2019年11月10日

No 5370   【インプットなくして成功なし】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【インプットなくして成功なし】

中田敦彦氏の心に響く言葉より…



僕が今やっている動画配信「中田敦彦のYouTube大学」では歴史、文学、政治、経済など、さまざまなジャンルにトライしているので、毎回猛烈に勉強しています。
またアパレルブランド「幸福洗脳」も素人のまま服飾業界に参入したので、当初は紆余曲折の連続でした。
どちらの仕事も、いま自分の手持ちのアイデアだけではすぐに限界がきます。
手持ちのアイデアなんて、インプットを怠ればたちまち枯渇するんですね。

インプットなくして成功なし。
僕はこれからもずっとアイデアを求め、インプットを重ねていきます。

ひと口にインプットといってもその方法はさまざまです。
本を読むこと、人から教えを請(こ)うことだって効果的なインプットです。
ビジネスで成功している人、独創的な活動をしている人に話を聞くことを、僕は「先進国に会う」と呼んでいます。

幕末の志士たちは欧米の産業技術に触れて日本にそれを持ち帰りました。
彼らは文字どおり先進国でインプットに励み、イノベーションを巻き起こしたんですね。
自分より先を走る人の情報はどんどん取り入れていく。
ある意味、それが最高のインプットかもしれません。
今はSNSがありますから、なにも無理に直接会う必要もありません。

「先進国に会う」とき、僕はほとんど弟子入りするような感覚で対峙(たいじ)します。
「スゴイっすね!」「最高っすね!」とそれはもう茶坊主のような態度です。
でも、ただのお調子を言うために会うわけではありません。
そのあと、
「そのやり方、パクっていいですか?」
「パクらせてもらいます!」
と懇願(こんがん)します。
教えを請う気持ちで接しているので、相手も悪い気はしないものです。
もちろん、ここでいうパクリは、悪いことではありません。
職人の世界も師匠から技を盗むといいますから、考え方は同じだと思います。
そうやって成功者のやり方をインプットして、自分のものにする。
マネから入ることも重要です。

こんな話をすると「中田さんの個性はどこにあるの?」と聞いてくる人がいます。
僕に言わせれば、なんのインプットもないまま個性を追求するのはナンセンス。
個性とは、自分で追及するものではなく、他人が決めることです。
インプットを怠らず、分析を繰り返し、自分が何をすべきかを見据えて行動に移す。
それが結果的に図らずも、あなたの個性になる。

僕たちオリエンタルラジオが世に出るきっかけとなった「武勇伝」のネタだって、インプットなしには完成しませんでした。
先輩方のネタを見て、いい部分は取り入れ、自分たちにできることを一生懸命考えた結果です。
とかく個性が重視される時代ですけど、僕にとって個性とは、後天的に備わっていく付加価値だと思っています。

「先進国に会う」話に戻しますが、成功者やヒットしていることに対して、シニカルな態度をとる人がたまにいます。
しかしそれは絶対にやめるべきです。
「あいつは運がよかっただけだ」
「一過性のものでしょ」
といったやっかみですね。
聞いていて気分のいいものではありませんし、そういう言葉を口にしていると、「なぜあの人は成功しているのか?」と考えるきっかけを失ってしまいます。
芸人の世界でもそんな陰口をたくさん聞きました。
でも、成功者から学ぶ姿勢なしに売れた芸人を僕は知りません。

もちろん、成功している人のすべてが善人ではないでしょう。
当然、嫌な人もいる。
とはいえ、それが成功者をやっかむ理由にはならない。
彼らの成功した背景を知ることが重要であり、そこに相手の人柄は関係ありません。

僕の経験上、成功者に対して「悔しい」と思うことで、いい結果を生むことはありませんでした。
「学びたい」と思うことが成長の必要条件です。
「学ぶ」の語源は「真似(まね)ぶ」だとされています。
マネて、学んで、その先にあなたの個性が生まれます。
それはあなたを成功に導く個性です。

『中田式 ウルトラ・メンタル教本 好きに生きるための「やらないこと」リスト41』徳間書店

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中田氏には、アパレルブランドを立ち上げたり、ダンスボーカルグループや大学の講師をしたり、アウトプットの場がたくさんある。
とりわけ、「中田敦彦のYouTube大学」は、ほぼ毎日一本30分前後の様々なジャンル(歴史、経済、文学、教育、インターネットなど)の授業を続けている。
2019年4月に開設以来、10月中旬のチャンネル登録者はなんと、130万人をこえている。
特徴は、中田氏の芸人としてのプレゼンテーション能力の高さを生かして、様々なテーマがわかりやすく解説されていることだ。
そして、そのアウトプットのために、猛烈にインプットしているという。
30分も濃い内容の授業を続けるには、相当な時間のインプットが必要だからだ。

このアウトプットとインプットの繰り返しは、続ければ続けるほど、最終的には、主催者(中田敦彦氏)が一番知識や見識を得ることができ、プレゼンやコミュニケーションのスキルも上がってくる。
あと何年か続けたら、どこまで成長し、どれほどの高みに到達しているのか、想像ができないほどだ。

「アウトプット」と「自己成長」のため、猛烈なインプットを重ねる人でありたい
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2019年11月09日

No 5369   【人に勇気を与えること】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【人に勇気を与えること】

高野登氏の心に響く言葉より…



それは、リーマン・ショックの二ヵ月後のことでした。
当時の世界中のリッツ・カールトンの支社長をはじめキーパーソン47名が、フロリダのホテルに召集されました。
日本支社はこれで閉鎖だろう、フランクフルト・オフィスもしばらく閉鎖に違いない…一同、覚悟のうえの暗い表情での参加でした。
リーマン・ショック直後から、リッツ・カールトンは、主要なグローバル・パートナー、すなわち大手法人顧客の多くを失っていました。

会議初日、にこりともせずに座っている我々の前に現れたクーパー社長は、君たちが考えていることはわかっているよ、とでも言いたげににやりとしたあと、開口一番言いました。
◆みなも知っているとおり、とんでもない時代になってしまった。

そして、続けます。

◆まさかこんなことが起こるとは、だれも想像していなかっただろう。
もちろん、私もだ。
厳しい試練だが、こういう時代を体験できるのは、むしろ貴重なことかもしれない。
私は、いろいろな船乗りを知っているが、穏やかな海で優秀な船乗りが育つのを見たことがない。
みな、荒波を乗り越えてきている。
嵐を乗り切ってきている。
そのなかで、腕を磨いてきている。

わたしたちの目をしっかりと見据えながら、そういう話を静かに続けていきます。
いつまで経っても売り上げやコストカットなどの数字の話が出てこない。
それから、リッツ・カールトンのリーダー研修で必ず聞かされる話に入っていきます。
摂氏99度と100度の違いについての話です。

◆水を熱していくと、だんだん温度が上がり、やがて99度になる。
手を入れたら大やけどする熱湯ではあるが、液体であることに変わりはない。
ところが、これが100度に達すると…沸騰する。
沸騰した水は蒸気になって、蒸気機関車をも動かす力となる。
99度と100度、たった一度の違いなのに、その力、働きはまったく違う。
そして、我々にとって、その1度の違いを生み出す働き方を考えるのに、いまほどいいときはない。

うつむき加減だった私たちの顔は次第に上がり、頬が上気してきます。
クーパー社長はさらに続けます。

◆おそらく来年の我々のビジネスは前年比90%減、あるいは、もっと厳しいものになるかもしれない。
だからこそ、我々自身を磨くこれ以上の好機はない。
順調な業績のなかで、知らず知らずのうちにブランドに頼っておろそかにしてきたことがあるはずだ。
お客様との信頼構築はどうか。
知識とスキルは磨かれているか。
来年一年は、どうあがいても60%減以上に伸ばすことはできない。
だったらその間に、これまで忙しくてできなかったことをやろう。
一人ひとりが摂氏100度で仕事をするための処方箋を書こうではないか。

閉鎖するオフィスはないのか、と一同安堵のため息がこぼれます。
そこですかさずクーパー社長が、釘を刺します。

◆ここにいるレディス&ジェントルマンのなかで、、自分はこれまでもずっと100度の仕事をしてきたと自信がある人だけ立ち上がってくれ。

だれも立てません。

◆そうか、でも、少なくとも何回かはあるはずだ、摂氏100度で仕事をしたと思える瞬間が。
そのときのことを思い出して、午後は、それについてグループでディスカッションしてほしい。

いまにして思えば、これこそが圧倒的とも思えるリーダーの品格を感じた瞬間でした。
クーパー社長の指導力、人間力そのものでした。
そして、これこそが、すなわり、「周りに勇気を与える力」です。

実際、あのときほど、自分の中に力が湧いてくるのを感じたことはありません。
勇気が湧いてくるのを感じたことはありません。
絶対にこの状況を打破しよう。
立ち向かおうという勇気です。
このチームと一丸となって、成し遂げることができるという勇気です。

『品格を磨く』ディスカヴァー

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高野氏は「どうすれば人は動くか」について本書の中でこう語る。

『人の気持ちをA地点からB地点まで導いていくこと、それが指導力です。
そして人の気持ちも組織も、動かすものではなく動くものです。
では、どうすれば人は動くのか?
お金や権力を使って、操作する?
そんなことで、本当に人の気持ちは動きません。
では、何で動くのか?
勇気づけられること以外に何があるでしょうか。』

《分不相応の志を持つ者だと笑われる事を畏れてはならない。無謀な挑戦をしなくなる己れの老いを畏れよ》
孫正義氏の言葉だ。

そして、イギリスの名宰相、チャーチルはこう言った。
《金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし、勇気を失うことはすべてを失う。》

「勇気を失うことはすべてを失うこと」
人に勇気を与えることができる人でありたい
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2019年11月08日

No 5368   【人生という徒競走】

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【人生という徒競走】

北川八郎氏の心に響く言葉より…


秋の小学校の運動会の出来事でした。
熊本の田舎の小さな小学校の運動会はつい最近まで村の一大行事。
まだ朝早くから席取り行事がさかんで、大勢の村人が運動場をわんさと囲んでわが子の応援に熱をいれて大騒ぎです。
そんな中、五年生の男の子の徒競走がありました。
一人の男の子がダントツぶっちぎりの速さで一番でテープを切りました。
会場は盛り上がり、「ワー格好いい」と大拍手が起きました。

その後は小三の女の子が五〜六人ずつ一組で走りました。
二つ目くらいのグループがスタートした時、一人の女の子がよたよたと走り、カーブで転んでしまいました。
膝をすりむいたようで、やっと立ち上がった時、手と膝から血が出ていました。

運動会の会場は応援の歓声がやみ「シーン」としてしまいました。
同じグループの子供たちはもうほとんどゴール近くまで走っています。
「どうするんだろう。走るか、やめるか…」と皆が固唾(かたず)をのんで見守っているのが感じられました。
女の子は立ち上がり、血のにじむすりむいた足をひきずりながら、そして泣きながらよたよた走り続けたのです。
途中、「がんがれ、よしこ!」と声がかかりました。

その子が足をひきずりゴール近くまで走ると会場は再び固唾をのんでシーンとしてしまいました。
一瞬、時が止まったあと、その子がゴールに倒れこんだ時、会場は拍手とどよめきと感激に大揺れになりました。
お母さんたちは感激して涙をふいている人もいました。
私は未だにこの二つのシーンが忘れられません。

私は思います。
人生もこれでいいんだ。
もちろん一番で格好良く走るのもいいでしょう。
でも神が望んでいるのは足が遅くても、ドンベでもいい…いきるのが下手でも誠実に「走りきる」ことなのだと思いました。
人々は一番で格好良く走ったシーンよりも、転び泣きながら人生を恥ずかしく思いながらでも、走り切った足の遅い子に大拍手と大応援をしたのです。

この子は観る者に勇気と力をくれました。
「ドンベでもいい、誠実に走り切ること(やり切ること)なのだ」という神の言葉を皆にもたらしたのです。
生きることは下手でもいい、傷つくこともある、でも目ざすものがあれば、失敗しても再び立ち上がればいい…やり続ければ世間は必ず応援します。

迷った時「最も困難な道を行け」という言葉があります。
それが一番の勉強になり、学びに近づく近道であるのは確かです。
私たちは近道にあるいろいろな欲に負けて失敗します。
しかし、その失敗で学んでいけばすべて「マルイチ」。

この世に「バツイチ」はないのです。
やり直せばすべてマルイチ、少し時間をかけて学びを入れて、欲で穴の開いた心の滑走路を埋めつつ、また飛び立ってください。
バツイチはない、「やり直せばすべてマルイチ」。
神の応援が必ずあります。

『繁栄の法則 その二』致知出版社

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人生という競争を、トップで駆け抜ける人がいる。
もちろん、それは格好いいし、名誉なことだし、メチャクチャに賞賛されることだ。
しかし、人生という競争を、何度も失敗し、挫折し、傷つき、泣きながらも、周回遅れのビリでゴールする人もいる。

それを神様という観客が見ていたら、トップも尊いが、倒れても倒れても立ち上がって、また走る人を最も称賛するだろう。
なぜなら、それは多くの我々凡人の手本となるからだ。
凡人にもできること、それが、倒れてもまた立ち上がって走ること。

何度倒れても、それでゲームオーバーではない。
走るのをあきらめたときが、本当のゲームオーバー。

人生という徒競走を転びながらも走り続けたい
posted by Dr.モーリィー at 14:08| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月07日

No 5367   【いい日、悪い日】

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【いい日、悪い日】

岡本一志氏の心に響く言葉より…



私たちは不安になると、根拠のないことでも何かにすがりたくなります。
溺(おぼ)れる者はワラにもすがるというように、苦しいと、根っこがなく自分を支えてくれないものにも、すがりたくなってしまいます。
しかし、ワラにすがっても、ワラと一緒に沈んでいくだけ。

お釈迦さまは、根拠のないことをどれだけ信じても不安はなくなりませんよと教えられ、いつでもどこでも変わらない道理を教えていかれました。
たとえば、世間一般では、「大安」とか「仏滅」とかいって、「大安」はよいことが起きる日、「仏滅」は悪いことが起きる日だといわれています。
「仏滅」というと仏教に由来するように思うかもしれませんが、実は、仏教とはなんの関係もなく、後世に作られた占いのようなものです。
他にも厄年(やくどし)だといか大殺界(だいさっかい)の時期には、よくないことが起こると信じている人もいますね。

ところが、お釈迦さまは、このような日に“いい悪い”が決まっているという考えを
「私の教えの中に吉日良辰(きつじつりょうしん)を選ぶことはない」
と否定していかれました。

「吉日良辰」とは、「よい日」ということです。
私の教え(仏教)では、「よい日」を選ばない、と断言されているのです。
つまり、「この日はいい日」「この日は悪い日」と決めるのは間違いですよ、とお釈迦さまは教えられたのだと分かります。

確かに少し考えてみれば、あらかじめ、この日はいい日、悪い日というのが決まっていると考えるのは、おかしなことだと気がつきますね。
「大安」に結婚したことによって、その後の夫婦生活がかならず円満なものになるわけではありません。
受験日が「仏滅」でも、合格する人がいれば、不合格になる人もいますよね。
同じ日であっても、よい日になるか、悪い日になるかは、何が決めるのでしょうか?
お釈迦さまは、その人自身の心がけや行いが、よい日、悪い日を決めるのだと教えられています。

あなたが、精一杯、よい行いの“タネまき”を心がければ、その日が仏滅でも、友引でも、かならず素晴らしい日になります。
失敗したりつらいことがあったりしても、それを受け止め、深く反省して、次に活かす。
そうすることができれば、つらいと思った日々も、自分を大きく成長させてくれた日々ということになるでしょう。

「日々是好日(にちにちこれこうにち)」という禅語もあります。
毎日がよい日であり、どんな日もかけがえのない1日なのです。
日にいい、悪いは決まっていません。
どんな日であっても、あなた次第で、好日(素晴らしい日)にすることができるのです。

『心が「ほっ」とするほとけさまの50の話: 「幸せへの近道」が見えてくる (王様文庫)』

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斎藤一人さんのこんな言葉がある。
『どこへ行こうが、オレの行くところが、いい場所占いとか、風水を超えるものがあるんだよ。
それは何かって、心。
人間の心。
人間ってのは、思ったことが現実になるの。
楽しいこと考えてるときって、幸せじゃん。
だけど、不幸なこと考えてたら、不幸なんだよね。
それを、西に行っちゃいけない、東に行っちゃいけない。
人にそんなこと言われて、なんで、ビクビクしなきゃいけないんだよ。
どこへ行こうが、オレの行くところが、いい場所。
それで、いい日は、今。』(仕事がうまくいく315のチカラ)より

占いを見てもらうと、悪いことを言う人がいる。
「近々、あなたの近親者が亡くなるか、大病しますよ」というようなことだ。
そういう占い師は、それが実現することを願ってしまう。
当たらないと言われたくないためだ。
しかし、その手の占い師は、悪魔に心を売り渡していると言ってもいい。
他人の不幸を願うからだ。

「どこへ行こうが、オレの行くところが、いい場所で、いい日は、今」と言える人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 21:13| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月06日

No 5365   【天ぷらうどんの原理】

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【天ぷらうどんの原理】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…



幸せになりたかったらね、「幸せだ」って言いな。
先にだよ。
幸せになってから言うんじゃないんですか?
違うよ、幸せになりたかったら、「今、幸せだ」って言いなよ。
そばやに行って、天ぷらうどんだって、出てくる前に、「天ぷらうどん」って言うだろ、って。
「出てきてから、言います」って言ったって、ずっと出てこないだろ。

だから、人間だってね、先に「幸せだ」って言いな。
今俺が「いや、具合悪くてさ」って言ったら、みんな心配するよ。

俺、うちのお姉さんとこへ、最近お姉さん、一人さんフアンの集まるお店っていうのやっててくれて、そこへ行くんだけれど、そこへ行くと、「ぼくちゃん、いつも幸せそうね」って。
俺、「ぼくちゃん」って言われてるの。
それで、「幸せそうね」って言うんで、「うん、俺、幸せなんだよ」って言うんだけど、「一人さん、いつも幸せで、嫌なことないでしょ」って。

嫌なことあるよ。
ほんとにあるんだよ。
商売やってたら、仕事やってたら、嫌なことなんて、山ほどあるよ、って。
だけど、姉さんのとこ行って、こういうことがあってさ、ああいうことがあってさ、って言っても、姉さん、解決できるわけじゃないんだよ。
嫌なことで、心配させるだけだよね。

ところが、「あんなこと、どうでもいいよ。俺、幸せなんだよ」って言ってるうちに、人間の脳って、幸せを数えだすの。
「これこれこうで、幸せだよね」って言いな。
それを自分が「大変だ」とか、「不幸だ」って言う。
脳ってね、「疲れた」って言うと、疲労物質がわーって出てくるんだよ。

今日の仕事は、やりがいがあって、心地よかったなって言うと、その物質は出方が全然違ってきちゃう。
脳って、特別なそういう働きがあるの。
「幸せだな」って、言ってごらん。

あのね、よく、嫌なことがあったり、辛いことがあったら、「あんた、言ってごらん。それってさ、言わないでいると、溜まっちゃうから、言ったほうがいい」と言うよね。
でも、言ったら、解決しますか、というと、しないよ。
弱気なこと言ったら、どうなるかっていうと、泣きごと言ってる人って、ずっと言ってるんだよ。
言わないよりは、言った方がいいかもわからない。

でも、もっといいのは、強気なこと言ってみる。
たとえば、「うちの部長が怒ってばっかしいてさ」って、部長のこといろいろ言ったって、部長が世の中からいなくなるわけじゃないよね。
それから会社に行かなくてもいいわけじゃないよね。
試しに強気なこと言ってみる。
「うちの部長なんか、いくら怒ったって、全然怖くないですよ。うちの女房の方が、五倍怖いですよ、目じゃないですよ」とか言ってみるとね、ふっと強気になる。
弱気になってね、弱音吐くと、余計辛くなる。
昔ね、「辛いことあったら言ってみな」って大人たちがよく言ってたけど、でもね、言ってもほんとに、だめなんだよ。

だからこれからね、みんな「今日どう?」「絶好調だよ、体は絶好調、恋愛も絶好調、仕事も絶好調」
うん、するとね、だんだん、だんだん、ほんとに元気になってくる。
これが言霊なの。
病気したって、なにしたって、「絶好調」って言ってればいいの。
ね、治るものはなおる。
周りに心配させないこと。

あのね、元気でもないのに、「元気です」とか、「俺幸せだよ」って、嘘かもわからない。
でも、ちょっとぐらい絶好調じゃなくったって、「絶好調」で、絶好調の度合いを下げればいいんだ。
なんなら、十パーセントにしちゃえばいいんだ。
そしたら、いくらでも絶好調になっちゃう。

うんと具合が悪いとき、せめて言ってもいいのは、「昨日よりはましだよ」。
「お前のお陰だよ」。
「みんなのお陰だよ」。

ほんとに幸せって、すぐ傍にあります。
言えば出てきます。
ほぼ天ぷらうどんと同じ原理。
「幸せ」と言えば「幸せ」が出てくる。
「絶好調」と言えば「絶好調」が出てくる。
これが言霊の作用。

『斎藤一人 絶好調 (ロング新書)』

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「疲れた、疲れた」といくら言っても、疲れはとれない。
言えば言うほど、疲れは増してくる。
これは、「疲れてない」と言っても同じ。
脳は「疲れ」という言葉だけを認識するからだ。
反対に、「今日も元気だ」と言えば脳は、元気なことを探し始める。

グッドアンドニュー(Good & New)というアメリカの教育学者ピーター・クラインが開発した組織の活性化の手法がある。
学校や会社の朝礼などに、ここ24時間以内に自分に起こった「楽しかったこと(よかったこと)」「新しい発見(新しいこと)」について一人ずつ発表する。
この手法を取り入れることにより、アメリカの学校の校内暴力が短期間でなくなったという事例が続出したそうだ。

つまり、毎日、「良いこと」「楽しいこと」「新しい発見」にスポットライトを当てるということ。
これを続けると、毎日、「幸せ」を数える習慣ができる。
「よかった探し」だ。

「天ぷらうどんの原理」を理解できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 07:14| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

2019年11月05日

No 5364   【進んで損ができると人に恵まれる】

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【進んで損ができると人に恵まれる】

萩本欽一氏の心に響く言葉より…


僕が子どものころ、浅草界隈には下町の言葉、江戸っ子口調がまだ色濃く残っていました。
今は下町でも山の手でも、あまり言葉が変わりません。
ちょっと寂しいですね。
下町独特の言葉、言い回しが消えて、下町気質(かたぎ)も消え失せた気がしますから。

下町気質とは何か。
僕に言わせれば「進んで損をしよう」という気質。
「得」することはどうにも性に合わない、金がなくても食べる物がなくてもやせ我慢して、どんどん人にやっちまえ!
そんな気質ではないかなと思います。

たとえば家に野球のボールが飛んできて窓ガラスがガシャーンと割れて、思わず「誰だ!」と怒鳴ったら、「おじさん、ごめんなさい!」とバットを持った小学生の男の子がやってきた。
そんなとき、「なんだ、坊主か。いいよ、いいよ、ガラスを割るぐらいボールを飛ばすなんて元気があっていいや。あやまんなくていいよ」なんていうオヤジさん。
こういう人が下町にはいました。

かつては蕎麦屋(そばや)に入ると、会計をして出ていく人から「釣りはいらねえよ」という言葉がよく聞こえてきたものです。
こういう言葉や、その気持ちに運が宿ると僕は思っています。
損の仕方がうまい人。
だけど、今はそういう人も少なくなりました。

蕎麦屋を例にして言えば、蕎麦に一本毛が入っていようものなら、「バカヤロウー、毛が入っているじゃないか」っていきなり怒鳴る人が増えてきた。
もちろん悪いのは蕎麦屋にしても、クレームの言葉が悪いと「申し訳ございません」と紋切型の回答しかこないから、いい人間関係が築けない。
下町の粋な言葉を見直してみると、薄っぺらくなった人情もまた厚みを増すような気がするのですが。

『ダメなときほど「言葉」を磨こう (集英社新書)』

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萩本欽一氏は「言葉」について本書の中でこう語る。
『いい言葉を聞くと、とてもうれしくなります。
同様に、自分がいい言葉を話すと、周りの人もうれしくなって、いい気分になります。
そうやっていい循環が生まれて、いい運がやってくると思うのです。
だから僕は、いつも発する言葉一つひとつを大切にしたいと思っています。
いくら努力をしても、自分に風が吹かないときは必ずあります。
何をしても裏目に出て、うまくいかないときもあるでしょう。
ダメなときでも、言葉を磨くことで、いい運を引き寄せることができます。
何も話し方を変えるというのではありません。
ほんのちょっとした心がけでできることです。
人生は言葉の積み重ねです。
その都度、どんな言葉を話すかで、終着点も大きく変わると思います。』

嫌なことがあったり、ダメなときは、言葉を磨くチャンス。
普通なら怒ってしまうようなシーンでも、それを気の利いた言葉で返す。

そして、自分が少し損するようなことを言う。
それはたとえば、何かがあったとき、自分が率先して損な役回りを引き受ける。
誰もがやりたがらない仕事を気持ちよくやる。
すると、いつか、誰かが運をもってきてくれる。

進んで損ができると人に恵まれる
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2019年11月04日

No 5363   【「私のせいではない」はいちばん恥ずかしい言葉】

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【「私のせいではない」はいちばん恥ずかしい言葉】

リチャード・カールソン氏の心に響く言葉より…



たくさんの人に「友人、部下のどんな言葉にいちばん腹が立ちますか」と質問した。
いちばん多かった答えは、“責任逃れの言い訳”だった。
この言い訳が役に立たない理由を挙げてみよう。

まず第一に、誰も信用しない。
ほとんどの人は、これを誠意のない言い逃れだと思う。
だから、言っても無駄だ。
誠意だけでなく、力量まで疑われることになる。

ほとんどの場合、率直にミスを認め、今後はさらに努力しますと言ったほうが、顧客にもよい印象を与える。
絶対とは言えないまでも、ミスを認めることでわだかまりは消えることが多い。
顧客も納得し、一件落着だ。

しかし、それよりも重要なのは、あなた自身の自尊心の問題である。
問題、誤解、ミス、エラーを「私のせいではない」と言うことで、あなたは自分に処理能力がないことを認めているのだ。
自分に対して「私には能力がない」「私の力ではどうすることもできない」と言っているようなものだ。

熱意にあふれた有能な人間は、絶対に言い訳をしない。
自分は何か行動を起こせる、そして、関わっている仕事には責任を持つという態度で臨むはずだ。

なお、言い訳を聞かされる立場になっても、怒ってはいけない。
それがどんなに無意味であるかを理解しない人間に出くわしてしまっただけのことだ。
気の毒な人だと寛容に受けとめよう。
腹を立てるのではなく、こんなセリフを言ったのが自分でなくてよかったと思っていればいい。

『小さなことにくよくよしない88の方法 (王様文庫)』

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「卑怯者は自己の過失の言いわけをし、潔い人は、必ずそれを人に告白する」(メレ・フランスのモラリスト)

卑怯(ひきょう)者は、損得勘定で動く。
そして、卑怯者は、臆病(おくびょう)者でもある。
小ずるく立ち回り、うそを重ねる。

日本人の古来の道徳観に「卑怯を憎む心」がある。
「言い訳」も同じだ。

「いいことは おかげさま
わるいことは 身から出たさび」(相田みつを)

わるいことは、素直にミスを認め、これからの努力を誓ったほうがいい。
「私のせいではない」はいちばん恥ずかしい言葉
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No 5362   屋久島 神山小学校・中学校同窓会

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おいちゃんが生まれた 屋久島の 神山小学校・中学校の同窓会に お誘いを受けたので 初めて参加しました

というのも、おいちゃんは小学一年までしか神山小学校に通っていなかったのです!

屋久島には実家があったため 親父も屋久町役場で働いていたため 夏休み・冬休み・春休みには いつも屋久島には帰っていましたが 同じ集落の同級生はかろうじてわかりますが 他の集落の同級生は ???

浦島太郎状態でした ははは

幹事さん誘ってくれた友人たちに 感謝・大感謝です!

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posted by Dr.モーリィー at 22:34| ライフワーク | 更新情報をチェックする

No 5361   【自分で考えて行動できる子ども】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【自分で考えて行動できる子ども】

小林正観さんの心に響く言葉より…



一般的に「よい子」とは、「先生や親の言うことをよく聞く子ども」のことであり、「悪い子」とは、「先生や親の言うことを聞かない子ども」のことです。
では、今まさに死にかけている親の立場から、子どもを考えてみます。
「悪い子」は、親にとって不満だったかもしれませんが、親は「安心して死んでいく」ことができます。
なぜなら、悪い子は、親のいいなりにならず、「自分の価値観」や「自分の考え方」に従って生きてきた子どもだからです。

一方で、「よい子」は、親の言うことをすべて聞き入れてきた子どもです。
親がいなくなってしまったら、はたして自分の考えで生きていけるだろうか、そう思うと、親は不安になるかもしれません。
つまり、「悪い子」のほうが、親は安心して死んでいけることになります(ここでいう「悪い子」とは、「人に迷惑をかける」といった意味ではありません。「先生や親の言うことを聞かない」という意味です)。

先日、次のような相談を受けました。
「大学4年の息子がいるのですが、『大学を卒業したら、就職はしないで、半年くらい世界の国々を旅したい』と言い出しました。
私は、『普通に就職して、普通に働いて、普通に暮らしてほしい』と思っているのに、どうしてこんな子どもになってしまったのでしょうか。
どうしたらこの子を直すことができるでしょうか」

私はこの相談に、次のように答えました。
「大変すばらしい教育をしたと思います。
すばらしいお子さんに育てられましたね」

私は教育の専門家ではありませんが、教育とは、「みんなと同じことをする子ども」に育てることではなく、「自分で物事を考え、その結果、自分で自分の行動や生活、生き方を組み立てていけるようにすること」であると思います。
ということは、「普通に就職をするのは嫌だ。世界を周遊したい」という子どもを育てた母親は、すばらしい教育をしたということにほかなりません。
しかもこの息子は「旅費はすべてアルバイトをして稼ぐから、好きにやらせてほしい」と申し出たそうです。

家に帰った母親が、私から聞いたことを息子に話したところ、彼は「お母さんが考え方を変えるのは大変だろうから、今までどおり、何も変わらなくていいよ。自分は自分の生き方でやっていくから」と言ったそうです。
この母親は、本当にすばらしい子育てをしたと思います。

日本は、明治以降、重工業や工業の非常に高いレベルの生産工場をつくるため、「高学歴の人材をたくさんつくる」ことを目指してきました。
一方で、「個性的で、自分の考えを自分の中に確立できる子ども」をつくらないようにしてきたように思います。
そのため、親は「没個性的で同質的なものが正しい」、「個性的なものは間違いである」と信じ込んできたのではないでしょうか。

「悪い子」とは、今の社会に対して、「もっと改善の余地がある」と思い、いつも分析をし、自分なりに物事を考え、提案している、そういう人間のことです。
「平均的」で「一般的」な子どもを育てることではなく、「自分の価値観で生きていく子ども」をつくることであり、そのように子どもたちを教え育んでいくことが、教育の本質だと思います。

『ありがとうの神様』ダイヤモンド社

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2020年の教育改革について山下慎也氏はこう語る。
『2020年に学校の勉強が大きく変わります。
今回の変化は「脱ゆとり」どころの騒ぎではなく「教育の明治維新」と言われるくらいの大きな変化ですが、まだまだほとんどの保護者の方にとっては「教科書が変わるだけでしょ」程度にしか思われていません。
今回の変更の一番のポイントは、これまでの「どれだけ知っているかという知識重視の学習」から「どう考えるかという思考力重視の学習」に変わるということです。』

明治以来の富国強兵をもとにした日本の教育制度がようやく変わろうとしている。
これは、ITやAIによって大変革を迫られているビジネス界からの要請もあったという。
しかしながら、未だに親や教師の世代には、旧来の価値観を是とする人たちが多くいる。
一流企業に内定したのを蹴(け)って、まだ小さなベンチャーに入ろうとする子どもを止めるのは、たいてい親だからだ。

「20分より先の未来を考えるなど時間の無駄だ」(ジェフ・ベゾス)
一寸先も分からないようなこの大変化の時代は、前例踏襲が得意な「記憶再生能力」の高いだけの旧来型の官僚タイプの人たちが役に立つわけがない。
自分の頭で考え、発想し、その場で即応できる自律型の「行動できる人」でなければ、これからの大変化の時代を生き抜くことはできない。

自分で考えて行動できる子どもを多く輩出(はいしゅつ)する国でありたい
posted by Dr.モーリィー at 22:24| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする

No 5359   【あなたに起きる出来事すべてがあなたに必要】

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おいちゃんのお気に入りブログ【人のこころに灯をともす】からの転載です

【あなたに起きる出来事すべてがあなたに必要】

ひすいこたろう氏の心に響く言葉より…



「未来がどうなるか、あれこれ詮索するのをやめよ。そして、時がもたらすものが何であれ、贈り物として受けよ。」(ホラティウス・古代ローマの詩人)

運命の人に会えたら幸せになれるって、みんな思っているけど、運命の人って実はいないんです。
運命という常識を疑うことから始めてみよう。

ドミノ倒しってありますよね?
ドミノ倒しの世界記録は、2009年11月13日にオランダで記録された449万1863個のドミノ倒しになります。
では、ここで質問です。

449万1863個のドミノの中で、一番重要なドミノはどれですか?
一番最初のドミノですか?
それとも2番目ですか?
いやいや、一番最後のドミノですか?
どれだと思いますか?

正解は…すべて重要です。
どれか1個でも倒れなかったら、ドミノ倒しはそこで終了ですから。
これは人生も一緒です。
恋人との出会いも、ケンカも、別れもすべて重要なんです。

何が大事で、何が大事じゃないなんてない。
あなたに起きる出来事すべてがあなたに必要なんです。
あなたに起きた出来事すべてがあなたに必要だったんです。

運命の人はいない。
だって、すべてが運命の出会いだからです。
過去を振り返れば、そのことが実感できるはずです。
例えば、あなたが、いま、うまくいっていることを思い浮かべてください。
そのうまくいっていることを始めることになったきっかけはなんでしょうか?
よく考えてみると、ささいなことがすごく大事になっていることがわかるはずです。

僕のメンター(師匠)は、何人かいるのですが、最初に入った会社の社長と部長からは、ものの考え方で大きな影響をうけました。
その会社を紹介してくれたのは、友達のヤマモトくんです。
ヤマモトくんと出会ったのは、大学時代、体育のラグビーの授業でした。
好きでもなんでもないラグビーを僕がなんで選択したかというと、同じクラスのイチスギくんがラグビーを選択したからです。

実は、その会社で、妻とも出会っているんですね。
そして、子どもが生まれた。
つまり、僕の子どもたちと出会えたのは、イチスギくんと出会えたからなんです。
そして、あのとき、ラグビーを選択したからです。

冒頭の名言の通り、すべての出会いが、すべての出来事が、運命の道先案内人なんです。
時が偶然をもたらしてくれたものこそ、確かに贈り物でした。

「今までに、私をフってくれた人たち、ありがとう。おかげでこの息子にあえました」(木次洋子・日本一短い手紙)より

あなたも大切な人をひとり思い浮かべて考えてみてください。
その人と出会うきっかけはなんでしたか?
過去をさかのぼってみてください。
ささいなことが、すべて重要だったとわかるはずです。

過去、起きたことは、どんな些細なことでもあなたに必要だった。
だとしたら、未来だってそうなんです。
時がもたらすものはなんであれ、あなたがあなたになるための大切な贈り物(ギフト)なのです。
時はあなたに魔法を起こしてくれる、味方なんだ。
時を信じていいよ。

『恋人がいなくてもクリスマスをワクワク過ごせる人の考え方 常識を疑うことから始めよう (祥伝社黄金文庫)』祥伝社黄金文庫

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人生はジグソーパズルのようなものだ。
たった一つのピースが欠けても人生は成り立たない。
「あの時あった嫌なこと」「くやしかったこと」「さびしかったこと」「つらかったこと」そして、「幸せだったこと」「うれしかったこと」「楽しかったこと」「笑ったこと」…

人生を振り返ってみると、あの嫌なことがあったからこそ、その後の「成功があった」、「いいことがあった」ということはよくあることだ。
つまり、「意味のないことは一つもない」ということ。
今、無駄だと思うことも、回り道だと思うことも、すべてに意味がある。
そして、「すべてに意味がある」と思えるなら、すべてのことに感謝できる。

「あなたに起きる出来事すべてがあなたに必要」
だから、メチャクチャな失敗や、最悪に恥ずかしいドジをしてしまったら…
それは、最高に幸せになるためのシグナルかもしれない。
起こるできごとに丸ごと感謝できる人でありたい
posted by Dr.モーリィー at 21:59| ちょっと気になる善い言葉 | 更新情報をチェックする