2018年04月20日

No 4581     【目標を持つな。志を持て】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【目標を持つな。志を持て】

書店「読書のすすめ」店主、清水克衛氏の心に響く言葉より…



《将来の目標はない方がいい。自分の夢なんて忘れてしまおう》

こんなことを言うと、ちょっとビックリされるかもしれませんが、“成幸”体質っていうのは、より「バカ」になることなんですよ。
よく、
「人生、目標を持つんだよ。自分の目標がない人は、途中で挫折しちゃうから。ただ漠然と生きているとなんとなくそのまま流されて、自分の夢や理想の人生が生きられなくなっちゃうから」
って言われてますよね。
でも私は、うちの若い人たちには、

「目標を持つな。志を持て」
って言ってるんですよ。

私たちのやっているNPO法人「読書普及協会」は、自分の小さな夢を目標にしている人たちの集まりじゃなくて、みんなが、それぞれ、目の前にきた人を元気にしようっていう志を持った人の集まりなんです。
「目標を持って、それに向かってコツコツ実現していく」
確かに、それもひとつの王道なんです。
「バカ」と言われるくらいにそこに突き進んだら、きっとうまくいくことでしょう。

ただね、目標にしばられて、その通りにできなかった時、イライラしちゃったり、がっかりしちゃったり、中途半端な自分に悩んじゃったりとか、そういう考え方だけしか知らないことで苦しんじゃっている人、いませんか。
それだけじゃなく、
「私って、これって言える夢とか目標がないんです。それが悩みなんです」
って悩んでいる方、いらっしゃいませんか?

そんな方のために、他にも王道があるんです。
それが、
「目標を持たなくてもいい。そのかわり、自分の人間力を限りなく高めていく。そうすると、やがて人生は思ったとおりになる」
って方法なんです。
「日本一の何々になる」
とかって、遠くから目標を持ってくるんじゃなくて、目の前の人、目の前の物事に心を込めて集中するんですよ。

私の場合もそうなんです。
ただ、来てくださったお客さんを喜ばすことに集中していただけなんです。
目標は、遠くにあるんじゃなくて、目の前にある。
それを、“顔晴(がんば)”る。
そうすると、自然に道ができてきちゃう。
目標がなくても「あきんど感覚」さえあれば、道って自然に開けてくるものなんです。

『まず、人を喜ばせてみよう』プレジデント社

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清水克衛氏は「あきんど感覚」についてこう語る。
『「あきんど感覚」っていうのは、自分のまわりにいる人を喜ばせて、その結果、いつのまにか自分もツイてる人になってしまうという、神さまの知恵。
本物の商人っていうのは、とっても魅力的で、「人を喜ばすスペシャリスト」です。』

商売においても、「目標日本一!」とか「売上高〇〇億円、店舗数〇〇〇店を達成する!」という威勢のいい目標を掲げている会社がある。
もちろんそれはそれで素晴らしいが、本質的に言うなら、一店一店の実力を極限まで高めていくことの方が王道。
それは、一店一店が筋肉質で、どこに出しても恥ずかしくない高いレベルにまで努力し、同時に、働いている社員やスタッフが自社のことを、「いい会社」だと思える会社。
逆に、店を出せば出すほど、一店一店のレベルがどんどん下がっていくなら、それは倒産の道に向かって突き進んでいると言わざるをえない。
それは、人においても同じで、目標や夢の実現より先に、自分の人間性や徳性をどこまで高めることができるかが、本筋での努力。
目標や夢を追求するあまり、家庭が崩壊してしまったり、身近な人たちとの人間関係がおかしくなるなら、それは本末転倒。

「近き者説(よろこ)び、遠き者来る」という論語の中の言葉がある。
孔子は、「近くにいる民が喜び幸せであるなら、遠くにいる民もそれを聞いて集まってくる」と言った。
身近な人や、自分の周囲にいる人を幸せにできない者は、遠くの人を幸せにすることはできない。
遠くの人とは、商売でいうならお客さま。

ただひたすら、目の前の人を喜ばせることを考える。
お客さまも、スタッフも。

どんなときも、高い志を持ち、人を喜ばせることの実践をしていきたい
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2018年04月18日

No 4580   【美味しいものを独り占めしないこと】

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【美味しいものを独り占めしないこと】

精神科医、和田秀樹氏の心に響く言葉より…



運の強い人は、じつは、やって当たり前のことをきちんとやっている人なのです。
平凡といえば平凡な答えですが、目立つことだけ一生懸命になって、目立たないことはいい加減にやっている人は、1つの運をつかんでも、それが逃げていくと、もうつかまえる運がありません。
でも、どういう仕事、どういう役割であっても一生懸命にやっている人は、いろいろなところで運をつかむチャンスに出合います。

あなたの周りを見てください。
「彼には安定感があるな」とか「彼女はいつも朗(ほが)らかだな」と思わせる人は、自分本来の仕事はもちろん、どんな小さな仕事や目立たない作業、地味な雑用でもきちんとこなしているはずです。
しかも一生懸命、楽しそうにやっているはずです。
そういう人は、大きく落ち込んだり崩れたりすることはありません。
本来の仕事が不調でも、ミスが続いても、全体の仕事を信頼されていれば周囲もちゃんとフォローしてくれます。

それに対して、ポイントを稼げる仕事のときだけ張り切るタイプは、運をつかめばそのときは勢いがよくなりますが、周囲は冷ややかです。
「やることやってないじゃないか」とか「わたしはあの人、信用していない」といった見方をします。
すると、せっかくの運も孤立します。

じつはここが大切なところで、わたしは「みんなが喜んでくれたり応援してくれる幸運」は長く続いても「孤立した幸運」はすぐに終わってしまうと思っています。
たとえば美味しいものが手に入っても、自分ひとりで楽しんでしまおうとする人と、仲間に声をかけて一緒に食べようとする人では、その後に続く幸運の長さがまったく違います。

自分ひとりで楽しめば、幸運を独り占めできるかもしれませんが、食べてしまえばおしまいです。
誰も美味しいものをプレゼントしてくれないのです。
でもみんなで楽しむ人は、幸運の量は減っても誰かがまた声をかけてくれます。

「この間はとっても楽しかった。今日はわたしが珍しいものをご馳走しますよ」と声をかけてもらえば、思いがけない幸運を味わうことができるのです。
この繰り返しで、長く幸運に出合い続ける人生のほうが、はるかに幸せなはずです。

『「いいこと」を引き寄せる法則 (WIDE SHINSHO)』新講社ワイド新書


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和田氏は本書の中でこう語る。
『わたしは高齢者専門の精神科医になったことで、歳をとってからみじめな思いをするのはおカネがないことではなく、若い人に慕われないことだと思うようになりました。
いくら経済的に恵まれていても、家族や子どもたちはもちろん、誰からも慕われずに生きていくというのは不幸な人生だと気がついたのです。
すると、わたし自身の人生観も変わってきます。
おカネを貯め込むことより、自分の好きなことにおカネを使って、いろいろな人と楽しくつき合い、頼ったり頼られたりしながら生きたほうがずっといいと思うようになりました。
そこから開けてきた運というものが、たしかにあるのです』

慕われない人は、美味しいものを独り占めする人、つまり、自分だけよければいいと思っている人。
また、愚痴っぽくて、不機嫌で、ケチで、人の話を聞かず自分の話ばかりだったり、目立つことが好きで地味な仕事は手を抜くような人、つまり、誠実さや信用がない人。

若い人に慕われる人を目指したい

posted by Dr.モーリィー at 07:13| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

No 4579    【番狂わせの起こし方】

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【番狂わせの起こし方】

野村克也氏の心に響く言葉より…



「教えてほしい。今年で83歳になる老いぼれの話を、あんたら、なぜ聞きたがるんだ?」
取材に来た雑誌社の人間に、一度、真剣に尋ねたことがある。

いまのプロ野球事情をどう思うか。
プロフェッショナルとは何と考えるか。
あるいは、生き方や働き方へのアドバイスに至るまで…。
なぜか、一介(いっかい)の年老いた野球評論家である私のところに話を聞きたがる人が、じつに多いからだ。

すると、彼らに即答された。
「いや、他にいないからですよ」
まったくその通り、と笑ったものだ。

別段、私の話に特別な知見が詰まっているわけではない。
他に話してくれそうな年寄りがいないから来るだけなのだ。
裏を返せば、野球界で、ものごとをしっかりと言葉に変えて表現できる人間が、他にはいないということだろう。

番狂わせが起きた、と感じる。

私がプロ入りしたのは半世紀以上も前。
当時、野球の人気は圧倒的だった。
野球選手といえば、世間の誰もがうらやむ職業だった。
それだけに、全国からの野球エリートが集う場でもあった。

一方の私はテスト生として、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)というチームの端っこにぎりぎり引っかかるように入った人間だ。
誰よりも努力しなければすぐにふるい落とされる。
そんな思いでひとり必死に練習を重ねた。
結果として、レギュラーの座を勝ち取ったが、その後も不安が消えることはなかった。
稲尾和久や王貞治、長嶋茂雄など、同時代のスターや天才たちの背中に追いつくためには、誰よりも頭を使うしかなかった。
相手選手のデータを集めて分析し、配球を研究することで、プロのグラウンドにぎりぎりしがみついた。

おかげで長きにわたり現役生活を送れたが、引退後は監督となるには学歴がなく、ゴマすりも苦手だった。
「それなら日本一の野球評論家になろう」と決意し、野球の知見を広げるだけでなく、啓蒙書や哲学書、中国古典などを読み漁(あさ)った。
人間を知ることが野球を知ることにもつながると教えられたからだ。
そして身につけた野球観は唯一無二のものだったようで、新聞やテレビの評論で重宝されるようになった。
その評論が縁で、現役時代は縁もゆかりもなかった3つのチームを監督として率いることになった。

そして、いまだ。
私はいつも「敗者」からのスタートだった。
だから自分を磨かざるをえず、必死にもがき苦しんで、周りに追いつこうとしてきた。
変わることを厭(いと)わず、頭と言葉を武器にしてきた。
こうしてなんとかしがみつくことで身についた“筋力”のおかげで、この年になってもなお、現役のようにいろいろなところから声をかけてもらえているのだと思う。

一方で、学生の頃、プロ野球の現役時代、監督をしていた当時…周囲にいた才能あふれる者たちの姿は、あまり見かけなくなってきた。
才能がない。
運がない。
エリートではない。

そんな人間こそが、番狂わせを起こす。

『番狂わせの起こし方 (青春新書インテリジェンス)』青春出版社


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古今世界の歴史をひもとくと、順調に経歴を重ねてきたエリートや才能あふれる人たちが、必ずしも成功してきたわけではない。
逆に、逆境を乗り越えたり、不幸な環境をひっくり返して成功してきた人は多い。
既存のレールに乗らない、番狂わせを起こす人たちだ。

それは、松下幸之助翁のように、「貧乏」、「体が弱い」、「学歴がない」などというハンデがあった人たち。
逆境にあっても、「なにくそ」と発憤する人たち。
逆境にあっても、自己研鑽を怠らない人たち。
逆境にあっても、自分の魂を磨きつづけてきた人たち。
逆境にあっても、「打つ手は無限」と決してあきらめない人たち。

現代は、ITやAIによる何百年に一度の大変革の時だ。
大変革の時は、番狂わせは世界中で起きる。
ありとあらゆるものが、順当に行ったり、予想した通りに動いてくれる時代ではないからだ。

どんなときもあきらめず、自己研鑽を忘れない人…
番狂わせを起こす人には限りない魅力がある
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2018年04月16日

No 4578     【配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない】

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【配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…


不幸な人って、「私にはあれがない」とか「これができない」とか、“自分にないもの”に焦点を当てようとするんです。
そうではなくて、「私にはあれがある」「これもできる」とか、“自分にあるもの”に焦点を当てたとき、人はしあわせになるんですね。

人間には“業(ごう)”ってものがあるの。
それは神様が与えてくれたものなんです。
だから、その神様の与えてくれたものでしあわせになるの。

ポーカーでも、配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てないんです。
配られた手でどうやって勝とうか、って考えないと勝負には勝てません。

何かハンデを持って生まれてくる人がいるんだけど、そういう人は魂的に優秀な人が多いんです。
それで実際、まわりの人は「困るでしょう?」って言うけど、それほど困らない。
「私、足が遅いんです」って言う人がいるけど、車の運転ができてポルシェにでも乗れば、その人は時速200キロだって出せるんだよね。

だから人はそれぞれ、得意なことを一生懸命やればいいの。
それで苦手なことは必ず誰かが助けてくれるから。
人はそうやって助け合い、補い合って生きていくものなんだよね。

それを不得意なことをなくそうとかってやっていると、大切な人生の時間があっという間になくなっちゃう。
それより、得意なことで、みんなのお役に立てればいいんだよ。

『(文庫)変な人の書いた世の中のしくみ (サンマーク文庫)』


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「置かれた場所で咲きなさい」という、渡辺和子さんの言葉がある。
どんな状況の中でも咲く努力をするということ。
もっといい条件でなければ咲くことはできない、と言っているなら、いつまでたっても花を咲かすことはできない。

与えられた条件の中で、どれだけいいパフォーマンスをあげることができるのか。
何もかもそろっている人は、結果としてうまくいかない人が多い。
豊かで条件がそろっているがために、そこからの努力をしないからだ。

「配られたカードにいちいち文句を言ってると勝てない」
配られた手でどうやって勝てるかをつねに考える人でありたい
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No 4577

準備中
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2018年04月15日

No 4576    【五次産業化】

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【五次産業化】

伊那食品工業会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…



社員が幸せに暮らせるためには、会社が雇用を維持・創出していくことが欠かせません。
会社が年々、少しずつ成長することによって、新たな雇用を生み出せば、人の幸せや社会の安定につながります。
ものづくりを中心に経済成長をつげてきた日本は、現在、大きな産業の転換期にさしかかっています。

戦後の復興を支えてきた二次産業が、高度な機械化やロボット化、IT化を進め、また製造拠点を海外へ移転するなどの合理化を進めてきたことによって、ものづくりの現場で以前ほど人が必要なくなってきました。
一国における就業人口の分布は、一次産業から二次産業へ、二次産業から三次産業へと移っていきます。
フランスやイタリアなどで顕著なように、二次産業分野でのブランド化を進めると同時に、ホテル業や飲食業など、三次産業の育成によって、新たな雇用を生んでいくのです。
観光業の発達にも、そうした背景があります。

日本でも、製造業での雇用が少なくなった分だけ、三次産業の正しい成熟による新たな雇用が求められています。
しかし現状は、三次産業での雇用創出がまだ十分ではありません。

二次産業の会社が雇用を維持・創出するために、これからは「五次産業化」の取り組みがますます重要になってくると思います。
五次産業とは、「二次+三次」の発想から名づけたものです。
生産から消費者への販売まで、一貫して行う事業のあり方です。

メーカーが五次産業をめざすには、二つの段階があります。
最初に、消費者に直接売れる商品をつくること。
そして次に、自社の商品を、自分たちで消費者に売ることができるしくみをつくることです。

自社製品の研究開発による下請けからの脱出には、時間はかかりますが、長期的な視野をもって、あきらめずに取り組んでいく価値はあると思います。
また、自社の商品を直接販売するしくみをつくれば、お客様の声を直接いただくことができます。

当社もかつては、販売力が弱く、作った寒天のほとんどを大手企業に納めていた下請けの時代がありました。
売上高の七割を、輸出が占めていたこともありました。
会社のあるべき姿をめざして、下請けや過度の輸出依存から脱却する決断をしたからこそ、今の当社があるのです。

製造業の五次産業化には、手間と時間がかかります。
初めから一人前の対応ができなくてもいいのです。
日々、直接にお励ましやご助言をくださるファンのお客様とふれあうことの楽しさや喜びは、社員にやる気と誇りをもたらしています。

『新訂 いい会社をつくりましょう』文屋


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塚越氏は本書の中でこう語っている。
『会社経営の目的とは、人や社会の幸せに貢献することだというのが、私の信念です。
会社の本来あるべき姿とは、社員の幸せをつうじて、いい会社をつくり、社会に貢献することだと思っています』

また、そのためには学びが必要で、学ぶ目的については、二宮尊徳先生の遺訓がある。
『翁曰く
人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ
学んで道を知らざれば、学ばざると同じ
知って行うこと能(あた)はざれば、知らざると同じ
故(ゆえ)に、人たるもの、必ず学ばざるべからず
学をなすもの、必ず道を知らざるべからず
道を知るもの、必ず行はざるべからず』

せっかくこの世に生を受けたにもかかわらず、学ばないということは、生まれてこなかったのと同じこと。
学んだとしても、人として本来歩むべき道(魂を磨くこと)を知らなければ、学ばなかったのと同じこと。
仮に知ったとしても、それを実践しなければ、知らなかったのと同じ。

いい会社をつくるため、日々学びと実践を重ねたい
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2018年04月14日

No 4575   【母親の子どもに与える影響】

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【母親の子どもに与える影響】

小林正観さんの心に響く言葉より…


約2500年前のインドに生きていたお釈迦様は、「人物をつくる4つの要素」を弟子たちに残しました。
お釈迦様がいう「人物」というのは、私は「世の中に寄与し、まわりからその存在を喜ばれる人」という意味だと解釈しています。
そういった「人物」をつくる要素とは、次の4つだとお釈迦様は言ったそうです。

1. 貧乏
2. 読書
3. 感動
4. 母親の感化

「人物」をつくる要素は「父親の感化(父性)」ではなく「母親の感化(母性)」であると、お釈迦様は言いました。
私なりの解釈ですが、「父親」の役割は「能率」「合理性」「生産性」といったものを教えることなのだと思います。
けれども、お釈迦様は「人物」をつくるために必要なのはそういった「父性」ではなく、「他人との協調性」「共生」「他人に力を貸すこと」「世のために自分が貢献する」ことを教える「母性」が必要なのだと言った。
母親が子どもに与える影響は大きいと教えてくれているのではないでしょうか。

『努力ゼロの幸福論』大和書房

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アメリカの精神分析医であるエリック・バーン博士が提唱した「交流分析」という心理療法がある。
正式には、Transactional Analysisといい、TAと表記される。
TAでは、大きく分けると、人間には3つの自我状態があるとされる。
1つ目は「親(Parent)」、2つ目は「大人(Adult)」、3つ目は「子供(Child )」だ。

1つ目の「親(Parent)」 には、父性的な性格(CP)と母性的な性格(NP)の2つがある。
CP(父性)には、 責任感、正義感や道徳心など、よい面があるが、それが行き過ぎると、「〇〇すべきである」というように支配的になってしまったり、批判的だったり、上から目線になりやすい。
NP(母性)には、優しさ、思いやり、共感、許す、温かみ、世話をする、などのよい面があるが、それが行き過ぎると、「〇〇してあげる」というように、過保護になったり、おせっかいだったり、自立を妨(さまた)げてしまうようにもなる。

人格形成において男女を問わず、CP(父性)が大事なことは言うまでもない。
しかしながらNP(母性)には、人を思いやるとか、優しくするといった、「他人を喜ばせること」、「世のため人のためにつくす」という人間としての大切なテーマの追求が含まれている。
そして、このNP(母性)には、「ウソを言ってはいけない」「卑怯(ひきょうな)ことをしてはいけない」「弱い者をいじめてはいけない」という、武士道(会津藩の什の掟)に一脈通じるものがある。

これらのNPの価値観を子供に伝えるのが、母親の大きな役割だともいえる。
母親の役割は偉大だ
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No 4574   第4回 福来坊の集い 参加のお願い 再々!

第4回 福来坊の集い  4月15日 平川最福寺

3年連続になります 三遊亭歌之介師匠による 落語独演会と
おいちゃんの 小中高 幼なじみ 
高野山阿闍梨真言行者 池口豪泉貫主による 密教護摩修法

おいちゃんも 主催者として 役割もこなしながら
護摩行にも最前列にて 参加予定です
頑張ります  チェスト!

緊急お願いです
毛利歯科担当分のチケットの売れ行きが芳しくありません
ご興味のあられる方は 是非とも毛利歯科受付へ
または 個人的に毛利まで 電話かメールline、SNSなどで
ご連絡ください  よろしくお願い申し上げます

            毛利  拝

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2018年04月13日

No 4573   【嫉妬したら、負け】

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【嫉妬したら、負け】

堀江貴文氏の心に響く言葉より…


強硬な政治家から「鉄の女」と呼ばれ、1979年から90年までイギリスで首相を務めたマーガレット・サッチャーは、こんな名言を残している。
「金持ちを貧乏にしても、貧乏な人は金持ちにならない」

サッチャーが首相になった当時のイギリスは、行きすぎた福祉政策や労働争議、基幹産業の国有化などによって、経済が活力を失い、イギリス病と言われる不況に悩まされていた。
そこでサッチャーは、それまでの福祉優先の政策や政府による過剰規制を廃し、経済を活性化しようと試みた。
しかし、サッチャーが推し進めようとしていた改革は、左派から「金持ち優遇策」として批判され、それでサッチャーは先の言葉を述べて、自らの正当性を訴えたのだ。

そもそも、金持ちが金持ちになれたのは、基本的には「お金を稼ぐ能力をもっていた」から、と言える。
貧乏人が金持ちになるためには、お金を稼ぐ能力を身につけなければならない。
ところが、多くの人は、能力のある人の足を引っ張ることで満足して、それでおしまい。
それでは到底、生産的とは思えないが、なぜそんなことをするかというと、「嫉妬(しっと)」と呼ばれるものがそうさせているのだ。

「嫉妬」というのは厄介なもので、自分では気づかないうちに芽生えてくる。
例えば、数年前にAKB48の『恋するフォーチュンクッキー』という楽曲が流行した。
このとき、企業や自治体による「踊ってみた」動画が多数公開され話題になったが、あまりにも流行っていると、「何だよ、ただの真似じゃないか」なんて冷めた見方をする人も多くいた。
ただ、それって結局は「流行しているものに対する嫉妬」からきているのではと思うのだ。

何かが流行したときには、「何だよ!」などと思わずに、「どうしてこんなに流行っているのか?」と考えるべきだ。
『恋するフォーチュンクッキー』が大流行したのは、秋元康さんの確固たる思いがあったからだとう思う。
楽曲が発表された当初、AKBのメンバーは、メロディに不満があったそうだ。
ところが、秋元さんは、リリース前から「絶対に流行る」「ファンの皆はもちろん、多くの人が踊ってくれる曲になる」と語っていたという。
秋元さんのアイデアは、わざと振りつけを盆踊り並に簡単にして、誰でも踊れるようにした点にあったと思えてならない。

簡単にできそうであれば「自分たちでも踊ってみよう」という人たちは現れるもの。
今は、ソーシャルメディアが発達しているから、すぐ拡散できるのだ。
実際、秋元さんの思惑通りになったし、AKBのメンバーたちも楽曲が好きになっていったとあとから聞いた。
だから、やっぱり秋元さんはすごい!

とはいえ、何かが流行しているときに、斜(しゃ)に構える人は、結構多い。
ユーチューバーが流行り始めたときだって、世間の大人たちの反応は「子ども向けばっかりだし、大して面白くないじゃん」というものが多かった。
そうは言っても、ユーチューバーが流行っているのは事実だし、中には莫大なお金を稼いでいる人もいる。

「何だよ!」なんて言って斜に構えていると、自分のほうが立場が上になったように錯覚するから、気はラクになるかもしれない。
でも、それで得することなんて何もないのだ。
僕の場合は、『恋するフォーチュンクッキー』が流行ったときに、秋元さんサイドからオファーがあり、自分でも踊ってみて、「面白いな」と感じた。

ユーチューバーのブームがおきたときも、ユーチューバーの代表格であるHIKAKINくんとすぐ会って、仕事をした。
斜に構えた段階で、その人はもう「負け」。
自分にできないことをやっている人を見て、嫉妬したら「負け」。

何事も学びのチャンスだと思い、自分に取り入れられることを見つけたほうがいい。
人の成功に嫉妬することの無意味さを、肝に銘じてほしい。

『(146)自分のことだけ考える。: 無駄なものにふりまわされないメンタル術 (ポプラ新書)』ポプラ新書

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経済評論家の長谷川慶太郎氏は、「日本の経済運営のまずさは、政治家や官僚の嫉妬心にある」と言った。
つまり、儲かっている企業や、多くの報酬をもらう経営者、資産家等々に対する嫉妬心だ。
多くの資産を持っている資産家に対しては相続税を強化し、儲かっている企業には様々な規制をかけてくる。

多くの人々の心の奥底には、成功している者や目立つ人に対する嫉妬心がある。
芸能人や政治家に対しては、とりわけそれは大きく作用する。
ちょっとした言葉のミスや、スキャンダルで大きく炎上し、引きずり降ろされる。

成功した人に嫉妬する人は、あまりにも器(うつわ)が小さい。
成功した人を心から賞賛する人は、器が大きい。

「嫉妬したら、負け」と肝に銘じたい
posted by Dr.モーリィー at 07:14| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2018年04月12日

No 4572    【ゼロから新しい価値を生み出す人々】

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【ゼロから新しい価値を生み出す人々】

ピョートル・フェリクス・グジバチ氏の心に響く言葉より…


1800年代のアメリカに、アイスハーヴェストという天然氷を切り出して世界に販売する仕事がありました。
家庭で食料を冷やすための氷です。
その頃からすでに生産性や効率性という言葉が流行っていて、イノベーションによって、氷を早く切り取り流通させるシステムが作られていました。

けれども、彼らが頑張っている間、その業界の常識をまったく知らない人たちが参入してきて、製氷機を使って工場で氷を作り始めたため、一年中いつでも氷が手に入るようになったのです。
天然氷を切り出し販売していた事業者は皆その仕事を失いました。
ここで注目すべきなのは、天然氷の切り出し事業者のうち、製氷工場の事業に転業できた事業者は1社もなかったということ。
そしてさらにイノベーションは続き、家庭でも必要な氷が作れる冷蔵庫が登場しました。

このように、その業界での主流技術とは全然違う技術によって従来のビジネスが壊滅的打撃を受ける破壊的なイノベーションは、今に始まったことではなく、大昔から起こり続けてきました。
ただ、20世紀以降、そういった事例が増えるようになり、AI時代の今は毎日のように起こっています。

もう一つは、ウーバーの事例です。
ウーバーは、一般的なタクシーの配車に加えて、一般人が自分の空き時間と自家用車を使って他人を運ぶ仕組みです。
2009年の会社設立以降、短期間で広まり、現在では世界84の国・地域の760以上の都市で運営されています。
ヨーロッパでは、職を失うことを恐れたタクシー運転手たちによるストライキや暴動、ウーバー運転手への攻撃が相次いでいます。

1811年から1817年頃のイギリスで、ラッダイト運動が起こりました。
これは、産業革命により機械が普及し、失業の恐れを感じた手工業者・労働者が機械を破壊した運動です。
ウーバーへの攻撃は、これになぞらえて「ネオ・ラッダイト運動」と呼ばれるようになりました。
今は、産業革命に匹敵する変化の時代と言えるでしょう。

製氷工場を作った人たちや、冷蔵庫を作った人たち、エアビーアンドビーやウーバーのような企業など、パイオニアと呼ばれるような人たちには、共通点があります。
一見愚かなアイデアをビジネスにする、新しい行動パターンを作る、新しい考え方を競争が激しい飽和マーケットに持ち込む、まずマネタイズしない、経験がない創業者…などです。

これからの働き方のステージは、クリエイティブエコノミーです。
そしてこの時代に生き残る人材や企業は、ゼロから新しい価値を生み出す人々であり、彼らに求められるのは、情熱、創造性、率先です。
デジタル化によって民主化が進むと、個人の軸をちゃんと持たないと大変です。
平凡な人は会社保障と社会保障を求めていますが、これからは個人の力で動いていくことが必要です。

行政もゼロから1を生み出す仕事になっていきます。
個人がどういうふうに考えれば成功できるのかといえば、官僚でも誰でも起業精神が必要になります。

社会を見渡せば、既存のコースはどんどん色あせています。
IT業界を見ると、DEC、コンパックなど、かつて成功した企業が姿を消しています。
まさに栄枯盛衰です。
一方で、現在成功している企業を見ると、業界内で戦っている企業ではなく、「新しく業界を作ろうとしている企業」であることに気づきます。
グーグル、フェイスブック、エアビーアンドビー、ウーバーといった企業です。
最も成長している企業は、新しい業界を作り、競争がない市場でナンバーワンになっています。

『ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち』大和書房

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「ブルー・オーシャン戦略」という有名なマーケティングの言葉がある。
「ブルー・オーシャン戦略」 とは、競争相手のない未開拓の市場(青い海)のことを指す。
それに対して、「レッド・オーシャン戦略」がある。
競争の激しい既存の市場(赤い海・血で血を洗うような激しい競争がある領域)のことを言う。

ブルー・オーシャンを見つけるのは、往々にして、その分野では経験のない経営者だ。
前例にとらわれず(というか前例を知らない)、垣根を超えた突拍子もないアイデアを出す。
ゼロから新しい価値を生み出す人々だ。

既存の厳しいレッド・オーシャン業界で、徹底的なコスト削減や、省力化をはかって一時的に利益を出していたとしても、あるとき、その業界そのものがなくなってしまったら勝負すらできない。
タクシー業界がそのいい例だ。
将来、自動運転になり、自家用車を持つという概念がなくなったりしたら、確実に今の形態のタクシー業界はなくなる。
これらのことは、AIやITがすすめばすすむほど様々な業界へ、大きな変化となってあらわれる。

「新しく業界を作ろうとしている企業であること」
ゼロから新しい価値を生み出す人を目指したい
posted by Dr.モーリィー at 07:41| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする