういう環境で、今までのような新規顧客獲得を目的にしたマーケティングをやっていたら、なかなかうまくいかないのは当然のことです。

従来のマーケティングは通用しなくなってきている。
そう思ったほうがいい。
こんな状況下では、たくさんの人との「つながり」が一番重要になってきます。
だから、買ってもらう前から、SNSでコミュニケーションすることが大事なのです。

SNSで楽しみながら、関係性をつくり出し、深めていく。
あなたを中心として、お客さまのコミュニティができあがったら、これほど強いことはありません。

『「つながり」で売る! 7つの法則』日本経済新聞出版社

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藤村正宏氏は同書の中でこう語る。

「たくさんの共感する人とつながり、コミュニティができあがっていくと、ビジネスはとっても楽になります。
すでにあなたに共感してくれている人たちです。
当然クレームをいう人も、値引きを要求する人も、少なくなります。
見ず知らずの人からはモノは買わない時代になっていく。
人は、似たようなモノを買う場合、関係性の深いほうでモノを買う。
SNSの登場で、多種多様な関係性がつくりやすくなった。
人は多くの人とつながっているのです。
それが究極まで到達すると、必要なものはすべて知り合いから買う時代になるのです」

藤村氏はこれを「つながりの経済」と言っている。
時代は激変している。
技術革新によって2030年までに現在存在している仕事の50%が消えてしまう、という衝撃的な話もある。

時代の変化に取り残されないよう、日々の学びと実践を怠らない人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:03| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

No 3667   【日本が世界をリードする第4次産業革命】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【日本が世界をリードする第4次産業革命】

三橋貴明氏の心に響く言葉より…


人類史上、例を見ない長期デフレーションにより、日本という国家は資本主義の基本を忘れてしまった。
資本主義とは、リスクをとり、企業が、政府が、そして国民が、資本と技術に投資することで成長する経済モデルだ。
将来、豊かになるために資本や技術におカネが投じられて、はじめて経済は成長する。
すなわち、国民が豊かになっていく。

1997年の橋本龍太郎政権以降の緊縮財政で、わが国は資本主義としては「異常状態」であるデフレに陥った。
デフレの国では、国民がモノやサービスの購入を減らす。
結果的に、企業は投資しても儲からない。

儲からない環境下で投資を決断する経営者はいない。
そして、企業が投資を削ると、デフレは深刻化し、国民がますますモノやサービスを買わなくなる。
すると、企業はさらに投資を削り、デフレが深刻化する。

デフレの時期には、ヒトが余る。
ヒトが余剰になると、企業は資本や技術に投資をする必要がなくなる。
理由は、資本や技術への投資は、「人手不足を解消する」ために実施されるからだ。
人手不足を解消するために、資本や技術におカネが投じられると、生産性が向上する。
生産性が高まれば、働き手の実質的な所得が増大し、国民が豊かになっていく。

ところが、デフレの国は人手過剰になり、人間の労働力が「安く」買い叩かれてしまう。
働き手は賃金の切り下げ競争を強いられ、雇用は不安定化し、国民はひたすら貧しくなっていく。
結果的に、国民のあいだにさまざまなルサンチマン(弱者による強者に対する怨恨)が蓄積され、争いごとが増え、社会に閉塞感(へいそくかん)が満ち、文明が荒廃していく。

わが国がこのまま資本や技術への投資をおろそかにし、デフレが継続すると、未来の日本国は間違いなく「発展途上国」化する。
それにもかかわらず、政府までもが相も変わらず財政均衡主義を掲げ、増税や政府支出削減という緊縮財政に邁進(まいしん)している。
このままでは、わが国の「亡国」は免れないと、筆者は確信をもちつつあったのだ。
ところが…。

日本国は、本当に不思議な国だ。
このタイミングで、わが国に、デフレから脱却し、経済成長路線に立ちもどる絶好の機会が訪れようとしているのである。
しかも、理由は「少子高齢化」なのだから、驚かれる読者が少なくないだろう。

厳密には、少子高齢化を主因とする、生産年齢人口対総人口比率の低下である。
総人口に占める生産年齢人口の割合が下がれば、当然の話として、人手過剰は「人手不足」へと転換していかざるをえない。
そして、人手不足を解消するために資本、技術への投資こそが、経済を成長へと導く。
もちろん、わが国に基盤となる技術が存在しなければ、「技術投資による生産性向上で経済成長を!」などとやったところで、絵に描いた餅に終わる。
とはいえ、現実の日本国は、いまだに世界屈指の技術大国なのである。

今後の日本国では、とくに「ヒトが動く」サービス産業において、人手不足が加速していくことになるだろう。
すなわち、人手が足りなくなるサービス産業において、生産性を向上させる「技術」へ投資することで、「儲かる」環境が訪れようとしているのだ。
日本国における、サービス分野の生産性向上を目的とした技術革新は、将来の歴史の教科書において「第4次産業革命」と呼ばれることになるだろう。

第4次産業革命、インダストリー4.0は、ドイツにおいて「製造業」の様相を抜本的に変え、製造コストを大幅に削減することを目的に始まった。
とはいえ、今後のわが国で「サービス産業」の生産性を高める技術的ブレイクスルーや製品の市場投入が続くことで、最終的には、
「第4次産業革命は、ドイツで始まったが、日本で進化し、完成した」
と後世の歴史家たちが記すことになると、筆者は確信しているのである。

技術に投資をすると、儲かる時代がやってきたのだ!

【第4次産業革命: 日本が世界をリードする これから始まる仕事・社会・経済の大激変】徳間書店

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「陰極(いんきわ)まれば陽に転じ、陽極(ようきわ)まれば陰に転ず」
という言葉がある。

人は、崖っぷちまで追い詰められたとき、火事場の馬鹿力が出てくる。
つまり、陰極まると、それが陽に転ずる。

現在日本では、様々な分野で人手不足が深刻だ。
しかし、人はとことん困ってくると、それに対して対策を真剣に考えるようになる。
例えば、車の運転手が極端な人手不足となれば、世の中は、自動運転が実用化されるような方向に急速に動く。
つまり、日本にとって不運だと思われていた人手不足が、一転して幸運の種になるということ。

ヨーロッパやアメリカは人手不足は移民で解決する。
日本は、それをロボットやITで解決する。

日本が世界をリードする、第4次産業革命が始まった
posted by Dr.モーリィー at 05:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

No 3666   【最終判断は自分】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【最終判断は自分】

小林正観さんの心に響く言葉より…


中村天風(てんぷう)という人がいました。
この方は、自分でガンを克服した人で、「心というものをきちんとコントロールすれば、ガンをも克服することができる」と唱えました。
その教えを受けた人というのは、政治家や財界など、日本の指導者の、かなり多くの部分に及んだと言われています。

あるとき、その天風先生が、ある女性からこう言われたそうです。
「先生にお会いしてから、私は運が開け、いろいろなことがとても良くなりました。
おかげさまで、ありがとうございます」と。

そのときに、天風先生が考えたことは、
「自分に出会ったことで、運が良くなったと言われて悪い気はしない。
けれども、そういう考え方なら、自分に会ったために運が悪くなったと思う人もいるかもしれない。
私は『天風先生に会ったおかげで、自分でものを考え、判断できるようになりました』と言ってもらえる方が嬉しい」
ということでした。

私も、全くその通りだと思いました。
ある人の話を聞いて、「自分の感性にピッタリくる。だから、この人にいろいろなことを相談しよう」と思うのはいいのです。
しかし、それが、細かいことから何もかも、すべて相談して決めるようになってしまうと、それは少し違うと言わざるをえません。

本来は、その人(自分の感性に合う人)の考え方や哲学、主義、信条、思想の中から、自分が共鳴できるところを学びとり、自分の考え方を作り上げ、自分で全てのことを理解し、判断し、処理できるようになる。
ということが、一番の理想なのです。

あるところに自他ともに認める“名家”がありましたが、その家族は、ある占い師にとても依存していたのだそうです。
財産の運用や不動産の問題から、子供の結婚相手のことなど、全てにわたって、その占い師にお伺いを立て、言われた通りにしていました。
ところが、あるとき気がついてみると、家の財産の全てが、その占い師に横領されていたのだそうです。

いろいろな人の話を聞いたり、教えを受けたりするのはいいことです。
それによって自分が触発され、様々なことに気がつく、ということは、非常に重要なことです。
しかし、本来自分が判断しなければならないことまでも、その人に依存し、判断してもらい、結論を出してもらうというのは、アドバイスしている側の人間からしても決して望ましいことではありません。

たくさんの人の意見を聞く、謙虚である、と同時に、最終的には自分で判断するということが、必要であると思います。

『こころの遊歩道 「1日5分」で幸せを感じる方法論』イースト・プレス

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うどんの店をやっている人が、他の繁盛しているうどん屋さんを見にいって、大感動して帰ってきた。
その人の師匠が、「感動したのは素晴らしい。しかし、それを見てきて、この後、君はどうするのだ」と聞いたという。
多くの人は、素晴らしい講演を聞いたあと、涙を流したりして感動する。
しかし大事なことは、講演を聞いた後、「自分はどうしたいのか」、「どう動くのか」という行動。

尊敬する師匠やコンサルタントにアドバイスを求めるのはいい。
しかし、やるのは自分だ。
自分で考えず、全てを他人に任せきってしまったら、自分がなくなってしまう。

この世は、自分が脚本を書き、自分で舞台を選び、自分が主役を演じる、自作自演の人生劇場。
「最終判断は自分」
どんなことでも、最後は自分の頭で考え、決めて、動くしかない
posted by Dr.モーリィー at 05:18| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 3665 学びの場

おいちゃん 最近は 日曜日を活用して
月に1回以上は 必ず福岡に 勉強会に参加しております

しかしながら 九州外に出ることは 少ないのですが
今回 久しぶりに 名古屋へ愛知へ

1日10時間近くの勉強会を 2日間 ハードスケジュールなのですが
旅の目的の一つが 美味しいものを食べることと 人との新しいご縁

まずは セントレアにて 軽く食事です
きしめん、どてやき、みそかつ

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最終日は 有名なひつまぶし屋さんに 100分以上並んで
大変おいしゅうございました  ははは

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ちゃんと勉強もしましたよ  ははは  念のために 追記しました!
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2016年07月19日

No 3664   【一読、十笑、百吸、千字、万歩】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【一読、十笑、百吸、千字、万歩】

内科医、杏林大学名誉教授、石川恭三氏の心に響く言葉より…


近ごろ、情けないことには、何かしようという気力が俄然衰えてきた。
今さらそんなことをしてもどうしようもないとか、もうそんなことはできそうにないとか、いずれそのうちに、などとすっかり怠け癖がついてしまったように感じられる。
それでもときどきは、こんなことではいけないと気を引き立てようとするのだが、結局、しばらくは何もしないでこのままいたらどうかという怠惰の甘い誘いに乗ってしまうのである。

この気力の衰えにつられて、物忘れが増し、さらには、理解力も低下してきたようにさえ感じられるようになった。
さすがにここまでになると、感度の悪い私の脳信号も黄から赤に変わって、滞りがちになっている「一読、十笑、百吸、千字、万歩」を強化せよと大号令を発してくる。

一読とは、一日に一度はまとまった文章を読むこと。
十笑とは、一日に十回くらいは笑うこと。
百吸とは、一日に百回くらいは深呼吸する。
千字とは、一日に千字くらいは文字を書くこと。
万歩とは、一日に一万歩を目指して歩くこと。

これは、高齢者の生活習慣の改善のために私がもう三十年以上も前から提唱していることである。

大脳からのこの大号令を受けて、何はともあれ、気合いをいれなおして、「一読、十笑、百吸、千字、万歩」を実行することにした。
するとどうだろう、不思議なことに、体の張りが少しずつ甦ってくるように感じられてきたのである。
どうやらこれでひとまず「やる気」が取り戻せそうである。

『一読、十笑、百吸、千字、万歩: 医者の流儀』河出書房新社

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■読書の習慣のない人が、急に本を読もうと決心してもなかなかうまくはいかない。
それはインプットだけを考えているからだ。
読んだ本の要約を毎日ブログに書くとか、朝礼や人前で話をするとかというアウトプットがあると、必然的に本は読むようになる。
「出入り口」という言葉のように、出る方が先。

■「箸(はし)が転んでも笑う年頃」という言葉があるが、年齢を重ねるほど笑わなくなると言われる。
若い頃に比べて、驚きや、感動といった、感性が鈍(にぶ)くなるからだ。
逆に言うなら、「笑わなくなるから年を取る」ということも言える。
大人になると、ふざけなくなり、バカなことをしなくなり、大騒ぎしなくなる。
少年や少女の感性を取り戻し、笑いの回数を増やしたい。

■人は大きなストレスを感じると呼吸が浅くなる。
ストレスが多い現代人は、呼吸が浅くなりがちだ。
自律神経のバランスがくずれ、血流も悪くなり、免疫力も低下する。
日常、意識して深呼吸をすることが必要だ。

■彫刻家や画家といった芸術家は、指先を使うので長寿が多いと言われる。
字を書くこと(パソコンでも)、も指先を使う作業だ。
毎日何かを書くという習慣を身に着ければ、脳は活性化する。

■「歩くことは若さを保つ最高の化粧水。歩けばやる気も湧いてくる」(田中真澄)
歩くことほど、お金も時間もかからずに、手軽に健康になれる方法はない。
しかしながら、現代人はそれがなかなかできない。
便利な車や交通機関を使ってしまうからだ。
一日一万歩を目標に歩きたい
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No 3663 夏の恒例行事・WAX掛け

毛利歯科クリニック夏の恒例行事
大掃除+WAX掛け

スタッフ。業者さんのご協力のもと
23年目のクリニックとは 思えないほど ピッカピカに

皆様に喜んでいただける 歯科医療を
スタッフ一同 目指します、精進いたします

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その間 スタッフルームは  こんな感じに

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2016年07月18日

No 3662   【何気なく口にしたことが運勢を変える】

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おいちゃんの お気に入りブログ 【人のこころに灯をともす】からの転載です

【何気なく口にしたことが運勢を変える】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


《何気なく口にしたことが運勢を悪くしていることも》

私たちは一人ひとり、素晴らしいものをもって生まれました。
でも、私たちの「為(な)す」ことに“完ぺき”はありません。

ついうっかり他人をさげすむようなことを言っちゃうことも、ときにはあるでしょう。
ただ、そんなことでも、自分の運勢が悪くなってしまうんですよ。
自分が何気なくしていることが、運勢を悪くしていくなんて絶対に嫌だと、もし、あなたが思うのならば、これから私が話すことがお役に立つかもしれません。

ただし、私の思いとしては、みなさんに強要するつもりは一つもありません。
そのことをあらかじめお伝えしておきますね。

まず、「キャバクラなんて…」という言い方を私はしない人間でありたいと思っています。
そういう言い方はよくないよな、って思っているんです。
キャバクラに行ってる人は自分のお金で遊んでるんだし、また、そういうところで生きている人もいます。
シングルマザーみたいな女性で、キャバクラで働いて子どもに食べさせたり、学校へ行かせたりしている人もいるんです。

他人のことを、何がいけない、かにがいけない…いろいろ言いたくて、言いたくてしょうがない…という人は言えばいいのです。
ホントにいいんですよ。

ただ、天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず、と言うのです。
簡単に言うとね、…天の神さまがそれを見ていますよ、ごまかしがききませんよ、って言うんです。
わかりますか?

「クラシック音楽はいいけど、演歌はいけない」みたいなことを思う。
演歌を聴いているお客さんに、柄の悪い人がいるのかもわかんないけど、柄のいい人もいる。
クラシックを聴いている人も同じですよ。
柄が悪いのも、いいのもいるんです。

ともかく、どこへ遊びに行こうが、どこでお金を使おうが、自分のお金を使うんですよね。
だったら、そこで好かれたほうがいいよな、って思うんです。
だって、自分のお金を使って、身銭切ってまでして「嫌なお客だ」とか言われたら自分がかわいそすぎだもん(笑)。

《他人のよくないところを指摘ばかりしていても、運勢はよくならない(悪いところばかりを指摘されて気分のいい人はいない)》

『絶対、よくなる!』PHP

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何かにつけ人をバカにしたり、見下げてみる人がいる。
自分がよっぽどエライと思っている人だ。
それは、お金を払っているから俺はお客だ、と威張る人と同じ。

威張る人は、人の話を聞かないで、人のアラを探して指摘するタイプが多い。
自分中心だからだ。
悪口を言ったり、非難したり、怒ったりして嫌われる。

それはつまり、多様性を認めない人。
自分の価値観だけを大事にし、人の価値観を認めない。

運勢の良くなる人は…
他人の価値観を大事にし、悪口を言わない人。
他人に好かれる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 08:07| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする